警戒

 王は執務室で侍従長から報告を受けていた。その表情はどんどん険しくなる。報告を終えた侍従長は深く頭を下げて王の言葉を待った。

「…レナという侍女は、確か行儀見習いで城に入った者だったな?」

「はい。キュール男爵家の娘でギルドア侯爵の遠縁にあたります。当初、後宮に妃として入ることを望んでいたようですが、陛下がユリア様を選ばれました。それでも諦めずに行儀見習いの侍女として後宮に入ることを希望しましたが、それは私のほうで却下し、王宮勤めの侍女としました」

侍従長の言葉に王はため息をついた。

「なるほど。女とは、本当に煩わしい。こういうことがあると王妃や妃たちが稀有なのだと思いしらされるな」

そう言う王に侍従長はうなずくしかなかった。

「ロベール。後宮の警護を親衛隊にすぐにかえろ。王宮の侍女を後宮に通した衛兵は1週間の謹慎だ」

「わかりました」

隣の机にいた宰相はうなずくとすぐに席を立った。気持ちとしては衛兵にはもっと重い処罰を与えたいのだろうが、ただ侍女を通しただけで実害がない、レナの思惑がわからない以上あまり厳しい処分にもできなかった。

「ヒギンズは王宮の侍女頭と共にレナの監視を。今回咎められたことでさらに動くかもしれない。それに、もしかしたらレナに知恵を与えた者がいるかもしれない」

「承知いたしました」

王の言葉に侍従長が険しい表情で頭を下げた。

「ユリアには教えていないのだろう?このまま耳に入れる必要はない。今夜、様子を見に行くとユリアの侍女に伝えてくれ」

その言葉に侍従長はうなずき執務室を後にした。ひとり残った王はため息をつくと椅子の背もたれに体を預けた。

「国にとって害でしかない貴族を一掃しなくてはな」

険しい表情で呟かれた言葉は静かな室内に消えていった。


 一方、ユリアの部屋に戻ったメイは帰りが遅かったことをユリアに問われていた。

「何かあったの?あなたはいつもすぐに戻ってくるのに、レモン水を持ってきてくれたのは別の人だし。心配したのよ?」

「申し訳ありません。急にお声かけいただいて王妃様のところに行っていました」

「まあ、王妃様の?」

メイの答えにユリアがますます心配そうな顔をする。メイはそんなユリアににっこり笑った。

「別に何か叱られたわけではありませんよ?ユリア様の体調をご心配されて、どのようなご様子かと尋ねられただけです」

「そうだったの。王妃様にはご心配ばかりかけてしまって、本当に申し訳ないわ」

「そんなふうに思われなくて大丈夫ですよ。王妃様も気にせずゆっくり休むようにとお話しでしたし。ユリア様が無理をなさるほうが王妃様はきっと心配されます」

メイがそう言って微笑むと、ユリアは小さく微笑んだ。

「ありがとう。早く元気になりたいけど、体調は悪くなるばかりで気が滅入ってしまうわね」

「何かご気分がよくなるようなことがあればいいのですけど」

食もだんだん細くなるユリアにメイも心配そうな顔をする。ユリアは困ったように小さく笑うと首をかしげた。

「そうね。こうしてお喋りしていると気が紛れるのだけど」

「ではユリア様が起きていらっしゃるときは常に誰かおそばにいるようにしますね。兄君にも来ていただけるよう陛下にお願いしてみますか?」

メイの提案にユリアは苦笑しながら首を振った。

「お兄様が来てくださったら嬉しいけれど、そこまでお願いはできないわ」

「でも、陛下はきっと快くお許しくださると思いますけど…」

心配そうな顔をするメイにユリアは重ねて首を振った。

「そこまで甘えられないわ。ただでさえ今は晩餐にも出ずに部屋にばかりいるのですもの」

そう言うユリアにメイはそれ以上何も言えなかった。


 メイが王妃から呼ばれたのはそれから少ししてからだった。ちょうどユリアが眠っていることもあり、メイはユリアが目覚めたら常に誰かがそばにいるようにと他の侍女に告げて王妃の部屋に向かった。

「失礼します」

王妃の部屋に入ると王妃はいつになく険しい表情をしており、メイは無意識に背筋を伸ばした。

「メイ、呼び出してごめんなさいね。ユリア様のご様子はどう?」

「今はお眠りになっています。波はありますが、体調や気分が優れないことのほうが増えてきて、食事もままならなくなってきました」

メイの言葉に王妃はさらに表情を険しくした。

「王宮の侍女の件、よくすぐに知らせてくれました。ユリア様に害意ある者がいる可能性が高いと判断して、陛下にもお伝えして然るべき対応をしていただきました。今回のこと、ユリア様には伝えていませんね?」

「はい。お伝えしていません。帰りが遅かったことを心配されましたが、王妃様に呼ばれたとお伝えしました」

メイの返事を聞いた王妃は安心したように小さく微笑んでうなずいた。

「ありがとうございます。ユリア様には今回のことは何もお伝えしないことになりました。なのであなたや他の侍女たちもそのように」

「はい。ユリア様のお耳に入らないようにいたします」

「あなたは聡いですね。あなたがあの小瓶をそのまま届けて報告してくれたおかげで大事に至らずにすみました」

王妃の言葉にメイはあの小瓶の中身はやはりユリアにとって害になるものだったのだと悟った。

「あの中身は恐らく数種類のハーブだろうということです」

「ハーブ、ですか?毒、とかではなく?」

思っていたのと違う言葉にメイが驚いたような顔をする。王妃は苦笑するとうなずいた。

「ハーブの中には妊婦によくないものがあるのだそうです。詳しく調べてもらっていますが、恐らく妊婦によくないハーブばかり数種類混ぜてあるのでしょう」

「そんな…」

まさか妊婦によくないハーブがあるなどと思っていなかったメイは事の深刻さに青ざめた。

「これからも、ユリア様の身辺に気を配ってください。特に身に付けるものやお口に入れるものは気をつけるように」

「はい。万が一にもユリア様に害がないように細心の注意を払います」

メイが真剣な表情でうなずくと王妃は「よろしくお願いしますね」と言って微笑んだ。

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