第13話 蒼鬼と清浄の姫

「はっ、確かにな」

 姫の言葉に、蒼鬼は頷いてみせる。傍にいるだけで、強制的に身体に溜まった陰の気を引きずり出される。これほど厄介なことはない。鬼という呪を掛けられている蒼鬼にとって、近くにいるだけで苦しい存在だ。

「とっとと去れ。は主に用はない」

 一方、姫は単調にそう告げる。別に攻撃を仕掛けてくるわけでもない陰の気の塊など、傍にいてほしくないし、相手もしたくないということらしい。

「俺としてもそうしたいのは山々なんだけどな。あんたを洞窟に連れ戻さなきゃならない。いくら今は術だけとはいえ、こいつらを排除したら、あんた、そこから出て来る気だろ?」

 蒼鬼はこいつらと、由比だけでなく時雨たちも指を差す。

 それに、時雨は何でだと顔を顰めた。自分たちは本庁から遣わされてやって来ただけで、姫に攻撃を仕掛けようとしているわけではない。

「簡単だよ。お前らがいると、せっかく目の前にある自由が逃げちまうからな。ここで殺して、封じを消してしまうのが一番だ」

「なっ」

「そんな」

「どうして」

 驚いた声を上げたのは時雨だけでない。月見も青葉も信じられないと蒼鬼と姫を見比べる。

「鬼が戯言を」

 ふふっと姫は笑ってみせるが

「生憎と、同じように封じられていた身だ。あんたの心情は手に取るように解るぜ」

 蒼鬼は惑わせようったって無駄だと言い切る。

 その自信満々な態度に、時雨たちはマジかよと驚いたまま固まってしまった。

 もちろん、少し前までならば、蒼鬼の言葉を嘘だと感じていたことだろう。姫に向かって惑わせると指摘したのは、時雨たちのことを指しているのだ。だが、今の時雨たちは蒼鬼を全面的に信用している。

 それに、同じように封じられていたという言葉に、重みがあった。蒼鬼が不当なまでに厳重に封じられていたのは、今や疑う余地がない。

「――人間を、陰陽師を仲間とするか。鬼としての自覚が足らぬのう」

 時雨たちが動じないことに気づき、姫がやれやれと言った調子で呟く。それから、ぬっと腕を突き出し、蒼鬼の胸倉を掴む。

「!」

 予想していなかった動きに、蒼鬼はそのまま姫の傍に引っ張り込まれてしまった。途端に、身体中に激痛が走る。

「がっ」

「蒼鬼!」

 時雨が助けに入ろうとするが、その気の強さに近付くことが出来ず、そのまま弾き飛ばされてしまう。

「邪魔するというのならば、見逃すわけにはいかん。鬼よ、その名のとおり、陰陽師を殺せ」

「なっ」

 姫の放った命令に、青葉が驚きの声を上げる。一体どうすればいいのか、蒼鬼と飛ばされて転がる時雨を見比べる。

「手を放しなさい!」

 月見がありったけの呪符を投げつけるが、姫と蒼鬼、二つの気にやはり阻まれてしまった。ばちんっと大きな音を立てて、呪符が破れる。

「ほら。憎かろう。主を鬼へと堕とした連中に、復讐したくないのか?」

 激痛に苦しむ蒼鬼に、姫はそう囁き、唆す。

 身体の中にある陰の気を強制的に吐き出させられ、蒼鬼は嫌だと首を振りながらも、その通りだと頷きそうになる。思考を乗っ取られそうになる。

 こうなったのは、総て本庁のせいだ。

 それしか考えられなくなっていく。

「その手を放せ!」

 由比も加勢するが、やはり僅かに届かない。ありったけの呪いの気は、僅かに姫の清浄さを緩めたものの、蒼鬼を手放させるまでには至らなかった。

「どうすれば」

 起き上がった時雨は、誰の攻撃も通じない現状に歯噛みしてしまう。このまま、蒼鬼が暴走するのを止められず、しかも姫を野放しにしてしまうのか。

 本庁から本隊が出張ってきたら、蒼鬼が殺されるのは間違いないというのに。

「止めろっ!」

 蒼鬼の悲痛な叫びがこだまする。それに、時雨ははっとなった。

 まだ、蒼鬼は抗っている。自分たちが先に諦めてどうする。

「考えろ。何か手があるはずだ」

「攻撃を続けろ! 蒼鬼を苦しませることになるが、姫の気が緩めば、あいつの正気が戻る!!」

 先ほどの叫びを受けて、由比がそう命じる声がする。そして由比は、お前が何とかしろと時雨を見てきた。

 時間は稼ぐ。その間に策を考えろというわけだ。

「っつ」

 時雨はぎゅっと拳を握り締める。

 蒼鬼を助ける方法。そんなものがあるのか。

 彼は鬼で、それゆえに清浄の姫の気配にやられ、陰の気を吐き出している。

「えっ」

 どうして、そうなるんだ?

 違和感に、時雨ははっとなる。

 普通に考えれば、蒼鬼は姫に触れたら消されてしまうのではないか。

 先ほど術が弾かれたように、自分が弾かれたように、本来は触れ合えない存在ではないのか。

「あっ」

 違う。蒼鬼は本当は鬼ではないのだ。

 人間だった。陰陽師だった。

 あいつは、自分とは変わらない存在だったはずだ。

 では、この強制的に吐き出されている陰の気は――

「そういうことか」

 蒼鬼は、鬼という呪が掛けられた存在だ。それゆえ、鬼という概念を保つために

陰の気を集めてしまう。その陰の気が、ああやって姫の力に弾き飛ばされて吹き出している。それと同時に、足りなくなった分を補おうと、蒼鬼に掛けられた呪いが陰の気を集めようと必死になる。結果、力が均衡し、ああやって姫が触れることが出来るのだ。

 そして姫は、蒼鬼の恨みを増幅させ、その均衡が崩れる瞬間を狙っている。

 陰の気を溜め込みすぎ、理性のない鬼へと信じるのを狙っているのだ。

「となると」

 助けるには、蒼鬼に掛けられた、鬼という呪いを解除しなければならない。

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