第4夜 図書室にて情報収集

 現状を再確認するためにも黒居家で一番多く保管されている図書室へ詐夜子は向かう。まだ胸元がずきずきと痛むが、そんな甘えたことばかり言ってられない。


「……どこ?」


 私はもたつきながら、日奈に確認しておいた図書室の道をひたすら歩く。

 胸の傷がまだ痛むが、ここで行かないと始まらない。

 少なくとも、この世界が私がいた世界にしてはおかしい点がいくつもある。まず、転生前の白崎潔一の記憶通りの展開なら異世界転生、と踏むべきだ。

 間違っていなければ彼は私を108回目の私と言った。なのに、おかしいのは……なろう作家だった白崎潔一としての意識が強くない点だ。

 彼自身としての人格より私自身の人格が強い……いいや、違う。

 詐夜子は額に手を当てる。


 ――107回目までの一番最初の頃の私の人格に引っ張られているんだわ。


「……っ」


 それはきっと、私がずっと、転生を繰り返してきたからとも受け取れる。

 一番最初の私は、女だったから。

 でも、なぜ? 私が108回目の転生をして、今までの変化はなかった。

 地球で転生し続けて、仏教の欲の数に当たる108回目の転生でこんな事態に怒るなんて誰が予想できようか。

 

「はやく、調べないと……っ」


 私は壁に手を伝いながら、両開きの質素な装飾が施された扉のドアノブを捻る。


「……ここで合ってる、わよね」


 開かれた場所にはたくさんの書物による紙とインクの香りが漂ってくる。

 間違いない、ここだ。私は図書室の本棚を片っ端から調べる。

 適当な本を手に取り、本のタイトルの表紙が知らない言語で描かれた文字だ。


「……世界のマナーについて、ね」


 私が自分の口から出てきた言葉に驚き一度口元に手を当て周囲を確認する。

 誰もいないようなのでほっと胸を撫で下ろす。

 転生した時に前世の記憶を思い出す時に問題なく思い出せていることに詐夜子は安堵した。今回もその例に漏れず記憶の抽出出来たということを良しとしよう。


「……」


 私は早速、手頃な本を読むために流し読みはせずしっかりと本のタイトルを確認して複数チョイスした本を使い古された形跡のある机に何冊か置く。


「……まず、この世界について、よね」


 本棚に並べられている本は他の他国のことの本や、おそらく私のことに関する本がある。まず私は今世の自分の苗字でもある黒居という家系がなんなのか知るために軽く黒居家の本を漁ることにした。

 本の内容をさらっと読んでいくと、黒居家と言う家系は告鵺国という国の王家であるということだ。そして、それの祖先のことなども載っている家系図をじっと見た。

 家系図の中には、黒居詐夜子の家族のことについて載っていた。

 文字は日本語でなく地球にあった言語とも違う言葉だが、文字自体は読めた。


「……私、地球にいないということなの?」


 まず感じたことは、地球ではありえない話ということだ。地球なら天皇がいる日本、共産主義の中国の二つは間違いなく考えられない。

 いや、アジア圏でも漢字を使う国が新しくできたとしても、そう簡単に感じが採用された国の名前があるはずがない。しかも他の本を探してみるに、他の他国の名前は私が知らない名前の物ばかりで驚きしか覚えない。

 そして別の本では、この世界の名称についてのことも載っていた。


無冠之檻むかんのおり……この世界の名前なのは記憶にもあったわ……でも、世界の名前がそんな名前なんて、あまりにも」


 なんて、虚しい名前なのだろう。

 どんな宗教でもそんな虚無感を感じる名前を世界名にしてしまうなんて。

 転生は転生でも異世界転生なんてサイテーだ。

 そんなの地球で積み上げてきたおばあちゃんの豆知識的な物から、専門的な知識についてのことまで……無駄になってしまうってことじゃないか。


「……あっ、あた、ま、が」


 頭がくらくらと眩暈を覚え始める。


 ――あ、これ、ダメな奴ね。


 情報過多に頭がオーバーヒートしたのか、私は床に倒れこむ。


「詐夜子様、こんなところにいらっしゃったんですね!? って……詐夜子様? 詐夜子様!? 詐夜子様ぁああああああああああああ!!」


 日奈の叫ぶ声がするのを最後に私は思考を手放した。



 ◆ ◆ ◆



「あらあら、今回のアタシは随分と甘いのねぇ、サヨコちゃあん?」


 ――だ、れ?


 私は気づけば不思議な真っ白な空間にいた。

 潔一と会った時とよく似た空間に自分がいるのを認識する。

 と、同時に明らかに口調が女性口調だが、大柄の男性がオネエ口調で喋っているのを見て、すぐに察し頭を抱えた。


「……お前に言われる義理はないだろ、オカマさん?」

「ちょっとぉ、オネェって呼びなさいよ! アタシその単語嫌いなのよぉ!!」


 はぁ、と溜息を零す潔一。

 そして激怒する派手な化粧を施された顔の白人系の男が一人。

 金色の短髪に体格がいい大男だというのに、そのアンバランスなオネエ要素はどうして入った? と全力で突っ込みたくなる自分がいる。

 私はじーっと二人を見つめている。これはおそらく私の夢の中だ。あくまで前世の自分たちが、なぜかは知らないが当時の姿で現れている。


「……フェルナンと潔一もいるのね」


 オネエの彼はフェルナン・バロワン。

 メイクが上手なエージェント、いい奴ではあるが目の前に自分だったと思うとやけに胃が痛くなる自分が目の前にいる。いや、潔一の例があるわけだから、この状況はおかしいというわけじゃないのはわかっているけど……胃痛を覚えてやまない。


「そうみたいだなぁ」

「……どうして貴方もいるの? 暗殺者の私サイラス

「アハハ、睨むなよぉ。俺がそんなに嫌いかぁ? お前」


 彼はサイラス・アスキス。ヨーロッパで暗殺業をしていた私だ。

 確か、中世ヨーロッパの時よりも古い時代の頃の私だった覚えがある。

 黒髪に頭のてっぺんが露出した不思議な帽子をかぶっている彼は、陽気で猫のような気まぐれな男である。


「……はぁ」

「おいおい、今世のお前は若いんだからそんな溜息なんてつくなよぉ、人生始まったばっかみてぇなもんだろぉ?」

 

 やはり当時の時の私な物だから色々と異色な奴が飛び出てくる。

 ……でも、憎めないのよね。やっぱり私でもあるせいか。

 

「……どうしてここに出てきたのかが理解できていないってだけよ」

「そうかそうかぁ、俺がわかんのはこの世界には特殊な力があるってことだ。だったら、俺たちが不思議な世界に影響されて俺たちがいるのは変な話じゃねえだろ? 明晰夢ともまた違って意志を持ってお前と話してるんだからよぉ」


 ……能天気なくせに現実主義で勘のいい時の彼は、こんな状況でもそこまで推測しようとする当たり、元は自分だったと思うと恐怖さえ覚える。


「で? 耀昴兄様の仇を取るのかい?」

「もちろん」


 その話を聞いてか、フェルナンは心配げに私の顔を覗き込む。


「……ねえ、サヨコちゃん、本当にいいの? お兄ちゃんはそんなこと望んでないと思うわよ」

「俺もそう思う……復讐は虚しくなるだけだ」


 日奈が言ったように潔一とフェルナンは否定側に回ったのを見て、サイラスは溜息を零した。


「……おいおい、フェルナンは諜報員だったんだから知ってんだろ? だったら、お前がそんなこと口に出せる権利はねえんじゃねえの?」

「だからこそでしょ? 普通に生きて、普通に死ぬ。アタシだって憧れた死に方だもの。アンタだってそうだったじゃない」

「流石、最終的に仲間に売られて拷問で死んだ奴は違うねぇ」

「……なんですって?」


  ピリついた空気に潔一が二人の間に割って入る。


「自分同士で争うのは無しだろ!? 詐夜子がどうするかの問題なんだから!」

「…………私の夢だからって、喧嘩するのはやめてくれる?」


 六歳児なのにギロっと鬼の形相で大人たちを睨む詐夜子に、フェルナンと潔一がぴたりと目を真ん丸くして止まった中、サイラスだけけらけらと笑っている。


「ハハハハ、やっぱり今回の俺は大物だなぁ」

「サイラス、ふざけないで」

「……本当に復讐をする気? サヨコちゃん」

「もちろんよ」


 私は心配げに見つめるフェルナンにきっぱりと肯定した。


「……アンタがここに来る度にアタシたちは止めるわよ。どこぞの暗殺者男は賛成みたいだけど」

「ハハハ、当然だろ? 家族を殺された者同士理解できないわけがないさ、なあ? 今世の俺?」

「……その言い方、やめてもらえる?」

「夢の中なんだから、なんて呼んだっていいだろ?」


 サイラスは詐夜子に向かってけらけらと笑う。

 底が読めない男だ、これが私だった人とは信じられない。


「……俺も、止めるからな。詐夜子」

「私は私の人生を生きる、それを阻むなら覚悟なさい――――たとえ過去の私たちだろうと容赦はしないわ」

「……いい返事だ、じゃあそろそろ起きねぇとなぁ?」

「は? なに――」

「おやすみ、我らがお姫様」


 視界がだんだん暗く沈んでいくと、私はそこで意識を失った。



 ◆ ◆ ◆



「う、う――――……っ」


 額がなぜか冷たくて気持ちがいい。頭の後ろも、冷たい。

 なんで、だろう? 私は呻き声をあげながら、視界に飛び込んでくる黒と白の二色から茶色が目立った。


「――――夜子様、詐夜子様!」

「……ひ、な?」


 ようやく認識できた人物の名前を呼ぶ。

 すると、視界がだんだんはっきりしてきて


「びっくりしましたよ! 図書室で倒れられていたんですからっ」

「……そう、だったんだ」


 おそらくおでこと頭の後ろが冷たいのは、氷枕と水タオルだろうと今ならすぐに察することができた。

 日奈がぷりぷりと怒っているのは可愛い、なんて思うのは信頼できる相手だからだろうけど、でも……今はちょっと怖いかな。


「しかも熱も出して!! まだ病み上がりなのに無理をするからです!!」

「……ごめん、なさい。ひな」

「謝ってほしいから言ってるんじゃないんです! 本当に心配したんですからっ」

「……ありが、とう」

「……もうそれで許してあげます、次からはしないようにしてくださいね?」

「それは、無理、かもしれない」

「どうしてそんなこと言うんです?」

「……言えないわ」


 私は日奈にか細くとだが、はっきりと呟いた。

 日奈は眉をハの字にして、心配だという目線を送ってくる。


「……もしかして耀昴様のことですか?」

「……言えないわ」

「耀昴様は、そんなこと望んでいないと思います」

「なら、自分の家族を殺されたことを、日奈は憎まないでいられるの?」

「それは……」

「だったら、あの男をそう簡単に許していい動機にはならない。だから、私は少しでも知識が、情報がいるの……っ」


 私は頭の熱が上がってきているのを感じながらも起き上がろうとすると日奈が制止する。


「ご無理をなさらないですください。まず体を休めてから情報を集めてくださいっ! 体を壊したら元も子もないじゃないですかっ」

「……けど」


 私は疲れが襲ってきて、目蓋が重くなる。


「今は眠ってください。怪我人は安静にすることが仕事なんですよ?」


 視界がまたぼやけて、私は日奈を耀昴兄様に見えて、彼に謝ろうと必死に言葉を作って謝る。

 

「……ごめんなさい、耀昴お兄様。悪い子で、私のせいで、ごめんなさ、」

 

 そこで私の意識が微睡に溶けていく中、必死に彼へと手を伸ばす。

 困ったような心配するような、そんな目を向けないで。

 私が、全部悪いの。あの時、頭が悪くて何もできなかった、私が悪いの。

 だから、だからそんな顔をしないで。

 意識がゆっくりと認識できなくなる頃には眠りについていた。



 ◇ ◆ ◇



「詐夜子様……貴方は、何も悪くないのに」


 詐夜子の手をぎゅっと握って日奈は目じりに涙をためる。


「詐夜子様のためにも、私がしっかりしなきゃっ」


 ベットで目覚める前の時もうなされていた詐夜子に心配する日奈。

 彼女の発した言葉とまったく同じ言葉を口にする詐夜子に、また意識が沈んでいく彼女が口にしたことに日奈は目じりに涙をためる。日奈はこれから復讐を果たそうとする自分の主人の道先がせめて変わってくれることを強く願う。

 そんなことも露知らずの詐夜子は深い眠りの中を揺蕩うのだった。

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