王宮の侍女

 王宮の侍女頭は侍従長から呼ばれ、王宮の侍女が後宮に入り込んだこと、妃に勝手に贈り物をしたことを咎められて頭を抱えたくなった。ただでさえ若い侍女の中には後宮の侍女を見下している者もいる。先日、後宮から配置替えになってきた侍女は優秀で、逆に後宮に配置替えされた侍女は左遷されたのだという噂がまことしやかに流れてもいた。

「この件については王妃様からも直接抗議があるでしょう。王宮と後宮、どちらで働いても身分に差はなく、王宮で働いているからといって後宮の侍女を見下していい理由にはなりません」

侍従長から叱責を受けた侍女頭は深く頭を下げた。

「それは重々承知しております。長く働いている者はきちんと弁えているのですが、若い侍女の中には浮わついた者もいて…」

「そういう者を教育するのがあなたの仕事でしょう。教育はきちんとしてもわらなくては困ります」

「はい。申し訳ありませんでした」

侍従長に何度も頭を下げて侍女頭は侍従長の部屋をあとにした。すると、それを待ち構えていたかのように後宮の、それも王妃に仕える侍女が廊下に立っていた。

「失礼いたします。王妃様より、侍女頭様にこちらを預かって参りました」

そう言って差し出された書簡は王妃の印が押された正式なものだった。ごくりと唾を飲み込んでそれを受け取った侍女頭は王妃の侍女にここで読んでもいいかを確かめてから書簡を開いた。

 書簡には王宮の侍女が勝手に後宮に出入りしたこと、妃にあてて勝手に贈り物をしたことを抗議する内容が書かれていた。

「王妃様に、大変失礼しましたと、申し訳ありませんでしたとお伝えください。問題の侍女については、きちんと話を聞いた上で処分と再教育を行います」

「わかりました。王妃様にはそのようにお伝えします」

王妃の侍女はうなずくと一礼して後宮に戻っていった。


 侍女頭は後宮に入ったレナという侍女を呼び出した。

「あなた、自分が何をしたかわかっているの!?王妃様からも抗議の書簡がきたのですよ!」

侍女頭から叱責されたレナは悪びれたふうもなく頭を下げた。

「許可をとらずに後宮に行ったことについては謝ります。しかし、お妃様が心配で様子を伺いに行っただけです。そこまで叱責されることでしょうか?」

「身のほどをわきまえなさい!いくら行儀見習いとして王宮に来ているとはいえ、気軽にお妃様の元へ行き来できるわけがないでしょう!」

レナの言葉に侍女頭が声を荒らげる。レナは不貞腐れたような顔をするとそっぽを向いた。

 レナは爵位を持つ貴族の娘だった。本来なら侍女などする必要はない身分なのだが、行儀見習いということで王宮に勤めていた。本人は後宮に行きたかったようだが、王が許可を出さず王宮で働くことになった。だが、今まで人に仕えられる立場だったレナが人に仕えるなどできるはずもなく、侍女頭の頭痛の種になっていた。そこにきて今回の配置替えである。後宮から王宮へ移った者がいる一方、王宮から後宮に移った者もいる。レナも後宮への配置替えを希望していたが、その希望が通ることはなかった。

「あなたは今、侍女としてここにいるのです。勝手をされては困ります。これ以上問題を起こせば私も庇いきれません。家に帰っていただくことになりますからね!」

返事もしないレナにため息をついて侍女頭はレナを下がらせた。

 甘やかされてわがままいっぱいに育ったレナは自分の思いどおりにならないことが我慢ならなかった。今までほしいものは何でも手に入ったし、やりたいことは全てやってきた。それなのに、王宮にきてからは自分の思いどおりにならないことばかりだった。本当は後宮に妃として入りたかったのにそれは叶わなかった。ならば後宮に侍女として入り、王の目にとまるチャンスを得たかったがそれも通らなかった。仕方なく王宮の侍女となったが、どうして自分が雑務などしなくてはならないのかと腹立たしいことばかりだった。本当は妃などではなく王妃になるはずなのに。王に出会えされすればきっと自分を愛してくれるはずなのに。王宮の侍女では王に一目会うことすら叶わなかった。

 それなのに、最近後宮に入ったのは穏健派といえば聞こえがいいが、野心の欠片もない愚か者と言われる伯爵の娘。しかもその娘は王の寵愛を受け、どうやら妊娠したかもしれないという。そんなことは絶対に許せなかった。

「本当なら、妃になるのはこの私のはずなのにっ!」

悔しそうに顔を歪めて呟くレナの肩にそっと触れる者がいた。

「本当にそうですわね。本当なら、今ごろ陛下の寵愛を一身に受けているのはレナ様のはずでしたのに」

その言葉はまるで甘美な毒のようにレナの心を侵していった。

「そうよ。妃になるのは私。あんな愚かな伯爵の娘などであるはずがない…」

どこか虚ろな表情でレナが呟く。レナの後ろに立つ女はクスクスと笑うとレナの手に短剣を握らせた。

「間違いは、正さねばなりません。あなたの手で」

「間違いを、正す…私の手で…」

呟いて短剣を握りしめたレナにニヤリと笑い、女は姿を消した。

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