15 訪問①

 瑞季の問題が解決してしばらく経った。

 彼女は女子二人組に話しかけられてて現在忙しい。性格も徐々に明るくなってきて順調である。それに学校にも毎日のように姿を現している。

 ボッチ常連としては喜ばしい事だが、同時に寂しさも覚えた。自分だけがボッチだと思うのは俺だけだろうか。


「理玖ー新作ラノベ貸してー」


 俺にねだるのは瑞季だ。


「いいけどお前、ちゃんと読んでないだろ」


「読んでるよ。


「絵だけ?」


 少しひっかかるものを感じた。


「瑞季ちゃん、何読んでるの?」と凛が聞く。


「恋愛物」


「へー恋愛小説読むんだ。意外」


 そんな風に会話が繰り広げられていた。賑やかで楽しそうなこと。とうとう瑞季もボッチ卒業したか、と寂しく思えた。俺も卒業しないとな、と自分を戒めた。


 今日はテスト前ということで美術部は休みだった。サッカー部は何故か開催されてた。


 なので、体操着に着替え、昇降口に行き、こういうやり取りを交わした。


「じゃあまたな」


「お先に帰るわね。サッカー頑張って」


 はっ。少し感動した。

 今までの瑞季なら頑張って、などお世辞でも言わなかっただろう。それを言うとは成長したな、と心が震えた。嬉しかった。瑞季に後押しされ、今日は良い結果が残せた。


 そしていつも通り家に帰ったのだが……。


 そこで驚きの光景を目にする事になる。

 鍵は閉まってある。だけど、靴が一足多い。同じ学校の制靴か? それに見た感じ女子っぽい。誰だろう。妹の友達か?


 俺はリビングには寄らずに手を洗い、そのまま自室へと向かった。


 扉を開けた瞬間――


「あ」

「おかえり」


 二人の声はほぼ同時だった。

 扉を閉めた(現実逃避)。


 俺の思考は一旦フリーズした。

 いや、待て。何が起きているんだ?

 今見えたのは瑞季だよな? 何であいつがここに? それに何でお気に入りの人をダメにするクッションの上に乗っかってんだよー! そこには俺しか乗ってはいかん!


 再び扉を開けた。


「おかえり」


 いや、もはや一周回ってホラーだろ!


 もう現実を受け入れる事にした。心を仏に。冷静になれ、自分。


「単刀直入に聞く。何でお前がここにいるんだ?」


「居座りたかったから。たまにはだらだらゴロゴロしたいじゃん?」


「だらゴロしたいなら自分の家でやれ! 以上」


「だってさー理玖の家に近頃来てなかったでしょ? だから」


じゃねーよ」


 瑞季を一蹴した。居座られるのは嫌だったけど、でもそんなに悪い気はしなかった。いつもの調子を取り戻した瑞季に心底安心していた。


「久しぶりに訪問したんだからそんなに怒らないでよ。それで理玖の好きな人って誰?」


 完全にウザ絡みである。


「人の話を聞け!」


「ねえねえ」


 少し落ち着いた所で瑞季は口を開いた。


「いいから座ってよ」


「ここは俺の家なんだが。主みたいに言うな。それに今座ってるのは5000円で買ったお気に入りの高級クッションなんだぞ?」


「やっぱり? どうりで気持ちいいと思った」


「だからどけ!」


 無理やり瑞季を押し退けた。


「それでどうやって侵入した?」


 犯人みたいに言わないでよ、と言わんばかりに瑞季は目を伏せた。


「合鍵使っちゃった♪」


使じゃねえ」


「お菓子あるよ。食べれば?」


 見るとそこには様々なお菓子類がかごの中に乗せられていた。瑞季が用意したとは思えない。きっと家の者が許したのだろう。ポテトチップスにポッキーにポップコーン。カラオケ点にありそうだ。それにポから始まるお菓子ばかり。そんな事はどうでもいいや。瑞季は手を止めることなくむしゃむしゃと食べている。美味しそうに食べる様は見ているこちらもお腹いっぱいになってくる。


「ほんとだ。このお菓子は誰が用意したの?」


「お兄ちゃん! 瑞季お姉ちゃん来てるよ!」


 そんな時に張本人がやって来た。


「そのようだな」


「あ。お菓子自由に食べてね」


 お菓子を用意したのは妹だったか。


「お幸せに!」


 そう言って妹は去っていった。

 いつも思うんだが、何がお幸せに、だよ。瑞季とはそういう仲じゃない。


 そうして俺もお菓子を食べ始め、のほほんと過ごした。お菓子の横に緑茶があるのも有難い。甘いものに渋い緑茶は相性が良い。口の中が中和される。


 一息吐いた所で、勉強しよう、と提案し、瑞季に勉強を教えてもらう事になった。


 まずは三平方の定理から。


「数学俺、苦手なんだよなー」


「頑張ってよ。あんた、こう見えても理系なんでしょ」


「本当は理系を選びたくなかった」


 理系を選んでも文系を選んでも結局苦手度は同じなのだ。だから仕方なく選んだ。


「じゃあ、何で理系にしたのよ」


「何でなんだろうな」


 そんな風に呆れられ、瑞季からのご指導を受けた。


「ここをこうして、こう解くの」


 方程式を書いてもらい、それに俺が代入するというかたちだ。瑞季は頭が良くて、教え方が上手い。そして丁寧だ。プロの家庭教師にでもなれそうな具合だ。


「分かった?」


「ああ。お陰でテストはばっちりだ。良い結果を残せるだろう」


 次は日本史。


「鎌倉幕府が成立した年は?」


「いい国作ろうだから……1192年!」


「コツを掴んできたわね。半分正解!」


「半分って何だよ!」


「近頃、1192から1185に変わったらしいよ」


「そういう引っかけもありかよ……」


「まあ今回のテストでは1192年だから正解でいいんじゃない?」


「何か腑に落ちねーなー」


 モヤモヤ感が晴れないまま、テスト勉強を切り上げ、休憩に入った。

 瑞季は変わらず再びお菓子をついばみ始める。


 俺はカバンの横にある買ってきたパンの袋を引っ張りだす。そして机に並べた。


「ホントにパン好きね」


 瑞季からのツッコミが早速入る。


「クロワッサンにメロンパン、バターロールに塩パン、あんパン、クリームパン、ミルクパン、チョコパン、それにサンドイッチ。どれが良い?」


「買いすぎよっ!」


「……ごめんなさい」


 言われて気づいて咄嗟に謝る。何で謝っているのか自分でも分からなかった。


「じゃあクロワッサンを貰おうかしら」


 瑞季はクロワッサンを一齧りした。


「サクサクしてて美味しい!」


「だろ?」


「今度このパン屋さんに連れていってよ」


「分かったけど……」


 瑞季がヤマシタ・ベーカリーに同行するのはしばらく先のことになる。

 ここまでパンを買いすぎる原因となったのは俺がパン好きという理由の他にもう一つある。

 倉科さんの勧誘に断りきれなかったのだ。だって君が可愛すぎるから。可愛い緊張した声で「これはどうですかっ?」、「これもオススメですよ。精一杯頑張って作ったので是非食べて下さいっ!」なんて言われたら普通の心を持つ男は断れないだろ。頑張って作ったと言われて買わなかったら、罪悪感に襲われ歩けなくなる。


 結論:倉科さんのいちいち可愛い勧誘が悪い。


 全てを倉科さんのせいにして、パンにかぶりついた。


「おお。クリームパン、中のクリームが甘くてめっちゃ美味しい! もっと買うべきだった」


 店員さん達が頑張って作ったパンは期待を裏切らない。


「瑞季ももっと食べるか?」


「いい。責任持って理玖が全部食べて」


「えぇ……」


 さすがに一人では食べれないので、家族に分ける事にした。


 パンを食べ始めてしばらくした時。静寂が打ち破られた。瑞季は妙な笑みを浮かべていた。口角がニヤリとつり上がる。


「もしかしてだけど、理玖の好きな人ってパン屋の店員さん?」


 探るような不気味な笑み。策士みたいな表情に思わずヒヤッとする。バレたら何かしてくる。取り敢えず今はバレてはいけない。倉科さんに何か危害を瑞季が加えたら取り返しがつかない。


「な、なわけねーだろ!!」


 図星だから全力で否定した。もう瑞季には見当がついているだろう。


「ふーん」


 瑞季はからかうのをやめたようだ。俺の紅潮した頬と耳を見ておきながら。


「ま、どっちにしろ応援するけどね」


 瑞季はこう見えて悪い奴じゃないのだ。心強い味方だ。


「ありがとう」


 意味も無いが礼を言った。


 ふいに瑞季がリモコンを手に取った。


「TV観ない?」


 俺の部屋にはTVがある。小さい小型TVだが。五人全員の部屋にTVが供えられている。だが、あまり俺はTVを観ない。アニメは観るが。最近はほぼ撮り溜めしている。ゲームやラノベで忙しい。だから瑞季の好きにして構わなかった。


「好きに観ていいよ」


「理玖は観ないの?」


 俺は頷いた。


 瑞季がつけたのはお笑い番組だ。


「お笑い芸人って自分のこと面白いって思ってるのかな。面白くないのに」


「そう言うなよ。俺と瑞季のボケツッコミも面白いかなんて分からないんだから。俺と瑞季は果たして面白い人間なのか?」


「さあ?」


 俺はチョコパンの周りのチョコを食べた。お菓子を食べてる感覚だ。

 そうお菓子に夢中になっていたら、瑞季は知らぬ間にチャンネルを変えていた。今度は動物番組だ。


「きゃーきゃわいい! うわぁ」


 柄にも合わず、猫なで声を上げる瑞季。俺は遠目に引いていた。


「そんな声出すなよ、気持ち悪い」


「だって可愛いんだもん!」


 人が変わるとはまさにこの事だ。

 見るとTVには子猫が手招きしていた。まあ可愛いは可愛い。だが、それほどか? と思う所がある。瑞季はれっきとした動物好きだ。親の許可が取れず、ペットは飼っていないのだという。その分、外部からの刺激に弱い。


「なあ、前も話したけど今度猫カフェ行かないか?」


「いいね! でもデートだよね?」


 そのツッコミはやめてほしい。

 そうしてデート改め散歩の日程を決めた。猫カフェ散歩に来週末行く事に決まった。


 しばらくして、瑞季が立ち上がりずらりと並んだ本棚を見た。


「これって……」


「あっ! それはまだ読み途中の新作!」


 瑞季は迷わず新作のラノベを手に取って吟味した。


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