第二十八章 魔人の襲撃

 ピエロの仮面をした長身の人物が、どこからともなく現れた。顔は見えず声だけで判断するしかないが、おそらく女だ。


「誰だい、お前さん」

「ヒヒヒ。拙者はイリティム、虚飾の魔人でございますよお」

「なんだか知らないけど、いきなり出てきてなんの用よ!」

「今の出現の仕方、終骸ネフィニスと似ています。例の種と関係あるかもしれません」


 警戒されているというのに、イリティムは愉快そうに肩を震わせた。


「炎の剣士、偽りの召喚師、そして堕ちた天使。ククク、じーつに滑稽な集まりでございます。拙者はおうの命でアナタ方を消しに参りましたでございますよ!」


 おうの命? どういうことだ。よもやアリエス姫やアレウス王のことではあるまい。となれば、王を狙う一味の首謀者を指すと考えて間違いないだろう。


「ここでブッ倒して、洗いざらい吐いてもらうとしようかねえ!」

「ヒヒヒヒ、それは無理でございますよ堕ちた天使。アナタの弾丸ではどんな祈りも届かない!!」

「黙りな…。その呼び方は止めろってんだ!」

「あっ、マリア!」


 怒りに体が縛られ、冷静さが溶ける。二丁の拳銃を操り、続けざまに弾丸を放つ。避けることを許さない、左右に弾をばらまいて挟み撃ちにする。仮に避けようとすれば、近接戦のガン=カタで倒す。それが自分の戦い方だ。


「“拒蝕ノ吐息ヴァニティ”」

「っ」

「ええ、ええ。無駄でございます」


 イリュティムが余裕を崩さず、一言発する。


 弾も、それどころかオレ自身の踏んだ大地さえも。気づけば消えていた。動けない。違う、意識も、呼吸も。存在していることそのものが否定され、て―――――?


「マリア!!」


 最後に、愛している人の声が、残った。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 眼下の様子がおかしいことに気づくや否や、俺は屋上から真っ逆さまに飛び降りていた。


 右手に『剣』を。動きの中で剣技を発動。


 狙いは三人と対峙しているピエロの仮面を着けたナニカ。そいつに突っ込んだマリアが姿勢を崩したのが見えた。


 『超眼プリズム』を通して捉えたのは、終骸と同等の “闇” 。手加減なんてしない。


 背後まで『剣』を振りかぶる。落ちながら壁を蹴って加速。落下の力に更なる勢いを乗せて。


「我流剣技、“御降星ソードミーティア”ッ!!」


 一直線に、真っすぐに駆ける剣閃を、ピエロ仮面に叩き込んだ。圧倒的な衝撃波が地面にクレーターを穿った。


「ヒヒヒ! 効かないでございますよ」

「……!」


 敵が、いたはずの場所にいない。


 顔を上げると数メートル離れた所に移動していた。何が起きたか全くわからない。


 高速移動ではない、移動の際の風の動きがなかった。


「いい攻撃力ですが、当たらなければどうということもございませんね。では、次はこちらから」


 ピエロ仮面がダボダボの袖に隠された腕を大袈裟に動かす。袖先からぞわりと、闇が溢れ出るのが "視えた"。


 アレに触れられると不味い。直感でそう理解し、俺は持っていた『剣』を、闇ごと敵を貫くように投擲した。


 狙い違わず、一撃が闇のカーテンを貫く。


「がっ!?」

「今だ、真耶、陽子! マリアを連れて撤退するぞ!」

「了解です、兄さん」

「わかったわ」


 走り出した二人を確認してから、気絶しているマリアを抱きかかえて飛ぶ。


「逃さないでございますよ、―――!?」

「…?」


 ピエロ仮面が傷をものともせず右手を俺に向けたが、何かに邪魔されたかのように、急にピタリと動きを止めた。


「…ええ、了解したでございます。撤退でございますね。ではでは」


 誰に返事をしながらピエロの仮面が、来た時と同様に虚空へ消えていった。


「なんだったんだよ、一体…」

「とりあえず急いでここを離れましょう。人目を引きます」

「ああ」


 危機を逃れた俺たちは、泊まっている宿に意識を失ったマリアを連れて行った。


 何が原因かわからないが、気絶してながらも酷くうなされている様子で心配になる。


「くそ、俺がもっと早く割って入っていたら…」

「兄さんのせいじゃありませんよ。冷たい言い方ですが、マリアさんが勝手に戦い始めたのですから」

「けど、ソイツの初動がなければアタシも無警戒にやられていたかもしれない。戦士の素質があるわ」


 真耶は否定的だが、予想外なことに陽子は彼女を少なからず認めているようだった。


 確かにマリアがいなければ、真耶と陽子がピエロ仮面にやられていたかもしれない。


 けど、その代わりに自分が傷ついてしまったらダメだ。誰かを守るってことは、自分を犠牲にすればいいわけじゃないんだから。


「…ひとまず、王さまに報告しよう。多分、王さまが言ってた事と無関係じゃない気がする」

「そうしましょうか。陽子お姉ちゃん、すみませんがお留守番を頼めますか?」

「お守りなんて本意じゃないけど、わかったわ。二人とも気をつけてね」


 外に出るともう夕暮れ時だった。


 真耶と一緒に王城へ向かう。


 次から次へと面倒事ばかりだが、それが誰かの企みによるものなら放ってはおけない。どんな些細なことも、真耶に危害が及ぶ可能性だってあるのだから。

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