勝利の2Pクロス(17)
とある湖畔の洋館にて。
コツコツとそんなに高くもないソールを高鳴らせ、ボスのいる執務室へと向かう秘書。廊下の窓から月明かりが差し込み、伸びたシルエットが壁にかかって折れている。
3回。突き当たりの扉でマナー講師から教わったノックの回数を実施し、桜花がミスターQの部屋へと入っていく。つい数時間前の対戦結果を報告するために。
ダイソーで買ったバインダーの資料に目を落とし、始まりから終わりまでを詳細に伝える。
すべてを聞き終えたミスターQ、少し思案を設けたのち、
「そうか。馬場上把亜郎が自立を望んでいるのか」
「はい。ゲーマーは廃業し、自分ひとりの力で生活できる道を探すつもりだそうです」
「ふふふ、姉から距離を置くか。バーロウはアレでなかなか従順な男で、我々に尽くしてくれた。快く送り出してやれ」
「かしこまりました」
「とはいえ、そう簡単に新生活の目処も立つまい。しばらくは援助金を支払ってやるのだ。姉ではなく、本人の口座にな」
「ミスターQ……」
「それとハローワークの職業訓練を紹介してやれ。あとインディードとタイミーの使い方もな」
「恐れ入ります」
自分のことでもないのに深々とお辞儀をする桜花。それを見て満足そうに肯くと、ミスターQは声色を転調させ、話題を変えた。
「して次の対戦相手だが」
桜花もバインダーから顔を上げ、気をつけの姿勢を取る。
「はい、各上Qゲー民には準備しておくよう申しつけてあります」
「神の子にも通達してあるのか?」
「――っ!!」
神の子。その厳かな名称を聞き、明らかに狼狽する桜花。
「か、神の子、ですか? それは、まだ早いのではないでしょうか?」
「荒巻別斗は対戦を重ねる事に強くなっている。
「ですが……」
「ですがもよすがもない。まして天堂ソソミまでをもゲーマー的センスに覚醒したというではないか。もはや打倒・荒巻別斗は最優先事項なのだ」
「かしこまりました。そのように手配しておきます。が、いかんせん神の子は気まぐれ(生意気)であるがゆえ、素直に云うことを聞くかどうか」
桜花がそう云い淀んだ矢先だった。彼女のうしろで扉が開く音がし、袈裟を着た男が入ってきた。
「ならば私が次の相手を務めましょうぞ」
ハッと振り返り、ミスターQと桜花が同時に驚いた反応を示す。
「ほう、テンガ和尚。そなたがおったか」
手を広げ、すしざんまいスタイルで歓迎するミスターQとは対照的に、拒否感を滲ます剣幕で詰め寄る桜花、
「テンガ和尚、勝手な真似はしないで。組織のプロモーターである私を通さない対戦は私闘と見なすわよ」
テンガ和尚と呼ばれた男は紅潮気味の桜花をやんわり手で制し、すすすっと音もなく前に出る。実に坊主らしい堂に入った挙動である。
「耳にしますところ、相手は高校生だとか。高校生といえば未成年。成熟しきっていない若人を諭す意味でも、私がうってつけの相手かと」
「ふむ、そなたのゲーム説法は確かに思春期の悩める若者には必要かもしれんな。よし、ひとつ調子に乗った
「御意」
まるで法外な布施を包んできた檀家へするように頭を深々と下げ、テンガ和尚は執務室を出ていった。
「ミスターQ、いいのですか? 彼はいわゆる〈破戒僧〉ですよ?」
「面白いではないか。道を誤ったクソ坊主が、これから道を歩もうという若者と対戦するなど見物以外の何者でもない」
「ミスターQが仰るなら反対はしませんが、私はあまり気乗りしません。下手をすれば荒巻別斗が壊れてしまいかねません」
「桜花、やけに荒巻別斗を擁護するではないか。馬場上姉弟との対戦に立ち会って、なにを感じたのだ?」
その質問には答えず、お辞儀することで解を示す桜花。その行為には釈明と退室の両方の意味が込められていた。
「失礼しました」
ミスターQがなにか告げる前に、桜花は踵を返す。
まるでトイレへ向かうように執務室のドアを押した桜花を見送り、イスから腰を上げるミスターQ。ワイングラスを取り、シャトー・ムートン・ロッチルドを注ぎ入れる。
それを丹念にテイスティングし、立ち昇る芳香を堪能する。
「ふふふ、荒巻別斗よ。母性本能をくすぐる性質はどうやら父親譲りらしいな。となると、彼女もいずれどうなるか定かではないな」
窓際。薄くガラス戸を開くと、涼気を含む夜風がカーテンを揺らす。昼間の気温も陽が沈めば勢いを
盛夏は終わりの様相を見せ始め、白露秋麗の季節を巡ろうとしている。
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