第41話 父と子 2

「少しばかり一派の若手をあしらったからといって、図に乗り負って……」


 錬陽は刀を抜くと即座に霊力を高め始めた。こいつの実力は昔通りであれば、一派の中で上位数名に入る。つまりは誠彦や涼香とは違う、今の俺の強さを計る物差しに相応しい相手。俺は静かに拳を構えた。


「刀を捨てて無手に走ったか!」

「てめぇが刀を使うに相応しい相手と判断したら、そっちも使ってやるよ!」

「ぬかせ!」


 錬陽の姿が視界から消える。絶影。見事な入りだ。だが俺に対する敵意はしっかり感じるぜ! 


 俺は左横に迫る鋭い気配を捉えて身をよじる。そこにはいつの間にか錬陽が姿を現しており、丁度刀を振りかぶったところだった。一瞬驚いた様に両目を見開いていたが、そこから流れる様に連撃に繋げて斬りかかってくる。


 一閃二閃三閃。早い。だが十分見切れる。


(急激な霊力の高まり! そんな一瞬で練れんのかよ!)

「極・金剛力! 一の型・無為羅刹!」


 俺が錬陽の霊力の高まりを感じたのと、錬陽が最大の威力を誇る斬撃を繰り出してくるのはほぼ同時だった。圧倒的な武威を纏っての一撃。これを十分にタイミングを見計らって避ける。


 この格の武人ともなると、早く避けても対応されるし回避にも気を使う。俺の後ろにあった木々は、錬陽の技の余波で散り散りに吹き飛ばされていく。


「おいおい、こんなの食らったら流石に即死だって」

「だがやはり躱したな! まさかお前がここまでの実力を身に付けているとは! 涼香たちをあしらったのは、どうやらまぐれではなかったらしいな!」


 叫びながらも錬陽はどんどん斬撃を繰り出してくる。極とまではいかなくても、かなり強めの金剛力を纏っているな。うかつに対応するのは危険、回避に徹する。というか、さっきから反撃できる隙がない!


「霊力を持たぬ身でよくぞそこまで! だがお前が身に付けた実力は、避ける事だけか!」

「うるせぇ!」


 くそ、なんて馬鹿力だ! しっかり避けないと余波で肉体も切られる! 


 だがどれだけ振るっても俺に攻撃を当てられない事に業を煮やしたのか、錬陽は一旦俺から距離を取る。息切れ一つもない。バケモンだな。


「……見事だ。まさかこれだけ振るってもなお斬れぬとは」

「もう歳だな。引退しろ」

「だがそれだけに惜しい。お前のその実力、どうやって身に付けたのかは気になるが。その実力故にお前はこれから、霊力を持つ武人との越えられぬ壁を見せつけられるのだ」


 錬陽は一度ふぅ、と静かに呼吸を整える。ついにこの時が来たか。錬陽は両目を大きく見開くと、裂ぱくの気迫と共に叫びをあげる。


「御力開放! 絶刀、北斗随想!」


 皇族より賜りし神秘の刀。神徹刀の御力を錬陽は開放する。先ほどまでより圧倒的な霊力を、これでもかと見せつけてくる。


 今の状態で極・金剛力を使われたら、さっきの技とは比べ物にならない威力を発揮するだろう。


「これが神徹刀を抜いた武人の霊力だ。只人たるその身では抗う事叶わず。さぁ最後の機会をやる。理玖、大人しく葉桐家に来い」

「く、くくく……」


 俺は再び笑いだす。錬陽から見れば、圧倒的な力を前に気が触れたとでも思うだろう。だが俺が笑うのは別の理由だ。


「何を勘違いしてんのかは知らねえが。俺は待っていたんだよ! てめぇが神徹刀を抜いて本気になんのをなぁ!」

「……なんだと?」

「本気じゃないてめぇを降して、あとで言い訳されたら面倒だからな! ここでしっかりと、てめぇには俺より下だって事を教えてやるよ!」


 さぁ言った。言ったぞ。もう後戻りはできない。俺も本気を出すべく、血に刻まれた力に意識を集中する。


「俺が神徹刀を抜くまで待っていたとぬかすか! この痴れ者がぁ!」


 先ほどとは比べ物にならない、光の如き速さで俺に接近してくる。しかし。


 今の俺にははっきりと見えている。俺は錬陽よりもさらに早く、右手の人差し指と中指を揃えて立てる。


「理術・溺真水法・環氷縛」


 錬陽は自分の身に何が起こったのか分からなかっただろう。俺の肉体に刃が届くその瞬間、いやもっと前から自分の勝利を疑っていなかったはずだ。


 しかし今。その錬陽は、俺の目の前で突如発生した水球に閉じ込められていた。さらに両手両足は氷の拘束具で縛られており、身動きも取れない。


 水絡みの理術は近くに水場が無いと使用できないという縛りがあるが、状況さえ整ってしまえば関係ない。


 必死で水球の中で抗っているのが見えるが、呼吸も整えらえない、手足の拘束を解く事もできないとなると、歴戦の武人といえど無抵抗に等しい。


「神徹刀……それも絶刀の御力を用いても、俺の拘束は簡単には解けない様だな。なるほど、十分使える。……なんだ、父上。随分苦しそうだな? く、くく。それじゃ最後にもう一つ見せてやるよ」


 水球に映る自分の顔。その右目。そこには複雑な文様の刻印が刻まれており、紅く光っていた。これこそが大精霊との契約の証。俺は再び意識を集中させる。


「理術・地牙木法・樹穿刺」


 錬陽の足元から突如、先端が鋭く尖った、細い木の枝が複数伸びる。木の枝は身動きの取れない錬陽の肉体を次々と貫いていく。


 錬陽はごばっと大きく口から空気を吐き出し、苦悶の表情を浮かべた。窒息死まで秒読みといったところか。


 ……ああ、いい。左目の疼きが治まっていく。心も軽くなっている。それに呼応するかの様に、水球は錬陽の血でどんどん赤く染まっていく。


「……まぁこんなもんだろ」


 手をパンッと叩く。全ての術は効果を失い、水球は弾け、氷の拘束具は割れ、伸びた木の枝は元に戻っていく。目の前には身体に穴を開けられ、気を失った錬陽が倒れていた。


「く、くく、くくく……。いいぞ、いい……。とうとう俺は、こいつにも勝る力を得たんだ……! はっはははははは! 葉桐一派、恐れるに足らず!」


 ああ。確かに左目の疼きは治まっているのに。何でこんなにも空しい、と感じてしまうのか。


 仮にも父を瀕死にさせたから? 昔の仕返しをしている様に考えてしまったから? 結局刀では勝てていないから? …………分からない。


「はははは、はぁ……。何だか急にどうでもよくなったな……」


 一応木の枝は細くしたし、重要な臓器も避ける様に気を付けた。かすりはしたかもしれないが、まぁ簡単には死にはしないだろう。


 こいつも結構やる気で刀を振ってきたし、それ相応の反撃を受けるのは必然というものだ。むしろ術の手加減をしてやったくらいだ。だがこのままここで放置したら、流石に死ぬよな……。


「はぁ……。仕方ねぇ親父殿だ」


 俺は簡単に止血を施すと親父を背負う。俺の肉体が成長したためか、思っていたより軽いと感じた。


「言っておくが街の入り口までだからな。あと俺が勝ったんだ、用があるなら葉桐から顔を見せに来い」


 俺は街に着くまでの間、意識の無い父に好き勝手言ってやった。





 街の入り口で適当に人を捕まえて、親父を診療所に運んでおいてもらった。血だらけの武人の存在に驚いていたが、そこで倒れていたと適当な事を言ってやり過ごす。まだ夕日は沈んだばかり。人がいる時間で良かった。


「さて。今日をこの街で最後の宿泊にしよう」


 もはや迷いはない。明日は皇都を目指す。そう決意し宿に向かうが、人通りも少なくなった宿屋の前に二人の男女が立っていた。


 二人とも俺の姿を見るなり驚いた表情を隠さない。男はよく分からんが、女の方は武人だな。それも相当できる。完全に俺に用がある感じだ。また親父の様に、俺を葉桐家に引っ張って行きたい奴らか……? 


 いろいろ可能性を考えつつも俺は歩みを止めない。二人の目の前まで着いた時、最初に口を開いたのは女の方だった。


「まさか……信じられん……」

「だが彼が一人でここに姿を現したという事は。そういう事なのだろう?」


 ……なんだ、こいつら。とりあえず敵意は感じないが。


「誰だ、お前らは」

「……! 無礼な! この方は……!」


 叫び始めた女を男は手で制する。


「突然押し掛けたのはこちらだよ。それでもまさか、理玖殿一人で現れるとは思わなかったが……。確認だが、錬陽殿とは会わなかったかな?」

「ああ、会ったな」

「……彼は今、どこに?」

「この街の診療所で寝てるよ。あいつの迎えならここじゃない。残念だったな」


 俺の答えに二人はさらに驚く。俺の事を理玖と知っている、か。親父が俺に会いに来た事も知っていたし、俺の居場所を掴んでいたのはこいつらか……?


「う……うそだ! 貴様の様な無能者に、錬陽殿が敗れる訳がない!」

「あ、そう。ならそれでいい。じゃ、用がないなら俺は宿にもどるから。そこをどけ」


 別に他人に、親父に勝った事を自慢したり、信じて欲しいなんて気持ちはないんだ。心底どうでもいい。俺に用がないなら話はここまで、と切り上げようとしたところで、男の方が口を開く。


「ああ、待ってくれ。君と話がしたい」

「…………」

「自己紹介が遅れたね。私は月御門指月。これ以上は必要かな?」

「……なに?」


 この国で月御門の性を持つ者。それすなわち皇族である。すると隣のこいつは近衛か。


 一体皇族が罪人の俺に何の用なのか。どう断ろうかとも思ったが、さっきまで親父に吠えていた自分の言葉を思い出す。


(用があるならそっちからこい、か……)


 仮にも皇族ともあろう者が、皇都から出てこの街まで来た。少なくとも話くらいは聞いてやるべきか。


 それに皇族の姫の事もある。考えようによっては、そっちの情報を得られる機会でもある。そう思いなおし、俺は自分の部屋に二人を招いた。

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