第66話 東大陸に渡る帝国使節団 レイハルトという男

 帝国の皇女ヴィオルガ達交流使節団を乗せた船は、群島地帯を経由し、順調に皇国へ向かって進んでいた。


 王族が乗っているだけあり、使節団の規模はそれなりのものだ。皇帝に直接仕える帝国魔術師の最高峰、オウス・ヘクセライから一人、ヴィオルガも含めると二人。


 その他、魔術師が幾人かに加え、聖騎士の一隊もいる。側仕えや給仕、物資運搬のための人手なども合わせるとおよそ二百人にもなった。


 この人数を効率よく運用していくための打ち合わせを、皇国に到着する前に済ませておこうとヴィオルガは会議を開いていた。


「出発前にも話していた事だけれど。今一度確認よ。魔術師を中心にした、今回の交流会に参加するメンバーはフィアーナ先輩に一任するわ」

「ええ、了解よ」


 フィアーナ・リアぺルラ。上級貴族院卒業後、オウス・ヘクセライに所属した才媛である。彼女はヴィオルガの確認に落ち着いた声で答える。


「それとそれ以外。聖騎士はもちろんだけど、その他の人員はレイハルトに任せるわ。彼らの道中の警護とかも。一応、港からは皇国の軍が皇都まで送迎してくれる手はずだけれど、ね」

「はい。……しかし、全員となると御身をお守りする聖騎士がいなくなりますが」

「……はい? 本気で言ってるの?」

「……は?」

「は? じゃないわよ……」


 はぁ、とヴィオルガは分かりやすくため息をつく。


「私の周囲には先輩を始め、魔術師で固めてあるわ。何より私がいる。その上、聖騎士まで使ったら過剰戦力でしょ。いいからあなたは後から給仕たちを守りながら付いてくればいいの」

「……は」

「まぁまぁ、オルガちゃん。レイハルトさんも自分の職務に忠実なだけなのよ。そりゃ聖騎士には魔術師ほどの力はないけど、決して足手まといではないわ」


 何の悪気もない、ごく自然に紡がれるフィアーナの言葉に、レイハルトは無表情なまま拳を強く握った。


 聖騎士の家系は、元をたどれば昔滅んだ王国の貴族になる。つまり帝国に併合され、生き延びた貴族でもある。


 帝国において聖騎士の地位が魔術師よりも軽く見られる所以は、こういうところにもあった。


「いくら何でも足手まといにはならないでしょうけど。しかし我ながら豪勢なメンバーね。オウス・ヘクセライの魔術師二人に西国魔術協会の魔術師、一応聖騎士もいるんだから。今から皇国貴族の驚く様が目に浮かぶわ」

「そうね。皇国の術士も帝国の魔術師ほどではないと聞くし。でも武人というのは興味があるわね」

「ふふ、たいしたことないでしょ。だって……いえ。何でもないわ」


 レイハルトにはヴィオルガの言わんとした事が理解できた。武人なんて帝国における聖騎士みたいなものだろう、と言いかけたのだ。


 さすがにレイハルトの前では遠慮した様だが、隣を見るとフィアーナもヴィオルガが何を言いかけたのか分かっている様子だった。





「レイハルト隊長、会議はいかがでしたか」

「いかがも何もあるか……」


 レイハルトは自室に戻ると部下を集めて打ち合わせを進めていた。聖騎士が魔術師から下に見られる事はよくあるが、ヴィオルガやフィアーナの場合、本人にその気がない。つまりごく自然に普段から聖騎士が下である事に、何の疑問も抱いていないのだ。


 聖騎士の使う力は古くは「聖力」と呼ばれていた。かつての幻獣の大侵攻で聖力を使っていた国は滅んだが、その末裔は帝国貴族として今も血を繋いでいる。もっとも、今は聖力と呼ぶ者は誰もいないが。


「有能な魔術師様は、我らには王族の守りなど不要、従者の護衛が似合いの仕事だと言ってきたわ」

「なんと……」

「く……。我らとて帝国貴族、魔術師とは対等だというのに……!」

「そう考えているのは我らだけだ。それに聖力を持つ王家亡き今、その発展が魔力に劣ってきたのも事実」

「だからといってこのままこの格差が続いていいものか!」


 レイハルトは配下の口論に目をつむって考える。中でも熱い口調で話すのは、ジルベリオと言う若い聖騎士だった。


 自分たちの先祖が帝国貴族となってもう百年以上経つ。これまで帝国貴族との間で血も混ざっていった。


 だがかつて帝国貴族となった貴族家やその一族には、帝国において魔術師になる事が禁じられていた。


 聖騎士の家系はあくまで聖騎士にしかなれないのだ。魔術師家系の家に嫁がせた者の子は、その限りではないが。


 レイハルト自身も代々聖騎士の家系、どれだけ優れた魔力を持っていても魔術師になる事はできない。初めから聖騎士しか選択肢はないのだ。


 そしてどれだけ聖騎士としての技を磨いたところで、魔術師偏重の帝国において正当に評価される事はなかった。


 聖騎士のほとんどはその事に納得していない。だがそれを覆せる力がないのも事実。レイハルトは自身の過去を思い出しながらゆっくりと目を開ける。


「……あの方の……謀略に加担すれば。あの方は帝国における聖騎士の地位を改善いただけると約束してくれた」

「……! 隊長、それは……」

「困難な事は分かっている。それはあの方にもご理解いただいている。もし難しいようだったら止める様にも言われている。だが俺は、もしチャンスが回ってきたら。やりたいと考えている」


 皇国へ発つ前、レイハルトはパスカエルと面会していた。そこで持ちかけられたパスカエルの謀略。

 

 帝国に弓引く反逆行為ではあったが、パスカエルの裏に王族がいるのは、自分が使節団に配属された事からも想像がついた。パスカエル自身、裏にはやんごとなき身分の方が関わっていると匂わせてきたのだ。


 派閥抗争の多い帝国において、王族ですらその波にのまれるのかと恐れおののいた。


 だが何より今回の事は西国魔術協会の長と、おそらくは王族も容認しているという事が大きい。リスクは高いが、成功すれば帝国内で聖騎士の立場改善に繋がるのは間違いない。


 実際パスカエルは「聖騎士家系の者も魔術師になれる様にする」と約束したし、それができる権力もあるのだから。


 未来の聖騎士家系に生まれてくる子ども達を思えば、自分の命を懸ける価値は十分にあると思った。


 何よりヴィオルガやフィアーナは個人的にも嫌いである。あの高慢ちきな女達を見返してやりたいという反骨心が、レイハルトの中にあった。


「……もし事をおこすとなれば、同志たちでタイミングや口裏を合わせておく必要がある。今回の使節団に配属された魔術師の中で、あの方から協力者だという者の名を聞いている。皇国に到着するまでの間、内密に接触を図る」

「……はっ。全ては聖騎士の未来のために」

「ああ。頼む」


 レイハルト自身、わざわざ帝国で聖騎士になりたいとは考えていない。自ら進んで聖騎士になりたがる貴族など、もはや帝国にはいないのだ。


 その道しか選べなかった事で受けてきた屈辱は多い。あからさまな侮蔑の視線を送ってくる者もいるが、ヴィオルガやフィアーナの様な者たち。自身が上級貴族な上に、優れた魔術師でもある者は侮蔑すらしてこない。


 聖騎士など路傍の石も同然、石相手にわざわざ感情的になる者などいやしないのだ。


 だが聖騎士になるしかなかったとはいえ、幼少の頃より強くなるため努力してきたのは事実。ヴィオルガ達の眼を見ていると、その努力さえも嘲笑われている様な気がした。


(おのれ……。この屈辱を晴らせるのなら、俺は自分の命さえもいとわん! 見ていろ……! お前たちが永き時をかけて聖騎士に与え続けた屈辱、その大きさを思い知らせてやる!)


 それから間もなく、船は皇国の港に到着した。港には皇国軍や皇国の将軍が出迎えに出ており、歓迎ムードであった。


 一行は皇国軍に先導されながら皇都を目指す。その道行を進む聖騎士レイハルトの懐には、赤い杭が忍ばされていた。

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