第65話 理玖と指月 皇国に迫る予感
「さぁ理玖、雫! 昼までには皇都に帰るわよ!」
「へいへい……」
亀泉領での騒動から数週間後。皇都に帰還した俺は、新たな仕事を善之助から請けていた。その仕事とは皇都圏に存在する村々の巡回だ。もう少し詳しく言うと、そのお役目を受けた涼香、雫の付き添いになる。
元々涼香がよく受けていたお役目らしいが、善之助はそれに俺も加わってほしいと仕事を依頼してきた。まぁ数日一緒に出掛けるだけでそこそこの実入りになる。楽な仕事と言えるだろう。
「兄さん! この数日見回った村、どこも問題はなさそうだったね!」
「そうだな。そう何度も問題があっても困るが」
「でも破術師に村一つ壊滅させられた事は記憶に新しいわ。やっぱり定期的な巡回は必要よ」
「それについては同感だな。万葉の未来視もない今、霊影会みたいな連中がどこで何をしているのか分からんしな」
帝国貴族の女魔術師の件もある。この数日、それなりに気を付けていたが、それらしい気配は感じなかった。
「理玖! 皇都に戻ったら私と雫にご飯奢りなさいよ」
「はぁ? なんでそうなる。お前らは家に帰れば飯くらい食えるだろうが」
「いいじゃない。どうせお金は余らせているんでしょ。あなたのその実力で稼いだお金、少しは皇国のために使いなさい」
「……お前。この間言っていた、俺の実力に意味を与えるってまさかこの事じゃないよな」
「これも意味の一つよ。何よ、悪い?」
稼いだ金でお前らに飯を食わせるために身に付けた力じゃないんだが……。
「ふ……くく……」
「何で笑うのよ!?」
「いやいや、あまりにもお前らしい発想だと思ってな」
「でも実際、兄さんがお金を使う事で皇都の経済は回るし。ため込まれるよりは使ってもらった方が、皇国民としては嬉しいような……」
「なんだ雫。お前も俺の金で飯を食いたいのか」
「え……あはは……」
武人や術士が飯を食うためだけに街に出てくる事は少ない。下手に入店すれば周りの客も気を使う。だが中には貴族向けの店もあるにはある。それなりの値段ではあるが。
「まぁいいだろう。俺も飯自体は好きだしな」
「え、いいの?」
「言ったわね! 昼食は理玖の奢りで決まりよ!」
何せ長い間、ずっと調理された飯とは縁遠い生活をしていたんだ。正直こっちに来て食べる飯はどれも美味しい。
俺達は皇都に戻ると貴族向けの高級料亭に入り、食事を楽しんだ。ちなみに二人もこういう店は初めてだったらしいが、何も遠慮せず高い品目を選んでいた。
■
雫と別れ、涼香と共に葉桐家の屋敷へと向かう。あまり近づきたくない場所ではあるが、このまま報酬を受け取る手はずになっているため仕方がない。俺は屋敷へは入らず、敷地の外で足を止めた。
「おい涼香。さっさと家人に金を持ってこさせろ」
「はいはい。……て、あら?」
涼香の存在に気付いた家人が屋敷から出てくる。どこか慌ただしい。
「涼香様、お戻りになられたんですね!」
「ええ。お役目は果たしたわ。……どうしたの?」
「実は今、指月様がお見えになられていまして」
「ええ!? 指月様が!?」
指月が……? 葉桐家と言えば皇護三家の一角、用があって立ち寄るのはない事ではないんだろうが……。普通は出向かせるもので、皇族が自分から出向く事は少ない。
……いや、指月の足は皇族らしからぬ軽さがある。あいつなら本当に、近くを通ったからついでに要件を済ませておこうと臣下の家に立ち寄るかもしれない。
「……仕方ない。俺は先に帰る。金は後日でいい」
「あ、あの……」
「うん?」
「理玖……様がもしお見えになられたら、部屋に通してほしいと言われておりまして……」
少したどたどしい雰囲気で俺に話してくる。指月が俺を殿付けで呼んでいる以上、罪人とはいえ家人如きが呼び捨てにはできなかったのだろう。
「……指月が?」
「は、はい……」
「理玖、少しは皇族に対する礼儀を意識してよ。一応ここは葉桐家なんだから……」
最近は諦めたのか、涼香は以前ほどうるさく注意してこなくなった。だが流石に場所は選ぶらしい。
しかし指月が葉桐家に来て、俺にも聞かせたい話、ね。事前に家人に言い含めていたという事は、ここで断っても後日同じ件で話がしたいと言われるだろう。どちらにしても俺に伝えるつもりの話があるのだ。
指月には人探しも頼んでいるし、皇族の影響力を活用させてもらっている以上、俺としても断る理由はないな。
「分かった。案内してくれ」
「はい」
とはいえ、葉桐家の門をくぐるのは少し抵抗があるが。
■
「やぁ理玖殿。しばらくぶりだね」
「ああ」
通された部屋には指月と善之助、それに清香といつかの女近衛がいた。名は確か天倉朱繕。現近衛頭だったか。おそらくは指月の護衛だな。
「涼香のお役目に付き添ってくれた事、礼を言う」
「気にするな。あくまで仕事、金は貰うんだ」
俺の態度に清香は苦笑い、朱繕は薄っすら青筋を立てている。武人は分かりやすい奴が多い。
「帰ってきて早々すまないね。疲れているとは思うんだが」
「いいや。数日かけて散歩してきた様なものだ。亀泉領みたいな事なんてそうはないだろ」
「ふふ、確かに。……実は君に話しておきたい事があってね」
「……仕事か?」
「どうだろう。頼める機会があれば、個人的には是非と思っているけどね」
曖昧な言い方だな。まだ仕事になるかは分からないが、俺の耳に入れておきたい話があるという事か。周りの顔を見るに、すでに俺以外は事情を理解している様だが。
「実は近く、皇国は帝国貴族を迎える予定があってね」
「……帝国貴族を? そりゃ随分珍しいな」
皇国と帝国は互いに交流はあれど、親密という間柄ではない。偶に外交官が行き来するくらいだが、指月の話ぶりからしてそんな度合いの話ではないのだろう。
「幻獣の大量発生が目前に迫っている状況は向こうも同じだ。そこでこれまで別々に発展してきた霊力、魔力について、互いに交流を図らないかと話を受けてね。我らがそうであるように、帝国も打てる手は打っておきたいのだろう」
「なるほどね。今更互いの術の違いを学んでも、得られるものはない気もするが……」
何せ発動のさせ方から使い方まで違うのだ。いきなり吸収してさらにいい方向へ伸ばす、なんてことはまず不可能だろう。それができるのならこの600年の間で既にやっている。
「いきなりは無理だろうね。だが時が経てばその経験は未来に活きるかもしれない。それに同じ幻獣という脅威を抱えているもの同士、これを機に交流を深めていくのも悪くはないと私は考えている」
「ま、敵対する間柄ではないしな」
俺は魔境で得た知識を思い出す。幻獣という共通の脅威がなくなった時、かつて人は国家間同士で争いがあった。
皮肉な事に幻獣がいるからこそ、今も残る皇国と帝国は争わずにすんでいるのかもしれない。指月なら過去に自分たちの国が戦争をしていた事を知っていそうな気もするが。
「術の交流である以上、帝国からは魔術師がやってくる。その中の一人はなんと皇帝の娘だ」
「そりゃまた随分な大物を送り込んできたな」
「まったくだね。しかも王女殿下は帝国ではかなり名の通った魔術師でもある」
「へぇ……」
術に重きをおく帝国において、魔術師として名を馳せる。その意味を考えると只者ではない事が伺える。帝国における万葉みたいな人物なのかもしれない。
「そうした人物を迎えるくらいだ、こちらも当然それなりの人を出すつもりだよ」
「……万葉、か」
「その通り。あとは九曜家や葉桐家からも人を出してもらう予定だ」
「葉桐家も?」
俺の問いに答えたのは清香だった。
「葉桐一派が使う霊術……金剛力とか絶影ね。似た様なものは帝国にもあるらしいんだけど、霊力を近接戦闘で使う技術は皇国に分があると言われているの。交流の目的には沿っているわ」
「神徹刀もあるし、な」
その代わり、帝国にはセプターがあるが。
「あくまで互いの国の文化交流が目的である以上、そう滅多な事は起きないと思うが。死刃衆の件もある。特に帝国から賓客を迎える立場としては用心しておきたい」
なるほど、ね。交流には万葉も出る。せっかく死の未来を回避できた自分の妹に、また何か危機が迫る様な事があれば、と心配しているのだろう。
それに今の万葉には大陸の未来がかかっているとも言える。その存在は前よりもより重要さが増している。指月としては万が一の備えに俺を充てたいのだろう。
大手をふって罪人を雇い入れられるかは難しいところだが、俺に事情は理解していて欲しいといったところか。相変わらず過保護な兄だな。
「話は分かった。基本的に俺が出る幕じゃないようだが、何かさせたい仕事があるなら言ってくれ。金銭次第で請け負う」
何せ俺は罪人な上に霊力も持たないしな。今回の帝国との交流には何も関係がない。だが指月にはそれとなく意図は理解したと伝えておく。
それに万葉を護るのは大精霊との契約でもある。事前にこうした事情を教えてもらえるのはありがたい。
「もし理玖殿の力を借りたくなったら、使いを出させてもらうよ」
「ああ。しかしこの間、亀泉領で戦った帝国貴族の件もある。そいつが今回の交流に関係あるのかは分からないが、何かあれば呼んでくれ」
この言葉の意味は指月と清香にしか理解できなかっただろう。この中で万葉が俺を物理的に呼び出せると知っているのは、指月と清香だけだ。
「俺への要件はこれで終わりか?」
「ああ。そういえば葉桐一派のお役目を手伝ってくれていたんだってね。皇族として礼を言うよ」
「さっき善之助にも言ったが、対価は貰っているんだ。礼は必要ない」
もう用は無いと俺はその場を後にした。帰りに家人から報酬を受け取り、帰路につく。
それにしてもこの時期に帝国皇女のお出ましか。どうなる事やら……。
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