第14話 心の中

 でも、どうやって呪いを解くんだ?

 助けるために必要なことは解ったが、その方法が解らない。

 ちらっと由比を見ると、由比もとっくに違和感に気づいている。だからか、先ほどから攻撃を、姫自身に向けてではなく蒼鬼に向けている。

 呪力を弱め、鬼としての暴走を遅らせようとしているのだ。

 さすがは反逆者のボス。呪い以外の呪術も一級品だ。陽の気を送り込まれ、蒼鬼は苦しそうにしているが、姫を引き剝がそうともがくだけの力を取り戻している。

「どうする?」

 だが、このままでは蒼鬼が体力と気力を消耗するだけだ。そして、蒼鬼自身の対抗する力が緩めば、一気に鬼の力の暴走へと転がり落ちてしまう。

「自我」

 今、大切なのはそれだ。

 蒼鬼自身。

「いや」

 蒼鬼というのは呪だ。この名前もまた、鬼の呪の一部。

「そうか」

 そこまで考えて、ようやく解除の方法に気づいた。

 真名まなだ。蒼鬼の本来の、人間としての名前。これが肝心なのだ。

 だが、どうやってそれを知る?

 本人が今、答えられないのは明確だ。何とかして、蒼鬼の真名を知る必要がある。

 時雨は知れず、ぐっと握り締めている手に力を込めていた。

「魂に触れるしかない」

 名とは最も短い、それでいて強力な呪術だ。だからこそ、蒼鬼は蒼鬼と呼ばれることで、鬼としての性質や振る舞いを強化されている。

 だが、生まれてすぐ授けられた呪が、そう簡単に上書きされることはない。特に、彼が望んで変更したわけではない現状を考えれば、魂の奥底に、本来の名が残っているはずだ。

 危険だが、やるしかない。

「月見、青葉!」

 時雨はすぐに術式に移行すべく、二人を呼んだ。この状況では一人での実行は不可能だ。二人が駆けつける間に、時雨は周囲に結界を施す。

「時雨。どうするつもりだ?」

「蒼鬼の、あいつの中に潜り込む」

「え?」

 よほど予想外だったのか、青葉が呆気に取られた顔をしている。だが、今は一刻の猶予もない。

「真名を探るんだ。補助を頼む」

「了解」

 月見は質問を挟むことなく頷き、青葉をせっついた。

「あ、ああ」

 しかし、青葉は大丈夫かと気遣うような目を向けてくる。個人的に蒼鬼を恨んでいるのではないか。そう問いたいのだろう。

 今から行おうとする術は、相手の精神を殺すことも可能だ。蒼鬼の意識を奪ってしまうことが出来る。そうならない自信はあるのか。訊きたいのは当然だった。

「大丈夫だ。俺は、あいつを信じる」

 時雨は大丈夫だと頷き、精神を集中させる。それに青葉も頷くと

「行くぞ!」

 蒼鬼と時雨の精神を繋ぐべく、姫の攻撃をさらに緩ませるための術を最大限蒼鬼に送り込む。

 青葉たちの術で僅かに開いた隙間に、時雨は蒼鬼に施した術を足掛かりとして、その心の中へと潜り込む。

「っつ」

 どんっと大きな衝撃を感じて、時雨の意識が暗闇に放り出される。ぬるっとした気配を感じたのは、蒼鬼の中に無理矢理溜め込まれる陰の気か。

 ともかく、蒼鬼の心の中に入るのには成功したようだ。

「どこだ?」

 まだまだ、ここは蒼鬼としての領域だ。三年前、真名を奪われる前まで戻らなければならない。

「くっ」

 潜り込もうとしたら、あまりの冷たさにびっくりした。閉じ込められ、心を閉ざしていたからか。

 周囲は相変わらず真っ暗だ。音もなく、ただただ静かな暗闇が広がっている。

 冷たい静寂の空間。

 身動きを厳重に封じられ、暗い封印の間にいた間、蒼鬼は何も考えないよう、必死に自分の心に蓋をしていたようだ。それが、この静寂と、氷のような冷たさを感じる理由だ。

「そうしなきゃ、あそこまで普通には振る舞えないか」

 蒼鬼と初めて対面した、数時間前を思い出す。

 彼は平然と、自分たちのやり取りを見て笑ってみせた。それはあそこにいても、恨みに飲まれることがなかったからだ。感情がフラットになることもなく、まるで昨日まで外にいたかのように、どこまでも普通だった。

「どうしてだ?」

 あれだけ徹底して監禁されれば、本庁を、人間を恨んで当然だろう。たとえ蒼鬼が極悪非道な本当の鬼だったとしても、あんな措置を取られれば、恨んで当然ではないか。

 それなのに、現実への不満に蓋をして、自分の気持ちを封じて、平静を保ち続けた。それはどうしてだ?

「本庁はあいつが普通のままだから利用しようと企んだのだとしても」

 なぜ?

 時雨が問い掛けると、温度が変わった。

「仕方がないんだ」

 そして聞こえた、諦めに似た声。間違いなく、蒼鬼のものだ。

「仕方がない?」

 あれが?

 時雨には解らない。

 思えば、蒼鬼の態度は不可解の塊だ。本庁と対立し、鬼として封じられるまでのことをやっていながら、あっさり時雨たちに力を貸す。反発する態度は一度として見せていない。口ではああだこうだと言いながら、攻撃を仕掛けてきたことはない。

 時雨たちが行動を制限する術を掛けているから?

 いや、違う。蒼鬼の実力をもってすれば、あんな術、弾き飛ばすのは簡単なはずだ。逃げる気がないから、何もしていないだけだ。

 今だって、逃げ出しても誰も責めないのに、真っ先に姫と戦うことを選んだ。

 この事態に陥った責任なんて、蒼鬼にはこれっぽっちもないのに。

「なんでだよ?」

 こっちが苦しくなってくる。そこまで蒼鬼がする必要はないはずだ。

 確かに蒼鬼が封じられたことで対立は表面化したが、それまでも多くの火種を抱えていたのだから、どこかで爆発したはずだ。たとえ蒼鬼が封じられていなくても、由比たちはいつか離反した。

「なあ、お前はどうしてここまでやるんだ?」

 時雨が問い掛けると、途端に周囲の闇が消えた。そして、どこかの森の中に立っていることに気づく。

「あっ」

 大きな木の傍に、今より少し幼い、自分と同い年くらいの、狩衣かりぎぬを着た蒼鬼の姿があった。その蒼鬼の周囲には、精霊や妖怪など、清濁ごちゃ混ぜに色んなモノが集まっている。

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