第三十三章 決闘、そして這い寄る不穏

 人はどうして闘いというものを好むのだろうか。それも特に自らではなく、誰かの戦う姿を見ることに興奮を覚えるのだろうか。


 闘技場なんて場所は、まさにそのために建てられるわけで。そこで戦う人間を見る側に回ってしまい、俺は複雑な気分だった。


「もう。兄さんが緊張してどうするんですか」

「わかってるけどさ」


 取り決め通り、本日、陽子とマリアの決闘が行われる。そしてそれは王都中に流布されており、大勢の観客が押し寄せていた。


 まあアレでも一国のお姫さまが戦うなら、国民としては是が非でも見ておきたいのだろう。


「マリアみたいに、毎日が退屈だって思ってるのかな」

「人が見世物に来るのにそれ以外の理由がいると思いますか?」


 真耶はこういう時、とことんドライだ。


「何にしても、二人とも怪我しなけりゃいいけど……」

「陽子お姉ちゃんはともかく、マリアさんはどうですかね。今のあの人は立ち塞がる全てを破壊しそうな勢いですよ」

「いざとなったら、俺が止めるよ」

「そう、ですか」


 俺たち二人に割り当てられた特等席。真横のスペースにはリエスと王さまもいる。


 そんな文字通り高みの見物の中、どうやら準備が整ったらしく、陽子とマリアがそれぞれ向き合う形で入場してきた。


 いよいよ始まる。始まってしまう。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 大衆の耳目。観衆の声。そして、大切な人の視線。


 心地いい。武芸試合を思い出す。そんなことを考えながら、陽子は足元の砂利を確かめるように踏み締めていた。


 アタシもつくづく業が深い。


「いいねぇ。ケンカはこうじゃなくっちゃあな」

「アンタは気に食わないけど、それは同意ね。楽しみましょうお姫様」

「余裕だなぁ、おい。泣きいれてきても容赦しねーぞ」

「こっちのセリフよ」


 実際のところ、内心は穏やかではない。刀や剣ではなく、相手の得物は銃だ。防御力を上げるために甲冑をちゃんと着てきたが、リーチではハナから負けている。


 だが、それゆえに修行となる。苦手を克服してこそ先が開ける。そういう風に教えてもらったから、一抹の不安はあるものの負けるわけにはいかない。


「それでは! これより、稀人まれびとたる陽子殿と、我が娘にして騎士マリアの一騎討ちを行います! ここに集まった我が国民臣下客人は、正々堂々なる闘いの証人とならんことを。なお勝利条件は、どちらかが戦闘不能になった場合とします。それでは……始め!!」


 王様が開始を告げた。


 その瞬間、アタシは右足で地面を蹴り飛ばしていた。急加速と同時に刃を鞘走らせる。


 マリアより速く間合いを制す。そのための先手必殺。


「桐立流剣技・尾幌おぼろ!」


 高速の居合い。通常なら知覚の外からの強襲となるが。


「甘ぇ!」


 待ち構えていたかのように、マリアの二丁拳銃に受けられる。しかし、そこは織り込み済みだ。


「重ねて二連!」


 その場で回転し、二度目の斬撃を叩き込む。依然としてこちらの距離だ。外さない。


「だから甘いっつってんだろ!」


 しかし、マリアはぴくりとも動かずに、拳銃を振るい対応してきた。金属のぶつかり合う激しい音とともに、大きく弾き飛ばされる。


 その勢いを無理に殺さずに、後ろへ距離を取る。否、取らされた。


「んなトコまで下がっていいのかよ? ―――この一発に猛き願いを、 “迅雷ブリッツ”!」


 マリアの双銃が火を噴く。激しい稲光いなびかりを纏った弾丸をなんとか防ぐも、その威力に腕が痺れる。型を構えられない。次が来る。


「くっ…」

「まだまだいくぜェ! 」


 自身の放った弾丸に追従するように、マリアも突撃してくる。拳銃をメリケンサックのように打撃武器として振るってくる。


 騎士と名乗るだけあって、軽々とした動きとは裏腹に一撃が重い。


「やりにくいったら!」

「やっぱ口だけか、女剣士サマよぉ!」


 違うと言い返したい。しかし、剣を振るう腕がいつもより鈍く感じるのも事実。躊躇っている? なにを? マリアを斬ることを?


「陽子!」


 蓮の声。目の前に意識を戻す。マリアの銃口が目の前に迫っていて。


 イヤだ負けたくない蓮の前でこんな無様を晒すなんてアタシは。アタシは………!


「虚飾のタネ、みぃつけたァ♪」


 ぞわりと。闘技場を包むように、黒い闇が、弾けた。

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