第8夜 実兄の見舞い

 魔法を使用した日から三日後。

 私は無理をしたのもあり、自室にいた。


「……本当に、私の体は病弱ね」

『単純に傷が体に慣れてないんだろ? 傷があるのに無理して動いて傷を開かせる馬鹿はアンタくらいだよ』

「……うるさいわよ、サイラスっ。すこし静かにしてっ」

 

 今下手に動けない状況で彼の言葉に脳内で返答を返せるほどの余裕がない。

 軽いストレッチ程度の運動で徐々に慣らしていこうと思っていたが、この体は随分と弱い……今日は日奈に安静にしてと言われてしまった以上、下手な情報集は日奈に怪しまれてしまう。


「……どうするべきかしら」

「詐夜子、いる?」


 こんこん、とノック音。

 扉の向こうから聞き覚えがある声がする。驚きながらも慌てて詐夜子はベットに寝る体制を取ってから彼に返事をする。


「……どうぞ、晩兎お兄様」

「失礼するね」


 扉が開かれ、詐夜子の実の兄が部屋に入って来る。

 第三王子、晩兎。ベリーショートのくすんだ茶髪。柔らかい月白色の瞳はお父様譲りだ……私たち兄弟の中でも、温厚で臆病な性格の彼は嫌いではない。

 私たち黒居家の子供たちは全部で10人いる。

 といってもお父様には妻が三人いるから血が繋がっていない兄妹も中にいる。

 私と晩兎兄様は第三側室である寂音お母様の子供であるため血縁関係にある。

 つまり、実兄というわけだ……もう既に寂音お母様は故人だが。

 耀昴兄様は第一側室の綺羅様の息子だ。

 

「……詐夜子は、怪我の調子はどうだい?」

「えぇ、まだ痛みがあって……」

「そ、そっか。ならいいんだけど……ちょっと気になってさ。つい来ちゃったんだ……嫌じゃ、なかった?」


 晩兎兄様は他の兄弟姉妹たちの中で信用できる人間だ。

 臆病者だけど、一歩前に出た後の勇気は他の兄弟姉妹よりもすごいと思う。

 晩兎兄様は頭の裏に手を当てながら不安げな笑みを浮かべる。


「いいえ、せっかくお兄様が来てくださったのに、嫌だなんて思うわけありませんでしょう?」

「そ、そう? ならよかったぁ」


 晩兎兄様は綻んだ笑みを見せる。

 面会に最初に来たのが晩兎兄様でよかった。

 他の兄弟たちの中でも耀昴兄様以外では一番、マシな兄と認識している。

 ……あの双子姉妹でないことが本当にありがたい。


「……それで、今日は何の御用でしょう」

「あ、その……詐夜子が元気かどうか見に来ただけなんだ、他のみんなは薄情だよね、家族が怪我してるのに見舞いに来ないなんてさ」

「……王族ですもの、一般市民の感覚はあまりないものかと」

「あ、あはは……それはそうかもしれない、よね。寂音母様なら、きっと王族だろうがなんだろうが、家族の心配はするものだって言うと思ったから」

「……そうですね」


 寂音お母様は平民出身だ。

 晩兎兄様と燈暮兄様なら寂音母様のことはよく知っているだろう。

 私も、寂音母様のことはよく覚えている。

 宵風や美夕たちはあまり知らないだろうけれど。


「はい、これ」

「……これは?」

「お菓子、クッキーは詐夜子も嫌いじゃなかったでしょ? これ食べて、傷をゆっくり治してね」

「……はい」

「それじゃあ、またね。詐夜子」


 晩兎は笑顔で去ると、渡された缶のクッキーに目を止める。

 ……もし復讐の過程で実兄である晩兎兄様を殺すことになるかもしれなくても、それがないことだけは強く願っていたい。


「……ありがとうございます、晩兎兄様」

『素直じゃないねぇ、サヨ嬢』

「ふざけるなら私にも考えがあるわよ? サイラス」

『っはっはぁ! 素直じゃないねぇ』

「……うるさいわよ」


 サイラスの言葉にぶっきらぼうな言葉を詐夜子は言い放った。

 ……まだまだ油断してはいられない。

 他の兄弟姉妹たちが来ないわけではないのだ。

 冷静に、常に冷静に。

 私の復讐に必要な駒として、利用できるだけ利用する。


 ――それが私の覚悟よ、晩兎兄様。


「……貴方も私の敵に回るなら、容赦はしないわ」


 彼女の父親由来の黒い瞳が、復讐の決意に燃える憤怒を募らせていた。

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