第二十九章 マリアの素性
王城に到着するとすぐに、俺と真耶は応接室へ通された。王さまに初めて会った部屋だ。
「二人ともよく来てくれました。話は聞いております。街中で襲われたとか。無事で良かった」
「俺たちは大丈夫ですけど、マリアが……」
「ええ。彼女は騎士としての本懐を遂げたと伺っています。まったく、昔からいつも無茶ばかりを……」
「昔から?」
マリアもこの世界への召喚者じゃないのか?
「あぁ。まだその事について彼女から伺っていないのですね。マリアには、特殊な事情があるのです」
王さまは少し躊躇っている様子だったが、意を決して語り始めた。
「二人が稀人、異なる世界からの来訪者というのは存じ上げています。マリアも、同様にこの世界の人間ではないのです。半分は」
「半分?」
「肉体はこちらの世界に属するということです。あのマリアは、別世界の本人が憑依した状態なのです。そしてこの世界のマリアとは、余の娘であり、アリエスの姉です」
「なっ」
そんなことがあり得るのか。異世界転生ならぬ異世界憑依とでも呼ぶべき現象だ。
「今のマリアさんに、その記憶はあるのですか?」
「理解はしているようですが、あくまでも別世界の自分として振る舞っています。貴方達の前でもそうだったのではないですか?」
あいつ……、そんな大切なこと一つも言わなかったじゃないか。そんなことを隠して飄々と振る舞って。
「ふざけんな」
「兄さん?」
こんなことを言っても仕方がない。そう分かっていても言わざるを得ない気持ちがふつふつと湧き出てくる。
「王さまは、マリアがそんな状態で戦うことを容認してたのか?」
「ええ。それが彼女の望みですから」
「だとしても、家族なら守ってやれよ。本当に今のマリアはあなたが知る彼女じゃないのかよ」
「余は父である前に、王だ、何よりもまず国民を守らなければ」
既に方針は定まっていて変えるつもりなどないのだろう。王さまは揺るがない声でキッパリと言い切った。
「…そうですか。だったら、俺がマリアを守ってみせます。あいつを孤独な騎士になんてさせたりしない」
「………頼みます。遠岸蓮殿」
真耶が、またですか兄さんという顔で額に手を当てている。
悪いな。こういうのは見過ごせないんだ。別に家族だから大事にしないと、っていうわけじゃない。ただそれぞれの立場を言い訳にして、話し合うこともなく勝手に決めつけてしまう関係は悲しいと思うから。
そうと決まれば急がなくては。俺は王さまに別れを告げて、宿に戻った。
夜の賑わいをくぐり抜けて早歩きをする俺たちだったが、その歩みは遮られた。
「会えたようだねぇ、二人目の異世界人に」
「『管理者』……!」
「おや、そのような剣幕でどうしたんだい?」
いつも通り唐突に、『管理者』がダミ声で戯けながら姿を見せた。
「どうしたもこうしたもない。マリアのこと知ってるだろ」
「当然。僕が召喚したのだからね」
「だったら。なんで異世界憑依なんてことになってるんだよ」
「おや、そこまで知ったのかい。順調に縁が繋がっているようで何よりだ」
「余裕ぶってる場合かよ。それに終骸の種のことも訊いてた話と違うぞ!」
ああ、そのことかいと。『管理者』は大仰にうなずきながら、つぶやいた。
「だが結果が同じなら、理由などなんでもいいと思わないかい?」
「ふざけるなよ。その理由によっては取るべき手段が変わってくるだろ」
「そうかもしれないがねぇ。けど、いいのかい? こんなところで無駄話をしていて」
「なに…?」
「兄さん!」
真耶が叫んだ。どこかを指さしながら。
「なんだアレ…!」
その方角には、俺たちの宿がある。そして、今は陽子とマリアがいるはずだ。その宿の真上に、暗黒の
「第二の
「なんだって!? この前倒したアイツで終わりじゃなかったのか」
「もちろん。世界は無数にあるんだ。すなわち、終わりも無限。そういうことだよ」
くそ、残っているのは種だけだと思っていたのに。本体もまだ出てくる可能性があるのか…!
「何度出てきても倒してやるよ。真耶、俺は先に行く!」
「わかりました」
脇目もふらずに駆け出す。
宿の方から逃げてくる人混みの間を縫って、俺は走る。
あの位置では宿が危ない。猶予はない。
右手中指の指輪が熱い。新たな力…というわけではない。けど、発想は得た。皮肉なことに敵として戦ったドミナスの剣技から。陽子の兄である彼の技は、俺によく似ていたから。
「だから…! 我流剣技・
数えきれないほどの『剣』を展開し、それらを束ねて一本の道を作った。道なき道を征く。目標に向かってひた走るための足場。
轟音を立てて終骸の帳に突き刺さった刃の道を駆け抜ける。
汚泥に塗れた宿の内部に突入すると、マリアが眠るベッドを守る陽子がいた。だが、その箇所以外はすでに真っ黒に塗りつぶされており、前に陽子を助けた時と同じ状況だ。ここはもう終骸の腹の中だ。
「やっと、来たわね。遅いじゃない、蓮」
「陽子! 大丈夫かよ、ボロボロじゃないか」
「なんとか、ね。それより気を引き締めなさい。敵よ」
敵。
陽子がそう呼んだ相手は明確な形を持たず、どこか鏡のような存在のようで。ドロッとしたオーラの奥に、『眼』が昏く熱く瞬いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます