第32話 皇都の三天武と迫る予感

 三人は神徹刀を与えられ、御力を引き出すための修行を開始する。監督するのは近衛頭である天倉朱繕だ。


「神徹刀は御力を引き出せなければただの頑丈な刀だ。まずはこれを引き出す事から始めてもらう」

「あの……」

「なんだ、陸立」

「僕は以前、歴督様よりいただいた短刀があるのですが……」


これまで偕は歴督より賜った短刀「羽地鶴」の御力である絶刀が使えていた。今回、新たに刀を賜ったものの、羽地鶴をどう扱っていけばいいのか分からないでいた。


「神徹刀は御力開放中、常に霊力を燃やし続ける。歴史上、二刀の神徹刀を持った者もいなくはないが、聞いた事はあるか?」

「いえ、ありません」

「当然だ。二本の神徹刀の御力を開放するとなると、霊力は一瞬で干からびる。よってお前はどちらの御力を引き出すのか、その都度判断する事になるだろう」


 原則、戦闘をしながら振るう神徹刀は一本。それ以上は人の霊力で扱えるものではない。


「だが神徹刀はその御力を引き出してからが大変だ。その能力次第ではこれまで身に付けた戦い方に大幅な変更を求められる事もあるし、新たに得た力をどうこれまでの剣技に滲ませていくかの試行錯誤が必要になる。例えば賀上。貴様、葉桐一刀流はどの型を得意とする?」

「三の型です。強硬身には自信があるので」

「だがお前の神徹刀は、もしかしたらもっと攻撃的な能力に目覚めるかもしれん。そうなると守り主体の三の型とは、かみ合わせが悪い可能性も出てくる」

「な、なるほど……」


 葉桐一刀流にはいくつか派生がある。金剛力と組み合わせる事を前提とし、攻撃主体の一の型。絶影と組み合わせ、素早い動きで相手をかく乱する二の型。そして強硬身と組み合わせることで防御主体の刀を振るう三の型。


 他に複合型もあるが、基本はこの三つの型から各々で適性を考えて習得していく。金剛力が得意な清香は一の型、絶影の得意な偕は二の型、といった具合だ。


 そして神徹刀の御力で得られる能力も大きくは三つ。刀身に御力を纏う「絶破」、刀身から御力を放射する「絶空」、身体能力をさらに向上させる「絶刀」の3つ。稀に狼十郎の様にそれ以外の能力に目覚める事もあるが、そちらは少数派だ。


 そして神徹刀を賜ったものが最初に苦労するのが、目覚めた御力を上手く使いこなす事。加えて、それまで身に付けて来た自分の剣技に、どう組み入れていくかという事。人によってはこの試行錯誤に数年の年月を費やす。


「いずれにせよ、まずは神徹刀の御力を引き出せてからだ。今からその稽古を始める」


 そう言って朱繕は自分の神徹刀をすらりと引き抜く。


「天倉様!?」

「まずは清香、お前からだ。刀を抜け」

「……! し、真剣で行うのですか!?」

「臆したか。神徹刀の銘を視るのはそう簡単な事ではない。陸立、貴様も短刀とはいえ、銘が視えたのは戦い最中だったであろう?」

「は、はい」

「毎日振り回していれば銘が視えるというものではないのだ。……いや、過去にその様な剛の者もいたとは聞いているが。……オホン、とにかくだ。私との打ち合いの中でその新たなる神徹刀、目覚めさせてみせろ!」


 道場に朱繕の気迫が満ちていく。ちなみにその剛の者とは偕の祖父、陸立時宗である。


「わ、分かりました! ……いきます!」


 清香は刀を抜く。同門の真剣での試合はもちろん初めての事。下手すれば自分も相手も無事ではすまない。その不安が顔に出たのか、朱繕は暗く低い声で告げる。


「貴様、まさか自分の剣で私を傷付けたら、とか考えてはいまいな? 貴様の目の前で構えるは皇国最強の武人、天倉朱繕ぞ。貴様如きの剣が届くと、本気で思っているのか?」


 清香も決して自惚れてはいない。その志は常に高く、狼十郎に師事した事で達人と呼ばれる領域にいる者は皆、霊力や剣技に自分だけの多くの妙技を身に付けている事も理解した。


 以前よりも広く深い見識を得ているし、これまでの自分の努力を疑ってもいない。


 だからこそ。朱繕の言葉には「だったら見せてやる!」という敵愾心を覚えた。


「ふっ。多少はマシな顔付きになったな。私はお前の後にも賀上や陸立の面倒を見なければならん。さっさとかかってこい」

「……! いきますっ!」


 この日から偕たちの近衛としての修行が始まった。朱繕は当初、本気で偕たちを近衛から追い出すつもりであった。


 万葉の事情は聞いているが、夢に出てくる近衛の顔を見ていない以上、それが本当に偕たちであるという保証はない。万葉の夢が外れないのであれば、もし偕たちでなくとも代わりの三人が現れるはずである。


 近衛は実力が認められて就く役職。何より自分の率いる近衛に弱者は不要。もしかしたら将来、万葉の危機に居合わせるかもしれないからという理由で、近衛に弱者を入れられても迷惑なのだ。


 だが偕たちは、朱繕の予想を大きく上回る速度で成長していく。





 すっかり日も落ち、皇都に夜が訪れた頃合い。御所の一室で指月は万葉と向き合っていた。15になり、万葉は増々美しくなったと思う。


 現皇王には二人の妻がいるが、指月と万葉は正真正銘血のつながった兄妹である。生まれた頃は病弱だった万葉が心配で、子供に無関心な父に代わっていつも気にかけてきた。


 父を恨んでいる訳ではない。皇王とはそういうものであるとも理解している。だが母は万葉を生んだ後に亡くなり、妹を気にかけてやれる肉親は自分のみ。


 どれだけ彼女が未来を諦めようとも、自分が諦める訳にはいかない。例え万葉自身がその事で苦しもうとも。


「……どうやらその時が近づいているようです」

「それは幻獣の大侵攻の方かな?」

「……いいえ」


 つまりは万葉の死。指月はいつも人前で見せる様な朗らかな表情はなく、ただ苦渋に満ちた顔を見せていた。


「……数日前、新たな近衛が三人入ったと聞きました」

「ああ。葉桐一派期待の三天武だね」

「……その日に妖に立ち向かう三人が誰なのかは分かりません。ですが変わらない未来のために、三人の武人を危険にさらしたくはありません」


 最近の万葉は以前よりも元気がなくなっていた。それも無理はないと指月は考える。


 もうずっと自分の死を夢で見続け、そしていよいよその日が近いという予感まで感じているのだ。生きる喜びを見出す事もできない。そんな日々を15の少女が過ごせば、気の一つや二つも病むというもの。


「……最近、外でのお役目も増えたね」

「……はい」


 この場合の外というのは白璃宮の外という意味であり、万葉自身は皇都を出た事はない。ふぅ、と指月は息を吐く。


「父上は春の例大祭には、皇族からは万葉に出てもらうと話されていた。私は反対したのだが、成人した皇族でありながら民に姿を見せない訳にはいかないと言われてね……。だが初めてみる皇都外の景色だ。気分転換にはなるだろう。……万葉。私はあきらめないよ。万葉も、皇国の未来も、だ」

「…………」


 万葉の夢に出てくるのは妖と三人の近衛のみ。それ以外は場所も分からない。妖に人の道理が当てはまるとは思えない。もしかしたら御所や白璃宮で堂々と襲撃をかけてくる可能性もある。


 皇都に居ても外に出ても危険は同じ。だがその時に三人の近衛がいないというのが、一番避けなければならない事。


 万葉の未来はちょっとしたきっかけで変わる。それは良い方にも悪い方にもだ。朱繕の合格が出れば、すぐにでも偕たちを万葉に引き合わせる。そう決意する指月であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る