第9夜 サイラスと情報交換
詐夜子は風邪が治ったが、わざと胸の傷が痛むと日奈たちに言って家族全員が集う食事会に出席するのを遅らせていた。
そうでもしないと、情報が収集できないからだ。魔力の限界量の底上げを行うにもまだ体力がない。詐夜子は今日も図書館に籠っていた。
「……やっぱりおかしいわ」
『だなぁ』
詐夜子は口元に手を当てる。
私が異世界転生したなら、それに関連した何かの記述が出てきてもおかしくない……と思い転生者に関する記述を調べていた。なんと、潔一が知っている作品群の設定にあったような勇者召喚の記述は一切ない。
ましてや、異世界から転生した人間の情報すらない。
私のような人間が存在しないというのは、国家の隠蔽しているのか。
あるいは、私が異世界転生した世界は転生者が存在しない世界なのだろうか。
「……父様や他国が王族貴族たちが一緒に隠蔽している線は?」
『ないだろ、異世界の勇者って時点で箔が付きそうなもんさ。善行を積んでるなら村人たちや吟遊詩人が歌なり御伽噺として残すだろうしな。童話や小説の類でも、日本人っぽい名前がないなら異世界の勇者の存在自体ないんじゃねえの?』
「……名前が違った形で伝わっている線は?」
『いやいや、まさか図書室の小説や童話を全部調べている気かぁ? 他のことに時間潰すのもありじゃねーの?』
「……どっちにしても全部調べるから問題はない」
少なくとも、告鵺国の言語……文字に関しては日本語ではない。が、転生覚醒前の時の詐夜子の知識ではある程度読めているから問題はない。だが日本人の名前はキラキラネーム、しぶしぶネームも含まれる多様性に富んだ名前となることが多いから、漢字なんて物を当てはめてしまえば10倍100倍と増えていく奴なのだ。
故に……下手に勇者の存在がないと100パーセント思い込むのもと思うわけで。
『……以外にサヨ嬢は頑固だよなぁ?』
「頑固じゃなかったら、復讐なんて考える馬鹿いないでしょう」
『……そうだねぇ』
傷の男がどこの大陸の出身かどうか、すぐにわかったかもしれないのに。
『万策尽きたって奴か? 傷の男のことは覚えてねえの?』
「傷の男の特徴は、確か……」
私はあえて日本語で傷の男の特徴を思い出す。
銀色の瞳。その瞳だけははっきりと覚えている。
兄様と似ている目だったから。
まるで尖ったナイフのような風貌の男だったのは覚えている。
顔に大きな傷があって、黒い衣服を纏っていた。黒服だったのは、姿を隠すためだったのだろうという推測はできるけど……みたことがない人物だった。
「……暗殺者か、殺し屋か。それは今すぐに答えを出せるはずがないわね」
『だねぇ』
どちらにしてもあの男は私を殺しに来るに決まっている。
私の胸元にマーキングとして傷跡を残したのだから。
しかも回復魔法が効かないと来た。傷痕なんかどうだっていいんだ。
私が今いるのは、彼が私を殺しに来る可能性があるかないか。それだけだ。
「……面倒ね」
詐夜子は親指の爪を噛む。
あの男の情報をサルマンに探らせるなんて、お父様にしかできない。
独自で情報収集を得るためにも人脈がいる。まだ傷が癒えていない自分には、ある程度傷の痛みを鳴らしてからじゃなくちゃ意味がない。
ましてや、これは私の復讐だ。
雑に立ち回るなんて馬鹿な真似なんか絶対にするものか。狡猾に用意周到に、完璧な完全犯罪を成立させる犯人のように。
私はあの男を社会的にも生涯の人生すらも終わらせてやる。
そうでなくては耀昴兄様を殺した罪を。
あの男を罰するための咎のその雁首を。
白昼堂々と無様なるままのその死体を。
滑稽な死に様を晒させなくては我慢ならない。
「――――絶対に見つけ出してあの男の首を晒させるわ」
ひどくドロついた憤怒が、彼女の全身にまとわりつく。
憤怒の声が、怨嗟の声が、悪意の声が少女の体に悪鬼の側面が垣間見える。
彼女の従者たちならば、恐怖し震えるだろう。
……己に聞こえる従者以外は。
『おぉ、こっわぁ』
「……流石に他国の民族に関する本はないようだしね」
『みたいだな』
そもそも王族の図書室に他国の情報があれば国家機密を見るような物だろうからあり得るわけがないか。
「……まだまだ道は長いわね」
『だねぇ』
復讐のためなら、どこまでも必要な情報は集める。
――――ただ、それだけだ。
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