第33話 群島地帯の武人 用心棒・賀上誠彦

「くそっ!」


 賀上誠臣の弟である賀上誠彦。彼は非常に機嫌が悪かった。それというのも、気に食わない事が立て続けに起こった事が原因だ。その一つが、偕が近衛に入って神徹刀を皇族より賜った事だった。


(あいつの……! 無能者の弟のくせに! 罪人の弟のくせに! 何故誰も罪人の弟が近衛に入る事に反対しない!? 葉桐家も皇族もそれを許すのか!? おかしいだろっ!)


 誠彦たちの世代はどうしても偕と比べられる。この世代を指して「偕の世代か」とまるで自分たちの代表に偕がいる事に我慢できなかった。


 しかも武人の誉、近衛に十代で入ったのだ。これからはより一層、偕と比較される事になる。


 誠彦自身、武人として修練はしっかりと積んできている。その実力も努力の量も、決して偕に引けはとらない自信もある。それなのにいつも注目されるのは偕。またそれが理玖という、神徹刀を持ちだした罪人の弟というのが腹立たしかった。


(あんな……無能者の!)


 自分より年上で、幼少の頃は剣の才溢れていたと言われる理玖。だが霊力に目覚めず、誰がどう見ても武人に相応しい男ではなかった。


 その事を思い知らせてやろうと、何かと理由を付けては理玖と稽古試合を行い、一方的に痛めつけていた。ここはお前が居ていい場所ではない、と直に身体に教えていたのだ。


 その理玖が罪人となり、皇国籍を抜かれたと聞いた時、心の底から喜んだ。無能者など罪人がお似合いだとも思った。そしてこれで偕の評判も落ちるとも考えた。


 だがふたを開けて見れば、いつも評価されるのは偕。誰もが偕、偕、偕、偕。そして今や近衛となった偕。


ダンッ!


 腹立たしさから思わず机を叩く。隣に立っていた男はビクッと肩を震わせた。


「か、カガミさん。どうかされました?」

「何でもいいだろ!」


 もう一つ気に入らない事。それは今、賀上誠彦が置かれているこの状況だ。誠彦は今、群島地帯に派遣されていた。


 現在、群島地帯は三つの一家がその覇権をかけて争っている。一つはこの抗争の引き金となった、凶暴凶悪なシュド一家。まさに罪人の血を引く未開の蛮族らしいと誠彦は考える。


 次にグレッグ一家。ここは代々西の帝国と結びつきが深く、今も帝国の援助を受けているおかげで今日まで生き残っている。


 最後にドンベル一家。グレッグ一家とは反対に、皇国と関係を築いてきた一家である。皇国……特に薬袋家はドンベル一家と繋がる事で、群島地帯における皇国の足掛かりを作ってきた。これまでもいくらかドンベル一家を支援し、またドンベル一家は皇国から依頼された西の情報や交易品の都合をつけたりもしてきた。


 ここは場所柄、東西様々な情報が集いやすい場所でもある。帝国も皇国も上手く活用しようと考えるのは当然の事だった。


 そして誠彦は、シュド一家により窮地に追いやられたドンベル一家の用心棒として、皇国より派遣された。


 出自も怪しい、無頼漢どもの住む土地。この様な地に皇国の武人たる自分が送り込まれるなんて。偕は皇国最強の武人、天倉朱繕に直接手ほどきを受けているというのに。思い出すとまた腹が立つ。


 群島地帯において、誠彦は最強の男だった。シュド一家とも何度かやりあったが、誠彦と戦った者は全員斬られた。


 そもそもまともに霊力が扱える者がいない土地なのだ。皇国の武人たる誠彦に勝てる者などいるはずがない。だからこそ誠彦は、余計に自分の実力に自信をのぞかせるのだが。


「こんな雑魚からこいつらを守るために、自分はここに送り込まれたのか」


 初めてシュド一家と戦った時に思った事である。誠彦が来てからというもの、シュド一家もうかつにドンベル一家に手が出せなくなった。おかげで最近は何もする事がない。


 毎日酒と上手い飯、それにあてがわれた女……ドンベルの娘を抱く怠惰な日が続く。あわよくば誠彦の霊力を継ぐ子が欲しいと考えているのが丸分かりだった。


 ドンベル一家も圧倒的な武を誇る誠彦を丁重にもてなす。そのため、ここまで自由な立ち振る舞いは皇都ではできぬと、そこだけは唯一評価している点である。


 だからといってずっといたい訳ではない。自分の様な武人にここは相応しくないと常々考えている。だからその日の晩。誠彦はドンベルにある提案を持ち込んだ。


「本気で言ってるんですかい、カガミさん」

「もちろんだ。シュド一家などさっさと潰してしまえばいい。確かに僕はお前たちの用心棒として皇国より派遣されたが、シュド一家を潰すなとは言われていない。こちらから攻め込んでシュドを仕留める。そうすればお前たちを脅かす存在はこの島にいなくなる。用心棒として当然の事だろう」

「しかしですねぇ……」


 群島地帯は三つの一家が支配しているとはいえ、決して互角ではない。既にシュド一家はドンベル一家、グレッグ一家よりも広く、多くの島を支配しているのだ。ドンベル一家が攻め込んだところで、大きな被害が出るのは明白だった。


「はぁ。少しは頭を使えよ。グレッグ一家と手を組むんだよ」

「……グレッグ一家と?」

「そうだ。あそこと力を合わせれば、シュド一家よりも戦力は勝るだろ?」

「カガミさん。これまでどの一家も独自のやり方でここを支配してきました。他の一家と手を組んで何かやろうなんて、誰もした事ありませんよ。干渉しないか、あるいは戦うか。それだけです。グレッグ一家も、うちとは手を組みませんよ」

「それはこれまでの話だろ? この数年で今までの常識は崩されたんだよ。そうやってどの一家も協力しなかったから、シュド一家の台頭を許した。違うか?」

「それは……」


 この度に及んで自分たちの事しか考えられないのか。やはりバカな連中だと、誠彦は胸中でドンベルを見下す。


「今シュド一家の台頭を食い止めたいのは、グレッグ一家も同じなんだよ。シュド一家を潰すまでの期限を設けて、一時的でも良いから手を組むんだ。向こうも帝国から用心棒が来ているんだろ? 僕とあっちの用心棒、それに二つの一家の戦力。これだけそろえばシュド一家なんて訳ないさ」


 群島地帯の勢力図が膠着したもう一つの理由。それはグレッグ一家にも帝国から魔術師が一人、派遣されてきたからであった。


 本場の霊力使いと魔力使いを前に、シュド一家はこれを攻略できる手を編み出せない。だが支配域だけは着々と広げてきた。それが今の群島地帯である。


「分かるかい? 普段協力する事を知らない君たちも、今なら共通の敵がいる事で互いに益のある関係を築けるんだ」


 ドンベルは誠彦の言う事を考える。確かにグレッグ一家の魔術師とも協力すれば、シュド一家は潰せるかもしれない。


 だが誠彦の存在はいるだけで一家の益になる。それに娘が誠彦の子を孕むまではここに居て欲しい。これらの事情とシュド一家をここで潰す事のメリット、それにグレッグ一家が共闘を引き受ける可能性を考えたところで。


(まぁシュド一家はこれで潰せる、か。それに潰した後もその礼だか何か理由を付けて、このガキをここに引き留めればいい。なぁに、本国ではできないような贅沢をさせてやってるんだ、いつかは帰るにせよ、娘が少し気を引けばこいつはしばらく滞在していくだろ。むしろ用心棒としての仕事がなくなった分、より羽目を外すかもしれねぇな)


「……ようし、分かったよ、カガミさん。早速グレッグ一家に使いを出してみよう」

「最初からそう言えば良いんだよ。ったく……」


 ドンベルとしてもここまで傍若無人に暴れてきたシュド一家に対し、良い気はしていない。潰せるものなら潰したいし、皇国の武人が協力してくれている今がそのチャンスである事も理解している。


 シュド一家を潰せば、その支配地を巡ってまた新たな火種が生まれるだろうが、それならそれで誠彦を用心棒としてここに駐留させる理由になる。


 つまりグレッグ一家と手を組めようが組めまいが、どちらでも良いのだ。であれば、ここはとりあえず誠彦の言う通りに動いて機嫌をとっておく。


(お坊ちゃんは単純で助かるな。可能な限りここで暮らし、俺達の役に立ってもらうぜ)

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