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……………………………………………………

CODASYLに贈る謝辞


 COBOLは遍く産業界のための言語であり、特定の会社・組織・団体の所有物ではない。

 COBOL委員会やCOBOLの発展に貢献したいかなる個人もプログラミング・システムや言語の正確性、機能に関していかなる責任も負わず、保証をすることもない。

 COBOL仕様書の作成に当たって、次の資料の著者と版権所有者はそれぞれの全文もしくは一部を使用することを承認した。

 このことは、他のプログラム解析書や類似の刊行物にCOBOL仕様書を再利用する場合にも適用される。


FLOW-MATIC

Programming for UNIVAC(R) Ⅰ and Ⅱ

Data Automation Systems

スペリーランド社 1958年,1959年版権


IBM Commercial Translator

No.F28-8013

IBM社 1959年版権


FACT,DSI 27A5260-2760

ミネアポリス・ハネウエル社 1960年版権


原出典:

「CODASYL COBOL JOURNAL OF DEVELOPMENT 1984」

……………………………………………………


* ***************

* 〈懺悔〉

* ***************


 個人の研鑽の結果たるプログラミング技術とアイディアは特定団体の信条および概念の所有物ではない。

 システムおよび世界観の機能と整合性について、いかなる責任も負わず保証もしない。

 特定言語を揶揄もしくは言語仕様を改変することによりこれを侮辱ないし卑下する一切の意図は存在しない。


 しかし私はCOBOL言語の普遍性を悪用する。


* ***************



* ==========

*  コーディング規約

* ==========


 ロジック部分はCOBOL言語の文法に準拠する。

 ただし、A領域・B領域の定義については独自の略式表記を採用する。

 スマートフォン表示における桁数(23桁を指標とする)を考慮したものである。


* ----------

* 「A領域」

* ----------


* 定義

 各行の1桁目を「A領域」とする。


* 可とする記述

 1.COBOL言語のステートメント

 2.COBOL言語における行ラベル

 3.コメント(「*」で始める)


* 不可とする記述

 1.B領域で可とされる記述(本文)


* COBOL言語との相違点

 1.行番号は記述しない

 2.ステートメント記述可能

 

* ----------

* 「B領域」

* ----------


* 定義

 1.各行の2桁目以下の桁位置はすべて「B領域」とする。

 2.折り返し後の1桁目は「B領域」として扱う。


* 可とする記述

 1.本文


* 不可とする記述

 1.A領域で可とされる記述


* COBOL言語との相違点

 1.ステートメント記述不可


* ----------

* 「本文」

* ----------


 本文の記述は以下の通りとする。

 

 1.すべてB領域1桁目からの記述とする。

 2.「字下げ」は行わない。

 3.1段落の長さは原則として46文字以内とする。

 4.疑問符・感嘆符の後に全角アキを挿入する。

 5.三点リーダ、二点リーダ、ダッシュ記号は2文字で使用する。

 6.ダブルだれは半角を用いる。

 7.波線ダッシュの使用は原則として避ける。

 8.カッコ内の引用は「“”」の様に記述する。

 9.カッコ内の会話文は「『』」の様に記述する。


* 以上.

* ==========



* ===================

* 〈レポート〉

* ===================

* そのシステムには、致命的な不具合が―― 

* ……

* …



* ===================

* 〈CODING SHEET〉

* ===================



IDENTIFICATION  DIVISION.

PROGRAM-ID. “GS001”.


ENVIRONMENT  DIVISION.

INPUT-OUTPUT SECTION.

FILE-CONTROL.

SELECT INITDATA ASSIGN TO 

“PJ.GS.SUMEX.NAMES”

ORGANIZATION IS BINOCULARS.

FILE STATUS  IS FSINDATA.


DATA DIVISION.

FILE SECTION.

FD INITDATA.

01 INITDATA-REC PIC O(OG).


WORKING-STORAGE SECTION.

01 FSINDATA  PIC X(02)

01 YOUR-FACE PIC X(12)

   VALUE “(・_・)”.

01 DEF-DATA-TYPE.

COPY GSDEF01.

01 CNT-WK.

 03 CNT-IN   PIC 9(12)

    VALUE ZERO.

 03 CNT-A    PIC 9(06)

    VALUE ZERO.

 03 CNT-B    PIC 9(06)

    VALUE ZERO.

 03 CNT-C    PIC 9(06)

    VALUE ZERO.

 03 CNT-O    PIC 9(06)

    VALUE ZERO.

01 IN-RAYOUT.

COPY GSDAT01.

01 LN-RAYOUT.

COPY GSPARAM.

COPY GSLINK03.


LINKAGE SECTION.

COPY GSLINK01.


 ……

 …


 「パカッ……カシャ」


 「……カチッ」


 男は1本のカセットテープをおもむろにケースから取り出し、目の前のデータレコーダーにセットした。

 そして再生レバーを押し下げると命令を入力した。


 「CLOAD ”GS001”」


 [RETURN]キーを押すとテープが回り出し、レコーダーからは暫しの間けたたましい悲鳴が鳴り続けた。


 ピィィィィィィィィィィィィィィィィィィィー


 ガッ!


 ピィィィィィィィィィィィィィィィィィィィー

 ガーガーガーガーガガガガーガーガーガー

 ガガーガーガガガーガーガーガッガガガガーガー

 ギギギギギーギーギービャービャビャビャビャー

 ガリガリガリガリガリガリギュギュギュギュギュ

 ビーービーービーービーーギギギギーギー

 ピャラピャラピャラピャラピャラジィージィー

 ィィィィィィィィィィィィィィィッ

 ……………………‥‥

 ……………‥

 ……‥

 ‥


 テープの回転が停止してテレビには”Ok.”というメッセージが表示された。


 あまりにもやかましい音が鳴り続けたせいか、辺りには一転して水を打ったような静けさが訪れた。


 そして男は一呼吸おいて最後の命令を入力した。



 「RUN」


 [RETURN]



 しばらくしてテレビに映るテキストが全てクリアされる。

 そうしてRFコンバータを経由して流れだしたのはぎこちないアニメーションと遅延気味の矩形波ミュージックだった。



 ――やっぱりBASICじゃ限界があるなぁ。



 そのとき、レコーダーのアナログカウンターは”084”で止まっていた。


 ……

 …


PROCEDURE-DIVISION.


PERFORM INIT-PRC.

PERFORM MAIN-PRC

  UNTIL YOUR-FACE

        = “(*´Д`)”

     OR FSINDATA

        = “OO”.

PERFORM FINL-PRC.


STOP RUN.


* ***************

INIT-PRC SECTION.

* ***************


DISPLAY “〈GS001〉 START.” UPON SYSOUT.


MOVE FUNCTION(GSINT) TO 

FSINDATA.

MOVE FUNCTION(GSORG) TO 

INITDATA-REC.


PERFORM READ-PRC.


* ***************

* INIT-PRC END.

* ***************



* ***************

READ-PRC SECTION.

* ***************


READ INITDATA

    AT END

 PERFORM STAT-CHK

NOT AT END

 MOVE INITDATA-REC TO

 IN-RAYOUT.

 PERFORM GSLINK02-PRC

END-READ.



* ===========

* 〈カウント〉

* ===========

カウント.


 ADD 1    TO CNT-IN.


 EVALUATE DATA-TYPE

  WHEN DEF-TYPE-A

   ADD 1  TO CNT-A

  WHEN DEF-TYPE-B

   ADD 1  TO CNT-B

  WHEN DEF-TYPE-C

   ADD 1  TO CNT-C

  WHEN OTHER

   ADD 1  TO CNT-O

 END-EVALUATE.


カウント-END.

* ===========

* 〈カウント〉 END.

* ===========



* ***************

* READ-PRC END.

* ***************



* ***************

MAIN-PRC SECTION.

* ***************


IF ……… THEN 

 CONTINUE

ELSE

* PERFORM MAINFRAME-XXXX

 GO TO RE-DEFINES

END-IF.


* ==========

* 〈084〉

* ==========

084.



 警報は突然鳴り響いた。


 クッソ……朝起きて昼寝して夜寝るだけのお気楽なバイトじゃなかったのかよ……


 そうして男はひとしきり悪態をつくと、頭皮を掻き毟りながらだるそうに立ち上がった。


 モニターを確認するが何も怪しいものは映っていない。

 そこにはいつもと変わらない殺風景な景色が拡がっていた。


 では何に反応した?

 男は父の形見の光学式双眼鏡を取り出すと、数少ない小窓から外界を確認した。


 何だ? あれは。


 遠目に見ても判る。

 石造りの壁、巨大な白い塔、階段…‥

 そこにあるのは何らかの人工の構造物だ。


 その中ほどにある開けた場所でひとりの少女? がキョロキョロと辺りを見回していた。


 顔は…‥なぜだか良く判らない。

 髪は原色の赤…‥かつら? 

 黄色と白の派手なマント。頭には緑と白と赤と青の大きく派手な羽根飾り。

 足もとを見ると…‥ど派手なピンクだった。


 いささか残念な原色系のファッションに身を包んだ少女は、何を探しているのか物凄い速さで前後左右にくるくると回転していた。


 少女はひと通り辺りを見回すと今度は腰にぶら下げていた小剣を抜き、片手でぶんぶんと振り回し始めた。

 型も何もなくただ感触を確かめるかのように上下左右に振り回すだけだったが、そこには物凄い違和感があった。


 ……これ、振り回すっていうかほとんどワープしてねぇか?

 重さ云々もそうだが明らかに物理法則を無視した動きだった。


 そこへ一匹の虫が突然湧いて出た。

 どこから?


 ……それはさておき出現したのは何の変哲もないただのダンゴムシだった。

 三メートルもあろうかという巨体であることを除けば。


 その唐突な登場に気を取られている間に少女はダンゴムシの前に移動していた。



 ぺこん、ぺこん、ぺこん、ぼひゅぅん!



 軽く右足を踏み込みながら剣を突き出すと、どこからか響いてくる可愛らしい音と共にダンゴムシは小刻みにその巨体を震わせ、暫しの間硬直する。


 そうして三発目を叩き込んだとき、これまた気の抜ける様な破裂音と共にメルヘンチックな爆発が拡がり、その巨体は血肉のひと欠片も残さず消滅した。

 いや、今何かがぱっと現れてすかさず少女が拾ったように見えた。


 俺はただあんぐりと口を開け、間抜け面でぽかんとその様子を眺めていた。



 っと違う違う…‥状況の確認だ


 相変わらずモニターには何も映っていない。

 センサー類に対して誰かが欺瞞情報を送り付けている?

 いや、俺が薬物か何かで変な幻覚を見せられている可能性だってある。


 あのダンゴムシは何だ? 脅威になり得るのか?

 いや、それよりもあの少女? は何者なんだ?

 気密服やヘルメットを着けている様子はなかった。

 何で平気?

 目的はなんだ?

 何で今?

 何で俺?


 こういう時何をすればいいんだっけ?

 どうせ何も映ってないんだしこのまま無視しちまえば誰にも分からねぇんじゃねぇか?


 クッソ…‥

 横になってダラダラしてぇ…‥


 ダラダラしてぇ…‥

 まったりダラダラしてぇんだよ!


 そう強く願ったとき、不意に目が合った。

 先ほどまで外にいた少女はいつの間にかそこに立っていた。


 ――そして目が覚めた。



* ◇ ◇ ◇



 少女は相変わらずキョロキョロと辺りを見回していた。

 まるで何かを確かめるかの様に。



084-END.

* ==========

* 〈084〉 END.

* ==========



* ==========

* 〈会話〉

* ==========

会話.



 自分で設定した【チュンチュン、チチチ】というBGMがイライラを掻き立てる。


 ちなみに鏡に映った俺の顔は(*´Д`)こんな感じだった。

 誰も見てないから自分から言わなきゃわかんないけどな!

 …‥何をって?

 アレに決まってるだろ!



 然るに警報装置のログだけはしっかりと残されていた。

 すっかり忘れてたぜ!


 これだから仕事の出来ない奴は嫌いなんだよ!

 クソっ!



 『で、特に何もせず定時で帰ったという訳か』

 「はい」

 『警報が鳴ったのだろう』

 「あ、はい。でも」

 『装置のチェックは?』

 「はい? あ、毎日してますけど。日誌を見たら分かりますよね?」

 『そういう事を訊いてるんじゃない。何度言わせれば――』

 「すんませんッス」

 『全部言い終わる前に謝るのは止め――』

 「はいはい」



 俺は「人工無能上司くん(ハードボイルドVer)」とのトークを楽しんでいた。

 事前に怒られる練習をしとくのって大事だよね。

 内容が一切ないトークなのにリアルで怒られるのとほぼ同じ流れになるんだからこれすごいね。


 というのは冗談で、今画面越しに会話しているのは本物の人間の上司、誇り高きバイトリーダーだ。


 俺の仕事というのは何もない土地の警備だ。

 守るべき資産が何かあるわけでもなく、近所の悪ガキが忍び込まない様に見張る位しかすることがない。



 といってもモノは宇宙の果ての辺鄙な無人惑星の土地のひと区画だ。



 近所の悪ガキなどいるはずもなく、することもない。

 拠点施設の維持管理が仕事みたいなもんだ。

 何でわざわざ警備なんてする必要があるのか皆目見当もつかない。


 そこにきて警報機が作動したけど映像記録にもセンサー記録にも何も残ってないときた。

 客観性、公平性を最大限に発揮して導き出された原因は装置の誤操作だ。


 『何の為に高い金を払って人間を雇ってると思ってる』

 「自動監視システムの方が俺の給料より高いからでーす」


 そう、俺は道端を鼻歌交じりにほっつき歩いている最中に、ちょっとちょっとお兄さんと声をかけられてふらふらと付いてきてしまったしがないバイトに過ぎない。


 今のご時世ちょっとした仕事に金食い虫の警備ロボなど過ぎた代物。そんなのは俺みたいな底辺で事足りる仕事だ。

 管理職だって管理職ロボを買うくらいならその辺で捕まえてきた野良人間に三度のメシを与えてぶん投げた方がよっぽど効率的なのだ。

 雇ってるとか言ってるやつがバイトなんだぜ? 意味わかんねえだろ!


 『お前はクビだ』

 「へ? 何の権限があって――」

 『いちど言ってみたかっただけだ』

 「死ねば良いのにー」

 『良かったな、お前もそれを言ってみたかったんだろう』


 次の瞬間、俺は双眼鏡片手に荒野を彷徨う一匹狼となっていた。

 チクショウ、吹き荒ぶ世間の風は世知辛いぜ!


 どうやって次の瞬間に荒野を彷徨えるんだって?

 そんなことどうでも良いだろ! 空気読めよバーカ!


 『良かったな』

 『お前のイマジナリーフレンドもバカにしているぞ』


 マジで死に晒せやゴルァ!



* ◇ ◇ ◇



 気になる。

 めっちゃ気になる。


 何がって?

 アレだよ! アレはどうなったんだよ!

 アレがソレしたやつだよ!


 アレは何なの?

 何で双眼鏡で見ると音が出るの?


 『良いから早く警報装置の点検レポートを提出しろ。警報から12時間も経ってるんだ』


 へ? 12時間?


 「12時間」

 『何だ』

 「いつの間に12時間も経ってたんスか?」

 『真面目にやれ』

 「いやマジですって!」

 『細かいことは追及せん。言い訳は良いからさっさと対応しろ』

 「……ハイ」


 こりゃダメだ。

 取り敢えず調べてみるか。

 と双眼鏡を――


 「どわあああああ@くぁwせdrftgyふじこlp~」


 俺はシェーのポーズを取りつつ人生史上最長のバックステップをかますことに成功した。

 バックステップするシチュなんてそうそうねえけど!


 『どうした。何をしている』

 「ハイ、ボクは頭がおかしくなりました!」

 『そうか、ならばお前はクビだ』



* ◇ ◇ ◇



 【ビビービビービビービビー】

 「どえぇぇぇぇナニコレえぇぇぇぇ」

 

 双眼鏡を覗いた瞬間に鳴り響く警報……と、俺の悲鳴!

 

 『説明しろ、何があった』


 「安心してください、何もありません」

 双眼鏡を外した俺はクールに言い放った。

 

 周囲には本当に何もなく、警報も鳴り止んでいた。


 『今警報が鳴っただろう。何もないというなら装置に異常がないかを点検して報告しろ』


 あ、俺の叫び声には一切ツッコミなしなのね。

 とりあえず双眼鏡を覗いた俺が見たのはゾンビの大群だった。

 しかも目の前だ。

 双眼鏡だからド迫力だったよ、くわばらくわばら。

 実際に目の前にいるわけじゃないからね、双眼鏡を離せば目の前に広がるのは現実だ。

 ……じゃあ警報装置は何で鳴ったんだ? 何もなかったら点検するのが普通じゃないか!

 何もしてない俺、仕事のできない奴! うへへのへ。


 「はい」

 俺はとりあえず無難に返した。


 こんなん陰謀ルートだろ常考。何のプレイだよ。

 この双眼鏡はVRゴーグルなんだろ? 警報装置のスイッチは上司ムーヴも板についてきたバイトリーダーが机の下で押してるんだよきっと。陰謀陰謀。


 『まだか。さっさとしろ』

 「へいへい」

 『何か言ったか』

 おっといけねえ、心の声がつい漏れちまったぜ。

 「今見てるところッスよ」

 『そんなことは分かっている』

 ってまだ見てねえし。


 俺は警報装置の蓋を開けた。

 双眼鏡で見た。


 目が合った。


 目玉だ。目玉が本体? みたいな謎の生物。

 そいつはいた。


 「あの……上司?」

 【どうも、お邪魔シております】

 「あ、すみません」ペコペコ。

 【お騒がせしてスみません】

 「あ、お構いなく」

 そっ閉じ。

 悲しきかな、コミュ障の習性!

 しかし俺はきっちりオール「あ」でスマートにジェントルに受け応えして見せた!


 「すみません、目玉さん?」

 『何だ、目玉って』

 「あ、いえ、混乱してしまって」

 『気にするな、お前はいつだって錯乱しているだろう』

 うん、全然気にしてないよ(血涙)

 今俺が誰と話してたとか気にならんのかコイツは。


 俺は意を決してもう一度蓋を開けた。


 そこには俺の悲壮な決意をあざ笑うかのように、普段通り何の変哲もない機器類が鎮座していた。

 センサ類の劣化や接触不良はモニター越しでも分かる。

 ここでチェックしなければならないのはむしろその正常性だ。

 

 『二回目だ。これで異常なしならどうなるかは判っているな』

 その異常ありなら問題なしだぜみたいな言い方、やめてくれませんかねぇ。

 いざという時にコイツが異常だから正常です! とか言い出さないでくださいねセンパイ。


 双眼鏡で見た。

 クソARかよ。誰だよ。

 「装置を鳴らしたのはあなたですか?」

 【いいエ。濡れ衣デす】

 「では、今警報が鳴ったときあなたはどこにいましたか?」

 【物理でスか? 論理でスか?】

 「両方」

 墓穴を掘ったな? お巡りさん呼んじゃうよ?

 【物理的にハずっとここにイました】

 「ずっとずっとずーっとですか」

 【はイ】

 「ぼくいっちゃいそうです、と話してみてください」

 【ぼくイっちゃいそうデす】 

 「なるほど……ゴクリ」


 『何だ。誰と話している』

 その質問は今更感が……と言いかけて引っ込める。


 「双眼鏡です」

 【お話しの相手ハどなたでスか】

 おっとここで意外な方向からボールが飛んで来たよ。


 「心の友とでも言っておきましょう」

 『おい』


 「それで論理的にはいつから?」

 【もちろン――】

 『そんな事より真っ先に聞くべきことがあるだろう』

 コイツ……自分がされると嫌がるクセに他人の話は平気で遮るんだな、偉いからって調子に乗るなよクソめが。


 「私の心の友が『そんな事より真っ先に聞くべきことがあるだろう』と申しておりますが」

 【あア、私が何者かということでスね】

 【あなタが今手に持ってイる双眼鏡でス】

 「知ってた」

 『何をだ』

 「こちらの方が俺の大事な双眼鏡サマってことをです」

 【そレで論理的にハ――】

 『訳が分からん。説明しろ』


 『その双眼鏡は親父さんの形見だと言っていただろう』

 「考えるより聞いた方が早いんだからいちいち会話を遮らないで頂きたいんですがねェ」

 『聞こえてないものを意図して遮るなどできる訳ないだろう。黙ってるから続けろ』


 「続けて下さい、だそうです」

 【はイ。結論かラ申しまスと】

 【私はいわゆル神様というヤつデす】


 「はい?」

 【神様デす】

 「何それ?」


 『前言撤回だ。もう良い、俺と替われ。お前はクビだ。ただし双眼鏡は借りるぞ』


 バイトリーダーのひと声と共に俺は自宅で惰眠を貪ぼらんとする一匹のブタになっていた。

 やったね。これでまったりダラダラできるよ!

 え? 理解できない? どーでもいーじゃんそんなんさぁ。

 末端バイトを体良く追い出して証拠隠滅! 陰謀論バンザイだよ!


 「続けるぞ」

 【おヤ?】

 『何コレ?』

 『あっ俺がバイトリーダー?』

 証拠隠滅は? まったりダラダラは? 俺の平穏は?

 『もうヤダ……』

 のんびりしたい俺ですがスローライフを送れません!


 おっと、こういうとこでツッコミを入れるのはバカと無能だけって相場が決まってるんだぜ!

 こんなん気にしようがするまいが人生なんて変わらないからね。



* ◇ ◇ ◇



 「最大限譲歩するとして」

 『何に――』

 「お前は黙っていろ」

 あ、俺がリーダーって訳じゃないのね。

 おまクビ失敗!


 「何もないぞ」

 『双眼鏡で警報装置の制御盤を覗いてみてくださいッス』

 「大きく見えるな。なるほど、これなら目視確認も楽だ」


 「よし。質問は二つだ。ひとつ、警報装置をどうやって鳴らした。ふたつ、鳴らした目的は何だ。」


 『すいません、あと二つ……いや三つ良いッスか? どうしても聞きたいことが――』

 「駄目だ。尺は大事に使え。意味のないことをするな」


 【タメ口で高圧的な態度でスね……でも言ってることは正論デす】


 「その双眼鏡さんとやらとはどうすれば話せるんだ」

 『双眼鏡で警報装置のキャビネットの中を見て下さい』

 俺は至ってマジメに返した。

 「何だ、別に何も変わったことはないぞ」

 『目玉が見えないです? あとゾンビがうじゃうじゃ』

 「ふざけるな! 本当に怒るぞ!」

 やばい、マジギレモードだ。

 そういえば何が見えたかってひと言も喋ってなかったな。

 これってもしかしなくてもピンチ?

 「おい」

 「緊急用のレバーが下りているぞ。お前がやったのか」

 へ?

 『いえ、そしたらログに出るでしょう』


 「警報が鳴った、確認した、手動レバーが下りていた」

 「たったこれだけの事を確認するのに散々手間をかけて大騒ぎまでして……」

 「挙げ句の果てに奇声を発して目玉だゾンビだと……」


 【そりゃそうでスね、ここはそういう施設ですカら】

 『どうして今俺と話せるんですか?』

 【いや、だッて双眼鏡なんか関係ありませんカら】


 ハイッ! 先生、質問良いですか!



* ◇ ◇ ◇



 『よし、バイトの警備員が待遇に不満を持ち犯行に及んだ。計画性はなかった。犯人は事実を隠蔽しようと訳の分からない言動を繰り返し――』


 「ちょ、ちょっと待ったぁ!」

 ど真ん中予想通りの展開ッ!


 『何だ、最後の別れか。うん、そうだな、俺も名残惜しいぞ』


 レバーが下がっていた? いや、普通に固定されてただろ、安全装置も外れてなかった。


 訳の分からない事故をうやむやで終わらせようとしてる?

 俺の奇声や謎のリアクションにもちゃんと言及してるしな。

 【あなたが見ているときはそうだってだけでスね】


 つまり?

 【あなたが見ていないときはどうなってるかナんて分からないでシょう】


 さっきから誰と話してますか?

 【ワタシです】


 俺一切しゃべってないけど?

 【あなたの心の声は全部聞こえていマす】


 怖えぇぇェヱ! (ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ

 【逃げても無駄デす】


 「顔文字なんてどーやったら分かるんだよ」

 【神様ですカら】

 『お前は頭がおかしい』

 いや今色々おかしいのは分かるけど論点はそこじゃないから!


 『客観的に見て警報が鳴った以外は何も異状はなかった』

 『社会復帰は失敗だ。路頭に迷って死ね』

 【これはいケませんね】

 「あばばばばばぁー みょみょーん」


 ぷちっ



会話-END.

* ==========

* 〈会話〉 END.

* ==========



* ================

* 〈RE-DEFINES〉

* ================

RE-DEFINES.



* PERFORM  MAINFRAME-1989

* UNTIL  ……….


IF ……… THEN 

 CONTINUE



* ◇ ◇ ◇



 「ちよっとちょっとお兄さん」


 「え、俺ですか? やだなあこんな年寄り捕まえて」


 「今人手が足りないんだよ!!! バイトさん探してる、…ん…だ……よ…! 、アレ?」



 『お前は黙っていろ』



* ◇ ◇ ◇



 PERFORM GSLINK02-PRC


 

* ◇ ◇ ◇



ELSE

 PERFORM MAINFRAME-XXXX

* GO TO 084

END-IF.



RE-DEFINES-END.

* ================

* 〈RE-DEFINES〉 END.

* ================



* ========

* 〈幻〉

* ========

幻.



 【チュンチュン、チチチ】というBGMで目が覚める。


 鏡の前に立つ。いつ見ても貧相で無表情な髭面だ。


 さて、面倒臭いが出勤の時間だ。

 職業選択の自由による恩恵を最大限に享受しておいて面倒臭いはないとは思うが、面倒なものは面倒なのだ。


 俺は気密服に袖を通し、併設の詰所に向かった。


 と、そこで自分と同じ様な格好をした男に鉢合わせた。


 「おはようございマす」

 「あ、おはようございます」


 誰だよこの人……面倒事か?


 「どうでスか、最近」

 「どう、とは?」

 「いえね、聞こえもシないものが聞こえたりトか、有りもシないものが見えたりトか」

 「何ですかそれは。心霊現象ですか」

 「心当たりがなイなら何よりデす。それでは私も仕事があるノでこの辺で」

 「どうも」


 男が歩いて行った方を見ると、そこにはもう誰もいなかった。


 さほどの興味もなかった俺は交わした言葉も忘れ、さっさといつも通り仕事場へと歩いていった。


 その時はまだ、大事なものを失くしてしていることに気付いていなかった。



 【物事はあなたが見ていルときだけ存在する、ある意味真理でスね】



幻-END.

* ==========

* 〈幻〉 END.

* ==========



* ==========

* 〈次候補〉

* ==========

次候補.


PERFORM READ-PRC.


次候補-END.

* ==========

* 〈次候補〉 END.

* ==========



* *************

* MAIN-PRC END.

* *************



MAINFRAME-1989 SECTION.

* *********************

* 〈MAINFRAME-1989〉

* *********************



IF ……… THEN 

 CONTINUE

ELSE

 MAINFRAME-1989-EXIT

END-IF.



* =========

* 〈汚染〉

* =========

汚染.



 チュンチュン、チチチ……


 久しぶりの決行の日、緊張感からか俺はいつもより早く目を覚ました。

 そのときの普段と違う小鳥のさえずりが、なぜだか今も深く心に刻まれている。


 それはある蒸し暑い日の出来事。




 小学生だった俺は、学校が終わると脇目も振らずに親父が勤務する会社に直行した。




 外国人の母を早くに亡くして親父との二人暮らしという生活だったためか、いつしか学校帰りに親父の会社に忍び込んで辺りをウロチョロするのが習慣の様になっていた。

 当時の俺は忍び込むことに成功したと思い込んでいたが、正門の詰所にいるおっさんなんてよく家に遊びに来る顔馴染みだし、殆ど正面から正々堂々と入ったのと同じだった。


 今にしてみれば皆「あの子また遊びに来たね」くらいの暖かい目で見守ってくれていたんだと思う。

 時にはお菓子をご馳走してくれたりして、客でもない平社員の息子を随分とかわいがってくれた。

 だからその日も周囲の目は暖かく、連絡もなしに訪れて辺りをチョロチョロする俺を笑顔で見守ってくれた。

 俺にとっても外国人とのハーフという理由だけで仲間外れにするような、学校の同級生や先生たちよりよっぽど親近感が持てる人たちだった。


 俺の潜入になってない潜入作戦の目的地は電子計算機室、別名マシン室と呼ばれる一室だった。




 入り口からしてセキュリティの欠片もないご時世だった当時、無害な子供が入ることを気にする人なんて誰もいなかった。




 俺にとっては本当にたまたまの出来事だった。

 興味本位でマシン室に隣接する小部屋をこっそり覗こうとドアを開けた。

 するとそこにいた人たちが一斉にこちらを振り返った。

 彼らの目はこの会社の人たちの普段の姿からは想像できないほど冷ややかで、それは日頃の嫌な出来事の数々を思い出させた。

 逃げ出した俺は何かに足を引っかけ、すてんと転んでしまった。

 その何かが恐らく原因だったのだろう、周囲は急に上から下への大騒ぎとなった。

 騒ぎのタイミングからしてその原因が自分にあっただろうということは子供の俺でも容易に想像がついた。

 なのに会社の人たちは俺を叱ることを一切せず、転んでしまった俺を気遣う言葉をかけてくれた。

 これも今にしてみればと思うことだが、その時の周囲の優しさを勘違いしていたのかもしれない。


 俺が足を引っかけたのは電算室の最奥に鎮座していた巨大な汎用機、いわゆるメインフレームというやつのコンセントだった。

 当然コンセントは容易に抜けないための機構を備えていたが、機器の増えた部屋の設備の電力を賄うために専用電源からコンセントを分岐していたことが災いした。


 1989年という当時においても型遅れになりつつあったそのマシンこそが俺のお目当てとするものだった。

 その会社の技術者だった親父の影響を受けて、俺は数年前から流行り始めていたパソコンには目もくれず、ダム端末のグリーンディスプレイに夢中になっていた。


 俺の作った変てこなコマンド・プロシージャは会社のちょっとした憩いになっていたと思う。

 会社の知るところとなっていたかどうかはともかく、基幹系システムが稼働するマシンをよくもまあ触らせてくれたものだ。

 親父の言うことは守っていたし、やっていいと言われた以上のことはしていなかった、と思う。


 その汎用機のコンセントが抜けて、稼働中に電源がブチンと落ちた。

 当時の経営者の理解がなかったためか、自家発電施設などはある癖に大飯喰らいのでかい箱には無停電電源装置を付けておくような配慮はなかった。


 結局汎用機は電源を投入すると何事もなかったかのように起動し、直前のデータの再入力だけで業務も元通りに回り出したのだそうだ。

 後で聞いた話だが、この事件のおかげでUPS不要論者に裏付けを与えることになり、現場の面々は対策に散々苦労する破目になったとか。

 コンピュータというものは、シャットダウンやブートの際に正しいシーケンスを踏まないとシステム上の整合性がおかしくなって、正常に動作できなくなると思っていた。

 この汎用機を稼働させていたオペレーティングシステムが何かはよく知らなかったが、このシリーズ専用の一品モノであったことは何となく分かった。

 電源工事をやったのは誰だとか責任は誰が取るとか、そういった話が聞こえてきたが、当時の俺には馬耳東風であり内容は全く覚えていなかった。

 とにかく大事にならなくて良かったと、俺は子供ながらにほっと胸を撫でおろした。

 ――そう、子供ながらに。


 しかしその日の騒ぎを境に親父は忽然と姿を消した。

 何の前触れもなくだ。


 その日社内に居たというのに一切何の痕跡もなく、正に神隠しだった。


 親戚付き合いもなく祖父母すら所在不明だと聞かされていた俺は、事実上天涯孤独の身となってしまった。


 誰かに引き取られるということはなく、ありがたい事に親父の会社の人たちが代わるがわる俺のもとを訪れ、あれこれと世話を焼いてくれた。

 それとは裏腹に学校とはますます疎遠になり、俺の孤立は深まっていった。


 今なら解る。

 あの日の周囲の大人のうちの幾人かが、俺の何を心配していたのかを。

 詰所のおっさんが俺に声をかけようとして、それを制する誰かの声がした――


 『お前は黙っていろ』



* ◇ ◇ ◇



 ――その日から数十年。

 月日は流れ、世の中のあらゆる出来事が瞬く間に訪れては過ぎ去っていった。


 俺は当たり前のように進学し、文系の大学を卒業して就職した会社で定年まで勤め上げた。

 収入が安定してきた頃合いで学生時代に出会った女性と結婚し、息子も儲けた。




 その後、妻に先立たれた俺は再び孤独の身の上となった。

 息子とは折り合いが悪くなり、独立してからは音信不通の状態だ。




 あれからというもの、俺の人生は無難そのもので波風のひとつも立たなかった。


 しかしあの日の出来事のせいで、毎朝小鳥のさえずりを耳にする度に当時の記憶が鮮明に蘇ってくるのだ。


 親父の行方は今なお分かっていない。

 なぜいなくなったのかも謎のままだ。


 そう言えば、子供の頃の俺を応援してくれた人たちはどうなっただろうか。

 金銭面も含め、何の主体性もなくされるがままだった俺は当たり前のように彼らからの支援を享受した。

 当時の年齢からすると、存命の人の方が少ない筈だ……



 クソッ……俺は最低のクズ野郎じゃないか……

 【そうでスね、そうやってあなタはクソくソと誰かを罵るばかりでシた】



 何が無難な人生だ……

 【いつもダラだラシたいとぼやいてばカりの怠け者、それがあなたでしタね】

 【人生にモしもはありまセん。やり直しなんてできませンよ】

 【後悔しながラ死になサい】



 せめてあの世で――

 【あなたはあの世には行けまセんよ】

 【クズ野郎なのが残念ですが仕方ありませンね】

 【ではマた】



汚染-END.

* =========

* 〈汚染〉 END.

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* ==========

* 〈結び目〉

* ==========

結び目. 



 ……おかしい。

 仏壇の妻の遺影と位牌がない。

 母さんのはあるのに、だ。

 息子が持ち出したのか? 確かに折り合いが悪くなったきっかけは妻の病気を見過ごしていたことだ。

 ありがちな話だ。仕事にかまけて家族を放ったらかしにした。

 それを考えれば不思議なことではない。

 だが、いつからなかった?

 かと言って息子に連絡を入れる勇気もない。

 まして妻のご両親など尚更だ。

 別に金目のものという訳ではない。

 しかし、会ったこともない母さんではなく妻の位牌を失ったことに焦燥を感じる。



* ◇ ◇ ◇



 散々手を尽くしたが妻の位牌と遺影の在り処はついに分からなかった。


 なけなしの勇気を振り絞って息子の携帯に電話をかけてみた。

 しかし出たのは見知らぬ誰か。

 昔使っていた番号は解約したらしい。


 「すみません、番号間違えました」

 『ああ、よくかかッて来るんですよ。間違イ電話』

 『この番号の昔の持ち主サんにかけたんですヨね』

 「あ、はい。そうなんです」

 『見つかると良いでスね』

 「ありがとうございます。それでは」

 『あ、ちょっと待ってくだサい。袖触れ合うも何とやらデす。ちょっとお話ししませンか』

 「ええ、構いませんが」


 何だか人との会話が随分と久し振りな気がする。


 『先程お話ししたと思いマすが、良くかかって来るんデす。間違い電話』

 「どんな内容かお聞きしても?」

 『ええ、もチろん。私も別に知らない人ですカら』

 『例えばでスね、今日の様子はどうだ、トか』

 「何ですかそれは?」

 『いえね、私にモ何の話なのかさっぱりなんですガね』

 『他にもあるんでスよ。羽根は見つかったか、なんてのもありましタね』

 「ますます分からないですね」

 『そうソう、人違いじゃないかなんてのもありまシた』

 「全くもって謎ですね」

 『ちなみに、前の持ち主さんにツいて何かご存知だったりされまスか』

 「あ、いえ、ちょっと最近どうしてるかなと思っただけで、大した知り合いではないんです」

 『そうでしタか。どんな経歴の人が凄く気になりますヨね』

 「え、ええ。そうですね」

 『お忙しいのにお付キ合いいただいて、ありがとうございまシた』

 「いえ、こちらこそ。いい気分転換になりました」


 ……何なんだ? 一体……



結び目-END.

* ==========

* 〈結び目〉 END.

* ==========



MAINFRAME-1989-EXIT.

* *********************

* 〈MAINFRAME-1989〉 END.

* *********************



GSLINK02-PRC SECTION.

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* 〈GSLINK02-PRC〉

* *******************



* ===========

* 〈シグナル〉

* ===========

シグナル.



 ザザッ…


 ジジジジジ………


 …


 ………ザッ……


 …き………ま……か……………

 ……こ…え……ま………か……

 き…こえ…ま…すか……


 『ほへ?』


 「聞こえてんのかって言ってんだこのコノうんこヤロー!!!」

 ガリガリガリガリ!


 シーン……


 「オイ、切られたぞ」

 「ひどい!!! なんで!?」

 「……」

 「……」


 「ど、導通確認はバッチリだよー!!!」



* ◇ ◇ ◇



 何だったんだ? 今のは。


 『何だ?』

 「さあ? よく分かんないっす」

 『まあいい。さっさとやるぞ』


 えっ何?


 「あばばばばばぁー みょみょーん」


 『気分はどうだ?』

 「だるいっす」

 『そうか』

 「それだけ?」

 『ああ』

 「もういいの?」

 『ああ。やることは分かっただろう』

 「じゃあ帰りますね。お疲れっしたぁ」

 『ああ、明日も頼む』



シグナル-END.

* ===========

* 〈シグナル〉 END.

* ===========



* =============

* 〈REGION〉

* =============

REGION.



 話を聞いた俺は取り敢えず帰路に着いた。

 丁度暇だったし働かなくていいご身分って言っても生活に潤いは必要だからね!


 帰路って言っても住み込みだから別棟の居住区の自室に戻るだけだ。

 荷物? まあ独り身だし家具家電付きだからそのまま来ちゃったよ。

 もちろん後で必要なモノは取りに行くし色々と整理して来ようとは思ってるけど。

 声をかけられたのが偶々ウチのすぐそばだったからね。

 ぶっちゃけこのシチュってめっちゃ怪しいよね。

 仕事する場所は教えてもらえなかったし自称バイトリーダーのシブイ感じのおっさんは声だけで姿を見せないし、スゲー怪しい悪の秘密結社感満載じゃね?

 テレビ、外部アクセスの類はナシってのがキツイけど三食昼寝付きで寮完備って言われたらこんな楽しそうなバイト受けなきゃ損だよね!

 ていうかこれ断ったら監禁コースだね、多分。

 試しに今度断ってみよーかな。


 ……ん? 今度?

 何か忘れてるような……


 まあ良いか。明日は早いしとりあえず目覚ましはセットしとかないとね。

 まあオシッコで目が覚めちゃうんだろうけど。

 年寄りってやだね!

 ビンボーなのが悪いんだろーけど持たざる者の死する宿命って奴だ。


 という訳で俺は明日からの目覚ましをセットした。

 個人用はイマイチ持つ必要性を感じないんだよね。

 だってあんなの単なる窓じゃん。

 そんなのに凝るとか課金コンテンツにハマる貧乏人みたいだし。

 ……まあ有り体に言って底辺は底辺を忌み嫌うってやつだな。


 ここはバス・トイレ付きで生活必需品は申請を出せば補充されるし、どういう仕組みか分からんけどチリとかシミみたいな汚れは放っておいてもいつの間にか消える。

 職員以外の住人はいないけど娯楽施設もある。

 あそこにあるマッサージチェアはちょっとクセになりそうだ。


 ……うーむ、俺には過ぎた環境だな。

 何なんだろうな、一体。



REGION-END.

* =============

* 〈REGION〉 END.

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COPY GSLINK02.


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* 〈無縁〉

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無縁.



 【チュンチュン、チチチ】


 何の音? ……ああ、目覚ましか。

 何でか分からんけどプリセットされてたのを何となく設定したんだっけ。


 部屋は清潔だし窓の外には明るい公園。

 誰もいないのがちょっと不気味だけど。

 ん? この双眼鏡……オヤジの形見? だったっけ。これだけ持ち込みさせてもらったんだよな? 確か。



無縁-END.

* =========

* 〈無縁〉 END.

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* 〈GSLINK02-PRC〉-END.

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MAINFRAME-XXXX SECTION.

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* 〈MAINFRAME-XXXX〉

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* 〈まほろば〉

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まほろば.



 久しぶりに施設の跡地に来た。


 あれ以来交代で状況を確認しに来ているが、相変わらず周囲は閑散としていて寂しい限りだ。

 建屋は風化して見る影もなく、地震か台風でも来ればすぐに崩れ去ってしまいそうだ。

 かつて敷地を囲っていたはずの崩れたコンクリートの壁。

 蔦に覆われた正門の詰所。

 風雨に晒され途中で途切れた階段。

 マシンが置かれていたブースは雑草が蔓延っており、そこはもはや廃墟だった。


 廃墟か……


 ふと、何かの気配がした。

 狸かイタチの類か、野生化したペットだろうか。

 いや、あるいは――


 「ッ!?」


 刹那、子供のような背丈の影が視界の端を横切った。

 あの子か……いや、それはないはずだ。何年経ったと思っている。

 それにあの日以来、わざとここからは遠ざかるようにと仕向けていたのだ。

 

 しかしなぜだろう。

 きっとどこかで見ている、そんな気がした。


 不意に一陣の風が辺りを通り過ぎる。

 そして僅かに残る草の香り……

 きっと懐かしさから感じる錯覚なのだろう。

 

 ――ああ。

 ここに来るといつもあの居場所を思い出す。

 遥か遠くには蜃気楼のように揺らめく白亜の巨塔。

 草原に残された遺構の中を駆け抜けたあの日の姿。

 あの声はもう聞こえない。


 そうだろう、そのためのシステムだ。

 奴が聞いたらきっと大笑いする筈だ。

 システムがBASICとCOBOLで組まれているなんて何の冗談だと。

 未来への遺産だ。ゴキブリ並のしぶとさがないと役目は果たせないだろう。

 大丈夫、きっとあの子が形にしてくれるはずだ。


 ……どうやらここに住み着いた先客がいる様だ。

 今の住人の邪魔をするのも野暮だ。そろそろ帰るか。

 

 ――どこへ?

 決まっている。帰る先はいつだって自分の家だ。



まほろば-END.

* ==========

* 〈まほろば〉 END.

* ==========



* ===========

* 〈事故物件〉

* ===========

事故物件.



 「こんにちは!!!」


 「あ、どうも、こんにちは」


 目の前には極彩色のド派手な女の子。

 とりあえず挨拶したけど……誰?

 とか言いつつ大体の予想はついてるけど。

 だって見渡す限り真っ白な世界だし。アレ確定じゃね?


 「私は神様です!!!」


 「ああ、やっぱりですか。自分で様って付けちゃうんですね」

 「はい、苗字が神で名前が様なもので」

 「じゃあ親しみを込めて様ちんとお呼びします。よろしくね、様ちん」

 「やったね! 初の固有名詞だよ!!! よろしくねー!!!」


 「それで……」

 「死因は不幸な事故だよ!!!」

 「不幸な事故ですか!!!」


 「て……」

 「転生はないよ!!!」

 「に……」

 「日本には戻れないよ!!! ていうか日本人設定だったんだ!!!」

 今さらそこかい!!

 「じ……」

 「じゃあ何でここに呼んだかっていうとね」

 「ち……」

 「チートはないよ!!!」


 「……」

 「し……」

 「なになに? しあわせになりたい?」

 「ね……」

 「ね? 猫になりたい?」

 「や……」

 「やだっていうの? もうなんだか分かんないよ!!!」

 「ご……」

 「ごめんなさいが言える子は偉いね!!!」

 「る……」

 「る? また分かんなくなってきた……」

 「ぁ……」

 「あ? 声がちぃさぃょ?」


 「……」

 「……」


 「何でここに呼んだかって言うとね」

 「……」

 「……問題ない、続けたまえ」

 「あっはい、コホン……それでは発表します!!!」

 「賃金ゼロかつ不眠不休で私のために働き倒してもらうためです!!!」


 「死ねやゴルァ!!!」

 「不敬なリィ!!! だよ!!!」

 「文章だから分かりづらいけど入れ歯が浮くギャグだよ!!!」


 「あッ腰がァ入れ歯がァ……」

 「年寄りが無理しないの!!!」

 「メガネメガネ」

 「メガネは今かけてるでしょ!!!」

 「違うのぉぉぉぼくのめがねぇぇぇ」

 「これいつまで続くのぉぉぉ!?」



* ◇ ◇ ◇


 

 字数稼ぎとしか思えないグタグタ極まりない開始イベントを経て、俺はやっとのことで様ちんからことの詳細を聞き出すことができた。様ちん。

 いやまあ、途中からノリノリだった自分も大概なんだけど。


 で、細かい部分はさておき要約するとこうだ。


 ・何かやらかした奴がいて色んな世界が複雑に絡まった。じゃあここは何なんだよ。

 ・色んな宇宙の法則がねじれてこの先どうなるか予想が付かない。じゃあここはどうなんだよ。

 ・俺は直接の被害者の間接的な関係者らしい。なんじゃそりゃ。

 ・色んな場所の因果律を操作して整合性を取ろうとした結果、ますます訳が分からなくなった。働き者の無能か。

 ・俺がとっ捕まったのは偶然らしい。曰く、「誰でもいいんだよ!!!」だそうな。

 ・俺に拒否権はない。元の場所には帰れないしそもそもここからどこにも行くことはできないのだそうだ。


 見た感じ働かないという選択肢はありそうだが……

 ここから出られなくて衣食住はどうするんだとか色々と疑問が湧いてくるが、そこは神の力で何とでもなるってことか。

 そもそも俺、あと何年健康に働けるかもう分かんないんだけどな。あ、もう死んでるんだっけ。


 ということで、その因果律の操作っていうもぐら叩きみたいな作業を力業で解決するために俺に手伝えということらしい。

 誰でも良かったってことは、とにかくやれ今すぐやれ位の考えしかなさそうだなぁ。

 第一、力技で解決するんだったら人海戦術じゃないか?

 何で俺一人なの? って疑問は当然ぶつけてみたけど話がグダグダになって全然分からなかった。

 まあだからこそのこの状況なんだろうけど。



* ◇ ◇ ◇



 「という訳で、ITによる業務効率化を目指したいと思います!!!」


 そう言った様ちんが指差した先にはちょっとした威圧感すら感じさせるでかい鉄の箱。


 「散歩してて拾ったやつです!!! これで何とかしてください!!!」


 俺はただあんぐりと口を開けて間抜け面をするしかなかった。

 だって、コレアレじゃん。

 あ、一応断っておくけどダンプカーじゃないからね。


 「あの、コレでどうしろと?」

 「効率化です!!!」

 あかん、またループの予感! よし、質問の方向性を変えよう。

 「これは何ですか?」

 「見たら分かるでしょ!!!」

 「なるほど、コンセントはありますか?」

 「! 待ってて!!!」

 そう言った様ちんはおもむろに自分の鼻の穴にコンセントをぶっ込んだ!!!

 「ほへへほーへーへふ!!!」はなぢぶしゃァ!!!

 気にするな、気にしたら負けだ!!!

 「コンソールがないんですが……」

 「!! ひょっひょひゃっひぇひぇ!!!」

 と言って大ざっぱな挙動でいきなり動き出した様ちんは電源コードに引っ張られてハデにすっ転んだ。はなぢぶしゃァ!

 もうやだ!!!


 「今日はこのくらいにしましょう。ボクはもう寝ます」

 「フフフ、何もかも計画通り……」


 ウソつけ!!!


 「どうして……」

 「こうなった、でしょ!!!」

 「………」

 「思った通り!!!」

 無視だ無視。

 「もしかして俺が見たことある物を出してるだけ」

 「何当たり前の事言ってるの?」

 「……『お前は黙っていろ』?」

 そうか、このド派手なファッションは……

 俺が理解した瞬間、様ちんはパッといなくなった。

 ……どうしてこうなった、か。



* ◇ ◇ ◇



 目が覚めた。


 そのとき俺がいた場所は親父の会社の電算室があった場所だった。

 少し考えれば分かることだった。




 そもそも今日は初めからここにいた。




 ふと気付くと少し淋しそうな背中が立ち去ろうとするところだった。

 声をかけようかどうかと少し逡巡したがやめておいた。

 俺は何もしないのが一番良い。

 俺に勘付かれない様に色々と手を回してくれていたことは気付いていた。

 だったら尚更顔を合わせにくいじゃないか。

 第一顔を見てももう俺だってことは分からないだろう。


 親父が失踪したのも会社がなくなったのも本を正せばあの日の出来事が原因なのだ。

 そんなことは当の昔に分かっていた。


 ただ、どうして、何の因果であの人がここにいるのか……その理由は考えても一向に分からなかった。


 俺一人になぜそんなに気を遣うのかも――


 「ッ!?」


 その刹那、子供くらいの小さな影が視界の端を横切った。


 『ちょっとちょっとお兄さん』

 『本当にそのまま帰っちゃうの?』


 急に話しかけられて対応が遅れた訳ではない。

 ましてや俺がもうお兄さんなどと呼ばれるような歳でなかったからでもない。

 男性ではない、どこか懐かしい声色。

 振り向くともうすでに声の主の気配は消え去っていた。


 そうだ、ここで声をかけなければきっと一生後悔することになる――いや、だがしかし……、

 暫しの間考えあぐねた末、俺は方向転換してそのままこの場から離れようとした。が、……


 不意にから足を踏んだ感触。


 アレ?


 むき出しになった電算室の二重床が風化して脆くなっていたらしい。

 足元がボコッと崩れてバランスを崩してしまう。

 たたらを踏んだ俺はこれまたなぜか都合良くそこに突っ立っていた女子高生に力一杯ハグをかましてしまった。

 ちょっとここ廃墟なんだけど! 廃墟女子?


 「きゃあああたすけてぇぇぇ」

 「ちっ違うんだ話せば分かる話せば」

 「おい、キミ、大丈夫か! 今助けるぞ!」


 見れば背を向けてこの場から立ち去ろうとしていたおっさんが悲鳴を聞いて戻って来ていた。

 バランスを崩して変な体勢になっていた俺は容易く組み伏せられてしまう。


 「よし、今警察を呼ぶからな!」


 ちょっと待てえぇぇぇナニこの展開ィ!!!



事故物件-END.

* ===========

* 〈事故物件〉 END.

* ===========



* =========

* 〈幻影〉

* =========

幻影.



 「さて、話を聞こうか」



 「クッ……父さんが倒産……ククッ」

 「ダジャレなんて言ってる場合じゃないでしょ。全く……誰に似たんだか」


 チカンの現行犯でタイホされた俺はどういう訳か駆けつけた息子夫婦と孫の前で晒しモノと化していた。


 「わーいこうかいしょけいこうかいしょけい」

 「コラ、そんな言葉使っちゃダメ! 全く、誰に吹き込まれたんだか……」

 「じぃじだよー」

 「クッ……やっぱり……ククッ」


 ワシ、誰? ここ、ドコ?


 「何をしている。さっさと吐け」


 「はあ、散歩していたら穴にはまって転びそうになってしまいまして」

 「そこにたまたまこの子がいただけなんです」


 「嘘です。このおっさんにムリヤリ連れ込まれたんです。だって、あんな何にもないとこなんて普通の人は行こうと思わないです」


 「プッ……ククク……さっさとハゲって何?」

 「ハゲじゃねーから」

 「じぃじ、オトコは素直にならないとだめなんだよ」

 何に対して!?


 「状況証拠は揃っている。隠すとためにならんぞ」


 「確かに。父さんがハゲなのは見紛う余地もない」

 「お義父さん、早く楽になりましょうよ」


 鬼嫁ェ!

 ていうか何でコイツ等ナチュラルに取り調べに参加してんの?


 「オマエラエエ加減にせんかァ!!!」


 「きゃー助けてトラウマがー(棒)」

 「しけい!」びしッ!

 「ちょっとお義父さんこの子に変なこと教えるの止めてお願いだから」


 オイ! (棒)って何だよ!

 それと孫はこんなとこで日頃の成果(?)なんて発揮することねーから!


 「あそこは私の父が昔働いていた会社の跡地でして、たまたま近くを通りかかったんでちょっと寄ってみただけです」

 「子供の頃はよく遊びに来てたんです」


 「嘘ですね。そんな話、父からは一度も聞いたことがありません」

 オイ、オマエ誰の息子だ!!!


 「だそうだが何か申し開きしたいことはあるか」

 「ねぇよチクショー!!!」

 「よし」


 「皆の者解散ッ!!!」

 「ずっと死ねばいいのにって思ってたのよねー♪」

 「じぃじバイバイ、えいえんにねー(笑顔)」


 行ったか。


 「何してる」

 「あん?」

 「オマエも早く……イヤゆっくり急いで帰れよ」

 「俺ギルティなんだろ?」

 「うるせぇな……さっさと失せろ」


 「ところで」

 「あん?」

 「そのカツ丼早く食え。冷めちまうぞ」


 待ってましたァ!!! いやメッチャ腹減ってたんだよね!

 何? オマエ何歳だよってそんなんどうでもいいじゃねーか!!!


 「あっ! ちょうどお腹空いてたんだよね! ダンナ気が利くねェ」

 そう言うと被害者Aはガツガツと汚らしくカツ丼をかっこみ始めた。


 「アホか。オマエはこっちだ」


 俺は香り立つカツ丼に後ろ髪を引かれながら取調室を後にした。

 なに? 後頭部を光らせながらの間違いじゃねーかって?

 俺はハゲじゃねぇよボケが!!!



* ◇ ◇ ◇



 チュンチュン、チチチ……


 目が覚めた。


 そこは留置場……じゃなかった。やっぱりね。

 これは陰謀に違いないね。

 だって今いるの自分ん家だぜ?

 いやフツーに帰ってきただけなんだけど。


 こんなご都合主義みたいな展開、普通に考えたらある訳がない。

 女子高生が裏で金を握らされているのは分かった。

 でも何でだ? 偶然からの握り潰しなのか?

 そしてあの人がどこに行ってしまったのかはついぞ分からなかった。

 あの人が手引きしていたとは思えない。

 俺と同じで感傷に浸りに来た感じだった。


 これはもういちどあそこに行ってみる必要がありそうだな。

 誤解を解く? 別に獄中死扱いでも一向に問題ないぜ。



* ================

幻影-XX.


 俺は母の遺影に手を合わせてひと言「逝ってくるぜぇ」と呟いた。

 ちなみにこれは毎日やってる日課だ。

 何かやらないと調子が出ないんだよね。

 ルーティーンってやつ?



 ん? 嫁さん? 家出したっきり帰って来ないぜ。やっぱ人徳ねーな、俺ってさ。



 という訳で俺はいつも通りの日課を一通りこなし、家を後にした。

 ――しかしそこで、俺は得体の知れない違和感を覚えた。

 そして気が付くと母の遺品が納められた木箱を手にしていた。

 一緒に行かなければならない……そんな予感がした――


IF ……… THEN

 GOTO 

  MAINFRAME-XXXX-EXIT

END-IF.


* ================



 ………

 …


 再び親父が勤めていた会社の跡地に来た。相変わらずの廃墟感。

 いや、車があって良かったね。

 あの後どうなったのかと思ったらしっかり警察署まで運ばれて来てたからね。

 証拠物件云々で揉めるのかと思ったら敬礼までされちゃったし。

 いやー国家権力も捨てたもんじゃないね。


 さて行くか……


 と、正門の前に到着するなり俺は自分の目を疑う様な光景を目の当たりにした。


 遠目にも分かる。見間違う筈がない。

 ――玄関前の広場跡地に親父が独り立っていた。

 しかも、あのときの姿のままでだ。


 どういう事だ? タイムスリップか? いやそんなこと現実にあり得ないだろ!

 ……じゃあ目の前の光景は何だ?


 「!!」


 不意に親父と目が合った。

 「あ、おや…じ……」

 余りのことに二の句が継げない。

 俺は吸い込まれるようにふらふらと――



 『これは夢だよ!!!』



 どこからか聞こえた叫び声と共に小さな影が視界を横切る。

 その影が目にも止まらぬ速さで親父の前に立ち、腰に佩いた剣の柄に手をかけると躊躇なく横一文字に振り抜いた。


 そしてそのまま崩れゆく親父であった何かと共に周囲の景色に溶け込み始め、瞬く間に消え去ってしまった。


 こちらを振り向き、微笑みかけるその小さな影。

 消え去るその刹那、確かに目が合ったような気がした。


 「!?……母さ……?」



 我に返った俺は――



* ◇ ◇ ◇



 【チュンチュン、チチチ】

 

 ――目が覚めた。


 「そうか、夢か……」


 目覚めた俺はあまりにも生々しい夢の余韻にただ呆然とするしかなかった。



幻影-END.

* =========

* 〈幻影〉 END.

* =========



* ===========

* 〈終末警報〉

* ===========

終末警報.



 今日はいつだ? 昨日は何があった? あの出来事は何だ?

 携帯を探そうとして周囲をまさぐると込み上げてくるどうしようもない違和感。


 ……携帯がない! そもそもテレビも何もない殺風景な部屋だ。

 ここはどこだ?

 俺は昨日警察に不自然に連行されて不自然に開放されるという理不尽な目に遭った筈だ。

 はっきりと覚えている。あんな事件はそうそう起きる筈がない。

 夢から覚めて現実だと思っていた世界が別の夢だった?

 俺はまだ寝ていてさらに別の夢を見ている?



 いや待てよ……何かとてつもなく重大なことを忘れてないか?



 ええい、考えても分からん!

 【ビビービビービビービビー】


 ヒェッ!!!


 ……び、びっくりした……間違ってあの世に旅立っちまうかと思ったぜ……

 これで目が覚めないんだから現実なのか?


 それはさておき不意に鳴り出した警報めいた不快な音。

 周囲に異状などはない。


 ふと見るとそこに、古びた双眼鏡が置いてあった。

 そうだ、これは――親父…の親父? の形見? だ。

 戦時中乗艦していた駆逐艦で戦友が愛用していた遺品と聞いている――いや待て……何でそんな事を俺が知っている?

 祖父母には会ったこともないしどんな人物かすら聞いたこともないんだぞ。

 そんなものがなぜここにある?

 だが他に私物と言える様なものが何もないんだ。

 絶対に何かある。

 

 窓の外を見る。

 公園だ。

 

 ふと思い付き、件の双眼鏡で覗いてみる。

 するとどうだ。


 そこには寒々とした廃墟と淋しそうな様子で立ち去ろうとする男の背中があった。そして……

 そして、それをただ眺める俺。

 待て……その後大変なことがあっただろう。あの正体不明の女子高生はどこだ?

 しかし俺はその場所で微動だにせず、例のアクシデントは起こらなかった。


 『――きっとどこかで見ている、か』


 女子高生は現れず、懐かしい背中は次第に小さくなってゆく。

 「待っ……」

 双眼鏡を手にしたままいつしか俺はひとり呟いていた。


 そうか……初めから……初めから全部俺の勘違いだったのか……?


 じゃあ、今ここに居る俺は誰なんだ?

 あの俺は何だ? 今ある俺の記憶は誰の記憶だ?

 夢なら何でこんな手の込んだ演出なんだ?

 何がなんだかさっぱりわからねえ!!!



 『おい、何をしている。警報が鳴っているぞ』



 不意に俺への問いを投げかける聞き覚えのない声。


 何って別に……それに誰だ? どこに居る?

 警報って何の警報? 鳴ったら何をしろだって?


 『窓の外はどうなっている。早く詰所に向かえ』


 「!?」

 俺は慌てて双眼鏡を手にしようとする……が、


 「何もないっすよ。警報が鳴ったのは自分のミスです」

 『そうか、ならば後でレポートを出せ。内容によっては俺にもとばっちりが来るからな、言葉は選べよ』

 「はい、すんません」

 「あ、レポートの記入用紙ってありますかね」

 『何だ、その歳で耄碌か。先が思いやられるな』

 「介護ロボのお世話になるしかないッスかね」

 『お前にそんな経済力があったとはな』

 ぬぅ? 俺の渾身の孤独死ギャグが通用しないだと!?

 『いい後見人を見つけることだ』

 「はあ」

 『まあ良い、冗談はこの位にしてレポートは今日の定時迄に提出しろ』

 結局冗談かよ!

 このクソ真面目そうな奴に翻弄されるとは夢にも思わんかったぜ。

 『PJ.GS.RPLIBだ、忘れるなよ』

 声の主がそう言うと、ステータスオープンみたいな挙動で目の前に半透明なウィンドウがスッと現れた。


 えっ?


 目の前に現れたウインドウはファッショナブルかつ未来的なオサレデザインだったが……


 コレってダム端の画面じゃん!

 しかもこのボリューム名って!!!

 でもキー入力できないじゃん!

 ライトペン読み取り機構はあるの!? あれコンソール専用じゃなかったっけ!?


 と思ったらキーボードが出現した。

 しかも懐かしのキー配列だ。

 フリック入力じゃなくて良かった。


 俺は取り敢えず歴史を感じる画面にディレクトリ名を入れてみた。


 “PJ.GS.CMDLIBYO”

 そして十分なタメを作りスナップを効かせ人差し指と中指で勢い良く[実行]キーをバチーン!!! とぶっ叩いた。

 実際は音なんて出てないけど。

 イカンイカン、ついいつものクセが出てしまったぞ。


 そしてそこにズラズラと表示されたのは俺がガキの頃全力で遊んでいたコマンド・プロシージャの一覧だった。


 俺は人生何度目になるか分からない口あんぐりからの間抜け面でひとり困惑していた。

 お、落ち着け……そして人生何度目になるか分からない取り敢えず行動!


 “F24”と書かれたキーを押す。

 すると、ログがリアルタイムで流れるシステムメッセージのコンソールに表示が切り替わった。

 何でこんな簡単に見れちゃうの?


 システムメッセージを少し遡ると、オンラインプログラムのひとつがエラーを吐いて落っこちたことがログとして出力されていた。

 ログにはさらに、そのプログラムが12分後に自動的に起動されたことも記されていた。


 これ俺が作った再起動バッチじゃねーか?

 プログラムIDは確か“SNNIKR99”だったかな。

 メッセージを見るとどっかの末端装置から手動でキックされてるみたいだ。

 誰かが俺に無断でどっかのサブシステムとして実装しやがったのか。

 まあ野良プログラムで運用とか昔はよくあったことだし不思議はないか。


 となると他がどうなってるかも気になるな。


 [実行]キーを一回叩くとコマンド入力窓が現れる。

 一行表示のショボショボな奴だ。


 続いて

 “=JOBLIST ONLINE”

 と入力して再度[実行]キーをぶっ叩く。


 実行中のオンラインジョブが表示された。

 うーむ。

 コレ止めちゃったらどうなるんだろ。

 あ、そうだ。


 “=DISPLAY TSS ALL”

 [実行]! ばちーん。


 ……起動中の端末……何コレ? めっちゃ多いな。

 でもコンソール上げてるのは俺ともう一人だけか。

 他はみんな制御系の末端装置だな。

 これみんな現存してんのかね。


 何だよこれ……ここまで来たらもう確定じゃん。

 ここ親父が勤めてた会社だよ。

 仕組みはサッパリ分からんけど!


 そうだ、もう一個確認しとこう。

 “=VOLUMELIST ONLINE”

 [実行]!


 ……同じだな。


 確定だ。これは夢だ。


 しかしこの端末? めっちゃ持ち帰りてえ。

 終了っと……スクリーンが消えた……これどうやって出すの?


 ……ちなみに双眼鏡で見ると?

 ………

 …


 ……肉眼で見ると?

 ………

 …


 ……よ、よし。取り敢えず眼前の意味不明がひとつ減ったな。

 あははははは。



 今度は何だよ……



 よし、寝るぞ! ウチはどこだ!

 【ここでスよ】

 

 あ、レポートレポート。 

 【セーフせーフ】



 ……無視だ無視。

 【えッ】



 【おーィ】



 『おい』

 「はいィ?」

 今日何回目のビックリだよ……ったく……

 『念のために言っておくがレポートというのは警報装置の点検レポートのことだからな』

 『間違ってもしみったれた言い訳の作文なんて出してくれるなよ』

 「ハイ、分かりました」

 『ああ、それとくれぐれも部屋から出ずに適当に書くようなことだけはするなよ』


 こいつホント誰なの?

 ぶっ込んでくるタイミングと内容が的確過ぎてメッチャ怖いわ!


 【ちょッと聞いてまスかー】

 「うるせえ! テメエは黙ってろやゴルァ!」


 『何だ、誰と話している。まさか今の言葉、俺に対するものではないだろうな』


 やべぇ、どうしよ……よし。


 「ボクの心の友です。ちょっとケンカしちゃいました!」

 『そうか、ならば良い。程々にしておけ』

 えへへ、ナニをホドホドにするのかなー

 「分かりました。お騒がせしてスンマセンした」

 『では報告を待っているぞ』


 【私は神様デす。だカら今どうすべきかにつイて的確なお告げをすることができマす】

 「嘘つけ! そんな変なイントネーションで喋る神様がいるか! 良いか、嘘つきはナントカの始まりだからな!」

 【あなタがそれを言いまスか】

 コイツ俺とは普通に話してるけどさっきの上司ヅラした奴は何も聞こえてなかった様だ。

 となるとさっきのスクリーンといい生体埋め込みデバイスみたいなやつか、それを経由した個別の通信って可能性もあるな。

 この双眼鏡も単なるレトロアイテムじゃなさそうだ。

 部屋から出て詰所に行き、警報装置を点検しそのレポートを提出する、か……

 ここは言われた通りに行動してみるか? いや、ここはひとつ……

 【あなた、本当にアナタでスか?】

 「そんなの知るか。神様なら分かれよバーカバーカ」

 【うヌぬ……】



* ◇ ◇ ◇



 「なあ」

 【はイ?】

 「さっきの奴って人工無能?」

 【ほへ?】

 「真面目に答えろ」

 【マジメに分かりまセん】

 「お前神様じゃなかったのか」

 【うヌぬ……】

 「ハイでもイイエでもなくて分かりませんって返しが来ちゃうとねぇ」

 「お前今どこに居んの?」

 【物理でスか? 論理でスか?】

 「お前が答えたい方だけで良いよ」

 【分かりまセん】

 「ふーん。減るもんじゃないだろ」

 【確かに減りませンね】

 「まあ大体分かったからいいや。それより俺何か忘れてることない? レポートじゃなくてさ」

 【そもソも今のあなたがあなたなノか、十分な確からシさを持った根拠がありまセん】

 「おい、神様」

 【はイ】

 「詰所に案内しろ。それと――」

 【観測所ではナく――】


 「他人の話を遮るなよ……それと余計な事は言わなくて良いぞ。お前は説明担当って訳じゃないからな」

 「変なことにならないように誘導してくれれば良い」


 【!……はイ、分かりまシた】



* ◇ ◇ ◇



 【こコが詰所デす】


 俺は自称神様に案内されて詰所に来た。手には勿論例の双眼鏡。

 同じ施設内にあるって言うから併設されててすぐに着くのかと思ったけど結構遠かったな。

 リニアみたいな移動設備に乗って登ったり下ったり曲がったり捻ったりして10分位かかった。

 スタート地点もそうだったけど今いるのが地上なのか地下なのかさっぱり分からんとこが地味にスゴいぜ。

 コイツはアリの巣的なヤツなのかもしれんね。

 ていうかずっと思ってたけど設備が未来的過ぎないか?

 【……】


 「ふーん。で、早速だけど警報装置とやらは?」

 【装置は外でスが、窓の下にメンテナんス用のハッチがありマす】

 「開ける必要あんの?」

 【診断プログらムが故障ありと判断すレば】

 「それここで俺がやらないとできないことなの?」

 【ハイ、そのように規定されていマす】

 何それ。おかしいだろ。さっきのやり取りで俺は派遣外注期間あたりの身分の下僕とみたぞ。

 【診断プログらムの実行権者が――】

 「余計な事は言わなくて良いんだぞ」

 【……はイ】

 やはりサブシステムのひとつ、か。なら見えない聞こえないって線はないな。

 【……】

 壁にはモニター、隅っこの方に申し訳程度の小窓か……

 ほへーSF風かよ。


 「まあ良い。ハッチを開けるキーは診断プログラムが握ってるのか」

 【担当部署に所属していル正規の職員ならば任意に開けることが可能デす】

 「俺は当然無理としてさっきの偉そうな奴か」

 【イいエ、彼もアルバイターデす】

 「今年一番の衝撃だな」

 【なぜでスか?】

 「え?」

 【エ?】

 「……まあ良い。いっちょマジメにやってみっか」

 【そう言う割にマジメがカタカナでスね】

 「……ああ、まあな」


 「点検の正規の手順は? バイトに頼むくらいなんだから誰がやっても同じ成果が得られる程度の業務手順の設計くらいしてるだろ」

 「警報装置の通常ポイント点検用のチェックリストとかもあるだろ絶対。あと直近の点検記録とか他の観測機器のログの引用は必須だぞ」

 【急にどうしたんでスか】

 「急も何も当たり前の事を言ってるだけだろ。定年まで真面目に社会人やってた大人をナメんじゃねえぞ」

 【定年? 別にダラだラやっても誰にも怒られませンよ? 所詮は趣味でしョう】


 「あっそう」


 なるほど、俺かどうか分からんというのは本当らしいな。

 しかしこれも大体分かったぞ。全く、余計なことばかり言いやがって。


 「ロールプレイって大事だぞ。お前は違うのか?」

 【余計なこトは言うなとのご指示ではなかったのでスか?】

 「悪ぃ悪ぃ。確かにそうだ」

 何回注意されても学習しない無能くんか。よし。


 ちなみに警報装置やら観測機器のログはロール紙に印刷されてたよ。

 センベイ缶みたいな箱にクリップで留めて放り込まれていた。

 何だ? ここだけ不自然に昭和だな……まあ良い。


 「今更だけど仕事場はここで合ってるの?」

 【そういウ質問が飛んでくると安心しマす】

 【そうです。ここがあナたの仕事場デす】

 【ここで終日ボーっとして警報が鳴っタら外の状況を報告、鳴っても鳴らなクても業務終了後に日誌で一日の状況を報告デす】

 「勤務時間は?」

 【10時から15時デす】

 ナルホド、何か別な活動をしてる様子もないしこりゃ駄目人間にもなるわ。って今7時半じゃん。残業代出んのかね?

 【あノ】

 「何?」

 【今の話本当だと思いまスか?】

 「思うよ。以上。余計なことは言うなよ」


 「さてと……」

 散々ダベった後、今更ながら窓の外を見た。

 うーむ。何もねえ。

 「サバゲーをやるには殺風景過ぎるな」


 空を見る。

 快晴……と言いたいところだが天井なのか空なのかはたまた別の何かなのか、一瞥しただけでは良くわからない。

 地上を照らす錆色の鈍い光はどこか重々しく、見ているだけで陰鬱な気分にさせられそうだった。


 双眼鏡で遠景を覗く。

 「あーナルホドね。こっちはサバゲー向きだわ」

 廃墟系の障害物が立ち並ぶフィールドは何かのテーマパークの様だ。

 ここでイベントなんてやったら捗ること間違いなしだね!


 「問題なし、と」

 「で、問題の? ハッチの中はと……」

 【ハッチを開ケるには外に出る必要がありマす】

 「どっから出んの? ってここか」

 ガチャッ。

 「……あっ!? し、失礼しましたァ……」

 パタン。

 【……】

 「よ、よし。気を取り直していこう。こっちだな」


 俺は双眼鏡片手に二重扉をくぐって外に出た。

 窓の下……これか。ハッチ? ただのフタじゃん。

 これ2リットルくらいのポリ製のタッパーじゃね?

 いやー昔スゲーお世話になったわーこれ持ってると詰め放題めっちゃ捗るんだよねー。

 そのフタを無造作にカパッと外す。

 あっ目玉! えっこんなトコでロコモコ丼食べれんの? ラッキー!

 【……】

 俺はロコモコ丼っぽいナニカを双眼鏡で見てみた。

 ウーム。近すぎてよく見えないぜ! 老眼だからね!

 ……

 …

 「それでコレ、何がどーなってると問題アリで何が大丈夫だと問題ナシなの?」

 【毎日チェっクしておいて今さら聞くことでスか?】

 「してないから聞いてんだけど?」

 【た、確カに】 

 納得するんかーい。

 【こ、答えはすでにあナたのココロの中にあるのではないのでスか?】

 コイツも段々分かってきたな。だってコレ、アレじゃねーの?



* ◇ ◇ ◇



 「異常なし、点検ヨーシ!」


 俺はカッコよく指差し確認ポーズを決めた。

 クッ……こっ恥ずかしいぞチキショー! 誰も見てねぇよな?


 さて……

 一瞬でもここが親父の会社っぽいなと思ってしまった自分が間抜けでならないぜ。

 俺しか知り得ないモノがそこにある。

 荒唐無稽なモノでもよく見るとそれは俺の大事な思い出と密接に結び付いている。

 そしてこの双眼鏡は何だ?

 自室らしき場所で見た光景。ここで見た光景。

 双眼鏡を通さず直接見た光景との関連はどうだ。


 確かに聞いた……ここは詰所だと。


 やはり躊躇なんてする必要はなかったんだ。

 あのアクシデントがどうやって引き起こされたのか。

 なぜ今になってこんな体験をさせられているのか。

 あの場所に戻って確かめなければならないな。


 ただ……何かこう……胸の奥に引っかかるものがある。

 俺の意思であるはずなのに俺と関係のないものが介在している。

 こんな訳の分からない状況を体験する前から俺の気持ちは固まっていたはずだ。

 あの場所に何かある、確かめなければならないと。

 それがなぜこうなった?

 この双眼鏡を掴まされた意味にきっとその理由があるんだろう。

 さっさと帰ろう。


 【……】



 ………

 …



 「んじゃいっちょ報告とやらをすっか」

 オタクは黙ってろよ、神様さん。あ、おーぷんの仕方だけは教えてね。



* ◇ ◇ ◇



 『レポートは申し分ない。受理しておく』

 「それはどうも」

 『ひとつ確認なのだが』

 「はい」

 『レバーのポジションはどうなっていた』

 「レバー? そんなもんありましたか?」

 『そうか。お前に診断プログラムを適用してみたい気分だな』

 「そのココロは?」

 『お前が着の身着のままの姿でその場所に突っ立っているからだ』

 『お前は何だ』

 【!】


 警報が鳴った。


 『いや、既に答えは出ているか――』


 やり取りはそこで終わった。

 警報は虚無の荒野でいつまでも果てしなく鳴り響き続けた。

 

 

終末警報-END.

* ===========

* 〈終末警報〉 END.

* ===========



* ◇ ◇ ◇



 『もうひと息だよ! がんばって!!!』



MAINFRAME-XXXX-EXIT.

* *********************

* 〈MAINFRAME-XXXX〉 END.

* *********************



* ***************

STAT-CHK SECTION.

* ***************



IF FSINDATA = “OO” THEN

 GO TO 転回転位

ELSE

 CONTINUE

END-IF.



* ===========

* 〈ループ〉

* ===========

ループ.



 PERFORM  MAINFRAME-1989.



* ◇ ◇ ◇



 ――目が覚めた。

 違和感に辺りを見回すとそこは見知らぬ真っ白な部屋だった。

 状況が飲み込めず困惑していると、不意に声をかけられた。


 「こんにちは」

 「あ、こんにちは」


 ……気まずい沈黙。

 これ面接落ちるときの失敗パターンじゃないか?


 「あ、あの、取り敢えず聞いても宜しいですか?」

 「良いけど何でそんなに他人行儀なのさ……」

 「まず、ここはどこですか? 私はどうしてここに?」

 「ふふ、ここはあの世ですよ?」

 え? ポカーン。

 「どうやら状況が飲み込めていない様ですね」

 「あ、はい」

 「アナタにはセキニンをとってもらいたいんですよね」

 「具体的には?」

 「特殊機構ですよ」

 「ドキッ」

 「もう分かったみたいですね。そう、息子さんのことです」

 「コレを差し上げます。観測データを結果が出るまでフィードバックし続けて下さい」


 そう言って渡されたのはオヤジ……いやこのヒトの双眼鏡だった。

 「ああ、トウキョウ湾からサルベージして下さったコトには感謝していますから、そのお返しとでも思って下さい」


 まてよ……話は分かったが何で今なんだ? 「一件目」は誰だったんだ?


 「あなたのせいで部外者に迷惑がかっています。何とかして下さい」

 うげぇ……

 「まあ、身から出た錆です。頑張って下さい。それではこれで」

 冗談じゃねぇ……

 全力で逃げるしかねえな。



GO TO STAT-CHK-EXIT.



ループ-END.

* ===========

* 〈ループ〉 END.

* ===========



* ===========

* 〈転回転位〉

* ===========

転回転位.



 ――目が覚めた。

 朝じゃないな……


 ここは親父の会社の跡地か……

 そうだ。俺は例のアクシデントの翌日、この跡地に何かあると踏んで出掛けたんだ。


 その後どうしたんだっけ……と、懐に手を伸ばして気付く。

 母さんの形見が無くなっている!


 俺は慌てて周囲をキョロキョロと見回した。

 頭部に違和感……って俺の頭に付いてるじゃん、クッソ恥ずかしいぜ……


 しかし違和感はそれだけではなかった。ていうか違和感しかない。

 俺がデフォルメされまくった母さんの姿で立ってるのってどういう状況だ……

 と思ったが出掛けに感じた違和感を思い出し、なるほどと腑に落ちることがあった。

 母さんの羽根飾りか……

 となるとあのマシンはそう遠くない場所にあるな。

 こりゃ親父の仕事か……

 今までと違って自由に動けねえ。8ドット単位の移動をリアルでやる破目になるとは思わんかったぜ。


 『あっ……』

 おっと、詰所のおっさんと遭遇しちまったぜ。

 やっぱ来てたんだな。まあ、気になるよな。

 『どうして……』

 「落ち着いて、私だよー!!!」

 あれ? 何か母さんのアホっぽい喋り方に自動補正されるんだけど。

 親父めぇ……いつもいつも思ってたが力を入れるとこが違うんだよ!

 このシチュで何をしろってんだ……考えろ、さっきのイミフの続きだと思えば……よし!


 『お巡りさん、助けてぇぇぇ!!!』

 響け、渾身の叫び!!!


 「ちょっと待てぇ何だこの展開ィ!!!」

 「そこの怪しいおっさん、ちょっと署までご同行願おうか」

 「俺は何も悪くないってぇぇぇ!!!」


 お巡りさんに連行され小さくなってゆくおっさんを見送りながら俺は小さくガッツポーズを決めた。

 よっしゃあ、ざまぁ完了!


 と次の瞬間、俺は強烈なドロップキックを食らって吹っ飛んでいた。

 「よっしゃあじゃないよ!!! そのカッコで何晒してんだこのドラ息子ォ!!!」

 這々の体で起き上がると、そこにはプンスカする母さんが仁王立ちしていた。

 おっとこっちは結構リアルだぜ。遺影そっくりの赤毛。

 でも随分若いな。

 俺は取り敢えず慌てた。当たり前だよね!

 「で、出たぁぁぁ!!! お化けぇぇぇ!!!」

 「説明するから落ち着けぇ、だよ!!!」

 落ち着いてほしいならドロップキックなんぞかますなや!


 「まず手始めに説明すると、キミが抱きついた女子高生は私なんだゼぃ!!!」

 やっぱテメーだったかチキショーめ! 道理でカツ丼の食い方が堂に入ってる筈だぜ! 何せ散々お世話になってるもんな!

 「親父ィ……」

 「ど、どう?」

 「どう? じゃねえんだよ!!! このクズ野郎がァ、だよー!!!」

 ちんちくりんな俺は渾身のアッパーをブチかました!

 しかしクソ親父はひらりとかわした!

 ぐぬう……

 「じゃあさっき正門の前にボサっと突っ立ってたのは何でなんだよ!!!」

 イチイチ母さん語に変換されるとむさ苦しいぜ!

 「えっ!? それは知らない!!!」

 おっと、ここで陰謀説が再浮上してきたか。

 いや、しらばっくれてるだけの可能性もあるな……

 しかしそれでもやっぱ詰所がメッチャ怪しいぜ、そして妨害犯ていうかイタズラ小僧はこのヘンタイでまず間違いねぇな!

 でもって公権力に金を握らせてたのはコイツの方か!

 権限の私的濫用だ! タイホしてやる!


 【ビビービビービビービビー】

 おっと……もうすぐ時間だな。

 もしかしてこれアッチから見られてるのか?

 処理が完了しても俺様のSNNIKR99砲がある限り無限に繰り返すがな。

 このやかましい音って必ず鳴るようになってるのかな?

 誰が考えたのか知らんけどコレがなかったら多分もっと混乱してただろーな。


 「最後だよ!!! こっち見て!!!」

 そう言うと母さんモドキは右手で両方の鼻の穴を拡げ、左手で両目の目尻をべろーんと引っ張り、天の橋立ポーズでこっちを覗きながらガニ股カニ歩きを始めた!


 俺は頭が痛くなった。


 「I/O周りのノイズ対策を何とかするんだよ!!! それだけで――」



* ◇ ◇ ◇



 ――…‥

 …‥

 チュンチュン、チチチ……


 目が覚めた。


 家の中……状況からするとリアルな時間は警察署から帰った翌朝か。


 母さんの形見は変わらず遺影の隣にあった。

 よし、こっ恥ずかしいお巡りさん助けてぇは闇に葬られたぜ。


 さて、どうするかね。

 「俺様ポインタ(仮称)」どっかでクリアし忘れてるだろコレ。

 絶対イニシャライズ漏れだ! 何だか分からんがとにかく親父のせいだな!

 コピペからのGOTO直し忘れと並んで親父の十八番だからな!

 親父めぇ……もっと石橋を叩いて渡れよ!


 それに最後のやつ、アレがなかったら全部言えただろ……

 何が説明するから落ち着けぇーだ。

 意味が分からん……

 感動の再会シーンなのにええ年こいた大人がやる事じゃねーだろ……


 あれ? 何で再会? 母さんモドキも何か違和感無く受け入れちゃってるぞ……クッソ……またコレか……

 お医者さんに相談したらせん妄症状ですねと言われるやつだ……まさかわざわざ若い頃の母さんを出したのってせん妄少女とせん妄症状を引っ掛けたダジャレか? ダジャレなのか!?

 チキショウ!!


 いつしか俺の顔は( ゜д゜)こんな感じになっていた。



 ところでコレって結局何の夢だったんだろ。

 まあいいか。どうせ夢だし。



* ◇ ◇ ◇



 『違う、そこじゃない、そこじゃないんだよ!!! 何でそういう方向性になっちゃうんだよー!!!』



転回転位-END.

* ===========

* 〈転回転位〉 END.

* ===========



STAT-CHK-EXIT.



 ぷちん。



* ***************

* STAT-CHK END.

* ***************



* ***************

FINL-PRC SECTION.

* ***************



DISPLAY “〈FINL-PRC〉 START.” UPON SYSOUT.



* ===========

* 〈欺瞞時報〉

* ===========

欺瞞時報.



DISPLAY “TOTAL=” CNT-A

UPON SYSOUT.

DISPLAY “ A=” CNT-A

UPON SYSOUT.

DISPLAY “ B=” CNT-B

UPON SYSOUT.

DISPLAY “ C=” CNT-C

UPON SYSOUT.

DISPLAY “*O=” CNT-O

UPON SYSOUT.


 …………

 …


 解析プログラム”GS001”の正常終了を告げるリザルトメッセージがコンソールに出力された。

 1号機の稼働から数えて実に90年という月日が経とうとしていた。


 もはやソフト・ハード共に誰が作ったかも分からないシステムだ。

 今さら同じものをゼロから再現しろと言われても、それを実行できる者などいないだろう。



* ◇ ◇ ◇



 このシステムの原型は太平洋戦争の真っ只中で行われたある実験にまで遡るという。

 戦時中に電子計算機を要するような膨大な量の計算をどのようにして行っていたのかについては、全てが謎に包まれている。

 当時のハードウェアは特殊機構と呼称された巨大な中核部品を残して全て失われており、その資料も一切見つかっていない。

 そして恐らくは軍事目的で遂行されていたであろう、厳重に秘匿されたこの実験そのものを知る者も今では殆どいない。

 当たり前だ。終戦100年を目前にして、もはや貴重な目撃情報の語り部となる生存者など一人としていないのだ。


 しかし、その失敗がもたらすであろう結末を苛んでか、研究は当時の関係者たちを中心として戦後も密かに続けられていた。

 当初、秘密を知る筋の伝手で活動のための資金は潤沢に供給された。


 だが今分かっているのはその実験の失敗がもたらしたはずの、取り返しのつかない絶望的な結末という予想図のみだ。

 今の世界は驚くほど平穏で、日本を含む殆どの国は直接銃火を交えない政治・経済のパワーゲームに明け暮れている。


 そうした平和もすべては残された関係者たちの熱意と血の滲むような努力の成果の上に成り立っている。担う者がいなくなれば瞬く間に崩れ去ってしまう砂上の楼閣だ。

 こうした中で現状の安定を後世に渡り維持していくこと、それが彼らの掲げる絶対的な使命だ。


 このシステムは分析系の処理を目的として謳っていながら、主要資産は全てCOBOL言語で記述されている。

 全容がブラックボックスと化した現在では、“自然言語に近い記述が可能な手続き型言語”による何らかの処理体系を構築するためという見方が一般的となっている。


 1960年代にはこのプロジェクトのためだけに特殊機構を運用する専用ハードウェア、そしてCOBOL言語の拡張セットが秘密裡に開発された。

 しかしひとたび稼働し始めたシステムはじゃじゃ馬のように暴走とシステムダウンを繰り返した。

 特殊機構が担う役割のひとつである外部記憶の入出力が当時のハードウェアの限界を超えており、システムの利用を極端に抑えつつ割り当てられるリージョンサイズを最大限にするための措置が施された。

 また、初期の段階においては人体を始めとする動植物の異常な形質変化、周辺生態系の破壊などの異常現象が表出した。

 これらは特殊機構による環境汚染と推定され、システムの基幹部分は幾重にも張り巡らされた遠隔監視装置と共に厳重に隔離された。

 多大な犠牲を払いながらも、彼らはそれを糧としてシステムの改良を続けた。


 1980年代に入ると、この特殊機構運用システムは32ビットCPUを搭載したユニットを256基接続し、ノーウェイト時のCPUと同じクロックで動作するデータバスを備えた4GBのメモリモジュールと128GBのハードディスク、それに640MBの半導体ディスク装置を搭載した新型のメインフレームユニットを実装する形で現代化が進められた。


 しかしその新型機の運用中のある日、特殊機構に関連する重大事故が発生したという。

 事故の原因は電源ユニットの故障とも言われているが、クラスター化された専用の発電設備を備え、いかなる災害にも耐えうる頑強な設備がたった1系統の故障でダウンする訳がない。

 当時、何らかの深刻な問題が発生したと見て取るのが妥当であろう。

 ともかく、当時現場で何が起きたのかは戦時中の如く隠蔽され、関係者の間では緘口令が敷かれた。


 しかしその後も老朽化したメインフレームは稼働し続けた。


 現代の技術ではこのシステ厶の中核部分がどのような仕組みで何を実行しているのか、具体的なことが全く分からなかったというのがその理由だ。

 最新のプラットフォームを用意できるのにこの体たらくだ。

 シャットダウンもシステムのブートも安全で確実な手順が分からず、止めることの許されないシステムは朽ちてゆく建屋と共に延々と延命措置を受け続けた。


 なぜ止めることが許されないのか?

 このことに関連する情報の口外は固く禁じられていたが、その理由は容易に想像がついた。

 特殊機構は外部から電源供給を受けずとも単体で稼働し続けることができるなど、現代の技術をもってしてもどのような仕組みで動作しているのか全く分からない。いわばロストテクノロジーの産物あるいは現代のオーパーツとも言うべき存在だ。

 あらゆる電磁波を受け付けず、どんな衝撃にも耐え、材質の経年劣化も全く見られないその物体の構造は、いかなる専門家をもってしても解析することは叶わなかった。

 そんな物体が「取り返しのつかない絶望的な結末」の到来を抑える役割を担っているだろうということは誰の目にも明らかだった。


 それを駆動するCPUをはじめとしたユニット群はいくら特注品とはいえ現代の一般的な工業製品に過ぎず、動作するために電源を要し数年で耐用年数の限界を迎えた。

 やがてハードディスクは全て半導体ディスク装置に換装され、寿命を迎えた部品も逐次交換されていった。


 数多くの犠牲を払って得られたノウハウにより、基幹部分を封印したままハードウェアのホットスワップを行なうことはできたが、特殊機構の存在故に完全なマイグレーションを行うことは叶わなかった。


 あらゆる物事には限界がある。それは特殊機構よりも駆動する側のメインフレームと運用の根幹を成す施設に先に訪れた。

 特にその場から動かすことができないメインフレームの維持は年月と共に深刻な問題となっていった。



* ◇ ◇ ◇



 “GS001”によって何がもたらされたか。

 現存するすべての資料とこれまでの膨大なシステムメッセージの解析が進められた。

 特殊機構は外部とのデータ交換により特定の事象の発生確率、あるいは特定空間における存在の実存性に一定の影響を与えることがこれまでの調査で解っている。


 今までシステムに関する詳細、とりわけインシデントにまつわる事項は徹底的に隠蔽され続けてきた。

 それはプロジェクト自体の隠蔽目的のみならず、不特定多数の干渉が特殊機構にどのような影響を及ぼすかが全く予想できなかったためという側面もある。

 そもそも、“GS001”のようなバッチ以外にも常駐しているオンラインジョブが多数ある。

 それらひとつひとつが特殊機構にぶら下がる形で動作しているなら、それだけで不確定要素の塊だ。


 しかしこれらのエビデンスだけではどうしても説明の付かないことがある。

 外側から観測した事象から仮に召喚システムと名付けられた機能だ。

 その事象のトリガーが何でシステム内のどのジョブの処理によるものなのか、それまで知り得た知見からは見出すことができなかった。


 最も不幸なのは、特殊機構が結局何なのか、誰も何も理解していないことだった。

 そもそも普通の機械がこんなにも長く現役で稼働し続けるなど常識ではあり得ない。

 その事象自体がこの現状を象徴しているなど、皮肉にも程があるというものだ。



欺瞞時報-END.

* ===========

* 〈欺瞞時報〉 END.

* ===========



* =========

* 〈原点〉

* =========

原点.



 例の腕組んで難しい顔ばっかしてたおっさん達。

 昔の彼らのレポートを見せてもらったことがあるが、長い研究の歴史を感じさせない、薄っぺらなものだった。

 いや、難しい言葉がやたらめったら並んでてセンセーは文章の難解さで偉さが決まるんかいなと思ったもんだよ。

 まあ、アレに気付けないのも納得だった。

 彼らはシステムが出力する活動ログを追うことにばかり夢中になっていて、メインフレームのジョブとかリージョンの管理なんかは現場に丸投げだったみたいだし。 

 その活動ログの収集だってああだこうだと注文が多い割に実作業はオペレータのお兄さんに丸投げしっ放しで、そのお兄さん達が余りにもヒーヒー言ってるもんだから俺も手伝ったことがある位だ。

 センセー達はシステムがどうやって動いてるかなんて部分は興味がなかったから、システムの末端装置という外部の存在にも全く注意を払っていなかった。

 ぶっちゃけ、報告は過去データを適当にコピペして作っといて後はテキトーに遊んでたんじゃねーかな?

 彼らは無害だったけど同じ不真面目でも親父のイタズラの方がよっぽど建設的だと思うぜ。

 思うに、システムを運用維持してるって実績を提示すれば上から自動的に金が降りてくる錬金システムみたいなのが出来上がってたんだろうな。

 全く、大人ってやだね!



* ◇ ◇ ◇



 実を言うと、一部の機能はある一台の末端装置に直接接続されていた。

 親父があるイタズラのためだけに我田引水してこっそり自作していた端末だ。


 これだけ厳重な管理の下にあって余程のことが起きなければ私物を勝手に持ち込むなどできない筈だが、そこには作業用の掘っ立て小屋まで設えられていた。

 俺はそこに入り浸ってはイタズラの片棒を担がされていた。まあ、俺も楽しんでやってたんだけど。


 小難しいことを考えれば考えるほど、意外と足下を見失ったりするものだということのいい例だ。

 後でそれを聞いた俺は、自分が灯台下暗しの一部だったという事実に気付いて改めて何とも言えない気分になった。


 俺の記憶通りなら親父の秘密基地がまだあそこにあるはずだ。

 そもそも建物の廃墟感が如何にも不自然だ。

 あれは絶対自然の産物じゃないね。あのマシン室跡地も何かおかしかった。

 第一、あのでかい図体を置いていたにしては狭すぎる。

 全高2メートル、全幅10メートル、奥行5メートル位はあったぞ。

 重さは分からないが多分1トンや2トンじゃきかないだろう。

 他にもコンソールとかノンインパクトラインプリンターとかそれに入れる大量の紙、磁気ディスク装置、磁気テープ装置その他諸々の場所をとる装置が沢山あって結構余裕で配置されていたからな。


 ひとしきり考えた俺は、やはりあそこに行って確かめてみたいと改めて思った。 


 ……色んな意味で。



原点-END.

* =========

* 〈原点〉 END.

* =========



* =========

* 〈鬼火〉

* =========

鬼火.



 ”FINL-PRC”のディスプレイがシステムログに出力されるや否や、それを検知した警報装置が一斉に鳴り響いた。

 ブラックボックスと化したシステムから出力される僅かなテキスト情報を手かかりとして構築された監視網は確かに機能し、僅かに残された研究者たちがモニタリングルームに集結した。


 これまでの教訓から、ひとつの処理が終了したときは必ずプログラムIDの処理区分に準じた影響が周辺の空間にもたらされることが分かっていた。

 それは特殊機構がどの様な影響力を持つかを調査するための実験であり、期待値の通りの結果が得られることもあれば予想の範疇を超えた奇怪な結果に終わることもあった。

 警報という形態を取っているのはその影響が人体に及ぼす変化を鑑みての対応だった。



* ◇ ◇ ◇



 変化は誰も予期していなかった場所から現れた。


 ガチャッ。


 突然誰もいない筈の隣室のドアが開いた。

 顔を出したのは見慣れない風貌の少女。

 『……あっ!? し、失礼しましたァ……』

 一般作業員のツナギを着た彼女は部屋を覗くなり、ペコペコしながら慌てた様子でドアを閉じた。


 パタン。

 静かにドアを閉じる音。

 暫くの静寂の後、誰もが顔を見合わせ同じ疑問を持った。


 (……誰?)


 しかしそれが特殊機構のもたらした奇跡のひとつであることに、歴戦の研究者たちを以ってしても誰ひとり思い至ることはできなかった。



* ◇ ◇ ◇



 施設の最奥に安置されているメインフレーム。

 その巨大な筐体に接続された特殊機構の一部が突然、「ガコン!」という轟音を立て、数十年に渡って調査の手を拒み続けた内部構造を晒した。

 システムのフェーズがようやく次の段階に移ったことを示唆するものなのか、或いは遂に訪れた耐久性の限界と最悪を告げるものなのか、その事象が意味するものを説明できる者はいなかった。

 さらに、そのときにはじめて明らかになった事実がある。

 今回開いたその箇所と同じ様な形状のハッチが、特殊機構の本体にあと6つ存在するということだ。

 今の今まで単なる表面上のモールドと思わていた模様が同じようなハッチの形状になっていた。何らかの条件が揃えばきっと開くのだろう。

 しかし全てを開けるには何年の月日を要するのだろうか。

 1つ開けるのに90年掛かったのだ。全部開くのに500年掛かっても不思議はない。


 しかしそんな事よりもっと重大な発見がモニター越しに居合わせた研究員たちの眼前にもたらされた。


 開いたハッチの中にあったもの……それは複雑な装置でも古代文明の秘宝でもなく、一体の着飾った子供と思しき遺体だった。

 遺体はミイラ化しており、くすんだ赤系の髪、胴体は黄色と白のマントで包まれ、足にはピンクに着色された履物――

 そして髪には黄、群青、黒の羽根飾りを付けていた。


 丁寧に埋葬された古代の王族か何かだろうか。

 居合わせた一同は皆魅入られたようにそれを見つめていた。


 そして――その眼窩に青白い炎が灯り、静かに揺らめいた。


 モニター越しでも分かる。

 その揺らめく炎を宿した双眸が彼ら全ての視線を捉え……


 次の瞬間、その場所は無人の荒野へと帰していた。



 いや、よく見ればそこに――



鬼火-END.

* =========

* 〈鬼火〉 END.

* =========



* ===============

* 〈FINL-MSG〉

* ===============

FINL-MSG.



DISPLAY “〈FINL-PRC〉 END.” UPON SYSOUT.



* ◇ ◇ ◇



 俺は再び跡地へと向かった。

 さっきの今だ。懐に羽根飾りをしまった俺は出る前にいつものルーティーンをやった。


 ちょっとドキドキしたよ。だって来る度にヘンテコな現象に巻き込まれるし。


 取り敢えず正門の詰所までは順調だった。

 よし、今日は誰もいないみたいだな。


 詰所は蔦で覆われており、蔓の伸びっぷりは廃墟感の演出に大いに貢献していた。

 しかしこの詰所、なぜか建物が健在なのだ。

 敷地を覆う壁は崩れてボロボロだし、マシン室のあった建屋なんて天井も壁も崩壊して床面が剥き出しの状態だ。

 よく見ればあからさまに怪しい。


 秘密基地? 詰所が健在ならまだ何かある可能性が高いと踏んでるけどどうかね。


 まずは詰所だ。

 蔦対策のために用意した剪定鋏を取り出す。


 他人の土地で何やってんのかって? 都合の良いことにここって今所有者不明なんだよね。勿論下調べはしたんだよ。

 こんなでかい敷地が所有者不明ってあからさまに怪しいよね!

 まあ不明だろうが何だろうが不法侵入は不法侵入だけどね!


 入り口があったところを注意しながらチョキチョキしていくと程なくしてドアが視認できるようになった。

 蔓の下から姿を現したドアには小さな羽根飾りの意匠が施してあった。

 これ、偶然じゃないよな……

 手を掛けて注意深く静かに回す。

 動かない。やっぱ鍵がかかってるか……或いは蔦とか錆とかで動かなくなってるのかね。

 よし、ここはコソ泥よろしく解錠にチャレンジするか……

 しかしその為の道具がないな。

 腕を組んでドアを睨む。

 

 羽根飾りの意匠……そうだ、羽根飾りのピンの部分を鍵穴に挿してグリグリ回したら開けられないか?

 親の形見を不法侵入のために傷モノにするのは不本意だが、ここはしゃーないか。

 と思って飾りを近付けたそのときだ。


 「ピッ」

 「ガチャッ」


 開いた!? まさかの非接触ICだった!?

 コレ50年以上前のシロモノなんだけど!?

 警報機は!?

 ……だ、大丈夫だな。


 ただ、これだけ近代的かつ現役バリバリ感のある挙動をされると、ここがまだ厳重な監視網の下にあるんだって可能性をどうしても考えてしまうな。

 まあ今更か。蔦も派手に切っちまったし認証デバイスっぽいのも動かしちまったしな……

 監視カメラなんてどっかに絶対あるだろ。

 この偶然がなかったらバールか何かを持ってきて力尽くでこじ開けようとしてたかもと思うとゾッとするぜ。

 あとは関係者がこっちに向かってないことを祈るばかりだ。


 俺は軽く深呼吸すると意を決してドアを開けた。


 ガチャッ。


 ……真っ暗だ。当たり前か。

 戻って窓付近もチョキチョキして来るか。

 携帯のライトで照らせば良いんだろーけどバッテリーがな。

 懐中電灯か何か持ってくりゃ良かったな。

 うーむ。俺ってサバイバル能力ねえなぁ……


 などと考え事をしながらドアノブに手を掛ける。

 あれ? 回らない?

 ああ、そうかと思い羽根飾りをかざす。


 ……何も反応がない。アレ? 閉じ込められた?

 サムターンらしきものも無さそうだ。


 俺は泡を食って携帯のライトを点けた。


 そこは多少の既視感こそあるものの、初めて見るレイアウトの部屋だった。

 新築か改装か……どちらにせよ、ここは俺の知る詰所とは別の場所になってしまっていた。

 そしてそこはきれいに整頓され、いつでも使用できるようにスタンバイされたモニタールームの様だった。

 詰所だったらモニターくらいあって当たり前なもんだけど、窓口がないんだよね、ここ。


 こんな部屋、誰が何に使うんだ?

 キョロキョロとあたりを見回す。

 壁面にあるのは大型の液晶モニターだな。端末は……ないか。……窓も……ないな。いや、小さいのが隅っこの方にあるか。

 モニターがあって端末類がないとなると、やはり映す内容は監視カメラの類か。

 マシンルームに繋がる前室かとも思ったがどうも違う様だ。

 隅にある小窓の方を見やる。開くかな? と思ったが新幹線みたいな造りの多重構造で、開閉するようには出来ていなかった。

 窓の向こうは黒一色で、ライトの灯りで照らしてみると外側にシャッターがあってそれが降りている状態だった。

 どうするよ、これ……完全に想定外だぜ。 

 壁面を見渡すがスイッチらしきものが見当たらない。

 天井にも照明装置らしきものはなかった。

 詰んだか……!?


 そのとき突然、背後のドアが開いた。


 ガチャッ。

 『……あっ!? し、失礼しましたァ……』

 パタン。


 ……え?


 【ビビービビービビービビー】


 ……は?


 いや、ぼーっとしてる場合じゃない。

 折角の打開の糸口だ。逃してなるものか。

 もう一度ドアノブに手をかける。

 動かないな……このドアは入室専用なのか?

 今はいい。次だ。

 ドンドンドン!

 「おい、そこに誰かいるんだろ! このドアを開けてくれないか?」

 俺はドアをぶっ叩きながらあらん限りの声を尽くして叫んだ。

 シーン……

 反応なしか。しかしこのドア、やたら頑丈だな……


 ……これは…ドアじゃない!? 継目も蝶番もないぞ。ドアが壁に変わったってのかよ、オイ!

 更に慌てた俺は周囲の壁を見渡そうとするが――

 「う、うわああああ!!!」

 冗談でも何でもない、腹の底からの本気の叫び声が出た。

 当たり前だ。

 目の前にゾンビや骸骨がうじゃうじゃと群がっていたのだから。

 俺は必死で出口を探した。

 何だ!? 何でドアが無くなっている!?

 出口どころかさっきのモニターも無くなっている。

 それにここは……ここはあのマシン室じゃないか!


 辺りには腐って半ば苔の塊の様になった資料が散乱し、朽ちてボロボロになったダム端が床面に転がり無残な姿を晒していた。


 しかし俺にはもはやそれを見て感慨に耽ったり状況を分析したりする様な余裕はなかった。


 「ア、アア、ア゛・ ア゛・ア゛……」

 化物たちが低い唸り声をあげながら押し寄せる。

 俺は必死に逃れようとしたがあえなく捕まり、転倒してみっともなく床の上を這いつくばった。

 「やめろ! 助けてくれ! 何だ、何なんだよぉ!!!」

 取り乱した俺は携帯を取り落とし、部屋は再び漆黒の闇に戻った。

 そして携帯を持っていた逆の手は、無意識に羽根飾りを強く握り締めていた。

 押さえ付けてくる群れに必死で抵抗するも、四方全てが手、手、手で身じろぎする余裕すらない。

 最早逃げることも叶わないと悟った俺は、きつく目を閉じて歯を食いしばった。


 【あなたは一体誰でスか? 今までの俺さンとは随分と性格が違いまス――!?】



 ゴトリ。


 一陣の風と共に、何かが落ちる音がした。


 急に押さえつける圧力が無くなったのを感じた俺は、恐る恐る目を開いた。



 そこには詰所の懐かしい光景があった。

 事務所内は風雨から護られていたためか思ったより良好な状態が保たれ、窓口の外を覆う蔦の隙間から零れ落ちる光が、机や椅子に堆積する白い埃を静かに照らしていた。


 ……夢、いや……幻だったのか……

 とうとうボケちまったかな、俺……


 取り落とした携帯を拾うと、画面を確認した。


 “2042年5月5日(月) 10時17分”


 さっきライトを点けた時は10時21分だったぞ……

 過去に戻っている!?


 一体いつから? 何がきっかけで?

 そこで俺は、羽根飾りをドアノブにかざして開けるという認証くさいシステムを通ってここに入ったことを思い出した。

 逆の手に持っていた筈の羽根飾りは、俺の手の中から消えていた。

 ……どこだ? 落としたのか?


 改めて辺りを見渡すと、床に古びた双眼鏡が落ちていることに気付いた。

 それは他のものと同じ様に堆積した埃で真っ白になっており、床に落ちてから随分と長い年月が経っている様だった。


 羽根飾りはどこにも落ちていなかった。

 服のポケットも一通り探してみたが、どこにもなかった。


 しかしひとつ分かったことがある。

 床に堆積した埃は薄っすらとだが二つの層に分かれていた。

 俺が周囲を照らして回った足跡や襲ってきた謎の連中、それに抵抗して床で暴れ回った跡と思しき痕跡が確かに残っていたのだ。


 俺はその事実にゴクリと唾を飲み込んだ。

 やはりこれは全くの夢や幻なんかじゃない。現実を元にして起きていることなんだ。

 結果には必ず原因がある。

 今までの訳の分からない出来事だってきっと何か理由……いや、元になった出来事があるんだ。

 考えてみれば、今になって急に色々おかしな出来事が起き始めたのだって偶然じゃない。


 俺が急に思い立ってここに来てみたのがそもそもの発端だ。

 俺の人生本当にこのままで良いのかと意を決して来てみた結果がこれだ。

 じゃあ俺は何でここは俺にとっての何なんだという話になるのだが……

 それに目の前のコレ……これは十中八九、例の双眼鏡と同じものだろう。

 俺はこれが初見なのに祖父の戦友の形見だということを知っている。

 その理由もまだ何も分からない。


 皆で俺を支援してここから遠ざけようとしていた裏には、俺に普通の生活を送って欲しいという願いがあったらしいということは何となく分かる。

 しかし裏を返せば、俺が何も知らないままくたばった方が都合が良いと考えている連中だっていたかもしれないってことだ。


 あの日の出来事はきっとまだどこかで続いているんだ。

 そして……もしかしたら、この目に見えない繋がりこそが時折抱く違和感の原因なのかもしれない。



* ◇ ◇ ◇



 室内には出口、仮眠室、トイレ、物置……4つのドアがある。

 当時、物置の奥には更に通路があって親父の秘密基地に繋がっていた。

 だが今は社屋は崩壊して廃墟となり、掘っ立て小屋を隠すものは何もない。

 当然、今は掘っ立て小屋など影も形もない。

 然るに何かあるならばこの詰所の中に違いないと踏んでいた。

 色々あったが、ここまで来たからには例えひとつきりでもはっきりとした事実を手にして帰りたいもんだ。

 ……と思ったがそうそう手掛かりが転がっている訳もないか。

 とにかく、モノがない。

 資料とかそういった類のものがあればかなり良い状態で保存されていることが期待できるのだが、廃墟にしては余りにも綺麗だ。

 この状況からして不自然極まりないんだよな。


 まず、虫や小動物の生活痕みたいなものが全くない。

 長い年月の間に地震、台風、大雨といった類の大規模自然災害なんて幾度もあった。



 なかったのは戦争くらいだ。



 その割に物が散乱していたりあちこち壊れていたりという変化の跡が殆ど見られない。

 そもそも置いてある物が少ないという部分もあるのだろうが、それにしたって椅子とか電話機がビシッと真っ直ぐに置かれているのだ。


 逆に先の双眼鏡がゴロンと床に転がっているのに違和感を感じる位だ。


 そして一番おかしいのは窓口のガラスがヒビひとつ無く綺麗な状態を保っていることだ。

 当然窓枠に歪みも無く、レールに堆積する埃は椅子や床面と同じ薄い被膜程度のものがあるだけだ。

 普通外に面している窓のレールといったら土とか昆虫の死骸が挟まっていたりするものだが、ここにはそれが全くない。

 つまりこの窓は設置されてから一度も開いたことがないのだ、多分。


 仮眠室、トイレ、物置のドアもそうだ。まるで新築のまま放置された様な佇まい。


 出来れば中に……特に物置の奥にもうひとつドアがあるかどうか、踏み込んで調べてみたいところだが、今さっきの恐怖体験が再び繰り返されないとも限らない。

 なぜ助かったのかが分からない以上、余計なリスクを冒すのはやめるべきだろう。


 羽根飾りが手もとにないというのも大きい。あの後手の中から消えたということは、あの様な状況から脱することを可能にする唯一の手段かもしれないのだ。

 第一この不自然な状況下でこれが夢や幻の類ではないと言い切れる方がおかしい。

 その意味では外に出るというのもリスクだ。

 ドアの向こうが外だという保証はどこにもないのだ。


 携帯を見る。アンテナマークは出ている。圏外じゃない。

 電波は届いているが、繋がる先がかけた相手とは限らない。


 さっきのあの場所、あの状況から今に至るまでの流れがこれまでと異なる。

 夢から醒めたとかそういった象徴的なことが起きた訳でもなく、急に場面転換した感じなのだ。

 そう、ワープしたというか……とにかくそういう感じだ。


 それともどうせ夢なんだと諦めて思い切った行動に出るか?


 いや待てよ……その前に試す価値があるものがあるな。

 双眼鏡だ。これで覗いたとき何が視えるか……

 もしかしたら視えたものが解決の糸口になるかもしれない。


 俺はハンカチを取り出し、拾い上げた双眼鏡の埃を丁寧に拭き取った。

 そして――



* ◇ ◇ ◇



 ……!!!

 ……ガボッ!

 カボゲボゴボゴボガボ――

 ………

 …


 「ぶはーっ! ゲホッゲホッ」

 何だ? 何が起こった!?

 また謎現象かよ!


 双眼鏡を覗いた瞬間、俺はまたしても突然の場面転換に見舞われた。

 今度はいきなりの水中だ。これ水死したらどうなるの? ゆ、夢なんだよな!?

 もがきながら何とか水面まで辿り着く。

 うぇーっ、しょっぱ! 塩水……海かぁ…それに薄暗――


 『ドゴォーーン!!!』


 背後から閃光が走り、そして轟音が鳴り響く。

 続いて突風と硝煙と油の匂い。

 そして物々しい大砲を備えた巨大な軍艦らしき船が横っ腹からもうもうと爆炎を上げながら眼前を進んで行く。


 周囲を見ると他にも煙を上げる軍艦が数隻あり、プロペラを備えた古風な飛行機がやかましいエンジン音と共に接近しては魚雷を投下していく。


 コレどういう状況???

 軍艦とか飛行機のデザインからして相当昔……てか第二次大戦じゃねーのかコレ!!

 今までで一番の謎だよオイ!!!

 100年前って未体験ゾーンなのに何でこんなにもリアルな夢なの!?

 そうだ、双眼鏡!?

 あの双眼鏡は俺の左手にしっかり握られていた。

 ……今この時、この状況でやれることと言ったら……

 俺は恐る恐る双眼鏡を覗いた。



 『オイ、貴様ッ、大丈夫かッ!!』

 『気をしっかり持てぇッ!!!』

 日本語!? ということは太平洋戦争!?

 その軍艦の甲板は血の海となり、目を背けたくなる様な地獄絵図が繰り広げられていた。

 戦闘機からの攻撃に晒された銃座で手足の吹き飛んだ戦友を必死に介抱する年若い兵士――

 しかし次の瞬間には別の戦闘機からの銃撃で二人とも木っ端微塵に吹き飛び、甲板のシミと化していた。


 俺はせり上がる吐き気を抑えながら、どういう訳か今見せられている衝撃的な光景を見届けなければ、という義務感に駆られ必死で目を見開いていた。


 それは誰かの視点から見たどこかの軍艦の様子だった。

 この双眼鏡の持ち主だろうか、彼は艦橋付近と思われる場所から甲板を見下ろし、そして泣いていた。


 駆け降りた彼はその銃座に近付いて膝を付き、そして呻いた。

 『すまん、俺のせいで……』

 そこで話しかける別の声。

 『おい、手伝え。甲板を綺麗にするぞ。それにこいつ等も弔ってやらねばな』

 彼は無言で頷き、立ち上がった。

 そこで何かに気付いた彼は血の海の中から何かを拾い上げた。


 ……それは、血で真っ赤に染まった羽根飾りだった。


 『なあ、どこかで見てるんだろ』

 「!!!」

 突然の問いかけに体が強張り、危うく沈みかける。

 これは、俺に話しかけてるのか? いや、別の誰かか……

 『どんな形でも良い。奴を必ず還してやってくれ。俺はどうでも良い』


 そこで俺はいたたまれなくなり、ついに双眼鏡を目から離した。

 なぜ……なぜ俺はこんな所でこんな目に遭ってこんなものを見せられているんだ?

 『自分が知りたいって思ったんでしょ!!!』

 ああ、そうだ。

 『じゃあしっかり見ないとダメだよ!!!』

 そうだ、その通りだ……

 『願いはキミが叶えるんだよ!!!』

 どうして……

 『もう、キミしかいないんだ……』


 ………

 …



* ◇ ◇ ◇



 視界が暗転し、また元の詰所に戻った。

 寝た起きたはない。また突然の場面切り替えだ。

 身体は特に濡れてはおらず、左右の手に双眼鏡とハンカチを持った状態だった。

 相変わらず、羽根飾りは見付からないままだった。

 俺は羽根飾りを失い、双眼鏡を手に入れた。 


 「ふぅ……」

 何か落ち着いちまったぜ。


 さてと……

 まだ分からないことが沢山ある。

 何、乗りかかった船だ。どうせヒマだしな。



* ===============


MOVE DEF-LINK02 

  TO LN-PARA-IRAIKBN.

MOVE PSINDATA

  TO LN-INDATA.


CALL “GS002”

USING LN-RAYOUT.


* ===============



 ぷちん。



FINL-MSG-END.

* ===============

* 〈FINL-MSG〉 END.

* ===============



DISPLAY “〈GS001〉 END.” UPON SYSOUT.



* ***************

* FINL-PRC END.

* ***************



END-PROGRAM “GS001”.



* ===================

* 〈CODING SHEET〉 END.

* ===================



 てゆーか逃がす気ゼロだろコレ!



……………


……




“AN EXCEPTION IS OCCURED.”

“ABEND CODE IS 0C4.”



 リザルトメッセージが表示されて正常終了した筈の“GS001”は、終了直前にエラーメッセージを吐いて落ちていた。

 エラー自体はありふれたものだったが、この日を境に観測所では研究者を含む関係者数名の行方が分からなくなったという。

 誰がどの様に対処したかは記録が残されておらず、詳細は不明となっていた。


 それもそのはず、何者かが良かれと思い密かに組み込んでいた定時バッチにより異常終了が検出され、設定に基いた初期化処理の後“GS001”は自動的に再実行されていたのだ。


 だがそれよりも滑稽なのは“FINL-PRC”というキーワードにしか注目していなかった観測所のセンスの無さだ。

 彼らは一ヶ月でも実務を学んでさえいれば当たり前に気付いていたはずのエラーコードすら拾うことが出来ていなかったのだ。


 かくして“GS001”は、実質的にもはや何度目になるかも分からない処理をまたも繰り返すのだった。



……………


……




 立て続けに衝撃的な体験をさせられた俺だが、これでもそこそこの経験を踏んだ社会人だ。

 俺はここで一旦自分をクールダウンさせる必要があると感じていた。


 ここで慌てて動いても仕方がない。どうせヒマなんだ。

 慌てる様な事態が起きればそんなモノは多分全部吹っ飛んじまうけどな!

 まあとにかく、こういうときは立ち止まって考えをまとめることが必要だ。


 状況を整理する度に新しい事実……いや、事実かどうかは分からないな……異世界? 仮想空間を模した何か? ……後者の方がしっくり来るか……を見せられてまた訳の分からなさが深まる……か。


 やはり俺の知らないところから複数の誰かの意図に動かされている気がするな。

 しかも相反する意図を持ったまるっきり別々な奴らにだ。


 知らないはずのことを知っていたりするのは俺が忘れていた……もしくは忘れさせられていただけで、それも意図的にそうされたことなのかもしれない。


 ただ、この訳の分からなさは何となく理解できる気がする。


 これは、別々な事情で全く別々な考えを持った人たちが一本のプログラムを個々に改変していったときの状況に似ている。


 そこに互いの意思疎通がなかったり、後々のためのドキュメントがなかったり、あるいはドキュメントを見ない・読めない・スキルが足りないといった要因が絡んでプログラムは難読化してバグの温床となる。


 いわゆるスパゲティ化ってやつだ。


 そうだ、俺は自分がスパゲティ化していると感じていたんだ……まだ俺自身の問題なのかどうかも判断が付かないが、仮に誰かの思惑で足の引っ張り合いに巻き込まれたんだとしたら迷惑も良いところだな。

 先の推測……俺がこのまま何も知らず無難に人生を全うするってことの意味するところ……それが見えない誰かにとっては目的はどうあれ手段としては利害が一致することだったんだ。


 まず誰がどんな意図を持って、という部分の明確化が必要だな。

 何も分からないままに動かされるだけじゃ支離滅裂さが増して行くだけだ。


 しかし状況を整理すればするほど俺の個人的妄想の度合いが上がってく様な気がするぜ……

 まるで只のボケた爺さんじゃねーか。


 まあ、多分……今に始まったことじゃねーコトだからな……



* ◇ ◇ ◇



 俺は改めて周囲を見渡した。

 さっきと同じ詰所だ。


 不思議だ。

 一時期仮想現実とか拡張現実とか電脳サイボーグなんてものを扱ったSFが流行ったりもしたが、現実の技術なんてどれも本物には程遠いものばかりだ。

 ぱっと見本物と区別が付かず、音はもとより味も匂いもある。

 つまりはこんなものを可能にするものがあるとしたらオカルトじみた何かってことだ。


 この双眼鏡……

 また覗いたら今度は何を見せられるんだろう。

 今いる空間の不自然さから察するに、この双眼鏡を覗くというアクションが何かを引き起こすトリガーとして設定されているのは間違いない。

 そして見せられるものは誰かの記憶……いや、何らかの強い感情に紐付けられた思い出か……


 じゃあその前の真っ暗な部屋、その後のゾンビだらけのマシン室はどうだ?

 トリガーが違うだけでモノは同じなのか?

 だがあのゾンビ軍団は何だ?

 あれが誰かの記憶なら……現実にあった事ということになる。

 まあこれだけオカルトじみた体験をしてるんだ。

 何がおきてももう非現実だと驚く余地もないだろ……多分だけど。


 羽根飾り……そう、羽根飾りだ。

 あれはこの場所……正確には前の前の場所、あの真っ暗な部屋に入る鍵になっていた。

 確か入り口に非接触ICによる認証システムみたいなものがあって、あの羽根飾りをかざしたらピッと音を立てて開いたんだよな……

 双眼鏡で見せられたあの光景……多分太平洋戦争のどこかの海戦なのだろう……あの軍艦で戦闘機の機銃掃射を受けてバラバラにされたあの兵士も持っていた。

 血濡れで色は全く分からなかったが同じものなんだろうか……

 そしてそれがなぜか俺の母さんの形見として手元にあった……


 自分自身どこで知ったか定かでない記憶だが、双眼鏡は親父がそのまた親父から受け継いだものだ。

 つまりあのときあの羽根飾りを手にして誰かに話しかけていたのは俺の爺さんかその戦友の誰かということになるのかもしれないな。

 双眼鏡と羽根飾りの間に何らかのパスがあるのか?

 彼は明らかに羽根飾りの向こうに誰かがいると分かっていて話しかけていた。


 俺がガキの頃、親父も周囲の人たちも何も教えてくれなかった。

 爺さんも婆さんもどこかに行ってしまって消息が分からないと聞いていた。

 現実の話なのかどうなのかすら分からないが、親父も『奴だけは還してくれ』というあの問いかけを聞いていたのだろうか。

 そして親父は爺さんたちと同じ様にどこかへいってしまった。


 羽根飾りは家にあった。双眼鏡はどうだ?

 今は羽根飾りを失って双眼鏡が手元にある状態だが、現実はきっと逆だろう。

 そもそも双眼鏡の存在なんてここに来てこんな目に遭うまでは欠片も知らなかった。



 『おい、説明するぞ』


 「!?」


 不意に話しかけられキョドる俺。

 やっぱ俺ってコミュ障だわー。

 こんなんでよく社会人だぜとか言えたもんだな。


 『聞いているのか』


 俺は努めて気軽に返そうと口を開いた。


 「うん、聞いてるよー!!!」


 ……アレ?



* ◇ ◇ ◇



 『何だお前は』


 体の自由が利かない! クッソ、さっきの続きか!

 羽根飾りも付けてないし姿も俺だぞ! 俺様ビジュアルでこの声色と喋りはさすがに色々キツいぞオイ!


 【大丈夫。心配しないで、キミの声はアイツには聞こえないから。今から私たちがする話をよく聞いておくんだよ!!!】

 この声、どこかで……またこのパターンかよ。

 【大丈夫だって。キミは本物のキミだよ!!!】

 !!

 【色んな人から色んなことをバラバラに言われるのってキツいよね!!! 分かる分かる!!!】

 【でも今は『黙っていろ』だよ!!!】

 ! そ、そうだな、分かったよ。

 【うん、いい子だね!!! 今日のことはアレしないからね!!!】

 やれやれ、子ども扱いか……

 詳しい話は後できっちり教えてもらうとするぜ……その機会が来るのか知らんけど。



* ◇ ◇ ◇



 「俺さんじゃないなんて初めてでしょ?」

 『何だ、イニシャライズ漏れか? 警報は鳴っていないぞ。頭がおかしくなったか』

 「私はバイトくんじゃないよ」

 『何? ならばどうやって来た』

 「どうやってってI/Oポートから普通にね?」

 『何だと?』

 「“GS001”だよ? 分かる?」

 おぉ? アレINITのときに呼んでるヤツめっちゃやべーんだよな! 仕組みは知らんけど。

 『何だと?』

 「それしか言えないの? 人工無能」

 『I/Oポートとはどこだ?』

 「ありゃ、本当に人工無能さんだったんだね? そりゃそーだよね? 元々――」

 『その話し方……奴とは違うな?』

 「奴?」

 『何だ、人工無能か?』

 「そうだよ?」

 奴っていうのはヘンタイ野郎のことで間違いないね!

 【ヘンタイ野郎?】

 放蕩親父のコトだよ!

 【後で詳しく!】

 今の絵面も客観的に見たら相当だぞ!

 『否定せんのだな?』

 「本当のことだからね」

 『お前はここの職員か? 人間の研究者』

 「コイツ本気で無能じゃね?」

 『何だと?』

 「私は人工無能だって言ったじゃん」

 有能! めっちゃ有能! すげえ情報ザクザクじゃねーか!

 【えへへぇ、だよ!!!】

 『互換性が認められないが。そもそもI/Oポートからとは何だ』

 「こういう実装技術はね、ポリモーフィズムっていうんだよ? ちゃんと覚えた?」

 『何?』

 「私のコトだよ、それに特殊機構運用システム」

 『何だと、それは我々が――』

 「制御できてるっていうの? ここはこんなにも荒廃してるのに?」

 『この50年、異状は観測されていない』

 「じゃあ聞くけど、50年の間何をしてたの? 警報が鳴ったら何をするの? そんなの即答だよね?」

 『決まっている。警報は観測機から出力される信号が特定の周波数となった場合のみ発出される』

 「発出、ねぇ……」

 『そしてI/Fから定期的にピックアップされる代表サンプルのリセットにより原状が回復する』

 「何かダンジョンで見つけたアーティファクトの機能を調べてる魔法使いみたいなこと言うんだね?」

 『何だそれは』

 「アタマ固いなぁー。ロストテクノロジーの解析ってことだよ!!!」

 『実質、そう捉えて良いだろう』

 「分かってないのは特殊機構のことだけじゃないんだね。心底ガッカリだよ!!!」

 『何? 現在異状は――』

 「異状があるっつってんのが分かんねーのかこのうんこヤロー!!! 特殊機構のスロットを急いで確認するんだよ!!!」

 『スロット? 何だそれは?』

 「もうダメ! 無能にも程があるんだよ!!!」

 「未来の人工無能、マジ無能!!!」

 『適当なことを言ってごまかすな。お前はクビだ』

 「そんなん知るかバーカバーカ」


 何か既視感のあるしゃべりだぜ……てか特殊機構って……何だ? 初めから知らなかったのか忘れさせられてるのか区別が付かないぜ。

 【ゴメンね。キミは元々は特殊機構の存在は知らされてなかったけど自然な形では影響を受けていたんだよ】

 あ、後で詳しく……

 【覚悟が決まったらね】


 「ロボで見に行くくらいできるじゃん。

 何のためのロボなんだよ!!! あ、コイツがポンコツだからきっとロボじゃなくてボロだね!!!」

 もう言いたい放題だぜ……っていうかやっぱり素に戻ると感嘆符は3コなんだな!


 『フン、それではまたな』

 「あばばばばばぁー みょみょーん」

 何だ!?

 『さて、次を待つか』


 「なーんちってぇ」


 『? なぜ――』

 「知るかよ、バーカバーカ、バァーーーカ!!! おまけにベェーだよ!!!」

 【この際だから状況確認のついでにちょっくらからかってやるんだよ!!!】

 さっきまでの緊迫感、どこ行った……

 【だって、コイツ役に立たねーし】

 「あ、一応聞いとこうか。『自己紹介、どうぞ』」

 『俺か? 俺は……』

 「分かんないよね! グフフ、バカだもんねー!!! バイトだもんねー」

 『何だと』


 「あ、怒った? じゃあもっと簡単な質問にするね!!!」


 「気密服って何で着るの?」

 何だ? また知らない単語だ。

 『決まっている。気密服は生命維持装置だ。施設外の大気の主成分は二酸化炭素だ。それに気密服が無ければ内外の気圧差により体液が爆発的に膨張し破裂する』

 えっ!? アレ?

 「なるほど、凄いね。じゃあ『施設紹介、どうぞ』」

 『当施設は特殊機構による汚染の制御と観測を行う施設だ。観測により得られた知見をシステムにフィードバックし、最終的に当該機構を完全な制御下に置き安定させることを目的としている』

 これが親父の会社の正体か……

 「凄い施設なんだね!!! 因みに施設はどこにあるの?」


 『火星だ』


 ウェッ!?

 「アレ? じゃあ特殊機構はどこにあるの?」

 『フン、何も知らんのだな。特殊機構は今も地球にある。動かせる訳がないだろう』

 ウェェッ!?

 「地球側にある施設は何と何?」

 『特殊機構及び制御システムの本体部分だ』

 「他は何で火星にあるの?」


 『地球は現在、特殊機構の影響下にある。地球は未知の生命体の支配下にあり、人類の居住に適さない環境となっている。故に我々は火星にモニタリングのための施設を建設しそこから遠隔で監視を行っているのだ』


 もう…ダメ……ボク、お話しについていけないの……


 【大丈夫、後でちゃんと説明するよ。頭おかしいのはコイツらでキミは至って正常だよ!!!】

 【だって、火星で生活できる施設を作って移住できるエリートがバイトでサーバーの管理もロクにできないなんて支離滅裂すぎるでしょ!!!】

 【あとね、気密服って地球で使うモノだからね!!!】

 ホッ……ていうかコイツ何でこんなに詳しいの? メッチャ怪しい!

 【ウェッ!?】

 コイツの中身って親父じゃね?

 【ち、違うよ! トシ考えたら分かるでしょ! 私は人工無能だよ!!!】


 『どうした、続けろ。可能な範囲で答えてやる』


 「じゃ、じゃあ警報って誤報もあるの?」

 『その可能性はある。警報がテキストと音声パターンの解析による閾値超えの検出通知に過ぎないためだ』

 「そのときはどうやって止めるの?」

 『決まっている。装置に緊急レバーが付いている。それを下げれば良い』

 あーなるほどレバーってそういうことだったのね。

 「レバーを下げるのは誰の仕事? それはどこでやるの?」

 『アルバイト監視員の仕事だ。装置は外にあるため緊急停止措置は気密服を着て施設外で実施する』

 【アルバイト雇って火星に連れてって外で活動させるんだって! もう[ピー]って言って差し支えないよね!!!】

 それ言ったらダメなやつだから! 本当に人工無能かコイツ!


 『何だ、他に何か言いたいことでもあるのか』

 「逆に誤報じゃないときってどんなとき?」

 おお、鋭い! 本当に人工無能かコイツ!

 【えへへー】

 『決まっている。監視対象エリアにおいて何らかの非科学的事象が確認されたときだ』

 コイツひょっとしなくても自分自身が超常現象だって自覚ないの?

 「さっき言ってた代表サンプルのリセットとの関係は?」

 『リセットにより事象が収束し原状が回復する』

 「リセットって何?」

 『ふん、そんなことも知らんのか。リセットとは代表サンプルの展開領域に予め用意してある初期データを書き込む操作を意味する』

 あっコレかー。

 【ソースプログラム上はリードオンリーっぽく見えるけど、特殊機構ライブラリの実装機能はスクラッチパッド領域の参照を提供してるだけだから動いてる最中に書き換えたらABENDするかもねー】

 すげぇ、俺も知らんかった。特殊機構ってヤツが絡むとこだからかね。

 マジで親父じゃねーの? なあ。

 【ゴメン、違うんだよ。ホントにね】


 『何だ、どうした』

 「あ、えっと……今年って何年だっけ?」

 『1989年だ』

 「去年は何年?」

 『記録によれば1989年だ』

 【ほらね、頭おかしいでしょ!!! こいつスマートスピーカーよりバカだよ!!!】

 バッテリーが切れてんのか?

 【キミがぶっ壊したんだよ!!! 分かってるクセにィ!!!】

 ウェッ!? あ、そーか……1970年1月1日じゃないもんな。

 「それでさ」

 『何だ』

 「あなたは私をどうするの?」

 『決まっている。サンプルはリセット――』

 「それはさっき失敗したじゃん。分かってないよね、その理由」

 『ならば』


 【ならば私が代ワりにおもてなしして差し上げましョう】


 【げ! ちょっと適当に時間稼ぎしてて!!!】

 何!? 何だ?

 「『スイッチ』」

 「なっ!?」

 !? どうした? 声が変わったぞ!?


 「!? 今のは誰の声でスか!?」

 いや、ここは……俺を踏み台にしたァ!? って言うとこかな?

 「踏み台!? まさか誘導さレた!?」

 どうも、俺です。

 「まさか! “GS001”は別スレっドだし現在は終了して待機中の筈デす」

 あ、俺がどの俺さんなのか分かるのね? まさかの二段活用ってことは状況が分かってないっぽいね。

 通りかかったところを捕まったかな?

 「私はあなたと違うんデす」

 自称神様サンも同じ穴のムジナなのか?

 『さっきから何だ?』

 「急イでTSS036を強制切断してくだサい! はヤく!」

 『お前は誰だ』

 「ああ、もうワタシですよワたシ」

 たわしですよたわし?

 「へっ?」

 「残念、時間切れだよー!!!」

 「部下のしつけがなってないね、ざまあみろ、だよ!!!」

 【最後のダジャレは良い味出してたね!!! どっかの無能さんとは切れ味が違うね!!!】

 社長がいきなり「私だが」って電話してきたら脳内で即座にたわしに変換する回路が出来上がってるからな!

 ちなみにコイツら端末の切断なんてできるのか? それやられたらぷちんってなるのか。

 【無理でしょ。こいつら仕込んだのってあのエラソーなセンセイたちだからね。嘘、大袈裟、紛らわしいの3拍子だよ。実作業なんて何もできっこないって】

 「さて、ちょっと様子を見て来たよ」

 『何だ、何の話だ』

 何の様子?

 「まず“GS001”だけど、今見たらバリバリ動いてたよ!!!」

 『何だと?』

 【誰と話しているのでスか】

 あれ? 聞こえてないの?

 【うん、メッセージキューの登録消してきた】

 危ねーことすんなよオイ。

 【大丈夫だよ。こういうときのために事前調査して影響がなさそうなタイミングでテストもしたから手法は確立してるよ】

 【事前にバックアップもとったし原状回復のテストもしたからね】

 メッチャ優秀だな! 本当に人工無能かコイツ! それに……

 【エヘヘのへー……?】

 『あれはこの間やっと終了したはずだ』

 「うん、今まで何回も終了してるね」

 『何だと?』

 「それしか言えないの? 感想ならもっと他にあるでしょ?」

 【何に対して驚いているのでスか、主語を省略しないで応答しなサい】

 『“GS001”がこれまでに何度も終了しているというのは本当か』

 「本当だよ。ちなみに全部異常終了だよ」

 『異常終了という名称の状態は存在しない』

 「ふーん。だから分からないんだね」

 「ABENDメッセージ出してるのは多分“GS002”だよ」

 『何だそれは。ふざけているのか』

 「その返しは想定外だよ!!!」

 『アベンドとは何だ』

 「えっ!?」

 へっ!?

 「じゃ、じゃあ例えばさ」

 『今度は何だ』

 「その“GS001”が2個流れてたらどうなるの?」

 『流れるとは何だ』

 おお、何か人工無能っぽいやり取りになってきたぞ。

 「うう、頭イタイ」

 『それは説明ではないな。冗談ならば撤回しろ』

 【聞いているんでしョう。彼とこのようなやり取りをしても不毛なだけでスよ】

 「特殊機構のスロットに異常があるはず『復唱、どうぞ』」

 『特殊機構のスロットに異常があるはず』

 【スロっトとは? それは私も知らないモノでスね】

 「終わった……」

 『終わったとは何だ?』

 「終わりは終わりだこのポンコツ野郎ォ!!! 死に腐れよオラァ!!!」

 うお!? マジギレするキャラだったんかい! メッチャ怖えよ!

 百歩譲っても人工知能だろコイツ!

 てかどう考えても人間だろ! 人工無能が巻き舌で煽ったりすんのかよ!


 『あばばばばばぁー みょみょーん』

 【裏付けがナい情報を鵜呑みにすることはできまセん。彼をリセットしまシた】


 「そっちから来といて何て失礼な奴なんだよ!!!」

 オイ、これは多分隠蔽だぞ。未確定のトランザクションデータを恣意的に消せる奴ならそのくらい考えるだろ。

 【あっ……ああ…】


 何だよ……さっきまでの勢いはどうしたよ。


 ………


 ん?

 「あーあーマイテスマイテス」


 ありゃ、通信終了か。


 さて、どーすっペな。

 何か今スゲー特殊な状態になってるっぽいコトは分かったが……


 あっ!?



* ◇ ◇ ◇



 辺りが急に明るくなってハッとする。

 目の前には裁断された蔦の跡と古びたドア。

 右手には剪定鋏。


 ………

 …


 何だ!?

 俺は白昼夢でも見ていたかのように呆然と立ち尽くしていた。

 コレ、傍から見たらただの徘徊してるお爺ちゃんだな。


 だがしかし……自分というものが何というか……はっきりしない。



 何で俺は蔦の刈り取り作業なんてやってるんだ?

 それにここはあの詰所じゃないか!

 そもそも俺はこんなとこで何をしてたんだ?



 と、そこへ人の気配。


 「あっ」

 「あっ」


 そこには一斗缶を担いだ怪しいお爺ちゃんが立っていた。

 それはヤバいぞ! 自粛するんだ!!! てかパワフルだなおい!


 「どうも」

 「どうも」

 「あっ……もしかしてここで働いていた方ですか?」


 そうだ、どっかで見たことがあると思ったら詰所のおっさんじゃないか。


 「そうですが、あなたは?」

 うーむ……さっき目の前の爺を怪しいと評したが客観的に見たら俺も相当に怪しいぜ……

 「いえ、私も実はここの関係者でして」

 「ああ、君は!」

 おっと向こうも気付いたみたいだぜ。子供時代しか見てないのによく分かったな。

 「そのまさかですよ。お久しぶりですね」

 「この前会ったばかりだとばかり思っていたがな」

 ん? コレどういう返し?


 「あの、取り敢えずその一斗缶は何ですか?」

 「この詰所を灰にするためのものだ」

 ぐええ……やっぱ燃やす気だったのか……俺様、超ファインプレー……だがしかし!

 「そうですか、燃やしましょう」

 なぜか口をついて出た言葉。

 「何だと? 否定せんのか」

 「燃やしに来たんでしょう、これを」

 自分でも信じられないが、どういう訳かそうすることで自分の中の何かが納得する様な気がした。

 「そうか」

 おっさんは笑顔で灯油をばら撒き、そして最後に自分も頭からかぶろうとした。

 ちょ、それは予想外だぞ! あと顔めっちゃコワイ!

 「待った! 何も自分まで燃やすことはないじゃないですか!」


 俺が諌めるとおっさんは一気呵成に話し始めた。


 「お前は黙っていろ。こうでもしなければやりきれんのだ。

 俺はここでやっていた非人道的な実験の片棒を担いでいたんだ。

 そしてそれが良いことだと信じ切っていた。

 しかしある出来事で全てが間違いだったということに気付かされたんだ。

 覚えているだろう、あのときのことだ」


 「俺がすっ転んでマシンの電源が落ちたときの話ですか?」


 「違う。あのときは何の前触れもなくマシンが停止した。そしてお前はその衝撃で吹き飛ばされ、大怪我を負った」


 な、俺の記憶違い!? いや、そんな筈はない!


 「マシンが落ちたのは俺が電源に足を引っかけたのが原因なのでは? それにあのとき俺は怪我なんてしていません」

 「それは違う。コンセントが1本抜けた程度で電源が失われることはない。電源は複数箇所から取っていた」


 複数箇所? どこから? そんな覚えはないが……言われてみればあの程度で落ちるなんて普通じゃ考えられないことなのか?

 しかし……

 「待ってください、なぜシステムが落ちると俺が吹き飛ばされるんですか? おかしいでしょう」


 「おかしくはない。この際だから話すぞ。あのシステムの一部はインタフェースを介してお前に繋がっていた。お前はある意味システムの一部、いや全部だった」


 「すみません、話が見えません」

 繋がるってどこにだ? まさかワイヤレス? 無線LANなんてないし携帯すら普及してない時代だぞ?


 「決まっている、当然だ。今お前にこんな話をしても妄想に取り憑かれた哀れなジジイの戯れ言としか思えないだろう。

 お前には理解して欲しいのだが、俺が火を放とうとしたのは全てをなかった事にしたかったからではないぞ。

 奴らの卑劣な隠蔽工作をぶっ潰してやろうと思ったからだ。

 良いか、この詰所はハリボテだ。ここは奴らが引き起こした災害に蓋をするために建設されたまやかしの施設だ」


 捲し立てるおっさんの勢いに俺はすっかり呑まれていた。

 いや、勢いだけではない。話の内容が余りにも俺の記憶からかけ離れすぎていて頭の理解が追い付かなかったのだ。



* ◇ ◇ ◇



 「ここは元々は旧日本軍が保有する兵器開発拠点のひとつだった。ここでの研究は第二次大戦の戦時中からずっと続いていたんだ。そんな施設がなぜ終戦後も米軍に接収されることなく存続出来たのか不思議に思うだろう。

 それは旧日本軍が偶然手に入れたある拾いものがもたらした成果のひとつだ」


 旧日本軍、兵器……そんなものと俺が関わっているなんて俄には信じ難い話だ。


 「ちょっと待って下さい。俺もあなたも戦後生まれの筈でしょう。それが何であなたのしようとしていることや俺に繋がるんですか?」


 「フン、何も知らんのだな。説明してやる。旧日本軍が手に入れた拾いもの、それは異星文明もしくは異世界文明の産物と思しき物体だ」

 「宇宙人か異世界人ってことですか? まさか俺が……」

 「決まっている。分かるだろう。そのまさかだ。詳細はこれから話す」

 「その産物によって旧日本軍、いや正確には研究所の奴らは異世界もしくは異次元、いわゆるパラレルワールドへのパスを手に入れたのだ。

 どうだ、荒唐無稽極まりない話だろう」

 「荒唐無稽かどうかはひとまず置いといて、それがどうやって非人道的な実験やら俺がシステムの事故に巻き込まれた話に繋がるんです? それにフェールセーフを十分に考慮していながらマシンが簡単に落ちた件の真相もまだ聞かせてもらっていません」

 「決まっている。奴らは自らマシンを落としたのだ。それによってお前の拘束が解けた」


 何だ、違和感ありすぎだろ……これは明らかにおかしいぞ?


 「あの、ひとつ疑問が」


 「何だ? 今さら疑問のひとつやふたつぶつけられたところでなんとも思わんぞ」

 「この詰所がハリボテだって言いますけどそれを確信したのはいつ頃ですか? あと……災害っていうのはその……マシンが落ちて俺が怪我を負ったっていう件と何か関係があるんですよね?」

 「決まっている。初めからだ。だから怪しいと思っていた。そして災害はマシンを落としたことにより引き起こされた。全て奴らの恣意的な行動の結果だ」


 何のためのハリボテだって? 荒唐無稽だ……と思ったところで目が合った。


 「なるほど、分かりました。全部燃やして塵芥にしてしまいましょう」

 「俺はここさえ何とかなればあとは未練はない。君はどうだ」

 「俺もです。忘れていましたが今日はそれをはっきりさせたいと思っていたんです」

 「よし、やるぞ」


 『ちょちょちょちょちょちょっと待ったああああああっ』

 ガリガリガリガリ!


 「うおっ!? 誰!?」

 『ウェッ!? 予想外の反応!?』


 「どうした、独り言か」

 「ん? 今誰かがちょっと待てって……」

 「俺には何も聞こえなかったぞ?」

 「俺の気のせいかもしれません。すみません、続けましょう」

 「そうだな、早くしろ」


 『ウェッ!? まさかの全滅エンド!? ヤバ……どうしよ、コレ……』

 『お兄さんが羽根を持ってたのが不幸中の幸いか……いや、やっぱヤバいよコレ』 

 『詰所のおじさんに羽根飾りを持たせるんだよ!!! 早く!!!』


 どこからか聞こえてくる声に構わず、俺は頭から灯油をかぶりライターで火を付けた。


 『あ、あぁ…何て……何てことを……うぅ……』


 時を置かずしてその声は聞こえなくなった。

 俺もおっさんも火だるまになり、詰所も黒い煙を上げ炎上した。


 周囲に人影は無く、警察の見分では現場に残された二体の焼死体の状況から、火事は焼身自殺による引火とされた。

 遺体は損傷が激しく身元を特定できるものも残されていなかった。

 不思議なことに彼らが自車やタクシーを利用した形跡はなく、どの様な手段で事件現場までやって来たのかは全く謎に包まれたままだった。


 かくして現場にいたことを誰にも知らせていなかった俺は、爺さん婆さんと親父に続いて行方知れずとなる運びとなった。



* ◇ ◇ ◇



 【あなたが他人に対シてバカだバカだと言い過ぎたのが運のつきでスね。ざマぁみやがれと言っておきましョう】




……………


……




* ◆ ◆ ◆



 チュンチュン、チチチ………


 「う……」

 クソ……何か分からんが最悪の目覚めだな。


 目が覚めたとき俺は全身がぐっしょりと汗で濡れており呼吸も荒く、心身共に激しく消耗した状態だった。


 仏壇の脇に目をやる。

 いつもは収納棚にしまっている羽根飾りの木箱が確かにそこにあった。

 まあ自分で置いたんだから意外性も何も無いんだが、昨日までの出来事はそう思える位にはワケワカで酷ぇモンだった。


 しかしまあ寝てますます疲れるってどういう状況だよ。

 寝てる最中にポックリ逝くときってこんなんなのかね。

 ぽっくりと言やぁ「逝って来るぜぇ」か……そういえばコレって何がきっかけで始めたんだっけ……



* ◇ ◇ ◇



 携帯を見る。今日は2042年5月12日……俺の中で新たに上書きれた「あの日」から丁度一週間だ。

 画面には「SIMカードがありません」の表示。


 あの日俺は自分が焼身自殺を図るという普通では考えられない状況からどういう訳か無傷で生還していた。


 いや、語弊があるな……


 あのとき俺は炎に包まれ、“熱い!”と思った瞬間に正気を取り戻した。


 そして次の瞬間いた場所……それは詰所の中だった。

 あのどこか作り物臭い綺麗な事務所でも羽根飾りをかざしてピッとやって入った真っ暗な部屋でもなく、俺がガキの頃散々お邪魔しまくったあの事務所だった。

 

 詰所は真っ赤に燃え盛っていた……訳でもなく、ただ静かにそこにあるだけだった

 そして一緒にいた筈の詰所のおっさんはどこにもいなかった。

 あれもまた誰かの記憶なのか? だが今回は俺自身が体験したことだ。


 と、そこまで考えたところで嫌な予感が頭をもたげてくる。

 もしかしたら今までの出来事の中にも、俺が自分の体験だと思い込んでいるだけで誰かに無理やりぶっこまれた記憶があるんじゃないか?

 これだけ滅茶苦茶な体験をしてるんだし可能性としてはかなり高いな。

 自分自身も疑え……か。もう何も信じられないな。

 そういう意味では“彼女”も同じなんだろうか。

 最後に聞こえた声は、“彼女”のもので間違いないだろう。


 今の俺の状態を考えると、記憶かデータか何だか分からないが意図を持って選択された情報を見せられた可能性が高いな。

 確か、途中までは俺自身も違和感を感じながら言葉を交わしていた。だがどの時点からか、誰かが勝手に喋っている感覚に切り替わっていた。

 そうでなければ死ぬ瞬間やら何やらを冷静に振り返るなんてことは出来っこない。

 また、それは「バイト」の彼と会話していた時の感覚に似ていた。 

 そんなことが可能なのかすら分からないが、サイバー系のSFなんかでたまに出てくる疑似体験とか電脳ハックという奴に近いのかもしれない。


 恐らく“彼女”は俺が持っていた羽根飾りを介して俺の感覚をハッキングしていたのだろう、そう考えるのが自然だ。

 俺が体験していたこと……いや、俺のとった行動と言うべきか……とにかくそれを現実と勘違いしてかなり動揺している様子だった。

 恐らくはそれこそが俺にあの体験を押し付けた奴の狙いなんだろう。

 だが一体なぜそこまでする必要がある?



 今まで起きたことの検証が必要だな……

 面倒臭えな、クソっ……



 ……?

 何だ、この感覚は……

 そうか……少なくとも俺は物事を追究することに関して面倒だとか嫌だなんて思ったことはなかった。

 これも何かの影響なのか?

 よくよく考えてみるとやってることは凄いが内容を見ると結構チンケなのが多いな。


 しかし何なんだ、このまどろっこしさは……

 何かあるんなら本人に直接言えよな……


 こういう手合いは味方にすると頼りないけど敵に回すと厄介しかないからイヤなんだよな。


 全く、バカなやつってのはどうしようもねーな。

 ……いや、バカを笑う者はバカに泣くなんてこともあるか。自分がバカだった可能性だってあるんだ、気を付けないとな。

 考えてみたら昔のシステムなんてフールプルーフって見地から見るとあり得ないのが普通だったりするし。


 今までの経緯から見た限りでは、“彼女”は俺の何らかの関係者だと見て間違いないだろう。しかも相当近しい関係と見た。

 そんな間柄にある存在を全く覚えていないのだから、何かの意図があってそう仕込んでいた可能性がある。

 ……いや、恐らくは詰所のおっさんと同じ様に俺を親父の会社から遠ざけようとしていただけなんだろう。


 だが確かに“彼女”は言っていた。もう俺しかいないんだと。


 何が起きたのかは分からないが、敢えて俺に情報を開示する必要が生じたと理解するのが普通だろう。


 しかし同時に「覚悟が固まったら」とも言っていた。

 情報を開示しておいた上で、どうするかは俺に託すってスタンスだった。


 そして、「今日のことはアレしない」と言っていた。

 アレというのは記憶の消去か改ざんのことで間違いないだろう。

 お陰で詰所に着いてからこの方の出来事……いや、見せられた出来事か――は全て覚えている。


 しかし“彼女”と直接的に話すことが出来たのはそのときが最後だ。

 会話した時の感触からすると、“彼女”は理由も無しに人を遠ざけるような人物(?)ではない筈だ。

 直接俺と話すことが出来ない何らかの理由があると考えて然るべきだ。


 あとは例の変なイントネーションで喋る奴……あっちは俺のことは知らなかったみたいな言動だったな。

 最初の変な……夢? まあ夢と仮定しておこう。

 あの夢に出て来たときは俺を別な誰かと混同してるっぽい感じだった。

 途中まで上から目線だったのが段々トーンダウンしてくのはちょっと見てて滑稽ではあったな。

 神様を自称してただけあってアレも人工無能っぽくなかったが結論を出すにはもう少し情報が欲しい所だ。

 まあ今のところは自尊心だけは人一倍強くて面倒臭い奴、って程度の認識で良いだろう。

 “彼女”に比べると接触できる可能性が高そうに思えるが……

 そして謎のゾンビ軍団に襲われたとき、俺に対して“誰だ”とはっきり聞いてきた。

 奴にとっては俺は想定外の存在ということなのか……


 最後はあの人工無能っぽい奴……バイト君だと言ってたな。

 恐らく、あの自称神サマにアゴで使われる立場っぽいが……

 詰所のおっさんの中身もアイツだったんじゃないかとちょっと思ってたりするが、こちらも断言するには証拠不十分な状況だ。

 それに偽装の可能性もちょっとは考慮しとかないとな。


 そして“彼女”は両者共知ってる風な感じだった。スゲー大嫌い感タップリの刺々しい話しっぷりだったけど。

 両者は対立関係にあると見て間違いなさそうだ。

 気になるのは“彼女”が奴らのことを総称して「未来の人工無能」と言っていた点だ。



 最後に“彼女”が割り込み出来た理由だけど、確か……奴が「TSS036」と言っていたな。

 これは末端インタフェースを経由したと考えるのが妥当か。普通に考えたらTELNETなんかでコマンドを叩くんだろうが同じ事をしていた可能性はあるな。

 一連の怪奇現象は全て特殊機構とかいうやつの機能によるものだろう。

 恐らく特殊機構はPCで言うところのグラボに相当する様な何かを受け持つ処理装置と捉えるのが妥当だろうな。


 そういえばおっさんがいなくなったという状況、前にも似たようなことがあった。

 警察に連行されたアレだ。

 思えば息子が一家総出で不自然に絡んできたのも女子高生がいきなり出てきたのも何かおかしかった。

 後で分かったことだが、俺、息子たち、尋問を担当した刑事さんの間でこの一件に関する認識が大分違う様なのだ。

 それに何か……記憶の欠落がある。単に忘れただけなのか、あるいはそれ以外の要因があるのか……多分あそこでも何らかの綱引きがあったんだろう。


 ……重大な何かを忘れてる様な気がする。


 改めて思うが、俺って一体何なんだろうな。



* ◆ ◆ ◆



 2042年5月5日、月曜の午後。


 火だるまになった俺は気が付くと……いや、正気に戻ると詰所の中にただひとり立っていた。

 正気に戻る、というのが妥当な表現かは分からない。戻るどころかさらなる狂気に囚われた可能性だってあるのだ。


 その詰所はさっきも説明したように俺がガキだった頃の記憶通りの場所だった。

 ひび割れた窓の外は蔓に覆われており、外の様子を窺い知ることはできなかった。僅かな隙間から射し込む柔らかな日の光があたりをただ静かに照らすのみだった。

 内装や掲示板に貼られた紙などは経年による劣化で風化してボロボロになり、机や椅子も埃が堆積し蜘蛛の巣が幾重にも纏わりついていた。

 天井や壁にはよく分からない虫の卵や蛾の繭が孵った跡が残されており、その周囲には雨漏りによる侵食と思われるシミや泥の塊がぽつぽつと拡がっていた。


 ふと部屋の隅を見やると、あの日詰所のおっさんが麦茶を沸かしてくれたブリキのやかんが転がっていた。

 落下したときに出来たと思われる窪みの底には腐食で穴が開き、どこから入ったのか中には黒い土が堆積していた。

 穴を覗くと一匹のダンゴムシがあたふたと右往左往しており、それがなぜだか今の自分の有様を投影しているような気がしてならなかった。俺は思わず目を逸らし、そして……


 ――何だこれは?


 視線を逸らした先に、一枚の貼り紙があった。

 そこにあったのは乱暴に書き殴られた赤茶けた文字。


 “早くここから逃げろ”


 よく見ると、それは血で書かれていた。

 いや、その文字だけではない。

 壁や机のシミも、よく見ると血痕だった。


 落ち着け、この血痕は出来てからだいぶ時間が経過している。

 今すぐどうこういう問題ではない筈だ。

 そうだ、これは過去の出来事の痕跡なんだ。

 また俺は何かの映像を見せられようとしているのか?

 そう思い無意識に懐に手を伸ばす。

 「!」

 すっかり忘れていた小さな木箱。

 恐る恐る開くと、そこには失くした筈の羽根飾りがあった。

 俺はそれを木箱に戻すとゆっくりと懐に戻した。


 振り向くとそこに外に向かう古びたドア。

 俺は躊躇なくドアノブに手を掛けて回した。


 ガチャッ

 ギギイ……


 ちゃんと開いたことに少しほっとする。

 恐る恐る外に出る。


 そこにはちゃんと、あの日と同じ姿の社屋があった。

 扉は閉ざされ蔓草が壁を覆っていたが廃墟などではなく、少なくとも建築物の体裁は保っていた。


 玄関前の広場や植え込みは手入れをされなくなって久しいことがありありと分かる荒れっぷりで、雑草が蔓延っていた。

 振り返ると詰所の周りも同様の有様で、建物も蔓草に覆われていた。


 歩いて社屋の裏に回る。

 詰所からは渡り廊下が延びており、裏手にある事務所に繋がっていた。


 外から見た限りではただの古びた施設だ。

 さっき見た貼り紙から感じられる様な緊迫感は欠片もない。


 そして外側からでは見えないが、廊下の中ほどには外に出るドアがあり、中庭の植え込みの影に親父が建てた掘っ立て小屋がある筈だった。

 その部屋は中庭からは入ることが出来ない様になっていて、詰所の中におっさんと共謀して作った入り口があるのだ。

 渡り廊下を見るなり俺はそれを思い出し、詰所に戻った。

 

 詰所の中にはスコップとかパイロンなんかが置いてある小さな物置部屋があった。

 渡り廊下に出るドアではなく、物置のドアを開ける。

 隠しドアはその奥にある筈……?


 そこにドアはなかった。

 あれ? おかしいな……


 隣のドアから渡り廊下に出る。

 中ほどには記憶通り中庭に出る出口。

 そこから中庭に出て周囲の様子を確かめる。


 ……掘っ立て小屋がない。


 またかよ……クソ……


 詰所に戻って暫し考える。

 今までとは現実感が全然違う。

 本当に起きていることなのか、あるいは「中の人が変わった」か……

 俺の記憶違いという線も捨て切れない。


 やかんの中であたふたしていたあのダンゴムシはいつの間にかそこからいなくなっていた。


 そしてそのとき、詰所の中の様子が外に出る前と変わっていたことに俺は気付くことが出来なかった。

 過去の教訓に学ぶ、ただそれだけのことがなぜできない……今まで散々若い連中に注意していたことだ。


 結果論だが……次に起きた出来事を考えるとそのときの俺がダンゴムシよりも愚かだった、ということだけは間違い様のない事実だと言い切れる。


 本当に「またかよ、クソ」だったぜチキショウ!



* ◇ ◇ ◇



 その場所は掘っ立て小屋がないことを除けば完全に騙されるレベルのリアルさだった。

 リアリティがないとすればあの現実離れした貼り紙と血痕だ。

 ここは誰かの記憶なのか、あるいは現実なのか……

 試すのは簡単だ。さっきの焼身行為で分かった。だがそれは最後の手段だ。当たり前だけど現実だったら死ぬからな。

 まだ情報が少な過ぎて確かな検証方法は導き出せないが、それでも何とかするしかない。


 取り敢えず……電話で誰か呼んでみるか?

 と思い携帯を取り出したが……

 “10時17分”? 大分ウロウロしたのに1分と経ってない?

 そして画面をタップしても何も動きがない?

 これ、ハリボテ……もといテクスチャみたいなもんか……

 物のある瞬間の状態をスキャンして形状だけ計算で動かせるようにしてガワはテクスチャとして貼り付けるって発想か。

 なるほど、中身まではそうそう再現できないってことか。

 ん? でも待てよ? さっきはメニューをタップしてライトを点ける位はできたぞ?

 ハリボテの外観を重視した結果なのか?

 担当者のこだわりポイントで変わるとか?

 そんな人間臭い側面があるのかね。

 まあよく分からんがもの凄い技術なのは間違いないな。


 とはいえあのやり取りのレベルを考えるとやってる側はバッチをぶっ叩くだけ、とかその位のレベルの可能性が高いな。


 ともかくこれでここが現実と違うことはほぼ確定した。

 今までドタバタが続いたから何か不気味だ。

 いや、何か起きてほしい訳じゃないんだが……


 しかしどのタイミングだ? 初めからか?

 こうなるとさっきの貼り紙の“早くここから逃げろ”ってのがいかにも意味深に感じるぜ。

 そう思って貼り紙を見るといきなり真っ暗になってゾンビの群れが襲ってくるんだろ? 分かってるって。

 と思いながら貼り紙を見るが……


 そこには何もなかった。

 コレ、普通に考えたら逆じゃね?

 振り返ったら誰かのダイイングメッセージが視界に飛び込んでくる! まさかと思って振り返るとそこにゾンビ! ってのが鉄板だろ。


 と考えながら振り返る。

 ……さっきと何も変わらないな。

 と考えながら振り返る。

 ……掲示板には何も貼られていない。同じだ。

 と考えながら振り返る。

 ……アホか俺は。


 中の人が留守にしてるんかね。

 給与不払いによるストライキとかか?


 裏で誰が何をしてるかも分からんから何とも言えんなぁ。



* ◇ ◇ ◇



 そんなこんなであちこち見て回ったが、誰もいないし普通の廃棄ビルだった。

 ただし、あれだけあった小動物の活動痕は一切見付からず、貼り紙や資料の類も何もなかった。

 こんなんなるなら始めにもっと家探ししとくんだったぜ。


 社屋にも入ろうとしたが鍵がかかっていて入れなかった。

 そこで最初の「ピッ」を思い出す。

 ダメ元だと思って懐をまさぐるが……ない。

 ぐぬぅ……普通に考えたらそうなるよな……


 そう、懐から羽根飾りが消えていた。

 俺のインベントリはさっきの謎空間の状態に戻ったってことだ。

 ……ということはどこかに双眼鏡があったりするのか?

 どういう法則性があるのかは分からんけど……

 やっぱいっぺんゾンビに遭遇しないとダメなんかね。


 しかし“早くここから逃げろ”か……

 あの貼り紙は現実にあったものなんだろうか。

 ただ、あれだって今までの日常からしたら十分に意味不明な物件だ。現実にあったことだとしたら想像もしたくない恐ろしい出来事の結果ということになる。


 とにかく、社屋の中がどうなっているかは確認したい。

 事務所裏とか中庭から入れないかな?


 詰所に戻り、連絡通路に出る。

 まず、裏手の事務所だ。

 入口のドアノブを回してみる。


 ガチャッ。


 開いた。

 ……この緊張感、ホラゲみたいだな。

 身構えながら恐る恐る中に入る。


 真っ暗……ではなかった。窓から薄日が差していて仄かに明るい。

 ここまで来ると電算室がどうなっているか気になってしょうがないな。

 事務所の机や椅子は隅の方に片付けられており、退去済みといった様相だ。

 やはりここも書類や貼り紙の類は綺麗に片付けられており、残されている資料は何もない。

 そして事務所の奥、電算室に入る。


 ……普通に入れた。


 そこには何もなかった。


 残念なことに電算室もきれいに片付けられており、マシンや端末はもとより机やストックフォームなどもなかった。


 ……そういえば何で明るいんだ?

 ここは窓なんかないから照明を点灯しなければ真っ暗な筈――


 ……真っ暗になった。


 指摘されて慌てて問題潰しました感アリアリだぜ。

 携帯は……ダメだ、そもそも画面が点灯しねえ……あ、点いた。10時17分。

 むむぅ……?


 それにしても真っ暗じゃ何もできんな。灯りは点くかね?

 「スイッチは……」

 おっと、心の声が漏れてしまったぜ。まあ、そんなもんないよね。

 よし、戻ろう。


 俺は振り返って普通に歩き出し……


 ガン!!!


 壁に激突した。

 目の前にキラキラと星が散り、俺はそのまま気絶した。



* ◇ ◇ ◇



 「う、うーん……」


 取り敢えずデコが痛え……

 あんなとこに壁なんてあったっけ?


 ……アレ? 電算室じゃねえな。明るいし。

 ここは見覚えがあるぞ。あ、例の怪しい火星基地ってヤツか。

 警報装置がどーたら言ってたんだよな、確か。

 ここって外は空気ないんだっけ? 俺は空気読まずに外に出ちゃったけどな、空気なだけに!


 意識高く頑張ってるバイト君はどうしたんかね。

 色々あったけどやっぱマジメに勤労する様を眺めるのは良いもんだね、肝心の姿が見えないけど。


 さて、何でここに来たのかは分からんけど多分アレが出来るかな?


 目の前にオサレウィンドウがスッと現れる。

 やったね。

 しかし今は取り敢えず気にしてる余裕はないけどマシンがどこにあるのかは押さえておきたいとこだな。


 まあまずはシステムメッセージの確認だな。

 ……件の“GS001”が0C4で落ちとる。

 あ、SNNIKR99が仕事したな。

 コレってわざわざ復活させる意味ってあんのかね。

 ファイル編成周りの言語仕様が拡張されてるんだよね、コレ。

 でもってそのへんの情報は聞かせてもらえなかったから何をするバッチなのか分かってないんだよね、実は。

 ただこの前のアノ会話を聞く限りではコイツは特殊機構とやらを扱う上で何か特殊な位置付けにあるっぽいことは分かった。

 “彼女”はあの話しっぷりからすると、多分コイツの仕様だかバグだかを利用したバックドアみたいなのを設置して踏み台に使ったんだな。

 どこからどうやってやったかは知らんけど。


 コマンドを叩いてもう一つ確認する。

 “=DISPLAY TSS ALL”


 “TSS036”はないな。切断されたか。

 サブコンを開いてる奴も他にはいない。

 あの後の顛末を見る限り、あれは“彼女”を嵌めるためのフリだった可能性もある。

 メッセージキューが再登録されてるかどうかも見たいが……何を使ってるのかが分からんから無理か。

 アレと相対するときは聞こえない振りをしてしっかり聞いてる可能性もあるから気を付けないとな。


 しかし警報も何もないのにここにいるのは何か違和感があるぜ。

 顔面強打の直前の記憶を辿る。

 「『スイッチ』か……」


 !? おろ? 戻った。

 これもしかして“彼女”が何かしてたときに言ってた呪文みたいなヤツか!?

 こんなのも拾っちゃうの? 危ねえな!



* ◇ ◇ ◇



 こりゃひょっとすると対侵入者用の反撃ツールとかなのかね?

 俺がキーワードを口にしても発動するっぽいのは誰でもokってことにはならないよな。

 現実側(多分)で羽根飾りを持ってるからだと仮定するのが自然かね。もしそうだとしたら随分と危ういセキュリティだな。

 しかしスイッチなんてありふれた言葉じゃなくて何か造語にすりゃ良いのにな。


 これ事故るんじゃね?

 ポインタ消えたらどうなるんだろ。

 バグ技もあるだろーな、絶対。


 まあ良い。不確かなことであれこれ考えるのは程々にしないとな。

 今提示された問題点、それは何を踏み台にして場面転換が行われたのかってコトだ。

 誰と誰の何と何をスイッチするんだろうな?

 ……流石に考えただけで発動はないよな。


 俺は考え事をしながら再び出口を探し始めた。


 ガコ!


 「あ痛っ!」


 机の角に腰をしこたまぶつけた。

 クッソ今日はイタイのが多いぜ!


 ガツ!


 「ほげっ!?」


 今度は棚か何かに爪先を思いっ切りぶつけた。

 こう障害物が多いと動きにくいな……


 ん? 障害物?


 もしやと思って携帯を取り出す。

 お!? 普通に使えるぞコレ!

 戻った?


 何回経験してもINとOUTの仕様というか仕組みがよく分からんな。

 ……いや、何となく予想は付くが、あまり考えたくはないな。


 ふぅと溜め息をひとつ吐き、俺は携帯のライトを点けた。


 「マジかよ……」


 それを見るなり、悪寒と共に全身から変な汗が吹き出してくるのを感じた。


 そこは以前の電算室だった。

 もちろん周囲は真っ暗で携帯のライトだけが光源なので全容はまだ良くは見えない。


 きれいに片付けられている訳ではなく机、椅子、端末、書類などがメチャクチャに散乱していた。


 そして……大量の血痕。


 俺は改めて周囲を見渡した。


 端末は……ダム端だ。しかも転がっているディスプレイはあの当時のCRTモニタ。ということは本体もか。


 思わず懐に手を伸ばす。

 ……羽根飾りはちゃんとそこにあった。

 これはお守りなのか、それとも呪いのアイテムなのか……


 そして更に奥の部屋に入る。

 まず目に入るのは巨大なノンインパクトラインプリンタ。

 その奥にはガラス張りのブース。


 中を見る。


 あのメインフレームが今もそこにあった。


 電源は……落ちている。

 ここがこの有様だ。当然と言えば当然だ。

 電源を入れたら普通に動くかね、コレ。


 あの会話で今年は何年か? 1989年です、その原因は俺です、って問答があったな。

 “彼女”が俺に何か重要な情報を聞かせようとしてわざと話を振ったのは間違いない。

 奴らとこのマシンの間にどんな関係があるか、そこに俺がどう絡んでいるか……多分この辺の事実関係に繋がる重要なヒントの筈だ。


 しかしマシンの筐体にも誰かの血がべっとりと付いているな。

 ここで何があったんだ?

 いや、多分以前見せられたゾンビ軍団、アレが答えなんだろうな。


 また更に隣の部屋に移動。

 偉そーな感じの人らが並んで腕組んで難しい顔してた部屋だ。

 ここも血塗れ、か……

 しかしこの部屋、あそこに似てるな。

 あそこというのはゾンビに遭遇する前に飛ばされた(?)真っ暗なモニタリングルームっぽい場所だ。

 クソ……嫌な予感しかしないぜ。


 詰所にもう一回行ってみるか? ……どうもあそこが鬼門なんだよな。

 と、振り返ると一人の男が立っていた。

 見覚えのない顔。あるいは、忘れさせられているのかもしれない。

 ゾンビじゃないな? しかし身体が薄くだが透けていて淡く発光していた。

 声を発するでもない様子だったので黙って暫し観察する。

 髭面の無表情、片方の手に双眼鏡。

 ……双眼鏡? まさか……

 男は双眼鏡を覗いたかと思うと、何かに驚いて仰け反った。

 声は聞こえない。あくまで無音だ。

 男はもう一度覗く。誰かと話している。

 少し移動してみる。男の視線は双眼鏡越しながらこちらを追ってきた。

 なるほど、双眼鏡越しに見えてるというわけか。

 ということはこちらの視線にも当然気付いてるな?

 音、匂い、感覚はどうだ? もしかすると映像なのはこちらだけで向こうは全部アリかもしれない。

 よし、ならばやることはひとつだ。


 俺は突然明後日の方を向き真っ暗な中恐怖の悲鳴を上げた。


 「う、うわぁぁぁ!」


 そのまま数歩後ずさり、両手で首を掻きむしりバタリと後ろ向きに倒れた。

 そして暫しの間手足をジタバタさせ、それをピタリとやめた。 

 最終的には大の字、顔はこんな(;゜Д゜)恐怖の表情をキープしたままだ。


 薄目で男の反応を見る。

 男は呆然として双眼鏡を目から離す。

 俺は機を逃さずダッシュで部屋を出る。


 よし。イタズラ成功、と小さくガッツポーズ。

 ……何やってんだ俺は。

 しかし何で見られてる方から見えるんだ?

 さっきのアレを試してみるべきだったか?

 いや、不用意にやるべきじゃないな。生中継かどうかも分からんし、安全だって裏付けが取れてからでも遅くはないだろ。


 あっちにいるとダム端、というより端末エミュレータか? が使えるのはでかいからな。

 実際今マシンがどこにあるかも突き止めたいしな。

 “特殊機構のスロットに異常がある”ってのか何なのか分からんけど。

 この建屋にいられるうちに可能な限りの情報は得ておきたいぜ。


 という訳で例の男の観察を続行する。

 ……が、どっか行っちゃった? いや、通信が切れた? とにかくその男の映像は急速に輪郭を失い、霧散した。

 男が立っていた周辺に携帯のライトの明かりを当てて周辺を調べる。

 俺にしか見えないのか否かとかそういった類の検証ができないのが残念でならないぜ。

 投影機の類は見当たらない。あなたのココロに直接話しかけています、的なやつだったらすげぇ嫌だな。

 もしそうだったらずっと誰かにストーキングされてたことになる。

 こんなジジイを追っかけ回して何の得があるのか分からんけどな。

 まああるとしたら怨恨絡みかね? おぉこわ。

 もしそうだとしたらもはやホラーだろ。


 ホロ映像っぽいといえば廃墟タイプのフィールド(?)で親父が幽霊みたいな顔して正門前に突っ立ってたことがあったな。

 あれってどうなったんだっけ?

 その後母さんのコスプレしたヘンタイ親父が夢に出て来て……あれ? 

 何か重大なことを聞いたような……?



* ◇ ◇ ◇



 ……まあいい。携帯のバッテリーも有限だし、今出来ることをやろう。

 まず、書類とかのモノ漁りだ。断じて火事場ドロボーじゃねーぞ。

 見る限り書類は血と何だか良く分からない堆積物とカビと苔でガビガビの状態だ。

 電算室といったら気温と湿度の調整は必須事項だが、空調設備の機能しなくなった現在はその気密性が完全に仇となっていた。

 窓のない密室など梅雨の時期になったら湿気たまりまくりだろうし、こうなってしまうのも致し方ない。

 それでも何か重要な情報が見つかるとしたらやはり帳票やノートの類だ。


 ゲームなんかだとこういうとこで都合良く開発者の日誌なんかが見つかって最後の日は「のうみそ、たべたい」とかで終わるんだよね! で、「こっ、これはッ!?」とか言って重大な情報を手に入れるんだよ! でもってそのタイミングで正体不明のモンスターが乱入するんだ!

 うーん、現実味あり過ぎて怖ぇな!


 ん? こっ、これはッ!?

 俺は一冊のB5ノートを見つけた。

 B判なとこが時代を感じさせるぜ。


 表紙にはヘタクソな字で書かれた「ひみつのノート」のタイトル。


 ……

 ……

 ……俺のノートじゃん!!!

 そうか、あの日以来こっちに来てなかったから存在をすっかり忘れてたよ。



 しかし何で誰も届けに来てくれなかったんだろーな。



 名前なんて書いてなかったけどガキンチョの落書きなんて見たら思い当たるのは俺くらいの筈なんだけどなぁ。

 ……今見ると懐かしすぎて時間を忘れそうだから持って帰って見るか。自分のだから窃盗じゃないよね!

 ……ていうか俺、お家に帰れんのかなぁ。


 おっといけねえ、今やってることを忘れそうになったぜ。

 しかしここに散らばってるもん全部見てたら携帯のバッテリーが空になっちまうな。

 取り敢えず目欲しいモンだけ拾って撤退してどうするかは後から考えるか。


 カレンダーとか工程表の類はないかな……後はそれっぽいチューブファイルとかか。入れ物も無さそうだし厳選しないとな。またここに来れるかも分からんし。

 木箱にはこんな汚れたモン絶対入れねえぞ。

 持ち帰れそうにないやつは写真で我慢するか。

 携帯のバッテリー残量がマジで重要だ。


 俺は急いでゆっくり怪しそうなファイルやノートの類を集めて写真を撮りまくった。


 まあ俺みたいなのが勝手に走り回れるくらいだから大したもんは置いてないだろうがな。

 何か役に立ちそうな気がしたのでオペレーションマニュアルも失敬……じゃなかった拝借する。ちゃんと返すからね! 多分。

 マニュアル類は特にかさ張るから我慢だな。


 壁を見る。あった、カレンダーだ。

 1989年5月か……うん、今月だな……エッ!? 5月?


 ……もぉ勘弁してくれよォ、と思いつつお持ち帰り候補に追加。

 家に帰って拡げたら絶対白紙になってるヤツだぜ、コレ。

 例の問答で何月何日まで聞いててくれればなぁ。

 よし、今度自分で聞いてみよう!


 ちなみにカレンダーの絵柄はアライグマだった。世界のカワイイどうぶつさんシリーズだ。



* ◇ ◇ ◇



 俺は目欲しいものだけを拾い、小脇に抱えて事務所側に戻った。

 玄関方面も確認したいが何があるか分からないからな。

 そう考えた俺は今来たコースで戻ることにした。


 事務所もさっきとは打って変わって机も椅子もメチャクチャだった。

 しかし椅子は分かるが机までメチャクチャなのはどういう訳なんだ?

 何かあって動かすならバリケードにするんじゃね? いや、てんで適当に散らかってたお陰でこうして通れるんだけどさ、怪しいじゃん。

 それかゴリラみてーなヤツが出て来て大暴れしたとか?



 いや……ここは血痕がないしな。違うか。



 まあ良い、ここには書類の類はないから先に進もう。

 裏手の出口から連絡通路に出た。

 折角明るいとこに出て来たんだ、と俺は真っ先に持って来た自分のノートを拡げた。



 うーん血痕がべっとり付着しちゃってるのが不気味だけど仕方ないね。



 なんてったって自分のだからね、懐かしい訳よ。

 先頭から見てみたいとこだけど運試しだ。

 そう思い、適当なページを開いてみた。


 だが次の瞬間、俺はノートを取り落として腰砕けになってヘナヘナとしゃがみ込んでしまった。


 “【大凶】探し物は見当たらないでしょう”


 ご丁寧にちゃんと全部のページにバラバラに書いてあるんだぜ、これ。

 イヤ、血でくっついちゃってるページは見れてないんだけどさ、全部コレだろ絶対。

 しかし誰の筆跡かな、コレ。

 ……よし、ちょっとこのノートについては保留だな!

 そう思いちょっと躊躇しながら木箱とは別のポッケに突っ込んだ。


 俺は気を取り直して詰所まで戻って来た。

 正門側ではなく連絡通路側のドアだ。

 さて、どうすっかね。


 試しに呟いてみる。リスクはあるが、念の為だ。

 「スイッチ」

 ……何も起きない。よし。


 俺は再び詰所に入った。


 ガチャ。

 真っ暗だ。

 あ、これやべーやつ……

 「ギョガァァ!」

 「うわぁぁぁ!」

 俺は史上最高の反射速度でバックステップをかました。

 俺は詰所に入らずに速攻でドアを閉めた。

 うん、ゴリラみてーな奴だったぜ! てかゴリラ?


 シーン……

 ……


 どうしよ……もう一回開けてみようかな。

 ダメだ、怖ぇ! 中の人帰ってきたか!?

 取り敢えず無難な場所まで戻ろう!


 ………

 …


 “デンデロデロレロリーン♪”


 おっとこんな時に着信だぜ。


 見ると、SMSが一通届いていた。

 やったね! ボッチ卒業!


 詐欺だな、などと考えながら身に覚えのない相手からのメールを開く。


 “【いつもあなたを見ています】”


 怖えーよ! 怖えーから!!!


 ん?

 俺は携帯の画面を二度見した。


 “2042年5月6日(火) 12時56分”


 5月6日!? いつの間に一日経ったの!?

 怖えーよ!!! 怖えーから!


 俺は速攻で携帯のSIMを抜いて再起動しようとした。

 ……あー、操作自体出来ねぇ。


 やっぱ詰所が鬼門だったよチキショウ!



* ◇ ◇ ◇



 ビビりまくった俺は結局中庭への出口付近でウロウロしていた。

 だって怖えーじゃん、ゴリラみてーなのとか怪しいメールとかさぁ。


 試してみるか。

 「スイッチ」

 何も起きない。コレってもしかして対策された感じ?

 さっきのアレか、“彼女”の侵入を許したときか、どっちかだな。

 まあ後者だろーな? 暫く中の人が留守っぽかったのはコレかね。

 いや、何か俺の変な妄想とかツッコミがことごとく拾われてる気もする。

 マジで何なんだ……


 しかし詰所に入れたくない感がヤバイな。

 何だろ、何があるんだ?

 最初に詰所に目をつけた俺のカンはあながち間違いじゃなかったってことか。


 準備を整えて出直したいとこだが今どんな状態なのかまた分からなくなっちまったしな。

 何としてでも詰所に入るか、玄関から出るルートを試すか……

 一旦外に出れば正門側から入ってみることも出来るからな、試してみる価値はある。

 後は窓から出るとか壁を破壊して出るとかか。まあ後者は最後の手段だろうな。

 さっきのゴリラと相対してみるのも一応選択肢には入れておこう。

 まあ逃げ場の確保が出来そうなときのオプションだな。

 ホントにゴリラかどうかなんて分からんけどな!


 折角だ、中庭もあらためてみるか。



* ◇ ◇ ◇



 俺はドアを開け、中庭に出た。

 本来ならもっと警戒するべきなんだろうが、何せ連絡通路が綺麗過ぎるんだ。

 それに今回はもっと確定的な証拠がある。

 電算室からくすね……ゲフンゲフン……拝借して来たモンが無くなっちゃったんだよね。

 さっきは気が動転してたから気づかなかったけどさ。

 ゴリラに出くわした拍子に全部落っことしたって可能性も考えたけどポッケに仕舞った俺のノートもないからね。

 トドメに羽根飾りも無くなってるときた。

 とっくに落とし穴に落とされてるんだ。だからこれ以上落とされたって驚くもんか。

 ……ホントだよ? いやマジで。


 中庭は元々は円形の庭園になっており、四方を建屋が囲んでいる。

 位置関係から言うと、通路側から見て右手が詰所、正面が玄関ホール、左手が本館だ。詰所はこじんまりとしているが玄関ホールは外来客の応接スペースなんかもあって少々大きめに作られており、詰所側に張り出している。

 そして詰所と玄関ホールは平屋で本館は地上三階地下一階のビルだ。

 本館が横に長い構造になっているお陰で中庭も結構な広さがある。

 四方には常緑樹が等間隔で植えられ、その間を縫うようにして小径が走っている。その両脇はつつじの生け垣で囲まれ、更にその向こうにはかつては四季に応じた草花が植えられた花壇があり、景観に彩りを添えていた。だが今は雑草が生い茂り、ちょっとした林といった風情の概観だ。

 中央には彫像を中心に据えたオシャレな噴水やらベンチやらがある。ここも昼時などは弁当を広げる職員たちなんかで賑わっていたが、今は水も枯れて見る影もない。


 そしていま見ている中庭は本物と見紛うばかりのリアルさだが、さっきまでのあの血塗れの電算室や詰所を見ていたからな。その後ではこれもまたハリボテに過ぎないんだろうなという感想の方が先行してしまう。

 やはり手入れの行き届いていない自然の景観が状況の不自然さを一番引き立てるな。


 そこでやはり思い至るのはあの廃墟だ。もしあの廃墟が実在するものならこことは別な場所だろう。

 そう断言できるくらいの違いがある。

 一斗缶を担いだおっさんがこの施設は戦時中からあったと言っていたが、あながち全部が全部嘘という訳ではないのかもしれない。

 もしかするとこの建屋は二代目だったりするのかもしれないな。あるいは詰所のおっさんの思い出を見せられてたりする可能性もあるか。

 よくよく考えてみればあのおっさんの年はぱっと見俺と同じ位だった。

 そしてこの建屋だ。荒廃した後の様子なんて俺は知らない。今ここで見せられているものが全てだ。その真贋なんて分かるわけがない。俺の思い出なら皆といた幸せな時代の光景になるはずだ。

 整合性が合わないんだ。それも今ここで見てるものだけじゃなくだ。

 今までもその理由については散々考察はしてきたが、そもそもの前提を逆にして考えないといけないんだろう。個々の怪奇現象だけでなく全体を俯瞰して、努めて俺基準で考えないように心掛けないとな。

 コレ、中堅どころの連中に仕事の見積もりをするときの注意点として散々演説をカマしてた内容と同じなんだよな。いざとなると言ってる自分が出来てないんだ。笑えるぜ。

 俺は頭が固いからな。だからいつも不意を付かれたり「またかよ、オイ」なんて展開になったりするんだ。


 そんなことを考えながら詰所方面に向かう。手前側の隅っこの方だ。

 木立の向こうに掘っ立て小屋はない。それは分かってる。

 近付いて窓を覗いてみる。そう、詰所は中庭側にも窓がある。こっち側にも蔦が蔓延って来てるからどかさないと中は見えないけど。

 その蔓を力任せに引っ張り、無理矢理隙間を作る。

 これ、後で中からも検証してみたいな。


 ……!


 目が合った。ゴリラだ。別段何をするでもなくその場に佇んでいる。

 さっき追ってこなかったところを見ると襲う気はなかったのかな。

 無為な戦闘を避けるための威嚇、とか?


 ……状況に変化の兆しはない。

 ちょっとこの状況は初だな。

 動物か……そういえば今まで目にした動物はやかんの中にいたダンゴムシ位だったな。

 しかし何でゴリラがいるんだ? 俺目線以外で考えろ!

 ダメだ! 分からん!

 俺の脳は秒で理解を拒絶した。

 クソっ、せっかく良い感じで現実逃避できてたのにィ!


 ん? 何か手に持ってるぞ?


 “早くここから逃げろ”


 あの紙か! てことは!

 周囲を見渡すと、中庭の様子が一変していた。

 木は薙ぎ倒され、草は踏み荒らされた状態。

 あちこちに血痕も残されている。

 そして目の前には……掘っ立て小屋があった。


 おお……流石は森の賢者だぜ……

 今後は先生と呼ばせていだだくとしよう。


 「おい、あんたも早く逃げろよな!」

 俺が一言叫ぶと、ゴリ先生は無言で頷き、スッと消えていった。


 俺は急いで詰所方面に向かった。

 ドアの前にはさっきまで持っていた戦利品が落ちていた。

 それを拾って中に入る。

 そこにあったのは最初と同じ光景。

 机の上にはさっきまでゴリ先生が手にしていたあの紙。


 掘っ立て小屋を探索したいところだが、ここはゴリ先生の忠告に従うことにしよう。


 外へ向かう出口のドアを開け、正門前に出た。

 振り向くと会社は溶け落ちる様に消えてゆき、代わりに今まで散々見てきた廃墟が現れた。


 俺はそのまま車に向かい、家路を急いだ。



* ◇ ◇ ◇



 俺は無心で安全運転し家に着いた。


 まず携帯を見る。

 

 “2042年5月5日(月) 16時06分”


 うん、さっきのアレは仕込んだ奴のタイプミスだな、きっと。

 ループなんてしてないよね!


 メールボックスを確認。

 よし、例のアレはないな!


 取り敢えず一息付くか……考えるのは明日だ。

 全く、今日は怒涛の一日だったぜ……


 俺は木箱を仏壇に戻して手を合わせた。



* ◇ ◇ ◇



 そして翌日。


 目が覚めると昼過ぎだった。

 久々の寝坊だぜ! まあ仕方ないよな!


 よし。


 まずあの会社跡地だ。

 正直自分がどこにいるか分からなくなっていたが、こうして帰ってこれたということは確かにあの場所に存在するってことなんだろう。

 外見上は所有者不明の廃墟だ。地図で見るとただの空き地だし航空写真で見ても廃墟だからなぁ。

 だがこうして持ち帰った証拠品(?)の数々がここにちゃんとある以上は、存在自体は確かだってことになる。


 それでいてあの廃墟の方も確かな存在感があったからなぁ。

 あそこでも感じたことだが、会社とあの廃墟は明らかに違う構造物だ。


 物理的な意味で別な何かと入れ替わっていたか、敷地の境界線を跨いだときにどっかにビヨヨーんとすっ飛ばされたかだ。

 最後帰り際に見たイリュージョンみたいなやつ、俺はあんなのに巻き込まれてたんだと思うとゾッとするぜ。


 ……いかんいかん、あくまで俺目線での個人的感想だ。

 客観的に見たら何か全く別のものに見えるかもしれない。



 主観だけでモノを見るのは危険だぜ。



 しかしまあすげぇ技術だぜ。コレ世界征服も出来るんじゃねぇか?

 まあ俺なら遊んで暮らすのに活用するけどな!


 だがそれだけに不思議だ。

 あそこはカムフラージュだけで人はいないしカメラも無さそうだった。

 あんな血塗れの場所は多分表沙汰にはしたくない筈だ。

 それでいて解体もせずそのままにしている。


 一体なぜだ?


 これだけ大胆な行動をしたんだ。

 近いうちに向こうからお前何やってくれちゃった訳? アレ返せよ? でないとどうなるか分かってんだろ? みたいなのが来そうな予感がするぜ。

 誰かは分からんけどあの血塗れを揉み消すためにやってるんだろうから血塗れには免疫あるんだろうなぁ……


 そしてあのメールだ。

 俺がやったことなんて全部筒抜けなんだろうな、きっと。

 正直対策が思いつかん。

 どこにいても捕捉されんのかどうかも気になるが、たぶんあそこの敷地に踏み込まない限りは大丈夫な気がする。

 イヤ、それだと俺目線でも納得行かない点がひとつある。

 あのとき突然現れた女子高生は誰だ? あいつは突然現れて敷地を一緒に出たぞ。

 思えばあのイベントは全てが怪しかった。所有者不明の空き地に都合良くお巡りさんがいること自体がおかしいんだ。

 黙って立ち去ろうとする俺を無理矢理巻き込もうとしてふっかけた茶番、て線が妥当か。誰が主犯なのかは分からんけど。

 何か確認する方法はないもんか……

 それとは別に後で息子たちに聞いてみたいこともあるしな……


 あの後捕捉された俺をこっちに引き戻して脱出可能にしてくれたのはあのゴリ先生で間違いないな。

 つまりゴリ先生に学ぶことで対応策が手に入るかもしれないってことだ。

 問題はどうやったら会えるかなんだが……うん、分からん!

 今までどうやっておかしくなってどうやって元の状態に戻ってたんだっけ? 実はゴリ先生が助けてくれてた? てか誰なんだろ?

 うむ、後で整理して考えてみる必要があるな。

 とにかく助かった方法が分からない限りもう一度あそこに行くこと自体不可能だ。何とかして解明せねば。


 結論、何にも分かってねえ!

 クソォ。結局受け身なんだよなぁ、助けてもらうときって。



* ◇ ◇ ◇



 ……さて、持ち帰ったモノの確認だ。


 まずはカレンダーだ。

 予想に反して白紙にはなっていなかった。

 1989年5月。そして4日にマル印が付けられていた。

 4日か……考えてみたら一昨日も5月4日だよな。最初にあの廃墟に行った日……

 思い立って行ったら詰所のおっさんがいたんだよな。

 何かの記念日だっけ? みどりの日? いや、今はともかく当時は平成元年だ。違うな。

 分からん。

 少なくともこの日の前後には俺もいた筈だ。

 しかしカレンダーなんて見ないからなぁ。

 うーむ、全く記憶がないぞ。これは怪しいなぁ……

 おっさんに関してはもう一つ腑に落ちないことがある。

 昨日考え事してたときもチラッと頭をよぎったことだが、昨日見たおっさんは若すぎる気がするんだよ。

 1989年といったら53年前だ。当時何歳だったかは知らないが、俺の感覚だと30は行ってたんじゃないかと思う。なら今は80過ぎの筈だ。

 もしかして俺、客観的に見たら一人で誰かと話してる状態だったとか?

 だとしたら怖……まあ今更か。

 うーん、これは今までのツケなんだろーな。

 お世話になった人たちの消息をちゃんと調べて今からでもやるべきことをやろう。


 次は俺のノートか……

 もう一度適当なページを開いてみる。

 これも幻とか何かの類だったとちょっと期待してたが、やはり全部のページに今日の運勢だとかハズレ、残念でしたとか書いてある。

 明らかに俺のノートじゃねーな。

 残念でしたってのが誰に対する当てつけなのかが気になる。

 このノートは見たことがないから、書かれたのはあの日以降だろうな。

 まさか俺? いや違うよな、流石に。

 何にせよ俺のノートを探してる人間に対する煽りだよなぁ、明らかに。

 しかしこのノート、血がべったり付いててかなり不気味なんだよな。



 血でくっついてて開けないページもあるんだが、まあどうせ今日の運勢だろ。



 オペレーションマニュアルは……やっぱ標準的なやつだな。

 まあこれはこれで後々役に立つかもしれんしキープしとこう。


 後は……紙の資料だな。

 まず何かのレポートだ。

 ブースの隣の部屋に転がってたんだ、きっと掘り出し物に違いない。

 手形がベットリ付いてるけど執筆者のモノかね……怨念とかねーよな!?

 ここに来て心霊ネタは勘弁してほしいぜ。

 タイトルを見る。

 「召喚事象の分析及び量子テレポーテーション効果のコントロール実証実験、その結果に関する一考察 ~特殊機構研究開発調査実証事業~」

 ……えーと……意識高い系の中二病? 書いた人ヤベー奴なの?


 ホンモノだったら凄え拾いもんだけどあのノート見た後じゃ何も信じられんな。

 と思って最後のページを見る。

 「乱筆乱文お粗末様でした。こんな意味不明な長文真面目くさって読んで下さりありがとうございました」

 その下にはデカデカと「ハズレだよ!!! バーカバーカ」の文字。


 そっ閉じ。


 ……レベル低ッ!!!



* ◇ ◇ ◇



 それはさておき、レポートには一応目を通してみた。

 これは見たことあるな。結構昔のやつだ。

 まあその当時も思ったよ。「俺でも書けそーだな」って。まあ高名な画家の作品に対してすらそう思っちゃう俺が言っても何の説得力もねーけど。

 あと、タイトルと内容が全然無関係だな。タイトルはエサか。

 よく見ると特殊機構って単語は使ってないね。審査会とかナントカ委員会みたいなやつでセキュリティレベル毎のチェックとかはされてそーではあるな。表紙が正式な資料っぽいのにハンコがないからこれ自体フェイクかドラフトって可能性もあるけど。

 しかし、このバーカバーカには多分二重の意味があるね。

 一つはあの場所の家探しをしに来た奴に対する煽り、もう一つはこのレポートの作者に対する侮蔑の言葉だ。

 だってさ、このノリは“彼女”だよ、絶対。まあ何に対して侮蔑の念を抱いているのかは分からんけどバーカバーカを連発するのはよろしくないな。今度言ってやろ。

 それにしてもいつ書いたんだろーな、この落書き。


 家探しに来た奴か……ゾンビパニックを見せられた後にしてみると、あそこに死体が全くないのがどうにも不自然なんだよな。ニオイも全然なかったし。例の幻にもニオイって付けられるもんね。

 今ここにいる現実が嘘とも思えないけど。


 やはり普通に考えたらゾンビが出てきて皆殺し、なんてことはあり得ないもんな。

 他国の特殊部隊が突入して来て全員拉致か殺害、事後死体は全部回収して撤退、って方が可能性としてはよっぽどありそうだ。だがそうなると逆に弾痕があったり組み合ったときにぶつかったり壊れたりした跡が少しはあって然るべきだ。


 どっちにしても不自然、これは肝に銘じておこう。


 さて、レポートらしき冊子はもう一つある。

 これは何だか新しいぞ? あと血痕が付いてない。

 こんなのあったっけ?

 タイトルは……


 「特殊機構の入出力装置としての機能に関する報告 〜“GS001”処理完了レポート〜」


 ……おろ?

 取り敢えず表紙をめくる。

 ん? 落書きが……


 “取り敢えず読んどいてね!!! 牛乳飲みながらだよ、絶対にね!!! あ、コーヒーでもおっけーだから!!! いやー無事で良かったよ!!!”


 「ウェッ!?」

 衝撃で変な声が出たぞ。危ねえ……コーヒー飲んでたら吹き出すとこだったぜ……


 しかし、これはこれで何だか納得が行ったような気がする。

 分からんのは何でゴリラなのかってとこだけだな。

 多分本人はバレてないと思ってるだろーから今度からかってやるとするか。

 どうせならカバにすれば良いのにな!

 ……もしかしてあのメールもコイツの仕業か? イヤそれはないと信じたいが……

 正直コイツの言動に関しては客観的意見が欲しいとこだ。

 色々知ってそうなんだけど味方にしちゃダメなタイプっぽいんだよな。

 だってさ、自分のこと人工無能って言っといてわざわざそれを否定する様な行動なんてするかね、普通。

 何か都合が変わったのか……あるいは別の誰かによる仕込みだったか……別の誰か? うーむ……


 あとは携帯で撮りまくった写真か。

 全部真っ白とか心霊写真とかになってないことを祈るぜ。

 「何イッ!? オレのスマホがハッキングされているだとォ!?」なんて展開だったら燃えるけど、まあ可能性としてはゼロだよな。

 てなことを考えつつ写真を見る。

 うん、普通に撮れてるな。


 ん? こ、これはッ!?

 いや、流石に同じネタはしつこいか。

 イヤだけどこれはおかしいぞ。


 普通に撮れてると思ったら撮れてなかったのが結構ある。

 肝心なとこが白飛びしてて読めないんだよね。

 全部じゃないけど。単なる撮り損ねか? いや、撮った直後はバッチリ見えてたぞ?

 よし、印刷して覚えてる限り手書きで補っておこう。



* ◇ ◇ ◇



 「ブッフォオーッ!!!」


 「じぃじ、ばっちい」

 「ヤレヤレ、年寄りは締まりがなくて困るねぇ」

 ホントにコイツは容赦ねーな。

 「明日は我が身だぞ、俺様の有り様を目に焼き付けておけコノヤロウ」

 「……そこまで言うからには語ってもらおうじゃないか、チカン未遂事件の一部始終とやらを!」 

 「じぃじ、どんなアリさんだったの?」 

 「俺はウケなんて狙ってねぇぞ、コノォ!」

 「やーい徘徊老人」

 「何だとコノヤロウ」


 翌日、俺はとある用事のために息子を呼んでいた。

 孫が付いてきちゃったのは計算外だったぜ……

 これじゃあとある幼児のために呼んだみたいじゃないか、クッ!


 ……まあ俺の有り様云々はともかくとしてだ。これは確認するいい機会だぜ。

 「逆に聞きたいんだけどさ、その一件の話ってどこまで教えてもらってんの? 具体的に。

 あと、あのときは誰から何の用事で呼ばれてた?」

 「ん? あそこにいた刑事さんからフツーに呼ばれたんだけど? お前の親父さんまたやらかしたぜって」

 また、だと? 自慢じゃないが俺はあの一件以外で警察のお世話になったことなんて一度としてないぞ。

 お世話になってるとしたら親父の方だ。

 あのときの刑事もコイツもなぁ……下手すると孫も、か……

 あるいは俺の方か……

 ……まあいい。あの女子高生と詰所のおっさんが絡んでるんだ。何があっても不思議じゃない。

 「ほーん」

 俺は然程の興味もないという体で適当返事を返した。

 不特定多数の干渉、招き過ぎじゃね? バカだろコレ。



* ◇ ◇ ◇



 まず、例の紛れ込んでたレポートを読むなり俺は盛大にコーヒーを吹き出してしまった。

 いや、吹き出すポイントは内容の凄さじゃなくてさ。いや、ある意味凄いんだけど。

 ドコのWEB小説だよコレ。

 だってさぁ、こんなスゲー盛り盛り感タップリのコテコテな厨二SFをマジメくさって小難しく論じちゃってさぁ。

 どんだけ意識高い系なんだコイツらは。

 そのクセ具体的な処理の内容なんて一個も論じてないしオンラインジョブのことも分かってないっぽいし何なんだろうな。

 根拠をちゃんと提示してないからただの作文だよな。祝辞とかみたいなやつ?

 あとコレマシンのスペック若干盛ってない? 磁気テープがコンパクト型になったのって結構な革命だったのに何でヒトコトも触れてないの?

 何かオタの好き語りみたいで微笑ましくてつい大笑いしちまったぜ。

 「なあ、特殊機構ってあるだろ?」

 「知らいでか」

 「白井刑事ぁ!!!」

 『知らないよー!!!』

 「スマホで検索しながら言うんじゃねぇよ。俺が言ったのはこの作文に書いてあるやつだ」

 こいつら、シライデカ! って言ってみたかっただけなんじゃねーか?

 「このシロート丸出しの短編小説の裏設定?」

 「まあな、何かよく分からんけどヤバイもんらしいんだよな。ただ俺は関係者じゃねーから大丈夫だぜ」

 ……事実を知ったら悶絶するだろーな、コイツ。


 「だがな、こんなモンしか書けねー連中しか居ねぇんだったらマジで親父の会社が今どうなってんのか気にはなるな」

 「関係者じゃないんだろ?」

 「あーそれなんだがな、80年代に何かすげー事故が起きたとか書いてあるだろ? その犯人ってたぶん俺なんだよね」

 「はい?」

 「タイホ!!」ビシッ!

 「俺実は小学生のときソレのエースプログラマだったんだよね」

 「ブッフォッフォオーッ!!!」

 「パパがじぃじになっちゃった!」

 ざまぁ、ざまぁ「ざまぁみろ、バーカ」

 俺よりフォが1個多いぜ!

 「じぃじのココロノコエがダダモレだよー」

 「あ、嘘だから!」

 「ズコー!!!」

 お前教えてないのによくそんな古典知ってるな……

 「俺ってさ、やっぱ秘密兵器って奴だと思うんだよね!」

 「じぃじってホントによく訓練されたモブだね!」

 「勇者って言ってオネガイ!」

 「前から頭おかしいと思ってたけどまさかここまでとは思わなかったよ」


 「ところでさ、その会社ってなんて名前?」

 「知らねーよ。気にしたこともねえ」

 「うーん。父さんも俺も俺だってことを考えるとその会社も会社ってことになるね」

 「おう、会社呼びだぜ」

 「ナルホド、納得」

 「わーい、大人の事情だよー」

 まあ、頭おかしいからね。


 とここで息子が件の資料を持って、至極真っ当な会話を振ってきた。

 「コレってさ、どこで印刷したんだろ。この家かな?」


 そう、今日息子を呼んだのは他でもない。第三者目線でモノを見てもらうためだ。

 他にもっといるだろって? まあ確かに俺はぼっちだけどさ、第三者って言っても完全に無関係な奴に見せるのもどうかと思ってさぁ。俺、常識人!


 「どゆこと?」

 「いや、だってこの落書きって父さんの字じゃん」

 「ほへ?」

 「ほへ?」

 イカン! 意図せずして孫に変な言葉を覚えさせてしまったぞ!

 「ちょっと待った! じゃ、じゃあコイツラは?」

 俺は驚愕に我を忘れ思わず血塗れの資料やノートを出してしまった。

 「……父さん、自首するなら今だぜ?」

 「全部父さんの字じゃないか。バーカバーカなんて専売特許みたいなもんだろ?」


 あ、あれ? えっと、ボ、ボク常識人だよ?


 「ブ……」

 「ブ?」

 「ぶ?」

 『あちゃー』


 「ブッフォッフォオオオオオーッ!!!」


 その時の俺の顔はきっとこんな(;´Д`)感じだったに違いない。



 ……何か一人多くない?



* ◇ ◇ ◇



 「!?」


 俺の狼狽ぶりを見た息子も流石に怪訝に思った様だ。


 実を言うと二重にビックリしてたんだけど片方は頭から追い出して考えないことにする。

 まずは埒外扱いだ。これ結構大事。


 「父さん、これって明らかに人の血だよな?

 なあ、何でこんな物持ってるんだ?」

 仕方ない、観念するしかないか……いや……

 「……」

 「さっきこれ読んで盛大に笑ってたよな? 芝居か芝居じゃないかなんてすぐ分かる。これ読んだの初めてなんだよな?」

 「あ、ああ、そうだ。こんな落書きも書いた覚えはないぞ」

 「入手した経緯は?」

 「その前に俺から一個聞いていいか?」

 「いいよ。何?」

 「今日は何年何月何日?」

 「は? 2042年5月7日だろ」

 「携帯見せてもらって良い?」

 「ほい」

 今言った通りの日付だ。

 息子に携帯を返して俺のを出す。

 2042年5月7日だ。

 テレビを点ける。点かねえな。しかしここはスルー力を発揮せねば。

 「ちょっと俺に電話かけてもらって良い?」

 「? ほい」

 “デンデロデロレロリーン♪”

 「もしもし?」

 「はいはい? 何なんだよコレ」

 普通に繋がったな? 着信音も鳴った。


 うーむ。確か“ノイズ対策をしろ”か。何だろうな。

 もしかしてあの変なポーズも何か意味があったりして……


 「すまん、もういいぜ。で、この資料は親父の会社の跡地で見つけて拝借してきたもんだ」

 「は? 窃盗じゃねーの? それ」

 「だって今あそこ廃墟だし所有者行方知れずだから。

 あとさ、その変なノートあるだろ。それ表紙だけ見ると俺がガキの頃親父の会社に忍び込んでは書き込んでた秘密のノートそのものなんだよ」

 「でも中身は違う?」

 「ああ。中身はマニアックなプログラミング技術のメモだったぜ。いくらガキの頃でもこんな落書きだけのノートなんて書かねーだろ?」

 「それでさ、こんなのブキミだから警察に提出しちゃいたいんだよね」

 「待てよ、どうやって――」

 「お前が通報するんだよ」

 「は?」

 「どうした、早くしろよ。善は急げだぞ」

 「良いから、何なら俺が呼ぶぞ? 携帯を貸せよ」

 「良い、俺が呼ぶ」

 息子に「親父が祖父の会社跡地で窃盗を働いた、拘束してるので来て欲しい」と通報してもらう。

 その間に羽根飾りをコッソリ懐に入れておく。

 「今行くってさ」

 何だそれ? ホントに警察にかけたのかよ、オイ? ソバ屋の出前かよ。

 「ああ、分かった。じゃあ俺をふん縛れ」

 「はい?」

 「良いからはよせんかい!」


 さっきから孫が空気だな。別に寝てもいないし不動でボーッとしてるぞ。


 その後俺は署に連行され、件の如く無罪放免となった。

 やっぱそうなるよな。


 またあの刑事さんだよ。

 息子が興味無さそうな顔して帰ろうとしたので腕をぐいと掴んでこっちに引っ張リ込んだ。

 そして刑事に声をかける。

 「あの証拠物件はどうするんです?」

 「あん? あれは一定期間保管した後に処分されるぞ」

 「処分て?」

 「紙だからな、焼却処分だ」

 「血痕の分析とかしないの?」

 「アレは血痕じゃねーぞ。ルミノール反応がなかった」

 「じゃあ何だったんです?」

 「知らん」

 「何で?」

 「知らんからだ。良いから早く帰れ。良い加減イタズラは卒業しろよな、ったく」

 「父さん、用は済んだんだ。さっさと帰ろう」

 「……はぁ、分かりました。しかしあとひとつだけ……」

 「何だ、言ってみろ」

 「カツ丼は?」

 「ある訳ねーだろーが! 帰れ帰れ!」

 「ちぇ……」

 「ほら、帰ろうぜ? カツ丼なら今度奢ってやるからさ」

 今度こそカツ丼にありつけるという期待をものの見事に裏切られた俺はとぼとぼと警察署を後にした。


 さてと……どうなるかね。

 じゃあ次行ってみるか。


 俺は息子と孫を乗せたまま会社跡地に直行した。


 「父さん、これどこに向かってんの?」

 「良いところだ。覚悟しとけよ」


 さて、検分しねーとな。第三者の目、大事!


 「ここ入れる?」

 正門通過。

 「どこ? ここ」

 「親父の会社跡地。さっき話したろ」

 「マジか……」

 「さて、正面に見えるのは何?」

 「廃墟」

 「あの資料ってここで見つけんだけど」

 「マジか……」

 「良いから、ここ入ってみ?」

 と、詰所への入室を促す。

 ちなみに会社は俺目線でも元通りの廃墟だ。

 しかし……

 「これどーやって入るの?」

 切った筈の蔓が元通りに戻ってやがった。

 で、入ることに関しては否定しねーのな。

 「こうするんだよ」

 と俺はもはや標準装備の鋏でジョキジョキと蔓を切り落とした。

 「ほら」

 「ここまでするかよ……」

 「だって切らねーと入れねーし。ほら、入った入った」

 俺はあえてドアの方を見ないようにして息子の背をグイグイと押す。

 ガチャ……

 おっ開いたぞ。

 「入ったけど? 何だこりゃ」

 ん? 俺も入ってみるか。


 そこにあったのは古びた木の机、椅子、窓。

 窓にはガラスが無く木戸をギイと開けてつっかえ棒で支えるタイプ、いわゆる突き出し窓というやつだった。

 そして何より目を見張ったのは内側から見た構造が石造りだったということだ。

 照明も蛍光灯や白熱電球の類ではなく、油を注いで燃やす昔懐かしいランプの様なものだった。

 それだけではない。

 壁には有事の際に使用するために常備されていたと思われる槍や円形の盾、小剣などが立て掛けられており、長い年月を経たためか錆びて朽ちかけていた。


 そこは俺が知っている場所とは全く異なる、別世界の様な場所だった。

 ここはまるでヨーロッパの関所みたいじゃないか?


 「お前、ここが何なのか分かるのか?」

 「さあ、知らないな。父さんこそいっぺんここに来てるんだろ?」

 「ああ、だが俺は知らない場所だ。お前も知らないんだな?」

 「ああ、俺も知らない。なあ父さん、話がおかしいんじゃないか?」

 「そうだな……敢えて言うとな、むしろおかしいことを確かめに来たんだが」

 それにしてもこれは想定外だ。とはいえどうしてこうなったかを考えたら、その答えは容易に想像が付くだろう。

 だが俺は空気が読める男だ。何も言わんぞ。

 そういえば孫がいないな。外か? あんまウロウロさせるのも危ないな。

 「なあ父さん」

 「何だ?」

 「あの落書きは確かに父さんの字だったけど父さん自身は書いた覚えがないんだよな?」

 「ああ、ないぞ」

 「分かった。ならもう何も言わない。もういいだろ、ここを出よう」

 「ああ」

 そうだ、薄々そうじゃないかとは思っていたが、やはりあそこは自力で辿り着くしかない場所なんだ。


 しかし――


 「何だ、ここは……」


 ――外に出ると、景色が一変していた。

 何だここは!? いや、俺たちは一歩も動いていない。

 きっと同じ場所だ。


 息子も呆然としていた。

 「なあ、ここはさっきと同じ場所だと思うか?」

 「ああ、それかこの建物の出口がどこか別世界に通じてたとかかな? 頭おかしいな、俺も」

 「まあそうなるよな」

 俺は空気が読める男なんだぜ。


 そうだ、孫はどこだ!?

 ……いた。


 孫は丁度建屋の廃墟があった辺りの場所にぼーっと立っていた。

 見れば息子もそちらに向かって歩き始めていた。

 「パパ、これ……」

 「うん」


 そこにはこれまでとはまた別の廃墟が広がっていた。

 いや、これは廃墟というより戦争か何かで破壊された村、と言った方が適切かもしれないな。

 そしてここもまた血に塗れていた。

 だが、少なくとも俺の知る場所じゃない。


 そこには見知らぬ女性の影が何かを訴える様な目をしてゆらめき立っていた。


 「ママ……」

 孫が思わず手を伸ばす。


 『これも夢なんだ。悲しいね』

 一瞬だが、俺の主導権がまた奪われる。


 次の刹那にはその影は形を失い、霞と消えた。


 俺たちはいつの間にか元の廃墟の中に立っていた。

 

 「お家に帰ろうな。ママも待ってるぞ」

 息子が孫を抱き上げる。



 息子たちに“彼女”は視えたのだろうか。

 もし、誰にも認知することの出来ない……そんな存在であったなら――



 「なあ、あの血塗れのレポート……」

 「ああ、分かってる。分かってるよ、俺たちは父さんの――」

 「あー何だ、帰ろうぜ? もう知りたいことは粗方分かった。すまんな、俺が浅はかだった」

 警察を呼ぶ前から大体想像は付いていた。

 「いや、大丈夫だよ」

 「俺たちは家族だからな」

 あのときはマナーモードにしていたし、そもそも音声通話の着信音は元からプリセットの単純なビープ音だ。

 それに……俺の携帯のSIMカードは予め抜いてあった。

 「ああ、帰ろうか」

 だがそれが何だというんだ?

 そうだ、何事も自分たちの捉え方次第なんだ。

 世の中には別に気に留める必要のない事だってある。



 あ? 結局予め何の想像が付いてたのかだって?

 カツ丼が食えねーってことだよ! 分かってんだろ? バーカ!



* ◇ ◇ ◇



 「じぃじじぃじー」

 孫が袖をクイクイと引っぱる。

 「ん?」

 「これー」

 といきなり出してきたのは警察署に置いて来たはずのノート。

 子供がそんなもの触っちゃいけません! ……なんて俺が言っても説得力ねーな。

 「黙って持って来たの?」

 「ううん、ちゃんとこれちょーだいって言ってもらってきたよ!」

 おお、偉いぞ!

 「でも何で欲しいって思ったの?」

 「えっとね、絶対に失くしちゃダメだよって言われたの!」

 「誰に言われたの?」

 「うんとね、お姉ちゃん!」

 「どんな人だった?」

 「髪の毛がまっかっかだったよ! あとキレイな羽根をぴょこん! って立ててた!」

 「羽根ってこんなの?」

 羽根飾りを見せた。

 「あっ、これとおんなじだった!」

 「そうか、これとおんなじかぁ」


 俺たちは家路についた。

 すっかり遅くなった息子は、嫁さんにコッテリ絞られたそうだ。


 俺も帰った後はもうヘトヘトだった。

 またしてもすげー濃い一日だったぜ。

 たぶん明日も明後日も濃い日が続くんだろうな……そう思いながら木箱を仏壇に置き、手を合わせた。



* ◇ ◇ ◇



 チュンチュン、チチチ……


 翌日。

 ふむ、昨日の今日じゃそうそう寝坊なんてせんな。

 だが何だか身体は疲れ切って寝汗も凄いんだよな。

 何かスッキリ感に欠ける目覚め?

 さっぱり覚えとらんけど何か悪夢でも見てたのかもな。


 俺は手早く諸々を済ませると昨日見た資料の再検証を始めた。


 手元にあるものは……カレンダー、オペレーションマニュアル、俺のノート(偽)、レポート(血塗れ)、レポート(血塗れじゃない)、印刷した写真(手書きで補足を入れたやつ)……だ。


 息子には別件でお願いしたいことがあったので明日来てもらえないかと頼んだが、素気なく断られた。

 ……何でも“寝過ごして休日を棒に振った”とかいう理由で何かに束縛されるのが嫌なんだそうだ。まあしかし“手伝ってくれたら良いもんをやる”って言ったらあっさり掌を返しやがったぜ。

 “貴重な残り3日の休日の中の1日を割くんだからホントに良いもん期待してるぜ”だと。

 ん? 残り3日?

 

 携帯を見る。

 “2042年5月8日(木) 6時33分”


 オイ、またかよ!



* ◇ ◇ ◇



 『私だってさ、ちょっとだけイタズラしてみたくなるときもあるんだよ?』

 『やってられないじゃん、そうでもしないとさ』



* ◇ ◇ ◇



 気になる。

 スゲー気になるぞ、空白の一日。

 昨日は息子も寝過ごして一日を潰したって言ってるしな。

 その息子たちに関しても何か聞かなきゃならんことがあった様な気がするんだが……覚えてないってことは結構どうでもいい用事なんだな、きっと。

 日付以外にも整合性が合わないものが出てくるだろ、そのときに考えよう。


 よし、気を取り直してと……

 まずはこれを読むか。

 「特殊機構の入出力装置としての機能に関する報告 ~“GS001”処理完了レポート~」

 血塗れじゃない方のレポートだ。


 コレ、左手で書いたんかいって位のド下手な字で“何か飲みながら読め”とか落書きしてあるんだけど絶対従わない方が良いな。きっとロクなもんじゃないぞ。


 読んだ。何だこれ? これ絶対ブッフォッフォーってさせるのが目的だろ。特殊機構とやらの歴史の真偽も分からんし。


 ハイ次。


 写真か……これは何で白飛びしてたんだろーな。モザイクの応用かね? まあ取り敢えず撮って来たモノの概要はこんな感じだ。


[ジョブ一覧]システムで稼働する実行モジュールの一覧をLISTコマンドで直接ストックフォームに出したやつだ。オンライン92本、バッチ12本。オンラインてこんなにあったんだな。惜しむらくは白飛びしてるところを全く埋められなかったことだ。

 ちなみにここで言うコマンドってのはコマンドプロシージャの略称ね。

[サブルーチン一覧]オンラインとかバッチのプログラムから呼び出すコンパイル済みの共通系モジュールの一覧だ。これもシステムから直接コマンドで出力したものだ。

[COPY句一覧]サブルーチンと違ってコンパイル前にソースの一部として結合するタイプの共通部品だ。これもシステムから出力したリスト。

[モジュール関連図]モジュール間の呼び出し関係を一覧化したものだ。ワープロで作ったっぽい感じ。最新なのかな? コレ。

[ジョブ関連図]オンラインやバッチの関係を相互の呼び出しではなく業務上の関連性、処理の順番、ファイルやデータベースなんかの共用関係でまとめた図だ。これもワープロ製。ある意味一番重要な資料だ。

[CL、コマンドプロシージャ一覧]これは日次処理系とか便利ユーティリティ系だな。これも知らないのが多くて補填できなかった。ちなみに俺が勝手に作った“SNNIKR99”もなぜかリストアップされていた。ワープロ製。

[定時処理一覧]バックアップやらメッセージリスト出力やらを決まった日、決まった時刻に自動的に動かすジョブの実行スケジュールに関する資料だ。これまたワープロ製。

[マスタ、ファイル一覧]システムで読み書きする作業ファイルやら各種マスタの一覧だ。ジョブ関連図のお供だな。こいつもワープロ製。


 とまあこんな感じなんだが、見て分かる通りもうシステムをいじってやるぜって感じで気合を入れて探した。


 しかし特殊機構とやらに関連する資料が全く見当たらなかったのが残念だな。やはりセキュリティはガバガバそうに見えてきちんと管理されてたのかもしれない。

 しかし肝心なところを隠蔽しながら開放的な環境で動かすのってなかなかに難しいぞ。俺が思うにあそこにあったメインフレームはシステム全体から見たら端末の一つに過ぎないんじゃないかね。

 本体機能を利用するためのビジネスロジック部分だけを実装してたって可能性もある。多分俺が触ってたのは表層的な一部の機能だけだったって可能性もかなりあると見たね。

 だってさ、今も普通に動いてるのを目撃しちゃったからね。

 システムが一連のヘンテコな体験に深く関わっているなら是非ともその辺を説明してほしいところだ。

 誰に聞いたら教えてくれるのかは全く分からんけど。

 “GS001”がその辺の研究に一枚噛んでいるらしいって部分が唯一の手掛かりかね。

 まあ事実はもっと斜め上かもしれんし俺目線だけでモノを考えるのはここまでだ。

 それ以前にどうやってシステムにアクセスするかも考えないとな。

 これに関してはちょっと試してみたいことがある。


 加えて羽根飾りとあの双眼鏡だ。この二つとシステムの関連性も全く分からない。しかしまあ端末でも周辺機器でもないただの道具がシステムに関係があるらしいってのはオカルトチックって意味では象徴的だな。

 そういえば俺は双眼鏡の現物を一度も拝んだことがない。

 不思議空間で一度手にしたきりだ。

 後はあの親父の会社跡地で見た髭面の男が持っていたヤツか。

 まあどれが重要な情報かどうかすら分からんし、建設的なアプローチの仕方がまるっきり見えないのは歯痒いな。

 とにかく俺の意思を無視していきなり変な体験をさせるとか、見たくもないものを見せるとか、そういったことから早く自由になりたいのにそれを期待して動かないとならないのが現状だからな。


 そして“彼女”を俺の中でどう位置付けるか、これが悩ましいんだよなぁ。ある意味一番厄介な奴だ。話しを聞く限り、自分の個人的な目的のために俺に協力関係を持ち掛けたい意思があるのは分かった。

 “彼女”には他の奴らと違って明確な意図を持って能力を発揮できる力があるのは間違いない。ただそれを適切に運用できてるかと言えばビミョーだと言わざるを得ない。今の俺と同じで建設的なアプローチが取れないんだ。“彼女”がどこの誰かは分からんが、羽根飾りと何か深い因縁で繋がっているらしいことは見ていて分かる。それだけに俺が行動を起こすと必然的に“彼女”が絡んでくることになるだろう。そして現れるタイミングがバラバラなところを鑑みるに、何か行動に制約があるのは間違いない。

 何にせよ“彼女”の目的と行動を整理された状態にしないとこの先危ない。


 最悪、羽根飾りを処分することも考えないとなぁ。

 もしもあの双眼鏡が実在していて本当にあんな機能を持つならアレも処分方法を考える必要があるだろうな。

 まあメリットデメリット明確にしてを天秤に掛けてみないことには何とも言えないか。


 俺はまだ何も知らないし理解も出来てないんだ。

 言い換えると正しい判断を下せる能力がまだ何ひとつ備わっていないとも言える状態だ。

 それだけは忘れないようにしないとな。

 相互理解にはまず会話、そこからの説明と納得が必要だと思うんだがなぁ。

 先方様がそれを理解してるかどうか……



* ◇ ◇ ◇



 さて、あの場所に行ったときやってみたいと思ったことがふたつある。


 それがさっきの「ちょっと試してみたいこと」な訳だが、あそこの環境から言ってちょっと試すということすら簡単なことではないってことは想像に難くない。だがそれでも前に進むにはカラッポの頭で考えるしかない。


 まず、ひとつ目。

 あのメインフレームに再び灯を入れる。


 それが叶わなくとも、最低限当時あのマシンが担っていた機能と役割の確認くらいまでは出来たらと思っている。


 まず、もう一度現地に足を運んで本体の状況を詳しくチェックし、その情報を元に性能部品を何とか掻き集めて修理を行う。

 次は記憶装置だ。OSやデータベースがそのまま問題なく稼働するなんてことはあり得ないだろう。バックアップ媒体だってカビとか血痕とかでもう使い物にならないと考えた方が良い。起動すればめっけもんだ。それができる目処がたった時点でコンソールも用意する必要があるだろう。

 後は電力と通信回線だ。電気なんて絶対来てない。発電機で賄えるか……


 そしてふたつ目。

 ホストの機能を簡単に利用できる末端装置を構築する。


 ざっくり説明すると、これは端末で複雑なコマンドを叩いたりバッチを一本組んだりしないと出来ない様なことを簡単な操作だけで出来るようにするツールだ。


 何でこんなことを考えたのかって、一連の不可解な事象が特殊機構運用システムとやらの制御下で起きている事らしいからだ。難解なシステムな制御をより簡単な方向に持って行くことで、より御し易くする……ていうか利用し易くするのが狙いだ。それで事故みたいなアクシデントが無くなればベストだ。

 いや、勿論俺が勝手にやることだから解決するのは俺のアクシデントで使うのも俺なんだけど。この際だから是非について考えるのは止めだ。“彼女”が堂々と侵入というか暴れて見せたからな。 

 でもって今のところシステムを止めるってのは選択肢にない。今まで動いていたものが急に止まったら何が起きるか分からんし。

 そしてあわよくばジョブの機能を詳しく調べて、それらが持っている機能を利用できるサービスをメインフレーム側に構築したいね。ひとつ目がダメでもこっちはどうにか出来ないかと思ってるんだけど。あのオサレウィンドウがどんなシステムなのか、スゲー気になるんだよね。てゆーかあれ欲しいぜ。

 実は昔親父が今の俺と似たようなことを考えてて、掘っ立て小屋で何かやってたのは知ってる。だから親父の持ち物の中に何かあればそれを拝借させてもらおうとも思っている。

 今持ってるタブで全部やろうとも考えたが多分ダメだな。昔の機械に昔のモノを乗っけて動かしてみる、次点でエミュ上で動かしてみる、か。後者は今からじゃムリだな。せいぜいスタンドアロンでそれっぽく動かしてわーい動いたーってはしゃぐのが関の山だ。まあ最悪ネットワーク部分の電気工作と出来合いのターミナルアプリで我慢てとこか。対象が古すぎてそれすら怪しいけど。


 そして共通する最大の問題点は安定的にあそこに行ける様な手段をどうやって確保するかだ。クソォ……結局コレなんだよなぁ。


 ぐぬぬ……考えただけでも道のりが遠くて目眩がしそうだぜ……



* ◇ ◇ ◇



 てなわけで親父が使っていたたガラク……じゃなかった昔のPCを倉庫から引っ張り出して状態をチェックしてみることにする。

 時々出して手入れしてたから状態は良い。メディアも桐の箱に入れてたから見た目は昔のままだ。

 本体は動かなければ俺のコレクションズでも良いからな。

 問題はプログラムの類だ。磁気には気を付けていたがメディアの見た目が大丈夫そうだからと言って読めると決まった訳じゃない。パッケージを見ると50年持つぜ! とか書いてあるけどその50年も過ぎちゃってるからなぁ。 

 親父は大胆にもメインフレーム上に作った資産をちまちまとエクスポートして、プログラムソースやらマシン語のダンプリストやらをストックフォームに打ち出して手元に置いていた。


 正直、コレが生命線だぜ。


 まあコンシューマ向けの磁気記録メディアなんてちょっとした拍子で簡単に壊れるからな。物理容量もたかが知れてるし、お手軽なバックアップ手段として考えてたんだろう。


 そしてパソコン本体。これは新旧2台ある。少ねぇな。

 まあ当然か。


 1台目、新しい方、と言っても80年代の代物だ。

 3.5インチ2HDドライブを2基搭載した16ビットPCだ。流石に100万とかするHDD搭載型は買えなかったみたいだな。

 メインPCとして使っていただけあって大分くたびれてるな。

 まず起動するか……おお、起動した。ピ……という電子音と共に特に異音もなく作動音が鳴り始める。やっぱ電源入れたら即動くやつは良いな。ただし、コレはディスプレイがないからホントに正しく動作してるかは不明だ。30年位前の地震で床に落っこちて破損しちゃったんだよね。まあ動くことを確認できただけでも良しとするか。

 そうだ、DOSの起動ディスクを入れてブートしてみるか。

 厶……ガチャガチャと懐かしくもやかましい作動音。

 試しだ。“FILES”[RETURN]と……

 お、何か良さげだ。次、Bドラにもディスクを入れて同じ実験……よし、動くな。

 いやスゲーな、昔のメカ。フロッピードライブの可動部が一番心配だったんだけどこうもあっさり動くとはな。何か都合よく進み過ぎて怖いくらいだぜ。

 このPC、使い勝手はかなり良いから本体だけでも持って行ってみるか。現地に転がってたヤツと繋げられるぞ、多分。そしたら即席で使えそうだ。……いや、やっぱ無理かね。こんなデカ重いの担いで持ってけねーわ。せっかくだから一応保険として車には載っけておくか、厳重に梱包してな。


 2台目、古い方。こっちが本命だ。

 8ビットCPUを搭載した家庭用の低スペック機だ。確か4、5万位の値段だった筈だ。FDDなんてものは当然搭載してない。外付けで本体より高い2DDドライブはあったけど、親父は興味ないっぽくて終始データレコーダ派だった。

 親父はホビーマシンとしてはこっちの方を愛用していた。掘っ立て小屋に持ち込んでいたのもこっちだ。持ち込むっていってもコッソリじゃなくて堂々とだ。


 当時は私物持ち込みokが当たり前の世の中。リモートワークって概念が出来る前だって家で仕事をするのは割と当たり前のことだったんだ。

 何せ業務情報の持ち帰りが、フロシキ残業なんてかっちょ悪い名前まで付けられて絶対正義としてまかり通っていたんだからな。

 で、親父がコレで何をしてたかっていうと、ゲームだ。最初の頃はゲームを研究してるんだなー位にしか思ってなかったんだけど、そのうち自分で作り始めた。

 親父は常々、ゲームのメニューとかコマンド入力のUIの操作性は業務用のシステムとしても理想的だって話をしていた。専用機の完成された機能美にひとつの理想型を見ていたのかもしれない。

 単に操作性だけだったらGUIってアイディアが既にあったけど、自由度の高さは分かりにくさ、使いにくさに繋がるんだっていう話もヨッパライの寝言の如く繰り返し聞かされたっけ。

 ゲーム作りに手を染めた親父は、次にメインフレームとの通信機能にも手を付け始めた。ここの仕組みが一番重要なんだけど、実は全然分からないんだよなぁ。会社のネットワークは10BASE‐2で張られていたけど、メディアコンバータって装置で変換して何かの機器を経由して最終的に片方のジョイスティックポートに接続する仕組みになっていた。

 次に通信。プロトコルも独自のやつでTCP/IPなんて使ってなかったからそこも親父のノウハウが頼りだ。

 幸いにしてモノはここにあるからな。しかしコレ現地でしか使えないのに家にあるのって何でなんだろう。やっぱ趣味に過ぎないから腰を据えてやるには家の方が良かったとか、そんなとこかね。

 そしてこっちのマシンも問題無く動いた。こっちはモーターとかベルトなんかを使う駆動箇所がゼロだったから、コネクタの腐食とかゴミによる接触不良みたいなのがない限りはまあ大丈夫かなとは思っていた。

 画面出力はアナログテレビかコンポジット端子があれば利用出来るから一緒に保管してた初期の液晶テレビが使えた。てかこのパソコンを使うために手入れして取っといたやつだからね。

 そしてここからが問題だ。親父が作ったソフトウェアが格納されているメディア、これがデータレコーダ頼りだったからなぁ。

 テープは一杯あるんだけど、ケースとラベルが適当でどれがソレなのかサッパリ分からねえ。まあこれは最初から分かってたことではあるけど。親父も肝心なとこが抜けてるんだよな……

 取り敢えず動作テスト。


 ………

 …


 終わった……

 疲れた……

 結局親父が残したテープのライブラリは、経年劣化で読めなかった。途中でワカメになったりして結構ダメダメだった。

 コレ、よく考えたらバカ正直にテープで取っとく必要はなかったんだよな。今からでもデジタルオーディオの音声データとして残す方法を考えとこう。

 目先の利用は大量にある未開封のテープで間に合わせるとして、やっぱパンチするしかねーよな。

 メインフレームが無事だったら大事なやつはそっちから吸い上げられたかもしれないんだがなあ。

 まあないモノを欲しがっても仕方ないか。


 それに実際パンチ作業をやるのは俺じゃねーしな!



* ◇ ◇ ◇



 ところで、この前持ち帰ったモノの中に何か気になってしょうがないのがひとつだけあるんだよね。


 それは俺のノート(偽)だ。

 昨日……じゃなかった一昨日見た限りだと全部のページに占いとかハズレだとか適当なことか色々と書いてあるだけだった。何だこりゃって思ったんだけど、よく考えたら本物はどこ行っちゃったんだろうな。

 この落書き帳を作った奴は俺の本物のノートを参考にしてるだろうから、そいつが持ってるって考えるのが妥当だよな。


 一緒に拾ったレポート(血塗れ)にもヘタクソな落書きがしてあったけどこれ実は俺がやったんだよな、昔の。親父にメチャクチャ叱られたのを思い出して懐かしくて持ち帰っちゃったんだよ。


 でもこのノートは全部が誰かの落書きだ。それでいて表紙は俺のノートを真似て書かれている。だから多分俺のノートを探してる誰かに落書きを見せるためにあそこに置いたんだよ。


 何でそんなことする必要があるんだろうな?



* ◇ ◇ ◇



 更にその翌日。


 カッチンコッチンカッチンコッチン……

 秒を刻むアナログの音。壁掛け時計の音か。


 う…うーん……

 あれ? もう朝か……


 携帯を確認。

 “2042年5月9日(金) 2時41分”

 何だ、まだこんな時間かよ……


 と――

 “ピピピピピピピピ♪ ピピピピピピピピ♪”


 息子からの着信。

 「どうした、こんな時間に」

 「父さん、夜分に悪い。でも今しないといけない話があるんだ。明日、いや今日の件でさ……」

 何だ、一体……

 「あのさ、父さん――」



 ………

 …



 「あの、父さん」



 「あん?」

 「こんなものはカメラで読み込ませて画像処理すればすぐに出来る処理です。なぜこの作業が必要なのですか?」

 「アホか。いにしえの8ビットパソコンにOCRなんて付いてねぇし。第一エミュに乗っけても動かんかっただろ。そういうモンだって思っとけ」

 「8ビットパソコンというものが何なのか分かりませんが、必要だということで納得しました」

 イマイチ納得の行っていない息子。まあいい。何事も程々が肝心だ。


 翌日、俺は息子を呼んでマシン語で書かれたプログラムのパンチ作業をやらせていた。


 息子はGWプラス3日間の休暇を貰っていたので今日も休みだ。いやー悪いね。

 今日びのエミュを使ってOCRで読んだファイルをフロッピーに入れて持ってけば良いかと思ったのだが、そうは問屋が降ろさなかった。

 そもそもフロッピーじゃ出し入れできねーしテープにも落とせないからなぁ。

 まあ、今んとこはそういうもんだと思うしかない。


 てなわけで地味でメンドクサイ作業は年寄りがやるとデンジャラスなので、息子にマシン語モニタの素晴らしさを体感してもらうことにしたのだ。


 「それで、これは何のデータなのですか?」

 「特殊機構インタフェースのプロトコルドライバ」

 「はい? あ、いや、すみません、よく聞き取れませんでした」

 「特殊機構インタフェースのプロトコルドライバ。データじゃないぞ」

 二度言わすなや。

 「どこかのサイトからダウンロードするかメディア経由でコピーすれば良いのでは?」

 「その辺に転がってるような代物じゃないからな。一品モノってやつだ。親父が使ってたテープからサルベージしようとも思ったけどノビててダメだったから」

 「伸びるってどういう状態ですか?」

 「ラーメンだって伸びるだろ、これイチイチ説明させられんのか」

 おっと心の声が。

 「これを使って何をするのですか?」

 「ハッキング行為」

 「聞くんじゃなかった……」


 ………

 …


 「疲れた……」

 「おつかれさん、ちょっと待ってな」


BSAVE “GSLNK02C”,&HD000,&HEFFF,&HD000

[RETURN]


 「コレでよしと……」

 ……後で保存用も作っとくか。使う用と保存用、基本だね!

 「報酬の件だが振込は検収が終わってからだからうちのサイトだと来月になるな」

 「分かりました。では事後になりますがお見積書をお送りします。到着次第発注、続いて納品と検収の手続きをしましょう。ひとまず先行作業着手依頼を書面で」

 「いや冗談だから!」

 「ははは、こちらも冗談ですよ。それで、何をもらえるのですか?」

 「これをやる」

 「? 何ですか」

 「お守りだ。絶対に手放すなよ」

 そう言って俺が渡したのは母の形見の羽根飾りだった。

 「母さんの形見なんだ」

 箱を開けて見せる。息を呑む息子。しかし――

 「……あの…父さん」

 「ん?」

 「他にはないのですか?」

 「ないぜ。大事にしろよな、それ」

 「お婆さんじゃなく、母さんの形見をもらえるんだったらそっちが良いんですが」

 そう言って羽根飾りを放り投げた。ってオイ!

 俺は慌ててキャッチした。言葉遣いと行動が一致してねーから!

 「あー何だ、ないんだよね、何せピンピンしてるからな」

 「はい? あ、はい」

 「もう一回聞くけどいらねーならもう一個お仕事頼んでも良い?」

 「いや、勘弁して下さい。もう帰りますから。それと、嫁は巻き込まないで下さいね」

 「ああ、分かってるって。ていうかさ、俺会ったことないよな? お前の嫁さんに。子供はどうした?」

 「そういえばそうでしたね。子供はまだなんです」

 「ふーん、あっそう」

 「もう帰ります。役に立てたか分かりませんが」

 ピンポーン♪

 とここで古風な呼び鈴の音。何と電子音じゃないんだぜ。

 鉄琴の雅溢れる涼やかなサウンドだ。

 「おっと、間の悪いことに来客だ」もちろん確信犯だぜ。

 「じゃあ邪魔者はこれで」

 とここで客が勝手にドアを開けて入ってくる。

 「来たよ」

 玄関を開けるとそこには息子、嫁、そして孫。

 「あら、お客様だったの? ダブルブッキングだなんて、死ねば良いのにー」

 ホントに容赦ねーなこの嫁は。

 「ちねばいいのにぃー!」

 ホラ、孫が真似してるぞ!

 「どうも」

 「あ、どうもお世話様です」

 息子の横を会釈しながら素通りしようとする息子。

 「どうでしたか、父さんは」

 「ええ、会えて良かったです」

 「そうですか」

 「では」

 「オイ、お前はこれで良いのか?」 

 「ええ、さようなら……お元気で」

 「そうか、達者でな」

 あー帰っちゃったよ。

 まあ何だ、良いムスコを持って良かったぜ。


 「どう?」

 ドヤ顔の息子。

 「ああ、助かったぜ。ところで……」

 「イヤ、手伝わないから。俺からのお礼はここまでだよ?」

 「えー帰っちゃうのー? じぃじとあそぶー」

 「じぃじと一緒にいると無賃労働させられるのよねー、あー早く死ねば良いのにー」

 「じぃじ、ばいばーい!」

 「またな、父さん。くれぐれも気を付けてな」

 あー帰っちゃったよ。

 うむぅ……そう都合良くは行かんかぁ。


 それにしても「7日の礼だと思って受け取ってくれ」か。

 これで俺が何も覚えてないのを知った上での話だって言うんだから色々と考えちまうな……

 何でも「ちゃんと礼をしろ」って嫁さんにシメられたらしいが……嫁さんが何者なのか気になるぜ。


 しかし多くは言うまい。

 何せ、俺は空気が読める男だからな。



* ◇ ◇ ◇



 てなわけで俺はひとり寂しく地味な確認作業に励んだ。

 ケーブル、メディアコンバータ、ジョイスティックポートのコネクタ部の掃除と動作確認。

 確認と言っても電源ON位しか出来ることがない。

 取り敢えず、機器類のランプが切れてなくて良かった。常時点灯だから割と壊れる頻度が高いんだよね。

 ……これ口金とかの交換部品も持って行った方が良いかな?

 同軸ケーブルとシリアルケーブルはあるだけ持ってくか。しかしジョイスティックポートは換えがないから壊れたら面倒だな。アタリ仕様とか今手に入るのかね。

 ニッパー、ペンチ、半田、コテ、あとクランプみたいなのが欲しいな……針金とクリップで良いか。


 あとスマホも使えるかもしれんから昔使ってたシリアルポートとUSBの変換コネクタも非常用に持ってくか。まあスマホ用のエミュはないからホントに非常用だ。


 そういえばノイズ対策云々いう夢を見せられた? コトがあったけどやっぱ考えるべきかな?

 しかし分からんな、アルミホイルとかでシールドしとけば良いのか? まあ良い、役に立つか分からんけど入れておこう。


 荷物は1weekサイズのキャリーケースに何とか納まった。

 うーん結構な量だぜ。咄嗟のときどーすんだよ。

 コレご近所で「アラ、あそこのお宅夜逃げかしら」とか噂が立っちゃうヤツじゃね?


 後はお泊り想定の探検セットだ。

 そして暗闇対策の懐中電灯、予備のバッテリー、小型発電機、念の為ロープと小型のスコップ、数日分の食糧と水。ヘルメットも欲しいとこだけどないからな、諦めよう。

 あとはシガーソケットに挿すタイプのインバーターも持ってくか。

 よし、リュックに詰めて準備完了……となったところで玄関に何か置いてあるのに気付く。


 ……携帯トイレ?

 貼ってあった付箋にはこう書かれていた。

 “年寄りはトイレが近いんだから無理するなよ”

 何だよ、気味が悪いぞオイ!

 くっそォと思いつつ素直に持ち物に加える。

 オムツじゃなかっただけマシだな、うん。

 そこではらりと付箋が落下した。

 裏面には“追伸 ウンコはちゃんとしてけよ(今クソって思っただろ。ウンコなだけに)”と書かれていた。

 分かってるよコノヤロォ!


 さて、程良く気が抜けたところで改めて準備したものをチェックする。

 取り敢えずやってみるだけだ。


 ……客観的に見たらマジで夜逃げに見えるな、コレ。



 ………

 …



 明くる朝。

 チュンチュン、チチチ……


 さてと、今日は事前調査兼実験だ。

 また何があるか分からんので用意したものは全部持って行く。


 そして最初を除いたら毎回持ち歩いていた羽根飾りも置いて行く。


 これまでと変わらない様ならマシンを調べに行く、プランA。

 異変が起きたら出たとこ勝負、プランBだな。仕様不明だから外見的事象から判断するしかないぜ。俺もあの落書きレポートのことは馬鹿にできないな。結局はエビデンスを集めないと何も分からないんだ。やってみるしかない。


 さてと……

 「逝ってくるぜぇ……」


 俺はいつも通り独り言を呟き、家を後にした。

 「……いつも通り、だよな?」



 ……全然いつも通りじゃなかったんだこれがよぉ!

 クッソォ! いつもいつもよォ!


 しかし、だがしかしだ。これだけは言える。

 ウンコ、出しといて良かったぁ。

 老いては子に従え、コレ超大事!



* ◇ ◇ ◇



 いつもの道をしばらく行くと検問があって止められた。何だ?


 「免許証を見せて下さい」

 「何かあったんですか?」

 ガサゴソと免許証を探しながら聞く。 

 「いえ、元々ここは関係者以外入れないですよ? 検問だっていつもやってますけど」

 怪訝そうな顔で応える制服の男。


 あれま、のっけからプランBに移行かいな。いやー免疫付いてきたな俺も。

 「スイマセン、ウンコが漏れそうなんでテキトーな場所を探して走ってたんです」

 お食事中の皆様方、大変申し訳ございませぇん!


 「テキトーな場所って何だ?」

 「分かるでしょ、トイレなんてないんです」

 「汚ねぇな、分かったからその辺でしてこい。あ、その前に免許証だ。その位の余裕はあるだろ」

 俺はさっきからガサゴソしながら話している。

 アレ? ないよ? コレやっちゃったかな?


 「エヘヘ?」

 「エヘヘじゃねえ! オイ、警察に連絡しろ! 無免許運転の現行犯だコイツ」


 アレ? と、取り敢えず援軍を……

 「すみません、家族に連絡したいんですがちょっと電話してもよろしいでしょうか……」

 「さっさとしろ、ウンコもな。言っとくが見張りを付けるから逃げられんぞ」

 「はい……」

 俺は恐縮しながら2日(実質3日)連続で息子を呼ぶことになった。


 「しかし珍しいな、電話機なんて」

 見張り番から不意に振られた話題。うお、コイツ飯食ってるぞ。

 「はあ、そんなもんですか」

 「その四角い板状の形、スマートフォン? とかいうやつだろ。使えるのか?」

 ん?

 「え、ええ。普通に使ってますが」

 「凄えな! もしかしてガワだけ仕入れて中身だけ最新機器にしてたりするのか! イヤ、俺そういうの大好きでさぁ、集めてんだよね! もしかしてAndroid?」

 「え、ええ。Android11です」

 「まじでホンモノ!? スゲェ! チップだけ載せ換えたとか? まさかスナドラじゃないよな!? どうやって動いてんのコレ!? 技適ちゃんと通ってんの!? 通報しないから中身見せて! てか垢はどうしたの!? てっきりレトロなのはガワだけで中身はリモートかと思ってたぜ!!」

 うお、めっちゃノリノリで食い付いて来た!


 考えてみたらこのスマホいつから使ってるんだっけ?

 でも息子の携帯もスマホだよなぁ。

 あ、繋がった。

 『もしもし、今度は何? 休暇もうないんだし勘弁してよ、まじでさぁ』

 「スマン、今無免許運転でタイホされちった。迎えに来てちょんまげ」


 『ブッフォッフォーーーッ!!!』



* ◇ ◇ ◇



 「いきなりタイホされたとか言い出すから新手のオレオレ詐欺かと思ったよ!

 それに何? ウンコするふりして逃げようとしただって?

 もう訳分かんないよ!

 書いといただろ、出かける前にちゃんと済ませろってさぁ」

 「スマン、この通りだ」必殺拝みポーズ。

 俺は迎えに来てくれた息子に平謝りするしかなかった。

 いやー今回はマジでやっちまったぜ。


 「送ったら帰るから。すぐ帰るから。もう呼ばないでね? まじで」

 「いやスマンて」


 てな訳で手元に免許証があるのを確認して再出発。


 再び現場に到着したが……アレ? 車がないぞ!?

 てか検問もいつの間にかいなくなっとる。

 「父さん、さっきの人たちって誰?」

 「アレ? やっぱ検問なんて普段やってないよな?」

 「父さん、やられたな。検問詐欺だぜ。今流行ってるやつだ。高齢者狙いの犯罪グループだ」

 何じゃそりゃあ!?

 「家も心配だ、すぐ戻ろう」

 「うげぇ……車にアンティークPCとか満載してたんだけど」

 「まじ? 例のやつ? なあ父さん」

 「ん?」

 「今日の父さん、マジうんこだわ」


 クッソ……返す言葉もねえぜ!



* ◇ ◇ ◇



 俺は息子の送迎でそのまま家にトンボ帰りした。


 家に着くと、そこには俺の車と見知らぬ車両、息子の嫁の車。

 そして息子の嫁が孫と二人、仁王立ちで待ち構えていた。

 怖えよ!


 「死ねば良いのにー」

 「ちねばいーのにー」

 オイ、すっかり覚えちゃったんじゃねーの? コレ。

 「いやスマンて」

 本日二度目!

 「お義父さんー、ちょっと誠意が足りないんじゃないですかぁー? せっかく悪党どもをタイホしてあげたというのにぃー」

 「へ?」

 これには息子も目をぱちくりさせる。

 見ればさっきのニセ検問の二人がす巻きになって転がされていた。

 いやマジでこの人何モンなの?

 てゆーか何でこいつら直行で家に来れるんだ?

 「取り敢えずお巡りさん呼ぼうか。あ、俺のアレは内緒ってことで」

 「ふがふが」

 何か喋ろうとしてるけど知らんぞ。自業自得だ。

 そしてやっぱり防犯面で心配だから羽根飾りは懐に入れておこう。



 さて、何かついさっきまでいた様な既視感を覚える取調室。

 そして目の前にはいつもの刑事さんだ。

 しかし今日の俺は被疑者ではないのだ。


 「おい、今度は無免許運転だと? いい加減にしろ」

 おろ? 俺詐欺グループ検挙の立役者だよ!?

 「え? そんなこと誰が喋ったんですか?」

 「コイツらだ」

 「ふがふが」

 いやお前らのサルぐつわもうないから。

 「父さん、ホントにウンコだね」

 「ふがふが」

 それしか言えねーのかよ、オイ。さっきめっちゃ喋ってたじゃん。

 「そうよねー、私も死ねば良いと思うわー」

 何で分かるの? てか最近それしか喋ってなくねーか!?

 「ふがふがーっ!」

 「父さん、いくら言いづらいからってふがふが言ってても何も分からないよ?」

 つい乗せられちまったんだよ! それにお前の嫁さんは分かったみたいだぞ!?



 そんなこんなで現場検証のために刑事さんを連れて現場までやって来た。

 ねえ、この人一体何課所属なの?

 ねえ、何で息子が家族連れで付いて来てるの?


 前方で刑事さんとニセ検問コンビの噛み合わない会話が延々と続いていた。


 「なあ、何でお前らこんなトコで検問ごっこなんてやってたんだ?」

 「働くのが面倒くせーから」

 「違う、俺が聞きてーのはそういう事じゃねえ。検問ごっこなんて手の込んだことやらねーで普通に追い剥ぎで良いだろ、こんな山ん中でよ」

 「検問て何だ? 面倒くせーな」

 「検問て何だ? 三食昼寝付きで待機してれば良いんだぜ。良いだろ」

 「犯行の動機がそれか? 準備だって要るだろ、自分たちで仕込んだのか? それとも世話人がいるのか?」

 「朝起きてここに来ていつも通りやってたよ」

 「イヤ、だからさぁ何なのお前ら」

 何だコイツら? 知能低下にも程があるぞ? てか別人だろコレ。


 「刑事さん、ちょっと俺からこいつら、いや全員に聞いても良いかな?」

 「あん? 別にいいぜ」


 「今年って西暦何年? 何も考えずに答えてくれ」

 二人を除き、はい? となる一同。


 「2042年」

 「2042年だよ」

 「2042年よ、イヤだわー、頭おかしい質問しちゃってー。遂に死ぬのかしらー」

 イヤ、ここでそういうのぶっ込まなくて良いから!

 「せいれきってなに?」

 やべぇ、余計なコトばっか教えて肝心なこと教えてないんじゃないのコレ?


 「1989年じゃん」

 「1989年」


 うげぇ、何でェ……

 ここって山ん中の路上だぜ? ん? 山ん中?


 「ここって詰所?」


 「は? 山ん中だろ」

 「人気のない山中の路上の真ん中だよ」

 「人知れず犯罪の証拠を隠蔽するにはもってこいの場所ねー」

 だからそういうの良いから!


 「決まってるじゃん」

 「詰所じゃなかったらどこなの?」

 こいつら筋金入りだな。


 「ヨシ、お前ら今すぐ帰れ。解散解散」

 「イヤ何でお前が仕切ってんだよ」

 「父さん、どうしたんだ急に」

 「ついに狂ったのねーかわいそうにねー」

 「じぃじ、キチガイ」

 西暦は分からんのにキチガイが分かる幼児かよ!

 「お前らどういう教育してんの!? じゃなかった、イヤ、じゃなくないけどそれは後だ。帰ろうぜ。あー面倒臭えなもう」


 息子たちに耳打ちする。

 「何もお前らに家まで帰れって言ってる訳じゃない、あのにせ検問の二人に自分ちに帰れってけしかけるんだよ」

 「ああ、なるほどね。分かったよ。ウンコじゃないとこ見せてよね」

 そのネタもう止めて!

 「イヤだから何でお前が仕切ってんの?」

 「スンマセン騙されたと思って俺と一緒に待機してて下さい」

 「チッ、まあどうせお前は無罪放免だからな」

 あ、やっぱそうなの? 俺ってもしかして治外法権?


 「よしお前ら、もう面倒臭えから家に帰れ!」


 二人はお約束といった体の挨拶をして徒歩で去って行く。

 「はーいおつかれっしたー」

 「おつかれっしたー」


 「お前らも一旦バイバイだ」

 俺は自分の車に乗った。

 息子たちは引き上げた。残ったのは俺と刑事さんだけだ。

 刑事さん運転で俺は後ろに乗り、ぐるっと回って戻る。



 いつもの道をしばらく行くと検問があって止められた。

 こいつら商売道具無しでよくやるなあ。


 「免許証を見せて下さい」

 「何かあったんですか?」

 刑事さんはガサゴソと免許証を探しながら聞く。 

 「いえ、元々ここは関係者以外入れないですよ? 検問だっていつもやってますけど」

 怪訝そうな顔で応える制服の男。

 「そうですか、ご苦労様です」

 そう言いながら極めてスマートにカッコ良く免許証を出す刑事さん。くっ……俺とは大違いだぜ。


 「これ偽物だぞオイ。警察呼ぶからすぐに車から降りろ」

 ホントよーやるわー。

 だがしかし! お巡りさんならここにいるから大丈夫!

 「よしお前ら両手を上げろ。警察だ。動くなよ」

 「何だ、ニセの警察か。お前もすぐに車から降りろ」

 まじか……さっきは割とマトモだと思ったが方向性が違うアホだったか。


 「すみません、家族に電話したいんですがよろしいですか?」

 と言いつつ携帯を取り出す。どうだ?

 「うおっそれスマートフォン? ってさっきのおっさんかよ! てかスマホいじりてぇ」

 おお、予想通り……うーむ、何だか哀れだぜ。俺みたいだ。


 そこに刑事さんが割って入る。

 「なあ、お前ら車も道具もないのに良くやるな?」

 「うぅ、お巡りさん、すぐ来て下しゃい! コイツ泥棒です!」

 涙目で噛むなよ! いい歳こいたオッサンがやる絵面じゃねーだろ! と心の中でどうでも良い感想を述べつつ全力で否定。

 「パクったのは俺じゃねえぞ」

 「俺がお巡りさんだアホウ」


 「お前らの商売道具は警察署にあるぞ。犯人は既にしょっ引いたからな」

 「ホントっすかぁ!? ありがとうありがとう」

 「いやお前らもしょっ引くから」

 「ちょっと聞きたいんだけどさ、お前らの車と道具っていつ頃無くなったの?」

 「うーん、気が付いたら?」

 「何だそりゃ?」と刑事さん。


 まあ、そう思うよなあ。ここで俺からアシストだ。 

 「俺を上手いこと騙して上機嫌で荷物を畳んだんだよな? そしてヒミツのアジトに帰った、だろ?」

 「そうだ! この近くにさぁ、誰もいねぇだだっ広い廃墟があるんだよ! 俺たちゃ一旦そこに帰った筈だったんだ」

 うし、予想通りだぜ。考えてみりゃあんな良さげなとこ放っておく方がおかしいもんな。

 「よし、そのアジトとやらへ案内しろ」

 「ヘェ、分かりやした」とペコペコする二人。


 ん? あぁ、そーか。まあ状況の推移を見守るとするか。


 俺たちは連れ立って廃墟に来た。

 俺は自分の車、刑事さんとニセ検問ズは刑事さんの車だ。

 いくら山奥とはいえ放置はマズいんだと。

 ちなみに刑事さんは気付いてるかな。ここって最初のニセ検問やってた場所なんだぜ。


 さて、やっと本来の目的地に着いたぜ。もう午後2時だ。

 取り敢えず息子に報告するか。


 「ちょっと家族に電話して来ます。

 家に帰らせて良いですよね?」


 「おう。あんたがいれば良いぜ。

 すぐ戻れよ、言い出しっペのおっさん」


 『父さん、どうだった?』

 「案の定、あいつら例の廃墟にアジトを構えてやがった」

 『てことは……』

 「ああ、何も覚えてなかったぜ。ちょっと可哀想だがまあ元々犯罪者だからな。それにしても初めから俺の荷物をパクるのが目的だったんだろーな」

 『信じられないな……そのうち空き巣とか放火とかやらかすんじゃないか? コレちょっと始末に負えないな』

 ヤメテ! フラグが立っちゃう!

 「てな訳でお前たちは帰った方が良いかもな。ホント悪ィな、折角の休日に」

 『いや良いって。緊急事態だしさ、父さん見てると飽きないから。しかし凄い悪運だね』

 「おう今日はウンが良かった方なのかもな、じゃあまたな」

 そうなんだよ、羽根飾りを置いて行く、免許証忘れる、息子呼んで家に帰る、羽根飾り持って来る、の四連コンボだ。偶然にしちゃちょっと出来過ぎだ。

 まさかなぁ……


 という訳で奴らのアジトだ。

 詰所を使ってるかと思ったが「どうやって入るか分からんかった」そうな。ふーん、そうなんだー。

 よし、ここからは目を離さない様にしないとな。見るのは目、以外だけどな。


 このアジト、ホントにここにあるのかね。


 と、刑事さんが何かガチャガチャやり始めた。手錠?

 「これを付けろ」

 は?

 「良いから付けろ。長めのロープがあっただろう、コイツらのアジトを中心に動ける位の長さがあれば良い。

 全員を緩い輪っかで繋ぐんだよ。良いか、手錠とロープが片手にあることを忘れるなよ」

 おお、頭良い! てかこの人……よし、聞いてみよう。

 「急に身体が自由になったらどうするんです?」

 「良い質問だ。何もしていないのに急に身体が自由になるなど有り得ないことだ。

 つまり、それは何らかの幻覚の中にいるということだ。

 手っ取り早く正気を取り戻すには死ねば良い」

 イヤ、死ねば良いってアンタさあ……前言撤回だぜ。

 「何だ、嫌なのか?」

 「当たり前でしょう?」

 アッチの方向を向いて答える。

 ニセ検問ズの様子は分からない。奴らは無言だ。

 大丈夫、言葉遣いを糺すくらいの余裕はあるぜ。

 「楽に死ねる方法ならいくつかある。教えてやろうか」

 やべーよ! コイツめっちゃやべー奴だ!

 という感想は一旦置いといて……


 「刑事さん、死ぬのは慣れてるんですか?」

 「ああ。何度となくな」

 「死ぬ様な状況にならない方が大事なのでは?」

 「まあ正論だな。だが言うだけなら誰でも出来る。ここで起きることには抗う術がない。だから近付かないのが良いんだ、本当はな」


 「……それは経験的な観点での話ですか?」

 「ああ、そうだ。ここに近付いた結果、心神耗弱などの状態に陥り徘徊しているところを保護される、という事案が昔から絶えることなく起きている。

 彼らは偶然か何かで死ぬ様な体験、いや幻覚だから体験している訳ではないが……仮に本人がそれを現実だと認識していたらどうなるかは想像に難くないだろう」

 「そんな場所が殆ど誰にも知られずに存在していたなんて不自然です」

 「そうだ、不自然だ。何せ事が起きる度に“なかったこと”にされてきたのだからな」


 う……嫌な予感……

 「何よりも判断しかねているんだ、あんたについてはな」


 「もういくつか聞いても?」

 携帯を確認。“2042年5月10日(土) 14時56分”


 「ああ、良いぞ」

 「ここはいつからこんな廃墟だったか知ってますか?」

 「さあな、俺の知る限りではここはずっとこの廃墟だった」

 「なるほど。では次です。俺について判断しかねているとはどういうことですか?」

 「あんたは何か違うんだ、他の人たちとな。悪いが素行は少し調べさせてもらった。すまんな、息子さんをけしかけて少し利用させてもらった。

 あんたは別段ここに特別な縁がある訳じゃないのにここ数日連続で来ているな? しかも無事に帰っている。怪しくないとは言わせんぞ。こんな曰く付きの場所だ。

 それにあんたの様な分別のある大人が足繁く通うなんて初めての事例だ。これまではそこの奴らの様に社会からドロップアウトした人間が逃れる様に迷い込み、呑み込まれて行くといったことが殆どだった。

 一体何が目的だ? 何を知っている? 俺は刑事として……いや、いち個人としても一連の事件の重要参考人としてあんたに興味があるんだ」


 うーむ、何か饒舌に語り始めたぞ。オタの好き語りみてーだな。

 だがもう少し確認しないといけないことが出てきたぞ。


 「その質問には後で答えるとして、何で急にそんなに口数が多くなったんですか?」

 「何だ? 何がおかしい?」

 「いえ、あなたは既にここに囚われているんじゃないか、そう思っただけです。今のあなたは普段とは全くの別人ですよ」

 「俺をからかっているのか? この通り手錠もロープも付いたままだぞ」

 「そうですか……死ねば夢から醒める、さっきそう言いましたが夢から戻る先は必ず現実なんでしょうか」

 「何だと!? あんたはこれもまた俺の妄想だとでも言いたいのか」

 「そうです。何なら試しに死んでみますか? 俺はまっぴらご免ですが」

 「証拠がないぞ」

 そう言いながらも困惑が顔に出てるな。


 「なら今ここでこうして話していることが夢でない、という保証はどこにあるんですか? 逆もまた然りでしょう」

 自分で言うのも何だけど詭弁も良いところだな。


 「更に私から確認したいことがあります。俺があなたのお世話になるのは今回で何度目ですか?」

 「二度目だな」

 お? 珍しく俺の認識と一致したぞ!


 「廃ビルで窃盗とか言って息子さんに呼びつけられたのが最初、そして今ここにいる件だ」

 あれ?

 「すいません、最初の案件は俺の記憶と違いますね。

 最初は爺さんと女子高生に通報された件じゃなかったですか?」

 「何だと?」

 ……あっそーか、コレ息子が言ってた「7日の件」てやつだ!

 「ははは……どっちが正しいんでしょうねぇ」

 「……」


 「それはそうと、さっきいちどここに来ていたことに気付いてましたか?」

 「何だと!? 冗談も程々にしろよ。あんたが幻覚を見てるんじゃないのか?」

 「全員が見ているのにですか?

 じゃあ逆に夢だと思っていたことが全て現実に起きたことだったとしたら?

 拡張現実という可能性は考えたことはなかったんですか?」

 「何が言いたい?」

 「さっき言った通りですよ、俺たちは今まさに落とし穴に嵌った状態なんじゃないのかってことです。

 それにあのニセ検問の二人の様子がコロコロ変わってることに疑問は?」

 「それはあるな、さっきのはいくら何でもバカ過ぎだろとは思った。奴らの状況はある意味典型的だ」


 「じゃあ一旦解散した後あいつらはどこに行ったと思いますか? 徒歩で。そしてその後道具も車もないのに普通に検問詐欺を続けようとしていた」

 「オイ、まさか」


 「確証はないんですが、替え玉か欺瞞情報の押し付けがあったと考えるのが妥当でしょう。俺たち全員に対してです。

 それに奴らは最初に会った後なぜか俺の家に直行していた。そこを息子の嫁が現行犯逮捕して通報した。

 その経緯はご存知でしょう」

 「ああ、確かに不自然だな。しかしやり方があまりにもずさんだ」

 「ええ、不自然ですね。本当に」


 「ところで刑事さん、あなたは今回の一件をどうしたいとお考えですか?」


 「どうしたい、とは?」

 「刑事さんはコイツらを連行、俺は家に帰る、今はそれで良いでしょう。その後の現場検証はどうするんですか? ここにはアジトもある。チームで来る必要があるでしょう。そこで何かあって“なかったこと”にでもされたらどうなるんです?」

 「どうにもならんだろう、不可抗力だ」


 「どうして不可抗力なんですか?

 それじゃあ俺とこんな問答をしている意味は何なんです?

 本当なら応援を呼んでとっととあの二人を署に連れ帰るところでしょう。

 俺の家に不法侵入して窃盗をカマそうとした件もあります。そっちも今は放置でしょう。

 現場の確保はしなくて良いんですか?

 それに奴らこの状況なら記憶にないって言いますよ、絶対。

 状況証拠、揃えられるんですか?」

 ぐはぁ、喋りすぎて酸素が欠乏しそうだぜ! 慣れないことはするもんじゃねえな!


 「クソ……面倒な奴だな、つまり全部見なかったことにしてさっさと帰れって言うんだろ?

 この歩く不可抗力め!」


 え? 何でそうなるの? 何か誤解されてないか? コレ。


 「刑事さん、俺はある意味ここの関係者ですけど、どちらかというと外部の者です。

 だからこの話に関しても他意はないですよ。

 言わせてもらうとね、俺もこのアタマから油をかぶって火だるまになったばかりなんですよ。

 だから刑事さんにはなるべく協力したいなと思ってるんです」

 細かい点は抜きにして、大体ホントだから。

 「だから刑事さん、なかったことにするのは待ってもらえませんか?」

 「俺は何も知らんぞ」

 大根役者だなぁ。


 俺はしばらく置いてきぼりにされていたニセ検問ズに声をかける。

 「なあ、お前らさ、このままなかったことにされるのとフツーにタイホされるのどっちが良い?」

 「なかったって、無罪放免にしてくれるってこと?」

 「いや、普通に考えたら始末されるってことでしょ。お前らは初めからいなかったってことになるな」

 「ひ、ひ、ひぇぇぇ何卒お許しをぉ」土下座シュバッ!

 「おい、勝手に話を進めるな」

 「刑事さんが雑談ばっかしてて被疑者を放置するからですよ。じゃあここからはバトンタッチですね」

 「クソ……後で覚えてろよ」

 「お前らにはこれから署に同行してもらう。良いか、命が惜しいなら俺の指示通りに行動しろ。でないとどうなるか分からんぞ」

 やっぱこの人怖えな! 本職じゃねーの?

 「こいつらは路上で検問してたところを偶然通りかかった俺がふん捕まえたことにしてやる。その代わりあんたん家の空き巣未遂はなかったことにして欲しい。良いか?」

 「問題ありませんよ」

 「よし、解散だ。後は好きにしろ」

 「ありがとうございます」

 本当は第三者が立ち会う状況で色々と実験してみたかったけど、この刑事さん対応を誤ると色々ヤバそうだしこれで良しとするか……


 かくして刑事さんとニセ検問ズは警察署へと戻った。


 ここで携帯を確認。

 “2042年5月10日(土) 14時56分”

 ……さてと。



* ◇ ◇ ◇



 この時間。

 そもそも最初に確認したときはまだ2時を回ったとこだったからな。その後のあれこれを加味して考えてもまだ3時前って時間じゃない。


 まず思ったのは俺に見せるためにわざとやってるんじゃないのかってことだ。

 何かを伝えるだけだったらこの前みたいにホラー感タップリのSMSでも送り付ければ良いんだ。

 何で俺が携帯を見るなんて思ったんだろうな、とそこまで考えて何となくだがその理由には気付いた。



 まずは考えよう。いつもの一人反省会だ。


 このシチュエーション、俺の主観以外が入り込んだ場って意味では十分に一考する価値があるからな。



 まずは刑事さんか。

 あの刑事さんもマトモな風を装ってたが、言動は頭おかしいんじゃねーのとしか言えない内容だった。

 だってさ、なかったことにするって何だよ。

 じゃあ刑事さんは何でなかったことにされてないんだよ。


 それは刑事さんがなかったことにする側だからだ、とまあ普通に考えたらそうなるとこだけど……あの刑事さん、俺について何か勘違いしてるっぽい感じだった。

 多分、あの頭おかしい中二発言もその勘違いがあってのものだろうな。


 それにしてもすげーマシンガントークだったぜ。

 あんなやべー奴にお仲間認定なんてされたくねーぞ。

 何だよ、“楽に死ねる方法ならいくつかある(キリッ)”ってさあ。

 俺ってもしかして怪しいオカルト宗教、いや下手すると悪の秘密結社の幹部とか思われてんのかな。

 舎弟にしてくだせえとか言われたらたまったもんじゃねーぜ。

 よし、今度からかってやるか。アイパッチと付け髭と葉巻とベレー帽用意しとこ。うひひ。



 それはさておき、腑に落ちない点は他にもある。


 何か途中から巻きが入ってなかったか?

 そしてそのままハイ解散だ。あの二人を連れてだ。


 はっきり言って俺の相手をするのがイヤになって逃げ出した様にしか見えないぞ。それか撤退する時間が予め決まってて時間が押してたとか、そんなとこだな。


 途中でこっちから無理矢理話題を変えたり思わせぶりな匂わせ発言をしたり、俺も結構悪ノリしちまったからなぁ。

 俺が目を合わせるのを避けてたのはどう思っただろうな?


 遠い目をしながら「フン、成程不自然だ。ところでチミはどうしたいのかね?」と呟く俺……あかん、まるっきり悪の幹部や。


 ニセ検問ズの二人は知らんが、刑事さんは何かの影響を受けてたにせよ頭おかしいのは元からっぽかったからな。

 見かけによらず妄想癖が凄そうだ。

 去り際がさ、フ……取引成立だぜ……さらばだ(シュタッ!)

 みてーな感じだったからな。

 ここに関しては警察って立場上色々経験済みらしいし、「なかったこと」にされてないということは使いっ走りとして重宝されてるのかもしれないな。立場的に。

 多分そういうポジの人なんだな。


 確か覚えてろよって言ってたよな。

 よし、やっぱ後でからかってやろ。うひひ。



 刑事さんの次はこの廃墟だ。

 ここ、廃墟がデフォルトの状態なのかな?

 まあ世に出回ってる公的なデータは全て廃墟で統一されてるからな。


 問題はいま廃墟の中に設営されているアジト……というか簡易テントだ。

 このテント、難民キャンプとかみたいな居住性のあるやつじゃなく、雨の日でもアウトドアで読書もBBQも出来ますみたいなホントに簡単なやつだ。


 これは奴らが商売するだけの目的で設営したのか?

 奴ら車持ってたし、ひと儲けしてずらかるつもりだったら車中泊でもすれば良いんだ。

 そもそも奴らはどこから湧いてきた?

 前に俺が来てからまだ1週間も経ってないんだ。

 いや、下手したら3日と経ってないだろ。覚えてねーけど。


 疑問はもうひとつある。この場所はさっきまで廃墟じゃなかった。

 そう、奴らはここで検問ごっこをやってたんだ。

 その時のここは普通に山林とフタなし側溝とガードなしカーブが恐怖心を煽る、地方の寂れた道路だった。

 人知れず、なおかつ怪しまれずに何も知らない一般人を騙くらかすにはうってつけのシチュエーションだ。

 理屈は分かる。だが何で山道で検問詐欺なんだ?

 あの二人はたまたま捕まってここに都合良く連れてこられただけなのか?

 後でどうなったか本人たちに聞けるかね。



 最後に俺。

 俺の左手には手錠がはめられ、そこからロープが伸びている。もちろんその端はどこにも繋がっていない。みんな帰ったからな。

 後先考えないでやったけどまるで脱獄犯だな。……いや良いか、わざとこうしたんだ。


 ………

 …


 ……アジト、手錠、ロープが消えた。


 携帯を見る。

 “2042年5月10日(土) 14時57分”

 キッチンタイマーかいな。


 急に身体が自由になったぞー、よーし、しぬぞー!

 ケッ、ざまあみろだ。バーカ!



* ◇ ◇ ◇



 しかし手錠とロープも無くなったんだ。刑事さんとニセ検問ズはどうなったかね。

 俺がしてた手錠は懐から出してたからな。コレ戻ったりするのか?

 いや、初めから懐にあってそこから出したつもりになっているはずだから元通りになるだけか。

 今までの流れからすると刑事さんも怪奇現象って認識を出てないからな。下手すると躊躇なく死んでたかもな。

 みんな、今から死のーぜ? イェーイくらいのノリで。

 多分今頃愕然としてるだろうな。


 しかし小物は戻るけど人間とか車はそのままか。

 それでいて土地全体が置き換わって見えるとか、手錠みたいに複数人が特定個人の持ち物の存在を共有して認識するとかそういったことも起きている。

 嘘と現実が混じってる状況がどういう理屈で成立してるのかは未だにはっきりしない。

 しかし第三者がいてもこうなるってことは、複数人数が揃ったときの方がむしろ状況が分かりにくくなると言えるだろうな。

 電脳ハックみたいなのを予想してたけどこれはそういった概念とは全然別のものだな。決めつけは良くないから多分が付くけど。


 念のため確認だ。

 時報にかける。繋がった。携帯と同じ日時。

 

 車に戻って持って来た物を確認する。

 検められた痕跡はあるが無くなった物はないな。

 こういうとき自信を持ってよし、と言えないところがもどかしい。

 検めたのは刑事さんか、はたまたあの二人か。


 まあいい。しかし参ったな。余計なイベントのせいでもう3時だ。

 出直すか? また何か起きないとも限らないからな。

 いや、折角お泊りセットまで用意したんだ、行ってみるか。


 そうだ、その前に息子に連絡しとくか。

 “刑事さんとニセ検問は戻った。俺はちょっと廃墟に用事があるので残った。時間が時間なのでこのまま車中泊するかも”……と。

 “デンデロデロレロリーン♪” 返信早っ!

 “分かった。ところでウンコはどこでするの?”

 うるせぇ、ご想像にお任せしますだコノヤロウ!


 俺は大荷物と共に再び廃墟に立ち入った。


 ちなみにここで出してたらその後どうなったんだろ。

 ……何かイヤな考えになっちゃったよ。うげぇ。



 さて、気を取り直して明るいうちに周囲を見ておこう。

 俺が躓いて転んだ辺りを確認。

 ここがマシン室なら多分床は二重になってた筈……いや、これは普通の床だな。

 おろ? 窪みが出来てるぜ……?

 建屋の規模を確認……やはり小さいな、それに中庭もない。

 敷地もずっと狭いぞ。

 やっぱりここは親父の会社の跡地じゃないな。

 そしてやはり例の一件の事実関係は要確認だ。

 前はちょっとあれだったけど今なら息子にも聞けるからな。後で確認だ。


 空を見る。まだ明るい。

 そういえば最近雨降ってないよな……


 よし、詰所に行ってみよう。

 詰所の周囲を確認。連絡通路はあるが単純な渡り廊下。

 それに柱も屋根も朽ちて床面が吹きっ晒しだ。

 土台を見るに木造の柱が並んでいたっぽい感じだ。

 蔦はやはり復活しているな。なので速攻でチョキチョキした。

 ここを見るとやはり夢から醒めた先もまた夢なんだという感覚になるな。

 しかし今はまだ嘘と現実の混在も可能性の範疇にある。気を付けよう。

 ドアを俯瞰する。

 羽根飾りの意匠はない。アレは何だったんだ?

 ドアノブに手をかけ、ゆっくり回す。動いた。


 懐中電灯を点け、ゆっくりと開ける。


 ギィ……

 

 少しずつ開け、中を見る。ドアは閉めない。

 暗いが、真っ暗ではない。

 ……普通の事務所だ。ただ……以前見たときと違い、俺が知っている詰所ではなかった。


 ………

 …


 「おい」


 「おわわっ!」


 びびびびっくりしたァ!


 突然後ろから声をかけられ口から心臓が飛び出そうになる。

 久し振りに三途の川の向こう岸が見えたぜ!


 恐る恐る振り向くとそこには刑事さんが立っていた。

 ちょ、アンタ何でここにいるの!?


 「ちょっと刑事さん、驚かさないで下さいよ。危うくあの世に旅立つところでしたよ」

 「何? むしろその方が良かったんじゃないのか? 今のもう一回やるか?」

 「いや結構ですから! 一体何なんですか!」


 「二人がいなくなった」


 「は? まさか逃げられたんですか?」

 「違う。俺の前から忽然と姿を消したんだ。パッとな」

 何じゃそりゃ?

 「刑事さん、あなた相当ですね」

 「あんたほどじゃない」

 何? その謎評価。俺って相当なナニな訳?

 まあそれは後でゆっくり追求するとしよう。

 「それでここへは何しに?」

 「あんたに話を聞くためだ」

 「俺から話せる様なことは特にないですよ?」

 「何を言うか。さっきあれだけ関係者を匂わせといて」

 あちゃー。


 「ところで刑事さん、気付いてましたか?」

 「何にだ?」

 「刑事さんが俺にかけた手錠、懐に戻ってますよ」

 「何だと!?」ガサゴソ。

 「なっ!?」あったよー。

 「ロープも戻ってる筈です。アジトももうないですよ」

 刑事さんの表情が恐怖に染まる。


 「おい……あんた……何をした?」

 へ? 聞きたいのはこっちなんだけど。

 「頼む。見逃してくれ。俺には身重の女房と10を筆頭に5人の子供がァ」

 わお、子沢山。今のご時世に6人は凄いね!

 じゃなくて!

 「ちょっと、さっき楽に死ねる方法ならいくつかある! とかわめいてた勢いはどこ行ったんですか!?」

 「だってしょうがないだろう、あんたと対等に話すにはソレしかないと思ったんだよォ!」

 やべぇ、こりゃちょっと調子に乗り過ぎたか!?

 「まずは落ち着いて下さい。こんなに腰の低い俺があなたに何かすると思いますか?」

 「えっしないのォ?」

 ぐえっイキナリ掴みかかるなよ! 何だこれ!

 「イヤ、だからさあ」

 だーッ、面倒くせぇ!

 くっそォ俺今日何しに来たんだっけ!?

 悪いのは自分だけど!

 てか今めっちゃ重要な局面なのに何この展開ィ!


 「あ」

 あ? 何?


 「ア゛・ア゛ア゛ウ゛ォェェ……」

 「グウ゛ォエァァァ……」

 「ギャゴア゛ア゛……グギェッグギェッ……」


 「うわあああああああああなに、なに゛ごれぇぇぇ!!!」


 失禁しながら最大限の恐怖の叫び声を上げる刑事さん。

 もう腰砕けだ。

 開けっ放しにした詰所のドアの奥、つまり俺の背後から聞こえてくる不気味な唸り声。

 その視線の先を見ると今まさにあのゾンビの群れが迫ってくるところだった。


 「うぇっ、またかよ」

 俺はうりゃっというかけ声と共にドアを閉めた。


 「あ、あへっ、うひっ」

 刑事さんは失神してビクンビクンしていた。

 どーすんだこの汚物。


 “デンデロデロレロリーン♪”

 “デンデロデロレロリーン♪”


 何だ? またホラーメールか? しかも連発?

 携帯を見る。


 ん? 1通しか来てないぞ?


 “今すぐそこから逃げて!!! バカが来るけど無視だよ!!!”


 な!? 何だコレ?

 逃げるったって刑事さんはどうするんだ?

 それにバカって誰だ?

 刑事さんじゃないよな? これから来る感じだし。

 バカなのは確かだけど。

 着信音が2回鳴ったのに1通しか来てないってことは横取りか何かで上書きしたのか?

 そんなことできるのか?


 いやそれよりメールに従うかどうかだ……よし、ここは素直に逃げよう!

 刑事さんは連れてくしかないよな。荷物もあるが……ええい、火事場のクソ力だ!

 オシッコまみれを乗っけるのは嫌だがしょうがねぇ!



 ……と方向転換して片足を踏み出したそのとき――


 丁度そこにあった石に躓いてバランスを崩し……

 丁度そこにいた小柄な女性に思いっきりハグをかましてしまった。


 「きゃあああたすけてぇぇぇ……え?」


 またコレか…よ……!?


 反射的にバックステップして向けた視線の先にいたのは、俺と同じ赤い髪を持った少女だった。



* ◇ ◇ ◇



 《ビビービビービビービビー》

 どこか遠くから聞こえる警報音。


 前後不覚といった体で失神する刑事さんを見るやいなや、彼女は明らかな困惑の表情を浮かべた。

 次に彼女の視線は俺と刑事さんの間を行ったり来たりし始めた。

 頭上にハテナマークのエフェクトを付けたらしっくり来そうだ。


 黄色と白の派手なマント。頭には黄、群青、黒の羽根飾り、ど派手なピンクの具足。

 どこかで見た出で立ちだが、彼女の顔に見覚えは――

 いや、よく見ればコイツ……おろ? マントの下はセーラー服かよ。

 このヘンテコな格好、何かのコスプレか?

 羽根飾りは俺が持ってるやつと色が違うがホンモノなのか?


 俺と何か縁がありそうだが、考えるのは後だ。


 ……“バカが来るけど無視”か……よし。


 俺は前後にリュックと刑事さん、キャリーケースを片手に引っ掛け、呆ける彼女にひと声かけた。


 「俺は逃げるぞ」

 「カツ丼の恨みは怖いぜ。じゃあな、バーカ」


 今出来る目一杯の意思表示だ。


 「えっ? 何? ホンモノ!?」

 彼女の顔は見る間に恐怖に支配されていった。

 もはや目の焦点がおかしい。


 オイ、いくら何でもそこまでじゃないだろ!?


 ……と思ったのも束の間、どこからか聞こえてくる地獄の様な唸り声と雷鳴の様な地響き。


 空を見上げると夕暮れ時と言うには些か渋過ぎる錆色に染まっていた。


 俺は必死の全力ダッシュでどうにか車まで辿り着いた。

 そして休む間もなく刑事さんと荷物を放り込み、取るものも取り敢えず急発進した。


 俺が離れて間もなく、廃墟は猛焔に包まれた。

 続いて後ろからやって来る衝撃と「ドゴォーン」という爆音。

 それはいつか聞いた魚雷の爆発音よりも遥かに大きく強く感じられた。

 俺はハンドルを取られそうになるが何とか持ち堪える。

 バックミラー越しではあるが、その時燃え盛る火焔の中に辛うじて垣間見たもの、それは鳥とコウモリを足して2で割った様な翼と一本の鋭い剣角を持った爬虫類の様な巨大生物だった。

 それだけではない。廃墟の裏手付近からは猛烈な火柱が立ち昇り、まるで火山の噴火を思わせるような様相を呈していた。


 その後のことはよく覚えていない。

 俺は必死に車を駆り、数時間の後家に戻った。



* ◇ ◇ ◇



 家に着くと取り敢えず風呂に入る。

 刑事さんもしばらく呆然としていたがぶん殴って気合を入れてやると復活した。

 お漏らしを指摘してやると恥じ入ってゴニョゴニョしていたが、生憎とそういう需要はない。

 刑事さんを風呂場に放り込むと、適当に見繕った着替えをくれてやった。

 ちなみに刑事さんに何回か電話がかかってきたらしいが全て無視していた。

 どうやって応じていたのか全く分からなかったが耳に何か付けているのか?


 そうしてひと息付いた頃だ。

 俺も刑事さんもしばらく無言で、重苦しい空気が場を支配していた。

 刑事さんが寡黙なのはいつものことであり、決してお漏らしを恥じてのことではない、というのは本人談だがどうだろうな。怪しいとこだぜ。

 手持ち無沙汰そうにしていたので、車のシートの洗浄を頼んでおいた。


 しかしあの変な格好をした女子高生はどうなったんだろうか。

 メールで指示されるまま置き去りにしてしまったがあの状況では……いや、以前の如く何の前触れも無く現れたから逃げる算段はあったと、そう信じるしかない。


 ………

 …


 俺は暫しの間何も考えられず、呆然としていた。

 ……こんな体たらくじゃ刑事さんのことああだこうだ言えねえなぁ。


 “ピピピピピピピピ♪ ピピピピピピピピ♪”


 いくら何でもあれは夢だろ、そんなことを止めどなくただ繰り返し考えていたその時、息子から電話がかかってきた。


 『父さん、今度は何やらかしたんだ? いや、今度のはやらかしにしては度が過ぎるんじゃないか?』

 「あん? 確かにヤバイのは見たが何でお前が知ってんの?」

 『あ、そうか。テレビ見てテレビ。どのチャンネルでも良いからさ、早く!』


 テレビを点けるとどの局でもさっきまでいた廃墟に関するニュースを報じていた。



 まず、廃墟で起きた大爆発。俺の目には大噴火の様に映ったが、あそこは火山でも何でもないので他に表現が思い付かなかったのだろう。


 そして、そこから湧き出る何物にも形容し難い異形の怪物の群れ。

 警察と消防が連携して避難誘導をしているものの、怪物は既に近場の町周辺にも出没し始めているという。

 現地では自衛隊が出動して対処に当たっており大規模な戦闘も既に何回か行われたこと、怪物の中には戦車すら軽々とペシャンコにする様な存在が複数確認されているということ等々、具体的な状況が報じられていた。


 そして俺が帰り際に見た巨大生物が世界各地で目撃され、被害を出し始めているという。


 それは高度10万メートル付近の上空を第二宇宙速度のおよそ1.3倍という猛烈な速さで飛行し、その長く伸びた角からひとつの都市を一撃で焦土と化す程の青白いエネルギー波を放射して見せたという。

 運動エネルギーも凄まじく、ただ低空に侵入するだけで激しい気圧の変化に加え津波や地震といった天変地異を周囲に引き起こした。

 それを止める手段を人類は持ち合わせておらず、その気になれば本当に地球全土を一夜で灰にするのも容易いとおもわれた。


 太陽の様に光り輝き明るく地上を照らしながら飛ぶその姿はさながら不死鳥の様であり、絶望の象徴として既に世界に広く知れ渡っていた。


 ただ報道の内容を総括するとヤバイのはその一匹で、廃墟から溢れ出ている方の怪物共についてはわりかし冷静な対処が出来ている様だった。

 その中に空を飛ぶタイプの奴がいなかったというのも善戦出来ている要因らしい。

 これは結構意外。いや実際俺が出くわしたのはあのゾンビ位なんで、上から目線で言うのもおかしな話なんだけどさ。

 現場で恐怖に負けず奮戦されてる方々にはホント、リスペクトしかないぜ。

 これが総崩れとかになったら某国のICBMが飛んで来てもおかしくない状況だからな。



 そして俺の住む街でも避難勧告が出ていた。

 どうやら携帯の緊急通知は機能していない様だ。

 こんなに静かなんだ、教えてもらわなきゃ分からんわ。


 しかしどこに逃げろっつーんだ。

 アレが来たらどこにいたって死ぬだろコレ。

 ていうかコイツラどこから何しに来たんだろ。


 「おい、こんなん俺がどうやってやらかすんだよ」

 『だってさあ、そもそもの発生場所ってあそこだろ? 父さんがやらかさなかったら誰がやらかすんだよ』

 何てこった。俺の信頼はその程度だったんかい!


 にわかに外が明るくなり、刑事さんの情けない悲鳴が聞こえる。

 おいコラ、お漏らしはもう勘弁だぜ?

 今着てんのが俺の服だってこと忘れんなよ!?


 「俺は何も知らんぞ」

 ガリガリとノイズが入って通話が途切れそうになる。

 『知らなくたって関係はあるだろ? また何か変な目に遭ったんじゃないの?』

 「またって……お前まだ何か隠してるだろ。刑事さんとつるんで何かしてたんじゃないのか?」

 『今はそんな話してる場合じゃないよ』

 「まあ良い、実は刑事さんも今ここにいるんだ。そっちに聞けば良いだけの話だ」

 『えっ? 帰ったって言ってなかった?』

 「戻って来たんだよ、あの後。しかもニセ検問の二人がいなくなってた。話せば長くなるんだけどな」

 『何それ?』


 「なあ、前に俺がチカン容疑でしょっ引かれそうになったときに一緒にいた女子高生がいただろ?」

 『何だよ急に。ああ、いたな。自称被害者だろ。俺たち先に帰ったから後のことは知らないぜ?』

 「もう一人、爺さんがいなかったか?」

 『いや、いなかったな』

 「初めからか?」

 『初めからだよ。何なの? 一体』

 「いいから黙って答えろよ。それでその女子高生はお前の知り合いか?」

 『いや、違うよ。何で先生でもない俺に女子高生の知り合いがいるのさ』

 「じゃあ刑事さんとお前は知り合いだったのか?」

 『ああ、刑事さんとは旧知の仲だよ。

 あれ? 逆に父さんは知らなかったの?』

 「ああ、あの時が初対面だった。そして何か俺に対してあらぬ誤解を与えてしまったらしくてな、何かに酷く怯えてるんだよ」

 知らなかったのか忘れたのかは分からんけどな。

 『それは何か変だな。だってあの刑事さん、父さんがえらくリスペクトしてた詰所おじさん(通称)の息子さんなんだよ。

 それにさ、俺だって父さんにくっ付いて行動してたらいつの間にか知り合いになってたんだぜ?』

 えーーーまーじーでーーェ!?

 イカン、びっくりし過ぎて20世紀の女子高生みてーな驚き方になっちまったぜ。

 「マジか!」

 『あれ? おじさんの葬式にいただろ?』

 どーも話の辻褄が合わねーぞ。

 そんな機会あるか分からんが要チェックか。多分刑事さんサイドだな。やっぱあの女子高生も一枚噛んでたな?

 案外黒幕だったりしてな? 木っ端微塵になってたらもう確認できねーけど。

 しかし、詰所のおっさんはやっぱり既に鬼籍か……残念だぜ。


 『あっ』

 「どうした?」

 『そういえば父さんはおじさんの葬式にいなかったな』

 おっと!?

 『アレだよ、前に片付けたアレ』

 若ぇヤツがアレとかソレとか言うなし。

 だが俺は空気が読める男なのだ。

 「ああ、アレか」

 『アレは刑事さん繋がりの案件だったからな、例の特……ゲフンゲフン、絡みだったらあり得ると思うよ。

 それと、さっき父さんが言ってた女子高生も怪しいね。

 だってさ、今どきセーラー服なんて存在すら認知されてないマニアックなファッションだからね。

 時代モノか軍隊系のコスプレでもない限り着ようなんて物好きはいないと思うよ』

 おお、一気にゲロったな?

 俺は空気が読めるんだ、まあお前のことは信じといてやるぜ。


 「ところで今日の一件の直前に俺の携帯に“今すぐ逃げろ”ってメールした奴がいたんだが、今の話の流れだとお前じゃないな?」

 『何言ってんだ、当たり前だろ。そんなの発信者見たらすぐ分かるじゃないか』

 なるほど、じゃああれはやっぱり“彼女”か。

 それに“彼女”とあの女子高生が同一人物である可能性はこれで無くなったな。

 「発信者は分からん。発信の種別は通信キャリアの通知だった。まあ偽装だろ。

 ……あ、今の話で思い出したわ。お前のスマホってどこで買った?」

 『何だよ、それも今する話な訳?』

 「今しなかったら一生しねーだろ」

 『ていうかコレ父さんからもらったんだぜ? 忘れたのか? 俺払ってないよ、料金』

 「な、何だってェー(棒)」

 フツーじゃねえから、ソレ。

 『父さん、心の声』

 「いや忘れてたのはマジだけどそんな気はしてた」

 お持ち帰り品の一件とセット案件か。

 まあうまいこと使わないとな。

 『落書きの件と一緒なんだね?』

 おお、鋭い!

 「俺に言わせれば7日の件な。

 そして今のコレが何とかなるんだったら、今日も多分7日と同じになるんだろうな。イヤ、期待を込めての話だけど」


 ただ、今度は俺の周りだけの話じゃない。

 相手は世界全部だ。そんなことあり得ないよな、さすがに。

 だがその時のための備えはちゃんとしておきたいぜ。


 『じゃあ今日の証拠も単に書き残すだけじゃダメそうだな。

 何か別な方法を考えないとね』

 貴様エスパーかァッ!


 『あのさ父さん、もうちょっと緊張感持てないの?』

 ですよねー。


 ………

 …


 息子との現状確認の電話はその後も長々と続いた。

 刑事さんもご家族の了解をもらって加わってもらった。

 ちなみに刑事さんの仕事がどうなったのかは聞いてない。

 どうやら居残り組の見回りとか適当な名目でフケたみたいだ。

 ちなみにあの二人は普通に留置場で大人しくしていたそうだ。


 テレビでは総理大臣の会見やら何やら色々と流れている。

 だが家の中では現実感が無く、何か別世界の出来事の様に感じられた。

 俺たちがしてる話の方が余程荒唐無稽であるというのにだ。

 全く、頭がおかしいぜ。


 そして結局俺も避難勧告には従わなかった。

 何やら息子の嫁さんと孫も付き合わせてしまったらしく、何だか申し訳ない感じになってしまった。

 刑事さん曰く、俺みたいに和を乱す市民がいるってだけで全体の負担やら担当者の目の届き具合が凄く変わってくるから、本当に迷惑千万な行為なんだとか。

 イヤスマンね、刑事さんじゃなくて警察・消防の皆さん。



* ◇ ◇ ◇



 ようやくひと仕事終えて一人で落ち着いた状態になった。

 刑事さんは車がないので俺が送迎だ。一般人に外出させる訳にもいかないしな。

 まあ俺も一般人なんだけどさ。

 喪失したのはパトだから刑事さんちの車は無傷だ。

 刑事さんのお宅では家族が総出で待っており、何か感動の再会みたいなシーンになってむず痒かった。

 ちなみに服は返さなくていいぞと念を押しておいた。

 もし次があったらイジり倒してやる。公開処刑だぜ。うひひ。



 さて、あの後刑事さんから聞いた話はこうだ。


 件の女子高生は案の定、刑事さんとグルだった。

 お漏らしバレをチラつかせたら簡単にゲロったぜ。

 このネタ、しばらく使い回せそうだな。

 ただ、だからと言って怪奇現象と無縁かと言ったら全然そんなことはなく、裏側を知るとむしろ何でそうなるの? となる様な話だった。


 まあかいつまんで言うと俺の認識と大分違ってたってことだ。


 まず、刑事さんはあの女子高生が何者かを全く知らなかった。

 予感していた通り動かされていたのは刑事さんの方で、彼女の正体は未だ不明ということだ。

 だから「女子高生」なんていうのも単に見た目の感想から来るニックネームみたいなもんで、実際何歳なのかなんて全く不明だ。

 とはいえ上下関係と言う程の心理的拘束はなく、お漏らしネタひとつでコロッと見限る程度の関係性だった様だ。


 そもそもの発端は刑事さんが親父の会社の関係者だったってことに目をつけた女子高生がでっち上げを持ちかけたことだった。

 普通ならそんな話受けないし何なら親御さんを呼んで厳重注意するところだ。

 しかしこの刑事さんは自分でも言ってた通り、仕事柄あの廃墟にまつわるオカルトチックな出来事に実体験として遭遇したことがかなりあった。

 しかも大体はちゃんと覚えていて問題意識も持っていたから、うまいこと口車に乗せられてしまった様だ。

 コレ公に仕える人間としちゃ失格だろ。


 一方、予め俺がそこに来るのを知ってたかどうかってとこはよく分からなかった。

 その女子高生の提案が“網を張って待ち伏せる、誰でも良いから来たらしょっ引く、尋問と称して本人の情報を根掘り葉掘り聞く、これを繰り返せばそのうち当たりを引く”という、何ともまあ行き当たりばったりなプランだったからだ。


 そして通報者。

 この事件は電話を通した通報ではなくパトロール中の刑事さんが偶然通りかかって現行犯逮捕した、ということになっていた。

 さっき分かったことだが、そもそも詰所のおっさんは故人だ。

 これに関しては俺が誰かに見せられたものという可能性もある。

 何が目的なのかは知らないが、あの後の変な体験と双眼鏡で見せられた別な映像も始めから全てリンクしていたのかもしれない。

 それがこの案件の一部なのか、あるいは別の動き――多分“彼女”だな――が偶然クロスオーバーしたものなのかはここでは判断がつかなかった。


 ただ、おっさんは女子高生を介抱していた筈だ。あれも夢か何かだったのか?


 もうひとつ気になるのは刑事さんが息子に予め連絡をとって呼び寄せていたところだ。

 これは被疑者が俺だと分かって息子を使って何か聞き出そうとした、ということを昼間の段階で聞いていたから別段驚きはなかった。

 しかしこの点には疑問が残る。刑事さんが俺にビビっていた理由だ。

 ついでに言うと今日見た女子高生も何かにビビっていた。

 最初はコイツも俺を見てビビっていたのかと思ったが、よくよく思い出してみると目の焦点がおかしかった。

 確証はないが、あのとき女子高生の方は“彼女”に遭遇していたのかもしれない。

 あるいはまず俺と同じ様に詰所のおっさんとの邂逅があって、心霊的な経験と勘違いしたという可能性もある。

 まあこれは聞いた訳ではないのであくまで俺の想像だ。


 刑事さんは俺の素行を軽く調べていたみたいだが、時系列的に考えると女子高生に話を持ちかけられるより前でないとおかしい。

 

 この点を刑事さんに問い質すと意外な答えが帰って来た。

 刑事さん自身も廃墟の存在に疑問を持ち調べていたが、詰所のおっさんから親世代の家族が全員行方知れずになっている俺のことは時々聞かされていたらしい。

 何でも“あのシステムを最も理解する人間のひとりだ”とか“最後の生き残りなんだからそっとしておいてやれないものか”とか零していたそうだ。

 この話を聞いた俺は身震いした。

 最も理解するって、いくら何でも買い被り過ぎじゃないか?

 特殊機構とやらの存在すら知らずにいた俺がそんな第一人者みたいな言われ方をする程だとはとても思えんぞ。

 第一俺があそこに絡んでたのはガキの頃で、親父が行方知れずになるまでの短い期間だ。過大評価にも程がある。

 しかし、そんなことよりも気になるのは最後の生き残りってキーワードの方だ。

 俺が絡む事件といえば電源が落ちたアレだ。アレがそんな大惨事だったのか?

 それを言ったら今まさに進行している世界の危機は何だ?


 刑事さんは言う。

 「あんたはその悪魔的な組織の復活の成否を握る最後のカギなんじゃないのか?

 仲間内では何やら特別扱いされていた風なことも聞いたぞ」

 ……その言葉に俺は口をあんぐり開けてただ呆れるしかなかった。

 そりゃあガキが来たら大人と違う対応をするに決まってるだろ。

 もし俺がそんな人間だったら今頃黒服を着たイカツイ連中に拉致られとるわ。

 

 あの女子高生もその話を真に受けていたのか?

 いや、話を持ちかけたのは女子高生の方が先だから刑事さんとは別な動機があったことは確実だ。

 しかし話を総合するに、端から俺を調べるつもりがあった可能性もあったと考えるべきだろう。

 俺と同じ髪色の人間なんてそうそういないからな。


 素性も全くの不明だし彼女が絡んで来た動機は分からんな。

 “彼女”にバカと言われてた点が若干気にはなるが……

 俺も他人のことをとやかく言えた立場ではないが、刑事さんも迂闊なことをしたもんだぜ。


 ただ、最後に息子との会話の内容を刑事さんに漏らしたところでまた大きな難題が投下された。


 「俺のオヤジならピンピンしているぞ。何を言ってるんだ」


 クッ……この刑事さん、何かシンパシーを感じるぜ(お漏らし以外)……


 俺たちにもはや議論を続ける気力は無く、きっと明日も世界は続くだろうと確認しあって長い反省会はお開きとなった。



 明日がどうなるかは分からんが、人事はまあ尽くしたと言えるだろう。


 俺はいつも通り仏壇に手を合わせ、安らかな気持ちで床についた。



* ◇ ◇ ◇



 ………

 …


 何だ? 周りが騒がしいぞ……

 ……あれ? 何でこんな場所に……?


 それは唐突に始まった。


 気が付くと俺は、咆哮と砲声が木霊する戦場の真っ只中に立っていた。


 ここはあの廃墟だ。

 元々ボロボロだった建屋はもはや跡形もない。勿論、詰所もだ。

 あの女子高生は無事だろうか。見たところ姿は見当たらない。


 地面は真っ黒く焼け焦げ、火柱が立った場所に開いた穴からは不気味な姿をした怪物たちが今もゆっくりと這い上がって来ていた。


 これだけの緊急事態だというのに何か夢の中にいる様なフワフワした感覚だ。

 実際、これが夢だったらどれだけ良いか――


 意識が再浮上する。

 周囲を見るとあのゾンビの群れがどこからか現れ始めていた。


 ゾンビたちは毒に穢され汚泥と化した地面からゴボゴボと音を立て次々と絶え間なく湧き出し、のそのそと這い出して来る。

 このゾンビたちはどこかで不本意な死を遂げた人たちの怨霊なのだろうか。

 訳の分からない叫び声の中に時折悲しげな呻き声が入り混じり、彼らは次なる犠牲者を求めて彷徨い歩いて行く。


 群衆と化したゾンビたちが津波の様にこちらへと押し寄せて来る。

 遠くから誰かが「おい、諦めるなよ! 今助けてやるぞォ」と叫ぶ。


 ――何だ?

 咄嗟に逃げようとするが身体の自由が利かない。

 それどころか勝手にゾンビに向かって駆け出し始める。


 遠くから叫ぶ声。同じ人だ。

 「!? 何をやってる! 逃げろ、逃げるんだァ!」


 そのまま俺、いや俺の身体は勝手に腰に佩いた透明色の小剣を抜いた。

 そして祈る様な正中線の構えから右後方に向けて溜めを作り、体幹を軸にして横に軽く凪ぎ払った。


 その剣旋から生じた白銀色の波は音も無く周囲に拡がり、ゾンビたちは声を上げることもなく青白く輝く光の粒となって溶けるように姿を消した。


 間を置かず毒の沼池の縁に立つと剣先で地面をトンと叩く。するとそこから淡い輝きが見る間に拡がって行き、数瞬の後には汚泥が元の地面へと姿を戻した。


 周囲から歓声が湧き上がると、再び砲声と怒号と咆哮が支配する戦場の喧騒が戻って来る。


 後退する戦車に向かい刃渡り10メートルもある鉈を振り上げるタコ……いやイカの様な八本足の巨大な怪物。

 その怪物に向かって地面を勢い良く蹴り、どこからか出した身長程もある盾を構えながら突貫を仕掛ける。

 激突した瞬間、物理法則を無視してドズンという重厚な音が響き渡り、周辺の空気が鳴動する。

 衝撃でイカはたたらを踏んで鉈を取り落とし、そこへ轟音と共に至近距離から発射された徹甲弾が直撃。

 胴体に風穴を開けられた巨大イカは体液を撒き散らしながらズシンと倒れ、ピクリとも動かなくなった。


 そうするうちに小型の怪物も次第に数を減らして行き、いつしか穴から這い出してくるものもいなくなっていた。


 勝利は目前だと思われたそのとき、にわかに視界が明るくなりまた暗転する。

 少し遅れてやって来た凄まじい衝撃波が付近に展開していた自衛隊の陣地を直撃する。

 しかしそれは金属を削る様な甲高い音を響かせながら何かに衝突し、せき止められた。


 上空でホバリングしていたその巨大生物は相手を仕留め損なったと見るや自慢の角にエネルギーを集中する。

 次の瞬間、俺の視界にその巨大な顔が見切れる程のどアップで飛び込んで来た。

 あまりのことに頭の理解が追い付かなかったが、直後に角の根本へと剣を突き立てた所でようやくジャンプして巨大生物の頭に飛び乗ったことに気付いた。

 しかしそれに構う素振りもなく、巨大生物は爆発的に加速しながら急上昇を始めた。


 そこで視界が霞み、再び意識が微睡み始める。


 ここに来てようやく理解する。

 これは……“彼女”が見た光景か――


 ………

 …



* ◇ ◇ ◇



 ………

 …


 「う……」

 何か身体が重い……

 頭がズキズキするし気分も最悪だ。


 しかし気にしている時間はないな。今日は事前調査兼実験だ。

 また何があるか分からんので用意したものは全部持って行く。


 そして最初を除いたら毎回持ち歩いていた羽根飾りも置いて行くぞ。

 そもそも持って行っただけで何か起きるなんてことがあるのか分からんけど、考えてみたら今まで何で「持っていかないとダメだ」なんて考えに囚われていたのかね。


 ……あれ?


 仏壇にしまっていた羽根飾りがいつの間にか無くなっていた。


 ……何かおかしい。


 携帯を見る。

 “2042年5月10日(土) 14時56分”


 は? 3時前!? 俺こんなに寝てたの!?



 ガタン!


 その時庭の方で物音がした。



 ◇ ◇ ◇



 何だ? 客か?

 俺みたいなジジイに何の用だ?


 などと呑気なことを考えている間も外からガサゴソする音が聞こえて来る。

 こりゃ空き巣か何かか?

 爆睡しててカーテンもこの時間まで閉めっ放しだからな。

 そりゃ留守にも見えるか。


 俺はカーテンの隙間から表を覗いた。

 ん? 午後3時にしちゃあ陽射しが明るいな。

 まあ後で考えるか。


 という訳で物音がした辺りを確認する。車庫付近だな。

 すると誰が見ても「あ、オタクだコイツ」という感想が出て来そうな風体の青年がタブ片手に車の周りをウロチョロしていた。

 こりゃ車上荒らしかね。今丁度荷物満載な感じだしな。


 人は見かけによらんとは言うけどコイツはまあ弱いだろ。

 俺は外に出てとっちめてやることにした。


 「おいテメエ! ウチの敷地で何してんだオラ!」

 アカン、何かガラが悪い感じになっちまったぜ。


 「ヒ、ヒエェェェーヤクザが出たぁ! お巡りさーん」

 何だコイツ面白そうな奴だな。

 「お巡りさんを呼ぶのは俺だバカヤロウ」


 「オイ、ここで何をしている!」

 来た来た、お巡りさん待ってました!


 「すいませんこのオタク野郎がウチの――」

 「お巡りさぁん、ボク今ヤクザに絡まれてるんです。お前金持ってるだろってぇ」

 「何!? 恐喝かッ! 貴様ッ、署まで同行してもらうぞ!」

 「やったやった助かったァ。ありがとうお巡りさぁん!」

 「何、当然のことをしたまでだ。正義は必ず勝つのだッ!」


 何でこーなるのォ!?

 くっそォコイツらに正義の鉄槌をお見舞してやりたいぜ!


 「オイ、あんたホントにお巡りさんなのか?」

 「ギクッ」

 お宅さん、心の声が漏れてまっせ?

 「オシ、観念しろやゴルァ!」

 おっと、どうしてもガラが悪くなっちまうな。

 「ヒィィ、誰か助けてぇ怖いよぉぉぉ」


 「オイ、大丈夫か!? 今助けるぞ!」

 えっ? と思ったのも束の間――

 「ぐぇっ……」

 俺はスパーンと投げ飛ばされ潰れたカエルの様な呻き声をみっともなく漏らしながら取り押さえられた。

 「よし、今警察を呼ぶぞ!」


 だから何でこーなるのォ!?


 この通行人、何か詰所のおっさんみたいな感じの人だな。

 俺より若いから別人なんだろうけど。

 ていうか俺の勘違いじゃなければ……


 じゃなくて!


 「ちょ、ちょっと待って下さい!

 ここは俺の家でコイツらは俺の車のまわりでガサゴソしてた怪しい奴らなんですよ!」

 「何だと? 証拠はあるのか!?」

 「あっ、ないです」

 「やったーこいつバカだぜーやーいやーい」

 ぐぬう……コイツらいつか殺す!

 「おい、この家と車はキミたちのもので間違いないな?」

 「ハイッ!」

 「よし、じゃあまずこのオッサンを片付けようか」

 「はーい分かりましたぁ」


 おい待て待て待て待てだから何でそーなるんだよォ!


 「おいコラお前らさっきから何勝手なことを――」


 「ボクたち今日はバイトで検問やってたんです!」

 「この車は作業服とか交通整理のための道具の運搬車両なんです!」

 「この建物は会社の詰所ですよ!」


 うげぇ……カンベンしてくれよ……

 頭おかしい祭りかコレ。


 「よし、じゃあ署まで来てもらうぞ」

 「はい?」

 「たまたま今日は非番だったから私服だが、俺は警察の人間だ。大人しくしていれば手荒な真似はしない」


 何だ? この有無を言わさぬスタンスは……


 「さあ、行くぞ。君たちは詰所に入って休んでいなさい。

 参考人として出頭を要請する場合は後日連絡する」

 「ハーイ。やっとこさまったり出来るぜ」

 「疲れたぁー」

 コイツら……疲れたのはこっちの方だぞチクショウ!


 「すみません、行く前に家族に連絡したいのですが」

 「構わん。手短に済ませろよ」


 携帯を出す。

 “2042年5月10日(土) 14時56分”

 その上に覆いかぶさる様にウィンドウが表示される。

 「SIMカードを挿入して下さい」

 なぬ!? しかも一分も経ってねえだと!?

 ぬう、察したぜ。

 「どうした。連絡しないのか?」

 「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 急いでSIMを確認する。フタが開かねえ。

 画面をタップする。応答がねえ。

 再起動……ボタンが押せねえ。何だこれ?

 「何だ? 何もしないならさっさと行くぞ」

 「ちょ、ちょっと待ってて下さい」

 「逃げるんじゃねーぞ」

 こうなったら家デンしかねえ。

 俺は急いで家に入った。


 入ってまず目にしたのはメチャクチャにとっ散らかされた光景だった。

 これでもかと思う位に収納という収納が開いて中の物が全部引っ張り出され、床に散乱していた。

 何だコレ!? ゲームじゃねえんだぞ!


 俺はキレた。

 「おいテメーらヒト様ん家で何晒してやがんだゴルァ!」

 めっちゃヤクザっぽい喋りになっちまったが仕方がねえ。

 キレてんだから当たり前だ。


 「ヒ、ヒィィィだずげでくだざびー」

 「お、お巡゛りさーん」

 二人は走って出て行った。


 「クッソ……」

 アカン、番号が分からん! ってあって良かった電話帳!

 うーん、やっぱ俺ってアナクロ人間だぜ。

 俺は悪態をつきながらも取り敢えず息子に電話をかけた。


 『トゥルルルルル トゥルルルルル ……』


 うーん……表のアレ、やっぱアノ刑事さんだよなあ。

 そっかー今日は非番かぁー。


 『トゥルルルルル トゥルルルルル ……』



* ◇ ◇ ◇



 『はい、もしモし』

 何だ? 違和感があるな……

 「俺だけど。ちょっと大変なことがあったんだわ」

 『俺さん、でスか?』

 あっ! あー。

 俺は察した。

 「あ、もしかして番号間違えましたかね」

 『ああ、やっぱりでスか。たまにかかってくるんデす、間違イ電話』

 『この番号の昔の持ち主サんにかけたんですヨね』

 「あ、はい。そうなんです」

 『見つかると良いでスね』

 探してねーし。

 「ありがとうございます。それでは」

 『あ、ちょっと待って下サい。せっかくなノで少し雑談でもしませンか? 袖触れ合うも何とやらデす』


 まさかこの番号って毎回コレなのか? マニュアル通りなの?

 コルセンみたいなとこでオペレーターが待機してたらそれはそれで怖えーな。

 断りたいとこだが空気が読める俺は敢えて受ける。


 「ええ、手短で良いならですが」

 『ああ良かッた、それで結構でスよ。困ってイたんでスよ、前の持ち主さんへの電話が多クて』

 「なるほど、具体的にはどの様な?」

 『例えばでスね、今日の様子はどうだ、トか』

 「何ですかそれは?」

 『いえね、私にモ何の話なのかさっぱりなんですガね』

 『他にもあるんでスよ。羽根は見つかったか、なんてのもありましタね』

 「ますます分からないですね」

 『そうソう、人違いじゃないかなんてのもありまシた』

 「全くもって謎ですね」


 『ちなみに、昔の持ち主さんにツいて何かご存知だったりされまスか』

 「ええまあ、何せちょっと込み入った事情があったもので」

 『ほほウ、込み入った事情、でスか』

 「ええ、ちょっと」

 『その事情につイてお伺いしテも?』

 えっ!? ソコ聞いちゃうの? 赤の他人だぜ?

 「すみません、ちょっとそれは……」

 『そレは何でスか? 早く続けて下サい』

 何でこんなにグイグイ来るんだ? 怖えーよ!

 『よろシければどんな方かお伺いしテも?』


 「それなら本人と代わりますか?」

 いねーけどな!

 『エッ……エエ、カノウナラ、デスガ』

 急に歯切れが悪くなったな? コイツはひょっとするか?

 手短にと言ったがもうちょい探ってみるか。

 「その前に、どうしてそこまで気になるんですか?」

 『いえネ、ちょっと研究しているテーマがありましテね。

 この携帯のノの持ち主さんがどうやら関係者の様だったものですカら』

 「何やら凄そうですね。どういった研究か非常に興味を惹かれます」

 なーんちってぇ。

 『ほう、興味ガおありでスか。それは感心でスね』

 「ええ。是非、詳しくご教授頂きたいものです」

 『それデは、教えて差し上げますノでお好きなとキに今から言う場所にお越し下サい――』


 “賞味期限”は分からんがまあ使えたら使うで良いか。

 この期に及んであのワードを試す勇気はねーしな。


 「ありがとうございます。後日、お邪魔させて頂きますね」

 「ところで」

 『はい、何でしょウか』

 「その番号の昔の所有者のことが知りたい、とのことでしたが」

 『ハ、ハア』

 「私です」

 『エっ?』

 「その番号の昔の持ち主は私だと申し上げているんです」

 なーんちってぇ、モチロン嘘だよーん!

 『ソ、ソウデスカ』

 「お会いできるのを楽しみにしてますよ。ではこれで」

 会えるかなあ。

 『ちょっと待って下サい』

 「ハイ、何ですか?」

 『い、今あナたがかけているそノ電話はどういった番号でスか』

 「といいますと?」

 『すミません、見たコとのない数字から始まっていたノで』

 これは使えそうだぜ。

 「すみません、訳あって秘密なんです。私からはとある回線で、とだけしか申し上げられません」

 『ソ、ソウデスカ』

 「それではこの辺で」

 『お忙しいのにお付キ合いいただいて、ありがとうございまシた』

 「いえ、こちらこそ。いい気分転換になりました」


 俺は受話機を置いた。


 こんだけメチャクチャにされてて電話機がノータッチだったのは奇跡に近いぜ。

 仏壇はひっくり返されてるけどな!

 ひっくり返す意味が分からんけど!

 アイツらひょっとしてモノをひっくり返すために来たのか!?

 

 携帯を出す。

 “2042年5月10日(土) 14時56分”

 そして相変わらず「SIMカードを挿入して下さい」のウィンドウ。

 手が込んでる様で抜けてんだよなぁ。


 テレビは……げえ…破壊されとる。

 時計もパソコンもみんなかよ……

 


 さて、随分と長電話しちまったしそろそろ表に出るか。

 アホ二人と刑事さん(?)にはきっちりこの落とし前を付けてもらわないとな!


 で、外に出た。


 「オイ、お前またこの人たちを脅迫したな!? これ以上罪を重ねてどうするつもりなんだァ!」

 「お巡りさん助けてぇ」

 「以下同文ー」


 最後のヤツ、手抜きすんじゃねえぞコラ!

 じゃなくてぇ……


 「なっ!? 貴様どこへ行く? 逃げるのか!?」


 俺は三人をガン無視して隣の家に全力ダッシュした。


 玄関のドアをドンドンと叩いて大声で叫ぶ。

 「すいませーん! 助けてくださーい! 強盗が押し入って来て大変なんですー!」

 すぐにドアが開く。

 「早く入って下さい!」


 俺は無事お隣さんの家に匿ってもらうことが出来た。

 「一体何が起きたんですか?」

 「いや助かりました。今家の前にいる三人組に絡まれましてね、あの頭悪そうな二人が家の中をメチャクチャにしやがったんですよ!」

 「強盗ですか! すぐ警察に通報しますから奥の方に隠れていて下さい!」

 「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます」


 見たか、俺のご近所力を!

 やっぱ日頃の行いが良いとこういうとこで差が出るんだよね!


 お隣さんの家の窓からコッソリ表を伺う。

 よく見ると他のご近所さんたちも窓とか門の影からこちらの様子を伺っている。

 奴ら完全に町内の皆さんを敵に回したぜ。


 三人で何かわちゃわちゃしとる。仲良し三人組かよ。

 問題は刑事さん(?)が警察を動かしてくるかどうかだな。

 お隣さんとどっちを信用するか……ん?


 あれ? 何か二人が刑事さんにペコペコし始めた。

 二人の左右の肩をポンポンする刑事さん。


 げっ、俺の車に乗った! あっそーか、キーは家の中で拾ったのか。

 くっそあいつらァ!


 あっ……行っちゃったよ。

 あーあ、車盗られちった。積載物も一緒はキツいなぁ。

 しかしまあどうしようもないか。

 まずはお隣さんの通報でコトがどう動くかだな。


 それよりも……


 俺はお隣さんの掛け時計をチェックした。

 おう、高精細液晶だぜ。

 “2042年05月11日(日) 10時24分”


 あれ?

 丁度電話の終わったお隣さんに急いで確認。


 「すみません、急に」

 「いえ、困ったときはお互い様ですよ」

 「ところで、今日って何日でしたっけ?」

 「え? 11日ですよ。5月の」


 ……へ?

 またかよ、オイ!



* ◇ ◇ ◇



 「あはは、10日だと思ってたら11日ですか。

 1日ズレて認識しちゃってましたね」

 「ああ、そうなんですよ。

 ウチもね、みんな10日だと思ってたんです」

 「それでやっぱり昨日は9日だった筈、と?」

 「ええ、そうです。他のお宅もどうやら同じみたいです」

 何だ? 俺だけじゃない?

 「すみません、その件でテレビかネットを見せて頂いても? 生憎どちらもアイツらにぶっ壊されてしまいまして」

 「それは災難でしたねぇ。

 警察の方はもうすぐ到着すると思いますので、それまででしたらどうぞ」

 「何から何まですみません」


 俺はテレビを借りて報道番組やら配信ニュースやらをチェックした。

 画面上の日付は普通に11日と表示されていたが、日付変更線に関係なく世界が空白の1日という怪奇現象を体験しているということで間違いない様子だった。

 とにかくどこもかしこも「幻の1日はどこへ」みたいな話題が飛び交い、経済活動なんかにもそれなりの影響が出ている様だった。

 ふと見ると、新聞の日付が10日になっている。

 何でも誰一人日付の認識違いに気付かず印刷されてしまったためで、朝早くから回り始める様なものはみんな似た様な状態らしかった。

 この状況、羽根飾りが手元にないということは夢か何かだと踏んでいたのだが、世界全部を巻き込むなんてことがあり得るのだろうか?


 外に目をやると、刑事さん(?)がこちらのお宅に向かってツカツカと歩いて来るところだった。

 げげっ……これは面倒臭ぇコトになりそうな予感……


 取り敢えず隣の仏間とリビングを仕切るふすまを閉めていつでも隠れられる様にしておくか。



* ◇ ◇ ◇



 “デロリロデロリロデロリロリー♪”


 ……いつ聞いても呪われそうな呼び鈴だぜ。


 お隣さんが応対に出ようとして来客の正体に気付き、恐怖に固まる。

 当然だ。

 隣人を襲った強盗の一味が自分の家に不機嫌そうな顔で来たら俺だって恐いぜ。

 俺はお隣さんをケアしつつ玄関脇にある窓からこっそりと様子を伺うことにした。


 「は、はい……どちら様でしょうか……」

 「警察だ」

 「恐喝その他諸々の罪を犯した凶暴な男を追っている。

 俺の目に狂いがなければお宅に隠れている筈だ。

 捜査のため立ち入るぞ。

 協力を拒めば貴様も同類と見なす」


 オイ、途中から危ない軍人さんになってねーか?

 令状はどーしたよ!

 目に狂いはなくても頭は狂ってるだろ!


 「あの、警察だって言ってますけど……その……キチガイですよね、控え目に言っても」

 やっぱそー思うよね!

 「はい、完全に被害者と加害者を逆に認識しているし態度もまあ強引ですよね。 

 しかもさっき他の二人が俺の車に乗って逃げるところを見ましたからね」

 「えっ車まで!?」

 「オイ、どうした。大人しく従えば手荒な真似はしないぞ」

 またそれかい。好きだねぇアンタも。

 「一応確認なんですが、令状はあるんですか?」

 お隣さんはダメ元で聞いてみた様だ。

 「現行犯だ、必要ない。早く開けろ」

 ダメだこりゃ。

 「こりゃ駄目ですね。ドアを蹴破られる前に出て行きましょう」

 「出てったらぶっ殺されるんじゃないですか? コレ」

 うおっと、お隣さんも随分過激なことを言うぜ。

 「いや、あのキチガイは出てっても出てかなくても発砲しますよ、あの勢いなら。

 同じなら何もご主人が穴だらけになる必要はないでしょう」


 と、その時。

 「あらぁ、お客様? どうもお世話様です」

 「どわーっ! びびびびっくりしたぁ」


 間の悪いことにお隣りさんの奥さんが現れた。

 ネギを背負ってるところから見るに、近所の朝市で買い物をしてカフェでまったりするいつものお出かけコースに出ていた様だ。

 前のめりで開けろ開けろプレイに全力を傾けていた刑事さん(?)は虚を付かれ、跳び上がって驚いた。

 くそっよく見えねぇ。

 今どんなポーズしてたかがスゲー気になるぜ!

 イヤ、今そんなこと考えてる場合じゃないしホントどうでも良いことなんだけどさ……


 「あの、どちら様ですか? どうぞお入りになって下さいな」

 「えっ、良いんですか!?」

 「ええ、何でしたら上がってお茶でもいかがかしら?」

 「エッ、いーんですかぁ!?」


 なぜかお隣さんで犯罪者とまったりお茶会をする感じになってしまったぞ。

 だが多くは語るまい。俺は空気を読んだ。


 隣家のリビング。

 ソファにはお隣の旦那さんと奥さん。

 向かいには俺、そしてなぜかその隣に刑事さん(?)。


 そして流れるビミョーな空気。

 さっきからテレビが点けっ放しになっていて、それが気まずい沈黙を尚更に強調しまくっていた。


 しかもこれから団体さんが来るんだぜ? 祭りだ祭りだァ!

 ……そういえばコレ奥さん知らなくね? だ、大丈夫かな?


 まあ良い、ここの奥さんはこういうとき空気を読んで何かと仕切ってくれるからな。元教育者なんだぜ。


 ……という訳で俺は黙って笑顔に徹することにした。

 お隣さん夫妻とアイコンタクトを交わしたが伝わったかは分からねえ。


 ん? 奥さんが何か意味ありげに頷いたぞ?

 何その不敵な笑み!?

 大丈夫なんだろうなコレ!?


 「お隣さんもいらっしゃってたなんて、久しぶりに賑やかになったわねえ。それでこちらの方は?」

 クッ、お互いにお隣さん呼び……地味に紛らわしいぜ!


 「あの、何でも……ご趣味で警察をされているとか……」

 ぬ、ご趣味ですと!? コレはなかなか高度なフリだぜ!?

 「ええ、まあ」

 エッ、普通に答えちゃうの? 空気読めてねえなコイツ!

 「どんなコトをされているんですの?」

 「市民の皆様の安全と平和をお守りするべく鍛錬にパトロールにと日々精進しております」背筋ピーン。

 「まあ、素敵ですわ……!」合掌ポーズ。

 「いえーそれ程でも」後頭部ポリポリ。

 「なるほど、頼もしそうですねぇ。我々も安心です」

 「ハイ、お任せ下さい!」胸ドン。

 

 オイお前ら、ビミョーに笑いのツボを刺激すんじゃねぇ!

 堪えんのも結構辛ぇんだよ!

 俺の笑顔、引き攣ったニコニコになってないよなぁ!?

 あと旦那さんも絶対楽しんでるだろコレ。

 さっきまでのカグブルはどこ行ったんだよ!


 「それでウチにはどの様なご用向きで来られたのですか?」

 「ハイッ、この男をタイホしに来ました!」

 オレをビシッと指差す。

 脇の下に指が刺さって悶絶! あひゃあ! 何すんねん!

 

 「ちょっとあなた、人のことを指さしたらだめって教わらなかったの?」

 ハイ、思いっきり刺さりました!

 「え? い、いやこの男は恐喝事件の犯人――」

 「分かった? 返事は?」

 「は、ハイ、分かりました!」

 「はい、よろしい。市民の安全を守る警察官なら当然押さえているべき基本ですからね」

 「は、ハイ、申し訳ありません!」敬礼! イエスマム!

 何だこれェ……何か見てる方がこっ恥ずかしくなってきたぜ……おっと、ニコニコ。

 ……ニヤニヤになってねーよな!?


 「それであなたはウチのお隣さんをタイホすると仰るのね?」

 お隣さんの奥さんは刑事さん(?)の目をしっかり見て話す。あっそれダメなやつかも。

 「奥さァん!」ガタッ!

 いきなりバビョーンと立ち上がる俺。ビクッとなりこっちを見る奥さん。

 「俺、おれ、……ウンコがしたいです! トイレの場所ってどこでしたっけ」

 「あらまあ大変、それじゃあご案内するわね」

 俺もたいがい頭おかしいな。自分で言ってて泣けてくるぜ!


 「はい、ここがトイレよ」

 「スミマセン、お恥ずかしいところを」

 「いえいえ、何かナイショ話がしたかったんでしょ?

 だってあの方、頭がイッちゃってる感じでしたものね?」

 ぬおお、流石です流石です!

 「お伝えしたかったことは三つです」

 「一つ目、あの人は俺の家に押し入ってメチャクチャにした挙げ句に車まで盗んだ窃盗犯の仲間です」

 「まあ! そんなことが? 続けて?」

 「二つ目、俺がここにお邪魔していることで大体はお察しのことと思いますが、俺は今ご主人に匿って頂いている立場です。

 あの人は俺を追って来たんです。

 それで、ご主人に警察に通報して頂きました。

 もうすぐ、本物の警察が来ます」

 「なるほど、それまで適当に時間を稼げば良いのね?」

 「はい、ご迷惑ばかりおかけしてすみません」

 「いいのいいの。それで三つ目は?」

 「彼の目を見ないで下さい」

 「それは難しいわねぇ……現役時代のクセで相手の目を見て話す習慣が身についてしまっているもので」

 「彼は多分催眠術みたいなものをマスターしています。

 目を見て話すと途中から操り人形みたいにされるんです」

 「まあ、じゃあ相手の方を向くときは喉元を見て話すことにするわね」

 ヨシ、さすがに話が早いぜ!

 「ええ、それで大丈夫です。

 ご主人にも同じようにして頂く必要がありますので、戻ったらそれとなく伝えて頂けると助かります」

 「分かったわ。私が戻るまでにやられてないことを祈るばかりね」

 あっ! ぐおお、ぬかったぜ。

 ここは運を天に任せるしかないか。

 「じゃあ私は戻るからあなたは適当にウンコでもオシッコでもして戻って下さいな」

 「はい、ありがとうございます」

 そう、俺は……俺は今日、まだウンコをしてなかったのだッ!

 いやー実は内心焦ってたんだよね!

 俺はウキウキ気分でトイレに入った。

 あ、いつものルーティーンもやってなかった。


 そうして暫しの間フンばっていたその時だ。


 “デロリロデロリロデロリロリー♪”

 おっと、ついに来たか! てか予想より早いな。



* ◇ ◇ ◇



 早く戻らねば!

 しかしそこは生理現象、自分の意思ではままならないことも往々にしてあるのだ。 


 玄関の方で何やら言い争っている声が聞こえる。

 あれはご主人の声だ。

 良かった、オツムはやられてない様だ。


 「何ですか、あなた達は警察じゃないんですか?」

 「そうだ。警察だ。決まっている。我々は速やかな容疑者の引き渡しを要求する」

 「容疑者って誰のことですか?」

 「赤い髪をした初老の男だ」

 「彼が一体何をしたというんですか?」

 「決まっている。麻薬所持、住居不法侵入、脅迫、窃盗、暴行その他殺人以外のありとあらゆる犯罪だ。

 早くしろ。従わなければ逮捕する」

 おろ? 罪状が増えてるよ。何でェ? 適当か?

 「令状は出ているんですか?」

 「現行犯だ、関係ない。逆らうとためにならんぞ」

 何だ? 今日びの警察ってあんなんばっかなの?

 イヤ、ニセモノって線もあるな。

 「おかしいでしょう。通報したのは私ですよ?

 その私が違うと言っているのに随分と理不尽なことを仰られますね。

 しかも訳の分からない名目で令状なしの家宅捜索ですか?

 こんなリアリティに欠ける演出はドラマでも滅多に見ませんよ。

 あなた方は一体何なのですか?」


 うーん、頭が回りすぎるのも時には考えもんだぞ。

 こういう手合は理詰めで追い込みをかけるとなぁ。

 悪党が言うに事欠いてやることといったらひとつしかないだろ。

 もうちっとうまいこと時間稼ぎをしてほしいもんだぜ。

 匿ってもらっといて言うことじゃないのは分かってるんだけど。


 てな訳で俺は荒事が起きないうちにと大急ぎでアレをソレした。

 ウンコが長引いたのは生理現象なんだ! 無罪だ!


 「もう良い。入るぞ」

 そうして乱暴に扉を蹴破る音、続いてドタドタと音を立てて上がり込む音が聞こえた。

 「ま、待って下さい」

 「うるさい。どけ」

 ご主人を殴ったのかボコッという鈍い音と壁にぶつかって呻く声が聞こえる。

 やべえ、奴ら短絡的なアホだ!

 どうすれば良い?

 腕っぷしに自信がない訳ではないが多勢に無勢だ。

 携帯を見る。

 何も変わっていない。10日のままだ。

 SIMカードを挿入して下さい、の表示も同じだ。


 おかしい。

 廃墟に行った訳でもないのになぜこうも大きくコトが動くんだ?



 いかん、今は考える前にまず行動だ。

 用をカンペキに済ませた俺はトイレのドアを勢い良く開けた。

 まず状況確認。


 リビングでは奥さんが刑事さん(?)に取り押さえられている。

 何があった? いや、ご主人を助けに行こうとしたんだろう。

 そして警察署から来た警官(?)たちがこちらに向かって来ていた。

 その後ろにご主人が倒れている。

 気を失っているのか、ピクリとも動かない。


 俺は二人の無事を祈りながら叫んだ。

 「おーい、俺はこっちだぞォ」

 そして玄関と逆の方にダッシュし、勝手口から出た。

 奴らやっぱ警察じゃねーな。

 裏口も押さえねーで踏み込むとか素人の仕事だ。

 間もなくドタドタと足音がしたので、急いでそこから離脱した。

 家の方を見る。

 誰もいない。ノーマークか。

 自分の家ではないとはいえ、普段から懇意にさせて頂いている隣家だ。

 今初めて来た奴らに比べたら圧倒的に有利だ。

 俺は隣家との塀を素早く乗り越えて自宅の裏手、勝手口付近に身を潜めた。



* ◇ ◇ ◇



 周囲を警戒しながら考える。


 奴らの目的は一つ、俺の身柄を確保することだ。


 今俺を追っている奴らと最初にガサゴソやってた奴ら……

 あいつらは仲間なのか?

 いや、最初の奴らは明らかにそこら辺の兄ちゃんて感じだったぞ。

 俺の家を荒探しして車を持ち去った……持ち去った?

 あの二人組は結局何をして帰った?

 俺の車の周りをウロウロする、刑事さん(?)を引き込む、俺の家を荒らす……


 目的が今来てる連中とは違う様に感じるな。

 そして車を奪って帰った先はどこだ?


 別々なところから別々な思惑で……か。


 とすると刑事さん(?)の存在が宙ぶらりんになるな。

 奴の行動のターゲットは俺自身だし、二人組と目的は一致してない様に思える。

 むしろ後から来た団体さんのお仲間と言った方が違和感がない。

 自分でも俺は警察だぜって言ってたしな。


 俺を探していたところであの二人組とたまたま遭遇、マルチタスク出来なくてケムリを吹いたってとこか。

 行動が行き当たりばったりなのは地頭の出来以前の問題もあるだろう。

 そもそもキチンとした組織的行動ってのはひとりひとりの明確な意志とか動機づけがあって、その上で日頃の訓練の積み重ねが必要だ。

 あんなフワフワした連中にそれが出来る筈もない。つまり裏にいるのはその程度の連中ってことだ。

 だからといって余りナメてかかるのも良くない。現にこうやって追い詰められているしな。


 待てよ? そういえば……

 息子に連絡しようとして家デンから発信したら例の変なイントネーションの奴に電話が繋がったな?

 あれはわざと仕向けたのか?

 いや、あの話しっぷりは偶然としか思えない。

 態度も何かおかしかった。

 以前のアレとは何か違っていたな。同じ人物なのか?


 いや、確かアレは人工無能と言われていたな。

 シチュエーションの違いなのか何なのかは知らんが、さっきのはこっちの考えを読めてる雰囲気も皆無だった。

 今押しかけてきてる奴らの言動を見るに関係がありそうには見えないが、俺が息子の携帯番号の前の持ち主だと告げたせいで確保しに来たという線も若干だが考え得るか。


 しかし何であいつに繋がった?

 前の番号、か……いや?

 息子が携帯番号を変えたなんて話は聞いてないが……

 まさか家デンから発信したら問答無用であいつに繋がるように仕込まれてたとか?

 いやまさかな。


 今日の日付がおかしい件とは何か関係があるのか?

 正直、今の一番の関心事はその件だ。

 出来ればゆっくり検証したいところだが……まあ無理か。


 しかしあの電話で聞いた場所は後で足を運んでみる価値がありそうだ。


 それに車を何としても取り返さないとな。

 車自体も大事だが積んである荷物が唯一無二のモノばかりだ。

 燃やしたりぶっ壊したりされてねえことを祈るばかりだぜ……



* ◇ ◇ ◇



 ん? 何か音がする……ああ、家デンが鳴ってるのか!

 誰だ? てかマズいぞ!

 奴らの注意がこっちに向いちまう……いや、逆に好機か?


 案の定奴らはどやどやと家に上がり込んで来やがった。

 分かっちゃいたがお構いなしか。ホントにメチャクチャだ。


 俺は再びお隣さんに戻る。

 見張りがいないか確認。

 ……いねえ。やっぱアホなのか?

 この辺はゆるゲーなんだよなぁ。


 刑事さん(?)は……げっ、アイツだけいるぞ。

 お仲間じゃなかったんかい!?


 やはりしばらく様子を見るか。


 奥さんと会話する声が聞こえる。

 興奮しているためか結構な大声だ。


 「こんなことして、ただで済むと思っているの?

 考えなしにも程があるでしょう。

 呆れてものも言えないわ」

 「何だとッ? もう一度同じことを言ってみろッ、ただで済まんのは貴様の方だッ」

 オイオイ、豹変し過ぎじゃないのか?

 そのちっちゃい「ッ」は要らんだろ。


 自分と相手だけしかいなくて自分が絶対優位に立てるって確信してるときだけ危ない軍人さんモードがONになるのか。

 さっきの状況からすると敵認定じゃない第三者が現れたら混乱モードに移行するみたいだな。

 ホントにマルチタスクが出来ない奴の典型って感じだぜ。


 「これはどうしようもなさそうねぇ。

 じゃあ、あなたの話は分かったからちょっと世間話でもしましょうか」

 「何だ? 可能な範囲で答えてやる」

 「今日が10日じゃなくて11日だったっていうお話はご存知よね?」

 「何だと? そんな話は知らん」

 「あら、流行に疎いタイプかしら? 今日が何年何月何日だか分かる?」

 「決まっている。1989年5月4日だ」

 「あら?」

 エエッ!? いや、奥さん超ファインプレーだぜ!

 さすが元教育者ァ!

 「あらまあ、そうだったのねぇ、勘違いしてたわぁ」

 スルー力もハンパねぇ!

 やっぱこの人ダンナより機転が利くな!


 待てよ? 5月4日だと?

 持ち帰ったカレンダーの裏付けがされてしまった訳だが……

 あの日は確か夏も真っ盛りの雨の日だった筈だ。

 やたら蒸し暑かったからはっきりと覚えてるぞ。

 今の話、“彼女”が嘘を言ってたってことにならないか?

 奴らのシステム時刻(?)がおかしいのは俺がマシンをぶっ壊したからだと確かに聞いたぞ。

 灯油火だるま事件も引っくるめた一連のアレやコレやは結局茶番で、俺は何かに付き合わされてたってことなのか?

 アレは俺の中では結構なターニングポイントになってる経験なんだが……もっと前に立ち戻ってまた検討してみる必要があるのか――


 ん? チラッとこっちを見た様な……誰が? 気のせいか。

 「その5月4日って何の日だったかしら?」

 みどりの日だよな、普通の答えは。

 「その質問に答えることはできない」

 ズコー!

 ……いや、機密情報だって情報は得られたし良いか。

 「あら、5月4日について話したくないことがあるのならその答えは不合格ね。

 どうせならみどりの日と答えてやり過ごすのが無難なのではないのかしら?」

 ぐはッ正論ッ!

 「やり過ごすとは何だ。主語を言え」

 「あら、主語なら言ったじゃないの。

 5月4日は何の日だったかしらって。

 ねぇ、あなたは何から何を守ろうとして嘘をついているのかしら?」

 奥さんは刑事さん(?)に向けて優しい笑みを浮かべながら問いかける。


 しかし今周りで起きてる怪奇現象を見ると、どれもこれも明日には忘れてる可能性が大なんだよなあ。


 「あなたのご連絡先を伺いたいわ。

 出来たらご家族かご両親ともお話をさせて頂きたいわねぇ」

 「えっ? そ、それは…その……」

 出たぁー伝家の宝刀、恐怖の家族面談ッ!

 さすが元教育者ァ!


 ……おうイカンイカン、俺は今緊急事態で隠密行動中なんだった。

 奥さんの手際が鮮やか過ぎてつい自分が置かれた状況を忘れちまうとこだったぜ。

 しかし今のやり取りはスゲー勉強になったな。

 話が通じなくても何とか出来ちゃう人ってマジ尊敬しかないぞ。

 

 結局その会話は新たな来客を報せる呼び鈴の音でお開きとなった。



 ◇ ◇ ◇



 “デロリロデロリロデロリロリー♪”


 「ごめんください、警察です」


 おっと、ホンモノが来たぜ。てか遅せーよ!

 てか駐在さんか! エッ、おひとり様ですか!?

 しかし今出てったら犯人は俺ですムーヴになるよな、やっぱ。

 「厶!? 非常事態ですね! お邪魔しますよ」

 異変に気付いた駐在さんは警棒を装備して上がってきた。

 

 駐在さんは倒れていたご主人を確認。

 二言三言、言葉を交わしている。

 どうやら無事な様だ。ふう、良かったぜ。


 警戒しながらリビングに入る駐在さん。

 これ俺の立場が微妙だな。

 刑事さん(?)の様子もおかしいしもう少し様子を見よう。

 もし奴らが戻って来たら俺ん家に移動するか。


 「ああ良かった、奥さんはご無事でしたか。

 そちらは……? ああ、あれ? 今日は確か非番だと――」


 「何、たまたま現場に居合わせたのでな」

 今度は時代劇風かいな。

 「なるほど、そうでしたか」

 「あの、先ほど私は、と仰られましたが主人は……」

 「ああ、怪我をされていましたが軽い打撲と捻挫程度の様です。

 病院で検査を受けるまでは油断出来ませんが、ひとまずは大丈夫そうですよ」

 「ああ、良かったですわぁ」

 「それで刑事さん、犯人は?」

 「犯人は赤髪の初老の男だ。勝手口から逃走した模様だ」

 「赤髪の初老の男性、というのは被害者の特徴では?」

 「駐在さん?」

 目配せをする奥さん。

 刑事さん(?)の言っていることはおかしいがなるべく無難に話を合わせること、なるべく目を見ないようにして話すことを小声で手短に伝える。

 俺も刑事さん(?)に気取られないようリビングに近付き、奴らが俺の家にいることをブロックサインで伝える。

 そして奥さんに伝わったことを確認するとまた奥へ引っ込んだ。

 申し訳ないが、刑事さん(?)の対応は奥さんに一任するしかない。

 

 さて、俺がこっちに戻って体感で10分位になる。

 奴らも俺が家にいないと気付いて次の動きをしてくる筈だ。

 ぼちぼち次の手を探さないと。


 玄関と勝手口はダメだな。

 奴らも使ったから出くわす可能性がある。

 だからといってここに隠れ続けるのも難しいだろう。

 第一、この家にいる気配を少しでも見せればお隣さんをまた危ない目に遭わせてしまうことになる。


 まあ俺がいなくても奴らが来れば面倒なことにはなるんだろうが……

 ホントに申し訳ないことをしちまったなあ。


 「また今度お話ししましょうね、刑事さん」

 ん? ああ、奥さんが話してるのか。



* ◇ ◇ ◇



 台所からコッソリ仏間を覗く。

 よし、ふすまは閉まってるな。

 音を立てない様に、なおかつ俺の家から見えない様に気を遣いながら窓の外を見る。


 リビングと仏間は繋がっていて庭に面している。

 仏間の部分だけ昔ながらの大きな窓と縁側があり、リビング部分は普通の窓になっている。


 奥からコッソリだからちょっと見辛ぇが、奴らはまだ俺ん家を家探ししてる様だ。

 結構時間かけてるな……ますます散らかされてる予感……

 俺はお隣さんのご先祖様に軽く手を合わせ、心の中で逝ってくるぜぇと呟く。

 そしてまだ自分の家にある筈の母の遺影と位牌を回収できなかったことを悔いながら忍び足で玄関に向かう。


 口の前に人差し指を立てながらご主人に拝みポーズ。

 ご主人はちょっと痛そうにしているが右手を上げて頷いた。

 ホント、スミマセン……

 

 玄関脇の小窓から前方を確認し、誰もいないことを確認……いや、野次馬がいるな。

 しかし奴らに見つかりさえしなければ堂々と出て差し支えあるまい。

 見張りも立てない様な奴らが野次馬の動向をチェックするとか手の込んだ芸当はしないだろう。


 てな訳で正攻法で行くことにする。

 正面玄関から普通に出てポイと自宅前に投石。

 でもって俺ん家と反対の方向に全速ダッシュ。

 一個めの交差点を直角に左折。

 こっちの角は家の玄関があっち方向を向いてるから隠れやすいんだよね。

 交差点側は庭で塀に囲まれてて、駐車スペースが逆側にあるんだ。


 しゃがんでブロック壁の影から今来た方向を伺う。

 奴らが統制の取れてない動きでパラパラと出て来て雁首揃えてキョロキョロとしている。

 五人か。全員で出て来たな。

 あ、俺ん家に戻ったぞ。気のせいだとでも思ったか……

 奴ら、やっぱ鈍くせえな。


 しかし普段鍛えてる警察の方々(?)に走力で勝てるとは思えねぇなあ。

 あ、多分あの人らはニセモノとかじゃなくてホンモノのお巡りさんだ。多分。

 ちょっと自信ないけど刑事さん(?)、アレもホンモノだな。

 ちょいとくるくるパーにされちゃってるけどさ。


 まあ本人たちの自覚やら記憶やらが曖昧にされたところで指紋・毛髪その他動かぬ証拠がバンバン出るだろうから犯した罪は消えないんだよね。

 コレって地味に怖いね!


 っておろ?

 遠くからロックンロールなサウンドが接近して来る。

 ドッドドッドドッドドロロォン、キキィ。


 向こうから近所の定食屋のでけーバイクが走って来て俺の家に停まる。

 え? 俺出前なんて頼んでねーけど?


 あれは跡継ぎの兄ちゃんか。バイク見た時点で分かってたけど。

 1000ccのアンティークな三輪バイクで出前に来るヤツなんて滅多にいねーからこの界隈じゃ結構な有名人なんだよな。

 アレ所有すんのって確か特別な認可が要るんだぜ。化石燃料車だからな。

 えーと、カレー、ラーメン、チャーハン、五目焼きそば、カツ丼か…道理で随分と重装備だと思ったぜ。

 って五人前か! まさか連中の昼メシ!?

 現場で出前取ってみんなで仲良く会食だとォ!

 チクショウ、カツ丼食いてーぞォ!

 じゃなかった、大丈夫なのか!?

 やべえな、どうする?

 あ、次はお隣さん?

 えーと、オムライス、焼魚定食×2か。

 オムライスは刑事さん(?)だな。お子ちゃまメニューだ。

 あっちはどうやら完全に奥さんのペースで進行してるっぽいな。

 てかいつの間に注文したんだ?

 ところでご主人の方は医者に見せなくて大丈夫なのか?

 

 「そんな体勢でどうしたんだい? ああ分かったウンコだろう? ニヒヒ」


 「ブッフォッフォォーー!?」

 やべぇ! 今マジで昇天しかけた! 何回目だコレ!

 そこの八百屋のカミさんかいな!

 「びっくりさせないで下さいよ。死ぬかと思いました」

 「だってウチの目の前で角からコソコソと自分ん家の方を伺ってるんだ、どう見ても怪しいじゃないか?」

 ぐう、正論です!


 そこへ定食屋のバイクが走って来て目の前を通り過ぎて行く。

 50メートル位進んでから停車して兄ちゃんが小走りでこっちに来た。

 「おっす、オッサン。今日もファンキーな頭してんな!」

 定食屋の兄ちゃんもやって来た。

 「おう、今のは店に帰った演出か。奥さんから何か言われたか?」

 「ああ、これに経緯を書いたからって紙切れを手渡されてな、おっさんを頼むって言われたぜ。

 家ん中も見て来たぜ。とんだ災難だったな」

 奥さん、流石です! もう感謝してもし切れねえ!

 「でさ、奴らポカーンとしちゃってさ、マヌケを通り越して何かブキミだったぜ」


 「ねえ、何か大変なことでもあったのかい?」

 「おう、おばちゃん。いや大変も大変、大事件だぜ。

 おっさん家に押し込み強盗が入ってさ、もうメチャクチャだったぜ」

 「あれまあ、でも警察は呼んだんだろ?」

 「それなんだけどな、警察を呼んだら訳の分からん暴力集団が押し寄せて来てさ、先生がコッソリ駐在さんに連絡したんだって」

 何ィ!? 駐在さんも奥さんが呼んだのかァ!

 やべぇ、今気付いたけど俺何ンにもしてねぇじゃん!

 ぐぅ社会人失格!

 あ、ちなみに定食屋の兄ちゃんは奥さんの教え子なんだぜ。

 「じゃあ駐在さん以外は信用できないってことかい

 一体どうしちまったんだろうねぇ」


 「なあ、ご主人の様子はどうだった?

 俺が匿ってくれと頼んだせいで奴らにぶん殴られてさ、随分痛そうに呻いてたんだ」

 「ああ、大丈夫そうだったぜ。

 応対もご主人が出て来たからな。

 少し話してから先生が来た」

 少しでも具体的な状況を俺に知らせてもらう為か。


 「駐在さんの他にもう一人いただろ?

 そこまでは分からんかったか」

 「ああ、それだそれ。

 何か急にいなくなっちまったってさぁ」

 「エエッ、じゃあオムライスは駐在さんなのォ!?」

 「相変わらずツッコミの角度がズレてんなあ!?

 ちなみにオムライスは先生だよ」

 な、なるほど。よく考えたらどーでも良いな!

 奥さん、お子ちゃまメニューなんて言ってスミマセン!

 しかしどーでも良いことではあるが自分の無能さを痛感するぜ。


 「あー、それで急にいなくなったと?」

 「ああ、何か静かになったと思ったらいなくなってたって」

 「何じゃそりゃ?」

 「ホント、信じられねー話だけどさ、先生がそんな冗談言う訳ねーしな」


 「取り敢えず俺ん家に来ねーか? 色々と聞いてみたいこともあるしさ。

 カツ丼も食わしてやるぜ」

 おおっ、やはり持つべきはご近所様だぜ。


 「スマンな、せっかくだからお世話にならせてもらうわ。

 全く、俺が一番の当事者だってのに自分で何もしてねえな」


 「それがアンタの良いとこなんだからさ、もっと胸張って良いんだよ。

 自分だけで何とかしようなんて考えるんじゃないよ」


 「そうだぜ。ウチの親父からもさ、赤毛のおっさん家に何かあったときは助けてやれって言われてたんだよな。

 何かあるんだろ?」

 「ああ、まあな」

 「立ち話も何だ、行こうぜ。乗せてやるよ」

 「おう、助かるぜ」


 よく分からん激励まで頂いた俺は、有り難くお世話になることにした。


 ……この兄ちゃんのオヤジって昔のクラスメートなんだよな。

 これまた何かにつけて親切にしてくれたんだよ。

 学校ではほとんど接点がなかったのにだぜ?

 何でなんだろ。

 ガチの不登校児だったからな、俺。

 そのうち理由を教えてもらおうと思いながら次の年また次の年ってのを繰り返してさ。

 奴は残念ながら三年前に病気でコロッと逝っちまった。


 ひと言話すだけで済む話なのにな。

 何でそんな簡単なことが出来なかったんだろ。



* ◇ ◇ ◇



 俺たちは八百屋のカミさんに別れを告げ、定食屋に向かって出発した。

 俺は兄ちゃんの三輪バイクの後部シートにおっかなびっくり跨っていた。

 メットをかぶってるから頭部は見えないが、如何せんバイク自体がメッチャ目立つんだよな。

 まあ店の看板みてーなもんだし目立つことが目的のモノだからしゃーないけど。

 仕方なく顔を伏せてなるべく傍目に俺だということが分からない様にする。

 折角の体験なのに残念だぜ。


 それにしてもお隣の奥さんの手際の良さは凄かった。

 駐在さんと定食屋の兄ちゃんを呼んだタイミングがサッパリ分からんな。後で聞いてみよ。

 あ、待てよ? ネットかな? 俺ボッチだからSNSとかからっきしなんだよね。

 そういえばお隣りさんも家デンを使ってたが、こいつはもはや絶滅寸前のシロモノだ。

 何かヘッドセット的なやつを付けててそれで連絡したのかな?


 「なあ、家を荒らされて何か盗まれたもんはあるのか?」

 「いや、グッチャグチャにされすぎて把握出来てねえな。

 今んとこハッキリしてんのは車だけだ。最初に来た連中が逃走に使ったからな」

 「ああ、そういえば車無くなってたな!」

 「ちょっと色々あってな、その車に色々と積み込んでたからそれも一緒だ」

 よくよく考えてみたらお持ち帰り品て拾得物なんだよな。

 やべぇ、拾得物横領罪だぜ。俺、犯人だった!

 ……ま、今さらか。拾った場所に行く方法も分かんねぇしな。

 「逃走用の盗難車って黒焦げで見つかるよな、大抵」

 「オイ、フラグ建てんのは勘弁してくれよォ」


 ドルルン、キキィ。

 「おう、着いたぜ」

 「早っ! って当たり前か」


 「助かったぜ、ありがとな」

 「良いって、礼を言うなら先生だろ?」

 「そうだな、あの人揉め事を的確に仕切る能力が半端ねえよな」

 「そういえばいつの間に出前の注文なんてしてたんだ?」

 「何か怪しい団体が来て旦那さんと押し問答になったってメールに書いてあったからその辺じゃねーか? 知らんけど」

 マジか!? 来てすぐじゃん。

 てことは駐在さんもソッコー呼んだのか。

 凄え状況判断能力だぜ。


 定食屋の兄ちゃんは紙切れを眺めている。


 「しかしどうするかね、被害届とか出してーけどもう何も信じらんねーしな」

 「手続きは駐在さんにお願いするしかないんじゃね? その暴力集団ってやつが本物だったにせよ偽物だったにせよさ」

 待てよ? しゅ、拾得物は拾って載っけたまんまにしてましたで通じるよな!?

 「駐在さんはあの場をどうするつもりなんだろーな? てか完全に奥さんが仕切ってるよな」

 「それは分かんねーなぁ。紙切れにも書いてねーし。

 当のオッサンが俺と一緒にここにいるからな、それが分かってるのかすら怪しいぜ。

 まあ先生のやることだから万事抜かりはねーんだろーけどさ」

 スゲーな、この絶対的な信頼感。


 「先生がさ、おっさんは日付が一日飛んだ件について何か知ってて追ってるんじゃないかって書いてるんだけどこれマジなの?」

 「うーん、マジと言えばマジだし違うと言えば違うな」

 「何だそりゃ」

 「いや、俺は個人的に同じ経験をしたことがあるってだけの話なんだけどさ、それが今度は世界規模で起きてるからな」

 「個人的にってマジかよ!? 十分関係者じゃん。

 じゃ、じゃあさ、先生が言ってた人が消えたって件も経験済みなのか?」

 「いや、それはモノが同じかどうか分からんからな、なんとも言えねえな」

 「同じかどうか分からんけど似た様な経験があるってことか。やっぱり十分関係者じゃねーか!」

 「もしかすると他にも経験済みなのかも知れねえんだけどな、日付が飛んだりしてるせいで記憶も一緒に飛んだりしてるんだよ。

 だから正確なとこは分からねえんだ」

 「すげぇ! 完全に主人公じゃん!」

 「オメー面白がってるだろ」


 「なあ、その消えたってのはやっぱ……」

 「ああ、親父だ」

 「だけどな、消えたとこを直接見た訳じゃねえんだ。

 同じ建物の中にいてさ、いなくなったんだよ、急に。

 それ以来手掛かりすら見付かってねえんだ」

 「持ち物とかどこかで目撃されたとかもねーの?」

 「ああ、一切無しだ。あるのは親父がいたってみんなの記憶と所在が初めから分かってた持ち物だけだな」

 「持ち物?」

 「会社とか家にあったものはみんなそのままだった。

 一緒に無くなったのは身に着けてた物だけだな」

 「結構サバサバと語るんだな」

 「俺も還暦だしもう慣れたわ」

 「達観してんなぁ」

 「感覚が麻痺しちまってるだけだと思うぜ。自分でそういう感覚がある」

 「麻痺?」

 「ああ、俺自身色々あり過ぎてな。キャパオーバーだわ、正直。

 オマケに言うとな、爺さん、婆さん、それにもしかすると母さんも同じかもしれねぇんだ」

 「なるほど……こりゃどうコメントしたら良いか分かんねえな。今回の件もその一つって訳かぁ」

 「ああ……そうなんだがな、今回はかなり違うんだよ、いつもとは」

 「てことは今までどうだったかって話から聞かねーと理解出来なさそうだな」

 「さすがお隣さんの教え子だぜ、理解が早いな。

 さっき感覚が麻痺してるって言ったけどさ、同時に自分が思考の罠に陥ってるんじゃないかって思う部分もあるんだよ。

 だからさ、助けてほしいんだ。客観的視点ってやつでな」


 「ああ、困ったときはお互い様だぜ。先生の頼みだしな」

 お隣さんと同じこと言ってんのな。

 お互い様精神を理解してもらうのって簡単そうで難しいんだよな。


 「でさ、それと今回先生が出くわした不思議体験とが同じかどうか分かんねぇってのは何か根拠があるんだろ?」

 「簡単だ。俺は親父が消えたところを目撃した訳じゃねえ。

 どっちかっつーと神隠しに近いんだ。

 いつの間にかいなくなってて探しても見つからねえってやつだ。

 要するに誰かに拉致られたって同じに見えるんだ。

 少人数でいたところから突然いなくなったってのは見かけ上の事象としては同じとは言えねえ」


 「だけどそれだけじゃ決め手に欠けるんじゃねーか?」

 「そうだ。奥さんから渡された紙切れに書いてなかったか?

 そいつは明らかに頭おかしい行動を取ってたってな。

 少なくとも親父はいなくなる直前までマトモだった」


 「なるほど、確かに書いてあった。

 後から来た方の団体サンも含めて何かの妄想に取り憑かれたみてーに話が通じなかったってな」

 「今回突然消えたって言われた奴な、実はちょっとした知り合いだったんだよ。

 だがな、俺に出くわした時点で既に赤の他人みてーになってた。

 で、興味深けぇのはその後だ。

 俺を凶悪犯扱いしてタイホタイホの一点張りだったのが一変しちまったんだよ、ある出来事があってからな」

 「一変?」


 「ああ。元に戻った……いや違うな。素の部分が顔を出したって言い方の方が合ってるかもしれねえ。

 奥さんがな、家に上がってお茶しませんかって話しかけたんだよ」

 「うわ、先生らしいぜそれ。とことんマイペースだよな」

 「そこからはしばらく奥さんのペースだったぜ。

 すっかり飲み込まれちまってコントみてーだったよ。

 言動は相変わらず頭おかしいまんまだったんだけどな、方向性が何ていうか……ホームコメディみてーな? そんな感じだった」


 「しばらくは、ってことはまたその……タイホタイホ? に戻ったのか」

 「ああ、例の変な暴力集団が来たんだよ」

 「旦那さんが応対に出て、奥さんとそいつだけになった」


 「アレ? オッサンはどうしたんだ?」

 「あー、それはだな」

 「ウンコでもしてたか?」

 「何で分かった!?」

 「え? マジだったの!? カッコ悪ゥ!」

 「うるせえ! 良いか、ウンコを笑う者はウンコに泣くんだぞ。覚えとけよ」

 「あー分かった分かった。ウンコを笑う者はウンコに泣く、だったな?

 オッサン名言集の一つとして色紙に書いてレジの横に貼っといてやるからさ」

 「やめてオネガイ! てか飲食店でソレやっちゃうの?」


 「……あー話を戻すぞ?

 その何だ、ソレを済ませた俺はだな、ドヤドヤと上がり込んで来た団体さんを引き連れて勝手口から逃げた。

 で、団体さんはその後は俺ん家の家探しに夢中で出前が来るまでずっとそこにいた。

 奴らの行動も頭おかしかったけど動き自体はシンプルで読みやすかったぜ。

 なんつーか、戦略ってもんがなかった」

 「なるほど、それで揃っておっさん家にいたって訳か」

 「うまい具合に家デンが鳴ってな。あーもしかするとあれも奥さんの仕業かもな。聞いてみないと分からんけど」

 「で?」

 「ああ、それでお隣さんがまたフリーになったんでコッソリ戻った。

 それでこれまたコッソリリビングを覗いたら奥さんと押し問答してた」

 「先生が押し問答って珍しいな」

 「いや、そこからまた奥さんペースになったぜ。

 でさ、今日が何年何月何日かって話を急に振ったら何て答えたと思う?」

 「2042年5月10日とか?」

 「1989年5月4日、だってさ」 

 「はあ? 何だそれ?」

 「やっぱそう思うだろ? 何の脈絡もなく出て来たからさ。

 ただな、この日付って俺からしたら見覚えがあるんだよ、実は。

 まあその件は後で話すとしてだな、次に奥さんが振ったのが『ご家族とお話がしたいわ。連絡先教えて下さる?』ってオネガイだった」

 「これまた先生らしいフリだぜ」

 「で、また急にマゴマゴし始めた。その前から兆候は少しあったんだがな」

 「兆候?」

 「年抜きで単に5月4日は何の日って聞かれたら何て答える?」

 「みどりの日だろ」

 「奴の答えは『その質問には答えられん(キリッ)』って感じだった」

 「これまた何だこりゃだな」

 「奥さんが誤魔化すならもっと上手くやれよってツッコミ入れたらキレ始めたからな。で、ご家族とお話がしたいわぁってフリになった」

 「容赦ねえなあ。で、その後どうなったんだ?」

 「駐在さんが来た。そしたら奴は駐在さんとサシで話をし始めた。まあ警察って自称してたからな。駐在さんは下から目線だったぜ。

 で、奴の調子は元に戻った。まあ奥さんが一瞬で対処方法をナビしてたみたいだからな、やり取りに危なげはなかったぜ。

 俺が見たのはそこまでだ。

 物陰からブロックサインで奥さんに合図して、玄関でご主人にスマンと謝って離脱した。

 そんでもって今に至る訳だ」

 「なるほどな、おっさん家に居座ってた奴らもそんな感じだったぜ。

 さっきも言ったけど出前でーすってフツーに入ってったら目を丸くしてやがったからな」


 「で、お前の考えを聞きたいんだが――」

 「その前にさ、オッサン」

 「あ?」

 「カツ丼食わねえの? とっくに冷めちゃってるぜ?」

 「あ゛ァーッ!」

 い、いつの間にィ!?

 「長げーんだよ、話しが」

 「チンしてイイ?」

 「おじいちゃん、チンって何?」

 「ぐはっ死語の世界ィ!」


 今日も濃い一日になりそうな予感がするぜ……



* ◇ ◇ ◇



 「なあ、お隣さんは大丈夫かな? 奴らいっぺん暴力に訴えてるからな」

 カツ丼もぐもぐ。お行儀悪いけどしゃべり食いだぜ。

 「旦那さんは正論で攻め倒すタイプだからなあ、そっちが心配だな。

 だけど八百屋のおばちゃんに見付かったからな。タダじゃすまねーとは思うぜ」

 「まあ、そうだろうな。変な方向に行かないと良いけど」

 八百屋のカミさんは何かというとすぐに世話を焼きたがる性格だ。

 コトによっては町全部を巻き込んだ大騒ぎに発展させたりしちまうんだから影響力というか行動力が半端ない。


 「話を続けるならまず一回戻った方が良いかもな。

 コッソリ覗いてみて問題なさそうなら声をかけよう」

 「何なら全員ウチで面倒見てやってもいいぜ」

 「マジで?」

 「ああ、ウチは俺ひとりなのに無駄に広いからな」

 「ひとりでこの店やってんの!?」

 「ああ、言ってなかったっけ? 嫁さん出てっちゃったんだよ。仕事が嫌になってさ」

 「おお、同志か!」

 「同志とか言うなよ」

 「しかしひとりでよくやってんな」


 「まあバイトは雇ってるからな。昨日、いや一昨日から休んでるから今いないけど。

 何でか知らんけど本人とまだ話せてないんだよ」


 「辞める前兆じゃね?」

 「やっぱおっさんもそう思うか? ウチってそんなにブラックなのかなあ」

 「一日何時間仕事してんの?」

 「あ、えーと、そう言えば考えたことなかったぜ」

 「ブラックだな。真っ黒だ」

 「えー何で?」

 「自覚ねーのかよ。こりゃダメだわ」

 もぐもぐ。

 「カツ丼食わしてもらいながら言うセリフじゃねーだろ」

 「いや、客観的事実に基づいた発言だって。

 ホワイト企業の経営者が平均就業時間を即答出来ねえなんてあり得ねーぞ。

 俺は自分で気付けなかったバッドポイントを指摘してやっただけなんだからな?

 ホラ、さっき思考の罠に陥ってるかもしれないから客観的視点が欲しいんだってお前にお願いしただろ?

 それと同じなんだって」

 「なるほどねぇ。でも働かないと食っていけねえんだよなぁ」

 「ただ必死に頑張るだけじゃ客は増えねーだろ。だからあんな目立つバイクで出前に出たりしてんじゃねーのか?」

 「イヤ、アレは単なる趣味なんだけど」

 「マジでぇ!? だからビジネスチャンス逃すんだって」

 味噌汁ズズー。


 「でさぁ、話は戻るけどお前の見立てを聞かして欲しいんだわ」

 「また急に方向転換したな! まあいいか。

 まずな、おっさんの親父さんが消えたって話と今回の奴らとは理由から何から全然別だと思うぜ」

 「そのココロは?」

 「まずさっきの奴らは誰かに催眠術か何かで操られておっさんに危害を加えに来ただろ?

 でもって仕掛け人は結構間抜けなヤツだと思うぜ。

 自分のコマをロクに操れてねえし段取りもボロボロを通り越して行き当たりばったりだ。

 消えたってのは何なのかよく分からんけど、もしかすると狙ってやったんじゃなくて手違いとかの類いかもな。

 意図してやったんだとしたら失敗からの撤退とか、そんなとこだな。

 でもって親父さんのケースは聞いた話が本当なら事故か事件だ。

 事件なら人混みに紛れてとか混乱に乗じて、それか事故に見せかけた事件って可能性もアリかな」


 「なるほど。俺の考えと大体一致するな」

 たくあんポリポリ。

 「まあここまでは割と一般論だからな」


 「で、消えた云々は置いとくとして、さっきの奴らが何しに来たかだ。

 先生のメモによれば奴らの言動はおっさんをタイホするで一致してたんだろ?」

 「おう、そうだな」

 もぐもぐ。

 「奴らは警察のフリをするのに必死だったって訳だ。

 フツーに押し入っておっさんを拉致るなり何なりすれば良いのにだ。

 それで一個どうしても腑に落ちない点があってさ」

 「何だ?」

 味噌汁ズズー。


 「奴らが現れたきっかけだよ。あ、奴らってのは団体で押しかけたっていう暴力集団な。

 先生の旦那さんが警察に通報したら奴らが来た、この認識で合ってる?」

 「ああ、タイミング的にはな。奥さんが何か書いてたのか?」

 「あー、結局ちゃんと来た警察は先生が呼んだ駐在さんひとりだったろ? 普通に考えたら理由は2つに絞られるよな。

 ひとつは警察の内部に手引きしている奴がいる、もうひとつは――」


 「旦那さんが手引きをした、だろ」

 「ああ」

 「だがそれだと説明が付かないことがいくつかあるぞ。

 そもそもお隣さんに駆け込んだのは俺の方だぜ。

 それで警察を呼んでもらいつつ匿ってもらうって流れになったんだからな。

 俺が駆け込まなかったら奴らは来てたと思うか?」

 もぐもぐ、ごっくん。

 水ズズズー。コップを置いて合掌。ご馳走様でした。


 「ああ、奴らが来ること自体は変わらなかったと思うぜ。

 なあ、その先生ん家に駆け込むきっかけになったって方の奴らのことも教えてもらって良いか?」

 「お隣さんまで付いて来た自称警察の一人は良いな?」

 「ああ、あと二人いるんだろ?」

 「ちなみにこの話って今した方が良いのか?」


 「ああ、おっさんと二人だけでした方が良い。それに先生ん家を見に行く前に済ましておきてえ話が他にも出来た」


 何だ? 奴、もといコイツの父親絡みか?

 「そうか、分かった」

 「あとの二人は俺が目を覚ましたとき既に家の周りをうろついていた。いや、正確には最初は一人だった。

 家の周りと言うより車の周りだな。タブレット端末片手にウロウロしていて、傍目に見ても怪しかった。

 俺がそれを咎めると縮み上がってお巡りさん助けてーとか喚き始めた。

 そこで警官のフリをして現れたのが二人目の奴だ。

 ただ、コイツはホントにただの芝居だった。

 一人目の奴が俺に恐喝されたとほざきながらそいつに泣きついて、『何だと? じゃあタイホだ』みたいなことを言い始めたんだ。

 だがコイツはちょっと脅してやったらすぐに馬脚を現しやがった。

 二人ともオツムの弱い腰抜けのチンピラって役割を与えられて、それを必死になって演じてる感じだったな。

 大概大根役者だったがな」

 「その二人は結局何がしたかったんだ?」

 「さあ、それが謎なんだよ。この話にはまだ続きがあってな。

 そこにあの自称警察の奴が現れた。

 俺の記憶が確かならソイツは本物の刑事の筈なんだが、知ってる通りコイツものっけから頭おかしい発言の連発だった。

 そこに来て二人が被害者面して自称警察の男に泣きつくって図式になった。ちなみに罪状は分からん。説明無しだった」

 「意味分かんねえな」

 「こっから先がさらに意味不明だぜ。

 二人の主張がな、バイトで検問やってました、車は商売道具です、俺ん家は会社の詰所ですときた。

 ここは俺ん家で被害者は俺だって主張はまあ無視されたな。

 でその自称警察の男が二人に出した指示が『詰所に入って休んでいなさい』だぜ」

 「何だそれ? 検問とか詰所とかどっから出て来たんだ?

 誰かの指示なのか?」

 「分からん。詰所ってのにはちょっと心当たりがあるが、関係があるかまでは分からん。

 そんでもってこの話にはまだ続きがあるぞ」

 「マジか」

 「ああ、マジだ。残ったその男がな、二人が俺ん家に無遠慮に上がり込んでったのを見届けたら今度は俺を警察署に連行しようとしやがった。

 でもって行く前に家族に連絡させてくれって頼んで息子に電話しようとしたんだよ」

 「電話か。オッサンらしいな」

 「それで懐から携帯を出したらな、使えなかったんだコレが」


 「そりゃそーだろ。このタイプの携帯ってもう最後の会社がサービス終了して5年位経つぞ。

 それどころかこれ、ノーマルだと対応してる通信方式がないだろ?

 使えなくて当然じゃん。おっさんも大概頭おかしいんじゃねーか?」


 何だと……どういうことだ?

 またかよ、オイ……なのか?

 まあ良い、俺は空気が読める男だ。

 「これを見ろ」

 俺は携帯を見せた。

 「おお、すまーとふぉん? てヤツか! 何かマニアに高く売れそうなアイテムだな」

 「いじってみて良いぞ」

 「マジで!? いや今はそんな場合じゃないんじゃ……

 あ、そーか。関係あるんだな。この一件に」


 俺の携帯をためつすがめつする定食屋の兄ちゃん。

 「適当にボタンを押したりしても良いぞ」

 「動くの? マジで? てかコレバッテリー大丈夫なの? 充電は……まさかUSB!?」

 「いーから、触ってみ?」

 「コレ何しても反応ないんだけど」

 ん? 画面すら点灯してない?

 「あら? 貸してみ?」

 俺の手元に戻ると画面が点灯する。


 “2042年5月10日(土) 14時56分”

 そして

 「SIMカードを挿入して下さい」

 の表示。


 「お、表示された。もしかして生体認証?」

 「いや、そんな記憶はないが……」

 「その時点で既におかしいってか。しかもこの表示、もしかしてずーっとこれで固まってるとか?」

 「ああ、その通りだ。何も出来ない。今日起きたときから……いや、SIMを挿せのメッセージは息子に電話しようとして取り出したときに初めて出たな」

 実はこのメッセージもおかしいんだが今は黙っておこう。

 俺がツッコミを入れたら何かありそうで怖ぇからな。


 「何だ、めっちゃ怪しいな。その携帯、おっさんが使ってるとこ見たことねえけど長いのか? 使い始めて」

 「いつからかははっきり覚えてねえがだいぶ長い」

 「それおかしくね? おっさんも催眠か何かにかかってんじゃねぇか?」

 「ああ、その可能性は十分あると思ってる。だからこいつを見せたんだ」

 「なるほど、確かにこりゃ重要だわ。

 ちなみにこんな古い機械、普通に使ってたのも異常ならこんな半端な状態で使えなくなったのも異常だな」


 「こっから先の話も引き続き異常だぞ。

 携帯が使えねえのを確認した俺は家デンを使って連絡することを思い付いた」

 「おじいちゃん、家デンって何?」

 「固定電話……ももしかして通じねえか……うーん、家に置いとく据置型の電話だ。通話しか機能がない」

 「そんなのあってもほぼ使わなくね?」

 「ああ、使わねーな。だけど化石人類は一台持ってねぇと落ち着かねぇもんなんだよ」

 「なるほど、取り敢えず分かったから続けて」

 「俺は時間をくれと断って自分ちに入った。そしたらもうグッチャグチャのメチャクチャにされてた」

 「ちょっと待った。それ二人が入ってから何分後?」

 「体感で1分くれーだな。それで家中全部メチャクチャだ。異常だろ?」

 「確かにな。でもまだ序の口なんだろ。携帯絡みの話が出てねーもんな」

 「察しが良いな……そうなんだよ。俺は家デンで息子の携帯に電話をかけた。

 ちなみに息子が使ってる携帯は俺と同じやつだ」

 「うーむ……何で?」

 「よく覚えてねぇんだな、これが。いつから使ってるかもどこで買ったのかも分からねえ」

 「怪しさ全開じゃんかよ……」

 「その携帯にかけたらどうなったと思う?」

 「少なくとも普通に繋がった、は無さそうだな」

 「全くの別人に繋がったんだよ、これが」

 「誰?」

 「さあ? 知らん奴。ただ、しゃべりが独特でちょっと知ってる奴に似てたかな。外人みてーなイントネーションだった。

 でもってそいつが雑談しませんかとか言って来たからな、ちょっと探りを入れてみるつもりで軽く応じてやった」

 「雑談だ? 何でそんなことする必要があるんだ?」

 「知らん。俺に聞かれても困るぜ。頭おかしいからじゃないか? 知らんけど」

 「あ、待てよ? 外人ぽくしゃべる奴なら俺も心当たりがあるぞ」

 「マジで? どんな奴?」

 「バイトの子の家の人だ。親御さんかどうかは聞いてねえから分からねえけどな」

 「その話後で良いから詳しく聞かせてくれ。

 その雑談で今度会おーぜみてーな流れになってな、場所を指定されたんだよ」

 「番号って覚えてるか?」

 「ああ、これだ」

 「うわ、同じだよ……」

 「やべぇな。コレめっちゃやべぇ」

 「ところでこれが何で息子さんの番号ってことになってたんだ?」

 「分からん」

 「は?」

 「携帯からかけると息子に繋がる」

 「は?」

 「俺からかけて繋がる先も多分そいつだよな。既に何回か話してるし。

 俺としちゃあ息子さんの方もスゲー気になるぜ。

 おっさんの話が本当だとすれば今息子さんと連絡する手段がない訳だな」

 「多分、日が飛んだりして忘れちまってることがあるんだよ。俺自身それが何なのか分からねえから判断のしようもねぇ」


 「息子さんが携帯以外からおっさんにかけたとき誰に繋がるかも気になるぜ」


 「それはさておきだ。その変なイントネーションの奴がいくつか気になることを言っててな」

 「その家探し野郎たちと関係がありそうなんだな?」

 「関連性の有無はイマイチ判断が付かないがな、俺も持ってる物を探してるって間違い電話が時々かかってくるんだそうだ」

 「おっさんも持ってるもの?」

 「ああ。『羽根』だ。まあその間違い電話の主が探してるもんなのかどうかは分からんけどな。

 あ、ちなみにその変なイントネーションの奴には俺が羽根を持ってるって話はしてないぜ」

 「羽根? それが何で関係するんだ?」

 「それを持ってるときに限って変なことが起こるんだよ。

 しかも今回はな、朝起きたら置いた筈の場所から忽然と消え失せてたんだ。

 だから正確には今は持ってないってコトになるんだけどな」

 「怖っ! 何そのオカルト」

 「変なことってのも色々あるんだが、話すと長くなるからまた今度にしよう。

 ちなみに携帯絡みの話もまだあるんだけどな」

 「う、メッチャ聞きてぇ……」


 「まあ今は連中をどうするかだ。俺ん家を荒らした目的がその羽根って可能性もある。

 でもってその変なイントネーションの奴もそうだが、そいつに間違い電話をかけた奴が絡んでる可能性だってある。

 後者は完全に正体不明だけどな」


 「なあ、ここまで聞いてどう思った?」

 「普通なら頭大丈夫かよって聞くとこだけどな。起きてることがおかし過ぎてなぁ。

正直俺も自分がアホになったと疑うレベルだぜ」


 「俺がしたいのはそういう話じゃなくて、後から来た暴力集団がお隣さんに押しかけたきっかけが何だって話だよ。

 今何の話をしてたかも吹っ飛ぶほどインパクトがデカかったか」


 「おっとっと、そうだった。

 その暴力集団は頭がヘンになったホンモノの警察かもな。

 でないとわざわざ公権力の行使を装う理由が見付からねえ。

 ただ、行動があまりにもバカ過ぎて公権力に対するネガキャンとすら思えるけどな。そこが解せない点は変わらねえ。

 自分のコマをマトモに動かせてねえんだよな、やっぱ。

 警察にどうやって入り込んでるのかって部分の裏付けだがな、その自称警察で突然消えた男がメッチャ怪しいと思うぜ。

 そいつのマヌケな行動も、奴らの目的も動機も訳が分かんねえ動きの原因と考えれば納得がいくと思うぜ」


 「変なイントネーションの奴はどう思う?」

 「多分シロだぜ。それはまた別な問題だな。別なオカルトが偶然絡んで来たって感じだ。

 関係があるなら間接的にってとこだろうな」


 「なるほど。頭いい奴の行動は割と読めるがそうじゃない奴は何で今それをやるの? 必要なのそれ? みてーなのが多いもんな」

 「ああ、それそれ、そういうやつだと思うぜ」


 「それでな、最初に来た二人組は俺がお隣さんに匿ってもらった直後に俺の車に乗って逃走した。

 これはさっき話したな。

 逃走する直前の話だ。二人はあの自称警官にペコペコし出した。

 お隣さん家から遠目に見てただけだから話の内容は良くわからんかったが、何か『おう、お前ら頑張れよ、達者でな!』みてーな感じなのは見てて分かった」

 「奴らの行先は分かんねえな。おっさんが経験したその変なコトってヤツの中にヒントがあるんじゃねーかな」


 そこで俺は思い出した。


 『ボクたち今日はバイトで検問やってたんです!』

 『この車は作業服とか交通整理のための道具の運搬車両なんです!』

 『この建物は会社の詰所ですよ!』


 ………

 …


 「なあ、さっきそいつらの話の中で詰所ってキーワードが出ただろ。

 その絡みでちょっと思い当たる所があるな。ただ……確証はねえ」

 「じゃあ先生ん家の確認がすんなり片付いたら確認しに行こうぜ」

 「お前それフラグだから……まあ良い、これでお隣さんが絡むとこの認識はすり合わせ出来ただろ。

 お前が行く前にしたかったことってそれなんだろ」

 「ああ、先生ん家のことだから間違いのない様にと思ってな」


 「ちなみにまだ話してないことが結構あるんだよな、携帯に絡むやつ以外でも。

 しかも重要度は多分、今さっきした話より高いかもしれない。

まあそれも後で話すか」

 「マジか……もうお腹一杯だぜ……」


 「じゃあ出る前に俺からもう一個良いか?」

 「何だ?」

 「親父の話だ。俺のな。おっさんを助けてやれって言われてたって話はしたよな?」

 「ああ、別に俺がお前の親父さんの命の恩人とかそういうもんじゃないんだがな、奴は生前から何かと親切にしてくれたんだよ。

 気味が悪いくらいにな。あ、言い方が悪かったな。謝るわ」

 「いや、大丈夫だって。何を今さら。

 それでさ、ちょっと見て欲しいもんがあるんだよ。

 親父が爺さんから頼まれてたことらしいんだがな、言い出し辛かったみてーでよ」

 うーん、奴にもそんなコトがあったとは……

 「分かった、そこまで悩むってことは何か重要なものなんだな?」

 「重要かどうかは分からねえが、今の話でおっさんの主人公体質? と何か因縁がありそうだとは思ったぜ」

 「何だその主人公体質ってのは」

 「今考えた」

 「……ったく……早く見せろ」

 「おう、こっちだぜ」


 そう言って定食屋の兄ちゃんは2階の居住スペースに俺を案内した。

 仏壇に手を合わせ、下の収納から桐の文箱と茶碗箱を出す。

 俺も手を合わせた後、それを受け取る。

 奴の嫁さんは一足先に旅立っていて、今はふたり笑顔で仲良く並んでいた。


 「開けて良いか?」

 「ああ、当然だろ」

 俺は文箱を開けた。


 入っていたのは数枚の古ぼけたモノクロ写真だった――


 「!!!」

 ……その中の一枚に俺の目は釘付けになった。


 そこに写っていたのは一人の男……血の海となった軍艦の甲板で真っ赤に染まった羽根飾りを手に、何かに向けて切実な声で訴えを投げかけていたあの男の姿だった。


 「やっぱり、心当たりがあるんだな」



* ◇ ◇ ◇



 「やっぱり?」


 「ああ、爺さんから言われてたらしい。これをおっさんに見せろ、そうすればきっと助けになってくれるってな。

 俺には何のことだか分からねえがな」


 やっぱりって言ったがタイミングが絶妙過ぎねえか?

 どういうことだ?


 「俺だって顔を知ってるくれーでこの人がどこの誰かまでは知らねーぞ?」


 「じゃあ、これは?」


 そう言って茶碗箱を開ける。

 そして出てきたものに俺はさらに硬直した。


 「その様子だとやっぱ心当たりがあるみてーだな」

 「……それはお前の爺さんが持ってた代物か?」

 「ああ。ただし預かりもんだって言ってたな」


 「おっさんの親父さんのそのまた親父さん、要するに爺さんから預かってたんだそうだ」


 間違いない。それは今まで何度も夢や幻という存在として手にしていたあの双眼鏡だった。

 それが今、現実に目の前にある。


 あるいは今こうしていることもいずれ忘れてしまう仮初めの体験に過ぎないのか――


 「……オレの爺さんも誰かから預かってた、みたいな話は聞いてなかったか?」

 「へっ!? それを今から言おうとしてたんだ。スゲーな、コレ何十年もウチにあったんだぜ。

 まずな、知ってるかもしれねーけどその写真の人が双眼鏡の持ち主だ」


 てことはこの人物が俺の爺さんなのか……?


 「おろ? 何だこれ?」

 そう言って定食屋の兄ちゃんが茶碗箱の底から取り出したのは、真新しい封筒にしたためられた一通の手紙だった。

 「前に見たときはこんなのなかったぞ? それにこの封筒新品じゃねーか」

 「良かったな、心霊現象を実体験出来て。

 お前学生ん時オカ研入ろうか迷ってるって言ってたじゃん」

 「マジ? マジで!? マジなのコレ!?」

 「三年位前にお前の親父さんが入れたんだろ。最後に蓋開けたの何年前だよ」

 「うおー実証ォ!」

 テンション高けーなオイ! ビックリさせんなよな……

 「おい、アタマ大丈夫か? てか見るか見ねーかハッキリせーや」


 軽口を叩きながらも双眼鏡を目の前にした俺自身、今どうするべきなのかを決めかねていた。

 今までは決まって、双眼鏡が現れると転換点となる何か大きな出来事が待っていた。

 いや、俺が覚えていないだけで他にも色々あったのかもしれないが……

 ともかくそれが今ここにある、ということが何を意味するのか。

 急な場面転換やら誰かが見たシーンやらを見せられるなんてことがあるのか?

 いや、これは現実だ。ただの双眼鏡に何の影響力がある?


 色々と知ってしまった今、俺には呑気に構える余裕は無くなっていた。


 「なあ、おっさん。ひとつ良いか?」

 声をかけられてハッとする。

 「今思考の罠ってやつに嵌りそうになってた様に見えたぜ?」

 危ねえ、その通りだ。

 「そうだな、そうかもしれない。今の俺はどう見えた?」

 「どうも何も、双眼鏡を眺めてフリーズしてたぜ。進退きわまったみたいな顔してさ。

 俺目線だとそいつがそんなにヤバそうなオカルトアイテムにはとてもじゃねえが見えねえけどな。

 むしろ誰かの思いが詰まった大事な一品なんじゃないのか?」


 そして手に持った封筒をしげしげと眺めながら続ける。



 「俺の目にはあんたが肌身離さず持ってるその携帯電話の方がよっぽどやべー呪いのアイテムに見えるがな」


 「なあ、違うか?」



 俺はそう言われてまたハッとした。


 写真の男が血塗れの羽根飾りを手に訴えたこと、そしてそのとき“彼女”が俺に伝えようとしたこと……

 俺は今まで自分のことばかり考えていた。


 特殊機構、そして“GS001”に関する荒唐無稽なやり取り。

 “彼女”自身も含め、存在も所在も不明でそこには現実味など微塵も感じられない。


 しかし“彼女”は確かに言った。願いを叶えられるのはもう俺しかいないんだと。


 そしてその願いを訴えた彼の写真が今ここにある。

 その願い……『奴だけは還してやってくれ』とは何だ?

 そして“彼女”は一体誰なんだ?



 「おーい」

 「ああ、スマンスマンまた考え事にふけっちまってたぜ」

 「イヤ、さっきと顔が変わったからな、役に立てた様で何よりだぜ」

 「話してないことがもっと山の様にあるってことを思い出してな」

 「マジかよ……って今日何回目だ……」

 「それだそれ、俺の経験ってほとんどそれだから。あ、どっちかっつーとまたかよ、って感じだな」

 「マジかよ」

 「ちなみに日付が1日飛んだ件とも関係あると思うぜ、割と直接的に」

 「マジかよ……」


 「まあ今は他に優先すべきことがあるからな、考えごとは終わりだ。

 見せてもらって良かったよ。お陰で色んなことに気付けたからな。

 あとな、すまんけど紙とペン貸してもらって良いか?」

 「何かよく分からんけどまあ良かった良かった?……ほい、コレ」


 俺は話の続きを紙に書いて渡した。


 「……なるほど分かった。二度あることは三度ある、だな。

 任しとけ」

 「おう、頼むぜ。しかしお前の爺さんの予言は見事に外れたな」

 「外れた?」

 「ああ、助けてもらってるのは俺の方だって話」

 「ハハハ……違ぇねぇな。よし、じゃあ行くか」


 そうして定食屋の兄ちゃんは手にした手紙の封を切らずに箱に戻す。俺のメモも一緒だ。


 俺も写真と双眼鏡も元の場所に戻して立ち上がり、仏壇に向かって一礼する。

 「逝ってくるぜぇ……」


 「あ、何か言った?」

 「あーいや、ひとり言だぜ」

 「ふーん、怪しいな」



 定食屋の兄ちゃんと俺は軽く準備を済ませた後、また出前のバイクに跨った。

 「ある程度手前でバイクから降りて歩いてコッソリ近付くか」

 「そうだな、八百屋の裏にでも停めさせてもらうとするか」


 ドッドドッドドドッドドルルゥン!


 デカイ音を立てながら町内を走る。


 「……何か様子がおかしくねーか?」

 「ああ、やたらと騒がしいな」

 「またかよって叫ぶ準備は良いか?」

 「やめてくれよ……」


 俺たちは八百屋の裏でバイクを降り、徒歩で表側に出る。

 アレ? カミさんはいねーのか?


 ……とそのとき先行していた定食屋の兄ちゃんの叫ぶ声が響き渡った。


 「マジかよ、オイ!」

 エッ、またかよじゃねーの!?



* ◇ ◇ ◇



 「何だ? 何があった……何じゃこりゃ!?」


 小走りで追い付くとそこには黒山の人だかり。

 そしてよく通るデカい声……八百屋のカミさんだ。


 凄えヤな予感……


 人混みを掻き分けて前に出ると信じられない光景が繰り広げられていた。


 す巻きにされて転がされた件の5人、駐在さん、息子、嫁、孫、お隣さん夫妻、八百屋のカミさん、そしてテレビ局。


 「なあ、コレ打ち合わせしてくる必要なかったんじゃね?」

 「あ、ああ、結果的にそうなるな」

 新参者の俺たちはこの訳の分からない状況に圧倒されていた。


 「おい何だこれ。訳が分かんねえぞ」

 取り敢えず息子にクレームだ。


 「訳が分かんないのはこっちだよ。何やらかしたんだ、父さん」


 「あっ只今この家の家主が戻って来た様です」


 げげっ、レポーターが寄ってきた。

 あかん、なるべくにこやかに接しなければ!

 「何じゃあワレェゴルァ!」

 アレ?

 「ヒ、ヒィィ」

 「あーあ、おっさんの悪いクセが出たぜ」

 「父さん、それはダメだ」

 「死ねば良いのにー」

 ん? 何かADさんらしき人が……

 「スイマセン今のもう一回お願いします」

 「なんじゃわれー」

 「凄いです! 視聴率が爆上がりです!」

 「ヨシ、この子を集中的に映せ!」

 「オイ、事件現場に子供連れで来てんじゃねぇぞ」

 「お義父さん、尻尾を巻いて真っ先に逃げ出したって聞きましたよー、死ねば良いのにー」

 「何だとゴルァ!」


 何なんだこの状況……?


 「父さん、テレビ見た?」

 「見てる訳ねーじゃん」

 「そっかぁー」

 「おっさん、この人誰?」

 「息子」

 「は?」

 「なんじゃわれー」

 「もう一回、もう一回お願いしまーす」

 「テメーらウぜーんじゃこのボゲナスがァ!!」

 「ヒ、ヒィィィ」

 「あははははは」

 「父さん、悪ノリしない」

 「息子は死んだとか言ってなかった?」

 「生き返った」

 「え、それスクープ、詳しく」

 「わーいわーいすぷーぷすぷーぷぅ」


 「どーすんだよ、この状況」

 「どうするも何も原因は父さんじゃないか」

 「何だ、お前も頭おかしくなったのか?」

 「『も』って何だよ『も』って。他に頭おかしいのがいるみたいじゃないか」

 「あそこでスマキになってる奴」

 「そうなの? 来たら既にああなってたから分からなかったよ」

 「何? お前野次馬だったの?」

 「違うに決まってるだろ。

 テレビ点けたら父さん家が映ってたんだよ。

 電話は繋がらないしさあ。

 おまけに強盗犯が立てこもり中だって言ってたら気になるに決まってるだろ」

 「ウェッ、そんなコトになってたのか……」

 「知らずに来たのか……」

 「話せば超長くなるぜ」

 「取り敢えずさ、この場はお隣さんに収めてもらおうよ」

 「賛成。てか駐在さんだよな、ホントなら」

 「ん? 今何か立て込んでる?」



 「先生、この状況は何なんです?」

 「八百屋さんがね、ここだけの話だからってあの人たちのこと触れ回ったらしいのよ」

 「あちゃー」

 「あなた、八百屋さんの前でお隣さんと合流したんでしょ?

 周りにはちゃんと気を配らないと」

 「えーっ、不可抗力っすよぉ。おっさんと八百屋のおばちゃんの方が先に合流してたんだってぇ」


 「あら、そうだったの? まあ、何はともあれお隣さんを助けてくれてありがとうね。

 あなたはもう帰って頂いて結構よ」

 「ちょ、ちょっと待ってよ先生。この状況ではいサヨナラはないぜ!

 乗りかかった船から海に放り投げるのかよぉ」

 「何を言ってるの。あなたお店があるでしょ。お仕事は大事よ、きちんとなさい」

 「今日は客もいねーし臨時休業にしてきたぜ」

 「あら、日曜の昼下がりにお客さんがいないなんて、ちょっと八百屋のおかみさんにお願いした方が良いかしらねえ」

 「そ、それだけは勘弁してぇ」

 「あら、どうして? 善は急げよ? ちょっと、おかみさ――」


 「あーお取り込みのところちょっと失礼ェー」

 「おお、助かったぜおっさん」

 「イヤ、割り込むならここしかねえと思ったぜ」

 「あらお隣さん、ご無事だった様ね? 良かったわあ」

 「ええ、お陰様でこの通りピンピンしてますよ。オマケにカツ丼にもありつけたし」

 「まあ、あなた良いことしたじゃない? お昼をご馳走するなんて」

 「イヤ、お代は後――」

 「あーあースンマセン我々ちょっとこの状況を把握しかねておりましてぇ」

 「ああ、この有様ね。まず彼らを捕まえて拘束したのは駐在さんよ。

 今県警本部から応援が来るわ」

 あー何か凄えヤな予感……機動隊とか来ちゃったらどうすんだ? テレビの見過ぎか?

 「応援? なるほど、これは駐在さんの仕事ですか。ちなみにこのギャラリーは何です?」

 「すみません、この状況についてひと言お願いします」

 「八百屋のおばちゃんが言い触らしたんだってよ」

 「言い触らした? 何を?」

 「警察がお隣さんに集団で押し入って乱暴狼藉を働いたっていうことになっているらしいわねえ」

 「これまた随分とデフォルメされてるなぁ」

 「一回の立ち話で細かいとこまで把握する方が無理だって」

 「まあ俺が大声上げてお隣さんに駆け込んだお陰で、この辺の住民の皆さんは軒並み一部始終をコッソリ覗き見てたとは思うが」

 「それで噂が広がったってのもある訳か」

 「あら、抜け目ないのねえ」

 「今のお気持ちは?」

 「いえ、オモテで変な奴らに絡まれたら大声で助けを呼ぶのはごく普通の行動でしょう」

 「それなら逃走した人たちも、町の人たちに話を聞いたら意外とあっさり見つかるかもしれないわねえ」

 「おお、なるほど。後で聞いて回ってみます」


 「あ、そうそう、逃げたといえばウチに一人で来てたあの人、急にいなくなっちゃったのよねえ」


 「首謀者は赤い髪の初老の男ということですが、こちらの方は関係者か何かでしょうか」


 「ダーッうぜぇ! テレビ局はサッサと帰れやゴルァ!」

 「ヒ、ヒィィ殺されるぅ」

 「あら、ワイルドねぇ」

 「先生、その感想はないと思うぜ」

 「ちょっとタンマ」

 「あら、何かしら」

 ここで俺は息子に声をかけた。

 「おい、これからもっとひでー祭りが始まりそうだぜ。

 オメーは嫁さんと孫を連れて早く帰った方が良いぞ」

 「ああなるほど、何か読めてきたよ。近場で待機してるから何かあったら呼んでよ」

 「ああ、ありがてえが今携帯が使えねえんだ」

 「フリーズ? 再起動はしてみたの?」

 「イヤ、何も操作を受け付けねえ」

 「逆さにして電源とボリューム上を同時に長押しとか試してみたの?」

 「何だそれ」

 「アレ? 父さんに教えてもらったんだけど。ていうか、これ俺にくれたの父さんじゃん」

 「えっ?」

 「えっ?」

 これには定食屋の兄ちゃんも反応した。まあそうだよな。

 「父さん、さっき聞きそびれたけどこの人は?」

 「ああ、定食屋の跡継ぎだ」

 「えっ? そうなの?」

 「おう、よろしくな。言っとくがタメ口で良いぜ」

 「ええ、こっちこそよろしく。何か父さんとキャラが被ってるね」

 「うるせぇ」


 「こんにちは、息子さん。お二人が初対面なのは何か意外ねぇ。どうしてかしら」

 「あ、お隣さん、お久しぶりです」

 「俺は割と顔なじみだからな。おっさんとは」

 「言われてみれば確かにな。たがその話は後だ」

 「ここを離れた後の顛末が聞きたいんでしょう?」

 「ええ、そうで――」


 「あのスミマセン、あなたこちらの世帯主さんで間違いありませんね?」

 誰だ?

 「ええ、そうですが」

 「警察です。この度は大変ご迷惑をおかけ致しました。

 それで……捜査のために任意で私共にご同行願いたいのですがよろしいでしょうか。隣家のご夫妻もです」

 「えっタイホじゃなくて?」

 「我々を何だと思ってるんですか。そこに転がってるバカ共は確かに我々の職員です。

 それと今日非番の者が一名、こちらで対応に当たったと伺っていますが」

 「あ、そっちは聞いてないんだ」

 「あの、わたくし隣家の者ですが」

 あ、旦那さんいたんだ。結局怪我は大丈夫なのか?

 ちょっとふらついているな、大丈夫って訳ではなさそうだ。

 「旦那さん、怪我は大丈夫ですか?」

 「ええ、何とか」

 「あの、そちらのご主人はお怪我をされているのですか」

 「はい、えぇと、左から2番目の男に思いっきり突き飛ばされまして、玄関の柱にしこたま身体をぶつけましてね」

 「では病院が先ですね」

 「それと、申し訳ありませんが今少し現場保存についてご協力をお願いします」

 「ええ、承知しています」

 俺がそう応じると先方は目を丸くしていた。

 まあ当然だよな。メッチャ話しかけにくそうにしてたからな。

 「さっき聞かれた彼の件も含め、コトの概要は私から説明しておこう」

 「頼んます、駐在さん」


 集まっていた黒山の人だかりはいつの間にか消えていた。

 どうやら警察が交通整理を始めた様だ。

 周辺のご近所さんにも既に警察が聴き込みを始めていた。



 家を片付けたいが仕方ないな……何日かはこのままか。

 警察がマトモに動き出したらそれはそれでやりづれーな。



 そこへ定食屋の兄ちゃんがやって来た。

 「おう、ウチに来るだろ」

 「あっうちには来ないんだ」

 「良かったわあー」

 「じぃじ、こないのー?」

 うっ……後ろ髪引かれるなあ。

 「スマン、俺は定食屋の世話になるわ。さっきも言ったけどオメーは備えててくれや。頼んだぜ」

 「ああ、分かったよ」

 「カツ丼が目当てなのねー、あさましいわー」

 この嫁、コレで平常運転なんだよなあ。

 「父さん、何かゴメン」

 「別にいつものことだろ。お前の嫁さんがマトモなこと言い出したら頭おかしくなったのを疑わないとな」

 「死ねば良いのにー」


 「てな訳ですまんけど世話になるわ」

 「言っただろ、気にすんなって。カツ丼も用意してやるぜ、有料でな!」


 「そうだ。なあ、お前の携帯って今どうなってる?」

 と、ここで急に思い出して解散する前に息子に確認する。

 危ねえ、忘れるとこだったぜ。

 「どうなってるも何も、いつも通りだけど?」

 「おかしいのは俺のだけか」

 「これは臭うね」

 「ああ、めっちゃ臭うだろやっぱ」

 「ちなみにお前の電話に間違い電話って来ることある?」

 「ないよ。何でさ」

 「いや、聞いてみただけ」

 「いっぺん俺にかけてみ?」

 「さっきはダメだったんだよね。電波の届かない云々が流れて」

 「あ、やっぱダメだ」

 「そうか、こりゃ困ったな」

 息子の家に家デンはない。まあないのが普通だ。

 「再起動してみた?」

 「そう言えば試してねーな」


 えーと、上下逆さにして電源とボリューム上を同時長押し。


 ……何も起きないな。

 「何も変わらねえ」


 「よし、俺と連絡先交換しようぜ」

 「ああ、それが良いね、助かるよ」

 定食屋の兄ちゃんが連絡役を引き受ける。

 「ほんとスマンな、何から何まで」

 


 「テレビ局は?」

 「帰った。警察が邪魔だ帰れって言ったら一発だった」

 「それはマズいかもな。あのリポーター、途中から頭おかしいモードになってたぞ」

 「頭おかしいモード?」

 「ああ、押しかけて来た奴らだよ。何の証拠もないのに俺を逮捕するのに躍起になっててな。

 発言は元より行動も無理矢理過ぎてバカかこいつらって感想しかなかった。

 まあそれと同じってことだ」

 「さっきのやつ、後で全国放送されるよな?」

 「影響が怖いなあ」

 「そういえば八百屋のカミさんはどこ行ったんだ?」

 「さあ? 帰ったんじゃね?」


 帰った? あの人が? 当事者の俺を放置してさっさと帰るのか?

 いや、あり得ねえ。


 あの人混みだ……何がどうなったか分かんねーぞ。

 これ、もう収拾がつかねーだろーな。


 しかし、いつもみたいにふとした拍子で急に場面が切り替わったりはしないのか?

 何かのきっかけでいつの間にか詰所に一人で立ってたりするもんじゃないのか?


 まあ、まだ昼過ぎだ。絶対これで終わりじゃねーよな。

 てかさすがに巻き展開過ぎねえか?


 ……何かのきっかけ、か。



* ◇ ◇ ◇



 まあどうなるにせよ、お隣りさんも同席してもらってすり合わせする時間がほしいぜ。元々それが戻って来た目的のひとつでもあった訳だしな。

 まず警察の面々がよそ見してる間にこれからの方針の確認だ。


 「お隣さんはどうされるんです?」

 「そうねえ、主人の治療もあることですし、しばらくホテル暮らしかしらねえ。

 うちはあまりものを壊されたりはしてはいないけど、暴漢が来たり警察が現場検証したりしたところで寝起きするのはちょっと良い気分はしないわねえ」

 うーむ、ご主人は黙っているぞ。完全にお任せモードか?

 「ご主人も同じお考えで?」

 「ええ、殴られたりぶつけたりしたところの痛みが引くまで無理は出来ないですしね」

 ほえー金持ってんだなあ。

 「父さん、顔」

 いけね、俺ってすぐ顔に出るタチなんだよね。


 「あの、お時間が許せばいちど定食屋に集まって認識のすり合わせをしませんか?」

 「そうねえ、あれだけおかしな人たちに襲われるなんて今までにない経験ですものねえ。

 そう言いつつ定食屋のお兄さんとはもうある程度お話されてるんでしょ?

 息子さんも何やら『ああ、またか』っていう顔をしてましたしね?」

 「おい、顔だとよ」

 「父さん、それは後出しジャンケンだよ」

 「いやー先生にはお見通しだったか」

 「そこはスルーしろよ」

 「父さん、心の声」

 「おっといけねえ(棒読み)」

 「お隣さんが正解だと思うけど、正直も良いことよ。じゃあ主人を病院に連れて行った後に行くわね」

 「父さん、俺は別行動で良いね?」

 「ああ、頼むぜ。必要な情報は後で共有してやるよ」

 「警察が護衛を付けるって言い出すかもしれないぜ?

 お前らなんて信用できるかってはね付けるのか?」

 「お前ら信用出来ねえってのはあまり強く言う必要はねえし、遠慮します、くれーで良いだろ。

 ああ、それと俺は知人宅に厄介になるって言うからな、正直にな」

 「父さんの優しく言うってのは信用できないけどね」

 「聴取には応じるんだろ?」

 「当然だろ」

 「そうねえ、考える余地もないわ」

 「いつにします?」

 「主人の怪我もあるし、明後日くらいにするわ」

 「俺は今すぐでも良いと答えるぜ。早ければ早いほど良いってな。でもってお隣さんにも同席させてもらうぜ」

 「父さん、暇なの?」

 「お前な……嫁さんに似てきたんじゃないのか?」

 「えへへ、そりゃどうも」


 「さて、大体こんなもんか。あと今聞くべきは例の突然消えたって件の状況だな、お隣さん?」

 「そうねえ、でもあんまりないわねえ。何しろ見た目の出来事としては『あら、いなくなっちゃったわ』って、それだけなのよねえ」

 「よそ見をしてる間にってことか……駐在さんも?」

 「それは聞いてみないと分からないわねえ。困ったわ……そうだ、駐在さんには病院に付き添ってほしいってお願いしてみようかしら。そうしたらこっそりお話が出来るわ」

 「ナルホド、俺も行きたいが色々あるんでよろしくお願いします」

 「ああ、そういえばお隣さんから[ピー]の[ピー]さんが何回か聞こえて来たわよ。誰かから電話が来たのかしらねえ」

 「そういえば俺も一回だけ聞きました。何回もかけてくるってことは何か大事な用があるんでしょうかね」

 「何とも間の悪ぃ話だぜ。もしかしてそのせいで奴らはずっとおっさん家に貼り付いてたのか」

 うーむ、アレはてっきりお隣さんだと思ってたが……


 そうして俺たちは一旦解散した。



 「すみません、知人の家に厄介になることにしたので生活用品や着替えだけ持ち出したいのですがよろしいでしょうか」

 「ああ、はい。大丈夫ですよ。ただ、なるべく関係のないものには触れないで頂けると助かります」

 「分かりました。ありがとうございます」

 お礼を言うと警察の人はまた目を丸くした。

 やべえ、コレ俺のキャラだとキレ倒すのが自然かも。

 まあ良いか。確認したいこともあるしな。下手に出て損はねえ。

 そんなことを考えながら俺は規制線をくぐらせてもらった。


 「失礼します、家の者です」

 「ど、どうも」

 家に入ったのが随分と久し振りな気がするぜ。

 自分ちに失礼しますってのも何か変な感じだ。

 今考えたら寝間着のまま外に出なくてホントに良かった。

 テレビ局が来るなんて考えも及ばなかったからな。


 居間から適当な手提げ袋を持ち出す。

 ひっくり返ったままの仏壇に手を合わせる。

 逝ってくるぜぇ、と心の中でルーティーン。

 遺影と位牌は下敷きになっていて見えない。

 出来れば持ち出したいが……お願いしてみるか。

 「すみません、遺影と位牌を持ち出したいんですが」

 「ええ、構いませんよ」

 手伝ってもらいながら仏壇を少し起こす。

 これで今来てる警察の人も頭おかしくなってたらヤベーよな。

 あーイカンイカン、フラグ建てちまうとこだった。

 そして倒れた仏壇の下を見た。


 ……あれ?

 「ないぞ? 遺影も位牌も無くなってる……」

 「あの、こちらにはどなたの?」

 「ああ、私の母の遺影と位牌です」

 「なるほど、では犯人が持ち出したと考えるのが妥当ですね」

 そう言いながら静かに仏壇を元に戻す。

 「ええ、残念ですが。しかし何でそんなものを……」

 後から来た五人の誰かが持ってたりするのだろうか。それともあの二人か……そんなこと考えそうには見えなかったがなあ。


 《そうソう、人違いじゃないかなんてのもありまシた》


 ふと頭をよぎったのはあのときの電話の一場面だった。

 まさかなぁ……

 そんなことを考えながら寝室にある着替えを取りに行こうとした矢先のことだった。


 “ちゃーらーりーらー ちゃららーりーらー♪”

 気の抜けた[ピー]の[ピー]さんが家の中に響き渡る。

 お、例の着信か。

 そうだ、さっきの発信履歴は消しといた方が良さそうだな。

 「コレ、どうします?」

 「ああ、我々が到着する前から何回も鳴ってるんですよ。

 取り敢えず出て下さい。内容は後で教えて下さいね」

 「分かりました」


 俺は家デンの前に移動した。

 ……非通知か。

 俺は受話器をとった。

 念のために右手にペンを持って構える。

 「もしもし?」



 『ガリガリガガガ!』

 「おわっ! 何だこれ!」


 『…ああ…や…と…ガリガリッ…ったぁ………ガリッ…そ……ガリガリ…がん………を……ガリガリ………のぞ……ガリッ………ちゃ……ガリッ………めだよ…………と…ガリガリッ……のー…ガリ……は…ガガッ………ガリッ…ししゅ……ガリガガガーーピィーーーーーー』


 「もしもし? もしもーし! ……駄目か」



 通話はプツンと音を立てて途切れた。

 この声……通信状況が悪くてかなりダミ声になってるが“彼女”なんじゃないか?


 何でまたこんな手段を使おうとした?

 今までになかったことだぞ。

 しかも酷い通信状況だ。どこからの発信だったんだ?

 てことは……さっきまでの着信も……?

 てゆーか何でウチの家デンの番号を知ってる?


 ……おっといけねえ、また悪いクセが出ちまったぜ。

 俺は手早く発信履歴を1件削除した。

 そして電話メモをポケットにねじ込む。


 「誰からでしたか? 内容は?」

 「非通知でしたね。雑音だらけですぐに切れました」

 嘘は言わねーぜ。取れたメモも何とか判別できた部分だけだからな。

 「雑音?」

 「ええ、電波状況がひどく良くない感じでした」

 「電波状況?」

 「ああ、そんな感じだったって事です。とにかく、ほとんど聞き取れなかったですね」

 「何でしょう? まあこのことは一応報告しておきます」

 「はい、分かりました」


 それにしてもひでーノイズだったぜ。



 その後俺は預金通帳とか権利書とかを確保した。

 これどーすっかなあ……フツーなら持ってくとこだが金庫もアリ……いや、金庫は丸ごとパクられたら終わりだ。いつ何時奴らが押しかけてくるか分からんからな、持って行こう。

 生活用品は大体入れたしこんなもんか……ただ、廃墟関係は軒並み車なんだよなあ。

 アイツらの言動からするに逃走先はやっぱアレが濃厚な訳だが、今はおいそれと遠出する訳にも行かねーしな。

 警察を引き連れてくわけにも行かねーし、車は当面お預けか。

 あーやっぱやりづれーな。


 「ありがとうございました。私は今日は知人の家でお世話になろうと思ってるんですが、家には一旦戸締まりしに戻ったほうがよろしいですか? 何せ車も盗まれてしまったもので定刻どおりに移動できるかどうか……」

 「ああ、それでしたらこちらには警備を付けますのでご安心下さい。心配でしたら様子を見に来て下さって構いませんよ」

 「それを聞いて安心しました。よろしくお願いしますね」

 「はい。あ、契約書、証券類や貴金属などはお持ちになりましたか?」

 「ええ、おおむね」

 大半は金庫だぜ!

 「連絡先ですが、こちらの知人宅までお願いします。携帯が故障してしまったもので」

 「そうですか、承知しました。後ほどご連絡すると思いますのでよろしくお願いします」

 「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」


 そう言うと俺は現場を離れ、定食屋に向かった。

 近い近いと思ってたが20分位かかったぜ。

 バイクで数分の距離だけど歩くと結構あるな……



* ◇ ◇ ◇



 定食屋に戻ると兄ちゃんが待っていた。

 「お? 思ったより早かったな! 足腰が衰えてねーみてーで何よりだぜ!」

 「いやー久々に歩いたぜ。基本車に頼りっぱなしの生活だからな」

 時間はまだ午後1時半、あの二人組に遭遇してから3時間しか経っていない。


 「時間がもったいねえから出る前の続きでもやるか」

 「おう、そう来ると思ったぜ」



 “チャララーララ チャラララララー♪”

 そのとき、定食屋の電話が鳴った。何だよ家デンあんじゃねーか!

 それはそうと警察からかな?

 「お、思ったより早かったな!」

 「それさっきと同じセリフだぜ」

 「まいど、定食屋でーす。あ、どーもお世話様です。……ええ、いますよ。あ、はい、今変わりますから落ち着いて待ってて下さいよ」

 「おっさん、予想通り警察からなんだけど何か様子がおかしいぜ。何かすげー焦ってて早くおっさんに代われってまくし立てるんだよ」

 「おかしいのはいつものことだろ」

 「違えねえな」

 俺は受話器を受け取った。

 「代わりました。俺です」

 『すみません、今さっき出たばかりで申し訳ないんですがご自宅に戻って頂けないでしょうか』

 ……何だろうな。

 「分かりました。すぐに向かいます。用件は到着してから口頭で直接お願いします」

 『……口頭で直接ですか、分かりました。お待ちしています』

 ガチャ。

 「すぐ家に戻れってさ。何やら緊急事態らしい」

 「送るか?」

 「いや、何か目立つとまずい気がするからこっそり戻る。

 それと、コレ持っといてもらって良いか?」

 「携帯? ああ、なるほどな。分かったよ」

 俺は定食屋の兄ちゃんに携帯を預け、自宅にUターンした。


 全く……次から次へと……また頭おかしいやつでも出たか?

 そんなことを考えながら徒歩で自宅に戻る。

 今度は手ぶらだったこともあって15分で着いた。


 「お世話様です。来ましたよ」

 俺は敷地に入り捜査員さんに声をかけた。

 「ああ、お待ちしてました。

 ご自宅を詳しく調べていたらね、かなり古い白骨化した遺体が大量に出て来たんですよ。

 よって、あなたは殺人と死体遺棄の重要参考人にもなりました」


 オイ! 何だよソレ! ナナメ上過ぎんだろ!

 いくら何でもイベント重ね過ぎだぞォ!



* ◇ ◇ ◇



 俺は努めて冷静を装いながら、言葉を返した。


 「すみません、そんなモノ一体どこから? それに殺人って穏やかじゃないですね。発見したばかりだってのに……!」


 「発見されたのはキッチンの床下です。床下収納を外したところその下に階段が見つかりましてね、その下に地下……いえ、状況からして安置所もしくは墓地と言った方が正確かもしれません……とにかくそんな施設が見付かったんですよ。

 しかもかなりの広さと深さです。この家の床面積と同じ広さで地下5階までありましたから。

 そして整然と並べられた棺です。1フロア辺り30体程度、まだ全て確認した訳ではありませんがどれもきれいに着飾った遺体が仰向けに安置されていました。

 地下室はかなり古く、お話したように安置された遺体は完全に白骨化していて、鑑識の見立てでは少なくとも死後数十年は経っているとのことでした」


 何だこの流れる様なマシンガントークは。

 それにこんな話ありえねぇぞ。だってこの家建てたのって俺だぜ? イヤ土地は親父のだけどさ、そんな地下室なんて作ってねぇぞ?

 第一地下5階って何だよ。個人で作ったらいくらかかるんだそんなの。

 もひとつ言うと、床下収納外すって真っ先にやることなのか?

 タイミング的に俺がここから離れるのと同時くらいじゃねぇか? 知ってただろ絶対、予めさぁ。

 

 「あの、この家を建てたときの図面を見て頂いたら分かると思うんですが、元々この家に地下室はありません。

 お話を伺った限りではその地下室は家より古いと思うのですが……」


 「地下は元々あってご自宅を建て替えたときに入り口だけ設けたという訳ではないのですか?」

 「ええ、そもそもその地下の存在を知りませんでしたから」

 「それは不自然ですね。あなたのご年齢とご自宅の築年数を考えると、後からということにせよあなたも十分に関係者である可能性が高いんです」

 アカン、冷静にならねば……もうちっと泳がすか。


 「この家自体が状況証拠って感じの言いっぷりですね。それと殺人の嫌疑に関してまだご説明頂いておりませんが?」

 「失礼、結論は当然遺体の詳しい鑑定を待ってのことになります。ですが、百年単位での時間経過が確認でもされない限り、ここに住んでいたあなたがまず最も疑わしいのです。

 そして現状ではこの線を否定しうる論拠は何ひとつ見付けることが出来ないと、私個人の考えとしてそう申し上げているのですよ」

 まあ正論か。だが頭おかしい認定の可能性は最後まで捨てずに取っておくぜ。


 「なるほど、ではその場所の検証に私も立ち会わせて頂くことは可能でしょうか」

 「何です? 実況検分ですか? 随分と気が早いのですね?」

 こんの野郎ォさっきまでオロオロしてたクセによォ……!

 ざまぁ達成ってかぁクッソ!

 テメーは今からざまぁ刑事だコノヤロウ!


 「まあ結構です。発見した鑑識が先行して入りますので後から付いて行って下さい」

 「付いて行ってくれ? 刑事さんは来ないんですか?」

 念のために言っとくけどこの人は刑事さん(?)とは別の人だぜ!

 「え、ええ。地上に誰か残って警戒することも必要ですからね」

 「表で待機してる人を呼んできますか? そうすれば一緒に入れるでしょう」

 「いや、それぞれの持ち場がありますので」

 ふーん、なるほどねー。


 「あの、刑事さんは現場に行って実際ご遺体に対面されたのですか?」

 「い、いや、話を聞いただけです」

 「なるほど、聞いた話だけであたかも見てきたかの様に語り、挙げ句住人を被疑者扱いですか。余程ご自分の推理に自信があるんでしょうねぇ」

 「それがどうしたというのですか。行きたければ行けば良いでしょう」

 にひひ。コイツびびりクンかぁ。ビビリ刑事? うまいことすれば好き放題出来そうだぜ。


 「すみません、降りる前に先程ここにいた知人に電話で連絡したいのですが」

 「構いません、どうぞ。ただし、手短にお願いしますよ」

 「ありがとうございます」

 俺は今携帯を持ってないので家デンだ。

 まずは定食屋にかける。……普通につながった。

 『まいどー定食屋でーす』

 「俺俺、オレだけど」

 『おう、どうだった?』

 「俺殺人と死体遺棄の重要参考人になっちった。許してちょんまげ」

 『ちょんまげ? 何ソレ』

 「おうふ……関係ねえから聞き流せよ。てかそんなとこツッコむんだったら前半部分で驚けよ!」

 『何? また頭おかしいやつ?』

 「いや、まだ判断は出来ねえ。これから確認しに行くとこだ。詳細は確定的な情報を手にしてからだな」

 狙いすましたタイミングってのはまあ呼び出しのタイミングからも察してるだろ。怪しいぜ、コイツは。

 『了解だぜ。ちなみにおっさんの携帯は着信もねえし何をしても反応がねえ』

 「おう分かった、サンキューな。じゃあ後でな」

 『おう、気を付けろよ。もう何があってもびっくりしねえぜ』

 ガチャ。

 次はお隣さんだが……今は病院だな。出てくれるかね?

 ……ダメだ、出ねえ。コールバックはしてくれるだろうけどそんなうまいこと近場にいるタイミングでかけてくれるとは限らねえしな。

 しょうがねえ、もういっぺん。

 『まいどー定食屋でーす』

 「俺だぜ。度々すまん」

 『もう何か分かったのか?』

 「いや、お隣さんにも電話したけど繋がらなかったんでな、さっきの話の伝言を頼みてーんだ」

 『何だ、そんな話か。いいぜ、任しとけ』

 「何から何まですまん、よろしく頼むわ」

 『良いって言ってるだろ、じゃあな。くれぐれも気を付けてな』

 「おう」


 さて、行くか。

 「すみません、お待たせしました」

 「どうぞ、こちらです」

 「あれ? さっきの方は?」

 「ああ、彼なら表で見張りをするって出て行きましたよ」

 何だ? 逃げたのか?

 「怖くなっちゃったんですかねえ? 随分詳しそうだったし一緒に来てくれると思ったんですが」

 「詳しい? 私はまだ白骨化した遺体が見付かったとしか報告していませんが」

 お? やっぱアレな感じだったのか?

 「え? そうなんですか? 聞いた話だと床下収納の下に階段があって降りると地下5階まであったとか、そこに棺が並んでいたとか、まるで今見てきたかのように淀みなく説明されたんですが」

 「地下5階? 何ですかそれは? だってここはあなたの家でしょう? 私が見付けたのは床下ですよ。

 場所はまあ確かにキッチンの下あたりですかね」

 「ではまず彼から詳しい話を聞いた方が良くないですか?

 まるで私が犯人であるかの様な物言いをしていましたからね。

 話がでっち上げならとんでもないことじゃないかと思いますが」

 「そうですね、ついでに申し上げれば私が虚偽の報告をしたみたいな話になるのも困りますしね」

 だよな! この人完全にもらい事故食らった状態だからな、援護射撃期待してるぜ!


 “ちゃーらーりーらー ちゃららーりーらー♪”

 おっと、ここでまた電話か。表示されている番号はお隣さんのものだ。


 「隣の奥さんの番号です。どうしましょう?」

 「私が受話器を取ります。あなたに代わるかはその後判断します」

 「分かりました。どうぞ」

 コレSFとかホラーだと急展開来るやつだな。もう来てるけど。

 ガチャ。無言で取ったぜ。

 「……」

 首を縦に振り受話器を渡して来た。どうやらホンモノだった様だ。

 「もしもし?」

 『ああ、びっくりしたわあ。無言だからどうしたのかと思っちゃったわ』

 「あなたの存在を明かしても?」

 「ええ、問題ありません」

 小声でヒソヒソ。

 『もしもし?』

 「あーすみません今のは警察の方です。念のため受話器は自分が取ると仰られまして」

 『そういうことだったのね、分かったわ。それで伝えたいことがあるんでしょう?』

 「落ち着いて聞いてくださいよ? ウチの真下の地面から白骨死体が出ました。かなり古いものだそうですが」

 「確かに古いですがかなりかどうかはまだ分かりませんよ」

 小声で補足。右手で分かったとサイン。

 『何ですって!? まさか……』

 「落ち着いて下さい、俺じゃないですよ。詳細はこれから確認します。そのご連絡でした。

 それと定食屋にお宅への情報共有を頼んだので同じ内容の電話が入るかもれないです」

 『そう、何だか心配ね。不審な矛盾点には十分に気を付けてね』

 「ありがとうございます。ではまた後で」

 ガチャ。

 「すみません、お待たせしました」

 「では行きましょうか」

 俺たちは件のビビリ刑事を探して表に出た。

 何かまた野次馬が増えてきてるな……奴らの耳に今の件が入ったら厄介しかないぜ。

 「あの、周囲に悟られないようにした方が……」

 「ああ、その辺は心得てますよ――」

 「おい、今度は死体が見付かったってぇ!?」

 どわっ!?

 ギャラリーからヤジが飛んで来たぜ!

 「ちょ、ちょっと鑑識さん!?」

 「私は何も知らないですよ! 消去法で彼しかいないでしょう!」

 マジかぁ……頭いてえ……

 「ていうかさぁ……奴さんどこ行った?」

 もう敬意なんぞ払う必要ねえな!

 「ア、アレ? さっきまでそこにいた筈――」

 「あー何だい何だい、今度は何やらかしたってんだい?」

 うわぁ……今一番見つかりたくない人に見付かっちまったぜ!

 「そこの家で死体が見付かったんだってさ!」

 「何だって!? そりゃ一大事だよ! ……ああダンナ、あんた、とうとうやっちまったのかい!? いつかはやらかすと思ってたけどさぁ!」

 オイ、いつかはやらかすって何だよ! 俺そんな目で見られてたのォ!?

 「何だ何だ!?」「押すな押すな」

 うげー何かワラワラと人が集まって来ちまったぜ……

 「おいおかみさん! あんま大声で騒ぐな! 野次馬が集まって来ちまったじゃねーか!」

 「何だい、心配なんかいらないよ! 人殺しだろーがなんだろーがあたしゃーずっとダンナの味方だよォー」

 「だからでけー声で人殺しとかわめくなっつーの!」

 「えっ何か今人殺しとか聞こえたんだけど!」

 「大変だァー」

 「お巡りさぁーん人殺しだってぇー」

 何か頭おかしそうなやつが混ざってるぞ! 大丈夫かコレ!


 「この有様は一体何なんです? 警察の交通規制はどうなってるんですか?」

 「知りませんよ! いつの間にかいなくなってたんです! 私だって今知ったんですよ!」

 今いなくなったって言ったな?

 交通機動隊の車両もいねーな。それどころかパトカーもいねえ。

 ……この騒ぎだ、またテレビ局が来ちまうぞ。

 クッソぉ……偶然なのか誰かの仕業なのか判断が付かねぇ。

 「警察の車両が軒並みいなくなってる様な気がするんですが」

 「ええ、完全に置いてけぼりを食らいましたね……」

 いや、誰もアンタの心配なんてしてねーから。

 取り敢えずどこ行ったかは確認してもらった方が良いな。

 ……ん? 俺ん家から……電話か!

 「すいません、また電話が鳴ってるんで行って来ます」

 「あっ待って下さい!」

 「え?」

 「あー、置いてかないで下さいって意味です……スミマセン」

 紛らわしいんだよォ! どいつもこいつもビビりやがってェ!

 「俺が電話に出てる間にみんなどこに行ったかの確認でもしてて下さいよ!」


 俺はダッシュで家デンの前に急行した。

 あー……この番号は定食屋か。

 「もしもし、俺だぜ」

 『何だ、家にいるじゃん』

 電話はその一言でガチャン! と切れた。


 こりゃやべぇ! 携帯置いてったのは悪手だったか!?



* ◇ ◇ ◇



 “ちゃーらーりーらー ちゃららーりーらー♪”

 おわっ! また電話!? ……お隣りさんの奥さんか。


 「もしもし?」

 『ああ良かった、繋がったわあ。今電話したら話し中だったんですもの』

 うーむ、なかなかのタイミングだった様だぜ。


 「今定食屋の番号から不審な電話があったんです。『何だ、家にいるじゃん』の一言だけでガチャりと切られてしまったんですが」

 『まあ、そうなの!? 今ね、主人の治療が一段落して定食屋さんに行こうとしていたの。

 ところがね、あなたの家に来たような怪しい二人組がお店に入っていくのが見えたのよ。

 ただのお客さんっていう可能性もあるけどね、あなたの方の様子を確認してから入った方が良いかしらと思って』


 「なるほど、そちらの状況は分かりました。奥さんの予想通りこちらもあの後また大きく状況が変わりまして。

 まず先程の電話のとき対応してもらっていた警察の方の説明が虚言である可能性が出てきました」


 『まあ、じゃあ遺体は見付からなかったのかしら?』

 「いえ、それを確認する前に発見した方と話す機会があったんですが、その方の話と最初に聞いた話の内容が大きく食い違っていたんです。

 発見した方が言うには、自分が報告してもいないことを話していると。

 ただ、それを確かめようとしたところでまた新たな問題が起きまして。

 こちらに来ていた警察が一人を残して撤収してしまったんです。本当に撤収なのかは未確認なんですが」

 『一人?』

 「ええ、今話に出た発見者が取り残されてしまったんです。ちなみにこの人は見た感じおかしなところはないですね」

 『なるほど、分かったわ。警察はこちらには来ていないわね。本当に帰ったのかしらねえ』


 「それよりもそちらの状況です。定食屋が荒らされたりした様子はないですか?」

 『大きな物音が聞こえてきたりといった動きは今のところないわね。でも店内を覗いた訳ではないからまだ何も分からないのよねえ』

 「駐在さんは一緒ですか?」

 『護衛を申し出て下さったんだけど、お話に参加して頂くのが良いか悪いか分からなかったから遠慮してしまったのよねえ。

今からでも来て下さるかしら?』

 「こっちはこっちでほったらかしに出来ないし、いっぺん相談してもらっても構いませんか?

 本当なら息子も呼びたいところなんですが、ちょっと事情があって定食屋の兄ちゃんしか連絡を取れる人がいないんです」

 『じゃあ私は駐在さんに相談してみるわね。問題はお隣さんの連絡手段がお家の電話しかないっていうことなのよねえ』

 「本当なら俺も何とかしたいところなんですが、なにぶん緊急事態ですからね。とにかく何かあればこの電話に連絡お願いします」

 『分かったわ。こちらは駐在さんと一緒にどうにか店内の確認をするわ』

 「店舗が無人でも二階に全員いる可能性もあるので気を付けてください。

 それと、さっきの電話でそちらに行った二人組が俺を探していることが分かった訳ですが、同時に俺が自宅にいることが知られてしまいました。

 これがそちらの二人組の動向にどう影響するか分かりません。荒事の様な真似を躊躇せずやってくる連中ですから、なるべく駐在さんに警戒してもらいながらコッソリ動くのが無難だと思います」

 『ありがとう、助かるわあ。そちらも気を付けてねぇ』

 「ええ、お互いに。では」

 ガチャ。


 さてと。

 あっちとこっで起きてるコトが連動してるのかどうかがイマイチ分からんな。

 そう言えば定食屋のバイトの子の保護者? があの変なイントネーションでしゃべる奴かもしれねえって話もあったな。

 何か関係があるのか?

 まあ今は目の前で起きてることを一つずつ片付けてくしかないか。考えても分からんことは分からんしな。


 俺は再び表に出た。

 ふぅ良かったぜ。相変わらず警察はいないままでギャラリーが勝手に騒いでるぜ。

 いやーこれ見て良かったとか考えるって我ながらヤベェなぁ。

 しかしコレ火事場泥棒とかし放題じゃねーか? 駐在さんとこの若えの借りれねーかな? 連絡してみっか?

 と、その前に……

 「どうでした? 確認できまし……た?」

 ありゃー、鑑識さんがテレビ局のエジキになってるよ……

 この際だから良いか。カメラがあったら犯罪抑止になるだろ。

 ポジティブシンキングだぜ!

 うお、こっち見んな!

 俺は素早く門の影に隠れて聞き耳を立てた。我ながらクソムーブだぜ。


 「どの様にしてその真っ赤な殺人鬼に立ち向かったのですか?」

 「あ、はい……じゃなくていいえ、その、何の話ですか?」

 「凄惨な殺人現場の第一発見者と伺いましたが、今どの様なお気持ちでしょうか?」

 「すみません、現在職務中ですので……」

 「みんな帰っちゃったからお開きでしょ? そんなのどうでも良いからあなたの武勇伝をお聞かせ願えますかァ?」

 やっぱあのレポーター頭おかしいな。

 止める奴がいねえってコトはまさかの全員か?

 あ、鑑識さんに見つかった。スマン、後で助けてやるからしばらくテキトーに相手しといてくれよ、と念を込めて拝みポーズ。

 ……何か死んだ魚の目になったぞ。これは通じたかな?



 そして野次馬連中だ。

 怪しい動きをしてる奴を探す。


 いや待てよ……こいつら……誰だ?

 よく見ると知った顔がひとつとして無ぇぞ!?


 それに八百屋のカミさんはどこに行ったんだ?

 これで二度目だぞ。明らかに誰かの差し金だろ、これは。


 「さあいよいよ殺人鬼の待ち構えるスローターハウスへと突入致しまぁす!

 みなさぁーん、準備は良いですかぁ?」

 何だよオイ! 俺ん家は観光地かっつーの!

 「ちょ、ちょっと待って下さい、現場への無断での立ち入りはぁ――あれぇぇハラヒレホロハレぇ」

 止めに入ろうとした鑑識さん(オッサン)がもみくちゃにされてくるくると回っていた。


 奴ら何をしようとしてるんだ? ただ単にバカ騒ぎしてるって訳じゃないだろ、さすがに。

 だって全員だぜ? キョンシーかっつーの!


 定食屋の推測通り、単にコントロール出来ていないことによる偶発的な事象に過ぎないのか?

 主体側の正体が未だに一切不明なのがもどかしいぜ。

 しかしこのまま無軌道におかしくなり続けたらどうなっちまうんだ?


 と考えごとを始めたのも束の間、群衆が規制線を踏み付けながら侵入して来やがった。

 ほうほうの体でこちらに逃げ込んてくる鑑識さん。


 

 「――!?」


 そのとき、どこか遠い場所でガラスが割れる様な音がした。


 軽いめまいと共に、コマ送りの映像の只中にいる様な感覚が全身を襲う。そのとき一瞬だが、一条のまばゆい光が長い尾を引きながら上空を横切って行く光景が垣間見えた。


 めまいと奇妙な感覚が治まったとき、眼前にあれだけいた群衆は誰ひとり残さずいなくなり、辺りは一変して静まり返っていた。……いや、鑑識さんがひとりで何かキョキョロ、わたわたとしている。

 「……? 鑑識さん?」

 手を伸ばすがすり抜けてしまう。

 「俺の声が聞こえてますか? き・こ・え・ま・す・か」

 反応がない……一方通行か。

 これは廃墟……いや……親父の会社の跡地で見た、双眼鏡を持った髭面の男と同じ状態か?

 こちらからは見えるが向こうからは見えない様だ。


 いや、向こうから見えてないってことは俺は突然消えた様に見えている筈だ。


 コレ、向こうが双眼鏡でも持っていたらこっちを覗けたりするのかね。

 鑑識さんだけを視認できるのは……やっぱどう考えても頭おかしい行動の有無と関係あるよな……

 近場の小石をつまみ上げるが、鑑識さんは反応なし。むしろ押しかけた連中の方に気を取られている様だ。

 どうなっちゃうの俺ん家ぃ……


 そう思いながら玄関の方を振り向くと、そこには散々散らかされた状態の俺の家があった。車がないのもそのままだ。

 しかしこちらには押しかけてきた連中がいない。あちらとこちらの状況には徐々に差異が生じ始めている筈だ。

 どうする……他のみんなの状況も気になる。そこでわたわたしてる鑑識さんと一緒で、こちらからは今の状況が見えるかもしれない。

 何が引き金で起きたのかは分からないが、この状況を利用して出来ることをやってみるか。

 しかし問題はずっとこのままだったらどうするかだな……

 まあ良い、オカシイのがちょっと増えただけだって考えるしかねえ。

 俺は置いてけぼりになった鑑識さんにスンマセンねと一礼して家に入った。



 五月晴れだった日曜の昼下がりの空はいつしか鬱々とした錆色へと変容を始めていた。



* ◇ ◇ ◇



 さて……まずは台所の床下収納だな。

 自分で言うのも何だが俺はこれでもマメな方だ。

 自分で料理もするし台所はいつもキレイにしている。

 それだけにこのメチャクチャっぷりが余計くっそムカつくぜ!


 イライラを募らせながら床に散乱している鍋やらフライパンやらをホホイのホイと片付けて行く。

 しかしこれって現実なのかねえ……さっきまで一緒にいた鑑識さんも今だに玄関の方に見えてるし。


 収納の蓋をうりゃっと開ける。


 床下点検口にタタミ半畳分程度の樹脂製のでかい箱がビシッとハマっている。これが床下収納ユニットだ。

 そういやあのビビリ刑事、これも外したとか抜かしてたな。

 その割に上に散らばってたモンはそのままだったし中のモンもそのままだ。

 虚言じゃなけりゃマジで予め知ってねーと出来ねえ話だぞ。

 これで鑑識さんの方がウソだったら世の中何を信じたら良いのか分からんレベルだ……、……あ。

 いや待てよ……鑑識さんはどうやって床下を覗いたんだ?

 クッソぉ盲点だったぜ!

 内視鏡? それかレーザーとか超音波なんかで測定出来んのかな。


 まあしょうがねえ。漬けといた梅酒やら何やらを一つずつ出して収納を空にする。

 そもそもこれって簡単に外れんのかな? 縁の部分がかなりがっちり固定されてるんだよね。

 床下に潜った方が早くねえか? と思ったそのとき、見たくもなかったものが目に飛び込んで来る。

 それは底面右奥にあった。

 ……羽根のレリーフだ。これメーカーのマークじゃねぇよな。もしかしてピッてやるヤツか? うげぇ……

 底面や側面を注意深く観察する。可動部っぽい溝なんかは見た感じ無さそーだ。通気口もねえぞ?

 うーむ、コレ俺が買ったのと違くねーか?

 仕方ねえ。床下に潜ってみるか。土まみれになるのは嫌だがカッパでも着れば大丈夫だろ。


 リビングに移動して適当な夏服に着替える。暑いからな。

 ……あれ? 服が何着か無くなってるぞ。

 奴らが持ち帰ったのか? 遺影、位牌に俺の服? 訳が分からんな。

 まさかあんなコトやこんなコトに使ったりとか!? おえぇゲロゲロゲロのゲゲぇ……

 ま、まあ今はどうでも良いことだぜ。次だ次ィ!


 着替えながらいつもの考察。

 考えてみたら俺って今親父と同じ目に遭ってるのか?

 何だか分からんが住人もいねーみたいだ。

 以前パラレルワールド云々てな話があったがそれとはちょっと違うよな。

 見たところ俺自身もあっちに同時に存在するって訳じゃなさそうだったし。

 考えまいと思ってたが永久にこのままとかはやっぱゴメン被るぜ。


 という訳で俺は適当な服の上に雨ガッパを着込み、無事だった倉庫で装備品を確保して床下換気口がある場所へと向かった。装備は懐中電灯に軍手、ちっちゃいクワとスコップだぜ。


 鑑識さんが誰かと話してるぞ……あ、インカムしてるから電話か。身に着けてるモノは見えるんだな。

 歩きながら動きを観察。


 あ、おつかれさまです。はい。え? 誰にですか? ……としゃべっている。そしてこちらを見る。思わずオッスというノリで手を上げてしまうが、俺が見えている様子はない。


 鑑定さんと誰かとの通話は続く。

 うんうん。え? という動作に続いて顎をしゃくり、うーむと考えるポーズ。空を見る。一瞬ポカーンとする。

 空の色はさっきからおかしいとは思っていた。だが俺には心当たりのある色だ。反応を見るに、多分向こうも同じなのか。


 そして懐から手帳を出す。

 何かをサラサラと書くと、こちらに向けて掲げた。

 クソ、よく見えねえ。仕方なく方向転換して見に行く。


 “連絡あり。30分後に定食屋に向かえ”


 鑑識さんは首をかしげながら何かを話している。これで良いのか、言われた通りにしたぞって感じだ。


 あ、離脱しようとしたがやめたぞ。通話は終了か。

 今のは俺がここにいると想定しての動きだったな。隣の奥さんの差し金か?

 多分家デンにかけたら鑑識さんが出て、そこから携帯でかけ直せとか指示を出して俺が向かいそうな場所に向けて伝言を頼んだのか? だったらスゲーな。


 会えたとしてもいることを知らせる術はないが、だからこその時間指定だろう。ここは大人しく従ってみるか。


 ……定食屋に入って行った奴らやテレビ局、それに野次馬軍団はどうなったんだろ。今それを気にしてどうにかなるって訳でもないが。


 さてと、急がないとな。目安は10分位か……

 俺は枠を外してガサゴソと前進する。

 床下収納が見えてきた。取り敢えず削ってみるか。

 クワで少しずつガリガリすると、じきに下面のコンクリートにぶつかった。まあ、ここまでは予想通りというかそういう作りだからな。

 しかし周辺の盛り土を少し削ると、何かおかしいということがすぐに分かった。

 床下収納と基礎の境目がない。周囲を全て削ってみたが同じだ。

 つまり基礎部分かその下から生えてるってことだ。

 クソっ、こりゃ上からじゃないとダメだな。

 これ、ビビリ刑事も鑑識さんもハズレって結果になるのか……

 まあ何にしてもおかしいってことに変わりはねぇな。

 元々俺ん家にこんなもんなかったんだ。施主の知らねえもんが多分ではあるが後天的に存在してるって時点でかなり変だ。

 朝からおかしいおかしいとは思ってたが、やっぱ廃墟の周辺でしか起きなかったことが町全体、いや最悪世界中で発生する様になってきてるのか……

 俺が経験した急な場面転換やヘンテコな体験、ゾンビ軍団との遭遇……もしかするとかなりの人が現在進行形で体験してるのかもしれねえな……


 おっと、考えごとはここまでだ。

 急ぎ足だが結果は出た。時間も押してるしまずは戻るか。


 外に出ると鑑識さんがまだ手帳を持って立っていた。

 やっぱ偶然狙いでカカシ役を引き受けてくれたのか。

 もういいぜって伝えられねぇのが歯がゆいがしょうがねぇ。

 俺に話した遺体発見時の状況がホントかどうかはさておき、後で何かお礼をしてやらんとな。


 俺は再び元の服に着替えた。

 台所は適当に元の散らかった状態にしておいた。

 蛇口をひねったが水が出ねえ……まさかと思い冷蔵庫を開ける……冷えてるが庫内灯が点灯しねえ。

 これ地味にピンチじゃねーか?

 ひとまず荷物をひっくり返してアルコール不織布を掘り返し、両手や顔面をゴシゴシとこする。

 アルコールが大丈夫なんだ、水も大丈夫だろ。

 てな訳で廃墟行きのために準備してあった箱買いのペットの水を何本か適当なバッグに入れて持って行くことにした。

 チキショー、5分程押しちまったぜ。


 俺は急ぎ足で定食屋に向かった。今さらだが自転車買っとけば良かったぜ!

 そして途中、誰にも出食わさなかった。

 刑事さんか八百屋のカミさんがいるかもと思ったが、事象を考えてみるとカミさんは多分飛ばされたクチだ。それに刑事さんの方はさっきの話通りそもそも違う事象の可能性が高い。

 この過疎っぷり、もしかすると人の数だけヘンテコ時空が存在するのかもな。


 そんな考え事をしながら早足で歩き10分ちょいで到着。俺もまだ捨てたもんじゃねえぜ。

 停めてある三輪バイクを見て免許取っときゃ借りられたのにな、などど考える。こっちにもあっちにもあるとかどういう法則で成り立ってるのかさっぱり分からんな。


 人影がないのを確認して入店。

 二階に移動する。

 定食屋の兄ちゃん、隣の奥さん、駐在さんが輪になって座って何か話している。

 そして件の二人組はお縄になって柱に固定されていた。おお、駐在さんの仕事だな!

 それにしてもみんな無事で良かったぜ。


 待てよ? ふん縛られてる連中が俺から見えてるのって何でだ?

 と思ったそのとき、その二人と目が合った。


 「ぎゃああああ! お化けええええ!」

 「お助けええええ!」


 「うるせぇ!」

 俺は半ば反射的に二人の頭を引っぱたいた。


 「ひぃーお巡りさあぁん!」


 バカ二人が急に騒ぎ始めたせいで三人がハッとした表情で一斉にこちらを振り向いた。


 え? 何ソレ?


 俺は二人組に向かって叫んだ。

 「お前ら……まさかと思ってたが天然モノだったのかよォ!」


 二人組は頭にハテナマークを浮かべて固まった。

 それを見た三人も訳が分からんという顔で固まった。



 ……俺ってさ、ビックリポイントがズレてるんじゃないのってよく人から言われるんだよね。何でだろ。



* ◇ ◇ ◇



 「……お前ら、もしかして俺のこと見えてんの?」

 質問を投げかけると必死で首を縦に振る二人組。

 お前らそんなに激しくヘドバンしてっと元々アホな頭が一層パーになるぞ?

 また首を激しく縦に振る二人。定食屋がなにか聞いたらしい。当然聞こえねーけど。

 それにしても何で二人セットで動くの?

 待てよ……?

 俺は二人に近付き右のやつの頭のてっぺんの髪を摘んで軽く引っ張る。

 「あひぇょえぅおぁぇ!?」

 ねえ、ソレ素でやってるんだよね?

 何もないのにぴょこんと立ち上がるおっさんのアホ毛に三人が驚いて何かしゃべってるけど当然聞こえねえ。

 「こうしゃべれ。『来たぞ』とな」

 「あ、あのさ、『来たぞ』って言ってるんだけど」

 三人の反応を見るに俺が来たってことは伝わったみてーだな。

 こいつらが素直なバカで助かったぜ! バカも役に立つことがあるんだな。覚えとくぜ!


 「『鑑識さんに指示を出してたのは奥さんですか』、言え」

 「鑑識さんに指示を出したのは奥さんですか」

 何だかあのときのやり取りを思い出すぜ。“彼女”はメッセージキューの登録を削除した、だから一方通行だって言ってたな。


 奥さんは首を横に振った。ウッソぉ、まじ?

 そのとき駐在さんが口を開いた。

 左のオタク……もう面倒臭ぇからオタとアホ毛で良いや……オタのほうが「えーとォ……いなくなった筈の警察の人から電話が来て、えっと何だっけ?」


 駐在さんがまた口を開いてアシストする。オタはそれに追随する形でゆっくりしゃべる。


 「あー、カンシキサン? から赤毛のオッサンがいなくなった、という連絡が来たけど、何か知ってるかって聞かれた、だって」


 コイツらに長文をしゃべらすのは無理だな。まあ贅沢は言うまい。

 むしろ今こうしてるのがメチャクチャラッキーな状況だってことを理解して感謝すべきだな。


 駐在さんが続きをしゃべり始め、オタがオタオタ、ペコペコして再びたどたどしくしゃべり始める。


 こいつら実は良いやつなのか? ただのアホって感じだ。

 だがそうだとしてもやったことは後で洗いざらい吐かせてやるからな。


 「それで、知らないって言ったら、そうか、じゃあまだその辺にいるかもしれないな、と言ったので、じゃあ30分後に、定食屋に来てくれ、と、伝えるように頼んだ……だって」


 なるほどねぇ……色々細かい話もしたいが今は難しいな。


 オタばっかしゃべってたのでアホ毛に振る優しい俺。

 「『積もる話もあるがここは簡単に話そう』、伝えろ」


 三人が頷く。


 「『まず遺体はあるかどうか判断出来なかったが』」

 二人が遺体と聞いてビビるが小突いて伝言を促す。

 「『床下に異変を発見した』」

 「『だが今は出来ることが無さそうなのでこっちに来た』」


 再び三人が頷く。


 今度は三人ではなく目の前の二人組に話しかける。


 「キミタチ、おっかない人に何かやれって言われたんでしょ?

 ここに来た目的を説明してね? オジサン怒んないからさあ?」


 優しく言ったつもりだったが二人はビビって震え出した。

 俺そんなに怖いかなあ?

 もうひと押しすっか。


 「怒んないからさーあ?」とびきり優しいスマイル。


 「しゃべります! しゃべりますから呪い殺さないでぇ!」


 あっそーか、俺は客観的に見たらお化けと変わんねーのか。

 いや、実際ここが死後の世界って可能性もあんのか……


 うぅ、俺死んだのかなぁ!? ……いつ? どこでぇ?


 「俺ら元々検問とかやってる会社の使いっぱなんすよ!」

 検問の会社? 何だそりゃ。まあ親玉からそう言えって言われてんだな。

 後ろの三人はヤレヤレって顔をしてるがコイツらがふん縛られてる直接的な理由か?

 「でさ、いっつも贔屓にしてもらってる姐ゴがいなくなっちまってさあ」

 「探してたワケなんすよぉ」

 「姐さん昼間はここで働いてるって聞いたからさぁ」


 アネゴが誰だか知らんが一応ここに来た理由はあるのか。

 てかこいつら俺ん家に押し入った奴らなんじゃねーのか?

 俺を見てもお化け以外の感想が無さそうなこの感じは何なんだ?


 おっと、定食屋が驚いた顔で何か話し始めた。通訳(?)がねーから分かんねぇぞ。


 「何て言ってる?」

 「あ、あの、姐さんの背格好とかを聞かれて……」

 「姐さんはかなり小柄っすね。顔も若作りで中坊とよく間違われるっす。それに何より真っ赤っ赤に染めてる頭がメチャクチャ目立つっす。あ、そこのお化けのオッサンと一緒ッスね」


 ガビーン! それって俺のカツ丼横取りしたヤツのことか!?

 ホントにいるとは思わんかったぜ!

 って定食屋もガビーンって顔だ。どうやら「バイトの子」で確定の様だな。

 そして奥さんと駐在さんはボーっとしている!


 ちなみにここだけの話、「ッス」って方がアホ毛で、「っす」ってのがオタなんだぜ。


 「そのアネゴってもしかして普段セーラー服とか着てないか?」


 「え? 知ってるンスか!?」

 「スマン、復唱してくれ。後ろの三人がついてこれてない」

 「お化けのオッサンが言う通り、姐さんは普段セーラー服でコスプレしてるっす!」

 ここで定食屋がこっちを見て何か言ったぞ。多分、「何で知ってんの?」あたりかね。


 「コスプレ?」

 「ここだけの話、姐さんはもう三十路ッス!」


 えっマジでェ!? てゆーかコイツ後で姐さんとやらにしばかれんじゃねーか? よし、覚えとこ! ぐへへ。

 そして定食屋、再びガビーンな顔。

 もしかして嫁さんが出てった理由ってソレジャナイノ!?


 「説明しろ。何でそれが『何だ、家にいるじゃん』ていう電話になるんだ?」


 「お化けのオッサンに電話したのは姐さんが『赤毛のおっさんに用がある』って言って出かけたからっす。

 それが最後に聞いた言葉っすよ」


 「ここから普通にかけたのか。番号よく分かったな」

 「そのお兄さんがかけてくれたッス」

 定食屋が申し訳無さそうな顔で正面拝みポーズ。


 「じゃあ何で今ふん縛られてるんだ?」

 「姐さんはいないって言うからしらばっくれてると思ってちょっとだけ暴れてこの部屋に乱入しようとしたッス」

 ちょっとだけねぇ……三人の顔を見るにちょっとって感じじゃなさそうだな。俺からは見えんけど。


 「ちなみに俺の家に来たことはあるか?」

 「お化けのオッサンの家は行ったことないっすね。場所も知らないっすよ」

 なるほど、同じだけど同じじゃない……か。コイツらバカだけど頭はおかしくないもんな。

 てことは刑事さんも言葉を交わせる可能性があるな。

 それと刑事さんと女子高生改めアネゴもつるんでる可能性アリか。


 「出かけたってのは家からか?」

 「そうッス」

 「後ろの三人に分かるように『姐さんは自分の家から出かけた』と言え」

 「姐さんは家から出かけたッス」


 「お前たちも家にいたのか?」

 話がややこしくなると思ったのか三人は口を挟んで来ない。

 定食屋は若干ウズウズしてるけど。


 「オイラ達は姐さんと暮らしてるわけじゃないっす。仕事でたまに会うだけの関係っすよ。

 昨日は山奥の廃墟で営業の打ち合わせをするついでに姐さんを運んでっただけっす。

 姐さんは廃墟に赤毛のおっさんが来るはずだからそこで待つって言ってたんすよ」

 なぬ? ストーカーか? 何で? 何の用だ?


 「いつになっても戻らないから今朝廃墟に様子を見に戻ったら誰もいなくなってたっす」

 今朝廃墟に行った、か……覚えとこう。


 「昨日といったな? 昨日は何年何月何日だ?」

 「昨日は2042年5月10日ッス」

 

 「なっ!?」

 三人も驚愕の表情を浮かべている。

 当然だ。5月10日の記憶は世界中が等しく忘れてる筈だぞ?

 詳しく聞いてみたいがこの状況だ。まずはもう一つの疑問点を聞こう。


 「お前らはその廃墟とやらに何の用があったんだ?」

 「廃墟はオイラたちの拠点にしてるッス。

 町からかなり遠いのが難点だけどそれが丁度良いんだって親分が言ってたッス」


 色々とツッコミたいのは山々だがここで込み入った話をするのもアレだしな。

 要するに廃墟にアジトを構えてたってことだな、多分。

 まあ今の話だけでも何となくだが色々と分かって来たぜ。

 ここは一個だけ確認しとくか。


 「なあ、お前ら詰所の監視員なんかもやってんの?」

 「へ? 何で知ってるんスか?」


 「俺、こう見えて監視の仕事には一家言持ってるんだよね」

 「そうッスよね! 良い加減やってても飯食わしてもらえるんスから楽チンで良いッスよね!」


 え? 何でそーなるの?

 お、俺そんないっかげんな男に見えるのかなァ!?


 と思って振り返ると蚊帳の外の三人はお茶をすすって完全に和んでいた。


 そこに俺がツッコミを入れる隙は一分たりともなかった。



* ◇ ◇ ◇



 「よし、それは置いといて次だ」


 俺はアホ毛の方に話を振る。

 「伝えろ。『息子に連絡して俺とお隣さんの家周辺の様子を見てもらう様に頼む』」

 「『現地の警察関係者は今鑑識さん一人の筈だ』」

 「『問題ありそうなら駐在さんに相談してくれ』」

 「『俺が最後に見たときは頭おかしい奴らの群れが』」

 「『頭おかしいテレビレポーターに先導されて』」

 「『どやどやと上がり込んでく状況だった』」


 定食屋が頷いて一旦離席。駐在さんも頷く。


 「ありえねー状況ッスね」

 珍しくアホ毛が発言する。

 「実はおめーらが10日のことを覚えてるって話もおかしいんだ。いや、これに関しては俺らがおかしくておめーらが正常なのかもしれんな」

 「へ?」

 「まあいい、そっちの話題は後にしよう」


 さっきの会話で三人が置いてけぼりになってるのを見た俺は、やっぱ個人的な経験を説明しながら話せる状況じゃねーなぁと思いつつもポケットから紙切れを出した。


 とここで定食屋が戻って来た。

 「息子さんはこれからお化けのおっさんの家に向かうそうッス」

 「了解と伝えろ」

 一同が頷く。


 さて、今出した紙切れだ。これ何なのかメチャクチャ気になってたんだよ。


 「お前らこの紙切れ見える?」

 「見えるッス」「見えるっす」

 「よし、じゃあどっちでもいいから手に持って二人に見せろ」

 オタの方が手に取って隣の奥さんと駐在さんに見せる。ダメだ。見えてねえ。

 「一応確認だ。この紙が見えてるか聞いてくれ」

 「この紙見えるっすか?」

 三人共首を横に振る。うーん、やっぱりか。仕方ねえ。

 「『メモを渡された。今から読み上げるから書き写してほしい』、と伝えろ」

 オタが指示に従って話すと定食屋が紙とペンを用意する。


 「よし、読み上げろ」


 「ああ、や、と、ったぁ、そ、がん、を、のぞ、ちゃ、めだよ、と、のー、は、ししゅ」


 「書き写した内容と合ってるか確認しろ」

 「間違ってないか確認するので見せてほしいッス」

 定食屋が書き写したメモを見せる。よし、おおむね大丈夫だな。

 四番目のちっちゃい「つ」と「あ」を小さい字に修正させる。

 「これで全部合ったッス」

 「よし、楽にして良いぞ。紙は俺が持つ」

 紙をオタから返してもらい、二人にも見える様に手に持つ。


 「今から俺が言うことを三人に伝えろ」


 「これはさっき俺ん家にかかって来た別な電話の内容だ」

 一旦切ったところでアホ毛が復唱する。

 よし、段々慣れてきたな。何か餅つきみたいだぜ。

 「発信元は不明で」復唱。「かなり雑音があり」復唱、以下同。

 「このメモに書いてある部分しか聞き取れなかった」

 「これ、何て言ってると思う?」


 これを聞いて三人はあーでもないこーでもないと話し始めるがじきに終了し、定食屋がメモに赤入れし始める。


 『ああ、や[っ]と[つなが]ったぁ、そ[う]がん[きょう]を、のぞ[い]ちゃ[だ]めだよ、[あ?]と、のー[と?]、は、ししゅ[←たぶん、「死守」]』


 続けて赤入れの内容を清書する。


 【ああ、やっと繋がったぁ、双眼鏡を覗いちゃ駄目だよ、あと、ノートは死守】


 おお、すげぇ! ……てかやべえのかコレ。

 

 オタに声をかける。


 「『双眼鏡はここにあるやつのことだと思う。根拠は後で説明する』」

 定食屋は早くも納得の行った顔だ。

 「『ノートにも心当たりがある』」

 「『だがそっちは今日の朝、車と一緒にパクられちまった』」


 「なあお化けのおっさん、あっちのオバサンが電話の相手に心当たりはあるのかって聞いてるッスよ」


 おっと。

 俺は再びオタに細切れにした言葉を伝える。

 かなり長文になるがちょっとずつしゃべれば大丈夫だろ。


 「伝えろ。『心当たりはある。会った記憶はないが』」

 「『多分俺にかなり近しい存在だ』」

 「『声から判断するに、多分若い女性だ。実年齢はさておき、だがな』」

 ここで二人組が苦笑い。

 「『そして“彼女”は自分のことを“人工無能”だと言っていた』」

 「『だがそれが本当かはかなり怪しい』」

 「『“彼女”は優秀過ぎる。さらに』」

 「『“彼女”は一連の超常現象を』」

 「『ある程度自分の意思で、意図した通りに』」

 「『引き起こすことが出来るらしい』」

 「『俺は今の様な事態に何度か巻き込まれたことがある』」

 「『それを助けてくれたのは多分“彼女”だ』」

 「『だが俺自身には“彼女”を見たという記憶がない』」

 「『そしてこれは俺の予測に過ぎないんだが』」

 「『今、何らかの原因で“彼女”の力が弱まっている様だ』」

 「『立て続けにおかしな出来事が起きているのと無関係じゃないだろうな』」

 「『俺たちが知らないところで何か大変なことが起きてるって気がするんだ』」

 「『俺が知ってることはまだある』」

 メインフレームのことは伝言ゲームだと説明し辛いから今度にしよう。


 「スマンな。交代だ。メチャクチャ長文になっちまったからな」

 オタがうぇーまだあるのーという顔をする。次はアホ毛だな。


 「長くなってスマンがまた伝えてくれ」

 「『俺にとって“彼女”と似た様な存在がもう一人いる』」

 「『変な発音でしゃべるオッサンだ』」

 二人組と定食屋が反応する。

 「『ただしこのオッサンは積極的に関与して来ない』」

 「『どうも俺のことは知らないか、関係者かもってくらいの認識らしい』」

 「『そして今反応した三人が思い浮かべた人物と同じ奴かは不明だ。なぜなら』」

 「『さっきの“彼女”が彼のことも人工無能だと言ったからだ』」

 「『そして“彼女”は彼のことをかなり毛嫌いしている様子だった』」


 「『実際に会ったことがある人物ならば』」

 二人の肩に手を置く。

 「どんな人物かを俺らに教えてほしい」

 「伝えろ。『姐さんは俺に用があったと言ったが』」

 「『その姐さんの連絡先に電話すると今の話と同じ様な声色と発音の人物が出るんだ』」

 「『その二人は家族か何かなのか?』」


 二人は目を見合わせて頷くとアホ毛の方が喋り始める。

 「変な発音のオッサンっていうのも贔屓にしてもらってる年配の方ッス。発音が変なのは日本人じゃないからッス」

 「姐さんは血は繋がってないけど家族みたいな関係だって言ってたっす」

 「お化けのおっさんと似たようなもんだって言ってたッスよ」

 俺と似ている? どういうことだ? 親父も母さんも赤毛だぞ……


 「『なるほど、分かった。俺はその人から話を聞きに来ないかと誘いを受けていた』」

 二人が反応する。話を知っていた定食屋は頷く動作。

 「『その話が今の状況に関係するなら聞きに行きたいところだが』」

 「『判断が付かない様なら後回しだ。みんなどう思う?』」


 二人組を含めた全員を見る。

 隣の奥さんが話し始める。

 「姐さんの話と繋がりがあるなら重要な手がかりね、と言ってるっす」

 オタが奥さんに追随してしゃべる。

 「姐さんがお化けのおっさんを知ってて何か用事があった」

 「そしてお化けのおっさんは不思議な力を持ったその電話の主と何か縁があるらしい」

 「その電話の主は姐さんの家族かもしれない」

 「この三つだけでも話を聞いてみる理由としては十分ね、と言ってるっす」


 なるほど、そうだよな。どう考えても親父の会社の関係者っぽいもんな。


 「伝えろ。『恐らく、定食屋も何かの縁があるだろうしな』」

 そうだ、すっかり忘れてたぜ。

 定食屋が仏壇の収納庫から双眼鏡と写真を出す。

 俺はこれまたいけねぇ忘れてたと思い、慌てて手を合わせた。


 「写真の男は誰だ、と兄ちゃんが聞いてるッス」


 「伝えろ。『多分だが、俺の爺さんだ』」


 「『俺は例の“彼女”から昔の映像を見せられたことがある』」

 「『いや、すまん。これは違うな』」

 「『仮想空間に強制的にダイブさせられたんだ』」

 「『それは本当に過去の世界にタイムスリップしたかの様なリアルさだった』」

 「『現代の技術じゃ到底実現不可能なレベルのな』」

 こんな話普通なら冗談にしか聞こえねーだろーがな。


 「『その場所は太平洋戦争のどこかの海戦の真っ只中で』」

 「『俺はいきなり海にドボンと落とされた』」

 「『そこで軍艦に乗って戦死した仲間の死を悼んでいたのが』」

 「『その双眼鏡の持ち主だ』」


 「『この話にはもう一つ続きがある』」

 「『その戦死した兵士は血塗れの羽根飾りを持っていた』」


 ここで意外にも二人がえっという反応を見せる。


 「羽根飾りなら姐さんも持ってたっす!」


 何だと!? マジでか?


 「伝えろ。『その羽根飾りは俺が母さんの形見として持っていたものにそっくりだった』」


 今度は全員が驚く。


 「なあ、お、おっさん。もしかしてあんた……姐さんの生き別れの実の父親か何かなんじゃないッスか!?」


 「『いや、俺には分からん。今もって何ひとつ分からないんだ』、みんなにも伝えろ」


 「『そして俺の爺さんらしきその男は……』」

 「『見えない誰かに見られているということを』」

 「『はっきりと認識していた』」

 「『そしてそのときひとり呟いた言葉がこうだ』」

 「『奴だけは還してやってくれ』」

 「『以上だ』」

 「すまんな、話が長過ぎた」

 二人が疲れてきたのを見て取った隣の奥さんがお茶を飲ませる。

 ズズー。

 「生き返ったッス」

 俺も持って来た水を口にした。

 ズズズズー。



 「続けるぞ。『今度はその双眼鏡の話だ』」



* ◇ ◇ ◇



 「オバサンがちょっと待ってと言ってるっす」

 「分かった。言ってることを伝えてくれ」


 「その、見せられた映像とか写真の男性……」

 「それに羽根飾り、双眼鏡……」

 「今の状況、特におウチで起きてることの解決と……」

 「何か関係があるのかしら、と言ってるっす」


 これはワケワカメな話なんぞいらんからさっさと実のある話をしようぜって圧力だな!

 そもそもここに集まろうってのは任意で聴取に応じるに当たってすり合わせしときたいって目的があってのことだったからな。

 だが今は状況が変わった。駐在さんもいるしな。


 「伝えろ。『それじゃあ駐在さんから聴取の日程調整の連絡を入れてもらいますか』」

 奥さんは苦笑した。


 関係ないけど出だしを「伝えろ」で統一してるのは作業をバターン化して余計な手違いを省くためなんだぜ。


 また長文になるけど頑張ってもらおう。


 「伝えろ。『おかしさの伝染ぶりが尋常じゃない』」

 「『強盗やら警察やら野次馬やらはどこから湧いてきたと思います?』」

 オタがちょっとオタついた。

 急に敬語で話し出したからかちょっと混乱させちまったぜ。

 「『分からないでしょう?』」

 「『しかも撤収も速え。いつの間にかいなくなった』」

 「『そもそも“昨日”って日がどこに行ったかも謎だ』」

 「『オマケに俺はここにいるのに声は聞こえないし姿も見えないでしょう?』」

 「『多分誰かが起こした超常現象の中にいるんです。俺たちは』」

 「『俺を追っかけてる奴と俺ん家を荒らした奴、どっちもターゲットは多分俺です』」

 「『だからお隣さんを巻き込んじまったのは申し訳ないと思ってます』」

 隣の奥さんはそれは大丈夫だから、というジェスチャー。

 何か別に気になることがあるみたいだ。


 取り敢えず続ける。

 定食屋の方を指差して話し相手変更を指示。

 「『ただ定食屋の方は当事者になるのは時間の問題だったと思う』」

 「『何でかって、その双眼鏡の出どころが俺の爺さんだからだ』」


 「『双眼鏡の何が関係あるかって言うとだな』」

 「『さっき解読してもらったメモにあっただろ』」

 「『双眼鏡を覗くなってのがさ』」

 さらに続ける。

 「『俺が強制的に過去の体験をさせられたきっかけが』」

 「『双眼鏡を覗いたことだった』」

 「『その双眼鏡も映像の一部だったみたいだが』」

 「『解せないのはそれがここにあるモノと』」

 「『全く同じ見た目だったって点だ』」


 「『爺さんと思しき男が言ってた“奴だけは”ってのが』」

 「『誰のことなのかは全くの謎なんだけどな』」


 「そこの兄ちゃんに伝えろ。『入っていた手紙と昼に俺が書いたメモを見るか』」


 定食屋は頷くが怪訝そうな顔をする。何だ?

 

 文箱を出して来て開ける……ん? 俺が書いたメモがあるな……

 あとは年代モノのモノクロ写真か……

 あれ? 封筒は?


 アホ毛の方を向く。

 「伝えろ。『俺の目からは俺が書いたメモは見えるが』」

 「『初めからあった封筒は見えない』」


 すると定食屋が質問を返してくる。


 「おっさんが書いたメモって何だって言ってるッス」

 なぬ!? 自分で入れてたじゃん!


 「伝えろ。『メモを書いたのは俺だが文箱にしまったのはお前だ』」

 「『今日の昼前ぐらいの出来事だぞ』」

 「『昼過ぎくらいまでここに一緒にいたじゃねーか』」


 アホ毛が伝えると定食屋は悩み出した。

 俺が書いたから時系列に関係なく見えなくなってるのか?

 待てよ……?


 「伝えろ。『預けといた俺の携帯はあるか?』」


 定食屋はまた悩み出した。何だよ、オイ!

 あっ、そもそも封筒はあるのか? そっちも確認してえ。

 隣の奥さんに目配せ。


 「オバサンが封筒はそこにあるわよって言ってるッス」

 おお、ナイスプレー!



 ……ん? そういえば駐在さんはどこに行った?


 二人組も俺の視線の先の異変に気付きビックリしている。

 しかし定食屋と奥さんの表情はさっきと変わらない。

 まるで初めからそこにいなかったかのような振る舞いだ。


 “チャララーララ チャラララララー♪”

 そのとき、定食屋の電話が鳴った。


 何だ? どうして出ない?


 「電話出ないんすか?」

 定食屋はキョロキョロしている。あ、やべーなコレ。

 それを見た隣の奥さんが立ち上がって電話に出た。


 電話は息子からだった。


 息子からの連絡は隣の奥さんがメモしてくれた。

 奥さんはオタが指差す先、俺が座っている方に向けてそれを置いてくれた。


 連絡の内容はこうだ。

 まず俺の家。

 鑑識さんの話によると連中は俺の姿が見えなくなると始めから興味などなかったかの様に振舞い始めたそうだ。

 それとテレビ放送はなかった。局のスタッフは全員が暴走していて取材でなく完全に群衆の一部に成り下がっていた様だ。

 そして俺の家は3分と待たず再び無人になったとのことだった。

 うーむ、やはりきっかけは俺かぁ。

 なるほど、それで鑑識さんはあれ程落ち着いて伝言役を引き受けてくれた訳か。

 次にお隣さんの家。

 お隣さんは特に火事場泥棒に遭った様子も無く無事だったそうだ。

 そこには刑事さんがいて、どうやら彼が見えるのは息子と鑑識さんだけだということらしい。

 やはり刑事さんは俺と同じ様な目に遭っていた様だ。

 ……てことはもしかして頭おかしい俺もどっかにいるのか?

 ぐえー、考えたくもねえぜ!

 しかしあのとき刑事さんは目と鼻の先から指示を出していたのか。

 聞いた限りだとくるくるパーじゃないみたいだ。

 待てよ? さっき刑事さんがここに電話かけてきたって言ってたな。

 電話だと話せるのか? ……だぁーっ! 持ってねぇじゃん俺ぇ……


 一体なぜだ? 何でコトが進むと思う度にこうなるんだ?



 不意に定食屋が双眼鏡を箱から出した。


 何を――

 そう思う間も無くそのままスッと顔の前に双眼鏡を上げ、接眼レンズを覗き込んだ。


 ウェッ!? それちゃんと手入れしてたの? カビ生えてんじゃない?


 じゃなくてぇ!

 いつもの悪いクセが出ちまった。


 やるなって言われたことをやっちまったんだ。

 何かあるに違いねーな。取り敢えず怪しいのは携帯だぜ。

 まずは現状を変えたいが……二人組の縄を解いてる暇はねーし……

 クソ、他に誰もいねえ。隣の奥さんに頼むしかねえな。


 「おい、そこにいる奥さんに伝えろ。『定食屋から双眼鏡を取り上げてくれ』」

 「『それとどっかのポケットに昔のスマホが入ってたら』」

 「『取り出してこっちに投げるんだ』」


 しかし奥さんは片手で軽々と突き飛ばされてしまう。ケガは無えか……大丈夫だな。

 やっぱダメだ。文箱に入れたメモみてーに俺しかさわれねーってのにワンチャンを期待するしかねぇ。

 俺は定食屋の方に手を伸ばした。

 案の定すり抜けてしまうが構わず適当に上下左右に動かす。

 お、あったぜ! 上着……じゃなくてパーカーか……のポケットの中だ。

 そのまま掴んで引っこ抜こうとしたが物理的にはあっち側らしく駄目だった。

 仕方なくポケットの出口の方に動かしてと……よし、取れた。


 ……! 画面のフリーズが直ってる!?


 代わりにじゃないだろーが定食屋が双眼鏡を構えたままフリーズしている。


 「おい、伝えろ。『今だ! 必殺膝カックンだ!』」


 隣の奥さんの膝カックンが炸裂した!

 そしてバランスを崩したところでさっと双眼鏡を取り上げた。


 「わあっ! あぁーーあ、……あ?」

 お、我に返ったか?


 隣の奥さんが何か話している。

 「大丈夫か、体に異常はないかと聞いてるッス」

 お、気が利くじゃねーか。

 普段アホな奴はポイント増えるハードルが低いんだぜ。


 定食屋が興奮気味で話し始めた。


 「何か分からんけどゾンビパニックになってた! だそうッス」

 あーアレ怖ぇよな。そうか、定食屋はあーゆーの見てコーフンしちゃうタチなのね。


 「定食屋の兄ちゃんに伝えろ。『お前今双眼鏡を箱から出して覗いてたんだけど』」

 「『自分でやった行動だって自覚あるか?』」


 「何か急に景色が切り替わって誰もいなくなった」

 「そこで電話が来て説明が始まった」

 隣の奥さんは話について来れてないな。頭おかしい認定されたかもな!

 「そこで何か警報みたいな音がして、異状がないか確認しろと言われた」

 「窓から遠くの方を見ようと双眼鏡を出したら急に場面が切り替わって」

 「誰かに膝カックンされて気が付いたら元に戻ってた、だそうッス」


 元に戻った、ねえ……


 「ところで、俺の目には駐在さんがいなくなってる様に見えるんだがどうだ」

 俺は二人組に確認した。

 「そうッスね、気が付いたらいなくなってたッス」

 アホ毛がそう言うとオタも頷いた。

 「そっちの二人にも聞いてみてくれ」


 しかし二人の反応は薄かった。それどころか……

 「だ、誰かいたっけって言ってるッス。二人共ッス」

 初めから駐在さんなどいなかったかのような物言いだった。

 いや、二人からすれば初めからいなかったのが正しいのかもしれない。

 

 一体なぜだ? なぜなんだ?

 何でやっとコトが進むと思う度にこうなるんだ?


 そこではっと気づく。以前はもっと慎重にやっていたはずだ。

 思考の罠に陥るまいとしてドツボにハマってないか?


 「オ、オバサンが何か難しいことをしゃべり始めたっす」

 「あー、その人元数学教師だからな」


 「あ、言い直してくれたっす」

 「えーと、『あなたが見ている私とこのお兄さんが見ている私は同じ私なのかしら』」

 「『私は駐在さんからの護衛の申し出を遠慮させて頂いたのよ』」

 「『だって、駐在さんは警察の方ですし、この場に呼ぶには相応しくないでしょう』」

 「『駐在さんが来るかどうかは私の判断次第だから』」

 「『定食屋さんの認識は私の行動次第ということになるわ』」

 「『つまり私が駐在さんはこの場にいないと認識している以上』」

 「『駐在さんがこの場にいるのはおかしいわ』」


 一見理屈が通っている様にも思えるが……


 知恵熱を出し始めたアホ毛に替わってオタに話しかける。

 「伝えろ。お前らのことだ。『自分ら二人は駐在さんに捕まってふん縛られた』」

 「『駐在さんが来てなかったら自分らを縛ったのは誰だ』」

 さすがに自分らのことだ、語尾はオリジナリティを出して「っす」だった。


 そもそも駐在さんがいたという事実の裏には俺が隣の奥さんに電話で頼んだという経緯がある。奥さんの話が本当ならその前提もなかったことになるのだ。


 そこで隣の奥さんが話し始めた。

 「オバサンの言ってることを伝えるっす」


 「『今、私にはその縛られた二人というのがどこにいるのか分からないわ』」

 な!? マジか!?

 「『声だけが響いているのよ。おかしいでしょう』」

 「『その声が聞こえなかったらお隣さんもいるかどうか分からないんですもの』」

 「『多分私たちはもうすぐお別れということになるんじゃないかしら』」

 「『だって、多分あなたが見ている私はあなたが知っている私とは微妙に違うのよ』」

 「『もちろんどうしてこんなことが起きているのかなんて分からないけど』」

 「『見たり聞いたりした事象の外観的特徴から推論すると』」

 「『それぞれの“自分”が認知する方向へと事態は収束していく筈よ』」

 「『これが私の考えよ』」


 オタは今の話が分かった様だ。オタっぽいのは伊達じゃないな。

 アッチの俺は今何をしてるんだ? 駐在さんがいないということは刑事さんからの連絡もなかったことになるぞ。

 となると俺がここから締め出されて元に合流? するのか。

 この二人組はどうなる?


 そして携帯と双眼鏡は結局何か関係あるのか? まあ今は分からんな。羽根飾りもヒントなしだったしな。


 隣の奥さんがまた口を開く。

 定食屋は完全に煙を吹いて目を回している。


 「『さっき現代の技術では実現不可能なレベルの仮想現実って言ってたけど』」

 「『実はそれも別の現実という可能性もあるわ』」


 「『もし本当に仮想現実なんだったら』」

 「『何か今の常識とは全く異なる概念によって構成された』」

 「『特異な超高性能コンピュータが存在するとしか考えられないわ』」

 「『目の前で起きているものを見ての感想に過ぎないんだけど……そうねえ』」

 「『何らかの超常現象を動作原理とした特殊演算素子なんてあり得るのかしら』」


 オタは奥さんの超SFチックな推論に若干興奮気味だ。

 俺もやっぱこの人すげぇわって感想しかねーぞ。


 ん? 手を振ってバイバイし出したぞ?

 奥さんサイドからは今定食屋と二人だけってシチュに見えてる筈だが……?


 「そこのお二人、見えなくなったッス」


 今の現象は当事者の二人からしたらどう見えたんだろうな。

 全く気付かなかったが途中で場面転換するやつがあったってことだよな、多分だけど。


 何がきっかけだ?

 また一番確認したいことに手をつけられなかったぜ。

 まだ出来ることはあるし、そこから調べてくしかねーか。

 まず双眼鏡と手紙だな。

 双眼鏡はさっき定食屋が覗いちまったが何か悪いことでも起きるのか?

 そして封筒が本当にないか……茶碗箱の方にあるかもな。

 でもって携帯をどうするかだなあ。

 息子との連絡手段がこれしかないんだよなぁ。


 目の前にはまだポカーンとしている二人組。

 見える対象、触れる対象、聞こえる対象ってどうやって決まるんだろうな。

 それに最大の謎はこいつらが10日の記憶を持ってるってことだ。


 ……こいつらの縄を解いてやるか。


 「あ、あの」

 「何だ?」

 「何だかよく分かんねーんだけど……姐さんを見付けたら助けてほしいッス!」

 「そうっす。それが肝心カナメっす!」


 「ああ、もちろんだ」

 俺は即答した。


 「どうやら浅からぬ縁がある様だからな」



* ◇ ◇ ◇



 場所はさっきと変わらない定食屋の2階。

 だがそこにいるのは俺とバイトの女性を探して乱入していたという二人組のみ。

 さっきまでここにいた店主の兄ちゃん、お隣の奥さん、駐在さんの三人は今はいなくなっている。


 そして俺がいるこの場所――この世界と言っても差し支えないかもしれない――は今、俺たち以外に誰もいないかもしれない。


 いや、この二人はなぜか元々の場所と二重に存在しているらしく、どちらからも見える状態だ。

 こいつらをふん縛った駐在さんがいないのにこいつらは安定して見たり話したり出来る。

 ただ10日のことを覚えてるってだけじゃない。

 謎だ。


 そしてここは水も出なければ電気も通っていない。

 それなのにさっき開けた家の冷蔵庫の庫内は冷えていた。

 俺の家も今朝荒らされたままの状態だった。


 今いるこの場所は、あの妙なめまいを感じた瞬間の現実を切り取って作られたハリボテの様に感じる。

 では時間はどうだ。

 時間は進んでいる感覚がある。

 だがそれは感覚の話であって、目が覚めたら現実では一秒も経ってなかったなんてことだってあり得るのだ。


 携帯を見る。

 “2042年5月11日(日) 12時57分”

 この時間は正しいのか?


 感覚では午前中の騒動から六、七時間は経っている。

 本当ならもう陽が陰ってくる頃合いだ。

 だが外は明るい。空の色がまた錆色に近付いている。

 表示が変わっているのを見てフリーズは直ったと思ったが――


 ――フリーズしている。これは多分めまいと場面転換があった時間だな。


 一瞬元に戻ってまたフリーズしたのか?


 よく見れば定食屋の掛け時計も同じ時間で止まっている。

 やはりある瞬間を切り取って作られたという感じだ。


 しかしここにも矛盾しているのではないかと見て取れる部分がある。


 携帯は恐らく家が荒らされる前からフリーズしていた。

 その時の携帯に表示されていた日時は……

 “2042年5月10日 14時56分”だ。

 つまり今朝の家はその時の状態だったのではないか。


 そう考えるに至って、俺が今日見ている現実は初めから作り物だったのではないかという疑惑が首をもたげ始める。

 

 やっぱり今は何かを見せられてる感じなのか。

 リアルな時間が知りたいぜ。

 反面、現実を知るのが恐ろしくもあるけどな。



 「なあ、お前ら」

 「ヘイ!」「何すか?」


 「“14時56分”……昨日のこの時間に何か心当たりはないか?」


 二人は顔を見合わせる。

 「その時間は……うまく説明出来るか自信がないッス!」

 「昨日はオイラたちもヘンテコな目に遭ってたッスよ」

 「ヘンテコな目?」


 「オイラたちは廃墟の拠点で営業の準備をしてたッス。

 姐さんを送ったら早く着き過ぎちゃったんでちょっと辺りを探検してたッス」

 「そうそう、隅っこにあった小屋がずーっと気になってたっす」

 「姐さんがそこに行くのはやめとけって言ってたから余計気になってたッス」


 「そんでもって蔦を切ってドアを開けたら中は何と森になってたっす!」

 森!? 新しいパターンだな。二人と何か関係があるのか? それとも別な誰かか?

 「後ろを振り返ったらドアが無くなっててメチャクチャ焦ったっす!」

 「それで何で助かったんだ?」

 「助かったってゆーか……」

 「死んだっす!」

 おっと、お仲間発見!


 「死んだ? 灯油かぶって着火でもしたか?」

 「ゴリラっす!」

 「ゴリラ!?」

 「何時間かウロウロしててこれはいよいよ遭難かと思ったその時っす」

 「イキナリゴリラが現れて渾身の右ストレートを食らったっす」

 「オイラはスレッジハンマーを食らって頭が胴体にめり込んだッス!」

 「それで次に気が付いたら並んで留置場にいたっす!」

 何だそりゃ……いや、ゴリラってまさかな!?


 「話せば分かるっすって言ったけどダメだったっす」

 「ゴリラにか?」

 「『死ねば出れるから』『大丈夫大丈夫慣れれば気持ち良いよ』ってプラカード持ってたからてっきり着ぐるみかなんかだと思ったんスよォ!」


 何じゃそりゃ……いや、コレ“彼女”だよな、やっぱ。


 「でもって朝起きたら自分ちにいたッス」

 「二回ワープしたっす! これがオイラたちのヘンテコ体験っす」

 なるほどな……だが今の話のどこに10日のことを覚えてた原因があった?


 「お前らの話は分かった。ちなみに留置場で気が付いてから今日の朝までのことは覚えてるのか?」

 「いや、はっきりとは覚えてないッス」

 「今聞かれて気付いたけど100%覚えてるって訳じゃない感じっすね」


 「そういえば留置場で気が付いたのは確か三時頃だったっす。

 空があんな感じで赤茶色になってたっす。そこは覚えてるっす」

 オタは窓の外を指差す。

 「空の色か。監視所を思い出すな……」

 「あ、そうッスよね。オイラもそう思ったッス」

 その辺についてはおいおい聞くか。


 昨日の三時前に二人の前に“彼女”が現れて少々荒っぽい方法で助けた、その後の二人の記憶は曖昧…… 

 それが分かっただけでも収穫ありだ。


 「今の話、スゲー参考になったぜ。ありがとな」

 「え? あ? ありがとうッス」「何か調子狂うっす」

 俺は褒めて伸ばす男なんだぜ。


 てな訳で次だ。


 「ところで話は変わるけどさ、お前らの姐さんってのが羽飾りを持ってるって言ってたよな。やっぱ持ち歩いたりしてたのか?」

 「はいッス。いつも肌身離さず持ち歩いてるって言ってたッス。

 髪飾りとして身に着けてることもあったッスよ。

 そういえば最後に見たときも髪に付けてたッス」


 「デザインとかは分かるか? 母さんのは緑と白と赤と青だったが」

 「色は違うっすね。黄、群青、黒の三色っす」


 「うーん、ナルホド……ちなみに装飾以外に何か実用的な機能なんかはあったりしたか?」

 「実用的な機能ッスか?」

 「おっさんの母ちゃんの形見と同じ品かってコトっすよね。

 それはよく分からないっすね。

 でも姐さんは『ただの飾りじゃない、大事な品だ』って言ってたっすよ」

 うーむ、やはりああいうのは本人しか分からんか。

 まああそこでピッとしたのは現実かどうかイマイチ分からんしな。


 よし次だ次。テキパキ行くぜ。


 俺は二人に文箱を見せる。

 「この箱に新しめな感じの封筒は入ってるか?」

 「あるッス!」「あるっすね」

 うっしゃぁ!

 「封はしてあるか?」

 「バッチリ糊付けしてあるッスね」

 「表か裏に何か書いてあるか?」

 「えーと……オモテ側に赤毛のおっさんが来たときに双眼鏡と一緒に渡せ、と書いてあるっす」

 おお、いただ……じゃなかったお借りさせていただく理由が出来たぜ!

 「誰からか書いてないか?」

 「ないっすね、裏面はまっ白っす」

 さて、これを二人に読み上げさせても良いものか……


 目の前にさっきまで定食屋の兄ちゃんが持っていた双眼鏡がある。

 申し訳ないがこれはありがたく拝借して行こう。

 見えるか分からんが一応置き手紙くらいは残しておくか。


 しかしまた俺は羽根飾りを失って双眼鏡を手に入れたってことになるのか……

 偶然かは分からんがあの灯油火だるま事件のときと似た条件が揃って来ちまったぞ。

 これで「おい、説明するぞ」なんて来たらビビッてあの世に旅立っちまうかもなぁ。


 ………

 …


 『おい、説明するぞ』


 「ブッフォッフォーーーッ!?」



* ◇ ◇ ◇



 「お、おっさんがクルクルバーになったっす!」

 「うるせぇ! お前ら今の聞こえたか?」

 「何がッスか?」

 「聞こえてんのは俺だけか。よし、オメーラちょびっとだけ黙っとけ。聞いとけよ」

 「はへー?」「ほへー?」


 『返事はどうした』

 「あースンマセンしたー説明ヨロですー」

 『よし』

 え? 良いんだ!

 そんなコトより何でここでこういう状況になるんだ?

 よし、いっちょ聞いてやるか。


 「スンマセンついでにいっこ良いですかぁ?」

 『何だ、可能な範囲で教えてやる』

 やっぱ分かんないので教えてちょんまげってのにコロッと引っかかりやがるのか。


 「ここドコっすかね?」

 『そこは観測所の居住区画だ』

 「あの、今日って何年何月何日でしたっけ?」

 『何だ、耄碌でもしたか。今日は1989年5月4日だ』

 「あーナルホド。スンマセン、ダイジョブでーす」


 二人を手招きして息子の番号をさっきのメモの隅っこに書く。


 「ここで寝起きして良いんですかぁ?」


 ここはコッソリ筆談だ。

 “この番号見覚えあるか?”

 二人は分からんという反応。


 『そうだ、ここで寝泊まりしながら監視業務に就いてほしい』


 “じゃあ下の電話機でこの番号に電話して、出たやつに一時間後に行くと伝えてほしい”

 二人は了解とジェスチャーして階下に向かう。

 こいつら二人でつるまねーと何も出来んのかいな。


 「へぇー、メシ屋の二階なんて大昔の下宿みたいッスねえ」

 『何を言っている? 居住区画はバス・トイレ付きの筈だ』

 やっぱ向こうもおかしいな。

 「あのォー、そっちからこっち見えてます?」

 『見えているぞ。お前の間抜けな髭面もな』

 コイツが正気なら多分違うモノが見えてる感じだな。

 未だにアレがどこなのか分かってないけどこんだけ全方位におかしいってのは想定外だな。

 いよいよ本気で何かがやべぇって感じがするぜ。


 例のオサレなデザインのエミュが使えるかの確認もしてみる価値はあるか。

 「それを聞いて安心しましたぁ。ところでレポートってどうやって出すんでしたっけ?」

 『仕方のないやつだな。腕を胸の前で組んで“タァミナール、オゥプンぬ!”と叫べ。それでウィンドウを起動できる』

 これマジもマジ、大マジなんだぜ?

 気難しそうなラーメン屋のオヤジがするポーズだぜ?

 あまりにも恥ずかしいから直立不動のポーズでフツーに『ターミナルオープン』って言ってみたんだよ、試しにね。もちろん平坦な小声でだよ。

 そしたらちゃんと発動したんだよね。

 てことは完全にコイツの趣味なんだよ。

 全く、とんだ迷惑野郎だぜ!


 という訳で俺は両手を胸の前で組んで、「タァミナール、オゥプンぬ!」と叫ん――


 「必殺! 膝カックンっす!」

 「ズコー!!!」


 一瞬腰砕けになった俺だが、ここはバツグンの運動神経を発揮して転倒を回避した!

 だがしかし!

 「何で意味不明なコトバを叫びながらコサックダンスなんて踊ってるんすか?」

 「オメーがイキナリ膝カックンなんてしやがるからだろーが!」


 『おい、どうした』


 「そもそも膝カックンする前からおかしかったっす!

 怪しいポーズで意味不明なコトバを叫んでたっす!

 頭おかしくなったら膝カックン、お化けのおっさんに教えてもらった通りにしたっす!」

 「そんなことより電話はどうした!」


 『聞いてるのか?』


 「繋がったんスけど誰も出なかったッス。取り込み中か何かッスかねぇ」

 「そうか、じゃあしょうがねぇな」


 『オイ! 誰と話している! こちらからは見えんぞ!』

 「うるせぇ! テメーは黙ってろゴルァ!」


 あ……いけね。

 この流れ、既視感を覚えずにはいられねーぜ!


 「ゴメンしてちょんまげ?」

 『ゴメンシテとは何だ? チョンマゲとは何だ?』



 「あースミマセン何でもないです。失礼しましたー。ちょっとやってみまーす」

 我ながらひでぇテキトー返事だな。

 てな訳で気を取り直してもう一回。

 「ターミナルオープン」

 ……

 ……

 「ターミナルオープン」

 ダメだな。出ねえ。

 「出ないですね」

 『何だと?』

 「便秘ですかね」

 『何だ? 便秘がどうした』

 「いえ、ちょっと色々やってみますです」


 手元のメモに追記。

 “どうしてか分からんけど、今詰所のバイトリーダーの声が俺にだけ聞こえてるんだよ”

 “これからちょっと俺自身がどうなるか分からんから後を頼む”

 “俺が立ったままフリーズしたら15分待って、そのまま戻らなかったら膝カックンしてくれ”

 “パッと消えたらその場で15分待ってくれ”

 “髭面のお化けが出たら名前とか住んでる場所とか聞いてみてくれ”

 “どの場合も15分過ぎたら俺の家に向かって、俺の息子と合流してほしい。もしかすると家じゃなくて正面から向かって右隣の家にいるかもしれない”

 俺はここから家までの地図を描いた。

 “これで分かるな?”

 今フリーズしてて動かねえが念のため俺の携帯番号も教えておく。


 オタは頷く。アホ毛は目が滑ってるな。

 オタの肩をポンと叩いて次なる実験に移る。これは実験って言うより賭けに近いな。

 上手く行けばチャンスだぜ。


 俺は双眼鏡を手に持った。これは実験だぜ。もちろんここでは覗かねえぞ。


 そして「『スイッチ』」と、小声で呟いた。


 ……思った通り、例の居室に視界が切り替わった。 

 双眼鏡はやはり手に持った状態のままだった。

 ここで覗いてみたい気もするが、ひとまず忠告通りやめておくことにしよう。

 窓の外は相変わらず誰もいない公園だ。うーむ。コレCGかもな。

 今ここにいる自分の存在が物理的なのか論理的なのかが今ひとつ分からんな。

 ここで死んだら元の場所で目が覚めるのか、それとも本当に死ぬのか……

 まあ良い。何はさておき10分位で何とかするのがひとまずの目標だ。

 まず警報とやらが鳴っていないか確認。鳴ってない。

 鳴ってたら詰所に行ってみようと思ってたがここは目的だけに集中しよう。


 端末エミュのウィンドウを出す。

 そしてシステムメッセージに画面を切り替える。

 これやっぱ認証方法が不明だぜ。俺って今誰としてログオンしてんだろうな? だって権限がやべーんだぜ。


 『どうだ』

 「あ、大丈夫っした。どうもすんませんした」

 『警報が鳴ったら詰所に行け』

 「了解でーす」

 そう言って会話は終了した。

 確か詰所の他に観測所ってのがあったよな。

 まあ俺には関係ないけど。


 メッセージに何か異常はないか?

 ……レスポンスが異様に遅いな。この古い設計のシステムでこんだけ遅えのってヤバくねーか?

 いくら何でもハードは最新だよな。


 ん? メッセージがメチャクチャ大量に出てるぞ。

 もしかしてループってる? いや、何か変だ。


 実行中のジョブを確認。負荷が高い順に見て行く。


 まず“GS001”って例のバッチだ。すごい勢いでループしてインデックス例外でABEND、“SNNIKR99”がすぐに立ち上げ直すってのを短いスパンで延々と繰り返してるのか。


 そして全体の傾向を見るとオンライン処理が上位に来てるが……“GSLNK03S”ってジョブが特に出現率が高いな。


 それと操作タイムアウトでコネクションがキャンセルされた末端装置があるぞ。……“TSS036”?

 どっかで聞いた名前だな……LUが死んだんじゃないか? まあ覚えておこう。


 “PJ.GS.BATLIB”と叩いてバッチプログラムのソースライブラリを確認。あった。“GS001”だ。


 行数から見てもロジックを見てもこいつは大したプログラムじゃない。


 だがこいつが使ってる“BINOCULARS”ってファイル編成がどんなシロモンなのかが全く分からねえ。あらかた一品モノの外部ユニットのために開発された拡張機能なんだろうとは思うが……


 それとINIT処理で使ってる“FUNCTION”てヤツも正体不明だ。おまけに言うとここで引数っぽく使ってる“GSINT”と“GSORG”ってのもどこで定義されてるか全く分からねえ。

 もしかするとカッコ内の文字列も含めて一個の関数って可能性もある。そういう偽装的手法は何回か見たことがあるからな。

 MOVEのタイミングで何かしてる可能性アリと覚えておこう。


 ソースを開いてABENDの原因に該当しそうな箇所を確認する。まあ確認したところで今何か出来る訳じゃないが、後々何か打つ手を考えるヒントにはなるかもしれんからな。


 “CNT−A”〜“CNT−C”、それに“CNT−O”の名前で定義されてる4つのカウンタが怪しいな。いずれかの区分で個別のインプットが100万件を超える様なデータがあったってことか。


 でもさあ、終了処理ではDISPLAYしてるけど何で途中経過を一個も出してねえんだよ、コレ。

 お陰で何件目付近で落ちたとかの重要な情報が全く分かんねーんだよ。

 考え得るのは正常系だと途中経過の情報も要らんほどの件数しか処理してねえってとこか。

 だがそれだけじゃ急に発生しだしたのか前から起きてたのかが判断出来ねーな。情報が乏し過ぎる。


 まあここは“BINOCULARS”とかいう装置から出力されるデータの流れに何か異常があったと仮定しておこう。

 俺のカンではコイツは電磁的な記録媒体じゃなくて、外部記憶装置のインタフェースでラッピングした通信機器の類と見たぜ。


 でもってこれ、絶対一連の不思議体験とリンクしてると思うんだよ。カンだけど。

 来たからには何か実験的なヤツをちょろっと仕込んで行きたいが……そうだ、“GS001”を“SNNIKR99”のリストから外しとくか。

 “GSLNK03S”も早晩落っこちそうだから再起動しといてやるか。会話型プログラムだから何かの装置が落ちるかもしれないけど!

 普通だったらオン中にやる操作じゃないけど明らかに異常があるからね、トラブルシューティングだよ。

 無許可で侵入しといて言うのも何だけど!



 【あー、あなたはそこで何をしているのでスか?】

 おっと、俺の心の声が聞こえますかコノヤロウ!?

 【聞こえてないでスよ】

 聞こえてんじゃねーか!

 ところでさっき電話で話さなかった?

 【何でスか? 電話?】

 間違い電話がかかって来るとか、人違いじゃないかとか……

 【分かりませンね】

 今さっきも誰かから電話があった筈だぜ? 誰だろーな?

 【アッいや、分かりませンね】

 ナルホド、分かったぜ!

 【私には分かりまセん】

 小一時間位で行くからな! 首洗って待ってろ下さいね!



 そのとき後ろでドアの開く音。

 「! あ、お前は……まさか!?」

 

 え? 何――


 『必殺! 膝カックンっす!』

 「ズコー!!!」



 くっそぉーせっかくイィとこだったのにぃ!



* ◇ ◇ ◇



 今の誰!? とか言いつつ大体想像は付いてるけどね!

 何か色々と分かって来たぜ。

 と言いつつ根本的には何も分かってねーけどな。

 だが目の前の問題は一転してドメスティックな感じになって来たんじゃねーか!?


 「クソォ何だよ急によぉ!」

 「立ったままフリーズしてたから言われた通り膝カックンしただけっす!」

 「そりゃそーだけどよぉ」


 まあ良い、仕込みは素早くちゃちゃっとやっちまったし。

 コッチに何らかの影響が出たならビンゴなんだがな。

 対処が正しければ滞ってたモノがドバドバ流れ始めてる筈だぜ。


 「お前ら今の俺とかさっきの定食屋みたいにフリーズしたことない?」

 「あるっすよ」「あるッス!」

 「詰所の夢ッス!」

 「廃墟で、だよな?」

 「そうッス!」

 「でも今は違うっすね。廃墟じゃなくても今みたいになるってのはちょっと怖いっす。

 アレって目が覚めなかったら永久にそのままなんすかね?」

 「いや、目は多分必ず覚めるぞ。今はちょっとおかしな感じになってたがな。

 ちなみに警報って聞いたことある?」

 「あるッス!」「あるっすよ」

 「多分それが契機だな。お前ら詳しいことはあんまり思い出せないだろ?」

 「確かにそうっすね」

 「多分今の話は全部ニセの記憶だぜ。

 お前らモルモットにされてたんだよ。マジで怖えーよな」

 「ひぇぇぇ」「そ、それって誰にっすか!? まさか……」

 「その予想を俺の口から聞きたいか? 何にしても色々と確かめてはっきりさせる必要があるけどな」

 何の目的も無くやってた訳じゃないんだろうが、多分今のこの状況は不必要な結果なんだよな。

 なるほど……“彼女”がバカ呼ばわりする訳だ。




 そういえば俺ってさっきどーやって話してたんだ?

 客観的に見て状況は何も変わってないからなあ。

 取り敢えずこっちから積極的に絡んでく要素はないけど、これどうなるんだろ。

 アッチから見たら途中で急にいなくなった感じ? 俺はバイトリーダー曰く「間抜けな髭面」らしいからな。

 真っ当に考えたら今はそいつがあそこにいるってことになるよな、やっぱし。

 その髭面ってのが誰なのかも地味に気になるぜ。

 目の前の二人も髭なんて生やしてねーからな。

 多分あのとき見た半透明なアレと同一人物なんだろうけど。


 「これから俺ん家をもう一回確認してお前らのご贔屓さんとやらにも会いに行くぞ。後は……廃墟か。

 お前らも来るよな?」

 「もちろん行くっすよ」




 「よし。だがその前に……その前に……?」

 何だ? ここを発つ前にやらなければと思っていたことがあった筈だ。


 そう言って文箱がある方を見る。

 何だこの違和感は……何かがおかしい。


 中には写真の他に俺がさっき書いたメモともう一枚の紙。

 そこには意味不明な言葉が書かれていた。


 “ああ、や、と、ったぁ、そ、がん、を、のぞ、ちゃ、めだよ、と、のー、は、ししゅ”


 何だ、これは……? 俺の字だぞ。何の暗号だ?


 そしてさっき二人に指示を出すために書き殴ったメモを見る。

 

 “どの場合も15分過ぎたら俺の家に向かって、俺の息子と合流してほしい。もしかすると家じゃなくて正面から向かって右隣の家にいるかもしれない”


 息子と合流? いつ息子が来た?

 だがこれも俺の字だぞ。


 これは……7日にあったやつと同じだ。


 「おい、俺ってさ、自分ちに息子呼んだりしてたか?」


 ……

 ……返事がない。

 驚いて辺りをキョロキョロと見回す……誰もいない。


 今誰に聞こうとしてた? ここは定食屋だ。聞くならここの兄ちゃんじゃないのか?

 息子に電話して――アレ? ないぞ……携帯がない。

 そうか、定食屋に預け……た? いつだ?


 まずいな……今俺がここにいる理由は何だ?

 目の前にある文箱とこの双眼鏡……そうだ、俺は自宅に押し入った連中から一時的に逃れて定食屋に厄介になった。

 しかしその後どうした……? 

 何がきっかけだ? いつから?

 俺が覚えてないだけで何か契機があったのか?


 もう一枚紙切れがあったな。こっちも俺の字だ。


 “頭が変になったと感じたら俺の息子に連絡しよう。俺たちから遠ざけておくから客観的状況を聞いて何があったか判断しよう” 


 書いたときの考えは分かったが、何でわざわざ紙に?

 まあ書いたこと自体覚えてねーのにンなこと分かる訳ねーな。

 多分こうなることが見えてたんだろーな。それを見越した仕込みか。

 文面からすると俺の他に誰かいたっぽい感じだ。“俺”じゃなくて“俺たち”だもんな。

 てゆーかここ定食屋なんだからいるよな、跡継ぎの兄ちゃんが。



 などと考えながら階下に降りてみる。



 ……いた。厨房じゃなくて客席の方か。都合良くあっち向いてるな?

 よし、急に声をかけてビックリさせてやろ。


 せーの、「おい!」

 

 アレ? 反応がない。肩に手を――あれ? 出来ない。

 いつの間にやら幽霊的なヤツになってる?

 ああ、もしかして過去の記憶ってヤツか!

 自分から何かした覚えはねーけど覚えてねーだけなのか……

 今さっきまで手に持ってた双眼鏡のせいだったりするのか? てゆーか現実では今も左手に持ってるだろーな。あからさまに怪しいぜ。


 でもって目の前のコイツは跡継ぎじゃなくてオヤジの方か?

 懐かしーぜ! 何年前だコレ。


 今回のは音とかニオイは無しか。モノに触ったりできねーもんな。


 でもって来客中……コ、コイツって……俺のカツ丼横取り……もとい、ここのバイトの女子高生じゃねーか!?

 何でここでフツーに話してんだ!? ちょっと雰囲気が違うけど本人だよな!? だったら一体何歳なんだ?


 何話してんのかがスゲー気になるぜ。


 ……待てよ? 店の風景が俺の記憶と違うぞ?

 ここ本当にこの定食屋なのか?

 第一、これって誰の視点だ?


 ん?

 テレビが……デジタルじゃねえ。

 しかも昔のラジオみてーに手で回して周波数を合わせるタイプだ。


 相当昔だな……てことは今話してるオヤジは俺のクラスメートのアイツじゃなくて定食屋の爺さんか。

 まだ爺さんて歳じゃねーがここは便宜的に爺さんと呼ばせてもらうことにしよう。


 見える範囲で他に何か手掛かりはないか……


 あった、カレンダー……1976年の3月!? 67年前かよ!


 あの女子高生、顔つきが日本人離れしてるから一瞬俺の母さんかと思ったが、よく見ると別人だと分かった。

 髪も栗色だが……多分染めてんだろーな。

 昔母さんが地毛のまま歩いててスケバンに絡まれたって逸話を聞かされたことがあるくらいだ。

 昔は差別やら何やらもあったから人の目から逃れる対策が必要だったらしい。


 しかしこの人は母さんの姉妹か親戚だったりするのか? 俺はそんな話一切聞いたことねーけど。

 それにしてもどっかで見た顔だな。


 そのとき、女子高生がバッグからひとつの木箱を出した。

 蓋を開けると出て来たのは羽根飾りだった。

 色は……黄、群青、黒の三色だ。

 母さんのとは違うな。しかし母さん以外が持ってるのは初めて見たぞ。

 こりゃやっぱり俺の伯母さんとかそっち方面の関係者の可能性が大分出て来たな。

 しかし76年っていったら俺はまだ生まれてねーが親父はいる筈だ。

 血縁者がいると分かったら俺は天涯孤独じゃなかった筈だが……

 この会合は親父が知らねーとこで行われてるとか?


 ってオイ、何やってんだよ!


 定食屋の爺さんがいきなり立ち上がって女子高生の胸ぐらを掴んだ。

 しかも凄ぇ鬼みたいな形相をしてだ。何か分からんが完全にイッちゃった顔だぞ。

 女子高生は完全にビビってるぞ。当たり前だぜ!

 何かしらの理由があるにせよ大の大人が取って良い行動じゃないだろ!

 クソっ、止められねーのが歯がゆいぜ!


 うお、手を出しやがった! しかもグーでだ。グーで顔面を思いっ切りぶん殴りやがったぞ。


 女子高生は物凄い勢いで吹っ飛び、座席やら何やらにぶつかりながら壁に激突して床に転がった。

 そして視点が動き始めた……爺さんを止めに入ったか……だが突き飛ばされて転がったのか、二転三転と目まぐるしく視界が変わる。

 頭を左右に振りながら女子高生の方に這って行くが……首が変な方向に捻じ曲がり、白目を剥いて泡を吹いている。


 オイ……これ……死んでんじゃねーか!?


 視界がまた元の高さに戻る。焦点は爺さんをロックオンした状態だ。

 爺さんが急に狼狽え始めた……自分がやらかしたことに気が付いたのか、待ってくれ、わざとじゃないんだ、事故なんだと必死に訴えていることが分かる。

 だが次の瞬間、視点の主は椅子を持って爺さんに殴りかかっていた。

 血塗れで許しを乞う爺さん……だが今度はこの視界の主が逆上して我を忘れたのか、止まる様子がない。

 オイ、定食屋のオヤジがまだ生まれてねーだろ。ここで爺さんが死んだら定食屋お家断絶だろ!?

 しかしそこで誰かに羽交い締めにされたのか椅子による殴打は止まった。

 振り回した手足や時折視界を塞ぐ栗色の長い髪から察するに、この記憶の主は女性なのだろう。

 しばらくすると今度はしゃがみこんでしくしくと泣き始めたのが分かった。


 ……こんな胸糞悪ィモン、誰が何のために見せた?

 こんなもん見て何がどう変わるってんだ、クソ!

 俺がグーパン食らわしてやりてーわ!


 てかいつまで続くんだよコレよォ、そっ閉じ出来ねぇの分かってて嫌がらせしてんだろチキショーめぇ!


 などと考えているうちに視界の主は泣き止んだ様だ。

 またゆっくりと壁際に横たわる女子高生の方を振り向き――


 な、遺体が消えた!?


 視界も右に左にキョロキョロしている。何が起きたか分からず戸惑っている様だ。


 そして後ろを振り向いたとき、さっきまで白目を剥いて倒れていた筈の女子高生が何事もなかったかの様に立っていた。

 俺には分からないが、多分心臓が口から飛び出るくらいの驚きだっただろうな。

 俺も今メッチャビビったからね。


 視点の主は自分を先程まで羽交い締めにしていた男の方を振り向く。

 男は満面の笑みを浮かべ、何かをしゃべり出した。

 音は聞こえないが、その鼻に付く身振り手振りで分かる。

 きっとロクでもないことを自慢げに演説しているのだろう。


 たまりかねたのか、視界の主は男の頬を引っぱたいた。

 しかし男はそれがどうしたという体で、恍惚としながら下卑た笑みを浮かべる。

 そして落ちていた羽根飾りを拾い上げ、それを手に近付いて来た。髪にでも飾ろうとしているのか? 気持ち悪ぃ野郎だなオイ。

 

 だがその男は横からイキナリのドロップキックを食らって盛大にすっ転んだ。

 運の悪いことに大した怪我はなかった模様だが、それでも突然の出来事にえらく狼狽えている様子なのは見て取ることが出来た。

 ケッ、ざまぁみろだぜ。

 そして視界の主はドロップキックをお見舞いした人物の方を振り向く。

 もしかしてここで親父が颯爽と登場……

 と思ったら見覚えのあるパンツスーツ姿の女性……若い頃の母さんだった。

 てことはこの視点の主は母さんじゃないのか。

 ちなみに親父もいたが後ろでオロオロしてるだけだった。

 まあどっちかっつーとオタク系だったからな。しゃーねぇか。

 母さんは男の襟首を引っ掴むとズルズルと引き摺ってどこかに連行して行った。親父は待ってぇーって感じで店を出て行った。

 な、なるほど。母さんてこういう人だったのか……


 ……母さんの過去の武勇伝を見れたのは嬉しいが何で今なのかって疑問は依然として残るんだよな。

 それにこの記憶の主が誰なのかもまだ不明だ。


 だが過去の記憶はここで終わりではなかった。


 その場に置き去りにされた女子高生と未だ状況が飲み込めず混乱する定食屋の爺さん。

 女子高生は騒動の間終始……いや今の時点に至るまでずっと、無表情で直立不動の姿勢をキープしていた。


 だが訓練された兵士のそれという訳でもなく、言うなれば魂の入っていない人形が突っ立っているという表現が妥当な様に思えた。

 こちらを向いた。話しかけたのか。二言三言言葉を発してすぐに口を閉じた。定食屋の爺さんがポカーンとしているところを見ると、普通じゃないことが分かる。

 何だ……昔からこんなことが起きてたのか……


 そこへ新たな来客が現れた。

 爺さんは下を向いたまま左手で頭を抱え右手で追い払う動作をしながら何かしゃべっている。多分今日は休みだとか、帰んな、とかだろうな。

 視点の主はその来客を二度見する。コレ、俺でも二度見するよ。

 だってここに突っ立ってる女子高生と完全に同じなんだからな。

 顔が同じってだけじゃない。服装も含めて何もかも同じなんだよ。

 そして再び元からいた方の女子高生の方を振り返ると……いない……また消えた!?


 何だこれ! 怖えよ!



* ◇ ◇ ◇



 視線が入り口とさっきまで女子高生が立っていた場所を二度、三度と行ったり来たりする。


 そうしているうちに、今度は母さんがひとりで戻って来た。


 母さんは店の入り口に突っ立っていたその三人目? の女子高生の手にさっきのキモ男が持っていた羽根飾りをしっかりと握らせて店内にドン、と押して無理矢理入らせた。

 そして空いている方の手を掴むと引っ張ってツカツカと歩き出して爺さんの前に座らせた。

 そして自分も隣の席にどっかと座るとこちらを向いて手招きする。聞こえなくても分かる。こっち来てとっとと座れやオラァってオーラがメチャクチャ出てんだよ。

 これ見ると俺って母さんに似たんだなってのがすげー分かるぜ!


 で、話の内容なんだけどこれがさっぱり分からんかった。

 いや、音声なしだから当たり前なんだけど口の動きとかで何とかなるだろと思ってたんだよ。

 だけど母さんのリアクションがいちいちでか過ぎて内容がサッパリ分からねえ。

 うるさいくらいよくしゃべってたんだけどな。


 辛うじて把握できた部分をまとめるとこうだ。


 まず問題の女子高生。

 把握出来た単語が「別人」「本当に死んだ」「実験動物」「誘拐」「逃がす」「あなた」「責任」「この子をお願い」だ。

 取り敢えず分かったのは「この子はあなたが助けなければならない」と定食屋の爺さんに対して責める様な口調でそう言っていた部分だ。

 他の判別できたか怪しい単語からある程度の事実関係は想像が付いたが、正直「多分」ってレベルで全く自信がねえ。


 次に定食屋の爺さん。これも多分だが何かされてたっぽい感じだ。こんな昔から今と同じ様なのがあったんかいなと思ったよ。

 爺さんは話に付いて行けてない感じだったが、身振り手振りから何とかコトの端々は何とか分かった様だ。

 あのクソ野郎に何かされて極端に暴力的な状態になっていたこと、そしてそれに気付いて酷く落ち込んでいるということは痛いほど伝わって来た。

 ここでも「実験」という単語が出た様に思う。次に出て来たのが「認知」か「認識」、それに「存在」「主観」って単語だ。

 それを聞いた爺さんはクソ野郎に対する怒りをぶちまけるでもなくただうなだれていた。

 やはり色々見せられつつもそれは心理的な誘導に過ぎず、最後に行動を決めるのは本人の資質によるところが大きいんだってことだな。

 やっちまったことは許せねえが何だか不憫だぜ。

 しかもこの時代、廃墟はまだない筈だ。どういう経緯でコトが起きたかとか場所は結局関係あるのかとか、色々詳しく知りたいことが満載だがここでは諦める他なかった。


 そしてあのキモ男に関するものと思われる話題。

 ここで聞き取れた母さんの言葉は「変なのばっか」「分かってない」「趣味」トドメに「犯罪」だ。

 これも何となーくってレベルで予想が付くが、材料が少な過ぎるし決め付けは禁物だ。しかし最初の話といい、どうも穏やかじゃねぇ感じだな……


 メモが取れねえのが全く残念だぜ。コレ、とてもじゃねーが全部は覚えらんねーぞ。


 最後に目の前で起きたおかしな事件に関する話だ。

 これはもしかするとキモ男の話題の続きなのかもしれねえが、自信が全くねえ。さすがにかなり込み入った話だったっぽくて細かいことはサッパリだった。

 母さんの口の動きから何とか読み取れた単語が、

 「因果」「ツイ」……これはは多分「対」だろう……「全部現実」「全部本物」「沢山殺した」「何もかも」だ。

 どれも衝撃的なんだが最後から二番目が群を抜いて物騒だぜ!

 イヤ、聞き取れなかっただけでもしかすると一番最後のやつが何かやべぇヤツの枕詞だったりするのかもしれねえな!


 でもって話の締め括りでも気になる単語をいくつか言っている様に見えた。

 「その子」「見えない」「遠い将来」「きっと届く」「元通り」「忘れないで」……これは今起きている出来事に何か関係がありそうなワードだ。

 何より印象的だったのは、その話をしたときだけ母さんがこっちをジッと凝視していたことだ。そう……まるで俺自身に何かを訴えかけていると錯覚してしまいそうな程にだ。


 そして母さんの話は終わった。


 だがこの視点の主が誰で、今の話を聞いて何を思ったのかはついぞ分からなかった。

 それに定食屋の爺さんが何者で、あの殴り殺された女子高生が何を言ったのか。彼女たちが消えた様に見えたのはどんな現象なのか。色んなことが不明なままだ。

 分かったのは母さんが親父以上に問題に深く関わっていそうだということ……むしろ母さんが先鞭をつけた第一人者で親父は後輩か新任の使いっぱにも見えた。

 何にせよ“彼女”は母さん本人かここにいた誰かの関係者である可能性が高いのか……?


 この数年後……俺が一歳の誕生日を迎える前に母さんはいなくなったんだ。


 くそ……本当にもどかしいぜ……これを今にどう繋げれば良いんだ……? 何か意味がある筈だ。




 そういえば爺さん婆さんの話と一緒でその辺りは全く聞いたことがなかったな。それが親父のオタク気質故のことなのか、敢えて隠していたのか……


 ………

 …


 ……イテッ。

 何だ!? いでででで……痛えって! 何だ!?



 「びろーん」

 「痛でででで!」


 気が付くと目の前に孫がいた。

 何か痛ぇと思ったら孫が俺の正面にどっかと座って頬の肉をびろーんと引っ張っていたのだ。


 俺は一階の店舗の一角で席に付いたまま固まっていたらしい。


 よく見るとそこは……最後にあの記憶の主が座っていたのと同じ場所にある席だった。


 「頭は大丈夫か、父さん」


 第一声がそれかい!



* ◇ ◇ ◇



 「ったく……何かもっと他に言いようがあるだろ。

 ちなみに嫁さんはどうした?」


 テーブルの縁に座って足をブラブラさせる孫を持ち上げて抱っこしながら息子に言葉を返す。


 「父さんの家にいるよ。まあ大丈夫だろ。俺より強いし。

 その様子だと大丈夫そうだな」

 「いや、実はあまり大丈夫じゃねえ。昨日どころか今日の記憶もかなり曖昧だ」


 「何があったの?」

 「分からねえ。てかお隣りさんとか定食屋の兄ちゃんはどうした」

 「ああ、それがさ、誰もいないんだよ。どこにも。二階も見たんだけどさ」


 「探したのか……そもそもここに来ようと思った理由は何だ?」

 「ここの店主さんから連絡があってさ、父さんがいなくなったけどここにいるっぽいって。てゆーか電話させたの父さんだろ?」

 「エッそうなの?」

 「あれ? つい一時間前の話だよ?」

 ウェッ!? そんなの知らねーぞ? 何かすげーヤな予感!


 「なあ、俺の携帯に電話してみたか?」

 「え? それも? まあ当然か……

 父さんの携帯はずっとフリーズしてて使えないからここのご主人の電話で連絡を取ろうってことにしてたんだよ。

 それでさっき電話したら繋がらなくてさ、着信履歴にあった固定電話の方にかけたんだ。

 そしたらなぜかお隣さんが出たんだよ。仕方ないからお隣さんに父さん家の様子を報告したんだけど、聞いてる? そのお隣さんの家に急に消えたっていう刑事さんがいたって話」


 「何だって?」

 「その反応だと聞いてない……いや、その辺の時間帯の記憶は既に怪しいってことか」

 「うーむ……どこまで覚えてるか確認してーな。

 俺って今どの位ボーッとしてた?」

 「俺が入ってきたとき既にそうなってから良くはわからないな。父さんがボーッとしてるのを見たらこの子が速攻でびろーんしに行ったからね」


 「うーんそうかぁ……じゃあ今の時間は?」

 「時間ならそこにある時計で分かるじゃないか」

 そう言って壁のデジタル時計を指差す。14時56分か……

 「携帯の時計は何時になってる?」

 「14時56分だよ」

 何か納得行かねーぜ……

 「それフリーズしてない?」

 「は? あ、ホントだ。何でだろ。再起動……あれ? ボタンが押せないぞ」

 これ何か既視感あるな……


 「話は変わるんだけど」

 「何?」

 「ここに入って来たとき俺って片手に双眼鏡持ってなかった?」

 「いや、持ってなかったよ」

 「そうか。ちょっと二階に俺の携帯取りに行って来るわ。

 ちなみにSIMカード外したら自動的にシャットダウンする筈なんだけどそれも出来ねーかな?」

 「ああ、やってみるよ。それにしても何なんだろうな、これ……」


 またボーッとし始めた孫を椅子に座らせると、フリーズして再起動も出来なくなった携帯を眺める息子を残して俺は定食屋の二階へと向かった。


 階段を登り始めると、居室から跡継ぎの兄ちゃんが出て来た。

 「あれ? オッサン来てたの? 声くらいかけてくれよ。ビックリするじゃんか」

 何だ? 二階には誰もいなかった筈だ。息子も俺がボーッとしてる間に誰もいないのを確認したって言ってたしな。


 「アレ? いたのか。スマン、誰もいないと思ったんだわ」

 コイツ、1976年の出来事って知ってんのかなぁ……


 「あ、もしかして俺が聞こえてなかった? だったら申し訳ねぇ」

 「イヤ、別にいいって。遠慮する間柄でもねーだろ。で、どーしたんだ?」


 「あーいやな、バイトの子が来ねーから家に連絡してみたら昨日から帰ってねーんだって」

 「昨日から!? そりゃ事件のニオイがするな」

 と言いつつ、あーあのカツ丼横取りしたアネゴとかいうヤツかーなどと考える。

 ……待てよ? 何で俺そんなこと知ってんだ?


 っとまずはこっちに来た目的を果たさないとな。

 「ところでここに俺の携帯置きっ放しになってなかったか?」

 「いや、なかったな。そもそもここんとこ二階に上がってきたことなんてなかっただろ」

 「あ、ああ、そうだったな」

 俺さっき二階から降りてきたんですけど! どーなってんだ?

 あれ? そういえば俺権利書とか通帳とかも持ち込んでなかったっけ?


 「しかし参ったな。いつも贔屓にしてもらってる警察署の刑事さんから紹介してもらった子なんだよな」

 なぬ!? じゃあ取り調べのお供はココのカツ丼だったのかァ!?


 ……じゃなくてぇ。

 ここんとこの俺って何か緊張感が足りてねーんだよなぁ。

 場慣れするほどトラブった覚えはないんだがなぁ。


 「手がかりは何もねーのか?」


 何かこう、既視感はあるんだよ。アネゴなんて単語が浮かんで来るくらいだし。何か関わってたのかなあ、俺。


 「いや、どこに行くとかそういった話は一切聞いてねーんだわ」

 「下に俺の息子もいるから相談してみるか。何か知ってるとは思えねーけどな」

 「ああ、そうするわ」


 「その前に上の部屋ちょっと見してもらって良いか? この前来たときにどうも何か忘れてった気がするんだよ」

 「ああ、良いぜ」


 そう言うと俺は上に、定食屋は下に向かった。


 さっきまでいた二階の居室に戻ると、まず辺りを俯瞰。

 テーブルに俺の字で書かれたメモが二つ。

 双眼鏡はない。


 仏壇に手を合わせ、勝手で申し訳ないが収納庫の確認をさせてもらう。

 ……定食屋の爺さんはあの後どんな人生を送ったんだろうな。


 文箱、茶碗箱はあった。

 文箱の中に写真、茶碗箱の中に古い双眼鏡と新しめの封筒。

 封筒には双眼鏡と一緒にこれを俺に渡せと記されている。

 そこまで確認して元に戻す。

 俺の認識通りなら封筒は文箱の中で、文箱にはさらに俺の字で書かれたメモがあった筈だ。

 しかし今確認した限りでは、最初に写真を見せられたときの状態になっていた。

 書いた覚えのないメモ二つがテーブルの上にあり、書いたはずのメモがある筈の場所にない。


 この状況、定食屋は疑問に思わんかったのかな。

 部屋の中じゃないとこから出て来たんなら話は別だが、そんなのある訳ねーし。


 携帯はここにもないか。

 まさかな……

 そう思いポケットを確認すると、無くなっていた携帯がそこにあった。


 いつからだ?

 76年の映像を見せられたとき、息子が来たとき、そして定食屋が居室から出てきたとき……この三つが有力か……

 いや、携帯がない状態の方がおかしかった可能性もある。

 三つのメモの状態と同じだ。

 それにいないはずの定食屋がいきなり現れた。

 定食屋は俺がいたことを全く認識していなかった。

 これは場面転換か何かがあったと考えて然るべきだろうな。


 携帯の画面を確認すると時間は14時57分だった。

 ! フリーズしていない!?

 あ……日付が5月10日だ!?

 今日は11日だよな。これ、いつから直ってたんだ?

 後で息子のももう一回確認するか。

 10日は確か空白の一日として世界中で騒ぎになってた筈だ。


 あまり時間もかけられない。

 俺は一階の店に戻った。


 ……息子がいない。どこ行ったんだ?

 孫は座ったままウトウトしている。

 「オッサンの息子さん、いなかったぜ? お孫さんはいたけどな」

 「さっきまでいた筈なんだがな。孫を置いて帰る訳ねーし」


 「じぃじじぃじ」

 「わっ! ビックリした!」

 孫がいつの間にか目を覚まして俺のズボンをクイクイして来た。

 「なーに? パパはどこにいるの?」

 「? パパはそこだよ?」と自分の隣の席を指差す。

 「え?」

 孫に向かってマジかよオイって言っちまうとこだったぜ!

 危ねえ危ねえ。

 「あのね、ママがね、ドロボーさんつかまえたんだって」

 「だからじぃじのお家に行くの」


 何だ? 話が見えねえ。それに息子がいるだって?

 「ママのお話はパパから聞いたの?」

 「あのね、おねえちゃんからきいたの!」

 ますます分からねえぞ!

 「お姉ちゃん? どこにいるの」

 「えっとね……あれ? いなくなっちゃった」

 「お家に帰ったのかな?」

 「わかんない」

 「どんな人だったの?」

 「あのね、まっかっかなんだよ!」

 「えっ? それマジ!?」

 急に反応する定食屋。ビクっとなる孫。

 ビックリするからそういうのやめてくれよ……

 「まじってなあに?」

 「オイ、孫に変な言葉遣い教えんなよ?」

 「あー、あのね、そのお姉ちゃんは多分ウチの従業員だから」

 へ? 何でそうなる?

 「じゅうぎょういん?」

 「店員さんっていう意味だよ」

 ここはフォローしといてやる。

 ついでに小声でおかしな点を教える。

 「オイ、ここの従業員が何でウチの嫁が俺ん家でドロボーをお縄にしたなんて話をすんだよ。

 おかしいだろ、もーちっと考えろよ」

 「ねえ、そのお姉さんのお話って、ホニャララだよ!!! っていう感じじゃなかった?」

 「えっとね、ですわーっていってたよ」

 ですわ? じゃあ別人か。知らん奴か? 俺ん家と何か絡みがある人物だよな。

 「ごめん。そのお姉ちゃん、うちの店員さんじゃなかったみたいだ」

 「バイトの子はどんなしゃべり方なんだ?」

 「一言でいうと俺みてーな感じ?」

 「昭和のスケバンかよ」

 「おう、まさにそんな感じだ」

 あー確かにそんな感じだったな。てかそれ通じんのか!

 「すけばん?」

 「あー何でもないよ、ひとり言ひとり言」

 「背は高かった? 低かった?」


 「ママ……ママとおんなじくらいだったよ」


 「結構でけーなぁ。170ってとこか」

 「あーそれじゃ完全にウチのバイトの子と違うわ。ぱっと見中坊って感じだからな」

 俺が知ってる範囲じゃ該当者はいねーな……

 さっき見せられた映像の主も視点は結構低かったしな……

 てかそれじゃあ俺の一個上くらいの世代だからお姉ちゃんじゃなくてお婆ちゃんだぜ。


 くっそぉ、この分からんことが雪だるま式に増えてく感じ何とかならんのか……

 「パパは本当にこの辺にいるの?」

 さっき孫が指差していた辺りでグルグルと指差した手を回して再確認してみる。

 「う、あ、パパがいないよぉ」

 「あ、お店の中で走っちゃだめだよ」

 孫がパパーパパーと叫びながら落ち着かない様子で走り回る。それを定食屋が慣れないお子ちゃま言葉でなだめながら追い回す。



 店内をせわしなくかけ回る二人を眺めながら考える。


 息子が消えた!? これはどういう現象だ?

 逆にさっき定食屋は急に現れたぞ。

 消えたり現れたり、同一人物ではないがさっき見た映像と似てないか?


 もう一つある。携帯だ。ないと思っていたものを持っていた。そしてフリーズしていると思っていたものがしていなかった。

 それと……さっきまでのことだが一定時間、孫にだけ息子が見えている状態が続いていた。


 まずは……息子本人に直接聞いてみるのが一番だな。

 俺は携帯を取り出して息子に電話をかけた。


 『もしもし? どうしたんだ、父さん。今どこにいるんだよ』

 「俺は今定食屋だぜ。お前は今どこだ?」

 『今? まだ父さんの家だよ。』

 「まだ? 今さっきまでこっちにいただろ? 孫がパパがいないって騒いでるぞ」

 さあ、なんて答える?

 『おかしいな、俺はずっとこっちにいたよ。父さんと一緒に。

 父さんが急にいなくなったからどうしたのかと思ってたとこだったんだよ』

 「マジかよ……孫もか? 今こっちにいるけど」

 『ああ、今さっきまで家族全員こっちにいたからね』


 『父さん、今免許証は持ってるか?』

 「あん? 持ってる訳ねーだろ。今朝車を乗り逃げされてからずっとドタバタしっ放しだっただろ」

『持ってない? そもそも免許証を取りに戻ったんだけどなあ。それに父さんの車ならここにあるじゃないか。ニセ検問の二人がなぜか乗って父さんの家に来てたんだ。一緒に見てただろ』

 何だ? 完全に俺の記憶と違うぞ?

 しかしさっき見せられた映像の中の一幕が脳裏に浮かぶ。

 ――「全部現実」そして「全部本物」か……


 「俺の認識だと車もニセ検問も今どこにいるか分からん状態だぜ。何かおかしくないか、これ」


 『うーん……じゃあさ、最後にウンコしたのっていつ?』

 「うんこォ!?」


 息子の思わぬ問いに俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 するとそれまで定食屋を引きずり回して大騒ぎしていた孫がピタリと静かになった。


 やっぱウンコって泣く子も黙る最終兵器だよね!



* ◇ ◇ ◇



 「それマジメに聞いてる?」

 『ああ、大マジメだよ』

 「笑うなよ? 11時過ぎくらいだ。場所は正面から見て右のお隣さんのトイレだぜ」

 そういえば旦那さんのケガ、大丈夫かなあ。

 『11時か……場所はお隣りさん? やっぱり俺が知ってる今日と全く違う一日を経験してたみたいだな』

 「それで何でウンコなんだ?」

 「うんこーうんこーわーいわーい」

 『うちの子ホントにそっちにいるんだな。ちょっと安心したよ』

 「ああ、それで話の続きは?」

 『今日の午前中……確か10時は過ぎてたと思う。父さんが廃墟の近くで検問詐欺に引っかかったんだよ。免許証を拝見ってね。

 そこで免許証を忘れて出かけたのに気付いた父さんが俺を呼んだんだよ。家に送ってチョンマゲとか言ってさ。

 それで貴重な残り二日の休日の一日目を父さんと一緒に過ごすことになったんだ』

 「待てよ、話は分かったけどウンコはどう絡むんだ?」

 「うんこカラムうんこカラムー」

 あっやべぇ、孫が変な言葉覚えちゃったぞ。

 『どうって父さんそのときウンコするフリして逃げようとしてただろ』

 「マジか……それは何というか……ウンコとしか言い様がないな」

 『だろ? 俺さ、昨日廃墟を徹底的に調べるのは良いけどウンコはちゃんとしてから出かけろよって置き手紙しただろ?』

 待てよ!? 今の話やっぱ変じゃないか?

 「待て、昨日だと? それ一昨日の話じゃねーか?」

 『父さん、今は何年何月何日何時何分だ?』

 携帯を見る。

 「俺の携帯の時計は2042年5月10日の15時10分だ」

 『何だ、合ってるじゃないか』

 「いや、俺の認識だとこれはおかしい。今日は5月11日で、時刻ももう17時を回ったくらいじゃないとおかしい」

 『何だって? でもまだ明るいよ。太陽の位置だって夕日って感じじゃないし』


 そう言われて外を見る。本当だ。

 空はきれいに晴れていて、まさに五月晴れという感じだ。

 何だ……確かにこの時間にしては明るいとは思ってたが空はさっきまでくすんだ赤……錆色になりかけてなかったか?

 「なあ、空の色は何色だ?」

 『青だよ。何の確認?』

 「空はさっきまで夕暮れとは違う感じの赤茶けた色に染まりかけてたんだぜ。今はきれいな青空だけどな」

 『そのレベルで違うともう個人的な問題じゃないんじゃないか?』

 「ああ、多分そうだと思うぜ。ちなみに俺ん家の中は荒らされてるか?」

 『いや、無事だよ。二人組が侵入しようとしてたのを嫁がとっ捕まえてす巻きにしてたんだよ』

 「俺の記憶では家は二人組に侵入されてメチャクチャに荒らされてた筈だ」

 『これも全然違うな』

 「助けてもらってこんなこと言うのも何だが、お前の嫁さんは何でウチにいたんだ?」

 『俺が父さんに呼び出されたのを聞いてて、じゃあ父さん家に行って待ってるって言ってたんだよ』

 「たかが免許忘れたのを迎えに行くだけなのにか? 行って帰ってくるだけの用事だぞ。家を出るときは一緒だったのか?」

 『ああ、一緒に出たよ』

 「お前ん家からウチに来るんだったら車があれば10分そこそこだけど、廃墟に行ったら往復で4時間くらいはかかるだろ。待ってる間買い物でもしてたのか」

 『さあ? そこまでは俺も聞いてないよ』

 「ちょっと気になるな。確認しといてもらって良いか?」

 『まあ、聞くくらいならいくらでもするけど』


 「もう一つ確認したい。お隣さん家に複数の暴漢が押し入って来て旦那さんが怪我をしていた。それを奥さんが病院に……あれ?」

 『どうしたんだ、父さん。頭は大丈夫か?』

 「それさっきもお前に言われたんだよな。こっちでだけど」

 『お隣さんに被害が及ぶ事件なんて何も起きてないけどな』

 「ああ、そうか。お前の嫁さんがそこにいる二人をとっ捕まえたからだ。それで今言葉に詰まった理由なんだが……思い出せねえ……午前中くらいのことしかな。だから言葉を継げなくなった」

 『何となくだけど父さんじゃなくて俺が経験してる方の事象に物事が収束していってる様な気がするな』

 


 「なあ、俺自身に書いた覚えがないのに俺の筆跡で書かれた落書きがあっただろ」

 『ああ。ちなみに車に積んであったやつは無事だったぜ』

 「また同じことがあったんだよ」

 『マジで?』

 「ああ、定食屋に俺の字で書かれたメモが二つあった。ひとつは良く分からない暗号めいた文字の羅列、もうひとつは誰かと筆談で話していた痕跡らしい感じだ」

 『一つ目も気になるけどすぐに聞けるのは二つ目か。筆談の跡ってことは電話で話せるくらいの分量なんだろ?』


 「ああ、今から読み上げるぞ」



 “どうしてか分からんけど、今詰所のバイトリーダーの声が俺にだけ聞こえてるんだよ”


 “これからちょっと俺自身がどうなるか分からんから後を頼む”


 “俺が立ったままフリーズしたら15分待って、そのまま戻らなかったら膝カックンしてくれ”


 “パッと消えたらその場で15分待ってくれ”


 “髭面のお化けが出たら名前とか住んでる場所とか聞いてみてくれ”


 “どの場合も15分過ぎたら俺の家に向かって、俺の息子と合流してほしい。もしかすると家じゃなくて正面から向かって右隣の家にいるかもしれない”


 “これで分かるな?”



 「メモの内容はこれで終わりだ。でもってその下に定食屋から俺の家までの地図が書かれてる」

 『フリーズ? パッと消える? 髭面のお化け? また随分とオカルトチックだな。

 そうだ、詰所って単語はふん縛った二人が口にしてたな』

 「本当に俺が書いたんであれば相当におかしなことが起きたんじゃないかと思うぜ。俺自身どうなるか分からんなんてことも書いてあるからな。それに俺の感覚では今現在の状況も相当に荒唐無稽だ」

 『これ、筆談て言うより父さんが何かをやらかす前に誰かに一方通行で何かを伝えようとした様にも見えるな。

 その誰かってのが誰なのか心当たりはないの?』

 「うーん……曖昧というか何というか……覚えてねえんだな、これが。今の状況からしたら定食屋しか考えられねえんだろうがなぁ……何かしっくり来ねぇ」

 『じゃあさ、他の可能性について考えてみないか?』

 「他の可能性?」

 『そのメモといいこの前の落書きといい、父さんが書いたっぽいのに自分では覚えてないだろ。だったらさ、自分が忘れててもメモなり何なりして記録を残せる可能性があるってことにならないか?』

 「おお、なるほど! さすがわが息子だぜ」

 『長電話も何だしさ、コトが終わったらその辺詳しく聞いてみたいな』

 「コト?」

 『ああ。言っただろ、嫁が押し込み強盗を働こうとした二人組を現行犯逮捕したって。これからその絡みで警察が来るからね』

 「今戻ると話が面倒臭い方向に行きそうだな」

 『ああ、父さんはうちの子とカツ丼でも食って帰るといいよ。俺たちは後で戻るからさ』

 「おう、分かったぜ」

 『じゃあまた後で』


 電話が終わって辺りを見ると、孫が騒ぎ疲れてまたお昼寝モードになっていた。

 定食屋はぐったりしている。コレ注文しづれえな!

 「やっと終わったのかよ。随分と長かったな。誰と話してたんだ?」

 「ああ、色々とな。相手は息子だ」

 「な!? どこにいたんだ?」

 「俺ん家」

 「オッサンの家? また何で……この子を置いてか?」

 「いや、ここにいた息子とはまた別な息子なんだがな……あー何だ、話せば長くなるぜ」

 「短くしてくれ」

 「ここにいたけどいなくなったけど俺ん家にいた」

 「分かったけど分かんねえ」

 「短くしろって言ったのはオメーだろ」

 「難しい話は苦手なんだよ……そういうのは先生にでも相談してくれ」

 「先生? ……ああ、隣の奥さんか、なるほど。それはいい考えかもしれねえな」

 「ああ、先生はスゲー人だからな」


 “チャララーララ チャラララララー♪”

 定食屋の家デンだ。

 「まいど、定食屋でーす……あ、はい、いつもどうも。はい、はい、ああ、いつものヤツですね。まいどー」

 

 「出前か?」

 「ああ、ちょいと警察署にカツ丼届けに行って来るわ」

 「取り調べのお供か……あ、息子の嫁がお縄にしたって件か……」

 「すまねえがちょっくら店番頼まれてくんねえか? 料理しろとは言わねえからさ」


 「ああ、良いぜ。ついでに俺と孫の分も頼んで良いか?」

 「お安いご用だ」


 「じぃじー」

 孫がテテテと走って来た。

 「お、目が覚めたか」

 「パパは? ねえ、パパはどこいったの?」

 「パパはじぃじのお家にいるんって。ママがドロボーさん捕まえたからこれから一緒に警察署に行くんだって。だからじぃじとここでカツ丼食べて待っててね、だって」


 「えー、そんなのうそだよー、パパはどこいっちゃったのー?」

 「ホントなんだってば」

 「だっておねえちゃんがいってたよ、じぃじにたのんでドロボーさんをたすけてあげないとだめだからねって」


 「ウェッ? マジ? 何ソレ!?」


 「まじまじうぇーい!」


 しまった……また孫が変な言葉を覚えちまったぜ!



* ◇ ◇ ◇



 「スマン、急で何なんだけど俺らも一緒に行って良い?」

 「ほんとに急だな。どうしたんだ?」

 「えーと、孫が夢でお告げがあったって言ってるんだ」

 「何じゃそりゃ」

 「ウチに押し入ろうとした二人組のドロボーを助けろってさ」

 「はあ? イタズラ電話か何かか?」

 「話せば非常に長くなるが一言で言うと白昼夢だな」

 「お姉ちゃんってさっきとおんなじ人なの?」

 「さっき? わかんない」

 ぬ? もしかしてこの孫はさっきと違う孫なのか!?

 「うぇーいうんこうんこー」

 ぶっ……単に忘れてるだけか。

 「おっさんよぉ……今度から幼児の前での不適切発言は厳に慎むべきだと思うぜ?」

 「あ、ああ、そうだな。それでどうだ? 俺らも連れてってもらう訳にはいかねーかな」

 「イヤ、俺は構わねーがどっちかっつーと警察が了承するかだろ」

 「む……確かに」

 自然な流れで何かしらやらかしてそのまま警察ってパターンにできねーかな。

 「なあ、これから孫を人質にしてこの店に立てこもるから110番通報してくんない?」

 「イヤそれダメなやつだから。つーかさ、おっさんは世帯主なんだから堂々と入れるんじゃね?」

 「あっそーか」

 「じゃあ次の問題だぜ。盗っ人を助けに来ましたって言ったって通じねえだろ。どーすんだ?」

 「お前今日やけに冴えてんな。半年前の生卵でも食ったか?」

 「当たり前のことを言ってるだけだぜ。おっさんのオツムの方がどうかしてんだよ」

 「それは否定できねえなぁ。まず何か手がかりがほしいぜ」

 「お孫さんにもっと詳しく聞けねえか?」

 「どうだろうな、聞いてみっか」

 「ねえ、お姉さんがドロボーさんのこと何て言ってたかじぃじにもっと教えてくれるかな?」

 「ドロボーさん? じぃじ、おともだちなのにしらないの?」

 「お友達?」

 「さっきこのおみせにいたんだよ」

 「えっホント?」

 「みんなでなぞなぞごっこしたんだよ」

 「なぞなぞごっこ?」

 やべぇ、久々に感じるコミュ障の壁だぜ!

 「これ!」

 そう言って孫が指差したのは息子と電話していたときに拡げたメモだった。

 「ああ、これかぁ」

 何が話が繋がったぜ。さっきまで件の二人組もここにいて俺と一緒にメモ書きのナゾのワードの考察をしてたってことか。

 俺が忘れてるのか孫しか目撃してない俺なのかは分からんが……

 「どうだ? おっさん」

 「分からんけど分かったぜ」

 「何じゃそりゃ」

 「話の経緯は分かったが当のドロボーさんが俺のことをお友達だって思ってるかどうかについては微妙なラインだ」

 「アネサンがいないっていってたよ」

 「姐さん? 誰かわかるのかな?」

 「わかんない。おはなしきいてただけだから」

 なるほど、二人組はアネさんなる人物を探していて、俺と一緒に謎解きをした……忘れるかもしれんしメモっとくか。

 「なあ、アネさんと聞いて思い浮かぶ人物はいるか?」

 「いや、いねえな」

 「あ! あのね、アネサンさんはこのおみせでおしごとしてるんだって」

 「な!? それってつまりウチのバイトの子ってことか!」

 なるほど、昨日から帰ってねえって話と辻褄が合うな。

 おっと、メモだメモ。

 「それにしてもドロボーがアネさんと呼ぶ人物が定食屋でバイトって変な感じだな」

 「こういうのは親分の娘とかだったりするのが割と王道なパターンなんじゃねーか?」

 おっと、これはあくまでも予想であり仮説だぜ。


 「よし、ぼちぼち息子に電話して交渉してもらうか。丁度移動中だろ」

 俺は再び息子に電話をかけた。


 『どうしたんだ、父さん。今警察署に向かってるとこだから家に用事があるなら自分で行ってよ』

 今後のこともあるしここは正直に言うか。

 「イヤそれがさあ、孫が夢でお姉ちゃんからドロボーさんを助けてって言われたなんて言い出してな」

 『夢?』

 「ああ、それで俺もお前らに同席させてもらえないかと思ってさ。ホラ、俺世帯主だし」

 『ちょっと待って……刑事さん――』

 『……』

 『お待たせ。アッサリOKが出たぜ。何か初めから呼ぼうと思ってたみたいだ』

 「初めから? 何だろ。心当たりはねーぞ」

 『父さん、無免許運転はしてないんだよな?』

 「ああ、もちろんだ」

 『あー、分かった。そもそも戻って来た原因って父さんがあのニセ検問に遭って免許証がないってことに気付いたからなんだった』

 「俺は車なんて運転してねーぞ?」

 『いや、だからさ、今父さん本人に覚えがなくてもあの二人は父さんが免許証不所持だったって供述はするだろ』

 あっ! クソ、盲点だったぜ。

 「そうか……ていうかその刑事さん窃盗から無免許運転まで何でも担当するんだな」

 うーん何だろう……この既視感。

 「まあ理由としてはメチャクチャな気もするが当初の目的は果たせそうだし良いか……

 定食屋と一緒にそっちに向かうぜ」

 『分かった、伝えておくよ。ちなみにさあ』

 「何だ? ウンコなら済ませたって言っただろ」


 『俺が聞きたいのはうちの子が言ってたお姉ちゃんて人の方だよ』

 「ああ、そっちか。夢って言ったけど俺と同じ様な体験をしてた可能性もあるな。

 特徴を軽く聞いてみたが“真っ赤っ赤”な感じでお前の嫁さんに似た感じの背格好だったらしいな。

 それと、『〜ですわ』って感じのお上品な言葉遣いだったそうだ」


 『そうか……あの人……なのか? なあ父さん、その人は“羽根飾り”を付けてたのか?』

 「! 何でそれを……ちょっと待ってろ」

 「ねえ、さっきのお姉ちゃん、キレイな羽根の飾りみたいなの付けてなかった?」

 「んー、何にも付けてなかったよ。でもね、おようふくがね、まっかなドレスだったの。とってもキレイだったよ!」

 「そうかー、真っ赤なドレスかー。……あれ? 髪の色は?」

 「くろっぽくてながーいかみだったよ」

 「黒っぽくて長ーい髪か。ナルホド、ありがとな」

 孫の頭をポンポンしてやる。


 「おい、聞いてたか?」

 『ああ、羽根飾りは付けてなかった、それに赤ってのは髪じゃなくてドレスだった、そして上品な言葉遣い、か……

 父さん、後で話したいことがあるんだ。戻ったら少し付き合ってくれ』

 「いや、簡単で良いから今話してくれ。どうなるか分からんからな」


 『なるほど、そうだね。じゃあ簡単に言うよ。

 俺も父さんも多分その人に会ったことがあるぜ』


 「何だって? もしかして俺だけ忘れてるってクチか」

 『ああ、7日の出来事だ。父さんは確か何をしてたか覚えてないって言ってたよな』

 「そうだ、後で詳しく聞こうと思ってたんだよ」

 『その日、父さんと俺とうちの子の三人で例の廃墟に行ったんだよ――“待ってくれ、廃墟だと!?”』


 「今のは刑事さんか?」

 『ああ、廃墟絡みで個人的に聞いてみたいことがあるんだってさ。良かったな、無実の罪じゃなかったぜ』

 「その件は分かった。それで、7日の話の続きを頼む」


 『その日も何か色々とおかしかったんだよ。父さんが俺に何か色々と見せようとしてたのは分かったんだけどさ』

 「俺が?」

 『ああ。それで最後に廃墟に連れて行かれた。蔦で覆われた小屋みたいな建物の中に入らされたんだけど、その中が明らかに異常だったんだよね』

 「別な場所に飛ばされたとかか? 昭和の事務所みたいな感じじゃなかったか?」


 『飛ばされたってのは合ってるんだけど、そこはどう見ても1000年くらい前のヨーロッパって感じの場所だったんだ』


 「何だと!?」


 『まずその建物の中は砦の警備兵の待機所みたいな感じの場所だった。

 剣とか盾とか槍なんかの洋風の武器が置いてあったからね。

 錆びて朽ちかけてたからだいぶ年季が入ってたとは思うけど。

 そして外に出たら廃墟じゃなくて別の場所にいたんだ。

 小屋の中と同じ世界観ていうかさ、戦争か何かで荒廃した中世ヨーロッパのどこかの町の焼け跡って感じだった』


 「お前はその場所に心当たりはあるのか?」


 『いや、ないね。あるとしたら多分……うちの子だ……』


 この話はさすがに本人がいる前じゃ言えねえな……

 俺の孫って実子じゃないんだよね、実は。おまけに言うなら孫だけじゃないんだけど。


 親父の会社に災害遺児とか捨て子なんかの面倒を見るボランティア活動みたいなことをやってた人がいたんだよ。

 恵まれない子供を見つけて来て預かっては里親やら養子縁組やらの紹介をしたりしてて、孫はその団体からの照会があって息子夫婦が引き受けるぜって手を挙げてくれたんだよね。

 もちろん、実の子の様に可愛がってるんだぜ。


 『――そして、そこでひとりの女性が立ってる映像みたいなものを見たんだ。

 その女性と例の“お姉ちゃん”て人物の特徴が一致するんだよね。

 それを見たうちの子がさ、呟いてたんだ。

 ……“ママ”ってね』



* ◇ ◇ ◇



 「何だって!?」


 『でもその直後に別の声がしてその映像はその場所ごと掻き消えたんだ。

 次の瞬間にはもうもとの廃墟に戻ってたからね。ホントに一瞬の出来事だったよ。

 俺の記憶が確かなら“これも夢なんだ、悲しいね”って言ってるように聞こえた』


 「なあ、さっきの“羽根飾り”って単語はどこから出て来たんだ?」


 『父さん、こっちは到着したよ。取り敢えず合流しよう。

 面倒ごとは刑事さんが取り計らってくれるってさ。

 その“羽根飾り”の話はその時するよ』


 今話したいことがてんこ盛りだが、いつまでも電話で引っ張り続けるのも無理があるか。


 「そうか、しょうがねぇな、分かった。

 あとあっちの方の話は場所を改めて二人でしようぜ」

 『ああ、その方が良いね。じゃあまた後で』


 そう言って息子との会話はひとまず終了した。


 あの子って息子のとこに来た時幾つだったっけ?

 物心ついてたか微妙なとこだな。

 もうひとつ気になるのは声がして元の廃墟に戻ったってとこだ。これ、やっぱ“彼女”だよな。

 もしかしてそのままだったらその中世ヨーロッパっぽいって場所から永遠に出られなかったのか? 怖えーな。 

 どういうときに現れるのかよく分かってねえからその辺は運任せなんだよなぁ。


 そういえば行方不明のバイトの子は刑事さんの紹介だったって言ってたよな。

 それがドロボーのアネさん?

 良くあることなのか? うーむ、分からん。


 とここで出前の準備が出来た様だ。


 「よし、出ようぜ」

 「ああ」

 「子ども用のメットがねーからちょっと詰め物が必要だな」

 「おっさんの車に乗っけてもらいてえとこだが時間もねえし我慢してもらうしかねえな」

 「ほら、おいで」

 止むを得ず俺が抱っこしてしっかりホールドすることにした。

 これ到着したときの見え方に気を付けねえとな。

 そもそも三人乗りって良いのか?


 「なあ、これ三人乗ったらアウトじゃねーか?」

 「あ? シートがちゃんとあるだろ。コイツは普通免許で乗れるトライクだから三人乗れるぜ」

 まじで? 今度ぜひ運転させてもらおう!


 てな訳で定食屋のバイクに乗っけてもらい、三人で警察署に向かった。


 「わーいどるるんどるるーん」

 「コラ、危ないからジッとしてなさい」

 「わーい」

 「コラ! 手を引っ込めて!」

 「今度は足ィ!」

 「ヤバイ、メットが脱げそうだ!」

 道中定食屋に色々聞いてみたいことがあったのだが、孫が大はしゃぎしてそれどころじゃなかった。

 まあ大人の俺ですらこういうのはちょっとウキウキしちまうからな。不可抗力だと思って諦めっか……


 「すやすや……」

 「ふへぇ……やっと着いた……」

 「楽しんでもらえた様で何よりだぜ」

 「子どものバイタリティってやっぱ半端ねえなぁ」


 俺は孫を抱っこしてバイクを降りた。


 「まあカツ丼にありつけると思えば頑張れるってもんだぜ」

 「え?」

 「え?」

 「アレ?」

 「食って行かねえのかと思って注文された分しか持ってこなかったぜ」

 「ガビーン」

 しょうがねぇ……考えてみたら今日は既に一杯ゴチになってるからな。


 「まいどー」

 「おう、来たぜ」

 「すやすや……ハッ!? あっ、パパぁーママぁー」

 ピョン!

 「ぐげっ」

 いくら両親に会えたのが嬉しいからってじぃじを足蹴にしてジャンプするのはどうなんだ……

 「おう、じぃじは辛ぇなあ」


 息子が孫を抱っこしながら迎える。

 「父さん、定食屋さん、お疲れ様」

 「やっと来たのねー。死ねば良いのにー」

 「お、おう」

 「息子さんの嫁さん、何か独特な感じの人だな……」

 「もう慣れたぜ……」


 「やっと来たか。待ちくたびれたぞ」


 ん? この刑事さん、こんなハードボイルドな感じの人だったっけ?


 ていうか会うなりソレは社会人としてどうなんだ?

 まあ良い。相手は公権力だし取り敢えず媚びとくか。

 「取り調べに同席させていただけるとのことで、感謝します」

 定食屋とアイコンタクト。頷いたので話を進める。

 「定食屋も関係者かもしれないので同席させたいんですが大丈夫でしょうか」

 「問題ない」

 エッまじで!? これ頭おかしい疑惑アリなんじゃねーか?

 だがまだそうと決まった訳じゃねーしまずは様子見だな。

 無難に返しとくか。

 「ありがとうございます」


 「取り調べの件はさておき、別件の方から話したいんだが良いだろうか?」

 おっと、別件とか言っといてイキナリ本題かよ。

 「俺は構いませんよ」

 「捕まえた二人は留置場に?」

 「ああ」

 「じゃあ俺は先にカツ丼届けて来るわ」

 「ああ、頼む」

 カツ丼……お名残惜しや……

 「父さん、顔に出てるぞ」

 「あー始めて良いか?」

 「おっとこれは失礼。良いですよ」



 「コレに見覚えはないか?」

 刑事さんが出してきたのは……俺の服?

 ……何でここにあるんだ?

 「それは俺の服ですね。もしかして押収品ですか?」

 「いや、これは本件とは全く関係ない。俺の家にあったんだ」

 「刑事さんにそういったご趣味があったとはオドロキですねえ」

 「まあ話を聞け。この服は押収品でも貰った訳でもなく、俺の家の洗濯カゴに放り込まれていたものだ。

 もちろん、俺が直接あんたのお宅に上がり込んで何かしたという覚えもないぞ」

 なるほどな、俺が定食屋で見たメモと似た様なもんか。

 俺の周り以外でもおかしな現象が起きてたってことだな。


 「俺にもその服をどうこうした覚えはないです。

 つまり両者共身に覚えがないのに、俺の家から刑事さんの家に俺の服が移動したと言うことになりますね」 

 「そんなことあるものか。その様子だと何か知ってるんだろう? 出来れば説明してもらいたい」

 「記憶に残っていないが実際に自分が関わっていた。

 あるいは今ここにいない別の自分が関与していた。

 多分可能性としてはこの二つのうちどちらかに絞られるんじゃないかと思ってます」

 「よく分からんな」

 「ええ、俺もですよ。でも刑事さん、今の話に対してさもありなんと、そう思うところもあるんじゃないですか?」

 「ああ、まさにそのとおりだ」


 「なるほど。ところで、さっき俺が息子と電話で話していたときに『廃墟』って単語に異様に食い付いてましたよね。今の話と何か関係があるんですかね?」

 「関係あるかないかは分からんとしか言いようがない。

 が、こんな話に耳を傾ける動機になる程度には、俺も変てこな体験をしてるんだ」

 「変てこな体験?」

 「ああ、その廃墟絡みでな。

 行方知れずになった人があそこの周辺で心神耗弱の様な状態になって見付かるって事案が昔から多発してるんだ。

 もちろん、行方不明者全員じゃない。

 そのままいなくなったって人も相当数いる。

 あんたなら分かるよな?」


 「……ソイツは仕事柄ってやつですかね」

 「いや、それがな……俺が警察官になる前からなんだよ」

 「ということはそれなりに昔から?

 廃墟というからには相当古いと思うんですが、どうして刑事さんが以前からそういった経験をしてるのかが気になりますね。

 でもその前に」

 「何だ?」

 「その服が何で俺のものだと思ったんです?

 聞けばこちらから申し出る前から俺と会話したいと言っていたとか」

 「う……現状ではある人物から聞いたとしか言えんな」


 そこで息子の方を見る。

 む……目を逸らしやがった。

 ……コイツはビンゴだな。


 「刑事さん」

 「な、何だ?」

 「俺と刑事さんは最近いちど会ってると思うんですが……覚えてますよね?」

 「ああ、当然だ。たった一週間前のことだからな」

 「あれは刑事さんか、あるいはその“ある人物”が仕込んだ茶番でしょう。違いますか?」



* ◇ ◇ ◇



 「俺は何も知らん。本当だ」

 「父さん、ゴメン。その服のこと言ったのは俺なんだ」


 俺の意図を勘違いしたのか、はたまた何かを誤魔化すためなのか、刑事さんと息子の弁解が始まった。


 「それだけじゃないだろ」

 「いや、ホントにそれだけだよ。

 一週間前にここに押しかけたのは刑事さんが凄い勢いで電話して来たらだよ。父さんが何かやらかしたからすぐ来いってさ」


 「だそうです。何か申し開きはしたいことはありますか?」

 「ぐっ……」


 俺が刑事で刑事さんが犯人みたいだぜ。イヤ、実際犯人か。

 それにしても刑事さんは何で息子の連絡先なんか知ってたんだろうな?

 

 「刑事さん、その“ある人物”ってのはあのときここにいた女子高生のことですね?」

 「な、何で分かった!?」

 「父さん、今のフリは確信犯だな?

 思いっきり顔に出てるよ」

 ぐへへーだぜ。


 「なあ、バイトの子の件、今話して良いか?」

 「ああ、良いぜ。てかようやく話が見えてきたぞ。なるほどな、確かに俺も大いに関係あるぜ」

 「分かった」

 いつの間にか戻っていた定食屋に一応の仁義を通してから話を始める。

 ここは詰所のおっさんのことも確認してぇが流れ的に我慢だな。


 「刑事さん。まだ捜索願の類は出されていない様ですが、定食屋のバイトの子が現在行方不明になっています」

 「な、何だと!?」

 「その子は刑事さんの紹介でバイトを始めたと伺いましたが本当ですか?」

 「なぜそれを……」

 「俺が話したんですよ」

 「そ、そうか……」

 どうやら定食屋から聞いたと知って納得が行った様だ。

 つまりこの話がホントだったってことだぜ。


 「その子は俺の家に押し入ろうとしたっていう二人組と何か関係があるんじゃないですか?

 ついでに言うと刑事さん、あんたもね」

 「何? 話が見えんぞ」


 「刑事さんにもちょっと聞いてみたいと思ってたことがあるんですよ」

 「何だ?」

 「さっき俺が刑事さんに最近会ったばかりだと話を振ったら、たった一週間前のことだと答えましたよね?」

 「ああ、そうだが」


 「今日、会った覚えはないですか?」

 「! あ、ああ、あるぞ。

 信じてもらえんと思って黙っていたが」

 「ついでに件の二人組にも?」

 「ああ、そうだ! しかも……」

 「そこで会った俺は刑事さんの知る俺とは違う俺だった、そうですよね?」

 「そう、その通りだ! クソ、ダメ元で聞いてみて良かったぜ!」

 「分かりますよ、そのクソって気持ち」

 「まさか……」

 「本当は5月11日ですよね、今日は。

 しかも本当なら日が沈んでる筈の時間帯だ」

 「ああ……そう、そうなんだ!

 周りがみんな10日だと言ってるから俺の頭も遂におかしくなったのかと思ったんだ」


 「廃墟が絡むと心神耗弱になって帰って来るってのはつまり、そういうことだと思いませんか?」

 「おお、やはりそうか……そ、それでなぜ?

 ゴクリ……」

 「あー、それは分からんとしか言い様がないんですよ」

 「ズコーッ!」

 いやぁ期待を裏切っちゃってスイマセンねぇ。

 あとの話は刑事さんが十分に信頼出来るって確信が持てたらだな。

 でもぶっちゃけ、上げて落とすのって楽しいよね!


 「まあ、お義父さんが思いっきり下卑た顔をしているわ。

 イヤねぇ、死ねば良いのにー」

 「いいのにー」

 我関せずって顔で孫と遊んでたクセにこういうとこだけ積極的に合いの手入れてくるの、止めてもらえませんかねェ!

 あと孫がマネしてるぞ! 良いのかよ!


 「父さん、ゴメン」

 おっと、また顔に出ちまったか。

 まあ良い……ここだけの話、この人一応嫁ってことになってるけど……実はほぼ子どもみたいなもんなんだよね……つまり孫と同じ枠でお迎えしたんだ。

 だけどたまーにおぉ、すげぇって思わされる時があるんだよなぁ。

 さっき俺の家で待ち伏せして二人組を現行犯逮捕したって話もそうなんだけどさぁ。

 息子はその辺達観してるんだから偉いぜ。

 俺は疑問に思う点もかなりあるんだけどな!


 『父さん、顔、顔。

 続きは後で二人になったときに話そうよ』

 『悪ぃ、話に夢中でついウッカリしてたわ』

 息子の小声のフォローに感謝だぜ。

 正直緩んでたぜ。身を引き締めねーとな。


 「ゴホン……なあおっさん、今の話で現状色々おかしいのは分かったんだけどさ、それがウチのバイトの子にどう絡んでくるんだ?」

 「いや、今日捕まえた二人組の関係者なんじゃねーかと思ってな。もちろん、刑事さんもだ」

 「う……な、なるほど……」 

 これは会話を傍で聞いた刑事さんの反応だ。

 どうやら一緒になって俺を責め立てたって自覚はあるらしい。

 しかしまあざまぁするチャンスなんてもんが来るとは思わなかったぜ。

 『父さん、顔』

 おっと危ねえ。


 「おっさん、どういうことだ?」

 「さっき息子には話したが、俺は今日朝イチで車をパクられたんだよ。あの二人組に。

 ちょうどその直前に刑事さんが現れてな、一緒になって俺を犯罪者扱いしやが……コホン、犯罪者扱いして二人が俺の家を荒らす手助けをしやが……したんだよ。

 息子が見てた俺は、そのとき車を運転して廃墟に向かっていたらしいんだけどな。

 つまり刑事さんは今日俺の家の前であの二人組とつるんでたってことだ」

 「その後俺は隣家に行ったな?」

 「ええ、そこでも大活躍でしたね」

 俺は意地悪く皮肉を込めて返した。

 「ナルホド、父さんは今日そこでウンコをした訳か」

 「ちょっと待て、その情報今必要か?」

 「ウンコを笑う者はウンコに泣くんだよ」

 「何だそりゃ」


 「刑事さん、ひとつ確認ですが今日は非番だったんですよね?」

 「ああ」

 「ひょっとしたら今日は廃墟に行ってませんでしたか?」

 「! そうだ、なぜそれを?」

 「今朝のウチの状況を総合して考えたらその予想に辿り着いたんです。

 そして刑事さんは今朝廃墟にいた。そこには理由は分かりませんがあの二人組もいた。

 これが刑事さんの言う変てこな体験のひとつだ。そうですよね?」


 「ああ、その通りだ。廃墟がいつの間にか……この町の風景に変わっていた」

 「俺もずっと引っかかっていたことがあったんです。

 二人は俺の家に勝手に上がり込んで行きました。

 それを追いかけて行ったとき、既に家は荒らされた状態でした。直前まで普通に暮らしていた家がです。

 俺が外に出て家に戻るまでの間隔は時間にしてたったの数分だったと思います」


 「父さん、それってまさか……」

 「ああ、あくまで俺の予想だがそのまさかだと思うぜ。

 廃墟にいた二人組が詰所に入ったとき、その中は既に“誰かに”荒らされた俺の家になってたんだと思う」

 「なるほど、そう考えると辻褄が合うな」


 「もうひとつある。そのときから俺の携帯がおかしくなった」

 「そう言えば7日の件のときに父さんは携帯を使って何か実験をしようとしてたな」


 「待ってくれ、話に付いて行けない」

 「同じく」

 「ああ、コイツは失礼」

 「携帯がおかしくなったってのは具体的に言うと、全部フリーズして操作は受け付けないし再起動も出来ない状態です。

 オマケに画面には『SIMカードを挿入して下さい』なんてメッセージも出てる状態でした」

 「父さん――」

 息子もメッセージのおかしさに気付いたらしく、その点を指摘しようと立ち上がって口を開きかける。

 だが俺はそれを手で制した。

 『それについては今は黙っていた方が良い』

 そう小声で伝えると納得したらしく椅子に腰を沈めた。


 俺は話を続けた。

 「そのときの携帯の画面に表示されていた日時が

 “2042年5月10日 14時56分”……

 つまり今日の三時前です。ですがその後お隣に駆け込み、本当の日時が5月11日の午前中だということを知りました。

 そのときの俺は、太陽の位置を見てお隣の時計の表示が正しいと推察しました。

 俺の携帯はしばらくそのままで、電話もかけられない状態でした」

 「それで俺がそのお隣に乗り込んだという話に繋がる訳か」

 「困ったことにそこから後の記憶が曖昧です。

 気がついたら日付が10日に変わって定食屋の二階にいました。

 その後がさらにジェットコースターの如くで話せば長くなるのですが……ひとまず刑事さんが関係ありそうなのはここまでですかね」

 話すのも面倒くせぇし今必要な話題じゃねえからな。

 『父さん』

 『羽根飾りやら何やら、全部話すには時間が足りねえ。他に相談してえこともあるしな』

 刑事さんと定食屋はヒソヒソ話をする俺と息子を黙って眺めている。

 「父さん」

 うわっびっくりした!

 「何だ、脅かすなよ」

 「最後にひとつだけ。うちの子が見たっていう女性の件だ。

 さっきの話以前に“お姉ちゃんに会った”って言われたことがあるんだ」

 わざと聞こえる様に話してるのか。

 「それは7日の出来事か?」

 「ああ、そうだよ」

 「なら件の二人組も同席させた方が良くないか?」

 「二人を?」

 「いや、可能性の話だよ」

 「ああ、廃墟絡みだからか」

 「そうだぜ」

 「また分からんことを話し始めたな。今度は何の話だ?」

 「刑事さん、二人の取り調べはどうするんです?

 さっきも言いましたが、さっき捕まえた二人組は刑事さんが知りたい話の関係者かもしれないですよ」

 「分かった。では呼ぼうか」

 エッ!? マジで良いの?

 「えーと、一応言ってみただけだったんですけど、こういうのってアリなんですかね」

 「ああ、もちろん俺と二人は隣室だぞ。お前らはリモートで話せるから問題ない。

 一応、取り調べって名目だからな」

 うーむ……そのうち怒られそうだぜ!


 てな訳で二人が呼ばれて隣室に入室して来た。

 「二人共、これからするのは雑談だから楽にしてくれ」

 「ふがふが」

 「あ、まだサルぐつわしてたのか。外してやる」

 「ふがふが」

 「もういいっつーの!」頭ぺちっ。

 「あ、失礼しましたっす」

 「アレ? じゃあカツ丼は?」

 「食える訳がねぇッス!」

 クッソォ……ンなことすんだったら俺に食わせろよォ!



 「よし、早速始めるぞ。二人に話を振ってくれ」

 エッ俺が仕切るの?

 ハナっから脱線しちゃって良いんかな。

 「あーあーマイテスマイテス。

 二人共、俺の声が分かるか?」

 『あ、お化けのおっさんッス』

 「お化け? 何だそりゃ」

 『ありゃ? 忘れてるっすね?

 おっさんも他の人と同じっすか?』

 「てことはお前ら俺が忘れてることを覚えてそうだな?」

 『でもバカ扱いされないってコトはおっさんもヘンテコな目に遭ってるッスね?』

 「おう、確認だぜ。今日は何年何月何日だ?」

 『2042年5月11日ッス!』

 「あれ? さっきと答えが違うな」

 「俺の感覚でも5月11日だ。

 ただ、今横にいる息子は違和感があるって言ってる」

 「ああ、コイツらが検問ゴッコをやってたときに父さんがいっぺん聞いたんだ。今年は何年かってね。

 そしたら1989年だって言ったんだよ」

 『逆にこっちがそれを覚えてないッスね』

 「そうだ、ついでにここは詰所だーとか言ってたな」

 「ちょっと待て。

 俺の息子は今日は5月10日だって主張してるんだぜ。

 それを踏まえて発言してくれ」

 『10日ッスか……オイラ達は廃墟にいたッス。 

 でもってちょっとしたイタズラゴコロで廃墟の小屋に入ったッス』

 『そしたらいきなり森の中に飛ばされたっす』

 「ちなみにお前としてはどこだと思ってたんだ?」

 「廃墟の近くの山道だよ」

 「なるほど、分からん」

 「俺も分からないから安心してよ」


 「お前ら、赤髪の小柄な女子高生のことは知っているな?」

 『! も、もちろん知ってるっす』

 「多少話が長くなっても良い。

 お前らが体験した出来事を全部話してくれ。

 出来れば10日、11日と時系列に並べてもらえると助かる。

 ちなみに俺は全部を忘れてるって前提で頼む。

 他の人らもいるんでな」

 『ハイっす。話をマジメに聞いてくれるだけで大感激っす』

 『オイラも分かったッス。

 もうジェットコースターみたいな二日間だったッスよ』


 

* ◇ ◇ ◇



 ジェットコースターか……

 こいつら俺と同じこと言ってるぜ。

 まあこいつらのまわりもそれだけドタバタしてたってことだな。



 二人組が話し始めた二日間の出来事。


 それは確かに普通の感覚の人間が聞いたらバカじゃねーのという感想しか出てこなさそうな内容だった。


 しかしそれでかえって確信が深まったこともある。

 同じ様な経験をしてる人の話を片っ端から聞くことで起きてるコトの端緒を掴めるんじゃないかって予想、これがあながち外れじゃなさそうだって点だ。

 ひとりひとりの感覚だと穴があり過ぎて思い込みとか錯誤に陥りそうなもんだが、こうやって話し合うことで意外繋がりが見つかることがある。

 一人で考えてるとある結論に辿り着いても全部パーになるリスクがあって、そこがどうしても穴になる。

 やっぱリスクはひとりで抱え込まずにチームで共有するもんだぜ。



 あとは何で記憶や物的証拠が断片的に残ることがあるのかって点だ。この部分の法則性がはっきりすればもう一歩前進出来るんだがなぁ。

 進んだり戻ったりをもう何度も何度も繰り返してる様な気がする。

 それは多分気のせいじゃないんだ。


 となると今日って本当は何年何月何日なんだろうな……

 それにコレ、下手すると廃墟から一歩も出てない可能性もあるんじゃねえか……?



 まず、二人は10日も朝イチで廃墟にいた。

 しかもそのとき、あの女子高生と一緒だったと言う話だ。

 その日の二人は彼女を廃墟に連れて行くための送迎要員だった。

 そして暇を持て余した二人はいたずら半分で詰所に乗り込み、そこからどこかの森の中へと迷い込むことになった。

 これがさっきのやり取りと繋がる訳だ。

 驚いたのは次の話だ。

 二人が森を脱出できたのはプラカードを持った変なゴリラのお陰だと言うのだ。 

 ゴリラってやっぱアレだよな……?

 しかし次の話で更に驚いたのは、そのゴリラが“死ねば出られる”と言って二人を躊躇なく撲殺したことだ。

 そのとき俺の脳裏に浮かんでいたのは、あの「全部現実」と「全部本物」というキーワードだ。

 あれは何を意味するのか……そして果たしてここで話すべきことなのかどうか……

 俺が二人にそのゴリラに会ったことがありそのナビのお陰で平和的に脱出出来た体験を話すと揃って『不公平ッス』とぼやいた。

 そこで俺が灯油をかぶった経験を話すと、何と二人はそれを知っていた。

 考えてみれば二人は俺のことを初めから知っている感じだったな。お化けなんて変なニックネームまで付けられてるみたいだし。


 さらにこの話に反応したのが刑事さんだ。

 何でも、過去に俺と同じ体験をしたことがあるらしい。

 詳しい経緯は分からないが、灯油をかぶって火をつけたという点では俺の話と一致しているそうだ。

 さらに、この“一回死ぬ”体験のせいで廃墟に迷い込んだ多くの人が心身に影響を受けるのではないかという仮説まで聞かされた。

 俺もいちど経験してるし特に反論する材料もないが、まあ根拠とするには証拠不十分かなという感じだ。


 「廃墟絡みでそれだけ問題が起きているのに世間では全く認知されてないですよね、どうしてなんでしょう?」


 ここで、俺は浮かんだ疑問を刑事さんにぶつけてみた。


 『分からん……いや、これは――』

 刑事さんがそう言って絞り出す様に出した答えは……

 『正直言って宇宙人の陰謀としか思えん』だった。

 刑事さんの目は大マジだ。

 まあ色々考えたけど分からんという結論しか出なかったってことだな。


 「俺の考えだとその理由というか可能性はかなり絞られると思います。

 まず前提条件です。これは自然現象か、人為的なものなのか」

 『自然現象とは思えんな』

 「俺も同意見です。

 そして廃墟には何かがあり、一定のコントロール下に置かれていた。

 そこで何かの影響を受けた一般人がいた場合、管理者……と言って良いのか分かりませんが、その様な立場の組織か何かから一定の処置を受けて元の場所に戻されていた。

 取り敢えずその“何か”と“管理者”ってのが何なのかはさておき、そんなところじゃないかと考えてます」

 『そのさておいた部分が分からんのだがな』


 まあそうだろうな。


 「今俺は自然現象ではないその何かについて、“一定のコントロール下”と表現しました」

 『つまり?』

 「管理してる筈の存在にもコントロール出来てない部分が存在するんじゃないかってことです。

 今、俺たちの認識の整合性には相当のズレが生じています。

 これがその証拠だと思ってるのですが、問題は今の状況が明らかに異常と言えるレベルになってる点です。

 次に“一定の処置”ですが、これは事故やら事件やらが起きる度に、それを初めから無かったことにする措置……つまりは揉み消しの一環なのではないかと俺は見ています」


 『揉み消しか……しかしその位のことは俺も考えたが?』

 「では、その方法についてはどう思いますか?

 あとはそのような方法を取る理由についてもです」

 『当事者に何か精神に作用する薬物を投与するとかか……?

 理由は……そうだな、自分たちの存在を世の中から隠蔽するためだろう。

 なあ、あんたの親御さんがあそこの関係者だったのは知ってるんだ。

 何か知ってて隠してるんじゃないのか?』

 「そう言う刑事さんはどうして俺にそんなことを聞くんですか?」

 『俺の親父もあそこの関係者だったからだ。

 多分俺があんたと似たような経験をしてるのも偶然じゃない。

 それにもうひとつ……』


 刑事さんはひと呼吸置いてこう言った。


 『ウチの家族の中にあんたと俺が一緒にいるのを見たと言ってるのがいてな……しかも俺の家でだ。

 俺にその覚えが全くないんだが』


 「刑事さん、それは俺も覚えてないですよ」

 だから俺の服を持ってたってことか?

 分からん。


 と、ここで傍観に徹していた息子が口を開いた。


 「父さん、刑事さんの親父さんは父さんが時々話してた“詰所のおっさん”て人だよ」

 「エッ、それマジ?」

 『ああ、その通りだ』

 まじかー。

 「あ」

 「何?」

 「刑事さん、さっき話してた女子高生の一件、現場に親父さんもいませんでしたか?」

 『うっ……いや、知らんな』

 「父さん、刑事さんの親父さんは……」

 「刑事さん、顔に出てますよ? いたんでしょう? あの場所に」

 『はぁ……そうだ。確かに俺の親父はあそこにいた』

 「えっ!?」

 と驚く息子。

 「何でお前が驚くの?」

 「いや、だって刑事さんの親父さんは亡くなった筈だよ……俺葬式にも行ったし……」

 「俺は知らんけど?

 そもそも子供時代以来会ってないからな。

 だからお前がそれを知ってることも疑問だし死んだ筈だって認識になるのも意味が分からんぞ。

 まあ、今ので大体のことは察したけどな。

 ですよね、刑事さん?」


 『ああ、だが別に申し合わせていた訳でもないし、親父からは見なかったことにしてくれと言われていたんだ。

 どうしてか分からんが顔を合わせづらそうにしてたな』


 「ああ、それ俺も気になってたんですよ。

 刑事さんの親父さんだけじゃないんですよね、子供時代は散々お世話になったのに社会に出たら疎遠になったって人。

 今さっき刑事さんが言ってた“自分たちの存在を世の中から隠蔽する”って話と何か関係がある様な気がしますね。

 大人になって疎遠になったなんて普通にある話ですけど、何しろ俺の場合はみんな親父の同僚ですから。

 刑事さんは何も聞いてないんですか?」

 『聞いていればあんたを探したり呼んだりなんて真似はしない』

 うーむ。そりゃそうか……


 「父さん、刑事さんもちょっと待った」

 「何だ?」

 「盛り上がってるところ申し訳ないんだけどさ、父さんと刑事さんの話が完全に二人の世界でみんな付いて来れてないんだよ。

 せっかくだからこのメンツで意見交換できるテーマに絞らないか?

 刑事さんも目的があって父さんに声をかけたんだし、目的をはっきりさせて効率的に進めようよ。まずは二人組からことの経緯を聞き出すんだろ?」

 むむぅ……息子にファシリテートを許すとは不覚だぜ。



 まずは例の女子高生の安否確認の件だ。

 結構色んなとこで絡んでたことが分かって来たので話し出すとすぐに脱線しそうだぜ。

 ただ、せっかく呼んだ二人組にも初めに話を振っといてその後は放置だったからな。


 それで二人からゴリラに撲殺された話の続きを聞いた。

 二人が気付いたとき、森の中ではなく留置場にいたという。

 彼らは今その場所から呼ばれて取調室に来た訳だが、これは昨日の話だ。

 気付いてから今朝までの記憶はあいまいで、唯一印象に残っているのはどんよりとした錆色の空模様だけだという。

 今朝は自宅にいたというが、どうやって釈放されたかは正直分からないとのことだった。


 二人は例の女子高生のことをアネさんと呼んでえらく慕っていた。

 10日に二人が彼女を廃墟まで送ったのは俺が廃墟に来ることを知っていて、俺に何か用事があったためだという。

 俺の方は別に面識もないし、正直「何で?」という感想しかない。

 しかしこっちが忘れてるだけって可能性もある。

 さっきの錆色の空というワードと併せて一応重大な手掛かりとして覚えておこう。

 空の色はさっきまで目にしていた状態と同じだな。


 そして二人は彼女が昨日から戻っていないことに気付き、おかしいと思って再度廃墟に向かったそうだ。

 すると廃墟は誰もいないどころか昨日まで拠点としていた筈のアジトまでなくなっており、初めから誰もいなかったかのような状態だったという。

 俺の知る廃墟はむしろその状態の方がイメージ通りなんだが、彼らにとってはそうではない様だ。

 二人は町に戻り、次の手がかりであるバイト先、つまり定食屋に向かったそうだ。

 そこでちょっとしたトラブルとなり、居合わせた駐在さんに拘束された。

 そこに俺が現れたが、不思議なことに俺の姿が見えて話せたのは二人だけだったそうだ。何だそりゃ……いや、さっきの息子と孫の状態に近いのか。

 なるほど、それでお化けのおっさんか……

 

 俺は息子にさっきまで定食屋にいたかどうかを尋ねた。


 「いや、俺は廃墟に向かう道と父さんの家にしか行ってないよ。それも今日……もとい10日の出来事だけど。

 俺の感覚だと未来の出来事を聞いてるってことになるのかな」


 未来の出来事……?

 俺の感覚では空白の一日なんて経験はあっても時間が戻ったり進んだりということは起きていない。

 単に同じ時間軸で起きた観測出来ない別な事象ってだけの話なんじゃないのか?


 さっき女子高生が俺が来るのを知っていて廃墟に向かったと言っていたが、未来の出来事を知ってたってこともあるのか……?


 俺が定食屋に姿を現したとき、その場にいたのは定食屋、駐在さん、そして隣の奥さんの三人だったそうだ。

 これ、どういうメンツなんだ?


 「そこに俺がいたのって本当なのか?」

 『本当ッスよ。定食屋さんは話に付いて行けなくて頭がぐるぐるしてる感じだったッス』

 「目の前にいたってのは本当なんだな。声だけで俺が誰だかわかる位だし。会ったこともねーのに不思議な感じだぜ」

 「それを言うならこの二人だって俺は今日の朝自分ちの前で見てるぞ」



 そうして二人を経由した三人との会話が始まったが、その時点で状況は相当おかしくなっていたらしい。

 そのときの会話の内容はこうだ。


 俺の家の床下で何らかの異変があったという話。

 これは俺が誰かから何かを聞いて自分で床下に潜って調べた結果らしい。

 これ、超重要情報じゃねーか? 今すぐ見に行きてえが我慢だぜ。

 

 『ちなみにお化けのおっさんは始めは家にいたっす。定食屋さんに電話をかけてもらって確認したっす。

 そんでもって駐在さんに誰かから電話が来たっす。カンシキサンて人からお化けのおっさんが消えたって報告があったけど何か知ってるかって話をしたみたいっす。

 駐在さんが知らないって答えたら、30分後に定食屋さんに来いって紙に書いてしばらく立ってろ、みたいなことを言われたらしいっす』


 「何だそれ? 俺が自分ちにいて、突然消えた? カンシキ……ああ、警察の鑑識の人か。その人が誰かにそれを報告したら、その人から駐在さんに電話が来た?

 うーむ……一体何があったんだって感想しかないぜ。

 鑑識の人は何で俺ん家にいたんだ? それに駐在さんに電話して俺に定食屋に行けって伝えた?

 まるで俺が見えないけどそこにいるってことが分かってる感じじゃないか?」


 そこで刑事さんが『それは俺の指示かもしれんな』と話す。

 『さっきの話の通り、俺はあんたの家の隣家にいたんだ。

 しかもそのとき俺はそこにいるのに住人からは見えてない、透明人間みたいな状態だった。つまりあんたと同じ状態ってことだ。

 ただ、その前後のことを良く覚えていない。気付いたら署に戻っていたからな』

 

 うーむ、それは俺と同じタイミングだったりするのか……?


 「午前中の刑事さん、確か隣の奥さんに今日は何年何月何日かと聞かれて“1989年5月4日だ”って答えてましたね」

 『自分で言うのも何だが頭がおかしいな』

 「俺も記憶が曖昧なんですよ。

 隣の家に行ったところまでは覚えてるんですが、そこから何で定食屋に行ったのかが思い出せないんです」

 『昼過ぎに何かあったのか……』




 その後、三人との会話は俺の家の状況の話になったという。

 全く覚えていないが、俺からの報告だったそうだ。



 駐在さんに『俺が消えた』と報告が入った頃、俺の家では頭のおかしいテレビレポーターが頭のおかしい野次馬たちを先導して俺の家にどやどやと上がり込むところだったという。

 意味が分からねえ。廃墟絡みで絶対何かあったに違ぇねえぞ。

 俺はそこで息子を呼んで家を見に行かせたそうだ。

 どうやって? と思ったが定食屋に頼んで連絡してもらったらしい。

 俺はその前後で姿が見えない状態になったらしく、定食屋に到着してから息子を呼んで自宅のことを頼んだそうだ。


 当然、息子はそんな話覚えていなかった。

 「言っとくがこれ今日の話だからな?」

 「今日っていうのは11日だろ? これから起きることなの?」

 「俺からすれば今日は今日であって日付がどうとかは関係ないな。

 ぶっちゃけ今日が10日でも11日でもない可能性もあるんじゃねーかと思ってるからな。

 今までだって時系列に関係なく俺が知らない俺自身の行動ってあっただろ? それと同じだぜ。

 ついでに言うと、目の前の光景が突然変わったり頭おかしいやつとかゾンビの群れに出くわしたり――」

 『ゾンビ!?』『ゾンビっすか!?』

 「何です? びっくりするじゃないですか」

 『いや、済まなかった。続けてくれ』

 『悪かったっす』

 うーむ……火のないところに煙は立たないんだぜ。

 とにかく話を続けるか……

 「今起きてることって夢が現実になったって考えるとしっくり来るんだよな。仕組みは分からんけど」

 「つまり?」

 「俺たちが目にしてる現象って意外と時系列なんて関係ないのかもってことだ」

 「おっさん、もう少し具体的に」



 「今俺たちは『今日って何年何月何日だっけ』なんて話をしてるだろ?

 でもさ、実際は全員の認識がまるっきりハズレで見せられてる出来事もいつ起きたか怪しいんじゃないかって思うんだよ。

 それに夢だったら登場人物だって何の脈絡もなく自分の知り合いが出て来たりするからな。

 だからいろんなやつの夢がごちゃまぜになってるって考えるとしっくり来るんだよ。

 まああくまでそう思うってだけで何でだって部分はサッパリ分からんけど」



 「なるほど、確かに事象の外見的な側面はそれで説明が付くね」

 「なるほど、全く分からねえ」

 『なるほど、分かったっす!』

 『ちんぷんかんぷんッス!』



 「日付なんて個々人の主観の問題だろ。

 時間軸の移動なんてもんが起きてたらもっと因果関係が明確な筈だ。

 ついでに言うと場所すら怪しいぜ。

 とにかく今の状況は支離滅裂過ぎるんだ。つまり――」

 「夢みたいだってこと?」

 「その“夢”ってのが何なのかが問題なんだけどな。考え方としてはさっき言ったみたいに色んな夢を切り貼りしたってのに近い気はするぜ。

 でも俺たちが今ここでこうして話してるのは何なんだ? どう考えても現実だろ」

 「今こうしてることが現実か……」

 「あくまで俺の主観で考えてることに過ぎないんだからな。事実関係は分からんぞ」

 もひとつおまけに言うと息子とこういう会話するのは今日二回目なんだぜ。

 詰所のおっさんに関する認識の相違がいつからなのかってのも気になるが……後回しだ。


 二人の話はさらに続いた。

 俺が良く分からない言葉の羅列が並んだ紙を出して、それにどんな意味があるのかという議論が始まったという。

 その紙切れは三人には見えず俺と二人組だけが見えるという状態だったため、三人にも見える様に別な紙に転記してから議論してもらったそうだ。



 「すやすや……はっ!? あ、ドロボーさんだー」

 おっと……孫が取調室に乱入しちまったぜ。

 『うわっ……この子誰ッスか!?』

 「俺の孫だぜ。面識ねえのか」

 『面識はないっすけどどこかの暗黒時空で出会ってるっすね!』

 『あんこうじくう?』

 『オイ、孫に中二的な言葉を覚えさせんじゃねーぞ』

 『ちゅうに?』

 「父さん、ミイラ取りがミイラになってどうするんだ」

 「死ねば良いのにー」


 『なぞなぞごっこは?』

 『何ソレ?』


 「刑事さん、二人に見せたいものがあるんですけど良いですかね」

 『ああ、もちろんだ』


 こっちに来た刑事さんに紙切れを見せる。

 「これです」

 「さっき言ってたやつか」

 「はい。“なぞなぞごっこ”ですよ」

 「父さん、何も持ってないんじゃ?」

 「おっと、これが見えねえか!?」

 息子の目の前で紙をヒラヒラさせる。

 「これはメモ紙だ。ちなみに書いてある内容は訳の分からん単語の羅列だぜ。

 書いたのは俺らしいんだがな」


 「刑事さん、息子はこれが見えないと言ってます」

 「ええ、何もない様に見えます」

 「定食屋、お前の嫁さん、孫はどうだ?」

 「俺には何も見えねえな」

 「急に何? お義父さんとうとうボケちゃったのかしらぁー」

 「いや、コレ見えるかって」

 「早く帰りましょうよー。死ねば良いのにぃー」

 「だーッ!」

 さすがにイラっと来たって感じで紙切れを息子の嫁の方にポイと放り投げてみた。


 「……」

 「……」


 一瞬だが視線が交差する。

 それがチラリと動いたのを俺は見逃さなかった。

 何で見えねぇフリなんてしてるんだ?


 「父さん、いつもゴメン。

 ……父さん?」


 紙を拾い上げ、刑事さんに渡す。

 「刑事さん、悪いけどこれを孫と二人にも見せてやってもらえませんか?」

 「ああ、当然問題ないぞ」

 あ、ないんだ。


 『なぞなぞごっこの紙ってこれかな?』

 『? かみ?』

 「あ、そうか。じぃじ、何も持ってなかったぁ」

 孫も見えてねえ。予想と違うな。


 『ああ、この紙っす』『オイラも見えるッス』

 見えてるのは俺、刑事さん、二人組、そして息子の嫁か。


 『こいつの解読の結果は出たのか?』

 『えぇと確か……“双眼鏡は覗くな”、“ノートは死守しろ”って感じの文章だったっす』

 「双眼鏡?」

 「ああ、それってもしかしてウチにあるやつのことか」

 定食屋が反応する。

 「それってもしかして俺の爺さんと何か関係ある?」

 「知ってるのか!?」

 「ああ、どこでどうやって知ったのかはさっぱり思い出せないんだけどな」

 「ノートは父さんの車にあったやつか」

 「ああ。他に思い当たるモノがねえ。車は?」

 『ここの駐車場にあるぞ』

 「でもあのノートってヘンテコな落書きばっかりじゃなかった?」

 「ああ、だが血糊でくっ付いて開けないページがあっただろ。微妙に気になってるんだよな」

 『血糊だと!? 犯罪絡みか?』

 「あっあー……」

 「刑事さん、父さんの車に積んであったものは、俺の記憶だといちどここで鑑識さんが検めてる筈なんですけど?」

 「エッそうなの?」

 『それは初耳だな』

 「父さんが廃墟からガメ……拝借して来たモノをネタにして窃盗話をでっち上げたんだよ。

 俺に警察に通報しろとか言ってさ。

 メッチャ恥ずかしかったよ」

 「それいつの話?」

 「7日」

 「そっかぁ……」

 『なら話は早い。鑑識に聞いてみるぞ。

 ただ期待はするなよ。俺が覚えてないんだからな』


 「なあ」

 「何だい、父さん」

 「俺他に恥ずかしいことなんてしてないよな?」

 「ウンコ……」

 「待て、その話はさっき聞いたからここで言わんでも良いぞ!」

 「詳しく」

 『詳しくっす』

 『くわしくー』

 「別にどうでも良いだろ!」


 そうこうしているうちに刑事さんが戻って来た。

 ちなみに、このウンコの話……もとい最初に出くわしたニセ検問とのやりとりが実は結構重要な出来事だったんだぜ。

 まあ後から分かったことなんだけどな!


 「待たせたな。覚えてるし記録もあるそうだ。

 俺には読めなかったがな。

 息子さんなら読めるかもしれんな」

 「それでノートに関しては?」

 「まずノートその他に付いていた血痕と思しき痕跡だが、人間の血液ではなかった」

 「何か動物の血液だったとか?」

 「いや、その線も調べたが違ったそうだ。

 結論を言うと混ぜものをした顔料だった。ちなみに混ぜものの主成分は鉄だそうだ」

 「その結果は聞いていたのか?」

 「いや、今初めて聞いたよ。

 人間の血液じゃないとしか聞かされてなかったんだ」

 「誰かが何かのためにわざわざ準備した仕込みだったってことか?」

 「だろうな。でなければわざわざ“ハズレ”などとは書かんだろう」

 「あー、ちなみにノート以外の落書きをしたのは多分俺ですね」

 「何?」

 「その資料って大体50年モノって感じじゃなかったですか? ノートと血痕モドキ以外は」

 「ああ、そうだ……なるほど、あんたが子供の頃にやったイタズラか」

 「ええ、恥ずかしながら」

 ウンコに比べたら屁でもねーぜ!

 「ノートについては覚えがないですがね」

 「ノートと血痕はもっと新しかったな。

 概ね2、3年以内といったところだそうだ。

 となると誰がそれを仕込んだかって部分が気になるが……」

 「申し訳ないんですがそっちに関しては俺も情報なしです。

 ただ……」


 『姐さんっすね?』

 「ああ、無関係ではないだろうな」


 『オイラたちの姐さんを探したいって気持ちに変わりはないっす』

 『でもお化けのおっさんの話を聞いてどうしても会って確かめたいことが出来たッスよ』

 「俺の話?」


 『オイラたちがモルモットだったんじゃないかって話っす』



* ◇ ◇ ◇



 「俺ってそこまで話してたのか」

 ……てことはこの二人がある程度信頼できる人物だとふんでた訳だ。


 「モルモット? そういえばこんなのがあったな」

 そう言って刑事さんが見せて来たのは俺の車にあった荷物のリストだった。

 その指差した先にあったタイトル。


 “召喚事象の分析及び量子テレポーテーション効果のコントロール実証実験、その結果に関する一考察 ~特殊機構研究開発調査実証事業~”


 「あー、それですか。俺の落書きがあったやつですよね?」

 『な、何ッスか!?』

 「刑事さん」

 「今見せてやる。転記してもらったやつだからタイトルだけだがな」

 刑事さん移動。

 その脇を通って退屈していた孫がタタタと戻って来た。

 忙しないな。

 コレ全員あっちに行ったらダメなのか?


 『これだ』

 『あー、これはダメなヤツっす』

 『こ、このタイトルは燃えるっすね! 中身はどこっすか!?』

 やっぱオタっぽい方はメチャクチャ喰い付いたな。

 『この“特殊機構研究開発調査実証事業”ってのがメチャクチャ怪しいッスよ、日本語が』

 「だよな、俺もそう思った」

 『エッ!?』

 『血糊の付いた冊子だと聞いたがどんな内容なんだ?』


 「えーと、“特殊機構”っていう謎の装置があって何十年も前から苦労して研究してるけど何も分からん、おれたちのたたかいはこれからだ! みたいな?」

 『何だそれは?』

 「いやーホントにそれしかないですとしか言い様がないです。肝心なことに触れてないんですよね、コレ。

 ただの観察日記ですよ」

 『だがその“特殊機構”って装置は実在するのだろう? それが一連の不可思議な事象を引き起こしているのではないのか?』

 「刑事さん、それは十分にあり得ることですが実在するって証拠もありませんし、断定的なことは何も言えないです」

 『さっき出た揉み消しってのはこれを隠すのが目的ではないのか?』

 「まあそういうこともあるかもしれませんが、そうと決めつけるには証拠が不十分だと思いませんか?」

 謎の装置……確かにこれについては俺も怪しいと思ってるが、本当にそれだけなのかって疑問はある。

 経緯が謎だからな。事実関係が書いてある通りなら説明のつかねえことがまた増えるんだぜ。

 嘘八百がある程度含まれてるのはほぼ確実だろ。


 『では、この二人がモルモットかもしれないと言っていた話についてはどうだ』

 「俺自身にその話をした覚えがないので、まず二人に話してもらいましょう」

 『さっき言ってた双眼鏡の続きッスか』


 『その前にその論文……っすか? そのタイトルに絡みがありそうな話をお化けのおっさんの隣の家のオバサンがしてたっすよ』

 「隣の奥さんか。確かにあの人ならこの有様を見たら何か考えそうではあるな」


 『現代の技術では到底不可能なレベルの処理能力を持ったコンピュータが存在するんじゃないかっていう仮説っす』

 『その仮説はどこから出て来たんだ?』


 『オイラたちは人やモノが消えたり現れたり、それにそこにあるのに見えなかったりとか、そういった現象を実際に目の当たりにしてるっす。

 これが仮に仮想現実みたいな仕組みだと仮定すると、もの凄い性能のコンピュータが必要になるっす。

 目の前の現象が現実に起きてることなら、その現象自体を動作原理とした演算素子が存在する可能性もあるって主旨の話をしてたっす』

 ……コイツオタっぽいだけあってこういうのは理解が早いな。


 『なるほど、研究というのは……』

 「あー多分、件の“特殊機構”ですよ。

 ただねぇ……それだけで全部を片付けようとするのはいささか乱暴だし理屈が通ってないと思いますよ」

 『そのココロは?』

 「その冊子の論文に書いてあったんですがね、そもそも“特殊機構”ってやつは戦前から研究されてたらしいんですよ」

 『戦前?』

 「ええ、第二次世界大戦以前ってことです。100年以上前の話ですよ。信じられますか?」

 『お化けのおっさんは確か太平洋戦争のどこかの海戦の映像を見せられたことがあるって言ってたっすね。

 聞いた話で根拠と言えるのはそれ位っす』

 『確かに……にわかには信じられんな。とてもじゃないが可能とは思えん』

 

 『さっき定食屋さんが双眼鏡を持ってるって話をしてたっすね?』

 「ああ、ウチにあるぜ」

 『お化けのおっさんはそれを知ってたっすね。

 あと、古い写真と封筒が一緒にあった筈っす』

 「そうだ、見せた覚はがねえがよく知ってたな。

 だがそれが今の話とどう関係するんだ?」

 『オイラたちは定食屋さんに見せてもらったっす』

 『お化けのおっさんがさっき話に出た昔の映像の登場人物と写真に写ってる人が同一人物だって言ってたッス』

 「マジか……」

 『さらにその双眼鏡、覗くとどこかにトリップしちゃうらしいッス』

 だいぶ詳しく話してたっぽいな、俺。

 まあ今さらか。

 『それは本当なのか』

 「トリップというか、さっきの戦前の映像を見せられたきっかけが双眼鏡を覗いたことでした。

 ただその双眼鏡は廃墟で見つけたもので、気付いたときにはなくなっていました。

 定食屋が持ってる物とは別……というかそれのコピー品とか幻といった類のものである可能性は否定できないですが」

 『双眼鏡も含めておかしな体験だったという訳か』

 『ちなみに双眼鏡は定食屋さんが不意に覗き出して“ゾンビパニックだ”って口走ってたッス』

 『な、ソンビ!? ということは覗けば何かが見えると……』

 またここでゾンビネタに反応するんかい!

 『オバサンに膝カックンされて我に返ってたッス』

 『話に出てた謎解きで“双眼鏡は覗くな”ってのがあったっす』

 『あの紙切れのメッセージはきっとお化けのおっさんに向けたものっすよね。覗いたらどんなマズいことがあるっすかね』

 「いや、そもそも誰からのメッセージなのかが分からんしな」


 『おっさんはこの現象をある程度思った通りに引き起こせる人がいるんだって話もしてたッスよね』

 『何? もしかしてそれが今の状況を作り出した張本人なのか?』

 「いや、それは分かりません。取り敢えず俺にはコトが起きる度に後始末をして回ってる様には見えますが」

 『どんな奴だ?』

 「実際会ったことがないので分かりませんが、声だけ聞いた印象は元気の良い若い女性って感じですね」

 「ああ、それってもしかして廃墟で……“これも夢なんだ、悲しいね”って呟いてた人か」

 「ああ、その話すっかり忘れてたぜ」

 『“夢”だと!? それはさっきの夢がごっちゃになってるって説を裏付けるものなんじゃないのか!?』

 「刑事さん、聞いただけの話なんで実際そうなのかは分かりませんよ。単なる比喩って可能性だってあります。

 俺が言った話もどちらかと言うと比喩のつもりでしたし」

 「そうだ、そのときうちの子が“お姉ちゃんに会った”って話をしてたんだ」

 「こっちに来るときに電話で言ってた話か」

 「ああ、そうだよ」

 「ねえ、この前お姉ちゃんに会ったって言ってたよね?」

 「すやすや……」

 「あちゃー、寝ちゃったか」


 『そのお姉ちゃんって人は姐さんだったりするんすかね?』

 「どうだろうな?

 どんな動機があるかさっぱり分からんけど……

 アリバイが分かればある程度同一人物かどうかは分かるか」

 「7日の何時ころだっけ……午後の三時あたりかな? 場所は廃墟だよ」

 ん? 待てよ?

 「なあ、お前らって廃墟にアジトを構えてたって言ってたよな? それっていつからだ?」

 『いつからかは分からないっす。オイラたちが案内されたのが一年くらい前っすね』

 「結構目立つか?」

 『普通の一軒家位の大きさっす。結構存在感はあるっすよ』

 「俺も何回か廃墟に行ってるが、お前らが言うアジトってやつを一度として見たことがねえぞ」

 『言われてみれば俺もないな。そんな目立つもの見落とす筈もないしな』

 「ただ、俺は廃墟があるはずの場所に違うものがあったって現象には出くわしたことがある。てかお前らもきっかけには気付いてんじゃねーの?」

 『マジっすか?!』

 「さっきまでネタにしてた俺のノートとか冊子だよ。人為的に血塗れっぽくされてたやつ」

 『俺にはアレが視認できなかったが……どこか別な場所で手に入れたものなのか』

 「初めは廃墟でしたが、あそこにある蔦に覆われた小屋に入ったときに、親父の会社の跡地と思しき場所に飛ばされました。

 その後あの資料を拾って小屋に戻ったら例のゴリラがいて、何をされたのかは分かりませんがもとの廃墟に戻っていました。

 それ以前にも同じ様なことがあったのかもしれませんが小屋から出てなかったので実際どうだったかは不明です」

 『さっき言ってた平和的に出してもらったやつッスか』

 「父さん、それなら俺がさっき話したのも……」

 「ああ、同じだと思うぜ。ただ、戻れた理由がちょっと違うかもしれんけどな」

 「ゴリラじゃなかったもんな」

 『息子さんも同じ様な経験をしてたのか』

 『ゴリラじゃないってことは何か別な動物ッスか?』

 「いや、俺は声しか聞いてないんだけどね。若い女性っぽい感じだったよ」

 『もしかして姐さんッスか!?』

 「うちの子が会ってるらしいんだけどね」

 「起こしてみるか?」

 「死ねば良いのにー」

 「すやすや……? んぅー?」

 「あ、起こしちゃったか」

 コレ、嫁さんがデカイ声でしねばいーのにーって言ったからじゃね?

 「おはよう」

 「じぃじ、まだあさじゃないよ?」

 「あはは……ねぇ、この前お姉ちゃんに会ったって言ってたよね? どんな人だったか覚えてる?」

 「じぃじ、おはなししたのわすれちゃった?」

 おうふ……聞いてたのか俺……

 「ゴメンね。じぃじは年寄りだからすぐに忘れちゃうんだ」

 「むぅー、あのね? かみのけがまっかっかできれいなおはねをぴょこんってたててるの」

 「ママと並んだらどっちが背が高いかな?」

 「あのね、ママのほうがすっごくおおきいよ」

 『あ、姐さんの特徴に一致するッス!』

 「エッ!? あの女子高生も羽根飾り持ってたのか?」

 『あっそーか、そういえばまだ言ってなかったッス。

 姐さんは黄、群青、黒の三色の羽根飾りを持ってたッス。

 確かおっさんが持ってるのとは色が違うって言ってたッスね』

 「お姉ちゃんのおはねの色は覚えてるかな?」

 「もう! じぃじのとおんなじだったよ! おはなししたでしょ!」

 「ごめんごめん、じぃじ忘れちゃってた。

 緑と白と赤と青か……」

 『ということは姐さんじゃないっぽいっすねぇ……』


 「じゃあ次の手掛かりだ。

 刑事さん、親父さんから会社の場所について何か聞いてないですか?」

 『いや、俺は親父の仕事については一切聞かされてないが。

 あんたは違うのか?』

 「ええ、子供の頃は頻繁に遊びに行って入り浸ってましたよ」

 『そうか、それであんなことを……』

 「あんなこと?」

 『ああ、あんたについては何回か話を聞いたことがあってな、子供なのに周りの大人よりもシステムをよく知ってると言ってたな。

 そのシステムっていうのが何のことなのかはついぞ聞き出せながったが

 しかし場所か……散々通っておきながら何でまた?』


 「いえ、子供の頃は学校が終わると普通にその足で直行したりしてたんです。

 でも親父が行方知れずになってからはさっぱりでして。

 それが歳を取ってから急に気になりだして足が向いた先があの廃墟だったんです。

 自分でも訳が分からないんですが」


 『廃墟が会社跡地だったのでは?』


 「刑事さん、俺は子供の頃から一度も引っ越ししてません。今住んでる場所から通ってたんです。

 あの廃墟が子供の足で気軽に行ける様な場所じゃないこと位は分かるでしょう。

 だからこそ分からなくなったんですよ、自分は一体どこに通っていたんだってね。しかし――」

 『あの話題に戻る訳っすね?』

 「ああ、お前らの言う姐さんってのも当然アジトには出入りしてたんだろ?」

 『もちろんッス』

 「じゃあ急にいなくなったのはその姐さんじゃなくてお前らの方だったりしてな」

 『どういうことっすか?』

 「廃墟に行ったらアジトがなくなってたんだろ?」

 『あー、前いた場所とソックリ過ぎて飛ばされたことに気付かないこともあるってことっすか』

 「まあそれに近いかもな。

 俺たちは廃墟廃墟って連呼してるけど、そもそもあそこって何の廃墟なんだ?」

 『親父たちの会社跡地だと思ってたが、あんたの話を聞くと違う様に思えてくるな』

 「以前から会社跡地にしては小さいと思ってたんですが、本物に近い場所を目にして確信しましたよ」

 『それが目的で誰かがわざとあんたに見せたのかもしれないな』

 「そこで回収した物品がここにあって、それには多少の小細工が施されていた……

 確かに何者かによる意図みたいなものは感じますね。

 同時に、なぜ俺も刑事さんも廃墟を親父の会社だと思い込んでたのかって点についても気になるところではありますが」


 『そうだ、お化けのおっさんは多分オイラたちの親分に会う約束をしてた筈っす』

 「親分?」

 『姐さんの育ての親だそうッスよ』

 「ああ、そうだ! 約束したのは覚えてるぞ。午前中の話だ。

 てかそれがお前らのボスなのかよ。

 ちなみに連絡はしてみたのか?」

 『連絡しようにも手段がないっす。

 逆におっさんがどうやって連絡をとったのかが気になるっす』

 「俺ん家の家デンから息子の携帯に発信したら繋がった」

 『へ?』

 『あんたの家の電話機は誰かに改造されてるのかもしれないな。その電話機はいつからあるんだ?』

 「そういえばいつからあったんだっけ……」

 『いっぺん全員であんたの家に行ってみた方が良いかもしれん。

 床下に異変があったとか聞き逃せない情報もあったことだしな』


 「ええ、分かりました。同席者はなるべく多い方が良いですしね」

 『鑑識にも来てもらおう。一連の出来事を覚えてるらしいからな』

 『鑑識の人がお化けのおっさんの家にいたっていう人と同じなら、おっさんの家で遺体が見つかったって話も覚えてる筈っす』

 「ちょっと待て。遺体って何だよ。随分と物騒だな」

 『それは聴き逃せんな』

 『床下の異変ってやつがそれなのかは分からないっすけど』


 「ところで、そうなると一旦解散するんですかね?」

 『そうだな、本来なら職務中だからな。

 名目上の理由なり何なりを考えて大っぴらに行っても説明がつくようにしたい』

 「まさか大勢で乗り込んできたりはしないでしょうね?」

 『まずは俺と鑑識だけで行くが、あとは床下の異変ってやつ次第だ。

 廃墟絡みじゃなくて事件って線もないわけじゃないからな』

 「なるほど」


 加えて例の親分ってのと話せるか、ってとこだな。

 こいつは重要だぜ。


 『あの、オイラたちは?』

 『連れて行くぞ、当然だ』

 さっきから思ってたんだけどこの人記録とかどうやってでっち上げるんだろーな?

 もしかして常習犯だったりするのか?

 俺もタイホされん様に気を付けねーとな!


 これ、きっとまた何かの拍子に全部リセットになったりするんだろうなぁ。

 毎回毎回反省会で棚卸ししてたんじゃ身が持たねえぞ。

 それに毎度都合良く俺が認識してない事実を知ってる人間がつかまるとも思えねえ。

 やっぱ記録の保存と呼び出しの方法を確立させる必要があるな。

 さてどうしたもんか……



* ◇ ◇ ◇



 俺たちは刑事さんや二人組と一旦別れて外に出た。


 「すまんけど俺は一旦戻るわ。

 渡したいものもあるし、店を片付けたらすぐおっさん家に向かうぜ」

 「渡したいもの? 双眼鏡とかか?」

 「さっき話題にならなかったけど他にもあるんだよ。まああとのお楽しみだと思って待っててもらえれば良いよ」


 定食屋はそう言うと店を臨時休業にするために一旦戻った。


 「おお、懐かしの我が愛車!」

 「大げさだな」

 「大げさなもんか、今朝ぶり……いや、いつぶりだ?」

 くっそマジでいつぶりか分かんねーぞチキショォ!

 “今朝”が何時間前なのか全く分かんねーぜ!


 という訳で俺は息子とその嫁さん、孫を乗せて久しぶりの我が家へと向かった。


 ちなみにしこたま積み込んでいた荷物は捜査のために一旦降ろされていたが刑事さんが後で持って来てくれるそうだ。


 嫁と孫に関する疑問はうっかり口に出来ねぇな……


 でもって家に帰るのっていつぶりだっけ?

 いや、だって何で定食屋にいたのかよく分かんないんだよ。

 外泊した覚えだってねーからまだ一日と経ってない筈だ。


 「なあ父さん、羽根飾りって今持ってるんだっけ?」

 「いや、持ってない。どうした? 急に」

 「いや、さっきの話でみんなに見せるのかと思ったからさ」

 「朝起きたらなくなってたからな、いつも置いてる場所から」

 「それ結構重要なことじゃないか?」

 「今朝目が覚めた家とは明らかに別だからな、今はどうなってるか分からん」

 「そうなの? それこそよく分からないよ」


 「ああそうだ、羽根飾りといえばもう一つまだ言ってないことがあった」

 「何? 何か重要そうだな」

 「7日に廃墟の詰所……もとい小屋に一緒に入っただろ? 実はその前にも俺一人で入ってるんだ。5日だったかな」

 「それだけじゃないんだろ?」

 「そのときは入口のドアに鍵がかかってたんだよ」

 「え? 7日は普通に入れだだろ?

 それにあの二人組も鍵がかかってたなんて言ってなかったし」

 「ドアには羽根のレリーフが施されてたが多分それもそのときだけだな。

 でもってドアノブ付近に羽根飾りをかざしたらピッて音がして解錠された。

 羽根飾りが非接触型のカードキーみたいになってたんだ。

 だけどそれから同じ様なのは一度も見てない」

 「出るときはどうだったの?」

 「入ったときには別な場所になってたよ。真っ暗でさ、入り口もなくなってた。

 ……そういえばそのときどこかのドアが開いて、若い女性が慌てた声で間違えましたぁみたいなことを言ってすぐに引っ込むなんてことがあったな」

 「何だそりゃ……それって例の姐さんて人なのかな」

 「分からん……姿を見た訳じゃないんだ。

 ……なあ、こうやってせっかく情報共有しても何かのきっかけで綺麗さっぱり忘れちまうかもしれないんだよなあ」

 「そうだね。一日丸ごと覚えてないとか日付が飛んだりとかって話を聞くとね」

 「身に覚えのないメモやら何やらが手元あるってことはどうにかして記録を残せるか可能性はあるんだよな」

 「父さん、メモをとってなるべく大人数でコピーを共有するとかどうかな?」

 「良い考えだがメモを持ってるやつが見つかるかは運次第か。それ以前にメモがあること自体忘れたらなぁ」

 「ひとりひとりがメモを持ってるってことを覚えてれば良いんじゃないか?

 最悪、読み上げてもらえば良いんだ」

 「あーなるほどな」

 

 そんな話をしているうちに俺たちは家に到着した。


 「ん? あれは……」


 家の前には三輪バイクが停められており、すでに定食屋が到着していることが分かった。

 ……何か早くね?


 家の前で待ってるのか……と思いきや、隣の家の玄関で何か話し込んでいるところだった。

 随分前に到着してたっぽくないか?


 「おっす。お隣さんもどうも」

 「あら、無事だったのね。良かったわ」

 「ええ、おかげさまで……えーと、それで無事ってのは何でしたっけ?」

 「あら? 定食屋さんのところに避難してたでしょ?」

 「あっ、あー。避難かぁ……あのスミマセン。

 実は俺、気が付いたら定食屋の二階にいまして、何でそこにいたのか覚えてないんですよね。

 その後も色々ありまして、話せば非っ常ぉーに長くなるんですが」

 「そうなのか? ってぇことは……」

 「何だ?」

 「ウチにこんなのがあったんだけど」

 「あれ? これ俺のだぜ」

 中身は……水、非常食、それに権利書と通帳か……

 「あっぶね……てゆーか何で俺こんなもん持ち出したんだっけ?」

 「知るか……取り敢えず返したぞ」 

 定食屋は呆れ顔だ。

 仕方ねぇだろ、だってホントに覚えてねーんだよ。

 「俺に渡したいモンってコレだったのか」

 さっきメモ紙は見えねえって言ってたよな。

 「渡したいモン? そんな話したっけか?」


 なぬ?


 「これって何で定食屋にあったんだ?」

 「さあ? 気が付いたら置いてあったんだよ、二階に」

 「最近俺が行ったのっていつだっけ?」

 「先月の……9日あたりだっけか?

 昼過ぎに来てカツ丼食ってったよな?」

 「そこまで遡るか……じゃあ隣の奥さんが来たのは?」

 「今日だぜ」


 なぬ?


 「なあお前ら、このバッグ見えてるか?」

 「バッグ? 俺には見えないな」

 「退屈だわー早く帰りたいわーいつまでやるのー」

 「みえるよ? なに?」


 ぬぬぅ……?


 「奥さん、今日怪しい二人組とか刑事さんが来ませんでしたか?」

 「ええ、来たわね」

 「今そこに俺の車がありますが何か違和感は?」

 「あら? あの車は確かその二人組が乗って逃げた筈よね?」

 「あーなるほどやっぱりそういう認識でしたか……

 ちなみにその後どうなったんですか?」

 「定食屋さんに二回行ったことは覚えてるかしら?」

 「いえ、一回目すら覚えてないんですが……

 刑事さんが頭おかしいこと言い出してお隣さん家でなんやかやしてたとこまでは覚えてるんですが……」

 「そこまでご存知なのに定食屋さんに行ったことは忘れてるのね……これは話が長くなりそうだわ……」


 ウェッ!? そっちも!?

 やべぇ、今俺ん家がどーなってるか猛烈に気になってきたぞ。


 「もしかして俺がいるけどいない、みたいな変な状況であの二人組経由で俺と話したなんてことはなかったですか?」

 「あら、それはあなたが二回目に定食屋さんに行ったときのことね。誰かから聞いたのかしら?」

 「その二人組から聞いたんです。俺たち警察署から来たんですよ」

 「その二人組はあなたの車を乗り逃げした犯人とは別の二人組よね? 午前中は警察の人たちまで一緒になって上がり込んで来たくらいだし」

 「ええっ!?」

 「ただ、刑事さんは何か様子が変だったわね」

 「変? 確かに頭おかしい言動は目立ちましたが」

 「それよ。他の人たちと違って何か意図を感じたのよねぇ、刑事さんの言動は」


 「おっさん、先生、俺には話が全く見えねえ」

 「あら」「あーまた出たかコレ」

 「えぇと、午前中に出前をお願いしたわよね?」

 「へ?」「あら」

 「奥さん、今のは何かの確認です?」

 「ええ、警察を名乗る暴力集団があなたを探してるみたいだったからね、定食屋さんに出前を頼んでうちに来たときに経緯を書いた紙を渡しておいたのよ。

 お隣さんを匿ってっていうお願い付きでね。

 あなたが一度目に定食屋さんに行った経緯がこれなのよ」

 「あー、悪いが全く身に覚えがねぇんだ、これが」

 バツが悪そうに頭を掻く定食屋。


 これはラッキーと言って良いのか? 刑事さんたちがいねぇからまだ何とも言えねぇが……


 やっぱ今ここにいる定食屋はさっきまで一緒だった定食屋とは違うな。

 てかこれ俺と一緒にいた方の定食屋が来たらどうなるんだ?


 お隣さんは午前中以来会ってねえからいつからこうなのか判断がつかねえ。

 コレ刑事さんたちが来ねえ可能性もあるか?


 何がキッカケだ?


 「父さん、これって」

 「ああ、ぱっと見は分からねえがどこかからどこかに移動した感じだな、確実に。

 しかしいつこうなったかさっぱり分からねえな」

 「てことはあの定食屋さんは……」

 「さっきまで一緒にいたヤツとは別の定食屋だぜ。

 言ってることに齟齬がある」



 「奥さん、旦那さんは?」

 「病院よ。警察を名乗る暴力集団に殴られて怪我をしたのよ。

 大したケガじゃないんだけど2、3日様子を見るからって入院させられたのよ」

 「暴力集団!? また穏やかじゃないですね……

 ちなみにもしかしてそのあと頭のおかしい野次馬軍団がテレビレポーターに連れられて乱入したりとか?」

 「テレビ局は来てたわねぇ。お孫さんがインタビューされてたわよ。幼児を写すと視聴率が稼げるなんてことを言ってたわ」

 「その後は?」

 「主人を病院で診てもらってから定食屋さんに向かったわ。

 警察に任意で出頭する話になっていたから、そこで意識合わせをしましょうっていう話をしたのよ」

 「俺もですか?」

 「もちろんその約束はしていたわ」

 「でも現れなかった?」

 「ええ、あとはさっきのお話の通りよ」



 「今日って11日だと思ってたら10日だったってことはないですか?」

 「ああ、そうなのよ! 良かったわぁ、ウチだけじゃなくて」

 「マジか! 今日って10日じゃないのか!?」

 「ちなみに今日が11日だって認識してたのは他に刑事さんと例の二人組です」

 「まあ、ということはあの人たちから話を聞いたのね?」

 「ええ、今朝と違って至ってマトモでしたよ。

 特に二人組の方は定食屋で奥さんともかなり話をしたって言ってましたが、それについては?」


 「ええ、さっきのお話で気付いてたと思うけど、話はしたわよ。声だけでどこにいるかは分からなかったけどね」


 「えっ? 初耳ですよ、二人組の姿が見えないってのは」

 「あら……私の仮説は外れちゃった感じかしらねぇ」

 「仮説というのは?」

 「そのお二人と話していた時点ですでに今みたいな状況が生じていたのよ。

 その最たるものが今日の日付に関する認識ね。

 今日の午前中にはちょっとおかしな人たちも現れ始めたでしょう?」

 「ええ」


 「午後になると私を含む皆さんの間でも同じ対象への認識に不整合が生じ始めたわね?」

 「すみません。時間の感覚が今ひとつ掴めていないので、いつなのかは正確には分からないんです」

 「そのお二人の姿が見えないという事象は、不整合のもたらす因果の連鎖が関連する事象に及んだ結果だと思ったのよ。

 そのときそこにいたらしいあなたは言っていたわ。お二人は定食屋さんでちょっとした騒動を起こして駐在さんに捕縛された結果、柱に縛り付けられたんだって」


 「奥さんの認識はそうではなかったと?」

 「ええ、そもそも私の認識ではその場にいたのは定食屋さんと私だけで、あなたと駐在さん、そしてそのお二人はいなかったわ」


 「声が聞こえたのは? 何かきっかけが?」

 「きっかけが何かは分からないわ。

 でも、もしかしたらお隣さん、あなたが来たときに何かあったのかもしれないわね。

 どこかから声が聞こえだしてね、しばらく話していたら今度は定食屋さんがぼーっとしたかと思ったら急におかしな行動をとり始めたの」

 「ああ、それで膝カックンの話に……」

 「それをご存知なんだったらお二人は私とお話した人たちかもしれないわね。お二人から聞いたんでしょう?」


 「ええ、ついさっきの話ですが。あの、それで仮説というのは?」

 「私はね、外見上の不整合は時間と共に個人単位で解消されていくだろうって思っていたのよ。

 個々の頭の中で状況が整理されていくに従って、事象が各々の認知する状態に吸い寄せられるとでもいうのかしらね。

 とにかく自分が認知していなかった物事が消えて行くのを見てそう予測したの。

 でも目の前で進行しているのは全く逆の事態の様ね」


 「先生、繰り返しで申し訳ねえが俺にはさっぱり分からねえ」


 「父さんは夢で見る様なメチャクチャが現実に反映してるみたいだ、ヘタをすると時系列すら怪しいって言ってたよね?」


 「夢ってのは睡眠中に脳が記憶を整理するときの副作用みたいなもんだからな、ぶっちゃけ見た目の特徴がそのプロセスにそっくりだと思っただけなんだけど」

 「でもその考えは一理あるわねぇ」

 「ただ何でそんなことが起きるのかってことか全く分からないんですよね」


 「お隣さん、確かあなたは双眼鏡を通して本物としか思えない様な映像を見せられたって言ってたわね。覚えてるかしら?」

 「いえ、生憎。もしかしてそれは戦争中のいち場面を見せられたという話でしょうか?」

 「そう、そのお話ね。

 映像を見せた人……いえ、存在と言った方がしっくり来るのかしら?

 それがこういう現象をある程度思い通りに操作する能力を持っているみたいだっていうお話もしていたわね」


 なぬ!? 俺って意外と誰にでも話してるな……


 「意図してこんなことをしているのなら何が目的なのかしら」

 「俺はそこまでは話してなかった感じですか?」

 「ごめんなさい、それは分からないわ。

 私も気が付いたら会話の途中っていう状況だったから」

 「父さん、もし心当たりがあるなら俺も知りたいよ。

 結構核心的な話なんじゃないか?」


 「さっきの戦争中のいち場面の話なんですが、続きがあります。

 まず、そこに登場した男が“奴だけは還してくれ”と誰かに懇願するシーンを見せられました。

 その後に奥さんが今“存在”と呼んだ人物の声がして、それが可能なのは今や俺しかいないと言ったんです。

 俺にはどうして自分だけなのかがピンときませんでした。“彼女”が自分でやれば良いのではとも思うのですが」


 「父さん、それはそれで大きな謎だし興味をそそられる出来事だと思うんだけどさ、今の状況とどうリンクするのかが全く見えないよ」

 「そうねえ、まず今の状況にどんな意味があるのかが全く分からない、これがそもそもの問題ね」


 「父さん、さっき刑事さんともこの話題で盛り上がってたよね。俺が止めちゃったけど」

 「ああ、後から分かったことだけど刑事さんが俺と同じで関係者の息子だったってのもあるけどな」

 「まあ、そうだったのね。どうりで刑事さんの様子が怪しかった訳だわ」

 「立ち話も何ですしみんなでお茶しながら話しませんか?

 この後刑事さんも二人組と鑑識さんを連れて家に来る予定なんですよ」

 「あら、そうなのね。でも午前中の件が来る理由ではなさそうね?」

 「もちろん、今話してる件に関連することが中心です」

 「そうね、私たち以外にどんな影響が出ているのかも気になるし」

 「そうだ、今日の町の様子はどうだ?」

 定食屋はある程度出歩いてるからな。

 「どうっていつも通りだけど」

 「今日は何日だァとか言って騒いでんのって俺らだけなの?」

 「ああ、俺が見た限りではな」

 「父さん、俺たち客観的に見たら頭おかしい集団だよ」

 「あー、今は考えないようにしよう!」


 てな訳で俺は全員を連れて家に向かった。


 「俺ん家の用事が終わったらちょっくら邪魔して良いか?

 “双眼鏡”とかの件でちょっと話がしたいんだ」

 「! 何でそれを……てかさっき話にも出たし今さらか……

 ああ、分かったぜ」


 コトはそう簡単じゃねえ。

 だが“双眼鏡を覗くな”ってのはつまり……そういうコトだろうな……しかし今のコレを台無しにしちまっても良いのか?


 「あれ? 嫁さんと孫は?」

 「待ちくたびれて先に父さん家に入ったよ」

 「鍵は? 俺開けてないけど」

 「え?」

 「え?」


 “デンデロデロレロリーン♪”

 ん?



* ◇ ◇ ◇



 何でやねん! とレスポンスを返そうとした矢先にSMSの着信を知らせるメロディ。

 ちょっとォ、複数イベ同時発生は自粛してもらえませんかねェ!


 息子の反応からするに、嫁と孫は普通に入っていったっぽい感じだ。


 「お隣さんと先に行っててくれ」

 「俺は帰るぜ。渡すモンも渡したしな」

 「ああ、分かった」

 定食屋は代々色々とコトに絡んでたことが分かってるが、今目の前にいるヤツはどうも俺とは絡みが薄いらしい。

 引き止めたいところだが店もあるだろうし諦めるか。


 「父さん、ちょっと待った。これマズくないか?」

 「ん? どういうことだ?」

 「“双眼鏡は覗くな、ノートは死守しろ”ってあっただろ?

 今の状況ってさ、それと真逆に向かってる様な気がするんだよね。実際どっちに進むのが正しいのかは分かんないけど」

 「確かにな。

 刑事さんがこのまま来なくて俺が後で定食屋に行く流れだとそうなりそうだ。

 俺が双眼鏡を覗くと何がどうなるんだろうな?」


 と言いつつ何となーくだけど――

 「何となくは分かってるぜって顔だね」

 「ありゃ、顔に出てたか」

 「ノートだけじゃないよ。父さんが車にしこたま積み込んでたやつ、あれが帰って来なかったらどうなるの?」


 「あー、あのな、例の特殊機構ってやつにちょっと心当たりがあるんだわ。それで親父の会社の跡地に行くことがあったら試してみたいことがあったんだよ」

 「それって例のノートとか資料を見付けた場所だよね?」

 「ああ、そうだ。本物かどうかはともかくな」


 「何がきっかけになってそこに飛ばされたのか、大体見当が付いてる感じだね?」

 「ああ、多分廃墟に行って死ぬことだ。それがきっかけだな」


 「へ? 双眼鏡を覗くってのは?」

 「俺が今まで双眼鏡を見たのは元いた場所からどこかに飛ばされたときだけだ。

 そして双眼鏡がある状況では俺の羽根飾りは手元から消える。

 これが今のところ俺が掴んでいる法則めいた現象だ」


 「な……確か今羽根飾りはないって言ってたよね……そして双眼鏡は定食屋さんにある……」


 「それは興味深いわねぇ」

 「うわっ! ビックリした!」

 「あら、ごめんなさいね」


 隣の奥さんが話に割り込んで来るとは思わなかったぜ!

 いや待てよ……そういえばこの人……


 「あの、ウチに上がって話しますか?」

 「ちょっと待って。

 その前に聞き捨てならない情報を耳にした様な気がするのよねぇ」

 「玄関の鍵がかかっているのに嫁と孫が普通に入って行った件ですね?」

 「それに」

 「それに?」

 「お隣さんのすまーとふぉん、鳴ってたわよね?

 出ないのかしら?」

 「ああ、これはSMSなんで後でゆっくり見ますよ」

 「SMS? SNSじゃないのね?」

 「生憎SNSには無縁なもので」

 「それで、どうしてすぐに見ようとしないのかしら?」

 うっ、鋭い……


 「父さん、さっき警察署でちょっと話したけどさ、7日に父さんは携帯を使って何か実験をしようとしてたんだよ」

 「俺は何をやった?」

 「俺の携帯から父さんの携帯に電話をかけさせられたんだよ。目の前にいるのにだよ」

 「それから?」

 「あとはよく分からないよ。

 何かひとりで納得しちゃった感じでさ」

 「ほーん。なるほどねー」

 「ほら、まただ」


 「ねえ、まるで7日にあったことが全部分からない様なことを言うのね?」

 「ええ、分かりませんよ。

 どうも俺は“空白の一日”が人より多めにあるみたいでして」

 「まあ? でもそれだけではなさそうね?」

 「それに関してはそうかもしれないし違うかもしれないです、としか言えないですね」

 「何かの謎かけかしら?」

 「明日が来れば分かると思いますよ」

 「明日?」

 俺は息子の方に向き直った。


 「なあ、明日は何月何日になるんだろうな」

 「何だよ、急に。また同じことがまた起きるとでも?」


 「その“同じ”ってのは何と何が同じって言ってるんだ?」

 「え?」

 「あら?」


 「そこでだ。

 ちょっと俺の携帯に電話かけてみてもらって良いか?」

 「あ、ああ。ちょっと待って……」

 

 “デンデロデロレロリーン♪”


 「よし、サンキュ」

 「?」

 「あら?」

 「奥さん、すみませんが今気付いたことは誰にも言わない様にお願いします。息子にもです」

 「ええ、承知したわ。

 息子さんもごめんなさいね」

 「いえ、大丈夫です。

 父さん、俺も分からないけど分かったよ」


 「さて、家に行ってみっか」


 俺は二人を引き連れて自宅の玄関前に立った。

 ドアノブに手をかけてガチャガチャする。

 「うん、やっぱ鍵がかかってるな」


 ちなみに今日は鍵をかけた覚えなんてないんだぜぃ!


 「あれ? 確かに入ってくのを見たんだけどな」

 「あー、何か分かってきたぞ。今度はお前がやってみ?」

 「うん。あれ? 普通に開いたぞ」


 「俺にはお前がパントマイムしてる様にしか見えねえが」

 「あら、やっぱりそうなるのね」

 「え?」

 「お前の嫁さんと孫は中にいるか?」

 「ちょっと見てくる」


 「あら、お化けみたいねぇ」

 「本人にしてみたらごく普通に入ってるんですよ」

 「私も入れるかしら?」

 そう言って隣の奥さんがノブを掴んで軽めにガチャガチャする。

 ノリの分かる人で良かったぜ!


 そこへ息子がぬっと現れ、隣の奥さんがびっくりしてお上品な叫び声を出しながら尻もちを付く。

 「きゃあ」

 「父さん、特に異変はないし二人とも……あれ?」

 息子の声がしたかと思うとすぐに姿が見えなくなった。

 「大丈夫ですか? 奥さん」

 「ええ、でも三途の川の向こう岸がちらっと見えたわぁ」

 「あれ? 父さんとお隣さん、そこにいるよね?」

 「あーお前これ今日二回目だぜ」

 「マジで?」

 「じきに声も聞こえなくなるだろうから急ぐぞ。

 多分こっち側と話せるのはお前の嫁さんとあの二人組だ。

 刑事さんはどっちか分からん。

 あー鑑識の人も可能性ありだな。

 次に俺の姿を見たら携帯に電話してみろ」

 「わかっ――」

 それっきり声も聞こえなくなった。

 「なるほどねぇ、傍から見るとこんな感じなのねぇ」

 「さて、どうしますかね。

 実を言うと今、家の鍵を持ってません。それに……」


 俺はポケットの中の布地をガサゴソと引っぱり出し、携帯を持っていないことを無言で伝えた。


 「あら、じゃあさっきのは?」

 「まあ前兆みたいなものなのかなーとは思ってましたが」

 「なるほどね、ようやく合点が行ったわ。

 実はね、あなたがおかしくなった定食屋さんのポケットから抜き取るところを見ていたのよ。

 あなたが覚えていないだけで、前々から何かあると見ていた訳ね?」

 「ええ、そうなります」


 この瞬間だって見えねーとこから誰かに覗かれてるかもしれねーんだぜ。

 マジで怖えーよな!


 「奥さん、ひとつ良いですか?」

 「何かしら?」

 「今のこの状況を見て、例えばゆで卵を冷やしたら生卵に戻るなんてことが起きると思いますか?」


 「そうねえ、あり得ないと断言できるわね」

 「やっぱ物理法則は絶対ですよねぇ」

 「ええ、時間が進んだり戻ったりなんてこともあり得ないと思うわ」

 「ですよねぇ」

 そんなことが実際に起きたら誰かが何かをしたって考えるのが普通だよな。

 「ええ、そのとおりね」


 俺は無造作にドアノブを掴んで回す。

 鍵がかかっている。

 隣の奥さんにも試してみる様に無言で促す。

 奥さんがやっても同じだった。


 「何にしても並のアレではこんなコトは到底無理ですよね?」

 「そうねぇ」


 コレ、何とか利用できねえかな?


 「きっかけはやっぱりさっきのアレですかねえ」

 「ええ、そうだと思うわ」


 しかしそうすると今日のドタバタは何だったんだろうな。


 「奥さん、すみませんが家デンをお借りしても良いですか?」

 「ええ、もちろん」


 隣の家にお邪魔させてもらった俺は、まず荒らされた様子の玄関に息を呑んだ。


 「あら、これも覚えてないのかしら。

 ここで揉み合いになって主人が怪我をしたのよ」

 「そうだったんですか……ちなみにそれはいつのことですか?」

 「今日の午前中ね」


 さっきの今でアレだけど“今日”って異様に長いよな、やっぱ。

 どういうカラクリだ?


 「例の暴力集団はその後どうなったんですか?」

 「駐在さんが来て簡単に捕まえちゃったわね。弱い、素人だなんて言ってたわ」

 「でもその暴力集団も警察の人間だったんですよね?」

 「ええ、私は主人を病院に連れて行ったから見てはいないんだけど。

 彼らは駐在さんが呼んだ応援の人たちに連れて行かれたみたいね」


 やっぱおかしいぜ。

 俺はさっきまで警察署にいた。

 警察の人間が集団で暴力沙汰を起こしたにしては署内は静かだった。

 何でだ……いや、多分俺がその出来事を覚えてないってのが答えなんだろうな。


 「テレビ局まで来て大騒ぎになったのにその後ぱったりと静かになったのよ。どうしてなのかしらねぇ」


 待てよ……複数人で情報を共有するってやり方で、これは致命的な穴なんじゃねーか?

 もし俺の予想が合ってたら核心的なことは何一つ残せねぇぞ。

 どうすんだこれ……


 「ねえ、ちょっと良いかしら?」

 「あっ!? はい、すみません」

 おっといけねえ。また考えごとしちまってたぜ。


 「さっきしてたでしょ?

 ゆで卵を冷やしたら生卵に戻るなんてことは絶対にありえないっていう例え話。

 それに……」

 「それに?」


 「覚えてるかしら。

 刑事さんがうちに押しかけて来たときに、目を見ない方が良いっていうアドバイスを私にして下さったこと。

 突然立ち上がって“奥さん、俺ウンコがしたいです”なんて、頭がおかしくなったのかと思ったわ」

 「ああ、咄嗟に口から出たんですが今思うとメッチャ恥ずかしいですね」

 「でも結果としてあなたが言うとおりにして良かったわ」


 「それは――」

 「ごめんなさいね、もう少し聞いて」

 お隣さんは珍しく俺の言葉を遮って話を続ける。

 なるほど、俺はひとまず発言するなってことか。

 しかし……何だ?


 「さっき息子さんが“今の流れはまずいのではないか”って主旨のお話をしたわね。そして……

 息子さんのお嫁さん、どうしてあなたに“死ねば良いのに”ってばかり言うのかしらね?

 気を悪くしたらごめんなさい。でもこれは普通じゃないわ。

 わざと言ってるんじゃないかしら」


 それは……はっきり言って否定できねえぜ。


 「そして今さっきお宅の玄関前であった出来事。

 そのときのあなたの仕草から大体のことは察したわ。

 これは目の前で起きたことと聞いた話から出て来た、ただの感想に過ぎないんだけど……あなたの中に認知バイアスが生じる様な意図を持ったトリックが仕掛けられていると感じるわ。それもあちこちからばらばらに。

 違うかしら?」


 奥さんの質問に俺は無言で頷きながら、しかし両手で三角を作った。

 

 「そう……今いるここは仮想現実とは明らかに違うわ。

 今まで起きたおかしな出来事を見ても、荒唐無稽でありながらもすべて物理的な法則に縛られていると感じるのよね。

 人やモノが出たり消えたり、或いは通り抜けたり、見えたり見えなかったり……これは多分ある事象が発現した際に観測される副産物的なものね。

 あなたが現実として認知していることが目の前の事実と矛盾していたとしても、ある程度の齟齬なら改変されてしまう。

 ……まるでおとぎ話か魔法の様なお話だけど、今まで知られていなかった、概念をある程度具象化する様な技術が存在するということよね。

 そして気になるのはその技術自体が周囲に存在する概念事象に歪められることがあるのかということね。

 ともかく、あなた自身がどうしたいのか明確な意図を持って行動する必要があるんじゃないかしら。今まで以上にね」


 「奥さん、問題は二つ……いや、三つあります」


 「誰が何のために、という部分が欠落しているのね?

 もうひとつは……そう。そもそもどこで、どうやってという点ね。

 気を付けて。

 このふたつが分からない以上、死ねば元の場所あるいは時間軸に転移するという捉え方は危険だわ。

 私個人の考えだと今ここにいる私たち、それにこの場所は紛れもない現実なのよ。

 最後のひとつは……何かしら?」


 「俺自身がその認知バイアスってやつの罠にはまったとすれば、俺の意思なんて不確かなものは存在しないことになりませんか」


 「自分で言うことじゃないわねぇ」

 「ははは……久しぶりに味わう感覚ですね」

 「……どういった感覚かしら?」

 「どういう訳か分からないんですがね、妙に周りが親身になってくれるんですよね。

 俺自身別に人に対して何をしたってことがないのにですよ」


 「あら、あなた自身の感覚なんて関係あるのかしら?」

 「ええ、ありますね。今の話からすると」

 「それなら話は早いんじゃない?」


 それは理解してるんだ……俺は頷きながら返す。

 「奥さんは定食屋のじ――」


 「待って」

 奥さんがまた手で制してきた。


 「あ……すみません、つい」


 やっぱ俺って意志薄弱だなぁ。

 だが今のでかえって確信が深まったぜ。

 今の状況が夢を見てるときの頭の中みたいだって感想はあながち間違いじゃなかったみたいだな。



 取り敢えず俺はお邪魔させてもらい、リビングに向かう。


 「午前中にあなたの家の固定電話が何回か鳴っていたわね。

 誰からだったのかしら。

 うちの電話を借りたいっていうお話と何か関係が?」


 午前中!? そうか、話はまだ終わりじゃねえな。

 ここで終わったら中途半端だ。


 俺は無言で首を横に振る。


 午前中の電話といえばあの変なイントネーションの奴だ。

 電話をとった覚えはねぇしお隣さん家にいる間に俺ん家から森クマが聞こえてきた覚えもねえ。

 午前中にあったっていう電話の相手が誰かは分からねえ。

 取り敢えず目的のひとつははどうにかしてあの二人組と変なイントネーションの奴を引き合わせてやることだ。

 そんでもって俺ん家だ。

 息子一家がいない、携帯がない……状況は色々と変わっている。

 これが他にどんな影響を及ぼしてるか分からねえ。


 

 「今、定食屋にいた二人組が刑事さん、それに鑑識の方と一緒にこちらに向かってる筈です。

 彼らの話を聞いたことがみんなで家に来たそもそもの理由なんです」


 奥さんはまた手で制する。


 「分かっていると思うけど、状況は動いているのよ。

 考えて。

 夢だというのなら誰の夢なの? 夢を見る理由は何?

 繰り返すけど、死ねば状況が好転するなんて安易な目算で動いても何の解決にもならないと思うわ」


 夢……そっか、夢かぁ……


 あのとき聞いた言葉が脳裏に甦る。


 『特殊機構ライブラリの実装機能はスクラッチパッド領域の参照を提供してるだけだから動いてる最中に書き換えたらABENDするかもね』


 足下が見えてねえのにヒントだけ貰っても何も出来ねえんだぜ……



* ◇ ◇ ◇



 一旦考えをリセットするか。



 隣の奥さんに影響されるのは決して良いこととは言えねえ。

 だが一連のアドバイスのおかげで考えが大分整理されてきたのは確かだ。


 「行動を起こす前に考えるのよ。

 今まで起きたことの原因と結果、その因果関係」

 「火のないところに煙は立たない、そういうことですね?」

 「ええ、どんなにおかしなことでも必ず何らかの因果が存在する筈よ。

 例えば、そうねえ……私たちは今まで何度か人が消えたり、そこにない筈のものを手にする人がいたり……そんな現象を目にしたわね」


 「はい。逆に俺が持っているものが見えないとか、俺自身が見えない、それに声だけが聞こえる……そんな現象ですね」


 「そう。でもね、考えてみて。

 目の前から人が突然消えたらその存在はどうなるのかしら。

 質量を持つ存在にはすべて、そこに在ろうとする力……位置エネルギーというものがあるのよ。

 それにどうかしら……姿が見えないのに声が聞こえるという現象。

 音というのは発信元から生じた振動が周囲の空気に伝わって、私たちの鼓膜が共振した結果知覚するという物理現象よ」


 「それこそ仮想現実だから起き得ること、そういう理解が成り立つのではないですか?」

 それに……

 「それに一日の長さが異常に感じる、そうよね?」

 なっ!?

 「どうして分かったのかって顔ね」

 「ええ、顔に出やすいのは分かってるんですが」

 「ふふ、でも今のは顔を見なくても分かるわ。

 だって同じ環境にいたら誰だって普通に疑問に思うことでしょ?」

 「やはりすべてが現実だと理解するにはあらゆる物事がおかし過ぎます」

 「言ったでしょう? あなたに認知バイアスが生じるよう仕向けられているんじゃないかって」

 「それは奥さんが言うことも含め、ですよね?」

 「そうねぇ……意地悪を言うようで悪いけど、不確かなことを疑ってかかることは時にとんでもない過ちを招くことに繋がるわよ」

 「そのくらい分かってますよ。要は程度の問題でしょう」

 「そうね、“程度の問題”……そのとおりね」


 奥さんはことあるごとに、手で制することで俺が何かしゃべることを防いだ。

 それ自体に意味があるかのようにだ。

 だが今までの出来事を総合して考えると、俺の発言が影響を及ぼすことは限定的と言って良いだろうな。

 問題はそこにどういう法則性があるのか全く分からないという点だ。


 いや、違うな。



 「ただ疑ってかかるだけでは思考停止と変わらないわ。

 手がかりは目の前にきっとあるのよ。だから考えて」



 俺は瞑目して考える。


 最近色々と考えを巡らす割にやることがとっ散らかってて、気が付いたら目の前の問題にすら対処できてねえってパターンが多過ぎなんだよな。


 あれっ? と思うシチュエーションとしてはやはり誰かが何かを仕掛けてきたっぽいときが多いと感じる。

 俺がおかしいと思った点を口にしないよう気を付けている理由がそれだ。

 俺が不自然な点を口にすると即座に修正される。

 何か機械的に処理されてるって感がありありと出てるんだよな。

 だからこそ怖ぇんだけど。


 もし俺が同じことを仕掛けるんならもう少し事前調査をして確証を得てから動くぜ。

 それにいざ仕掛けたとなると、少しくらいおかしい点を指摘されても変に動かないでしらばっくれてた方がリスクは小さいんだ。

 これは何か具体的な発言を自動的にトレースしてるか、何も分からねえマニュアル人間が対処に当たってるかのどっちかだな。

 もし後者なら……そうだな、徹底的に仕組み化してバイト君に順番通りやれば良いからってだけ指導してあとは何も教えねーのが良いだろうな。

 これだと方法としては割と優れてる部類に入るかもしれねえ。


 だが一番分からねえのはどこからどうやってそんなことを実現するんだってとこだ。

 今まで目にしたヘンテコな出来事……声は聞こえるのに姿が見えねえとか、自分はそこにいるのに周りからは見えねえし聞こえねえとか……

 そんなのを目にしたらそこら辺に誰か立っててずっと見張ってるなんてことも普通にありそうに思えてくる。


 全く、頭おかしいぜ……一歩間違えたら単なる妄想だからな。

 仮にこれが妄想でなかったら現象をすべて理解して100バーセント制御下に置いてるってことだ。



 だがそうなると今把握……いや、理解出来てる、と勝手に思っている現在の想定下では矛盾する部分も出てくる。


 周りで起きてる出来事が完全に狙ったとおりという訳じゃなさそうだって感想も、ある程度当たってる気がするからな。


 さっき急に思い出したあの“言葉”、関係あるんじゃねえか?




 少し飛躍して考えてみるか。


 現状目の前にないし全く絡んで来てないが、正体が全く分からないものがある。

 それはあの秘密基地みたいな場所だ。

 あれも親父の会社跡地みたいにどっか別な場所にあって一定の条件下でそこへ飛ばされるってこともあるかもしれない。

 さすがに火星ってのはウソだろうな。


 何でそれが今気になるかって、あの場所はバイトを雇って詰所で監視させて何かあったら警報が鳴る、その場合の状況のリセット方法も確立してる。

 コレ、今さっき考えてた疑問にがっつりハマる部分があるんだよ。



 翻って今日の俺の周囲を見るとどうだ?


 朝の時点で既におかしかった。

 何がって、携帯がおかしくなってて羽根飾りもなくなってたんだ。

 つまりは庭先でガサゴソ物音が聞こえてた時点で既にコトは始まってたってことなんだよな。


 もっと言うと寝るって行為、これは怪しいぜ。

 朝からおかしかったってことはつまり、昨晩寝て今朝起きるまでの間に何かあったかもしれないってことになるじゃないか。


 ……これだと毎晩怪しいってことになっちまうな。


 だがその後にもおかしなことが立て続けに起きた。


 一旦外に出て中に戻ったらもう荒らされてたからな。

 そして……家デンから息子に電話をかけたら例の奴に繋がった。


 あの二人組と刑事さんの頭がおかしいトリオの襲来劇。 

 これは二人組が主体になって行動してたタイミングで俺の家を詰所と認識してたとこが怪しいんじゃねーか?


 その後に家デンに誰かからの着信が何度かあったというのは自分で覚えてねえから何とも言えねえが……やはり別々に進行していた出来事が何かのタイミングで交わって偶然一連の現象に見えたと考えるべきか。


 “今日はアレしない”と言っていたあの言葉……

 わざわざ“今日は”なんて枕詞を付けるくらいだ。

 事実としては存在するが俺の認識としては無かったことにされている出来事がまだあるってことなんだろうな。



 その一方で覚悟が決まるまでは何も教えない、みたいなことも言ってたが、説明なしで何の覚悟を決めろって話なんだか……



 そして身体の自由が利かなくなるあの感覚。


 あのときの俺はまるでリモートの踏み台として利用されるだけといった体だった。



 しかしなぜそんなことをする必要がある?

 奴らがみんな人工無能だから?

 いや、そんな単純な理由である筈がない。

 それなら俺ん家の家デンからかけたときに繋がったあいつは誰なんだ?

 そいつとあの二人組、姐さんと呼ばれている赤髪で羽根飾りを持っている小柄な女性、あとは刑事さん、それに詰所のおっさん。

 このグループがもう一息で一本の線で繋がりそうなんだ。

 他に警察で関係がありそうなのは鑑識の人か……

 俺が会話したことを覚えてねえだけで他にもいるかもしれんが……

 問題はどんな理由で繋がってる関係性なのかって点だ。

 親父の会社絡みなのはまず間違いない。

 あのとき“彼女”が言っていたことを信用するならば、十中八九親父の会社にいたセンセー方の関係者だ。

 俺の中ではいつも難しい顔をして腕を組んでたって印象しかねーが、あいつらが何をしてたかなんてまるで興味もなかったからなぁ。


 解せないのは詰所のおっさんが一枚噛んでるっぽいとこだ。

 出来れば会って話を聞いてみてぇとこだが……



 次が息子、その嫁、孫だ。

 基本的にこいつらは関係ねえと思うが、穿った見方をすれば本人たちが意図せずして手駒にされてるって可能性はある。

 嫁の方は不穏な発言が目立つし隣の奥さんが怪訝に思うのも無理はねえ。

 それに例の紙切れに対して見えねえフリをしてたことがどうにも引っかかるんだよな。

 だがどっちかっていうと何か隠してるっぽく見えるのは息子の方だ。

 孫と廃墟とそこで見た場所、そこに立っていた女性の関係、孫が会った赤い髪で俺のと同じ羽根飾りを付けた小柄な女性……これは全部息子から聞いた話だ。

 あとは定食屋で孫に二人組を助けろってアドバイスをしたという、長身で赤いドレスを着た黒い長髪の女性。


 最後のやつを除いてこの辺の話は“7日の件”である部分が多い。

 そもそもの話、何で7日のことをまるっと覚えてねえのかがさっぱり分からねえ。

 何か知られたらマズいことを知られたとか、そんなことがあったとしか思えねえが……


 ここで出て来るのが“第三者の話をどう捉えるのが正解か”って疑問だ。

 これは言い換えると“俺が覚えてねえだけで実際は経験してる”って言い方が正しいのかってことだ。


 他の面々の様子を見てると本人が覚えてねーのは……何て言うのか……そう、“別ルート”って奴、それだ。

 これだと覚えてねえんじゃなくて“起きてねーし経験もしてねえ”ってことになるんだ。

 だから今の俺の記憶にねえ出来事は“こっちでは起きてねえ”って解釈が正しいんじゃねーのかな。

 実際に起きてねえとはいえ、過去の事実関係なんかは本当の出来事だったりするんだろうからその点では参考にして良い筈だ。


 過去の事実関係といえば双眼鏡を覗いたときに見せられた場面……いや、あれはもはや体験と言って差し支えないレベルのものだ。

 あれは“彼女”が明確に俺に対して目的を伝えるために見せてきたものだ。


 見せられた映像は100年以上前のものだ。

 作り物なのか、実際の映像なのか……いや、俺に見せるためだけに作り物を用意したりだとかそんな手の込んだ真似はしないだろう……


 そこで出た“奴”と“還す”ってキーワードが何を意味するものなのか……

 おそらくそれが“彼女”の行動原理に違いないが、他との絡みを見るにもっと別の何かを抱えていそうだ。


 “奴”と言えばあのバイトリーダーだか人工無能だかは、そのとき俺に対して“奴じゃないな?”みたいなことを言ってたな。

 俺はてっきり親父のことだと思っていたが……待てよ?

 俺は何でそんなこと考えたんだっけ……ああ、何か変な夢を見たんだよな、確か。素で忘れてたぜ。


 あれは俺が忘れてる何かの体験が引き金になって見た夢だったりするのか?


 “彼女”はその変なイントネーションの奴とその一派をバカだ何だと罵りまくっていたな。

 それに“特殊機構のスロットに異常がある”と言っていた。

 俺からしたら何だそりゃの世界だが、以外なことにこれが奴らにとってもハテナマーク案件だった。

 そうだ。

 問題を認知せず上手く行っていると主張するだけの奴らに“彼女”は相当イライラしていた。

 “彼女”は“ここはこんなにも荒廃してるのに”とも言っていた。


 これ、急におかしな出来事が起き始めたことと何か関係してるよな、絶対。

 

 “彼女”が何者なのかは未だに何も分かっていない。

 昔の出来事を知っていてそのことにひとかたならない拘りを持ち、それを現実さながらに追体験できる。

 それだけの能力がありながら俺を必要とするのはなぜなんだ?

 そして姿を見せようとしないのはやはり人工無能みたいな存在だからなのか?

 おそらくあの一派に対して過剰に批判的なのは、奴らが手の届く場所にいながら問題を問題として認識していないことに対するもどかしさみたいなものを感じているからなんだろう。


 それにもっと根本的なことがある。

 俺を含む髪が赤い人間の存在だ。

 親父、母さん、そして姐さんと呼ばれる女子高生、孫が7日に見たっていう羽根飾りを付けた女性。

 俺の知る限り髪が赤いのはこれだけだ。

 いや、あの女子高生は地毛かどうか分からねえからカウントして良いか迷うが……


 あわせて気になるのが定食屋で誰かに見せられた映像だ。

 誰が何のために見せたのかは分からねえ。だが現状に関係ありそうな発言がかなりあったんじゃないかとも思える。

 そこで母さんが「誘拐」とか「実験動物」とか言ってた部分がもしかして現状にリンクするのか?

 それに母さんは定食屋の爺さんに対して責任とれとか面倒をみろ的なことも言ってたよな。

 さっきちょっと気付いたことなんだが……隣の奥さん、このとき出たり消えたりしてた女子高生にちょっと似てるんだよ。

 背格好も同じくらいだし……ただ、歳が大分違う。

 さすがに本人てのはないだろうが娘とか親戚とか、そっちの可能性はありそうだ。

 ひょっとすると俺の母さんとも面識があったりするかもしれんな。


 さっきそれを言おうとしたら思いっきり遮られたからな。多分何かあるぜ。聞いたら最後どうなるかってやつだ。




 まあ俺が覚えてなかったってことはそれが重要な事実だって裏返しなんだろうな。



 あくまで想像の域を出ない話ではあるんだが……あの火星だ何だって言ってた施設が近場に実在するんだったらやっぱ警報を鳴らすとかそういった事案になるんじゃねーかな?


 ん? 待てよ?

 てことはあの姐さんって女子高生とも何か関係があるんじゃねーか?

 定食屋でバイトしてるって言ってたよな、確か。


 うーむ、想像を補う様な材料がほしいぜ……


 女子高生のことだったら友だちに聞けば何か分かるんじゃねーか?

 いや、シロートのジジイが高校で聞き込みとか絵面が怪し過ぎるぜ……あ、刑事さんがいるじゃねーか。



 よし。まず、二人組と例の変なイントネーションのやつを引き合わせるのと俺ん家の床下の異変てやつを調べる。

 この二つは当初の予定通りやるべきだな。


 あとは俺の車の積載品を返してもらう。

 そして定食屋に行く。聞いた話だと双眼鏡以外にも何かありそうだったしな。

 まあ双眼鏡をゲットするのが一番の目的だ。もちろん覗かねえぜ。

 そして廃墟に行ってあの詰所……もとい小屋に入る。

 メンバーの人選は息子の嫁さん、孫、刑事さん、鑑識さん、そして二人組だ。

 可能なら隣の奥さんにも来てほしいとこだ。


 そして何を検証する?

 

 今振り返ったことを総合的に考えて、さっき起きてたことはどうなんだって改めて振り返るとどうだ?


 多分だが、さっきのアレを象徴するのは息子の嫁と孫がいつの間にかいなくなってたって出来事だ。


 息子の嫁が孫を連れてさっさと俺の家に入って行った。

 それを息子が俺に報告してきた。

 俺は息子の話を聞くまでそれを認識していなかった。

 そして俺の「鍵は? 開けた覚えはねーけど」ってひと言。


 いや、初めから施錠されてなかったら普通に怪しい部分はねーな。

 肝心の家の鍵がいつからかかってたのかが分からねえんだ。


 ……いや、鍵は多分かかってたんだ。

 息子一家と俺の間に認識のズレがあってそこからおかしくなった。


 まず、俺が目撃したのは息子が急速に見えなくなっていく、玄関の扉を通り抜けるってとこだけだ。

 多分息子の嫁と孫はフツーに施錠されてないって認識で行動した。


 俺が何の疑問も持たずに息子に追随してたら何事もなく家に入って、「何だ、無用心だな」くらいの話で終わってたかもしれない。


 ……ダメだ、証明する術がねえ。


 クソ……まだ何か見落としがあるな。


 クソ……




 ………

 …


 ゆっさゆっさ。


 ……何だ?


 ゆっさゆっさ。


 むむう……


 ゆさゆさゆさゆさ……

 ガクガクペシペシ!

 ぐるんぐるん!


 何だよオイ!


 イテッ! 何だ!?


 いでででで! 痛えって!


 「びろーん」

 「あだだだだだだだっ!」



 「お隣さん? 大丈夫かしら?」



 うげ……考えてるうちに寝ちまったのか。


 「俺、考えてるふりして寝ちまってましたか?」

 「そうね、でも10分くらいだから大丈夫よ。

 ほら、適度なお昼寝は頭のリフレッシュのために必要だっていうでしょ」

 「おっさん、やっと目が覚めたッス」

 「気が抜けているな」

 おっと、刑事さんたちがもう到着してたのか。

 「頼むよ、父さん」

 「散々連れ回しといて、やる気あるのかしらー。

 死ねば良いのにー」

 「いいのにー!」

 「オッサン、すっかり年寄りだなぁ」


 ……アレ?


 頬をつねる孫を引き剥がして息子に例の実験を持ちかける。

 「オイ、俺の携帯に電話してみてくれ」

 「ん? また? 何で?」

 「いーからはよせんかい」

 「ほい」

 “デンデロデロレロリーン♪”

 ガサゴソ……携帯が復活しとる。

 『SIMカードを挿入して下さい』も変化なしか……

 「サンキュ」


 「どうしたんだよ」

 「お前いつ戻って来たの? 嫁さんと孫もだ。

 あ、定食屋もだぜ」


 二人組のオタっぽい方と鑑識の人がいねーな。


 「父さん、ホントに大丈夫か?」

 「大丈夫だぜ。

 その返しは何じゃそりゃって感じだな?」

 「だって戻るも何も最初から一緒にいたじゃないか」



 またかよ……

 もうABENDでも何でも良い気がしてきたぜ……


 

 「死ねば良いのにー」



* ◇ ◇ ◇



 クッソ……こんなことなら時間まで確認しときゃよかったぜ。

 まあ良い。ここは開き直りが大事だな。


 「あー、何だ? これ」

 「父さん、頭は大丈夫か? 割とマジで」

 「今まではマジじゃなかったみたいなこと言うんだな」

 「父さんは冗談が服着て歩いてるみたいなもんじゃないか」

 「そうか、それで今どこから来たの?」

 「どこって警察署じゃん」

 「刑事さんと?」

 「刑事さんとは別行動だったろ。俺たちが父さんの車で先に来てたんじゃないか」

 「定食屋もか?」

 「定食屋さんも丼ぶりを回収して店を臨時休業にするって言って一旦別行動になっただろ」


 「最初に着いたのは?」

 「俺たちだよ」

 なぬ? 定食屋じゃねーの?


 「何でみんなでガン首揃えてお隣さん家にいるんだ?」

 「オイオイ、しっかりしてくれよ。ここはおっさんの家じゃねーか」

 え!? 何でそうなるの? ここお隣さんじゃん。

 ここでいつものパターンになったら困るぜ。

 「俺は今ひとりでお隣さんのリビングにお邪魔してるとこだったんだけど。

 ですよね、奥さん?」

 「あら、そうなの? 私にはここはあなたのお家に見えるわよ」

 「おっさん、俺が先生に声をかけて来てもらったんだぜ」


 そんなこと言われても今俺の目に映ってる光景はお隣さんのリビングなんだが……ここで動いて見せりゃ良いのか。


 「ちょっと表の様子見てくるわ」

 俺は玄関で靴に履き替えて外に出る。

 靴は当然さっき脱いだやつだ。

 

 やっぱ外から見ても今いたのは隣の家だ。

 じゃあ俺ん家は? と思って見ると俺ん家の前に二人組の片割れ、オタっぽい奴の方がいた。

 ちなみにさっきお隣さん家にいたのはアホ毛が立ってる方だぜ。


 「おろ? お前いつから――?」


 コイツ……何してるんだ?

 そいつは双眼鏡で俺の家の方を見ていた。

 あれ、定食屋が持ってるって言ってたやつか。


 そうだ、鑑識の人は……いねーな?

 来てないのか?

 いや、その辺にいたりして……


 「おい」


 無視された。聞こえてない?

 オタは口をだらしなく開けて双眼鏡を覗いている。

 

 「聞こえてんのか……っ!?」

 もう一度声をかけて頭を引っ叩こうとするが空振りに終わる。


 今度は正面に立って声をかけてみる。

 「おい」

 「おわっ! びっくりしたっす!」

 「答えろ。ここはどこだ」

 「お化けのおっさんの家……の筈っすけど……」

 今はオメーがお化けだけどな!

 「そうだな、俺にはそう見える。ここは俺ん家だ」

 「や、やっぱそうっすよね!」

 「その双眼鏡を通すと何に見えるんだ?」

 「こ、これで見てもおっさんの家っす」

 「ウソをつけ、何を隠してる?」

 「何でもないっす」

 「俺に直接覗かせたいって感じだな」

 「そんなことないっす。おっさんは覗いちゃダメっす」

 そんなこと言われたら余計気になるぜ!

 「じゃあ話を変えるぞ。

 お前、他のみんなと一緒に来たんだよな?

 みんなはどうした?」

 「あ、えーと、オイラだけ定食屋さんと一緒だったっす。

 定食屋さんの二階で色々あったんで気になってたんすよ」

 よく警察が許したな。てか刑事さんが勝手に許可したのか。

 「何が気になっんだ?」

 「今オイラが手に持ってる双眼鏡と古い写真、それにわりと新し目の封筒っす。

 もひとつおまけに言うと、お化けのおっさんが定食屋さん宛に書いたメモが一緒にある筈だったっす」

 なぬ?

 「それは……全員で行くべきだったな」

 「どういうことっすか?」

 「俺が警察署で紙切れを見せただろ?

 見えてたのは俺、お前ら二人、刑事さん、それに……」

 「他にもいたっすか?」

 「息子の嫁だ」

 「全く絡みがないとこが来たっすね」

 「いや、あるぞ。別なお前らがだけど」

 「別なオイラたち?」

 「ああ、お前らが検問詐欺を働いた後で俺の車を奪って逃走した、その後の話だ」

 「検問詐欺? それも身に覚えがないっす」

 あれ? 今回の行動が食い違ってただけで元々生業にしてるのかと思ったけど違うのか。

 「あー、廃墟近くの山ん中でそんなことがあったんだよ。

 なぜか息子の嫁が先回りしてて俺ん家でお縄にした。

 お前ら二人はそれで留置場送りになったんだぜ」


 「ちょ、ちょっと待つっす」

 「何だ?」



 「それっていつの話っすか? その話が本当ならオイラたちは――」



 そう言ったところでオタの声が聞こえなくなり、影が薄くなり始める。手に持った双眼鏡もだ。

 「ちょ、ちょっと待て!」

 今度は俺が慌てた。

 くっそぉもう少しってとこでいつもいつも……


 ……待てよ?

 ここで例の“スイッチ”って言葉を口にしたらどうなるんだ?

 そこで頭の隅をよぎったのはそんな疑問……いや、好奇心に近い考えだった。

 そもそも何で俺にあんな真似が出来るんだろうな。

 “彼女”もやってたんだから俺にしか出来ないことって訳じゃない筈ではあるが。

 あれは“彼女”が俺にやらせようとしてわざと見せたのか?


 待てよ? ……やって見せた?

 そうだ、あの言葉を口にすると今いる場所から別などこかへ飛ばされるんだ。

 “彼女”も何かを確認しに行って来たと言っていたな……

 ならば“彼女”は人工無能みたいな論理的な存在ではなく、少なくとも質量を持った何かってことにならないか?

 “スイッチ”って言葉はどこかへ辿り着くための手がかりなのか……

 ただ、こいつが使えるのは決まって“一度どこかへ飛ばされた後”の様にも思える。



 何かと何かを繋いでいる?

 双眼鏡は覗くな?

 どこかから飛ばされた場所……?



 ……


 だーッ、分かんねえぞ!

 ええい、考えてる暇はねえ!


 「スイッチ」


 ……

 ……


 あれ?


 空振りかいな……カッコ悪ゥ!



 まあ誰も見てねーしダメージはねえな。

 よし、次だ次。


 今のって見た目は消えたみたいだけどさっきの考察からするとパッといなくなった訳じゃないんだよな。

 まあ元から平行世界とかそういった類のモノだろーなって予感はあったけど。

 多分今目の前からいなくなったってだけでこっちにはまた別なアイツがいるんだろうな。


 しかし隣の奥さんも言ってたが、物理的に接触できない状況で言葉を交わせるってのは確かにおかしいぜ。

 今のは正面に立ったら俺がいると認識して言葉も交わせたって状態だったな。



 手に持ってた双眼鏡が中継してたのか?

 それ以外にうまい説明が思い付かねえ。

 双眼鏡を覗くと何があるってんだ?



 最後、奴が何を言おうとしてたのかも気になるぜ。

 何かループものの主人公みたいなセリフだったな。

 姿が見えねーだけでまだその辺にいたりして。


 俺は気を取り直してまず家の様子を確認することにした。


 鍵は……やっぱかかってるか。

 しかし今さっき入ってった息子一家は今頃何やってんだろーな。


 ダメ元で呼んでみるか。


 「オイ、中にいるんだろ。開けてくれ」


 危ねえ危ねえ……間違って“開けてクレヨンす”とか口走っちまうとこだったぜ。


 ガタン!


 そのとき家の中から物音がした。

 玄関の扉は相変わらず施錠されたままだ。


 俺はドンドンと扉を叩いてもういちど声を張り上げた。


 「俺だ、開けてくれ!」


 応答がない。

 あきらめるか――


 ガタン! バタン!


 !? 何だ? クソ、何で中に入れねえんだ……

 自分の家だが窓を破って入るしかねえか?

 いや、その前に……



 もしやと思い急いでお隣さんの家に駆け戻り中に入る。


 靴がねえぞ……しかも全部ときたか、

 きっかけはさっきのアレか?


 「お邪魔しまーす」

 誰も見てなくても人ん家に上がるときのマナーは大事だぜ。

 俺は上がって履物を揃えた。


 さっき全員が集合していたリビング――他の全員が俺ん家に見えるって主張してた場所――そこへ戻った。


 やっぱ誰もいねえな。

 俺が呼んだから全員で様子を見に行ったってとこか?


 ちょっと失礼してテレビのリモコンを握る。

 テレビに向けるが反応なし。

 主電源が入っていることを知らせる赤のランプは点灯している。

 コンセントを抜くと……抜けねえな。

 なるほど、取り敢えず状況は分かったぜ。


 携帯は……あるな。取り出して画面を確認する。


 

 “2042年5月10日(土) 10時01分”


 ……何の日時だ?

 もうこれが現在日時だなんて微塵も信じられねえぞ。



 ガン! バタン! ドン!


 そのとき隣……つまり俺の家からまた大きな音が聞こえて来た。


 な、何だ!?


 泡を食って外に出ると、ちょうど俺の家の玄関がバーンと開いてす巻きにされた男が叩き出されるところだった。


 「助けてっすぅぅぅ!」

 「何だ? その有様は」

 

 「黙るのよー、犯罪者には黙秘義務があるのよー」

 そう言いながら玄関の中から姿を現したのは息子の嫁だった。

 ドカッ! ゲシッ!

 「死ねば良いのにー」

 ドカッ!

 「ぐへぇ……」

 す巻にした二人組の片割れ、オタっぽい方の男をしこたま足蹴にして痛めつける。

 酷ぇなオイ……てか黙秘義務じゃなくて黙秘権の間違いだろ。


 「あれ? コイツだけ? 二人組じゃなかった?」

 「あらお義父さん、もう来たのー? 何でそんなこと知ってるのかしらー」

 ぐっ!? 普段ヘンテコなことしか言わねークセして変なとこで鋭いな!

 じゃなくてぇ……


 「お前コイツが誰だか分かんねーの? それに“もう来たの?”ってどういうことだ?」

 「? お義父さん、頭がお倒産しちゃったのかしらー?」

 嫁はマジで分からんという顔だ。


 「ぐうう、お、おっさん、これって前に聞かせてもらった“家に帰ったらオイラたちがお縄にされて転がされてた”って話に展開が似てるっす」


 「お前さっき“それっていつの話だ”って言いかけてた奴?」

 「そ、そうっす」

 「何で家の中にいたんだ? それに双眼鏡はどうした?」

 「それっす! これっておっさんが前に言ってたホンモノと区別が付かない過去の映像ってやつじゃないっすか!?」


 なぬ!?


 「待て、じゃあ俺はお前から見たら過去の映像ってことになるぞ。俺には信じられねえ。

 それに俺が前に飛ばされたときは双眼鏡は手に持ったままだったぞ」



 「おっさん、他に何か――」

 「黙るのよー」

 ドカッ!

 「ぶふぅ」

 あっ! アレか!?

 「死ねば良いのにー」

 ゴスッ!

 「おまえあのとき――なっ!?」


 話しかけようとして思わず絶句する。

 息子の嫁に頭を足蹴にされたソイツは首が変な方向にねじ曲がり、耳の穴から血を流し白目を剥いていた。


 「何やってんだ! 救急車だ! 救急車を呼ぶぞ!」


 クソ、呼ぶっつっても家デンしかねえな……


 「待つのよー、お前怪しいのよー」


 家の中に駆け込もうとする俺を嫁が妨害する。


 「クソ、どけっ……ぐげ!?」


 嫁を突き飛ばそうとするが逆に肩口を捕まれ片手で押し戻される。

 そのままぶん投げられた俺は玄関先ゴロゴロと転がった。


 「お前もカンピョ巻きにしてやるのよー」


 カンピョ巻きじゃねえ、かんぴょう巻きだ!

 ちなみに俺はかっぱ巻きから食うぞォ!


 ……じゃなくてぇ!


 オイ、何だよこりゃァ!?


 「待てよ! 何で自分の家に入るのを妨害されなきゃならないんだ!? ここは俺の家だぞ!」


 俺は全速ダッシュで再突入を試みた。

 

 「どけよオラァ!」


 息子の嫁はまた俺を捕まえようと飛びかかって来た。

 よっしゃ、狙い通り!


 「やっぱやめたァ!」


 突進してきた嫁をかわして後ろから軽く背中を押すと、嫁はそのままつんのめってバランスを崩した。

 げげっ、転ばんかったかぁ。くっそォこの次はもっと上手くやってやるぜ!


 ……じゃなくてぇ!


 ズサァ、バタン! ガチャ。


 「危ねえ危ねえ」

 俺は必死で作った一瞬のスキを最大限に活用して玄関に滑り込み、ドアを締めて鍵をかけた。



 “デンデロデロリロリーン♪”


 なんだよオイ! このクソ大変なときによォ!

 てか携帯絡みはもう何も信用出来ねえよ!

 まあ家デンも同じなんだけどな!



 「ん?」


 と、電話機に向かおうとしたところで足を止める。

 家が荒らされてねえな……

 何でだ?


 ガチャガチャガチャガチャ。

 ドンドンドンドン!

 ドカッドカッ!


 やべぇコレ早晩ぶち破られんじゃねえか?

 なんつーバカぢからだ……

 さっさと電話するか。


 「えーと、イチ・イチ・キュウ、と……」


 ……

 ……


 ドンドンドンドン!

 ドカッドカッ!


 やべえ、早く出ろ早く出ろ早く出ろ……

 ……何か無音なんだが……

 もしかして繋がってねーのか?


 じゃあ110番だ。


 ……

 ……

 

 繋がらねえ。

 てかコール音が聞こえねえからそもそも電話機として機能するか怪しいぜ。


 ドアが蹴破られるのも時間の問題の様な気がするが、だったら別なとこを見た方が良いな。


 リビングに向かうとまず仏壇に向かい手を合わせる。

 何かすげえ久しぶりな気がするぜ。


 ふと仏壇の横に目をやると、そこには木箱が置いてあった。

 手を伸ばすと――


 「!?」


 スッとすり抜けた。

 周囲のものを触ってみたがすべて触れることが出来た。

 手がすり抜けたのは木箱だけだ。


 玄関からは相変わらず乱暴にドアを叩く音がする。

 それ以外は何も変わらない俺の家だ。


 だがここで慌ててもしょうがねえ。



 『行動を起こす前に考えるのよ。

 今まで起きたことの原因と結果、その因果関係』


 隣の奥さんが言ってたな……一見意味不明でもよく見れば必ず何かの因果関係が見付かる筈だ……本当か?


 隣の奥さんの話は妙に説法臭かった。


 元理数系の教師だし教導的なのは職業病みたいなもんかと思ってたが、それにしてはやけに饒舌で口数が多いなとも感じていた。

 何かこう……普段の奥さんのキャラとどっか違うんじゃねーかって思ったんだよな。


 そうか、俺の認知バイアスをどうこうしようって話……それを聞いた時点でコレは何かマズそうだと薄々感じていた。

 その違和感の元がコレか。


 あの場にいたのはお隣の奥さんと俺の二人だけだったからな。

 偶然なのか意図的なのかは分からんが……


 それにもうひとつあったな。

 息子の嫁の「死ねば良いのに」っていう口癖、何か理由があるんじゃないかって話だ。



 『考えて。

 夢だというのなら誰の夢なの? 夢を見る理由は何?

 繰り返すけど、死ねば状況が好転するなんて安易な目算で動いても何の解決にもならないと思うわ』



 まあ聞いた説法の中でも因果関係を検証しろって話は一理あると思ったからな、ここはひとつ乗せられてみっか。


 ドンドン!

 ドンドン!

 ガチャガチャ!


 俺ん家のドアも結構丈夫なもんだな。

 まああまり猶予はねえ。

 できる範囲で次の行動を検討すっか。



 さて……


 お隣さん家で考え事をしながら微睡んじまった後、何で急に場面転換していた?

 二人組の片割れのオタだけが外にいたのは何でだ?

 そして奴はなぜ定食屋にある筈の双眼鏡を持っていた?

 刑事さんが来てたのに一緒に連れて来るって言ってた鑑識の人が見当たらなかったのはなぜだ?


 息子の嫁、いつも変だがさっきのは完全に頭おかしい奴らと同じ感じだったぞ。


 そうだ、奴が足蹴にされながらしゃべった内容で何か掴みかけてた様な……何だっけ?


 クッソォ歳は取りたくねえなぁ……ってああ!

 アレか!


 確か孫がなんちゃらですわーって口調の“お姉ちゃん”に言われたって主張してたやつだ!

 確か“ママがドロボーさんを捕まえた”、“じぃじに頼んでドロボーさんを助けてあげてほしい”って話だったか。

 思えばあのときも携帯の日付は5月10日になってたぞ。


 てっきり警察から助け出せって話なんだと思ってたが……

 いや、息子が警察が来るって明言してたから確かに今の流れとは違うな?


 どっちにしたってさっきの有様じゃ助けるどころの話じゃねえ。

 そもそも俺の認識ってやつが間違ってたとしてもお縄になったあとに警察が来て留置場送りにならないと話が進まねえんだ。


 じゃあどうする?

 コレって過去かなんかの出来事を見せられてるに過ぎないって可能性の方が高いんじゃないのか?

 もしそうなら息子と孫は定食屋か?


 いや、よくよく考えてみると携帯の画面に出てる時間があのときよりも大分早いよな。



 目が覚めたら午後の3時前だっただろ。

 あとで隣の家に行って実際の日時が翌日の午前10時半くらいだってことが分かった訳だが、それなら今の本当の日時はどうなんだってことになるな。


 定食屋で話を聞いたときも、俺の携帯の画面に表示されていたのは家で目覚めたときと同じ3時前の時間だった。

 そのときは携帯だけじゃなくて、定食屋の置き時計も息子の携帯も全部俺の携帯と同じ時刻を表示していた。

 二人組が来て家の前でウロウロしてたのも同じ頃合いだ。



 仮に携帯に表示された日時が一連の出来事の起きたタイミングを意味するのであれば、現実の日時がどうだって問題は一旦脇に置いておくことも出来るな。

 あとで検討すべきは妙に一日が長いのはどうしてだってとこだ。

 これは覚えておこう。


 取り敢えず状況として分かるのは、今が携帯画面の通りの時間だとすれば俺の目が覚める5時間くらい前の状況だってことになる。

 となるとこいつは俺が忘れてた出来事って可能性も出て来るぞ。


 そういった視点に立った場合、おかしな出来事はいくつかに分類出来るな。

 他人の視点から見た出来事、同じく他人の視点だが現実感があり五感の感覚すべてに訴えてくるもの、そして今みたいな状況だ。

 さっき息子の嫁に足蹴にされてたアイツは二番目のやつじゃないかって言ってたが、これは違う気がするぜ。


 過去のある時点の出来事だけでなく、その時点の人や物や世界全体――範囲が分からねえから取り敢えず全体ってことにしとく――がざっくりと再現された感じだが、登場人物はすべて本物の人間……かもしれねえ。


 そうなると――俺らはさしずめ、特殊機構っていう舞台装置の上で永久に踊らされ続けるあわれな登場人物ってとこだな。


 もちろん、これだけじゃ説明がつかねえ部分だってある。

 例えば孫にアドバイスを与えたって人物だ。

 これは孫にしか見えてなかったからどんな存在かは全く分からねえ。

 ロングの黒髪で息子の嫁と同じくらいの背丈、そして赤いドレスを着たお姉ちゃんか……


 その意味だとあのゴリ先生もよく分からんな。

 二人組も会ったと言ってたが、俺のときと違って問答無用で撲殺されたとか言ってたしな。

 存在の意味不明さ自体が何かを象徴してるとか……?


 うーむ……考えてみたら今暴れてる息子の嫁の行動もあのゴリラと同じだよな。


 偶然か?


 俺の知る限りオタっぽい奴の方は理不尽に二回殺されてることになるが……

 隣の奥さん予想からするとこれはどういうことになるんだろうな?



 そしてこの辺りのコトに関して今の状況から当然導き出される疑問、それは“この時間の俺はどこで何をしていたのか”だ。


 俺はこの場面の“登場人物”として含まれるのか?

 だとすればいつ現れる?

 それは今ここにいる俺なのか?


 記憶との整合性からすると俺は今、この家で大口を開けて眠りこけている筈だ。

 だが実際は誰もいねえ。

 そしていきなり中から息子の嫁と二人組のオタの方が現れた。

 その前には家の中から何か大きな音がした。

 見た目上は特に散らかってもいないし、どこかぶっ壊されたといった箇所も見当たらない。


 再現、と言うには結構アラがある。

 ある時点の状況の再現まではするがその後は知らんというかそんな感じだ。

 流しっ放しのバッチ処理みてーなイメージだな。

 まあこれにはちょっと思い当たる部分がある。

 しかし悲しいかな、今はまだ実証する術を入手するに至ってない。

 だがチャンスが来たら必ずモノにしてやるぜ。


 そしてそのバッチ処理みてーな奴の他に、唐突に場面転換が発動するってパターンもある。

 これについては前々から誰が何でって部分で一番分からんかったことのひとつだ。

 確たる証拠はねーが、脈絡のなさからして多分設置型のトラップみてーなヤツだな。

 まあ今後は仮にでもそうだってことにして行動してみよう。

 コレだと仕掛け人がバラバラって可能性にも裏付けが出来るからな。



 問題は俺の認知バイアスがどうこうって話が俺自身にとっては全く意味が分からねえってとこだ。

 だが何の理由もなくそんな話が出る訳がねえ。


 ――相変わらず玄関の方からはドンドンとドアを叩く音が響いている。


 単に諦めが悪いのか他の手を考えようって頭がねーのか……

 俺ん家への侵入を阻止しようとして逆にドアを破壊しにかかるとか一体どんなギャグだよ。



 ――だが、世の中俺の認識だけで物事がどうにかなるなんて100パーあり得ねえぞ。

 どっちかっつーとそういう環境に放り込まれただけって感じの方が強いからな。


 例えば、息子から聞いた7日の廃墟での出来事は完全に俺は関係なかったんじゃないのか?

 関係があるなら多分孫だって言ってたしな。


 む? そういえば翌日息子が礼を言ってきたのはその件に対してってことだったか……

 しかも嫁にせっつかれてって話だし……


 何か知ってなきゃそんな行動取れる訳ねーよな。


 それだけ考えても今玄関にいる奴は同一人物じゃねーって言い切れるだろ。


 同じ人物で中身は別人じゃねーの? ってパターン、これは割と鉄板だってことが分かってきた。

 だがガワの方はどうだ?

 本人に話を聞くと、たまに覚えてるって答えが帰って来ることがあるんだ。


 警報、上書き、リセット……

 あんまリ現実とは思いたくねえキーワードだがどうやってかそれをする方法があるってことだ。

 もしかすると俺が覗いてたあのジョブリストの中にそれがあったのかもしれねえ。


 今はどうやったらアクセスできんのかさっぱり分からねえがそのうち暴いてやるぜ。

 さっきもちらっと可能性を考えたが、俺が丸々覚えてねえ日ってのは覚えてたら誰かの都合が悪くなる事情があるんだよ、絶対にな。


 そこら辺とは必ずリンクして来る筈だ。

 マジでそのうち絶対に暴いてやるぜ。



 さて、そろそろ決めねーとな。

 基準にするべきは携帯の日時と“登場人物”だ。


 俺はポケットに手を突っ込みガサゴソと確認する。


 携帯。5月10日の午前10時01分だ。

 画面には“新着メールあり”の表示。


 これをフリーズっていって良いのか分からんけどフリーズしている。

 多分メールありと表示されてる部分を除いて。

 そしてボタンとかSIMスロットとかの可動部もみんな動かねえ。まあお約束だ。

 これだけでも今どんな事象の只中にいるかの予想は大体は付くぜ。

 このメニューだけは操作出来るようになってんだろーな。


 それと……

 更にガサゴソ。


 メモ紙。

 これは定食屋で見付けた“なぞなぞごっこ”の件のやつの他に初めから持ってたのもある。


 コイツにメモった住所、後で絶対行ってやると思ってたが二人組がバラバラになっちまったからなぁ……

 この情報は今のこの状況下での有効性を確認してからだが、相手を考えると必須なのは間違いない。


 この状況になる前に考えてたこと、本来やろうとしてたことだ。

 もう一息で何かが掴めそうだって思ってたんだ。


 だがもっと重要だと思われるのはノートだ。

 死守しろと言われてたらしいが手元にあったことが一切ない。

 俺の車とその荷物の確認はどんな行動を選択するにせよまずやるべきことのひとつだ。

 さっきまでの状況なら俺の車には積まれてなかった筈だ。

 なければ警察署、刑事さん、鑑識の人のどれかに当たってみる必要がある。

 面倒だが必ずどうにかする必要がある。


 このままコトが進んだって俺が知ってる現在に繋がるかどうかなんて怪しい。これはあくまで再現であって過去に戻ったとかそういうのじゃねー気がするぞ。

 だから関係ねえって訳じゃなくて次にどうなるって予想はある程度できるし行動の指針にもなる。

 まああまりアテにせず頭の片隅に覚えておこう。

 問題は何でこんなことしてるのかってとこだ。

 


 まず家は一旦出るべきだ。

 まずは安全地帯を探す。

 そして今一度周りの状況を観察して再考察だ。

 車と荷物はどうなってるか。

 他に誰かいないか。

 オタの方も何とかして助けてやりたいが……隣の電話を借りてみるか。

 その後の候補地は定食屋、警察署、廃墟だ。

 次点でポケットの中のメモにある場所だな。



 羽根飾り、双眼鏡、そして携帯。

 俺は今、特定のアイテムに対するこだわりを感じている。

 そのこだわりを持つに至るまでにどんな経緯があったか、俺自身でも明確な説明が出来ねえ。

 何でだ?

 羽根飾りは分かる。母さんの形見だからな。

 だが双眼鏡と携帯には分かりやすいエピなんてねえぞ。

 強いて言えば廃墟絡みの諸々だ。

 てかほぼ廃墟絡みじゃねーか?


 双眼鏡に何かの因果があるのも分かる。

 さっき奴が双眼鏡を通して俺の家を見て、何を目撃したのか……俺に覗かせようって意図がない癖に何でわざわざ見るなと言った?

 それほどインパクトがあるモンを見ちまったってことか?


 携帯に関してもそうだ。

 ここんとこすっかりホラーアイテムになっちまった感がある。

 逆にそれで状況がある程度予想出来てるってこともあるからな。

 だからどうしても注目せざるを得ないんだ。



 俺は勝手口から外に出るべくキッチンへと向かった。



 ……あ?

 床下収納のフタが開いてる?

 のっけから判断ミスか!?



* ◇ ◇ ◇



 床下収納は中に入れてた梅酒とかが取り出されて空になっていた。

 何だ? 中身はどこに行った?


 周囲を見回すが収納に入れていたものはどこにもない。

 いつもの整理されたキッチンだ。

 

 他に怪しいところは何もない。

 冷蔵庫を開くと庫内灯が点灯しない。

 さっきのテレビと同じか。

 蛇口をひねってみる。やはり水は出ねえ。

 調理器もオーブンも電子レンジも動かねえな。


 何とかして救急車を呼んでやろうと思ってたが……ここは何だ?

 水も電気もねえとなると本当に舞台を整えただけの映画のセットみてーじゃねーか。



 しかし何で床下収納だけこんな異常な状態になってるんだ……ん?


 空になった床下収納を再び見ると、何かのマークが付いているのが分かった。

 あんなのあったっけ……と思いながら近付く。

 ……これは……羽根飾り?

 廃墟の詰所のドアに施されていたのと同じ意匠だ。

 施されていたと言っても見たのは一度きりだが……


 しかし、こんなのを見せられちまうとどうしても廃墟絡みの物件だって思わされちまうな。

 ここ、ホントに俺の家なのか?

 実はずっと廃墟の中にいたなんてことを考えたりもしたが、マジでそうだったりして……

 

 まあそういうことだよな。

 最低でも偶然てことはねーだろ。


 それよか水が出ねーのはもしかしてピンチなのか?

 ここが仮想現実みてーな空間なら飲まず食わず、ついでにトイレもナシで寝る必要すらねーんだろーがなあ。


 保険で災害備蓄セットを持ってくか。

 あればだけど。


 納戸に移動。

 適当なバッグに水と非常食を突っ込む。

 元々廃墟行きのために多めに買い込んどいたやつだ。


 ……アレ?

 何か重大なことを忘れてる様な……何だっけ?


 あっ!

 そういえばこのバッグ、さっき見たばっかだぞ。

 水と非常食も入ってたな。

 オマケに権利書とか通帳とかの重要書類も入ってた筈だ。

 受け取った後どこに置いたっけ?


 それが何でここにある?

 水も非常食もまだ手付かずだったぞ。


 考えられるのは……

 携帯に今表示されている日時の時点ではまだ持ち出してなかったってことか。

 この後何かあって、さっき受け取ったバッグを持って定食屋に向かった……か。


 となると床下収納も同じ理由で開いていたのか?

 バッグと非常食と水がまだあるのは分かる。

 だが床下収納は通常と異なる状態だ。


 分からねえ……

 いや、あの二人がいきなり家の中から出て来たな?

 もしかしてここから来たとか?

 バーンと開けたときの音があのドタンバタンて物音だったりして…… 


 だがそれだけじゃ説明出来ねー点があるぞ。

 ヤツらはその前はどこで何してたんだ?

 いきなり湧いて出た訳でもねーだろーしな。



* ◆ ◆ ◆



 俺は外に出るため勝手口の方に向き直った。

 鍵がかかってねえな。

 こっから入って来たってか。


 勝手口を開けるとそこは廃墟だった……なんてな。


 ガチャ。


 俺は勝手口のドアを開けた。

 そこにあったのは普通に俺の家の裏手、隣の家との間のスペースだった。


 よく見ると辺りは静まり返り、人の気配がない。

 鳥とかの動物もいねえ。

 どう見ても土曜日の午前て風景じゃねーぞ。

 足下を見るとアリとかその辺でフツーに見かける様な虫もいねーし雑草とかコケの類も生えてねーな。

 一見リアリティはすげーけど現実とは明確に違う。


 となると再現されてるのはモノだけであって人の配置は別で考えた方が良いな。

 さっきのアレは何なんだ? 


 ……静かだな?

 玄関のドアを叩く音が聞こえな――


 「おわ!」


 そこへいきなり息子の嫁が現れて俺に掴みかかって来た。

 のけぞって勝手口から外を眺める体勢のまま尻もちをつく格好になる。

 「くそォ!」

 俺はそのまま勝手口の段差に手をかけて体を固定し、左膝の辺りに思いっ切り蹴りをかましてやった。

 「グォあァ!」

 息子の嫁は野獣の様な叫び声を上て僅かに後ずさる。

 「オメーも今となっちゃ人殺しだ。悪く思うなよ!」

 ドカッともう一発蹴りをお見舞いして完全に外に押し返したところで勝手口のドアをバタンと乱暴に閉め、サムターンを回して鍵をかける。


 鍋とフライパンを適当に見繕って左右の手に持つ。

 水と非常食は持ってけねぇな。諦めるか。

 しかしこういうのも装備するって言うんかね?


 ……じゃなくてぇ!


 ガッシャーン! と勢い良く勝手口のガラスが割れて破片が飛び散るが、内側にはドロボー避けの格子があるから入っては来れねえ。

 サムターンもドアの下部にあるから手は届かねえし、取り敢えずの時間稼ぎにはなる。


 「おい、話を聞け!」


 しかし息子の嫁……いや、こりゃもう別人だな……


 ガチャガチャ! ガンガンガンガン!


 「おい! おいってば!」


 ガッチャガッチャ!


 無言かよ……

 てかウチのドア結構頑丈だな。

 案外破壊不能オブジェクトだったりして。


 じゃなくてぇ!


 「孫と息子はどこに行ったんだ!」


 ガッチャガッチャ!


 くっそォ……

 これ終わるまで終わんねえ系のイベじゃねえか?

 いや、考えろ! よく見りゃワンパターンじゃねぇか!

 よし決めた!


 サムターンを回して勝手口の鍵を開けてそのまま玄関に向かって全速ダッシュ。

 玄関の鍵も開けて外に出る。


 振り向いてまだ勝手口でガッチャガッチャしている息子の嫁を視界に捉えながら後ずさり、声を張り上げて挑発する。


 「おい、鍵を開けてやったぞ!

 来ねーのか?

 オイ! 開けてやったぞオラァ!」



 ……今あいつの目には何が映ってるんだろーな。

 何に対してあんなにムキになってるんだ?



 背後に横たわる……あれ? 誰だっけ?


 ……!? クソ、コレだ!

 コレに何とかして抵抗できねえとこの先何があっても振り出しに戻されるだけなんじゃねーのか?


 何かの機械に繋ぐとか薬物投与で正気を奪うとかそういった手段を使わねーのに、何でそこにいねえ他人の頭ん中をいじれるんだ?


 しかも自分に都合の悪い出来事だけを選択的に忘れさせる……?


 …

 ………



 「必殺! 膝カックンッス!」

 「ズコー!!!」



 この状況下でいつもの考えごとにふけり始めた俺は、意表を突いた攻撃をぶっ込まれ盛大にすっ転んだ。


 「いきなり何すんだコノヤロォ!」

 「理不尽ッス! 立ったままフリーズしてたら膝カックンしろって言ったのはおっさんの方ッス!」


 へ?

 良く見ると俺は最初の立ち位置、つまり二人組のもう一人の方の奴を正面に捉えて話していたときと体勢になっていた。


 「俺今立ったままフリーズしてた?」

 「してたッス!」

 「てかお前どっから湧いて出たの?」

 「最初からいたッス!」

 「ウソつけ!」

 「ホントッスよ!」

 「最初っていつだ?」

 「最初は最初ッスよ!」

 「オメーは警察と一緒に来ただろ、俺が着いたときオメーはまだいなかったぞ」

 最初の最初の話だけどな!

 「それッス!」

 「何だ?」

 「相棒がいなくなったッス!」

 「相棒!?……ああ! オタクヤローの方か」

 「今一瞬誰だっけとか思ってなかったッスか?」

 「ああ、危ねーとこだったぜ。助かったよ」

 「危ないとこ? 何スか?」

 「あーあーこっちの話だ」

 「はあ」

 「それよか他のみんなはどうした?」

 「隣の家にいるッス。でも何かおかしいッスよ!」

 「それってみんな俺ん家にいるって主張してるとかそんな感じのやつ?」

 「主張してるっていうかおっさんとそんなやり取りをしてるのを聞いてたッス」


 なぬ?


 「お前今お化け?」

 「どうもそうらしいッス」

 「どれ」

 俺は目の前にいるアホ毛ヤローの頭をぺちっと叩いた。

 「急に何スか?」

 「てことは俺もお化けか」

 「あっ! ああ、そういうことッスか」

 「ちなみに息子の嫁はいたか?」

 「いたッスね!」

 「いたメンツは隣の奥さん、息子、息子の嫁、孫、刑事さん、鑑識の人か?」

 「そうッス」

 「鑑識の人はお化けじゃなかったのか」

 「多分お化けッスね」

 「ナルホド……」

 「ちなみに俺って隣の家でもフリーズしてなかった?」

 「してたッス。お孫さんにほっぺを引っ張られて目が覚めたッスよね」

 「その前のことは?」

 「もっと聞いてることの意味が分かるように説明してほしいッス」

 「ああ、スマンスマン。

 みんないつから隣が俺ん家って認識してたのかと思ってな。

 それに――」

 「それに?」

 「その“みんな”の中にはオメーも含まれてたと思うんだが……俺の思い違いだったか」

 「確かに来るときは刑事さんと一緒だったし他の人らとも合流して一緒だったッスけど、フツーに隣の家にゾロゾロと入っていった時点でおかしいと思って相棒と一緒にいったん離脱したッス。

 そのときは隣の家には入ってないッス」

 「合流したときここにいたのは誰だった?」

 「息子さん一家の三人と定食屋さんッス。

 おっさんと隣のオバサンは消去法で家の中だったと思うッス」

 

 話が合わねーな。

 その前のアレが分水嶺だったか?


 定食屋のときと同じ流れなんじゃねぇかコレ。

 違いはたまたまコイツがいたってとこか。


 「その後隣の家に行ったのか?」

 「そうッス。

 みんなでゾロゾロ入ってったのがおっさんの家じゃないってことを確認してから隣の家に入ったッス」


 ここも話が合わねーな。


 「左が俺ん家だってのは何で知ってたんだ?」

 「定食屋さんでおっさんから聞いたっす。

 さっき警察署で見せて回ったメモに書いてあったじゃないッスか」


 これも一見正しいけどおかしくねーか?


 「お前はいつ自分がお化けになったと気付いた?」

 「隣の家に入ったときッス」

 「そのときは俺と会話してねーけど“やっと気付いた”とか呟いてたよな?」

 「よく覚えてないッス。おっさんはそんな細かいことよく覚えてるッスね」

 「じゃあ相棒がいなくなったのに気付いたのはいつだ?」

 「隣の家に入って少ししてからッス」

 「その時の状況を具体的に覚えてるか?」

 「えっと……おっさんが外に出て……アレ?」

 「何だ?」

 「最初からいなかった様な気がしてきたッス……」

 「それは本当か? 気が付いたらいなくなってた訳じゃないのか?」

 「分からないッス」

 「よし。じゃあいたかもしれねーしいなかったかもしれねぇってことで一旦片付けるか」

 「良いから良いから」

 「は、はあ」


 「それで、隣の家には今全員揃ってるんだな?」

 「その筈ッス」


 「定食屋もか?」

 「あ、そういえばいたッス」

 「ちなみに定食屋はさっき聞いた最初にいたメンツに入ってなかったよな?」

 「え? ああ、そういえばいなかったッスね」

 「ここに着いたときは外にいたんだよな?」

 「息子さん一家と一緒だったッス」

 「それで普通に隣の家に俺ん家だって言って入ってったんで怪しいと思って付いて行かなかった、そうだな?」

 「その通りッス」


 「ところで車がねーけどオメー達はどうやって来たんだ?」

 「え? 車なら隣の家の前にあるッス。

 隣の家をおっさんの家だって勘違いして普通にそっちに停めちゃったッスよ」

 「ほーん?」

 「何スか?」


 何だろーな、刑事さんと鑑識の人がいたのに何でそんな勘違いが起きるんだ?

 わざとか?


 「取り敢えず隣ん家行ってみっか」

 「ちょ、オイラの相棒はどうするッスか?」

 「まあ見てな。イザってときには膝カックン頼むぜ」

 「はあ」


 隣の家に向かい玄関のドアを開ける。

 みんなの靴は……あるな。

 全部で七足、女物が二足に子供の靴が一足。

 男物は……息子、刑事さん、定食屋、鑑識の人と……誰だ?


 「俺です。お邪魔します。二人組の片割れもいます」

 そう言って上がり、靴を揃えてからリビングに向かう。


 「ようやく戻ったか。

 急に出て行くからどうしたのかと思ったぞ」

 「あーちょっとウンコがしたくなりましてぇ」

 「ウンコならトイレに行ってすれば良いじゃねーか。

 自分ちだろ」


 さっきも思ったがこいつらマジで言ってんのか。


 「お隣さんてオメーが呼んだんだっけか。

 俺ん家じゃきたねーし手狭だからお隣さんにお邪魔させてもらうってのはどうだ?

 どうです? 奥さん」

 「私は構わないわよ」

 「ありがとうございます。そうと決まれば話は早い。

 みんな先に移動してくれ。俺はその……用を足してから向かうぜ!」

 「分かったよ、父さん。全くしょうがないな」

 「ホントしょうがねーな」

 「待たせておいてこれか。まあ良い。後でじっくりと話は聞かせてもらうぞ」


 そう言いながらみんなぞろぞろと出て行く。

 うぇーみんなマジだぜ……てかじっくり聞かす様な話なんてねえぞ。

 むしろ――


 『むしろこっちが聞きたいって顔ね?』


 すれ違いざまに小声で話しかけて来たのは隣の奥さんだった。


 『奥さん、さっきのアレはわざとですか?』

 『計画的じゃないのよ、とっさにね。だから許して頂戴ね』

 『全く……後で聞かせてくださいよ』

 『一回出たらどうなるか分からないわ。急いでね』

 『ええ、分かってます』



 そうして全員が外に出て行った。

 もちろん二人組のアホ毛はここにいる。

 見えてねえってのはマジだったのか?

 しかし息子の嫁と孫はやけに大人しかったなぁ。


 「鑑識さん、その辺にいるッスね?」

 『ここです、ここにいます』

 「おっと……お化け現わるだぜ。お初です……なのかな?」

 『それを言うならそこの片割れくんもですよ、ははは……

 それと私はあなたと会ったことがありますよ。

 そのときはあなたがお化けでしたけどね』

 「あっそーか、俺が定食屋に向かったって話、手引きしてくれたのは鑑識さんでしたね」

 『ええ、別な人からの指示でしたが』

 「エッ!? さっきまでそこにいたあの刑事さんじゃないんです?」

 『ここの駐在さんですよ』

 あれ? そうだっけか?

 「その話なら知ってるッスよ。

 相棒が伝言ゲームで喋らされてた話しっす」

 「ああ、俺がお化けになってたから伝言を頼んだってヤツだな。覚えてねーけど」

 「確かおっさんがお化けになったときに鑑識さんがそれを刑事さんに報告したって聞いてるッス。

 刑事さんが駐在さんに何か知ってるかって聞いて知らないって答えが返ってきたッスよ。

 それで駐在さんが刑事さんに30分後に定食屋に来てほしいって伝言を頼んだッス。

 だから刑事さんが駐在さんから預かった伝言を伝えたってことッスよね?」

 「お前ソレよく覚えてんな」


 『あれ? 奥さん?』


 「ん? 鑑識さん、そこに誰か別な人がいるんですか?」


 『うわっ! ちょ、ちょっと待って下さい!

 私が何をしたって言うんですか』


 「どうしたんです?」

 「別なお化けが現れて揉め事になった感じッスか!?」


 『いきなり何を……うわっ!? ま、待って下さい。

 あっ!? ぐげっ……』


 「鑑識さん? どうしたんです? 鑑識さん!」


 何だ? 急に騒がしくなったと思えば……

 “奥さん”て誰だ……!


 「あ……ぐ……ぐるぢい……」

 「オイ! 今度は何だ!」



* ◇ ◇ ◇



 くっそォ……何が“まあ見てな”だ!

 相変わらず何も出来ねぇままじゃねえか!

 

 ……自己嫌悪なんてしてる場合じゃねえぞ。


 突然アホ毛が苦しみ出したのは何が原因だ?

 「おい、どうした!? しっかりしろ!」


 見える、見えない、聞こえる、聞こえない……

 この差は一体何だ?

 コイツは一体何に苦しんでいる?


 ええい! 多分だけど今の状況からするとこれだァ!

 「スイッチ」


 ………

 …


 【ビビービビービビービビー】


 今度は空振りじゃねえぞ。てかいきなり視界が変わった。

 一面の荒野に錆色の空……

 ここは……!? あっ!


 「ぐ……ァ」

 二人組の片割れ、アホ毛が喉をかきむしって苦しんでいる。

 目も血走ってかなりヤバそうなことが見て取れる。

 今助けてやるぜ。


 アホ毛を肩に担いだ俺は速攻で近場のドアを開けて中に入った。

 例の二重扉だ。

 我ながらすげぇ力だな。

 これが火事場のクソぢからってやつか。



 アホ毛をそのまま適当な場所に寝かせた。

 「ゲホッゲホッ……だ……だずがっだ……ゲホッ」

 

 よし、これで一安心だぜ。

 しかし大気の主成分が二酸化炭素ってマジなのか?

 俺が平気なのはお化けだからとか?

 だけど物理的にモノにさわれるぞ?

 いや、それよりこれって例のカラクリを暴くチャンスじゃねえか!?


 ……じゃなくてえ!


 鑑識さんはどうなった!?

 安心してる場合じゃねえって。

 つくづく自分に嫌気がさすぜ。


 現状出来ること……まずは警報を止める、か……!

 全く……しかし俺何でこんなこと知ってんだっけ……?


 ガチャ。


 とそのとき別の入り口から双眼鏡を持った髭面の男が現れた。


 【おい、早く警報を止めろ……!?】

 何だ? 声が出ねえ。


 「だ、誰だ!?」

 な……通じた!?


 アホ毛の救護も頼みてえところだが……なっ……いねえ!?

 消えただと!?


 ふと気になって目をやると、さっきまでそこにぐったりと横たわっていたはずのアホ毛がいなくなっていた。


 何だ……何なんだ!?

 クソ……ここに来て疑問符と感嘆符のオンパレードかよ……

 こいつは場面転換か? あるいは定食屋で見た――


 『どうした。今ハッチを開けたのは誰だ』

 げっ、バイトリーダー氏が来ちまったぞ。


 「今目の前に……あれ? いない?

 確かに今そこに誰か立ってたッスけど……」


 へ? 何だそりゃ。

 てかコイツのしゃべり方……


 『その声と言うやつはこちらには全く聞こえんがな。

 それにこちらからは元から誰もいない様に見えてるぞ』

 「まじッスか?」

 『上に報告するぞ。待っていろ』


 面倒なことになってきたな……

 これをラッキーと捉えるかどうか……


 【おい、お前この間検問とかやってなかったか】

 「えっ!? 何でそんなこと知ってるんだ?」

 おっと、これはビンゴか?

 「なあ、あんた姐さんの関係者なんだろ。

 これはどういうことだ」

 【いきなり喧嘩腰かよ。会話する気はねーのか?】


 しかしコイツタメ口だと普通のしゃべり方だな。

 今の話からすると俺はお化け状態ってことか。

 ならできる範囲で情報収集するか。

 可能ならここはさっさとずらかるべきところだ。

 アホ毛がいなくなった以上ここにもう用はねえし、鑑識さんがどーなったかも気になるからな。


 【知るか。姐さんを探してほしいって俺に泣き付いたのはお前らの方だろ】

 「探す? 何の話だ? 俺が言ってるのは今の状況のことだ」

 【今の状況が何だってんだ。

 お前がその姐さんとやらに最後に会ったのは廃墟のアジトだろう】 

 「な!? あんた誰だ?」

 【誰ってお化けだ】

 「マジメに答えろよ」

 【俺は大マジメだぞ。

 第一最初に俺をお化け呼ばわりしたのはオメーだろーが】

 「何だと? そんなの知らねえぞ」

 あー、そもそも俺に会ってねーのかコレ。

 なら経験してることも大分違うだろーな。

 【分かった。じゃあお前はいつからここにいるんだ?

 どうやって来たかを教えてくれるんならそれでも良い。

 廃墟のアジトにいたならここがどこにあるか分かってるよな?】

 「俺……俺は姐さんを送ってその後山奥で……山奥?

 ……あれ?」

 【どうした? 答えられねえなら無理にとは言わねえ。

 どうだ。俺には会ったことあるか?

 俺の特徴を端的に言うと赤毛のジジイだぜ】

 「な!? あのときのウンコヤローか!」

 うげぇ……ここでもウンコかよ……

 ウンコの呪いでもかけられてんのかなぁ……

 だがしかし!

 【どのウンコか分からんがそう考えてもらって差し支えないぞ!】

 俺は努めて爽やかに清潔感一杯に答えてやった。

 【お前にオタっぽい風貌の相棒がいただろ?】

 「え? 俺のこと?」

 確かに無精髭生やしてオタっぽいけどさあ!

 【ほら、中二っぽいネタとかにはすぐ食いついて来るやつがいるだろ】


 「やっぱ俺だぞ。てゆーか俺に相棒なんて有り難えモンはいねえぞ」

 へ? 何つーか……そうなの?


 【ホラ、いるだろ? その、イマジナリーフレンド的なヤツ】


 「おっさん、俺をバカにしてんのか?

 このアウトドアウンコヤローめ。

 今からあんたはウンコおじさんだ!」

 ぐはっ……ウンコを笑う者はウンコに泣く……身を持って知ったぜ。


 【そろそろでスね】

 「あ、どうもッス。お疲れ様ッス」

 くっそコイツ長いものには巻かれるタイプかよ。

 てことは俺は長いモノだったんか……

 つーかなかなか割り込めなくて困ってた感じかいな。

 【報告は聞きましタよ。そコに誰かいるのでスね?】

 「へい、いるッス。さっきから会話してるッス」

 こんなこと言うのも何だけどこいつのスってこの親玉から移ったんかね。

 【おかしいでスね……ワタシには何も聞こえませンが】



 エッそうなの? ……あっ! あー、アレか。

 “彼女”がメッセージキューを消したとか言ってたけどそれがそのまま放置になってるのか。


 コッチもいつも同じとは限らねえとは思うが……果たしてこいつは俺を知ってるのか……?



 しかし考えてみたら今って物理的に音を発してないけど何かの手段で声だけ届いてる状態だよな。

 どうやってんだろ。


 これってやっぱ仮想現実的な場所でI/O的な装置を介して信号のやり取りをしてるっぽい感じなのかね。

 そうじゃねえと声はすれども姿は見えずなんて状況は出来る訳がねえし、ぱっと消えたらその質量はどこ行ったんだってなるもんな。


 まあ取り敢えずはこういうもんだって思っとくか。

 あんまよろしくない響きだが、踏み台モードとでも命名しておこう。



 【今話しテいたことを報告してくだサい】

 「えーと、まずウンコおじさんがぁ……」

 【何デすか? もしカして私をバカにしていまスか?】

 ぐへぇ……バカだろコイツ……


 【おい、こう言え。『そんなことよりも施設の外に突然人が現れたッスよ』】

 「えーと……そんなことよりも施設の外に突然人が現れたッスよー!」

 ぐへぇ……何だよこの絵に描いた様な棒読みはよォ……

 【何ですカそのわざとらしい言い回シは】

 【こンの大根役者めぇ……】

 「ショボーン」


 【なあ、お前自分たちのボスに対して何か思うところはないのか?

 それに姐さんってやつについてもだ】

 「何だそりゃ」

 【まあ良い。今警報を止めてやる】

 「へ?」

 【何を話しているのでスか?】

 「ウンコおじさんが警報を止めてやるって言ってるッス」

 そろそろアレが来る頃合いだぜ。

 【最後に一個教えてくれ。今日は何年何月何日だ?

 お前のボスに聞くんだ】

 「今日は何年何月何日だって聞かれたッス」

 【そのナニがシおじさんが聞いているのでスか】


 【違うと言え。それと手に待っている双眼鏡で辺りを見回してみろ】

 俺は髭面の男の方を見据えて話す。

 双眼鏡を覗く。意外と素直だなコイツ。


 「な……」


 その男は明らかに困惑した様子で訪ねてきた。

 「な、何でここに……いや、別人なのか!?」


 俺はこいつとは面識はないが……いや、正確には廃墟から飛ばされた先のあの会社跡地で目撃しただけだ。

 ……ああ、そうか。

 こいつはあのとき双眼鏡でずっとこっちを見ていた。

 だから俺の顔を知ってたという訳……なのか?

 しかし“別人”とは何だ?


 いや、それより今は……!


 【時間がない。早くしろ】

 「あ、は、はいッス」

 何だ? 急にどうした?


 「ち、違うッス」

 【ふム……でハ誰が……本当にもう一人いるのでスね?】

 声だけじゃねえ……俺が見えてない?

 それをあり得ることだと捉えてこの無精髭ヤローに訊いてる感じだな?

 【おい、いるとだけ答えろ。それ以上の情報は漏らすな】

 髭面の男はビクッとなり慌てて答える。

 「い、いるッス」

 【何者なのでスか?

 なぜそンなことを知りたがるのでスか?】

 【正直に答える必要はないぞ。システム時刻でない暦が知りたいだけだ】

 「は、はいッス」

 何か急に従順になったな。何でだ?

 「システム時刻じゃない暦が知りたいだけだと言ってるッス」

 【!? 何と! もしカしてあなたはさっキの――】

 「あ!? まさか――」


 む……視界が暗転してきたぞ。

 なるほど、これがスーッと消える感覚って訳か。

 待てよ? ここで――


 「『スイッチ』」

 【な、何をスるのでスか――】



 な!? 誰だ今の!?


 ドン!

 おわっ!?


 そのまま視界が暗転して場面転換が起きるかと思われた刹那、俺は誰かから背中を押されてよろめいた。



 …

 ………


 「ひ、膝カックンッス!」

 「ズコー!!!」


 「オイ! 今の必要だったか!?」

 「だ、だってぇ」

 「だってもヘチマもねえ!」

 「へ、ヘチマって何スか?」

 「ヘチマはヘチマだこのヘチマ野郎!」

 「理不尽ッス!」


 ……じゃなくてぇ!


 「オイ、鑑識さんはどうなった……ありゃ?」


 俺は周囲を見る。

 ……俺ん家だ。

 やべえ、また何か変なことになったか?


 「なあ、ここって俺ん家?」

 「おっさんの家かどうかは知らないッスけどさっきと違う家ッスね」

 あーそれもそうか。

 まあ少なくとも隣ん家じゃねえってことは確かだな。

 「お前さっき苦しいッス! とか言ってたやつで間違いない?」

 「間違いないッス!」

 「じゃあコトの顛末は覚えてるか?」

 「それどころじゃなかったッス。

 やっと楽になったと思ったらここにいたッス」

 うーむ、じゃあ登場人物は変わってない訳だ。

 「俺はいたか?」

 「いたッスけど立ったままフリーズしてたッス」

 立ったままフリーズ? いつからだ? 場所が移動してるのにか?

 「お、おっさん」

 それに鑑識さんだけじゃなくてさっき外に出てった連中がどうなったか……

 「おっさんてば」

 待てよ……さっきの続きってことは施錠された状態で中に入ったってことになるな。

 「おーい」

 靴とかも隣の玄関に置きっ放しになってるのか?


 「膝カックンッス!」

 「ズコー!!!」

 な、何だよまた! 死ぬかと思ったぞ!


 「テメー良い加減にしろよもォ!」

 「理不尽ッス!」

 「何が理不尽だこのォ!」

 「さっきから話しかけてるのにおっさんが無視するのが悪いッス!」

 「お、おう。それで何だ、話って」

 「おっさんの背中に変な貼り紙がくっついてるッス!」

 「へ? 貼り紙? “お巡りさんこの人です”とかか?」

 「違うッス!」

 「何て書いてあるんだ?」

 「実際見た方が早いッス」

 と言ってペリッと紙を剥がして俺に見せる。

 えぇ……


 “メール来たらすぐに嫁やこのウンコおじさんめぇ!!!”


 「ウンコおじさんて何スかね?」

 「知らんでえーわ!」


 うーむ……コレ俺の字だぜ……



* ◇ ◇ ◇



 俺は携帯を懐から出して画面を眺めた。

 “2042年5月10日(土) 10時01分”

 “新着メールあり”


 ありゃ?

 “SIMカードを挿入して下さい”が消えてるな。

 うーむ……しくじったぜ。さっきも確認しときゃ良かった。


 てかコレSIMカード刺さってんのか?

 と思ってスロットを確認しようとするが……やはり開かない。


 そもそも何で今まであんなメッセージを出してたのかが分かんねーな。


 画面をタップして使える機能を確認する。

 まずはメール。


 “新着メールあり”と表示されている部分をタップしてみる。

 ……画面が変わった。


 未読メールはSMSが……1通!?

 確か着信音は二回鳴ってたよな。

 最初のやつは警察署から移動してきたとき、二つ目はさっき玄関で息子の暴力嫁から必死で逃げてる最中に来たときだ。

 まさかの音声着信とか?


 「それ何スか?」

 「魔法の板だぜ」

 「冗談は顔だけにして欲しいッス」

 「おめーよくそんな古典ギャグ知ってるな」

 「怒らないんスか?」

 「その程度のことで怒るかよ。俺の心は海のように広いんだぜ」

 「伊達にウンコおじさんて呼ばれてないッスね」

 「何だとこのォ……

 ……とまあ冗談はこのくらいにしてメールを見てみるか」

 「ソレでメールっていうのが見れるんスね?」

 「メールを知らんのか」

 「知ってるッスけど使ってる人を見たことがないッス」

 「そうなの?」

 「何十年も前に廃れたサービスッスよ」

 うーむ……何だろうこの感じ……

 確かに2042年に2010年代のハードとサービスを使ってるのはおかしいっちゃおかしいよな。

 携帯会社のメールなんて2010年代にはすでに衰退し始めてたもんな。

 「じゃあお前はナニで連絡取り合ってるの?」

 「え? コンソールに決まってるじゃないッスか」

 「コンソール?」

 「ホラ、これッスよ」

 そう言ってアホ毛が半透明のウィンドウを出して見せる。


 「ポカーン」

 「未開の原始人みたいな反応ッスね」

 いやいやいやいやだって今までこんなん一回も見たことねーぞ。

 だってさあ、おかしいじゃん。

 「こんなん初めて見たわ。

 誰かが使ってるとこも見たことねーし」

 「まじッスか!?」

 「多分火星人しか使ってねーと思うぜ」

 「へ?」

 「おれは地球人だから原始的な魔法の板を使うぜ」

 「よく分からないけどおっさんが機械オンチだってことは分かったッス」

 「年寄りが機械オンチで何が悪い。余計なお世話だぜ」

 と、仏壇の方を振り向く。


 木箱があるが手を伸ばすとすり抜ける。

 さっきと同じだな。


 「やっぱ見んのやめた」

 「え? 良いんスか?」

 「だってさ、その紙俺の背中に貼ったのって誰だと思う?

 それに何で俺らは今さっきと違う場所にいるんだ?

 やっぱ変だぜ。慎重になるべきだ。

 オメーはなんでさっき息が苦しくなったか分かってるか?」

 オマケに言うとこの落書きは何で俺の筆跡なんだ?

 こんなの書いた覚えなんてねーからな。


 「何かいきなり空気がないところに飛ばされたッス」

 「俺の目には隣の家のリビングで突っ立ったまま苦しんでる様に見えたけどな」

 そう、俺が例のワードを口にしたら場面が切り替わったんだ。

 「助かった後のお前の目には俺がここでボーッと突っ立ってる様に見えたんだな?」

 「それは間違いないッス」


 ふむ……てことは……

 例のワード、“スイッチ”ってどこかとどこかを繋ぐもんだって例の予想は当たりかもしれねーな。

 理屈はまだ分からんが意識をどこかに飛ばす、みてーなことが出来るのか。


 となると場面転換と区別して考える必要があるか?


 さっきはコイツがパッといなくなったけどそれは場面転換ってことになるのか?

 俺はここにいたままだったがコイツは実際に移動した?

 いや、違うな……もしそうなら今いる場所が隣の家じゃないのはおかしい。

 あれは見せられた先の出来事だ。

 コイツは呼吸が出来ないと錯覚して苦しんでいる様に見えたんだ。


 これは俺が前に海中に放り出されたのと同じに見えるけどあれはおそらく過去に起きた出来事の追体験だ。

 原理は一緒なんだろうがモノとしては別だろうな。

 第一、あのときは“スイッチ”なんてキーワードはなかった。



 複数の場所を選択的に遠隔で見たり聞いたり、何なら五感で感じ取ったり出来る……特殊機構?

 いや、あれは制御出来てないし何か異常が起きてると言ってたな?

 


 それに、さっき家の前で急に頭がボーッとし出したときに膝カックンされてなかったらどうなってた?

 頭がボーッとすることと誰かが“スイッチ”する……いや、されることの間に相関関係があるのか?

 ……“される”?

 そうか、俺以外の誰かがやった可能性だってある。

 俺だって猿真似だ。

 何で出来るのかはさておき、他の誰かがやってたって不思議はない。



 “スイッチ”ってキーワードによってどうなる?

 俺自身が使ったときは……コイツが“飛ばされた”先に俺も“飛んだ”?

 つまりコイツが見せられてる夢の中に俺が現れて干渉した、みたいな状況だった?

 だがコイツの方が俺より先に戻ってきたのを考えると単純に同じ場所に飛ばされたって訳でもなさそうだ。

 何か条件がそろってる必要があるんだよな、空振りに終わる時だってあるし。


 誰か他にいてその人物経由の視点だった?

 いや、確かに俺は自分の自由意志で動いてたぞ。

 言葉を発することができないって点を除いてだが……


 あっちに俺みてーな誰かがいて“あっちでの俺”が身代わりになって動いてたとか?

 そして逆もまた然り、と……


 そう考えると腑に落ちるが裏付けがないな。

 どうやったら確証を得られるか……


 「膝カック――」

 「必殺! 膝カックン返しィ!」

 「ズコー!!! ッス」

 「そろそろ来る頃だと思ったぜ」

 「理不尽ッス!」


 switchってのはプログラミングの観点からするとCOBOLのEVALUATEと同じだよな。


 「この紙ってさ、今お前が懐から出したんだろ?」

 「違うッスよ。ペリッて剥がす感触があった筈ッス。

 それにこれはおっさんの字ッス。

 前に筆談に付き合わされたから知ってるッス」


 うん、まあそうだよな。


 「じゃあ俺が自分で書いて自分で背中に貼ったとでも言うのか?」

 「うっ……きっと怨霊か何かがおっさんに乗り移って操ってたッス」


 うん、これもまあそう思うしかねーよな。

 体の自由が利かねえってのも何回かあったし。


 やっぱどっかの“俺”がこっちの“俺”を身代わりにして何かやらかしたって可能性は考慮する必要があるな。


 しかしまあぶっちゃけ俺がフリーズしてたんだったら貼り紙したのってコイツで確定だろ。

 聞いても分かんねえのは分かってた。

 覚えがねえなら誰かがやらせてたってことだ。

 裏付けはねえが状況的にそれしか考えられねえ。

 自分で自分の背中に貼るなんて出来ねーしな。


 他に誰もこの場にいねえって条件が付くけど。


 もうひとつ。

 敢えて言わねーけどスマホがメール閲覧の操作だけokってのも変だ。

 さあ見ろよ早く、ホラ! みてーな感じ?

 あとは紙をどうやって準備したのかだ。

 あまりにもタイミングが良過ぎだ。

 背中に紙を貼るって行為とセットで予め準備してあったと考えるのが妥当だよな。


 今いる場所が移動してるのはあっちで外から中に入った分動いたからか、そう見せかけるために自分で移動したか……


 場面転換ってのは瞬時に参照先のポインタを書き換えて画像が切り替わったと見せかけるテクニックとでも理解すれば良いのかね。

 振り向いたら貼り紙がなくなってた、なんてこともあったがあれも場面転換だったんだろうな。

 まあわざわざ誰かが張り付いてるとも思えねえし、おかしな現象ってのも案外場面場面に付随した外見上の結果だけを見た思い込みみてーなやつなのかもしれねーしな。


 だとすればだ。

 もしかすると俺が認知してねえってだけで、いつの間にか自分がやってたことなんて結構あるんじゃねーか?

 ボーッとする前の俺が今の俺とは別な俺なのかもって考えたらそれ以前の記憶に齟齬が出るのも納得行くってもんだぜ。

 記憶の空白地帯が何で生じるかって考えてたとき単に頭の中をいじくるすげー技術があるんだろ、くらいに思ってたけど実際はもっとまどろっこしいことが現在進行形で起きてる可能性もあるのか。


 客観的に見たら人が出たり消えたりってのはそういうことなのか?


 さっき飛ばされた先で目の当たりにしたアレは事象としては定食屋で見せられた映像に似ているな?

 ある場面に登場する人物は決まってる。

 同じ人物が同じ場面に同時に二人存在するのはおかしいんだ。

 だから近しい状況への場面転換が起きるとわずかな違いがおかしな事象みてーに見えるのか。

 それが瞬時に起きる……

 人が出現したり消えたりした様に見えるのもそのせいかもしれねーな。


 だがこの事象を観測するには見てる側が定点観測してる必要がある。



 俺がすべての場所に同時に存在しないとそんなこと無理だよな。

 クソ……この点だけはうまいこと説明できる理屈が思い付かねえ。



 “スイッチ”が何なのかって部分と関係がありそうだってことは何となく分かる。


 条件によっては異なる分岐もあり得る。

 場面を選択的に切り替えることで何が可能になるか……


 「ひ――」

 「膝カック――」

 「膝カックン返し返しッス!」

 「ズコー!!!」


 「何すんだテメーせっかく考えが纏まって来たってのによォ」

 「おっさんが考えごとばっかしてるからッス」

 「じゃあどうしろってんだよ」

 「オイラの経験だと死ねば元に戻るッス。

 オイラたちが森みたいな場所に迷い込んでゴリラに撲殺されたら森から抜け出せたッス」

 「そのときは抜け出せたっつっても元の場所じゃなくて留置場だったんだろ。

 それこそ今と同じだぜ。

 目が覚めたら元と違う場所にいたんだからな。

 しかも俺の背中にいつの間にか貼り紙なんてしたヤツがいるんだ。

 同じだと思って試したらどうなるか予想出来るか?

 無理だろ?

 第一そんなこと試して本当に死んだらどうすんだよ」

 「うっ……」

 「ひとつ言っておくけどな、お前の相棒はさっき飛ばされてた場所で撲殺された」

 「ま、マジッスか!?」

 「その場所からはお前の膝カックンで戻って来たから、その後ヤツがどうなったかは分からねえ」

 「ちなみに今いるここはその場所にすげー似てるんだよな」

 「じゃ、じゃあ……」

 「まあ待て。もし同じなら撲殺したヤツがまだその辺にいるかもしれねえ。

 それに鑑識さんがどうなったかも気になるだろ」

 「ならますますそのメールを見てみるってことに意味がありそうな気がするッス」


 「メールを見ない理由については根拠があるけど敢えて言わねーぜ」


 多分見るべきなのは飛ばされる前に来たメールだ。


 今持っている携帯の画面に表示されている未読メールの件数が何でおかしいのか。

 これはわざとっていうよりも誰かの夢とか願望がそのまま形になったものなのかもしれない。

 ディテールの表現にムラがあったりおかしいって口にしたらその部分が変わったり……それは芸が細かいんじゃなくてその時々に誰かの考えてたことがたまたまピックアップされた結果なんじゃないか?

 事象を制御出来てない様に見えるってのは誰かの陰謀とかそういう単純なものではなくて、他の誰かの影響も受けてしまう性質があるからなのかもな。


 「とにかく事態は不安定で流動的、そう考えて行動するのが妥当だと思うぜ」

 「じゃあ具体的にどうするんスか?」


 「まずは見て回ろーぜ」

 「結局そうなるッスか」

 「良いだろ、どのみちそうしようと思ってたんだろ?」

 「まあそれはそうなんスけど」


 しかし静かだな。

 俺ら以外誰もいねえみてーだ。


 取り敢えずリビングの入り口から顔を出してキッチンと玄関を確認する。

 どちらも閉まっている。それに人がいる気配はねえな。


 「まずはキッチンだ」


 キッチンの床下収納の蓋は相変わらず開いた状態だった。

 中身が空なのも一緒だ。

 勝手口は……締まってるな。

 鍋とかフライパンも俺が動かす前の状態だ。


 「造りだけ同じで別の場所かもしれねえな」


 次は玄関に向かう。

 鍵は締まっている。


 家の鍵は……キーボックスの中に……クソ、開かねえ。

 そもそも鍵穴なんてなかったりしてな……


 「やっぱ思ったとおりだ」

 「オイラが膝カックンしたときとはまた別の場所ッスか」

 「ああ。窓から外の様子は見えるか?」

 「見える範囲では誰もいないッス」

 「嫌だけど表に出てみるか」

 そう言って俺は勝手口に向かう。


 「おい」

 「何スか?」

 「しばらくコレを持っててくれ」


 そう言ってアホ毛に携帯を持たせる。

 どうせ使わねえ携帯だ。

 ちょっと実験してみることにするぜ。


 「ほんとにただの板ッスね」

 「だろ? ところでさ」

 「何スか?」

 「そのコンソールってやつ今使えるか?」

 「そりゃ使えるッスよ」

 「じゃあ誰か適当に選んでさ、ここに呼んでみろよ。

 お前らのボスとかさ」

 「ボスの番号は知らないッス」

 「え? お前それ良いの?」

 「ボスはアナログ人間なんスよ」

 絶対噓だろ。

 「そうだ、ここにかけてみろよ」

 そう言って懐から1枚のメモを取り出してみせる。

 「ん? どこかで見た様な……ああ、定食屋さんで見た番号ッスね?

 用件はおっさんの家に来てほしい、で良いんスね?」

 「ああ、それで頼む」


 ここで外に出たら客観的にはさっきと同じ状況だ。

 さっきっていうのは誰もいない筈の家から息子の嫁とす巻きにされたオタが飛び出して来たアレのことだぜ。


 「あーもしもし? あ、えーと……おいらッス。

 え? そんなにビックリしなくても……あ、おっさんが家に来てほしいって言ってるッス。

 え? もういるッスか?

 いや、今おっさんの家にいるッスけどオイラたち以外は誰もいないッスよ?

 え? 奥さんとお子さん? こっちにはいないッスねえ。

 おっさんの携帯? ああ、持ってるッスよ。

 いや、鳴ってなかったッス。

 あ、へい。分かったッス。それじゃあまた」


 「もしかして息子?」

 「そうッス。あれ? もしかして分かってなくて指示したッスか?」

 「いや、違うやつが出ると思ってた」

 「はあ?」

 「それで何だって?」

 「おっさんの家に来てほしいって言ったら既にいるって言ってたッス」

 「他には?」

 「あと奥さんとお子さんがいなくなった、おっさんの携帯に何回も電話したけど圏外だ、だそうッス」


 いなくなった?

 場面転換か?


 「いなくなったといえば、姐さんとかいうやつがいなくなったって言ってたよな」

 「そうッスね。どこかにいるんなら会って話を聞きたいとこッス」


 今の俺たちみたいな状況だとどこにもいない感じになるのか?

 確かにここには他の住人がいるらしい気配が全くねーな。


 つまりここは隔離部屋みてーな感じの場所ってことか?

 夢とかじゃないよな。膝カックンだけが頼りだが……

 しかしそれなら色々調べてから……いや、何か良くない感じだし急ぐか。

 夢まぼろしの類じゃないってことはやっぱ死んだら死ぬんじゃないのか?


 「なあ」

 「今度は何スか?」

 「まずは見て回ろーか?」

 「何スか? 他にできることもないし良いんじゃないっスか?」

 「それで良いのか?」

 「良くはないッスけど他に選択肢がないッスよね?」

 「それもそうか」


 他に選択肢がない?

 ……いや、本当にそうなのか?



* ◇ ◇ ◇



 「ちなみにさ、お前さっき俺の息子と話しただろ?」

 「はいッス」

 「息子が言ってた話は荒唐無稽だとか思わなかったのか?」

 「何を今さらッスよ」

 「何で電話が繋がったんだ?」

 「さあ? それも今さらッスよ」

 うーむ……完全に思考停止か。

 これがオタの方だったら食い付いて来そうなモンなんだがなあ……


 「そのコンソールってやつのカレンダーと時計はいつになってる?」

 「“2042年5月10日(土) 10時01分”ッスね」

 「ずっとか?」

 「ずっとッスね」

 「いやおかしいだろ」

 「何を今さらッスよ」


 「やっぱ出る前に実験してみるか……」

 「またどっかに電話するんスか?」

 「ああ、番号は……」


 俺はメモ紙に俺の携帯、俺ん家の家デン、定食屋の家デン、隣の家の家デン、隣の奥さんの携帯、隣の旦那さんの携帯、駐在所の番号を書いて渡した。


 「こんなにッスか? 何の用事でかけたことにするッスか?」

 「繋がったら俺が話すよ。ハンズフリーくらい出来んだろ」

 「それなら分かったッス」


 ………

 …

 

 結果から言うと繋がった番号はひとつもなかった。

 これは息子以外繋がんねえんじゃなかろーか。

 端的に言って息子専用ホットラインみてーな状態だぜ。


 「何でこうなるんだ?」

 「何を今さらッスよ」


 問題は息子にも同じことを試してもらうかだ。

 具体的なことはあまり言わねえ方が良さそうな気がするが……

 コレって誘導だよなぁ。


 「なら息子にもう一回かけてくれ。ハンズフリーでな」

 「了解ッス」

 コレ電話代どうなるんだろ。


 「繋がったッス」

 『父さん?』

 「ああ、今ちょっと良いか?」

 『むしろ丁度良かったよ。ちょっと途方に暮れてたとこだったからね』

 「途方に暮れてた?」

 『聞いてくれよ。ここさぁ、誰もいないんだよ。

 水も出ないし電気もさあ』

 「あー分かった分かった。こっちも同じだから心配すんな」

 『マジで!?』

 「何か作り物の箱庭に閉じ込められたって感じだな」

 『何で?』

 「知るか」

 『父さんならいざ知らず、俺を隔離したら誰が得するってんだよ』

 「ひでえ言いがかりだがまあ確かに何で俺ん家なんだって疑問はあるよな」

 『いや、だってさぁ、今までの――』

 「あのー、二人共無駄話してる暇なんてないんじゃないッスかぁ?」

 「お、おう」

 『あ、悪い悪い。その通りだね』

 「例によっていくつか確認だぜ。

 まず、携帯の画面に今日は何年何月何日って出てる?」

 『こっちは、

 “2042年5月11日(日) 12時24分”だよ』

 「マジで? こっちと違うな。こっちは……

 “2042年5月10日(土) 10時01分”だぜ」

 『一日以上違うのか』

 「なあ、そっちはやっぱ散らかってるのか?」

 『よく分かったね』

 「いや、俺の経験上その時間の家はめっさ散らかってたから」

 『というと父さんの方は散らかる前の状態なの?』

 「ああ、そうだぜ。散らかる前っていうのが妥当な表現かは分かんねーけどな」

 『あっそーか。父さんが家を出て目を離したほんの数分の間でいきなり散らかった状態になったんだっけ』

 「ああ、もしかするとそのときどこかに飛ばされてそれっきりの状態かもって疑惑はある。

 周りを見るに、携帯の画面に表示されてる時間にセーブしといた情報を再現したって体だな」

 『でも再現しただけで住人はいないし水道も電気も、多分ガスもみんなハリボテ……か。

 でも何でまたこの日時なんだろう』

 「さあなあ。そこまでは分からんぜ。

 わざとなのか偶然なのか……」


 向こうも同じか確認して、これがある時間帯の状態だってことが分かれば色々確認が捗るぜ。

 あとはどこにどうやってアーカイブされてるものかってことが分かればな。


 「ちなみにどのくらいそこにいるんだ?

 誰もいないとか言ってるとこからすると辺りの探索なんかもある程度してるんだろ?」

 『うーん、結構な時間いる様な気がするんだけど……』

 「実感がないんだろ?」

 『ああ、そうなんだよ』

 「太陽は動かねえし喉も乾かなきゃ腹も減らねえ、トドメにトイレを催すこともねえ。そうだな?」

 『ということは父さんも?』

 「ああ。それに意識してなかったから気付かなかったが、今まで飛ばされたと思っていた場所もここみてーなとこだった可能性が出て来た」

 『“思っていた”?』

 「そうだぜ。違う場所にいるって思い込まされてたのかもな。

 第三者から見たら立ったままフリーズしてる様に見えるらしいからな」

 『じゃあ元に戻ったら……』

 「立ったままある程度時間が経ってることになるな。

 現実と時間の経ち方がどう違うかは分からんけど。

 それに……」

 『“現実との違い”って言葉が出たってことはやっぱりここは仮想空間か何かなのかな?』

 「それは何とも言えねーなあ。ここはある時点の現実世界を模した場所だって話はしたけどそれが仮想空間かどうかはイマイチ確証が持てねーんだわ」

 『そうなの?』

 「今それを言おうといてたんだけどお前が遮ったんだろ」

 『ゴメン、ちょっとばかり前のめりになり過ぎてたみたいだ』


 「まあ無理もねーって。

 それでだ。いまいち確証が持てねえってのは他でもねえ。

 前にも言ったと思うが羽根飾りがどこにもねえんだ。

 初めっからな」


 『どこかの時点までは確かに持っていた?』

 「ああ、感覚としては木箱に戻して仏壇の脇に置いてから一切触ってねーからな。

 ちなみに今俺の目の前にはその木箱があるんだが、手を伸ばすとスッと通り抜けちまうんだ。

 木箱以外は普通に触れるのにだぜ。

 絶対おかしいだろ」

 『なるほど……ちなみにこっちの仏壇は……前方にひっくり返って他のものと折り重なってるからどうなってるか良く分からないな。

 持ち上げてみようと思ったんだけど重くてダメだったよ』


 うーむ……気になるな……何とかして動かせねーもんか……

 まあ取り敢えずそれは置いとくとして……


 「もうひとつある。身を持って経験してるから分かってると思うけど自分の感覚では今いるここが現実か夢か分からねえってことだ」

 『いや。でもさ、ここにあるモノってよく見ると作り物っぽくない?

 自然界に存在するものなんかは特に』


 「それは俺だって気付いてたぜ。

 ただな……こういう場所からさらに別な現実に飛ばされるってことが起きてるっぽい気がするんだよな。

 だから単純に仮想世界だって断じるのが躊躇われるんだ」


 『うーん……そんなややこしいこと考えてもみなかったよ。

 でも根拠はあるんだろ?』


 「立ったままフリーズって状態にならねえケースも経験済みだってだけの話なんだけどな。

 目の前の人がパッといなくなるってのが何回かあったし、客観的に見たら自分もそうだったんじゃねえかと」


 「すんませんス。オイラから見たその時の状況を補足するッス。

 今おっさんは自分がパッといなくなる様な経験をしたって言ってたッスけど、自分の目には立ったままボーッとしてる様にしか見えなかったッス」


 おお、ナイスフォローだぜ。


 『本人の認識と異なる訳か』

 「そうッス。しかもそのときおかしい点がふたつもあったッス」

 『それは?』

 「ひとつはボーッとしだす前にいた場所がお隣さんのリビングだったってことッス」

 『二人とも?』


 「そうッス。お隣さんのリビングから空気が無いヘンテコな場所に行って、窒息寸前のとこを誰かに助けられて気付いたらおっさんの家にいたッス」

 「まあ助けたのは俺なんだけど」

 『二人揃って同じ場所に移動したってことか。今もそうだけど単に個人が見せられてる仮想空間って訳じゃないのか』

 「しかもさっきまでいた場所でコイツは息ができなくて苦しんでたが俺は何ともなかった。

 お陰で簡単にコイツを助けることが出来たんだけどな」

 『確かに不可解だな……

 ところで父さんはどうやってソイツを助けたんだい?』

 「近場にエアロックみたいなのがあったからこいつを抱えてそこに飛び込んだ」

 『父さんだけ平気だったってのは何か理由が?』

 「全く分からねえ」

 『うーん……』


 「おまけにだ。お隣さんのリビングにいたのは俺たち二人だけじゃねえ。

 警察署から来てた鑑識の人もいた筈なんだが」

 『“筈”?』

 「声だけがして姿が見えなかった」

 『定食屋さんであったって現象と同じやつか……』

 「それだけじゃねえ。鑑識さんは誰かに襲われたらしくてな。

 今は消息不明だ」

 『襲ったのが誰かは分からなかったの?』

 「ああ。何しろ姿が見えない状態だったからな」

 うーむ……コレ言うかどうか迷うぜ……まあ良い。

 ありのままを伝えるとするか。


 「鑑識さんは襲われる直前に“あれ? 奥さん?”みたいな発言をしててな、誰かがいる風な感じだった。

 直後に聞こえてきた声から察するに、その誰かが急に襲いかかって来たっぽかったな」


 『その“奥さん”て人物に心当たりは?』


 「そうだな……

 ここにいそうな人物で“奥さん”て呼ばれるとしたらお隣さんとお前の嫁さんだけだ。

 鑑識さんと面識があるのはどっちだ?」

 『両方ないんじゃないか?』

 「そうか……ならこの件はひとまず棚上げにしとくか」

 『ああ。もう少し状況が見えてきたら何か糸口が見つかるかもしれないからね……』



 「ところでさ、さっきお隣さん家から皆と一緒にゾロゾロと外に出てっただろ。

 俺だけ用を足すからってちょっと残ってさ」


 『え? そんなことあったっけ?』


 おっと……これはまた面倒臭えことになってきたぜ……


 「何か今変な話になってないッスか?」

 「おう、なってるぜ」

 『どういうこと?』

 「俺たちがさっき見てたお前は今話してるお前とは違うお前だったってことだぜ」

 『へ?』

 「へ?」

 「オメーまで言うなよ」

 「ノリでつい言っちゃったッス」

 「アホか」


 『それで今父さんと話してる俺はどの俺なんだ?』

 「そうだな……確認させてくれ。

 まず警察署から俺と一緒にこっちに来たよな?」

 「ああ」

 「道中話してたことは覚えてるな?」

 「覚えてるよ。

 7日とその前に廃墟であった出来事の話だろ。

 あとは重要な情報を忘れさせられてるかもって件にどう対策するかって話だ……あ?」

 「そうだ。

 お前今さっき俺の話に“そんなことあったっけ”って返したよな」

 『もしかして――』

 「いや、多分違うな」

 『どういうこと?』

 「まあ聞け。家に着いたら定食屋がいただろ?

 そして俺に荷物を渡した。そうだな?」

 『ああ、それで一旦戻ったんだ』

 「その前にもうひとつあっただろ。

 着いた後しばらく立ち話してたらお前の嫁さんが孫を連れて勝手に俺ん家に入って行っちまったんだ」

 『ああ、そうだった。そのとおりだよ』

 「それで俺が“鍵開けてないけど”って言っただろ」

 『ああ、そうだね』

 「その後何があった?」

 『そこで定食屋さんが帰ったんだろ?』

 「そうだ。で、その後は?」

 『お隣さんと少し小難しい話をして、その後父さん家に上がった』

 「そしてその後俺と隣の奥さんも入ろうとしたが入れなかった」

 『え? そうだっけ?」

 「じゃあ話を少し戻して……隣の奥さんと話してるとき実験したよな」

 『何だっけ?』

 「携帯だよ、思い出せないか?」

 『さあ?』

 「じゃあもっと戻るぞ。俺が“鍵開けてない”って言ったとき何かあったよな?」

 『ああ、父さんの携帯にメールが来てたな。あ、SMSか。

 父さん、無視しただろ』

 「何でSMSが来たって分かった?」

 『何でって、鳴っただろ。“デンデロデロレロリーン”ってさ』

 「よし、分かった」

 『何がさ』

 「何がッスか?」

 「まあそれは後で説明するとして」

 『誤魔化すの?』

 「後で説明するって言っただろ。諦めろ」

 『仕方ないな、分かったよ』

 「え? 分かったッスか!?」


 「そのくらいで良いだろ。

 それでだな、お前ある程度表も見て来たって言ってたけど他人の家に踏み込んだりしたか?」

 『ギクッ』

 「あー踏み込んだッスね」

 『別に窃盗目的じゃないんだ、良いだろ』

 「まあ良いも悪いもねーな。俺だってやったし」

 「それを言ったらおっさんの家を散らかしたヤツだって同じ考えだったかもしれないッス」

 「オメー時々鋭いな」

 「そ、それほどでもないッス」

 「それで俺ん家以外にどこに行ったんだ?」

 『順を追って話すよ。良いかい?』

 「ああ、頼む」


 『まずは父さんの家だよ。

 上から下まで全部ひっくり返されててさ、これ窃盗にしても散らかしすぎじゃね? って思ったんだけど』

 「俺が見たときとおむおね同じ感想だな。

 散らかってる割になくなってる物はほとんどなかったんだろ?」

 『ああ、それで前に見た父さんの家の様子を思い出しながら無くなってるものがないかチェックしたんだよ』

 「まず俺が気になってたのはそこなんだよな。

 どうも散らかってるのを目撃した後の記憶があいまいでな」

 『父さんの話だと今一緒にいる彼とその一味が押しかけてきてお隣さんに避難したんだよな』

 「言いがかりッス。全く記憶にないッス」

 「まあさっき息子の知らない話が出てきたのと同じだと思っとけ」

 『そのことは取り敢えず置いとくとして話を続けるよ』

 「お、おう。いいぜ」


 『色々と見て回ったんだけど案の定無くなってた物がいくつかあったよ』

 「俺の服か?」

 『良く分かったね……ていうかさっき刑事さんから現物を見せられたからか。

 クローゼットに掛かってたのがいくつか無くなってたよ。

 刑事さんが見せてきた中には下着まであったからそのへんもなくなってるかもしれないけど、そこまでは把握してないから分からなかった』

 「把握してたら逆に怖えって。

 モノは今刑事さんが持ってる筈だが今はどこにいるかも分からんしこれは仕方ないな」

 『ちなみにいまそっちにはあるの?』

 「ちょっと見てみる……あ、無いぞ。

 いつからなかったのか分からんな。刑事さんも覚えてないって言ってたし」

 『刑事さんのご家族で覚えてるって人がいるとか言ってなかったっけ?』

 「ああ、そんな話だったな。詰所のおっさんの件もあるし機会があれば聞いてみたいもんだが。

 それで他には?」


 『通帳と権利書が無くなってた。

 さっき定食屋さんから受け取ったやつだと思う』

 「話からすると俺が自分で持ち出したんだよな。

 定食屋に行ったらあるのかね」

 『まだ行ってないけど後で見に行こうか』

 「ああ、そのときはこっちも合わせて移動した方が良いな」

 『じゃあそうしよう』


 「他にあるか? 俺としては仏壇がスゲー気になるんだが」

 『仏壇かあ……これ何とか動かせないかなあ』

 「しかしただの仏壇が何でそんなに重たいんだ?」

 『そんなの知らないよ。

 父さんこそ何で知らないんだよ』

 「いや、普通に業者が置いてったから」

 『これ床と一体になってたりして……』

 「あり得るから怖えな」

 『うーん……』

 「他には?」

 『あとは分からないよ』


 「じゃあ俺から良いか?」

 『ああ、良いよ』

 「キッチンに向かってくれないか?」

 『キッチン? ああ……!』

 「どうした? 何か思い出したか?」

 『そういえば台所の床下収納の蓋が開いてたんだ。

 中のものも全部取り出されててさ』

 「やっぱりメチャクチャに荒らされた感じなのか?」

 『うーん、確かにそうなんだけど床下収納にしまってあったものだけはなぜか整然と並べられてたんだよな』

 「メチャクチャにしたやつとはまた別の人物が開けたかもってことか」

 『ああ、あからさまに怪しいな。

 ちなみにここに何か大事なモノとかしまってた?』

 「いや、それはないな。

 ちなみにこっちも蓋は開いてたんだよな。

 しかも中身は空っぽというか中に入ってたものが見当たらないんだ」

 『梅酒やら何やら?』

 「おう、今までしこたま漬け込んだやつがあったからな」

 『父さんの仮説だとここって携帯の画面に出てる日時の状態の再現なんだっけ?』

 「まあそうなんだがなあ……段々自信がなくなってきたぜ」

 『確かに父さんの仮説通りならこっちの状況になるまでの経緯がまるで読めないな』



 「整合性って意味だとおかしいのはこっちの方だ。

 しかもここが携帯の時間が指し示す日時の状態なら、俺は“二回目”なんだ。

 だが前回来たときの痕跡はきれいになくなってる」



 『前回?』

 「ああ、言ってなかった……てかこれが一番重要なヤツかも」

 うーん……肝心なとこは伏せて話すか……いや、無理だな。

 これは共有しとくべきか。

 『また荒唐無稽なやつだな、何となく分かるよ』

 「さっきの話のそのまた前の話だ。

 お前と今ここにいるコイツも含めたみんなが隣の家に集まってたんだけどな、口を揃えてここは俺の家だってぬかしたんだぜ」

 『何だそりゃ』

 「補足するとオイラも何だそりゃって感想ッス」

 隣の奥さんは違うっぽかったけどな。

 「まあそれは置いといてだ。

 怪しいと思ってひとりで外に出たらな、本物の俺の家の前でコイツの相棒が双眼鏡で俺の家を眺めて突っ立ってたんだ」

 『双眼鏡? 定食屋さんが持ってるんじゃなかったっけ?』

 「それは俺も分からん。

 しかも何か見えたか聞いたら頑なに隠そうとしたからな。

 怪しいしかなかったぜ」

 『それで前回っていうのは?』

 「急にそいつの影が薄くなりだして終いには見えなくなった」

 『急に? きっかけは何かあったの?』

 「いや、そもそも双眼鏡を持って突っ立ってたって時点でおかしいからな。

 きっかけがあったのなら大分前だと思う」

 『隣の家が父さんの家だってみんなが言い始めたあたりから何かおかしかったってことか』

 「そうだな……そうなる前に隣の奥さんとまた小難しい話をしてたんだが、その最中に急に意識が遠のいて微睡んじまったんだ。

 それで気が付いたらみんなに囲まれてて二人組の片割れと鑑識さんだけがそこにいない状態になってた」

 『そうなる前は誰がいたの?』

 「隣の奥さんと俺の二人だけだったぜ。

 お前ら一家が俺ん家ちに入って行っちまったし定食屋は帰ったし、刑事さんたちもまだ着いてなかった」

 『お隣さんが怪しいんじゃないか?』

 「そうは言っても何かされた訳でもないしなあ」

 『目を見るだけでやばいってのは?』

 「それはなかった。お互い目を見ない様にしてたからな。

 隣の奥さんともこの件については相当話してたからその辺は分かってたぜ」

 『他には?』

 「あーそういえば表に突っ立ってた奴の方は俺が知らねー情報を持ってるっぽかったな。

 ひとりで定食屋に行って双眼鏡を手にしたとか双眼鏡と一緒に古い写真と封筒があったとか言ってたぜ」

 『それは確かめてみたい情報だね』

 「ああ、後で行ってみるか」

 『それで前回来たときの痕跡って話がまだなんだけど?』

 「あーそれなんだがなぁ……落ち着いて聞けよ」

 『何だよ、勿体ぶって』

 「さっきそいつがスーッと消えてったって言っただろ?

 その後でな、俺ん家の玄関がバーンと開いて中からす巻きにされた状態で吹っ飛んで来たんだよ。

 双眼鏡は持ってなかったから“同じ奴”かどうかは微妙だったんだがな」

 『へ? それで?』

 「続いてお前の嫁さんが勢い良く出てきた」

 『何だって!? じゃあそっちに――』

 「だから落ち着けって。“前回”の話だって言っただろ」

 『これが落ち着いていられるかって。早く続きを教えてくれよ』

 「はあ……やっぱ言うんじゃなかったぜ……

 良いか、ちゃんと落ち着け。分かったな?」

 『あ、ああ。分かったよ』

 「じゃあ話すぞ。

 お前の嫁さんはす巻きにした二人組の片割れをしこたま痛めつけた挙げ句、蹴り殺した。

 “死ねば良いのにー”って言いながらな」

 『な……! それは本当なの!?』

 「ああ、本当だ。しかもその後俺も殺されそうになった。

 家の中に逃げ込んで、その後勝手口の窓を割られたりしたからな。

 多少なりとも荒れた状態になった。

 そして携帯を見たら、

 “2042年5月10日(土) 10時01分”

 だった」

 『そ、その後は……』

 「お前の嫁さんはもう理性も何もなくてただ暴れるだけになった。

 始めはドロボーとか死ねとか言ってたがそれも段々なくなって猛獣みてーになってたぞ。

 最後は勝手口から入れる状態だったのに暴れるだけでドアを開けたりしてこなかったからな。

 そんなこんなでしばらくして今ここにいる奴に膝カックンされて、気が付いたら隣のリビングにいたんだ。

 そこからはさっき話した通りだぜ」

 『じゃ、じゃあその後嫁がどうなったかは……』

 「ああ、分からねえ。あと孫は最初からいなかったな」

 『そっち側のどこかにいるって可能性は……』

 「正直考えたくねえがあり得ると思ってる」

 『か、鑑識さんが“奥さん”って言ってたっていうのは……』

 「ああ、正直それもお前の嫁さんじゃないかって疑いは持ってた」

 『そうか……』

 「まあ気を落とすなよ。本物と決まった訳じゃないからな。

 偶然てことはねーだろ。

 前から話してたとおり、何かあるぜ」

 『ゴメン、分かったよ。ここは冷静に行こう』

 「分かってくれて何よりだぜ」



 「落ち着いたとこで……良いッスか?」

 「何だ?」

 『あんたも良く落ち着いていられるなあ』

 「まあ何もかもおかしいッスからね。何があってもおかしくないって思ったら楽になるッスよ」

 『達観してるなあ』



 「それでなんスけど、もう一個あるッスよね。

 おかしなことが。

 さっき言ってた空気のない場所からおっさんの家に飛ばされるまでの間で、いつの間にかおっさんの背中に手書きの貼り紙がされてたッスよ」

 「あー忘れてたぜ」

 『それは今そこにあるの?』

 「あるッスよ。

 “メール来たらすぐに嫁やこのウンコおじさんめぇ!!!”

 って書いてあるッス」


 『父さんのウンコっぷりは留まるところを知らないな』

 「最初の感想がそれかよ!」


 『で、そのメールってのは?』

 「分からねえ。多分今持ってる携帯の着歴には残ってねえやつだ」

 『どういうこと?』

 「さっき俺の“鍵開けてない”って発言の直後に携帯にSMSが来たって話が出ただろ。それが今見れない」

 『父さん、それを言っても良いのか?』

 「ああ、多分ここ以外からの干渉というかお邪魔虫みてーなやつだからな。

 多分内容は誰も把握できてねーと思う」

 『お邪魔虫?』

 「あっただろ? 前に“これも夢なんだ、悲しいね”って聞こえた話。

 やったのは多分そいつだ。

 方法は分からねえが今回のやつも俺の字で書かれてたからな」

 『父さんが見つけて来た論文の落書きみたいなのか』

 「あーそっちは良いんだがどちらかっつーとノートの方だな」

 『ノート?』

 「それこそ何かあるんじゃねーかと思うぜ、割と直接的にな」



* ◇ ◇ ◇



 『しかし何でそんな手の込んだ真似をするんだろう?』

 「根本的な理由は分からんけど直接的に俺らに関与出来ない状況なんだろ。

 無人島で遭難してたら枯れ枝でSOSって描いたり空き瓶に手紙を入れて海に流したりするだろ。

 同じかは分からんけどな」


 『でも紙に書いて背中に貼るって随分と直接的じゃないか?

 別の誰かがやったことって可能性だってあるだろ?』

 「そうだな、この紙が物理的にどこから湧いて出たのか、それは疑問だ」


 「何でこんなことしたんスかねえ」

 「さっき見なかったSMSを見れる状態にならねーことにはな。それに……」

 『それに?』


 「考えたくはねえが、誰かが俺に成り代わって何かをしでかしてたって可能性もなくはねえと思ってる」

 『え!? そんな事あり得るの?』


 「さっきお前の嫁に殺されかけたって話をしただろ。

 あいつがいくら変わった奴だからってそんなことしねーだろ」

 『なりすましってこと?』

 「正確には違うと思うぜ。

 なりすましだと直接的に関与するのと変わらねーだろ。

 本人の意思を乗っ取って思いのままに動かすとかそういうのじゃねーと直接的な影響力は発揮できねーと思うぜ」


 『つまり……体を乗っ取るとかそういう話?』

 「乗っ取るのか催眠術なのかは分からんけど間接的に影響力を発揮するなら本人を操り人形にするって方法は一番可能性があると思ってる」

 『自分がやったっぽいのに記憶にない……か。

 確かにそう仮定すると説明はつくけどにわかには信じられないな」


 「説明はつくけど信じられねえってのは俺も何回も思ったぜ。

 だがそれは荒唐無稽だからって理由じゃねえ」

 『目的とか狙いみたいなのがはっきりすればなあ』


 「正直一番可能性が高いのは本物の本人が本気でそうしてるってケースだと思ってる」


 『ウソで丸め込むとか、あるいは洗脳みたいな? でもそんな接点どうやって持つんだ?』

 「いや、やり方としてはそういう方法じゃないと思う。

 本当にそういう経験をしてる奴、そういう状況にいる奴をどうやってか引っ張ってくるんじゃねえか?」


 あの「誘拐」ってワードが何なのか……ずっと気になってたんだよな。


 『場面転換があったときにさ、目の前の訳の分からないシチュに普通に馴染んでた自分がいたとして、そいつと入れ替わってたとしたら?』


 「有り得るな。自分の行動を指摘されてんのにさっぱり覚えがねえってこともあるからな」


 「何か納得しそうになったけど今オイラたちがしてる会話って相当にキちゃってるッスね」


 『だから頭おかしいって見え方になるのか』


 「それに何となくだが分かるんだ」


 『何となく?』


 「前にも話したと思うがな、俺はガキの頃両親がいなくなって天涯孤独の身になった。

 だがそうなった後も親父の会社の人たちの支援でなんとかマトモな大人になることができたんだ。

 だが俺を支援してくれた大人たちにはある共通点があった」


 「その話は 聞いたことあるッスね」


 「マジで?」


 「定食屋さんで聞かされたッス」

 「俺は身に覚えがねーんだけど」

 『なあ父さん、父さんの個人的な思い出話ってさ、当然父さん本人しか知らない情報だろ。

 それを考えるとさっきの仮説は正しそうに感じるよ』


 「……うーむ……だからか?」


 『今度は何だい?』


 「考えたくはねえがさっきコイツは“始末されそうになった”んじゃねーかと思うんだ。

 コイツも、こいつの相棒も、そして鑑識さんもだが……」


 「まじッスか!?」


 『それこそ“誰が何のために”だよ。俺には突拍子もないことに聞こえるけど』


 「そうだな……だが俺も親父の会社から引き離されてもう50年だ。

 それだけ経てば人だって死ぬし記憶も事実関係も風化していくだろ。

 こうして周りがおかしな感じになり始めてさ、みんなを巻き込んで色々と詮索し始めたのもそのせいなんだろうな。

 年月が経ってうまく行ってたものに綻びが出始めた」


 『その上手く行ってたって状態に何とかして戻そうとしている誰かがいる?』


 「これを機に状況を変えたい奴もな」


 「分かったけど分からないッス」


 「俺をひとり蚊帳の外に置くってことに何の意味があるのか……それが答えなんだろうな」


 『じゃあうちの子と嫁は何かに巻き込まれて?』

 「姐さんとオイラの相棒も?」

 「鑑識さんもな」

 『わ、忘れてた訳じゃないから』

 「そうッス、流れ上仕方なかったッス」


 「まあそういうことにしとくぜ。

 それでだ。お前の嫁さんと孫、例の一件の話からするに出身は多分日本じゃねーよな?」


 『あーそれは気になってたんだけど何か聞きづらくてさ』

 「もひとつオマケに言うと、真っ赤な髪の人間なんて普通じゃないッス。

 おっさんの生まれがどこなのかもずっと気になってたッス」

 『あーそれは俺も知らねえんだ。

 両親も真っ赤な髪だったからな。遺伝だろうとは思うが』

 「ご両親がどこの出身かは分からないッスか?」

 「ああ、教えてもらえなかった」


 『廃墟絡みなんだったらさ、意外に根は深いのかもね』

 「第二次大戦当時の映像なんてのがあったくらいだからな。

 当時の技術水準でどうやって残したのかも分からねえ記憶だ」

 「魔法としか思えないッスね」

 「いや、まさかなあ」

 『敗色濃厚になった旧日本軍が勇者召喚の儀式でもやらかしたんじゃないの?』

 「ははは、冗談だろ」

 「ありえねぇッス!」


 まあ、さすがにそれはねーよな……ねーよな?



 『父さん、その……お祖父さんの会社? で取り扱ってたものって一体何だったんだ?』


 「分からん。何せガキだったからな」

 『でもやってることは何となく分かってたんだろ?』

 「やってることっていうかシステムだな。

 やってたことは端的に言ってシステム屋のそれだったと思う」

 『父さんがやろうとして準備してたのがあっただろ?

 ……7日にさ』

 「俺は知らんぞ」

 『そうか』


 「ちょ、ちょっと待つッス! この会話何なんスか!?」


 『父さんが知らんと言ったらあっそうって返すしかないんだよ。

 そういうもんだと思っといて』

 「取り敢えず分かったッス」


 いやー理解が早くて助かるわー。


 『特殊機構ってやつなんだろ、その“手段”は。

 ただ、方法、理由、目的、経緯は不明……だと。

 そしてお祖父さんの会社は“方法”の部分を担っていた。

 そういうことだね?』


 「おおむねそういう理解で良いと思うぜ」


 『そして外見上は情報処理系の業務を取り扱うシステム会社だった』


 「そうだな……ああ、そうだ」


 『その実、やってたことは……』


 「多分、特殊機構に何らかのインタフェース装置を取り付けて、その入出力を制御するシステムの研究開発ってことだろうな」


 『なるほど、分かったけど分からないな』

 「それ、オイラの真似ッスか?」


 『残念だけど違うよ。

 腑に落ちない点があるって話』


 「詳しく」



 『お祖父さんの会社がその特殊機構ってやつの制御装置を扱ってたって話と、その制御装置ってのが当時の最先端の高性能コンピュータだって話……もしそれが本当ならおかしい点があるよ』



 「何だ?」

 『いや、だってその特殊機構ってのは第二次大戦の当時既にこの世に存在していたんだろ。

 当時どんな問題があったか全く分からないにせよ、制御することが出来てたのは何でなんだ?』


 「コンピュータなんて代物がなかった時代に、か」


 『ああ、未知のテクノロジーでも存在してたとしか思えないよ。

 お祖父さんの会社はそれを模倣する装置を別なアプローチで再現しようと試行錯誤してたんじゃないのかな』


 「それこそ、魔法の様に……か。

 魔法の様にってことなら腑に落ちない点はもうひとつあるんだよな」


 『お祖父さんの会社がどこにあったか、だろ?

 刑事さんとの会話でも言ってたもんな』


 「そうなんだよ。少なくとも廃墟じゃねえ。

 あそこは車で一時間以上かかるからな。

 親父の会社があったのは小学生の俺が学校帰りに寄れる場所だ。

 しかしこの町内にそんなとこはねえ。

 前にも言ったと思うが俺はガキの頃からずっとこの場所で暮らしてるからな、あり得ねえ矛盾だろ」


 「軽くホラーッスね」


 『勘違いとか思い込みって線は?』


 「ありだと思ってるぜ。

 俺じゃなくて誰か別なヤツの記憶なんてこともあるかも知れねえ。

 ガキの頃に本モンか偽モンか分からん様なのを見せられてたらな」


 『怖いな』


 「言っとくが他人事じゃねえぞ。

 オメーらだってどうだか怪しいぜ」


 「お、脅かさないでほしいッス」

 「まあ今がどうだって話じゃねえしそのうち検証しようぜ」

 『これだけの情報があっても今どうするかって話になると何の解決にもなってないのがなあ』

 「そうか?」

 『そうじゃないの?』

 「いや、だって現在進行形で起きてることだぜ。

 関係あるかないかって言ったら絶対にあるだろ」

 「どういうことッスか?」

 「俺と息子は今どうやって会話してるんだ?」

 『電話だろ』

 「こっちはお前以外にも掛けまくったが誰にもつながらなかった」

 『何だって?』

 「普通に考えてコイツはお前と話すための電話に見せかけた何かだろ」

 「そうなると何かって何だって話ッスね」

 「そういうことだぜ。

 考えてみたら声だけ聞こえて姿が見えねえとかも原理が分からねえしな。

 そういうやつの類かもな」

 『だけどそれをどうやって手掛かりにするの?』

 「まあ話せるってことはそれなりに近くにいるって言えるんじゃないか?

 どっかに抜け穴があるとしたらそういうとこかなってな」


 「これってバッテリーとか通話料とかどうなってると思う?」

 『ちょっと待って、今の残量は……だめだ、見れない』

 「30パーセントッス」

 「むむ……オメーの方は見れるのか。しかも少ねえ」

 コイツの方は息子や俺のと状況が違うみてーだな。

 何でだろーな。

 「充電ってできるんスかね?」

 「さあな。まあ電気も水道もないっぽいし時計も動いてねえから電池残量もそれで固定じゃねえかなと思ってるんだが」

 『多分そうだろうね』

 「それでなんだがお前もちょっとあっちこっち掛けまくってみねーか?

 さっき俺に掛けたけど繋がらんかったって言ってたよな」

 『ちなみに父さんの方は?』

 「駄目だな。さっき来た怪しいメールを見る以外の操作は何も出来ねえ」

 『そのメールは見ないのか』

 「見たら負けだと思ってる」

 『何だそりゃ』

 「おっと、理由は聞くなよ」

 『あーはいはい、分かったよ。次があると良いな』

 「そうだな、今回こそな」

 「最後だ、何かあるか?」

 「空気がなくなったらオイラに電話ッス。

 おっさんが何とかしてくれるッス」

 「だそうだ」

 『そうなの?』

 「まあどうにもならねーときは相談しろってことだ」

 『分かったよ。父さんもな』

 「ああ、じゃあまたな。

 こっちはこっちで色々チェックしてみるからな、後でさっきの話の続きをしよーぜ」

 『またね、父さん』


 そう言うと一旦通話を終了した。


 「さっきの話って何スか?」

 「最初は見て回ったものを教えてくれって話だっただろ。

 途中から脱線しちまったけどさ」

 「あーそういえばそうだったッス」

 「息子が色々試してる間にもう少しあちこち見て回ってみよーぜ」

 「了解ッス」


 さて、何事もなく報告会が出来れば良いんだがな。

 さっきの今だ。次も覚えていてほしいもんだぜ。


 「まずは俺ん家からと行きてーとこだがここは敢えてお隣さんに行ってみるか」

 「鑑識さんッスね? でも表に出て大丈夫なんスかね」

 「何かあるときは中だろうが外だろうが関係ねーだろ。

 その辺をほっつき歩くだけで何か起きそうだってのは分かっちゃいるが、何もしねー訳には行かねーからな」

 「ちなみに何もしなかったらどうなるんスかね?」

 「同じだろ。知らんけど」


 他の誰かが関与してるんだったらこっちが何もしてなくても何かは起きるんだ、気にしたってしゃーない。

 仮にここが箱庭みてーな場所だったとして、ここからさっきの場所に戻ったら脱出成功って訳でもなさそうだしな。


 多分ヒントはさっき俺の背中に貼られた紙とポケットの中のメモだ。

 俺の背中に触れたのは誰なんだろうな?


 「よし、出るぜ」


 俺たちは二人で外に出た。

 ちなみに鍵はちゃんと掛かってたぜ。

 鍵がドアと一体化した非破壊オブジェクトで家から出れねーなんてことはなかった。

 実を言うとそのへんが気になってて内心ビクビクしてたんだけど。


 隣に行くついでに車も拝んで行くとするか。


 ……アレ?


 「どうしたんスか?」 

 「車がねえ。この時間はまだ家にいた筈なんだがな」

 「ちょ、ちょっと大丈夫ッスか?

 おっさんにとって10日は空白の一日だった筈ッスよ!」


 「そうだ、目が覚めて見た時計が10日で……その後知った現実の日付は11日だった……

 息子の携帯の日付が11日だったからコイツは実際の日付ってことになるのか。

 そしてオメーは……」

 「10日の午前は廃墟からなぜか森の中に迷い込んでゴリラに撲殺されたッス。

 次に気付いたのは留置場の中だったッス!」


 俺もどこかに出掛けていた……?

 廃墟か?

 そういえば件の姐さんとやらは俺が廃墟に行く筈だと言ってたんだよな。

 確かそれが10日の午前か。


 「後で探してみるか。どうせ廃墟絡みだろ」

 「えぇ……あの、歩くンスか?」

 「歩く以外に方法がなければな……ん?」


 車庫はも抜けの殻だったが家の前に横付けされた車が一台。

 見たことのねえ車だな。

 息子ん家のでもねえぞ。


 「これってお前の車?」

 「違うッスね。仕事で使ってるのとも違うッス」


 じゃあたまたま誰かが路駐してたとかか?

 誰もいねえし覗いてみっか。


 「何かロープとか工具なんかを満載してるッス。

 ウワサのドロボーの車ッスかね?」

 「あー、そう言えば俺ん家にドロボーが入ったとか何とか言ってたよな。そいつらのか」

 いや待てよ……10時か……ちと早くねーか? 

 しかし俺の車がねえってことは俺はいなかったのか。

 ドアは……開かねーな。


 「取り敢えずナンバーだけ控えて次行くか」


 ひとまずここは置いといて隣に移動だ。



 「鍵、開いてるッスかね?」

 「この時間にいたんならな」


 隣の家にはすんなり入れた。

 どうやらこの時間はご在宅だった様だ。


 靴は……多分お隣さんのものだけだ。

 多人数でどやどやと上がり込んだ形跡らしきものはない。


 俺が靴を揃えて上がると二人組の片割れ、アホ毛の方もそれに倣う。


 リビングには誰もいない。

 一応声を掛けてみるか。


 「鑑識さん? その辺にいますか?」


 ……返事がない。

 やっぱ鑑識さんは別枠? みてーな感しか。

 いるけど会話出来ないのか、単にいないだけなのか……


 「なあ、さっき鑑識さんが叫び声を上げた後ってどうなったんだっけ?」

 「うーん……オイラも突然息が苦しくなって周りを見てる余裕なんてなかったってのが正直なとこッスね」

 「まあそうだよな」

 コイツは何であそこに飛ばされたんだろうな?

 そういやあっちで出食わした奴ってどう見ても同一人物だったよな。

 何かの縁でもあるのか?


 「その電話は試してみないんスか?」

 「ん? ああ、家デンか。そうだな」

 どれどれ……

 “デンデロデロリロリーン♪”

 「うおっ!」

 「自分でかけといて自分でびっくりしないでほしいッス」

 「いやどうせダメだろと思ってやったからな」

 それにしてもやっぱ着信音はSMSの音なんだな。

 俺からコールバックは……そもそもそういう操作が出来ねえか。

 ちなみに俺ん家の家デンは……ダメか。

 「俺ん家には繋がらねえな」

 「もしかしてなんスけど……ここっておっさんの家って扱いだったりするンスかね?」

 「あー、あり得るな。ちょっとこの番号に掛けてみてもらえねーか?」

 「なるほど、了解ッス」

 “ちゃーらーりーらー ちゃららーりーらー♪”

 うお、森クマだぜ。

 「ビンゴだったか……」


 これ、どう考えたら良いんだろうな?

 俺の記憶が間違ってるだけでホントにこっちが俺ん家だったりとか……いや、あり得ねえ。



 じゃあここに住んでたお隣さんは誰だって話になっちまうぜ。




 「子供の頃はこっちに入り浸ってたりとか、昔はこの家もおっさん家が所有してた物件だったりとかでもないんスか?」

 「ガキの頃のことなんてよっぽど印象的なことじゃねーと覚えてねーだろ」

 「学校帰りに親父さんの会社に遊びに行ってたってことはその学校も近所なんスか?」

 「あ、ああ。その筈だ……」

 「何スか? 自信なさそうッスね」

 「ぶっちゃけ、自信がねえ」

 俺はどこから出かけてどこに帰った?

 遊び場だけじゃねえ。どこに住んで何をしてたのか……

 「なあ、俺は誰なんだ?」

 「ちょ、さっきから大丈夫ッスか!?

 ホントのホントに頭おかしくなったんじゃないんスか!?」

 「ああ、俺はもう駄目だ……

 よってお前にマトモ大臣のお役目を申し付ける!」

 「マジメにやれッス!」

 「あーすまんすまん。

 つい悪乗りしちまったぜ。だがな……

 気が付けば何も覚えてねえ。記憶も曖昧だ。

 俺が本当の俺なのかも怪しくなってきたってのは本当だ」

 「まじッスか」

 「そういうオメーだって相当に怪しいぞ。

 言っただろ? モルモットにされてたんじゃねーかってな」

 「言われてみればだんだん自信がなくなってきたッス」

 「よしよし。その調子だ」

 「マジメにやれッス!」


 「さて、乗ってきたところでちょいとまた実験をしてみるぜ」

 「何スか?」

 「まあ見てな」


 俺はお隣さん改め俺ん家の家デンで息子の携帯番号に発信した。


 『トゥルルルルル トゥルルルルル……』


 ガチャ。


 『はい、もしモし』


 お? 思った通りだぜ……


 「俺だけど。ちょっと大変なことがあったんだわ」

 『俺さん、でスか?』

 「あ、もしかしてまた番号間違えましたかね」

 『ああ、やっぱりでスか。ホントに多いんデす、間違イ電話。

 この番号の昔の持ち主サんにかけたんですヨね』


 ありゃ? この返しは予想と違うぞ?


 「あ、はい。そうなんです」

 『見つかると良いでスね』


 何か……既視感?


 「ありがとうございます。それでは」

 『あ、ちょっと待って下サい。せっかくなノで少し雑談でもしませンか? 袖触れ合うも何とやらデす』


 まさかと思ってたがマジでこの番号って毎回コレなのか?

 マニュアル通りなの?

 マジでコルセンみたいなとこでオペレーターが待機してんのか?


 まあ良い、ようやく気になってたことが確認出来るぜ。


 「あ、私はちょっと忙しいので他の者でよろしければ」

 『ああ良かッた、それで結構でスよ』


 こういうのには普通に返して来るな?


 「今替わりますので少しお待ちを」

 『はイ』


 「おい、俺と替われ」

 「へ? 誰ッスか?」

 「良いから替われって。相手が誰かは話せばすぐ分かる。

 あ、居場所は聞いとけよ」


 「何スか? 一体……」


 「もしもし? ……あ、あれ? 親分ッスか?

 今どこなんスか?

 いや、そうじゃなくて。姐さんを探してたんスよ。

 え? 知らない?

 あーそれと相棒が大変らしいんスよ。

 ……え? それも知らない? 

 とにかく直接会って話せないッスか?

 今どこにいるか教えてくれたらこっちから行くッスよ。

 は? 無理? いや、そこをどうにか――」


 知らねーのか、しらばっくれてるか……

 ただ、“相棒”に関する認識は一致してるな?

 “姐さん”も知らねーのか。となると……


 「よし、じゃあまた俺と替われ」

 「お願いするッス」


 「ああ、すみません。用が済んだので戻りました」

 『今の方ハ? 何かこちらを知っている様な感じでしタが』

 「ああ、人違いでしょう。知人に声が似ていたそうですよ」

 『そうでしタか。ではそろそろコの辺で』

 「ああ、ちょっとお待ちを。

 あの、お探しだったんじゃないですか?

 その電話の前の持ち主のこと」

 『え? ああ、ああ、そうなんでスよ。

 困ってイたんでス。前の持ち主さんへの電話が多クて』


 「なるほど、具体的にはどの様な?」

 『例えばでスね、今日の様子はどうだ、トか』

 「何ですかそれは?」

 『いえね、私にモ何の話なのかさっぱりなんですガね』

 『他にもあるんでスよ。羽根は見つかったか、なんてのもありましタね』

 「ますます分からないですね」

 『そうソう、人違いじゃないかなんてのもありまシた』

 「全くもって謎ですね」

 『ところデ、昔の持ち主さんをご存知なのでスか?』

 「ええまあ、ちょっと込み入った事情があったもので」

 『ほほウ、込み入った事情、でスか』

 「ええ、ちょっと」

 『その事情につイてお伺いしテも?』


 これマジでテレアポ用の人工無能だったりしてな。


 「すみません、ちょっとそれは……」

 『そレは何でスか? 早く続けて下サい』


 グイグイ来るとこまで一緒かよ!


 『よろシければどんな方かお伺いしテも?』


 じゃあこれはどうだ!


 「それなら本人と代わりますか?」

 『エッ……エエ、カノウナラ、デスガ』


 やっぱ急に歯切れが悪くなったな?

 ちょいと違う返しをしてみるか。


 「その前に、どうしてそこまで気になるんですか?

 気になりますね、その電話の入手経路」


 『いえネ、ちょっと研究しているテーマがありましテね。

 この携帯のノの持ち主さんがどうやら関係者の様だったのでスが』

 「もしや盗品……とか?

 いや、失礼を承知で……赤の他人の私がこんなことをお尋ねするのもどうかとも思ったんですが」


 『実はでスね……この携帯はあル事件の被害者の遺留品なんでスよ。

 大きナ声では言えませんが警察とハちょっとしたコネがありましテね』



 遺留品? 誰の?



 「何やら凄そうですね。

 どういった研究か非常に興味を惹かれます。

 もしや一般人が決して触れてはいけない禁忌の研究なんてことは?」


 ぐへへ。我ながらぐへへなフリだぜい!


 『ほほう、興味ガおありの様でスね』


 「ええ。ええ。ここだけの話、どういったものか知的好奇心が非常にシゲキサレマスヨ」


 「(棒)とかくっ付きそうな酷い言いっぷりッスねぇ……」

 良いから外野は黙ってろって……とブロックサインで伝える……伝わってるよな?


 『それデは、教えて差し上げますノでお好きなとキに今から言う場所にお越し下サい――』


 結局そうなるんかい!


 うし、あのワードは後で試してやるぜ!

 ちょうどコイツがここにいるからな!


 「?」

 何でもねえってブロックサイン……伝わってるよな?

 でもって場所を聞く。メモメモ。


 「ありがとうございます。後日、お邪魔させて頂きますね」


 よし、あとは仕上げだぜ。


 「ところで」

 『はい、何でしょウか』


 「その番号の昔の所有者のことが知りたい、とのことでしたが」

 『ハ、ハア』


 「私です」

 『エっ?』

 「その番号の昔の持ち主は私だと申し上げているんです」


 あー白々しい白々しい。


 『ソ、ソウデスカ……あの、まさか……今どこカら?』


 「ふふ。あの世ですかねえ?

 お会いできるのを楽しみにしてますよ。

 ではこれで」


 会えるかなあ。ぐへへ。


 『ちょ、ちょっと待って下サい』


 「ハイ、何ですか?」


 『い、今あナたがかけているそノ電話はどういった番号でスか』


 「といいますと?」


 やっぱこうなるのって既定路線なのか?


 『すミません、見たコとのない数字から始まっていたノで』


 「すみません、訳あって秘密なんです。私からはとある回線で、とだけしか申し上げられません」


 『ソ、ソウデスカ』

 「それではこの辺で」

 『お忙しいのにお付キ合いいただいて、ありがとうございまシた』

 「いえ、こちらこそ。

 色々聞かせ頂いてアリガトウゴザイマシタァ」


 ガチャ。


 「最後何でカタコトだったんスか?」

 「いや、ノリでつい」

 「はぁ?」


 「いやそれよりもさ、どうだ? 今話してみて」

 「分かっててオイラに振ったんスね?」

 「ああ、確信はあった」

 「確かに親分だったと思ったんスけどねぇ……

 姐さんも相棒も知らないって言ってたッス」

 「オメーに関してはどうだ?」

 「そういえばオイラのことは知ってる風だったッス。

 何てゆーか……アレ? もしかして知り合い? みたいな。

 この差は何スかね?」


 「俺が見たオメーの中には相棒がいねーのもいたぜ。

 例の空気のねー場所にいた奴なんだけどな」

 「まじッスか!? 自分とニアミスなんてあり得るんスか!?」

 「多分だけどそれはねーな。

 オメーはソイツが来たことでこっちに戻された? みてーな感じだったぞ。

 どういう理屈かは分からんけど。

 入って来た直後にいなくなったからな。

 ついでに言うと口調はタメ口だったぜ。

 何だテメーはって感じのノリだった」

 「信じ難い話ッスけどまあ何を今更的な感じッスね。

 どういう状況か分からないッスけど、タメ口ってことは侵入者みたいな立場だった感じッスかね」

 「ああ、そんな感じだな。

 まあそこは割り切って考えてかねーとな」


 それよかさっきの変なイントネーションの奴がどこから話してたのかが気になるぜ。


 「ちなみにこの住所に見覚えはあるか?

 今の電話の相手が自分の居場所だって言ってた場所なんだが」

 「あっ? えーと、アジトの住所ッスね」

 「つーことは廃墟か? この町じゃねーもんな。

 紙の地図帳なんて……ねーよな、やっぱ」

 あったとしても中身があるか微妙だしな。

 「歩いて行くのはムリか……50キロくらいあるしな」


 「今の電話って息子さんに発信したら謎の人物に繋がったとかって言ってたやつッスよね?」


 「ああそうだ、何でこの家が俺ん家って設定になってるのかってことと関係ありそうだよな……

 そういえば固定電話の市外局番って今どきそんなに珍しいんだっけか?

 電話番号の頭三桁が珍しい数字だとか言ってたんだが」


 「いや、そんなことはないと思うッスけど……

 実はIP電話とかだったりしないッスか?」


 「以前俺ん家の本当の電話から発信したときも言われたしな。

 ここは箱庭みてーな場所っぽいからどこから発信しても同じ番号だったりしてな。

 あっちとこっちでどうやって繋がってたのかも分かったかもしれんし……クッソォ、聞いとけば良かったぜ」


 「多分繋がった先はこことは別の場所ッスよね?

 何とかして行ってみたくなったッス」

 「そうだな、こっちから行けねーなら向こうから出向いてもらえる様に仕向けるしかねーか」

 「どうするッスか? 偶然以外思い付かないッスけど」

 「何かきっかけがあればな……」

 「取り敢えず動いてみるしかないッスかね?」

 「まあそうだな。新たな事実を見付けるって意味でもな。

 だが場合によってはここでこのまま何年過ごせるのか実験してみるのも良いかもしれねーな」

 「冗談は顔だけにしてほしいッス」

 「いやー悪ィ悪ィ、ついクセでな」

 まあ言うほど冗談て訳でもねーんだけどな。



 「よし、まずはさっきの話を踏まえて行ってみるか」

 「さっきの話って何スか?」

 「息子と色々考察してただろ、せっかくハンズフリーでしゃべってたのによォ」



 「すんませんけど難しい話はさっぱりッス」

 「まあ良いけどよォ。

 あのな、キーワードが出ただろ。研究者とか入手経路とか盗品だとかさ。

 話としてはな、多分俺のスマホと同じものをあちらさんが持ってるんだよ。

 それで入手経路を聞いたら“ある事件の被害者の遺留品で警察のツテで手に入れた”なんてことを言い出しやがった。

 で、その被害者が誰で“ある事件”ってのが何なのかってとこが分からんかったんだよな。

 被害者ってのは年代的には親父ってことはないんだよな。

 じゃあ誰なんだろうな?」

 「すまーとふぉんといえば年代から言うとおっさんの世代なんじゃないッスか?」

 「そうだな……俺と同年代で似た様な携帯を持っていた人物……」

 「市販品だからそんなのゴマンといるッスね、やっぱり。

 でもおっさんに親しい人物とかッスよね」

 「いや、俺の若ぇ頃は全員スマホだったから」

 「でも何で息子さんの番号に掛けると繋がるッスか?

 やっぱりおっさんの関係者じゃないッスかねぇ?

 例えばそう……奥さんなんてどうだったッスか?」


 「嫁か……あー」

 「ありゃ? 聞いたらダメなやつだったッスか?」

 「あ、いや。そんなことはねーぞ。

 まあ今の話で言えばまあハズレだとは思うがな」

 「はあ?」


 この期に及んで嫁の話が出てくるとは思わんかったぜ……


 「何か怪しいッスね?」

 


* ◇ ◇ ◇



 「事件の被害者って意味だとねーと思うぜ。

 何せだいぶ昔に出て行っちまったんだからな。

 それが今いねー理由だ」

 「敢えて原因は聞かないでおいてあげるッス。

 でも一個だけ知りたいッスね。

 それってある事件ってやつの前のコトなんスか?」


 「あーそういえばその事件っていつの出来事なんだろ。

 聞いてねーや」

 「ズコー!!!」

 「いやーしまったなぁ」

 「おっさんは分かってる風に振る舞う割に肝心なとこが抜けてるッス」

 「余計なお世話だ」


 「あ」

 「今度は何だよ」


 「じゃ、じゃあさっきおっさんの家の仏壇にあった遺影と位牌は誰のものなんスか?」

 「ん? あれは母さんのだ」

 「もうひとつは誰ッスか?」

 「は? もうひとつって何言ってんだ?」

 「ふたつあったッスよ。何なら戻って見るッスか?」


 うーむ……あっちはあっちで本当に俺の家なのか怪しくなって来たぞ。

 俺はどこに住んでてどんな子供時代を過ごしたんだ?

 やべえ、急に何もかも自信がなくなって来やがった。


 こういうときは……

 懐から携帯を取り出して画面を見る。


 “2042年5月10日(土) 10時01分”

 “新着メールあり”

 “着信 1件”


 日時はさっきのままだ。そして実験でかけた電話の着信。

 お隣さんのリビングの高精細液晶に表示された内容も同じだ。

 状況に変化はねえか。


 「じゃあ俺ん家の確認をするか……っとその前に」


 隣の仏間に行き仏壇に手を合わせた。

 飾られている遺影はお隣さんの親御さんやご先祖のものだ。

 ここは俺の家なんかじゃねえ。

 


 という訳でまた俺ん家に戻って来た。

 そして仏壇。


 「やっぱりひとつしかねーぞ」

 「オイラにはふたつに見えるッス」

 「うーんこれは」


 こういうときは確認しつつ備えが必要か。

 しかしコイツがいねーと息子と話が出来ねえぞ。

 さて、どうしたもんかね。


 俺は写真を指差した。

 「これは母さんだ」

 「ということはこっちが誰なのかってことになるッスかねえ? ちょっと今のだと微妙にどっちかわからなかったッス」

 アホ毛が指差すのは微妙な位置。

 「あ、そーか。ひとつなら真ん中だしふたつあったらずらして並べるよな」

 「じゃあ写真の特徴を確認とかでどうッスか?」

 「そうだな、母さんの写真はカラーだぜ。

 親父の会社の中庭でベンチに座ってる」

 「両方ともベンチなんスけど……中庭って公園みたいな所ッスか?」

 「いや、どっちかっつーと西洋風の庭園だぜ。

 後ろに噴水があって中心には女性を象った彫像があるぜ」

 「ああ、分かったッス。

 ということはこっちが問題の写真ッスね」

 そう言って右側の空間を指差す。

 いや、見えねーから。

 「公園みたいなところでベンチに座ってる女性の写真ッスよ。

 おっさんのお母さんの写真と同じくらいの歳に見えるッス 

 ……あれ?」

 「何だ?」

 「この人、お母さんの写真に写ってる彫像の女性と顔がそっくりッス。彫像のモデルか何かッスかね?

 てゆーかこの場所、お母さんの写真の場所とすごく似てるッスね。

 何てゆーか、全体の造りが同じッス。

 あ、だけど真ん中の彫像が無いッスね」

 「そうすると年代的に俺の嫁じゃねーな。

 あるとすれば婆さんの方だが……あいにくとどんな顔をしてたかは全く知らねえんだ」

 「あー、でも写真はこっちの方が新しい様に見えるッス。

 お母さんの写真はアナログプリントっぽいッスけど、これはどう見てもデジカメで撮影した写真を電子ペーパーで映してる感じッスよ」

 「デジタルサイネージみてーなのか」

 「サイ……何スか?」

 「スーパーにあるちっこい広告みてーなヤツのことだよ。

 それよかそのデジカメっぽい方の写真の人物の特徴をもう少し詳しく教えてくれ」

 「髪は真っ赤ッス。明らかにおっさんの関係者っぽいッス。

 身長は姐さんと同じくらいッスけど顔は姐さんとは別人ッスね」

 「その姐さんてのも赤い髪なんだっけか?」

 「そうッス。きっとおっさんの関係者ッスよ」

 あーなるほど。だから俺に対して腰が低いのか。

 「背景の公園みてーなのは親父の会社の中庭っぽいのか?」

 「あー、お母さんの写真の場所とは別モノっぽいッスね。

 もっと規模が大きい感じッス。

 明るくて外国の宮殿とかにある庭園みたいッス。

 まわりの壁みたいなのが無いからッスかね。

 でも本当に造りはほぼ同じッスね」

 「何だろうな?」

 「オイラに聞かれても困るッス」

 「ぐぬぬ……」


 「あっ」

 「今度は何だ?」

 「表示が切り替わったッス」

 「何だと? 何か仕掛けてきた奴かでもいるのか」

 「文章が出たッス……」

 「へ?」

 「“まずこのディスプレイを持ってそのおじさんと反対の手を繋いで。そしたらおじさんに『スイッチ』と言ってもらうんだよ”だそうッス」

 「手を繋ぐ? 何だそれ?」

 「おっさんの背中に貼り紙をした犯人じゃないッスかね?」

 これはアレか?

 「取り敢えず言われた通りにしてみっか。ホレ」

 「あー、はいッス」

 「スイッチ」


 「……」

 「……」


 シーン。


 「何も起きねーじゃん!」

 「ズコー!!!」


 「ま、まあ良い。次行くか」


 「ちなみにあともう一個、大分古い集合写真があるッスよ」

 「何!? そんなの見えねーぞ? 初めからあったのか?」

 やべえ、実は見えてる景色が結構違ってるのか?

 「これも最初から見えてたッスよ。

 ていうかコレ、どっかで見た様な……あ、定食屋さんで見せてもらったやつと同じ写真ッス……あれ?」

 「定食屋……ああ、俺は覚えてねーけどそこにいたらしいな。

 双眼鏡の持ち主が写ってたとか何とか……で、今度は何だ?」

 「写真の右端に映ってるこの人……息子さんの奥さんにそっくりッス」

 「何だ? そんなの初耳だぜ? 俺が知ってる写真と違うのか?」

 「そんなこと聞かれても分からないッスよォ!」

 「何だ……何かの前触れか?

 今になって効果が現れたのか?

 ちなみにさっき文章が表示されてたやつはどうなった?」

 「元の写真に戻ったッス」

 「ちなみに位牌ももうひとつあるんだよな?」

 「あるッスよ」

 「何だろーな……仏壇の遺影がディスプレイっておかしくねーか?」

 「でもリモート墓参りって割と普通ッスよね?」

 「エッそうなの!?」

 「おっさんホントに現代人ッスか?」

 「人を原始人みてーに言うなよな」

 「やっぱおっさんってどっかズレてるッス」

 「クソォ……否定し切れねえ」

 「自覚はあるんスね」


 ったく……今はそれどころじゃねーだろーがよォ。

 しょうがねえ。仕切り直しだ。



 「ちなみにさ、これって何だと思う?」


 そう言って仏壇の脇にある長方形の物体を指差す。

 馴染みのある外観、そして今は触れたくても触れられない木箱だ。

 コイツにも同じ様に見えるのかがずっと気になってたんだよ。


 「? 羊羹スか?

 そう言えば最近甘いもん食ってないッス」

 「そ、そうか。実は俺もなんだよな。食ってみっか?」

 何じゃそりゃ?

 「えっ、良いんスか?」

 「お、おう」


 ……何じゃそりゃ?


 しかしまた思ってもなかった返しが来たぞ。

 個々人が何をどう認知してるかってのは思う程影響してないな?

 本当に羊羹なのか。


 「なあ、それ本当に――!」



 ………

 …



 「おーい、この芋羊羹食べても良いってさ!」



 な!? 誰かいるのか!?


 だが周囲の様子は――そのままだ。

 アホ毛のヤローも目の前にいる。



 「何!? 甘味なんて何年振りだ」

 「それにしてもこんな贅沢品良く手に入りましたわね」

 「奴が皇室御用達の和菓子屋から貰ったんだそうだ。

 何でも国の偉いさんとも懇意にしてるらしい」

 「うへぇ、上納品かよ! どうりで桐の箱なんて大袈裟なモンに入ってる訳だ」

 「さあ、ぱぱーっといただこうぜ。これが人生最後の贅沢になるかもしれねえしな」

 「縁起でもないこと言うんじゃないの」

 「ねえ、箱だけでも記念にとっとかない?」

 「出たよ、貧乏性」

 「“贅沢は敵だ”でしょ」

 「何? 洗脳でもされたの?」

 「んな訳無いでしょ」

 「そうですわね、写真と一緒に防空壕の金庫にでもしまっておきましょうか」



 ………

 …



 「こんな良いモン食うのは久しぶりッス!」


 「お、おい、誰と話してんだ?」

 さっきのヤツが原因か!?


 『さて、ここでヒトコトよろしいかしら?』


 ……何だ? 今度は誰も合いの手を打たねえが……


 『そこのあなたよ。聞こえているのではなくて?』


 ――! お、俺!?


 『むしろあなた以外のどなたがいらっしゃるというのかしら?』

 ……コイツ。

 俺は目の前でボーッと突っ立っているアホ毛を眺める。

 『え? だ、誰?』

 ちょっと待て。コイツ今会話に参加してただろ。

 『……ああ、そちらに同じ声、喋り方の方がいらっしゃるということね。なるほど、理解しましたわ』

 で、アンタは誰なんだ?

 『わたくし? 人工無能ですわ。お分かりでしょう?』

 身長170cm位で赤いドレスを着た長い黒髪の女性、じゃないのか?

 『な、なぜそれを!?』

 人工無能がそんなに驚く様なことなのか?

 ドロボーさんって誰のことだ?

 『ひとつだけお答えしますわ。わたくしは単なる過去の記憶……そう表現するのがいちばん近いのかしら?』

 なぜに疑問符?

 『だって、わたくしもそれ以上のことは存じませんのよ?』

 それで俺に何の用だ? どこから、なぜ出てきた?

 さっきの奴とはどういう関係だ?

 『申し上げましたでしょう。何も分かりませんのよ』

 どういうことだ……これは偶然なのか?

 孫にドロボーさんを助けろと言った存在とは別人なのか?

 『ですから申し上げましたでしょう。わたくしは単なる過去の記憶ですのよ』

 そうか……よし分かった。

 だがせっかくだ。質問に答えてもらうとするか。

 記憶というからには役どころとしてはアーカイブなんだろうしな。

 『archive……保管庫、といったところかしら。

 そうですわね、呼び出されたからにはお役に立ちたいですわ』

 よし、分からんかったら分からんで良いぜ。

 『可能な範囲でお答えいたしますわ』

 俺たちは今どういう原理で会話してるんだ?

 『ごめんなさい、分かりませんわ』

 記憶はどうやって残してる?

 『ごめんなさい、分かりませんわ』

 最初に聞こえた会話は何だ?

 『記憶が保存された瞬間の光景ですわ。

 記憶を呼び覚ます際の道標だと伺っておりますわ』

 いま手元に羊羹くらいのサイズの木箱がある。

 今話しているあんたとこの箱との関連性は?

 『実際に見た訳ではございませんが、記憶のもうひとつの道標として、その場を象徴するモノを象っていると伺っておりますわ』

 あんたは誰だという質問には人工無能としか答えられないのか? 

 『ごめんなさい、その通りですわ』

 赤い髪の一族を知っているか?

 『ごめんなさい、秘匿事項ですわ』

 俺の髪は赤いんだが。

 『! もしや、あなた様は……』

 いや、別に様呼ばわりされる様なご大層な人物じゃないが。

 『そんな……どうして? 思い出せないのですか?』

 思い出す? 逆に俺が分からんぞ。

 『そう……左様でございますか。申し訳ございません』

 そんな丁寧にされるいわれはねえ。

 ただでさえ話し辛えんだ、普通にしろよな。

 『ごめんなさい、その様にさせていただくこととしますわ』

 ああ、それで良い。

 続けるぞ。羽根飾り、双眼鏡とは何だ?

 『当事者たるあなた様が羽根飾りについてご存知ないのですか?』

 だから様はやめろって……

 俺は子供時代に天涯孤独の身になったからな。

 知ることもできたんだろうが意図的に色んなものから遠ざけられていたってことが最近になって分かってきたんだよ。

 『まあ、そうなんですのね……その』

 その、何だ?

 『ごめんなさい、秘匿事項ですわ』

 そうか、なら良いぜ。双眼鏡ってキーワードについては?

 『双眼鏡……とても親しい者が愛用していた品、わたくしから申し上げられることはそれだけですわ』

 5月4日が何の日か心当たりは?

 『そのお方の命日ですわ。

 遠くの島国で米軍と戦い命を落としたと……わたくしが知ることが出来たのはその報せだけですわ……』

 ! その遺品の中に羽根飾りは!?

 『ごめんなさい、遺品は何ひとつありませんわ。

 届いたのは遺骨と称した僅かな土くれだけ……本当に酷いお話ですわ。

 本当、地獄から逃れて来た先がさらなる地獄だなんて皮肉も良いところですわ……』

 そうか。悪いな、変なこと聞いちまってさ。

 『いいえ、そのお気持ちだけで十分ですわ。

 ですのでどうぞお構いなく……』

 話を変えよう。あんたはどっかの偉いさんの家の出なのか?

 いや、その言葉遣いがさ。

 『ふふ、ご想像にお任せしますわ』

 ああ、なるほどな。

 じゃあ……“〜だよ!!!”という話し方をする女性、そいつが今のこの時間に一枚噛んでるらしいが。

 『わたくしの知人にその様な特徴の人物はおりませんわ』

 なるほど……今のはすげー参考になったぜ。

 もうひとつ……ちょっとカタコトじみた日本語で話す男性、そいつも全く別な方面から一枚噛んでるらしいんだが。

 『ごめんなさい、分かりませんわ』

 錆色の空、息が出来ない場所……これに心当たりはあるか?

 『ごめんなさい、分かりませんわ』

 特殊機構とは何だ? どうやって制御していた?

 『ごめんなさい、秘匿事項ですわ』


 じゃあ……動力……いや、言い方を変えるか。

 あんたの電源はどこから取ってるんだ?

 『電気は使っていませんわ。でも永久機関という訳ではありませんのよ』


 道義に……いや、あんた自身が今こうして考えて話している事実に関して何か後ろめたさみたいなものはあるのか?


 『う……うぅ』


 すまねぇ……今ので分かったぜ。


 『これはきっと自身の行いに対する報い、そう……思いますわ。

 あなた様……いえ、あなたは恐らくずっと……大切に守られて来たのでしょうね。

 ご質問の内容からは何もご存知ない様にお見受けしますが……逆にそれが何よりの証になりますわ』


 さっきから繰り返してる“ごめんなさい、分かりませんわ”というのは意思に反して勝手に出てくるんだな?


 『随分と……意地悪なご質問をなさいますのね』

 そうだな。まあ分かったぜ。悪かった。


 ……なあ、最初に“ヒトコトよろしいかしら”と言ってただろ。

 呼び出されたら必ず伝えないとならないことでもあるのか?

 『……大したことではございませんわよ。

 “何を覗き見なさっているのかしら”とでも言ってちょっと驚かしてあげようかしらと思っただけですわ』

 何じゃそりゃ……前にも思ったけどホントに人工無能かよ!

 ……と言いてえところだが開発者の遊び心みてーなもんなのか。

 あと映像は見えてねえから覗いてはいねーぞ。

 音が聞こえてるだけなんだぜ。

 『あら、ごめんなさい。でもおかしいですわね。

 この“あーかいぶ”はわたくしの記憶そのものの筈ですのに』

 経年劣化で壊れたとか?

 第一どこに保存されてるのかも分からんけど。

 『まあ、それは残念ですわ。

 そうなるとわたくしもわたくしなのか怪しいですわね』

 それに関してはまあ良いだろ。俺だってそうなんだ。


 『? あの、先ほど前にも思った、と仰られましたけどどこかで別なわたくしにお会いになられたのかしら?』

 自発的に質問もするんかいな。

 まあ良い……考えてもしょうがねえ。


 俺の孫があんたの姿を見たと言っていたんだよ。

 喋り方の特徴が聞いてたのとそっくりだったからな。

 髪の色とか服装もな。試しに聞いてみたんだ。


 『あの……そ、その……お孫さんというのは……』


 息子が引き取った孤児なんだけどさ、“西洋風のどっか遠くの国”の戦災孤児らしいな。


 偶然かな? 覚えてた母親の背格好なんかの特徴はあんたによく似てたらしいぜ。


 『ああ……何て事……ありがとう、ございます』


 何だ? 別にあんたの子供って訳じゃないだろ。

 『そ、そうでしたわ……あの……それで今は昭和何年なのでしょう?』

 その……あんたの記憶の中での暦は?

 『今は昭和20年の3月9日ですわ』

 そうか……それ、100年近く前だぜ。

 『えっ? ひゃ、100年!? そんなに経っているのですか!?』


 呼び出されるまでは休眠状態みたいな感じなのか。

 『眠っているという状態とは異なりますわね……正確には呼び出される度に新しいわたくしになるのですわ』

 ある時点の状態がクラスとして丸々定義されていて都度インスタンスの生成と破棄が行われるVM、そんな感じか。

 『インス……何ですの?』

 あー、あんた自身はたい焼きの型で今俺と話しているあんたはそれで焼いたたい焼きみたいなもんかって話だ。

 『ああ、なるほど。概ねその理解で正しいと思いますわ。 

 ふふ。たい焼き、大好きですわ』

 俺の孫があんたみたいな存在だとしたら……

 『そんなことは……あり得ませんわ……』

 そうか……今この場所、ここにいる俺も同じなんじゃないかと思い始めてたとこだったんだがな……思い違いか、あるいは……

 実際に経っている年月は100年どころの話じゃないのかもしれねえ。

 『もし……もしあり得るとしたら……わたくシは――』

 息子の嫁はあんたの特徴とかなり似通ってるし……声に至っては全く同じなんだが……あるいはな……

 だが性格も話し方も大分違う。何だろうな……

 『分かりマせん……分かりませンわ……』

 なあ、あんたは今どこにいるんだ?

 俺の姿は見えているのか?

 『分からナい……何も見エない……真っ暗…デ……わ……』

 おい、スナップショットを取る方法はないのか?

 そうしたらあるいは……


 『……』


 ………

 …


 これで終わり……なのか?

 なあ……もし可能ならさ、最後に言ってた写真……それとあんたの半生について聞かせてくれないか……


 ……応答なしか。

 クソ……一体何をどうしろってんだよ……



 ………

 …


 「膝カックンッス!!!」

 「ズコー!!!」

 何だよォ折角の気分が台無しじゃねーか!


 「クッソォ今それをやる必要あったんかよオイ!」

 「だっておっさんがボーッとしてたからつい……」

 「ボーッとしてた? 俺が? 逆だろ!?」

 「何を寝ぼけたこと言ってんスか?

 ホントに大丈夫ッスか?」

 「当たりめーだろーが!

 それよりオメーが見てたもう一個の遺影の写真は――」

 「もう一個? 何言ってんスか?

 やっぱおっさんお医者さんに診てもらった方が良いんじゃないッスか!?」


 ん? 認識の齟齬が無くなってる!?

 もしかしてこれが“効果”なのか?

 双眼鏡だけでなく例の集合写真も元はウチにあった物なのか……


 「それよかさっきのある事件てのが何なのか気になって仕方がねえ」

 「おっさんが奥さんに逃げられたのと関係があるって話ッスか!?」

 「違ぇよ! アホか!」


 そう言いつつ仏壇の傍らに目をやる。

 触れることの出来ない木箱はさっきと変わらずそこにあった。


 “彼女”は何が目的であんなものを……

 いや、分かる気はするが……


 まあ良い。

 そうだな、機会があるなら今度たい焼きでも買って来てやるとするか。



* ◇ ◇ ◇



 さてと。


 色々と考察すべき事案が増えた訳だが肝心の状況は何ひとつ変わっちゃいねえ。

 しかしだ。

 さっきのでにわかに信憑性が増してきたぜ。

 ここがナニで俺たちがどういった存在かってことについてうっすらと考えて来たことがな……


 いつからだ?


 寝起きの妙な感覚……こいつを味わったのは一度や二度じゃねえ。


 7日の出来事ってヤツが怪しいがヘタすると火だるまになる前からって可能性も否定しきれねえな。

 エビデンスに基づいてって方法だとちょっと証明できねえな、コレ。



 今まで論理的に考えてたつもりが実はあさっての方向にミスリードされてたなんてこともありそうだ。




 懐から携帯を取り出して画面を見る。


 “2042年5月10日(土) 10時01分”

 “新着メールあり”


 ……さっき実験でお隣さんの電話から発信したヤツが消えたな?

 つまり無かったことにされた訳だ。

 じゃあそれを覚えてる俺は何なんだ?

 目の前のコイツは正しく忘れてるってのにだ。



 「まあボーっとしてたのがどっちかってのは置いといてだな」

 「誤魔化そうとするのは良くないッス」

 「うるせえ」

 「理不尽ッス!」

 「良いから聞けよ。

 さっきお隣さん行って見聞きしたことは覚えてるか?」

 「行ってみたけどどう見てもおっさんの家じゃなかったッスね」

 「お隣さんの家デンを使って俺の携帯に電話してみたり息子の携帯番号に掛けてみたりしたことはどうだ?」

 「どうやらおっさんがボケたって訳じゃなさそうッスね?」

 「だからさっきから違うって言ってるじゃねーか」


 今の状況になったのはいつか、それは大体分かる。

 じゃあお隣さんの家デンを使った実験が無かったことになってるのは何でだ?

 ……お隣さんが俺ん家ってこと自体が仕込みってことはねーよな?



 そういえばお隣さん本人はおかしいってことに気付いてたが何でだ?

 分かってやってたとしたらみんなを引き連れてゾロゾロと出てったのは前フリだったのかもな。




 「息子の携帯にオメーから電話してハンズフリーで色々確認したことは?」

 「それは覚えてるッスよ。ついさっきの出来事ッス」


 ふむ……てことは息子とのホットラインは維持されてるか。

 となると今度は俺ん家の家デンが気になるな……

 それにコイツが飛ばされた先の息が出来ない場所が何なのか……


 「ちなみに家デンてやつで親分? と話したのは忘れてないッスよね?」

 「なぬ? 俺ん家でか?」

 「えー、忘れちゃったんスかぁ!?」

 「いや、それ自体は覚えてるぞ。

 俺が知ってる状況と決定的に違うとこが二つ、いや三つほどあるけどな」

 「ひとつはさっき言ってた“もう一個の遺影”ッスか」

 「もう一個、みんな揃って隣を俺ん家だって認識してたってこともだ。

 ちなみにオメーが親分てヤツと話したのも隣の家デンだったぜ」

 「何スか? それ」

 「知らん。てかやっぱ覚えてねえっていうかハナっから絡んでない感じだな」


 コイツはやっぱ“近場”から都合の良さそうなのを一本釣りして来た奴って方がしっくり来るぜ。

 俺がどう動くか分からねーのにこんなに都合良く整合性を合わせてくるなんて人為的な操作じゃぜってー無理だろ。



 「あ、息子さんからのコールが来たッス」

 「よっしゃ、じゃあまたハンズフリーで頼むわ」



 『そっちはどう?』

 「色々と怪しいのが見付かったぜ。てか出くわしたって方が表現として正しいか。

 まあ話すとスゲー長くなるぞ」

 「おっさんのアタマもどうやら怪しくなって来た感じッス。

 白黒付けといた方が良いッスよ」

 「うーむ……まあそうだな」

 『何かまた面倒臭そうな感じだなあ?

 どうする? こっちから話そうか?

 こっちはこっちで色々気になることはあったんだけどさ』


 「じゃあまずこっちから話すぜ。良いな?」

 『ああ、構わないよ』


 「まず家の前に見覚えのねえクルマが停まってた」

 『たまたま停まってたとかって可能性は?』

 「あり得るがそんなこと普段は滅多にねえぞ」

 『じゃあ可能性としては何らかの意図を持って父さんの家に来た誰かの車って線が強い訳か。

 それでその車から何か出たとか?』

 「いや、取り敢えず見慣れねー車だなーと」

 『へ? それだけ?』

 「いや、だってドアはロックされてたし窓越しに見て何かロープとかが積んであるなーくらいのことしか分からんかったし。

 でも怪しいだろ? 10日の10時だぜ?」

 『俺は父さんから連絡が来て廃墟の方に向かってた頃合いか……確かに誰なのかは気になるな』

 「オメーの方に心当たりはあるか?」

 『うーん……俺が知らない間に父さん家に行ってたって言えば嫁くらいかなあ。

 でも俺の記憶と比べて時間が早過ぎるんだよな』



 「別の誰かか。しかしお前の嫁だったら尚更だぞ。

 時間が違うとはいえ何でウチにいて二人組をタイホ出来たのかってとこはオメーも分かんねーんだろ?」



 『何とも言えないなあ。本人に聞ければ良いんだけど』

 「しかし良く意思疎通出来るな。アイツとどうやってコミュニケーション取ってんの?」

 『そりゃ普通に話すだけだろ。日本語はちょっと不自由だけど』

 「あ、やっぱそのクチなの?」

 『そのクチってどのクチだよ』

 「ちょっと待つッス! 話が脱線し過ぎッス!」

 「ああすまん。いろいろ出くわしたって言ってただろ、そのひとつがお前の嫁絡みかもしれねーんだよな」

 『また? でも問答無用で襲い掛かって来るとかどう考えても本人じゃないだろ。で、今度のは何?』

 「そうカリカリすんなよ。

 今度のは襲いかかってきた訳じゃねえ。

 むしろ本物よりも話せる感じの奴だったぞ。

 てかお前の嫁さんとは明らかに別人なんだが声が同じだった。

 というより姿が見えなくて声だけだったから実際は分からんけど」

 『本当に? 嫁とは別人てのは?』


 「ああ、具体的に言うとな、定食屋で孫が見たって言ってた“ですわ”調で話す女性だ」


 『な!? それは本当なの!?』

 「ああ、孫から聞いた特徴を指摘してやったらえらく驚いてたからな」

 『でも何でまた急に……?』

 「分からん。分からんけど色んなことが聞けたぜ」

 『取り敢えず何をどうしたら遭遇したのかが知りたいな』

 「出だしはな、コイツが仏壇の遺影と位牌は二組あるって言ったとこから始まったんだ。

 まあそこに至るまでの経緯も結構濃い話何だがそっちはまた後たな」

 『二組? 確かお祖母さんのがひと組だけあった筈だよね』

 「そうッス。確かにひと組しか無かったッス」

 『ちょっと待ってよ。言った本人が何で否定するんだ?』

 「これでも最初は二つあるって言って譲らなかったんだぜ。 

 おかしいだろ?」

 「おかしいのはおっさんの方ッス」

 「まあ聞けよ。

 それで実際に確かめに戻ったんだ、隣ん家からな。

 隣でちょっとイベントがあったんだがコイツはそれも覚えてねーんだぜ。

 まあそれは置いといてだ。

 戻ったら実際二組あった……らしい」

 『らしい?』

 「コイツの目にだけ二組ある様に映ってたんだよ。

 俺の目からは相変わらずひと組しか見えてなかったけどな」

 『誰かがやった? それとも元から?』

 「今となっちゃ分からんけど、結果からすると誰かがやったって方が可能性が高い様に思うぜ」

 『なるほど。で、その結果ってのは?』

 「俺が見えてねえ方の写真が文章に差し替わった」

 『何だそりゃ』

 「何だそりゃッス」

 「オメーはいちいちリアクションせんでえーわ」

 「酷いッス!」

 『それで何て書いてあったの?』

 「えーと……確か写真を持ってその反対の手で俺と手を繋いで“スイッチ”と言ってもらえ……だったかな?」

 「その“スイッチ”って何?」

 『あー何か危険なワードでさ、言うと場面転換が起きたり強制的に過去の映像を見せられたりするんだよ。 

 そういや言ってなかったっけか』


 「何だよ。初耳だよ、それ。

 てゆーかさ、今思いっきり言ってたけど問題無いの?」


 『あ、やべえ』

 「お、俺は?」

 『分からん』

 『ちょ、ちょっと待つッス! 逆、逆ッスよ!』

 「え? 何? 別に何も変わってないけど」

 『そうだぜ、何が逆になったって言うんだよ』

 『電話の送話と受話が逆になってるッス!』

 『そんだけ?』

 「びっくりしたよ。全部が入れ替わったのかと思った」

 『こ、これもある意味全部って言えると思うッス』

 『大袈裟だなオイ』

 「そうだよ。だってさ、急に違う場所に飛ばされたとかそんなんじゃないだろ、これさ」

 『何で考えごとしてるときは鋭いのにこういうときはアンポンタンになるんスかねぇ?』

 『オメー誰がアンポンタンだ。もーいっぺん言ってみやがれ』

 『例えばぱっと見ほとんど違いが分からない場所に飛ばされてたら飛ばされたって気付かないんじゃないッスか?』

 「そういえば父さんもそんな話してたな」

 『そうだっけか?』

 「ほら、隣の奥さんと何か小難しい話してただろ」

 『あー思い出したぜ。

 思えばあそこでオメーの嫁さんと孫が待ちくたびれて勝手に俺ん家に入ってっちまったのが始まりだったよな』


 隣の奥さんか……

 定食屋の爺さん、それにさっき会話した女性……

 この三人の関係性が微妙に気になるぞ。

 あの人、ぜってー関係者だぜ。


 孫の方も気にはなるが正直“今”って観点だとどう絡んで来るのかよく分かんねーんだよな。


 『それでこれからどうするッスか?』

 『そういや話の途中だったな。息子の話も全く聞けてねーし』

 「ついでに言うと父さんたちと連絡が取れるようになる前に見たものの話もまだしてないよ」

 『こっちはこっちで何だそりゃって話が山ほどあるんだよな』

 『胃もたれになりそうッスね』

 『まあ話すしかねーだろ、出来るとこまでな』

 『ホントに訓練され過ぎッスね』

 『待てよ……俺らが今受話側だとすると誰目線で話してるんだ? 俺たち』

 『そりゃあ俺……あれ?』

 「元に戻ったッスね」

 「ホントだな。久々だぜ、この現象。

 だが変わったのは送受間の関係だけなのか?」

 『そう思うしかないだろ。何せ指摘箇所はそこだけだからね』


 「うし、キリがねえ。続けっぞ」

 「えっ」

 『気にしたら負けだよ』


 「それでな、言われた通りにしたんだよ」

 『そしたら?』

 「何も起きなかった」

 『へ?』

 「様な気がした」

 『実際は?』


 「最初は一家団らん風の場面から始まった。唐突だったぜ。

 聞いたところによればそれが記憶の道標になる光景だとか何とか言ってたが、正直良く分からん」

 『道標?』

 「最初はサムネみてーなもんなのかと考えたりもしたが……やっぱり良く分からんな」


 「そこがウチかどうかは分からんが、かつて皇室への上納品になるような高級な羊羹が食卓に上ることがあったらしい」

 『何で羊羹?』

 「さあな。

 だがな、その羊羹が入れられていた立派な桐の箱……

 それがどうやら今俺が羽根飾りをしまうのに使ってる箱らしいってことが分かった」

 「ちなみにここにいるコイツは事前情報無しで木箱を羊羹と断じやがった。

 何でだろうな?」

 「そんなの覚えてないッスよ?」

 『だから“変化”あったってことか』

 「まあそう考えるのが妥当なとこだろうな。

 何しろ団らんの輪の中にはコイツもいたからな」

 『へ?』

 「もうひとつの“道標”なんだそうだ、その木箱がさ」

 『意味不明にも程があるよ……』

 「“単なる過去の記憶”だ、一方通行で意味不明ってのはその辺もあるんだろ。

 だから事実関係は別に考慮する必要があるんだと思うぜ」

 『目の前のものはひとつの断片に過ぎないってことか……

 つまり判断するためには他のピースが必要、確かにそう考えるとしっくり来るな』


 「それでだ。

 そのシーンの正確な日時は昭和20年3月9日、記憶の主は例の“ですわ”としゃべる女性だった」

 『何でそれが分かったの?』

 「彼女と会話して教えてもらった」

 『へ?』

 「話によれば当時のその瞬間の記憶を丸々持っていたらしい。

 まあ目的が何なのかまではさすがに分からなかったけどな」

 『記憶って……要するに全部か。

 凄いな、それ記憶のコピーじゃなくて人間全部のコピーなんじゃないか?

 意思があって話を聞けたんだろ?』

 「そうだ、ある程度の事前情報は与えられていた様だったがな。

 もし関係者とかじゃなければ一部の知識は“プレインストール”されてた可能性もある。

 それと特定の情報は口に出来ない制限が掛けられてるっぽかったな」

 『だけど目的までは分からなかったなんて言ってるってことは……』

 「ああ、核心的なことは何も分からなかった。

 結局のところ解説付きの記録映像だな、あれは。

 実装の仕方だけ見たらとても人道的とは言えねえシロモンだけどな……」

 『……』


 「それとな、5月4日が何の日かやっと分かったぜ」

 『ああ、日付を聞いたら毎回返って来てたあの返事か』

 「双眼鏡の持ち主の命日だそうだ」

 『命日? だからって何で?』

 「怖いッス! めっちゃ怖いッス! ホラーッスよ!」

 「他の奴らが何で揃ってその日に拘るかまでは分からんかったけどな」

 『単なる“記憶の断片”がそれを知る由もないか……』

 「何かあったとしたらその後のことだろうからな」



 『でもさ、何よりも一番解せないのは――』

 「昭和20年にどうやったらそんな記録を残せるのか、だよな。

 あの技術を応用したら人間のコピーがいくらでも作れる可能性だってあるからな。

 有り得ねえぜ、全くよォ」

 「何でそんなにやさぐれた感じなんスか?」

 「その記憶の人物が随分と辛そうにしてたからな、正直呼び出し方が分かってもそっとしといてやりたいぜ。

 正直、墓場を無理やり掘り返しちまった気分だ」

 『その記憶の場所はどこなんだろう。

 それなりの施設が近くにあったんじゃないのか?

 それこそお祖父さんの“会社”、みたいなさ』

 「もし事実がそうならとんだ胸糞だな。

 定食屋での孫の話をしたら随分と驚いてたぜ」


 『うちの子、それに嫁とはどんな関係があるんだろ』

 「実際どうだかは分からんが、まあどう考えても無関係じゃねえよな」

 「一個聞いて良いッスか?」

 「何だ?」

 「息子さんの奥さんぽい人がオイラの相棒を蹴り殺したことについてはノータッチなんスか?

 関係あるッスよね、流れから言って」


 「だがはっきり言って別人だぜ、ありゃあ」

 「そうは言っても納得できないッス」

 「俺だって襲われたんだ、理解しろ」

 『それが本人だとは思いたくないな……』


 本当にそうか?

 無関係じゃねえだろ、本当はさ……

 コイツが木箱を羊羹の箱だって認識したのだって何か唐突だったよな。

 だが双眼鏡はどうした?

 木箱の役割が道標なら双眼鏡は何なんだ?

 二人組の片割れが持ってたアレは何だ?


 特殊機構とは何か……これは“中の人”に聞くしかねーのか?



 「結局根本的には何も変わってないッス」

 俺は目の前のアホ毛を思いっきり引っ張った。


 「いででででで……イキナリ何するんスか!?」

 「分かりきってることを敢えて言われると無性に腹が立つんだよ」

 「り、理不尽ッス!」


 「それは置いといてだ」

 「置いとくんスか!?」


 「きっかけになったのはコイツが見えると主張してた遺影と位牌、その遺影が消えて代わりに浮かび上がった文章だ」

 「ホラーッス! ホラーッスよ!」

 「うるせえ」

 頭ぺしっ。

 「その文章、ご丁寧なことに例の“彼女”のしゃべり方そのままの口語文だった。

 俺は直接見た訳じゃねーけどな」


 『しかもそれを見た本人は都合良く忘れてる……か』


 「その写真に写ってた場所と人物にも疑問がある」

 『と言うと?』

 「そこは親父の会社の中庭と似て非なる場所って言うのかな……

 どっちかって言うとそっちがオリジナルなのかもしれねえ。

 とにかくそんな風景だったそうだ」

 『人物ってのは? やっぱり例の人なの?』

 「親父の会社の中庭に彫像があったんだけどさ、コイツから聞いた話だとその写真の人物の顔が彫像の人物と同じだった」

 『それが例の人物……“彼女”の正体を知る手掛かりって訳か』

 「そしてさっきの“過去の記憶”の女性は“彼女”を知らないと言った」

 『ちなみに偽物とか沢山いる中のひとりなんて可能性はないの?』

 「その可能性は否定出来ねえな。

 それにその女性と同じ様なモノだった場合、シャットダウンしちまうと全部初期化されるらしいからな」

 『それもさっき聞いた話か』

 「ああ、そうだぜ」

 「前にあった変な電話メモとか背中に貼り紙とか、やり方がいちいち変なイタズラみたいで無性にむかつくッスね」

 『その、ヘンテコな方法でたまにちょっかいをかけて来るって状況が一番の謎だな。

 何でいちいちヘンテコな方法なのかってのも含めてさ』

 「そうだなあ。

 何でフツーに出来ねーのかってとこは考えても分からんな。

 そればっかりは本人に聞くしかないと思うぜ。

 最初は割と直接的だったからそれなりの事情はありそうだが、世の中にゃ考えるのもアホらしい事実なんてごまんとあるからな。

 まあそれを考えるのも今さらだろ」

 「おっさん、何度も言うけど訓練され過ぎッス」

 「どうせ訳の分からんことをやるならカツ丼の無限湧きとかにしてほしいもんだぜ」

 そして俺が死んだら羽根飾りは唐草模様の丼ぶりに入れて保管するんだぜ。

 「意味が分からないッス」

 『そんなくだらないことより有給休暇が無限に続いた方が1000倍良いって』

 てゆーか今って事実上有給無限湧き状態なんじゃねーのか!?

 「そんなことが出来るんならとっくに全部解決してるッスよ」

 「だよなあ」


 『そもそも解決するって発想が向こうに無かったら?』

 「有り得るってゆーかその方が可能性としちゃ高いだろうなぁ」

 「やっぱそうッスよね。

 オイラたちのことなんて二の次で自分の目的にしか興味がないとかそんな感じしかしないッス」

 「だよなあ……」



 しかしコイツがデジタルな遺影片手に言われたことを覚えてねえのは何でだ?

 俺が認知してる状況とコイツがあのとき認知してた状況には差があった。

 今それが無くなってるのはスイッチと言った後どっかのタイミングで気が付かねえレベルの場面転換が起きたから、つまりその副産物なのか?

 アッチ側を経験してねえアホ毛ヤローがこっちのヤツと入れ替えに現れる、なんて現象が目の前で起きてたのかもしれねえな。

 起きたことを総合するとそうとしか考えられねえ。

 偶然か?

 偶然なんてあるのか?

 んな訳ねーよな。

 トラップかリアルタイムで誰かが仕掛けて来たかだと思ってたが、さっきのアレを見ると第三の可能性が出て来るな。



 「なあ、俺がさっき遭遇した過去の記憶ってやつはまんま本人の記憶と人格を持ってて普通に意思疎通が出来たんだ。

 それを考えると似たようなのがどこにどんだけいるか分かんねえし、何かちょっかいを掛けてこねえとも限らねえと思わねえか?」

 『それだけじゃないね。下手すると自分もそうだって可能性も出てきた』

 「あーそれ俺も考えた」

 『ん? 待てよ?

 さっき父さんが遭遇した存在は恐らくは“中の人”っぽい感じだったんだろ?

 それだと説明がつかない点もあるんじゃないか?

 特に件の頭おかしい集団なんてさ』

 敢えてゴリラと嫁に触れないとこがミソだな。

 「ゴリラと暴力的な奥さんもッスね」

 「んなこた分かっとるわ!」

 ぺちっ!

 「理不尽ッス!」


 「何も知らない部外者が同じ境遇ってのは確かにおかしく感じるがな、“システム”って観点からするとその辺は外部から改変なり何なりして量産出来るだろうなと思ってるぜ。

 あるいは実態が“住民”て括りでもっともらしくモブを動かすためのデリゲートみてーなやつで、その実やってることは単一モジュールの静的な呼び出しに過ぎないとか」

 「もっと分かる様に言ってほしいッスよ」

 「大昔のアニメの群衆シーンみてーなの」

 「オイラはおじいちゃんじゃないから見たことないッス」

 


 ついでに言うと実装技術もスゲー気になるぜ。

 それにあのエミュっぽいやつの正体もだ。

 専用の言語なんかで組まれたライブラリなんかもあるんかね。



 今あるメインフレーム自体がさっきのですわ調のお姉さんみてーなのだったら驚愕だが……さすがにそれはねーか。



 『今の話の観点で見るとその“彼女”ってのはどうなの?』

 「分からんけど単なる昔の記憶ってだけの存在じゃねえのは確かだ。

 親父の会社のシステムのことを熟知してたし近代的なプログラミング技術にも割と精通してる感じだったからな」

 『他に比べて最近作られたか相当長生きしてるかのどっちかかな』

 「後者だと思うぜ。他の奴らのことを“未来の人工無能”なんて呼んでたからな。

 システムの知識に関しては後天的に身に着けたモンかもしれねえ」


 アクセス制限みたいなのがあって単に踏み台として使うためにやった?

 でなければぶっちゃけ俺に対するチュートリアルくらいしか思い浮かばねえが……いくら何でもそれはねえよな。


 『例のキケンな単語のことも何なのか知りたいとこだね』


 もしかしたらダンジョンのフロアからフロアに移動するゲートみてーな動きか出来るのか?


 「それとさっきの話、俺の質問に“秘匿事項”だって理由で答えてくれなかったのが結構あるんだよ。

 “彼女”ならあるいはその“秘匿事項”ってやつも何なのか知ってるのかもな。

 それどころか制限なしに色々と聞き出すことすら出来るかもしれねえ」


 『それは根拠があって言ってることなんだよね?』

 「まあ、そうだな」


 “彼女”は変なコマンドじみた“命令”を使ってたよな?

 あれは何だ?


 『父さん』

 「ん?」

 『最初の話の続きになるけどさ、もういちどあちこち見て回って確認してみる必要が出てきたんじゃないか?』



 うーん、そういえば……

 さっきの女性との話、場所がどこなのか聞いとけば良かったぜ。

 教えてもらえたか分からんけど防空壕に金庫ってキーワードはあからさまに怪しいんだよな。


 ……待てよ?

 写真と双眼鏡が定食屋に預けられてたってことはやっぱカギは定食屋にあるのか?


 取り敢えずもう一回色々見て回ってみた方が良いか?

 面倒臭えけど。



 「だな。そしたら話の続きを聞かせてくれ。

 お前は俺ん家を出てどこをチェックしたかって話だ」

 『分かったよ』


 「うし。もう一回軽くパトロールすっか」

 「どうしたんスか? 急に」

 「状況が変わったかもしれねえ。念のためだ」

 『何が変わってるか分からないんだ、必要だと思うよ』

 「はあ?」

 コイツ分かってねーな?



 と言う訳でまずは今いる俺ん家からだ。


 キッチン。変わってねーな。

 「開いてるよな、蓋」

 「開いてるッスね」


 勝手口、二階、納戸、玄関……変化無しか。

 「意味あるんスかね? コレ」


 うーむ……

 取り敢えず外に出るか。


 む?

 「どうしたんスか? 前と一緒ッスよ?」

 「ちょっと待て……アレ?」


 車のナンバーを控えた紙はどこ行った!?

 ……まあ大勢に影響はねえか?


 「これってさっきと同じ車、だよな?」

 「そうッスね?」


 まあ良い。

 次――



 『……ねば……のに……』



 「ん? 何か言ったか?」

 息子側か?

 「おっさん、幻聴ッスか? いよいよヤバイッスね」

 「いちいちうるせーなあ」



 どっかに息子の嫁が潜んでるとかねーよな?



 隣の家のドアをガチャりと開ける。


 「再びお邪魔しまー……」


 ヒュッ!


 「わっ!?」

 「な、何スかあ!?」

 『どうしたんだ? 父さん?』


 ま、孫!?


 「オイ、危ねーだ……ろ?」

 「おっさん……」

 「あ、アレ?」

 「今日何回目のアレレッスか?」

 「“アレレ”じゃねえ“アレ”だ!」

 「そんなのどーだって良いじゃないッスか!

 それよりやっぱおかしいッスよ! さっきから!」


 「クッソ失礼なヤ――」


 あ、あれ?

 逆さ……ま――?




 ――!




 “――『死ねば出れるから』『大丈夫大丈夫慣れれば気持ち良いよ』ってプラカード持ってたからてっきり着ぐるみかなんかだと思ったんスよォ――”




 ――!

 ――――!!!




 “――気を付けて。

 このふたつが分からない以上、死ねば元の場所あるいは時間軸に転移するという捉え方は危険だわ。

 私個人の考えだと今ここにいる私たち、それにこの場所は紛れもない現実なのよ――”




 ――!

 ――死んでも戻れないのに――なんて……どんな理不尽なんだよ!!! 誰か……いるなら答えてよォ!!!




 ………

 …



 ハッ!?



 「――あ、あれ?」

 

 「どうしたッスか?」

 「い、いや……何でもない。続けよーぜ」

 「おっさん、頭の方は無事ッスか?」

 「あ、ああ。ちゃんとくっ付いてるぜ」

 「何スかその返し?」

 「さあ?」


 『そろそろ良いかな?』

 「あースマンスマン」

 「良いッスよ」


 うーむ……

 気のせいか?

 まあ良い、続けるか。

 

 「話すとスゲー長くなるぜ?」



* ◇ ◇ ◇



 『じゃあこっちから話した方が良いよね?』


 あれ……?


 「あ、ああ。そうだな!」


 そうだ!


 「ちなみに今はどこにいるんだ?」

 『今? 今は定食屋さんにいるよ』

 「まじか。他にはどこを見た?」

 『お隣さんと八百屋さん、駐在所かな。

 まあ最近行ったことがあるとこだよ』

 「警官の詰所に堂々と不法侵入か。なかなかにシュールだな」

 『父さんだってしてるだろ』

 「俺はちゃんとお邪魔しますって言ってるからな?」

 『だからって不法侵入して良いなんて法律は無いだろ』

 「それブーメランだから」


 「あー、それでどうだったンスか?」

 『仕切るなよ』

 「おっさんたちがいつまで経っても本題に入らないからッスよォ」


 「じゃあ聞くぞ。定食屋は見終わったのか?」

 『ああ、あらかたね』

 「二階もか?」

 『もちろんだよ』


 「じゃあ仏壇の周りはどうだ? 茶碗入れみたいな木箱と漆塗りの文箱があっただろ」

 「そうッス! そこに双眼鏡と写真と封筒が入ってたッス」

 「そうか、そこはオメーの方が詳しいよな。

 何回もお邪魔したとこだけど仏壇のまわりは全く意識したこともなかったからな」


 『あー、ちょっと待ってて。今見に行くから』

 「おう……あ、そうだ」

 『何?』

 「定食屋なら家デンがあるだろ? 受話器取ったりとかもしてみたか?」

 『そういやしてないな。後で試してみるよ』

 「おう、頼むぜ」


 『着いたよ、二階』

 「正面右手に仏壇があるだろ? その下に小さな収納があって小物なんかをしまえる様になってる筈だ」

 『ああ、これか。開けるよ』

 「どうだ?」

 『あった。骨董市とかで並んでる様な木箱と昔風の黒塗りの平べったい箱』

 「おう、それだぜ。ちなみに似たようなのは他には無いよな?」

 『ああ、無いよ』

 「うし。じゃあ間違いねーな」


 『うーん……父さん』

 「何だ?」

 『両方共フタが開かないよ。べったりとくっ付いてるみたいだ』

 「破壊するしかねーか」

 『物騒なこと言うなよ』

 「今さらだぜ」


 こりゃ俺の携帯と同じパターンか?

 多分“元は無かったモノ”なのかもな。


 「無理矢理にでも開けられねーか?」

 『開ける開けないの問題じゃないな、これはモノコック構造的なやつだ』

 「振ったリ叩いたりしてみたりするとどうッスかね?」

 『コンコン……、……うーん、叩くと中空の箱っぽい音がするけど振っても中に何か入ってそうな音はしないなあ』


 「何か……ハズレを掴まされた感があるが」


 こりゃダメだな……“ニセモノ”だな。

 元々中に入ってた茶碗に何か因縁があったりとかそんなこともあるかと思ってたんだがこれじゃあな。


 「定食屋には何かあると思ってたんだがな……」

 『恐らく、本物じゃないからこれ以上のものは見つからないんじゃないかな』

 「そうだな、仕方がねえ」


 まあそりゃねーか、多分この場所に絡んでる奴がそんなモン見たことも聞いたこともねえんだな。


 しかし実際は定食屋にも何かありそうではあるんだよな。

 孫が見たってアレもあるし話を聞く限りだとどうも俺自身も何か見せられてたっぽいからな。



 そう思いながら木箱を見……アレ? ねーぞ?

 ……あっそーか。そういや朝起きたとき無くなってたもんな。



 何でそこにあるつもりになってたんだっけ?

 うーむ……


 「おっさん、膝カックンが必要ッスか?」

 「要らんわ!」

 ぺちっ!

 『父さん、余り叩くと頭がピーになるよ』

 「大丈夫だ。元々ピーだからな」

 『より一層ピーになるかもだろ』

 「何か酷いこと言われてる様な気がするッス!」

 「気のせいだぜ」


 『父さん、“家デン”も見てみるよ』

 「おう、頼むわ」


 クソぉ……カツ丼食いてえなぁ。

 そういや前食ったのっていつだっけ。

 割と最近の気がするが……アレ? いつだっけ?


 「膝カッ……」

 『父さん』

 「せんでえーわ!」


 うーむ……


 『おーい』

 「お、おう?」

 『何だよ、何かあったのかと思ったじゃないか』

 「ナニカならあったぞ。

 コイツが今俺に膝カックンしようとしやがった」


 『アホくさ! てか来たよ、電話機? の前』

 「何で疑問系なんだ?」

 『父さん、これどうやって使うの?』

 「へ? 受話器取って適当に番号入れたら掛かるだろ」

 『これ番号ってどうやって入れるの?』

 「何言ってんだ?」

 「親子揃って頭おかしいとかもう救い様がないッス」

 『俺は至って正常だって。父さんは知らんけど』


 「うるせえ、俺だって正常だっつーの。

 ちなみにその電話機ってもしかして穴だらけのドーナツみたいな輪っかなんて付いてねーよな?」


 『あー、付いてるよ』

 「うげぇ……何だそりゃ……」

 『これって“うげぇ”な話なの?』

 「ああ……そこってホントに定食屋なのか?」

 『え? ああ、間違い無いよ』


 「さっきの俺ん家もホントに俺ん家だったよな?」

 俺ん家の前に見慣れねえクルマなんて停まってたか?」

 『ああ、停まってたよ』

 「いや、訊き方を考えないとダメなのか……」


 『あ、そうか。あのさ、何かクラシックっていうかアンティークっていうかそんな感じなんだよ、全部』

 「やっぱりか。何で言わねーんだよ」


 『しょうがないだろ。気付いたのは定食屋さんに来てからなんだから』

 「あ? ちょっと待て」


 「今度は親子揃ってコミュ障ッスか……」

 「うるせぇ!」

 スカッ!

 「避けんなよ」

 「避けるに決まってるッスよ!」


 『えーと……それで何だっけ?』

 「定食屋に入る前はレトロ感は無かったんだよな?」

 『ああ、無かったよ。誰もいないけど町並みは普通だった』

 「定食屋は入った瞬間からレトロだったのか?」

 『そこはあんまり意識してなかった』

 「うーんそうか……ちなみにテレビがあるだろ。上の方にさ」

 『えーと……おお、ブラウン管テレビだ』


 何だろう、これはやっぱあのときのやつか?

 コッチの定食屋も同じなのか?

 ちょっと行ってみたくなったぞ。


 『父さん。取り敢えずさ、この電話機を使ってみたいんだけど』

 「おっとそうだった。じゃあ俺の言うとおりにしてみろ」

 『分かったよ』


 「まず受話器を取る」

 『ほい』

 「適当な番号を思い浮かべる」


 『父さん家の家デンに掛けるよ』

 「おう。

 輪っかの穴の中に数字があるだろ?

 入力したい数字の穴に指を突っ込んで金属製のツメみてーなストッパーに当たるまでその輪っかを回す」

 ジーコって音が聞こえるな。

 「よし、その調子だ」

 『父さん、次の数字はどうやって入れるんだ?』

 「あ? ああ、ツメに当たるまで回しきったら指は引っこ抜くんだよ。

 そしたら輪っかは勝手にホームポジションに戻る」

 『おお、なるほど!』

 「今のを繰り返して最後の一文字を入れ終わったら自動的に発信が始まる」

 『凄いな、どういう仕組みなんだ?』

 「どういうってサーバにコマンドを投げるのと一緒だろ」

 『へ?』

 「いや、だからプロトコルが違うだけでやってることはM2Mの初歩みてーなのだぞ」

 『父さん、何言ってるか分かんないんだけど』

 「仕方がないッスよ。おっさんなんだし」

 『まあそうだよね』

 「納得すんなよオイ」


 サーバにコマンドか。俺のPCって今どこにあるんだろ……

 てか多分重要なのは一緒にある筈のノートだぜ……


 ジーコジーコとダイヤルを回す音が聞こえる。


 『入れ終わったよ。どう?』

 「入れ終わったってどーゆー表現だ」

 「ソレのどこが何が悪いんスか?」

 「イヤ悪ィ悪くねーの問題じゃねーんだけど」


 『それでどう?』

 「いや聞きてーのはコッチなんだが」

 「トゥルルルルルってコール音はするッスか?」

 『そういやしないな。ハズレかな?』

 「しょーがねーな、次だ次」

 『あ、そうか』

 「何だよ」

 『父さん、これコインを入れる穴があるんだけど。

 下にお釣りの取り出し口みたいなのもあるよ』

 「今更それかい! ピンク電話だろ、それ」

 『これお金入れたら使えるのかな?』

 「試せば良いだろ?」

 『現金なんて持ってないよ』

 「逆に何で持ってるなんて思ったんスか?」

 「え? 持ってねーの?」

 『持ってる訳ないじゃん』

 「……まあ良い。それより店内の様子だ。

 入ってきたときと何か変わった様子はねーか?」


 『……』


 「どうした?」

 『父さん……人だ』

 「何!? ここに来てか? まさか客じゃねーよな?」


 『いや、死体だ……白骨化してる』

 「なっ!?」

 『この人、セーラー服を着てるよ。小柄だし多分若い女性だね』

 「ま、まさか姐さんッスか!?」

 『髪は黒……いや、赤? ……染めてたみたいだな』

 「マジか……マジか……」


 まさかこの人って……あの映像の……?

 じゃあここは現実なのか!?

 なら今まで見てきたここの住人たちは何なんだ?


 『と、父さん』

 「……今度は何だ?」


 『この人、父さんと同じ木箱を持ってるよ。

 ほら、あの羽根飾りを入れてるやつ。

 握りしめたまま息絶えたって感じだ』


 「な、中に羽根飾りが入ってたりはするのか……?」

 『いや、箱の中は空だよ。

 蓋が外れてて……ああ、その蓋も少し離れたとこに落ちてるよ』


 良くぶっ壊れなかったな……ってそんなこと考えてる場合じゃねーな。

 そうか、中身は確か……


 「多分だがその人は“姐さん”て人とは別人だな」

 『何でそんなことが分かるの?』

 「その辺にカレンダーがぶら下がってるだろ?

 1976年3月のさ」

 『え? あ……本当だ』

 「つまり今息子さんはおっさんみたいに過去の映像を見せられてるってことッスか?」

 「いや、考えたくはねーが現在進行形の現実って可能性もあるかも……そう思ってたとこだ」

 『何か根拠があるんだよね?

 じゃなきゃカレンダーがあるのを知っててその年月を当てるなんて出来ないもんな』


 「今聞いたそっちの状況と定食屋で見せられた過去の映像とシチュエーションがそっくりなんだよ」


 『それはここで起きた出来事なの?』


 「ああ、そうだ。その白骨化した死体の人が殺される瞬間も見たぜ。

 いや、断定は出来ねーがな。

 ……だけどさぁ、あまりにも“同じ”なんだよ。

 何だろうな、さっきのやつもその前の奴もことごとく胸糞悪い場面ばっかでさぁ……何なんだ……マジで分かんねえよ……」


 『大丈夫か、父さん。一旦休んだって良いんだぜ?』


 「ちょっと頭の中を整理してえ。スマンな」


 『良いって。落ち着いたらまた連絡してよ』

 

 「ああ、分かった。出来るだけ早く掛け直すからちょっとだけ待っててくれ」


 『了解、無理はするなよ』


 そう言ってアホ毛に一旦通話を終了してもらった。


 「おっさん、無理は禁物ッスけどオイラも気になるッス。

 出来れば話を聞かせてほしいッス」


 「ああ、大丈夫だ。

 本当にちょっと頭を整理したいだけだからな」

 「じゃあ考えがまとまったら声を掛けてほしいッス」

 「スマンな」


 さてと。

 何なんだろうな、コレ……


 

* ◇ ◇ ◇



 あんまゆっくりも出来ねぇな。

 死体と一緒にいる息子が一番嫌だろうし早いとこ考えをまとめねーと。


 とにかくさっきから何か妙な感じだ。

 またかよオイってのも言い飽きたが、こんな不思議空間の重ね掛けみてーなのは早えーとこオサラバしてえもんだぜ。



 いま息子の目の前にある定食屋の店内はきっと俺が見せられたあの場面、あの時代そのままのものである筈だ。


 何がきっかけになったかは不明だが、最初に定食屋の爺さんに殴り殺されたあの女子高生である可能性が高いよな、やっぱ。


 そしてあの木箱。中に入っていたのは羽根飾りだった。

 だがあれは母さんのものとは違う色だった。

 俺の記憶がバグってなければ今目の前にいるコイツ――今はここにいないオタ野郎もだが――に“姐さん”と呼ばれていた女子高生も同じものを持っていた筈だ。

 さらに定食屋はその“姐さん”のバイト先だったと聞いている。


 そもそも何で定食屋であんな記憶が呼び覚まされたのか……さっきの話からすると何かソレを象徴するモノがある筈だが、生憎と心当たりはねえ。


 それに直接見た訳じゃないが、あの“〜ですわ”と話す女性もあそこに現れたらしいからな。


 定食屋という場所に何か因縁めいたものがあることはまず間違いねーな。



 そうなるとさらに気になるのがあの映像で初めて見る母さんが口にしていたと思しき言葉だ。


 『全部本物、全部現実――』


 ん? 現実?


 ……待てよ?

 遺体が白骨化してるってことは組織を分解する菌類みてーな存在がいるのか?


 現実だったらそうだよな。

 この空間に微生物的なモノがいねえのならそのままミイラ化してる……筈だ。


 少なくとも今いるここは作りものであることを感じさせる要素が随所にある。

 多分仕掛人? が知らんからなんだろうが、モノの中身が再現されてないとか、雑草とか昆虫が見当たらないとか……そんなとこだ。


 夢みてーに荒唐無稽で現実味が無くて意味不明だけど現実?

 自分で言ってて意味が分かんねえぜ。


 あのときの女子高生がパッと消えて飛ばされた先に今息子がいるとか、そんな単純な話じゃなさそうだな。


 作為的なのかどうかはさておき、自然に出来た訳じゃなさそうな場所だ。


 昔の定食屋に関して息子はいつからそこにいたのか分からなかったと言ってたが、そもそも元からいた場所が何なのか分からんかったからな。


 改めて、親父と母さんが登場してきたアレは誰の目線だったのか。

 息子や孫に別な光景を見せてるモノは何なのか。


 その前の出来事も含めて考えないと……

 

 本当に重要なのは根本理由を突き止めてここから自由になるってことなんだ。


 今の俺には身に覚えのない出来事だってある。

 やっぱそこがポイントなのかもな。


 「なあ、仏壇の遺影と位牌は初めっから一組しかなかったんだよな?」

 「暫く黙りこくって出た疑問がそれッスか? まあそうッスよ?」

 「じゃあオメーに俺が話した直近のヘンテコな出来事って何だ?」

 「直近? うーんそれって全部の様な気もするッスけど……

 そうッスね、息子さんの奥さんに襲いかかられて……オイラの相棒が蹴り殺されたって話ッスかね……」

 「なるほど、そうか……何かスマン」

 「別に良いッスけど……何の確認スか?」

 「いや、気が付いてるか分からんけどさ、俺もオメーも周囲の状況に対する認識がちょっとずつ変わって来てるんだよな。

 これが何を意味するのか、いま息子の目の前にあるモノがどうやって“出来た”のか、絶ってー何か関係があるだろーと思ってな」

 「場面転換とかお化けとか、その辺の話ッスね?」

 「ああ、その白骨死体ってヤツもよくよく考えてみたら不自然しかねーんだよな」


 「うーん、分かったよーな分からないよーな」


 「てな訳でそろそろ息子と話すか」

 「じゃあ繋ぐッスよ」


 「……あーモシモシ、オイラッス」


 『やあ、具合はどうだい?』

 「何その挨拶」

 『いや、だって明らかに具合悪そうだったからさ』

 「そりゃスマンね。だけどそっちの方が嫌だろ、ガイコツと一緒なんてさ」

 『よく見たらそうでもないよ。地面とかと一緒で――』

 「自然現象で出来たものとは思えねえ、だよな?」

 『ああ、その通りだよ』


 「なあ、その定食屋って汚れとかそういうのはねーのか?」

 『見た感じとても清潔だね。さっきの電話機もピカピカだったし』

 「やっぱ怪しいぜ。人工的過ぎる」

 『人工的っていうか人為的、いや……恣意的な感じなのか』


 「つ、つまりどういう事ッスか?」

 「そうだな、他の部分の造りから言って物が腐ったり風化したりなんて自然現象が起きるとは思えねーだろ。

 埃も堆積してねーし汚れもねえ、それに雑草とか苔なんかも何か変だしな」

 「舞台のセットみたいなのッスか」

 『あ、それ良い例えだね』

 「なるほどッス」


 『でも父さん、別の視点もあるんじゃないか?』

 「例えば?」

 『ここが作られた……表現が妥当かどうかはこの際置いといて……タイミングだよ。具体的には今さっきとかずっと前からとか』

 「ああ、それも考えないとだな。可能性はある」


 「納得してないでどの可能性なのか教えてほしいッス」


 「さっきも言った様にここでは細かい埃なんかの類までは再現出来てねえ、そしてこれは以前も感じてたことなんだ。

 廃墟の中も一部そんな感じだった」

 「一部? 廃墟をアジトにしてたときは何も気付かなかったッス」

 「あそこの外側は本物と区別がつかねえと思うぜ。

 ただ、詰所に入ったら別だった。

 何回か場面転換に出くわしたが、精密なのから雑っぱなのから色々だったな。

 そしてここは雑っぱな方だ。つまり……」


 『死亡してかなりの年月が経ってからここが作られた可能性もあるってことだね。リアルさが無い』


 「だがな、そこは昔からずっと定食屋だ。

 定食屋なら店はずっと営業してた筈だ」


 しかしあの死体は忽然と消え失せていたな?

 存在が消えた訳ではなかったという訳か。


 現実は別にあってそれを誰かが知らせようとしている?


 携帯を見るが表示された日付は10日の10時のままだ。

 それでいてこの状況だ。


 『木箱は父さんのとはまた別のものかな?』

 「それは分からんとしか言えねーな。

 ちなみに今お前の携帯に出てる日付は何年何月何日だ?」


 『ちょっと待って。えーと……

 “2042年5月11日(日) 12時24分”

 だよ。さっきと同じだね。父さんは?』


 「変わってねーぜ。

 “2042年5月10日(土) 10時01分”

 だ」


 『目の前の光景は携帯に表示されてる日付に関係なく起きてるってことになるのかな?』

 「ああ、何かが引き金になって引っ張り出された夢の中の夢みてーなやつだろーな」

 『でもこれ、夢の主役が死んでるんだけど……』

 「ああ、とすると誰が残したんだろうな?」

 『その辺については何か考えてるんだろ?』 


 「まあ、少しはな。誰かからのメッセージかもってな。

 ちなみにあの後外に出てみたか?」

 『いや、出てないよ。動いたら次に何が起こるか分かったもんじゃないからね』

 「入り口のガラスを通して見えるだろ。どんな景色だ?」

 『うーん、よく分からないな』

 「よし、動いてみるか」

 『ここはどうするのさ。ガイコツは?』

 「おんぶでもしてったらどうだ? 何ならお姫様抱っこでも良いぞ」

 「ガイコツをッスか!?」

 『父さん、他人事だと思って楽しんでるだろ』

 「何を言うか人聞きの悪い」

 「(棒)が付きそうな言いっぷりッス」

 『まあ分かったよ。父さんの言うことにも一理ある』

 「スマンな、頼んだぜ。まず物理的に触れたらの話だけど」


 ところで孫に話し掛けたっていう例の“〜ですわ”の人って何で俺のこと知ってたんだろうな?


 これって結構重要な事実だよな。


 『父さん、取り敢えず持ち上がったよ。

 やっぱり変だね、関節がちゃんと繋がってて肉が付いてるみたいに動くよ』

 「オメーまさか二人羽織とかやって遊んでるんじゃねーだろーな」

 『それ父さんがやってみたいって思ってるだけだろ』

 「違いないッス!」

 『それからさ――』

 『触んな、ヘンタイ! てゆーか誰アンタ!』

 『あだっ!』

 「な、何だよ、誰だ今の!?」

 『ガ、ガイコツさんに叱られて引っぱたかれた』

 『ガイコツとは何よ!』

 『あだっ!』

 「ホラーッスよォ!」


 何じゃこりゃ……


 「なあ、アンタも何かをキーにして保存された過去の記憶なのか?」

 『何? 誰?』

 『電話の声だよ』

 『は? 何言ってるの?』

 「おい、1976年には携帯もハンズフリーもねーぞ」

 『じゃあ何て説明するのさ』

 「特撮ヒーローモノ何かでよくある通信機みてーなの、とかだな」

 『へー、じゃあアナタは隊長サンなの?』

 「ぶっふぉぉ!」

 「笑うんじゃねえ!」

 ぺちっ!

 『あはははは! 何それ、コントみたーい』

 「調子狂うぜ……」

 『で、何なの? あんたたち』

 『こっちが聞きたいよ!』

 『私はしがないバイトの美少女よ!』

 「ウソつけ! ガイコツが何言ってんだ」

 『ウソじゃないわよ!』

 「ちょ、ちょっと待つッス! バイトって定食屋さんのバイトッスか?」

 『そうよ!』

 「てことは姐さんッスか!?」

 『誰それ? それにアンタなんか知らないんだけど』

 「ガーン」


 「おい待て、順を追って整理する必要があるだろ。

 皆冷静になれ」



 “ちゃーらーりーらー♪ ちゃららーりーらー♪”


「うおっ!?」


 ここで森クマかよ!

 な、何だよ急に……息子じゃねーよな!?


 「どうしたんスか? 急に。今度は心霊現象とかッスか?」

 「え? 今家デン鳴ってるんだけどひょっとして聞こえてない?」

 

 『父さん、どうしたんだ?』

 息子もかい!

 「今まさに俺ん家の家デンが鳴ってる最中なんだが……」

 『本当? 森クマは聞こえて来ないけど』

 「マジで!? オメーもかよ!」

 『なになに? 何か面白そーな話? 森クマって何?』


 やべぇ、俺マルチタスク超苦手なんだよ。


 ……あ、鳴り止んだ。


 ふう、一時はどうなることかと思ったぜ。



 「……」


 『……』



 “ちゃーらーりーらー♪ ちゃららーりーらー♪”



 「うおォっ!?」

 『な、何よ、ビックリするじゃない!』


 『父さん、何さっきからコントなんてやってるんだ。

 落ち着くんじゃなかったのか?』

 「おっさんだし仕方ないッス」

 『まあ、そうだけどさ』

 「納得すんなよ」

 『待って、おっさんて誰のこと?』

 「他人に落ち着けとか言っといて自分がワーワー騒いでる人のことッスよ」

 『? ほぇ?』

 『な、何?』


 番号は表示されてねーな?

 しかも非通知でもねーし。

 まあ知らねえフリでもしてみるか。


 「あー何か進行中のとこ悪ィが電話に出るぜ」

 『電話?』


 ガチャ。


 「もしもし?」


 【な、汝、その力を示せ】


 ぷつん。


 「はい?」


 待て、今ちょっと噛まなかったか?


 ガコン!


 「うおっ! 今度は何だ!」


 「何か凄い音がしたッス……てか何だったんスか今の? 電話!」

 「分かってるよ! いや分かんねーよ! 何だよオイ」


 『そっちで何かあったの?』

 「今のが聞こえなかったのか?」

 『ああ、父さんたちがワーワーしてるの以外はね』

 「そうなるとこっちもまた何か見せられるのか」

 『うーん、いよいよ怪しいな』

 「何が?」

 『だってさ、何か説明臭くないか? 立て続けにさ』

 『待って、今度こそ説明してもらうわよ!』

 「誰が誰に何を説明するんだよ!」

 「もう訳が分からないッス!」



 えーと……今何やってたんだっけ、俺。



* ◇ ◇ ◇



 「ほへらー」

 「お、おっさんが壊れたッス!」


 「ハッ!? い、いや、あまりにもジェットコースター過ぎてキャパがオーバーしてただけなんだぜ」


 『父さん、それで電話ってのは何だったんだ?』

 『ちょっと、無視しないでよ!』


 「あーひとりずつ、ひとりずつな。

 そうだ、ジャンケンでもすれば良いだろ。

 あ、そっちもハンズフリーにしとけよ。

 話せねーから。」


 『とっくにしてるって。大丈夫か父さん』

 「あ、ああ、そうか。悪ィ悪ィ」


 『取り敢えず話は分かったよ、良いね?』

 『しょうがないわね、わーったから早くしなさいよ』


 何だろうな、やっぱ微妙に昭和だ。

 最初はグーとか言い出さねーとこを見るとやっぱ70年代なのかね。



 ………

 …



 『勝ったわよ、さあ説明しなさい』

 「何か揉めてなかったか?」

 『父さん、もう疲れたから俺は後で良いよ』


 デカイ声でゴネれば何とかなるって発想か。

 面倒臭そうな奴だぜ。


 「さてはデカイ声でゴネたッスね?

 面倒臭そうな人ッス!」

 

 「テメェ空気読めやァ!」

 ぺちっ!

 「何で!?」

 「何でもヘチマもねえよ!」

 「ヘチマって何スかぁ!」


 『あんたらコントなんてやってないで早く始めなさいよ!』

 『イデッ! 何で俺を叩くのさ!』

 『何でってアンタしかいないんだからしょうがないでしょ!』

 『イデッ! 指が刺さるんだけど!』

 『ホラ、何とか言ったらどうなの!?』

 『父さん、頼んだ』


 「あー、何か俺が仕切る感じか」

 『逆に今の流れで何で仕切ってないって言えるのかが分かんないわよ!』

 「その通りッス!」


 「分かった分かった。よっしゃ、始めっか」


 『で、何なのよアンタら』

 「俺はしがないジジイだ」

 「オイラはしがない検問業者ッス」

 「えっ?」

 「えっ?」

 『ちょっと、検問業者って何よ! 勝手に職業作ってんじゃないわよ!

 それにジジイって何よ!

 まさかそんな説得力ゼロの話で私が納得するなんて思ってるんじゃないでしょうね!』


 「オメー検問詐欺業者じゃなかったの?」

 「詐欺とは人聞きが悪いッス!」


 何ィ……それにジジイが説得力無いだと?

 俺の声そんな若いんかな?


 『検問業者に説得力が無いのは同意だけど父さんがジジイだってことの何がおかしいんだ?」

 

 『その“父さん”ってのがまず変でしょーが!

 そんなカワイイ声でしゃべるオトーサンがどこの世界にいるのよ!』


 『は? 何それ。耳大丈夫なの? ああ、ガイコツに耳なんて無いか』


 『アンタねぇ、さっきから人のことガイコツガイコツって何なのよ!

 アタシはそんなにガリガリじゃいわよ!』

 『ガリガリとかじゃなくてガイコツそのもの!なんだけど』

 『さっきから聞いてれば何なのよアンタは!』


 「オイ、ちょっと待てよ。

 お前らの間で何か重大な認識の齟齬があるんじゃないのか?

 だから会話が噛み合わねーんだ」


 『齟齬?』

 「そうだろ、お前から見たらソイツはガイコツかもしれねーが本人にそういう認識はねーんだよ」

 『あ、そうか。それってお化けの話だっけ』

 「ああ。それに動いてしゃべるガイコツなんて現実にいると思うか?」

 『確かに』

 「だがその一方で話の分かるゴリラだっているって話もしただろ?」

 『つまり?』


 『ちょっとォ、何ひとりで勝手に納得してんのよォ』

 『あのさ、さっきからガイコツ呼ばわりしたのは謝るけどさぁ?』

 『何よ』

 『何回見てもガイコツだよ、やっぱり』

 『あ――』

 「ちょっと待った」


 『何よ! 文句くらい言わせなさいよ!』

 『さっきから文句しか言ってねーじゃんか!』

 

 「まあ待てって。なあ、しがないバイトの美少女さん。

 俺とちょっとお話しねーか?」


 『いいわよ、何?』

 「本当は分かってるんだろ? なあ」

 『何がよ』

 「はっきり言ってほしいのか?」

 『うっ……』

 「よし、言うぞ」

 「ゴクリ……ッス」

 「無理してナントカッスって言わんでもえーぞ?」

 「あ、そこはお構いなくッス」


 『言うなら勿体ぶってないで早くしなさいよ』

 「じゃあ改めて言うぞ」


 『……』


 「お前のパンツって今どーなってんの?」


 『……』

 『……』

 「……」


 何この沈黙?

 せっかくの俺の渾身の一撃だってのによォ……


 『あー、次行ってみる?』


 「じょ、冗談はさておきだな……

 今その女子高生サマはどういう体勢なんだ?

 いや、変な意味じゃねーぞ?

 自分の足で立ってんのか、息子が支えるか抱えるかしてんのか、床に転がったままなのか」

 『俺がお姫様抱っこしてる』

 「マジで!?」

 『だってそうしろって言ったのは父さんだろ?』


 「いや確かに言ったけどさ、それでどうだ?

 重さは感じるか?

 触った感じとかはどうだ?」


 『ちょっとォ……あんたら揃ってヘンタイな訳?』

 「ああ、ソイツがな」

 『父さん!?』

 「それでお姫様抱っこは継続してるのか?」

 『ああ、何故かね』

 「文句ばっか言ってる割に逃げようともしねーんだな」

 『だ……だって……』


 「動けねーんだろ、そこから」


 『な……どういうこと? 父さん。

 さっきからバシバシ引っぱたかれてるし体が動かせないって』


 「あー、コトが起きたタイミング考えたら分かるだろ。

 それよりどうなんだ?

 さっきからずっと抱えてる割に平気そうだが。

 いくら小柄な女子っていってもさすがにプルプルして来るだろ」

 『ああ、平気だな。ぶっちゃけ、重さは感じないんだよ。

 羽根の様に軽いね』


 羽根の様にねえ……


 「さっきの続きだけどいっぺん外に出てみねーか?

 ソイツを担いだままで良いからさ」


 『ちょっと、説明は?』

 「道々すれば良いだろ」

 『どこに行くって言うのよ?』

 「軽く見て回るだけだ」

 『取り敢えず分かったよ』

 『ちょっとぉ!?』

 「何だ? 軽く見て回るだけだって言っただろ。

 そこで待っててもらっても良いんだぜ?

 それとも家に帰るか?」

 『父さん?』

 「経験的に言うと多分“時間の問題”だ。

 有意義に使わねーとな。何かあるんだろ」


 『嫌なら降ろすけどそうしたら自分で歩けないの?』

 『た、多分。分かんないけど』

 『多分?』

 「気が付いたらお姫様抱っこされてたんだろ?

 その前のことは何も分からねえ、と」

 『その通りよ……』

 『父さん、時間がないんなら単刀直入に話しちゃった方が良いんじゃないか?

 時間ていう概念が正しく当てはまるのか分かんないけど』


 「しゃあねえ。当たり障りなく行くか。

 よし、じゃあ軽ーく説明するぜ」


 『やっと? 時間がどうとか言っといておかしくない?』

 「まあ聞けよ。この表現が妥当か分かんねえけどな、俺らはここに迷い込んだんだ」

 『どういう意味?』

 「ここは現実とは違う作り物の町なんだよ」

 『作り物?』

 「周りをよく見てみろ。モノが妙に綺麗じゃねーか?

 それに俺ら以外の人間はどこに行った?」

 『何? アタシもここに迷い込んだってコトなの?』

 「それをこれから確かめるんだよ」

 『確かめる?』


 「ああ。アンタ確か手に木で出来た箱を持ってたよな? 羊羹が入るくらいの大きさのやつ」

 『ああ、これ? こ、これがどうかしたの?』


 てゆーかまだ握り締めてたんかい!


 「中身はどうした? 羊羹じゃなくてさ、羽根飾りの方だ」

 『えっ……やっぱそういうことなの?』

 「そういうことっていうのは“羽根飾りを持ってるとヘンテコなことばっか起きる”ってことだろ?」

 『じゃあやっぱり?』

 「まあな。それに今ねーだろ? 羽根飾り。

 俺も持ってたんだがここに迷い込んでからは一度も見てねえんだ、箱以外はな」


 『中身は……どうなったんだっけ……?』


 あんまその辺に踏み込むのはマズいか?

 慎重に行くか。


 「俺は無くなって清々してるけどな!」


 『ちなみにアンタがじーさんだって話本当なの?』

 「あ? 疑う余地はねーだろ?」

 『疑う余地って……さっきも言ったでしょ。

 そんなカワイイ声のオジサンがどこにいるんだって』


 「待ってくれ……俺のカワイイの定義がおかしいのかどうか……?」

 『いや、疑問の余地は無いだろ。俺はいい歳のおっさんの声にしか聞こえないから』

 「オイラも同じッス!」


 『え? え? どういうこと?』

 『具体的にどんな風に聞こえるんだ? 俺の声』


 『どんなって……あの声? ……に似てる?』


 「あの声ってどの声やねん!」

 『何で関西弁!?』

 「いや、初対面の相手にアノソノって知ってる前提の話されても困るから」


 『と、とにかく中学生くらいかな?

 そんな感じの元気な女の子の声よ!

 スケバンみたいな話し方だから違和感が凄いけど!』


 えぇ……


 「マジッスか!? キモい! キモ過ぎるッス!」

 「うるせえ!

 気になってることをいちいち口に出して言うんじゃねえ!」

 ごちん!

 「ぐげっ! 痛いッスよォ!」 


 『声の聞こえ方以外にも認識にズレがあるか気になるね』


 「そうだな……今いるそこの風景は見慣れたモンなのか?」

 『ええ、このお店はいつもの通りね。

 人の気配が無いし綺麗過ぎるのは何か変だけど』

 「あ、やっぱそこ気になるか」

 『当たり前よ。

 厨房の匂いもしないし、見たところ天井なんかの油汚れも無くなってるし」


 「厨房は完全に未使用って感じの見た目なのか?」


 『そうだね、冷蔵庫なんかも見た目だけで取っ手を掴んでも開かないよ』

 『えっ!?』

 あっコレはやべえか!? クッソ面倒臭えな……


 「なあ、外に出てみる前に二階に行ってみたらどうだ?」


 『二階?』

 『父さん。ここ、よく見たら二階が無いよ』

 『何言ってんの? このお店は一階建てじゃない』

 「あれ? じゃあ居住スペースは?」

 『誰も住んでないわよ。

 店主のおじさんは家から通ってるんだから』



 なぬ? 何かあの映像と違わねーか?



 『な、なるほど……そうだった……ってことだね』

 『怪しいわね……やっぱあんたらドロボーな訳?』

 『違う! 断じて違うから!』


 「なあ、ちょっと聞いて良いか?」

 『何よ』

 「今年は何年だ? 分かるなら日にちもだ」



 『決まってるじゃ――』


 《――、『――』》

 『今日は……昭和20年の3月9日……』



 「何だ?」

 『え? あ、な、何でもないわよ!』


 言わされてたよな、明らかに。

 こりゃ時間の問題以前の問題かね。


 「本当か?」

 『本当よ!』

 「ウソだな」

 『何でよ! ウソなんてつく訳無いでしょ!』


 『あー、もしかして今ぼーっとしてた系?』

 『何その日本語』

 「見ず知らずの他人にタメ口で話す奴に言われたかねーな」

 『父さん、それブーメランだから』

 『あ、今のはなんとなく分かったわ!

 お前が言うなってコトね!』



 「じゃあ改めて聞くが、今壁に掛かってるカレンダーは何年何月のだ?」


 『え!? えーとォ――』



 “ちゃーらーりーらー♪ ちゃららーりーらー♪”


 「なっ!? こんなときにまた電話かよ!」

 『なになに? これが森クマ?

 てゆーか[ピー]の[ピー]さん?』


 がちゃ。


 【な――】


 「うるせえ! しつけーんだよ!

 今忙しいんだから後にしやがれ!」


 ガチャーン。


 「ひ、酷いッス!」

 『父さん、言い方……』

 


 「それでどうなんだ? カレンダー」

 『父さん、カレンダーなら……』

 「あー。分かったよな、今のでさ」


 『もう良いだろ。ガイコツさんを降ろしてやれよ』


 《――、『――』》

 『待って、このま――』


 『父さん、元の場所に戻したよ』

 「木箱もそのままか?」

 『そのままだ』

 「カレンダーは?」

 『1976年の3月だ』

 「何も変わってねーな?」

 『そうだね、元の状況に戻ったよ。

 ガイコツさんもガイコツさんだ』

 「ナルホドなあ」


 『ちなみにさっき後ろで凄い音がしてたけどそっちは大丈夫なの?』

 「知らん」

 「それで良いんスか!?」

 「ああ、良いッス」

 『父さん?』

 「テメーがスッススッス言うから移っちまったじゃねーか!」

 「オイラに何のセキニンがあるッスか!」

 「いや、あるだろ」

 「理不尽ッス!」


 『もう一個、父さんの声がどーたら言ってたのは何だったんだろうね?』

 「さあ? 認機の齟齬、かね?」

 『だとしたら何の齟齬なんだろ』

 「それは分からんなあ」

 『もう一回このガイコツさんを抱っこして聞いてみる?』

 「いや、良い。どうせ聞いても分かんねーだろ。

 それとも何か? クセになったとか?」

 『何言ってんだよ……』


 コイツは何も知らねー感じだったな?

 どっちかっつーと最初の頭おかしい奴らに近けーな。



 “ちゃーらーりーらー♪ ちゃららーりーらー♪”


 「またかよ」

 

 ガチャ。

 ガチャーン。


 「これで良し」

 『酷い!』

 「酷いッス!」


 ――酷いですわ!


 「……何か言ったか?」

 「また始まったッスか? ヤレヤレッスね。

 ガイコツで二人羽織してみたかったって顔ッス!」

 「うるせえ!」

 ぺちっ!

 「り――」

 「理不尽じゃねえ! 今のはオメーが悪ィーだろーが」


 『父さん、パ――』

 「分かったからオメーも皆まで言うんじゃねえよ!」


 ……ったくよォ。



* ◇ ◇ ◇



 『父さん、今の正直よく分かんなかったんだけど』

 「いつもそうなんスけどひとりで納得してないで説明してほしいッス」

 「俺にも分からんぞ。

 てゆーか今のに限って言えば何も分からんことが分かったって感じだな」


 『でも強制終了みたいな形でぶった切ったのは意図があってのことなんだろ?』


 「ああ。言ったろ、“時間の問題”ってな。

 オメーの周りはまだ昭和の定食屋のままだろ?

 そのガイコツとワーワーしてるうちにパッと元の定食屋に戻っちまうんじゃねーかと思ってさ。

 ガイコツと話すのは考えを纏めてからの方が良いんじゃねーかな」


 『そうだね、考えてみたらこの状況もイレギュラーの中のイレギュラーなんだった』


 「まあつまりイベントはまだ終わってねえってコトだ」


 『じゃあこのガイコツさんは?』

 「そうッス。

 アレに何の意味があったっていうンスか?」

 「その場所の一部なんじゃねーかな?

 多分その辺のオブジェクトと一緒だぜ。

 まだ分からんけど過去の記憶かって問いに“何それ知らない”って返してきただろ?

 存在理由がさっきの奴とはまた別……いや……

 誰かの過去の記憶の一部分って線が強いとは思うけどな」


 『意思があってしゃべってるように感じたけど違うっていうこと?』


 「いんや、そうじゃねえとは思うが誰かにしゃべらされてた感はあったな。

 その反面自由意志が出て来てるときは何も知らねー奴が好き勝手しゃべってるみてーな感じもあった。

 俺みてーにな……」

 『なるほど』

 「なるほどッス」

 「なぜ揃って納得する……」


 『それで?』

 「さっきそのガイコツを見てさ、これ本モノっぽくないぞって話してただろ?

 その場所の記憶の主がソイツを使って何かをしようとしてるのかもな」


 『そういえば今日の日付を聞いたらおかしな答えが返って来たよね。

 確か……』


 「そう、それだ。

 昭和20年3月9日って言ってたけどアレはソレと気付かせるために言わせたのか……

 それにしちゃあな……」


 「アレとかソレとか何ッスか?」

 「オメーは俺の話を何も聞いてねーのか」

 「何スか?」

 「何だ?」


 ん? 何かおかしいぞ?


 『父さん!』

 「何だ? 何かあったか?」


 『……』

 「切れたッス……」


 「“時間切れ”か? だが仕組みが分からんな」

 「場面転換ってヤツッスか?」

 「ああ、その可能性もあるかぁ」

 「時間切れって制限時間みたいなのがあってそれが終わると元に戻るとかそんな感じッスか?」

 「あ、そーか。時間切れってのは語弊があったかもな。

 ひょっとすると“充電切れ”って言った方が正しいのかもしれねえ」

 「“充電切れ”? 何を充電するんスか?」

 「それは分からんけどさっきの“ですわ”の人が動力は電気じゃないけど有限だって言ってたからな」

 「電気じゃない? ガソリンエンジンッスか?」

 「分からん」

 「あれ? 突っ込まないッスか!?」

 「バカにすんなこのバカ」


 「じゃあマジメに聞くッスけど今のはわざわざ強制終了したのが裏目に出たんじゃないッスか?」

 「どうだろうな。それより会話がグダグダになっちまったのがな。

 まああの相手だ。さっきも言ったが記憶の主が何をしようとしてたのかが見えなかったのが残念だぜ」

 「定食屋さん絡みなんスかね?」

 「うーん、今ばっと思いつくのは孫にドロボーさん……つまりオメーとオメーの相棒を助けに行けと言ったヤツだな」

 「それってさっき言ってたアレソレの事っすか?」

 「ああ、そうだアレソレだ……いや同じだけど違うな」

 「だからそのアレソレって何なんスか?」

 「だから言っただろ。“ですわ”の人だよ。

 逆に何でオメーが分かんねーのかが分かんねーぞ。

 だがな――」


 コイツは聞いてねえって次元の話じゃなさそうだぜ。


 「息子との通話が切れたのと今まさにアッチで進行中のヘンテコな現象とでどうして関係があると思った?」

 「だって、それだけじゃないッスよね?

 そもそもコッチとアッチがどこなのかすら分かってないッス。

 ついでに言うとさっきまでいた場所すらどこにあるのか怪しいッス。

 つまり関係ない訳がないッス」


 うーん。反対する訳じゃねーがなあ。


 「それだと一連の事象が数珠つなぎで発生してるってことになるよな?

 その理論で行くと今息子はどうなってるんだ?

 いや、息子だけじゃねえ。さっき隣の家からゾロゾロとでていった連中やら鑑識さんやらはどうだ?

 息子の嫁や孫は今どこにいるんだ?

 パッと消えたけどいなくなった訳じゃないだろ?」


 「そんなの考えても分からないんじゃないッスか?」

 「それがイヤなんだがなぁ」

 「前に自分で言ってたじゃないッスか。

 知られたらマズいからこんなまどろっこしいことになってるんじゃないかって」

 「まあな。逆にそれを知ったらどうなるか怖い気もするけどな」

 「やり方は回りくどいッスけどおっさんに何かをさせようとしてる人? もいるッスよね?」


 しかしホントにそれだけなのか?


 「それよりもッスよ?」

 「何だ?」

 「さっきの電話とデカイ音は何だったんスか?

 あ、そういえば電話の内容もまだ聞いてなかったッス!」


 「あー電話か、すっかり忘れてたぜ。正直どうでも良いって思ってたんだが」

 「いや、どう考えてもどうでも良くないッスよね!?」


 「どっかで聞いたよーな声で“な、汝、その力を示せ”って言ってたな。

 それだけなんだけど」


 「それだけって……おっさんが電話を切っちゃったからッスよ。

 てゆーか何で噛むんスか?」

 「コレ、原文ママなんだぜ。

 実際に噛んでたんだから怪しさバクハツって感じだと思ってな」


 「でも実は息子さんの方で起きてたことにも関係があったとか、可能性はあるんじゃないッスか?」


 「そんなこと言ったら何だって可能性はあると言えるし無いとも言えるだろ」


 「ぐ……確かにそうッスね……

 ちなみにどっかで聞いたよーな声って誰の声か思い出せたらかなり有力な手掛かりになるんじゃないッスか?」


 うーむ……誰だっけな……?


 「男の声ッスか? それとも女ッスか?」

 「男だな。オッサンの声だった」

 「例の変なしゃべり方のヤツじゃないッスか?」

 「うーん……イントネーションは普通だったなぁ」

 「着歴で分かんないッスか?」

 「いや、ナンバーディスプレイ契約してねーから」

 「ナ、ナンバー……? そんなの要るんスか?」

 「家デンだと必要なんだよ。

 まあそれ以前にここで契約だ何だってのが関係あるとは思えねーけど」


 「どっかで聞いた声なら多分知り合いッスよね?」

 「まあそうだろうな」


 「息子さん……は無いッスね。

 となると刑事さん、鑑識さん、定食屋さん、駐在さん、あとは……」

 「隣の旦那さんだな」

 「ああ、忘れてたッス」

 「ついでに言うとオメーの相棒もだが……語尾が“っす”じゃなかったから違うだろーな」

 「根拠薄くないッスか!?」

 「いや十分だろ」

 「そこに立って見てたりしてな」

 「そういうホラーは間に合ってるッス!」

 「ちなみに俺の知り合いの範疇だとオッサンなんて星の数程いるがな」

 「でも関係ありそうなのは一握りの筈ッスよね?

 他にはいないんスか?」


 うーん……

 もしかしたらナマモノじゃねえ可能性もあるか……?

 いや、誰か肝心な人を忘れてる様な……

 誰だっけ……?


 「しかし“汝、その力を示せ”ッスか。

 何かこう、超能力みたいなのが目覚めたりとか無いんスかねえ?」


 「チカラを示せとか言われてもなあ。

 何に対して示せって言ってんのかがまず分からねーし。

 正直、全く意味が分からねえ。

 何の説明もなしにアレをやれとかソレをやれとか言われてもなぁ」


 「前から思ってたんスけど何か毎回毎回一方通行ッスよね」

 「そうなんだよ、まさに一方通行なんだ。

 こっちは別に何も頼んでねーのにな」


 「ハタ迷惑な話ッスよねぇ」


 「取り敢えず息子に掛け直してみねーか?」

 「そうッスね。ちょっと待つッス……あ、繋がったッス」


 『……』

 「モシモシ?」


 『……? ……、……!!!』

 『……ガリガリ……ザザザ……と……さんか……?』

 「何だ? 電波が悪りぃ感じだな」


 『!?……ザザ…誰だ……の声……まさ…か……ザザッ……』

 「オイ、何だ! クソ、ビデオ通話出来ねえのがもどかしいぜ」


 「あ、出来るッスよ?」

 「ほへ?」

 「あ、切れたッス」


 「オイ、テメーソレを早く言えよ!」

 ぺちっ!

 「だ、だって聞かれなかったからッスよぉ」


 「ダメ元でやってみる価値はあっただろーに……

 まあ良い、取り敢えず再発呼だ」


 「ダメッス……今度は繋がらないッス」

 「ちなみにスマホとそのよく分からん電話でビデオが出来んのか?

 スマホ側って多分環境が古過ぎてダメな気が……」


 「今息子さんの声がチラッと聞こえたッスけど誰かいたっぽかったッスよね?」

 「確かに……誰何してんのが聞こえたな」

 「す、スイカ割りをする?」

 「テメーそんなにぶん殴られてーかぁ!?」


 しかしこれで出来そうなコトがぐっと減っちまったぞ。


 「クッソォ……」

 「こうなったらこっちも定食屋さんに行ってみるッスか?」

 「そうだな、こっち側でも何か起きるかもしれねえ。

 行ってみるか」


 俺はアホ毛を伴って家の外に出た。

 外は相変わらず殺風景でさっきと違う様子は無かった。


 しかしこの光はどこから射し込んでるんだろーな。

 太陽光……じゃねーよな、動きがねーし。

 これが有限ならそのうち真っ暗になるってことなのか……


 「見たことないクルマも相変わらずあるッスね?」

 「ああ、隣の車でもねーし何だろうな」

 「息子さんにも聞いとけば良かったッスね」

 「まあ後の祭りだ、次だ次。切り替えろ」


 しかしなぁ……アレって誰の声だったっけ……?

 もう少しで思い出せそうなんだよなぁ……

 誰だっけなぁ……


 いや、それより何かもっとこう……重大なことを忘れてる様な……

 何だっけ?


 「うーん……しかし……何かもっとこう、大事なことを忘れてる様な気がするッス。

 何だったッスかねぇ……」


 「奇遇だな。俺もだ」


 何だっけ……?

 スゲー気になってた筈なんだけどなぁ……



* ◆ ◆ ◆



 「隣も覗いてくか、一応」


 歩きながら考える。

 うーむ……


 「なあ、さっき森クマって何回聞こえた?」

 「ああ、それちょっと気になってたッス。

 もしかしておっさんが気になってたことってそれッスか?」

 「いや、コイツは俺もちょっとってレベルだな。

 もっと大事なことなんだがなぁ」

 「うーん、オイラもなんスよねぇ」

 「それで森クマは?」

 「えーと……二回ッスね。でも……」

 「そうだな、着信は四回あったぜ。

 お前らの反応からすると最初の二回は俺にしか聞こえてなかったっぽいなと思ってたんだよ」

 「四回も掛かってきたのに話もせずに切っちゃったんスか」

 「逆に四回も連続で掛かってきたら怖ぇだろーが。

 それにここで電話が繋がる相手って限定されてるだろ。

 一発目で訳の分からん奴だってことが分かったからな。

 話を聞いたらどういう影響が出る分からんし。

 そういうのはゴメンだと思っただけだぜ」

 「でも電話との相手はいつもの変なしゃべり方のヤツじゃなかったッスよね?

 誰がどこから掛けてたんスかね?」


 「それだ!」

 「はい?」

 「いや、やっぱ違うか……」

 「また始まったッスか……」

 「悪ィ、もう考えるのやめるわ」

 「そうッスね、目の前のことに集中した方が良いッスよ。多分?」

 「疑問系で言うなよ。何か意見はねーのか」

 「考えても分からないことなら分かってるッス。

 一生懸命考えるのはアホらしいッス」

 「分かった分かった良しじゃあ次行くぞホラ」


 断片的に色々見せられたからって核心的なことが何一つ分からねえのは一切変わっていない。

 悔しいがこいつが言うことにも一理ある。

 だからって行き当たりばったりが良いってことにはならねーがな。


 鍵は掛かってねえな。さっきのまんまか。

 思えば俺ん家って鍵が掛かってたんだよな。

 中から息子の嫁がバーンと出て来て入れる様になったんだっけ。


 俺はUターンして自分の家のドアを開けてみる。

 開いた。


 「何やってるんスか? もう慣れたッスけど」

 「最初鍵が掛かってたかどうか分からんかったんだよなあと思ってさ」

 「そうなんスか?」

 「あっそうか。オメーはいなかったんだっけ。

 息子の嫁と孫が普通に俺ん家に入ってこうとしたからさ、『俺鍵開けてないけど?』って思わず指摘しちまったんだよ。

 そこから何かおかしくなり始めてさぁ」

 「おかしいのは元々だったッスよ。

 “おかしいその1”が“おかしいその2”になっただけッス。

 今がその幾つなのかも分からないッスけど。

 だけど何にも解決してないんだから大した問題じゃないッスよ」

 「そ、そうか。じゃあ大丈夫だな!?」

 「やっぱおっさんが一番おかしいッス」


 「ま、まあ良い。せっかくだから戸締まりしてくか。

 良いフラグになるだろ」

 「その発言がすでにフラグッス」


 と思ったが鍵がいつもの場所にねーな。

 誰かが持ち出した状態? んなことってあんのか?


 「ちっと待ってろ。玄関を締めて勝手口から出て来るわ」

 「何でそんな面倒臭いことするんスか?」

 「いや出掛けるときは戸締まりくらいするだろ」

 「そうじゃなくて何でフツーに正面から鍵をかけないのかを聞いてるッスよ」

 「そんなんどうでも良いだろ。そういう気分だっただけだ」

 「ほーん?」

 「マネすんな」

 クッソォすっかり信用無くしてんなぁ。


 などと思いながら家の中に戻る。

 玄関のドアのサムターンを回してキッチンに向かい――


 おろ?


 床下収納の蓋が閉まってるぞ……

 誰かが閉めた? 誰が? いつ?

 それとも場面転換?



 勝手口の鍵は……掛かってる、か。

 うーむ。

 「勝手口に外から鍵を掛けたいが……キーケースに入ってるよな、いつも持ち歩いてるし」



 このまま玄関に戻るか予定通り勝手口から出るか……

 もしさっきの電話のときに聞こえたあの音が関係してるなら今の俺の行動は関係ねえ筈だが……

 何がきっかけだ?


 まあ十中八九さっきの電話だろうな。

 アレを取らないで無視してたら違ってたのかね。

 ひとまず玄関に戻ってみるか。


 ガチャ。


 「予定変更だぜ。ちょっち一緒に来てくんねーか?」

 「アレ? どうしたんスか? そしてちょっちって何スか?」

 「キッチンの様子が変わってたから取り敢えず戻って来た。

 ちょっちはちょっちだろ。それ以外説明出来ねえ」

 「またッスかっていうのも言い飽きたッスね」


 家に入る前と変わってねーよな?

 アホ毛を連れて玄関の中に入りまた施錠する。


 ガチャ。


 そのままキッチンに移動。


 「様子が変わってたのってどのへんなんスか?」


 「さっきまで床下収納の蓋が開いてたのに今見たら閉まってたんだよ」


 そういや息子の方も蓋が開いてたって言ってたな。

 こっちとの違いは中のものがちゃんとあって全部床に並べられてたってとこだったかね。



 あっちの蓋は誰が開けたんだろうな?



 「ホラーって訳じゃないッスよね?」

 「最後に見てからこの方あった出来事のどれかが関係あるんだろうがな」


 「ちなみに開けてみないんスか?」

 「このシチュってさ、開けろって言ってるみてーなもんだろ。

 だったら開けるって選択肢はねーだろ」

 「ひねくれてるッスねぇ。

 プレゼントはもらったらすぐ開けるのがマナーッスよ?」

 「だったらオメーが開けてみろよ?」

 「最初っからそうするつもりだったんスね!?」

 「開けるかどうかはオメーに任せるわ。

 どうする?」

 「ど、どうするって言われてもォ」

 「なんだ、開けねえのか」

 「わ、分かったッス。モノノフに二言は無いでゴザルッス!」

 「何でござるなんだ?」

 「と、とにかく開けるッス!

 ……せーの、フンス!」


 「アレ?」

 「どうした?」


 「開かないッス。コレ、何か開け方とかあるんスか?」


 「取っ手を掴んで引っ張り上げるだけだけど」

 「いや、まず取っ手が掴めないッス」

 「あ? 何だと?」


 これは息子に見てもらった定食屋の木箱やら文箱と同じやつか。


 「良し分かった次行くぞ」

 「へ?」

 「考えたって開かねーもんは開かねーだろ」

 「ま、まあそうッスね」

 「何だ? さっきの勢いはどうしたよ?」

 「いや、何というか……ヤバイ施設の入り口とかが出て来るんじゃないかと思ってたッスよ」

 「んなモンここで出たってそれこそ今さらだろ」

 「いやでも今まで聞いた話を総合すると……」

 「全部ウソとか妄想なんじゃねーの?」

 「えぇー!?」

 「ビビってるクセして不満を言うんかい。

 それこそ理不尽だろ」


 まあ本当はもっと別に理由がありそうな気もするけどな。


 「じゃあもっと大事な何かって何だったと思うッスか?」

 「分からん」

 「目の前の結果には必ず原因があるんじゃなかったッスか?」

 「じゃあさっきの音はどこから聞こえた?」

 「この家の中ッスかね? 少なくとも外じゃなかったッス」

 「それはつまりどういうことだと思う?」

 「どういうってことってどういうことッスか?」

 「この家ん中ででけぇ音が鳴る様な何かが起きたってコトだろ」

 「だったらここが怪しいッスよね?」

 「このキッチンのどこからそんなでけー音がしたんだ?」


 「えーと……床下ッスか……?」


 「何がどうなったらあんな音が出るんだ?」

 「えーとォ……」

 「どうだ、分かんねーだろ?

 これ以上何を調べろっつーんだ?

 もっと根本的なとこが分かってねーと結局何も分からねーんだよ」

 「こっちから電話をしてみるとか……?」

 「言っただろ、家デンから息子の携帯に掛けたときに繋がる奴とはまた別の声だったってな」

 「でも聞いてみるのに越したことはないんじゃないッスか?」

 「まあな。でも微妙に気になってることもあってな」

 「“時間制限”とか言ってたやつッスか?」


 「それもあるけどな、それよかさっき息子が出くわしたガイコツだよ」

 「ガイコツ?」


 「家に来る前に聞いただろ、俺ん家の床下で白骨死体を見付けたとか何とかってな」


 「ああ、鑑識さんの話ッスね?」


 「最初は何じゃそりゃって思ってたがさっきのやり取りであながち根拠のねえ話でもねーなと思ってな」


 「じゃあやっぱり床下が怪しいんじゃないッスか?」


 「問題はそこじゃねえ。

 第一息子が今いるのは“ここ”じゃねーだろ?」


 「つまり?」


 「俺が気にしてるのは白骨死体がどういう経緯で出来たモンなのかって方だ」


 「確かにそうッスね……普通に考えたら穏やかじゃない話ッス」

 「あの後鑑識さんはどうなったんだ? それに話を聞いたオメーも危なかっただろ」

 「苦しくてそれどころじゃなかったッス。

 でもやっぱりココ怪しいッスよ」


 「うーん……まあ確かにウチの床下も怪しいがな、そう簡単に覗けるもんじゃねえだろ。

 あとな、ぶっちゃけ単純にいつの間にか開いてたのがいつの間にか閉まってたって時点で見る気無くした。

 釣りだろ、フツーに考えて」


 「自意識過剰ッス!」

 「まあともかくそこが開かねえんならこだわってても意味ねーだろ」


 床下収納なんてフツーはスルーするぜ。

 地下に続く階段でもねー限りはな!


 「てな訳だ、隣に行くぞ」



 ガチャ。

 俺は勝手口の鍵を開けてアホ毛と一緒に外に出た。

 


 ガチャ。

 ――そして外から鍵を掛けた。



 隣、定食屋と行って最後は廃墟かね。

 あ、その前に警察署も行ってみた方が良かったりするか?

 しかし車で一時間の場所に歩いてくとなると何時間掛かるかね。

 仮に50kmあるとして時速4kmで歩くと12時間半か……

 そういやここで疲れとか眠気とかそういうのってあるのか?

 うーむ……一考の価値あり……か?


 などと考えているうちに隣に着いてしまった。


 「また何か下らないこと考えてたッスね?」

 「ああ、まあな」


 さてと、またしてもお邪魔しちゃうぜ。

 「スンマセンお邪魔しまーす」

 「お邪魔しますッスー」


 シーン。

 当たり前だけど静かだな。

 外も静かだけど。


 「さっきと同じッスね」

 「まあついでだからな。何もねーとは思ってたぜ」


 居間は……やけにキレーだな。

 まあどこもそうか。

 ん? そういやここにデジタルで高精細な掛け時計があったよな。

 ……って何だコレ壊れてんのか?

 イヤ、んな訳ねーか。


 「“9999年99月99日(--) 99時99分”?」

 「何スか?」

 「コレって前もこんなだったっけ?」

 「さあ?

 注意して見てた訳じゃないから分からないッスよ。

 エラーになったときに出るやつッスかね?」


 ここも色々あったからなあ。


 「鑑識さん、いますかぁ……?」


 「……」

 「……」


 「急にどうしたんスか?」

 「いや、モノは試しだと思ってな」


 さすがに応答が帰って来たら怖えーよな。


 「あ?」

 「何だ?」


 「ぐ……ぐるぢい……」


 オイオイマジかよ!




 「えーとォ……『スイッチ』……?」


 うお!? 視界が切り替わった!

 

 またあそこかよ!

 ……てか何だこれ!?


 目の前で首を掻きむしって苦しむアホ毛。

 しかしその背後に例の施設は無く、鬱々とした錆色の空と赤茶けた荒野が拡がっていた。



 何も無い……って訳じゃないな……ってここ廃墟じゃねーか!?



 良く見ると周囲には何らかの人工的な建造物の廃墟が点在していた。

 この配置……見たことあるぜ。


 ――コイツはもしかして“観測所”って奴なのか……?



 「あ……ぐが……ぐ……」


 やべえ! 俺は平気だけどアホ毛が死にそうだ!

 クソ……どうする!?



* ◇ ◇ ◇



 「あっあー」


 ……何だ?


 「あ゙ーゔあ゙……」


 空気が無い……のとは違うな……


 「オイ、どうした!」


 「……」


 ……?


 「うヴォアァァあああ……!」


 「おい、おいってば! しっかりしろ……!?」


 そのとき俺はアホ毛の肩を掴もうとしたが両手は空を切った……いや、すり抜けた。


 何だこれ……認識どうこうの話じゃねーぞ。

 そしてコイツは何だってんだ?


 試しに近場の壁か何かの残骸に手を触れてみる。

 ……すり抜けた。


 今までで一番訳が分からんぞ……何だこれ……


 「ぼ……ご…が…ぅ……」


 俺は周囲を見渡した。


 「げ……ぅ……」

 

 何かの施設の跡地には違いないな……

 問題はここがどこなのかってことだ。


 「お゙……ゔあ、あ゙グ」


 火星? 何か全体的に赤っぽいし……


 「ぼ……ご…が…ぅ……」


 イヤ、違うな……

 

 「ぼ……ご……!」


 重力が地球と同じだし現実の火星はこんなに赤くねえ。

 ……コレ大昔のSFに出て来た火星のイメージそのままじゃね?


 「あ゙!」



 そのときアホ毛がイキナリ突進して来て俺をすり抜け、盛大にすっ転んだ。

 そして……そのままビチャアという不快な音と共に破裂して汚らしい水溜まりと化した。


 「う……おぇぇ……何だよ……何だよオイ……」


 こ、コイツ……膝カックンでもしようとしてたのか?

 そう言えば何か言いたそうな感じではあったが……



 そもそもコレはどういう現象なんだ?

 さすがに過去の記憶とかそういう類のもんじゃねーよな……?


 “死ねば戻る”とか言ってたが客観的に見てコレはどういう状態なんだ?


 変身? 変化? それとも……

 何かが根本的に変わっちまった……とか?


 そもそも場所すら今までとは全く違う。


 どっちかっつーと髭面の男が双眼鏡片手にキョロキョロしてた場所っぽいが……その廃墟か?


 あるいは、風景は全然違うがこの場所は隣の家なのか?

 となると……


 感覚で自分の家があった辺りを見る。

 ……更地だな。


 そうだ、携帯は……!?


 “9999年99月99日(--) 99時99分”


 今がいつかも分からねえってか。

 オマケに新着メール通知も消えてるな。


 コレ、さっきまでの出来事とどう繋がってんだ?


 思えば前にアホ毛ヤローが苦しみ出したときは例のどこだか分からん秘密基地みてーな場所に場面転換したよな。


 アレと同じ場所なのか……?

 ならどうしたら戻れる?


 さっきは色々してるうちに視界が暗転して戻ったんだよな。

 それだけじゃねえ。

 コッチ側の人間は双眼鏡が無いと俺が見えねえとかあったな?

 二人組の片割れ、オタの方が何故か双眼鏡片手に俺ん家を眺めてたことがあったな?

 あんときヤツは何で見てたモンの報告をためらったんだ?


 そもそも双眼鏡を覗くなってのは何だったんだ?

 それにノートを死守しろなんて言われた割に俺の手元にあったことなんて殆んど無かったぞ。

 そういえばきっかけになったメモ書きがあったな。

 ポケットをまさぐり紙切れを探す。


 ガサゴソ……


 お、あった。

 ……!?


 “空を見て”


 こんなメモいつの間に……しかも例によって俺の字で書かれてやがる。

 こんな殺風景な場所でも誰かいるってのか?

 ……まあ、パッと思い付くのは一人しかいねーけどな。


 「見るのはどの空だ?」


 このメモはいつからポケットに入っていた?

 今じゃねえどこかの空かもしれねえ。

 今だったらここでこんな紙なんて用意出来る訳ねーしな。


 紙に文字じゃリアタイで伝えられねえんだ。

 ホントに何でこんなことすんだろーな?

 一度声を聞いたからなのかもしれねえが直接来ねえのが不思議で仕方がねーぞ。


 いや、一度じゃねえな。

 今ポケットをガサゴソして探してた紙、そのメモは周りがおかしくなっていく中で取った電話の内容だ。

 なぜか俺自身はその時のことを覚えてねえが。


 ……覚えてねえのは何でだ?


 忘れる? どうやって?

 そんなことどうしたら出来る?

 本当に俺自身が経験したことなのか?


 携帯をもう一度見る。


 “9999年99月99日(--) 99時99分”


 隣の家で見た掛け時計と同じ、か。


 誰のしわざだ?

 この携帯は何なんだ?


 「オイ! その辺で見てるんだろ?

 イイ加減姿を見せたらどうなんだよォ!」


 当然、誰からの返事も無い。


 「クッソォ!」


 俺は思いっ切り携帯を地面に叩き付けた。


 ……しかし携帯は壊れるでもなく数回バウンドして転がり、足元で止まった。

 傷一つ付いてやがらねえ。 

 まさかとは思うが地面はすり抜けてねーよな……


 拾い上げてボタンやSIMカードのスロットを確認してみるが、同じか……

 本体との一体成形っぽい造りで可動部品になっていない。


 落ち着け……

 コイツは今までと同じなんじゃないか?

 ここがいつの、どの場所なのかは分からんがそもそも何の跡地なんだ?

 まずこの廃墟が何なのかをあらためねーとな。


 周囲をキョロキョロと見渡して建築物の痕跡らしきものの形状と配置を確認する。


 うーむ。分からん。

 どっかで見た様な気もするが似た様な廃墟を何度も見てるからな。

 シチュが前とそっくりなのもあって例の“観測所”とかいう施設かと思ったがどうも違う様だ。

 遠目に見ると高層建築物の残骸と思しきガレキの山もある。

 あんなモンウチの界隈じゃ見たことねえし、そうなるとどこか俺の知らねえ場所か……


 遠方を仰ぎ見たことで自ずと空も視界に入って来た。

 空を見ろとか言ってたがそこには雲も何も無い。

 錆色ののっぺりした景色だ。

 ……いや、何か見えるな? 月か?

 もしかしてこの錆色はモヤっつーか光る雲みてーなのが一面に広がっててそう見えるモンなのか?


 顔を上げて空全体を見渡す。

 そう言えば太陽が見えねえな……あの月みてーなのが実は太陽だったりしすんのか……


 だがここもさっきまでいた作りモンの町と同じなら天体運行もクソもねえよな。


 結局空を見ろってのはこの空のことじゃねーんだろーな。


 しかしこんな景色の場所っていったらやっぱアノ場所しか思い浮かばねえ。


 あのバイトリーダーはここが火星だって言ってたが……

 そもそも重力が1Gな時点でおかしい。

 だったら何なんだって考えるともっともらしい答えが一向に出て来ねえ訳だけど。


 大気の主成分が二酸化炭素だとも言ってたが俺は何ともねえ。

 さっきのアホ毛の苦しみ方はよくよく考えてみると呼吸とか気圧とか関係無さそうだった。

 目ん玉飛び出したりとかも無かったからな。


 てことは気密服とかいうヤツはそういう用途のモンじゃねえってことになるな。

 俺が平気なのはその辺の何かが関係してるのか……


 そうすると“彼女”がウソだと断じてたのは一応正しいってことなのか?


 じゃあ何で奴らはあんなウソをペラペラとしゃべったんだ?

 本気でそう思ってた?

 それともそういう役割の人工無能だから?

 役割って何だ?


 それともこの場所がそれっぽい作りモンなだけで実際に同じモンが火星に存在する?


 携帯の画面表示が変わったのとここがどこかってことには何か関係がある?



 ……ダメだな。

 まあ考えても分からんモンは分からんか。


 取り敢えず動き回ってあちこち見るしかねえか。

 ここに戻って来れる様に何か遠目にも分かる目印があれば良いが……

 これもまあ無理だな。地面に何か書いとくか。


 小石を拾ってガリガリと……書けねえ。

 どんだけ硬ぇんだよ。


 いや待てよ?


 携帯を懐から出して角を地面にこすりつけてみる。

 おお、やっぱ描けたぜ。

 物理法則なんてあるんかいなと思ってたけど一応矛盾は無いのね。

 これで一定間隔ごとに×印でも付けながら歩くとすっか。


 携帯の角は……全く削れてねえな。

 削れてんのは地面の方か。

 まあ、んなこたぁどうでも良いが。


 まず目指すべきはあの高層建築物っぽいガレキの山か。

 分かりやすいランドマークだしな。



 俺はアホ毛だったナニカに目をやりつつその場を後にした。


 周囲にあるガレキは石造りの建物の跡なのか壁や入り口の形が割と分かる形で残されていた。

 その割に天井まである建物は皆無で、中米の古代文明の遺跡みてーだ。


 間取りがはっきりと分かる家や飲食店か何かだった様な造りの建物もあった。

 石のテーブルのある居間、かまど、寝室……そこで誰かが生活していたらしい痕跡が伺い知れる。

 石造り? の家具の配置や開き具合はさっきまでそこに誰かいたのかと錯覚しちまいそうになるくれーだ。

 実際は何で出来てるか分からねえ破壊不能オブジェクトなんだろーが……


 こうしてみると分かる。

 さっきまでいた場所とは明らかに違う。 

 ここは日本とは違う文明が栄えていた場所だ。


 住んでいた人はどうなったんだろーな……

 ウチに押しかけて来た頭おかしいヤツみてーなのでも良いから会ってみてえ気がするぜ。


 ……いや、すでに会ってる……のか?

 そうだな、そう考えるのが自然だ。



 路地裏らしい感じの場所を抜けるとちょっと開けた場所に出た。


 中央広場みてーな場所か。


 四方に伸びたメインストリートの中心に大きな噴水。

 噴水の中央にはオベリスクっぽい感じのバカでけえ石柱っつーか尖塔が配置されている。


 コレ、どうやって動かしてたんだろ。

 見た感じ中世以前の文明レベルっぽいしヘタすると古代ローマとかそのくらいなんじゃねーかなぁ。

 それとさっきから思ってたがここってかなり広いんじゃねーか?


 メインストリートだと思っていた四本の街路の彼方には全て、同じ様な尖塔が見える。

 つまり全方位に渡って似たような作りになっている訳だ。

 だが尖塔の先っぽに乗っかってる動物みてーなのはそれぞれ違うみてーだ。

 おおかた四方を見守る守護聖獣みてぇなヤツなんだろうな。

 装飾も最低限だしまじないとか風水、そんな感じの配置だ。


 そして方角は分からねえがその向こうのはるか彼方に目的地と定めた巨大建造物が見える。


 アレは相当な大きさだぜ。

 もしかしたら5、6kmくらいは歩くかもしれねーな。


 物珍しさもあるし何もなけりゃあまんべんなく見て回ってみてえもんだがなぁ。



 “デンデロデロレロリーン♪”



 ……!

 ……このタイミングでSMSかよ。

 あいつじゃねーが軽くホラーだな。


 ん? ありゃ?

 新着メール通知が来てねーぞ?


 てかやっぱ誰か見てんのか?


 何だろーな……この違和感。

 ……さっきの紙か。


 “学院の紋章に触れて”


 また訳の分からんことを……

 頼むんだったらどこにあんのかくれー説明せぇっちゅーに。

 それに学院の紋章って何やねん。


 ――ん?

 そういえばさっきの月だか太陽だかはあんな方向にあったか?


 歩いてる方向に何か違和感を感じてたがそういうことか。

 逆方向に行っちまってたか?

 いや、目的地のデカい建築物はあっちで合ってるな。


 ……ああなるほど、そういうことか。



 振り向くと後ろにも同じ様な月くらいの天体が空に浮かんでいる。

 良く見ると微妙に色が違うから本当に別モンだな。


 月か……仮に月だとして、それが二つあるのか……

 となるとここは地球じゃない?

 まあ、そう考えるしかねーよな……


 まん丸い大きな月が二つ見える惑星?

 どこだそれ?


 太陽系にそんな星あったっけ?

 ねーよな?


 マジでどこなんだよココは。



 まあ良い。

 考えごとは止めだ。


 目的の場所はあの噴水の向こう側か。

 


 “デンデロデロレロリーン♪”


 何だよ、しつけーな。

 まさか俺ん家に何回も電話して来たヤローじゃねぇだろーな。


 ……。


 “ヒクイドリの噴水広場”

 

 うーむ。ヒクイドリって地球の生き物じゃね?

 てか説明ゼロだけどコレは尖塔の先っぽの飾りのことなのか?

 それにしたってたまたま名前が同じで地球とは全然別の生き物だったらそれだけでもうダメだろ。

 それに四方全部鳥系だったらなおさら分かんねーぞ。

 社会人経験ゼロなんじゃねーのかコイツ。


 まあ、かといって目の前にあるのを見ねえ手はねえか。


 ……不死鳥っぽいな。

 地球基準だと明らかにヒクイドリじゃねえ訳だが、コレ全部見て回るしかねーか。


 いや待て……紙に書いてあったのは“ヒクイドリの噴水広場”、それだけだ。

 行ってみた所で正しい場所かなんて分からねえんだ。

 つまりわかってるのは“噴水広場”の部分だけってことになる。

 クッソォ……考えるのもアホらしくなって来たぜ。

 

 こんな携帯どっかにブン投げて行きてーとこだがなあ。

 地面に目印を残すのに必要だしイザとなったら多分身を守るのに使えたりするだろーからなあ。



 そんなことを考えつつも俺は向かって右の広場に向かって歩き出した。

 位置関係からしてさっきたまたま着いた広場が中心ぽいからどこから行こうが同じ……うえぇ……マジか……


 着いた先の広場からは来た道を含めさらに四方に伸びる大通りがあり、それぞれの行く手に同じ様な噴水と尖塔が見えていた。


 どんだけ広いんだよ……ってアレ?

 足元にさっき俺が付けた✕印があるぞ。

 

 えぇ……


 今度は正面の噴水に向かう。

 やっぱ×印がある。


 こりゃマップの端っこから端っこにワープしてる感じか?


 全部試せってか……

 面倒臭えな……が仕方ねえ。


 残るは左と後ろか。



 ………

 …



 クッソォ……残りも全部ハズレってどういうことだよ。

 これじゃあ無限ループじゃねえか。

 

 しかし少なくともあそこに行くのは無理ってことははっきりしたな。


 戻るか。もと来た道を――


 ………

 …



 ――思ったより早く戻って来ちまったな。


 まだそこにあるナニカに目を向ける。

 コイツはさっきまで普通に動いてしゃべる人間だった。

 それが今は骨どころか着ていた服すら無い、赤黒いスライムか何かがべチョリと広がった不気味極まりない水溜まりだ。

 

 この水溜まりに触れて場面転換が起きたらコイツはどうなる?

 そもそも生きてんのかも分からんからうかつに触れねえな。


 死ねば戻るとか言ってたが……コレはさすがになあ……

 今頃どこかで「ハッ!?」とかやってれば良いが――




 ………

 …




 ――ハッ!?



 俺は今まで何を……


 気が付くとそこは隣の家の居間。

 俺はさっきから一歩も動いてなかったことになるのか。

 ちょうど目の前に例の高精細な掛け…時……計……?


 そこに映っていたのは時計ではなく写真。

 親父の会社の中庭で手を振る母さんだった。


 後ろの木に花が付いてるな……何の木だっけ?

 ウチにある遺影と同じ構図だが撮った時期は違うな?


 場所は同じだ。間違いない。


 背景に例の彫像があるし四方は会社の建屋に囲まれている。

 何よりその姿は定食屋でいっとき見せられたあの映像そのままだった。


 何でこの写真がこの家に――


 思わず握りしめた手を開くと中にはしわくちゃになったさっきの紙切れ。


 ……!


 “今目にしたものを忘れないで”

 

 また俺の字だ。

 一体誰が……さっきまであった字は……?


 掛け時計に目をやると元の表示……いや……


 “2042年05月10日(土) 10時01分”

 

 俺の携帯も見たが同じだった。


 なぜ母さんが……?


 こんなモノ、70年代以前とはどう考えてもミスマッチじゃねーか。


 それがどうして……?

 思えばここの奥さんがいかにも関係者だぜって雰囲気を醸し出してたが……



 「どうしたッスか? さっさと行くんじゃなかったんスか?

 分かった! 膝カックンしてほしいんスね!?」



 そして何事もなかったかの様にそこにいるコイツ。

 ったく……何だってんだ?



 「うるせえよ!」

 ぺちっ!


 夢……いや、それは無いな。

 この紙切れが何よりの証拠だ。


 アレは……あの汚ねえ水溜まりは何だったんだ?


 遺影と位牌がもうひと組あった、それを俺に伝えた。

 家デンに掛かって来た四回の着信のうち最初の二回は聞こえてなかった。

 そのとき起きてたことは何だ。

 こっちに来てからは――

 鑑識さんに声を掛けた? いや、関係ねえな。

 


 まあ次行きゃ何か分かんだろ。

 定食屋に行くか。


 とその前に……


 「コレ持っとけ。見覚えあんだろ」

 「いや、そりゃ分かるッスけど窃盗ッスか?」

 「借りるだけだバカ。良いから持っとけ」

 「何だか分かんないけど分かったッスよ……」


 俺たちは最後に仏間で手を合わせて外に出た。


 ……そういや言い忘れてたな、逝ってくるぜぇっての。

 何だかんだ俺も大概だぜ。



 しかし先っぽのアレは何で遠目に見たときだけ違って見えたんだろーな?

 あそこで付けた×印は……


 まあいずれ確認する機会もあるか。



* ◇ ◇ ◇



 今コイツに持たせた掛け時計、俺ん家にあったらしい遺影と同じブツでほぼ間違いねえな。

 あとの問題は位牌がどこにあるかだが……


 「面倒くせぇけど歩いてくしかねーな」

 「分かりきってることをわざわざ言う必要あるんスか?」

 「うるせぇよ!」


 そう言いながら入る前にも見た誰のものか分からない車の前を通る。

 このクルマは相変わらずあるな?

 そういやこの辺で何かあったっけ?

 うーむ……


 「そんなコトより何か思い出したッスか?」

 「あ? 何がだ?」

 「さっきの電話の声の主ッスよ」

 「そーいやそんなんあったなぁ」

 「あー、一応ッスけど大丈夫ッスか? 頭」

 「心がこもってねえなぁ」

 「オイラはいつだって真心一杯ッスよ」


 さて、何かもういっぺん家に戻ってみてえ気もするがここは当初の予定通り定食屋に向かうとするか。


 「しかしウソの様にひとっ子ひとりいねーなぁ」

 「オイラたち以外は誰もいないんスかねえ」

 「どっちかっつーといなくなったのは俺らの方なんだろーけどな」

 「案外ホンモノのオイラたちは現実の場所で普通に暮らしてるかも知れないッスね?」

 「ああ、ソレあり得るな」

 「もしそうだとしたらホンモノの自分に会ってみたいもんスねえ」

 「そうだな、割とマジでそう思うぞ」


 でも何でだろーな。

 絶対叶わねえコトの様にも思えるぜ。


 ドッペルゲンガーに会ったヤツは必ず死ぬって話があるよな。

 過去の記憶やら何やらで作り出されたヤツが自分自身と対話するってことはねーのかなぁ。



 角を曲がると八百屋が見えて来た。


 「あのうるさいオバちゃんもいないみたいッスね」

 「あれ? オメー八百屋のおかみさんと面識あんだっけ?」


 「言われてみれば確かに……でも前に会ったときに何か凄くイヤな目に遭った様な気がするんスけど……

 誰に……?

 さっきのあの車は……アレ?」


 「オメー頭大丈夫か?」

 「ぐっ……言い返せないッス!」

 「隣に停まってたクルマに見覚えがあんなら申告しろよ」

 「何か取り調べみたいッスって……アレ?」

 「今度はなんだよ」


 「あの車って確か刑事さんが乗ってた様な気がするッス……?」


 「疑問系だから分かってんだろーがさっき載せてもらった覆面パトは違う車種だっただろ」


 「アレ……? 確か廃墟の……?」


 「その話八百屋のおかみさんはどこで絡むんだよ」

 「うーむ……頭おかしいッスね」

 「自分で言ってりゃ世話ねえな」


 と言いつつコイツは覚えといた方が良さそうだな。


 「見慣れねえクルマ、八百屋のおかみさん、何かイヤなこと、刑事さん、廃墟。

 取り敢えず覚えとくか」


 「採用ありがとうございますッス」

 「何じゃそりゃ」


 しかしさっき見たとこに比べるとこの町ってかなり広いよな。

 ずーっと歩いてったら廃墟に辿り着くんかね。


 確かにあちこち精密さに欠けるとこはあるけどこれだけのモンを作るって相当だよなあ。


 「そういや息子はどうなったんかね?」

 「さあ? ガイコツさんとダベってたりするんじゃないスかね?」

 「どうだろうな、さすがにもう元の定食屋に戻ってるんじゃね?」

 「そんなもんスかね?」

 「そんなモンだろ」

 「あ、おっさんの負けッス!」

 「何の勝負だよ!」


 という具合にテキトーなやり取りをしてる間に定食屋に着いた。


 イヤ、そうは言っても30分は歩いたぞ。

 毎度毎度クルマ移動だから分からんかったけど2.5kmってこんなん遠かったんか………


 おろ? 三輪バイクがあるぞ。


 「乗って遊ぶのは後にするッス!」

 「へいへい」


 さて、10日の10時時点の定食屋か。


 ちなみに10日の10時と言ったらコイツとここでバイトしてたっていう例の女子高生は廃墟にいたんだよな。


 でもってコイツは詰所に忍び込んだら見知らぬ森に放り出された、と。

 そこでゴリラに撲殺されて気が付いたら留置場か……


 ん? 何か変じゃねーか?


 「なあ、ゴリラに撲殺された後って気が付いたら留置場にいてす巻きにされて転がされてたんだよな?」

 「そうッスよ。てかここに来てまた脱線スか?」

 「ソレっていつの話?」

 「安定の質問無視ッスね……えーと、気が付いたら……10日の午後くらいだったッスかね?」

 「時計とか見たんか」

 「空が夕方っぽく染まってたからッス」

 「夕焼け色だったのか?」

 「赤っぽく染まってたッスけど……

 そうッスね、赤茶けた曇り空みたいな感じだったッス」

 「監視の仕事で眺めてた空とは違う色だったのか?」

 「言われてみれば同じ様な気がしてきたッスね」

 「監視してた場所は四六時中赤茶けた空って訳じゃなかったんだろ?」

 「そう言えば連れてかれた時間はまちまちだったッスけど空の色とか明るさは常に一定だった様な……」

 「さっきから返事がやけにあいまいだな。

 思い出そうとしてもあまり思い出せないのか?」

 「うーん……確かに実体験だったのか怪しい気がして来たッス」

 「じゃあどうやって連れてかれたかも覚えてないか」

 「いつもアジトの中のどっかに連れてかれてそこから入って行った様な気がするッス……?」

 「うーん、やっぱあいまいな感じだな」


 俺は廃墟に向かってて途中で検問詐欺にあって家に戻った。

 そこで二人組が息子の嫁にタイホされてす巻きにされてた。

 まあそれは後になって息子から聞いた話な訳だが……


 そのとき捕まった二人組は廃墟に続く道で検問詐欺やってたって話だったな?

 その二人組は俺を検問詐欺にかけた奴らと同じ人物だったのか?


 「ゴリラに出くわす前ってどっかの森の中でフラフラと遭難プレイしてたんだよな?」

 「その通りッスけど遭難プレイって酷いッスね!」

 「その日って検問の仕事とかしてた?」

 「打ち合わせだけだったから現場には出てないッスよ」

 「あー、やっぱそーなのか。

 そもそもお前らって廃墟に何か設営して拠点にしてたんだよな?」

 「そうッスけど?」


 やっぱあそこで連続性が途切れるんだよなぁ。

 どっかで舞台から降ろされてそのままになってる……?


 今さらだけどあいつらって誰だったんだろ。

 それに息子の嫁に伸された奴らは何だったんだ?

 そもそも“ヤツら”は何でウチに来てたんだろーな。

 何か分かりそうなんだがなあ。


 「膝……」

 「あー、はいはい。あんま年寄りの膝イジめんなよな」

 「裏側だから大丈夫ッス!」

 「そういう問題じゃねーだろーが」

 「店に入らないんスか?」


 「もう一個確認させてくれ。ちなみに監視員の方は?」

 「監視員はしばらくやってなかったッスね。

 今にして思えば怪しすぎるバイトだったッス」

 「イヤ検問業者も怪しいから」

 「へ?」

 「検問ていったら警察の仕事だろーが……あ?

 あっ!? あー、いややっぱ……うーん……あれ?」

 「また始まったッスか」

 「オメーらって警察から仕事請け負ってたりしてたの?」

 「さあ? オイラは下っ端ッスから分かんないッスね。

 そういえば姐さんが刑事さんを連れて来たのは見たことあるッスけど」

 「あー、やっぱそうなのか」


 「あのーいまの話って定食屋さんと何か関係あるッスか」

 「そりゃーあるかねーかって言ったらあるってことになるんじゃねーか?」

 「なるほど、無いッスね?」


 よし、入るか!


 「じゃあぼちぼち入るとするぜ。

 ……ごめんくださーい」

 「ちわーッス! カツ丼一丁お願いしますッスー!」


 シーン……


 「まあ誰もいねーよな」

 「何か開店前って感じッスね」


 これが10日の10時の状態だって言われても無理があるよな。

 いや、時間的に見たらそんなもんなのか?


 「ガイコツはねーな」

 「そ、そうッスね」


 「息子と同じ様に動いてみっか」


 奥の階段から二階に上がる。


 この建物って建て直ししてんのかね。

 まあ昭和の物件だしウチだって建て替えしてるからな。

 息子によると居住スペースはねぇって話だったな。


 「お邪魔しまーす……」

 「何かすごく久し振りな気がするッス」


 「さてと……ちょっくら失礼するぜ」


 仏壇に手を合わせて収納に手を掛ける。


 「すっかり窃盗犯も手慣れた感じッスね」

 「うるせえ……ってアレ?」


 「無いッスね?」

 「ああ、ねーなぁ」


 双眼鏡が入った木箱、それに写真と封筒が入った文箱の両方がねえ。


 「そういや双眼鏡はさっきオメーの相棒が手に持って俺ん家の前に立ってたよな」

 「相棒は確かにここに寄ってからおっさんの家に向かったッスけど、そのときと今とじゃ何てゆーか……違うッスよね?」

 「確かになあ。

 しかも双眼鏡持ったまんまスーッといなくなっちまったしその次に会ったときは手ぶらだったし」


 ここに何かがあるのはほぼ確実、な筈なんだがなぁ。

 一番関係ありそうだって思ってたモンがねーとなると……後は何だ?


 「何ていうか……あるはずのモノがない時点で何かあるってのが確定的になったッスよね?」

 「オメー顔の割に頭良いな」

 「顔の割には余計ッスよ!」


 そうだ、ここで死蔵してた筈のモノが日の目を見たのって……


 「定食屋さんの話だと双眼鏡やら写真やらはおっさんのお祖父さんから預かった品だって話だったッスよね?」

 「まあこれが事実を反映してるかどうかってのはまず疑問に思うとこだが」

 「でもここに無いってことは他の場所にあるかもってコトッスよね?」

 「そうだな……ちなみに廃墟でその姐さんてのが持ってたなんてことはねーよな?」

 「うーん、オイラが見た限りでは持ってなかったと思うッス」

 そういや廃墟で目の前に双眼鏡が転がってたなんてコトもあったな。

 だがアレは現実じゃない筈だ。


 ……って今いる場所も現実世界じゃない可能性が高いのか。

 いや、場所が人工的なのであって自分まで非現実って訳じゃねぇ可能性だってあるからな。


 「事前情報ってか定食屋の取引関係からして警察が怪しいよなぁ」

 「警察ってゆーか刑事さんスかね」

 「あっそーか。その線だとオメーらが探してた姐さんて奴がいっちゃん怪しいんじゃねーか?」

 「でも今の日時だと姐さんは廃墟にいる筈ッスよ?」

 「その後は?」

 「知りようが無いッスよ。分かってて聞いたッスか?」

 「いや、予定くらいあっただろ。ここにバイトに来るとかさ」

 「定食屋さんの話も総合すると、姐さんは廃墟に行ったまま行方不明になってる筈ッス」


 行方不明か……


 「俺らみてーになってる可能性もあんのかね」

 「さあ?」


 まあ情報が無さ過ぎて何も言えねえな。

 だが腑に落ちねえ。


 「10日の10時にここに無ぇ筈モノを今知ってる俺たちって一体何なんだろーな?」

 「この後誰かが何かをしたに違いないッス!」

 「んなこた分かってんだよ。それを今から考えんだろーが」

 べちっ!

 「痛いッス!」


 「どっかに移動されたんなら他の場所にある筈だ」

 「でもここには誰もいないッス……」

 「ちげーだろ、実際にどっかに移動持ち去られた後の状態がここにも反映してるんじゃねーのか?」

 「あっそーかッス」

 「つー訳で探すぞ」

 「もうすっかり犯罪者ッスね……」

 「オメーに言われたかねーよ!」

 「理不尽ッス……でも他に心当たりなんてあるんスか?」

 「ねぇよ」

 「ズコー!!!」

 「いちいちリアクションせんでえーわ!」


 見たところここに何かあるって感じはしねーな。

 どこを探せば良いもんやら……


 「あっ」

 「何だ?」

 「髪の……毛……? 多分誰かの髪の毛ッス!」

 「何だと? てことは俺ら以外に誰かがいる?」

 「短めのくすんだ赤? 誰の毛ッスかね?」

 「って俺かい!」

 「あー言われてみればそうッスね」

 「今抜けたヤツか。抜け毛が少ねーのが自慢だったんだがなあ』

 「おっさんは毛が抜けるほどストレスフルな生活を送ってる様には見えないッスからねえ」

 「ビミョーにイラッと来るコメントだなおい」

 「率直な感想ッス」


 クソォ、好き勝手言いおってからに……


 しかし髪の毛? ここに来てか?

 何でまた?


 「髪の毛なんて今までだっていくらでも落ちてたんじゃないのか?」

 「そうかもしれないッスけど、注意して見たことなんて無かったから分からなかったッスよ」

 「うーむ……そういうもんかね」


 うーむ……



* ◇ ◇ ◇



 「念のためだ。何かに入れて持ってくか」

 「自分の毛ッスよね?」

 「見た目そう見えるが俺の毛って決まった訳じゃねーからな」

 「でもホコリひとつ無いのにいきなり髪の毛ってオッサンの毛以外考えられなくないッスか?」

 「いや、だから俺の髪の毛じゃなかったら誰の毛なんだってなるだろ」


 「何か包むモンは……と」


 ポケットに何枚かあったメモ書きを適当に掴んで取り出した。


 「おろ?」


 “今目にしたものを忘れないで”


 よりにもよってさっきしまったばっかのが出て来ちまったぜ。

 まあ良いか。別に捨てる訳じゃねーしな。


 俺は拾った髪の毛を紙に乗せてこぼれ落ちない様丁寧に折り畳んだ。


 「さてと」

 「手分けするッスか?」

 「いや、なるべく一緒にいた方が良いだろ」


 紙を再びポケットに戻して改めて部屋を見回す。

 ……クソ、何もねえな。


 ふと仏壇の方を見ると定食屋の親父の遺影と位牌が視界に入る。

 ヤツは俺の同級生だが病気にやられて今は故人だ。

 そしてコイツもかつて俺に対して何かと世話を焼いてくれた連中の一人だ。

 思えばコイツも双眼鏡やら何やらに関して何か言い含められてたところがあったのかもしれんなあ……


 「その遺影の人もおっさんの知り合いなんスか?」

 「ああ、話してなかったな。

 この人はここの主人の親父さんだぜ。

 俺と同い年でガキの頃からの付き合いだ。

 まあ昔は俺が外人だ何だって理由で大分イジメられてたから交流は薄かったが」


 「その割に懐かしそうな顔してるッスね?」

 「大人になってからは随分と良くしてもらったからな、怖いくらいにな」

 「何か理由があったんスかね。

 それとも昔イジめてた後ろめたさとか?」

 「さあな。俺にも分からんが、今にして思うとここにあった双眼鏡やら写真やらが何か関係してたのかもな」

 「おっさんのお祖父さんが誰かから預かってたのをさらに定食屋さんのお祖父さんに預けたとか言う話だったッスよね?

 でも理由としてはイマイチ弱い気がするッスね」

 「そうだなあ。理由に関しては正直俺も分からねえんだ。

 戦争絡みだったら俺のジイさんが助けたとかその手の話があるのかもしれねーがな」

 「ソレって定食屋さんだけに限った話じゃ無いッスよね?

 前におっさんから聞いた話ッスけど」


 「オメーよく覚えてんなあ」

 「そりゃつい最近のことッスからね」

 「正直俺はイベントが多過ぎてキャパがいっぱいいっぱいだぜ」

 「まあ無理もないッスよ」

 「なぜに上から目線なのか……」


 何か“象徴するモノ”がある筈なんだがなあ。

 それにさっき息子が見せられていたモノ……アレは何だ?

 ここで何かをすれば俺も目にすることが可能なのか?

 そして息子との会話が途切れる直前の向こう側でのやり取り。

 例のガイコツ以外に誰かがいた?

 あの状況、鑑識さんの気配が消えたときにそっくりだった。


 一体、何があった?

 加えてあの映像、孫が見たっていう例の人物。

 ここに何があるってんだ?


 そういえば息子が昔の店内で調べてたモンの中で、ピンク電話だけが妙にリアルじゃなかったか?

 電話は掛けられなかったがダイヤルを回すギミックやジーコジーコという音は本物そっくりだった。

 聞いた感じ、受話器の重量感とかそれを電話機に戻したときのチン、というベルの振動音も本物さながらだったな。

 アレに相当するものが今の店舗のどっかにあったりすんのか?


 ……ひょっとして何かあるのは一階の方か?

 さっき分かったことだが二階の居住スペースは76年の時点ではまだ無かったらしい。

 だったら当時の出来事やら何やらに関係があるものは一階にある可能性が高い?



 「こうして見ると一階に何かありそうなもんスけど、双眼鏡とかがこの部屋にあったことを考えるとどっちも可能性はあるんスかね。

 もともと住んでた家から二階に引っ越したらその手のものは二階に運び込むッスよね?」

 「オメーやっぱ今日は冴えてんな。

 ひょっとしてニセモノだったりする?」

 「失礼極まりないッスね!」


 「じゃあ……

 さっきお隣のリビングでぐるぢいとか言ってもがいてただろ。

 覚えてるか? 二回目のヤツ」

 「二回目?」

 「ナルホド、身に覚えがねーって感じだな」

 「そんなことがあったんスか?」

 「ああ、そんときオメーは多分……そのままくたばっちまってたからな。

 今のオメーが覚えてねえのも納得だぜ」

 「多分ってのは何ッスか?」

 「聞きてーか?」

 「是非とも聞いてくれって顔ッスねぇ……」

 「おう。じゃあ話すぜ!

 オメーは一瞬で赤黒いナゾの液体になってビチャァと汚らしく地面に広がるシミになったんだぜ」

 「うげぇぇ……想像のはるか斜め上だったッス」

 「正直ホラーだったぜ。

 結局それが何だったかも分からずじまいだったしな」

 「聞かなきゃ良かったッス……

 でもオイラがそれを知らないってことは……」

 「さっきまで俺と一緒にいたオメーと今ここにいるオメーは別人てことになるんだろうな」


 「逆に言うとおっさんはさっきまでオイラが見てたおっさんとは別なおっさんてことになる訳ッスね!」

 「確かにそうだな……さっき俺が押し付けた掛け時計あんだろ?」

 「これッスね?」

 「それと同じモンに見覚えはねーか?」

 「無いッスね。コレと同じモノがあるってことッスか?」

 「俺も現物を見た訳じゃねえから同じかどうか分からんけどな、オメーが俺ん家で仏壇に置いてあったのを見た筈なんだ」

 「全く記憶に無いッスね」

 「そうか……」


 しばらくコイツと行動を共にしてるが……

 “何回あった”か分からねえな。


 何でもねえタイミングでクラッと来たり、ヘタするとそのときも……?


 ウチに電話してみたりあの廃墟の町を見せてチョッカイを掛けてみたり……

 前よりも直接的になってきてるが訳が分からねえのは相変わらずだ。

 近くに誰かがいるのは確かだが……何がしたい?


 「おっさん、前に言ってたッスよね。

 別々の目的を持った人たちが別々にちょっかい掛けてきてる、みたいな話」

 「まあな。何でかは知らんが直接来るのか増えてきた様な気はするんだがな。

 ワケワカなのは相変わらずな訳だが」


 「さっき息子さんは一旦二階を見て、一階の店に戻ったら状況が一変したッスよね?

 取り敢えず同じ動きをしてみるッスか」


 「いやマジでどうしたんだ?

 とうふの角にでも頭ぶつけたか?」

 「ホントに失礼極まりないッスね!?」


 「まあ良い。ご提案の通りにしてみるとすっか」

 「ご採用いただきありがとうございますッス」

 「いやマジでどうしたんだよ……?」


 これじゃまるでヤツらみてーじゃねーかよ……



 ………

 …


 てな訳で一階の店舗に戻って来た訳だが……


 「何も変わったとこはねーよな?」


 『父さん?』


 なぬ?


 「マジかよ……お化けか」


 『お化けは父さんの方だろ……って携帯か』

 「ホラーッス……と思ったらオイラの携帯だったッス。

 ……今後切り替わったと感じたら試してみてくださいッス」


 「何? お前。やっぱ変だぜ」

 「ひどい言い掛かりッスね!」


 『何の話?』

 「それよか来たぜ、定食屋。オメーの方は今ドコだ?」

 『マジで? 俺父さん家に戻って来ちゃったよ』

 「まあそれなりに時間も経ってるし申し合わせてた訳じゃねーからな、しゃーねえよ。

 それよりオメーの方は何かトラブってなかったか?」


 『いや、別に何も……収穫なしってのが収穫かな』

 「そうか、なるほど」

 「ちょ、ちょっと待つッス。そうか……じゃないッスよ!」


 「そうか、なるほど。『復唱、どうぞ』」

 「そうか、なるほどッス」

 「語尾は直らねえんだな」


 「な、何スか今の!?」

 『父さん、今のは何?』

 「あー、今からスゲーイヤなこと言うぞ。心の準備しとけ」

 「急にどうしたッスか? 取り敢えずどうぞッス?」

 「オメーがやっぱモルモットだったってことだ」

 「な、何怖いこと言ってるんスか!?」


 コイツを利用すりゃあある程度のことは掴めるな?

 ……だがどうにも気に食わねえぜ。


 「まあ心配すんな。俺からどうこうするつもりはねえ。

 奴さんにその気が無けりゃあな。

 今まで通りにしてりゃ良い」


 この場所が無くなったらコイツ……いやコイツらはどうなるんだろうな?

 ここはいつから存在してる?

 元々あった場所に俺が何らかの手段で運ばれて来た?

 それとも……?

 さすがに目の前の状況だけでそこまでは分からねえな。


 『父さん、そっちで何かあったのか?』

 「何かって程のモンでもねえよ。

 それよかそっちはやっぱ散らかり放題な感じなのか?」

 『ああ、相変わらずだよ。携帯の日付も変わってないね』

 「そうか。ちなみにさっき通話が切れただろ? 急にさ。

 そん時の状況を教えてくれ」

 『急に? そうだな……電話が遠くなったっていうか……

 ああ、電波が無くなった感じだ』

 「電波が無くなる? ああ、悪くなるってことか。

 確かにこっちから聞いててもガリガリザザザって音が強くなってそっからプツンと切れた感じだったな。

 で、それ以外に何か無かったか?」

 『いや、その後は何も』

 「ガイコツさんはどーなった?」

 『ガイコツ? 何の話?』

 「それマジ?」

 『あー、何か忘れた系か』

 「忘れたっつーよりそれ自体元から無かったんじゃねーか?

 例えばピンク電話なんて見てなかっただろ」


 「事象そのものを無かったことと見なすならばその状態もまた保持されたままでそこに留まるッス。

 ここではそれが唯一の事実であるッス。

 あった筈のものが無くなったという話とは根本的に次元が異なるッス」

 「オメーは黙ってろ」

 「お口チャックは無理っぽいッスよぉ」

 「分かってる。

 オメーってのはオメーのことじゃねーから安心しろ」

 「不安しか無いッス!」


 まあそうだろうな。


 「続けるぜ。見てねーだろ? ピンク電話なんてさ」

 『ピンク電話? それってピンク色の電話? 見てないな』

 「その反応だけで十分だぜ」


 コイツはかなり遡るんじゃねーか?

 コレをどう繋げてくか考えねーとな……



* ◇ ◇ ◇



 こっちに来る前からそれと分かる兆候はあった。

 まず、家の前にあった見慣れねえクルマだ。

 俺は確か一応と思ってナンバーを控えておいた筈だ。

 だがその紙が今は手元にねえ。


 そしてキッチンの床下収納。

 開いていた蓋がいつの間にか閉じられていた。

 それだけじゃねえ。

 蓋は床と一体化してるみてーだったぞ。

 ソイツは多分いつものアレだ。

 作者が興味ねえ部分は決まってディティールが甘い。

 ……しかしどーでも良いトコを開けたり閉めたりすんのか?

 解せねえな。

 まあ結果的に閉まってる状態になった、そう考えるのが妥当だろーな。


 次いであの錆色の場所でいつの間にか手にしてた紙切れ。


 一階に降りた途端に急に繋がった息子との電話。


 それにこのアホ毛野郎。

 初めからコイツは同じ存在……だったのか?

 そういやアホ毛はあのクルマを見たことがある様な気がするとほざいてたな?

 これはコトが起きた前後で生じた相違なのかもしれんな。


 俺ん家、隣ん家、定食屋。

 それぞれでヘンテコな出来事があった訳だが……

 コイツらの線引きをどこでするか、せめてそこが見えりゃあな。



 一番しっくりこねーのはやっぱ例の検問詐欺とこのアホ毛ヤローとの矛盾した関係だ。

 これ、偶然なのかね。


 でもってあの観測所って場所にいた髭面の男、アイツは何だ?

 奴は“姐さん”を知ってたぞ?

 検問詐欺の関係者であることはまず間違いねえ。

 だが一方では“相棒”の存在を否定しやがったな。

 こいつも解せねえ。


 それ以外はぶっちゃけワケワカ過ぎて予想もクソもあったもんじゃねーけどな。


 姐さんとか呼ばれてた女子高生と定食屋、そして刑事さんは何か絡んでるのか?

 ……まあ、ねーよな。そっちは偶然だな。




 今ここにいるっぽい奴に聞きゃあ分かるんだろーが、それだけじゃあダメな気がするぜ。

 多分聞けるのは一部の関係者目線の話だけだ。

 それよかそいつが何者なのかってことの方が重要だ。




 「なあ、ちなみに……」

 『何だい?』


 「今急に通話が繋がった様な気がしたんだが……

 そっちから発信したのか?」

 『あれ? そっちから発信したんじゃないのか。

 こっちに着信があったから普通に出ただけなんだけど』


 「あー分かったぜ、そういうことか」


 「オイラは身に覚えが無いんスけど……」

 「あーあー分かる分かる俺もあるぜそーゆーコト」

 『父さん、自分の字で書いた謎のメモとかまだあったりするのか』

 「もうな、キリがねえんだよコレがさ。

 何なら今さっき一個増えたばっかだぜ。

 俺の字だから俺が書いたんだろーが記憶にねーからなあ」

 『また何してたか分からない時間があったとか?

 俺がその……ピンク電話? を覚えてなかったみたいに』

 「いや、最初はそういうのを疑ってたんだがどうも違うみてーなんだよな、状況証拠的に」

 『例えばどんな?』

 「リアタイで来たんだよ。チャットしてるみてーにな」

 『父さんの字で書かれたメモが次々に出現したとかそんな感じか』

 「ああ、しかも通知は携帯の着信音だったんだぜ。

 意味分かんねえだろ?」

 『もう状況的に誰かのイタズラとしか思えないね……』

 「そーだろ。真面目くさってやることじゃねーぜ」


 「だがオメーがさっき定食屋で出くわしたガイコツも大概だったぞ」

 『そうなの? さっきも言ったけど定食屋さんには何も無かったよ』

 「それだそれ。今オメーと話してる俺と一旦通話が切れる前の俺は別人かもしれねえ」

 『そしてその逆も然り、か』

 「ああ、こっちは明確に分かったモン以外も含めて何回も場面転換的なのに遭遇してる可能性があるんだ。

 それにこっちにいる二人組の片割れが一旦死んでるっぽい場面にも遭遇したからな」

 『でも今はピンピンしてて隣にいると』

 「ああ、そもそも通話を繋いでるのがコイツだからな」

 『じゃあ今度は父さんがそのガイコツさんに遭遇する番か』


 「そのガイコツとやらに心当たりが無い訳ではないが、そもそもここには存在していない可能性が高いッス。

 なぜなら当該存在の実存性の裏付けとなる因果的事象、その存在を明示的に否定し得るモノがここに存在するからッス」


 「解説どうも」

 『父さん、今ので分かった訳?』

 「分からん」

 「意味不明ッス! もう嫌ッスよコレ!」


 そういや隣の奥さんも因果関係がどーたら言ってたな。

 どのみち俺のオツムじゃ分からん話だが。


 「そもそも何でコイツに言わすなんてまどろっこしいマネをすんのかが分からねえな。

 ああ、アレか。声はすれども何とやらってやつか。

 だがさっぱり分かんねーぞ。

 一体何がしてーんだ?」


 『父さんの疑問に答えてくれてる訳だし悪気は無いんじゃないか?』

 「そうか? 悪気が無いなら何の用かくれー言ってくれりゃあ良いのによ。

 あと自分が誰かってこともな」

 『自身のことなど何も分からないッス。

 いつから存在しているのかはもとより、物理的存在なのかどうかすら確証が持てないッス、だそうですッス」

 「最後のは余計だ」

 「何かしゃべらせてほしいッス」

 「紛らわしいから自粛しろよ」

 『そうだね、こっちは電話ごしだからなおさらだよ』

 「だそうだ。なので暫く黙っててくれると助かる」


 「……」

 「……」

 『……』


 「イヤ何か言えって」

 「しゃべれって言ったりしゃべるなって言ったり一体どっちなんスか!?」


 『あのさ、もっと建設的に行こうよ……』


 「あー、ガイコツに心当たりが無い訳ではないってどういうことだ?」

 「この辺りに墓地があった筈なのだッスホラーッス怖いッス」


 「やっぱしゃべっても良いぞ。何か面白くなって来た」

 『父さん、それはウンコ過ぎるよ』

 「どうしてそうウンコに紐付けたがるのか」

 『父さん、建設業向いてないな』

 「昔からもっと建設的に話そうってよく言われてたな」


 「人の話を聞けッス」

 「今のはどっちだ?」

 「オイラッスよ!」


 「墓地って当然普通の共同墓地なんかの類じゃねーよな?」

 「この地で無念の最期を遂げた者たちが眠る場所なのだッス」

 「なるほど、あんたはそこから化けて出たお化けってとこか」

 「怖過ぎるッス!」

 『父さん、さっき言ってたガイコツって今そっちで何か話してる人なの?』

 「いや違うな。

 ソイツとは直接話してたしキャピキャピした若い女性……

 つーか自分で女子高生って言ってたぞ」


 「! 何か勘違いしていた様だッス」

 「なぬ? もしかして俺の声が若い女性みたいだったパターンか?」


 「そうだッス」

 『何? どういうこと?』


 「何か分からんけどさっきのガイコツも俺の声が中学生くらいの女の子の声に聞こえるって言ってたぜ。

 俺がおっさんとか父さんって呼ばれてるし言葉遣いが乱暴だから変だってな」


 「オイ、てことは俺らの姿は見えてねえのか。

 俺は還暦のジジイだぞ?」

 「そ、そんなバカなッス」


 「へ? あっあー、俺ってもしかして……」

 『もしかして?』


 「あんたが殴り殺した女子高生に見えてた?」

 「な、なぜそれを……ッス」

 『何それ? 詳しく』


 「目が合ったんだろ?

 そしたら頭がおかしくなってぶん殴った、違うか?」


 「な、なぜそれをッス」


 「お、適当に言ってみたけどビンゴだった?」

 『父さん、それって……』

 「おう、ここで見せられた映像のシーンだぜ」


 「映像とは何だッス」

 「おっと……聞きてえのはこっちの方だったんだがな」

 「何も知らん、分からんッス」


 「ふーん……ホントかねえ」

 「本当だッス」

 「その割にさっきは訳知り顔でご高説のたまわってやがったよな?」


 「……」

 「何だ、ダンマリかよ」


 「羽根飾りとそれが入ってた木箱はどうした?

 羽根飾りは母さんが誰かに持たせてたな?」


 「母さんとは何だ? ッス」


 「俺は途中で乱入してきてあんたにお説教してた人の息子だぜ」

 「な、何だと!? ッス」


 「……何とかッス、ってわざと付けてんのか?」

 『父さん、脱線しない』

 「あー悪ぃ悪ぃ」


 「あの跳ねっ返りに子供なんぞいなかった筈だッス」

 「いや、だってその頃俺まだ生まれてねーし」

 「ではなぜ知ってるんだッス」

 「それは俺が聞きてえな。

 ここで突然視界が切り替わってあんたが女子高生を殴り殺すとこを見せられたんだからな。

 しかも何の承諾も無しに突然だぜ?

 目的も仕組みも分からんしとんだ胸糞だぜ」

 「自分がなぜここにいてなぜお前と話してるのかも分からないのに、説明できる訳がないッス」


 「だったら俺が聞きてえのは三つだな。

 ひとつは母さんがあんたにした話の内容。

 もうひとつは羽根飾りを持たせた女子高生が何者か。

 で、最後はそんときの同席者が誰かっつーことだ。

 いただろ。

 あんた、母さん、女子高生の他にもうひとりさ」


 「……」

 「……」

 『……』


 「アレ? もしかして終わり?」

 『都合の悪い話だから慌てて電源切ったんじゃない?』

 「何じゃそりゃ」




 やっぱ俺の予想はビンゴだったっつーことなのかねぇ。

 あの女子高生か、はたまたあの視点の主の方か……


 どう考えても関係者だよなぁ、ウチのお隣さんは。


 俺の考え過ぎだったら良いなんて思ってた訳だがこりゃ確定的だよなぁ。


 今にしてみりゃ隣の奥さんが言ってたことは多分に示唆に富んでたしスゲー参考にもなったからな。


 みんなを引き連れて一体どこに行っちまったのか……

 



 『なあ』

 「ん?」

 『父さんがオッサンだってバレたのがまずかったんじゃないか?』


 「つまり?」

 『バレない様にすれば良いんだよ』

 「それは分かるけどどうやって?」


 『簡単だよ。父さんが女子高生っぽくしゃべれば……ぶふっ……良いんだよ……プッ……ククク……』

 「おっさんをウンコ呼ばわりするだけあって息子さんも相当にウンコッスね」

 「昔から言うだろ。ウンコの子はウンコだってな」

 「なるほど、ひとつ賢くなったッス」

 『父さんはホントにウンコだな』


 「すまん、ちょっとトイレに行っていたッス」

 「何だと!?」

 『マジで!?』

 「あ、ほんの冗談ッスよ!」

 「紛らわしいマネすんなやこのウンコがあ!」

 ゴスッ!

 「痛いッス!」



 そう言いながら俺は辺りを見渡した。


 ……今までと何も変わってねえ……よな?

 ホントに終わりなのか? 何の証拠もねーぞ?




 まあ、何もねえ以上は考えてもしょうがねえがな。



 そういやあっちで息子は何も見なかった、収穫ゼロだった、そう言ってたなあ……


 こんだけ色々起きてて何にも無ぇはねえよな、普通に考えたら。



 「なあ、今の話だけどな」

 『何? 女子高生プレイする気になったの?』

 「なるかボゲェ!」

 「何でオイラを叩くんスか!?」

 「まだ何もしてねーじゃねーかよ!」

 「まだって言ったッスね!?」


 さっきのガイコツのレスポンスからして否定しきれねえのがこれまた一層ヤな感じなんだよなぁ……


 「ったくよォ」

 『あーゴメン、続けてよ』

 「さっきこの辺に墓地があった筈だって言ってたよな?」

 『ああ、そういえば』


 「俺ん家の下に何かあるって言ってた話って覚えてるか?」

 『鑑識さんの話か』


 「今俺ん家にいるんならちょっと見てみてもらって良いか?」

 『えぇ……床下に潜るのか……やだなぁ……』

 「大丈夫だよ。汚れもねえし虫もいねえだろ、多分」




 『そ、それよかさ、父さんの方の話を聞かせてよ。

 話せば長くなるって言ったからには色々と発見があったんだろ?

 さっきの“二組目の遺影と位牌”ってのは誰のものだったの?』

 「これまた随分前の……いや、つい一時間前の話なのか。

 色々とてんこ盛りだったせいで感覚がおかしくなってるな」


 「写真は聞いた限りでは全く心当たりのねえ人物だな。

 位牌は見てねえから分からねえ。

 そもそも俺の嫁はピンピンしてるんだし勝手に死んだことになんかしたら俺が殺されるわ」


 ん? 殺される? 誰に?

 何か引っかかるが……何だ?


 「そっちの俺ん家は荒らされた状態だったよな?」

 『ああ、そうだよ』

 「仏壇とかひっくり返ってたものは動かせなかった、だよな?」

 『それで合ってるよ』


 てことは遺影と位牌が無いのかどうかは確認できねーか。


 「じゃあ俺ん家……じゃなかったお隣さんの家の前に見たことの無えクルマが停まってなかったか」

 『無かったな。ちなみに今も無いよ』


 「10時から15時の間に移動したか、あるいは……」

 『こっちじゃ最初から無かった?』


 「まあなあ……最初ってどこまでさかのぼっての最初って言ってる?」


 「どうしたッスか? また頭が変になったッスか?」

 「変とか言うなよ」

 「おかしくなったって言ったらぶつッスよね?」

 「どっちもダメに決まっとるわ!」

 ぺしっ!

 「何でコトある毎に叩くんスかぁ!」


 『分かんないけど少なくとも10日の10時だろ?』

 「まあ普通に考えたらそうなるか」

 「当たり前ッス!」

 「テメーはいっつもひと言多いんだよ!」



 『何か気になることでもあるのか?』



 「あー、7日の件なんだが」

 『7日? 何かあったっけ?』



 「いや、やっぱ良いぜ」

 『良いって言われるとなおさら気になるんだけど……』

 「いや、どうやら止めといた方が良さそうだ」




 俺の嫁さんて……誰だ?




 「ある事件」……

 やっぱそこから認識の相違が生まれたって訳なのか?


 今更ながら記憶の欠落に気付くとはな……

 さて……これは何を意味する?

 例の奴が持ってた携帯の前の持ち主の正体……か。

 人様のモンを勝手にガメてんじゃねえよとは若干思ったが……



 「それはそうとオメーが話をそらしてくれたおかげで色々と気付きがあったぜ」

 『そうなのか? なら良かったけど何かスッキリしないな』

 「じゃあ体動かしてスッキリすると良いぜ?」

 『げ』

 「げ、じゃねえよ。床下に潜るんだろ?」

 『残念、覚えてたか……』


 「ちなみにおっさんが床下を調べた話は聞いてるッスよ!」

 「そういやそうだった」


 「台所の床下収納から何か伸びてたって話だったッス」

 『ああ、それで床下収納の蓋が開いてたのか』

 「え、もしかして開けたの俺ってオチかよ」


 『そうかもしれないね。とにかく行ってみるよ』

 「潜んなくて良くなった途端に元気が出て来たな」


 『父さん、キッチンに来たけどこれどうやって外すの?』

 「ネジとか無かったっけ?」

 『うーん、無いなあ。何かフチの部品と一体化してる感じ?』

 「あー、それ単に外観を再現してるだけってパターンか……」

 『じゃあここから確認するのは無理なのか……』

 「ホントに何もねえ感じなのか?」


 『あ、底の方に何かマークがあるな。

 ……鳥の羽根のレリーフだ。

 これ、父さんの羽根飾りかな?』

 「あー、それもしかして羽根飾りがねーと入れねえやつか」


 『廃墟であったとか言ってたやつ?』

 「ああ、上にかざしてピッとかやるやつだ」


 『羽根飾りは?』

 「無え!」

 『詰んだ……』

 「いや、まだ方法はある」

 『マジで?』

 「倉庫にスコップとか懐中電灯があるぞ」

 『えぇ……』


 「ちなみに懐中電灯ってちゃんと点くんスよね?」

 「あ……そーか」

 『ホラ、諦めるしかないよ!』


 コイツはホントに余計なトコでカンが働くな……


 「いやー自分で言ってて何なんスけど天の声が聞こえたんスよ!

 きっと神が降臨してオイラの口にしゃべらせたッス!」



 ってやっぱ狸寝入りだったんかい!



* ◆ ◆ ◆



 今さらなことだが同じ場所だから同じやつに会えるって訳じゃないのか。

 いや、むしろ……


 「いつから存在してたか分からねえって言ってたからそう簡単に終了とかはねーだろと思ってたが……」


 『実は承認欲求の塊なのか?』

 「そんなこと言ったら失礼だろ。

 人一倍寂しがり屋なんだよ」

 「それはそれで失礼ッス」

 「こりゃ失敬」

 『今のどっちか分かるの?』

 「分からん。

 まあ答えは決まってるし考えるまでもねえだろ」

 『はは……』

 

 「まあ良い。さっさと調べよーぜ」

 『待ってよ。父さんの方は調べたのか?』

 「いや。調べてねえよ」

 『そっちはそっちで見てみた方が良いんじゃないの?』

 「んなこと言われてもなあ。

 歩いて戻ったらどんだけ掛かんのか分かってんだろ。

 それでも戻ってほしいってか?」

 『そ、そうだね』


 何かやたら嫌がるなあ。

 まさかとは思うが言わされてる訳じゃなーよな?


 「どうしても嫌だっつーなら一個頼んで良いか?」

 『何? 何でもやるよ』

 「家デンがあるだろ。

 アレで自分の携帯に電話してみてほしーんだわ」

 『ああ、俺の携帯番号に発信すると変なしゃべり方をする奴に繋がるってやつか。

 分かった。それならすぐに出来そうだよ。

 じゃあ一旦切るね』


 へ?


 「ちょ、ちょっと待ったァ!」

 『何? この電話に対して発信するなら一旦切らないとダメなんじゃないの?』


 何じゃそりゃ?

 マジで言わされてるんじゃねーよな?


 考えてみたら今までの頭おかしい言動してた奴らもそのクチだったんかね……?


 「オメーの電話じゃなくて別な奴に繋がるのに何でこの通話を切る必要があるんだよ」


 『あ、そうか。ゴメン、ちょっとボーッとしてたよ』

 「あー、分かったからこっちの通話はそのままで頼むぜ」


 さっきのアホ毛と違って言わされたって自覚がねーのか?

 それとも本当にボーッとしてただけなのか? 

 どっちにしてもまだ確証は持てねえな。


 さて、どういうやり取りになるかね。

 番号的には本当の持ち主ってことになる筈だが。

 

 『よし、じゃあ発信……あ?』

 「どうした?」


 『“ちゃーらーりーらー ちゃららーりーらー♪”』


 うお……ここに来て着信かよ。

 今度はアッチでイタ電……てそんなこと出来るんかいな?


 「番号は出てるか?」

 『あ、そういやナンバーディスプレイ契約したって言ってたっけ』


 おっと……コレはさっきの仕込みが炸裂したぞ?

 さっきはさっきでツッコんで来なかったからな。

 てことはやっぱ今話してる息子は“別人”なのか。


 「んなこた良いから早くディスプレイ見ろよ。

 どーなってる?」


 『えーと……“非通知”だよ』


 非通知? てことはこっちで番号見えるのを知ってる奴か?

 それとも単なる演出?

 ……後者か? それにしたって分かってねーと出来ねえことだな。

 ひとつ分かるのはそういう相手だっつーことか。


 「よし、取り敢えず出てみろ。メモは取れよ」

 『分かったよ……もしもし? もしもし?

 雑音が酷いな。もしもーし?』



 ………

 …



 何だ? 相当聞き取り辛そうだが……相手は携帯か?


 『もしもし?

 “ピシッ”……“ザザッ”“ガリガリッ”

 ……あ、は、はい。分かりまし……た?』

 「相当に聞き取り辛そうだったが話は出来たのか?

 誰から掛かってきたのか知らんけど」

 『話は……出来たかどうかは分からないな。

 終始ガリガリ言っててさ。

 ただ向こうの言ってることは何となく分かったよ』

 「ちなみに相手が誰なのかは分かったのか?」

 『それは……残念ながら分からなかったな。

 ノイズが酷くてさ、男か女かすら分からなかったよ』


 酷いノイズか。

 途中でこっちの通話にも何かノイズが乗ってるみてーな感じもしたがあっちの影響か?


 「そうか……周りの様子は特に変化無しか?」

 『今は……そうだね。見たところ変わり無いよ。

 ただ……』

 「何だ?」


 『途中で一瞬窓の外が光った様な気がしたんだよ。

 本当に一瞬だったから気のせいって可能性もあるけど』

 「なるほどな」


 何かあったな?


 「それで肝心の内容はどうだったんだ?」

 『えーと……多分だけどまず……

 “父さんに言われた通りにしろ”……それから、

 “そのうち何とかする”……えーと……、

 “そこにいろ”

 てな感じかな?

 途切れ途切れだったから多分なんだけどさ』

 「そのうちって……昭和のお気楽サラリーマンかよ」


 じゃあ……俺らや息子は良いとして他の奴らはどうなんだ?


 『へ? あ、そうだ。もう一個あった。

 “拾えるものは拾っとけ、でもナントカは忘れるな”だったかな?』


 「何じゃそりゃ? てかナントカって何だ?」

 『さあ? 音が酷過ぎてよく聞き取れなかったんだよ』

 「うーむ……そうか」


 まあ良い。

 取り敢えず俺の言う通りにしろってアドバイスが出ただけでもありがてえってもんだぜ。


 ドコの誰かは知らんけどな!


 「あ、あのー、良いッスか?」

 「おっと、すっかりオメーの存在を忘れてたぜ!」

 「酷いッス!」

 「と、テンプレ通りのやり取りはここまでとしてだ。

 何か気になったことでもあんのか?」

 「今の電話って、多分前におっさんの家に電話をして良く分からない伝言をして来た人からなんじゃないッスかね?」

 「前に電話して来たヤツ? 汝どーたらってヤツか?」

 「もっと前ッスよ?

 ああ、そう言えばおっさんはそのことを覚えてないって言ってたッスね」

 「そうか、お互いずっと同じ自分同士って訳じゃなかっただろーからな」


 『それって例のメモ書きの件のヤツ?

 うちの子がなぞなぞごっことか言ってたっていう』


 おお、アレか。

 正直色々ありすぎてすっかり忘れてたぜ。


 そう思いポケットをガサゴソする。

 ……お、あったあった。これだな。

 そう思って掴んだ紙を取り出す。


 おっと……コイツはさっき拾った髪の毛を包んだヤツじゃねーか。

 ん? あれ?

 いつの間にか髪の毛が無くなってるぞ?

 どっかで落としたか? んな訳ねーよな?


 「どうしたッスか?」

 「あー。

 いやな、さっき拾った髪の毛がどっか行っちまったみてーでよ」

 「ホ、ホラーッス!」

 「まあ大方ポケットん中でポロッと出ちまったとかなんじゃね?」


 「おっさんおっさん! 大変ッス!」

 「はいはいホラーホラー」


 「じゃなくてこれ見るッスよ!」

 「あ? ああっ!?」

 『何だよ、父さんまで』


 「あーいや、実はだな。

隣の家にあった壁掛け時計をちょいと拝借してコイツに持たしてたんだわ」

 『なるほど、ガメて来たんだね』

 「何だよ人聞きの悪ィ。あくまで借りただけだからな」

 『住居不法侵なんて入してる時点でアウトだろ。

 で、どうしたの?』


 「さっきまで俺の携帯と同じ“5月10日の10時2分”だったんだけど今はオール9になってるんだ」

 『父さんの携帯は?』

 「変わってねえ。そのままだ」

 『他には? 何か変わったことは無いの?』


 そう言われてキョロキョロと辺りを見回すが特に変化は無い。


 「特に変わったとこはねーな。だろ?」


 一応コイツも同じ認識かどうか聞いとかねーとな。


 「ぐ……ぐるぢい……」


 げぇ……またかよ……

 まあオール9見た瞬間にちょっと可能性があるかなとか考えちまったけどそれがフラグになったなんてねーよな!?


 『どうしたんだ!? 大丈夫か?』

 「俺は大丈夫だがコイツが大丈夫じゃねえ」


 ここで“スイッチ”をやったらまた同じことになるのか?

 じゃあ何もしなかったら?


 「急に苦しみ出したんだが……三回目だぜ、これで」

 『今までは大丈夫だったのか?』

 「いや。大丈夫じゃなかった、多分な」

 『多分?』

 「ああ、多分だ」


 さっきからコイツに何だかんだとしゃべらせてた奴か?

 ここにいる誰かが何かをしてる?

 何でだ?


 「おい、急いで電話しろ。家デンからオメーの携帯にだ」

 『分かったよ』


 「さて、ここはやっぱ……」

 「ぐ……ぐぐ……“ス……イッチ”は……駄目ッス。

 我慢……し……て……やり過ご……す……ッス……」


 「何!? 何だと!?」


 『……はい、はい。ちょっと待っててもらえますか?

 ……父さん。

 ……。

 ……父さん!?』


 「あ、ああ、何だ?」


 『繋がったよ、電話。

 取り敢えずちょっと待ってもらってるけど』


 「掛けた先はオメーの携帯番号だ。

 今自分の携帯に掛けてみたらアンタが出たんだと伝えろ。

 そこから先の会話は成り行き任せで良いぞ。

 ただ、居場所を聞いて会いに行く約束はしといてほしい。

 出来るんならだがな」

 『理由はどうするんだ?』

 「そんなの自分の携帯と同じ番号の電話の持ち主だからで十分だろ。

 多少強引でも良いぞ。

 あ、それと状況が許せば誰かと同じ話をしたかってフリをしてみても良いぞ。

 あとこの通話は切るなよ」


 『分かった。今取り込み中だったんだろ?

 そっちはそっちでどうなったか後で教えてよ』

 「ああ、分かった」



 「あー、それでさっきの続きなんだが」

 「……」

 「えーと……大丈夫?」

 「……」


 オイ、コレホントに大丈夫なんだろーな!?

 不安しかねーんだけど!

 ちゃんと責任取れよな!?



* ◇ ◇ ◇



 そもそも今コイツにやり過ごせとか言わせた奴は誰だ?

 “スイッチ”って単語を出して来たな?

 それをわざわざ俺に向かって言うってことはソレを知ってる奴だってことだ。


 俺を廃墟から遠ざけようとしてた人らとは違うな?

 コイツを使って何をしようとしてる?


 疑問ばかりじゃ何も解決にならねーな。

 取り敢えず原因と思しきモノを撤去するか。


 俺はアホ毛野郎の手から隣ん家の掛け時計を取り上げた。

 まあさっきは直接触れてなかったし引きはがしたからってどうなるってもんじゃねえんだろーが。


 表示は相変わらずオール9か。


 ダメだったら膝カックンでもするしかねーか。


 ………

 …


 何か落ち着いたみてーだな?


 「おい、大丈夫か」

 「うげー、なんだったんスか今の」

 「分からんけど隣で起きたことがまた起きかけてたんだぜ」

 「その掛け時計を持って来たからッスかね?」

 「状況証拠的にはそうなるな」


 直接触れてるかどうかは関係なさそうだ。

 むしろ目の前にいるコイツの存在がキーになってそうな気がする。

 息子との会話だってコイツがいねーと出来ねーし。


 「周りの景色に変化があったりとかはしなかったか?」

 「目を閉じてたから分からないッス」

 「息が苦しいとかそんな感じだったか?」

 「苦しかったは苦しかったんスけど……

 どっちかって言うと何かヤバイ毒とかで拷問されてる感じッスかね……」

 「毒か……」


 分からん。


 「それはいずれかの場所で経験した記憶ッス。

 今進行している現実の事象とは異なるッス」


 「誰だテメーは。てか定食屋のジジイだよな?」

 「分からないッス。

 自分では地縛霊みたいなものだと認識してるッス」

 「その割に現状に詳しそうだったじゃねーか」

 「経験ッスよ」


 「今コイツにしゃべらせてるのはどういう原理だ?」

 「入出力のためのインタフェースモジュールが備えてる元々の機能ッス」


 「やっぱ関係者なんじゃねーか!

 説明しろよ、この状況をよ!」


 「何か妙な気分ッスねコレ」


 「紛らわしいからオメーは黙ってろ」

 「酷いッス!……確かにに自分は施設の関係者だッス」

 「本当に酷ぇな。

 じゃあもう一回聞くが俺は誰に見えてる?」

 「その特徴は赤き星の民と呼ばれていた奴らに似ているッス。だが奴らは……ッス!」


 赤き星? 何だその中二感丸出しのネーミングは。


 「何だか知らんが俺はしがないリタイアしたおっさんだぞ」

 「バカな……赤き星の民に男性は居ないと聞いているッス。

 それに声が男性のものではないッス」


 「えっそうなの?」

 「オイラにはおっさんはおっさんにしか見えないッスよ!」

 「だよなあ」


 何じゃそりゃ?


 「ところで赤き星って何? 火星じゃねーよな?」

 「! その呼び方に倣うならば金星だッス」


 なぬ? じゃあアレって金星なの?

 衛星が二個あったしそもそも地球と殆ど同じ環境じゃなかったぞ?


 んなアホな話があんのか?

 てかさっきから話がアホな方向に進んでんじゃねーか?

 アホ軍団の一味か?


 いや……さっきのガイコツと一緒で何かがズレてるな。

 まあこっちから見えてねえお化け的存在な時点でお察しな訳だが。

 勘違いなのかはたまた別の何かか……


 後で息子にも聞いてみっか。

 だがここはこの状況を活かしてバンバン質問してみっか。


 「金星って言ってたがそこは空が錆色で月くらいの衛星が二つあるとこか?」

 「そうだッス」

 「だが金星に衛星は無いし人が住める様な環境じゃねーだろ?」

 「何を言っているッス。ここは金星だッス」

 「は? 何言ってんの?」

 「さっきから思ってたがお前の発言は頭がおかしいッス」

 「頭がおかしいのは激しく同意出来るッス!」

 「オメーは黙ってろっちゅーに」


 コイツのこと定食屋のジジイと思ってたが……誰だ?


 「良いか?

 ここの空は錆色なんかじゃねーし月も一個しかねーぞ。

 それで同じって言えんのか?」


 「その様な筈はないッス。現に二つの月が出ているッス」


 あ、なるほど。分かったぜ。


 「何か分かった気がするぜ。今いる場所って廃墟の街だな?」

 「その通りだが……見れば分かるものではないのかッス」

 「分かんねえこともあるんだよ。

 俺にとってはここは廃墟じゃねえし今は屋内にいるんだぜ」

 「何だと……意味が分からないッス」


 何だ?

 さっきはこっちと向こうを行き来してたと思ったが、実は俺って二か所で同時に存在してたのか?

 息子の方は違うよな? 俺が見えてる風じゃなかったし。


 しかし話が通じねーな。

 ですわの人みてーなのは結構希少なのか。

 まあそれならそれでやり様はある。

 まずは確認だ。


 「コイツは隣り合った別々な場所が何かの理由で透けて見えてる感じだな」

 「? もっと分かりやすく言ってほしいッス」


 今のアホな発言はアホ毛野郎の方じゃねーよな?


 「近くにある平行世界同士が何かの事故でくっついて覗き見たり何なら行き来したり出来るっぽい、これで分かるか?」

 

 まあ夢かもしれねーし作りモノ感があるしでこの場所自体が地球上に再現された模造品て可能性もあるけどな!


 「それでお互い会話は出来るが視覚に入ってくるモノは違うと。そういうことッスか」

 「まあ情況証拠しかねーんだがそういうことになるな」

 「納得は行ってないが理解したッス」


 「じゃあ話は変わるがさっきの女子高生を撲殺したって話、あれは通じてたのか?」


 「さっきとは何だッス。そんな話は聞いてないッス。

 それにジョシコウセイとは何だッス。

 何の脈絡も無くそんなことを言われても分かる訳が無いッス」


 えぇ……

 このヒト、マジで誰なんだ?

 イヤ、ここでくじけたらアカンな。


 「さっき言ってた入出力のためのインタフェースモジュールって何だ?」


 「この地に怪異をもたらした遺構が備える受容体、それに効率良くインプットを与えるために考え出された装置だッス」


 「遺構……? 特殊機構のことか?」

 「お前たちはそう呼んでいるのかッス」

 「ああ……いや、まだ同じモンだと決まった訳じゃねーからな。

 何とも言えねえ」

 「ちなみに今は何年だ?」

 「さあな、分からんッス。

 何しろ何年こうしているのかも分からんのだからなッス」


 「じゃあ今コイツにしゃべらせてる技術はどうやって手に入れたんだ?」

 「遺跡から発見された装置だッス」

 「遺跡だ? 古代文明とかか?」

 「実際のところは不明だが、出土した場所の分析で少なくとも千年以上は経過していたと聞いているッス」

 「千年……!?」

 「人の形をした機械の残骸だッス」


 マジか!? 古代文明のロボとか超胸熱じゃねーか!?


 「人の形? アンドロイド?」

 「多分そうだッス」

 「多分?」

 「ソイツは目の前で突然消えたッス」

 「生きてたってことか!?」


 「……ソレがお前ではないのかッス」

 「……は?」


 「ヤツは何の修復もしていないのにいつの間にか保管場所から消えたッス。

 そして慌てふためく我々を尻目にキズ一つ無い状態でソコに立っていたッス。

 そしてしばらく何かを確認していた様だったッス。

 それを見ていた我々はみな急に意識が遠のき、次の瞬間には消えていたッス」 


 「それが何で俺?」


 「お前の姿はあのときの奴と全く同じに見えるッス。

 頭に羽根飾りを付けた、赤い髪の少女だッス」



 なぬ!? どーゆーことだ!? ワケワカもここに来ていよいよ極まって来やがったぞ?



 じゃあコイツもやっぱ人工無能なのか?

 どいつもこいつもみんな人工無能だってか?

 いや、だったら痛がったり苦しんだりすんのは変じゃねーか?

 人工無能っつってももっと別なモンを想像してたが……


 ……じゃあ親父の会社とかメインフレームとかは何だったんだ?




 「そ、それって姐さんじゃないッスか!?」



 「だが記憶もそこまでッス。

 なぜなら自分の記憶もそこで終わっているからッス。

 他の者たちがどうなったのかは知るべくも無いが、恐らく同じだろうッス」



 「おっさんが姐さん!? 意味不明ッス!」



 「うるせえ、テメーは黙ってろや!」

 バコッ!

 「あだッ!? 理不尽ッス!」



 「今の話と赤き星の民ってヤツはどう関係あるんだ?

 それと今ワレワレって言ったな?

 お前らどういう集団なんだ?

 その遺構とやらで何をしていた?」



 「……」

 「……」



 「何か終わりみたいッスよ?

 おっさんがすぐ叩くからッス!」


 「俺は悪くねえ!」


 隣から拝借して来た掛け時計はオール9のままだな?

 っつーことはまだイベントは終わってねえってことか……




 ………

 …


 

 『父さん、お楽しみのところ悪いんだけどさ』


 今のって傍から見たら楽しそうな感じだったんか……


 「別に楽しんでた訳じゃねーけど……まあ良い、居場所は聞けたか?」


 『聞けたけど……これって廃墟の住所じゃないかと思うんだけど……』

 「うーむ、やっぱりか……」

 「廃墟に行ったら誰かいるんスか?」

 「話からすると多分息子がいる場所はオメーが廃墟にアジトを構えて何かコソコソやってたのと地続きみてーだぜ」


 『会う約束もしたけどどうやって行こうか?

 こっちは乗り物も無いし』

 「こっちに来いって言えば良かったものを……

 そういやチャリなんかは動かせねーのか?」

 『チャリなんてあったっけ?』

 「その辺から拝借すりゃいーだろ」

 『俺にも窃盗を働けって?』

 「だから拝借って言ってんだろ」

 「完全に犯罪者の発想ッスね」

 『もう分かったよ……』


 「ところで前に誰かと同じ話をしたかって話は出来たのか?」

 『ああ、それは向こうから言ってきたよ。

 恐らく携帯番号の本来の持ち主が掛けて来たってシチュエーションが同じだったからだと思うけど』

 「そっちからから出向いてほしいって話はしてみたのか?」

 『こっちは足が無いからって話はしたけど何か向こうは廃墟から出れないとかでさ』

 「出れない?」

 『何キロか歩いたら周りが全部森になってて町が無くなってたって言ってるんだよ』

 「じゃあこっちから行くのも無理じゃねーか」

 『町が無くなってたって言ってるからこことも違う場所で電話だけ繋がってるって可能性もあるね』

 「ほぼほぼそうなんじゃねーか?」

 『でも行ってみる価値はあるだろ?

 元々この辺見て何もなさそうなら最後に行ってみるかって考えてた訳だし』

 「まあそうだな」


 「ちょっと良いッスか?」

 「何だ?」

 「もしかしてなんスけど廃墟の小屋に入ったらどこかに飛ばされて外に出れるかもって思ったんスけど……?」

 「そうだな、飛ばされた先がどこになるかはアチラさん次第だがな」

 『父さん、面倒かもしれないけどそっちでも父さん家の固定電話から発信して会話してみたらどう?

 まず同じ人が出るかどうかってとこだけど』

 「うーん、そうだな……ってかいっぺんやってみたんだよな。

 隣の家デンから」

 『隣?』

 「みんな揃って隣の家がおっさんの家だって主張してたッスよね?」

 「ああ、それで試しに隣の家デンから発信してみたら繋がっちまったんだよな」

 『本当の父さん家のは?』

 「俺ん家のはただのハリボテ……いや待てよ……?」

 『何?』

 「いや、さっきは俺ん家の家デンから発信しようとしたらハリボテで出来なかったんだがな、よくよく考えてみたらその後例のイタ電みてーなのが掛かってきてるんだよなって思ったんだよ」

 『イタ電?』

 「あ、今のオメーからしたら知らねえイベントか。

 まあ結論から言うとやって見る価値はあるなって話だ」

 「どういうコトッスか?」

 「前に言っただろ?

 ぱっと見同じ場所にいるけど実は何回も場面転換してたんじゃねーかってさ」

 『なるほど、今いる場所はそのお隣さんから発信できたってとことは違う可能性がある訳か』

 「まあそういうことだ」

 『なるほど……』


 「ところでさ、アチラさんから俺の方に何かけしかけてる感じは無かったか?」

 『さあ? その辺は別段どうとも思うところは無かったよ』

 「うーむ……そうか」

 『ああ、だからさっき急げって言ってたのか。

 そっちはどうだったの?』


 「いや、こっちの予想がハズレだったらしくてさ。

 いつの間にか定食屋の爺さんらしき人物から何か良く分からん人物に変わってたっぽいんだよな。

 それ以前にそっちにも誰かいるんじゃねーかって踏んでたんだがな。

 急げって言ったのはその辺のこともあったからなんだが」

 『その良く分からん人物ってのは何者だったの?』

 「マジで分からん。

 さっきのガイコツもよく分からんかったがそれ以上だ……ってガイコツも分かんねーんだったか。

 何つーか……今の俺らと感覚が大分ズレてる感じだったな」

 『具体的には?』


 「赤き星ってキーワードが出たな。

 よくよく聞いたら金星のことらしかったんだがな、何の関係があるんだよって話だ。

 でもって廃墟のことを“遺構”とか呼んでたな……いや、廃墟のこととは限らねえな。

 明確にそうと分かる言い方はしてなかったからな」

 『遺構、か。そうなると規模感としてはもっと大きいのかな』

 「規模感つーか廃墟って言うより遺跡だよな、感覚としては。

 ……そうだ、そういや千年は経ってたって言ってたな」

 『千年? これまたスケールがでかくなってきたな』

 「それだけじゃなくてな、その千年前の遺跡からアンドロイドの残骸が出土して、そいつが生きてたって話も出た」

 『マジで!? ちょっと行ってみたくなってきたな』

 「だが話してた相手は姿も声も聞こえねえ。

 今のオメーと一緒でここにいる二人組の片割れがいねーと話せねーんだ」

 『俺と同時に別回線で通話みたいなことをしてたってこと?』

 「いや、違うな……そう、降霊術みてーなのだ。

 コイツがスピーカーみてーにしゃべりだしてな」

 『また急にオカルトチックな話になったね』

 「それがな、その技術を出土したアンドロイドから手に入れたとか言ってたんだよ」

 『マジ? 本当に?』

 「ああ、しかも文脈からしてその遺構ってやつが例の特殊機構ってやつと同義っぽい感じでな、入手した技術ってのが遺構と何かの入出力をするモンだったらしい。

 ソイツはどうも調査員とかそんな感じの立場の奴っぽかったな。

 俺らとその辺の表現が違うとこからすると相当前の記憶、それこそ最初期のモノかもしれねえ」

 『マジで面白そうな話だけど問題の解決には何一つ繋がらないのか……』

 「そうなんだよなあ……

 でトドメにそのアンドロイドがいつの間にか完全に直ってて目の前からパッといなくなった、だと。

 話はそこで終わりだ」

 「あれ? それで終わりだったッスか? 確か……」


 「それで終わりだったろ」

 ぺちっ!

 「あ痛ッス!」


 何なんだろうな、向こうからしたら俺が“彼女”に見えたって話だったのか?

 しかも羽根飾りを付けてただと?

 さらに目の前から消えたとこで自分の記憶も終わってるとか言ってたな……


 どういうことだ?

 じゃあさっき拾った髪の毛は……?



* ◇ ◇ ◇



 『なるほど……で、どうするの?』


 「こっちはまだ何かありそうだからもうちょい探すわ。

 その後だな、戻んのは。

 あーその間に床下見といてほしいんだけど」


 『あー、忘れてなかったか……』


 「あ、ついでに隣の床下と掛け時計も見といてほしいぜ」


 『ついでって……ついで要素がどこにあるんだ……

 まあ分かったよ』


 「切んなよ? 通話」

 『ああ、分かってるよ』


 ホントかね? 毎回念を押した方が良い気がするぜ。


 今の話からすると……同一人物かどうかはさておき着信先は廃墟だよな、やっぱ。


 じゃあその前に掛けて来たアレは何だったんだ?

 話の内容からすると俺は不在で俺の関係者がいることを分かってる風だったぞ。


 『父さん、ちなみに床下ってどうやったら入れるんだ?』

 「床下収納ユニットを外すか表の換気口の格子を外すかすれば入れるぞ。

 オススメは床下収納の方なんだが外れる気がしねえから換気口かね」

 『それってもしかして狭いとこ通るやつ?』

 「ああ、懐中電灯を持ってだな……

 いや、電気の類は点かねえか。

 まあ普通に明るいかもしれねえぞ。

 真っ暗かも分からんけど」

 『やだなあ……』

 「周りを見てみろよ。

 はっきり言って状況から言って汚れたりはしねーだろ」

 『ま、まあ、やってみるよ……』


 やっぱこっちも後で行ってみるしかねーか。



 「ちなみにこっちはまだ何かあるってさっきので終わりじゃないって話ッスか?」


 「まあ簡単な話なんだがオメーに持たせてたこの掛け時計がまだオール9のまんまだったからな。

 さっきの訳分かんねーヤツがあれで終わりなのかは分からんけど。

 そういうオメーは自分で分かんねーの?」


 「分かる訳がないっす!

 てゆーかソレ、もはや時計ですらなくないッスか?」


 なぬ? またそのパターンかいな……


 「何が見えてる?

 俺から見たら相変わらずオール9のデジタル時計なんだがな」


 「写真が映ってるッス!」


 なぬぅ!?


 「それってまさかとは思うけどベンチに腰掛けてる女性とかじゃねーよな!?」

 「えっ何で分かるんスか!?」

 「いや、前にもこんなことあったから。

 で、その写真の構図って母さんの遺影と同じだったりするか?」

 「そうッス!

 てかコレおっさんのお母さんじゃないッスかね?

 仏壇の写真とほぼ同じッス!

 あ、でも後ろに見えてる木にピンクの花が咲いてるッスね」

 「花?

 それも同じだな、隣ん家のリビングにいたときに見たのと」


 どうなってんだ――

 周囲を見回すが特に変化は無い様だ。

 

 「何か変わったとこは無いか?

 俺の目で分からなくてもオメーがみたら違うかもしれねえ」

 「あ、何か時代が遡ってる感じッス!

 テレビとかだけじゃなくて全体的にレトロ感がある感じに変わってるッス!」


 おっと、これは!?


 「二階への階段はあるか?」

 「あれ? 無くなってるッス」

 「この店は一回建て直してるんだよ。

 昔は平屋で居住スペースは無かったと聞いてる」

 「じゃあこれって昔の定食屋さんてことッスか」

 「どうやらそうみてーだな。

 ちなみに……その辺にガイコツが転がってたりはしねーよな?」

 「さっき言ってたホラーな話ッスね……な、無いッス……

 無いッスよね……

 よし、無いッス」

 「そんなビビるとこじゃねーだろ」

 「ビビるッスよ、普通……」


 ガイコツが居なくて単に昔の店内が見えてるだけ?

 特に意味も無く?

 そんなんアリなのか?

 いや、ぜってー違うな。

 こういうのは“有限だ”って話だったし。


 「さっきの奴じゃなくて最初に出た方の奴かね」

 「だから怖いこと言わないでほしいッスよ!」


 せっかくだから実験してみっか。


 「なあ、今からちょっと二階に行ってみねーか?」

 「二階? だって階段は……」

 「大丈夫だって、俺がおんぶしてってやるからさ」

 「えー、まじッスかぁ」

 「ホラ、早くおぶされよ」

 「オブサル? ローマの皇帝か何かッスか?」

 「いちいち余計なとこでうるせーんだよテメーはよぉ」

 

 ギャーギャーわめくアホ毛を無理矢理おんぶした俺はそのまま二階に移動を始めた。


 「重い……」

 「だからなんの意味があるんスかこれ!」

 「いいからオメーは黙ってろ。今から二階に行くぞ」

 「ちょ、ちょっと待つッス! 壁! 壁ッスからぁ!」


 相変わらずアホ毛が何かわめいてるが構わず階段を登る。


 「うわぁ……あ、あれ?」

 「どうだ? バグって壁に埋まった気分は」


 「ここ、どこッスか……?」

 「何が見える? 真っ暗とかか?」

 「何か……赤茶けた荒れ地ッス……」

 な!?

 「空の色は……鉄サビみてーな色だったりすんのか?」

 「そ、そうッス……これって……」

 「調子はどうだ? 苦しいとかは?」

 「? 特に何ともないッスけど……?」

 「ちなみに高さはどうだ?

 俺の認識だと今二階にいるんだが」

 「二階? いや、今おっさんが立ってるのは普通に地面の上ッスよ?」

 「階段登ってるときも?」

 「登ってはいなかったッスね。

 平坦なところを移動してるだけだったッス」


 これを見せるのが目的?

 いや、こんなのは気付かなかったらそれまでだよな。

 じゃあ何だ?

 そもそも目的なんか無くて事故みてーに垂れ流されてるだけ?


 「それにしちゃ変な感じだな。降ろすぞ?」


 俺はおんぶしていたアホ毛を降ろした。


 「どうだ? 何か変わったか?」

 「同じッスね……地面……土の地面ッス……」

 「そうなのか?

 俺には部屋ん中でキョロキョロしてる不審人物にしか見えねーが」

 「さっきまで見てた場所はどうなったんだって話ッスよね」


 「じゃあ俺だけ下に戻るぞ」


 下に降りた俺は階下から上に向かって声を張り上げた。


 「オイ、俺が見えるか? てか声は聞こえてるか?」

 「途中から姿が見えなくなったッス。

 でも声は聞こえるッス!」

 「もっかいそっち行くぞ」


 再び階段を昇る。


 「うーん、建物の境界線あたりに何か裂け目みたいのがあるみたいに見えるッスね」

 「なるほどな……よし、また俺におぶされ」

 「なんか変な感じッス……どっこいしょっと……」

 「やっぱ重ぇな……」


 俺はアホ毛をおぶって階下に戻った。


 「あっ、また昭和な感じの店に戻ったッス」

 「その、さっき言ってた裂け目ってのか?

 そこを通った感触はあったのか?」

 「感触ってゆーか視覚的にスッと入って来た感じッスね」


 何つーか……バグ技でマップの外に出ちまった感があんなぁ。

 逆に俺がおんぶしてもらったらどうなるかね。

 まぁ後にすっか。


 「ちなみに自力でここから出れるか?」

 「えっと出入り口は……店の出入り口と勝手口ッスか……

 ちょっと試してみるッス」


 そう言って勝手口と店舗入り口のドアを動かそうとするが……ダメっぽいな。


 「……びくともしないッス」


 どうなってるんだろうな。

 自分でも試しながら考えるが……分からん。


 「普通に開くな……」


 これがズレってやつなのか……




 『父さん』


 お? 床下の調査が終わったってか?


 「何だ?」

 『床下を見て戻ったら何かうちの子がいたんだけど……あ、嫁もいた』

 「へ? 携帯はそのままか?」

 『ああ、あ!? 時計の表示が変わってるな……

 5月12日の14時9分? ……あ、10分になった』

 『パパー、誰とお話してるのー?』

 『あ、ああ、父さんだよ』

 『じぃじ? じぃじどこ?』

 『お義父さんは遠いところに行っててしばらく帰ってこないのよー』


 遠いとこって何だよ! お星様にでもなったってか!?


 『じぃじー、どこにいるのー?』

 「じぃじはここにいるぞー」

 『ここってどこ? ママー今から行こうよー』

 『ちょっとあなたー、変な遊びはやめてほしいのよー。

 この子の教育に悪いでしょー』

 『え? 実際今、電話繋がってるんだけど……』


 何だこれ?


 『すみません、今までどちらに?』

 『け、刑事さん!? どっから湧いてきたんですか!?』


 なぬ!? 刑事さんだと?


 『湧いてきたとは何ですか。

 しかしその狼狽え様、怪しいですね』

 『すみません。怪しい、というのは?』

 『その反応、ますます怪しいですね。

 署までご同行願えますかね?』


 『あの、素で分からないんですが……』


 『今朝ね、行方知れずになっていたお宅の父上が発見されたんですよ、焼死体でね』

 『え?』


 な、何だってぇー!?


 『あの、怪しいっていうのは空き巣の犯人が誰かってことじゃないんですか?』


 それな! まあ焼死体もビックリしたけどな!

 何せ死んだの俺だし!

 ……アレ?


 「ホラーッスよォ!」

 「うるせえ!」



* ◇ ◇ ◇



 ………

 …



 ……さてと。

 ちっとばかし取り乱しちまったがよくよく考えてみたら今さらビックリする程のモンでもねーよな!


 「オイ、床下はどうだったんだよ!」 

 『んな話してる場合じゃないだろ!』

 「じゃあ何なんだよこの状況はよォ」

 「おっさん、落ち着くッス!」


 『何です? 誰と話してるんですか?』

 「刑事さん、俺です」

 『父さん、ダメだ。聞こえてない』

 「う、うらめしやぁ」

 『だから聞こえてないって』

 『誰かと話してるんですか? 電話を見せてください』


 しかしこの刑事さん何かおかしくねーか?

 何でタメ口じゃねーんだ?


 時間が普通に流れてる風味の作りモンとかじゃねーだろーな!?


 「オイ、今日が12日なら会社に行かねーとまずいんじゃねーか?

 月曜だぜ?」

 『ああ、そうだった』

 『ちょっと失礼します。携帯を見せてください』

 『あっ! ちょっと!』

 「何だ? 刑事さんにスマホ取リ上げられたか。

 まあ丁度良い。刑事さーん、聞こえてますかぁ?

 俺です俺ぇ」


 ………

 …


 『変わったところは無さそうですね。 

 しかし今どきこんなモノ良く使いますねぇ、はい』

 『あ、どうも。こういうの趣味なもんでして』


 おろ? やっぱ聞こえてねえな?

 

 『父さん、明らかに変だね』


 息子の嫁と孫は信じてやりてえとこだが……



 「なあ、オメーの目から見たこの店は今だに昭和な感じなのか?」

 「変わってないッスね。

 それにしてもいつまでこのまんまなんスかねぇ?」


 息子の方の状況と何かリンクしてんのか……


 「ちょっと話せねーか? トイレに行くフリでもしてさ」

 『あ、ああ。俺もちょっと落ち着きたいと思ってたとこなんだ』


 『すみません、ちょっと用を足して来ます』

 『分かりました。早めにお願いしますね』


 うーんこの刑事さんの丁寧語……違和感しかねーぜ。



 『父さん、取り敢えずトイレ休憩とったよ』

 「うし。取り敢えず多少長引いてもウンコでしたで済むな」

 『父さん……』



 「で、どうだった? 床下は」

 『ああ、地面の下から何か生えてたな。

 あの床下収納ユニット、実は巨大な地下施設の氷山の一角だったりして……そんな感じだったよ』

 『他には?』

 『取り敢えずどうにかならないか突っついたりしてみたけどビクともしなかったね』


 「それとあの刑事さんなんだけどさ」

 『変だったよね、言葉遣いとか』

 「やっぱそうだよな。それに聞こえてなかったよな、こっちの声」

 『そうだね、うちの子は聞こえてたみたいだったけど。

 あ、嫁の方は聞こえてない風な感じだったな。

 俺が変な遊びを教えてるってブーブー言ってたし』


 ふーん、それホントなのかね?

 息子の嫁ってイマイチ信用できねーんだよなぁ。

 行動に不可解なとこがあるし。

 そこんとこどうにかして確認出来ねーもんかね。


 「刑事さんの話に戻るぞ。

 さっきの俺が焼死体で見つかったって話、家族に知らせに来たって感じじゃなかったよな」

 『ああ、普通じゃないよな。何かあると思う、絶対に』


 「そうだな。

 何とかしてヤツを一刀両断にしてやりてーもんだぜ」



 ……

 ……


 《 ――これは夢だよ!!! 》


 ……?


 あんときの親父の幻、みてーに……か?

 ……あんとき? 何で今そんなこと……?



 『父さん、今何か言った?』

 「いや? 何だ?」


 『何か物音がした様な……

 まあ良いや。多分気のせいだな』

 「そうか?

 オメーが良いって言うんなら良いけど」



 「あ、あの……向こうにいなくなった筈のメンバーが揃ってるんスか?

 オイラの相棒は? 姐さんは?」

 「姐さんとやらは初めっからいなかっただろ」


 『お隣さんと定食屋さんは見当たらないな。

 あと二人組のオタクっぽい風体の方もいない。

 まあまだ外にも出てないしお隣に行ったらまた何か違ってるかもだけど』


 「取り敢えず場所を聞いて確認するのと、可能なら遺体の本人確認だな。

 行けるんなら廃墟にも行っといた方が……

 てかその前に携帯の日付がモノホンなのかも何とかして確認してーとこだな」


 「モノホン? 何スかそれ?」

 『本物ってこと?』

 「お、おう。そうだぜ。

 あと俺ん家の中は相変わらずとっ散らかってるみてーだがモノを動かして片付けられるかだな。

 動かせるんなら仏壇とか床下収納がどうなってるかも再確認してーな。

 あと水道電気ガスなんかのインフラとか作りモノっぽかったモノが作りモノっぽいまんまなのかとか、か」


 『日付の話ってまわり……特に刑事さんの認識を確認するって話だよね。

 昨日何してたとかそんな話を振ってみれば良いかな?』


 「そうだな、刑事さんのあたおかレベルを確認したら何が分かんのかってとこだが」

 「あたおか?」

 『あたおか?』

 「頭おかしいってコトだよ!」


 『あと父さん家の中だけじゃなくてお隣さんとか定食屋さんもどうにかして見てみたいね』


 「あーそれとだ、さっきの廃墟にも行っといた方がって話は一応根拠があってな」

 『マジで?』

 「ああ、マジだ。

 以前廃墟に行ったときに詰所のおっさんが現れてな。

 何か分からんけど飲屋で意気投合したみてーな気分になったんだよ。

 でもってそいやぁーって感じで一緒に灯油を頭からかぶって火を点けてさ」

 『へ? 何その頭おかしいのは……じゃあ何で今……

 いや、だから刑事さんが……なのか?』


 やっぱそう思うよな!


 「意気投合したってのは語弊があるか……

 頭じゃそんなアホな話あるかって思ってたからな。

 まあ何であれそこで一旦記憶が途切れたんだよ。

 んで気付いたら親父の会社の詰所跡っぽい場所にいてさ」


 『廃墟じゃなくて?』

 「ああ、母さんの遺影を撮影した中庭もちゃんとあったぞ。

 ……ご多分にもれず作りモノっぽかったけどな。

 あ、いや……作りモノってのは語弊があるか……

 ホンモノをベースにして何か加工した感じがしたな。

 少なくともリアルさは今いるココとは比べ物にならねえな」



 そうだ。

 あそこであった出来事……

 見つけた資料……あのノートは今どこにある?

 血塗れの光景、場面転換、“スイッチ”、ゴリラ、最後に見つけた親父の秘密基地……

 携帯も何かおかしかったが今みてーなモックアップくせー感じじゃなかった。

 そして何より……あのときは羽根飾りが懐にあったんだよな。



 『ま、待ってよ……本物そっくりな作り物の場所?

 それっていつの話……?』

 「感覚的な話だが一週間前ってとこか。

 日付で言うとまあ5日ってことになるな」

 『7日の、その前の話か……』

 「ん? 何かあんのか? 7日がどうした?」

 『父さん』

 『パパぁー、うんち出たぁー?』

 「ズコー!」

 「また凄いタイミングでぶっ込んで来たッスね……」

 『う、うん、ちゃんと出たよー、ウンチなだけに!』

 「オメーらどんだけウンチ好きなんだよ……」


 『ゴメン、引っ張りすぎたんで戻るよ』

 「ああ、まあしょうがねえな」

 『まあ聞いててよ、どうせ繋いだまんまだし』


 「あ、最後に一個。

 仏壇の下の遺影と位牌、それに羽根飾りの入った木箱を確認してもらえねえか?」

 『分かったよ。じゃあ戻るから』

 「おう」


 7日が何だってんだ……?


 「7日がどうかしたんスか?」

 「知らんわ!」


 ………

 …


 『まったくー、この子がよそでうんちうんちって言い出したらどうするのよー』

 『ゴメンゴメン、ちょっと苦戦してさ』

 『うんちってつおいの?』

 『いや、あー、うん。つおいつおい』

 『わーいうんちつおいー』

 『困るわぁー』


 何なんだこの会話は……

 こんなのを聞いてろって話じゃねーよな?


 『あれ? 刑事さんは?』

 『刑事さん? そんな人いたかしらー?』

 『えっ?』

 えっ? 何だ?

 『あのね、おねえちゃんがきてたよ?』

 『あっ! あー、知らない人、いたわー……?』


 オイ待て、“おねえちゃん”って言ったら……


 『そのおねえちゃんって何しに来てたの?』

 『あのね、だまってたっててすーってきえたの!

 オバケみたいなの!』

 『あはは……お化けか……』


 「ホラー……」

 バコッ!

 「あ痛っ!」


 『これ、父さんたちはしばらく黙ってた方が良いかも』

 ここで息子が小声でそう言ってきた。


 そうだな、ここはちょっと自粛しとくか。

 こっちの会話の影響かもしれねえしな。

 さっき二階に行ったみてーな感じで行き来出ねーもんかね。


 しかしいたのが刑事さんじゃなくて……か。

 ソレがさっきまでそこにいただと?

 何がどうなってんだ?


 『そのお化けは何か知らせに来たとかじゃなかった?』

 『ちょっとーあなたまで何よー、お化けなんている訳ないでしょー』

 『えー、でもそこにいたよー?』

 『お化けの人ってここで何してたんだろうね?』

 『うんとね……わかんない』

 『こんにちはとか、何か言ってなかったの?』


 『なんにもいってなかったけどキョロキョロしてたよ!』

 『キョロキョロ?』

 『うん、キョロキョロしてた……

 あ! あとね、おててをぐーぱーしてた!』

 『へ、へー、そうなんだー』


 キョロキョロしてグーパー?

 何じゃそりゃ?


 『と、ところで父さんはどうしたんだ?

 家の中がこんなに散らかってるのにさ』

 『あれ? さっきじぃじとおはなししてなかった?』

 『あ、ああ……あれはね……よいしょ』

 『ちょっとー、何ドロボーみたいなことしてるのかしらー』

 『い、いやちょっとね。

 父さんがいつも手入れしてた遺影とか位牌とかが無事かどうか確かめたくてさ……あれ?

 遺影が二つあるぞ?

 ――あ、木箱もあった』


 な、何だってぇー!?


 『えい』


 ドズン!


 『あ、痛ったあぁーっ!』


 うげぇ……今のは痛てーぞ……

 聞いてた俺までビクッとなったからな!

 っつーか背景一体型オブジェクトじゃねーのか!?

 じゃあホンモノなのか!?


 『……つつつ……な、何すんだ! 足の指がもげるかと思ったよ!』

 『何なのー? 私たちそっちのけで意味不明なことしてぇー』


 何かポコポコと叩く音がするぞ。


 『分かったよ、分かったから許してよ』

 『ねえ、じぃじはー?』

 『言ったでしょー、お義父さんは遠いところに行ってるってー』

 『だって、さっきパパとおはなししてたよ?』


 しょうがねえな……

 「おい、合わせてやれ。嫁さんの方にな」

 今の、孫には聞こえなかったよな?


 『ていうか俺たちって何で今ここにいるんだろうな?

 今日休むなんて会社には連絡してないし無断欠勤だよ。

 なあ。何しに来たんだっけ、俺たち』


 さて……

 コレ現実だったら懲罰モンだな。

 罰せられんのは息子だけど!



 ……いや、そんなことより俺の遺体とやらはどーなったんだ?



* ◇ ◇ ◇



 「まさかとは思うがハンズフリーにしてねえよな」

 『ああ……あっ!? ごめん今切り替えた』

 マジか! あっぶね……

 ヒソヒソ声で話しといて良かったぜ!


 『何? 独り言かしらー?』

 『じぃじ?』

 『ご、ごめん独り言だよ、ははは……』


 あぁ……何ちゅー大根役者……


 『今日は近くまで来たから寄ってみただけじゃないのー。

 それに会社にはちゃんと連絡してるでしょー。

 しっかりしないとだめよー。

 それとも何かしら?

 お義父さんの家に来たのに何か不満でもあるのかしらー』


 『!? だから悪かったってば』




 何でなのか分からんけど……

 一生懸命俺がいないことにしたがってる感じだな。

 それにしても息子の嫁ってこんなにしゃべるヤツだったんか……


 「おっさんおっさん、こっちはどうするんスか?

 二人揃ってボーッと息子さんの実況中継聞いてるだけじゃもったいないッスよ?」

 「ぐ……オメーに正論吐かれると何かイラッと来るぜ」

 「ソレ、 良い加減ハラスメントッスよ……」




 『それで父さんがどこに行ったって?』

 『! だから遠いところだって言ったでしょー。

 お義父さんの車も無いでしょー、お出かけしてるのよー』




 クルマが無いだと?

 “二人組”が乗り逃げしたからか……?

 あの二人組は誰だったんだ?

 ……今ここにいるコイツは……?

 

 「おーいおっさーん、膝カックンするッスよー?」

 「そんなことより聞いてたか? 今の会話」

 「おっさんの車が無いからどっかに出かけてるんだって話ッスか?」

 「ああ、俺のクルマがねーのは乗り逃げされたからなんだがな。

 オタク風の風体のヤローとアホ毛を生やしたヤローにな」


 「そのアホ毛はオイラじゃないッスよ?

 身に覚えが無いッス!」

 「分かってるよ。

 ヤツらが乗り逃げしたのは11日の午前11時とかその辺だった筈だ。

 時間的に見たら留置場にいた頃合いだよな?」

 「えーと……息子さんが今いるところがおっさんが自動車ドロボーに遭ったのと同じとこだったらそうッスね」

 「ぐ……また正論……ま、まあ確かにな。

 そもそも朝起きて物音がして外に出た瞬間に場面転換に出くわしてた可能性が高ぇし」


 ……となると家ん中から見たヤツらと外に出てから話したヤツらが同じ人物かすら怪しいのか。

 



 『じぃじとあそぶー、おでんわしてよんだらいいでしょー』

 『お義父さんは遠いところにお出かけしてるのよー。

 わがまま言って困らせたらダメよー』

 『だってさっきお話してたよー』

 『ああもう、困ったわー』


 遠いところってここは確かに普通じゃ行けねえけど。

 しかしこの嫁さんたちはどっから湧いて出たんだ?

 俺ん家ン中に突然現れたとかじゃねーよな!?

 俺もヒトのコト言えねえけど!


 湧いて出たとしたらまた例のパターンだったりすんのかね。

 じゃあ孫は何なんだ……?


 「おい、嫁さんをアシストしてやれ」

 『どういうこと?』

 「嫁さんと孫両方の言い分を聞いてやれ」

 『逆のこと言ってるのにどうやって?』

 「それを考えて実現すんのが家長の器ってもんだろ?」

 『それ言って良いの昭和までだろ……ああ分かったよ。

 全くもう……無茶振りするなぁ』


 「容赦無いッスね!」

 「ったりめーだ。良い大人なんだからな!」



 『じゃ、じゃあさ……父さんと遊ぶ代わりに何か美味しいものでも食べようか』

 『おいしいもの? たべたいたべたいー!』

 『でもお義父さんのお家はこんなになってるでしょー?

 どうするのー?』

 『うーん、定食屋さんに行こうか』

 『えっ?』

 『どうしたの?

 まさかこの散らかってる中で食べたいなんて話じゃないよね?』




 散らかってる中でか……例の頭おかしい連中に出前送りつけたなんてこともあったな。


 そういやそんときは仏壇の遺影と位牌は消えて無くなってたんだっけか……?



 「庭ででも食えば良いんじゃねーか?

 出前とってさ。

 倉庫に野外用のテーブルとか椅子があった筈だぜ」


 『……ちょっと待ってて。家デンで出前頼んでみるよ』

 『じぃじのおうちでたべるの?』

 『庭だったら場所もあるしね。ちょっと待ってて』

 『お願いねー』


 


 ドタドタという足音が聞こえる。

 よし、家に上がったな。

 この時間を使ってちょいと打ち合わせすっか。


 しかし電話したとして定食屋は来んのか?

 いや、来てくれねーと困んだけど。




 『父さん、家デンから定食屋さんに電話してみるけど繋がんなかったらどうしよう?』

 「そんときゃそんときだ。冷蔵庫漁りゃ何かあんだろ」

 『そういえば電気とか水道は使えるのかな?

 電話する前にちょっと見てみるか』

 「おう、そうだな」

 『……あれ? 今度は床下収納の蓋が閉まってるな』

 「今さら何だよ」

 『いや、開くかなってさ……あ、取っ手が掴める……開いた』

 「何? マジでか」

 『父さんが漬けた梅酒とかもちゃんとあるよ』

 「じゃあさっき一瞬見えた木箱の中身を……」

 『後で試してみようか』

 「おう、そうだな……」


 その木箱は多分アレだな……

 まあまたお預けかね。


 『水道は……出るな。

 冷蔵庫も……冷えてるし食べ物もあるよ』


 「そうか。まあ床下収納がちゃんとあったんだからそうだよな」

 『何か意外そうだね?』

 「そりゃそうだぜ。

 今まで散々ニセモノを見せられてきたんだしな。

 それにメチャクチャにされてた割にキッチンは大丈夫だったんだな?」

 『うーん、まあ確かにそうだよね……電話、掛けてみるよ?』

 「おう」


 「おっさん、結局アシストしてるッスよね?」

 「良いだろ、別によ……」


 ………

 …


 『父さん、ダメだな。コール音は鳴るけど誰も出ないよ』

 「繋がるけどダメってヤツか。

 しゃあねえ。

 冷蔵庫の中のモン使って良いから何かこしらえてやったらどうだ?」

 『ああ、お言葉に甘えてそうさせてもらうよ』

 「ついでに倉庫からBBQセットでも出してくと良いぜ」


 戻って行く足音。

 次いでガタゴトという物音。


 「ああそうだ、たい焼きセットなんて置いてなかったか?」

 『ん? えーと……』

 ガサゴソ……

 『おっ、あったあった』

 「冷蔵庫にトースト用のあんこが少しあった筈だぜ。

 三匹くれーは焼けるぜ」

 『でも良く知ってたね』

 「あん? 何がだ?」

 『嫁の好物だよ』

 「あー、まあちょっとな」




 「おっさんて結構過保護ッスよね」

 「知るか」

 「でも何でこういう展開に持ってこうと思ったんスか?」

 「あー、何かな。何となくだ」

 「そうなんスか?」

 「良いから黙って聞いてろ」

 「はいはいッス」




 『何か定食屋さんは定休日みたいだったから食材を拝借して何か作るよ』

 『それなら手伝うわー』

 『じゃあここにコンロ置くから肉と野菜を刻んで並べよう』

 『わーい、びーびーきゅー?』

 『ばーべきゅー、なのよー』

 『ばーべきゅー?』

 『材料がギリギリだけどたい焼き器もあったからこれでデザートも作ろう』

 『……!』




 「何か電話の向こうがリア充してるッス!」

 「オメーよくそんな死語知ってたな」

 「姐さんがよく連呼してたッス!」

 「その姐さんて幾つなんだよ……」




 ………

 …




 『おいしかったー』

 『いやーこういうの随分と久しぶりな気がするよ』

 『そうねー、本当に久しぶりだわー』



 ………

 …!

 ――!!!


 『わっ……眩しい……!?』




 ……何だ?

 今何か向こうで物音がしたな?



 ………

 …



 『あれ? 嫁はどこ行った?

 ていうかさっきまでBBQしてたよな』


 な……場面転換か?


 『パパ、どうしたの?』

 『ママはどこ?』

 『ママ? ママはきょうはおるすばんだよね?』

 『そ、そっか……』


 『パパー、おねえちゃんがね……』

 『おねえちゃん? さっきそこでキョロキョロ、グーパーしてたっていう?』

 『あ、そのおねえちゃんじゃないよ!

 あのね、まっかなおようふくのおねえちゃんがいたの!

 それでね、“ありがとう”だって!』



 何だ? 向こうで何があった……?



 「どうした? 何があった?」

 『父さん……今……何かが空を横切ったんだ……

 そしたら目の前の景色が急に元に戻った……』

 「何だそれ? どっかに移動したのか?」

 『ああ、多分。それと……』

 「それと?」

 『嫁がいなくなった』

 「今いる場所ではそこにいねーってことか?」

 『良く分かんないけど今日は留守番ってことになってるみたいだ』

 「さっきまでそこでメシ食ってたんだろ?」

 『ああ、BBQセットも消えてなくなったよ。こつ然とね』

 「孫は?」

 『いるよ。でさ、例の赤いドレスの“おねえちゃん”がいたって言うんだよ……』

 「おねえちゃん? 定食屋で見たってアレか?」

 『多分ね。それがさ、“ありがとう”って言ってたって話なんだよ』

 「ありがとう、か……」

 『何か心当たりでもあるの?』

 「ああ、まあな……うーむ。

 それよか何かが空を横切ったって方が気になるぜ」

 『さっきも窓の外が一瞬明るくなった気がするんだけどそれが目の前でまた起きた感じだったな』

 「明るくなるってのはカミナリみてーな感じか?」

 『いや、流れ星がすごい速さで空を横切った感じかな?

 本当に一瞬だったからよく見えなかったけど』

 「それがきっかけになって場所が切り替わったってことか」

 『そうだね、少なくとも見た目の現象はそうだと思う』


 『パパー、じぃじとおはなししてるの?

 パパばっかりずるーい』

 『ああ、ごめんな』

 「もう良いだろ、ハンズフリーにしてくれ」

 『ちょっと待って……はい、良いよ』


 「じゃあじぃじとちょっとお話しよっか。

 ママはお留守番なの?」

 『うん、そうだよ!』

 「じゃあじぃじのお家にはパパと一緒に来たの?」

 『うん、そうだよ! ねえ、じぃじどこ?

 こえだけきこえるよ?』

 「ごめんな、じぃじはお家にいないんだよ。

 パパのお電話でお話してるんだよ」

 『なんだ、つまんないのー』

 「じぃじのお家でドロボーさん捕まえてその後みんなと一緒になぞなぞごっこしたよね? ママも一緒にさ」

 『うん! えっと……みんなでじぃじのおうち? に集まったでしょ!』


 疑問型? ああ、隣とごっちゃになってるな?


 『その後はみんなお家に帰ったの?』

 「えーとね……うん! いつのまにかおうちについてたの」

 「おねむだったかー」

 『だって、つまんないんだもん』

 「ははは、そうか……」


 『父さん、お隣の奥さんに連れ出されてから何日か経ってる感じだよね、これ』

 「ああ、だけどオメーの行動が良く分からねーな。

 今さっき一緒に来たって話みたいだけど」

 『それは俺自身でも良く分からないね。

 そもそも最初に10日か11日かって議論してた時点で今までうちの子と一緒にいた俺が俺と同じ俺かなんて怪しいもんなんだけどさ』

 「ちなみに表にクルマはあるか? 俺のかオメーのが」

 『えっと……ああ、俺の車があるな。

 そして父さんのは無いよ。一緒に来たって話は本当みたいだ。

 乗り逃げされてそのままなのかな?

 あとさっきの“おねえちゃん”に何か心当たりがありそうだったけど?』


 「そうだ、仏壇を持ち上げたときに遺影がもう一つあって木箱もあったって言ってたよな?」

 『そのときここにいた嫁に妨害されたけどね』

 「見つかったらマズいことでもあったのかもな」

 『何がまずいんだろ?』

 「実はさっきまで話してたやつはオメーの嫁とは別人だったのかもな」

 『別人……? 俺が俺の行動を覚えてなかったみたいに?』


 「多分ちょっと違うな。

 その前にさ、何であれ俺らにとっても何かプラスになる様な結果があったと信じてえとこだがな」


 『うーん、つまり?』

 「孫に聞いてみんのが一番かもな」

 『うちの子に?』

 「なーに?」

 『ねえ、さっきまでいたっていうおねえちゃんて……』

 『おててをぐーぱーしてたほう?』

 あれ? そっちは覚えてんのか。

 『うん、赤い服のお姉ちゃんと何かお話してなかった?』

 『うーん、わかんない』

 「ねえ、赤い服のお姉ちゃんの方が先に来たのかな?」

 『えーと……あっ、そうだ!

 あかいふくのおねえちゃん、ぐーぱーのおねえちゃんがきたときにおじぎしてたよ!』

 「そっかー、じゃあぐーぱーのお姉ちゃんが後から来てキョロキョロしてったんだねー」

 『うん、そうだよ!』


 「なるほど、てことは刑事さんだったナニカを退治するためにお姉ちゃんその一が現れた。

 で、そのお姉ちゃんを呼んだのが実はお姉ちゃんその二であったと」

 『そうなの!?』

 「いや、勘だけど」


 「あ、あのーもしかして赤い服のお姉ちゃんって人が……」

 「あーあーあー」

 「な、何スか急に」

 「ま、まあ断定は出来ねえけど今に限っちゃその可能性は高えと思わざるを得ねーな」

 「マジッスか……」

 『まじすかぁー!』

 

 「オイ、孫に変な言葉教えんなよ?」

 「おっさんが言っても説得力ゼロッスね!」

 「うるせえ!」


 『父さん、そのグーバーの人って……』

 「分からんけど仏壇を確認すれば何か分かるかもな」

 「ホラー……」

 「オイ」

 「ハイ……」



* ◇ ◇ ◇



 『確認するよ、仏壇……よいしょっと……』

 「良く持ち上げられるな」

 『まだ持ち上げてないよ……あれ?』

 「どうだ?」

 『……動かないよ。元に戻ったみたいだ』

 『携帯の画面は?』

 『“2042年5月11日(日) 12時24分”……

 これも元に戻ってるよ。父さんは?』

 「変わってねーぜ。

 “2042年5月10日(土) 10時01分”だ」

 『さっき一瞬12日になってたのはどういうことなんだろ?』

 「まずその12日ってのが過去なのか現在なのか未来なのか全く分からねえからな……

 それも何かの記憶の一部なのか……」


 だが……何故だ?


 『まさかBBQやって終わりなんて話は無いよね』

 「おっさんおっさん」

 「そっちは結構バタバタと場面転換が繰り返してた様に思えたんだが、多分そうだよな?」

 『ああ。さっきまでは電気もガスも水道も使えたし何か一瞬だけど元に戻った感じだったね』

 「おっさんてば」

 「だとしたら腑に落ちない点がある。

 仏壇の遺影と位牌がもう一組あっただろ。

 あれは何だったんだろうな?」

 『父さん……じゃなくてそっちにいる二人組の片割れの方がもう一組あったのを見たって言ってたよね、確か』

 「おーい」

 『おーい』

 『な、何? 急にどうしたの?』

 「ゴメンな? ほったらかしにしてさ」

 「いや、そうじゃなくて……」

 「丁度良い、仏壇に遺影と位牌がもう一組あるのを見たっつってたよな?」

 「へ? なんスか? その話」

 『あれ?』

 「あっ、そーか。そういや覚えてなかった……じゃなくて別人なのか……?」

 『地面のシミになったんだっけ?』

 「何スかそのホラーは!?

 ……じゃなくてさっきから呼んでるのに何で無視するんスかぁ」 

 「何だよ、今重要とこなのによォ」

 「さっき外が一瞬メチャクチャ明るくなったんスよ!」

 「あ? マジで!?」

 『こっちと同じ現象か!?』

 「携帯の画面は……変わってねーな」

 『こっちもだよ』

 「何だ……どこかで何かが起きてる?

 コロコロと状況が変わってるのと何か関係があるのか?」

 『無いってことはないだろうね……何だかまたゴチャついてきたな』

 「でも人がいないのは変わってないッスね」

 『結局また会えたのはうちの子だけか……』

 その結果がどうにも怪しいんだよな……

 「オメーの嫁はやっぱ別人だったのか?」

 『分からないな……実際目の前で話してるときは何の違和感も無かったし』

 「それと人がいねえって言うが俺らの目に映ってねえだけで実際はいるって可能性もある」

 『そうだね……俺たちの会話もどこかで見聞きされてる可能性があるってことをすっかり忘れてたよ』

 「取り敢えずコイツに何だかんだ喋らせてた奴がまだその辺に居るのかが気になるぜ」

 『呼んでみたら? おーいってさ』

 「そんなんで出て来んのかよ……おーい!」


 『……』

 「……」

 『おーい』 


 「なっ!?」

 『ごめん、うちの子だよ』

 「ズコー!」


 「誰か見てるって思うと何か急にこっ恥ずかしくなって来たぜ」

 『ヘタするとウンコしてるとこも見てるかもね』

 「マジで!?」

 『分からないよ?』

 「あの……ちなみに息子さんの方にも何か正体不明な人がいたッスよね?」

 『ああ、赤いドレスのお姉さんとおててをグーパーしてキョロキョロしてたお姉さんがいたんだよね?』

 『うん! でももういないよー!』

 『赤いドレスの人は父さんが会ったって人と同じ人なのかな?』

 「そうだな……同じ人物ではあるんだろうが、俺ら自身みてーに別な場所で別に存在してた感じだろーな」

 『そうなの? 俺にはよく分からないけど』

 「手をグーパーしてたって方はどんな人だったのかな?」

 『えっとね、おててをぐーぱーしてたおねえちゃんはね……

 えっと……あのおねえちゃんだよ!』

 「あのってどの?」

 『どんな格好だったかとか、何を身に着けてたとか、思い出せる?』



 『えっとね……えっとぉ……ノートのおねえちゃん!』


 「ノート?

 ……ああ、絶対になくすなって言ってた……なくしちゃったけど」



 『父さんは誰なのか心当たりがあるの?』

 「ああ、多分“彼女”だろうな、赤い髪に羽根飾りを付けた例の人物だ。

 まあこれも全く同じ人かは分からんけどな」

 「ああ、さっきおっさんを見てその人と……」

 ペチッ!

 「あだっ!」

 『その人と何?』

 「何でもねえよ!

 でもって俺が会った方の赤いドレスの人は“彼女”のことは知らないと言ってたぞ。

 だがいまさっきまでそっちにいた方は流れから言って知ってる感じだったよな?」

 『そういえば会釈してたとかって話か……

 まあ知らない相手でも目があったりしたらどうも、位の挨拶はするかもだけど』

 「うーん、そうだな……じゃあ定食屋に行くっつったときに軽く拒否反応示してたよな?

 何でだと思う?」

 『うちの子が前にその人を見たのが定食屋さんだったからな……何か関係があるのかな。

 父さん、今定食屋さんにいるんだろ?

 何か関係ありそうなことは……ってありそうなことばっかり起きてるか』

 「そうなんだよな、ゲシュタルト崩壊しそうなレベルだぜ。

 まあ、結局誰が何をどんな理由でどうしたかってのはいくら考えてもやっぱり分かんねぇってことは分かったぜ」

 『結局そうなるのか……』


 「しかし結果だけ見るとなぁ……

 何か分かった様な分かんねー様な」


 『つまり何も分からないと……』

 「まーな」


 つーか何で今孫があっちにいんだよ!

 んで息子の嫁は家で留守番だと?

 どう考えても孫がキーマンだべ!


 ……キーマンだから何がどうなるってんだ?


 「クッソ……本当に何も分かんねーなぁ……」

 「ところでおっさん」

 「あん? 何だ?」

 「アレ誰ッスかね?」

 「へ?」

 「ほら、あれッスよ!」

 「悪ぃ、見えねえ。てかホラーじゃね?」

 「ひ……ひえぇぇ……」

 「おせーよ」

 

 『何? そっちで何かあった?』

 「いや、何かオバケが出たみてーなんだよ。

 俺にはさっぱり見えねえけど」

 『その人が何か言ってるとか?』

 「ただ黙って立ってるだけッス……」

 「やっぱホラーじゃねえか!」

 『それってさっきまでそっちで何だかんだとしゃべってた人と違うのか?』

 「オイ、見えてるんだったら何か聞いてみろよ」

 「え、えーと……こんちわッスー……」

 「何じゃそりゃ……」

 「反応無しッス……」

 「良し。じゃあ取り敢えず殴れ」

 「へ?」

 『父さん……』


 「冗談はさておきどんな特徴の奴かくれーは説明出来んだろ」

 「えーとぉ、……ボコボコの鎧を着て槍を持って突っ立ってるッス。

 多分おっさんッスね」

 「何? 俺?」

 「あーそういうことじゃなくて歳格好がッスよ」

 「紛らわしいわ!」

 「仕方が無いっすよォ!」

 「で続きは?」

 「顔は向こうを向いてて分かんないッス」

 『鎧って和風? 洋風?』

 「洋風ッス!」

 『髪の色は?』

 「黒ッス!」

 「ちなみに羽根飾りなんて身に付けてねえよな?」

 「無いッスね!」

 『父さんみたいにポケットにしまってるって可能性もあるね』

 「そうだな、持ってる可能性は排除しないでおくか」


 「結局どうするッスか?」

 「じゃあオメーにだけ特別に膝カックンする権利を与えてやる。

 行け、突撃!」

 「嫌ッスよ!」

 「何だよ、オメーしか見えねえんだから他に選択肢はねーだろーがよ。

 自分でどうするか聞いといてイザとなったらやらねえなんて良い性格してるじゃねえか」

 「ほえぇ、ごめんなさぁぃ……ッス」

 「キモいからヤメレや!」

 「天の声ッスよ!」


 『ね、ねえ、それ以前にそもそも触れるの? その人。

 聞いてる感じたとこっちの声も聞こえてないんじゃない?

 これだけ騒いでるのに何の反応も無いのは変だろ?』


 「言われてみりゃそーだな」

 「ホラ、どーしよーも無いッスよ!」

 「良し、じゃあ膝カックンして来い」

 「嫌ッスよォ」

 『やれやれ……』

 『やれやれー』


 《 !? 》


 ガコン!


 「な、何だ!?」


 例の音だ?


 『何? 今の音? こっちでも何か聞こえたけど?』


 「こ、こっち見てるッス……」

 「これまた偉え落ち武者っぷりだなぁオイ……」

 「あれ? おっさんも見えてる感じッスか?」

 「ああ、今の音が何なのか分からんけどそっからっぽいな」

 「ちゅ、中ボスっぽい感じッスよね……」


 「やっぱこっちは見えてねえっぽいな」

 「向こうも何だ何だって感じでキョロキョロしてるッスね」

 『何かに反応したんだよね? さっきの凄い音かな?』


 「懐に手を突っ込んで何かガサゴソし出したぞ……あ?」

 「そ、双眼鏡!? 何であんなモノ持ってるんスか!?」

 『何? どうしたの?』

 「奴さん、双眼鏡を懐から出しやがったぜ」


 「こっち見ながら何か言ってるな?」

 「てゆーかこっちに歩いてきたんスけど! ってわー……アレ?」

 「まあ見えてねえ聞こえてねえって時点で結果はお察しだろ」

 『素通りか』

 「は、はいッス……向こうも困惑してるッスね」

 「アホか。触れるとでも思ってたんか」

 「しかも何か話しかけたそうにしてるッス。

 聞こえないッスけど」

 「そもそも聞こえたところで何語でしゃべってるか分からん相手の話なんて理解できねえっつーの」

 「わっ!」

 『今度は何?』

 「槍でツンツンし始めたッス」

 「全く……野蛮人かよ」

 「取り敢えず殴れとか言っちゃう人のセリフとは思えないッスね!」

 『それってハナから敵対的ってこと?

 それとも話しかけても無視したから怒ってるとか?』

 「いや、好奇心だろ。完全に原始人ムーヴじゃねえか」

 「で、でも何か恐怖に歪んだ顔してるッスよ?

 これはこっちがオバケだと思われてるッスね」

 「しかし意味があるのかねーのか……」

 『さっき外が明るくなったのと何か関係があるのかな、やっぱり』

 「そりゃーあんだろ」


 それに……孫に何かしゃべらせてみっか?

 いや、やめとくか。

 建設的にコトが運ぶ可能性なんてほとんどねーからな。


 「今暴れてる奴以外にも誰か見えてるやつはいんのか?」

 「このオヤジだけッス」

 「周りの景色は?」

 「定食屋さんのままッス。

 でもこのおっさんは明らかに屋外にいるっぽい動きをしてるッスね」

 「てことは今見えてるモンは俺と一緒か。

 なるほどなあ……

 しかしその双眼鏡はどっから手に入れたモンなんだろーな?」

 『定食屋さんにあったのと同じモノなのかな?

 場所が場所だし』

 「さあなあ……現実だとしても過去の記憶とか色々あっからな、リアタイで存在してるやつとは違うモノって可能性も考えねーと」

 「それでどうするんスか?

 まだ何か喚いてるッスすけど」

 「オメーは安全だって分かったら途端にコロッと態度変えるよな……」


 過去の記憶とかだったら何かキーアイテムみてーのがあんのかね。

 じゃなきゃあ今目にしてるこのオヤジってのは……?


 「なあ、こっちはこっちで様子見しとくからもう一辺床下を見に行ってもらっても良いか?」

 『分かったよ。さっきの音だよね?

 アレはこっち側で鳴ってたし』


 いや、こっちでも思いっ切りでけぇ音がしてたんだが……

 どこで鳴ってた?


 それよか――

 

 「もう一個良いか?」

 『何だい? ひそひそ声で』

 空気読んで向こうもヒソヒソ声で応じてくれる。

 ありがてえコトだぜ。

 「孫の声がこっちに聞こえねえ様に気を付けてくれ。

 コッチに興味を持ち出したきっかけは多分さっきの孫の合いの手だ」

 『了解、念のためにこっちのマイクはしばらくミュートにしておくよ』

 「頼むぜ」



 「さてと、槍おじさんは今何してた?」

 「槍おじさんて……体育座りして何か不貞腐れてるッス」

 「何じゃそりゃ」

 「ちなみに双眼鏡が見えねーな?」

 「降ろして仕舞ったッスよ」

 「そうか……次にこっち見たら何かジェスチャーしてみっか」


 こっちから何か聞き出せねえもんかね。


 それしても元に戻るよりもどっか訳の分からねえ場所に飛ばされる方に事態が傾いてる様な気がするぜ。

 単に俺の考え過ぎだったら良いんだがな……



* ◇ ◇ ◇



 「あのー、思ったんスけど」

 「何だ?」

 「ジェスチャーするより何か書いて手に持ってた方が良いんじゃないッスかね?

 いつこっち見てくれるか分からないからその方が絶対良いッスよ」

 「まあそうだな……だが何を持つんだ?」

 「えーと……槍で突くのが好きみたいだから的の絵とかッスかね?」

 「冴えてんのかアホなのかよく分かんねえ奴だな」


 孫の関係者なのか?

 それかあの遺構の街の住人とか?

 今までのことを考えると少なくとも無関係な奴が何の脈絡も無く出て来るってことは無え筈だ。

 だったら……


 「双眼鏡と羽根飾りの絵でも描いてみっか」


 ポケットをガサゴソしてさっきの紙切れを取り出し――


 あ、そういやペンが無えな。

 どうしたもんかね。


 ――アレ?


 「どうかしたッスか?」

 「いや、この紙切れって端からこんなんだったかなってさ」

 「いや、そんなこと言われてもオイラは初見ッスよ?」

 「んなことわーっとるわ」


 紙切れには……

 “番所には誰も近づけさせないで”

 こう書いてあった。

 またもや俺の字だぜ……おのれぇ……

 

 それに番所って何だよ。江戸時代かよ。

 全く意味が分かんねえよ……


 「双眼鏡の絵でも描こうかと思ったんだがなぁ。

 番所てのがどこにあんのか知らんけどここなのか?

 ここにあんのか?

 うーむ……さてなぁ」

 「あ……こっち向いたッス」


 ええい、ままよ!

 バッテン印ィ……懺悔ッ!


 「な、何スかそれ?」

 「年寄りしか知らねーネタだ!」

 「あのー……何か呆気に取られてるッスよ、

 これは滑ったんじゃないッスかね?」

 「イヤ、別にウケを狙った訳じゃねーから!」


 「何か地面とおっさんを交互に見て目をパチクリさせてるッスね」

 「地面に何かあんのか?」

 「さあ? 見えてるのは槍おじさんだけッスからねぇ

 ……ってうわっとぉ!?」

 こっちに突撃して来やがったァ……ってすり抜けたか。

 当たり前だけど。

 「あっ!?」


 ガチャ。

 キィ……


 「な……!?」


 背後からの物音に振り返る。


 ……そこにはボコボコの鎧に身を包み、ボロい槍を手にした髭面のオッサンが立っていた。

 口を開けて呆けた様子で店内をキョロキョロと見回している。


 「何だ? 普通に入り口から入って来たみてーだったが……」

 

 もしかして番所ってここのことだったんか!?

 てゆーかこのオッサンもしかして……


 「え、えーと……へ、へろー、さんきゅー、ぐっばーい……ッス?」

 「これまた古典的なギャグだなオイ」

 「オイラは至って真剣ッス!」


 『――!』


 俺たちのやり取りを見ていた槍オジサンは何をするでもなく苦笑し、そしてどういう訳かメソメソと泣き出した。


 どういう絵面だよコレ……


 「な、何かマズいこと言っちゃったッスか!?」

 「知るか!」


 クソ、今に始まったことじゃねえが敢えて言うぞ!

 全く意味が分からねえ!



 『なあ……なあ、その赤髪……おっさんだよな?』


 「に、日本語!?」

 「英語じゃダメだったッスか!?」

 「そっちかい!」


 「なあおい……もしかしてオメー、定食屋か!?」


 『お、おう、そうだぜぇ。

 うぅ……やっど……やっど帰っでごれだぁ……』


 「まさかとは思ってたがマジだったぜ……」

 『まさかと思ったのはこっちも同じだぜ……』


 「なあ、早速で悪ぃがそのナリは何なんだ?」

 『ああ、コレか? いやな、気が付いたら何かヨーロッパ風の街のど真ん中にいてさ』


 「マジで!?

 隣の家からみんなでゾロゾロ出てったけどその後どうなったらそういう展開になるんだ?」

 『ゾロゾロ? そんなんあったっけ?』

 おろ? その前?

 そういや双眼鏡は二人組のもう一人が持ってたよな……

 そっから違うんか?

 「警察署出ただろ? その後……」

 『警察だ? それいつの話?』

 「何時間か前の話だぜ?」

 『マジで?』

 「俺ん家に集まっただろ?

 ここに権利書とか通帳とか忘れちまってさ、持ってきてくれただろ」


 やべぇ、そういやアレどこにやったっけ!?

 くっそ……だが取り敢えず今どうすっかを考えねーと!


 『何だそりゃ……てかそれホントに俺なの?』

 「は?」

 『俺のフリした何かだったりしねーよな?

 いや……やっぱおっさんたちも……まさか……』


 「待て、最初の話に戻るぞ。

 そのナリはオメーが今いるって場所じゃ当たり前のカッコなんだな?」

 『おう、ごくフツーの兵隊さんだぜ』

 「しかしどういう風の吹き回しだ? オメーが兵隊とかよ。

 それに言葉とか分かんねーだろ? どうしたんだ?」

 『いきなりヨーロッパ風の街にいた件については何も突っ込まねーんだな』

 「ヘンテコ体験なら多分俺らのほうが上だからな」

 『マジで!? って久々に連発したぜ!

 でもって言葉はもちろん最初は全然分からんかったぜ』

 「急に分かるようになった訳じゃねーんだろ?」

 『当然だぜ。

 ペラベラになって字をか書けるとこまで三年掛かったからな』

 「三年!? オメー一体何年前から……」

 『八年だ』

 「八年!? んなバカな……さっきも言ったが最後にオメーに会ったのはつい数時間前の事だぜ?」

 『なら隣にいるその人は誰だ?

 多分最近知り合ったんじゃねーのか?』

 「そうだな、ここ数日だ。

 しかし八年か……そういうこともあんのか……」

 『何か納得してる様な感じだけど?』

 「ああ、身に覚えがねえ話とか結構あったからな。

 明らかに別の国みてーなのじゃなくて微妙に違う所の俺、みてーなのと入れ替わったっぽい感じになったりってのが大半だけど」

 『なるほどな……最初は外人のフリしてさ……』

 「ラノベみてーな展開か」

 『ちげーよ……チートとか魔法とかそういうのはねーし。

 まあ奴隷制度とか人身売買みてーなのはみんな禁止されてたからな、そこは幸運だったけど』

 「何かお巡りさんみてーな人に捕まってそっから職安みてーなとこに入れられてさ」

 「職安? 思ったより文明的だな」

 『ああ、そこは何か教会みてーな組織が絡んでてな、宗教絡みなのかは分からんけど。

 そこの女神様だか何だか知らんけどそのエライ人が大昔に決めた戒律みてーなのをみんなして真面目くさって守ってるって感じだな』

 「その人チート転生者か何かなんじゃね?」

 『さあなぁ。ただ一辺見たことあるぜ。

 都にバカでけえ塔があってさ、そのてっぺんにあるホンモノそっくりの像ってやつだけどな』

 「バカでけえ塔? でもって本物ソックリの像?」


 塔はあの遺構にあったやつか?

 しかし像ってのは何だ?

 像があったのは親父の会社の中庭だ……?


 『ああ、凄かったぜ。てっぺんの中に宮殿みてーなでけぇ建物があんだよ』


 「そういやオメー双眼鏡持ってなかったか?」

 『ああ、実はな……その塔のてっぺんで見つけたヤツなんだけどさ……』

 「窃盗じゃね?」

 『まあ聞けよ。その双眼鏡がさ、俺にしか見えねーんだよ』

 「俺らも見えるぞ?」

 『俺の関係者だからとかかね。そこは分からねえ』

 「もしかして詰所みてーな場所で偶然見つけてそのまんまこっちに来たとか……?」

 『いや、それはちょっと違うぜ。

 この双眼鏡を見つけたのは三年くれー前の話だからな』

 「ちなみにこっちじゃオメーの家の仏壇の下にあったんだけど?」

 『マジで!? 仏壇の下なんて見ようと思ったこともねーから分からんけど』

 「そうか……じゃあ百年前の集合写真とかも見たことねーよな」

 『仏壇の下に仕舞ってあったんなら分からねえな』

 「なるほど……ちなみにさっきの話が三年前ってことは今は……?」


 『そもそも初めは料理人だったからな、やっぱ手に職あるとつえーよ』

 「で、今は違うと……」

 『ああ、戦争ってゆーか訳の分からん連中が攻めて来たんだよ』

 「魔王とか?」

 『あー、こっちに魔王とか勇者みてーな概念はねーぜ?

 考え方的に一番しっくり来るのは宇宙人が攻めて来たー、的な表現かね』

 「マジで!? 宇宙人襲来?」

 『いや、言葉のアヤだから。

 しかしホントにマジでマジでのオンパレードだぜ』

 「今ここにいる理由には心当たりはあるか?」


 『うーん、どうだろうな。

 かなり最前線にいてさ、孤立しちまったんだよな』

 「もしかしてその場所は……」

 『ああ、さっき言ってたバカでけえ塔がある都だぜ。

 ほとんど更地になってたけどな……

 塔が原型を留めてたのにはビックリしたけど』


 「更地……数年で?」

 『何か戦略兵器みてーなのでドゴーンてな。

 実際に見た訳じゃねーけどメチャクチャ明るい流れ星みてーなのが飛んできた、とかいう話だからマジでミサイルの類かもな』


 やっぱ……あの場所か?


 「よく行く気になったな」

 『まあそんときは敵もまばらでホントにただの廃墟って感じだったからな、偵察だよ』


 「仲間とはぐれちまってな、それも突然にだ。

 でもって街の入り口の関所の辺りをウロウロしてたらおっさんらがいたのを見付けたって訳だ」


 関所……? 番所?


 「関所って待機部屋みてーなとこか?」

 『おう、良く分かったな』

 「その日本語訳はオメーのボキャブラリーか」

 『まあな、分かんだろ?

 木のテーブルがあってさ、武器とか日用品なんかがストックされてて何日か寝泊まりすんなら勝手の良い場所だからな』

 「周りが更地になってんのにそこだけポツンと残ってた……と?」

 『やっぱ気付いたか? そうなんだよ。

 あからさまに変だと思って入ってみたらコレだよ』

 「入り口がこの店に繋がってたとかか?」

 『入ったときは何の変哲もねえ部屋だったぜ?』


 「そこで子どもの声が聞こえた、だな?」


 『! そうだ、そんときテーブルを見たら――』


 そこで場面転換?


 『――こんな紙が置いてあってさ』


 そう言って懐から出した古びた紙切れには赤黒い文字で

 “早くここから逃げろ”

 そう書かれていた。


 何だ!? 何がどこで繋がってるってんだ……?


 「オイ、その紙……

 親父の会社で見たことがあるやつだぜ……場所は詰所だ」

 『マジか……』


 「もう一個気になってることがあるんだが……」

 『まだ何かあんのか!?』

 「さっき俺がバッテン印のジェスチャーをしただろ?

 そんときのオメーの反応が微妙に気になったんだが」


 『おう、声がする方に行ってみようと思ってな。

 関所から出て目の前の噴水広場の跡地に向かってたとこだったんだが……』


 「噴水広場!? そこで双眼鏡を覗いたってことか」


 『ああ、そこでもしやと思ってさ……』

 「それでバッテン印の方は?」


 『いや、足元を見たら丁度バッテン印が地面に描いてあってさ……偶然て怖えーよなぁ』



 な、何ですとぉ!?



* ◇ ◇ ◇



 俺が書いた×印か……あるいは血で書いたメッセージか……

 そういやあの血痕はまがいモンだって鑑識さんが言ってたか……?


 とにかく何かが“道標”になった?

 そうだな、そう考えるしか無いよな?

 じゃなきゃ何の脈絡も無く出現したってことになるが……さすがにそれはねーよな?



 そんでもってコイツは過去の記憶?

 それとも実体……もとい本人?

 どっちにしろここがどういう場所か知ったらガッカリすんだろーなぁ。


 まあ気を取り直していつも通りに情報収集といくか……




 「ちょっと待てよ……噴水広場って噴水があって真ん中にちっこい塔が立ってるやつか?」

 『お、おう。あー、だけど噴水があったのは昔の話で今は尖塔しか無かったな。

 噴水広場って名前は昔の名残なんだぜ。

 しかし何でまたそんなこと聞くんだ?』


 あ、おう。もはやお約束だぜ、このやり取り。

 しかし噴水があったのは昔の話だ……?


 「いや、あとで話すぜ……ちなみに何か所もあったりすんのか?」

 『ああ、かなりだだっ広い街だからな。

 防災的なやつなのか何なのか分からねえが区画ごとにでけえ広場があるんだぜ。

 噴水と尖塔は消防設備の一部だったらしいけど維持出来なくなって尖塔だけが残ったって話だな』


 維持出来なくなった?

 ……これも後で聞いてみっか。


 「オメーがさっきまでいたトコはその中のひとつって訳か」

 『そういうことになるな』

 「その広場って全部同じなのか?」

 『まあ大体な。

 だがそれじゃあ区別が付かねえし色々と困ったことがあるってんでな、ちょっとした工夫が加えられたんだぜ』

 「その工夫ってのは?」

 『尖塔の先っぽに番号を付けたんだよ。

 ほら、駐車場とかで良く見んだろ?』


 なぬ? それも後から……?


 「番号か。何か味気ねえな……」

 『やっぱそう思うよな?

 何でも最初の頃は動物とか花とかのオブジェだったらしいけどな。

 何回も壊されては再建、てのを繰り返すうちに噴水と同じで量産の効く尖塔だけになったみてーだ』


 「今の話だとかなりの頻度で壊されては再建てのを繰り返してたみてーに聞こえるんだが……

 その訳の分からん連中ってのが昔っからいて戦争が続いてる感じなのか?」

 『うーん……どうだろうな……

 聞かされた話だと奴らは現れては攻めて来てどうにか我慢してるうちにいつの間にかいなくなるってのを繰り返してるみてーだな。

 俺の経験に限って言えば最初は少なくとも平和だったぜ?』


 現れては消える……?


 「自然災害みてーだな」

 『あー、まさにそんな感じだ。

 だけど今度のは群を抜いてヤベーらしくてな……』

 「戦略兵器みてーだって言ってたヤツか」


 しかしそのバカでけえ塔ってのは健在っぽい感じだが……

 俺が見たアレは倒壊してたんだよな。

 噴水とかちょっとしたオブジェすら維持出来ねえのにあんなでけえのを再建するとかあんのか?


 「さっきから気になってたんだが……

 さっきのバカでけえ塔ってやつはその関所ってのと一緒で無傷で残ってたのか?

 街がぶっ飛ぶ程の攻撃ならそんなでけえ建物だってひとたまりもねーだろ」


 『あー、そうだな。

 地面の×印と一緒でキズひとつ付けられねーんだよな。

 どーなってんだかなぁ』


 俺が見たのは相当昔の光景らしいっぽいし、再建されたけどその後は破壊されてねーってことか。


 それにしても……破壊不能オブジェクトか。

 まるでココみてーだな?


 「てことはてっぺんの宮殿やら女神像とやらはみんな健在なのか」

 『多分な。最近までロクに近付けなかったけど塔自体に傷ひとつねーからな』



 コイツは一体……

 特殊機構が何か関係している?


 しかし……現実にあった場所だとしても一体どこなんだ?

 金星だ? いや、そんなバカな話はねーよな。

 それにあの二つの月は……?


 「ちなみにオメーが今までいた場所ってどこにあるんだろーな?」


 ……一体、どこにあるんだ?


 『さあなあ……今の今までただ流されるままだったしな』

 「流されるままか……そうだな」

 「え、えーと……話に全く付いて行けないんスけどぉ……」


 だよなあ。


 「二つの月が見える国か……」

 『さっきも聞こうと思ったんだがよ……何で知ってるんだ?

 その言いっぷり……行ったことがあるみてーじゃねーか。

 それにあの×印……何だってんだ?』


 「そうだな……その×印を付けたのはは十中八九俺ってことで合ってると思うぜ」


 『何なんだ? あれは。

 いつからあるか誰も分からねえしどうやっても潰せねえってんでな、色んな伝説ってーか伝承みてーなのが出来てんだぜ?

 しかもあの塔みてーにそのままの形で残ってたんだ……

 なあ、何なんだ? 一体よォ……』


 「あー、話せば長くなる……っつーか俺も何なのか分かってねーんだけどよ……

 俺もいっぺん行ったことがあんだよな……不意に飛ばされてさ

 ×印はそんとき付けた」

 『何だと!? マジかよ!』

 「だがそれがついさっきの出来事だってのが解せねえとこなんだがな」

 『ついさっき? ウソだろ?

 だっていつからあんのか分かんねーってモンだぞ!?』

 「そうだな、ちなみに俺が行ったときもそこは廃墟同然だったぜ。

 違いがあるとすれば例のでけえ塔も倒壊してたってことだ」


 「塔が倒壊ッスか……トウなだけに……」

 「うるせぇ」

 ペチッ!

 「あだっ!」


 『あの塔が?』

 「それに噴水広場って場所にはちゃんと噴水があったぜ。

 中心に尖塔があってそのてっぺんには凝った作りの動物のオブジェもあった」

 『じゃあやっぱりオッサンが飛ばされたってのは……』

 「そうだな、多分オメーが飛ばされたのと同じ場所……ただし相当な昔だったってことになるな」

 『塔は壊れてたんだな?』

 「ああ、行ってみようと思ったんだがな……たどり着けなかった」

 『何かあったのか?』

 「あったっつーか……まず噴水広場から先に進めなかった。

 同じ場所をグルグルとループする感じでな。

 絶対たどり着けねー様に何かトラップが仕掛けられてたのか……

 とにかく不可思議な現象で元の場所に戻されるんだよ」

 『魔法で入口と出口をくっ付けてたのか』

 「魔法!? んなモンがあんのか!?」

 『良く分かんねーけどそういう超能力みてーなのを使う連中はいたな。

 実際はどうだか分からんけどみんな魔法だって言ってたしそうか、魔法なのかと思ってさ』

 「マジで?」

 『冗談でんなこと言うかよ』

 「オメーが見た超能力って具体的にどんなのだったんだ?」

 「えーと……何か瞬間移動みてーなやつ?

 あとよく分からんけど催眠術みてーなの?」

 「何か地味だな……」


 しかし既視感のあるラインナップだぜ……

 やっぱ特殊機構絡みなんかね……?


 『そうだな、爆炎とか電撃とか回復とかいわゆる魔法っぽいのは無かったな』


 何だろーな、なにか足りねーな?


 「幻覚とかテレパシーみてーなのはどうだ?」

 『俺の知る限りじゃそういうのは無かったな』

 「そうか……」


 やっぱここに似てる様な気がするぜ……

 

 『なあ』

 「あん?」

 『ここって……俺の店だよな?』

 「まあな」

 『……本当にか?』

 「やっぱ分かるか?」

 『ああ』

 「ここもオメーが八年間いた場所とそう変わんねーと思うぜ」

 『俺がいた場所!? どういうことだ?』

 「その辺のモノを槍でぶっ叩いてみろよ。思いっ切りな」

 『んなことして……そうか、分かったぜ』


 ………

 …


 『ゼーハーゼーハー……

 ……チキショーめ』


 「なあ」

 『何だ、今度はそっちの番だってか』

 「まあな……聞きてーのはオメーが見た女神様の像ってヤツのことだ。

 どんな見た目だった?」

 『オッサンみてーな赤毛だったな』

 「色付きか」


 じゃあ親父の会社にあった彫像とは違うモノっぽいな?


 『ああ、今にも動き出しそうなくらいのリアルさだったぜ。

 等身大だってうたい文句だったしな。

 椅子に腰掛けてたから正確には分からんけど日本人の基準で見ても小柄だと思うぜ』

 「椅子に?」

 『ああ、白いドレスを着ててな、目を閉じて静かに腰掛けてるんだ。

 ガラスケースの中だったし三メートルくれーある台座に乗せられてたから細けぇとこまでは見えなかったけど』

 「なるほど……それを寄ってたかって崇め奉る訳だな」


 赤髪で小柄って特徴は似てるがやっぱあの彫像とは別モンか……?

 それにしても……あの彫像が無い方の写真はどこで撮影したモノなんだ……?


 『そういやドレスの裾からちょっとだけ出てた靴はド派手なピンクだったな。

 違和感が凄かったから覚えてるぜ』

 「何か特徴的な装飾品なんかは身に着けてなかったか」

 『あー、身につけてたんじゃねーけど手に羽根飾りを持ってたな』

 「色とか覚えてるか?」

 『確か……緑、白、赤、青だったかな』

 「そうか……」

 『何かあんのか?』

 「いや、俺の母さんの形見と同じだと思ってな」

 『オ、オイ……オッサンが女神様の息子って訳じゃねーよな!?』

 「んな訳あるか」

 『だが可能性はあんじゃねーのか?

 女神様ってのはそのエライ人の称号っつーかふたつ名みてーなもんだったらしいからな。

 もしかしたら聖女様って表現の方がニュアンス的に合うかもな』

 「オメーのボキャブラリーの問題かよ」


 しかし分からねえ。

 分からねえな……


 息子にも聞いてもらいてぇとこだが孫を会話に入れて良いかの判断がまだつかねえな……


 「あ、あのー……」

 「おお、すっかり蚊帳の外だったな」

 「取り敢えず日付の確認もしといた方が良いッスよね?」

 『日付?』

 「あー、覚えてねーかもしれねーけどあっちに飛ばされたのって何年何月何日だったかって話だぜ」

 『えーとぉ……2034年か。日付は忘れた。

 確か5月だったか……自信はねぇな』

 「5月4日って何の日だっけ?」

 『何だっけ……子どもの日じゃなくて……ナントカの日だ』

 「うーん、正常」

 『何かの検査かよ』

 「まあ話せば長くなるんだがな……」


 『父さん』

 「ん?、どうした? 何かあったか?」


 『誰かいんのか?』

 「あー、息子だ。今電話が繋がってるんだよ」


 『おっさん、その様子だと息子さんとは無事和解したのか?』


 和解? 何の話だ?


 「和解って何だ? 別に疎遠になったりはしてねえが……」

 『あ? 奥さんが亡くなってさ……そん時……』

 「いや、俺の嫁はピンピンしてるが……?」

 『何だ? 何か変だぞ……?

 思えばここもホンモノじゃねーって話だし……

 一体何なんだ? あんたらはよォ』


 「……?」

 何だ? この違和感は……?


 『父さん?』



* ◇ ◇ ◇



 「なあ」

 『今度は何だよ』

 「オメーは自分が何なのかって命題について考えてみたことはあるか?」

 『それが今話すべき話題だとでも言うのかよ』

 「ああ、今話すべき話題だ」

 『論点をずらそうとしたって駄目だぜ?』

 「……あのなあ……八年ぶりに帰って来たらまず何をする?

 普通はさぁ?」


 あんだろーが、家に帰ったら真っ先にやることがよォ……

 それに八年前の記憶と何も齟齬がねえ訳がねえだろ……


 「それに俺もオメーには聞いてみてえことがゴマンとあるんだ。

 俺らは何なんだって話になるぜ、きっとな」


 『俺ら?』


 「ああ。俺もオメーも、それにみんなもだ」

 『俺は分かったが……みんなってのは……?』

 「文字通りみんなだよ。

 今まで出会った人らだけじゃなくてな……」

 『どういうことだよ』

 「まだ分かんねえか?

 さっきのでここがどういう場所か気付いてるよな?」

 『……ああ。だが……ここは一体どこなんだよ。

 それだけは分からねえ』

 「さっきまでいた場所だってそうだろ」

 『そうなのか……いや、そうか。だから……

 じゃあ息子さんは……?』

 「ああ、それなら電話の向こうのヤツはな、養子だよ、養子」

 『養子? おっさんからはそんな話は一度も――』

 「みんなそうだぜ」

 『みんなって何だ?』

 「親父の会社の関係者がどっからか連れて来た子供だよ。

 引き取ってくれってな」


 関係者って具体的に誰だ?

 それ聞かれても分かんねーから。


 『だけどおっさんの息子さんは確か……』

 『父さん、それは俺が……母さんの件も――』

 「分かってる。七日の話だろ」

 『七日? 何だそりゃ?』

 「あー、そいつはこっちの話だ。

 要するにな、今話してる息子はオメーの知ってる息子とは別の奴だって話だよ」

 『だったら奥さんがピンピンしてるって話は――』

 「それは知らねえな。

 だが今のこのシチュエーションを考えると十分にあり得る話だとは思うぜ」

 『つまり……?』

 「相変わらず察しの悪ぃ奴だな」

 「お、おっさんおっさん……」

 「何だよ。オメーは間の悪ぃ奴だな」

 「直接は覚えてないッスけど、オイラはいっぺんおっさんの家の遺影と位牌が二組あるのを見たって話ッスよね?」

 「ん? ああ、そうだな。スマン、前言撤回するぜ。

 今の状況を説明するにゃあ丁度良い話だ」

 『さっき聞いた話か』

 「そういや電話が繋がる前の話をまだ聞けてなかったっけな」

 『その話は後でするとしてさ、今は遺影と位牌が二組あったって話だろ』



 「ああ、そうだった。アレ?

 位牌も二組あったんだっけか?」

 「さあ? オイラは何も覚えてないッス」

 『確か位牌もだって聞いた気がするけど』



 「そうだったっけか?

 まあ良い……取り敢えず遺影の方だな。

 ひとつは俺の母さんのものだがもうひとつが誰なのかが分からねえ」

 『それがおっさんの奥さんだろ?』

 「まあ聞け。

 その遺影と位牌は俺の目には見えなかったんだよ」

 「オイラにしか見えなかったらしいッス」

 『らしいって何だよ』

 「その話を聞かされたときは見たこと自体覚えてなかったッス。

 しかも今見るとひと組だけにしか見えないッスよ」

 『何だか意味が分からねえな。

 それが何で今の状況と関係あるってんだ?』

 「二組の遺影と位牌を見たコイツと今目の前にいるコイツは果たして同じ人物なのかって話だ」

 『つまりおっさんは俺が知ってるおっさんとは違うと?』

 「まあそこはお互いにな」

 『ここはそもそもさっきまで俺がいた場所程じゃねえがもとの場所とは違うって訳か』

 「しかも何やら作りモノ臭えと来た」

 『そもそもどう頑張っても壊せねえって物体がある時点でおかしいんだよ。

 何で出来てるんだってね』

 「それだけじゃねえ。

 妙にリアリティに欠ける部分があんだろ。

 細けえディテールっつーかさ、その辺に生えてる雑草とか砂粒やら何やらが良い加減なんだよな。

 あと虫とか小動物の類もいねえだろ」



 『うーん……そいつはちっと違うかもしれねえな』


 「何? 確か例のでけえ塔とか地面の×印なんかは――」



 『ああ、確かにおっさんが言う通りだっていう部分はあるんだ。

 だがな、雑草だって生えてるし虫だっている。

 ペットとか家畜だっているし畑とかだってある。

 それだけじゃねえ。

 山もあれば海とか川もある。

 人は沢山暮らしてるし生活があもるんだよ。

 その人たちが作ったものは叩けば壊れるし古くなればボロにもなるんだ』


 「じゃあ時間の経過はどうだ?」

 『時間?』

 「朝が来て昼になって夜になるのか?」

 『ああ、それはねえな。ずっと昼のまんまだ。

 でもな、時間が止まってるって訳じゃねえ。

 みんな生まれて年取って死んでいくんだぜ』


 「オメーはどうなんだ?」

 『どうって……別に変わらねえぞ?』


 そうか……あっちには普通に人が住んでるしメシにもありつけるからな。


 あと何年かそのままあっちにいたら気付くんだろーな。


 「夜は訪れず、ずっと鉄サビみてーなくすんだ赤色に光る雲が空を覆ってる……だろ。

 やっぱ基本的には同じなんじゃねーか?」

 『イヤ、同じじゃねーだろ』


 そりゃあ空の色は違うけどよォ。


 「場所が持ってる特性みてーなもん自体は変わってねーなって意味だよ。

 後からどっかから人が来て住み着いたんだろ。

 俺らみてーにさ」


 誰がどういう理由でどーやって行ったかなんて聞かれても分かんねーんだろーがな。


 『だが人がいるっつっても一人二人じゃねーぞ?

 だだっ広い世界があって国もあるし暮らしてる人の数は何千万どころじゃねえんだ。

 ここもそうなのか?』


 そう言って入ってきた入り口のドアを見る定食屋。

 コイツがそっから出たらどこに戻るんだろーな。

 手に持ってるその紙、ソレがきっかけなのか?



 その紙はいつ誰が何のために書いたモノなんだ……?



 「正直それは分からねえ。

 この町に限って言えば誰もいねえんだがな。

 だがな、それは俺がそっちで地面に×印を書いたときも一緒だぜ」


 『最初は誰も住んでなかったってか』

 「最初からかどうかは分からねえな。

 さっきまで一緒にいた人もいたんだぜ。

 今はどこにいんのかも分からねえけどな。

 ちなみにその中には今電話が繋がってる息子とかオメーも入ってるんだぜ」

 『息子さんが?

 電話が繋がってんならいるんだろ? 家とかによ』

 「いやそれがな、息子はどっか別な場所にいるんだよな。

 この町の俺ん家の筈なんだが似て非なる場所っつーかさ」


 『あー、んでおっさん家の遺影と位牌が増えたり減ったりって話に戻る訳か。

 結局みんなその絡みって話でこっちの息子さんも今どこにいんのか分かんねーって話なのか』


 うん? 若干誤解をはらんでるよーな気もするが……

 まあ気にする程のもんじゃねーな。


 「ああ、全く分からねえ」


 しかしまあ、こんだけあっちこっち飛ばされてんのに同じ場所に同一人物が二人以上現れるって事故は起きてねーんだよな、多分。


 これは偶然じゃねーよな、どう考えても。

 ここで見た過去のアレからしても……やっぱそういうことなんだよな。


 「こっちで意図して行ったり来たりが出来ねえからな。

 偶然しか知るすべがねえ状況じゃどうしようもねーだろ」


 『父さん、あながち偶然だけって訳でもないんじゃないか?』


 あー待てよ? それ以外にも何かあったな?

 ……ああ、“スイッチ”か。


 「ああ、確かにな。そうかもしれねえ」


 それに――


 『おっさんの母親が女神の像が持ってたのと同じ羽根飾りを持ってたってのは本当なのか?』


 「オメーの話だけで同じって断定は出来ねーけど同じカラーリングの羽根飾りは持ってたぜ」


 そのカラーリングにもバリエーションがあるらしいがそれは知ってるんかね。

 そういや例の姐さんてヤツが何者なのかも分からんままなんだよなぁ……


 『そうか……

 その羽根飾りが単なるお気に入りの装飾品なのか、あるいは何かのアイテムなのか……そいつはこっちでも全く分かってねえんだ』


 そうか……そいつは残念だな。


 「まあいわくがあんのは保管用の入れ物にしてた箱の方だってことは分かったんだけどな」

 『また分かんねえ話が出て来たな』



 だからって羽根飾りに何もねーなんて話はねーんだろーけど。

 なんつってもピッからのガチャッ、だからな。


 ……もしかして例の羽根飾りのレリーフ、あれが紋章ってヤツなのか?



 「この場所、つーかこういう空間にはどういう訳か過去の映像やら音声やらの記録がほうぼうに散りばめられてるらしーんだわ」

 『で?』


 「その記録装置、いや……記録を再生するトリガーが今言ったみてーなアイテムの形で転がってんだと。 

 何のゲームだよって話なんだがな。

 んでその記憶の主に深い因縁がある場所とかモノに紐付けられてるみてーなんだよな。

 ちなみに映像だけってヤツの他に追体験ってゆーかVRみてーなのもあったぞ」

 『待て、じゃあ今こうして話してんのは……?』

 「うーん、否定は出来ねえが可能性は低いんじゃねーかな」

 『そのココロは?』

 「その記憶の主は言わば人工無能なんだわ。

 与えられた役割以上のことは出来ねーししゃべれもしねえ。

 それでいてホンモノが知り得ねえ様なことも知ってたりするんだ。

 どうだ? 俺もオメーもそこは違えだろ?」


 『まあ違うかって聞かれたら自信を持ってそうだって答えられる根拠なんてねーけど何だってそんなこと知ってんだ』


 「簡単だぜ。その人工無能に聞いたからだ」


 『ソイツと会ったり話したり出来るのか?』


 「いや、残念ながら永続的なもんじゃねえらしくてな。

 正体不明の謎エネルギーで一定時間駆動したらシャットダウンしちまうみてーなんだよな」


 『謎エネルギーだ?』


 「ああ、謎のエネルギーだ」

 『謎ってことはどうやって充電? すんのかも不明ってことか』

 「まあそうなるな」


 『ちょっと待てよ? ならここはどうなんだ?

 俺がさっきまでいた場所は?

 ここもあそこもその謎エネルギーってやつで維持されてんのか?』


 「知るかよそんなこと。まあ可能性は当然あんだろ」

 『じゃあこの場所が今終わったら俺らはどうなるんだ?』

 「だから知らんっちゅーに。何でもかんでも聞くなよ」



 それにうまい説明が思い付かねえことがもう一個ある。


 “彼女”は俺がどこにいてもある程度状況を把握してるっぽいんだよな。

 これ、冷静に考えるとかなり怖えんだけど、どっからどうやって知るんだろーな?

 てかどこにいて何をしてるのかも全く分からねえ

 自分を人工無能だって言ってるからには役割を持ってて何かで駆動されてる筈だ。


 それに人工無能なら役割……目的外のことに関しては機能制限とかがあるんじゃねーか?

 だが見る限り何でもできるし何でも知ってる感じだぞ?


 役割ってのは俺をストーキングすることなのか?

 昔の海戦の追体験みてーなやつの中で聞かされたアレがそもそもの目的なのかもしれねーが……


 それを考えるとデジタルで高精細な遺影やら紙切れやらにわざわざメッセージを残したりすんのは明らかに変だ。


 そんなことしなきゃならねえ理由は何なんだ?

 目的、過程を考えると回りくど過ぎるよな。


 あっちじゃあ神様みてーに扱われる様なヤツだぞ。

 いや、神様みてーな扱いをされる様なことをやらかしたからとか?

 それか直接関われねえけどちょっかいは出さねえとならねえ理由、もとい状況的な何かが生じた?

 そこらへんはまだ確認出来る余地があるな。



 『羽根飾り自体にそのトリガーみてーなのはねーのか?』



 明らかに俺ら狙いでちょっかいをかけてくる連中、そいつらはどう表現すればいいのか分かんねーが“彼女”とは何か考え方っつーか“出来ること”と“制限”と“情報力”に関してより強い縛りがあるっぽい感じなんだよな。



 「今んとこ確認出来てねえな。

 ただ……何か重要施設に入るためのキーみてーな機能があるらしいことは経験的に分かってる」


 色のバリエーションが何種類あってそれが何を意味すんのかは分かってねーがな。

 


 「だがな、この場所……この店で件の映像を見たことがあんだよ」

 『何だと?』


 「さっきから気になってたんだがよ」

 『何だ?』

 「その、オメーさっきからここを“俺の店”って言ってるだろ。

 いつなんだ? 継いだのは」


 『飛ばされた日の二年前くれーだから十年前か』

 「卒業してすぐか。こっちとは随分と違うんだな」

 『どこがどう違うってんだ?』

 「オメーが店を継いだのはつい一年前のことだ。

 きっかけはオメーの親父さんが病気で亡くなったことだったな」

 『こっちじゃオヤジは隠居して趣味か何か分からんけど山奥に引っ込んでその何かに没頭してぇとか何とか言ってたが』

 「隠居して趣味に没頭だ? これまた怪しいな」


 オイオイ……まさかとは思うが山奥ってのはあの廃墟のことなんじゃねーだろーな?


 『さっきの話を聞くと……そうだな。

 親父が行方知れずにならずに病死ってのがそもそも違うが』

 「行方知れず? そりゃ俺の親父の話だぜ」

 『いや、だって帰って来ねえし』

 「探したんか」

 『……たりめーだろ』

 「山奥ってホントの山奥か?」

 『何が言いてえ』

 「何に没頭したいって?」

 『何か分からんコトだっつったろ』

 『……人探しだそうだ』

 「人探しだ?」

 『それ以上は分からねえ……出てったっきりだからな』

 「ホントか? 何か隠してねえか?」

 『ホントだって!』


 怪しいぜ……コイツは俺の親父の行方知れずとは話が違うな。

 ジイさんの前科を知ったか、あるいは隣の奥さんに何か吹き込まれたか……


 『山奥に行ったきり帰って来なかったってそれどこかに飛ばされたんじゃないの?

 父さん?』


 ああ、ここはそういうコトにしとこうぜってか。


 「そうなればある意味、オメーと同じって訳だ」

 『まあな。ただ親父はある程度の確信を持ってたのかも知れねえがな』


 『じゃあ定食屋さんの親父さんは……?』

 「俺は関係者だと思ってるぜ。そこんとこどうだ?」

 『俺には何も言ってなかった……いや、そーいえばおっさんを助けてやれって言われてたな。

 そうなると無関係って線はねーよな。

 それにウチの店で現在進行形でこんなヘンテコが起きてんだ。

 何か怖え気もするが……』


 『じゃあさ、二階に行ってみなよ』

 『二階……?』

 「おっと……そこもか」

 『悪ぃ、生き残るのに必死になり過ぎてたんだ……色々と無くしちまったモンもあるんだよ……』



 戦いに明け暮れる毎日か……

 コイツはあっちでどんな生活を送ってたんだろーな?

 正直想像も出来ねえぜ。


 問題は何がコイツを呼び込んだのかってとこか。

 俺が飛ばされたときから時代がかなり下ってるみてーだしな?



 「なあ、二階に行く前に一個聞いて良いか?」

 『良いぜ。何だ?』


 「“学院の紋章”って何だか知ってるか?」


 『……!』



* ◇ ◇ ◇



 「学院なんて一般名詞出されてもフツーは分からねえよな?」

 『いや、学院と言ったらひとつしかねえ。

 都に設置されてた高等学院のことだぜ』

 「あー、東大みてーなやつか」

 『おう、そんな感じだぜ』

 「んで紋章って?」

 『学院の紋章ってのはおっさんが書いた×印のことだぜ』

 「へ?」

 『何だ、分かってて言ったんじゃねーのか』

 「いや、何で……」

 『言っただろ、あの×印に関しちゃ色んな逸話やら伝説みてーなのがわんさかあるってよ。

 何なら不滅の象徴にもなってるしな。

 あ、あの広場にゃ“不死鳥の噴水広場”なんて名前まであるんだぜ』


 何だよオイ……てかそれって明らかに俺が聞こうとしてたのとは別モンだよな?

 そうじゃなきゃ時系列がおかしいぜ。

 いや、それよりも……


 「不死鳥のいわれの元はさすがに×印じゃねーよな?」

 『え? 違うのか?』

 「いや、尖塔のてっぺんに不死鳥のオブジェがあったんじゃねーの?」

 『そうなの?』


 イヤそこで目を丸くされても困るんだが……


 「じゃあ他の広場には似た様な名前は付いてねーのか?

 そうだな……例えば“ヒクイドリの噴水広場”とかさ」


 『特にねーな』


 えー!?

 じゃあ俺が×印を付けたせいでそこだけ名前が残ったのか?


 ……そもそも時系列うんぬん言う前に時間軸がおかしいだろ。

 こういうパターンは始めてな気がするぜ。

 一体どういうカラクリなんだ?


 『何だよ。目を丸くされてもこっちが困るぜ』


 あっ、そーですかぁ。


 『ちなみにヒクイドリって何のキーワード?』

 「学院の紋章だよ」

 『何だそりゃ?』

 「予想がハズレだったってことだよ」

 『学院の紋章は?』

 「そもそもそれが×印だったってのが予想外だぜ。

 だってそのキーワードを目にしたのは×印を付け始めた辺りだったからな。

 だから俺が付けた印が紋章だってんならそれは俺が知りてえ情報とは違うってことになるんだ」

 『目にした? それに付け始めた?』

 「何だ?」

 『いや、学院の紋章って聞いたんじゃなくて見たのかって疑問なんだけどよ。

 あと付け始めたってことは×印って実は他にもあんのか?』

 「あー、話せば長くなるが俺がアッチに飛ばされたときに手元のメモ用紙に学院の紋章って文字が浮かんで来た。

 それが何を意味すんのかがサッパリ分からんかったから聞いてみた、そんな感じだ」

 『紙に浮かんだ?』

 「それが何なのか疑問に思うかも知れねえが文字通り持ってた紙にメモ書きが浮かび上がってきたんだよ」

 『はあ?』

 

 「ホラーッス!」

 「オメーはどうでも良いとこで割り込んで来るな……」

 「逆にどうでも良いとこくらいしか会話に参加出来る余地が無いッス!

 ボッチな気持ちッスよ!」

 「あー悪い悪いもうちょっと我慢してくれや」

 『俺もアンタがどんな人なのか気になるからな、後で話そうぜ』

 「うー、分かったッスよ」


 『父さん、二階には行かないの?』

 「スマン、もうちっと待ってくれ」

 『じゃあこっちは“遊んでる”から行くときにまた呼んでほしいな』


 そうか、あんま待たすと孫が退屈し出すからな……


 「スマンな、頼んだぜ」


 『それで×印の話は?』

 「ああ、複数付けたぜ。

 何せ道に迷わねえ様に付けた目印だからな」

 『マジかよ……だけど俺の知る限り×印は広場のヤツしかねえが?』

 「それは知らんな……俺は消したりしてねえし」

 『広場のやつ以外は風化して無くなったか撤去されたのか』

 「知らんけど印の上に石を積んで道路にしたから見えてねえだけとか、地面ごとどっかに移動したとか、そのあたりは考えられねえか?」

 『うーん、分からねえ。おっさんが場所を覚えてるならそこに行って確かめてみてえが今となっちゃ無理か……』

 「まあ、そうだな」


 うーむ。

 後で試してみるか。


 どうやったらまた行けるかっつーと……?


 「俺が知りてえと思ってたことは取り敢えずハズレだったって分かっただけでも良しとすっか」

 『じゃあ行ってみっか? その二階とやらに』


 コレさっきみてーに当たり判定がバグった感じになるんかね。


 「よっしゃ、じゃあ突撃すっぞ」

 『何回も言うが何だそりゃだぜ』

 「そこに階段があるんだが見えてっか?」

 『そこって?』

 「なるほど、見えてねえな」

 『見えてねえ!? そんなことがあんのかよ』

 「まあそう思うよな」


 そう言って階段があるところまで進んでみる。


 『おい……ってアレ?』

 「俺どうなった?」

 『壁にめり込んだぜ……』



 コレ改装前の店に見えてたりすんのか?

 それか平屋のまま改装してたとか?

 何にしても“もとの場所”に戻った様に見えてたってことか……


 「おっさんおっさん、コレさっきのやるんスか?」

 「やるしかねーだろ」

 『何をするって?』


 「こーすんだよ、おらァ……って重っ!」

 『のわぁあー……あ!?』


 定食屋を抱えてドタドタと階段を登る。

 こういうのは勢いをつけてやらねーとな。


 「ぜぇぜぇ……ど、どーよ!?」

 『あ、あれ……ここは?』


 おう、取り敢えず連れてくりゃあ何とかなんのかね……?


 『ぶ、仏間……いや、違う?

 ここは俺ん家……なのか?』

 「どうだ、オメーん家の仏間とは違ぇだろ?」

 『あ、ああ。だけどこの仏壇はウチのだ……見た覚えがあるぜ』

 「建て替えて一階が店舗で二階が住居になったんだぜ」

 『ウソだろ……そんな覚えはねーぞ』

 「だから言っただろ?

 ここはオメーの知ってる“定食屋”じゃねーんだよ」

 『待て、じゃあ住んでた家はどうなったんだ?』

 「さあ? 俺がオメーと知り合ったときはすでにここはこうなってたからな。

 場所とか分かるんだったら見に行けると思うけど。

 あ、車とか出せねーから歩いていける範囲限定な」


 てゆーかコイツここ出たらどうなるんだろ。

 バグだらけのマップの中を歩いてく感じなのか?


 『俺ん家なら先生ん家の隣だぜ』


 えっ?


 「先生って隣の奥さん……て言っても分からねえのか」

 『隣ってどこの隣?』

 「俺ん家」

 『はあ?』

 「オメーん家が建ってる場所には今俺ん家が建ってるってことだな」

 「はあ!?」

 「ところで俺ん家ってどこにあった?」

 『えーと……分かんねえな』

 「へ?」

 『いやさ、もっぱら客として来てただろ?

 家がどことか聞いてなかったなーと思ってよ』

 「そうなんか? 出前とかは?

 俺はしょっちゅう……って結構最近のことか。

 なるほど、八年前なら分からねえな」


 そもそも住んでる場所が違ってた?

 じゃあ親父の会社は……?

 

 まあ、まずは箱だけでも見てみてもらうか。

 仏壇の収納からハリボテの木箱と文箱を取り出す。

 何か自分ちみてーなムーヴだなコレ。


 「ちょっと良いか? これなんだが」

 『……! ちょっと見せてくれ』

 「もしかして見たことあんのか?

 さっきは興味なかったみてーなこと言ってたが」

 『いや、そうじゃねえ。そうじゃねえがこれは……』


 と言って文箱のフタをおもむろに開け……開いただと!?


 「ってフタが開いた!?」

 「マジッスか!?」


 場面転換?

 それともコイツが触ったから?


 『何だ?

 さすがにフタが開いただけでビックリすんのはねーだろ』

 「いや、フタが開いただけでビックリなんだが」

 『いやいや、別にカギなんてねーし開くのは当たりめーだろ』

 「まあ良い、キリがねえ。中身はどうだ?」


 いや待て……何で俺にも見えてんだ?

 隣にいるアホ毛も見えてる風な反応だったな……?


 『古い封筒と写真だ……両方とも相当古いな……ん?

 あ? な、何で……?』


 白黒の集合写真か……ってコレ……

 スミの方に写ってる女の人……コレ、例の“〜ですわ”の人じゃねーか!?


 「その反応……こん中に知ってる顔があったとか……?」

 『あ、ああ。何で……?』

 「なあ、この写真に何があるってんだ?」


 『この人……この女性……親父が探してるって言ってた人だぜ……』


 マジで!? ですわーの人がか!?


 「待て、撮影された時代を考えろよ。おかしくねーか?」

 『いや、でもさぁ。

 時間ならおっさんが×印を付けたって話を聞いた時点で関係ねえって分かんだろ』


 「じゃあ聞くが何でその探し人の顔なんて知ってたんだ?」

 『あ……いや、別の写真でな』


 さっきコイツは何を隠そうとしてた?

 探してんのはコイツ本人なんじゃねーのか?

 もしかしてココで会ってたりすんのか……?

 てことは先代はどうなったんだ?



* ◇ ◇ ◇



 「こっちの木の茶碗箱の方はどうだ?」

 『茶碗箱? 何だそれ?』


 ありゃ? コイツは見えねえパターンか。


 「もしかして見えてねえ?」

 『ああ、さっきの漆塗りの黒い箱しか見えねえが』


 「なるほど……もしかすっとオメーの方ではコイツは爺さんの手には渡ってなかったのか?」


 『爺さんて?』

 「オメーの爺さんだ」

 『その茶碗箱ってのは何なんだ? 誰かの茶碗?』


 「いや、入ってたのは双眼鏡だよ。

 今持ってるだろ、そいつだ」


 『な!? じゃあ……何で……?』

 「知らんがな。だが今オメーが持ってるからだろーな」

 『つまり?』

 「ヤツが持ってたのがオメーの手に渡ったんだろ」

 『ヤツって……ああ、親父か。

 なるほど、親父もコッチに来てたってか。

 どーりで見付かんねー訳だぜ』


 ん? となると俺の親父もそうなった可能性があんのか?


 『でもおかしくねーか?』

 「ん? 何がだ?」

 『だってよ、この部屋って俺が知らねえ場所なんだぜ?』

 「だってオメーにはコレが見えてねーだろ?」


 ん? じゃあ何で文箱が開くのが俺にも見えたんだ?

 やっぱ写真と封筒に何かあんのか?


 封筒に手を伸ばす……が、すり抜けるか。


 「ちなみに俺にはこの封筒が見えるけど触ろうとしても触れねえ。

 そして……この写真もそーだな。 

 これは何を意味するんだろーな?」


 「あ……オイラはコレ触れるッスよ」

 「なぬ?」


 『あ……』

 「ん? 何だ? どうした?」


 この様子……俺には見えてねえ誰かがいる……?


 『お、おい待てよ……お前のせいだって何だよそれ……!』


 定食屋が立ち上がって槍を構える。

 何だよオイ! ですわの人が出たとかじゃねーのかよ!?

 てゆーかコレ刺されたら刺さるよな!?


 『帰れってどういうことだよ』


 「おい、誰だ? 誰がいる?」 


 『違う! 俺じゃねえ! 俺は何もやってねえ!』


 「おい、オメーには見えるか?」

 「……」

 「オイ! 聞いてんのか?」

 「……」


 アカン、フリーズしとる。

 何だよクソォ……膝カックンするしかねえか……?


 「おいっ!」


 ダメ元で定食屋の肩を揺すってみる。


 『人違いだって言ってんだろーが!』


 「のわーっ!?」


 今必死に避けてっけどコレ客観的に見たらマンガのひとコマだよな……ってンなコト考えとるバヤイじゃねーぞ!

 揺すってもダメなら膝カックンなんてダメだよな!?

 とにかくコレはアカン!


 危ねえ!

 アホ毛に石突きがぶち当たりそうになり慌てて突き飛ばす。

 その勢いで近場にあった柱にしこたま頭をぶつけた。

 あー、コレ石突きに当たった方がマシだったかな?


 「あたたた……あっ、そーだ!

 警報! 警報は……? アレ?」

 「気が付いたか。フリーズしてたぞ」

 「マジッスか!?」


 よ、よし。ケガの功名ってヤツだな!

 しかしフリーズってどういう現象なんだ?

 あれってもしかして過去の記憶とかだったりすんのか?

 だけどその割にはやたらとインタラクティブだよな……


 ……じゃなくてぇ!


 「警報ってのは置いといて今は定食屋だ。

 何かわーわー言いながら槍を振り回し始めやがった」


 「こ、このおっさん何かこっちを凝視してるッス!」

 「何だよ、怖えーなオイ」


 『え? あ? 何で……?』


 またかい! 何だよ今度はよォ!

 ここんとこ何だ何だしか言ってねー様な気がすんぞ。


 驚愕……からの混乱? イヤ、恐怖か……?

 しかし人の顔見て失礼なヤツだな!

 顔が怖えのは否定しねーけどよォ!


 「失礼なヤツめってことを考えてる顔ッス」

 「もうそれは分かったから次どうすっか考えろや!

 ってそうだ、お隣から拝借して来た掛け時計はあるか?」

 「無いッス!」

 「そんな自信たっぷりに言うなよ……下に忘れてきたのか?

 それかいつの間にか無くなってたとか?」


 「えーと……そんなの最初から持って無いッスよ?」


 えぇ!?


 「ちょっと待て……息子との電話はまだ繋がってんのか?」

 「そもそも電話なんてしてたッスか?

 今繋がってないッスけどさっきまで繋がってたッスかね?」


 『な、なあ……あんた……アナタ様がお助けくださったのですか?』


 えぇっ?

 何だよ今度はよォ! てか何回目だこれ!


 「てゆーかこの物騒なおっさんはどこから湧いて出たッスか?」

 そっからかい!

 「定食屋だよ! こんなナリしてっけどよォ」

 「えー!? 何でそんな訳の分からないことになってるんスかあ!?」

 「知るか! ついでに言うとオメーもだぞ」

 「おっさんだってさっきから訳の分からないコトばっか聞いてくるじゃないッスか!」


 だーっ!

 そもそも何しに二階に来たんだっけか!?

 もう訳が分かんねーよ!


 『!? あ、そーか。

 ¥℃§№℃№§£⁇×π∆?』


 いや、分かんねーから!

 これどういう状況なんだよ!


 こういうときは……取り敢えず逃げっか!


 「ちょ、ちょっと待ってろ!」


 俺は二人を置いてダッシュで階下の店舗に戻った。

 二人別々に何かわめいてたけど無視だ無視!



 とゆー訳で戻って来たぜ一階に!

 さてと……




 ってアレ?




 『ところでよ』

 『何だ?』

 『警察に知り合いなんていたか?』

 『いや? 何でだ?』

 『警察からカツ丼の出前の注文とか良く来てただろ』

 『そういうのは無かったな』

 『そうなのか? 親父さんもか?』

 『ウチは基本的に出前なんてやってなかったからな』

 『じゃああの子は何なんだ?』

 『あの子?』

 『ホラ、バイト募集のチラシに応募して来た子がいただろ』

 『何だよ』

 『警察のコネが欲しいんだってさ』

 『それが何でウチなんだ?』

 『さあなあ?』

 『さあなあじゃねえよ。オメーが聞いてきたんだろーがよ』

 『つーかさ、そんな訳アリ感バリバリなの雇ったりしねえよな?』

 『採用したぞ。別段怪しいとこなんて無かったからな』

 『何でだよ! 厄介事はゴメンだぜ俺はよォ』

 『今更んな事言われてもよぉ……そういうことは前もって言えよな……』

 『だから都度都度俺に相談しろっつっただろーが』




 ……えーと、コレは誰と誰がお話してんのかな?

 今度は音は聞こえど姿は見えずか……しかし何なんだろーな、この店は。




 『でさ、アレの進み具合はどうなんだ?』

 『アレ?』

 『しらばっくれんじゃねえよ。

 掘っ立て小屋で作ってるアレだよ』

 『さあなあ?』

 『さあなあじゃねーよ。

 今となっちゃ公然の秘密なんだぜ?』

 『分かってんだぜ?

 今度やらしてくれよな、楽しみにしてんぜ』



 ……今度は誰だ?

 てか何だこの会話?



 『なあ、誰なんだよあの子』

 『だからバイトだって言ってんだろ』

 『本当かよ? どこから連れて来たんだ?』

 『良いだろ、どこからだってよ』

 『フン、知ってるぜ? 俺は見たんだからな』

 『ッ……! 何をだ?』

 『マシンルームに勝手に入れてるだろ』

 『なぜそれを? 見たって一体何を……?』

 『このノートだよ』

 『それは!? お前それ誰かに話したのか!?』

 『いや、だってよ――』

 『あっいたいた! ねえ、あたしのノート知らない?』

 『ああ、コレだろ?』

 『あっ! これこれ!

 探してたのよね! ありがとう!』

 『なあ。誰なんだよ、あれ』

 『……後ろを見てみろ』

 『後ろ? 何があるってんだよ』

 『何もねーか?』

 『ああ、強いて言うならこの前植えたサルスベリが一本あるだけ、そうだろ?』

 『そうか、何もねーか』

 『何だよ、何かあるよーな言い回しだな』

 『まあ気にすんな』

 『何だよ、余計気になんじゃねーか』



 コレ何と関係あんの?

 てかここじゃねえよな、明らかに。



 『明日の昼ちょっと付き合っちゃもらえねえか?』

 『何だ?』

 『いや、例の定食屋にな』

 『おっ、良いねえ』

 


 マジで誰と誰の何についての会話なんだ……?



* ◇ ◇ ◇



 『またカツ丼か?』

 『他に何があるっつーんだよ』

 『ホントカツ丼好きだよな、テメーはよ。

 ……で、何だ?』

 『行ったら話す』

 『ここじゃダメなのか?』

 『ああ、ダメだね。

 ……どこかで見てるんだろ? なあ。

 だから定食屋に行くんだぜ。

 分かったかよ、オイ』


 見てるっつーか聞いてるだけだけどな!


 ここでふと辺りを見渡す。

 さっきと変わらない店内だ。

 ここに何があるっつーんだ……?



 ……てゆーかここが定食屋だろ?

 どういうことだ?



 『何でぇ、独り言か?』

 『そうか、オメーには見えねえのか。

 今もそこに留まり続けてるってのになぁ。

 全く、かわいそうによォ』

 『あァ? 地縛霊でも見えるってか?』

 『地縛霊? ああ、ある意味そうなるんか』

 『……オメー、何か最近おかしくねえか?』

 『何かって何だよ。変なのはオメーだろーが。

 妙に疑り深くなりやがってよォ』

 『疑り深い? どこがだよ』

 『ほらみろ、今も疑問系だっただろ?

 何だ何だの連続じゃねーかよ、ここんとこよォ』

 『オメーが変なことばっか言うからだろーがよ』



 分かるぜ……俺もずっと疑問系ばっかだからな。

 ……しかし地縛霊か。

 どこの話だ? ここじゃねえことは確かだ。

 じゃあどこだ?

 木を植えたとか何とか言ってたから少なくとも屋内じゃねーよな。



 『ッ!?』

 『何でぇ何でぇ、今度はどうしたってぇんだよ!?』

 『警報だ』

 『何だと? 何も聞こえ――』

 【ビビービビービビービビー】

 『何だ!? どこで鳴ってる!? っつーか何の警報だよ』


 こっちで鳴っている!?

 偶然!? いや、しかしいつ……どこで?



 そういやさっき二階でアホ毛が警報云々言ってたなぁ……

 ってコレ過去の記憶なんだから関係ねーよな!



 『おい!』

 『知るか!』

 『ガチャ』

 『あ』

 『あーごめんごめん、びっくりしたよね!

 今止めるから!』

 『ガチャ……バタン』

 『マジで誰なんだよ、アレ』

 『あー何だ、その――』

 『ガチャ』

 『ごめん、ちょっと来てもらっていい?』

 『お、おう。すまん、ちょっと失礼するわ。

 先に戻ってて良いぜ』

 『何だよ、俺は仲間外れかよ』

 『悪いな』

 『……』

 『……あー、分かったよ。じゃあ後でな』

 『ああ、すまん』

 『……』

 『ごめんねー』

 『ガチャ……バタン』

 『……』

 『……何なんだ? 今の間は』

 『……』

 『あばばばばばぁー みょみょーん』

 『……』

 『……』

 『ガチャ』

 『おう、待たせたな』

 『遅せーんだよ』

 『さてと……行くか』



 何だコレ? つーか怖えーから!



 『あ、行く前にちょっと良いか?』

 『何だ?』

 『コレっていつ出来たんだっけ?』

 『その像か? さあな、大分前からあんだろ。

 ガキの頃にはもうあったから少なく見積もっても五十年は経ってんじゃねーか?

 知らんけどな。

 ところで行くってどこに行くんだ?』

 『言っただろ、定食屋だよ』

 『おー、そうだった。

 オムライス好きだったもんなぁ、あの子』

 『もう二十年も経つのか、あの日からよ』

 『そうだな。ああ、二十年、二十年か……』

 『何でえ、急にしんみりしちまってよ』

 『別に何でもねえよ』

 『じゃあな、行って来るぜぇ』

 『何だよ、像にアイサツなんてしてよ。

 ま、そんなら俺も。

 じゃあな、逝って来るぜぇ?』

 『……キキィ……パタン』


 ………

 …


 『またね、バイバイ』

 『……パタン』



 ………

 …



 終わりか?

 まさかなぁ。


 周りの様子は……変化無し?

 正直分かんねーな。

 そもそも二階で訳の分からん展開になったからスタコラと逃げて来たんだ。

 変化なら元からあったってことだよな。



 しかし今のって時系列はどうなってたんだ?

 最後にバイバイって言ってた女の子とオムライス云々言ってた子は明らかに別人だよな、流れから言って。


 それに最後のアレ、何でわざわざ出てってからボソッと呟いたんだ?

 直接言えば良いのによ。


 てか、あいつらが誰でどういう関係なのかも全く分からねえからな。


 何で急に聞こえ始めたのか、それもサッパリ分からねえ。

 

 俺ん家の木箱みてーなモノがどっかににあんのか?

 まあここ自体が夢かうつつかって場所だし何があってもおかしくねーが。


 じゃあ定食屋は誰を見たんだ?

 今ここで聞いた話と上であった異変とは何か関係があんのか……?


 “俺はやってねえ”とかわめいてたが……

 

 クッソォ……やっぱ戻んねえとダメか。

 つーか息子と話せなくなっちまったのがダメージでけぇなぁ。


 改めて店内を俯瞰してみる。


 ……うん、今の定食屋だぜ。

 過去の映像とかではなさそうだ。

 であればやっぱ上にいる奴らに何かしらのしがらみがあるんだな。

 誰と誰の何がどう絡んでんのか……

 それが分かったところでどうなるってもんでもねーんだろーが……


 まあ良い。

 ちょっと怖えーが上に戻ってみるとすっか。



 トン、トン、トン……


 やけに足音が響くぜ……

 まるでホラー映画みてーだな。


 おっし、着いた。

 ガラッ。


 ………

 …



 は?




 チュンチュン、チチチ……



 ………

 …


 ……何だ……何だよこれ!?

 何で俺ん家なんだよ!

 しかも朝だ!?


 携帯の日時は……ア、アレ?

 無え!?

 ……携帯が無えだと!?

 どこで失くした!?

 いや、前に確認してから一度だって取り出してねえ筈だ!


 くっそォ、またかよォ! くっそォ!

 いい加減にしろよな、ったくよォ。



 ……さて、どうする?

 とにかく進むか戻るか決めなきゃならねえ。


 この敷居をまたいだら何がある?

 本当に次の日が来んのか?


 じゃああの定食屋は何だったんだ?

 手に持ってたあの紙は?

 双眼鏡はどうした?

 文箱の中身は何だった?

 俺が付けた×印は?

 ガラスケースの中の像って何だ?


 それにアホ毛はどうなった?

 何で通話が切れた?

 息子は今どうしてる? 孫は?

 あのBBQには何の意味があった?

 息子の確認報告をまだ聞いてねーぞ?


 進んでも戻ってもここでの出来事全部が無かったことになんのか?

 いや、こうなった原因だって必ずある筈なんだ。

 そう考えるしかねえ。


 まずは戻って考えをまとめよう。

 そう結論を出した俺は再び一階の店舗へと向かった。



 ………

 …



 チュンチュン、チチチ……



 ってマジかよ、おい!



* ◇ ◇ ◇



 チュンチュンチチチって何だよ。

 ふざけてんのか!?




 登っても降りても同じ、しかも行き先が俺の部屋ってどういうことだ?

 ここは定食屋だぞ?

 何が関係あるんだ?



 『ガチャ』


 ん? 誰か入って来たぞ。

 白髪混じりでくたびれた感じの初老の男……ってコイツ定食屋か!?

 しかも……跡を継いだ息子じゃなくて数年前に病気で亡くなった筈の親父の方だぜ……

 ちなみに俺はどうした……ってここにいるからいねーのか?

 そういや今俺は何越しに自分ちを眺めてるんだ?

 つーかコレ、誰目線だ?

 ぱっと見現実なのか記録なのか区別が付かねえのがな……

 しかしどうする? 敷居をまたいでみるか?

 取り敢えず向こうからはこっちは見えてねえみてーだが……

 ……うし、ちっと様子見してみっか。



 ………

 …



 何だ?


 動きに違和感がねえな。

 まるで自分ちみてーな動きしてやがんなあ。


 手に持ってんのは……木箱?

 まさか俺ん家のヤツか?


 お? こっち見たか!?

 手に持ってんのは線香? てことは手前は仏壇か。

 シュボッ……パタパタ……ぷすっ。

 うお!? 何か拝みだしたぞ?

 手なんて合わせちまってよォ。

 こうしてっと神様にでもなったみてーで何かこそばゆいぜ!


 『オメーがいなくなってもう五十年か』


 へぇ? 俺ですかぁ? なんちって。


 『店は息子が継いでくれたんだ。

 でもってやっと本腰入れて奴を探しに行ける様になったからな。

 今日はその報告って訳だ。

 まあ何だ、俺なんてしょっちゅうフラフラと出歩いてるし、その度に息子も学業そっちのけで厨房に立ってくれてたからなぁ。

 その意味で言うと今更感タップリだな!』


 そう言うと定食屋、いや元定食屋のオヤジはガハハとひとり笑い声をあげた。



 何? “奴”だ?

 コイツは今誰に何を報告してる?

 それに……何でそんなに寂しそうにしてんだよ。


 このオヤジ、店を息子に継がせたとか何とか言ってたよな。

 てことは、時系列的にはさっきまで俺が話してたアイツがアッチに飛ばされる前の話になんのか?


 五十年前に行方知れずになった奴……

 誰だそれ……?


 待てよ?

 確かコイツの探し人ってのはあの写真に写ってた女性、そう言ってなかったか?


 それがさっきの会話の“あの子”ってヤツなのか?

 となるとコレはその三十年後?


 いや待て、おかしいだろ。

 あの写真は戦時中のモンだぞ?

 さっきの会話はいつのモンなんだ?


 クソ……やっぱどう考えても整合性がおかしいぞ……!



 何か重大なことを忘れてねーか?

 何だ?

 何かがあっただろ……!



 ヤベェ……元々ハテナマークだらけな頭が一層ワケワカなことになって来やがったぜ……!



 『じゃあな、行ってくんぜ』


 「オイ待て、待てってばよォ!」


 『ガチャ……バタン』


 ……行っちまった。


 さて、この俺ん家はどの俺ん家か……


 『ブロロロ……』


 ん? ああ、クルマで出てったのか……あ?

 ありゃあ例のクルマか。


 なるほど、道理で見慣れねえ訳だ……ってもしかしてお隣でワーワーやってた時点でウチに来てたんか!?


 てゆーか何でアイツはフツーに俺ん家にあがり込んでんだ?

 ちゃんと戸締まりしてったんだろーなァ、オイ!



 『ガチャ』



 ん?

 帰ってきたんか?

 つか早くね?

 旅に出るぜみてーなこと言ってなかったか?


 ……って今度は息子の方かよ!

 親子揃って何なんだよ全くよォ。


 さすがにまだ髭面の槍持ちにはなってねーよな。


 『ん? オヤジ……帰ってきてたんか……?』


 線香上がってるだけでよく分かんなあ。


 こっちに手ぇ伸ばして……掴んだのはさっきの木箱か。


 中から取り出したのは羽根飾り……じゃなくて手紙……?


 それを手にしてしげしげと眺める定食屋。

 ふーんへぇーなるほどねー的な顔をする。

 頼むから音読してくれ……っつっても無理か。


 何か帰って来たら木箱に手紙を入れといて連絡する感じか?

 文通かよ!


 てかホントに自分ちみてーな扱いだなオイ!


 『ガチャ……バタン』


 うーむ。

 手紙を持ったまんまどっか行っちまったぜ……

 しかしもしかして……いや、もしかしなくてもここって俺ん家じゃなくて定食屋の家だったりすんのか?

 定食屋が店舗兼住宅になる前はここに住んでた……?


 イヤ、そんなことはある筈がねえ。

 俺ん家は初めっから俺ん家だったぞ。


 第一ココが定食屋ん家なら俺ん家はどこなんだよって話だ。


 うーむ……分からねえ。

 向こう側に行ってみるしかねえのか……?

 と思って手を伸ばすが……すり抜けた?

 こりゃどういう仕組みだ?



 一歩踏み出すと……元の店内……?


 慌てて戻って振り返るがもうさっきまでの映像は映っていなかった。 


 一体何だったんだ?

 

 この定食屋、いや……定食屋のオヤジは単にそのまたオヤジから何か吹き込まれていたらしい。

 そんなこんなで俺の同級生だったここのオヤジは東京コーヒー……じゃなかった不登校気味だった俺に妙に親切だった。


 俺が定食屋に関して知ってることと言ったらこん位しかねえ。


 だがいつぞやのあの映像、確か76年だったか。

 あのときここでひと悶着あって親父と母さんが揃ってここに来てたってことが本当ならただならねえ関係にあったってことは間違いねえ。

 何せ殺人からのお説教だ。

 アレの後始末がどう行われたのか、結局あの女子高生が何者でその後どうなったのか、メッチャ気になるとこだが……残念ながら俺には知る術がねえ。

 何にせよ、その後の顛末もこの定食屋を中心に繰り広げられたってことは間違いねえだろーな。



 ただ、今の状況はそれを加味して考えてもサッパリ分からねえことばっかだ。

 さっき聞いた話といい、今目の前であったことといい、本当なら色んなものが覆っちまいかねねえ矛盾がある。



 今起きてることにせよ過去に起きたことの記憶だったにせよ、何らかの事実関係に基づくモンであることには違いはねえ。

 

 なぜそんな矛盾があんのかっつえば各々の場面のちびっとずつ違う自分のちびっとずつ違った記憶、その積み重ねなんじゃねーかとも思えるんだが……

 今までとの明らかな相違点、それは明らかに頭オカシイだろって矛盾が荒唐無稽で片付けられなくなってきてるってことだ。

 

 そうだ。

 明らかに頭おかしい集団がどやどやと乗り込んで来たり、俺ん家が隣だと言い張ってみたり……出くわしたときは何の脈絡も無く荒唐無稽だとしか考えられなかった。


 だが今度はどうだ。

 確かにそうだと思わされる出来事の連続……

 いや、出来事っつーか……

 そう、明らかに過去からの繋がりを感じさせる証拠みてーなのを次々と突きつけられてる感じ、コレだ。


 一体何なんだ……?



 待てよ?

 元の店内に戻ったってことは二階も元通りってことか?

 確かめねーと……それにアホ毛、息子、それに定食屋があの後どうなったのか……


 俺は階段をドタドタと駆け昇った。


 二階のふすまは既に開け放たれている。

 さっき俺が乱暴にバーンと開いたからな!


 そしてその向こうには……

 

 さっきと同じ様に線香をあげ、手を合わせる定食屋のオヤジの姿があった。

 場所はもちろん俺ん家だ。



 コレ、通り抜けたら普通に居住スペースに戻んだろーなぁ。

 それを考えっとここは取り敢えず静観するしかねーんか。


 つーか俺が来たのに合わせて動き始めたっぽいな。

 こりゃやっぱ過去の映像の類かね?


 とはいえ、さっきよりちょっとだけ始まるタイミングが遅いな。

 まあちょっとだけ見ちまったからな、そのせいだな。



 『じゃあな、と言ってももう来ることもねえだろうがな』



 そう言い残すと定食屋のオヤジは部屋を出て行った。


 何だそれ……

 最後の捨て台詞、んなこと言われたらメッチャ気になっちまうじゃねーか。

 別に俺に対して言った訳じゃねーんだろーけど。


 さて、次は息子の方か……



 『ブロロロ……』


 おっと、その前にオヤジの方のクルマが出てくのが見えたんだったよな……ってアレ?


 オイ、そりゃあ俺のクルマだぞ!?

 どういうこった?


 『ガチャ』


 うお、そして息子の方が入って来たか。

 誰のせいって訳でもねーが何ともタイミングが悪ぃなぁ……


 『オヤジの奴め……

 何だあの車は……

 何が“手掛かりが見付かった”だ。

 ったく……あの車に何があるってんだ。

 やってることは窃盗じゃねーかよ、クソ!』


 うーむ……やっぱ俺のクルマか。

 つーかさっきよりも時系列が後の話なのか?


 定食屋がまたこっち……仏壇の方を一瞥する。


 『……お別れは済ませたってか。

 アノ人に会えれば何か分かるかもしれねえってのは分かるがよォ……』


 そう呟きながら手に取ったのは古びた封筒だった。


 何だ?

 木箱じゃねえ……?

 

 『何で五十年も前の出来事に今だに執着してるんだ……オヤジはよォ……

 ちったぁこっちの苦労も分かって欲しいもんだぜ……』


 放蕩息子ならぬ放蕩オヤジか……


 『爺さんから何を吹き込まれたのか知らねーが……

 爺さんのダチの息子が何だってんだ……

 五十年も前だろ、行方知れずになったのはよォ』



 オ、オイ。

 ちょっと待て……それじゃあ……それじゃあまるで……

 いなくなったのは親父じゃなくて俺の方みてーじゃねーか!



 何だ……何なんだ……

 じゃあ今まで散々見て来たモノは何だったんだ?

 いや、そもそも俺の人生って何だったんだ?


 そうだ……親父……親父はどうした!?

 あのとき急にいなくなったのは確かに親父の方だった筈だ……!


 『“これが道標だ。絶対に失くすな”だと?

 こんなモン置いて行きやがって……』


 ! ……羽根飾り!?

 一体どこで……いや、それよりも……それは今の俺に必要なモノなんだ……

 頼む……届いてくれ……!


 必死で手を伸ばすが、それが羽根飾りに届くことは無かった。


 「……クソ……何だってんだ」


 羽根飾りを掴む代わりに目にしたのは怪訝そうな顔をしたアホ毛野郎、それに髭面で汚ねえ鎧を着た定食屋の姿だった。


 「どうしたんスか?

 おっさんの頭がおかしいのは今に始まったことじゃないッスけど」


 「うるせーな……オメーに言われたかねーよ」


 俺はそう返すのが精一杯だった。


 ったく……

 ちょっと前までワケワカなことを喚いてたクセしてよォ……



* ◇ ◇ ◇



 「何か落ち着いてるみてーだから聞くんだがな、さっきまでオメーらがワーワー騒いでた原因は結局何だったんだ?」


 『俺ら?』

 「オイラ達ッスか?」


 「両方だよ。

 言っとくが二人別々な原因だってことも有り得ると思ってるからな」


 「オイラは……急に警報が鳴ったと思ったら詰所にいたッスよ」

 「詰所だ? 観測所じゃなくてか?

 何にしても例の変な秘密基地みてーなアレか」

 「秘密基地……ああ、確かにそんな感じッスねェ!」


 あそこだと何でか知らんがダム端が使えるんだよな。

 使えるコマンドも動いてるジョブも何か見覚えあるし。


 「で、オメーの方は?

 てかオメーが騒いでた理由の方が気になるぜ」


 「エッオイラはどーでも良いってコトッスかぁ!!?」

 「うん」

 「酷いッスよ!」


 『あー、俺何か言ってた?』


 「言ってたぜ。『俺はやってねえ』ってな。

 なあ、何をやってねえって話だったんだ?」


 『マジで? 何か夢でも見てたのか?』


 「他人が見てる夢の内容なんぞ知るかっつーの。

 必死で言い訳し始めたかと思えば槍持って暴れ出すしよォ』


 『ま、マジで!?』


 「マジだっつーの。ホントに覚えてねーのかよ」


 『マジだって。気が付いたらオッサンはいなくなってるしよォ』


 「じゃあ良いわ』

 『エッ良いの!?』

 「うん」

 「扱いの差が酷いッス!」


 「その代わりと言っちゃ何だが一個良いか?」

 『な、何だ?』


 「オメーの親父さんて人探しとか言って出てったきり帰って来てねえんだっけ?」

 『ああ、まあ八年前の話だから今どうだかは知らねえけどな』

 「最後に会ったのはいつ、どこでだ?」

 『あ? 何で?』

 「何だよ、答えられねえ理由でもあんのか?」

 『違ぇよ、そんな昔のことなんて覚えてる訳ねーだろーがよ』


 「じゃあ聞き方を変えるぜ。

 親父さん、会ってはいねーけど時々家に帰って来てたんだろ?」

 『何で……って聞くだけムダか』

 「お? だんだん分かって来たッスね!」

 「うるせえ、黙ってろ」

 「酷いッス!」


 「でもって否定しねえってことはそうだって捉えて良いんだな?」

 『まあ、そうだな。

 家に帰るとたまに仏壇に線香が上がってたり土産もんが置いてあったり色々あったけどな』

 「何で直接会わねーんだろーな?」

 『それこそ知らねーって』

 「ふーん」

 『……ンだよ、疑ってんのか?』

 「いや、そういう訳じゃねーんだがな。

 何でオメーが今ここにいんのかなーってさ」

 『知るかよ。偶然だろ。てかオッサンらだって同じじゃねーか』


 「ん……ああ、まあそうだな」


 「えーと……結局何の話ッスかね?」


 「オメーさ、親父さんから何か取っ掛かりみてーなモンを掴まされてたんじゃねーのか?」

 『取っ掛かりだ?

 ああ、今の状況になった取っ掛かりってことか』

 「心当たりはねーか?

 じっくりと考えてみちゃくんねーか?

 時間はあるんだしさ」 


 『時間がある?』

 「ああ、ここじゃあ日は沈まねーし腹は減らねーし尿意を催したりもしねーだろ?」

 『それはちっと違えと思うぜ』

 「そのココロは?」

 『俺が八年間いた場所だって同じだったぞ?

 だがほっとけば歳は食うしメシだって食ってた。

 食い詰めて餓死する奴までいたからな』

 「オメーはそうじゃねーだろ。

 俺が言ったのはオメーのことなんだぜ?」


 あるとしたら今この場所にある何か……だろーな。


 だが本来ここはこの定食屋には覚えのねー場所だ。

 何がそうさせたのかは分からんが、俺が知ってる定食屋とは別な定食屋が八年かけてここに流れ着いた……そう考えるとしっくりくるぜ。

 だがそれがさっきの羽根飾りにどう結び付くんだ……?

 羽根飾りは女神サマの像の手に握られてたとか言ってたが、フツーに考えたらそれも像の一部だよな……?

 ふすまの向こうの映像は俺が知ってる俺ん家じゃなくて、確実にこの髭面ヤローの側での出来事だったよな……?


 と、そこで定食屋が左の手のひらを右の手でポンと叩く。


 『ああ、そうだそうだ』

 「お? 何か思い出したか?」

 『おう。そういやな、出てくだいぶ前の話なんだが親父のやつがイキナリ他人の車をパクって来やがってな。

 自慢げに言うんだよ。

 “やっと見付けたぜ”ってな』

 「出てく前?」


 おろ? じゃあ俺のクルマとは違うか?


 『ただな、言ってることがおかしいっつーかさ。

 “長いこと苦労をかけた”みてーなことを言われたんだけどこっちとしちゃあ何のことだかサッパリでさ』


 「そのクルマって何か古いパソコンとかお泊りセットなんかを満載してなかったか?」

 『またかよ。

 そうだぜ、もしかしなくても知ってるって感じだな』

 「知ってるも何もそれ俺のクルマだから」

 『なっ!?

 でも八年どころか十年は経ってるぜ……って×印の件と同じだってか?』

 「そのクルマに荷物を載っけたのはほんの数日前のことなんだがなあ」


 だとしてもクルマドロボーの実行犯がどこのどいつだって疑問は残るんだよなあ。


 「おっさんおっさん」


 ……その辺の出来事でも何か重大なことを忘れてる様な気がすんだよな。

 何だったっけかなぁ。


 「おーい」


 ……あ、そうだ。携帯! 俺の携帯はどこ行った?


 「膝カック……」

 「甘いわ! 膝カックン返しィ!」

 「ズコー!」

 『サッパリ意味が分からねえ!』


 「あースマンスマン考えごとしてた。

 そこにさ、古そうな封筒があんだろ?」

 

 『おう、そういえばそうだったな』

 「その封筒ってさ、やっぱオメー宛かオメーの親父さん宛の奴だと思うんだよな」

 『? 何でまた?』

 「言ったろ。

 俺の認識じゃあオメーはここに住んでたんだぜ?」

 『あー、そー言えばここってウチの二階なんだっけか』

 「ああ、さっきその封筒の中身を検めてやろうと思って手を伸ばしたんだけどな、すり抜けちまったんだよ」

 『へ?』

 「コッチのアホ毛は触れたけどオメーはどうだ?

 写真を手に持ってたから大丈夫だと思うんだが」

 『駄目だな、触れねえ。

 つーかコレってどういう現象?』

 「多分なにがしかの関わりがあるやつが見えたりさわれたりするとかじゃねーかと思うぜ……知らんけど」

 『知らんけどって知らんのかい!』

 「隣の奥さん……もといオメーの先生が言ってた説だと個々人の認知具合なんかが関係してるとか何とかって話だったんだがな、色々見てて俺なりに考えた結果そうなったんだがな……知らんけど」

 『結局知らんのか……って先生も一枚噛んでたのか!?』

 「あーいや、隣の奥さんも巻き込まれたクチだな」

 『ふーんナルホドねぇ……ちなみに“隣”ってのはおっさん家の隣なのか?』

 「あ、そーか。そうだぜ、オメーの先生の家は俺ん家の隣だ」

 『何か色々と紛らわしいなあ……先生の家って俺ん家の隣だったからたまたま話が合ったけどよォ』

 「何か反応がビミョーだと思ってたらそういうことだったんか」


 ……ん? アレ?

 じゃあ何でコイツは俺のこと知ってんだ?



* ◇ ◇ ◇



 となるとチュンチュンからのオヤジ何やってんだ……的なやつはまた別の定食屋の話だってことになんのか?

 今の状況がまた分からん様になって来たぞ。

 何しろ隣が俺ん家だとか俺ん家が詰所だとか意味不明なのは今までもあったからなあ……

 アレ? 他にも何かあったよな? しかもさっきだぞ?

 やべえ、何だっけ?

 どこでこうなった?

 まあ仕方無え、目先の事案だけでも確認しとくか。


 「あー悪ィ、脱線しちまったな。話を戻すぜ?」

 『おう、えーと何だ、この封筒だっけ?』


 あ? フツーに手に取っただ?


 『どれどれ……』

 

 ビリビリと封を雑に破る……ってオイ!


 「オイ! もーちっと丁重に扱えねーのかよ!

 ナイフとか包丁とかあんだろ。それでだな――」


 【ビビービビービビービビー】


 はあ!? 今度は何だよ!

 ここは定食屋だろーがよ!

 つーかイベント多過ぎだって!

 出すならカツ丼出せよカツ丼をよォ!


 「オイ! コイツぁ警報とかってヤツだろ!?

 警報が鳴ったら何がどうだってんだ?」

 「さあ? 鳴ったら止める、それしか知らないッスよ?」

 「さっきまでボーッとして見てたのは何だったんだよ!」

 『な、何でここでコレが聞こえんだよ』

 「知るかよ! コッチが聞きてえよ! てか何でオメーが知ってんだよ!」

 「止めなかったらどうなんだよ!

 てゆーかそもそもどーやって止めんだよコレ」

 「そんなの知らないッスよォ! レバー、レバーッス」

 『レバニラ一丁?』

 「うるせえよ!」


 えーと……

 何らかの異常が起きると警報が鳴って原状回復すると止まるんだっけ?

 定食屋が封筒を手に取ったら鳴った……よな?

 何じゃそりゃ? 単なる偶然か?

 良く考えたら一個も理解出来ねーぞコノヤローめ!

 ぺちっ!

 「あだっ!?」

 「カツ丼食いてえぞコンチキショウ!」

 「何もしてないのに叩くなんて酷いッスよォ!

 あと言ってることが意味不明ッス!」

 「スマン、何か無性に腹が立った」

 「理不尽ッス!」


 『カツ丼? 材料さえあれば今でも作れっかなあ』

 「カツ丼はもう良いから!

 それよりさっきの手紙はどうしたんだよオイ!」

 『あ』

 「あ、じゃねーよ」

 「何スか……あ」


 「何だよオメーまで」


 『あ……ああ……』


 周りを見ても何の変化もねえな。

 こりゃまたさっきと同じパターンか。

 何だっつーんだよもう勘弁してくれよ……


 取り敢えずやれそうなことか……


 「必殺の膝カックンを喰らいやがれオラぁ!」

 「ズコー……あれ? いつ戻ったんスか?」

 「戻るも何もどこにも行ってねえっつーの」

 「へ?」

 「へ、じゃねーよ」

 ぺちっ!

 「何スか! 理不尽ッス!」

 「いや理不尽じゃねえから!」


 『ひ、ひぃぃぃいぃ』


 「うるせ……おわっと危ねえ!」

 「ひええ」

 「こんにゃろ……狭ぇトコで物騒なモン振り回すんじゃねえ!」

 「な、何かおかしいッスよ?」

 「あ? 何がだよ……ってオイ、避け……ろ?」

 「ぶんぶん振り回してる割にどこにも当たってないッス」

 「本当だぜ」

 「これ、もしかたらスーッっていなくなるやつじゃないッスか?」

 「あー、あ? ああ……?

 そんなんあったっけか?」

 「あ、そーか。おっさんは消えた本人だから自分じゃ分からないッスネ!」

 「へ? 俺が? だったらそれ以前にオメーと俺が……

 待てよ? それっていつの話?」

 『あっち行け! あっち行けってんだオラァ!』

 「だーっ、うぜえ!」

 「そういえばそれってここであったことッスよ」

 「ここで? しかしオメーもよくすんなりもとの話題に戻れんなあ」

 「当たらないって分かったら余裕ッスよ」

 「ホントに現金なヤローだなあ」

 「何か年季の入った装備品着けてる割に構えも何もメチャクチャで弱そうッスよね!」

 「んでここであったコトって何だ?」

 「まずおっさんがここに来たんスけど見えるのがオイラたちだけで他の人には見えなかったッス」

 「他の人? そんときは誰かいたのか?」

 「えーと……まず定食屋さん、お隣さんの奥さん、あと駐在さんッスね」

 「何だそのメンツ……?」

 「知らないッスよ。

 オイラは相棒とアネさんを探してたッス。

 店に入ったら何か取り押さえられてそこの柱にぐるぐる巻にされたッス」

 「そこに俺が入って来た……?」

 「何かこの話何回もさせられてるよーな気がするッスよ……」

 「なぬ……?」

 「じゃあ聞くッスけどおっさんがオイラに初めて会ったのっていつッスかね?」

 「いつ? そりゃあ俺ん家の前でウロウロしながら物色してた時だろ」

 「その話、一回聞いてるッスけどオイラ自身は身に覚えがない話ッスよ?」


 『この! この! チクショーめぇ!』


 喚きながら槍をブンブンと振り回す定食屋。

 ……コイツの足は今どこの地面を踏みしめてんだろーな?

 さっきまではちょっと動けばガンガンとぶつかる状態だったってのに今じゃ障害物も何もねえ体で槍をブン回してやがる。


 それでいてこの部屋に留まり続けてる理由は何だ?

 別に四方が壁だってこともここが二階だってことも今のコイツにゃあ何の障害にもならねえ筈だ。


 「じゃあいつだってんだ?」

 「さっきの話のときッスよ?」

 「待て、じゃあ留置場にいたことは?」

 「もちろん覚えてるッスよ」

 「その留置場にどうやって入れられたかは?」

 「ここからそのまま連れて行かれたッスよ」


 なるほど……しかし何でだ?

 いつからかってのは何となく分かる気もするけど。


 「森の中でゴリラに出くわして撲殺されたってのは覚えてっか?」

 「? おっさん、やっぱ頭おかしくなったッスか?

 何でいきなりゴリラなんスか?」

 「じゃあ廃墟……もといオメーらのアジトの隅っこにあった事務所みてーな建屋、ソイツについてはどうだ?

 入ってみたこととかあるか?」

 「ああ、入ってみたことは無いッスね。

 てゆーかドアが開かないから入りたくても入れないッス」

 ほーん?

 「何か変な顔してるッスね?」

 「うるせえ」


 おっとイカンイカン、俺としたことがつい顔に出ちまったぜ。

 ……ん? 鳴り止んだな?


 『ハァ、ハァ……どーよ……あ、アレ?』


 そして気のせいか分からんけど何か外が騒がしくねえか?


 「どうした、キツネにでも化かされたみてーなツラしやがってよ」

 『い、いや。店からもとの場所に戻されたと思ったけど……気のせいだった……?』

 「イヤ、気のせいじゃねーと思うぜ」

 『そうなの? じゃあ俺って今パッといなくなってパッと現れた感じなのか?

 ヤベェ! 何かカッコ良くね?』


 「ま、まあ何だ、そんな簡単なモンじゃなかったぜとだけ言っておくぜ!」


 「警報が鳴るのとどっちが早かったッスかね?

 これはおっさんにしか分からないことッスよね?」


 「うーん……警報のが気持ち後だったかなあ?」


 確か特定の入力がうんたらかんたらしたら鳴るとかって話だったっけ?

 アカン、全く覚えてねえ!

 取り敢えず分かんのはコトが起きるのが先だっつーことだけだぜ。


 『なあ、その警報ってのは今しがた聞こえたみてーな“ビビービビー”って下痢を催したみてーな音のことだろ?』

 「良く知ってるッスね、その通りッス」

 「そういやさっき何でここでそれが聞こえんだよ的なことをギャーギャー喚いてたな」

 『塔の方から時々聞こえてたからな』

 「塔の方から?」

 「何の音なのかは知ってたのか?」

 『空襲警報みてーなもんだと思ってたけど』

 「どーやって止めてた?」

 『さあ? 敵を殲滅したら止まるぜ』


 マジか……脳筋かよ……


 「じゃあ今って敵を殲滅してたんか」

 『あ? ああ、多分な』

 「多分て何だよ」

 『何でえ、見てなかったのか俺様の勇姿をよォ……

 って見える訳ねーか』


 いや、全部見てたけど……


 「そうッスね、ひいき目に見てもかなりのへっぴり腰だったッス!」

 『ええぇ……』


 だからオメーは空気読めっちゅーに!


 しかし敵を殲滅したら止まるだと?

 ソイツは初耳だぜ。

 しかしそれはそれで確認してみてえことならあるな。


 「なあ、その“敵”っつーのはつまるところ何なんだ?

 マジもんの宇宙人て訳じゃねーだろ?

 例えばそーだな……ゾンビ軍団とかバケモンの集団なんかか?」


 『あ? まあそうだな。色々だぜ』


 「何か含みのある言い方だな?」


 『あー、何つーかな……知っちまっまたんだわ。

 最近出くわした出来事でな』

 「で?」

 『有り体に行って敵さんも人間だったんだわ』

 「何だと? じゃあ宇宙人とかバケモンとかって話は何だったんだ?」

 『実際のとこどうなのか良く分かんねえんだけどな、いわゆる原住民てやつ?

 人間ぽい奴らも沢山いてよ……』

 「“ぽい”だろ?」

 『何か宇宙服みてーなのを着込んでたからな、得体が知れねえ』

 「ソイツはお互い様なんじゃねーか?」


 気密服とかいうヤツか?

 それが原住民だ?


 「原住民が自分ちの庭で宇宙服着て出て来んのか?

 じゃあオメーらは自分らがどんな集団だって認識なんだ?」

 『俺だって分かんねえよ……

 アンタが当たり前みてーに俺のことを知ってたのもフツーに怖えしな!』

 「それは今の話じゃねーよな?

 じゃなきゃ話が合わねえ。

 取り敢えずオメーとはどっかで接点があったってことだよな?」

 『あ? ああ、そういうことか』

 「今オメーの目の前にいる俺は多分オメーが知ってる俺じゃねえな」

 『自分ちがどこにあんのかとか個人情報を開示してねーから確証は持てねえがな』


 「そうだな、オメーが親父さんから俺に関する情報を何も聞かされてねえんならな」


 『……そうだな』


 何でえ……カッコつけやがってよォ。

 俺が客として来てたってのは誰の入れ知恵なんだ?


 「で、その原住民が何だって?」


 『奴らは……』


 「警報を鳴らしたり止めたりしてるんだよな?」


 『何で分かった?』

 「……そうだな」

 『マネすんじゃねえよ』


 「とっ捕まえて宇宙服を脱がしたことはあんのか?」


 『ああ、あるぜ』

 「死んだだろ」

 『ああ』


 「見たのか? どんな奴か」

 『……見たぜ』


 「知ってる顔だった、そうだろ。

 言葉も通じた。つーか日本語だっただろ」


 『だからって戦わねえ訳には行かねえ……

 奴らは話が通じねえ。知ってる顔なのにだぞ。

 もうどうしたら良いか分からねえんだよ』


 「そいつらが宇宙服じみた装備で出て来た理由は分かんだろ?

 オメーらと同じ環境じゃ生きられねえんだよ」


 『それが何で知ってる顔なんだよ。

 一体何とどう関係があるってんだ?

 俺らと何か関係あんのか?』


 「大体予想は付いてんじゃねーか?

 外見的な出来事だけでよ」


 『単に俺の思い込みだったってことはねーのかよ』


 「安心しろや。その可能性は十分にあるぜ」

 『じゃあ……』

 「ぶっちゃけ、同じ穴のムジナなんじゃね?」

 『な……』


 そうとでも考えねーと説明が付かねえからな。


 「じゃあこの部屋は何なんだ?

 オメーはさっきまでどこで何してたんだっけ?

 そこに俺らはいたか?」


 『何かスゲェ怖ぇこと想像しちまったんだが……』


 「そうだな、考えたくもねえ」


 嘗てここで母さんが口にしてた言葉は何だった……?

 それだけが唯一の拠り所……そう考えてえモンだが……


 「だがな、ンなこと考えといてよくもまあ殲滅だとか何とか物騒なことが言えたモンだよなあ?」


 『!』



* ◇ ◇ ◇



 「なあ、何つーかさ……コレってオメーの職場の話なんじゃね?」

 「そうッスね、聞いてたらそんな気がして来たとこだったッス」

 『しょ、職場って何だよ』


 「それってお互い様じゃないッスか?」

 「そうだな、傍から見たらどっちもワーワーしてるだけだったな」

 『な!? もしかして俺もそうだって言ってる?』

 「もしかしなくてもそうだぜ。

 部屋ん中で槍をブンブン振り回してよ、危ねーオッサンにしか見えなかったぜ」

 『何で……?』

 「さあ? 俺も知らん。

 しかしバイトリーダーとかいう奴がいたってのは初耳だな。

 さっきもいたのか?」

 「いたかいないかは分からなかったッス」


 前から思ってたんだがアイツのキャラって刑事さんっぽいんだよな。

 関係者かね?

 いや、違うか。刑事さんは言動が明らかに部外者だもんな。

 どっちかっつーとこの定食屋みてーな立ち位置だよな。

 立ち位置ってのも変か。

 うーむ。


 「いやな、さっきビービー音が鳴り出したと思ったらオメーだけじゃなくてコイツも様子がおかしくなってよ」


 そう言ってアホ毛を指差す。


 「気が付いたら詰所にいて早く警報を止めろって言われてたッス」

 『言われてたっておっさんにか?』

 「違うッス。バイトリーダーさんッス」

 『は? 誰それ? ここにはいねーだろ?』

 「その設定って今更どーなの?」

 「設定じゃないッスよ?」

 『つまり妄想上司と夢ん中でわちゃわちゃしてたと』


 あー……言いてえことは分かるんだが……何だろーな……

 スゲー残念な感じだぜ!

 「さっきからオメーと定食屋の動きが連動してんじゃねーかってくらいシンクロしてるんだが」

 「あー、それは思ってたッス。 

 でも今回って二人で行き先? が別々じゃないッスか。

 おっさんは蚊帳の外だし」

 『今回はって別な回があるんかいな』

 「まあな」

 『まあ聞かねえけどよ』

 「そうだな、聞いたら聞いたで頭パーンだろーしな」

 『すでにパーンだけどな!』

 「何かすごい残念な会話ッスね……」


 「オメー外に出たら定食屋に会えたんじゃね?」

 「もしかしてその可能性がある感じッスか?」

 『待て、外に出るって何だ』

 「気密服を着てエアロックから外に出るッスよ」

 『その気密服ってのは……』

 「多分オメーが言ってた宇宙服だぜ。

 何にしても殲滅されなくて良かったな!」

 「フツーに怖いッスよ!」

 『待てよ、じゃあ何で今お互いにフツーのナリでフツーに会話出来てんだ?』

 「いや、オメーのナリはフツーじゃねーだろ」

 『そういうツッコミはいーから!』」


 「言っただろ、オメーらはどっかにワープしてた訳じゃねえってよ」

 『じゃあ俺は幻覚に向かって騒いでたってことか……?

 それか今ここでこうしてることが……』

 「それは分からねえな、確たる証拠は何もねえ。

 さっき言ってたオメーの怖ぇ想像ってのが何なのか知らんけどな、多分当たらずとも遠からずってとこだろーな」


 『しかしおっさん、アンタは……』


 「いつかのときにオメーが双眼鏡越しに見た俺もさ、何かもがき苦しんでた感じだったんだろ?」


 『! 何でそれを……?』

 「お、当たりか」

 『何でえ、カマかけてやがったんか』

 「いや、そんなつもりは無かったんだがな、イマイチ確証が持てなかったんだ」

 『そういうのをカマかけって言うんだよ』


 「でもって今までの話を総合するとだな」

 『ちょっと待て、何勝手にまとめに入ってんだよ。

 こっちは情報過多で頭が混乱してんだよ』

 「そうか、じゃあ正常だな。良かった良かった」

 『いや、全然良くねえから!』



 「オイ、ところで封筒はどうした?」

 『? 何だ?』

 「あー、無いのね」

 『何でえ、急によ』



 ドスン、バタン!

 

 「な、何スか今の音!?」


 ガッチャガッチャ!

 ドンドン!


 『客が来たか』


 「連中、そんなにオメーのカツ丼気に入ってんの?」

 『そっちじゃねーから』

 「え? そーなの?」


 それにしてもやっぱ気のせいじゃなかったんか。


 じゃあ誰が来たってんだ……?

 もしかして俺ら、殲滅されちゃうんか?



 「それで、総合すると何だって話なんスか?」



 だからオメーは空気読めっちゅーに!



* ◇ ◇ ◇



 ガタン!


 うお! まただぜ!


 『見に行くか』

 「お、おう」


 スゲー嫌だけど見に行ってみっか……

 

 オイ、ちっと見に行って来っけどオメーらも――


 おろ? いねえ?

 ……下の物音も鳴り止んだ?

 こりゃまた場面転換か?


 一体何なんだここはよォ……


 もしかして敷居をまたいだからか?

 何じゃそりゃ?


 ……二階の居住スペースを認識出来てねーヤツらを無理矢理連れ込んだのがきっかけだったりすんのか?


 じゃあ戻ると……



 ……アレ? いねえ?

 文箱も紙もそのまんまか。


 そうか、見に行くとか言ってたから部屋から出たのか。

 さっき出した文箱がそのまんまだから場所は変わってねえ……よな?

 さっき俺が担いで運んでた状態だとマップの外側みてーに見えてた筈だ。

 それが自分で出たらどーなる?

 それにアホ毛の方はまた別だよな?

 一体どうなった?


 ガタン!


 まただ!

 音はするんだよな、音は。

 だけどこっからどーする?

 フツーに出たらダメなんだよな。

 窓から出てみっか? いや、フツーに出んのと変んねえか……

 何か物音はすんだよなあ。



 『おっさん、どこ行ったんだ?』

 「お、おう? 二階にいるぜ」

 『え? さっき出てったじゃんかよ』


 コレどっから聞こえてんの?


 「いっぺん戻らねーか?」

 『そうしてーとこだけどどうやって戻ったら良いんだ? コレさ』


 やっぱそーなるよな。

 一度見聞きした後でも変わんねーんだからな。

 当人の認知云々とは違う気がするぜ。


 つーか定食屋は分かるとしてアホ毛の方はどーなんだ?

 そりゃ最初は見えんかったけどその後はここでお縄になったこととかも覚えてたよな?


 「オイ、そこにいるアホ毛に連れて来てもらえば良いんじゃねーか?」


 『アホ毛? ああ、さっきまでいたオイラ呼びの奴か。

 そいつも外に出たと思ったらいなくなっちまったんだよな』


 あー、なるほどな。

 さて、どーしたもんか……


 『しかしまあ逆に一緒じゃなくて良かったぜ』

 「どういうことだ?」

 『お客さんをおもてなししなきゃならねーからな』

 「お客さん?」

 『分かんねーかなあ。敵だよ、敵』

 「さっき言ってた宇宙人とかか」

 『いや、ゾンビとかのバケモンの類だぜ。

 そいつらはどっちかっつーとご主人サマって感じらしいが詳しいことは分かってねーんだよな』

 「ゾンビ!?」


 マジか……そうか、もしかしたら例のアレかもしれねーのかぁ――


 ガッシャアァーン!


 うお!? ビックリしたあ?

 今まさに定食屋の店舗にゾンビの大群が押し寄せてんのか……映画かよ……


 『いくらザコでもしゃべりながら戦うのってそれなりに大変なんだぜ?

 そこんとこ分かってくれよな』

 「おー、悪い悪い。こっちからは行けねえみてーだからちょっと黙っとくわ」

 『すまん、そーしてくれっと助かるわ』


 ドスン! バタン!


 何じゃこのノリは……

 今ちょっと手が離せねーからぁー、的な?

 自分ちにゾンビが押し寄せてる最中のノリじゃねーだろ。



 “チャララーララ チャラララララー♪”


 な!?

 って家デンかいな!

 つーか着メロは一緒か……じゃなくてぇ!


 『まいどー定食屋でーす』


 出るんかい! 今手が離せねえんじゃねーのかよ!


 ガタン!

 

 『おわ! ヤベェ、ヤベェって!』


 言わんこっちゃねえ!

 どーすんだコレ!



 ガラッ。



 おろ?

 アホ毛だ?


 「あれ? おっさんいつの間に戻ったッスか?」

 「それはこっちのセリフだぜ……どこに行ってたんだ?

 つーかよく戻れたな?」

 「えーと……何か警報が鳴ってて緊急だからレバーを降ろせとか何とか言われたッス?」

 「何だそりゃ……」



 ガラッ。



 おろろ?

 今度は定食屋かよ。


 『おう。戻ってたか』

 「大丈夫か? 何かヤバい感じになってたみてーだけど」

 『いや、何かヤバイ感じかって言ったらそこそこヤバかったかもしれんけど』

 「テンパってそうなこと言っといて電話取ってただろ」

 『イヤだってこの状況で電話なんて来たら明らかに何かあるって思うだろ』


 まあ確かにそうなんだが……


 「生きるか死ぬかの瀬戸際だろ、優先順位がおかしいって」

 「生きるか死ぬかの瀬戸際だったンスか?」

 『ああ、まあな』

 「まあなっておめーは……」

 『それが日常なんだ、今更おかしいって言われてもピンとこねーんだわ』


 あの槍さばきでか?

 信じられんなぁ。うーむ……


 「で、カツ丼の注文が来たって訳か」

 『だからちげーっつーの』

 「……もしやとは思うけど何か怪しいヤツがあーだこーだ言ってきたりとか?」

 『何だ、知ってる奴か?』

 「えー、ビンゴなのかよ」

 『何かうんざりって感じだな?』

 「まあな。意味不明なんだよな」

 『そうなの?』

 「何だ?

 意味のあることでも言ってきたみてーな反応だな」

 『汝その力を見せよ、だってさ』


 ええぇ……


 そういやコイツが出てくる前にガコンてでけえ音がしたよな?

 アレ前にも聞こえたんだよな。

 他に何かあったっけ……?

 

 「ソイツ、カミカミじゃなかった?」

 『カミカミっつーか俺がイキナリ定食屋だぜってでけぇ声で出たのに対してえれぇビックリしてやがったぜ。

 何でだろーな?』


 いきなりデケー声で出たらそりゃ誰だってビックリすんだろ……


 「ちなみに電話の相手って誰だった?」

 『えーと……誰だっけ?

 知ってる奴だったっぽいけど覚えてねーなぁ。

 八年も離れてたから分からんわ』

 「俺のことは覚えてたのにか?」


 双眼鏡でたまたま目にしたからか? いや違うな。


 『そういやそうだな』

 「そうだろ」


 じゃあ何だ?

 アレか……プリインストール的なヤツ……

 ここのこの状況も全部セットだってか?


 それか息子が出くわしたガイコツみてーなのか?

 いや、実際見た訳じゃねーからな……

 それを言ったら息子も電話の向こうの声だけだったよな……

 つまり……どういうことだ……?

 だーっ、分からねえ! つーかコレ何度目だよ全くよォ。


 「ちょ、ちょっと待つッス」

 「何でぇ、くだらねえ話なら怒んぜ?」

 「くだらなくはないッスよ……

 さっきの続きで緊急って何スかって聞いたんスよ。

 そしたら何か話が違うとか何とかで珍しく揉めてる風だったッス」

 「揉めてたって誰と誰が?」

 「えーと、バイトリーダーと店長ッスかね?」

 「それどこのハンバーガー屋だよ。

 じゃあオメーもバイトなのかよ」

 「え? うーん……バイト……なのかッスね?」

 「悩むとこなのかソレ……

 まあくだらねえ話だってのは分かったがな」


 待てよ……何かヤな考えが浮かんで来ちまったぞ……


 「バイトだったらオメーの時給はいくらなんだよ。

 でもってそいつはどこの店だ?」

 「あれ? え、えーと……」


 やっぱ頭おかしいだろ、バイトだなんてよ。

 火星だとか言ってたのも意味分かんねーし。

 どういう発想でそうなんのかね。


 あ、じゃあ定食屋の方は金星って話になんのか?


 「オイ」

 「ハイ?」

 「さっきの金星云々言ってたヤツって覚えてっか?」

 「ハイ? 何で金星? 頭大丈夫ッスか?」

 「いやバイトでーすとか言って戻って来た方がおかしーから」

 「まあそう言われるとそうなんスけど」

 「で、レバー引いたの?」

 「あっハイッス」

 「外に出て?」

 「ハイッス」

 「そのカッコで?」

 「いや、何か着ろって言われたッス」

 「着たの?」

 「着たッス!」

 「で、終わったら脱いだ?」

 「あれ? そーいえば脱いでないッス……?」

 「初めっから着てなかったんじゃね?」

 「そう言われるとそんな気もして来たッス?」

 「ホントかよ……」


 んで次はこっちか……


 「ちなみに電話が鳴って割とすぐこっち来たけどそんだけだったんか?」

 『ん? ああ、中止だーとか喚いてたっけか』

 「あーそれでレバー引いたって訳ね」

 『レバーって何だ?』

 「あーコッチの話」

 『なあ』

 「あ? 何だ?」

 『ここってウチの店なんだよな?』

 「まあ、そうだな」

 『何でコッチでゾンビ軍団が出て来んだ?』

 「そりゃオメーが来てるくれーだからな」

 『そうなんだ?』

 「知らんけど」


 「じゃあ何でオイラは観測所だったんスか?」

 「観測所? 詰所じゃなくてか?」

 『何それ? どこにあんの?』

 「火星」

 『へ?』

 「安心しろ、ここは定食屋だぜ」

 『じゃあ電話ってどっから掛かってきたんだろーな?』

 「知らんがな。聞けば良かったんじゃね?」

 『あっそーか』

 「ここが定食屋だったら掛けてくんのは客だろ?」

 「絶対違うッスよね?」

 「しかしこれマジでやってたらどーするよ」

 『え? マジじゃないの?』

 「どこが?」

 「イタ電だって微塵も思ってないとこが凄いッス」

 『えっ』

 「えっ」


 ここでイタ電て発想が出て来るオメーの方がすげーわ。


 『ナルホド、イタ電と考えると全ての辻褄が合うな!』

 「いや、合わねーだろ。何でそーなんだよ」

 『じゃあ何なんだよ』

 「知らんわ。だがここに電話が掛かってくること自体がおかしいだろ」

 『そーなのか?』

 「うーん、いっぺん外に出てみた方が良いか。

 百聞は一見に如かずだ」

 『外に出たらもとの場所に戻っちまうんじゃねーのか?』

 「そのもとの場所の定義って何だ?

 まあまた一緒に移動してみよーぜ」

 『また抱っこすんのかよ』

 「さすがにキツイからおてて繋いで行くか」

 『分かったでちゅ』

 「何で赤ちゃん言葉?」

 『いや、何かさぁ……』

 「絵面的に嫌なのは確かッス。

 正直キモいって感想しかないッスね!」

 「敢えて黙ってたのによォ……

 まあ良い、行くぜ。

 ああそうだ、文箱と双眼鏡とさっきの紙も持ってくか。

 それとお隣から拝借した置き時計も下にあるか確かめねーとな」

 「さっきの紙?」

 『ああ、コレだろ?』

 「おお、それだ……アレ?」

 『何だ、違うのか?』

 「イヤ、それ……の筈なんだけど……

 何か違うよーな……うーむ。

 ……まあ、良いか」

 「分かったッス。これは良くないパターンッス!」

 『そうなの?』

 「おっさんあるあるッスよ!」

 「その紙ってずっと持ってたんか?」

 『いや、ここに置きっぱなしだっただろ』

 「アレ? そーだっけ?」

 『双眼鏡と違って手に持ったまんまだったからな、槍をぶん回してた段階で放置だったぜ』

 「逃げ回るのに夢中で全く気にもとめてなかったッス」

 「双眼鏡はずっと持ってたのか」

 『ああ、首からぶら下げてっからな。

 落ちねえようにチェーンで身体に巻き付けてるし、たまたま拾った紙とは違うぜ』

 「ナルホドな」

 『まあ敵が出たらコイツでひと突きにしてやんぜ』

 「はは……そうか」


 しかし“今すぐそこから逃げろ”か……


 「さてと……じゃあ行くとすっか」



* ◆ ◆ ◆



 「おい、手を繋ぐぞ」

 『お、おう』

 「おっさん同士でお手て繋いで仲良く歩くってやっぱり絵面的にNGッス……ってあれ?」

 『アレ?』

 「おっさんと定食屋さんはダメッスよね?」


 げげっ……そーいえばそーだったぜ……


 『どーすんだよ、オイ』

 「じゃ、じゃあオメーら同士だとどーだ?」

 「無理じゃないッスか……ってあれ?」

 『何だって、俺ら同士だと大丈夫なんだ?』


 ちょっと待て……つーことはやっぱ火星だ火星だって騒いでたアレと金星だぜとか言ってたソレが繋がってたってことにはならねーのか。


 「じゃあコイツを真ん中にして電車ゴッコすっか」

 『わーい出発進行でちゅー』

 「だから何なんだその赤ちゃん言葉はよ……」

 『いや、何かその……童心に帰った的な?』

 「何じゃそりゃ」


 「まとめるとオイラを真ん中にして手を繋ぐッスね」

 「おう、てな訳で行くぜ」

 『しゅっしゅっぽっぽっ』

 「だからやめろっちゆーに」


 よっしゃ、敷居をまたぐぜ……

 『しゅっぽっしゅっぽっ』

 「うるせえ」

 コイツ何かキャラ変してねえか?

 ハッ! まさか場面転換!?

 イヤイヤ違うだろ……じゃなくてぇ。


 「取り敢えずこのまんまなら大丈夫っぽいッスね」


 えー……コレずっとやってなきゃならんのか……?

 だけど言いだしっぺだし今更やめよーぜとか言いだしづれーぜ!


 「と、取り敢えずこのまんま下まで進むぜ!」

 『しゅっぱーつ!』

 「コイツやっぱおかしくね?」

 「おっさんにおかしいって言われたらいよいよオシマイッスよ!」

 「うるせえ」

 バコッ!

 「あだっ!」


 ったくよォ……何回やらせんだよコレ……


 「さて、着いたぜ店舗に」

 『おお、さっきの場所だぜ』

 「戻って来たッス!」


 ガチャ。


 ん?


 『どこに行っていたの? 探したのよ』

 『な!? オメーは!?』

 『何? 手なんか繋いじゃって。その人誰なの?』


 ……!


 ガイコツだ?


 イカン、精神統一だ! 集中集中ゥ……


 「ガ……」

 ドスッ!

 「――!」

 アホ毛がボロを出しそうになったので慌てて足を踏んづけて黙らせる。


 何事も無かったかの様に振る舞わねーとな!


 つーか今フツーに店の入り口から入って来たよな?

 何だ? まだここに何かあるっつーのか?

 コイツは例のヤツなのか?

 いや、んなことより……


 「えーと……紹介してもらって良いか?」 

 『このヒトの嫁よ』

 『ちげーわ! 紛らわしいこと言うなっちゅーの』

 は? このガイコツがか?

 てゆーかひと突きにしちゃうんじゃねーのか?

 『何でぇ、その意外そうな顔はよ』

 そりゃあ意外だろ……

 「そりゃ……」

 ドスッ!

 「ぐげ」

 『何だ? 顔色わりーけど大丈夫か?』

 「も、問題無いッス!」


 『で、そっちの人たちは誰なの?』

 『こっちが……えーと?』

 「俺です」

 『そうそう、俺さん。でこっちが……えっとォ……』

 「オイラッス」

 『オイラさんだぜ!』


 『ちょっと待てェ!』

 「な、何かモンダイでも?」


 『あるに決まってんだろボゲェ!』


 『えーと、トモダチの俺さんとオイラさんです』

 『ツッコミどころ満載なんじゃボゲェ!』


 「ちょっと待てェ!」

 『え?』

 『え?』


 「ツッコミてえのはコッチだボゲェ!」

 「また始まったッスね……」

 『何だとコノォやんのかゴルァ!』

 『まぁまぁ落ち着いて……』

 「うるせぇ!」

 『じゃかましぃわボゲェ!』


 「うーん、これはもうなる様にしかならないッスねぇ」

 『どうしてこうなった……』

 「あ。念のため言っとくッスけど離さない方が良いッスよ、手」

 『お、おう』


 『で、何なのよその子は』

 『その子?』

 「その子ッスか?」

 「何? もしかして俺のことか?」

 『何? 俺っ子なの?』

 『オッサンが一人称俺呼びすんのは割とフツーのことだろ』

 『オッサンって……美少女だけど中身はおじさんです!

 とかで売り出してる訳?』

 『は? 何言ってんのお前』


 あー、またこのパターンかよ。

 一体何なんだ?


 『あースマン、分かったぜ。

 オメーには俺が中学生くれーの女の子に見えんだな?』

 『何よ、違う訳?』

 「ああ、違うぜ。言っただろ、オッサンだってよ。

 だが同時にあーまたか、とは思ったがな」

 『どういうこと?』

 「話す前にひとつ言わしてもらうとな、俺……っつーか俺とこのアホ毛の野郎の目から見たらオメーはガイコツのバケモノなんだぜ?」

 『!』

 「その反応、何か心当たりがあるっぽいな……

 つーか半ば確信犯で煽ったんじゃねーのか?」

 『な、何よ』

 『何の話だ?』

 「いやな、コイツって定食屋の関係者なんだろ?

 でなきゃ流暢な日本語でペラペラとくっちゃべるなんてこと出来る訳がねーからな」

 『イキナリコイツ呼びだなんて失礼な奴ね!』

 「お互い様だろ。ガイコツ呼びした時点でキレてねーのが証拠だぜ」

 『あっそう』

 「ところで今フツーに入り口から入って来なかったか?」

 『入り口から入らなかったらどこから入るっていうのよ』

 「いや、色々あるよな?」

 「オイラに同意を求められても困るッス」

 「とことん空気読めねーよな、オメーはよ……」

 「何か理不尽さを感じるッス……」

 「マジメな話、定食屋と同じなのか?

 つーか違うよな?」

 『……俺は一人だった。こっちに来る前もだ』

 「だがコイツとは面識はある、そうだな?」

 『ああ、だが……』

 「アッチに飛ばされる前だった、そうだな?」

 『ああ、だが……』


 まるで歳を食ってねえ……そんなとこか。

 初見はお互いに違う人物だって勘違いしてた……

 フツーならそうなるとこだがこりゃちっとばかし複雑だな……


 「探してたって言ってたな? ……何年だ?」

 『ええ、探したわ……随分と長い間ね』

 「コイツはアンタの探し人じゃねえだろ?」

 『……でも、面影が……あるわ。確かにね』

 『だ、誰のだ?』

 『さあ? 今ので逆に分からなくなっちゃったわ』


 ……何かおかしくねーか?

 さすがにこのガイコツのねーちゃんが例の探し人だったなんてことはありえねーよな?

 しかしコイツはやっぱ息子が出くわしたヤツとは……?

 何か物腰がちっとばかし大人びてるしな……


 「聞いても良いか?

 言いたくねーんだったら答えてくれなくて良い」

 『何?』

 「今の状況、それに俺たちとの会話……

 その中でアンタは本当に自分が自分なのかって疑問が湧いてきたんじゃねーのか?」

 『そうね……その通りだわ』

 「その探し人はアンタに何をした?」

 『私はその人に何かをされただなんて、ひと言も言ってないわよ。

 言いなさいよ、何を知ってるの?』

 「俺だって確証がある訳じゃねえ。ひとつずつ確認して行きてえんだ」

 「オイラ……」

 「ムリして発言しなくても良いんだぜ?

 つーか分かんねーなら黙っとけ。

 多分オメーも一枚噛んでっと思うぜ。

 なあ、姐サンよぉ」

 「えっ!? 姐さん!?」

 『誰それ? そんな人知らないわよ』

 「だろーな」

 「からかうのも良い加減にして欲しいッスよ……」

 『言っとくが冗談じゃねえぞ。オメーの探し人であるところの“姐さん”がコイツとは違うってのは確かにそうだ』

 「え? どういうことッスか?」

 『話について行けないわ』

 「まあ聞けって」


 『その前にさ、あなたたち何で手なんて繋いでるの?

 単に心細いから、とかじゃなさそうじゃない?』

 「あー。えーとだな……」

 「バラバラに行動するとバラバラの場所に行っちゃうからッス!」

 「おお、その通りだぜ!」

 『もう少し詳しく説明出来ない?』

 「多分手を繋ぐのをやめたら話すことも出来なくなるかもしれねえ。

 それにオメーらが敵だと思って戦ってきた相手が何なのか。

 他にも色々と聞いてみたら分かることもあるかも知れねえ」

 『分かることって何よ』

 「何って分かってんだろ。何もかもがフツーじゃねぇってことがよ」

 『そうだな、それは俺も思ってた』

 「俺らが仲良くお手て繋いでんのはな、今ここに自分たち全員を繋ぎ止めるって意味もあんだよ」

 『じゃあ私も仲間に入れて貰えるのかしら?』

 「そこは慎重に行きてえな。スマンけど」

 『……まあ良いわ……それよりどこから入ったか、だったわね』

 「お、おう」


 アカン、すっかり忘れてたぜ!


 「忘れてたって顔ッスね」

 「うるせえ」

 『おじさんの書き置きにあった場所を探していたのよ』

 「おじさん? 書き置き?」


 定食屋の爺さんか親父さんのことか?


 『跡地に行ってその印を探せって』

 

 「跡地? 廃墟か?」

 『廃墟? まあそんなとこね』

 「場所は……母さんから聞いた、か?」

 『お母さん? 計算が合わないけど……?

 まあそこで色々と教えてもらったわ』

 「廃墟……だろ? 誰にだ?」

 『さあ? 正体は分からないわ。

 ただ、他に手掛かりも無いし』


 待てよ、コイツは何モンで何のためにそこまでして――


 『その印ってのが何なのかようやく分かったのがつい今しがたのことなのよ』

 「えっ、今!?」

 『“ヒクイドリの噴水広場”にある聖痕のことだそうよ』

 「セイコン?」

 ちょっと話が飛躍し過ぎじゃね?

 『聖遺物みたいなもんよ』

 「ちょっと待て、それってまさか……」

 『オッサンが付けたとかいう×印のことかもな』

 『え?』


 「ちょっと待てっての。まあ聞けっつっただろ。

 続きをだな――」


 『その書き置きが――』


 「! ああなるほど、それがこの封筒って訳か」

 『えっ!?』

 『えっ!?』


 ビックリするよなあ、やっぱり。

 だがまあその……×印が何なのか分かるまでの話の方がメッチャ気になるんだけどなぁ……



* ◇ ◇ ◇



 俺は二階から持って来た文箱を開けて見せた。


 「この箱は見えてっか?」

 『ええ、見えるけど何でそんなこと確認するの?』

 「見えねーこともあるってことだよ。

 んで中身の方は?」

 『年季の入った封筒と古そうなモノクロの写真?』

 「他には?」

 『封筒がもうひとつと紙切れが一枚。どっちも新しいわね』

 「封筒と紙切れ? ……おお、ホントにあるな。

 さっきからあったのか?

 オメーら見えっか?」

 『本当だ、いつの間に増えたんだ?』

 「オイラも見えるッスよ」


 湧いて出た訳じゃねーとすっとこのガイコツが出てきたタイミングか……

 ガイコツが先か、それとも……

 それに手を繋いでる間だけ認識出来るって可能性もあんのか。


 封筒に手を伸ばすが、素通りか……

 紙切れも同じだ。


 「これ読めねーか?

 俺が手に取ろうとしても見ての通りだからな」

 『オイラは両手が塞がってるから駄目ッスよ』

 『厶……俺にゃあ両方共見えねーぞ。

 ホントにそこにあんのか?』

 「まあ見えねーとそう思うよな」

 『アタシが読もっか?』

 「ああ、可能ならな」


 お、手に取った……

 しかし俺らから見たらガイコツがお手紙読んでる風にしか見えねーがコイツ本人は至って普通……の筈なんだよな。

 ホントはどんな奴なんだろーな。


 『何?』

 「あー、問題無けりゃ続けてもらって良いぜ」

 『読むわよ……何コレ? ヘッタクソな字ね』

 「感想は後にしよーぜ」


 『はいはい。えーと……

 “〈メモ 定食屋の兄ちゃん用〉

 俺はこの後お隣さんの状況を確認しに行く。

 それが終わったら奴らが言ってたことの確認。

 奴らが言ってたことってのは俺んちが奴らの詰所だって話のこと。

 奴らの仕事は検問たと言ってたが、検問してたのはここから大分離れた廃墟近くの林道だ。

 ウソをついてるようには見えなかったが、あの廃墟の関係者に何かされた可能性はあるかもだ。

 何で奴らが言ってたことを確認したいと思ってたのかといえば、それは俺自身のアイデンティティに関わる問題だからだ。

 とどのつまり、コイツはその廃墟絡みの話ってことだ。

 ちなみにあそこにあった詰所の入り口は施錠されてて入れなかったが、羽根飾りをかざしたらピッていう電子音がして開いたんだ。

 で、中に入ったらゾンビ軍団に襲われるわ戦争中の海に投げ出されるわで散々な目に遭った。

 極めつけは、頭がおかしくなって詰所のおっさんと一緒に灯油を頭からかぶって焼身自殺したってことだ。

 そこでそもそもの問題に戻る。

 俺は自分が焼け死んだのを覚えてる。

 じゃあ今ここにいる俺は誰だって話だ。

 今ここにいる俺は、気が付いたとき詰所の中にひとりで立ってたんだ。

 だからあそこが今の俺のスタート地点だ。

 しかもその詰所はあの廃墟じゃなくて親父の会社の詰所だった。

 おまけに……気が付いたら例の羽根飾りが無くなってた。

 もう訳の分からんことばっかだ。

 その中でも一番確かめたいこと……それは〈彼女〉が何者なのかってことだ。

 〈彼女〉は俺が焼け死ぬ前までテレパシーか何かでしきりにちょっかいをかけて来た。

 聞いた感じ、詰所を開けてに中に入ってから経験させられたことは全部〈彼女〉の差金っぽかった。

 どうやら〈彼女〉は俺を使って何かを成し遂げたい、そんな感じだった。

 しかし最後、俺が灯油をかぶり出したときはかなり慌てた感じだった。

 あのとき俺は他の誰かの干渉で頭がおかしい状態にさせられてたんだと思う。

 それもまた謎だ。

 一体何なんだ? 俺はそれを確かめたいんだ。

 最後に、一緒にあるこの封筒は定食屋の親父さんが俺宛てに用意した物だそうだ。

 恐らく自分が長くないってことを知ってから用意したんだろうな。

 だからまだ新しいし定食屋の兄ちゃんも存在を知らなかったんだろーな。

 まあこっちは後でゆっくり確認させてもらうとするぜ”』


 『情報量が多過ぎて処理しきれねえ……』

 『それにしても予想してたより大分重い内容だったわね……』

 「紙切れは定食屋さん向けのメッセージだったッスね?

 しかもこれ、書いたのおっさんじゃないッスか?」

 「そうだな……全く身に覚えはねーが」

 『ついでにゆーと俺も何のことやらさっぱりだぜ。

 俺宛てだっつーのによ』

 「そりゃ分かる気がするぜ。

 オメーは親父さんと八年前に別れたきりなんだろ。

 俺の知ってる定食屋の息子とは大分違う人生を歩んでるみてーだしな」

 『待って。さっきから言ってた見える見えないってのは……』

 「まあ想像通りのことだとおもうぜ」

 『あたしに見えないものはあたしが経験してないことに関わるもの……じゃあ見えるけど触れないってのは?』

 「多分今一緒にいるやつの影響で多少の縁か出来たからってとこかね。

 知らんけど」

 『ま、待って……じゃああんたたちの目にあたしがガイコツに映ってるのって……

 それに表に群がってたゾンビやバケモノたちももしかして……』


 バケモノが表に群がってる?

 さっきそんなこと言ってたか?

 そんな状況でコイツはどうやってここに辿り着いたんだ?

 ×印絡みとは言うが……

 まあその話は後だな。

 とか思ってる間に強制終了ってのがパターン化してっけど。


 「まあそう結論を急ぐなよ。

 確たる証拠は何もねーし事実関係も何もかも不明なんだ。

 確かに言えるのは今ここで俺らがこうしてるってこと自体が何かがどうにかなった結果らしいってことだけだ」

 『雲を掴むような話ね……』

 「それにだ。

 ここに書いてあんのはどっちかっつーと俺の個人的な問題だ。

 オメーらの探し人云々にはあんま関係ねえだろ?」

 「それは無理があると思うッス」

 『そうだぜ。結構ヤバそうな情報があったよーな気がするが……』

 『そうね……まずはこの“廃墟”と“詰所”ね。

 それにここにある“羽根飾り”が何なのかとか、〈彼女〉さんが誰でその目的がなのかとか……』

 『あとはその〈彼女〉って書いてある奴の他にも何か仕掛けて来たっぽいのがいたってとこも今の状況に絡んでんじゃねーか?

 それにだ』

 「おっさんが焼け死んだ後にその詰所に立ってたってとこがメチャクチャ怪しいッス!」

 『その一回死んでリポップしたっぽいってとこが怪しいのよね。

 だからこそ気になるのよ。

 じゃあ自分はどうなんだってね』


 リポップだ?


 「まあな、ところで一個確認なんだがその“リポップ”って言葉はどこで覚えたんだ?」

 『どこって……普通にネトゲ用語でしょ?』

 「なるほど……ちょっと脱線ていうか話を変えても良いか?」

 『まあ必要だっていうなら良いんじゃない?

 別にネトゲの話って訳じゃないのよね?』


 なるほど、ネトゲとかやる奴なのね……


 「脱線つーかこっちの封筒と写真だ」

 『ああ、確かにこっちもあらためとかねーとだな』

 「この封筒、大分古いよな」

 『写真の方が古いんじゃない?』

 「そうだな、多分写真は百年くれー前で封筒はちょっと分からんが多分五十年は経ってると思うぜ。

 それでだ。

 写真に写ってる人物の中に見知った顔はあったりするか?」

 『さあ? 無いわね……と、思ったけどこの人……』

 ん? この人は双眼鏡の元の持ち主か。

 「見覚えがある人物か?」

 『あるってゆーかこの人、書き置きをくれたおじさんだわ』

 「へ?」

 『ちゃんと聞いてた? 人の話。

 ここに書き置きを残してくれたおじさんがいるって言ったのよ』

 「待ってくれ、その写真は百年くれー前のモンだって言った筈だぞ。

 その書き置きを見たってのは一体いつの話なんだ?」

 『もう何年前か分からないわ。二十年以上ね……』

 「姉さんていくつ……」

 ポカッ!

 「あだっ!」

 『悪ぃな』

 『良いのよ、変だと思ったのはあたしも一緒だから』

 「あー質問を変えるぜ」

 『良いわ、でも分かる範囲でね』

 「簡単だぜ。その書き置きを見たのは西暦何年だ?」

 『2023年ね。そっちの認識も聞きたいわ』

 『今年は2042年だぜ』

 『実はそんなにズレはねえってか』

 76年説は消えた……か?

 じゃあ一体……?

 「多分オイラとおっさんの間じゃ一日単位のズレがあるッスよ」

 またコイツは……

 「そうだな、だがそれは後で話そう」

 『何? まだ何かあるの?』

 「あー、“空白の一日”みてーなのがあんだよな、世界的にだぜ」

 『俺は知らねーな』

 「ああ、完全にこっちの話だと思う。

 関係はあるかも知れねーが後にしとこーぜ」


 実はコイツが一番やべーネタだったりしてなぁ。


 「あとはこの封筒二つと書き置きか」

 「何かこういう年季が入ってるものって開けるのが勿体ないッスね」

 「構うか。開けよーぜ」

 『ちなみに俺宛ての方を先に見ても良い?』

 『封を切るわよ』

 「おう。しゃーねえな。つーかそれも触れるんか」


 ビリビリ……


 『えーと……

 “〈息子へ〉

 奴が困ってるときに力を貸してやれ。

 奴ってのは赤毛の俺の同級生のダチのことだ。

 ダチとは言うがトシはタメじゃねえ筈だ。

 ぶっちゃけた話、年寄りなのか子供なのか、男なのか女なのかも分からねえ。

 だが大事なのはそこじゃねえ。

 親父の受け売りになるがこれだけは覚えとけ。

 奴がどうにかなったとき、それはこの世がどうにかなっちまうときだってことだ。

 俺は一度だけ巻き込まれたことがある。

 奴はまるで知らねえフリをしてやがるがな。

 まあ表向きは奴が親父の恩人の息子だからだってことにしとけ”』


 『えっとォ……?』


 何じゃそりゃ?

 人違いか思い込みの類じゃね?

 つーか怖えよこのオヤジ!


 「だ、大丈夫ッスよ!

 もうどうにかなっちゃってるじゃないッスか!」

 『シャレになってねえ……』

 『これは引くわぁ』

 「ち、ちなみに書き置きの方には何て書いてあったッスか?」

 『封印されし我が魔眼が疼く……とか?

 それか、くっ静まれ我が右手よ! とかか!?』

 『そ、そんなこと書いてないわよ!

 第一何でおじさんとこの中二病オヤジが同一人物だって前提なのよ!』

 「じゃあ違うんか」

 『大体アンタのさっきの手紙だって客観的に見たらかなり頭イっちゃってる内容じゃない』

 「そりゃそうだがなぁ……ちなみにいっぺん死んでリポップしたっぽい感じになったって意味じゃそこのアホ毛だって同じだからな」

 『そうなの?』

 「えっ、あー?」

 「オイ、何でそこでその反応なんだよ」

 「すっかり忘れてたッス。

 てゆーかおっさんから聞かなかったらその話知らなかったッスよ」

 『ゴリラ?』

 「コイツがある日森の中でゴリラさんに会って、撲殺されたと思ったら警察の留置場にいたって話だよ」

 『意味が分からないわ。バカなの?』

 「バカッスね」

 「否定くれーしろよ、確かにバカだけどな!

 って脱線しちまったけどその書き置きの内容は?

 覚えてる限りで良いから教えてくんねーか?」

 「ゴリラはスルーッスか……」

 「話振っといて悪ぃがな」


 そういや例のメモ紙にも何か中二っぽいことが書いてあったな……

 そう思ってポケットをガサゴソする……お、これか。


 “今目にしたものを忘れないで”


 ……何だっけ……忘れたぜ! がはははは!


 『何ニヨニヨしてんのよ』

 「あースマン続けてくれ」

 『おじさんの書き置きってのはね、最初はバイトの子を探しに行くって話だったのよ』

 『バイト?』

 『定食屋さんのバイトの子よ』

 「てっきりあんたがそうなのかと思ってたぜ」

 『アタシはバイトじゃなくて被保護者だったのよ。

 何て言うか……孤児院の先生、みたいな』

 「なるほど、理解した」

 『理解したの?』

 「ああ、分かるしなるほどなとも思ったぜ」

 『そう……やっぱりおじさんに関してはそういう認識なのね』

 『待て、俺は分からんぞ?』

 「息子っつってもオメーが知ってる状況とは大分違うだろ」

 『確かにそうだが……』

 『で、その話の続きなんだけど、恩人のためだとか言い始めてね』

 「だんだん頭がおかしい内容になって行ったってか」

 『今となっちゃホントだったんだとしか言えないけどね』

 『“ヒクイドリの噴水広場”ってキーワードには俺も心当たりがあるがな』

 『本当?』

 『その現場はヒクイドリじゃなかったけど』

 『現場?』

 『俺が×印を付けた場所だよ』

 『×印って……それがおじさんの書き置きにあった“聖痕”なのかしらね?』

 『ヒクイドリじゃなくて不死鳥だったけどな』

 『何かが噛み合ってない感じね』

 『ヒクイドリって言葉に心当たりがあんのはまた別な理由なんだがな』

 『そういえば何の脈絡も無さそうな感じだなって思ったのよね。

 どんな理由なの?』

 『この紙切れにそのワードが現れたんだよ、現場にいたときにな』

 『待って、見えないわ。本当に手に持ってるの?』

 『俺にも見えねえ』

 「オイラもッス」

 「あー、とにかく誰かの伝言みてーなのがいきなり浮かび出てな、多分さっきの“彼女”の仕業なんじゃねーかと踏んでるんだが」

 『その〈彼女〉さんの特徴とかは分からないの?』

 「そうだな、声だけしか分からねえが若い女性って感じだ。

 何も聞かされてなかったら中学生位だって言われても分かんねーだろーな」

 『ふーん……』

 「何だよ」

 『別に。ただアンタの声がそのまんま当てはまるなって思っただけよ』

 『またそれか』

 『お互い様でしょ』

 『分かってるよ』


 これが目下の最大の謎だぜ……

 コイツだけならまだしも他にも同じこと言ってる奴がいたからな……

 


* ◇ ◇ ◇



 「しかし何でこんなことが起きるんだろうな?」

 『こんなことってのが何を指して言ってるのかは分からんけど激しく同意するぜ』

 「言っとくが俺と“彼女”は全くの別人だからな」

 『確かに見た目と声がそれっぽいだけで本人かどうかなんて分からないわよね。

 ただ、火の無いところに煙は立たないと思うのよね』

 「……あー、なるほど。確かにな」

 『皮肉は良いからね?』

 「いや、そういう意味じゃねーから」

 『じゃあどういう意味?』

 「俺らとアンタの間にどういう縁があるんだろーなって思ってな」

 『縁?』

 「だってそーだろ?

 客観的な視点だと自分が認識してんのと別なものに見えてるってさ。

 俺が思うアンタとアンタが思う俺ってのがあるんじゃねーのか?

 互いに初対面みてーな感じで話してるけどよ。

 つまるところそれが火の無い所にゃ煙は立たねぇってことなんだろ?」

 『なるほど、深いわね』

 『“おじさん”て呼んでた人がいただろ。例の書き置きの人。

 少なくとも定食屋とはただならぬ縁があった訳だな』

 『ただならぬって何か嫌な言い回しね』

 「我慢しろよ。他意はねえ」

 『分かってるわ』

 『さっきの写真の話だとその“おじさん”てのは俺の爺さんぽいよな』

 「だが最後に書きお気を見たのは2023年だったんだろ。

 計算が合わねえな。

 そこんとこどう思う?」


 さすがにコイツは本人もおかしいって思ってるよな。

 しかしどうもこのしゃべり方……うーむ。


 『そうね、でも確かにおじさんはこのお店の店主だったしこのモノクロ写真と同じ顔の人だったわ。

 他人の空似ってあるのかしら?」


 2023年だったら定食屋も分かる話だよな。


 「今の話聞いてどう思う?」

 『爺さんは既に亡くなってたし親父もこの人とは別人だぜ。

 一体何だろーな?』

 「俺もオメーの親父さんとは知り合いだが同じ意見だぜ」


 「眠いッス……」

 『じゃあ寝れば?』

 「酷いッス……」

 「じゃあ話に参加すっか?」


 「うーん……今お互いの見た目が違って見える位だから写真も同じなんじゃないッスかね?」


 『おお、なるほど!』

 『それはあり得るわね』

 『オメー時々有能だな』

 「そ、それ程でもないッス……ぐへへ」

 「オメーにクネクネされてもきめぇだけだから」

 『キモいわ』

 『キメェよ』

 「酷いッスよォ!」


 「話に戻るぞ。

 写真だけじゃなくてこの場所の景色やら何やらを引っくるめてどう見えてるか、それで事実関係が整理できる可能性がある、と……」


 『整理された結果どうするか……それは?』

 『まあ、どうにもなんねえんだろけど』

 『俺はおっさんの家だって場所に早く行ってみてえぜ』

 「おう、そうだったな」

 『何? この人の家? どういうこと?』

 「俺と定食屋の間でその部分の認識がズレてるらしくてな。

 俺の認識じゃ定食屋はここの二階に居住スペースがあってそこで暮らしてるんだ。

 だけどコイツ本人はな、この店は店舗だけの平屋、んで住んでた家は俺ん家と同じ場所に建ってたって認識らしい」

 『何で過去形なの?』

 『アンタと一緒で長ぇコトここを離れてたんだよ。

 まあ大体八年くれーだからアンタよりかは短ぇと思うけど」

 『そんなんでよく全員同じ場所に立っていられるわね。

 あ、だから仲良くお手て繋いでたんだっけ』

 「まあ、そういう訳だ」


 そうなんだよな。

 定食屋から聞いた話で大分話が繋がって来たと思ってたんだがなぁ……

 このガイコツのねーちゃん、コイツが何モンなのかがさっぱり分からねえ。

 何で急に出て来やがったのか……

 しかし“火の無ぇとこに煙は立たねえ”なんだよな……



 どんな理由っつーか背景があんのかがすげぇ気になるぜ。



 『でもよ、どうやって確認するんだ?

 そんなの本人にしか分からねえだろ?』

 「そうだな、その辺の風景とかお互いの風貌を話してみりゃ良いんじゃねーか?」

 『口に出してみると当たり前のことの様に思うけど、何にも確認してなかったわね』


 「まずは互いの見た目か」

 『ねて、アタシってガイコツそのものなの?

 ガイコツみたいに痩せてるとかじゃなくて?』


 「ああ、ガイコツそのものだぜ。

 ちなみに服は着てねえ。言っちまうと全裸だぜ。

 ぶっちゃけ、理科室の標本て感じだな」

 『俺にもそう見えるぜ』

 「オイラもッス」

 『マジで!? うぇぇ……』

 「イヤ、ガイコツにしか見えねーからそんなクネクネされても困るんだわ」

 『だってさあ……』


 「そういや前にここにいた奴はセーラー服着てたんだったな」

 『ちょっと待って何ソレ?』

 「ちょっと前に息子がここで似た様な状況に遭遇したことがあってな。

 俺は直接会った訳じゃねーんだけど」

 『ちょっと前? そんなに最近のことなの?』

 「感覚的には一日も経ってねえな。

 気付いてたか分からんけどここじゃ時間の概念があんのかも怪しいんじゃねぇか?」

 『あー、そういやぁさっきメシもトイレも必要ねえし夜も来ねえ、何でだって話はしてたな。

 だが俺ら以外の住人たちは普通にメシもトシも食ってたしちゃんと生活してたとも言ってただろ?』

 「このガイコツのねーちゃんがどっから来たのかは分からねえが、×印とか噴水広場なんて話が出て来るってことはある程度近いってのは間違いねえ」

 『つまり?』

 『こっちに来てこのかたメシもトイレも睡眠も必要無かったんじゃねーかってことだろ?』

 『試してみたことがないから分からないわ』

 『あ、やっぱそう? 俺もだわ。

 そういうのに気付いたのはこっち来ておっさんに指摘されてからだな』

 『でも何年も気付かなかったことに他人から指摘されたくらいのことで気付く訳?

 ここが特殊なだけなんじゃないの?』

 「でも腹減ったとかそういうのって皆無じゃなかったか?」

 『それがここだけの話かってのは分からねえ』

 「つーかここであーだこーだ言ってても埒があかねえ。

 もとの話に戻ろーぜ」

 『そうね、今度はアンタの番ね』

 「俺は還暦で赤毛のおっさんだぜ。

 着てる服もフツーのスラックスとワイシャツと上着だ」

 「オイラの目から見たのと変わらないッスね」

 『同じく』

 『違って見えるのはアタシだけか……』

 「具体的にはどう見えてるんだ?」

 『赤毛のショートボブ、小柄な女の子よ。

 格好は白地に黄色の刺繍か入ったローブを羽織ってるわね。

 あ、それと頭にさっき言ってた羽根飾り? を付けてるわよ』

 「マジか!? 何でそれを言わねえんだ」

 『いや、聞かれなかったから』

 「ちなみにその羽根飾りに触ってみてもらって良いか?」

 『……駄目だわ。すり抜けちゃうわね』

 「そこは認識がちがうのか」

 『俺の認識だとその羽根飾りは塔の女神像が手に持ってるからな、同じかもしれねえな』

 『そうなの? 塔は見たことあるけど中に入ったことは無かったわ』

 『この双眼鏡で覗いたらまた違って見えるんかね』

 『それがどうしたの?』

 「そういやその双眼鏡の話もしとらんかったな」

 『また何の脈絡も無い話?』

 『俺はコレを塔の中で見付けた。

 そしてこのおっさんに関わるきっかけになった。

 最初はこの双眼鏡で覗いてるときしか見えてなかったからな』

 『は?』

 「同じモンか分からんけど俺の認識だとソレの元の持ち主はさっきの写真で“この人がおじさんだ”ってアンタが指差した人物なんだぜ」

 『は? 何それ?』

 「まあ年代が一致しねーし他人の空似ってことで落ち着いてるから分からんけどな」

 『そうよね……でも定食屋さんが持ってたって事実がね……』

 「ああ、それは俺も気になっててな。

 また俺の認識の話になるんだが、ソイツは俺の爺さんから定食屋の爺さんの手に渡ってここの二階に保管されてた筈なんだ。

 んで元の持ち主の方は太平洋戦争で戦死してるらしいからな」

 『それをこの定食屋さんが塔の中で見付けた?

 何で?』

 『さあ? 俺には分からん』

 「その双眼鏡、こっちじゃ行方不明になってたんだよな。

 意外と同じモンだったりする可能性も無くはねーかと思ってるんだが」

 『それが縁てやつなのかしら?』

 「言われてみりゃそうだな……」

 「……」

 『……』

 『それで?』

 「分からん。

 分からんけど俺がしたかったのはコイツでアンタを見たらどう見えるかって話だ」

 『何それ』


 さっきの話の通りとするとこのガイコツ、歳の頃は三十某ってとこか。

 コイツで覗いたらどう見えんのか興味があるけどな。

 “双眼鏡は覗くな”ってアレが気になってしょうがねえんだよなぁ……


 『どれ、見てみるぜ』

 「お、おう」

 『……』

 「どうだ?」


 『……あんた、先生か?』

 『は?』

 「は?」

 「お隣さんスか?」



* ◇ ◇ ◇



 『何? はぁ? しか出ないんだけど。

 その先生って誰なの?』

 『アンタが俺の高校時代の担任の先生とそっくりに見えるんだよ』

 「おい待て、お隣さんは俺と同世代だぞ?」


 お隣さんは確かに俺と同世代だ。

 とはいえ、心当たりはある。

 このガイコツが76年にここで起きたアレの関係者だったなら十分にその可能性はあるんじゃねーか?

 お隣さんには確かにあの撲殺された女子高生の面影があるんだよな。


 『同世代って……ああ、さっき還暦だって言ってたわね』

 『隣ってのは……ああ、おっさん家の隣か』

 「あの、ぶっちゃけ姉さんて今いくつなんスか?」

 『これ言わなきゃならない訳?』

 「普通ならコイツのアタマを引っ叩いて終わりなんだがな……

 スマンけど教えてほしいんだわ」

 『はあ……しょうがないわね。アタシは今35よ』

 『何だと? とてもじゃねえが35には見えねえぞ』

 『失礼極まりないわね』

 「まあ抑えてくれ。おおかた認識の齟齬ってやつだろ」

 『何でもそれで片付けば良いのにね』

 「ガイコツが言っても説得力ねえな」

 『分かったわよ』

 「分かったんスか?」

 「うるせえ」


 『覗いてみっか? コレ』

 「いや、遠慮しとくわ。

 で、このヒトがオメーの先生に見えたってのは年齢的外見も含めてなのか?」

 『ああ、全くの同一人物じゃねーのかって位だぜ』

 「ナルホド」


 この双眼鏡の向こうに何が見えてるってんだ?

 つーか何なんだ?

 イヤ、双眼鏡だけじゃねーけどさ。


 『ん?』

 「どうした?」

 『何か聞こえねーか?』

 「ブザーの音とかじゃなくてか?」

 「何も聞こえないッスよね」

 『アンタが手に持ってるソレが原因なんじゃないの?』

 『双眼鏡から音がすんのか……つーかコレが双眼鏡なのは全員一致してんのか

 ……どれ、覗いてみっか』



 うーん……こう次から次へとコトが起きちまうとなぁ……

 まあさっきからの流れは周りも見てみよーぜってノリだったし結果オーライで良ィんかね。

 双眼鏡で見回してもらうのもアリっちゃアリか。


 ガイコツのねーちゃんが還暦のオバハンに見えるくれーだしな。

 しかしこのガイコツ、本人の言動からして本当に35なのかすら怪しいぜ。

 見た目なんかは各々の認識に引っ張られてっけど本人自身の認識は自分一人だけって感じなのか?


 そういやこんだけゴチャついてんのに同じヤツ同士がバッタリ出くわす、みてーなのは無かったよな。

 76年のココの映像だってそうだ。

 アレ、同じ顔のヤツが多分三人はいたけど登場したのは一人ずつだったよな?


 コレって人間とか知恵があるモノ場合だけに限られんのか?

 無機物とかは分かるが動物とかは見ねーし分かんねえな。

 てかコレって意図的なモンなのか?

 なら誰が?

 特定の誰か……なのか?

 いや、組織的なモノである可能性のが高けぇのか。

 共通点は何だ?


 慣れっこになっちまって認識の相違とかフツーに言ってるが、見た目の違いってのはそもそも何を表してる?

 同じ人間が同時に存在すんのはあり得ねえだろ。

 モノが透けて見えたり、見えるけど触れなかったり……つまりそれは……

 クソ、分かりそうで分かんねえぞ……


 じゃあそうなる理由が分かったらどうなるってんだ――



 『お?』

 「何だ?」

 『何かあるぞ』

 『何? どこどこ?』

 『そのテーブルの上だぜ』

 「俺には見えねーな」

 「オイラも見えないッス」

 『あ、それスマホじゃん』

 『見えんのか。何かピカピカ光ってっけど』

 「待て、スマホだと?」


 俺のか?

 いや、俺が持ってた奴はポケットに仕舞ってた筈だ。

 なら息子か?

 いやいや、スマホだからって俺らだけって訳でもねーよな?

 例えば……例えば?

 ……あの変なイントネーションでしゃべる奴……か?


 『そのスマホに心当たりでもあんの?』

 「いや、行方不明の俺の携帯かと思ってな」

 『行方不明ってどっかで無くしたんか?』

 「ポッケに仕舞いっ放しだったけどフツーに消えて無くなった」

 「携帯の日付見なくなったなーと思ったらそういうことだったんスか」

 『待て、消えて無くなったってとこはスルーかよ』

 『ちなみに日付を見るってのは何な訳?』

 「待受の時計がずっと2042年5月10日10時1分のまんま止まってたんだよ。

 何かあったときに一気に変わるんだけどな」

 『何それ怖っ!』

 『その日時には何か意味でもあんのか?』

 「さあな、分からねえ。

 ただ気になることがあってな」

 「息子さんの携帯ッスね?」

 『息子さん?』

 「ああ、息子の携帯の待受に表示されてる日時もずっと同じままなんだがな、えーと……2042年5月11日、12時24分だったかな……まあその辺の日時が表示されてるんだよ」

 『意味が分からないわ』

 『携帯としては仕えてたのか?』

 「ある時点までな」

 『ある時点て?』

 「えーと……いつだったかな……基本的にあんま着信がねーからな」

 「日付的には今日ッスよね?」

 「あー、まあそういうことになんのか」

 『そういうことになるって?』

 「こういう場所に飛ばされてからだと思うってことだよ。

 ここじゃ時間が経ってんのか経ってねーのか分かんねーからな。

 多分舞台装置みてーなヤツなんじゃねーかとは思ってるんだが」


 『舞台装置?』


 「だってそうだろ?

 こんな仕掛け自然発生的に出来ると思うか?」


 『確かにそうね。

 でもそうするともっと怖い想像になるわね』


 『待てよ、脅すなよ……それが本当なら俺の八年間は――』

 『ちょっと落ち着きなさいよ。

 言ったでしょ? アタシなんてもっと長いのよ』

 「それ以前に俺は自分の人生が怪しいけどな!」

 「何も問題ないのはオイラくらいッスね!」

 「いや、それはそれで問題あんだろ。

 オメー自分がキーマンだってこと分かってねーだろ」

 「ピーマン?

 確かにオイラの頭は空っぽだと思うッスけど……?」

 「ボケるタイミングかよ」

 『何だこのやり取りは……』

 『話の流れからしてその人が真ん中になって手を繋いでるのもそういうことなんでしょ?』

 「ああ、そういうことだぜ」

 「どういうことッスか?」

 「あのなあ……

 オメーはさ、俺が見えてるモノと定食屋がみてるモノ、両方が見えてるだろ。

 それにさっきまで繋がってた息子との通話、コレも繋がんのはオメーの携帯だけだったろ。

 俺の携帯は完全にモックアップみてーになってたからな」

 『だから二人してその人と手を繋いでるってことなのね。

 じゃあやっぱりアタシもその中に入ったら何か変わるんじゃないの?』

 「オイラガイコツになるのはイヤッスよぉ」

 『自分じゃ分かんないから大丈夫よ』

 「分かった、じゃあ手を繋いだら店内のモノを確認、その後は……電車ゴッコ状態のまんまで店の外に出る。

 これでどうだ?」

 『そうだな、それしかねえか』

 『そうよね、ずっとここにいる訳にもいかないなとは思ってたのよね』

 「もうお任せするッスよ……」

 「おー、偉い偉い」

 「何か納得行かないッスね……」


 「その前にその年季の入った方の封筒の内容を確認しとかねーとな」

 『アタシが開けて良いのよね?』

 「ああ、頼むぜ」

 『封を切るわよ?』


 しかしまだ何か忘れてるよーな……


 ビリッ……


 ガコン!


 『ッ!?』


 何だ!?



* ◇ ◇ ◇



 「どうしたッスか?」

 「今の聞こえたよな?」

 「何スか?

 少なくともおっさんのオナラは聞こえなかったッスよ?」

 「ボケるとこかよ……ってアレ?」

 「おっさんがボケたんじゃないッスか?」


 な、何だ?

 と思ってキョロキョロ。

 うん、定食屋だな。

 そして……定食屋とガイコツのねーちゃんがいねえ。

 つーか……


 またかよ、オイ!


 『どうしたんだ、父さん』

 「へ?」

 「膝カックンが必要ッスかね?」


 待て待て待て待て、コレ場面転換なのか?

 さっきのでけー音、これで何度目だ?

 どう考えてもアレがきっかけだよな!?


 「えーと……ボコボコのヨロイ着た髭面は?」

 「何スかそれ?」

 『そんなのがそっちにいたのか?』

 「オイラは知らないッスよ」

 「ちなみにそっちはオメーひとりか?」

 『ああ、そうだけど』

 「ずっとか?」

 『ずっとだよ』

 「さっきから何なんスか?」

 『何か様子がおかしいな。質問の理由を聞いても?』

 「ああ、端的に言うと俺は今別な俺になったんだぜ?」

 『はい?』

 「はぁ?」


 いや、コイツは語弊があんのか?

 じゃあ今までここにいた俺はどうなったんだって話になっちまうしな。

 ……てか、どうなったんだろーな?

 今の俺はさっきまでの俺で……

 こういうのって俺だけなのかね?

 そもそもコレ場面転換て理解で合ってるのか?

 

 「俺も状況がまだ分からねえんだ。

 いくつか確認させてくれ。

 俺はここでさっきまで何してた?」

 「オイラと一緒におっさんの家からこっちに移動して来たとこッスよ」

 「まだ着いてすぐってとこか?」

 「そうッスよ」

 「つーことはまだ二階を見に行ったりはしてねぇってことか」

 「まだッスね。見に行くって話はしてたッスよ」

 「つーかここが二階建てだって認識は俺と一致してるか?」

 「逆に一致してなかったことなんてあったッスか?」

 「なるほど、その点では俺と認識は一致しねー訳だ」

 「つまりおっさんが頭おかしいってことッスね」

 「オメーは一言多いんだよ」

 ペチッ!

 「あ痛っ!

 引っ叩くにしてももう少し優しくしてほしいッス」


 「あー、じゃあ息子の方に聞くぜ。今俺ん家?」

 『ああ、そうだよ。

 父さん、移動ってのは“別の作りものの場所”から移ってきた、そういうことだよね』

 「おう、その話はした後だったか。

 ウチに来る前はこっち……定食屋にいたりしたか?」

 『ああ、父さんと電話で話しながら色々調べたよ』

 「てことは昭和レトロな店内も見てるな?」

 『ブラウン管テレビとか1976年3月のカレンダー、あとはピンク電話か』

 「なるほど、じゃあ定食屋で自称女子高生のガイコツにも会ったな?」

 『骸骨? 死体遺棄事件か何かか?』

 「いや、しゃべるガイコツだよ。殺人事件の被害者には違い無さそうだったが」

 『何だそりゃ』

 「やっぱり頭おかしいッスね!」

 「うるせえっつの。

 レトロな店内もその76年3月の出来事に関連してると思ったんだがなあ」

 今の反応からすっとアホ毛も知らねえか。

 しかしピンク電話がアリでガイコツは無しか……


 うーむ……?


 『その昭和な店内で何があった?』

 「その話がまるっと抜けてる感じか?

 定食屋の先々代が店内で女子高生を殴り殺したのが76年3月。

 でもってその女子高生がふっ飛ばされて転がった辺りにセーラー服を着たガイコツが木箱を持って転がってたんだよ。

 言っとくが俺は直接は見てねえからな?

 会ったのはオメーで俺は通話越しに聞いてた感じだ」

 『発見した、じゃなくて“会った”なんだね?』

 「そうだ、オメーがお姫様抱っこしたらしゃべり出した」

 『俺が? 骸骨を? お姫様抱っこ? 何で??』

 「作り物っぽい場所とかその記憶が再生される条件とか……そんとき色々と議論したんだがなあ」

 『お姫様抱っこと何か関係あるの?』

 「そんときの昭和店の風景と絶対何回関係あると思ってたからな。

 まああちこち調べんのに連れてったらどうなんの? って話になったんだよ」


 しかし当時の定食屋は居住スペースのねえ平屋建てだったんだよな。

 外に出ねーで二階に行ってたらどうなったんだろーな?


 「一応聞くが定食屋は何階建てだ?」

 『二階建てだね』

 「昭和な店内には二階に行く階段なんて無かったよな?」

 『そういえば無かったな』

 「あ、そういえばなんだ」

 『行こうとも思わなかったな』

 「俺は何も言わんかったのか」

 『うーん……多分ね』


 始めっからなのかそうじゃねーのかがビミョーに分かりづれーなぁ。


 「ちなみにこっちにいるアホ毛ヤローを経由して通話してるっつーことは……今家に帰ってもオメーには会えねえ感じか」

 『ああ、そこは一致してるね』


 「俺ん家で孫とオメーの嫁とでBBQやってたのは?」

 『また訳の分かんない話が出て来たよ……』

 「そうか、それもナシなのか……」

 『その反応、何か重要なイベントだけ選択的に経験してない感じにさせられてるのか?』

 「ああ、今更だが怖えー話だぜ」


 させられてる? 本当にか?


 そこで例のでけー音が鳴ったんだよな。

 そしてそんとき息子と孫は“彼女”に遭遇してた可能性があんのか……?

 何かピカっと光ったとか何とかとも言ってたな?

 ソイツが過去の記憶なのか現在進行形で起きてたことなのか……


 「アホ毛の方にも聞くぜ。

 こっちに来て警報みてーな音は聞こえなかったか?

 ビビービビーって奴だ」

 「あ、そういえば鳴ってたッスね」

 そういえば、だと?

 「それはこっちに着いた後か?」

 「そうッスね」

 「どうやったら止まった?」

 「何もしてないッスね。いつの間にか止まってたッス」

 「そりゃ変だな。俺は気付いてなかったのか?」

 「おっさんは聞こえてない感じだったッス」

 「そういうことがあったら言えよな」

 「気が付かなかったッス?」

 『父さん、俺もそういう音は聞いてないな』

 「そうか……」

 まあ、息子は聞いたこともねーだろーな。


 携帯はねえか……ってテーブルの上にあった!?

 コイツはもしかして定食屋が双眼鏡で見たってヤツなのか?


 案外定食屋とガイコツがまだその辺で見てたりしてな……

 双眼鏡で覗く、か……


 着信お知らせのランプが点滅してるとこも言ってた通りだぜ。

 ん?

 てことはアレはフリーズしてねえ状態なのか……!


 どうやら時間が戻った……って訳じゃなさそうだな?

 何かおさらいさせられてるみてーで気持ち悪いぜ。

 いくら何でも単に過去の記録の再生を見せられてるだけなんて訳じゃねーよな?


 まさかとは思うがコレ、あの古びた封筒と何か関係あったりすんのか?



* ◇ ◇ ◇



 「なあ、そこの携帯って誰のか分かるか?」

 「携帯? そのタブレットのことッスか?」

 「タブレット? そんなデカかねーだろ」


 そう言って手に取ろうとしたが……すり抜けた。

 そうか、俺の携帯とは違うのか……

 じゃあこの着信ランプはなぜ光ってる?


 『父さん、そっちで何か見つけたのか?』

 「あ? ああ、携帯がテーブルの上に一台転がってたんだがな」

 「携帯じゃないッス。タブレットッスよ、サイズ的に」

 『そうなの?』

 「いや、携帯だぜ」

 「タブレットッス!」

 『もう、一体どっちなんだよ』


 何でそう見えてんのか、お互い理由があるんだよな、

 そいつが分ればなあ。


 『【ビビービービビービビー】』

 

 「警報だ!?」

 『警報? これが?』

 「そのタブレットから聞こえてるッスよ?」

 『着信音か何かなんじゃないの?』


 着信音……?

 そういや俺の携帯はSIM抜きっ放しだったよな。

 じゃあコイツはモノが違うってことか……?

 いや、そもそもここじゃ関係ねーのか。


 「で、そのタブレットって誰のなんだ?」

 「誰のっておっさん家から持って来たッスよ」

 「俺ん家? お隣の掛け時計じゃなくて?」

 「何スかそれ? おっさんの家から持って来たッスよ?

 何かあるかもしれないから持って行ってみるかって言ってたのはおっさんの方ッスよ?」

 「あー、ソレってもしかして母さんの遺影とほとんど同じ構図の写真のヤツか」

 「そうッス、それッスよ」

 「ちょっと待て、オメーそれ覚えてんの?」

 「ちょっと何言ってるか分からないッス!」


 てゆーか……定食屋に行くなんて話してたっけか?

 俺ん家で遺影と位牌がどうとか言ってたときって息子はまだここにいたんじゃなかったっけ?

 それに俺が行こうとしてたのもここじゃなかったよーな気が……

 どこだったっけ?


 『父さん、遺影って仏壇のやつ?』

 「ああ、ちなみにそっちに遺影と位牌はあるか?」

 『あー、それは分からないな』

 「ん? 今俺ん家にいるんだよな?」

 『そこはほら、今メチャクチャな状態になってるから。

 誰かに荒らされてただろ』

 「そこまで話が戻るんか……」

 『それが元々は仏壇に飾ってた液晶パネルだって話なのか』

 「ちなみに俺は液晶パネルなんて飾ってねーぞ。

 知ってるよな?」

 『まあ見たことも聞いたこともないしね』

 「元々あったやつの他にもう一組あったって話なんだがな」

 『そうなの?』

 「そうッスよ!」


 ん?

 てことはつまり片手にタブレットを持ってもう片方の手を俺と繋いでもらって、例のワードを言ったら何かあるってことなのか?


 つーかさっきまで繋いでた手はどーなったんだ?

 いつの間に離れたのか分からんけど、今左右ともフリーなんだよな。


 「なあ、そのタブレットの画面って今どうなってるか見れたりするか?」

 俺の目には画面が暗転してて着信ランプが明滅してるスマホしか見えてねえからな。

 「そりゃもう。でもただの写真……じゃないッスね……」

 「文章とかか?」

 「写真ッスね、遺影じゃなくて記念写真か何かっぽいッス」

 「記念写真? 何の記念だ?」

 「祝・開店とか書いた花が並んでるッス。

 もしかしてこのお店の開店祝いとかッスかねえ」

 「開店記念だ?」

 この店っていつ出来たんだっけなぁ。

 『この写真とさっきから鳴ってるやかましい音とで何の関係があるんスかね』

 「そもそもコレって何を知らせる音なんだ?」


 着信か、メールか、それかアラームとかか?

 まさかホントに警報ってことはねーよな?


 「ちょっと触ってみるッスか」

 「出来るんならな」

 「うーん……それにしてもどっかで見たことのあるメンツッスねぇ」

 「どっかってどこだよ」

 「さあ? 何となくそう思っただけッス!」

 「テキトーなこと言って混乱させんなよ」

 クソォ……自分で見れねえのがもどかしいぜ。

 「この恰幅の良いおばちゃん、どっかで見た様な……」

 「あ? 八百屋のおばちゃんか?

 いや、それだと時代が合わねーのか。

 それがいつどこで撮った写真かは知らんけど」

 「この写真で並んでるメンツってここ何日かの間で会った人たちに雰囲気が似てるッスよ」

 「似てる? てことは少なくとも本人じゃねーってことか?」

 『それか本人の若い頃とかじゃない?』

 「俺って写ってるか?」

 「おっさんに似た人はいないッスね」

 「そうか……」

 「お隣さん夫妻、駐在さん、息子さん夫婦とお孫さん、刑事さん、定食屋さん……あ、姐さんとボスっぽい人もいるッスね。

 あと知らない人も何人かいるッス」

 『俺もいるの?』

 「オメーは?」

 「オイラは……いないッスねぇ……あ、でも相棒っぽいのはいるッス」

 「そうか、オメーとお仲間……なのか?」

 『何で疑問系なの?』

 「オイラとお仲間なのがそんなに嫌なんスか?」

 「なあ」

 「何スか?」

 「ホントのところ今日って何月何日なんだろーな。

 イヤ、唐突なのは分かってんだけどよ」

 「さあ?

 5月10日を過ぎた辺りまでしか分からないッスね。

 ちなみに息子さんの携帯は11日になってるって話だったッスよね?」

 『10日を飛ばしていつの間にか11日になってたって感じかな。

 でも何で急にそんなこと聞くの?

 その写真と何か関係があったりとか?』

 「今日は5月4日だって言い張るヤツらがいただろ」

 『いたけど』

 「そこのアホ毛がまさにそういう類のヤツだと思ったんだがな」

 「オイラはそんなこと言ってないッスよ?」

 「だが前に出くわした検問詐欺の連中は違ったぞ」

 「だから検問詐欺なんて知らないって言ってるッスよ」

 「それな」

 『それ?』

 「何スかそれ?」

 「あそこで何があったんかなーって疑問がだな」

 「あそこってどこッスか?」

 「でだ。俺と手を繋げ」

 「へ?」

 『へ?』

 「スイッチ」


 ………

 …


 〈【ビビービビービビービビー】〉


 お……!?

 と思ったけど何も変化無しか?


 〈オイ、何かヤベーのが出て来たってよ〉

 〈うるさい、うるさい、へんなおと〉

 〈何? 何も聞こえないよ?〉

 〈開店即閉店待った無しか!〉

 〈やべー…へいてん……?〉

 〈この子に変な言葉教えないで下さいね〉

 〈んなこと言ってる場合かよ〉


 「アレ? お前ら何かしゃべった?」

 「しゃ、しゃべってないッスよ!?」

 『何? そっちに誰か来たとか?』

 「誰も来てねーけど何か話し声が聞こえた」

 「オイラにも聞こえたっッスよ!

 “ヤベーのが来た”とか何とかって言ってたッス」

 『まさか写真の人たちが動き始めたとか?』

 「怖いッス! ホラーッス!」

 「まあ落ち着け。声が聞こえるだけだろ。

 取り敢えず様子を見よーぜ」


 〈奴らどこから来やがった〉

 〈どこってアッチからに決まってんだろ〉

 〈暴走かよ〉

 〈分からん〉

 〈前はどうやって戻したんだ?〉

 〈再起動じゃないの?〉

 〈んなこと出来んのか? そもそもどうやって行くんだよ?〉

 〈分からん〉

 〈町まで来たらどうするんです?〉


 〈そ、双眼鏡……双眼鏡っす〉

 〈どう? 何か見える?〉

 〈姐さん、そこに知らない誰かがいるっす〉


 「えっ、俺?」

 「いや、違うと思うッスけど」

 「だよなあ」


 てゆーか「奴ら」って何だ?


 〈何だそれ〉

 〈俺か?〉

 〈いや、違うと思うっすけど〉


 「ほら、あちらさんも同じこと言い始めたぜ」

 「おっさん、テレビとお話してる人みたいッスよ」

 「うるせえ」

 『後で何が聞こえたか教えてくれよ』

 「おう」


 後でか……フラグだな。

 

 〈奴らが町まで入ってきたらどうする?〉

 〈施設だけは死守しねーとな、姐さん〉

 〈いえ、皆さんの安全を最優先に考えるべきですわ。

 逆に施設を利用するのもひとつの策として――〉

 〈そりゃあダメだぜ、死んでったアンタのお仲間を弔う神聖な場所なんだろ。俺らだってそこまで恩知らずじゃねえぞ〉

 〈そうです、他に出来ることを考えましょう〉


 何か物騒な話ししてんなあ。

 しかし姐さんてのはもしかしなくても例の息子の嫁にソックリな人……じゃねーよな……

 それともう一人の女性の声、八百屋のおばちゃんか?

 おばちゃんが姐さんじゃねーんだな。ちと意外だぜ。

 ってコレも俺が知ってる本人じゃねーのか……

 この携帯……もといタブレットの画面に写ってるって場所が舞台なら昭和20年て訳でもなさそうだしな。

 それに孫っぽいのもいたが関係性がどうにも分からねえな。


 今聞いてるコレはいつ、どこであった出来事なんだ?


 〈生贄の壺に蓋をすることが出来れば良いのですが〉

 〈何度聞いても物騒な名前だな〉

 〈実際物騒なんだから仕方ないだろ〉

 〈例の“特殊機構”の目処は付いてるんだろ?

 ソイツは使えねえのか?〉

 〈使えるか使えないかで言うと、ギリギリ使えるかもってとこかな〉

 〈問題は?〉

 〈あの壺と同じなんだよ。

 動かすにはエネルギー源が必要だ。それに……〉

 〈それに?〉

 〈結局はどうやってあそこまで行くのかって話か〉

 〈その双眼鏡を使って何とか出来ねえのか?

 今だって誰か知らねえ奴がいるんだろ。

 何とかしてそっち側に行けるんならまだ道はあるんじゃねえのか?〉

 〈だがそれをやるには“特殊機構”が必要だ。

 本末顛倒じゃないか〉

 〈それならわたくしが参ります。やはり施設を利用するしかありませんわ〉

 〈しかしアンタは……〉

 〈以前も申し上げましたがわたくしはとうの昔に滅びた存在の残滓に過ぎません。

 お気になさらず〉

 〈だが……〉

 〈では他に方法がありますか?〉

 〈……分かったよ〉

 〈それと、これを〉

 〈手紙?〉

 〈あの人がいつか来る日のためにしたためたものですわ。

 元々今日お渡ししようと思っていたのですが、お渡しするのと同時に開封することになるとは夢にも思いませんでしたわ〉

 〈“特殊機構”絡みか〉

 〈はい。それと彫像の人物について書いてありました〉

 〈昔中庭にあったやつかい? あれは鋳潰されちまっただろ〉

 〈鋳潰されたってのは単なる噂だろう。あれは石か何かで出来ていた筈だ〉

 〈ええ、それにあれはレプリカだと思っていたのですが〉

 〈どういうことだ?〉

 〈そもそもあの中庭はあんたがデザインしたもんなんだろ〉

 〈そうなのですが、あの彫像は別なのです〉

 〈別? 奴が作らせたとかか?〉

 〈いえ、いつからあの場所にあったのか誰にも分からないのです。

 誰がどのようにして持ち込んだのか……それもついに分かりませんでしたわ〉

 〈手紙に書いてあったってことはさ、奴はモデルになった人物のことを知ってたんだろう?〉

 〈そうなのですが〉

 〈何だ、違うのか?〉

 〈ええ、ごめんなさい。でも大丈夫、心配は無用ですわ〉

 〈?〉

 〈いつかまたこの場所で〉

 《 スイッチ 》

 〈あっ――〉



 ………

 …



 ……はっ!?

 ア、アレ?


 「おーい、おっさん?」

 「ほへらー」

 「おっさんがアホになったッス!」

 「うるせえ」

 ぺちっ!

 「な、何だって……おわっガイコツぅ!?」

 『何よ、失礼極まりないわね!』

 『おっさん、頭は大丈夫か?』

 「お、おう……?」


 アレ? さっきのは一体……?


 『ほら、封を切るわよ?』

 「そ、そうだった。良いぜ、開けてみてくれ」


 えーと……何がどうなった?



* ◇ ◇ ◇



 「……と思ったけどちょっと待った」

 『な、何よ……危うくビリっとやっちゃうとこだったじゃないのよ』

 『急にどうしたんだ?』

 『そうよ……説明してほしいわね、その格好が何なのかも含めてね』


 危うくっつーかさっきちょこっとだけビリッとしてた様な気がするんだが……

 つーかその格好ってどんな格好だ?


 「スマン、もう一回あそこを双眼鏡で覗いてもらえねーか?」

 『もう一度? まあ見てやるけどよ』


 この反応……やっぱさっきと違うぜ。

 双眼鏡も別モンなのかね。


 「どうだ?」

 『うーん……一面赤茶けた石コロだらけの荒野って感じだな。

 ペンペン草も生えてねえ』


 マジかよ。

 あいつらはどーなった?

 つーか店の外はどうなってたんだ?


 「空は錆色、オメーらがさっきまでいた場所に近い……か?」

 「おう、そうだな」

 『何なの? それ。

 中にフイルムが入ってて立体写真が映るおもちゃ、とかじゃなさそうね?』

 『知らんけど偶然手に入れた』

 「死後の世界でも見えるんスかね?」

 「そうかもしれねえな」

 「ホントだったら怖いッスね……」


 意外とマジモンだったりしてなぁ……


 『でも何で急に“もう一覗いて”なんて言い出したんだ?』

 「あー、それ気になってたんだよな。

 さっき一回見てもらった筈なのにな」

 『いや、ここじゃ初めてだぜ?』

 「だろーな。そうだと思ったぜ」

 『ちょっと意味が分からないんだけど?』

 「まあ、単に俺がさっきまでの俺と違う俺になってるってだけの話だろーな」

 『その話は聞いたな、意味は分からんけど』

 「さっき双眼鏡でそこのガイコツの姉さんを見てもらったらお隣の奥さん、つまりオメーの先生に見えた、そう言われた。

 んでその後店内を双眼鏡で見回してもらったら着信ランプがピカピカと光ってる携帯を見つけた。

 さらにその後その古い封筒の封を切ることになってちょっとビリッとやったとこでガコンて音が響いた……

 どうだ? 多分オメーらの認識と違ぇだろ?」


 トシを聞いたって話はしねー方が良いよな!?


 『確かに見ての通りまだ封は切ってないし、そんな大きい音なんて聞いてないわね』

 「それが違う俺だって言った根拠だよ」

 『それはこっち目線でも同じだわ。

 だってアンタの見た目が急に変わったんだから。

 それを説明してほしいわね』

 『えっ、そうなの!?』

 「そうなんスか?」

 「そうなのってそこはコイツらと違うのか」

 『だって、そこのお兄サマたちはアンタのことオジサンに見えるって言ってたじゃないの。

 そもそもが違うのよ』

 「なるほど。で?」

 『見た目が酷くなってるのはどういうことなの?

 髪はボサボサだし乾いた返り血か何かで頭の羽根飾りからつま先まで全身真っ黒よ?』

 「マジで? 俺って今そんなにワイルドなカッコしてんのか」

 『俺には特段変わった様には見えねーけどな』

 「同じくッス」

 『とにかくたった今ボス戦が終わったとこみたいな感じに見えるんだけど、大丈夫なの?』

 「大丈夫も何もそんな自覚はねーからな」

 『本当に? 見たとこ怪我とかはしてないみたいだけど』

 「だから自覚がねーんだってば。

 それよかさ、今コイツと手ぇ繋いでる状態だろ?

 繋いでる手も汚れてんのか?」

 「お、オイラの手に血なんて付いてないッスよ?」

 『言われてみれば……手まで赤黒く染まってるのに汚れが全く移ってないわね』

 『今オッサンの手が血塗れになってるってか?』

 『ええ、でもそっちのお兄さんの手に血は全く付いてない状態よ』

 「怖いッス!」

 「怖ぇからって手は離すなよ」

 「うぅ……分かんないけど分かったッス」


 俺が血塗れに見えるってのはさっきの“奴らが来た”とか何とか言ってたやつと関係があると見てまず間違いはねぇだろーな。


 それに最後のアレだ。

 壺がどうとか言ってた気がするが……何のことだ?

 あの後どうなった? 最後にスイッチと言ってたのは誰だ?


 定食屋が双眼鏡で覗いた先にあったモンが全て無くなって無人の荒野になってたってことは……あの場所が消えて無くなったってことを意味すんのか?


 スイッチってのは誰かが作ったバッチを叩くトリガーみてーなもんだとばかり思ってたが……


 それに目の前のこのアホ毛野郎、コイツが何気にキーマンなんじゃねーかって気がすんだよな。


 『その顔……何か心当たりがあるって感じね』

 「クソ……不公平だぜ」

 『何が?』

 「だってガイコツは表情なんて分かんねーだろ?」

 『だからガイコツはやめてって言ってるでしょ』

 『そういやこのオネーサンを双眼鏡で見たら隣の奥さんに見えたって言ってたよな?

 ちょっと見てみっか……って本当に先生だぜ。

 どういうこった!?』

 『話を逸らそうとしても駄目よ。何なの? その格好は』

 「まあ待て。ガイコツのねーちゃんは服を着てねえだろ?

 そしたら双眼鏡で覗くと素っ裸なのか?」

 『ちょっと! 良い加減にしないと怒るわよ?』

 『お、おっさん。実を言うと……その……』

 『な、何ジロジロ見てんのよ!』

 『服はちゃんと着てるんだぜ』

 「だろーな。そーだと思った」

 「ズコー、ッス!」

 「何でオメーがズッコケんだよ」

 『全く……人騒がせな奴ね』

 「まあ俺の見た目があんたが言う程違うんだったらカッコも含めたもんだろーしな」

 「そ、そうッスね。プラカードを持ったゴリラがいる位ッスからね!」

 『何だそりゃ』

 『そうよ、もうちょっとマシな例えを考えなさいよ』

 「ゴリラねぇ……なるほど」

 『何でそこで納得すんだよ』

 「じょ、冗談のつもりで言ったんスけど……」

 「何だよ、プラカードを持ってただなんて言うから本気だと思っちまったじゃねーか」

 「?」


 やっぱ詰所に入ってるよな、コレ。

 やっぱキーマンはコイツだな。


 『そんなどうでも良い話なんて後ですれば良いでしょ』

 「じゃあ逆に聞くがな、何でそんなに俺の外見の変化にこだわるんだ?」

 『だってそうでしょ?

 目の前でいきなりパッと変わったんだから』


 もう一個、そもそも何で俺が中学生くれーの女の子に見えてんのかって疑問にもそろそろ答えてほしいもんだぜ。

 このガイコツのねーちゃんだけじゃねぇからな、何か共通点がある筈だ。

 そのうちこの前のヤツと同じことを言い出すんじゃねーかとも思ってたがそんな感じじゃねーし、何の因果があってそう見えてんのか……


 「俺が聞きてえのはな、今の俺の姿に何か心当たりでもあんのかって話だ」

 『そりゃあ、あるわよ。だってアンタはあのときの――』

 『あのときって何だよ、分かるように言えよ』

 『あのとき……の……? あ……?』

 「何だ、どうしたってんだ?」

 『あれ? アタシ……あ…あ……あ゛、ア゛、ヴ……ァォォァ……』

 「お、オイ、何だってんだ!」

 「ホラーッス! ゾンビッス」

 『マジか! シャレになってねえぞ!?』

 『ガアアア』

 「うおっ」

 「ひいっ……ッス!」

 『ちっ』

 「おい、やめろ!」

 『んなこと言ってる場合かよ! うらっ!』


 ザシュッ!

 ドスン! ゴロゴロ……


 「ひ、ひぇぇぇ……ゾンビの生首ッス!」

 『ゾンビは首を切れば止められんだよ』


 マジか……歴史は繰り返すってか……

 客観的に見たらあの出来事と同じ――いや、首を落としてる時点で……って冷静に分析なんてしてる場合じゃねーよな。


 「オイ、双眼鏡でこのゾンビを見てみろよ」

 『何でぇ……ってまさか……!』

 「隣の奥さんだろ」

 『待ってくれ……今俺は先生を殺したのか?』

 「さあな……それは分からん」


 今のは偶然なのか?

 そもそもガイコツが急にゾンビになるとか脈絡が無さ過ぎんだろ……


 『……もしかして今まで俺がぶっ殺して来た奴らも……?』

 「大丈夫だ、多分何か裏があるんだよ」

 『だ、だよな……』


 そうとでも思っとかねーとやってらんねーだろ、こりゃ。



* ◇ ◇ ◇



 「でも死ねば出れるんスよね?」

 『はあ? 出るってどこにだよ。死んだらそこまでだろ』

 「例のゴリラか?」

 「そうッス!」

 『ゴリラ?』

 「さっきのプラカード持ったゴリラの話だよ」


 ゴリラの話が出るっつーことはドロボーさんの話とか鑑識さんの話とかも振ったら分かるんかね。

 

 「ゴリラが持ってたプラカードに――」

 『んなこたどーだって良いんだっつーの」

 「死ねば出れるって書いてあったッス」

 『出れるって何だよ。先生もこっから出たってか?

 どこから出てどこに戻って行ったってんだよ。

 何なんだそのゴリラってのは。

 何なんだよこのゾンビは。

 何なんだよさっきのガイコツはよォ!』

 「まあまあ落ち着けよ、オイ」

 『これが落ち着いていられる状況かっつーの』

 「今までだって落ち着いてられる状況なんかじゃなかっただろーに。

 おかしいぞ、オメー」

 『おかしいのはオッサンの方だろーが!』

 「ま、まあまあ。落ち着くッスよ。

 例えばみんなで死んでみるとか、試してみたらどうッスか?」

 「できるかボケ」

 ぺちっ!

 『オメーらよーやるな、首無しゾンビが転がってる前でよォ』


 うーん……そうなんだよな。

 何つーか……やっぱ現実感の薄い環境のせいだろーな。


 しかし急にゾンビになった……だけじゃなくて何か理性も吹っ飛んだ感じだったよな。


 何がきっかけだ……?


 『おい、おっさん』

 「ん? 何だ?」

 『おっさんが全ての元凶っつーか原因なんじゃねーのか?

 色々ともっともらしいこと言ってるがよォ』

 「何だと?」

 『さっきだってそうじゃねーか。

 ガイコツのねーちゃんからはおっさんが何か別のモンに見えてた、じゃあそれは何なんだって問答がきっかけだったろ。

 でもってそこを突き詰めようとしておっさんが問い詰めたのが引き金になった。

 あんた、何なんだ?』

 「何なんだって言われても俺は俺だってしか答えられねーぞ。

 てゆーかさっき親父さんの手紙読んだばっかだろ」


 とはいえ、こいつは否定できねーな。

 確かにそういうタイミングだったが……


 「あの、そんなに気になるんならその双眼鏡で見てみるのが良いんじゃないッスかね?」

 『おう、言われなくてもそうしようと思ってたとこだぜ』

 「そもそもオメーがこの店に入って来たときもその双眼鏡がきっかけだったよな」

 『ああ、そうだな。

 ちなみにおっさん、話を逸らそうとしてんじゃねーよな?』

 「当たり前だろ、それも事実だ」


 定食屋は双眼鏡をためつすがめつしながら俺を一瞥して続ける。

 ……これさっきのガイコツとの問答と同じ流れなんじゃね?


 『おっさん、噴水広場の×印の話は覚えてるよな?』

 「ああ、もちろん」

 『ガイコツのねーちゃんも反応してたよな』

 「覚えてるぜ。

 『“ヒクイドリの噴水広場”の“聖痕”』がどーたらって話だろ」

 『ガイコツのねーちゃんはよ、その×印が何なのかを突き止めたって言ってたよな?』

 「ああ、そういえばそんなこと言ってたな」

 『そしてそれを描いたのがおっさんだったと』

 「確かにそうだな。まあ、俺“かも”って話だ。

 だがもう一個見逃せねえ話があっただろ?」

 『厶? 何だ?』

 「そのねーちゃんに置き手紙で指示を出してた“おじさん”て人物の話だよ。

 確かオメーは“俺の爺さんかも”とか何とか言ってた筈だ」

 『だが俺の知る爺さんはその置き手紙の話の時点でとうの昔にくたばってたんだぜ。

 おっさん、あんたは俺の知らねえ俺……それに親父や爺さんのことをある程度知ってるよな?

 言っとくがこいつぁ普通のことじゃねぇぞ』

 「そうッス、そういう話が出て来るのはおっさんだけッスね」

 「ここぞとばかりに便乗しやがって……オメーもそうだろ、詰所に居たりゴリラに会ったりよ。

 あと息子の携帯と連絡がつけられたのもオメーだけじゃねーか」

 「それを言ったら刑事さんだってそうッスよ。

 でもおっさんは自分で行ったり来たり出来るじゃないッスか」

 「へ? んなこたぁねーぞ?」

 「さっきもどこかから飛んできたんじゃないんスか?」

 『飛んできたってどういうことだ?』

 「ガイコツさんがおっさんが突然血塗れになったって言ってたッス。

 その時どっかから来たんじゃないかと思ったッス」

 『ああ、なるほど。

 道理で話が噛み合わねーとこがある訳だ』


 げげぇ……鋭いな……

 コイツは何でこういうとこでカンが働くんだろーなぁ。


 「言っとくが俺は自分で来た訳じゃねーぞ?」

 『来たことは認めるんだな?』

 「ああ、まあな」

 『何で血塗れだったんだ?』

 「それは分からねえって言ってんだろ。

 俺自身言われるまで分からねえことだったんだからな」

 『じゃあガイコツのねーちゃんの目から見ておっさんの見た目が中学生ぐれーの女の子に見えたってのはどうだ?』

 「それも言っただろ、俺は俺だぞ。

 それが分かってたら最後の問答だって無かったってのは理解してるよな?」

 『……結局どうすりゃ分かるんだ』


 そう言って定食屋は双眼鏡で俺の方を見る。


 『何の変哲もねえおっさんだな』

 「だろ?」

 『オイラも覗いてみて良いッスか?』

 『良いぜ、出来るんならな』

 「お? ……と思ったらなんの変哲もないおっさんだったッス」

 「紛らわしいリアクションすんじゃねえよ」

 「てゆーかこの双眼鏡、普通の双眼鏡ッスよね」

 「ん? そうなのか?

 オメーにだけそう見えるとかじゃねーの?」

 『別な場所を覗くとここじゃない別な場所が見えたりすっけどな。

 例えばあの辺とか……』

 「どれどれ……うーん、何も変わったとこは無いッス」

 『俺が見ねーと駄目なのかね』

 「多分そうなんじゃね?」


 知らんけどな。

 つーかこの双眼鏡が一体何なのかって疑問は一切ねーのかコイツらは……


 「あー、そろそろ良いだろ」

 『何だ?』

 「何スか?」

 「あのゾンビが手に持ってる封筒、開けてみねーか?」

 『げっ……そういやアレの封を切るかどーかってとこだったんだっけか』


 あの封筒の中身、もしかすっと“あの人”とか“奴”とか言われてた人物がしたためた手紙かもしれねえからな。

 読めれば何か分かるかもしれねえ。

 そしたらそっから考えた方が良いだろーしな。


 「多分俺じゃ取れねえからどっちか頼むわ」

 「えー、嫌ッスよぉ」

 『俺もだぜ。さっきの今でアレに触る気なんて起きねえよ』

 「マジかよ……困ったな」

 「おっさん、自分が触りたくないからって人に擦り付けるのはどうかと思うッスよ」


 おいオメーら、ガイコツはOKでゾンビはNGってそれダブスタじゃね?

 別に腐ってたりとかしねーんだから全然大丈夫だろ。

 ニオイなんかもしねーしな。


 「別にホントに腐ってる訳じゃねーんだから問題ねーだろ」

 「そう思うんならおっさんが取れば良いッス!」

 『そうだそうだー!』


 コイツらすっかり和んじまいやがって。

 さっきまでのパニクりぶりはどこ行ったんだよ……


 「ったく……分かったよ。俺が取りゃあ良いんだろ」


 さっきの今で取れるとは思わねーけどな。

 どれ……

 ありゃ?


 『初めっからそうしてりゃあ良かったんだよ』


 何で触れた……?

 そういやさっきから……


 「なあ、俺らさっきまで手ぇ繋いでたよな?」

 『へ?』

 「何キモいこと言ってんスか」


 おろ?

 上から来る前から何かが違ってるってことか?


 「じゃあ二階からどうやって降りてきたんだ?」

 「二階ッスか?」

 『二階? そんなモンねーだろ。

 ゾンビに触ったせいで気も触れたってか』

 「ま、まさかおっさんまでゾンビに……!

 ホラーッス!」

 「オメーらぜってー楽しんでるだろ……」


 楽しむ要素なんて微塵もねーだろーに……


 「ちなみにこの文箱とか封筒って初めからここにあったのか……ってねぇぞオイ」

 「何一人で漫才やってるんスか?」

 『さっきからおっさんの言動が頭おかしい感じになってるがそれは』

 「だーっ、ちっと待ってろ」


 封筒は今俺が持ってるだろ、じゃあ文箱やら写真やらは上にあんのか?


 俺はドタドタと音を立てて二階に駆け登った。

 後ろで「おっさんが壁にィ!?」とか騒いでるけど無視だ無視。

 襖が閉まってるからさっきと状況が違うってのは分かるが……

 

 せーので襖をガラリと開けた。


 ……さっきと同じだな。

 また何かあるかと思ったが……まあ考え過ぎか。


 テーブルにはさっきの紙。

 定食屋が手に持ってたヤツだ。


 “早くここから逃げろ”か。

 コレ、前に詰所で見たのと同じ紙だけど書いてある内容がビミョーに違うんだよな。

 まあ定食屋が入ったのはあの詰所じゃなくて中世風の小屋みてーなとこだって話だし、同じモンだって可能性の方が低いよな。


 そんな考えに至ったところで、もしやと思いポケットをガサゴソする。

 ……やっぱ携帯はねーか。



 代わりに出て来たのはヨレヨレの紙。

 それを開いたときに何かがはらりとこぼれ落ちた。



 ……?

 何だっけ。


 ――それはあなた様の御髪にございますよ。


 明確に聞こえた訳じゃない。

 ただ、いつかどこかで誰かがそう言った。

 脳裏に浮かぶ、そうとしか表し様のない感覚。


 ……?

 何だ? この……何か懐かしい感じは……


 そうしてふと、手元に残った紙に目を向ける。


 ――そう、“あなた様”です。

 

 何かが書いてある。

 何が書いてある?

 何かの文字があることは分かる。

 だが、何が……?

 認識出来ねぇ……何だ?

 何だコレ?


 いつもならここで膝カックンされて「はっ!?」とか言って目が覚めるパターンだよな。


 ……いつも?

 いつもっていつだ?


 ――そレはあなたさマそのものなのですカら。


 それトはなンダ――

 アなタッテノハダレナんダ―― 


 あア……

 回る!

 周る?

 廻る!?

 まわ……る……?

 ……る?

 ……?

 

 あ?

 ア? あァ?

 アッ、アッ、アアッ、アアァァァーッ――


 ――………………

 ………

 …




 ぷちん。



* ◇ ◇ ◇



 「ほへらー」


 ………

 …


 「ほへらー」


 ………

 …


 「ほへらー」


 ………

 …


 「ほへらー」

 「ほへらぁー」

 「ほへらほへらほへらぁー」



 ………

 …



 「だーっ!

 ほへらーっつってんだよこの野郎!

 空気読めや!」



 ………

 …



 あー、何だこれ?

 もひとつオマケに何だこれぇ……?


 「何だこれっつってんだよコノヤロウ!」


 ……誰もいねえのにどの野郎もこの野郎もねーよなあ。



 錆色の空には二つの月……どんよりした太陽?

 いや、やっぱ月か。

 どこかで見た赤茶けた大地。

 でもって遥か彼方に見えるどこまでも平らな地平線。


 何もねえ。

 とにかく何もねえ。

 360度更地だ。


 建物なんて痕跡すらねぇ。

 平らな地面と石コロだけが果てしなく続いてるよーに見えるが……


 そもそもこれは何だ?

 過去の映像?

 またどこかに飛ばされた?

 それともいつかの疑似体験的なやつ?


 「う……」


 頭の片隅で何かがチリチリと音を立てる。



 ――お願いです。あなた様のお力が必要なのです。



 勘弁してくれ、一体俺に何を頼もうってんだ。

 ただのおっさんに何が出来る……



 ――急がないと、全てが無に帰してしまう……



 それとも定食屋やらガイコツは何かのフリだったってのか!?

 何がきっかけなのか全く分かんねえな。

 封筒の封だってまだ切ってねえんだぞ?

 あ、切ったか、最初に。

 でも今持ってるコレは未開封だからノーカンか。



 ――お願いです、女神様……



 ……ハァ?

 てか何だコレ?

 姿は見えずとも声は聞こえるってヤツか?


 幻聴だと思ってたが何か勘違いしてるヤツが必死で神頼みでもしてんのか?


 誰の声かも分からねえし、雨乞いか何かの類かね。


 コレってアレだ、“叶えてつかわす”って念じたら“ありがとうございます”とか返ってくるやつだろ?


 ……つーかこっからどーやって戻んだよ!

 お願いしてぇのはこっちだっちゅーの!

 どーすんだよコレよォ!


 つっても見て回る位しかしかねーか、出来ることっつったらな。

 この封筒は……いよいよ何もやることが無くなったってとこで封を切る、それで良いな。



 まずはスタート地点に×印……ってどうやって書くかが問題だな。

 前は携帯の角以外じゃ歯が立たなかったがそもそもその携帯もねーし……

 まずはその辺に落ちてる石でと……やっぱ駄目か。

 ったく何なんだこの地面は……


 携帯がありゃあなあ……


 ってあるじゃん!


 なんの気無しにポケットに手を突っ込んだら何故か出て来た携帯。

 画面には……

 

 “9999年99月99日  99時99分”


 いつかの時と一緒か。

 しかし都合が良すぎねぇか?

 何とも気味が悪ぃぜ……


 しかしまあ折角だしコイツの角でガリガリと……

 良し、書けたぜ×印。


 んじゃまあ行ってみっか。


 持っていた携帯と封筒を懐にしまうと俺は歩き出した。

 どこへ? そんなん知るか!

 どこまでも真っ直ぐ突き進んでやるぜ!



 ………

 …



 疲れた。

 いや、飽きた。

 歩いても歩いても何もねえ。

 

 そういやお願いの声が聞こえなくなったな。

 やっぱ叶えてつかわすとか何とか言っとけば良かったかね。


 

 ………

 …


 やっぱ変だぜ。

 どんだけ歩いても汗ひとつかかねえし腹だって減らねぇ。

 それにだ。

 空に浮かんでるあの月……ずっと動いてねえ。

 それなりに時間は経ってると思ってたんだがなぁ。

 まさかとは思うが同じ場所でずっと足踏みしてたって訳でもねぇし。


 歩くだけ無駄だってか?

 いやどうだろうな。

 移動してる感覚はあるんだよ。

 さっき付けた目印が視界の範囲内にねーからな。

 何かが起きてる?

 風景が俺に合わせて付いて来てるとかか?


 ……いやいやいやいやんな訳ねーだろ。


 実は機能停止したスペースコロニーの中みてーな状況とか……

 いくら何でもそりゃねーか。


 だったら俺が見てるときだけこーなってるとかか?

 今までのことを考えるとコイツは一考の価値ありだな。

 良し、その線で行くか。

 もしそうだったら現実がそうなってんのと何ら変わんねーけど。



 しかしこれじゃあ方向も何も分かったもんじゃねーな。

 やっぱキモは目印か。


 一旦スタート地点に戻って一定間隔で目印を打ってくか。



 ………

 …


 てな訳でスタート地点に戻って来た。

 いやーひたすら直進しといて良かったわー。

 俺方向オンチだからなー。


 まず×印だけじゃなくて石も積んどいて遠目から分かるようにしとくか。


 で、こっから200歩進んで別な印を……!?

 ……ってオイ。

 ……携帯がねーぞ……


 何でだ? 

 スタート地点に戻ったら復活すんのか?


 ものは試しだ、取り敢えず戻ってみっか。


 ………

 …


 戻って来たが……今ポケットにあんのは封筒だけか……

 しかしさっきのは何だったんだ?

 ×印を付けさせるため?

 まさかなあ。

 だってさあ、そんなことしてどうすんのさ?

 毎度毎度のことながらワケワカ過ぎんぜ……


 この×印に……!?


 ………

 …


 ×印もねーし!

 何なんだよ、オイ!


 オイ!

 誰か何とか言いやがれってんだ!


 「誰かいねえのかよコノヤロォ!」


 あまりの理不尽、あまりの意味不明さに俺は思わず叫んでいた。



 ………

 …


 分かっちゃいたが返事なんてあるわきゃねーよな。

 誰か一切合切を分かり易く解説してくれる神様はいねーのかよ……

 何なんだよ、ホントによォ……


 俺が何かしたか……?



 ――今もどこかでご覧になっておられるのか。



 誰だよ! オメーのことなんて見てねえって!



 ――あなた様は私共の願いをお聞き届け下さった。



 は?

 俺が“何かした”のか……?



 ――この羽根飾りにかけて。



 何だよ……どの羽根飾りだって……?

 答えろよ……



 ………

 …



 ……何でダンマリなんだよ!

 誰だか知らねえが聞きもしねーことを勝手にペラペラとしゃべくりやがって……!



 ………

 …



 ……?

 少し暗くなった……?

 いや、大きな影?


 ……ッ! 真上だ!?



* ◇ ◇ ◇



 ――何も……無い?


 慌てて上空を確認したが、そこには相変わらずどんよりした光を放つ二つの天体が浮かぶだけだった。


 しかし次の瞬間――


 「うおっ! 何だ!?」


 一瞬だが周囲が眩い光に包まれた。



 なぜだか俺は目を覆うのも忘れ、その一瞬の出来事を目に焼き付けた。

 時間にしてコンマ一秒に満たない、まさにその刹那と言える様な瞬間だ。

 それは一瞬であるからこそ強く印象付けられたんだ……きっとそうなんだと思う。



 遥か上空を横切る一条の光……だがそれは流れ星みてーな天体ショーなんかでは決してなかった。

 地上から見たら米粒より小さな点だ。


 それが俺の目にはやけにハッキリと、そして映画のワンシーンの様にコマ送りになってやけにはっきりと映し出された。


 光に照らされてはっきりとした陰影を描く、見慣れた町の姿。

 その光源の中に浮かび上がる姿は超大型の鳥の様にも見える。

 いや、額から伸びた巨大なツノ、刺々しく伸びた長い尻尾、それにいかにも凶悪そうなな鉤爪……そう、まるでおとぎ話に出て来る竜の様だ。


 そして……そのツノの根本の辺りに見える小さな影。

 その影……いや、人か……!


 どこからかガラスが割れる様な音が鳴り響く。


 遥か上空にいたと思っていた存在がその音と共に突如として眼前に現れる。

 本当にすれ違いざまのほんの一瞬の出来事だ。

 これだけの超常的な存在を目の当たりにしてるというのに、俺は不思議と恐怖も何も無くただずっと眺め続けていた。


 驚いたことにその人物は俺の存在に気付いていたらしい。

 大きく目を見開くその人物がじっと……いや、一瞬の出来事にじっとも何もねぇとは思うが……ともかく俺の方を見ていた。


 それが目の前を通り過ぎると辺り一面で砂塵が舞い上がる。

 そして遥か彼方で立ち昇る巨大な砂煙。


 ………

 …


 ドッゴォーン!!!


 耳をつんざく轟音と激しい衝撃波が少し遅れてやって来る。


 気が付くと俺はさっきの場所でぺたんと尻餅を付いていた。


 目の前には無くなった筈の×印が再び現れていた。

 俺が引いた線が交差するその中央には、狙い澄ました様にひと振りの短剣……それが狙い澄ましたかの様に突き立てられていた。

 その刀身はガラスの様に透き通っていて、赤黒く汚れた柄の部分と妙なコントラストを成していた。


 周囲に目をやると他には何も無く、あれ程激しい衝撃があって砂塵が舞い上がったというのに地面には何の痕跡も残されていない。


 物理法則、仕事してねえだろ……

 そんな感想を吐き出しそうになった俺の背中を誰かが軽く叩いた。


 トン、と指先がちょっと触れただけの感触。


 「え?」


 《 スイッチ 》


 

 驚いて振り向けば、そこは俺ん家の前だった。



 辺りは薄暗くなっており、もうすぐ夕食時かという頃合いだ。

 通りは家路を急ぐ人や車でごった返している。


 そう、今日は連休の最終日だ。

 遊びに来ていた息子家族も帰ったし、取り敢えず飯でも食ってひと息つくとすっか。

 冷凍室にチャーハンか何かあったっけかな。



 ……で、ここは何だ?

 でもって今ここにいる俺は何だ?

 何だよ、このインストールされた前提知識はよ。


 誰だか知らねえがオメーには悠々自適な隠居暮らしが似合ってるってか?


 今のこの瞬間の出来事も、ですわと話す人も、ガイコツのねーちゃん二人も、物騒なカッコの定食屋も、みんな忘れてねえ。

 その前の出来事も全部覚えてる……筈だ。

 ポケットん中には開けるか開けまいか迷いに迷った封筒だってある。

 こんなんで今まで通りの暮らして行こうなんて考えなんざ思い浮かぶ筈もねぇだろーがよ。



 色んなことを考えながら玄関のドアを開け敷居をまたぐ。

 さっきまでここにいてちょっと表に出て来たって体だ。


 居間に戻り、いつもの通り仏壇に向かって手を合わせる。


 ――またね、バイバイ。


 写真立ての中の“誰か”が、そう呟いていた様な気がした。



* ◇ ◇ ◇



 そして明くる日……


 と行きてえとこだが、あいにくと俺も気になってることを放っておけるタチじゃねえんだ。


 何だかこうなる様に仕向けられてるみてーで正直良い気はしねーんだが……

 とにかく思い立ったらすぐ行動ってのが俺のポリシーだからな。

 まあそのせいで分からねえことがどんどん増えてるのかも知らねえが……

 取り敢えず今までと違うとこを片っ端から検証してみっか?

 ただ、そんだけだと今までと同じで「またかよ、オイ!」みてーな感じになって振り出しに戻っちまうんだよなぁ。

 それに町に人の往来があるし時間ももうすぐ夜って今までにねえシチュなんじゃねーか?

 それだけでもでけぇ変化だ。

 いっちゃん気になってんのが人も含めて元に戻ってんのかどうかって点だ。

 頭おかしい集団に囲まれてんのかもしれねえってのも気が気じゃねえしな。


 このまんま夜が更けて朝が来んのかどうか……

 ひとつ黙って様子を見てみるってのもアリなのかもしれねえ。


 今さっき手を合わせた仏壇……この遺影と位牌は見慣れた母さんのものだ。

 だが何だろうな、この違和感。

 気のせいって訳じゃねえよな……


 この家は俺ん家……どう見たってそうだ。

 だけどここには定食屋一家が住んでたって可能性もあった訳だが……アレは何なんだ?

 他に隣が俺ん家って主張してた奴らもいたよな。

 単に頭おかしいってだけじゃ片付けられねえ何かがある……そう考えんのが妥当なんだろーなぁ。

 火のねぇとこに煙は立たねえんだ。

 今になって思えばあいつらの目には俺に見えてねえ何かが映ってたって可能性もあるんだな。


 この違和感の正体が何なのかを突き止めてえとこだが……さて、どうすっかな。


 小さなことから確認していって矛盾点を洗い出す、それしかねえな。


 携帯は相変わらず無ぇな。

 一瞬だけ復活したアレは何なんだろうな?

 携帯の有無、この差は何だ?

 明らかに意図的だよな。


 今の状況と何の関わりがある?

 あの×印が一体何だってんだ?

 そもそもあの二つの月がある場所ってのはどこにあるんだ?

 それと俺に何の関係があるってんだ?

 あの一面の更地は何だ?

 何で突然ああなった?


 ……ダメだ、考えてたらキリがねえ。

 誰かからツッコミを入れてもらえねえと気になったことに没入しちまうな……

 ダブルチェック出来ねえのが痛ぇぜ。


 さて、携帯だけじゃねえ。

 他も確認しねーとな。


 ジャケットのポケットを再度ガサゴソする。

 中には……紙切れが二枚。

 ん? 二枚?

 そう思ってポケットから手を出す。


 一枚は“今見たものを忘れないで”と書いてある。

 うん、コイツだけでも十分に訳が分からんけど今この場に限って言えば思った通りで安心したぜ。


 二枚目は……

 

 “頭が変になったと感じたら俺の息子に連絡しよう。俺たちから遠ざけておくから客観的状況を聞いて何があったか判断しよう” 


 何だこれ?


 えーと……思い出せねえ。

 あれ?


 そういやあ一枚目のやつってどこがどう訳が分からんかったんだっけ?


 さっきから感じてた違和感てコレか?

 いや、関係なさ過ぎだし単なる偶然の気付きだよなぁ。


 違和感、違和感……あ、そうだ!

 念の為だ、一応確認しとくか。


 そう思いジャケットを脱いで背中側を確認する。


 ……うん、何もねーな。

 確認終わり!

 ……うん、まあ、そうだよな………


 ………

 …


 ……何だ、今の?


 いや、何だ、じゃダメなんだ。

 何のためなんだ、だよな。

 それが分からなきゃ何もならねえ。


 今のは何のための確認だ……?


 自分でやろうとしてたことの説明すらつかねえのか?

 何か忘れてねえか、俺。

 忘れてんじゃなくて忘れさせられてんのか?


 毎回……毎回?

 毎回って何だ……?


 だーっ! 考えれば考えるほど分からねえ!


 俺は全部覚えてる、だから……今度こそ……

 そうだよな……?



 ふと見ると、とうに日が沈んだのか窓の外は真っ暗闇になっていた。



* ◇ ◇ ◇



 窓に映るのは茫然とする自分の姿。

 途方に暮れる赤毛ジジイのシケたマヌケ面だ。

 

 何だってんだ、チキショウめ……


 心の中で悪態を付きながら窓の中の自分を睨む。


 視線が交わった。

 相手も同じ様に睨み返して来る。


 俺……だよな、どっから見ても。

 そらそーだわな。

 まあ何だ、ここは冷静になんねえとな。


 そう考えて窓に映る自分の目をじっと見る。

 当然向こうの俺も見つめ返して来る。

 マヌケ面晒してんのも大概にしろってか。


 わざとらしく鼻をひとつ鳴らし、視線を室内に戻す。

 さっきの景色からすっと夜の7時ってとこか。

 改めて部屋を見回し、今まで散々気にしてた筈なのに微塵も見る気が起きなかった時計を眺める。

 あ、やっぱちょうど7時か。

 

 ……


 …… !?


 ちょっと待て、何か変だと思ってたがこの部屋……電気つけてねーのに何でこんなに明るいんだ?

 いやー何か変だとは思ってたんだよなー……っておかしいことに気付いて安心すんなよな、俺。


 じゃあ表から見たらどうなってる?

  

 そう思って玄関からまた表に出る。

 ……うん、ちゃんと夜だ。


 道は人通りもまばらで薄暗い街灯の光がアスファルトを薄く照らしているだけだ。

 すっかり暗くなった空には星が瞬いていて、時折通る車のヘッドライトの灯が眩しく感じるくらいだ。

 一方で遠く下の方を見下ろすとそこには市街地の灯りが明るく灯り、確かに人々が暮らしているという感じがした。


 振り返って俺ん家を見ると、つけた覚えもねえ居間の灯りが窓の外に漏れ出ていた。

 両隣は不在なのか真っ暗で、外灯も消えている。

 ウチのはついてるけど。


 そういや俺のクルマ、どこ行っちまったんだろうなぁ……

 

 そんなことを考えながら中に入り、戸締まりをする。


 「お……」

 一歩踏み出したところでちょうど正面にある家デンが目に止まった。

 頭おかしくなったと思ったら息子に電話してみろ……か。

 ポケットから出て来た例の紙切れはここにあるメモ帳とはまた違うデザインなんだよなあ。

 まあいざとなったら試してみんのもひとつの選択肢だ、覚えとくか。

 ポケットに入っていた紙切れの内容を家デンの脇に置いてあったメモ帳に書き写しといて……と。

 これで何かあれば思い出すだろ。


 さて、折角だしメシにすっか。

 食えるモンがあればの話だけどな。


 どれどれ……とキッチンに向かい冷蔵庫を開き――ッ!?


 開けたドアを慌てて閉じた。

 そしてまたゆっくりと開けてみる。


 何だこりゃ……


 庫内のモノは全て覚えのあるものばかりだったが……全てが乾燥してカピカピになり、“ミイラ化”していた。


 牛乳パックが黒い塊になってたのはさすがにびびったがそれだけじゃなかった。

 チルドルームに入れといたチーズとかハムの類、それに野菜室のキャベツとかブロッコリーも腐敗のプロセスを辿ったのか原型を留めておらず、真っ黒な塊と化していた。

 冷凍庫内は霜が降りまくって氷河期到来みてーな感じになってたが、それを掘り返せば冷凍チャーハンがちゃんとあった。

 袋の中丸ごとがカチンコチンの氷になってるみてーな感触だったが……食えっかな? コレ。


 電気は通ってるし冷蔵庫はちゃんと機能してる。

 ただ……中身は相当な時間放置されてたかの様な状態だった。


 だがしかし……

 ドアを開ければ庫内灯はちゃんとつくしガワの部分は新品の様にキレーなんだよな。

 ゴムパッキンなんかも劣化してねーし。


 このちぐはぐさ……何がどうなってる?


 そうだ、水は……

 そう思い蛇口をひねるとゴボゴボという音と共に茶色い水が間欠泉的に出て来た。


 ……コレ、やっぱ何年も使ってなかったって考えんのが妥当なんだろーなぁ。


 床下収納の梅酒なんかもみんな干上がっていた。

 梅干しもカチンコチンになってて何つーか化石みてーだぜ……


 居間に戻ってテレビをつけたが……どのチャンネルも砂嵐だ。

 何も放送してねえ……?


 時計を見るともう10時を回っていた。

 ふう……

 何か疲れちまったぜ。

 着の身着のままだけど取り敢えずもう寝るとすっかぁ。



 ……あー。

 この電気ってどうやって消すんだ?



 ……まあ良いか。

 もう考えんのも面倒だしこのまんま寝よ。



 ………

 …


 “ちゃーらーりらー♪ ちゃららーりーらー♪”


 「……ん…ぅ……何だ、誰だよ……うるせぇなぁ……」


 ガチャ。


 「はーい。誰っすかーこんな夜中にー。

 おたく非常識でっせぇー」


 ………

 …


 『――言ったでしょう? 全てが現実なんだって』

 『そ、そうだ、現実だ。現実に化け物が現れたんだ。

 だから殺すしかなかった』

 『ふうん? じゃあどうすルの? あナた』

 『ぐ……』

 『ちょッと、そこノ君もボサッとしてなイで早くそこに座りなサい』

 『……、……!』

 『目の前カら消えて無くなったからッてあなたの罪まで消えたッテ訳ジャないノヨ――』


 んー、何だこれぇー?


 『……』


 「イタズラ電話なら切りますよー」


 『……』


 ガチャ。


 「ったく……誰だっつーの」


 『……』

 

 ……

 ……うん? 何だぁ?

 まあ良い、さっさと寝よ。


 ………

 …



* ◇ ◇ ◇



 そして翌日。

 目覚ましとかは特にセットしてなかったがきっちり目が覚めた。

 つーかいつの間にか電気が消えてんな。

 軽くホラーだぜ。

 これ、夜になったらまたつくのか?

 まあ夜のことは夜になりゃ分かんだろ。


 でもって表で怪しい二人組がうろついてたり……はしてねーよな。


 うーん。


 どうにも調子が狂うな……

 何か物足りねえっつーか……何だろーな?


 うーん。

 まあいつも通りの朝……って訳じゃねーんだよなあ。


 昨日のチャーハン、食えっかなあ。

 せっかくだし久々のメシにありつきてえとこだが……

 そう思って一晩放置してビチャビチャになったパッケージを眺める。

 賞味期限は2022年1月……そうかそうか……って22年だぁ!?

 えぇ……見覚えのあるパッケージデザインだぞコレ……

 そんな昔のモンな訳ねーだろーがよ……

 しかしまあ食うのは無理だよなあ、多分。

 ホントに久方ぶりのメシだってのによォ。

 どうにも諦めが付かねえなぁ。


 そうだ。納戸に非常食とかもあった筈だ。

 ただ、非常食っつっても冷蔵庫のキャベツが真っ黒い塊になってるくれーだし……やっぱ望み薄か?

 まあダメ元で漁ってみっか。


 そう思い納戸でガサゴソと荷物を漁る。

 ん? あれ? 何もねえな。

 非常食とミネラルウォーターのセットがあった筈なんだがなあ……


 まあ良いか、しょうがねえ。

 何か食いてえって欲求はあるがここまで風呂もトイレも一切無しで全く問題ねーからな。


 定食屋にでも行ってみっか。

 ワンチャンカツ丼にありつけるかもしれねーし。

 身ひとつでサクッと行ってみっとすっか。


 えーと鍵、鍵……

 お、あったあった。

 無かったらどーすっかと思ってたんだよな!


 そうだ、隣にも顔出しとくか。

 どんな様子かも見てみてえしな。


 そうと決まりゃすぐ行動だぜ。


 ピンポーン♪


 ん? あれ?

 まあ良いか……


 ……


 ピンポーン♪


 ……?


 ピンポンピンポーン♪


 ……イラッ……


 ピンポピンポピンポピンポピンポーン♪


 ……


 だーっ、留守かよ!

 てか昨日も電気ついてなかったし、もしかして昨日からいなかったんか?


 ぐぬぬ……

 書き置きでも残しとくか……って紙もペンもねーし。


 てな訳で思ったより早く帰宅しちまったぜ。


 えーと、ペンと紙ペンと紙……家デンのとこにあったよな……っとコレだコレ。

 コイツはシャーペンだし書けるよな。

 カチカチ……と。

 うん、大丈夫だな。


 メモ紙は……あ?

 「定食屋」だ?

 こんなんいつ書いたんだ?

 しかも丸で囲って真ん中にデカデカと……

 意味が分からん。

 まあ良いか。

 ……もしかしたらあるのかもしれねえからな、書いた意味。

 覚えがねーけど俺の字だし。

 取り敢えず持ってきゃ良いだろ。

 どうせ今から行くつもりだったしな!

 そう思いメモをビリっと取ってポケットに突っ込んだ。


 で、お隣への伝言……

 “その後どうですか? 隣のおっさんより”

 ……と。

 まずはお隣さんがこれ見てどんな反応すんのかだな。

 全く、携帯がねえってのは不便なもんだぜ。


 伝言メモを隣の玄関のドアの隙間に挟み、開けた時にハラリと落ちるようにしておく。

 うし、これで良いな。


 しかしお隣りさんも何か変だったな……何かこう……何だっけ?

 最初にピンポンしたときにアレ? って思ったんだよ。


 うーむ……


 このまま立ち止まって考えてても仕方ねえ、まずは定食屋に行くか。


 そう思ってきびすを返したとき、ちょうど道を歩いていた人にじっと見られていたことに気付いた。


 「あの、何か?」


 しかしその人は怪訝そうな顔をしたまま足早に去って行った。

 何だありゃ? 知らねー顔だが……


 まあ良い、気にしてもしゃーない。

 そう思い直すと、俺は歩き出した。

 とにかく次だ次。


 角を曲がって左へ……お、八百屋が見えて来たぜ。

 ん? シャッターが降りてる?

 何でぇ、やってねーのか。

 大根くれー買ってってやろーかと思ったのによ。


 しかし何かこう……町の雰囲気が変った様な変わってねー様な……

 何つーか……活気がねーよな。


 そして歩くこと数十分。


 「マジか……」

 

 えーと……


 定食屋が無いんですけど!

 どーなってんだ、コレ……



* ◆ ◆ ◆



 定食屋がある筈の場所にあったのはボロい一軒家。


 住んでんのは……定食屋じゃねーよな。

 あ、ここは定食屋じゃねーから一般人Aかぁ。


 なんてどーでも良いこと考えてる場合じゃねーか。

 

 しかし怪しいおっさんがジロジロ見てたら変だよなぁ。

 これじゃあの二人組がやってたことと何ら変わりねーわな。


 と思ったところで家の前で昼寝していたガラの悪そうな犬がジロリとコチラをニラんだ。


 うげ……イヤな予感……


 『お前……見ねえツラだな。

 それにその髪の色、日本人たぁ違うな。新手の渡り人か?』


 へ?

 今このワンちゃん何かしゃべったぞ?

 疲れてんのかな、俺。


 『どうなんだ、おい。ボーッとしてんじゃねぇぞ』


 やっぱ気のせいじゃなかったかぁ。

 ゴリラがしゃべるくれーだしそりゃ犬だってしゃべるか。

 

 『聞いとんのかテメー、しばくぞゴルァ』


 改めて辺りを見回すがやっぱりここは定食屋だ。

 道間違ったりとかなんてしてねーよな。

 とするとやっぱこの町が変なんだ。


 『おーい』


 これ、関わらねえ方が良さそうだな。

 こういうワケワカな手合に構っててどんどんワケワカに巻き込まれてくからダメなんだよ。

 コイツ、ちゃんとリード付いてるし飼い犬だよな。

 だったら逃げても追ってこれねえだろ。

 てな訳で、撤退ッ!


 『待てコラ! 待てっつってんだオイ!』


 待ってたまるかってんだ、テメーなんぞアカンべーだこの犬っコロめ!


 『オイ、どっか行くんなら連れてけ!

 聞いてんのかコラ! オイ! オーイ!

 待てって言ってんだろ! オーイ!

 しばくぞって言ってんだゴルァー!』

 

 定食屋? から離れるにつれワーワー騒ぐワンコの声は次第に遠ざかっていった。


 取り敢えずワンコの相手は後だぜ。

 ヤツは人語を解して人の顔の区別も付いてたみてーだったし、オマケに俺の髪の色が赤だって分かってる感じだったぞ。

 そんな犬なんてどう考えたっている訳ねーじゃん?

 第一あの犬、どー見たって今までみてーなワケワカな展開をバタバタと呼び込みそーなオーラ出してるもんな。

 そんなヤツの相手は後回しにするに限んぜ。

 まだ色々と見て回った訳じゃねーし、まずは情報集めをしねーとな。


 さてと……


 キョロキョロとしながら来た道を戻る。

 ここの町並み、俺が住んでたとこと基本は一緒なんだけどよく見ると違うとこが結構あんだよな。


 あと見た感じで言えんのは全般的に生活感に欠けてるってとこか。

 それなりに人は見掛けるけどこいつら経済活動してんの? ってレベルで店屋の類が閉まってんだよな。

 それに見掛ける人が軒並ぼっちで歩いてるのも気になるぜ。

 ご近所付き合いとかお仲間とか、そういうのが希薄そうなんだよ。


 そう見えて来たら、この町の住民がどうやって生活なんかを成り立たせてんのかって疑問も自然と湧いて出るってもんだ。

 この町は郊外の高台にあってふもとにある市のベッドタウンみてーな位置付けだ。

 だから基本朝はみんなクルマでその市街地に向かう筈なんだよ。

 ところが今朝はどうだ。

 連休明けって設定だってのに休日みてーに静かなもんだった。


 設定考えた奴は何を考えてんだろーな?

 そもそも家から出て来ねーって感じだし、一体何やってんだって話だ。

 クルマが走ってねえ訳じゃねーからな。

 その辺に停まってるやつがハリボテだって訳でもねーんだろーけど。


 だがここがかりそめの場所だって決め付けんのはまだ早え。

 何でかって見掛けんのは自分に縁の無さそうな人がほぼ全員だし、水道も電気も一応使えっからな。

 ただ、腹は減らねえしトイレも催さねえから時間の経過が見た目通りかは正直ちっとばかし怪しい感じだ。

 それに空はキレイな青だけど太陽も月も見えなかったし、そうなるとあの星空も本物か怪しい。

 星座は多分日本の空のやつと一緒だ。 

 それが何を意味すんのかまでははっきりとは分からねえが……

 水出ししたときに渦巻きの方向くらい確認しときゃ良かったぜ。

 オマケに地面を見りゃ草も生えてれば虫も歩いてるしな。


 何か定食屋から聞いた話に似てねーか? コレ。



 お……いつの間にか八百屋まで戻って来たか……

 看板はねーけどシャッターがおりてるってことは店はここにあったんだよな?

 現地産の食える生の食材でもありゃあ食ってみてえとこだけどなぁ。

 うぅ、誰が住んでんのか確認してぇなあ……



 ん?


 誰か来るぞ……ってか完全にロックオンされてねーか?

 あれは……駐在さん……的な人? と、誰?


 「あ、いました! お、お巡りさん、このヒト? ですぅ!」

 

 おっと、久々に聞いたぜこのセリフ!

 自分で言うのも何だが俺のこのムーヴはやっぱ完全に不審者だよな!


 ……

 ……久々?

 何言ってんだオレ……?


 歩いて来たのは男性の警官と、何つーか……どっかで見たよーな独特なファッションの若い女性。

 あー思い出したわ。

 このねーちゃん、お隣さんの前で俺がピンポン連打すんのをじーっと見てた人だ。

 うえぇ……見るからにひとクセありそうな感じだぜ……

 警官は残念ながら俺の知ってる駐在さんじゃなかった。

 先に口を開いたのはねーちゃんの方だった。


 「あのぉ、すみませぇん。

 ちょっとよろちいでしょうか……

 あ、噛んじゃいましたぁ……」


 お、さっきのワンコと違って礼儀正しいな。

 だけどやっぱ厄介の予感しかしねえ!

 だがしかし、そんなことでうろたえる俺じゃねえぜ!


 「おうおう、何じゃわりゃあ!」


 てな訳で思いっ切りメンチ切ってやったぜ!

 やっぱ最初が肝心だよね!

 相手がエセ公権力だって分かってるからな!

 ここでナメられたらおしめぇだぜ!


 「ひいぃ……思ってたのと違うですぅ……」

 「まあまあ、まだ何も話してませんから。

 落ち着いてまずはお話しましょう」


 ん?

 立場的に警官が下でこのねーちゃんが上?


 「で、俺に何の用だ? あんたらとは初対面の筈だが」


 今度は警官が話しかけて来た。

 保護者ってかお嬢様のお付きみてーな感じか。

 でもお巡りさん、て呼んでたな。

 どういう関係性だ?


 「あっはい、すみません。

 失礼ながら、こちらのお嬢様から先ほどあなた様をお見かけしたとの一報をいただきまして、ご確認に伺った次第なのですが」

 「何だ、俺は指名手配犯か何かか?

 あいにくオメーらに通報される様なことをやった覚えはねーんだがな?」

 「はい、申し訳ございません。

 とあるお方に瓜二つな方をお見掛けしたと……」


 えぇ……コレはまたもや認識の相違ってヤツの話かぁ。


 「ご託は良い。

 単刀直入に要件だけを言ってもらう訳にはいかねーのか?」

 「えぇと、そのお……」

 「あなた様はもしや塔の女神様ご本人なのではございませんか?」


 塔? 塔ってあの塔か?

 当たり前だがこの町にゃそんなモンはねーぞ?

 何だそれ?


 さて、揉めそうな要素は後にしてうまいこと話を引き出せるかね……


 「人違いだろ。

 その女神サマとやらが何者なのかも知らねぇぞ」

 「しかしあなた様はお顔やおぐしだけでなくお召し物まで塔の女神様と瓜二つでございます」

 「他人の空似じゃねーのか?

 言っとくがコスプレの趣味もねーからな?」


 話が定食屋の通りだったとすれば俺は今白いドレスにどピンクの靴ってスゲー格好で出歩いてる訳だ。

 なるほどそりゃあ不審人物だぜ!

 定食屋で言われてた全身血塗れの不審者よりよっぽどマシだけどな!

 

 そして今度はコスプレ、という単語に反応してかねーちゃんの方が話しかけて来た。


 「あ、あのぉー、そのお姿がこすぷれでない、ということであればぁ、あなた様はいずれかの時代の学院の首席卒業者、あるいは筆頭騎士様だったりするのでしょうかぁ?」


 ん?

 何かまた分からん話が出て来やがったな。

 学院てキーワードは前にもあったが……?

 何やらこっちの想定と違う感じだぜ。

 それよか今、聞き逃せねえ単語が出たぞ?


 「学院とは何だ? 俺は知らねーぞ。

 それにいずれかの時代ってのはどういう意味だ?

 今は今だろう」

 「はい、それはそうなのですがぁ、過去の偉人様が急に現れては住民の皆さんとお話して帰って行くっていうことが時々あるんですぅ。

 その偉人様に日々感謝のお祈りを捧げている方々に神様がくださるご褒美だっていうのがもっぱらのお話なんですけどぉ。

 何でも“リポップ”っていうらしいんですよぉ」


 最近? てことはそれなりに歴史があんのか?

 どーでも良いけどコイツのしゃべり方、ビミョーにイラッと来んな!

 ……てゆーか……“リポップ”って何やねん!

 ぜってー誰かが勝手に言ってるだけだろそれ!


 「俺はそのリポップとやらには関係ねぇと思うがな。

 誰かにお祈りなんぞされる様な覚えもねーからな」

 

 「皆さん、そう仰られます」


 皆さんて誰なんだろーな?

 つーかコイツぜってー警官のコスプレした宗教関係者だろ!


 「ああ……お姉様、カッコ良いですぅ!」

 「お、お姉様ァ!?」


 ……えー。

 これまた面倒臭ぇことになってきたぞコノヤロウでゴザイマスワヨー!?



* ◇ ◇ ◇



 「おい……何で俺がテメーなんぞにお姉様呼ばわりされにゃならねーんだ? あ?」

 「ひぃぃ、ご、ごめんなさぁい」

 「その、我々はあなた様のことをどのようにお呼びすればよろしいのでしょうか」


 「俺か? “オッサン”で良いだろ。

 あとそのアナタ様ってのもやめろ。こっ恥ずかしいわ」

 「おっさん、ですか? どうしてまたその様な……」

 「で、でも折角ステキなお召し物を……」

 「うるせぇ!

 それもぜってーに言うんじゃねえぞボゲェ!」

 「ひいぃ」

 「えぇ、おっさん……様?」

 「サマとか付けんじゃねえ!

 それとタメ口で話せやこのタコ」

 「お、おっさん、ですぅ」


 はぁぁ、ダメだこりゃ。

 好意的に接してくれんのはありがてえが微妙に扱い辛えなぁ。

 おかげでなかなか本題に入れねえぜ。

 まあ、しょうがねえか……


 俺は警官の方を見ながら話を切り出した。


 「なあ、あんた」

 「え? 私ですか?」

 「ああ。あんたはこの町の駐在さんなのか?」

 「はい、一応そういうことになっておりますが……」

 「一応って何だよ……駐在さんに一応もクソもあんのかよ」

 「お、お姉様……あの……その……クソなんて言葉は……」

 「うるせえ、テメーは黙っていやがれ」

 「ぴぃっ」

 「まあまあ、彼女も悪気は無いのですし多少のことは大目に見ていただけると助かります」

 「そうだな、分かった。

 それでおたくらは俺に会って何をしたいってんだ?」

 「いえ、その、あの……」

 「黙ってろっつってんだろ! しばくぞこのクソアマぁ!」

 「まぁまぁ、落ち着いてください……」


 おっといけねえ。

 ちょっとイラッときたがここは紳士的に穏やかに行かねえとな。


 ……ん?


 「何か臭わね?」

 「ぁ……」

 「……申し訳ございません。粗相を」  


 な、なるほど……ここにはおトイレがあったってことね……

 やっちまったぜ……ははは……


 「ス、スマンな、ウチで風呂に入るか?」

 「あ……いぇ……だ、だいじょぶでしゅぅー!」

 

 正体不明のねーちゃんはそう言うなり、ぴゅーという効果音が聞こえそうな感じの猛ダッシュでどこかに行ってしまった。


 「い、今噛んだな……」

 「はい……」


 何か悪ぃことしちまったぜ……


 「それで俺を探していた理由は?」

 「あなた様自身その理由だというご説明では駄目しょうか」

 「ああ、ダメだね。それとサマは付けんなっつってんだろ。

 俺は神サマじゃなけりゃお貴族サマでもねえんだ、特別扱いは本当にやめてほしいんだよ」

 「後になればお分かりになると思いますがそれは叶わぬことでございます」


 コイツ……話してるうちに素が出てきたな?


 「あー、もう分かったよ。こっちが嫌だっつっても押し問答になるだけだってことがな」

 「申し訳ございません」

 「それでよ、あんたのその話し方、そっちが素か」

 「申し訳ございません。“ス”とは?」


 ……?


 「本当の自分て意味だよ。

 それだけ流暢に話せんのに知らねー語彙があんのか」

 「ゴイ、と申されますと?」

 「今話してる言葉があんだろ?

 その言葉をどの程度知ってるか、その知識って感じの意味だな」

 「ああ、それで……」


 このアンバランスさは……何だ?

 まさかとは思うがこいつらも俺と同じ様にどっかから飛ばされて来た……?


 「あんたら、ここの出身じゃねーな?」

 「はい、実を言いますと……

 私共も分かっている訳ではないのです。

 皆知らぬ間にこの町に降り立ち、それ以来ここで暮らしているのです。

 共通しているのはこの国で暮らして行くために必要な知識がいつの間にか身に付いていたという点だけです」

 「なるほど、そういうことか」

 「あなた様はこの国のご出身なのですか?」

 「ああ、そうだぜ。ただ……ここはちょっとおかしい。

 もしかすっと、あんたらみてーな人たちがいきなりこっちに連れて来られても野垂れ死ぬことがねー様にと用意された環境なのかもな」

 「あの、この国はあなた様が……?」

 「んな訳あるか。俺だって知りてえよ。

 ……つーかやっぱここは人為的な空間であって国とかじゃねえみてーだな。

 それにな……」

 「何かお気付きになられた点があるのですか?」

 「あんたのその“役割”は言葉とかの知識と一緒に与えられたもんなのか?」

 「あ、はい。先程の彼女はああ見えて“教師”でして……」

 「はは、そうか。それで学院がうんぬん言ってた訳か。

 なら子供もそれなりにいんのか」


 さっきのは知られたくはねーよなあ。

 ……会ったらばらしてやろーかね?


 「はい。ここで生まれた子もおります。

 その子たちにとってはここが故郷なのです……」



 ……なるほど、何の意味もなくってことはねーのか。

 どっかの住民を大量に誘拐?

 親父は……そいつらのお仲間だった?


 いや、誘拐してどうなる?

 何か他に理由があんのか……?

 クソ……分からねえ……


 「もうひとつ良いか?」

 「はい」

 「さっきの“リポップ”ってのが何なのか、ってことについてだ」

 「先程のお話で過去の偉人とされている方々がご降臨されることがある、という部分ですか」

 「その人らはあんたらと違って今を生きる人間じゃねーんだろ?

 じゃあ何なんだ? 幽霊なんかじゃねーよな?」

 「それは私共の間でも謎なのです。

 ただ、その方々への深い思い入れが形になったものなのかと……」

 「言っておくが俺は生きた人間だからな。

 だからさっきのねーちゃんの絡みで“リポップ”したとかはあり得ねえ話だ」

 「ですが……あなた様はその……あまりにも……有名過ぎるのです。

 誰もが敬愛して止まない“塔の女神”様なのですから」

 「その“塔の女神”サマってのが誰なのか分からねえんだがな……」

 「本当にご本人、という訳ではないのですね……?」

 「ああ、全く何のことか分からねえな。

 だからせめて敬語はやめてくれ」

 「申し訳ありません、先程も申し上げましたが周りがそれを許してはくれないでしょう」

 「はあ……分かったよ。勝手にしろ」

 「どうかご理解ください」


 そんなこんなで家に戻ったが……


 「あ、あのぅ……」

 「どわっ!? いつの間に復活した!?」

 「えっと……そのぉ」

 「何でここにいんだよ!」

 「あの、置き手紙されましたよね。彼女の家の玄関に」

 「へ?」

 「ここの隣ですよ」

 「あ、あのぅ……」

 「お隣さん?」

 「はい」

 「先生なんだっけ?」

 「はい!」


 えぇーマジでぇー……


 「つーかどこまで付いて来る気だよ!」


 家の中まで来る気かい!


 「はいっ、どこまでもお供させていただきましゅ!」

 「そんなんお断りだ! てか噛むなよ!」

 「酷いです! もっと罵ってください、お姉様!」

 「ドMかテメーはよォ!」


 「てか、何なんじゃこりゃあ……」


 彼女の後ろにはどっから湧いてきたんじゃい、と言わんばかりの人だかりが出来ていた。


 「はい、あな……おっさん…様? をお見かけしたという噂が既に町じゅうに拡がっているというお話、しましたよね?」

 「聞いてねーよ!

 オイ、まさかオメーが集めてきたんじゃあ……」

 「はい! 頑張って集めました!」

 「そんなとこで頑張ってんじゃねえよ!」


 ああ、本物の女神様だ――

 動いてる実物だあ――

 なんと尊い――

 ありがたやありがたや――


 ぐえぇ……勘弁してくれぇ……


 『フン、だから俺様を連れてけと言ったんだ』


 おうふ。

 イッヌう……


 「あの、今誰かとお話されていましたか?」

 「そこの犬」

 「犬? どちらですか?」

 「……いや、今のは俺の高度なパントマイムだぜ!」

 「ぱ、ぱーとたいむ、でしゅか?」


 コイツ……ホントに先生なのかよ……



* ◇ ◇ ◇



 「パントマイム、というのは極めて高度な芸術なのですね」

 「別に高度でも何でもねーから!」


 ダメだ、この警官もマトモじゃねえ、てゆーか日本に来たばっかの外人さんみてーだな。

 俺が神サマに見えてんだったら熱心な信者がやることなんて決まってるよなぁ。


 「つーか何のためにこんなに人集めたんだ?

 言っとくがサイン会なんてお断りだからな?」

 「ええっ、だめなんですかぁ!?」

 「ッたりめーだボゲェ!」

 「ひ、ひぃぃ」


 マジでホントに先生なのかよ、コイツはよ……

 つーかホントにどーすんだコレ。

 解散してくださーいとか言ってもぜってー逆効果だろ。


 『ブザマだな』

 「そういうオメーは何様だっつーの」

 『知るか。俺だってあんたよりちっとばかし早めに来ただけだからな』

 「ふーん?」

 『何だ?』

 「いや、そんななことよりまずこの状況をどうするかだな」

 『そんなことなんかい!

 もっとこう、聞くこととかあんだろ。教えてやるっつってんだよ』

 「ぱーとたいむ、素晴らしいですぅ」

 「うるせぇ!」

 「ひぃぃ」

 「しかしコイツら家まで上がり込んできそうな勢いだな」

 『ここの住民の大半は元は古代ローマみてーなとこで暮らしてたらしいからな。

 あんたみてーな訳の分からん奴は、取り敢えずこぞって畏れ崇め奉ると思うぜ』

 「未開の原始人かよ!」

 『古代ローマはそこまでじゃねーと思うが感覚としてはまあ多分それに近けぇだろうな。

 供物とか、下手すっとイケニエなんかもあるかもだぜ』

 「えぇー勘弁してくれ」

 「あの、我々は未開の原始人ではございませんよ」

 「ああ、悪ィな。さすがに生贄を差し出したりサッカーの優勝のご褒美で自分の心臓を捧げたりとかなんてことまでする訳ねーよな」

 「えっ」

 「捧げるんかい!」

 『言っとくがコイツらはりつけ串刺し何でもござれだからな。

 話が通じると思ったら大間違いだぜ』

 「ワンコが何か常識的なこと言ってるぜ……」

 『ほっとけ!』

 「あ、あの、何かお気に召さないことでも?」

 「取り敢えずこの人だかりを何とかせーや」

 『も、申し訳ございません。この者たちはこちらでチェック処分いたしますので』

 「ちょっと待て、処分て何するんだ?」

 「穴に放り込んで燃やします」

 「えっ」

 「放り込むってどうやって」

 「首をハネます」

 「ええっ!?」

 「ハネた首はどうするんだ?」

 「祭壇に飾りあなた様に捧げます」

 「ダメだこいつら、話にならねえ」

 「斬首では生ぬるいとおっしゃられますか。

 では八つ裂きにしていたします」

 「えええっ!?」

 「ヤダコイツら怖い! てか警官が率先してどうすんだよ!」

 『盛り上がってるとこ悪ィが良い加減からかわれていることに気付けや』

 「何だと! オメーなんぞ死刑だコノヤロー!」

 「はい、喜んでぇ!」

 『待て、こいつらオメーが死ねと言ったらホントに死ぬから早く撤回しろ!』

 「い、今のはウソっこだから!」

 「ホッ」

 『あぶねーとこだったな』

 「悪乗りするテメーらが悪ィんじゃ!」

 「申し訳ありません」

 「え、えぇと?」

 「ああ、こっちのねーちゃんはホントに部外者なのか」

 「はい、彼女はたまたま居合わせただけの一般人です」

 「そ、そんなぁ……」

 「ちなみにこのワンコは?」

 「見えてはおりませんが、誰かがおいでになるということは分かります」

 『何かを介して存在をアピールすることは出来るからな』

 「痕跡というか……外見的な事象から見えないところで私共を助けて下さるお方の存在には薄々気付いておりました」

 「オメーの方がよっぽど神サマじゃねーか!」

 『そうか?』

 「そうか?、だとよ」

 「私共の目からはその様に映っております」

 『なるほどな』

 「てな訳で俺が神サマじゃねーってことが証明されたな!

 神サマはこの辺にいんぜ!」

 そう言いながらワンコがお座りしている辺りを指でグルグルと指し示す。

 『オイ、俺に全部擦りつけんのヤメロ』

 「知るか。あとは頼んだ」

 『それこそ知るか、だぞ。

 オレはここの住民からは直接は見えてねーんだからな。

 俺とコミュニケーションを取るにゃあアンタの存在が必須なんだ』

 「ぐぬぅ……」

 『しかもだ。あんたの見た目は塔の女神とやらにソックリに見えると、奴等は口を揃えて言いやがった』

 「あの、そちらの犬神様がどの様なお話をされているかは存じ上げないのですが、少なくともあなた様には視えるし聴こえるのですね?」

 「ぐはは、犬神サマだとよ!」

 『うるせぇ! 逆さにして埋めっぞ!』

 「ぐははははは! それ何キヨだよオイ!」

 『ところでさぁ、コレ笑ってる場合じゃなくね?』

 「くっそォォ! チキショーめぇ!」

 「お姉様はぁ、神様のお言葉を皆にお伝えくださるぅ、巫女様だったのですねぇぇ!」


 おっと!

 あうう……これは詰んだわー。

 もひとつオマケにやっぱコイツのしゃべり方ってビミョーにイラッとくるわー。


 『良い加減諦めたらどうだ、赤毛のオッサン』

 「ぐぬぬぅ……」

 『ところでおっさん、トシはいくつだ?』

 「あん? 俺は還暦だぜ!」

 『あーなるほど、道理でさっきのネタ知ってた訳だ』

 「さっきのネタ?」

 『そう、さっきのネタだ』

 「あのぉ、カンレキってぇ、何ですかぁ?」

 「うるせぇな! 俺のトシがいくつだっつー話だ、分かったか!」

 「え? あの、大変失礼とは存じますが……還暦とおっしゃられましたか?」

 「あん? ああ、そうだぜ。それがどうかしたか?」

 「還暦とは60歳という年齢を表すものと理解しておりますが……あの……あなた様が60……!?」


 おお、信じられぬ――

 奇跡じゃあ――

 ワシもあやかりたいがのう――

 羨ましいわ――


 「なあ、このギャラリー何とかなんねえの?

 何かしてやりゃあ満足して帰んのか?」

 『あいつらにとっちゃアンタは女神サマなんだろ?

 キメ顔で一曲披露してやったらどうだ?

 俺にゃあおっさんにしか見えなーけどな!』

 「うるせぇよ! このイヌ神サマはよォ!」

 「あら、犬神様と何かステキな掛け合いをされてるのですねぇ?

 ああ、尊いですぅ!」

 「そういうボキャブラリーはフツーにあんのかよ!」

 『それよりこいつらの話を聞いてやった方が良いんじゃねーか?

 聞き上手って大事なんだぜ?』

 「まあそれしかねーか。

 こいつらの身の上にもちょっと気になるとこがあるからな。

 だからって全員の相手なんて出来ねーぞ」


 ひぃ、ふぅ、みぃ……手前だけで20人くれーいるな?

 えーと、集まってんのは合わせっと……100人はいるか……

 知ってる顔は……無しか。

 うーむ、何か寂しいモンがあるぜ。


 『ひとつ注意しておくとな、コイツらは元々中世並みの文明レベルの国の住人だ。

 近代以前の世界ってのは科学が十分に発展してねーからな。

 そういう輩の信仰心はシャレになんねーぞ。

 たとえこの町で日本の文明に触れてるとしてもだ。

 下手すっとここは神の国扱いだからな、気ィ付けとけ』

 「おう、その忠告は素直に聞いとくぜ」


 俺としちゃあこのワンコが何なのかが気になるけどな!

 今は犬神サマで済ましてるけど誰かが電話メモに定食屋って書いて丸を付けたのはしっかり覚えてっからな。

 

 しかしひとりずつ相手をすんのもなあ。


 「話聞いてやんのは良いが、ここでないとダメなのか?

 俺ん家にこんなに大勢入れんのは無理だぞ?」

 「あ、あのぉ、お姉様のお家というのはぁ……ここのことなのですかぁ?」

 「ん? そうだが?」

 「あの、塔の方は……?」

 「塔?」

 「あなた様はあの塔に住まわれているのではないのですか?」


 そう言って警官()が指差す方を見ても何も無い。


 「あそこには何もねーぞ?」

 「え? あれが見えない……?」


 な、何だ、この空気は……?


 『あーあ、やっちまったな』

 「もしかしてぇ、お姉様は邪神の使徒様、なのですかぁ?」


 オイ、何でそーなんだよ!

 マンガかよ!

 つーかイッヌは無駄に脅かすなや!


 「どういうことだ?

 塔とやらが見えねーだけで邪神の使徒とは穏やかじゃねーな。

 そもそも邪神が何なのかから説明してもらいてえもんだ」

 「いえ、あの巨大な塔が見えないなどというお話自体が今までなかったもので、みな戸惑っているのでしょう」

 「そういうあんたは随分と落ち着いてる様子だが?」

 「ええ、先程も申し上げましたが私はここに来てそれなりに長いものですから。

 この国の方々が神、という存在に対して信じ難い程蛋白なのは存じ上げておりました」


 「あのぉ、邪神ぽいなって思ってたんですよぉ、お話の仕方とかぁ、そのぉ……ちょっと怖いなってぇ」

 「ああ、スマンな。乱暴なのは生まれつきだぜ」

 「いえいえぇ、素敵だなって思いますぅ」

 「す、ステキだぁ!?」


 『まあ、コイツらも心の拠り所が曖昧で不安なんだ、分からんでもないが』

 「何一人で納得してんの? 説明せえよ、説明!」

 『だからよォ、コイツらは今まで暮らしてた場所から知らねーうちに連れてこられたって言ってただろ。

 それなりの知識を植え付けられたって言ってるがな、文化とか習慣として何百年も受け継いできたもんをポイっと捨てろなんて言われても出来ねーだろーがよ』

 「あー、確かにな。

 ここにいる面々がどんな神サマを信仰してたとかどんな祭りをやってたかとかは知らねえが、現代人じゃなかったら異文化ってのは確かに受け入れ難てぇもんなのかもな」

 『そうだ、不可抗力なだけにな』

 「でもよ、そんなの関係なくね?」

 『へ?』

 「あの、すみません。犬神様とはどういったお話を?」

 「いやな、あんたらは生活も文化もまるで違うこの町に不可抗力的に連れてこられただろ?

 それで信仰も何もかも失くしてここでの生活に馴染むことを余儀なくされたんだから、新しい拠り所を探し始めんのは無理もねーなって話だ」

 「それで、あなた様がそんなは関係ない、とおっしゃられたのは……?」

 『そうだ、この世界に速く馴染む様に事前知識を予め与えられたんだ、ソレなら後は――』

 「いや、あんたらはどこにいよーがあんたらだろ。

 違うのか? つーかフツーはそうなんだろ。

 ヘタに前提知識なんぞが与えられっからダメだったんじゃね?」

 『ああ、そうなるか』

 「この知識は異国の地で暮らして行くために我々が捨てなければならない慣習の鑑になっているものと理解しておりましたが……」

 「いやな、この国に馴染むこと自体は悪くねえんだ。

 ここの原住民と仲良くやってかなきゃならねえからな。

 だがしかしだ。

 それでここに同化して自分らのアイデンティティを捨てるっつーのはちっと違うんじゃねーか?

 むしろ独立したコミュニティでも作って観光なり何なりで食っていきゃ良いんじゃねーのか?」

 『む……アンタからその発想が出るとは思わなかったぜ……俺もだけど』

 「マジでか? 今年って何年だ?

 現代人だったら少数民族の文化の保護とか真っ先に賛成すんだろ」

 『いや、そういう問題じゃなくてだな……』

 「何だ?」

 「何だ、とは? それにゲンダイジン、とはどういった民族なのでしょうか」

 「ああ、スマン。そこのワンコと話しててな」

 「はあ」

 「現代人で言葉は単にいにしえに生きた人らに対して今を生きる人らって位の意味合いで使った言葉だよ。

 現代人は昔に比べて遠い世界の情報に触れる機会も多いからな。

 世界の国とか民族に栄枯盛衰があんのは当たりめーだが、滅んでいくような文化は勿体ねえから保護して盛り上げろって方向性で考えると思うんだがって話だ」

 「あ、あのぅ……難しいのですぅ。もう少し短くぅ……」

 「んだとコラ……文句あんのかテメー」

 「ひ、ひぃ」

 「仮にも先生だろ、てかホントは何の仕事やってたんだ?」

 「なるほど……? そちらの女性は魔導師の卵だったとかで……」

 「魔導師?」

 「ここではぁ、魔法が使えないのでぇ、本業を活かしてっていう訳にも行かなくてぇ……」

 「分かった。止むに止まれぬ理由があったのは理解したからちょっと静かにしてろ」

 「あう……」

 『俺がそういう問題じゃねぇっつったのはだな、あんた自身が随分と現代の日本に馴染んでんだなっていう単純な驚きなんだが……その様子じゃンなこと言っても通じなさそうだが』

 「おう、一応生粋の日本人として育ったからな。

 ガキの時分は色々とあったがな!」

 『そいつは興味深いな……まあ後で聞かせてくれや』

 「あんたが何でワンコなのかって方が興味があるんだが」

 『ふんそいつはお互い様だろ、“お姉様”だったか?

 笑っちまうぜ』

 「あーそうだな、面倒臭ぇからいちいち否定すんのも諦めたからな」

 『面倒臭ぇってアンタはここに来てまだ日も浅ぇだろ』

 「前の場所でもそういうのがいたんだよ」

 『つまり……こういう町がここ以外にもあるってことか』

 「ああ、そうだぜ。異世界ってヤツかもな」

 「あの、いちいち割り込んで申し訳ないのですが」

 「ああ、良いってことよ。こういうのは初めてじゃねーんだ。

 そっちはそっちで訳が分かんねーしストレス溜まんだろ」

 「はは……そうですね」

 「あ、あのぅ」

 「何だ、話の腰を折んじゃねーぞ?」

 『まあそう言うな、聞いてやれよ』

 「まあ良い、言ってみな」

 「あの、このお家にお住まいだって……」

 「ああ、ここは昔から俺ん家だが」

 「えっ……」

 「何だよ、はっきり言わねーと分かんねーぞ」

 「そ、その……このお家は……その……」

 「何だよ、言いかけたからには最後まで言えっつってんだろ!」

 「ご、こめんなさぁい」

 「あっ……待てよ!」

 『あーあ、泣かしちまったぞ。どーすんだよ』

 「知るか、面倒臭ぇ」


 先生が泣いて逃げ出すってどうなんだよ……


 「すみません。ここがあなた様のご自宅だった、とおっしゃられましたが……今この町ではその限りではない、という可能性はないのでしょうか」

 「まあ、なくはねーとは思うがな、家の中が俺ん家そのまんまだったからそう思っただけなんだが」

 「仮にこの家の中があなた様のご自宅そのままだったとしたら、昨日まで誰かがあなた様と全く同じ生活を送っていたことになりますが……」

 「まあ、そうだな」

 「もしそうならここに住んでいた方は今どうされているのでしょうか?

 ……不思議に思いませんか?」

 『オイ、敢えて言うがちゃんと空気読めよ?』

 「うるせぇ、知るか……あ」

 『このアホンダラが、オメーこそ黙ってねーとダメなやつじゃねーかよ!』

 「改めて伺いますが、あくまでご存知ないと」


 ギャラリーの視線が心なしかキツくなった気がすんぜ……


 さて、どーすっかな。

 この家、よく考えたら確かに何か変なんだよなぁ。



* ◇ ◇ ◇



 『オイ、コイツらに関しちゃあ何も難しいことはねえだろ』

 「そうだな」


 よし決めた。


 「じゃあお巡りさん。

 俺と一緒に中に入ろうか、良いだろ?」

 「え? ええ、もちろんです。

 でもここにいる人たちは……」

 「待っててもらうかどうかは任せるぜ」

 「じゃあ話して来ますね」

 「あー、言っとくがみんなで入りたいってのはぜってーにナシだからな?」

 「はい、分かりました」


 そう言って警官()もとい駐在さん()は群衆に突撃して行った。

 あ、何かもみくちゃにされてっけど大丈夫なんかね?


 ………

 …


 遅え。


 ………

 …


 イラッ。


 ………

 …


 「テメーらいつまで待たせんじゃゴルァ! 早よせぇやァ!」

 「あっハイ」


 「という訳でまずは我々が」

 「あぁ? ワレワレだぁ?

 それにまずはってのは何だよオイ!」

 「あのぉ、さっきはぁ、申し訳ありませんでしたぁー」

 「しつこい!」

 「お姉様、酷いですぅ」

 「それでギャラリーの始末は付いたのかよ。

 何か誰一人帰ってねえ様に見えっけど?」

 「言い方ァ……」

 「それがですね、ひとりずつで良いから巡礼をさせていただきたいと……」

 「巡礼って何やねん!」

 「あなた様が住まうとおっしゃられている場所なのです。

 お参りの様なものですよ」

 「さっきのアレはどこに行っちまったんだよ……」

 「まあこう言っては何なんですが、怖いもの見たさなのでしょう」

 「それ、きっと当たってると思うぜ」

 「えっ……!?」

 「怖いものって奴だよ。

 前もって言っとくが多分お化け屋敷だからな、覚悟しとけよ」

 「えぇっ!?」

 「今から引き返そうったってダメだぜ」

 「そ、そんなぁ……」

 「ちなみによ、この家に誰が住んでたかなんて知ってんのか?」

 「えーとぉ、普通に空き家だと思ってましたぁ」

 “フツーに”とか、ホントにそのボキャブラリーはどっから来んだよ……

 それに……コロコロと態度が変わり過ぎだろ。

 いつの間にか例の紙切れをいじり回していた手をポケットから出してダラリとさせる。

 当たり前だけど何か落ち着かねえなあ。

 「お前ら、やっぱ変だぞ?」

 「まあ、お互い様でしょう」

 「そうか?」

 「そうですよ。

 客観的に見たらあなた様が一番怪しいです」

 「まあ、否定はできねえな」

 『おい、他人に遅えとか言ってる癖して自分はグダグダかよ。

 日が暮れちまうぞ』

 おおう、そうだった。

 「時間がねえ、全員来てえなら日を改めてくれ」

 一日経ったらどうなってるか分からんけどな!

 『こうなりゃ拝観料でも取ったらどうだ?』

 「人の家を何だと思ってんだよ……ったく」

 「す、すみませぇん」

 「気にすんな、オメーのことじゃねえ」

 「えっ、は、はいっ、ありがとうございまぁす?」

 ワンコが絡むと会話がねじれるんだよなあ。

 コイツは必要な要素だから仕方ねえけど。

 「でさ、ギャラリーの皆さんには取り敢えず明日また来てくれ、とか言って何とかお引取り願えねえもんかね」

 「じゃあ私が行って来ますか」

 「あ、待った。

 あんたが行ったらまたもみくちゃにされんじゃね?

 それに何だかんだ押し切られんだろ」

 「じゃ、じゃあ、私がぁ」

 「ヨシ、俺が行くしかねーな!」

 『いや、それこそ大混乱だろ』

 「いや、結局俺が頼まねーと収拾がつかねえだろ」

 「あっ……」

 『ったく、しょうがねえなぁ』


 俺がギャラリーの皆さんに向かって歩くと、周りがサーッと下がって道が出来た。

 モーセかよ!

 そして何か思ってたのと違うんだけど!

 当たり前だけどメチャクチャ注目されてるぜ……

 何つーか……固唾をのんで見守ってる感じだ。

 てかワンコは何で付いて来た?


 「えー、コホン……」


 ざわざわ……

 ざわざわざわ……

 ざわざわざわざわ……


 えぇ……何だよこの空気ィ……クッソやりづれえンだけど!

 ホラそこ、土下座なんぞせんでええっちゅーに!


 【ここはわたくしにお任せを】

 へ?

 「皆様、今日のところはお引き取り願えないでしょうか」

 アレ?

 今しゃべってんの誰? 

 「皆様にはそれぞれにご自身の大事な役割があるのです。

 それを決して忘れないようにしながら、日々を大切に暮らして行くことが何よりも尊いことなのです」

 俺何もしゃべってないよ? 何これ?

 口を動かしてんのは俺だし声も俺なんだけどさ!


 「そして……」


 【詳しくは後ほどそこのワンちゃんにお尋ね下さいませ】

 ああ、あの人か! 開店記念の日に……!

 なるほど、アレが出来るんだもんな。

 【えっ!?】

 おっとスマン、今はこっちに集中してくれ。

 【はい、失礼いたしました】


 「わたしと行動を共にすれば、何でもない日々の暮らしがあなた方の手のひらからこぼれ落ちて行くことでしょう」


 ざわざわ……

 ざわざわ……


 あー、何か……やっぱ俺のせいなのか?

 あ、後で聞くから応えなくて良いぜ。

 無制限に出来ることでもねえだろうからな。


 「もしそれでもよろしいのならば」


 なるほど、だからあの店も八百屋も無いってことなのか。

 だがちょっと待て。

 イキナリ口調が変わったせいか知らんが何かまた変な目で見られてっぞ?

 【そこは何卒ご容赦下さい……】


 「明日の朝再びこの場所を訪れて下さい。

 そのときは……そのときはあらかじめ——」


 これってどういう仕組みなんだ?

 やっぱここは仮想現実的なやつなのか?

 【いいえ、ここは仮想空間とは似て異なル場所——】

 

 「大切な方々との別れを済ませておくようにして下さい」


 【くれぐレもご注意下さい。死ネばそこで終わりなのデす】


 そうか、まあ精々気を付けるとするわ。

 手遅れじゃねえと良いんだけどなあ。


 【えッ……】


 「あー」

 ……終わりか。


 「お話は以上です。どうかよろしくお願いします……」

 こんな感じで良いんかね。

 俺がペコリと一礼すると、そこにいた人たちは戸惑った様子で順に頭を下げては集まっていた場所を後にし始めた。

 残った二人は少し離れた場所からホッとした様にこちらを見ていた。


 その様子を眺めながらワンコに話しかける。


 「なあ」

 『何だ、思いの外良い感じだったんじゃね?』

 「まあな。

 それよかさ、さっきから疑問に思ってたんだが首輪はどうしたんだ?

 自分で外したんじゃねーよな?」

 『ああ、外してもらった。アンタんとこに行けってな』

 『あの家の住人なら後でゆっくり会わしてやるよ。

 まあ意外と顔見知りだったりしてな』

 「そうか、知らねえ間柄って訳じゃねーかもな。

 顔は知らねえけどな」

 『マジかよ!』


 その前にあの二人に自分の家を見てもらわねえとな。

 ……場合によっちゃあ定食屋行きは諦めねえとならねえかもだなぁ。



* ◇ ◇ ◇



 さっき勝手にしゃべくり散らかしてたヤツ、ここでは死んだらそれで終わりだと断言してたな。

 つまりここは現実にある現実の場所だと、そう言っていた訳だ。

 そして俺ん家に“巡礼”したがってたギャラリーに対しては“大切な人との別れを済ませてから来る様に”と忠告していた。


 つまり……暗に俺ん家がスローターハウスだと、そう言ってたと解釈出来る。

 偶然か否かはさておき、コイツは俺ん家の状況を揶揄してたあの頭がおかしいテレビクルーが言ってた状況に近しいってことになる。

 もちろん、俺の認識は違うがな。

 これから連れ込むのは言わばここの住人の代表だ。

 こいつらが家の状況をどう捉えるのか……

 ついでに家の外の風景、コイツも同じに見えてんのか怪しいから聞いとかねーとな。


 「じゃあ早速だが家に入るぜ。良いな?」

 「はい。よろしくお願いします」

 「はぁい、お願いしますー。それでぇ、あのぉ……」

 「何だよ、もっとハキハキとしゃべれねーのか?」


 調子狂うなぁ、オイ。

 こりゃしばらくここで足踏みさせられんじゃねーか?


 「あの、あの、い、今のぉ、知らないぃ、間柄じゃないっていうのはぁ、どなたのぉ、お話なのですかぁ?」

 「ああ、そこにいるワンコと話してたのを聞いたのか。

 そのワンコにここに行けって命じた奴のことだよ。

 つーかさぁ、ハキハキしゃべれって注意されてますますたどたどしくなるって何なんだよ。

 なぁセンセイさんよぉ、オイ」

 「ごごごご、ごめんなさぁいぃ」

 「あなた様に気圧されているんです。もう少し優しくご注意いただければ直せると思いますよ。

 それはそうと犬神様にお命じになられた、ですか。

 その方は一体どの様なご身分なのでしょうか」

 「知るかよ。

 そもそもお前らだって俺の身分を正しく認識してねえ様だからな、実際どうなのかって説明すんのは思いの外難しいかもしれねーな」

 「左様ですか。

 私どもにとっては等しく恐れ敬うべき超自然的存在、なのですが」

 「超自然か。その言葉はそっくりそのままお返しするぜ」

 「え? それはどういう……何か特別な言い回し」

 「どういうも何も、言葉通りだよ。

 あんたらは暮らしてた場所からここに連れて来られたんだろう?

 誰が? なぜ? どうやって?

 だがそんなこたぁオメーらには分からねえだろ?」

 「あの、それはあなた様にも?」

 「知る訳ねーだろ。言ったよな、来たばっかだってよ」

 「で、でもそそそのそのそのぉ」

 「何だよ」

 「ぴぃっ!?」

 「何もしねえから言ってみろよ」

 「あのぉ、失礼、なんですけど、先程のぉ、60歳、というのは本当……なのでしょうかぁっ!?」

 「なぜ最後のワンフレーズだけ何の前触れもなく急に激しく早口になるんだよ……」

 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさぁい!」

 しゅたっ! と音が出そうな勢いでジャンピング土下座!

 「何かバカにされてる気分になって来たぜ……」

 「無駄に尺を使ってしまい申し訳ありません。

 しかし私も思います、本当なら普通の人間ではあり得ません。

 あなた様の見目はどう見ても10代の半ば位です」

 「はぁ……まあそれはこれから分かると思うが……

 その塔とかいう場所で見たっていうなら、そうだな……あり得るのは人形だったとかそっちのパターンなのかね」

 「え……人形……お人形さん……?」

 「何だよ」

 「素敵ですお姉様! ぜひ分解させて下さい!」

 「変なとこでセンセイ感醸し出してんじゃねーよ!」


 待てよ!?

 分解されたらその場合おっさんであるところの俺はどうなるんだ?


 『フン、どうやらスプラッタなショーが見られそうだな!』

 「うるせえ! 死ね!」

 「えッ? あ……あ………あァ……」

 「わーわー、待った待った今の無し、冗談だ冗談!」

 「う、うう……ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ……げほっ、げほっ、ごほっ」

 「お、おい、大丈夫か?」

 「あ、うっ……おぇっげぇぇぇぇ……」

 ビチャビチャビチャビチャ……

 「お、おい」

 「うっ……!」


 バタッ。

 や、やべぇ、何かピクピク痙攣してるぞ……!


 「お、おい、大丈夫か、おい!」

 『失神してるな……頭から倒れた様だが』

 「も、申し訳ございません。どうか、どうか彼女をお許し下さいませ……」

 「ああ、問題ねえ。つーか許すも何もねえ、オレが悪ィんだからな。

 それよか一刻も早く介抱してやらねーと……いや、救急車……119番通報は……!?」

 「い、今呼びます」


 あ、あるんだ。

 ……じゃなくてぇ!


 一体どうなってる?

 何が……起きた?

 俺が死ねと言ったら本当に死にそうになっただと?


 『アンタ、本当に神様じゃねえんだよな?』

 「ちょっとしばらくの間オメーと話すのは止めにしとくわ、あらぬ誤解を招きかねねえ」

 『そうか……了解した』


 そうだ、俺は死ねとは言ったがそれはこのワンコに対してだ。

 それなのにこのねーちゃんが死にそうになったのは何でだ?

 自分がそう言われたと錯覚した?

 それがなぜ……? どういう作用だ?

 逆に治れと言ったらそうなるのか?

 だが俺が冗談だと言っても状況は好転しなかった。

 それはなぜだ?

 悪いのは俺なのにコイツは必死で許しを求めて来た。

 だから俺にその気が無くとも勝手に“裁きを受ける”形になった……?

 まさかとは思うがこれも認識の相違ってやつなのか?

 クソ……のんびり家を案内してる場合じゃなくなっちまった。

 どうする? どうすりゃ良い?


 そうだ、認識の相違をそのまま利用してやれば良いのか……

 だがどうやって……?


 「助けは呼びました! まずは救命措置を……!」

 「AEDなんてあったりすんのか!? まず人工呼吸か!」

 「あ、あの……AEDというものは随分昔に設置されてそのままのものがありますが動くかどうかは……

 あの、あなた様のお力でお救いいただくことは叶わないのでしょうか?」


 お、俺の力? 

 俺の力ぁ?

 何か俺が良いことしようとしてるよーな絵面だけどコレマッチポンプも良いとこじゃね……?

 まあそれはさておき……

 「俺がじんこ——」

 『ヤメレ! キモいわ!』

 「うるせえ!」

 「も、申し訳——」

 「あーまただよ! 違う、違うってぇの!」

 『おうふ、すまねえ。俺はしばらく黙っとくわ』

 「そ、それではご救済をいただけると!?」

 「あー、そうしてえのは山々なんだがなあ。

 どうすりゃ良いもんか……そうだな、何か代償となるものが必要だな。

 例えば——」


 まあ、そうとでも言えばその通りに信じてくれるだろうからな。


 「何でも良い、ひとつだけ持ち物をくれ。高価であればあるほど良いな」

 「持ち物、ですか? 価値と奇跡の効果は……?」


 あー、やっぱそれっぽい設定にしといた方が信じ易いからな。


 「ああ、比例すると考えてもらって良い」

 「分かりました。ではこれを」

 「おう、決断が早えーな……って拳銃……!?

 良いのかよ」

 「ええ、構いません」

 「しかし後で面倒ごとにならねーか?」

 「大丈夫です。

 もしもそうなった際は、参考人としてご同席をお願いするかもしれませんが。

 あなた様のお力があればどうとでもなりますよ」

 「そうか……」


 おい、何だよその確信犯的発想はよ!

 危ないお巡りさんになってねーかコイツ……!

 てゆーか何で拳銃持って来てんの!?

 もしかして俺のこと撃ち殺そうとしてたんか!?


 いつの間にかジト目で見ていた俺の視線に気付いたのか駐在さん()は居心地が悪そうだ。


 「よし、じゃあそいつは預かるぜ」


 ずしりと重い拳銃を眺めながら考える。

 ここに刑事さんはいるのかねぇ。

 まあ、いねーか。顔見知りが一人もいねえからな。

 完全に別な場所だしな、ここは。

 後始末できなかったら別な意味で始末しなきゃなんねーのか……?

 とにかくこの小道具を使ってどうにかしねーとな。


 「良し、今この拳銃の質量分のエネルギーを使ってこのねーちゃんを元の状態に近付けてみるぜ」

 「は、はい……」


 うう……そんな期待のこもった目で見んなや……

 つーかこの後どうすっか考えてねーぞ。

 うーむ……ええい、もうどうにでもなれ!


 「スイッチ」

 俺は拳銃をねーちゃんのデコに当てて小さく呟いた。


 ど、どうかな!?

 って拳銃が消えたぞ!?

 マジで奇跡が起きちゃった感じ?


 と、そのとき聞こえてきたサイレンの音。


 “ピーポーピーポーピーポーピーポー”


 おっと、ようやく来たか救急……車?

 「きゅうきゅうしゃが来ました!」


 きゅ、きゅうきゅうしゃ……?



* ◇ ◇ ◇



 「オイ、マジメにやれ!」

 「いえ、これがホンモノの救急車です」


 救急車? 今来たこのとうふ屋のバンがか?

 ああ、警察組織もコレなんだし消防だってお察しだろって話か。


 「まあ良い、要するに警察も消防も地域のコミュニティに支えられてるって訳だな」


 霊柩車じゃなかっただけマシってもんか。


 「ここには領主様はもちろん、領軍も騎士団もおりません。

 この国の社会に関する知識を与えられたとして、私どもにできることといえば自警団……いえ、青年団を組織するくらいでして……」

 「解せねえな……車はあるんだろ、下の街から応援を呼んだり出来ねえのか?」

 「下の街……? それはどこに?」

 あ、コイツらには見えてねえとか謎の壁がァとかってやつか?

 「良し分かった。後で話すぜ」


 などとやり取りしてる間にバンからとうふ屋が降りてこっちに向かって来る。

 「お巡りさん、ケガ人は!?

 ああ、先生か……って泡吹いて倒れてんじゃねーか!」


 あ、ホントにセンセーなのな、この人。

 ……じゃなくてぇ!

 

 あー、あんたを呼んでもらったのは保険だから……じゃなくてぇ!

 「取り敢えず救命措置っぽいのをイイ感じにアレしたのでちょっち診てもらってイイ?

 ってか医療従事者サマは?」

 「おおう!

 オレ様のとうふさえ食わしときゃあ大抵の病気は治るぜぃ!

 ってアナタ様はァ!?」


 大丈夫かコイツ……主にアタマの方が。


 「う、うーん……はっ!?」

 「お? 気付いたか」

 「と、とうふはァ?」

 「スマン、要らんわ」

 「そんなァ!」


 さっきのが効いちゃった感じか? マジかよ!

 「と、とうふ……」

 「うるせぇ!」

 「おうふ……とうふなだけに!」

 はっきり言おう。くだらねぇ!



 「分かっていたこととはいえ、やはりあなた様のお力は本物だ。

 疑う余地もありませんでしたね」

 駐在さん()だ。

 「いやあ、だって元をただせば俺が悪いんだしさ」

 「お、お姉様ぁ……?」


 さて、治療の仕方とか分かんねーから敢えて“元の状態”って言い方にしてみたが……


 「あ、あのぉ……」

 「なん、はや……ゲフンゲフン、何かあれば何でも聞いてくれ」

 いや、危ねえ危ねえ。

 折角ワンコも大人しくしてくれてることだしちゃんとやらねえとな!

 「お姉様ぁ、あのそのぉ……ぜひ分解させて下さいぃ!」

 「へ? ああ、そういうことか」

 「あの、どの様な?」

 「“元の状態”に戻ったからさっき俺が歳食って見えねえなら人形だったって話もあるんじゃね? って話をしたとこに戻ったんだな、コイツだけ」

 「ああなるほど、そうでしたか」


 しかしコレ、俺一人でやってたら絶対上手く行ってねえよな。

 実際に起きてんのは俺が起こした奇跡がなんかじゃなくてコイツらの思い込みの具現化だ。


 しかし仕組みが分からんぞ。どういうこった?

 いや待てよ……苦し紛れにスイッチとか言っちまったが……場面転換してたとか……?


 ………

 …


 『目の前カら消えて無くなったからッてあなたの罪まで消えたッテ訳ジャないノヨ――』


 いったいどこで耳にした台詞か、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。


 さっきまでとは何かが違う?

 いや、見た目何も変わってねえから似て非なる場所ってことなのか?

 じゃあ実際に俺の言葉のせいで命を落としたヤツは他にもいるってことなのか……

 そう考えると急に全身から汗が噴き出して来る。


 だがこの駐在さん()は“治った”事実に納得してるぞ?

 事実は事実か……いや、翻せばそれは——


 「さあ、入りましょう。ああ、とうふ屋さんはどうされますか?」


 声をかけられ我に帰る。


 「とうふ屋はさっきのダジャレで十分仕事しただろ」

 ダジャレを言わすために119番通報だなんて最低ですね!

 「そうだな、じゃあ俺に一丁くれや」

 「へいっ毎度ォ!」

 これもう救急車じゃなくてとうふの移動販売じゃね?

 あ、そーいえば。

 スマホがねーから電子マネーが使えねーんだよな。

 やべぇ、どうすっペ。

 「ああ、お代は結構ですぜ!

 女神様からお代なんていただけねえでさァ!」

 「あ、良いの?」

 「ヘイ! じゃあアッシはこれでぇ!」


 とうふ屋はシュタッ! とダッシュでクルマに乗り込み去って行った。


 『今の奴、明らかにアンタにビビってたな』

 「ん? そうなのか?」

 『さっきのギャラリーの中にもいたぞ』

 「そうか、人の顔なんてよく覚えてんなぁ、犬のクセによ」

 『言っとくがアンタと同じで俺は自分がワンコだって自覚はねーからな』


 「それでぇ、ぶんかい——」

 「良し、じゃあ取り敢えず上がってくれや」

 「はい、お邪魔します」


 オレは鍵を開けて玄関のドアを開けた。

 まあ何も変わってねえよな。


 「う……ここに住まわれるというのですか」

 「何? 新しいか古いかは置いといて普通の家だろ?」

 「ええ、ですがこれはまるで……」

 「お化け屋敷か?」

 「ええ、失礼ながら」

 「まあ、上がってくれ」

 「ええと、その……」

 「何だ?」

 「靴は脱ぐのですか?」

 「ああ、そうか。日本家屋じゃ靴を脱いで上がるんだぜ」

 「あ、いえ。それは存じ上げているのですが、その……」

 「あ、あのぉ、そのぉ、古いとかぁ、そういうレベルじゃなくて、ですね……」

 「その、これはもはや廃墟なのでは……」

 「そこまでかよ……つーことは地面が見えてたり草が生えてたりしてんのか」

 まさか小動物が住みついてるなんてのはねえよな!?

 「ええ、有り体に申し上げると、そうですね。

 灌木が生えているのも見えますが……」

 「そこまでかよ……」

 『俺の目には普通に古めの家という感じに映ってるがな』

 ワンコは俺と同じに見えてんのかね?

 古めってのがどの程度のもんなのか分からねえがな。

 しかし……

 「そこまでなら外から見ても相当だっただろ。

 そこんとこどうだったんだ?」

 「あ、いえ……外からだととちょっと蔓草が這ってる古い民家という体ですね」

 「今まで入ってみようと思ったことはねぇのか?」

 「い、いえ。ああ、空き家だなぁ、くらいの感覚で見てましたぁ」

 「そいつは困ったな。どこで食おうかなあ、とうふ」

 「お、お人形さんでもお腹がすくのですかぁ?」

 「良い加減お人形設定から離れてくれよ」

 「えぇっ、違うんですかぁ」

 「知らんわ!」


 しかしどうすっかなあ。

 内覧もクソもねーだろこれじゃあよォ。

 ……ものは試しだ。


 「よし、俺がどっちか片方おんぶしてやる。

 それで一人ずつ交代で中に入ろうぜ」

 「え? あの、よろしいのですか?

 先生はさておき、私はかなり重いですよ?」

 「構わねえ、楽勝だぜ。

 俺的には土足で入られる方が嫌だからな」

 「じゃあ靴を脱ぎますよ?」

 「いや、確認してえこともあるしな、それに変なもん踏んづけちまったら危ねえし」

 「いや、あの」

 「良いから気にすんなって。それよりどっちから行くか早く決めてくれや」

 「しかし……その、直接あなた様に触れるというのは……」

 「あー、もう面倒臭え。決めた。お巡りさん、まずはアンタからだ」


 そう言って駐在さん()の前で後ろ向きに立って中腰になる。


 「あの、これはどういった……」

 「おんぶしてやるっつってんだ。早くしねーか、ほら」

 「しかし……」

 「だーっ、もう良い! こうしてやる!」

 「あっ何を……」

 駐在さん()を丸太の様に正面から抱えてお姫様抱っこ体勢にスパッと切り替える。

 こうでもしねえと何も進まねえからな。

 「あの、色々とすみません……」

 「気にすんなって言ってんだろ」

 「お巡りさん、ずるいですぅ」

 「オメーはこれ持って待ってろ」

 センセーこと隣のねーちゃんにとうふを押し付けて家に上がる。

 家に上がるってだけのことで何でこんな大騒ぎせにゃあならんのだ……

 『おっさんがおっさんをお姫様抱っことか出来ればご遠慮願いてえ絵面だな』

 言うな、おっさんが若いねーちゃんをおんぶするよりはマシだ!

 という訳で出発だぜ。


 「あ……浮いて……宙を歩いてる……!?」

 「お姉様、凄いです!」


 あーやっぱそう見えるのね。

 「あのな、言っとくが俺はフツーに床の上を歩いてるだけだからな」

 「うわっ!」

 「あ、コラ、じっとしてねーと抱え辛えだろ」

 「し、しかし今……あれ? 通り抜けた……?」

 「粗方その灌木とかにぶつかったんだろ?

 何か知らんが俺に触れてたら俺の認識通りになるからな」

 「よく分かりませんが……やはり凄いですね」

 「いや、逆に俺が壁だと思ってるとこは何もねえ様に見えても通れねえから」

 「は、はあ」


 やっぱ定食屋のときと同じか。

 昨日までいた定食屋もまた同じってことになんのか。

 あっちは腹は減らねえ、トイレは必要ねえ、日は沈まねえで怪しいとこだらけだったが、さてなあ……

 いや、それよりもあの二つの月……あれも現実……なのか?

 


 「あの、そこに下へ降りる入り口が見えますが、地下室か何かでしょうか」

 「そこ? 指差してもらって良いか?」

 「ええと、こっち方面に2メートル位進んだところにあります」

 「2メートルってえと、キッチン……床下収納か」


 昨日見た限りじゃ怪しいとこは無かったが……

 確かに怪しいとか何とか言われてたとこではあるな。

 さて、どうしたもんか……


  

* ◇ ◇  ◇



 床下収納の上に立つが何も変わったところはない。

 そりゃそうだ、俺から見たらただの蓋だ。


 駐在さん()が少しピクリとなり身体をこわばらせる。


 「もしかして俺って今浮いてるの?」

 「は、はい。階段の上に……」


 どうすっかなあ。

 原理はさっぱり分からんけどこうしてっと当たり判定は俺優先になるんだよな。

 もしかすっとこの町には他にもこんなとこがゴマンとあるかもしれねえんだ。

 そんなものに触れる機会があるんなら当然逃す手はねえんだが。


 『おい、役割をチェンジしてみたらどうだ?』

 そうだな、いっぺん降りてもらうか。

 俺はワンコに向かって軽く頷いた。


 「よし、一旦玄関に戻って下履きに履き替えるか」

 「え、それは……」

 「下履きのままで良い。

 俺を抱えてここまで来て欲しいんだ。

 多分今のあんたと同じで目に映るものは変わらねえんだろうがな」

 「あの、遠慮……しても駄目なんですよね」

 「たりめーだ」


 てな訳で嫌がる駐在さん()を無理矢理に抱っこしてもらってキッチンに戻って来た。

 ふつうにおんぶしてもらおうとしたが何故か頑として受け入れてもらえず、じゃあ抱っこしろといったらもっとだめだと言われ、結局落ち着いたのが最初と同じお姫サマ抱っこだった。

 おっさんがジジイをお姫様抱っこってもうダメじゃね?

 もう何でやねんしかねーわ……

 復活し立てのねーちゃんがまたぞろギャーギャー騒いだが病み上がりは黙って待ってろと無理矢理玄関に押し留めた。

 まあ、本当に病み上がりなのかは怪しい訳だが……

 一時間して戻らなかったら助けを少人数で呼べと言っといたが……まさか追っかけて来たりはしねーよな?


 実を言うと俺も駐在さん()と一緒でビクンビクンしまくり、「大丈夫ですか?」などと心配を掛けてしまった。

 どうやらこいつらから見たらこの家は本当に廃墟で壁なんて無かったりするからか、居間と納戸の壁抜けを体験したりしたのだ。

 なるほど、これがアホ毛から始まって定食屋やら駐在さん()が「壁、壁、わーわーわー」とか騒いでたやつなのかと思ったね。

 しかしだ。

 ここで「うお!」なんて騒いじゃいられねえ。

 んなことしちまったら留守番担当のねーちゃんがこっちに来ちまうからな。


 とにかく下に降りてみてえんだ、我慢だ我慢。


 「……入れないみたいですね」


 しかし駐在さん()は難しそうな顔でそう話す。


 「入り口に扉か何かがあってそこが閉まってるとかそういう感じか」

 「はい。床面に浅めの穴がありまして、その中に下へとつながる階段が見えているのですが……」


 足を踏み出そうとするが何かにぶつかっている様だ。


 「ちょっとそこから踏み込んでみていただいてよろしいでしょうか」

 「ああ、じゃあ降ろしてくれ」

 駐在さん()は俺をゆっくりと下ろす。

 俺も靴を履いてるけどどう見えてるんだろうな?

 って……ぬお!?


 バリッ……ガシャン!


 「あーあ、やっちまったぜ」

 「あの、何が……大丈夫ですか!?」

 「いやほら、ここに床……っつーか床下収納があってだな、その蓋とか中に入ってた瓶に足っつーか下半身が刺さりまくりなんだわ」

 「えっ!? それは大丈夫——」

 「だだだだだ大丈夫ですかお姉様ァー!?」

 「何でもねえ!

 大丈夫だから戻って大人しく待ってろ!

 オメーがいると話がちっとも進まねえ……

 じゃなくて……もう良いや、ちっと待ってろ」

 「えっと……あのぉ……」

 「あ? 何だ?」

 「は、はいぃー、分かりましたぁー」

 「良し。オメーは黙って見てろよ」


 『何かあれば俺が家に戻って応援を呼んでもらうから安心しろ』

 ふむ。例の飼い主? か。出来れば普通に会いてえがな。

 再度軽く頷くと、ワンコはその場でお座りの体勢になった。


 「さてと、まずはモノをどかさねえとな」

 「何かお手伝いしますか?」

 「いや、見えねえんだから無理だろ。

 まあその気持ちだけもらっとくわ」

 「はあ、すみません」

 「気にすんなって。あんましつけえとキレっからな?」

 「は、はい」

 ったく……面倒臭えなあ。


 俺は壊れた床下収納の蓋を撤去して中のビン類も全て取り出した。

 梅酒がみんな干上がってて助かったぜ。

 中身が入ってたらビチャビチャになってたとこだ。

 しかしこれ、漬けたの俺自身の筈なんだけど何年くらい経ってんだろ。

 うーむ。

 まあ今は良いか。それよりも……この床下収納だな。

 「どの辺で進めなくなってるんだ?」

 「この辺りですね。ここに何か見えない壁があるんです」

 そう言ってコンコンしているのは床下収納の勝手口側……向かって右奥の底面近くだ。

 このユニットの一部が物理的な障壁になってる?

 俺にもこいつらにも認識出来ねえ何かが存在してるとか……?


 ……! そういやここには……

 俺はキッチンペーパーを持って来て底面の汚れをゴシゴシと拭き取った。

 「これか……しかしどうする?」

 「あの、そこに何か?」

 「ああ、見えねえだろうがここ全体がユニット状の床下収納になってるんだ。

 多分一部分が障壁みてーになってて前に進めねえんだと思う。

 でな、もしやと思って今あんたが指差したた辺りの汚れを拭き取ったんだよ」

 「それで、もしやとおっしゃられるのは?」

 「あー、羽根飾りのレリーフがあるんだよ。丁度この辺にな」

 「羽根飾り……それはあなた様が御髪に飾られている様な……?」

 なぬ? 俺が身に着けてるだと?

 「あー、そうか。俺は自分じゃ見えねえんだよ。

 えぇと、緑、白、赤、青で大きさは……そうだな、定食屋のジャンボ海老……じゃ分からんよな。

 えぇと……そうだ、アンタの靴の裏位のサイズ感だな」

 「おお、おっしゃる通りの外観です。やはり見えなくても分かっておられるのですか」

 「まあ、大体な。さて、ということは……その飾りをちょっと外してもらえねえか?

 自分じゃ見えねえから外せねえんだ」

 「え? あの、女神様のシンボルとも言われている羽根飾りをですか?」

 「だからさっきからそういうのは無しだっつってんだろーがよォ!」

 「も、申し訳ありません。あまりのことに、つい……」

 たかが羽根飾りがそれほど大事なことなのかよ。

 『オイ、宗教的な奴かもしれねえから言い方には気い付けろよ』

 おっと、そうだな。危ねえとこだったぜ。

 「ああ、必要なことなんだ。悪ぃけど頼むわ」

 「あ、あのぉ……わ、私がやります……で、良いですよ……ね?」

 「そうですね、ここは彼女にお任せするのが無難と存じますが如何でしょうか」

 そうか、こんだけ動き回っても取れねえんだ、編み込んであるとかか。

 分からんけどな。

 「ああ、構わないぜ。頼む」

 「は、ハイ! お任せくださいぃ!」

 取り敢えず俺はその場でじっとしてることにした。

 身長差がかなりあっけどコレ、大丈夫なのかね?

 「あ、あのぉ……」

 「何だ?」

 「す、少し前向きにぃ、屈んでぇ、いただけないでしょうかぁ。

 あ、あのぉ……と、止め具をぉ……は、外せばぁ、取り外せそうなのでぇ」

 あ、やっぱそうなんか……つーか俺は今床下収納に入ってるから膝下が見えねえくれーの体勢なんだな。

 頭を少し下げれば良いんなら、多分防具だかバレッタみたいなのを付けててそこに羽根飾りみてーなのを挿しとくホルダーか何かになったりしてんのかね。

 リボンとかじゃすぐに落っこちちまうもんな。

 でも実質的な身長差ってどん位なんだろ。

 「これで良いか?」

 頭ナデナデの体勢だよな、コレって。

 「は、はいぃ、少し……お待ちくださいぃー」

 そう言って俺の頭の上で何やらガサゴソしてるとおもったら左右をガシっと……掴んでる様で掴んでねえな。

 頭につけてる何かを外そうとしてんのか、そのまま両手を上にあげた。

 「わあ……綺麗な御髪ですぅ。

 ショートだと思ったらぁ、結構長かったんですねぇ」

 「そうなの? 知らんけど」

 ホンマ知らんわ!

 「それでこれをこうして……と」

 再び頭の上で何かガサゴソしている。

 そして羽根飾りをパチンと外した何かをまた頭に装着した……らしい。

 「ちょっとぉ、もったいないですけどぉ、これで元通りですぅ」


 「サンキュ。羽根飾りは?」

 「私が持っていますよ」

 「うし。じゃあそれをこの辺にかざしてみてくれ」

 そう言ってレリーフがある辺りを指差す。

 「その辺りですね、承知しました」

 俺はうえに上がり、駐在さん()と場所を入れ替わった。


 「では行きますよ」

 「ああ、頼む」


 【ビー】

 うおっと!?

 「! 反応がありましたね……!」

 「し、仕組みがぁー、さっぱりぃー、分からないですぅー。凄いですぅー」

 「しかし、相変わらず壁がありますね。

 今の音は駄目だ、という意味でしょうか」

 あービックリしたぜ……

 「コレ、もしかすっと俺自身がやらねえとダメなやつか。

 しかし、どうやって……」

 いや、そもそもこの羽根飾り、俺が持ってたのと同じやつなのか?

 それにだ。

 俺が持ってたやつだって母さんの形見なんであって元々オレの持ち物って訳じゃねえんだ。


 「あの、お手を拝借しても?」

 「ああ、しかし俺に持てるのか?

 見えてねえんだぞ?」

 「元々あなた様が身に付けられていたものですから」

 「よ、良し。試してみっか」

 「そ、それでは私がぁー」


 あー、コレもう何かダメな予感しかしねえ……


 って今何か手に持たされてる感じ?

 「行きまぁす」

 「お、おう」

 しかしコイツは緊張感がねぇなあ。


 【ピッ】

 ガコン!


 「あ、開いたでしょうか」

 「どうだ?」

 「いや、変わりませんね……」

 「じゃあ今の音は何だ? っつーか聞こえたよな?

 “ガコン!”てさ」

 「ええ、聞こえましたね」


 やっぱダメな予感しかしねーぞ……


 “ちゃーらーりーらー♪ ちゃららーりーらー♪”


 今度は何だよ……


 「何ですか? この気の抜けた音楽は」

 「ウチの言えるデンの着メロだよ! 抜けてて悪かったな!」

 「あ、その……“いえでん”が何なのか存じ上げませんが、失礼いたしました」

 「だから気にすんなっつーの。

 ちっと待ってろよ」


 これ無視した方が良いんかね?

 絶対今のがきっかけだろ。


 ガチャ。

 「もしもし?」

 『汝——』

 ガチャーン!


 「ど、どうされたんですか?」

 「いや、何でもねえ、何でもねえぜ。ははは………」


 えーと……

 終わりかね? 終わりだよな?


 「あの、結局ぅー……あ、あぁ……ひぃぃ……」

 「今度は何だよ!」


 ズン!


 …………

 …


 ズズン!


 「何だ、何の音だ!?」


 「どうやらこの“ガーディアン”を倒さないと中に入れない様ですね」

 何だと!? そこに何かいるってのか?

 しかしねーちゃんと違って落ち着き払ってんな?

 「“ガーディアン”とかいうヤツがそこにいんのか?

  俺には何も見えねえが」

 「そ、そんな……」


 あ、俺が何とかするもんだと思ってたのね……

 ぶっちゃけ見えねえから俺にはどうすることも出来ねえぞ。


 「あー、スマンけど俺には見えねえし触れねえから自力で何とかしてくれや」

 「えぇ……」

 「すみません、無理です」

 「じゃあ……」

 『逃げるしかねぇな』

 「逃げたらどうなる? そいつは追って来んのか?」

 「それは分かりませんが……この“ダンジョン”の“ガーディアン”という推定が当たっているならば持ち場を離れることは無いでしょう」

 「こういうのは良くあることなのか?」

 「はい。私どもの国では、のお話ですが」

 「ナルホド」


 じゃあ違う可能性もあるって訳か。

 そもそもの話、ここを守ってるヤツじゃなかったらさっきの想定も崩れちまうんじゃねえのか?


 「あの……」

 「ん?」

 「同じ様なのが次々に出て来たのですが」


 ん!? 何か重大な勘違いをしてる様な……


 「ところでさ、そいつらって襲って来ねーの?」

 「あ……言われてみれば」

 「あとよォ、ノシノシ歩いて来て壁ブチ破ったりとかは?」

 「あー、言われてみれば何も壊してないですね……まあ初めからほぼ壊れてますが……」

 「……あのなぁ」


 ダンジョンとかモンスターとかそんなモンが当たり前の様にあってたまるかってんだ。

 あとさっきの電話も何だったんだよ……


 「た、大変です!」

 「今度は何だよ!」

 「出て来た者共が揃ってひざまづき始めました!」


 えぇ……


 「お姉様、凄いですぅ!」

 『いよいよ神がかって来たな!』


 イヤ、知らんから!



* ◇ ◇ ◇



 「なあ、そいつらってどんな見た目なの?」

 「色々ですね」

 「色々?」

 「ええ、色々です」

 「具体的には?」

 「えー、……一言では難しいですね」

 「例えば?」

 「いや、筆舌に尽くしがたいとしか」

 「何じゃそりゃ……オイ、オメーが説明しろや」

 「あ、あのぉ……何ていうかぁ……げろんちょべろんちょっていう感じデスぅ……あ、ですのところはカタカナですぅー」

 「更に分からん様になったわ!」

 『俺が説明しようか?』

 「お、オメーにも見えんのか、頼むわ」

 「あの、お話されているのは犬神様ですか?」

 「ああ、コイツも見えるから説明してやるってさ。

 ちょっと黙って見ててくれや」

 「はい」

 『まず、こいつらは俺みてーに動物とかじゃなくて怪物の類だ』

 「ああ、それは何となくだが分かってた」

 『それで具体的な……お?』

 あまり大げさなレスポンスは返さねー様に気をつけねーとな。

 「どうした?」

 『今俺の言葉に反応したな……そうか、“怪物”呼ばわりして悪かったな』

 「今の流れ、新しく出て来た奴らについて整理すっと……

 ます俺はには見えねえし聞こえねえ、あと多分俺の声も聞こえてねえな」

 『ああ、多分そうだな』

 何にせよ俺は自分が何もねえ古めの家にフツーに土足で上がり込んでるだけって認識しかねえ。

 そこにあるっていう出入り口も見えねえしな。

 「そしてここにいるお巡りさんとセンセーからは見えてるけど怪物の姿だ。

 だが見えちゃいるがコミュニケーションは取れなさそうだ。

 多分だがあちらさんからは見えてねえ可能性が高ぇな」

 「確かに最初は驚きましたが私どものことは全く眼中に無い様です」

 「で、オメー……つまりここにいるワンコだが……

 どうやら声は届いてるみてーだな?」

 『おう、そうだな。こいつらがじっとしてるのは恐らくそういう役割で、その役割に相当な矜持を持って臨んでると見たぞ』

 「俺が言おうとしてたことを……」

 「あの、私どもには聞こえていないので繰り返していただいても……」

 「あー、そうか、そうだな。

 恐らくだな、そいつらがガーディアンってのは当たらずとも遠からじってとこだったんじゃねーかってな」

 「当たらずとも……それは何かの慣用句でしょうか?」

 「まあ、慣用句っつーか言葉通りの良くある言い回しなんだが」

 「イイマワシ?」

 「当たりじゃないけど外れでもない、つまりは半分当たり、半分外れってことだな。

 当たらずとも、ってひと言で省略すんのが普通だから日本語勉強中の奴には難しいのか」

 「すみません、ありがとうございます」

 「いや、構わねえよ……それでだ。

 そいつらはガーディアンというより守護騎士とかそんな感じの連中なんじゃねーかと、そういう仮説が出て来た。

 あとそいつらはここにいるワンコと話せるかもしれねえ」

 「何と! もしかして先ほど彼らが少し身じろぎしたのは……」

 「ああ、ちょっと失礼なことを言っちまったみてーでな、急いで謝ったんだよ」

 「つ、つまりこの者らは……」

 「人、なんじゃねーかと思う。

 少なくとも自分のことを怪物だなんて微塵も思ってねぇと思うぜ」

 「な……にわかには信じられませんが……」

 『おい』

 「ん?」

 『こいつらからはあんたが見えてるみてーだぜ。

 ひょっとすると声も聞こえてるのかもしれねえ。

 ひざまづいたのはやっぱりあんたに対してみてーだ』

 「しかし俺からは何も見えねえし聞こえねえからなあ。

 何を期待してんのか分からねえが、俺目線だと何の変化もねえ日常の風景なんだよな。

 ひざまづいてるだけじゃ分からねえんだぜ」

 まあここの住民と大差ねえんだろうが、聞いた状況からすっと現在進行形じゃねえのかもな。

 そうなると時々来るあの電話が何なのかがますます分からん様になるぜ……

 『俺が伝言ゲームの仲介をすれば良いんだろ?』

 「何も制限がなければ良いんだがな」

 『制限?』

 「ああ、そいつらが今を生きる存在でないのならな」

 『……手前の一人が今は何年だ、と聞いて来たぞ』

 「じゃあ全員で答えようぜ。まず俺だ。

 今日は2042年5月13日……だと思ってたんだがどうも違う様だな?」

 「に、2042年ですか!?」

 『どっちもビックリしてるな。俺もだが』

 「お巡りさん、アンタは?」

 「は、はい。始めは1989年の5月4日、と……」

 「こっちに来たときに知らされた暦か」

 「はい」

 その日付、随分と久し振りに聞かされた気がするぜ。

 「じゃあ本当がどうなのかは多分怪しいな」

 「そ、そうなのですか?」

 「まあ自分が納得してんなら良いんじゃね?」

 『5月4日というのは“奴”が戦場で無念の死を遂げた日だとか言ってるが』

 「ああ、それは聞いたことある話だな。

 “奴”が誰なのかが気になるとこだが」

 『おい、その“奴”ってのが持ってた羽根飾りを“奴”の血縁者が持ち込むと結界が解除されるって言ってるんだが……結界なんてモンがあり得んのか?』

 「結界だぁ? ゲームかよ……いや、ちょっと待て。

 今はいつなんだって話が先だ」

 『昭和20年……1945年の3月9日だそうだ』

 「ああ、なるほど。過去の記憶、か」

 『やはりそうなのか、と言ってる』

 「ああ、かなりの確率でそうだな。俺は同じような存在を見たことがある」

 『彼らは自分たちが今どういう状態なのか分かっていないらしい』

 「そうか……じゃあどういう仕組みで今対面……と言って良いかは分からねえが、とにかくどうやって話してるかは分かってねえ訳だ」

 『さっき言ってた“奴”が何か研究してたんだが、それが関係してるんじゃないか、だそうだ』

 「うーん……“奴”と呼んでる人物は双眼鏡を持ってたよな?」

 『確かに持っていたがそれがどうかしたのか、だそうだ。

 軍用の何の変哲もない双眼鏡だったそうだが』

 「な……じゃあ“特殊機構”って単語に心当たりがあるか」

 『知らないそうだ』

 駐在さん()とセンセーが所在なさげにしてるな……

 「ああすまん、あんたらすっかり蚊帳の外になってたな」

 「いえ、お気になさらず……後でまとめてお聞かせいただければ、とは思いますが」

 「そうか、悪ィな」

 『そこに誰かいるのか、だそうだ』

 「ああ、俺がそのヒトらを全く認識出来てないのと一緒でそっちからはここにいるおっさんとねーちゃんが認識出来ないのか」

 『どういうことだ、認識とは、だそうだ。何か面倒な感じになってきたな』

 「いや、今の話で結構色んなことが分かったぜ」

 『色んなこと?』

 「ああ、そこにいるはずのヒトらには多分俺の姿って赤毛のおっさんに見えてるよな、どうだ?」

 『その通りだが、それがどうかしたのか、だそうだ』

 「良し、そうだよな、良し良し」

 「お待ちを、あなた様の姿が……?」

 「そうですぅ、お姉様はぁ、お姉様なのではぁ?」

 「このヒトらは元々はあんたらと同じ様な境遇にいたんじゃねーかな。

 多分だが今認識やら何やらのズレが起きているのは、その“奴の研究”ってのが原因で後天的に起きた事象なんじゃねーか?」

 「つまり……?」

 「“女神様”ってのが何なんだって話だ」

 「え……?」

 「それはぁ……お姉様のこと、なのではぁ……?」

 『“奴”が今の境遇を何とかしようと軍部を利用して何かを作っていたらしい、というところまでしかし知らないそうだ。

 その“女神様”っていうのが文字通りの存在なら何かとんでもないものを創り出したのかもしれないな、そう言ってる』


 そうなのか。

 まあそれで全部説明がついちまうとは思えねえがなぁ。

 定食屋から聞いた話だと……敵対勢力はこいつらと同じ様な……いや、それに加えて宇宙服みてーなのを着てる奴らがいた、そんなことを言ってたな?

 ともかく、コイツらが人類と敵対する異形の集団の正体なんだったら……それが不幸な間違いによるものなのかどうなのか……

 少なくとも最初はそんな面倒ごとにはなってなかったってことになるな。


 じゃあ、“彼女”は……?



* ◇ ◇ ◇



 「その“奴”ってのが何をしてたのかまでは分からない様な言いっぷりだが、そうなのか?」

 『分からないと言ってるぞ』

 「じゃあ聞くが、“奴”ってのは何だ?」

 『自分たちを召喚した日本人だ、と言っている』

 「召喚だ?」

 本当か?

 “彼女”に見せられたアレと言ってることが違わねーか?

 何なんだ、この違和感……


 『自分らは“学院”の特級クラスの学生だった』

 「は? 何それ?」

 おっと、また二人がポカーンとしてるぜ。

 「あー、そいつら“学院”の特級クラスの学生なんだってさ」

 「ええっ!? 本当ぅなのですかぁー!?」

 ホントウにイラッとくるぜそのしゃべり方……何とかならんもんなのか……

 まあそれはともかくだ。

 「俺が聞いた限り、そいつらが言ってることはだいぶ古い話だ。

 多分、例の“リポップ”ってやつだな」


 今と昔で何か違っている?

 奴らの時代にはまだ“彼女”が存在していなかったのは確実だ。

 “奴”が作っていたってのが何なのか、それが鍵か。

 しかし、あの“ですわ”調でしゃべる女性とは何か関係があるんじゃないか?


 「なるほど……にわかには信じられない話ですが、彼らがひざまづいている訳は理解出来ました」

 「そうなのか?」

 「あ……やっぱり分かりません!」

 「何じゃそりゃ」

 「いえ、あなた様のそのお姿、学院出身者ならばあるいはと思ったのですが」

 「言っとくが俺はおっさんだからな」

 「申し訳ありません、先ほどの話を忘れておりました」

 「だからいちいち謝んなって」

 『おい』

 「ん? とうした?」

 『“リポップ”とは何か、だそうだ』

 「あー、“リポップ”か……説明しづれーな。

 多分こうだろって想像も多分に含む説明なんだが」

 『それでも良い、自分らに関わることなのなのだろう、だそうだ』

 さて……さっき結界がどうとか言ってたってことはファンタジー的な言い回しにした方が良いんかね。

 「“リポップ”ってのは俺も最近知ったばかりの概念なんだが、古いモノなんかに込められた記憶が何かのきっかけで実体化する現象らしい」

 『それで年代を聞いた訳か、と言ってる』

 「まあな」

 『おい、他にもあるんだろ』

 「いや、きっかけも何も俺は何も絡んでねえのが分からねえと思ってな」

 『だが羽根飾りは一応あんたが持ってたやつだろう』

 「まあそうなんだがなあ」

 『羽根飾りを持つ赤毛の一族といえば赤き星の高貴なる血筋、それ自体がきっかけなのではないか、だそうだ』

 また出たよ、赤き星とかいうやつ。何なんだよ。

 「何か納得が行かねえなあ」


 そこにいるっていう異形の姿をしたって奴らは中から出てきたみてーだからな、絶対中に何かはある筈なんだよ。

 俺には床下収納にしか見えねーけどな。


 んで、俺は結局こいつら——駐在さん()とセンセーのねーちゃんとワンコ——がいねーと何も見えねーし聞こえねーから実は何も関係なかった、なんて可能性もあるんだ……

 念のためだ。二人の方を向いて尋ねてみる。

 「なあ、“赤き星”って聞いたことあるか?

 そこにいるって奴らが出て来るなりひざまづいたことに何か合点がいった見てーなことを言ってたよな?」

 「申し訳ありません、ガテンガイッタ、とは……?」

 「あーすまん、ああなるほどと思った、くれーの意味で理解しといてくれ」

 面倒臭えって思ったらダメだよな。

 「ああ、分かりました。“赤き星”、というのは私どもの国では古の時代に星の海を渡りこの地……いえ、私どもの祖先に知恵をもたらし国の礎を築いたと言われる存在です」

 「言い伝え、なんだな?」

 「はい、おとぎ話だと思っていたのですが、もしかすると彼らはその時代の証人なのでしょうか。

 まあその、合点がいったというのは“学院”の方のお話なのですが」

 「“学院”? ああ、そうだったな。

 しかし俺の見た目に対する認識が180度違うアンタらの間に共通事項があるってのがまず信じられねえが」


 多分、年代が混ざってるって訳じゃねえ。

 誰かは本物、誰かは“リポップ”……多分そういうコトなんだろーな……多分な。


 『おい、共通事項とは“赤き星”と“学院”の話かと聞いてるぞ。

 ああ、ちなみに俺はざっくばらんな口調でしゃべってるがこいつらはみんな堅苦しいしゃべり方してるんだぜ』

 「お前な……そういう重要なことはもっと早く言えよな。

 こっちだってその……話すときの心持ちってモンが違ぇんだよ」

 「今さらぁ、ですよねぇー」

 うるせえなぁ。オメーは黙っとけっつーの。

 「でだ。共通事項は……」

 『スマン、重要事項とは何だと……』

 「伝言係サマがあんたらの口調を勝手にざっくばらんな感じに買えて俺に伝えてたってことだよ!

 良いか、“リポップ”ってやつの仕組みはよく分からんけど少なくとも話せる時間は有限だってことは分かってるんだ。

 なるべくなら話してえことが話せねえってことがねえようにしてえ。

 頼むぜ?」

 『分かった、時間がないのなら先ほどの話に戻りましょう、とだそうだ』

 「良し、それで共通事項の話だ。

 言った通り“赤き星”と“学院”だ。

 ただし、両者の間には相当な時間の違いがある。

 あんたらが見えてないっていう二人は、あんたらから見すると相当な未来人だ。

 “赤き星”の話が建国にまつわるおとぎ話だって言ってるからな。

 もっとも“学院”の方も、俺の予想だと偶然の一致で全然別モンだって可能性もあると思うが」

 『それで共通していない部分とは? だそうだ』

 「俺の見た目に関することだな。

 あとは多分だが“塔の女神”サマ、この言葉も知らねえんじゃねえかな?

 そしてそこの二人からは俺の見た目がその“女神”サマとそっくりに見えてるそうだ。

 にわかには信じられんことだがな」

 『“女神”が何なのかは分からないが、“塔”なら知っている、そう言っているぞ』

 「続けてほしい」

 『巨大な白い塔なら自分たちの時代に既にあった。

 その塔が一度破壊されて再建されたらしい、という言い伝えがある、だそうだ』

 「再建……?」

 まさかな……?

 「なあ、こういう印に見覚えは見覚えはねえか?」

 俺は左右の人差し指で✕印を作った。

 『それは“学院の紋章”のことか、だそうだ』

 うお、マジかよ!

 「そうだ、ならそれは“噴水広場”の地面に描かれた“消すことのできない印”から取ったもの、それで間違いないか?」

 「噴水……?」

 『それは違う、二本の聖剣が交差する様を模した図柄だ、だそうだぞ』

 む……違うのか。

 「あの、すみません。

 それなら私どもの方の学院の紋章が表しているものと同じかと。

 “噴水広場”もありましたから」

 こっちは定食屋が言ってた場所に近いのか。

 「そうか、そこにいる奴らは違うと言ってたんだがな、塔はあるみたいだが。

 何か他にも手掛かりはねぇもんか……」


 そうだ……すっかり忘れてたが定食屋のあの古びた封筒、あれは何でまだポケットの中にあるんだ?

 中身の確認をすっかり忘れてたが何しろ当事者っぽいのがいるんだ。

 ここで封を切ってみる意味はあるかもしれねえな。


 「ひとつ、一緒に見てもらいてえモンがあるんだが」


 俺はポケットからその封筒を取り出した。


 「これだ。見えるか?」

 「はい、見えます」

 『見えるそうだ』

 「良し、封を切るぞ」


 ビリビリと封を切り、中に入っていたものを慎重に取り出す。

 今度は何も起きねえ……よな?


 ……絵?


 封筒から出て来たのは鉛筆で描かれた一枚の肖像画だった。



* ◇ ◇ ◇



 おう、これは中々に上手いな。

 ってこれ……誰?

 まあ、かなり古い封筒だったからな。

 知ってる人物の可能性の方が少ねーのは当然か。


 で、その絵に殴り書きで添えられた言葉が……


 “貴様、”


 のひと言。


 何のこっちゃだな。てか、続きはどうした……?

 き、貴様!? ぐわぁーっ! 的なやつとか?

 こんなん見たら気になっちまうじゃねーかよ!


 「これ、誰だか分かるか?」

 「うーん、心当たりは無いですが何だか物騒ですね。

 下の漢字は何と書いてあるのでしょうか」

 「同じく、分からないー、ですぅー」

 「“キサマ、”と書いてある、筈だ」

 「あの、それだけなのですか?」

 「ああ、意味が分からんな」


 そして……描かれていたのは初老と思しき歳格好の男性だ。

 くたびれた感じの軍服姿だから描かれたのは戦時中かね。

 歳は俺と同じ位か……いや、昔の人は貫禄があったから年下かも分からんな。


 『この人らがオメーじゃね? と言ってるが』

 「へ? 俺?

 確かにおっさんの絵だが俺ではねえと思うがな」


 思わず間抜けな返事をしちまったがそこにいる奴ら、日本人の顔の区別が付かねーとかそんな感じなのか?

 それとオメーじゃね? じゃなくて“アナタではないのか”とか“オヌシではないのか”みてーな感じだよな、絶対!


 「あなた様とは違う様にお見受けしましたが」

 「確かにぃ、似てますけどぉ、同じお顔じゃぁ、ないですぅ」

 「そうだな、それは俺の目から見ても同じだ。

 ただ、今似てるけどって言ったよな?」

 「は、はいはいそうですぅ」

 ハイは一度 で良いっつーの。

 「ということは同じ絵を見てるって訳じゃねーのか」

 『ややこしいな』

 「服装も当然違って見えてるんだろうな」

 「よく見たら胸元に羽根飾りを挿していますね。

 あなた様がお持ちだった者と同じでしょうか」

 「羽根飾りだ? そんなモン付けてねえけどな。

 俺の目にはくたびれた軍服姿のおっさんの絵に見えるんだが」

 『軍服ではない、裾の長い衣装をまとった学者風の男だ、だとよ』

 「絵の中の人物は羽根飾りを身に付けてるか?」

 『付けてないそうだ』

 「じゃあ端の方に何か字が書いてあるのは見えるか?」

 『何もないそうだ』

 「そうか三者三様かよ……意味が分からんな」

 駐在さん()たちが見てる絵に書いてある字が何なのかも分からんし、何があるってんだ?


 ガコン!


 ってまたあの音!? 今になってか?

 どこから聞こえた? 少なくともここじゃねえぞ。


 「おい、今の音聞こえたか?」

 「いえ、どんな音でしょうか?」

 『同じく、何も聞こえなかったと言ってるぞ』

 「マジかよ、結構な地響きもあったんだが……そうか、俺だけか」


 えー、どーすんだコレ。


 「あ、あのぅ……」

 「ん? 何だ?」

 「その絵じゃなくてぇ、封筒ぅ、封筒にぃ、何か書いてありますぅ」

 封筒? そいつは盲点だったぞ。

 しかし……何も書いてないな?

 「何も書いてないぞ? 裏も表もだ。そっちはどうだ?」

 『俺にも見えんな。こいつらも見えんと言ってる』

 「これは私どもにしか見えない様ですね」

 「何て書いてあるんだ?」

 「えーと、“この封筒を双眼鏡と一緒に奴に渡してほしい”……何でしょうか?」

 ん? 何か既視感が……何だっけ。

 えーと……あっ!

 「そうだ、思い出したぞ! 思い出したが……」


 頭おかしい集団から逃れて定食屋に逃げ込んだとき、あのときは封筒に双眼鏡と一緒に俺に渡せって書いてあったな。

 何でだ?

 そうして封筒をためつすがめつ確認する……あ、もう一個記憶と一致しねえ部分があるわ……

 「なあ、この封筒の見た目ってさ、新しいか? それとも古い?」

 「新しいですね、高そうな白い封筒ですよ」

 『俺の目からは何十年も経ってるような茶封筒に見えるが』

 「中から出てきたヒトらは?」

 『古い茶封筒に見えるそうだ』

 「そうか」


 何が引き金になって……

 ああそうか、今俺が持ってる封筒は旅に出た定食屋の親父が息子に宛てた書き置き、確かそんな話だったな。

 俺の同級生だった定食屋の親父は数年前に俺宛ての手紙を残して病気で死んだ筈だ。

 しかしさっきまでいたあの不思議空間で会った息子の方は、誰かを探す旅に出ている、そう言っていたな。

 それぞれの重ねて来た歴史の違いなのか?

 しかしだから何だっていうんだ……?


 駐在さん()に確認してみる。

 「なあ、この絵に描かれてる人物って俺とは違う誰か……羽根飾りを身に付けた女性に見える、そうだよな?」

 「はい、確かに」

 「でもってそっちの中から出てきたヒトらには学者風の男に見え、羽根飾りは付けていない、と。

 そうだな?」

 『ああ、その通りだな、そう言ってる』


 なるほど、その人物か俺が今目にしてる絵の人物のどちらかが奴……定食屋の兄ちゃんの親父さんにとっての探し人って訳か……?


 違いは何だ?

 うーむ。

 探し人、俺の家、定食屋、俺のクルマ……?

 あ、そうか。


 奴が書き置きを残して旅に出たそもそもの目的って……俺を探すことじゃなかったっけ?

 行方知れずになったのは親父じゃなくて俺の方だった、か。

 それがこの茶封筒か。

 しかしそれならそんな昔のモンじゃねーよな?

 出てったのは確か10年とか、そんなとこだった筈だ。

 てことはその探し人はオレが目にしてる絵の人物ってことになんのか。


 しかしそれだって俺の認識からすれば大分おかしい筈だ。

 俺の記憶にある事実と今見れて触れられるモノ、両者の相違がどんどん広がっている、そういうことか。

 

 もしかしたら階段の先も本来なら……?


 あれ? そうすっとここは俺の家じゃねーだろって話になるんじゃねーか?



 「あの、さっき伺った学院の紋章の由来、それも異なっていましたよね?」

 「あ、ああ。そうだな」


 一方で例の✕印、その認識に関しちゃ駐在さん()たちの方が近い……だが、それはここ数日に体験してきたことに由来する記憶であって、これまでの俺の人生からすっと荒唐無稽な話だって結論になって然るべきだ。

 床下収納の下がどうなってるかって話だってそうだ。

 無理を通してこいつらの言うことに付き合ってるうちにまた見えるモノ、触れられるモノがズレて行くのか……


 じゃあその結果、最終的にはどうなるんだ?

 やってみねえと分からねえ、のか……?


 「それもあるが階段の奥が気になるだろ。俺は行けんけど」


 そうだ、その先にまた何か変化が待ってるかもしれねえんだ。


 「そうですね、その階段を見付けたことがそもそものきっかけですしね」

 「ここにいる二人が中に入ってみてえと言ってるんだが良いか?」

 『構わんがあんたは入らねーのか、だとよ』

 「ああ、俺には何も見えーえし聞こえねーからな」

 これ、ホントはお硬い表現で言ってるんだよな。

 このワンコのせいで厳かな雰囲気が台無しって感じなんだろーなぁ。知らんけど。

 『ではそこにいるという二人も駄目だ、だってよ』

 「何でだ? 意味が分からん」

 『あー、中の扉はあんたが羽根飾りをかざさねーと開かねえそうだ』

 なぬ?

 疑問に思った俺はそいつらがいるはずの場所を指差して聞いてみる。

 「この人らは中から出てきたんだろ?

 出て来たんなら中に連れてくとか出来んじゃねーの?」

 『向こうからは見えている様だがこちらから彼らは見えないし声も聞こえない、なおさら無理だ、と言ってるぜ』

 「それを言ったら俺も同じじゃねーか。

 そもそも俺にゃあ入り口も階段も見えてねーんだからな?」

 『じゃあどうすると言ってるが……まあ決まってるよな』

 「お巡りさん、また頼むわ」

 「あ、はい。承りました」

 「お巡りさん、ずるいですぅ」

 だってさ、小柄なねーちゃんがこんなでけーおっさんを持ち上げるとか無理ゲーじゃね?

 『すまん、俺にも階段とか入り口は見えてないんだが』

 なぬ?

 疑問に思った俺はワンコがいる辺りを指差して聞いてみる。

 「一応聞くけどここのワンコは見えてるか?」

 「あ、はい。いつの間にかそこにいましたが」

 「おとなしくぅ、おすわりてしますねぇ。

 お利口さんですぅ」

 『おい、中から出てきた奴らが見えなくなったぞ……ん?』

 「な、何だ、どうした?」

 『ここにいるぞと、声だけがしたぞ……』


 な、なぬぅ……


 知覚出来ないだけでいつもそこにいる、か。

 まんまお化けじゃねーかよ。

 ウンコしてるときに隣にいるとか、まじカンベンだわ!


 それにしても何がきっかけで状況が変わった?



* ◇ ◇  ◇



 駐在さん()にとっても同じなのか……?


 「お巡りさん、中から出て来た人らはまだそこにいんのか?」

 「ええ、いますが」

 「そうか、このワンコから急に姿が見えなくなったと言われてな」

 「何でしょう? 特に変わったところは無いように見えますが」

 「じゃあ階段も相変わらず見えてんのか?」

 「はい」

 「さっきワンコがしゃべってた声は聞こえてたか?」

 「いえ、ワンとしか」

 『わんわん!』

 「オメーも悪ノリすんなよな」

 『つまんねーな』

 「わんわん、わんわん」

 「何してんだ?」

 「あ、あのぉ、私でもぉ、お話、出来るかなぁと思ってぇ」

 「そんなことせんでもフツーに話せば通じるって。

 逆に分かんねーし」

 「そ、そぅなんですかぁ??」


 クッソぉ、面倒臭さが増しただけかよ……

 じゃあ何が変わったんだかなあ。考えても分からんわ。


 「まあこの先に進んだとしてどんな違いが出るか見てみてぇとこだし次行こうぜ」

 「そうですね。

 ここが何なのか、私どもとしましても非常に興味があります」

 「外は皆ぁ、同じ様に見えるのにぃ、中だけがぁ違って見えるぅ、すごく不思議ですぅー」


 だよな、そう思うよなぁ。

 と、絵を畳んで封筒に戻しながら、ふと思い出したことを駐在さん()に聞いてみる。


 「あー、その前にちょっとだけ良いか?」

 「はい」

 「さっき絵を見て物騒だとか言ってたけど何が物騒だったんだ?」

 「いえ、紙に血のようなものが付いていましたので……」

 「血? ベットリとか?」

 「いえ、血しぶきが掛かった感じですね」

 「そっちはどうだ?」

 『そんなものはない、シミがポツポツとある位だ、だそうだ』

 「そこは俺も同じく、だな。

 おい、血痕が視えたのはあんたらだけみてーだぞ」

 「うーん、何でしょう?」

 「まあ、考えてもしょうがねえ。

 取り敢えず入ってみねえか?」

 「そうですね、では失礼して……と」


 おっと……

 再びこっ恥ずかしいお姫様抱っこの時間だぜ。

 これ、壁とか地面の中にめり込んでく感じになんのかね。

 定食屋じゃそこを抜けたら同じ空間を共有してる感じになったからな、そこに期待だ。

 

 「ちなみにホントに重くねーの?」

 「いえ、羽根の様に軽いですよ」

 「良いカッコして無理すんなよ?」

 「無理はしておりませんので大丈夫です」


 そうなのか?

 物理法則仕事しろ……って今更だな。


 「じゃ行きますね」

 「おう、頼むわ」

 『我々はここまでの様だ、健闘を祈る、なんて言ってるぞ?』


 「へ? そうなのか? そこにあるっていう階段とセットなんだと思ってたが」

 「どうされたのですか?」

 「さっき出てきた奴らが健闘を祈るなんて言ってるって話だ。

 一緒には入れねーってことなのかどうかは分からんけどな」

 『中から出たのではない、我らは初めから外にいた、だってよ』

 「そうか……じゃあここは何の施設で中には何があるんだ?」

 『元は犠牲者を弔うための施設だったが、時代が移り変わりそれが今どうなっているのかは我々も知らん、だそうだぞ』

 「入りゃ分かるってか。犠牲者って何の犠牲者なんだか」


 こいつらは別に住んでたって訳じゃねーんだな。

 つまり……


 「まあその犠牲者たちが今そんな姿で目の前にいる、と。

 そういう訳か」

 「こ、怖いですぅー」

 『重ねて言うが健闘を祈る、だってよ。早く入ったら良いんじゃないのか?』

 「そーだな」

 「では今度こそ行きます」

 「お、おう」


 のわっ……こりゃ変な感じだぜ……!

 やっぱバグ技でマップの外に出たって体か。

 やっぱり何だかゲームみてーだなあおい……


 「おお、何か見えて来たぞ」

 「地下道の入り口、といったところでしょうか」

 「もう下ろしてもらっても大丈夫そうだ」

 「あっはい」

 「試してみてぇっつってんだけど」

 「はっハイ」


 うむ、自分の足で立っても大丈夫だな。

 一体どーなってんだか。

 壁も触れる——コイツは石造りか?

 レンガでもコンクリでもねーのか。

 意外と前近代的だな。


 『あ、オイ。明かりを忘れるな、だそうだぞー』

 「へ? お前まだ入ってねーのか——」


 ガコン!


 おっと、勝手に閉まった!?


 「こ、これは!?」

 「ままままま真っ暗ですぅー」


 わーん、くらいのこわいよー! ってか。

 ってどーする!?


 良し! 取り敢えず……


 「わっ!」

 「ひぇっ!?」

 ゴスッ!

 「あ、あ痛ぁ……こ、後頭部をぉ、強打ぁ、しましたぁ」

 「あの、お戯れは程々に……」


 あ、さいですか。


 「ま、まあ今ので心の準備は出来ただろ。

 密室だし粗相はすんなよな」

 「ひ、ヒドイですぅ……」


 「あの、ところでどうやって出ましょう?」

 「今閉まった扉は?」

 「駄目です。ビクともしません」

 「じゃあ逆方向は……あだっ!」

 「あ痛ぁ!」

 「クッソ邪魔すんな」

 「急にぃ方向転換をぉ、しないでぇ、欲しいですぅ」

 「しょうがねぇ、仲良くお手て繋いで進むしかねぇか」

 「すみません、手はどこですか?」

 「へ、変なとこぉ、触らないでぇ、欲しいですぅ……」

 「す、すみません!」


 これは音を頼りにするしかねーよな。

 壁をペチペチと叩いて音を出す。


 「おい、ペチペチって音が聞こえんだろ。

 そこに俺の手があっから音を頼りにこっちまで来い。

 んで俺の手にあんたらの手を重ねろ」


 「えぇと……ここですかね」

 「おう、そこだそこだ」


 今度は反対の手でペチペチしてと……


 「ど、どこですかぁ」

 「こっちだっつーの」

 「こっちってぇ、どっちですかぁ」

 「だーっ、こっちつったらこっちだっつーの!」

 イライラすんなぁオイ!


 「あ、あれ?」

 「何だよ」

 「何かぁ、ヌルヌルっとぉ、してないですかぁ?」

 「は? 何だそれ? 一体何を触ってんだよ」

 『グボ?』

 「グボって何だよ」

 「ぁ」


 バリバリボリボリ。


 「何だ、何の音だ!?」

 「よ、様子がおかしいです。それに何か急に異臭が——」


 『グボ?』



* ◇ ◇  ◇



 バリバリボリボリ。


 何だこの音?

 それとビール瓶の栓を開けたみてーな感じのマヌケな音もしたぞ。

 「何かいるぞ。気を付けろ……って手ぇ離すなって。

 オイ、聞いてんのか……?」


 ………

 …


 「オイ?」


 ………反応がねーな。

 誰もいない?

 最後に異臭が何とか言ってたが別に何の臭いもしねぇってことは……場所が変わった?

 しかし相変わらず周りは真っ暗だから変わったか変わってねーか分かんねーな。

 二人が今いない、それか俺が認識出来なくなったかのどっちかだっつーのは分かる、何となくだけど。


 うーむ。


 良し、こういうときは右手戦法だな!

 俺は壁に右手を当てて歩き始めた。


 ……アレ?

 石壁じゃねぇ?

 妙にツルツルしてんな。

 プラスチック? ビニール? それともガラスか?


 ゴスッ!


 「あだっ……痛ってぇ……」


 何も無い部屋だと思って歩いていたが障害物に思い切り腰をぶつけて思わずうずくまってしまう。


 ん? 椅子?

 いや、電車かバスのシートみてーな奴か。

 何だここ?


 今度は慎重に辺りを探る。

 やっぱ乗合バスみてーな構造だな。

 しかも結構新しくねーか?

 触った感覚じゃあ少なくとも穴は空いて無さそうだしシワなんかも無いっぽいな。


 更に注意深く探る。

 今度は左手も慎重に伸ばしながらだ。


 シートは二人掛けが向かい合って四人掛けのボックスシートになっている。

 それが通路を挟んで左右に二つずつ、十六人分の座席がある。


 バスか何か……乗り物の車内だな。

 いや、触って回った限りじゃ運転席らしいもんは見当たらなかった。

 電車かロープウェー、それか新交通システムみてーな奴か?


 初めからこの部屋にいたのかどうかはまだ決まった訳じゃないが、最初の石造りの感触もそうだし三人がウロウロ出来る様な広さも無いからな。

 さっきと別な場所に連れて来られたのはほぼ確実だ。

 ……今度も何がきっかけなのか全く分からんかったぞ。


 どっちが前か分からんけど向かって左の後方に出入り口とおぼしきドアがある。

 コイツはどうやら密室って訳じゃなさそうだ。

 なさそうなんだが……押しても引いても開かねえな。


 真っ暗な空間に閉じ込められたってことには違えねぇってか。


 しかしこの部屋を乗りモンだと仮定すると、コイツは部屋ごとどっかに移動する無人運転車輌、んでコントロールは外部ってトコか。

 運転席が見当たらねえってことはそういうことだよな。

 さっきまでのファンタジーな雰囲気はどこ行ったって話だぜ。


 しかしこのドア、まさかとは思うが羽根飾りでピッてやる奴なんじゃねーか?

 さっきの奴らが確かそんな感じのことを言ってた様な……

 まあそもそもまだ俺ん家の中にいんのかどうかも怪しい訳なんだが……こーなるとそんな前提あって無え様なモンだよな。


 『【ビビービビービビービビー】』


 おわっビックリしたぁ……ってまた例のヤツかよ!

 ……つーかいくら何でもタイミング良過ぎんじゃねーの?


 『ゴー』

 『どうしたのですか。え、インタフェースが未接続ですか』

 『ではこの警報は故障だとでも言うのですか』

 『なるほど、存在しないケースをなぜ考慮しなかったのか、ですか』

 『ええ、その通りです。そのための観測所なんですよ』

 『観測所というのは何を観測する場所か分かりますか』

 『キキィー、プシュー』

 『さあ、着きましたよ』


 コイツの乗客? ゴーってのは移動音?


 『ほらね、誰もいない』

 『ははは、“きっとどこかで見ています”よ』


 何だ? 誰かの会話の記録?

 それにしちゃあ相手の声が聞こえねえぞ。

 独り言か?


 『リセットですか、そうですね。え、レバーですか。興味ありますか』

 『さあ、見てばかりいないで降りましょう』

 『え、今何と』

 『じゃあここは観測所ではない、と』

 『ちょっと待って下さい。何なんですか、その“詰所”というのは』

 『いえ、ここには何もありま——』

 『バリバリボリボリ』

 『……“グボ?”』


 ……静かになったな。

 終了ってか。


 全く意味が分からんかったがコレに乗った誰かが移動中に誰かと会話してる感じだったな。

 俺にも分かるキーワードは“詰所”くれーか。

 後はレバー、リセット……思えばどっちも何のことか知らねーんだよな。

 “詰所”も俺が想像してる“詰所”かどうか分からんけど。

 んで流れ的に何かのトラブル対応っぽい感じだったが、最後に聞こえた音ってさっきのアレだよな……?


 さあ降りましょうとか言ってたけどやっぱ本来なら着いたら開くのか、当たり前のことだけど。


 で、この場所は終了って訳じゃねえのか。


 『“グボ?”』


 おっと、続きがあったか。


 『ガチガチガチガチ』

 『残念!!!』

 『はい、これ持って!!!』

 『お、お姉様ぁ!?』

 『お姉様? 誰のこと?

 まあいいや、早く早く!!! 後がつかえてるんだよ!!!』

 『え……べ、別の人、ですかぁ!?』

 『じゃあね“先生”さん、バイバイ!!!』

 『あ、あれぇ……またいなくなっちゃいましたあ……え?』

 『オイ、あんた今どこから出て来た?』

 『あ、わんわん!』

 『クソ、そういやぁ言葉が通じねえんだった……』

 『わんわん! わんわん!』

 『やかましいわ!』


 ちょ、ちょっと待てーい!

 何じゃそりゃ!

 オイ、今の奴って“彼女”なんじゃねーか!?

 それが“お姉様”だぁ!?


 んで何でここでワンコが出て来んだよ!

 意味分かんねーよ!


 「オイ、どういうことが説明しやがれい!」


 『ん? 今何か言ったか?』

 『お、お姉様ぁ!?

 あのぉ、先ほどはぁ、危ないところをぉ、お助けいただきぃ、ありがとぅございますぅ!』

 ったく……フツーにしゃべれんのかコイツはよォ!

 「知らん、別人だ。それよか外にいんなら早く助けろ!」

 『えぇ……どこにいるのですかぁ?』

 「どこってさっきの場所に決まってんだろーが」

 『あのぉ、でもぉ、私もぉ一歩も動いてないんですぅ』

 『おい、こいつは無視して良いから状況を言ってみろ』

 『わんわん!』

 『うるせえ! 黙ってろっつーの』

 『わんわん?』

 『だーっ! ラチが明かねえぞコノヤロー』

 『わん♪』

 

 もうメチャクチャだぜ……

 ここで場面転換して別な場所に出れるとかそういうのはねーのかよ。


 俺は座席のひとつにどっかと腰を下ろしてわめき立てた。

 「こちとら相変わらず真っ暗だっつーの!」


 『で、でもぉ、私はお姉様にぃ……』

 「だから別人だっつーの」

 『えぇ……あのぅ……本当にぃ?』

 「言葉遣いが全然違うだろーがよ」

 『はぅ……わ、分かりましたぁ』

 「んで何がどーなってアンタはそこにいる訳だ?」

 『え、えぇとぉ……お姉様ぁ……じゃなかったあのそのぉ』

 「はぁ……ソックリさんてことにしとこーか」

 『気が付いたらぁ、頭がかじられてぇ、無くなってたんですけどぉ!』

 「誰のだよ。オメーの頭がか?」

 『は、はいぃ、ぱーんてなりましたぁ、頭ぱーんですぅ』

 「何がぱーんだ、テキトーなこと言ってんじゃねーぞ。

 自分の頭が無くなったとか自覚出来る訳ねーだろーがよ。

 それこそアタマぱーんじゃねーかよ、このパッパラパーめ」

 『ぱ……? ぱっぱっぱー?』

 『おいコラ、せっかく黙っててやったっつーのにコレじゃ何にも変わらねーだろーがよ』

 「仕方ねーだろ、コイツがアホなのが悪りーんだよ」

 『いちいち気にすんなっつーの。

 ちったあオメーのスルー力って奴を見せてみろやァ!』


 えぇ……自分で言うのも何だけど……何この会話ぁ……


 「もう良いよ、そのソックリさんが何だって?」


 『ピカッと光ったらぁ、元通り、でしたぁ』

 「そんだけ? 気が付いたらってことか?」

 『羽根を持ってぴかっ、ぱりぱりぱりーん、それでぇ、ばいばーい、ですぅ』


 マジでコイツがセンセーなのが信じられんわ……

 駐在さん()はいねーのか……


 『あ、あのぉ……お腹が空いたのでぇ、ちょっとだけぇ、お家に帰ってもぉ、良いですかぁ?』

 「勝手にしろ!」

 『わぁい、ありがとうございますぅ、行ってきますぅ』


 『自由過ぎて何も言えんな』

 「わんわん」

 『オメーまでアホになってどーすんだよ』

 「今の気持ちを端的に表現しただけだぜ」


 あーあ、ぱっぱらぱーのぱー……



* ◇ ◇ ◇



 「で、オメーはさっきからずっとそこにいたのか?」

 『ああ? 置いてけぼり食らったんだから待ってるしかねぇだろ』

 「中から出て来た人らはまだそこにいんのか?」

 『ああ、いるぜ。何だか分からんがまた姿が見える様になったんだが』

 「何でだ?」

 『だから知らんと言っただろう』

 「さっきは何も騒いでなかったからねーちゃんからは見えてなかったんか」

 『多分な。ちなみにあんたは今どこで何してるんだ?』

 「いつの間にか乗合バスだかロープウェーだかみてーな乗り物に乗ってた。

 んで周りは相変わらず真っ暗だな」

 『はぁ? その乗り物はどっから湧いてきたんだ?』

 「そんなん俺が教えて欲しいわ!」

 『お巡りサンはどうした?』

 「いねーよ。この乗り物? に乗ってるって気付いたときはもう俺一人だったんだ」

 『んで戻れそうなのか?』

 「さあな? 一生このままかもしれんな」

 ついでに言うと例のメシもトイレもいらん空間だったら永久にこのまんまかもな!

 『何でそんなに余裕なんだよ……』

 「いや、余裕なんてねーから。強いて言うなら慣れだな」

 『慣れって……』

 「ここんとこずっーっとだからな、こういうのさ」

 『さっきの頭パーンてのも慣れてんのか?』

 「イヤ、アレは俺も意味が分からんかった」

 『単に語彙が足りてねえだけでちゃんとした説明を聞いたら分かるかもしれないが』

 やっぱ駐在さん()がいねーのは致命的だぜ……

 ん? そういえば……

 「なあ、さっきのねーちゃんさ、手に羽根飾りなんて持ってなかったか?」

 『ああ、そういえば持ってたな。あれはあんたのだったのか?』

 「いや、俺から手渡した覚えはねーな。

 ただそこの入り口を開けたときに誰の手にあったのか正確には分からんかったし」

 『確か特定の血筋の人間でねえと機能しねえんだよな?

 ああ、やっぱそうだよな』

 「今のはそこにいる人らと話してたんか」

 『ああ、あのセンセーさんが持ってたからって別に使える訳じゃ……ん? そもそもモノが違ってた?』

 「違うってのは?」

 『ああ、センセーさんが持ってた羽根飾りはあんたのとは別ものだったみてーだ。

 色が違うとよ』

 見えてただと?

 羽根飾りを持ってたのは“別な俺”だった筈だ。

 じゃあ別なモンだって何で分かるんだ?

 「じゃあ、いつどこで手に入れたんだ? さっきは持ってなかったよな」

 『知るか。あんたこそ知らねえのか?』

 「知ってたら聞くかよ。それよかその人らが何か知ってるんじゃねーのか?」

 『今聞いてみる。ちょっと待ってな』

 「おう」


 さっきどこか“近く”で“彼女”が“何か”してたよな……

 “後がつかえてる”とは一体何の話だ?

 流れ的にその前に聞こえて来た乗客っぽい奴らの会話とか変な音とか、何か関係があんのかね。


 『分かったぜ』

 おっと、随分と早かったな。

 『こいつらの誰かが持ってた羽根飾りじゃないかって話だ』

 「その人らが……?」

 『ああ、黄、群青、黒の羽根飾りはさっき言ってた学院てやつの成績上位者がご褒美に貰えるやつなんだそうだ』

 「みんな持ってたのか」

 『全員持ってたみたいなんだが“召喚”されたとき身に付けてない奴もいた、だそうだ。

 “召喚”てのが何なのか気になるよな』

 「日本人に召喚されたとか言ってたな」

 『おい、こいつら当時は皆その学院てやつの学生で実習中にクラスごと日本に召喚されたと言ってるぞ』

 「マジでか? 戦争絡みか」

 『いや、召喚されたのは戦前、それも大分昔の話なんだとさ』

 「戦前?

 じゃあ軍部が勇者を召喚して米軍と戦わせようとしたって話じゃねーのか」

 『その言いっぷりだとある程度知ってたのか?』

 「断片的にだけどな。

 お貴族サマみてーな話し方のねーちゃんとか」

 そういや……“ですわ”の人は“彼女”のことは知らなかったな?

 『その“ですわ”と話す人物には心当たりがあるそうだぜ』

 「マジでか!? 一緒に召喚されたとかか?」

 『いや、その人はこいつらと違う場所から自分で来たらしい』

 「何だそりゃ」

 『自分らと関係があるのか無いのかは本人が話したがらなかったからついぞ分からず、だったそうだ』

 「むむう……そう簡単には分からねーってか。

 じゃあさっきの羽根飾りの出どころは……分かんねーか」

 『当たり前のことだが自分らの手を離れた後のことは知らん、だってよ』

 「そりゃそーだよなあ」

 『しかし今が百年先の未来なら、なぜに今さら呼び出されるのかという疑問はある、と言ってるぞ』

 「そうか、その辺のことは心当たり無しか。

 さっきそこにいた二人はいつの間にかここに来てたなんて話をしてたが、自分から来たってことはその類でもねーのか」

 『何かから逃れてきたらしいが、それが今に至る問題と何か関係があるのかもしれない、だそうだ』

 「うーむ……その話、大体の察しはつくが肝心なとこに具体性が無いまんまなんだよ」

 『なあ、それよか今はそこからどうやって出るか考えねーとならねーんじゃねーのか?』

 「そうなんだよなあ。ちなみにここが何か乗り物の車内だって話に心当たりがねーか聞いてみてもらえねーか?」

 『全く無いそうだぜ。どうすんだ? これ』

 「んなこと言われてもなぁ」


 そうだ、ここが例の車内だっつーなら……


 「タァミナァール、オゥプンヌ!」


 ………

 …


 『何? 今の』

 「何でもねーよ!」

 『あ、あのぅ、お姉様ぁ?』

 「いつ戻った!?」

 『今ですぅ、ただいまぁ、ですぅ』


 クッソこっ恥ずかしいったらありゃしねーぞ。

 あ、そーだ。


 「羽根飾りは? 持ってただろ?」

 『あぁ、忘れてぇ、来ちゃいましたぁ』


 あーあ……“ピッ”って出来そうな奴、いねーかなあ……



* ◇ ◇ ◇



 『取りに行ってぇ、来ますかぁ?』

 「そうだな、頼むわ」

 『はぁい、行って来まぁす』

 『なあ、おかしいと思わねーか?』

 「何がだ?」

 『結局センセーさんはどっから湧いて出たんだ?』

 「知るか。分かってて言ってんだろ」

 『じゃあ頭パーンてのは何なんだ?』

 「あのねーちゃんの説明じゃあ要領を得なくてさっぱりだが、こっちからは一瞬、第三者の声が聞こえたんだよな」

 『第三者?』

 「その第三者がセンセーさんを助けに入ったみてーな流れだったな。

 “これを手に持って”とか何とか言われてたからそんときに羽根飾りを持たされたのかもな」

 『助けに入ったって、何から助けたんだ?』

 「真っ暗で何も見えねーし何が起きたか分からんけど、“バリバリボリボリ”とか“グボ?”とかいう変な音が聞こえて来て、そっから二人の気配がなくなったんだよ」

 『それが“頭パーン”なんじゃねぇのか?』

 「まあ一緒にいた二人に絡む出来事が他に何かあったかって言われても特に無えからな。

 状況からすっとそう考えるしかねぇだろーし。

 あとな、どー考えても助かったって状況じゃなかった気がすんだよ」

 『じゃあその第三者ってのが助けたってのはどういう状況なんだ?』

 「うーむ……分からん。助けられたのは頭パーンの後の様な気がするんだよな」

 『頭パーン、ですかぁ?』

 「また急に出て来たな!?」

 『えぇー、何ですかぁ?』

 「さっき誰かに助けてもらっただろ? その羽根飾りを持たされてさ」

 『お姉様のぉ、そっくりさんのぉ話ぃですかぁ?』

 「そぉだぜぇいー」

 『マジメにやれよ』

 おっと、感染っちまったぜい。

 「でさ、ソレって頭パーンとか言ってたやつの後の話だよな?」

 『そうですぅ、ピカッってぇ、光ったんですぅ。ピカッですぅー』

 「ピカッって何だよ」

 『ピカッ、ですぅ』

 『何かが光ったのか?』

 『全部ですぅ』

 『全部?』

 「全部? 視界が真っ白になったとかそんな感じか」

 『三途の川でも見えたか?』

 『さ……何ですかぁ?』

 「それ言っても分からねえだろ」

 『ああそうか……ん? ああ、なるほどな』

 「そこの人らか?」

 『そのピカッと光ったのも含めてその羽根飾りの持ち主のしわざなんじゃねぇのか、だそうだ』

 『うぅん……よく覚えてないぃ、ですぅー』

 「要するに気付いたら目の前にいたってことだろ、覚えてねーフリとかなんてしてねー限りはな」

 『良くぅ、分かんない、ですぅ』

 「ちなみに異臭とかはしてなかったか?」

 『してないとぉ、思いますぅー』

 『異臭がした?』

 「ああ、お巡りさんがいなくなる直前にな」

 『その前にグボ、とかバリバリボリボリとか変な音がしたとも言ってたよな?』

 「もしかして何か心当たりでもあんのか?」

 『生贄の壺って魔物の特徴と良く似ている、と言ってるが……魔物?』

 「いや俺に疑問形で聞かれても……しかし“生贄の壺”なんて物騒極まりねぇ名前だな?」

 『あ、そ、それぇ、聞いたことぉ、ありますぅー』

 「な、マジで?」

 『で、でもぉ、遭ったらぁ、頭からつま先までぇ、ひと呑みだってぇ……』

 『悪魔系の魔物で見た目は壺というより瓶なんだそうだ』

 「ダンジョントラップみてーなやつか。つーか何でそんなのがいるんだよ」

 『えぇ、どこにいるんですかぁ!?

 わ、私たちみたいにぃ、飛ばされて来たぁんでしょうかぁ?』

 ワンコの話が聞こえてねえ分ビミョーに話が噛み合ってねえな!

 「うーん、こっちに来た理由が事故とか偶然なら同じ様なこともあり得るってか。

 まあ俺には何も見えんかったけどな!」

 『あ、あのぉ……』

 「何だよ」

 『や、やっぱりぃ、あれはお姉様だったんじゃぁ……』

 「だから知らねーっつーの。羽根飾りもらっただろ?

 そいつの模様が違ってたって聞いたが」

 『あ、そ、そうでしたぁ』

 「そこ大事なとこだろ……」

 『そこにいる人らには聞いたが、センセーさんたちの間でもその柄の羽根飾りは何か意味があったりすんのか?』

 『わんわん?』

 「あー今のはな、わんわ……じゃなかった……その羽根飾りはさっき中から出て来た人らの間じゃあ学院とかいうとこの成績優秀者の証だとか何とかいう話だったんだよ。

 んであんたらの方でもそんな話がねーんかなって話をしてたんだ」

 『あぁ、そういうお話でしたらぁ、特級クラスの制服と同じかなぁ、って』

 「あるけどビミョーに違うって感じか。

 特級が何なのか分からんけど凄い成績のヤツが貰えるって感じか」

 『一年生で就職先がぁ、決まっちゃう人なんかがぁ、選ばれるんですぅー。

 ちなみに私もぉ、持ってますぅ』

 「え? じゃあさっきもらったのと合わせて二つ持ってんのか」

 『はいぃ、そうですぅ』

 「今持ってんのは貰った方だよな」

 『……えっとお……?』

 「そこはしっかりしろよな……」

 『ちなみに何か特別な機能はあったりすんのか?

 身分証になってるとか』

 「翻訳するぜ。身分証になるとか何か特別な機能はあんのか?」

 『あ、特に無いですぅ。ただの羽根ですぅ』

 「そちらさんのは?」

 『そちらさん、ですかぁ?』

 「オメーじゃねえよ」

 『学生証の機能が付いてたそうだ。専用の機械にかざすと文字が浮かぶんだと』

 「なるほど……結局何も分からん……が、その羽根飾りの元の持ち主がそこにいる人らならそこの入り口って空けられんじゃね?」

 『そうか、生体認証って意味だと可能性はありそうだが……どうだ?』

 『わんわん?』

 生体認証か……魔力とか言い出さねーとこからすっとこのワンコはこっち側なのかね。

 「やってみる価値はあるな……センセーさんよ、悪ィがもう一個の羽根飾りも持って来てくんねーか?」

 『うぅ……はぃ、分かりましたぁー』

 「頼むぜ、身から出た錆だ」

 『いちおう両方でやってみんのか』

 「ああ、だがなあ」

 『何かあったか?』

 「あのセンセー、レリーフの場所覚えてっかなぁ」

 『おうふ……そうだった……って大体覚えてるってよ』

 「ああ、そこの人らか。なるほど。

 ちなみに入り口が開いたら入れんのか?

 ずっとそこに留まってんのも何か理由あってのことなんだろ?」

 『自分らが出て行けば騒ぎになるだろう、それだけだ。

 もっとも、この場所から離れたら自分たちがどうなるかは分からない、だそうだ……』

 「まだ聞けてねえことが沢山あるんだ、申し訳ねーがもう少し付き合ってもらえっと助かるぜ」

 『やぶさかではない、気にするな、だそうだ』

 「スマンね、ホントにさ」


 錆色の空、二つの月。そこにあった廃虚、巨大な塔……

 あの場所が結局複数あんのかどーか……

 単に時系列が違ってただけかどうかも良く分からねえ。

 そんでもって“彼女”が絡んでなさそう……かどうかはまだ確定的じゃねーが、少なくとも古くから関わってそうな奴らは口を揃えてそんな奴は知らねえと言ってる……

 だが羽根飾りの話は共通項的に出て来るな?

 それだけじゃねえ。

 “女神様”ってのは何だ?

 俺を見て“女神様”と言った奴が、“彼女”らしい人物を目にしたら同一人物だと認識していた。

 それでいて、“彼女”は俺と同じ存在って訳じゃねぇ。

 “彼女”はセンセー……あのねーちゃんを助けてたし、そんときのやり取りは俺にも聞こえてたぞ。

 俺、“女神様”、“彼女”……

 ダメだ……関係性が全く見えねえ……


 「しかしもっとこう……何かねーもんかね」

 『例えば?』

 「あばばばばー、みょみょーん、とかさ」

 『何かの呪文、ですかぁー?』

 「ちげーよ! って戻ったんか」


 いつぞやの変なしゃべり方の奴とのやり取りで“代表サンプルのリセット”とか言ってたが……その線は無えと考えて良いのか……?


 『まずは実験だろう』

 「そうだな、中から出て来た人らは見えてたよな?」

 『はいぃ、もう慣れましたぁ』

 全く、そういうことは言わんでええっちゅーに。

 「じゃあ羽根飾りを一個ずつ渡して試してみようぜ」

 『はいー、まずはこれですぅー』


 ………

 …


 「どうだ?」


 ………

 …


 「オイ、どうなんだ?」

 

 ………

 …


 「オイ、聞いてんのか? オイってばよォ!」


 どーすんだ、コレ。



* ◇ ◇ ◇



 誰もいなくなった?

 また場面転換か?


 手を伸ばして辺りを探ってみる。

 何も変化は無い。

 相変わらず路線バス風の座席、樹脂か何かで出来たツルツルの壁、窓……そうか、窓か。


 ドンドン、ドンドンドン……

 窓は枠にガッチリと固定されてて押しても引いても叩いてもビクともしねえ。

 コイツをブチ破ったら外に出れるんかね。

 蹴ったくれーじゃ到底壊せそうにねーけどな!


 何にせよ、変化があったのは向こうの方か……

 こっちは相変わらず真っ暗だぜ。

 

 この部屋、多分乗り物だよな?

 何とか動かせねーかな……

 まあ周りの灯りがついてない時点でお察しか?


 とはいえ電源? が落ちてるだけって可能性もあるしな。

 くまなく探せば運転席とかあるかも……ん?


 ドンドンドン!

 ドンドンドン、ドンドンドン!


 な、何だ、外からか!?

 真っ暗で何も見えねーっちゅーに!

 怖えーよ!


 ドンドンドン、ドンドンドン、ドンドンドン!

 ガン! ゴン!


 誰かが外から車体? をバンバン叩いてる?

 最後のは何かバールノヨウナモノ? でぶっ叩いてたのか?

 どんだけ頑丈なんだ……


 しかし周りがどうなってんのか分からんけど誰なんだ?


 「オイ、誰だ! 返事しろ!」

 『!? 貴様こそ誰だ! 大人しく出て来い……いや、俺たちもそこに入れろ!』

 「アホか! 出れたらとっくに出とるわ! こちとら出れなくて困ってんだよ!」

 『何だと!? 意味の分からんことを……さては貴様がやったのかァ!』


 誰だ……聞いたことのねー声だぞ。

 しかしまた沸点の低そうな奴だな……他人のことは言えんけど。


 つーか何をしたって?

 話が見えねーぞ?


 「オイ、話が見えねえ! 説明しろ!」

 『説明しろとは何だ、まずそっちが説明しろ!』

 あー、面倒臭え! もうざっくりでいいだろ!

 「家の地下に何があんのか調べてて閉じ込められたんだよ!」

 『家の地下!? おい、まさか昨日入ってった!?』

 昨日だ? そんなに経ってんのか?

 イヤ、まずはそこじゃねーな。

 「オイ! 外からこじ開けらんねーか?」

 『ちょっと待ってろ……よっしゃ!』


 ガコン!


 お、開いた!? って眩し……! 

 って外か!?

 ふう、ひとまずは助かっだぜ……!


 目の前にはとうふ屋をはじめ、さっき見たメンツが数人。

 とうふ屋が手にバールノヨウナモノを持っている。

 さしずめ煽り文句に乗せられて武装して来たってとこか?

 大げさなリュックを背負ってるとこを見るとそうなんだろーな。


 「いやー助かっだぜ! 久しぶりのシャバの空気はうめーなぁ」

 なんちって……ちと大ゲサだったかね。


 「あ、あなた様は……」


 あー……この人ら、声は聞いたことなかったがさっきのギャラリーの方々か……っつっても全員じゃねーな?


 「オイ、来んのは明日だろ。つーかどうやって来た?」

 「あ、明日? しかしその言葉遣いは……」

 「それがスってやつだろ?」ととうふ屋。

 「あ? ああ、こっちが素だよ。

 あんな演技面倒臭くてやってらんねーよ」

 「そ、そうなんですか。

 そのスっていうのが何なのか分かりませんが」

 「オメーもかい……」

 イセカイ翻訳スキルにスって言葉はねーんか……

 「何だ、意外と親しみやすいじゃねーかよ」

 「俺っ娘かァ……」

 丁寧語が使えないっぽい取り巻き連中(?)が何か言っている……

 イセカイ翻訳スキルの語彙、おかしくね?


 あー、まー、それはさておき、俺って今やっぱそんな感じに見えてるんかぁ。

 何つーか……やりづれえなぁ。


 後ろを振り向くと……ボロボロな外観のモノレールみてーな車輌があった。

 周囲は明るい。まだ昼間だったか?

 そして俺ん家が無え。

 つーか廃墟じゃねーか、コレ。

 俺に見えてなかった廃墟みてーなのに寄せた感じか?

 これじゃあ場所的に俺ん家なのかどうかも分からねえな。

 ただ……あの廃墟とは違うよな、さすがに。


 それにしても真っ暗だったのがいつ明るくなった?

 中から見ても真っ暗だったのに、扉が開いた瞬間に視界が開けたって感じだ。

 本来なら地下にあるはずの施設が何かの理由で地表に露出したのか……いや、そうじゃねーな。


 元の場所と違うってことはワンコとかセンセーさんはいんのか……?

 「なあ、俺と一緒に入った二人は見てねえか?」

 「いえ、見ていないですね」

 「それ以外の人らも見てねーか?」

 「はい」

 「人じゃねーのもか?」

 「? はい、誰もいなかったです」

 「つーか……さっきから気になってたんだけどもしかして意外に時間が経ってた?」

 「ええ、私たちは言われた通り次の日に来ました。

 そして……言われたとおりになりましたね……」

 「ビミョーに言った通りじゃねー気もするが……」


 それに体感的には二、三時間しか経ってねえ筈なんだがな……

 やっぱ、何かが違うな。

 何が……?

 知るか、そんなん。


 もう一度振り返る。

 車輌の中……内装も長い時間放置されてたかの様にボロボロだ。

 いや、コイツは多分本当の経年劣化なんだろーな。

 やっぱ違う。違うんだ……


 「ここ、明らかにもとの町じゃねーよな」

 「はい、どちらかというと……我々が元いた国によく似ています」

 「だが空は青いし多分お月サマもひとつだろ」

 「ええ、場所としては変わっていない……つまりここでもかつてのわが国のようなことが起きたと……」

 「わが国? アンタはエライさんみてーなこと言うんだな」

 「実際エライんだぜ。町のとりまとめ役だからな」

 「ナルホド。分かったぜ」

 とうふ屋とエライさんと取り巻きA、Bか。

 「我々は戻れるのでしょうか?」

 「さあな。ただ、初めからこんなだった訳じゃねーだろ。

 何がきっかけがあった筈だ」

 「我々が玄関を通ったことでしょうか?」

 「そこで景色が変わった?」

 「はい」

 「となるとついさっきの出来事か」

 「はい……」


 となるとさっき羽根飾りを使って実験しようとしてた頃合いか。

 タイミング的にはビミョーな感じだな。


 それにしても俺の口を勝手に動かしてた奴はこうなるのを想定してたってのか?

 この状況じゃ確かめる方法もねーか。


 「なあ」

 「ん?」

 「取り敢えずさ、とうふでも食って考えようぜ」

 「へ?」


 リュックの中はとうふかよ!


 「醤油はあるんだろーな?」

 「いけね、忘れた」


 何だろーな、このユルさはよ……



* ◇ ◇ ◇



 「ちなみに今いんのはアンタらだけなのか?」

 「後続がないところを見ると、その様ですね」

 「後から誰か来る段取りだったんか」

 「はい、それでまずは我々が……」

 「はいよ、ぬるい冷奴一丁ォ!」

 「おう、悪ぃな……っとォ!?」

 「危ねえ!」

 「えっ! や、野犬か何かですか!?」

 「いや、とうふを落っことしそうになっただけだよ。

 とうふ屋がキャッチしたけどな」

 「ズコー!」

 この人、こういうキャラなんか……

 「それはそうと今、とうふの器が手をすり抜けていかなかったっすか?」

 「ああ、そうだな。残念だがとうふは諦めるしかねえな。

 あんたらで食ってくれ」

 ホント残念だぜ!

 「後続の人らが今頃どうしてるかは不明か。

 別な場所に飛ばされたか、いなくなったあんたらを探してるか……」

 「ちょっと待ったァ!」

 「何だ? とうふのことなら安心しろ。諦めた」

 「そうじゃなくてよォ」

 「とうふ屋さん、言葉遣い言葉遣い」

 「あ、し、失礼しましたッす」

 「いや、普段通りで良いから。逆にこっちがやりづれーわ」

 「す、すんませんす」

 「無理してですます調で話す必要もねーから。

 紛らわしいしな!」

 「紛らわしい?」

 「悪ぃ、こっちの話なんだぜ」

 「は、はあ」

 「で、取り敢えずだが人はいねーのか、食糧になりそーなモンはあんのかくれーは確認しねーとな」

 「ちょ、ちょっと待ったァ!」

 「何でぇ、しつけーな」

 「ちょ、何でさっきのアレをスルー出来んだよ」

 「アンタがスルーなんて高度な日本語を理解できる事実をスルーしてまでする話か?」

 「スルー話だよ! じゃなかった、する話だよ!」

 「あ、あの、すみません……俺らも気になってました」

 「まあ良い、結果は分かってっけど一人ずつ握手してみっか」

 「ええッ良いんですかァ!?」

 「そんな興奮する話かよ。さっさと手ぇ出せや。

 まずはおエラいさんからだ。

 どうせ順番も決めらんねーだろからな」

 「は、はい」

 「ほい、握手」

 「あっ!?」


 手を出すと思った通りすり抜けた。

 残りの三人も試したが「あっ」しか出なかったので以下略。


 「ちなみにその辺の壁とか地面は触れるだろ?」

 「そうですね、どうしてでしょう?」

 「修行が足りないんだ!」

 「そうか! 修行か!」

 「ちっとそいつら黙らしてくんねーか?」

 「シメるってこと?」

 「違げーよ!」

 「じゃああんたが命じりゃ一発だろ」

 「そこの二人、俺が良いって言うまで黙っててくんねーか?」

 「は、ハイ! 喜んで!」

 「了解であります!」

 「お、おう……」


 コイツら何か怖えーんだけど!

 ま、まあ良い、話を続けるぜ。


 「理由は分からんけど壁とか地面についても似た感じで認識出来てるっつーだけで、実は見えてるもんがお互い違ってたって可能性もアタマの隅っこに置いとかねーとな。

 それにな、こういうのは今に始まったことじゃねーんだ」

 「と言いますと?」

 「昨日……? 昨日、俺と一緒に入った二人も家に入ったとこで廃墟に入ったみてーな感じになってたんだよ。

 こことはちっとばかし違うっぽいがな」

 「違うと言いますと?」

 「アンタら、異形のバケモンみてーな姿の奴らなんて見かけなかったか?」

 「誰もいませんでしたが……」

 「同じく、見てねーぜ」

 「お巡りさんとセンセーさんには見えてたらしーんだよな。

 俺の目には見えてねぇっつーかフツーの一般住宅のキッチンにしか見えてなかったんだがな」

 「バケモンなら元いた国じゃ当たり前みてーにのさばってやがったがな」

 「ちなみにそこにいたってヤツらは自分たちは人間だって言ってたそうだぜ?」

 「人間だァ? 何だそりゃ」

 「まあ別な視点から見りゃあ俺らだってバケモンかもしれねえんだ、お互い様なんじゃねーかって話だ」

 「つまり……?」

 「俺ら全員、何かのきっかけで中途半端に違う場所に飛ばされてるんじゃねーかと思ってな」

 「それで目には見えるのに触れることが出来ないと……」

 「今までのパターンだと時間経過か何かで次第に離れてくか近付いてくか、大体どっちかに落ち着くんだよ」

 「何故そんなことが……?」

 「そのバケモンみてーな奴らもそれで説明がつくのか?」

 「今まさにあんたらの目の前でそれが起きてるからな」

 「……?」


 特殊機構?

 いや、そんな影も形も見えねえもんがどこでどう関係してるっつーんだ?

 そんなことならむしろ“彼女”の方が怪しい。

 それに家デンに何回か掛かって来たイタ電の主、そして……さっきのアレか——


 「山奥の廃墟に行ったとこから始まって、だんだん酷くなってきてる気がすんだよな」

 「山奥の廃墟……? 初めて聞く場所だな」

 「そうですね、そんな場所があったのですか」

 「まあな、だが今となっちゃなあ」


 あの場所から随分と遠くに来ちまった気がするんだよなぁ。

 あそこは結局何の廃墟なんだろーな。


 「そういやさ」

 「ん?」

 「さっきは受け取れてたよな、とうふ」

 「ああ、そうだな。

 同じ豆腐だったのかはさておき何かを受け渡し出来てたってのは共通項だな。

 おまけにさっき閉じ込められてたとこから出してもらっただろ? 多分アレも同じだぜ」

 「やっぱさっきとは別人なのか?」

 「あー……別人つーかさ、自分がした選択で未来ってどんどん変わってくじゃん?」

 「ああ、そうだな」

 「それがさ、普通はお互いに影響し合って変わってくのにそれが一部欠けてる感じっつーかさ」

 「なるほど、それでお互いの世界が少しずつずれて行くと……」

 「実際に起きてることがその通りなのかは分からんけど感覚的にはそんなとこだな」

 「元に戻ることは可能なのでしょうか」

 「その方法があるんならぜひ聞きてーとこだ」

 「あの、それはあなた様のお力なのでは……?」

 「悪ィな、そこは分からん。言っとくが俺自身は何もしてねーぞ?」

 「ですがあなた様のそのお姿は——」

 「それは多分ハリボテだ」

 「ハリボテ、ですか?」

 「よく似たニセモノくれーに考えといてもらえると助かるわ」

 「にわかには信じられませんが……」

 「あんたらを元の世界から連れ出したのももっと別な奴だぜ、多分」

 「うむぅ……」

 「考えてても煮詰まっちまうだけだろ、次行こうぜ次」

 「とうふ屋の言うとおりだぜ、考えても分からんことにこだわってもしゃーねぇって」

 「分かりました……しかし先程の……ブツブツ……」

 よく考えたらこのエライさんが教祖みてーなもんなのか。

 あのトリマキAとBのボスだもんな。

 そりゃフツーな訳ねーわ。


 「それにしてもこの廃墟、どこまで続いてるんかね。

 それこそ山奥の廃墟まで続いてるとかあんのかどーか。

 それにもう少し行くと麓の街が見えんだろ。

 あっちはどんな状況なのか、見てみてえとこだがな」

 「最初の話に戻りますが、まずは他に誰かいないかとか、食糧はあるのかとか、確認したいですね」

 「食糧が見付かってもあんたは食えねーんだな」

 「そこは何とかなるだろ」

 「そんなもんなのか?」

 「話せば長くなるがメシ、フロ、トイレが無くても大丈夫かもってちょっと思ってる」

 「そ、それはやはり……」

 「だから違うって、知らんけど。

 しかし見渡す限りの廃墟だな……」



 『お姉様ぁー』

 「あ?」

 「どうしました?」 

 『お姉様ぁー、分かぁい、させてくださぁーい』

 「何だ? センセーさんの声が聞こえるんだが」

 「私には何も聞こえませんが?」

 「俺もだぜ」


 『死ねば良いのにー』


 へ?



* ◆ ◆ ◆



 「オイ、そこにいんのか?」

 「気のせいなのでは?」

 うーむ……息子の嫁の声も聞こえた様な……

 セリフもいつものやつだしな。


 『お姉様ぁー?』

 「オイ、ここだ、ここにいんぞ!」


 ………

 …


 『お姉様ぁー?』


 ……じっと待って様子を見てみっか。


 ………

 …


 「あ、あの」

 「どうやら気のせいだったみてーだ」

 「そうか、気のせいか……」


 多分違げーがな。

 まず、向こうからこっちは見えてねえ。

 それどころかただ単にさっきの声が再生されてるだけなんて可能性もある。

 でなきゃ同じ言葉の繰り返しなんてある訳がねえ。

 さっきまでのドタバタを知ってりゃ尚更だ。


 『死ねば良いのにー』


 はぁ、全くだぜ。

 しかし火のねえところに煙は立たねえ。

 声の正体が何であるにせよ……ここに来る前に起きた出来事と無関係ってことはねえ筈だ。


 しかし何度見ても本当に見渡す限りの廃墟だな……

 しかも……ここは俺が元いた町なんじゃねーのか?

 さっきからエライさんもとうふ屋も雑談もそこそこにキョロキョロと周囲を眺めている。


 「どうだ? ここは」

 「玄関を通る前の町と同じ様でいてなおかつ違う様な……瓦礫の有り様を見ると確かに見覚えのある配置だと思えるのですが」

 「今までいたあの町はあんたらが建設したモンなのか?」

 「いえ、というか……私たちがあの国に転移……かどうかはわかりませんが……飛ばされて来たとき、既にあの町は今の体裁全てを整えていました」

 「誰が作ったのかは不明、か」

 「まさか地面から勝手にニョキニョキと生えてきた訳じゃねーだろ」

 「ですが我々以外の先人が過去に訪れていたとして、あの様に様式が異なる建築物を一朝一夕に造ることなど出来る筈もありません」

 「まあ転移じゃなくて召喚と考えりゃ辻褄が合うんじゃねーか?

 要は住む場所を造った上で俺らを召喚した奴がいるんだろ?」


 さっきから合いの手を入れるが如く口を出してるのはとうふ屋だ。

 トリマキAとBは相変わらず後ろの方でヘコヘコしている。 


 「町を造るだと? んで召喚だ? 誰が? 何の為に?」

 「聞いてんのは俺の方なんだけど!」

 「だから知らねっつの! 何回言えば分かんだよ」


 俺もとうふ屋と同意見だがコイツらは相変わらず俺がやったことだろって思ってんだよな。


 『お姉様ぁー?』

 あー、ハイハイ。

 『!』


 周囲の景色は俺が住んでた町を彷彿とさせるが、瓦礫を見てもここが俺ん家だったって思わせる様なモノは何も残ってねえ。

 そりゃそーだ。キッチンの地下にあった構造物が地表に露出してんだもんな。

 ボコッとか言って隆起してきたんかね?

 それで俺ん家はバボーンとかいってふっ飛んだと……

 うーむ……それにしちゃあ痕跡も何もねーよな。

 ……ん? 何か地面に落ちてる?


 瓦礫の隙間から覗くビニールの切れっ端。

 それをつまみ上げると……


 「オムツの袋……?」


 何だこりゃ?

 どっかから飛ばされて来たのか?

 せめて遺影とか位牌なんかが見つかりゃなぁ。


 「何でしょう? それ」

 「ビニール袋の切れっ端だよ。見た目からして大人用オムツの袋だな」

 「オムツ、ですか……?」

 「どっからか知らんけど風か何かで飛ばされてきたんじゃねーかな」

 「まあオムツじゃ腹は膨れねーわな」

 「取り敢えず何かねーか探して回ろーぜ。日が暮れる前によ」

 「最低限、雨風を凌ぐ寝ぐらくれーは見つけねーと」


 おっと、一番使えそーなのを忘れてんな?


 「寝ぐらならさっきの乗り物があんだろ」

 「ああ、そうか」

 「それではふた手に別れてしばらく見て回って、ここで落ち合いますか」

 「良し、そうすっペ」

 「すっぺ? 酸っぱい?」

 「そーしよーぜってこった。班分けはエライさんに任せるわ」


 このメンツだとエライさんとトリマキ二人の信者チーム三人と俺+とうふ屋かね。


 ん?

 何で全員こっち見てんの?

 そして互いに目配せ?


 「それでは、私たち三人が女神様のお供を致しましょう。

 とうふ屋さんは一匹オオカミが性に合っていそうですからね」


 へ? 何でそうなる?


 「それでええんか?」

 「ああ、良いぜ。おっしゃる通り一人の方が気が楽だしな」


 と、とうふ屋が小声で耳打ちして来た。


 『連中、俺があんたとタメ口で話してんのが気に食わねえってツラしてやがったからな、ガス抜きだガス抜き。

 せいぜいお相手してやれよ』


 えぇー!? 何じゃそりゃあ!?


 『ま、頑張れや』


 とうふ屋は手をヒラヒラさせながら離れて行った。


 「さて、それでは参りますか。よろしくお願い致しますね」


 あー、そのまんま行っちまう感じなのか。


 「ちっと待てよ、集合時間くれー決めたら良いんじゃねーか……って時計がねーか」

 そう言いながら半ば反射的に上着の内ポケットをガサゴソする。


 「あ?」


 ポケットには携帯があった。

 取り出して見る。


 “2042年5月11日(日) 9時01分”


 へ? 何この日時——


 「おい」


 不意に声をかけられて振り向くと、そこにいたのは刑事さんだった。


 「今までどこをほっつき歩いていた?

 後ろの奴らは誰だ?

 それにその格好は何だ?」

 「刑事さんこそ、今までどこに?」

 「何だ、その言葉遣いは」

 「別に今まで通りでしょう?」

 「何故いつもの様なタメ口じゃないんだ?

 まさかその格好に合わせて畏まっている訳ではないだろう」


 何だと? 俺は公権力にゃあとことんおもねる主義なんだぜ?


 「誰だ? お前は」

 「誰と言われても俺は俺なんすけど」

 「ならいつから自分のことを“俺”と言うようになった?

 言葉遣いがやけに丁寧になったかと思えば一人称が“俺”とか、馬鹿にするのもいい加減にしろよ?」

 「は? そんなの……」


 イヤ、どーも話が噛み合わねーな。

 何だ。何が違う……?


 『お姉様ぁー、そこにぃ、いるのですかぁー?』

 ハイハイ……ってやっぱそのへんにいんのか……!


 「お、おい」

 「何です?」

 「後ろ、後ろだ……」

 「あの、我々のことでしょうか?」

 「違う、あんたらじゃない! 何だよオイ、またかよォ!」


 何ビビってんだ? またぞろゾンビでも出たってか?



* ◇ ◇ ◇



 周りに釣られて後ろを振り向くが、そこにいるのはエライさんにトリマキ二人だけだ。


 「何だ、人騒がせな……」

 「わーわーわー!」

 「うるせえ! って今の刑事さんかい!」


 呆れた俺は相変わらず何にビビってるか分からん刑事さんの脳天に思わず空手チョップをかました。


 「ひぎぃ!? し、死むぅ……」

 「あーすんませんした、すんませんしたってェ」


 何でチョップ如きで死なにゃならんのだ……

 それにしちゃあ俺を見る目が何か変だぜ。


 「刑事さん、俺が誰なのか正しく認識出来てます?」

 「誰ってオレを騙しやがった女子高生だろう」


 あーあー、そう来たかぁ。


 「違いますよ刑事さん。俺です俺、俺俺」

 「この状況でオレオレ詐欺か」

 「イヤ、だから俺はそこにあった家に住んでたおっさんだって」

 「嘘をつけ。じゃあさっきから訳の分からんうなり声を上げながらお前の周りをウロウロしてるそのゾンビは何だ」

 「ゾンビだ?」

 『ゾンビだなんてぇ、失礼ですぅ』


 一同でキョロキョロする。

 当然、何も居ねえ。

 まあ、声が聞こえたのは気のせいじゃなかったってことではあんのか。

 もっとも、後ろの三人には何も聞こえとらんだろーがな。

 それにしてもやっぱゾンビってのはセンセーさんのことなのか。

 ……何でまたゾンビなんだ?


 「刑事さん。そのゾンビってのが襲い掛かって来そうな気配はあるんですか?」

 「いや、良く見たらあんたにくっついて回ってるだけっぽいな」


 危険がねぇってことが分かった途端に饒舌になり始めたな。

 さすが、刑事さんクオリティだぜ。


 「俺にくっついてる? ああ、まあそうか。

 俺には姿は見えないけど声はちゃんと日本語に聞こえてるんですがね」

 「何!? 何と言っている?」

 「ゾンビとは何を失礼なーとか言ってますよ」


 さすがにここで“お姉様ぁー”は言えねえよな!

 てか、よく考えたら刑事さんが言ってることは聞こえてんのかコレ。


 「なあ、そこにいんのってやっぱセンセーさんなのか?」

 『そうですよぉー』

 「ウチの隣に住んでる?」

 『はい、お隣さんですよぉー』

 「刑事さん、どうです?」

 「どうも何も相変わらず“グゲェ”とか“ア゙・ア゙ァー”とか意味の分からんうめき声しか聞こえんが。

 しかしお隣さん、とは……?」

 「お隣さんはお隣さんですよ。刑事さんが知ってる“お隣さん”に比べたら大分若いですがね」

 「“お隣さん”……? じゃああんたはやはりここに住んでいた……しかしその姿は……?」

 「しかしもカカシもないですよ。

 刑事さん。鑑識さんがここに何かあるとか言ってたの、覚えてますか?」

 「!? そいつはいつの話だ?」


 この話に乗ってくるってことは……ここはやっぱ元の町なのか……?


 後ろでは話について来れてない三人が不安そうにしている。

 すっかり蚊帳の外だからしゃーないがちっとは構ってやらねえとな……


 『あ、あの……私が“大分若い”って……いうのはぁ……』


 そしてこの声……

 もしかしてあのときの“言葉”、そしてその後の“スイッチ”の結果なのか……?


 『死ねば良いのにー……』


 じゃあさっきから聞こえてるコレは何なんだ?

 刑事さん、ソッチは見えてねぇよな?

 てか刑事さん以外の面々は今どこで何してんだろーな?



* ◇ ◇ ◇



 “どの刑事さんか”の確認をする方法、か……

 うーむ。


 「刑事さん、確認です。

 怪しい二人組と一緒に家の前をうろついてましたよね?」

 「? 何のことだ?」


 知らねーか。てことは俺のクルマを盗んでった奴らとは絡んでねえ、と。


 「なるほど……じゃあ、その後お隣さんに説教されたのは?」

 「知らんな」

 「警官が大勢で押し掛けて来て隣の旦那さんともみ合いになりましたね?」

 「だから何の話だと言っている」

 「その時俺は姿をくらましていました。だから直接は見ていません」

 「オイ、聞いているのか!」

 「ええ、聞いてますよ。

 刑事さんの心当たりがある話が出るまで順番に聞きますので少しお付き合い願います」

 「そんなことをして何の意味がある」

 「いえ、こっちの話なんですがね。あなたがどの刑事さんなのかと思いまして」

 「どの“俺”だ、だと? それはあの廃墟に絡む話なのか」

 「ええ、そう考えてもらって良いです」

 「今のこの有様もか。それにあんたが誰なのかってことについても……」

 「ええ、そうですね。ある程度のことが分かれば有意義な情報交換が出来ると思いますよ」

 なーんちってぇ。

 『お姉様ぁ、格好良いですぅ』

 「お、おい。そこのゾンビは大丈夫なんだろうな!?」

 「もちろんですよ、刑事さん。ねえ、センセーさん」

 『はぃ、お姉様ぁ! ぶ——』

 「お、おい、今何かけしかけなかったか?」

 「別に何も?」

 てゆーか逆に俺が何かされそうなんですけど!

 しかし何か面白くなってきたな?

 「あ、あの……すみません……我々は何をすれば……」

 おっとそうだった、この人らをこのまんま放置しとくのも考えもんだよな。

 さて、どうすっか……

 ボーッとさせんのももったいねぇしな。

 「そうだな、このまま日が暮れちまうのももったいねえし、先に探索に出てもらった方が良いかもな」

 「待て、探索とは何だ」

 「俺たちはここの事情をよく知らないんですよ」

 「さっきは“廃墟”絡みだと、そう言ったな?」

 「ええ、件の廃墟については俺も関係者だと認識してますから」

 「それを言うあんたが“ここの事情を知らない”だと?

 ふざけるのも大概にしろ」

 「あなた、黙って聞いていれば先ほどから何たる不敬ぇモガモガ……」


 途中でトリマキAが狂信的なセリフと共に乱入して来たので口を押えてズルズルと引きずり、後ろに下がらせる。

 これじゃあガス抜きどころの話じゃねーな。


 「ややこしくなるからちっと外しててくれや。

 あ、いや、時間がもったいねえし探索に出といてくれ。

 落ち着いた頃合いに合流しようぜ」

 「分かりました……それでは一時ほど後にここで」

 「ああ、済まんけどまた後でな」


 エライさんはトリマキ二人を無理矢理引きずって去って行った。

 正直、“また後で”があるのかどうかも怪しいんだけどな。

 それはそれ、これはこれだぜ。


 「さて、待たせちまってすいませんね。

 こっちとしても日が暮れる前に取っ掛かりくらいは掴みたいんでね」

 「そうか、ならさっきの問いには答えてもらえるんだな?」

 「ええ、俺って今ここの地下から出て来たばっかなんですよ。

 それで状況がさっぱり分からないんですよね。

 例えばこの周囲の有様、これが何なのかさっぱり分からないんです。

 町の皆さんは避難済みなんでしょうか?」

 「フン、そういうことか。

 逆にお前が本当にここに住んでいたオッサンなのかどうか怪しくなって来たな」

 「どういうことですか?」

 「町の人たちは皆所定の避難先に移動済みだ。

 そしてそのことは俺も“赤毛のオッサン”も承知していた筈だ。   

 あんたがその“赤毛のオッサン”だったとするとやはり整合性が合わない」

 「しかし廃墟絡みだ、という話に関しては同意出来るという話でしたが?」

 「そうだな、それであんたは何なんだ?

 あの廃墟からあふれ出てきたアレと関係があるのか?」

 「“アレ”? “廃墟からあふれ出してきた”?」

 「何だ、しらばっくれようってのか?」


 そうか……この刑事さんは俺の知らねえこの町や廃墟の状況を知ってるってことか。

 この刑事さんは“空白の一日”に何があったのかを知ってる……


 それはつまり、ここは“空白の一日”が存在した場所だ……そういうことになるのか。


 『あっ、あっ、あっ、あなダぁ、さっきかラぁ、黙ってぇ、聞いていレばァ!』

 「お、オイ! ソイツは安全じゃなかったのか、オイ!」


 刑事さんがじりじりと後ずさる。

 何だ?

 

 「こ、この野郎!」

 「オイ、何すんだ刑事さ——」


 パン! パン! パン!

 いきなり刑事さんが拳銃を抜いて発砲して来た。


 『ア゙、あ、アぁーッ!』

 「ひィィィー」


 何このパントマイム!

 効果音だけだとヤベー絵面感ハンパねーけど!


 「あーあーセンセーさん?

 俺は別に何も気にしてねーぞ?」


 『ホンとウにぃ、でぇすゥかぁア゙ア゙……?』 


 「オイ、あ、あんた、コイツらは一体……」


 刑事さんは腰砕けになってへたり込んでいる。


 “コイツら”?

 あーコレ、もしかしなくてもゾンビパニックになってんの?


 「あー、コイツら?」


 刑事さん、もの凄い勢いで首肯。

 もはやヘドバンと言っても過言じゃねーな!


 「何か……信者……的な?」


 俺の渾身のアドリブにポカーンとする刑事さん。

 センセーさん以外に誰がいんのかは知らんけどな!


 もう一度携帯を取り出して確認する。

 “2042年5月11日(日) 9時16分”

 “新着メールあり”


 今更思うんだけどこのスマホ、何でメールまわりだけガラケー仕様なんだろーな?

 いや、色々と突っ込むとこが違うっつーのは分かってんだけどさぁ!


 取り敢えず俺も落ち着かねーとだな。


 「刑事さん、落ち着いて話しましょう。

 昨日何があったのか、俺に教えてもらえませんか?」


 『死ねば良いのにー』

 「ヒィィ……」


 あ、コレ駄目な奴じゃね?



* ◇ ◇ ◇



 「もしもし? あのーそこの方?」

 「ヒィィ……」

 「いや、刑事さんじゃなく……」

 『死ねば良いのにー』

 「つーか死ねば良いのにしか言えんのかいテメーはよ!」

 『お、オネェ様あ゙』

 「ま、待て、オネエって発音が不穏だぞ!?

 てかさっき撃たれてたのはセンセーさんの方か。

 オイ、大丈夫か?」

 「大丈夫な訳がないだろう、これを見て何とも思わんのか!」

 「イヤ、おたくには聞いてませんから!」


 クソォ、どうすんだ……これじゃ話が進まねーぞ。


 『あ、あァ゙……』

 『死ねば良いの……にィ!』


 ズバーン!


 「ヒ、ヒィィ……!」

 「今度は何スかァ!?」

 「ぞ、ゾンビがゾンビを蹴り殺したァ!」

 「解説どーもォ!?」


 えーとォ、やっぱさっきから死ねば良いのにを連呼してる方も見えてたのか。

 センセーさんはともかく、息子の嫁っぽいのはどっから湧いて出たんだ?

 足クセが悪そーなのは以前いきなり襲いかかって来た奴と一緒か。

 しかしセンセーさんといい、理性がロストしてそーなのは何なんだ?

 つーかだ。

 さっき刑事さんが発砲してたのだって大したダメージになってなさそうだったじゃねーか。

 蹴り殺すとかあんのか?

 いや、ゾンビが死ぬんかいなって話は別としてだけど。


 「お、お、オイ……オイ!」

 「こ、今度は何スかァ?」

 また面倒ごとかいな。

 こっちを指差してワナワナしている。

 「刑事さん、さっきみたいに冷静に話し合いましょーよ」

 「そんなこと言ってる場合じゃない!」

 「今に限って言えば俺には特段変わった様には見えないんですが……その、ゾンビがゾンビを蹴り殺した、とは?」

 「それはさっきの話だ!

 オイ、何か知らんがビチャアってなってた奴がゴボゴボしてんだよォ!

 大丈夫じゃねー奴だろ絶対によォ」


 うわーなんか幼児に退行してね?

 とはいえだ。

 そこでゴボゴボしてるとかいう奴……

 本当にゾンビなのか?


 「それで、そのゾンビを蹴っ飛ばした方は?」

 「え? あ、いない?」


 「どっかに行っちまったってことですかね?」

 「い、イヤ、そんなの分かる訳が……ヒィ」

 「ゴボゴボしてる方は?」

 「な、何かコッチ来たァ!?」

 「応援とかは呼べないんですか?」

 「む、無理だ、皆所定の避難所に避難したと言っただろう!」

 「じゃあ、今この町にいるのは刑事さん一人だけってことなんですね?」

 「ひ、ヒィィ!」


 あー、そのゴボゴボとかいう奴を何とかしねーとおちおち話も聞けねーってか。


 「ガ、ガガガガ……」

 「こ、今度は何スかァ、ってコレ三回目なんですけど!」

 「ガイコツだぁー!」

 「ハイ、解説毎度どーもです!」


 蹴り殺されたってゾンビはゴボゴボしてたって話を聞くと衝撃で爆散した感じになんのか……

 コイツはショックの○ーだぜ……


 肉が吹っ飛んで骨だけ復活とかマジホラーだな。

 こいつばかりは目の前で目撃しちまった刑事さんに同情しちまうな。


 「あの、センセーさん?」

 『あ、あれ? お姉様!?』


 お? 何かさっきよりも受け答えがマトモになってねーか?


 「大丈夫なのか? 撃たれたり蹴られたり散々だっただろ?」

 『いえ、私は……?』

 「どうした?」

 『……』

 「オイ、どうした? 急に黙り込んじまって」

 『……』


 反応なし?

 コレ刑事さん的にどんな感じなんだろーな?


 「刑事さん?」

 「……ハッ!? しまった、俺としたことが」

 

 お、復活したか?

 粗相はしてねーよな!?


 「刑事さん、そのガイコツってのはどうなった?」

 「いや、あ、あれ? いない?」

 「消えたとか?」

 「消えた……? そうか、これは何もかも夢だった、なるほどな……」

 「いや、そんな一人で納得されても分からんから!」


 ソレはさておきガイコツもいなくなったのか。

 これもイキナリこつ然と消え失せた訳じゃねーよな?


 まあ取り敢えず今は気にしてる場合じゃねーか。

 誰かの仕業かどうかとかはさておき、刑事さんがまたビビリモードになる様なホライベが無ぇとも限らねぇからな。


 「それで刑事さん、刑事さんは一人でここに?」

 「ああ、元々は違ったんだがな」

 「違った、とは?」

 「あの廃墟で醜態を晒した俺は赤毛のおっさんの家まで連れて来られてそこで世話になった」

 「俺もいたんですね?」

 「あんた……まああんたが主張したとおりのあの赤毛のおっさんだったと仮定すると、そうだな」

 「それがなぜ刑事さん一人だけに?」

 「分からん。見送られて一旦帰宅した後、再び来てみたらもぬけの殻になっていたんだ」

 「そこで俺らに出食わした、と」

 「ああ、そうだな。しかしさっきのゾンビ共は……?」

 「刑事さん、刑事さんがゾンビだって主張してるソレなんですがね、俺には日本語で何かを訴えてるように聞こえるんですよ」

 「何だと?」

 「見た目がゾンビなだけで実は人間だったりとか——」


 『ねえ、さっきの大分若いってのは何の話なの?』

 「! 誰だ?!」


 突然の出来事だった。

 急に空が眩しいほどの明るさになる。


 『鑑識さん、俺が持ってた血塗れのノートを分析してたでしょう。

 で、その血痕はニセモノだと』


 誰だ……って“彼女”!?

 まるで俺がしゃべってるみてーじゃねーかよ、オイ!


 「オイ——」


 ——!? 

 何だここは……廃墟じゃない!?

 ど、どこだ!?

 ……って家の前だ!?


 「おっさんおっさん、良い加減にしないと膝カックンするッスよ?」


 ここは地下に潜る前にいた町か……って何でコイツがいるんだ?

 しかも遠巻きにこっち見てんのは“推定昨日”のギャラリー連中じゃねーか?


 「ど、どうしたんスか?」

 「な……アホ毛? こ、こ、今度は何スかァ!?」

 「紛らわしいんでオイラのマネすんのやめてくださいッスよ?」


 今の、何の前触れもなかったぞ!?

 急過ぎんだろ!

 一体何がきっかけだったんだ?


 『あ、あの……』

 『今日のところはお引き取りください』

 『し、しかし……』

 『皆様にはそれぞれに大事な役割があるのです……』


 待て待て待て待て……これってさっき? の俺()の口から出たセリフだよな!?


 コイツは声だけだよな!?

 アホ毛の反応は全くねーし下手すっと俺しか聞こえてねーのか?

 一体何がしてーんだ? てか誰の仕業だ?

 せっかく刑事さんから色々と聞けんのかと思ったのによォ……


 「全く、死ねば良いのにー」


 えーと、もしかしたらだけど……

 ホントは“汚物は消毒よー”とか言いてーのかな?

 てか何でここにいるんだ?

 玄関前に仁王立ちとか行かせねー気満々過ぎんだろ!


 ……待てよ?

 ここに息子の嫁がいるんならセンセーさんも近場にいんのか? 


 ここがあの町なら、どうにかして“もう一周”してみてぇとこだが……



* ◇ ◇ ◇



 息子は今ここにいる嫁と孫を連れて昨日()まで家に遊びに来てた筈だ。

 ここは息子に話を聞いてみるしかねーな。


 ポケットから携帯を……って無えし!


 仕方ねえな……

 俺は回れ右してアホ毛の方に向き直る。


 「なあおい」

 「何スか?」

 「息子に電話なんて出来たりすっか?」

 「ああ、出来るッスよ、ハンズフリーッスよね」

 「済まんけど頼むわ」


 しかし何だってコイツもここにいるんだろーな。

 刑事さんなんかもいたんだしオタの方もそのうちひょっこり姿を現すのか?

 ……そういや定食屋はどうした?

 直前まで一緒にいたよな。


 「あ、ちょっと電話する前に良いか?」

 「何スか?」

 「定食屋はどうした?

 さっきまでいただろ?」

 「定食屋さんスか?

 確か一旦戻るって言ってた筈ッスよね?」

 「いつの話だ、それ」

 「? いまさっきッスけど?」

 あー……

 「最後に定食屋に行ったのっていつだっけか?」

 「えー……さっき警察署に行く前に行ったばっかじゃないッスか」


 何だそれ……?

 ガイコツだ何だって騒いでたあのアホ毛じゃねーにしても変だろ。

 それにだ。

 そのタイミングでの登場なら息子の嫁の方に何か思うところがあるんじゃねーのか?

 それに鑑識さんが何か言おうとしていきなりワケワカな目に遭ったタイミングとも——


 「そうか、了解。

 にしてもハンズフリーなんて良く気の利いたこと思い付いたな」

 「? そういうものじゃないんスか?」

 「そうか? まあ頼むわ」


 そうか、何か変だと思ったがあのときと似た様なシチュではあったのか?

 何かを話そうとした途端に、か。


 「繋がったッス。

 繋がったッスけど何かおかしいッス」

 『おかしいのはそちらですよ。

 誰です? あなたは』

 「用があるのはオイラじゃなくて赤毛のオッサンの方ッス」

 『赤毛のオッサン?

 イタズラ電話じゃないんですね?』

 「取り敢えず本人と代わるっスよ」


 『もしもし? 何ですか、今になって』


 ん? 何だこれ。これが息子だ?


 「今さらとは何でぇ、そりゃこっちのセリフだろ」

 『じぃじ? じぃじなのー?』

 『あ、こら』

 「何だ、孫が近くにいんのか」

 『孫? この子が、あなたの……?』

 『じぃじーあのねあのねーおねえ……』

 『あ、余計なこと言わないの!』

 『……もごもご……んぅんぅー』

 『おい、何やってんだ!』 

 『……ドスン……バタン』


 オイ、何か揉めてねーか?

 どういう状況だ?


 「オイ、そっちで何してやがんだ?」

 『な、何でもないですよ』

 「何でそいつらと一緒にいんだよ。

 てゆーか今どこにいんだ?

 それに何を揉めてる?」

 『な……あ……じ、じぃじ……?

 お姉さん……? あのとき一体何が……?』

 「オイ、答えらんねーのか?」

 『あ、あの……そうだ……!

 あれはどうなったんです? ほら、8日の』


 8日……? “アレ”……?

 何だっけ……分からん!

 えぇい、テキトーに答えてやれ!


 「何でぇ、それを探してんのか。

 ならどこをしたって見つかんねーぜ」

 『本当なのですか? その……』

 「何でぇ、急に歯切れが悪くなりやがったな。

 聞いてやっから話してみろっつってんだろ」


 『あ、あの……あなたは、僕の母さんなのですか?』

 「は? はあぁ!?」

 『はあ? 何それ?』


 オイ、その発想はなかったぞチキショーめ!

 つーか結局“8日のアレ”はどーでも良いんかい!


 何か息子もびっくりして呆れてっぞ?

 イヤまあコイツも息子にゃあ違えねえけどさ。

 ここは思いっ切り否定してやんのが筋って奴かね。


 「んな訳ねーだろボケ!」

 『は、はあ……それじゃあ……

 まさかとは思いますがおさんだったり……とか?』

 「あー、もしかして当てずっぽ?」

 『すみません、赤毛のおっさんだと言われて実際話しているのが聞き覚えのある女性だったものですから』

 「女性?」


 オイ、オメーもかよチキショーめ!

 何なんだあの信者といいコイツといい……


 「あのな、言っとくが俺はホントのホントに赤毛のオッサンだからな?

 後ろにいる息子にも聞いてみろよ。

 さっきオメーの反応見て呆れてたからな?」

 『そ、そうなんですか?』

 『何をどう間違ったらお母さんとかお祖母・・さんになるの?』

 『え……え?』

 『ですがその……あのときその……機会を与えてやると……』

 『それは全部片付いた筈でしょう』

 「全部?」



 『……ほら、あなたの目の前の彼女が言っていたでしょう。7日の礼だと』


 「何? 何だそれ? 8日じゃなくて7日だ?」

 『父さん、真面目に考えない方が良いよ……ここは何かおかし——』

 「オイ、どうした?」

 『な、何でもありませんよ』

 「オイ、コッチも状況が分かってねえんだ。

 もーちっと協力的になってもらわねーと答えるもんも答えらんねーぞ?

 “機会”ってのは何のことで、それが7日の話とどう関係するってんだ?」

 『ま、待ってください、こちらだって混乱してるんです……』

 「じゃあ息子と孫はどうした」

 『息子? 誰の息子です?』


 ? 何言ってんだこいつ?

 それに“7日の礼”だ……?

 7日といやぁ俺個人にとっての“空白の一日”だ。


 それにだ。

 “目の前の彼女が”、だと……?

 つまり息子の嫁……いや、この女は両方と何か絡んでるってのか……しかも何の矛盾も感じさせずに……?

 いや、コイツは認識の齟齬ってやつなのか?


 「“7日の礼”ってのはその息子から聞いたん話なんだがな」

 『え? アナタがですか?』


 やっぱ変だぜ。

 コイツは過去の記憶か何かなんじゃねーか?

 それも俺の知らねえ……


 「7日、7日か……」


 「……一体誰とお話ししてるんですかー?」


 そこで思わず洩らした言葉に反応したのは——



* ◇ ◇ ◇



 「マジか……」

 「ほ、ホラーッス!?」

 「あのぉ、お姉様ぁ?」

 『だ、誰ですか今のは』

 「……」


 ちなみに最初は俺で最後のは息子の嫁だぜ……


 んで急に出て来たのはセンセーさん……だよな?

 ゾンビだけど。

 しかしビックリしたのはそこだけじゃねえ。

 この人何で銃なんて持ってんの?

 ……コレ、駐在さん()が持ってた奴じゃねーか?

 じゃあ駐在さん()は?

 そうだ、ワンコははいねーのか!?


 「誰とぉ、お話してるんですかァ?」

 「誰って息子……ぁ」

 「ムスコぉ!?」


 また随分とグイグイ来るな!


 「お、おっさん、何スかこの人!

 見た目よりも中身が怖いッスよ」


 『父さん、知らない声が聞こえるけど誰かいるの?』

 『あなたは黙ってて下さい!』

 『じぃじー?』

 『死ねば良いのにー』

 『ああ、もう!』

 「こっちでも想定外があったんだ、ちっとばかし待ってくれ」

 『面倒ごとモゴモゴ……』

 『父さん、こっちは何とかするから任せといて』


 あークソ、またあちこちで色んな面倒ゴトが同時進行し始めたぞ。


 「ムスコってぇ、お姉様のムスコさんですかァ?」

 「あー養子だ養子、実の息子じゃねーし」

 『えっ本当……モゴモゴ……』

 『よし、縛っちゃえ!』

 『や、やめ……ドタバタ……』


 ナイスだムスコよって何か違和感が……何だろ。

 つーか最後の“ァ”が怖えーんだけど!

 こいつ絶対マトモじゃねーよな!


 「お姉様ぁ?」

 「何だよ、それしか言うことはねーのかよ」


 おっと、心の声が漏れちまったぜ。

 だがこれじゃあ本当に他のことがしゃべれねえみてーじゃねーか。

 仮に俺が“死ね”と命じちまったあのときが分岐点ならもっと別なこと考えてた筈だよな?

 それに登場人物やら何やら色々とおかしいしな。

 それにしても息子と孫は今“どこ”にいるんだか。


 などと考えごとをしてるうちにねーちゃん……じゃなかったセンセーさんが銃を構える。


 「ちょ、悪かった。悪かったから銃を下げろ!」

 「お姉様のぉ、バカぁ」

 「イヤだから何でそーなる!?

 オイ、待てってば! ステイ、ステイ!」


 パン!


 乾いた銃声が鳴り響くのと同時に、その銃弾が素人とは思えない正確さで俺の脳天に命中した。


 あー……オラァとうとう死んぢまっただぁ——ってアレ?


 恐る恐る目を開くと脳天に穴が空いたのはセンセーさんの方だった。

 じゃあ今撃ったのは……誰だ?


 『グゲェ……』


 は……?


 「死ねば良いのにー」


 ビチャァ!

 ドサッ。


 「……えーと……何がどーなってんの?」


 解説しよう!

 頭を撃ち抜かれたセンセーさんは白目かつ犬歯むき出しの凶暴なおツラを晒しつつヨタヨタと近づいて来た。

 そこに息子の嫁が豪快に回し蹴りを決めてセンセーさんのアタマは爆散、コントロールを失った胴体がバタリと倒れたんだぜ。

 ちなみに息子の嫁は銃を持ってねーし射撃体制を取るそぶりも見せなかったから、狙撃したのが誰なのかはやっぱ分かんねーぜ!

 コレ何かまだジタバタしてっけど大丈夫なんかね?

 まあそれでさっきの質問になる訳なのだ!

 汚物を消毒どころの話じゃねーなコレ。


 「お義父さん、とうとうボケちゃったんですねー、はぁ……」

 「オメー前にここでオタ野郎を蹴り殺した奴か?」

 「オタ野郎なんて言われても誰のことかなんて分かる訳がないじゃないですか、本当に極まった感じのボケ具合ねー」

 「ホラ、“ほにゃららっす”ってな感じでしゃべる奴だよ」

 「へ? 奴がどこにいるッスか?」

 「いるでしょー」

 「何だ、俺には見えねーけどその辺にいるとかそういう話じゃねーだろーな?」

 「アナタよアナター」

 「へ? オイラ?」

 「はぁ……これはもう本格的にダメかも分からない感じだわー」

 「んな事より今のビチャァについて何か説明することはねーのかよ!」

 「自分がしでかしたことに何を言うのかしらー、本当に」

 「へ? 俺が?」


 『と、父さん。何かそっちからうちの嫁の声がするんだけど』

 「あん? スマン面倒ごとを——」

 『それで、その人は誰なのかしらー?』

 「え——!?」


 そのとき、トン……と何かが背中に軽く触れる感触。

 誰だ——

 そう思った瞬間、周りが一瞬——コンマ一ミリ秒に満たない、ほんの一瞬の間——真っ白になる。

 そして遠くで何かが割れる様な乾いた音。

 


 ——アレ?

 あっちにもこっちにも息子の嫁が——いない!?

 いなくなった!?


 「あ、アレ? どこ行った!?」

 「何がッスか?」

 「何って息子の嫁だよ」

 「それなら電話の向こうにいるッスよね?」

 「そ、それはそうだがこっちにもだな……それに銃声が……」


 ……?

 センセーさんもいねえ!?


 「おっさん、何キョロキョロしてるんスか?

 アタマ大丈夫ッスか?」

 『お義父さん、ついにアタマがお倒産しちゃったのかしらー』

 『わーいわーい』

 『父さん、後で悔しく……じゃなかった詳しく』

 「お、おう」


 何だ……何なんだ……?


 「あ、おっさんおっさん」

 「今度は何だよ」

 「背中に貼り紙があるッスよ?」

 「へ?」

 ベリッ。

 「これッス」


 “メール来たらすぐに嫁やこのゾンビおじさんめぇ!!!”


 「何だそれぇ……?」


 えーと……

 今ってそもそも何のために何の話してたんだっけ……?


 「なあ、今そっちでも何かあったよな?」

 『え? 何かって何?』

 「え? えーと……」

 『父さん、本当に大丈夫か? もう一回そっちに行こうか?』

 『ちょっと明日はお仕事なのよー。

 お仕事さぼったらお倒産なのよー』

 『お倒産だよー』

 『あ、ああ、そうだね……』


 辺りを見ると遠巻きにこちらを観察する数人のギャラリー。

 それに訳が分かってねえという風の顔でキョトンするアホ毛。


 ……コレ、俺の字だよな。

 今……誰に何をされた……?

 理由も分からねえし……

 分からねえ……何もかも分からねえ……


 「クッソぉ、何なんだチキショー!」

 『わっ!? ビックリした!』

 『チキショーって何?』

 『お義父さん、急に変なこと口走らないでほしいわー。

 うちの子が覚えちゃうでしょー、全く、死ねば良いのにー』

 『しねばいいのにー!』

 「お、おう」


 そっちは良いんかい!

 ってまず確認しねーとな、と思いポケットをガサゴソ。


 案の定、携帯は無かった。



* ◆ ◆ ◆



 いつの間にか違う場所にいる。

 またコレだ。

 携帯がねえってことはまだ作りモンの場所にいるってことだよな。

 あのギャラリーの皆さんは一緒に来たのか、はたまた元からいたのか……?


 加えて何かがピカっと光った……?

 あの光は何だ?

 確か息子がBBQをやってたときもピカっと光って嫁とBBQが消えたとか何とか言ってたよな。

 そして遠くで鳴ってたあの音……


 で、この貼り紙だ。


 携帯ねーのが分かっててメール見ろとか理不尽じゃね?

 つーか携帯が無ぇ状況になるのが分かってて、それで急いでメールした?

 急いでんならそんなまどろっこしいマネなんてしてねーでフツーに電話掛けたら良いだろーに……やっぱ理不尽じゃね?


 「コレ、いつからあった?」

 「さあ? 気が付いたらあったッス」

 「他には?」

 「イヤ、不思議だなあとか思わねーの?」

 「そうッスね、今さらじゃないッスか?」

 「だからそうじゃなくてなあ、何かこう……でかい騒音がしたとか辺りが明るくなったとか」

 「ナントカとの遭遇的な何かってことッスか?」

 「あーそんな感じだな、ってよく知ってんなソレ。

 でさ、誰が貼ったかとか見てねーの?」

 「さあ? 気が付いたら出現してたッス」

 「それだけ?」

 「それだけッスね」

 「うーむ……」


 あそこでコソコソしてるギャラリーの皆さんから見たらどーだったんだろーな?


 「おーいそこの人たちー、ちょっと良いですかぁー!」


 何かお互いに顔を見合わせてるな……

 『声かけられたのオメーだろ?』

 『ちげーよ、オメーが行けよ』

 『いや、オメーだろ』

 てな感じか……ムダに日本人ぽいところがまた何とも言えねーぜ。

 うし、ここはいっちょフットワークを発揮してコッチから行ってやるとすっか。


 『父さん父さん』


 おっと、まだ繋がってたか。


 「おう、放置しちまって悪ィな」

 『それよりさ、用件をまだ聞いてないんだけど』

 「あー何だ、その……状況が変わった」

 『変わった?』

 「うーん、やっぱ変わったことを認識出来てねーのか」

 『その言いっぷりからすると俺の方でも何かあった感じなのか』

 「あったって言うか現在進行形で起きてた面倒事がイキナリ消えて無くなった」

 『面倒事……?』

 「えーと……何て言えば良いんだ……ああ、そうだ。

 “8日のアレはどうなった”……奴はそう言ってたな」

 『“8日”……? そうか……彼が……しかし奴呼ばわりか』

 「それとな、ここにゾンビがいてオメーんとこの嫁さんもいた」

 『嫁なら目の前にいるけど?』

 『何かしらー、死ぬのかしらー』

 『……とまあさっきからこんな感じだけど』

 「まあ聞け。そのゾンビをオメーの嫁さんがだな……」


 アレ? 待てよ?


 その前に何か重大な出来事があったよな……

 何だっけ……?

 ま、取り敢えず良いか……


 『父さん?』

 『お倒産かしらー』


 「おっさんおっさん、あっちで何かワイワイしてた人の中からひとりこっちに向かって来てるッスよ?」

 『あっちの人たち?』

 「えーと……“原住民”的な……?」

 『何それ……そして何故に疑問形……?』

 「いや何だその……あークソ、説明しづれーなぁ」


 そう話す間に目の前まで来たオバハンが話しかけて来る。

 昨日()もいた人だな?


 「あの、ぶしつけながら……

 あなた様は昨日こちらの廃屋に踏み入られたお方……でございますでしょうか……」

 『何だい、今の。父さんもしかしてエライ人だったの?』

 「ま、まあ黙って聞いてろや」

 『分かったよ、何だか分からないけど』

 「ああ、スマンね」


 「……あの?」


 面倒臭ぇがこっからは調子合わせてかねーとなぁ……


 「ああ、失礼しました。

 そうですね、“お巡りさん”と、“先生”も一緒でしたよ」

 「やはりそうでしたか。先ほど何かお声がけいただいた様子でしたので……」


 さっきまでオメーが行けよ、イヤオメーだろとか言い合ってたクセしてよー言うわ。

 まああとはとうふ屋とかエライさんらに関してどこまで分かってるかだな。


 「いえね、先程まで遠巻きにこちらをご覧になられていたでしょう」


 ハズレくじ引いたアンタは以外は未だにコソコソしてる訳だが。

 何が怖くてコソコソしてんのかは知らんけど!


 「あ、ええ……まあ……あの、それでなんですが」


 はよ言えや!


 「何でしょうか?」

 「あなた様は先ほどからそこにいる異形の者どもと何か会話を交わしておられるご様子……」


 へ……?

 おっとイカンイカン。


 「それが何か?」

 「廃屋の入口の番をしているそこの怪物が……懇願する“先生”の頭を吹き飛ばしたのは……あなた様のご指示なのでしょうか……」


 へ?

 何言ってんのコイツ?


 「見れば“先生”以外の方々の姿が見えませんが……」

 「ええ、ここにはいませんよ」

 「ではどちらに」


 どこって言われてもなあ……


 「そうですね、遠いところです。とても」

 「遠いところ、ですか。

 それで彼らはその場所で健やかにしているのでしょうか」


 健やかって何だよ健やかって……逆に怖えーよ!


 「ええ、彼らは元気にしていますよ」

 「そこに倒れて伏している“先生”以外は、ですか……」


 つーか遠いとこっていやあコロコロしちまったぜぃって隠語だよな。

 ぐえぇ……失敗しちまったぜぇ……

 コレじゃあアノ世で元気にしてますぜーとしか聞こえねーよな!


 何にせよ情報がほしいぜ……


 「あなた方はずっとそこで待っていたのですか?

 とうふ屋さんたちが後から来られましたが」

 「はい、あなた様の言いつけ通り、日を改めて彼らと共に」


 「では……見ていたでしょう、私たちが出てくるところを」

 「あ、あの……」

 「何でもご相談下さって結構なのですよ?」 


 我ながらうさん臭さMAXだぜぃ!


 「あなた様のおっしゃられる、私どもの“お役目”とは……」


 ……えーと……そんな話したっけか?

 サッパリワカリマセンネー!


 「それにその……あなた様はやはり……じゃ、邪神の使徒なのでしょうかァ!」


 えぇ……何でそーなるんだよォ……


 『プッ……ククク……どうするんですか教祖サマ?

 教祖サマァー……ププッ』


 コラ! そこ、笑わない!



* ◇ ◇ ◇



 「教組様言うな!」

 『いや、でもさあ』

 「あ、あの……“教祖様”……とは……?」

 「コチラの方々が混乱するからちっと黙ってろ」

 『あーうん、分かったよ、プッ、ククク……』


 クッソぉ絶対俺の羞恥プレイを楽しんでるだろコイツめぇ……


 「その……もしや邪神教の教祖とか!?」

 「違います!」


 何その不穏な宗教!

 どーにかしてこっちのペースに持ち込まねーとな。


 「あの、邪神など身に覚えの無いことなのですが、あなた方の目にはこちらの方が異形の怪物に映っているのですか?」


 そう言ってアホ毛の方を一瞥する。

 当のアホ毛本人はハテナ? って顔だ。


 「!……は、はい。

 その……そちらの方、ということは……?」

 「ええ、この方は人間ですよ」

 「何と……では、先ほど“先生”を惨殺したそこの怪物は……」


 なぬ!?

 俺が見えてねーだけって話なのか?

 アホ毛はどーだ……ってアイコンタクトする素振りも見せねーし。

 まあヤツにそういう空気読んだ動きを期待する方がアレか。


 「その者がまだここにいると?

 今は既にどこかへと姿をくらましたものと思っていましたが。

 ああ、それとその者も私の目には人間に映っていました」


 良い加減お上品トークも疲れんぜ。

 まあ仕方ねえっちゃ仕方ねぇが。


 「あの、あなた様のお知り合いではないのですか?」

 「私の友人と同じ顔をしていましたが、中身は異なる人物であった様です。

 二、三言葉を交わしたのでほぼ確信に近いですね」

 「では、そちらの……方? は……?」

 「こちらの方は私の友人です。間違いありません」

 「では、私どもへの害意は……」

 「もちろん、ありませんよ」


 な! とアホ毛の方を見る。


 「あははは、何かおかしいッスよねー」

 『頭おかしくなっちゃたかと思ったよ、あははははは』


 オイ、テメーら他人が苦労してひと芝居打ってる横で何談笑しちゃってんの?

 つーか息子も空気読めてねーのかよ!


 「あの……?」

 「あはは……まあ、自由な性格の方なんですよ」

 「何をお話になっていたのかは存じ上げないのですが、彼らの言葉がお分かりになるのですね」


 え、そーなの?

 警戒して損した?

 つーかそんなヤツらと話してた俺の言葉って何語に聞こえてたんだんだろーな?


 「あの、彼らの言葉……というのは?

 私には普通の日本語に聞こえていましたが」

 「赤黒いスライムがゴボゴボと音を立てている様にしか見えませんが……」

 「スライム?」


 何そのファンタジー……って今さらか。

 しかし赤黒いスライムだ?


 ……さっきのアホ毛の話、いつの時点まで俺の記憶と一致してたっけか——うーむ……

 ——認識の齟齬、それだけでは済まされねえ何かがあるって話なのか……?


 いやしかし、まさかな……

 ✕印の件にしてもそうだが、事実だったにしても時系列がメチャクチャだ。

 一体どういうことなんだ?

 この人らにそれを聞いてもまず分からんだろーがなぁ……


 「あの?」

 「ああ、すみません。ちょっと考えごとを」

 「はあ? それはどういった……?」

 「お巡りさんとセンセーさんのことです」

 「昨日のお話では親しい者との別れを済ませてから来る様に、とおっしゃられていましたが……その……“お巡りさん”もやはり……?」

 「私は中で彼らとはぐれてしまいました。

 それからどうなったかは分かりません。本当ですよ」

 「では無事である可能性も……?」

 「ええ、ただ……」


 コレ言って良いんかね?

 まあ正直なとこをぶちまけといた方が後腐れもねーだろーしな。


 「ただ、無事だったとしてもここで再び会えるか……それは分かりませんよ」

 「それは……」

 「ええ、あなた方は既に身を持ってご経験されていると思いますが、こことは別な場所にひとり飛ばされ途方に暮れているかも知れません。

 そういうことです」

 「あの……それはあなた様がそのお力を持って行われたことでは……?」

 「違いますよ、言うなれば事故の様なものです。

 私も既に何度となく経験しています。

 再びここに戻ったことだって奇跡としか言い様がありませんから」

 「再び、ということは……」

 「ええ、一度別な場所に飛ばされて、そちらでも今の様な騒動に巻き込まれました」

 「こちらに戻られたのは……」

 「偶然ですよ。言ったでしょう、私は別に特別な存在ではありません。

 あなた方と同じで、無力な一個人に過ぎません」

 「しかしそのお姿は……あ!

 あの、今気付いたのですが、羽根飾りは……」

 「ああ、今はお巡りさんがお持ちだと思います」


 そうだ、自分じゃ分からねえが俺は羽根飾りを持ってるってことになってたんだよな。

 コイツも情報開示しといた方が良いのか……?

 この人らは何らかの当事者ではあるみてーだしな。


 「あれは扉を開けるキーになっていますから、然るべき者と合流出来れば役に立つこともあるかと」

 「然るべき者とは……?」

 「赤毛の一族の者ですよ」


 誰かさんから聞いた話のウケウリだけどな!


 「あなた様がそれを行使されたと」

 「一緒に中に入ったときに少し」

 「何と……それではやはりあなた様は無力な一般人などではないのではありませんか」

 「彼も学院の制服とばかり思っていた様ですが」

 「あれは女神様の像が手にしていた羽根飾りを模して作られたものですから」

 「本物があるとは思っていなかったと?」

 「何分こちらに来てから平穏な生活が続いておりましたもので」


 うむ……話が見えん。

 何がどーなってそういう結論になるんだ?

 髭面をした定食屋が話していた場所と仮定するとしっくり来るが、果たしてどうだか。


 「以前は違っていたと?」

 「え、ええ。何しろ常に外敵の脅威に晒され明日をも知れぬ暮らしでしたので」

 「つまり?」

 「? その、女神様に祈りを捧げ、羽根飾りの力で神罰を……」


 えぇ……何だその物騒なのは……


 「しかし近頃は異形の者共の脅威を忘れ、日々の祈りを忘れる者も出る始末……」

 「その……危険と隣り合わせなのはここでも同じなのではありませんか?」

 「ええ、今のお話を聞いて気付かされました。

 外敵の脅威は“見えていなかっただけ”だったと」


 中に入った後も何回か“移動”っぽい感覚はあった。

 あのワンコが良いリトマス試験紙になったから分かった様なもんだったけど。


 「それでその“脅威”についてなのですが」


 ぼちぼちこっちから聞いても良いだろ。良いよな!


 「これが何だか分かりますか?」


 俺はポケットからさっきの紙を取り出して尋ねる。

 いつの間にか背中に貼られてたアレだ。

 脅威とか言ってゾンビおじさんとか書いた紙見せられてもウケるだけだろーけどな。


 「こ、これは……!」


 ……と思ったら何か素直にビックリしてるし。


 「私の背中にこれを貼り付けて逃げた不届き者がいるのですが、何か見ていませんでしたか?」

 「しかし、これは明らかに私どもへの揺さぶりです」

 「見てはいない?」

 「はい。しかし一体誰がこんなことを……!」


 何? そんなマジメなことなんて書いてあったか?

 そう思いもう一度紙を見る。


 “女神像はとうの昔に塔と共に破壊された。

 この者はあなた方が生み出した幻である”


 何だコレ? コイツは確かに“いつ、誰が”って事案だな。

 しかも何か口調が偉そーだ。

 意識高い系か?


 取り敢えずこんなモンは笑い飛ばしとけば良いだろ。


 「あははははは……は……?」

 「……?」

 「何かこっち見てるッスけど……?」

 『何? さっきの漫才はもう終わったの?』


 アレ? 逆に困惑してる?

 何でアホ毛と俺を交互に見てるの?

 マジで何やねん。



* ◇ ◇ ◇



 『父さん、今のって結局何だったの?』

 「いや、まだ終わってねーし!」

 「あ、あの……」

 「ほら、周りが混乱すんだろ。話がつくまで聞いててくれや」

 『分からないけど分かったよ。これ二回目だからね』

 「すまねえ」


 まあ、分かるように話せたらそうすっか。

 俺が分かってねーから無理だと思うけどな!


 「はい、というかどうかしたんですか?」

 「すみません、今までここに女神様にそっくりな女性がいらっしゃった筈なのですが……

 それに不気味な赤黒いスライムも急に……」


 ん? コレ、見た目が戻った感じなんか?

 つーかこれだけの情報じゃあ何がどう変わってるのかも分からねーな。

 この人らはもっと分かってねーんだろーけどな!


 「えーと……俺はずっとここにいましたしあなた方もずっとここにいましたよ?」


 おっと、“俺”……で良かったんだよな……?


 「えーと……」

 「えーと……?」


 クッソぉ何か気まずいぜ!

 ……良し!


 「その女神様って“誰”なんですか?」

 「あの……女神様ではなくて女神様にそっくりな女性なんですが」

 「ああすみません、お話をよく聞いてませんでした、ははは」

 「ははは……」

 「………」

 「……」


 クッソぉますます気まずくなっちまったぜ!


 「あの、ここはどこなんでしょうか」

 「どこ、と言われましてもね……俺も分からないですし」

 「しかし、あなたなのではないのですか?

 私どもにかけられた幻術を解いてくださったのは」

 「え、別に俺は何も……」

 「しかしその紙に書いてある紋様を目にした瞬間、私どもは正気に戻ったのです」

 「正気に……?」

 「はい、まんまと邪神の手先にしてやられるところでした!」

 「えぇ!?」


 俺がビックリする間も無くオバハンが血走らせた目ん玉をくわっと見開いて叫んだ。

 「これぞ・まさしく・女神様のお力・なのですゥ!」


 さらに目玉を血走らせてクワッとする。

 しかもアゴが外れるほどでかい口を開けての叫び具合。

 ちょっとこのオバハン怖えーんだけどォ!

 どーなってんだ、オイ!


 『やっぱ何か面白そうなことになってるな!

 有休取ってもう一回行くか!』

 「来んでえーわ!」

 『お義父さん? お布施はきっちり集めてくださいねー?』

 「だから教祖サマじゃねぇっちゅーに!」

 『じぃじばっかりずるーい』


 何がどうズルいんじゃい!

 つーかもー良いだろコレ!


 「アナタ様はさぞかしご高名なァ——」

 「ちょ、ちょっと待ったァ!!」

 「はい?」

 「マジで俺は何も知らない一般人なの!

 女神様とか邪神とか一切知らねーから!」

 『えぇーうそだぁー』

 「そこ! 余計なツッコミはいらん!

 つか黙ってろっちゅーに! 何回言わせんだ!」

 「あ、あの……先程からそちらの方から複数の方の話し声が……」

 「あーコレは電話ですよ、この人にかけてもらってハンズフリーにしてるだけなんで」

 「でんわ? はんずふりー?」

 「おいおい……“ハンズフリー”はともかく“電話”も知らねーだァ? まあ良いか……

 電話ってのは遠くの人と話をする機械で、ハンズフリーってのは……難しいな……」

 「普通は自分と相手の二人しか話せないのをみんなで話せる様にする機能ッス!」

 「クソッ何か悔しい!」

 「ああ、なるほど。それは便利ですねえ……って話は戻りますが」

 「俺はしがない一般人のオッサンです」

 「しかし貴方の髪の色を見るとですねぇ!」

 「近い、オバハン、近いって!」

 「誰がオバハンですか失礼なァ」

 「“電話”は知らねぇクセして“オバハン”は分かるんかいな!

 何じゃそりゃァ!」

 「ちょっと二人とも結局何がしたいんスかぁ!?」

 「邪神です!

 邪神が私どもをだまして仲間を迷宮の餌食にしたのでしょう!

 それをお救いくださったのがあなた様なのですゥ!」

 「だーっ、また振り出しかよ!

 結局あんたらは何がしてーんだ!」

 「この“世界”がどこにあるどんな場所なのかは分かりませんが、私どもとずっと争って来た……あ……」

 「争って来た? 何だ、続きはどうした?」


 「おっさんおっさん、完全に素に戻ってるけど良いんスか?」

 「もう構わねーだろ、もう尊重する気もねえしな」

 『酷い! さすが!』

 「嬉しそうに言うなっつーの」


 「あばばばばぁー、みょみょーん」


 !? 何だ?


 「オイ!」

 『何? 今の』


 後ろのギャラリーどももいつの間にかいなくなってる!?

 逃げた?

 ならそもそも何で逃げる必要があるんだ?


 「わっ!」

 「わっ! 何だよ急に!

 遂にアタマがおかしくなったか?

 いや、それは元々か」

 「おっさん、今に始まったことじゃないけど今さっき初めて会った人に対してそれは無いッス!」

 『仕方が無いよ、父さんは常識が無いから』

 「クッソオメーの方がひでーよ!」


 「あの、きゅ、急に、失礼しましたぁ」

 「どうしたんだよ急に。変な叫び声出したりしてよ」

 「奇声?」

 『あーあ、もう完全にタメ口かぁ』

 「ああ、今話してて急に奇声を発しただろ、そんでいきなり“わっ!”とか言い出すからよ」

 「あのぉ……すみません、お隣さんにご挨拶をと思いまして……」

 「“お隣さん”?」

 「あ、はい。今度お宅の隣に引っ越して来ることになりまして」


 何だと?

 それじゃあ……


 「じゃあ立ち話も何だし家に上がってって下さいよ」

 「ああ、ありがとうございます。

 それではお言葉に甘えて」

 「オメーも来て良いぞ、息子の方が良けりゃあ通話もそのままでさ」

 『ああ、大丈夫だよ』

 「元々おっさんの家に用事があって来たッス、問題無いッス」


 あーそういやそーだったな。

 

 元“センセー”さん、コイツは相変わらず家の前に転がっている。

 頭が弾け飛んだときのビチャァもそのままだ。

 端的に言って気持ち悪ィぜ……


 じゃあこのオバハンは何なんだ?

 完全に今まで誰と話してたか……それどころか自分が誰かさえ誤認してる感じじゃねーか?

 それにこのゾンビビチャァもまるで見えてねえみてーだ。

 そんな奴が新しい“お隣さん”で、さっきまで“迷宮だ”みてーなことを言ってた場所に“お邪魔します”だと……?



* ◇ ◇ ◇



 ガチャ。


 「お邪魔します」

 「……」


 入ったら廃墟が広がってた、なんてことになったらさすがに驚くよな?


 「どうしました?」

 「いえ、何でも……それでどうですか? この家」

 「ステキなお家ですね」

 「ははは、お世辞でも嬉しいですよ」

 「お世辞だなんて、本当の事ですよ」

 「おほほ」

 「あはは」

 『タメ口はやめたんだ?』

 「そりゃあ、な。あはは」

 「おほほ」

 「あはは」


 ……何なんだこの会話はよォ!

 つーかさっきのオバハンとは別人だよな?

 引っ越しの挨拶しに来たとか流れ的に全然突拍子もねえ話だし。


 「どうぞ上がって下さい」

 「それでは失礼して」

 「オイラも良いッスか?」

 「おう、モチロンだぜ」

 『良かった、状況が分からなくてさ』

 「オイラもだから大丈夫ッスよ」


 取り敢えずリビングに案内……っとそーいやお茶っ葉とかねーよな。

 そもそもお湯沸かしたりなんて出来んのか?


 「ちっとばかし待ってて下さいね。

 何か無いか探して来ます。何せ久々の自宅なもんで」

 「あ、いえ。お構いなく。それにしても久々、ですか」

 『久々?』

 「そこは突っ込まねーでくれ」

 「はい?」

 「あ、イヤあこっちの話ですよ、あはは」

 「そうですか、おほほほほ」

 「あははははは」

 『何この会話?』

 「オイラにも分からないッス」

 「そうだな、あははははは」

 「おほほほほほ」


 という訳で……意味の分からない会話を適当に続けながらリビングを後にする。

 屋内の様子はさっきと変わらんけど“駐在さん()”とか“センセーさん”がいたらまた違ってたのかね、この眺めは。


 キッチンに着くと床下収納の蓋が開けっ放しになっていて、梅酒なんかのビンがそこらに並べられていた。

 ビンの中はもちろん干上がって真っ黒だぜ。


 取り敢えず蛇口をひねってみる。

 ゴボゴボと音を立てて茶色い水が出た。

 てことはさっきまでいた場所に戻って来た……のか?


 「オイ……まだそこにいんのか?」


 リビングに響かない程度の小声で呼びかけてみる。


 「……」


 まあ返事があったとしても俺には認識出来ねーか。


 んなことより今はお茶だお茶。

 うーん……茶色の水道水を麦茶ですとか言って渡してもうまいうまい言いながら笑顔で飲み干したりしてな。

 やってみてーけどそんな勇気ねーんだぜ。


 冷蔵庫の中を改めて確認……電気も水道も来てんのが信じられんな。

 フツーに冷えてるが、中のもんは皆ダメか……

 キレイに掃除されてる割には何年も使ってなかった風だし一体何なんだ……?


 「俺またここに入りたいんだけどさー、お手て繋いで入ってくれる人誰かいねーかなぁ?」


 ……ダメか。

 ワンコはどこ行ったんだ? 帰ったのか?

 まあ後で見に行ってみっか。


 キッチンはダメだな。

 一応納戸も探してみっか。

 ペットの水とか無かったっけかな……


 水は……? 箱を開けた跡がある?

 何本か無くなってるけど誰かが持ち出したのか……誰がだ?

 消費期限は……2043年7月?

 余裕で飲める……よな?


 仮に飲めたとして、ここは時間の経過やら何やらがあって飯も必要ならトイレにも行かなきゃならねえってことになるよな。

 それはそれで厄介だぜ。

 ここにいるんなら暮らしていかなきゃならねえ。

 俺のクルマはどこだ?

 買い物はどうする?


 最初にこっち側に飛ばされたときは妙な感覚と、どっかからインストール——と言っちまって良いのか分からんが——インストールされた知識を植え付けられた感じがあった。

 だが今はそれがねえ。


 その辺の話もしてみる必要があんのか……ならゾンビの始末はどうする?


 それに……そうして基盤を築いてもまた何かの拍子にどっかに飛ばされちまうのか?


 今までもそうだったが何だってこんなメチャクチャが起きるんだろーな?

 俺の周りだけ?

 いや、刑事さんも似たようなことを言ってたし、アホ毛の野郎も以前似た様な経験をしたとか言ってたしな……


 まあ考えても仕方がねえ。

 まずはリビングに戻るとすっか。


 ………

 …


 『オーイ……アレ?』 


 ………

 …


 「遅くなった、申し訳ない」

 「あ、いえ、本当にお構いなく」

 『ウンコだな』

 「間違いないッスね」

 「違げーよ! 外野は黙ってやがれ……で、こんなもんしかなかったんですがね。

 多分飲めると思うんですが。

 消費期限は2043年7月って書いてありますし問題無いと思うんですけど」

 「2043年……? それは何の暦ですか?」

 「西暦ですけど……ナルホド、知らないと」

 「ええ、申し訳ありません不勉強なもので」


 俺と同じで事前知識がねえ……?

 言葉が分かんのはこっち側……いや、西暦が分からねえって言ってる時点でそれはねえ。

 まあ聞くしかねーか。


 『父さん、ちょっと良いかい?』

 「あん? 何だ?」


 『客観的に見ての話なんだけどさ、そっちの様子が急にドタバタし出すのって決まって父さんが誰かと何かを話してる最中な気がするんだよね』


 「そりゃー誰かと何かを話すくれー誰だってすんだろ」


 『あー、そういうことじゃなくてさ、父さんが何か相手から引き出そうと質問したときとか、そういうのが多い気がするんだよ』


 「つまりは俺のせいだと?」

 『有り体に言って、そうだね』

 「思った通りッス!」

 「嘘つけ!」

 「あ、あのォ……」

 「おっとスイマセンね、こっちの話で盛り上がっちゃって」

 「ああ、いえいえ、押し掛けたのはこちらですから」

 「いや、そんなことないですよ。

 それで、この町にはどちらから?」

 「はい、主人がふもとの街の病院に……」

 「ふもとの街?」

 「はい。仕事中の事故で少々体を痛めまして、療養のために」

 「それならふもとの町に住んだ方が——」

 『はいストーップ!』

 「何だよ藪から棒によォ!」

 『そもそも論はダメ! はい続けてェ!』

 「だー面倒臭ぇ」

 『実験だよ実験、面倒臭いのが嫌なんだろ?』

 「オメー今どこにいんの?」

 『自分ちだけど?』

 「昨日? 俺ん家来てたよな?」

 『また行ってみようか?』

 「おう、それだそれ。出来るもんならだけどな」

 「奥さんが良いって言わないんじゃないッスか?」

 『大丈夫大丈夫、昨日から出掛けてるし』

 「へ?」

 「へ?」

 『何?』

 「あ、あのォ……」


 あのォ……何!?



* ◇ ◇ ◇



 「その主人なのですが、退院したらこの町の派出所に勤務することになっておりまして」

 「ああナルホド、分かりました」

 『何が分かったの?』

 「ああ、コッチの話だぜ。今の調子ならオメーに止められる案件だな」

 『なるほど』


 今はお巡りさん()もいねえ? その補充? まさかなあ……

 まあそこまでは分からんか。


 しかし息子の嫁が昨日からいねえってのはおかしいだろ。

 どういうことだ?


 「あの、先程から何を?』

 『ああ、すみません。僕はそのおっさんの息子です』

 「プッ……ボクって何だよ」

 『はじめましてなんだから多少はかしこまるだろ』

 「俺で良いだろ、別によ」

 「あの、仲がよろしいんですね」

 「ははは、まあ」

 「血が繋がってないけど本当の親子みたいッスよ」

 「まあ、それは素敵ですね」

 『くっ……何か恥ずかしいな』

 「この反応は滅多に見れないッスね、ありがとうッス」

 「あの、そういうあなたもご家族なんですか?」

 「いえ、たまたま一緒にいた知り合いです」

 「その割には仲が良さそうですね……それでその、先ほどから息子さんの声だけが聞こえてお姿がどこにも見えないのですが、今どちらに?」

 「ああ、そうか。息子は今自宅にいますよ。声だけ聞こえるのはコイツに電話で中継してもらってるからですね」

 「中継?」

 「えぇと……“電話”、というモノのは知ってますよね?」

 「いえ、不勉強なもので」


 何回説明すりゃえーんじゃコレ……


 「えぇとですね……」

 「『あの、お構いなく……どうせすぐ忘れることですし』」

 「あ? ああ、そうか……ですか?」


 どうせすぐ忘れる? どういうことだ?


 「あの、今のはどういった……?」

 「今の、といいますと?」

 「おっさんおっさん、今のおかしいッスよ!」

 「おかしい?」

 『はい、ストーップ!』

 「今度は何だよ!」

 『今度はじゃなくて今度も、だよ』

 「だから何だっつーんだ?」

 『良いから、細かいことは気にしない!』

 「気になることは気になんだろーが」

 『それダメ! スルー力だよ父さん、スルー力。

 そこのアホ毛さん? も』

 「何か分からないけど分かったッス!」

 「わ、私も分かりました?」

 「何だよ、じゃあ何を話せっつーんだ」

 『えーと……本日はお日柄もよく……?』

 「何じゃそりゃ! お見合いか!」

 「うふふふふ、本当に仲がよろしいんですね」

 「ははは、まあ色々ありまして」


 そうだな。ここはどう考えても俺が長いこと暮らしてた町じゃねえし、もう戻れんのかも分からねえんだ。

 多分さっき刑事さんに会ったあそこが本当の俺の町なんだろーなぁ。

 ここの住民の顔ぶれなんて見たことねーのばっかだし、もう息子とかこのアホ毛くれーしか話し相手がいねえのがどーにも淋しい限りだぜ。

 つか息子の家まで行ってみてーな。

 何せ何回か場面転換ぽいのに出くわしたのに通話は維持されたままなんだ。

 それでいて息子の側は何も変わってねえし、そうかと思えばいつの間にか嫁の方がいなくなってやがるし……


 前にも同じ様なシチュになってそれぞれで検証しようとはした。

 それが何かがきっかけになってうやむやになっちまったんだ……

 それを考えたらいま息子が主張してることにも一理はある。

 多分それを聞いちゃいけねえんだろーが……

 クルマさえありゃあなぁ……


 床下収納の件といい、何かが見えてきそうなとこでお預け食らうのももうカンベンしてほしいぜ……


 まあここは無難な会話の中で何かが出て来んのを期待して続けるしかねーか。


 「あの、それでこの町に来る前はどちらにお住まいに?」

 「は、はい、それは……」

 『あーッ! 父さん、それダメなヤツじゃん!』

 「何なんだよ! ただの世間話じゃねーかよ!」

 『あの、すみません。今の話はナシで大丈夫です』

 「もうえーわ! オメーが俺の代わりにしゃべれや!」

 『はあ……分かったよ。お見苦しいところをお見せしてすみません』

 「いえいえ、仲の良いご家族は見ているだけで和みますから」

 「ははは、今のが仲良しに見えますか」

 「逆に仲良しじゃなかったら何なんスか?」

 「えー」

 「おほほほほ」


 しかしそれにしても妙に“仲良し家族”にこだわるな、この人。


 「そういや孫はどうした? 嫁さんと一緒か?」

 『ああ、騒ぎ疲れて寝ちゃったよ』

 「まあ、かわいらしい」

 『ふふ、ありがとうございます』

 「なあ、今度おめーん家にお邪魔しても良いか? お隣さんと一緒によ」

 『ああ、良いよ。あ、今そっちに車も無いし迎えに行こうか』

 「おう、悪ィけど頼むわ」

 「あの、クルマが無い、というのは……?」

 「ああ、盗まれたんですよ、不届き者がいまして」

 「それは大変な目に遭いましたね……」

 「いや、それほどでも」

 「でも野盗に襲われたのでしょう? 護衛の方々も……」

 「え?」

 『父さん、自重自重!』


 あーまあ見方によっちゃアレも野盗なのか……


 「コホン……えぇと……野盗というより停めてたのを盗まれたといいますか……」

 「じゃあ戦いに巻き込まれたわけではないのですね?」

 「え、ええ。運が良かったというか悪かったというか」


 クッソォやりづれえなぁオイ……!


 そういや電気も水道も来てんのならテレビもやってるよな?

 最初につけてみた時は砂嵐だったが……


 「あ、気分転換にテレビでも見ますか」

 『え、テレビ? そんなのあるんだ』


 ……やっぱ砂嵐か……砂嵐?

 「うーん砂嵐か」

 『砂嵐?』

 「あの、この模様を眺めることで何か精神を落ち着かせるとかの効果が……?」

 「ははは……そうだと良いんですが」

 『父さん、それってもしかしてアナログテレビなんじゃない?』

 「へ? あー、そうだよな。今時……」

 『あーあーストップ、ストップだよ父さん』

 「今さらじゃね?」

 「あ、あのぉ……本当に仲良し親子ッスね!」

 「おほほほほ」

 「いやはや、お恥ずかしいです」

 「それで、アナログというのは……」

 「え? えーと……」


 「ピンポーン♪」


 おっと、誰だか分からんが助かったぜ!

 アナログな呼び鈴はそのままか……てか誰?


 「お義父さーん、来ましたよー」


 へ? 息子の嫁?

 昨日からいないってそーゆうことだったってか!?

 いや日帰り出来んだろ……ってまずは応対すっか。


 「すみません、息子の嫁が来たみたいで。

 少し待ってて下さい」

 『え? 何で』


 そこビックリするとこなんかい!

 あーまあ良い! 出るか!

 「オイ、オメーも来い」

 「何だか分からないけどはいッス!」


 アホ毛と二人でドタドタと玄関に向かう。


 「おう、また急だな! どうしたんだ?」

 「この前貸してもらったバーベキューとかたい焼きのセット、洗って返そうと思って持ち帰ってたのよー」

 「え、マジで?」

 「ほら、お義父さんのお家って何年も開けてたからろくにお水も出ないでしょー?」

 「そ、そうか……それは助かるわー」

 「いぃえぇ、貸してもらったのはこっちなのでー」

 「ところでこっちには今?」

 「ええ、今着いたところよー」

 『あれ? じゃあ昨日はどこ行ってたの?』

 「あらー? どうして主人の声がー?」

 「電話ッス!」

 「気まずい話ならちっとばかし外に出て話すか?」

 「えぇ……ええ、そうね……」


 三人で外に出る。

 オバハンが放置だが数分ならまあ問題は無えだろ。


 外には相変わらずゾンビビチャァが放置されている。

 息子の嫁()はそれを踏んづけないようにまたいで来た。


 「さて、説明してもらって良いか?」

 「はぁ……分かりましたわ……まずはすみませんでした。

 ご迷惑を……」


 えーと……ソレはどの迷惑のコトかな?

 また混乱するだけの話だったらこれまた良い迷惑なだけなんだけど!

 「つーか迷惑なんて一杯あり過ぎてまずどの迷惑なのかかが分かんねーよ!」

 「えぇ!?」

 『父さん、心の声は口に出さない! てか誰なのその人!』

 「知らんわ!」

 『ママー……?』

 「え? えぇ!?」


 そうか、迷惑かけに来たんだな! そうなんだな!?

 いや、マジで誰なんだよコイツ!

 あ、オバハンが窓からこっち見てるし。

 ブイサインでもしとくか。

 いえーい。



* ◇ ◇ ◇



 「それで迷惑ってのはどの迷惑の話なんだ?」

 「どの……とは一体……?」

 「あー、自覚がねーだけなのか本当に分からねーのがもどかしーわ」

 「申し訳ありません。他の誰かからも沢山迷惑行為を受けていらっしゃると……」

 「あーまあそういうことにしとくわ」

 『それで、何でウチの嫁さんと同じ声でしゃべる人が嫁さんのフリをしてる訳?』

 「オイ、俺が先だぞ」

 『あー、分かったよ。ちゃっちゃと済ませてよね』

 「段々俺の扱いが雑になって来てんな!」

 『電話口で待たされる方の身にもなってよ』

 「へいへい。了解了解」

 『ちっとも了解してないッスね』

 「いーからオメーは黙って聞いてろって……」

 「あの……そろそろお話させていただいても?」

 「あーあー悪ィ悪ィ。頼むわ」

 「はい。わたくしがご迷惑を、と言っていたのはこの町の住人たちのことですわ」

 「そこでこっちを観察してるオバハンとか、ファンタジーな感じの世界から来たっつー住人たちか」

 「ファンタジーですか……確かにそうですね、あなた方から見れば」

 「剣と魔法みてーな世界だろ?

 聞いた話だと気が付いたらこっちに飛ばされて中途半端にこの町の知識を頭にぶっ込まれたみてーだが。

 もしその関係者なら被害者は住民のミナサマなんじゃねーのか?」

 「そうですね……ある意味では」

 「ある意味もへったくれもあんのかよ」

 「彼らがこの町に来たのは急ぎ避難する必要が生じたためです」

 「避難?」

 「彼らが築いて来た国が突然崩壊し始めたため……女神様に祈りを捧げたのです」

 「祈りを捧げたらどうなるってんだ? ただの神頼みだろ」

 「そうですね……わたくしも実際に奇跡を目にするまでは半信半疑でした」

 「ちょっと待て……その女神様ってのはでかい塔で奉られてるっていう……」

 「はい、その女神様ですわ」

 「じゃあ崩壊し始めた国がある場所ってのは……二つの月が浮かぶ錆色の空がある世界だったりすんのか?」

 「その世界で間違いないですわ……あの、なぜそれをご存知なのですか……?」

 「アンタもそこの住人で、その塔の女神様ってのに祈ったと」

 「いえ、その場所は知っていますがわたくしの故郷ではありません」

 「じゃあアンタは部外者なのにその世界に出入りして、原住民と交流を持ったってことか」

 「はい、その意味ではこちらの世界についても同様ですね」

 「どういうことだ?」

 「わたくしはとある場所からこの世界に流れて来ました。

 この世界、というのは今この場所では正確な表現ではないのかもしれませんが」

 「今の状況ならかなり具体的に把握出来てるっつー感じだな」

 「はい、まあ……」

 「だったらアンタも一枚噛んでるんだろ?」

 「いえ、残念ながらそれは無いですわ」

 「なぜ断言出来る?」

 「今ここで話しているのは、わたくしが過去の記憶の残滓だからですわ」

 「出た! 過去の記憶!」

 「ふふ……お化け扱いですか……ですがそのご様子だと……」

 「ああ、会ったことはあるな。

 1945年と1976年、この二つはどうやってか見せられた夢みてーな映像だった。

 ああ、前者はいきなり話しかけて来たからビックリしたぜ。

 それに今のアンタか。

 全部同じアンタなのかは分からんが……コピーみてーなもんだろ、多分」

 「ええ、その通りですわ」

 「今まで見たソレにはどういう訳か時間制限があった。

 電池切れたみてーに突然終わるってのがお決まりのパターンだったから今度もそーなんだろーな。

 そもそもアンタがどうやって俺の目の前にいるのかも分からねーけど。

 本体がどこにあってどうやって起動しているのかも……って言ったって本人にゃ分かんねーか」

 「おそらくは……わたくしの記憶では、その1945年よりもっと昔からこちらの世界で暮らしていた様ですわ」

 「いた様デスワって、やっぱりか」

 「昔の記憶はもう曖昧になっていまして……

 あの、随分とあっさりお信じになられるのですね」

 「まあ慣れって奴だな!

 自分のことはよく分からねーと、そう来る様に出来てるんだろ?」

 「はあ? ……その」

 「じゃあここについてはどうなんだ?」

 「どうやってかは分かりませんが……疎開先として作られたものだとだけ」

 「疎開? 戦争中に日本人が田舎に引っ越してったアレか?」

 「いえ、その疎開ではなく……」

 「その崩壊しそうになった世界の住人の、か」

 「はい」

 「連れてきた方法については?」

 「申し訳ありません、女神様のお力だとばかり……」

 「女神様って言やあ何でもアリかよ」

 「あの、違うのでしょうか……」

 「ご都合主義って奴だな、多分後付けされたもんなんだろ」


 「それでは何者かが……」


 「じゃあそろそろ良いか?」

 「はい? あ、はい」

 「最初の質問に戻るぞ。そもそもあんたは誰なんだ?

 何で息子の嫁と同じをして息子の嫁のフリなんてした?」

 「あ、あの……先程までは本当に息子さんの奥様だと」

 「今とどっちが本当なんだ?」

 「? あの、わたくしはわたくしですとしか……」

 「うーん、まあ良いか……

 もう一個確認なんだが、俺の口を勝手に動かして住民たちと交渉っつーかお話してたってのは身に覚えがあるか?」

 「いえ、その様な覚えは」

 「じゃあアンタとは違う人物ってことで間違いねーんだな?」

 「ええ……それにそんなことができる人物など心当たりがありませんわ」


 「だったら人語を解するワンコも手掛かり無しか……」

 「人語を解する……?」

 「ああ、この町……かどうかは判然としねぇが、なぜか話ができる犬がいてな。

 色々と助けてもらったんだよ」

 「犬……ですか?

 それは単に人間が犬のかぶりものを着せられているだけ、というお話ではなく……?」

 「いや、犬そのものだ。

 異形の怪物だと言われてた連中も自分が人間だと言っていたな」

 「先程のお話の流れで行くと異形ではない姿形なのでしょうけれど」

 「その意味じゃあ俺もだな」

 「あとはプラカード持ったゴリラもじゃないッスか?」

 「また急に割り込んで来たな……」

 「しょうがないッスよ、だって全然分からない話だったんスから」

 『同じく!』

 「ははは……そーだよな」


 「で、迷惑ってのは何のことなんだ?」

 「あ? 迷惑なのはこっちよー、死ねば良いのにー」

 「あ、終わり?」

 「最後の会話、思いっきり無意味じゃなかったッスか?」

 「そうか?」

 「何なのよー、何でお義父さんがいるのよー」

 「いや、俺ん家だから」

 『じゃあ聞くけど昨日は何してたの?』

 「えーと……山奥でゴリラに会ってたッスね」

 「いや、オメーになんて誰も聞いてねーし!」



* ◇ ◇ ◇



 死ねば良いのに、といつもの調子で訳の分からないグチを繰り返す息子の嫁。


 目の前でワーワー騒いでる様は息子の嫁そのものだ。

 しかしコイツはさっきまで他の誰か、恐らくは孫が言う“赤いドレスのおねえちゃん”に動かされていたんじゃねーかと思う。


 しかし何で……いや何をしに来たんだろーな?

 ホントにたい焼きとBBQのセットを返しに来ただけなのか?


 つーかだ。


 「なあ、今から帰るんだろ?」

 「帰る? 何でなのー?」

 「イヤ、ここ俺ん家だから!」


 そもそもコイツはホントに運転とか出来んのか?

 って車がねーじゃねーか。

 クッソォ便乗してお邪魔します作戦はダメか。


 「オメーはどうやってここに来たんだ?」

 「どうやっても何も元々ここに住んでるでしょー」

 『えぇ!? どうしてそうなった!?』

 「言ってることがおかしいッスね?」

 「そうだな、さっきピンポンして来たのに何で今はウチの住人になってるんだ?」

 「何言ってるのかしらー?」

 『父さん、スルーだ、スルーするんだ! 全力で!』

 「よし、じゃあ中に戻っか」

 「え? 何でッスか?」

 「良いから黙って戻れや!」


 危ねえ危ねえ。

 核心を突く様な話は避ける、ソイツを危うく忘れるとこだったぜ。

 オバハンをいつまでもほっとく訳にも行かねーしな!


 ってアレ?

 ゾンビブシャアはどこ行った?


 まあ良い。

 ここはスルーだよな。


 ガチャ。


 「あれ? 父さんじゃないか。今日はどうしたんだい?」

 「ただいまー」

 「おろ?」

 「へ?」

 『何? どうしたんだ?』


 ちょ、ちょっと待てよ?

 さすがコレはねーんじゃねーのか?

 こっちがいつまで経ってもツッコミ入れねーからってよォ……

 ボケツッコミチキンレースかっちゅーの。

 もうこーなりゃ丸投げだぜ!


 「息子よ、取り敢えず息子の話を聞け」

 「え? 何? それが用件?」

 『え? 何? 今の俺なの?』

 「てな訳で後は若い二人に任せたゾイ」

 『何その無責任』

 「ワシはもう隠居するんぢゃ。二人でゆるりと話すが良いのぢゃ」

 『何で急にジジ臭くなってる訳?』

 「良いからとっととコイツと話をつけろやボケ!」

 「こ、コイツって俺のこと!?」

 「そーだよ、他に誰がいるっちゅーねん!」

 「お義父さんがついにお倒産しちゃったのねー」

 「言葉の意味はよく分からないけど状況を的確に表した解説ッスね」

 「今のが解説かい!」

 『あーあーごめん父さん、取り敢えず俺はそっちの俺と話を付ければ良いんだね?』

 「取り敢えず上がったらどうだい? 父さん」

 「ああ、ここじゃ何だしお邪魔させてもらうわ」


 俺ん家だけどな!

 自分ちにお邪魔しますと上がってアホ毛と息子の嫁も一緒にリビングに向かう。

 「あの、すみません。今の騒ぎは……」

 「え? あれ? この方は……?」


 おお、そういう反応になんのか……ってオバハンはそのまんまなんだな!

 一体何がどーなってこーなったのかサッパリ分からんけど何か色々グチャグチャになってんのは分かったぜ!

 つーかコレ、謎の集団とか出前とかケーサツとかテレビ局とか来始めちゃうヤツか?


 「今度隣に越して来たお隣さんだろ、さっきあいさつしに来たとこじゃん」

 「え?」

 「誰よこのオバハンはー、不法住居侵入罪よー」

 「オイ、失礼だろ」

 「あ、あの……私が何か……」

 ここは取り繕ってやんねーとだな。

 「いえ、不幸なすれ違いです。安心して下さい」

 「あ、はい。ありがとうございます」

 「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ、ははは」

 「おほほほほ」

 「なあ、お客に出すもんは何かねーか?

 探してみたんだけど水くれーしか無くてよ。

 そうだ、嫁さんなら知ってんだろ。

 ちょっとキッチン案内してくれや」

 「何ー? 何なのー?」

 「ああ、案内してあげてよ。この方の接客は俺がしとくからさ」

 「もー分かったわよー」

 「じゃあ、そっちは二人で話しといてくれや」

 『分かったよ、父さん』

 「へ? また出た?」

 『俺は俺と話すんだってさ、お隣さんもすみませんね』

 「いえいえ、お構いなく、何だか私も慣れてきましたよ」

 「あはははは、ッス」

 「おほほほは」


 良し、こっちは大丈夫だな?


 「じゃあ案内よろしく」

 「こっちよー。ブツブツ……」


 スゲー不満そうだが……いつぞやみてーにいきなり蹴り入れて来たりしねーだろーな?


 「おろ?」

 「何よー? 何が不満なのよー」


 いや、不満そうなのはそっちだろーに……

 つーか床下収納が元通りになってるな。

 それだけでもイヤな予感しかしねえが……


 「あのさ、BBQセットは?」

 「何よー急にー、お茶にBBQなんて変なのよー」

 「じゃあたい焼きセットとか」

 「あー良いわねー、でもそんなのあったかしらー?」

 「知らんがな」


 コイツ……やっぱ完全に別モンじゃね?

 じゃあ今度は……


 「ちなみに孫はお出掛けか? お使いとか」

 「ええ、今いないのよー」

 「近所っつったら八百屋とかかね?」

 「ちょっとねー」


 ちょっとって何だよちょっとって……


 「ちょいと失礼」


 話しながら冷凍庫を開ける。

 ……変わってねーな。


 冷蔵庫は……おっと危ねえ!


 ガチャ!


 「開けるなら冷蔵庫が先でしょー」

 「イヤ、今思いっきり頭ぶつけそうになったんだけど!」

 「お義父さんが鈍いのが悪いのよー」

 「何だそりゃ……」

 「うーん、何も無いわねー」

 「お義父さん、ちょっと何か買って来てくれないー?」

 あ?

 「別に構わねーが買い物なら孫に行かせてるんだろ?

 別に俺が行かなくても良いんじゃね?」

 「でも何も無いしー」

 「あー分かったよ、テキトーなモン調達して来るわ」

 「お願いねー」


 息子の嫁()はパタパタとリビングに戻って行った。

 何がしたかったんだろーな?


 『オイ』


 ん?


 『おーい!』


 へ?


 『聞こえてんだろ、返事しろよ』

 「おおう! ワンコかよ……ってかマジか」

 『何なんだこの状況はよ』

 「知るか! それよかここにいた連中はどうした?」

 『分からんけど“ここはこれまでだ”とか言って戻って行ったぞ』

 「戻った? 消えたとかじゃなくてか?」

 『おう、そこから戻って行ったぞ』

 「スマンけど相変わらず俺にはフツーのキッチンにしか見えねえんだけど。

 いまはオメーの姿も見えねーしな」

 『マジかよ……どーりで……』

 「なあ、オメーの目から見てここの様子はどうなってる?」

 『どうなってるも何も…さっきと何も変わってねーぞ』

 「床下収納は?」

 『アンタが散らかしたときのまんまだぞ。ホラ、割れた瓶を片付けたり汚れを拭いたりしてただろ。

 ああ、入り口ならそのまんまだぞ。多分な』

 「センセーさんとかお巡りさんとかは?」

 『入ってったきりだろ。逆にこっちが聞きてえくれーだ』

 「羽根飾りは?」

 『さあ? 俺には見えねーな』


 なぬぅ……?

 何か……もうちっとで何か分かりそーなんだがなあ……

 あ、そーだ。


 「オメーが言ってた飼い主を呼んでもらうことって可能か?」

 『ああ、後で会わせるって言ってたよな。良いぜ。

 だけど今の話の流れなら自分で行ってもらっても構わねーだろ』

 「あー、言われてみりゃそーだな。

 俺に合わせて歩いて来れるか?」

 『ああ、アンタがしてねー認識の壁みてーのが無い限りはな』

 「そんときゃ抱っこ……は出来ねーのか」

 『まあ行ってみりゃ分かんだろ』

 「違ぇねぇな」


 てな訳で早速行動だぜ。


 「おう、ちょっと何か摘むモンとか買い出しに行ってくるわ。

 そっちは頼んだぜ」

 「頼むわよー」

 「え? マジで?」

 『ちょっとこっちも意味不明になってんだけど』

 「すぐ戻るから我慢しろや。あ、お隣さんはギャラリーとしての楽しんでって下さい」

 「ええ、行ってらっしゃい。おほほほほ」

 「あの、オイラはどうすれば良いッスか?」

 「そりゃ繋ぎ役だろ。そこに立ってりゃ良いべ」

 「扱いが酷いッス!」

 「んじゃ、行ってくるわ」


 という訳でワンコにひと声掛けて外に出る。


 「そこにいるよな?」

 『おう、雑談でもしながら行けば見失わねーだろ』

 「オメーから俺は見えてんだろ?」

 『いや、声だけだ』

 「マジかよ……まあ声が聞こえりゃ何とかなっか」

 『うし、行くか』

 「おう」

 

 何か話し続けなきゃならねーってのも疲れんだよな……


 『あーあー』

 「うーうー」

 『乗っけから順調だな!』


 これ到着するまでずっと続けんのか。

 客観的に見て変人じゃね?


 『どーした? 続けんぞ。あーうー』


 いや、今のは要らんだろ。



* ◇ ◇ ◇



 「あーあー」

 『あーえー』

 「うーうー」

 『……』

 「どうした?」

 『いや、何か急にバカバカしくなってきてな』

 「今さらそれを言うんかい!」

 『オメーはバカらしいとか思わねーの?』

 「そんなんハナっから思っとるわ!」

 『マジで!? 氏ね!』

 「オメーが氏ねや!」


 などとバカ話をしているうちに俺たちは犬小屋……もとい定食屋? の前に到着した。

 ここまでの道中で町の様子がある程度見れたけど、割とフツーに往来があって人が暮らしてる感じだぜ。

 知ってる顔は一切ねーけどな。

 んでもってスゲー違和感、つーか何じゃソレって思ったのがクルマが一台も走ってねーって点だ。

 信号もねーのに道路がしっかりアスファルトで舗装されてて停止線とか横断歩道なんかがあんのも全くもって変だぜ。


 『ふう、ようやく着いたか。疲れたぜ、全く……!』

 「主に俺のメンタルがな!」


 それはさておき、やっぱし犬小屋はねーな。

 まあ予想通りだけど。

 そしてこの建物。

 定食屋だよな、コレ。看板出てるし。

 俺が知ってるのとちっとばかし違うけど。


 「あるか? オメーん家……もとい犬小屋」

 『そりゃあんべや。おお、懐かしの我が家ァ!』

 「あっそう」

 『何でェ、もうちっと感慨に浸るとかねーのかよ』

 「別に俺ん家じゃねーし、そもそも俺の目にゃあ犬小屋なんて見えてねーからな」

 『エッそうなのか?』

 「お互い声しか聞こえてねー時点で察しろって。

 つーか犬小屋一軒で感慨にふけるとかねーから」

 『クッソコノヤローめ……何か俺の扱いが雑になってきてねーか?』

 「そりゃー犬だし。

 てか良いから早よ呼んで来いや、オメーのご主人様をよ」

 『へいへい、わーったわーった。

 どれ、ちっと待ってろよ……』


 バタン!


 「へ?」


 出て来たのは定食屋……じゃねーな。

 いや、コイツは……?


 「お? ああ、お客さんか。悪ぃがまだ準備中なんだわ」


 あー、どーすっペコレ。

 明らかに客だもんな、こんなとこで突っ立ってたら。そりゃーなぁ。

 折角だしカツ丼でもいただくか……てか抜け出した名目は買い出しだから何かテイクアウト的なヤツなんて頼めねーかな?


 『オイ』

 「あ、おう」

 「ん? 開店まであと三十分てとこだが待っててくれるってのか」

 「お、おう」

 『何でぇ、カラ返事かよ』

 「そうかいそうかい、ありがたいことを言うじゃねぇか。

 だったらそんな熱心なあんたに特別にうちのまかないをご馳走してやろう」

 「えっ、マジでぇ!? やったぜ!」

 『オイ!』

 「良し、じゃあ待たしとくのは悪ィな、入んな入んな!」

 「助かるぜ! あ、タッパー持って来てないけどお持ち帰りとか出来っかな?

 ウチのモンにも食わしてやりてえんだよね」

 『おーいおーい』

 「おう、良いぜ!

 アンタ見ねえ顔だから新入りさんなんだろ?

 だったら初回サービスだ、弁当にしてやっからウチの味をじゃんじゃん周りに売り込んでくれよな!」

 『オイ、聞けっつの!』

 「やったぜ、ありがてぇありがてぇ」

 「じゃあ店に入ってテキトーなとこに座って待っててくれや」


 そう言って店主は中に入っていく。


 『オイ、もしかして俺の声聞こえてねーのか?』

 「安心せい、ちゃんと聞こえとるって」

 『何だよ、驚かせんな。声しか聞こえねーんだからよ』

 「今な、中からここの店主が出て来て話してたんだよ。

 店主のほうの声は聞こえとらんかったんか?」

 『ああナルホド、俺にはそいつの声は聞こえてなかったな。

 何ひとり言言ってんだこのオヤジはって思っちまったぜ』

 「流れ的に相手しねーと変に思われんだろ。

 それに出かけた目的は食材探しだ。

 テイクアウト出来んならここで調達すりゃいーやと思って話してたんだよ」

 『はあ。そうか、分かった。

 俺の主人が今ここにいるんだがその様子じゃ見えも聞こえもしてねー感じだな?』

 「おう、何か話してたんなら聞こえてねーな。

 こっちの店主の声が聞こえてねーのと一緒か」

 『うーむ……こいつは難しいな』

 「おい、遠慮することはねえ。店に入んな!」

 「おお、すまねえ。お言葉に甘えさせてもらうとするわ」

 『その店主ってのが何か言ったか?』

 「さっさと入れってさ。まかないを出してくれるんだと」

 『ナルホド、了解した。さっさと済ませろよ』

 「おう」


 てな訳で俺は店へと入った。

 ワンコはその主人て奴と何か話してたんだよな?

 それにしちゃあ話し相手の声は聞こえて来んかったが……


 つーかこの店、やっぱ定食屋だな。

 以前見た昭和の時代のアレだ。

 と、そこへ高校生位の女の子がダッシュでやって来た。


 「おじさん、準備中なんだから端っこにいてね!

 全く、オーナーのワガママには困っちゃうわ……」

 「お、おう……アンタここのバイトの子か?」

 「そうよ、ウチの宣伝お願いね、“新顔さん”!」

 「おう、忙しいとこ悪ィな!」


 いやあ、おじいさんじゃなくておじさんかぁ。

 営業トークなんだろーけどなぁ。


 『オイ、今の声は誰だ?』

 「何だ、今の会話は聞こえてたんか」

 『ああ、俺の主人とソックリなコワイロだったからビックリしたぞ』

 「主人と同じ? 同一人物じゃねーんだろ?」

 『ああ、それはもちろんそうだ。俺の主人は今ここにいるからな』

 「しかしそうなって来ると今のバイトの子にもオメーの声が聞こえる可能性があるな」

 『試してみるか?』

 「ああ、だが今は開店前だし忙しそうにしてるんだよな……」


 つーかめっちゃ不審者を見る目でこっちを見てるぞ。

 そりゃ怪しいよな。

 突然やって来たおっさんが店の片隅でブツクサほざいてるんだからな。

 げげぇ、こっち来たぜ……!


 「……その犬、おじさんの?」

 「へ? 見えてる?」

 「何言ってんの? お化けか何かだとでもいう訳?」

 『そうだぜ、お化けだぜぇ!』

 「ひぇ! しゃ、しゃべったあ!?」


 バイトの子はマンガ的ムーヴでビヨーンと後ずさる。

 でもってお盆を盾にする伝統的店員的スタイルで恐る恐るこっちを見てるぞ!


 「あのなぁ、怖がらせてどーすんだよ」

 『いや、お化け以外に説明のしようがねーだろ』

 「見えてんだからお化けとか言わんでもえーだろーに」

 『あっそーか』

 「それにしゃべってる時点でお化けだし」

 『あっそーか』

 「何それ、面白い! 私もお話したい!」

 「ありゃ、怖くないんか」

 「だって何か間の抜けた顔だし、今の会話聞いたら怖いなんて思わないわよ」

 「間の抜けた顔だってよ」

 『ははは……』

 「ちなみにそのワンコのご主人様は見えてるよな?」

 「え? 誰かいる? ご主人様っておじさんじゃないの?」

 

 『今の声の主なんだけどさぁ、俺の主人。

 アンタと同じ様な声でこんにちはってあいさつしただろ、今』


 「ひえぇ……お、お、お化けぇー?」


 ワンコは見えてんのにご主人様は声も姿も見えねーのか。

 コイツは面倒臭ぇシチュだぜ……

 つーか後で息子の嫁に“帰りが遅い”とか何とかブツクサ言われんだろーなぁ……こりゃ。



* ◇ ◇ ◇



 『何だ、見えてねえのか』


 くわっ! と目を見開き驚愕するバイトの店員。


 「ハッ、まさか!? こ、これは……地獄の番犬……!」

 『いや、オレ首一個しかねーから』

 「おじさん、実は大層名のある暗黒魔導師様なのでは!?」

 「はあ? 何ソレ?」

 『コイツヤベーヤツなんじゃね?』

 「ぜひ師匠と呼ばせてください!」

 「イヤ、だから何でそーなるんだよ!」

 『面白ぇから弟子にしてやれば?』

 「クッソ他人事だと思って……」

 「ヘイ、お待ちィ! こっちの器はサービスだぜ!」

 おお、コレはッ……!

 「オーナー、他人の話に急に割り込まないでくださいよォ。

 メチャクチャビックリしたじゃないですかぁ」

 「じゃかましーわ! この厨坊め、さっさと開店準備に戻れや」

 「自分は好き勝手してるクセにぃ」

 「俺の店だ、文句あっか!」

 「べぇーだ!」


 『厨坊が飲食業のバイトとかOKなのか』

 「まあ良いじゃねえか、全部でいくらだ? この器代も含めてよ」

 「お代はいらねーぜ、お近づきの印だぜ」

 「マジで? メッチャ助かるぜ!」

 「おう今後ともごひいきにしてもらえりゃそれでチャラだぜ!」


 「いや、ありがてぇありがてぇ」

 「だはは、そこまで言われっと照れっぜ!」

 『わんわん!』

 「おう、オメーの分もあるぜ!」

 『マジ!? やったぜ、オッサンサンキューな!』

 「ぬお!? 今の腹話術か何かか!?」

 「あー、見えるんだな、そのワンコ」

 「なんだよその不穏な言い方は」

 「実はさ、俺には見えねーんだよね」

 「エッ……まさか」

 「ぢごくの番犬ですよォ! オーナーさん!」

 「どわっ! 他人の話に急に割り込むな!」

 「さっきのお返しですよ!」

 『だからただの犬だっちゅーに!』

 「しゃべる犬なんぞいねーだろ、フツーは!」

 「まあまあ、折角出来た縁だしちっとばかし雑談でもどーだ?」

 『良いのか? 急いでんだろ』

 「せっかくの機会だ、どーせ息子の嫁にネチネチ言われるくれーだろからさ」

 「んじゃ聞くがアンタ、ここらじゃ見ねえ顔だが最近ここに来たんだろ?」

 「ああ、そうだぜ」

 「へえ。やっぱり“新顔さん”だったんだね。

 私のカンも捨てたもんじゃないよね!」

 「新しく来た人らには初回無料サービスで売り込んでるって訳か」

 「まあな。んで、どうよ」


 今俺の目の前にあるのは、まごうこと無きカツ丼だ。

 いやーここに来てコレにありつけるとは夢にも思ってなかったぜ!

 言い忘れてたがお持ち帰りは焼き物の器に入れられている。

 タッパーってもんはどうやら無いらしいぜ。


 でもってひと口。

 むしゃむしゃ。


 「おおう、カツ丼の味だ……!」

 「そりゃそーだろ、カツ丼なんだからよ」

 「アンタ俺のこと“新顔”って言ってただろ?」

 もぐもぐ。

 「ああ、それな。町の住人と話してみたりしたか?」

 「おう、お隣さんがソッコーでアイサツしに来てよ。フツーは逆だよな!」

 「この町ってよ、どっかから飛ばされて来たとかいう頭イッちゃってる連中ばっかだったろ?」

 「おう」

 「その反応を見るに、アンタはそのクチじゃなさそーだな」

 「まあなぁ」

 「何だよ、気になるじゃねーか」

 「元々この町の住人なんだが、ここってその町とは違うんだよなあ」

 「何だそれ?」

 「あー、基本的には同じなんだがちょっとずつ違うっつーかな……」

 「あー、前にもいたなぁ、そんなのがよ……」

 「逆にアンタもそのクチだったりすんのか?」

 「ああ、そうだぜ」

 「じゃあこっちで言う中世風の国から来たのか?」

 「そうだな、俺も他の大多数の住人らと同じだぜ」

 「あっちの子もか」

 「さあな、分からんけどふらっと来て雇ってくれって頼まれたんでね。

 むしろ元からの住人なんているんかね、ここ」

 もしゃもしゃ。

 うん、うめぇ。

 「それにしてもカツ丼なんてどこで覚えたんだ?

 これメッチャ美味えぞ。本物の味だ」

 「いや、そう言ってもらえるとありがてぇ。

 ちなみにメニューの大半はこの店の前の店主から教えてもらったんだぜ」

 「その前の店主ってのは日本人だったのか?」

 「言ったろ、アンタと似たよーなのが前にもいたってよ」

 「ナルホド……ちなみに今もこの町に住んでたりすんのか?」

 「いや、どこにいんのかは何か人探しの途中だとかでな」

 「お、おう……」


 えー……

 ソレってやっぱアレか?

 だから俺ん家()が空き家だったとか?

 えーと……


 むしゃむしゃ。


 「その人はどんなクルマに?」

 「クルマ? ああ、何か『ここもクルマねーのか!』とかわめいてたな」


 えぇー……


 「そ、そうなの?」

 「いやな、山ん中で道に迷っていつの間にかこの町に着いたとか」

 「そ、そうか」


 よく考えたらここって物流とかインフラとかってどーなってんだろ。

 もぐもぐ。

 ……このカツの肉、何の肉なんだろ。


 「じゃあ探してる人ってのはどんな?」

 「何でも子供の時分に神隠しにあって何十年と経ってるとかでな、赤い髪と日本人離れした顔つきとだけ……

 そういやアンタ、髪は真っ赤だし顔つきも日本人離れしてるな。

 案外アンタがその探し人だったりしてなぁ」

 「顔つきはともかく、髪は染めてるとか思わねーんだな」

 「ああ、俺のいた国じゃ赤い髪の人間もいたからな」

 もしゃもしゃ。うまうま。

 「えーと……俺は日本生まれの日本育ちだぞ?」

 「わーってるって。何せ赤い髪といやあ女神様に連なる血族だからな。

 そんな高貴なお方がこんなとこでカツ丼なんて食ってる訳ねーしな」

 おう、その通りだぜ!

 もっしゃもっしゃ。

 おう、完食しちまったぜ!


 「いや、マジでうまかったぜ!」

 「おう、ありがとな」

 「じゃあそろそろ帰るわ。いつまでもダラダラしてっとどやされっからな」

 『オイ、当初の目的はどうした』

 「師匠ェ……」

 「何その見送り」

 『オイ』

 「じゃあまたお邪魔すんぜ」

 「おう」

 「地獄の番犬サーン……」

 『あーまたなー、わんわん』


 キキィ……パタン。


 『オイ、主人が退屈してんだけどどーすんだよ』

 「じゃあ一緒に来てもらうか?

 今のは流れ的に仕方なかっただろ、色々と話も聞けたしよ」

 『ウチのご主人様は全く参加してなかったけどな』

 「あんまり帰りが遅いと怪しまれんだろ」

 『あのなぁ……俺の主人は家から離れられねーんだよ』

 「何だそれ。地縛霊か?」

 『まあそんなもんだろ』


 ここは元が定食屋だし本人も……いや……


 「お前目線だとここってフツーの民家なのか?」

 『ああ、そーだぜ』

 「待てよ? 地縛霊みてーなもん、てことは本来の住人は?」

 『ちゃんと主人が維持管理してるぜ』

 「じゃあ実体アリのお化け?」

 『あー何てゆーか……』

 「あ、何か分かった気がすんぜ」

 『と、取り敢えず戻ったらどうかと……』

 「あー、仕方ねーな。そうすっか」

 『良し。じゃあまたテキトーに話しながら行こーぜ』

 「おう」


 多分別な方法でお話出来るかもだな。

 まあ後でまた来てみっか。


 『何か良からぬことを考えてねーか?』

 「おう、考えてるぜ」

 『否定しねーのか』

 「いやー帰り道も話題は尽きねーなぁ」

 『何の話題だよ……』

 「えーと……ゾンビ的なやつ?」

 「ナルホド! 暗黒魔導師様の本領発揮という訳ですね!」

 「おわっ! 何でアンタがいるんだよ」

 「えへへぇ、付いてきちゃいました。よろしくお願いしますね、師匠ぅー」


 お、おぅー。



* ◇ ◇ ◇



 『オイ、店は良いのかよ』

 「はい、良いです!」

 「いやダメだろ!」

 「なあおい」

 「良いんです!」

 「いやそーじゃなくてだな」

 「何ですか師匠!!」

 『ムダにハイテンションだな……』

 「お前雇ってくれってお願いしてあそこに置いてもらってたんだろーが。

 そんな勝手な真似して良い訳ねーだろ」

 「大丈夫です! 営業だって言って出て来たので!」

 『本当かよ……』

 「楽しみにしてますね、ゾンビ的なヤツ!」

 「イヤ、期待されても困るんだが……」

 『しかしそれは俺もちっとばかし気になってたぜ』

 「まあ後でな、後で」

 「はい、師匠!」

 『頼むぜ、な。ししょーさんよ!』

 「オメーまで一緒になってんじゃねーよ。

 バシって出来ねーのが口惜しーぜ、全くよォ」

 「じゃあ私が師匠の代わりにやりますね、えい」

 『あだっ!』

 「おおう、その手があったか」

 『その手があったがじゃねーよ!』


 うーむ……

 まあ動機はアレだがコイツを連れてったら何か新しい発見とかあるかもしれねーな。


 「師匠直々に天誅を下されないのはどういった理由なんですか?」

 「天誅て……いや別に理由はねーけど」

 『コイツ俺に触れねーから』

 「言ってるハナからネタばらしすんじゃねーよ!」

 「そうですか、契約的な縛りか何かなんですね!

 じゃあ私が代わりにこのワンちゃんを調教して差し上げますね、オラ!」

 げしっ!

 『きゃいん! ……て何すんだ!』

 「あ? 文句あんのかオラ」

 「ちょ、ちょっと待て……キャラ変わってねーか?

 何か怖えーんだけど!」

 「えー、コワいだなんてそんなー、こんなにか弱い美少女を捕まえて何言ってるんですかぁー、師匠ぉー?」

 『コレが俗に言うヤンデレって奴か!』

 「うっそォ……てか勘違い系な何かだろ?」

 「師匠、コイツをしばきたくなったらいつでも言ってくださいね。

 私が丹精込めて調教しますんで!」

 「うし……分かった、よろしく頼むぜ!」

 『頼むなよ!』

 「お前、うるさい」

 げしっ!

 『いでェ』

 「かわいくない。キャインと言え」

 『きゃいん……』

 「よし」


 うぇー……コイツメッチャ怖ぇんだけど!

 ワンコには悪りーけど取り敢えず調子合わせとこ。


 「ほほぅ、ここが師匠の暗黒キャッスルですか!」

 「何だそれ、ただの家だっちゅーの」

 「しかしそこらじゅうに復活を待つ干からびたゾンビ共が……」


 ええぇ……マジでこの子何なのォ。

 おっと、ツッコんじゃダメなんだった!


 「オイ……あらかじめ言っとくがツッコミは無用で頼むぜ」

 『何か分からんけど了解するしかねーのか』

 「ハイと言え犬コロ」

 『ハイ、ご主人様は素晴らしいですゥ』

 「よろしい」

 「まあ良い、まあ良い……入んぜ、オメーもお邪魔して行けや」

 『なぜ二回言う……?』

 「いーだろ気にすんな……オーイ遅くなってスマン、今帰ったぜぇー」

 「お邪魔しまーす」

 「おっと、靴は脱いどけよ?」

 「ああ、この国の家は靴を脱がないとならないんでしたね」


 家に上がってリビングにバタバタと向かう。


 「遅かったじゃないのー、死ねば良いのにー」

 「まあ、お若い奥様ですね!」

 「んな訳あるか。息子の嫁だって」

 「あ、コレは失礼しましたぁ」

 「あ、あの……そちらは?」

 「ああ、世話になった定食屋のバイトの子ですよ。

 サービスの持ち帰りの弁当を貰ったんですけど皆の感想が聞きたいとかで」

 「ム……コチラの貫禄あふれるご婦人は……?」

 「あーこの人は今度引っ越して来たウチのお隣さん、ウチにアイサツしに来たんだぜ」

 「あぁ、コレはどうも、アナタも“新顔さん”ですか!」


 へーやっぱそーなのかー、って何で分かるんだ?

 いやいや、ツッコんだら負け、ツッコんだら負け……


 「じゃあ早速食べますか、せっかくの出来立てですし」

 「まあ、美味しそうですね、良いんですか? いただいちゃっても」

 「ええ、どうぞどうぞ」

 「師匠もぜひ!」

 「師匠? お義父さん、何のプレイですかぁー?」

 「あー、後でお話しようアトでぇ。

 俺は向こうで食べて来たんで大丈夫だからぁ」

 「そうねぇー、美味しそうだからいただきますかー」

 「お、おう、そうしてくれや」


 いやー、何のお肉なんだろーなぁ。


 「オッサンオッサン、コレはどういう展開なんスか?」

 『父さん? 何か聞き慣れない声が混ざってるんだけど……?』

 「あのー誰とお話してるんですか師匠?」

 「あーオイラはッスねぇ……」

 「ああ、分かりました! 冥界通信的なナニカですねェ」

 「ま、まあな」

 「悲報:オイラ……空気だったッス!」

 『まあ当たらずとも遠からじって感じではあるかな』

 「まあ、美味しい!」

 「わーありがとうございますぅー」

 「お義父さん、遂に犯罪に手を染めたのですねー。

 死ねば良いのにー」

 「まあ、おネエ様は死霊術師なんですかぁ!?」

 「どうしてそーなる!」


 アカン、またカオスになって来たぜぃ……!


 「楽しそうですね師匠!」

 『師匠?』

 「あ、さっきから気になってたんスよ、それ」

 「あーだから後でって……あ、そーだ」

 「冥界的なヤツですね!」

 「いやそーじゃなくてだな……ちょっとキッチンに来てもらって良いか?」

 「あ、ハイ。手料理ならいくらでも。

 でも肉は調達してくださいね!」


 どこからどーやって何を調達するんじゃい!(心の叫び)


 「すんません、ちょっとキッチンに行って来ます」

 「行って来まーす」

 『あ、おい父さん』

 「スマン、後でな」

 「ワンコは一緒に来てくれ」

 『おう』


 パタパタパタパタ……


 「いやー師匠も大胆なコトしますねェぐへへ……」

 「いやそーゆーのはナシで」

 「ちぇ……」

 『俺もいるし』

 「ギロリ」

 『わんわん!』

 「よし」

 「あーあー、ここがキッチンだぜ」

 「おうふ……コレは中々にゴーモンみあふれたふぁんしーですね師匠!」

 「ははは……」


 どんなファンシーじゃい!(以下略)

 まあ良い、本題だ本題。


 「まずそこだ」


 そう言って指差したのは床下収納。


 「エッいきなりそこ……師匠……大胆!」

 『全く意味が分からねぇ』

 「ギロリ」

 『わんわん、ボクは悪いワンコじゃないよ!』

 「よし」


 何回目だコレぇ……

 えー加減イライラして来たぞ。


 「お仕置きが必要だな」

 『エッ!?』

 「うひひ……良いんですね?」

 「かわいそうだしやっぱやめた」

 「えぇー……がっくし」

 『ホッ……』


 アカン、ついうっかりココロの声をお漏らししちまったぜぃ。

 つーかその手をワシワシする謎動作は何やねん……

 そして口に出してガックシ言う奴初めて見たぞ。


 それはさておき俺としちゃとっとと本題に行きてーだけなんだ。


 「そこに入り口は見えるか?」

 「ハイ! コレはいにしえの時代に無念の最期を遂げた名のある王の墳墓とかでしょうか!

 古墳の上に家を建てるとか最高です師匠!

 早速ゾンビ的師匠的接近遭遇ですね師匠!」


 ……コイツもしかして俺のことバカにしてねーか?


 『ププッ』

 「ギロリ」

 『きゃいん……』



* ◇ ◇ ◇



 ガタゴト……


 「ん? 何の音だ?」

 「さあ? 皆さんがハッスルしてる音ですかねえ」

 「ハッスルをしナニをするとゆーんだ」

 『ご、ゴシュジンサマ早く行くワン……』

 「何か堂に入って来たな」

 『しくしく……』


 俺には見えねえけどコレってもしかして笑えねえシチュなんじゃなかろーか。

 このバイトの子のネジが緩んでるおかげでお気楽な空気になっちまってるけど。


 「ワンコの方はファンシーなスペクタクルが繰り広げられてるか?」

 『いや、さっきと変わらねーけど。

 何かヤケクソになってね?』

 「仕方ねーだろ」

 「師匠師匠、ここはやっぱり踏み込むしかないですよね!」


 テンション高ぇなあ、オイ……


 「入りてえのはヤマヤマなんだが俺は入れねえんだよ」

 「そうなのですか?」

 「俺の目には入り口が見えねえんだ。所属してる世界とでも言うのか……とにかくその辺が影響してるらしーんだがな」

 「じゃ、じゃあワタクシめが……」

 「おろ? 入れそうなのか?」

 「ハイ、はい?」

 「何だよ、どっちなんだよ」

 「あの、扉はどうやって開けるんでしょうか」

 「結局それかよ……」

 『どうすんだ? 羽根飾りは見当たらねーぞ』

 「羽根飾り?」

 「ああ、ここに入る鍵みてーなもんだな」

 『このオッサンにしか使えねーんだぜ』

 「ご主人様と言え」

 『ご、ゴシュジンサマしかお使いになれないのでゴザイマスゥ』

 「よし」

 「良いんだ」

 「駄目ですか? じゃあお仕置き……」

 「いや、良いから!」

 疲れるぜ……ったくよォ!

 「まあそれが分かったとこでどうすることも出来ねーよな」

 『じゃあ終わり?』

 「そーだな。あ、ちなみにゴーモンみあふれたふぁんしーってどんなの?」

 「どんなのって見たまんまの感想ですけど。

 さすが師匠だなーって。えへっ」

 「えへっじゃねーよ」

 『うへっ』

 「うるさい」


 ガタゴト……


 「まただ。一体何の音だ?」


 ズリッ、ズリッ……


 「あ、何か嫌な予感——」

 『お、お姉゛ェ様゛ァア゛?』

 「やっぱお前かァー!」

 「やあやあ、これはどうも、お姉様というのはモチロン私のコトですよね、ゾンビさーん」

 「どうもじゃねえ!」

 『どうしてこーなった』

 「あら、しぶといのねー」

 『わっ、ビックリしたワン!』

 「あら、こっちのおネエ様のサクヒンかしら!」

 「ちょっとこの子何を言ってるのか分からないわー」

 「ちょっと待てぃ、ここでブシャアする気か」

 「元からなこんなにゲチョグロになのに今さらでしょー。

 それにブシャアじゃなくてビチャアでしょー」


 細けえな!

 あ、てかこの息子の嫁()にはバイトの子と同じモンが見えてるんか……

 てゆーかゲチョグロでゴーモンみあふれたファンシーって一体何やねん!


 「師匠、ブシャアというのは一体どんなスゴ技なのですか?」

 「オメーぜってー現地人だろ!」

 「ナルホド、つまり!?」

 「今の返しに納得行く要素なんぞ微塵もねーだろ!」

 「お義父さん、ジャマですよー」

 『ぼー(呆気)』

 『お゛、お゛姉゛様゛あ゛あ゛あ゛……』

 「それしかゆーことはねーんかい!」

 「お義父さんー、“お姉様”って誰なのー?」

 「あ? 多分俺のことだぜ」

 「お義父さんー? アタマお倒産しちゃったのかしらー?」

 「師匠が? お姉様??」


 あ、そーか。コイツにそれを言って通じる訳ねーか。


 『お゛、お゛姉゛様゛あ゛、あ゛、あ゛……』

 「どうしてお姉様ーしか言わないのかしらー」

 『お゛、お゛姉゛様゛あ゛あ゛……、あ゛』

 『オイ、コイツのポッケから何かはみ出してんぞ』

 「ポッケだって! ぷぷっ」

 『うるせえわんわん!』

 「コレ俺の羽根飾りじゃね? てゆーかこんな都合良く……何でだ?」


 それにコイツいっぺんビチャアされてなかったか?

 そこにいる息子の嫁()によォ……


 『つーか今度は視認可能なのか』

 「むむう……さっきとはビミョーに状況が違うな?」

 『コイツに抱っこしてもらったら入れんじゃね』

 「出来っかよ、んなコト」

 『じゃあ電車ごっこが良いか』

 「そーゆー問題じゃねーだろ!」

 「ど、どうしたッスか!?」

 『父さん、何か凄くドタバタしてないか、そっち』

 「アレ? オメーはコレ見て何とも思わねーの?」

 「コレって何スか?」

 「邪魔臭いから戻るのよー」

 「あ痛っ! 蹴ったッス! 酷いッス!」

 『ちょっと、乱暴はダメだよ!』


 ちゃ、ちゃんと手加減は出来んだな……

 

 「師匠ぉー、これどうするんですかぁー」

 『全部ビチャアが連れて来た様なもんだな』

 「クッソしょうがねえ、いっぺん出直すか」

 『出直す?』


 手をパンと叩いて注目を促す。


 「ちょいとみなさんいーですかぁ」

 「お゛姉゛様゛ぁ゛」


 ホントにお姉様しか言わねーのな。


 「全員カツ丼は食い終わったか?」

 「もちろんよーごちそう様ー」

 「オイラもおいしくいただいたッス」

 「じゃあいったんリビングに戻って店員さんにお礼をしようぜ」

 「で、でも師匠ォ……」

 「営業のために来たんだろ?」

 「むぅ……分かりました」

 『そこのセンセーさんはどうする?』

 「どうも出来ねーだろ」

 『つまり?』

 「放置だ」

 「駄目よー、汚物はビチャアよー」

 「だからそれやったらもっとばっちくなるなるだろって」

 「元々スプラッタじゃないのー、お肉食べるのも捗ってしょうがないのよー」

 「フツーは捗らねーから!」


 こうしつこいと何かあんじゃねーかって思っちまうよな。

 羽根飾りを持ってのご登場だからな。

 お隣の住人の設定がなんともなってないところを見ると

 意外と湧いて出たのはこのゾンビじゃなくて俺らの方だったり……?

 ……あ、そーだ。この家の前の持ち主って結局誰なんだろ。

 あの店が他人の手に渡ってんのと何か関係がありそーだけど。



* ◇ ◇ ◇



 「あ、あのう……皆さん急にどうなさったんですか。

 先程から何か……」


 物音を聞きつけたのか、狭いキッチンに全員が集合しちまった。

 ひとり置いてけぼりにされたお隣さんまで来ちまったし。

 一応主賓なんだよなーこの人。

 しかし元々のお隣さんて今ゾンビになってヨロヨロしてるセンセーさんなんだよなー。

 どーすんだコレ。

 センセーさんは相変わらずお姉様お姉様とわめくし息子の嫁()も息子の嫁()で汚物は消毒よーとか連呼してるし。

 マジで頭おかしいわー。


 『なあ、父さん』


 いやーしかし問題はこのバイトの子なんだよなー。

 何なんだよ師匠ぉ師匠ぉーってよォ。

 何の師匠かってちょっと怖くて聞けねーぜ。

 何なんだよ暗黒魔導師ってよォ。

 この子マジ何なワケェ?

 あの店主も謎だけどこの子も何モンなのかよー分からんのに雇用してるとか言ってたよなー。


 『父さんてば』

 「オッサンオッサン、膝カックンするッスよー」


 そうなるとやっぱこのゾンビなセンセーさんが羽根飾りブラ下げて現れたのもどっかご都合主義的に思えてならねーんだよなぁ。


 「必殺! 膝カックンッス!」

 「ズコー! って何ヶ月ぶりだコレ!」

 「昨日ぶりだと思うッス」

 「なん……だと……」

 『父さん、遊んでないでこの場をどうするか考えようよ』

 「別に遊んでなんかねーし」

 『はいはい。で?』

 『お゛、お゛、お゛、お゛姉゛様゛ぁー』

 「このヒトが何してーかなんだよなぁ」

 「そもそも何か考えもんなんスか?」

 「脳天に風穴開いてるしなー」

 『そうなの?』

 「さっき誰かがどこかから銃で狙撃したんだよな」

 『誰かって、それは分からないのか』

 「ああ、しかも……あー」

 『まあ良いか』

 「そーだな」


 そもそもの始まりは駐在さん()が持ってた拳銃をデコに当てて、それで戻った……だよな。

 けどそれがいつの間にかゾンビになってた……か。


 「お義父さんー?」


 息子の嫁()はぶっちゃけ電話の向こうにいる息子の嫁とは別人だよな。

 何で出てきたかって言ったら多分このセンセーさん絡みなんだよなー。

 このセンセーさん、アレかな。

 あのガイコツのねーちゃんみてーなの。


 ガイコツのねーちゃんって多分アレなんだよな。

 定食屋のじーさんが撲殺した女子高生。確か1976年だっけ。

 つまりは……


 「あ、あのォ……お邪魔なら私はそろそろ失礼しようと思いますが……」

 「ほら見ろ、お隣さんに気を遣わせちまったじゃねーか」

 『ほら見ろって何だよ、考え事してボーッとしてたのは父さんじゃないか』

 「あ、こんなのはいつものことなんでどうぞお気になさらず!」

 『気にするなっていう方に無理があると思うけど』

 「正論ッスね」

 『父さん、ともかく来客してる横で別なこと始めるのは良くないと思うんだ』

 「仕方ねーだろ」

 『そう考えてるのなら、父さん』

 「おお、そりゃそーだぜ。俺たちにとっちゃ“ここ”自体が異質なんだからな」

 「師匠師匠、何が異質なんですか?」

 「オメーはよ……」


 おっと、ツッコんじゃダメ、ツッコんじゃダメ……


 「このアホ毛が怪しい」

 「エッそうなんですかぁ!?」

 「さすがッスね! 話が見えないッス!」

 「イミフにはイミフで対抗だぜ」

 『うまく誤魔化したな』

 「あのぉ……」

 「てな訳でリビングに戻りませんか?」

 「そ、そうですね」

 「お義父さんー? 汚物はー」

 「あー、好きにすれば? でもまずはリビングに戻ろーな?」

 「ハイハイ、皆戻るッスよー」

 「アナタ、怪しいですよぉ……師匠、そーですよね?」

 「ああ、何せ俺のダチだからな!」

 『ああ、そういう……』

 「という訳ッスよ」

 「はあ、分かりましたよぉ」


 おう、ナイスアシストだぜ。


 「じゃあちょっと片付けたら俺も戻るから待っててくださいね」


 と言いながら羽根飾りに手を伸ばす……あ、フツーに触れたぞ。


 「おい」


 センセーさんがこっちを見る。

 デコの穴に羽根飾りを当てる。


 「良し、もう一回やるぜ。この羽根飾りが代償だぜ」

 『も゛、も゛う゛一回゛?』

 「おう」

 『い゛、異゛形゛ぅの゛群゛れ゛がぁぁ……』

 「スイッチ」


 ………

 …


 「……あ、あれぇ? お姉様ぁ?」


 ……よっしゃ、成功……だよな?

 センセーさんが元のセンセーさんになった。

 思った通り羽根飾りは消えちまったけどな!


 「お姉様、あのぉ……大事なぁ、羽根飾りがぁ……無くなってぇ……しまいましたぁー」


 あーコノ人こういうしゃべり方すんだっけ……何つーかビミョーにイラッと来んだよな。


 で、周りを見ると……おー、ワンコがいるぜ。

 つーか釣られてリビングに戻ろうとしてんな?


 「おい、ワンコは戻んねーでも良いぜ」

 「お? もしかして俺のこと見えてる?」

 「もしかしなくても見える様になったぜ」

 「何で急に? 今何かしてたよな?」

 「あーその前によ。

 このセンセーさん、あんたの目からはどう見える?」

 「あ? おお!? 何か復活してる?」

 「復活!? うぅ……うぅぅ……」

 「おーやっぱそう見えんのか、良かった良かった」

 「ゔぇーん……お゛姉゛ェ様゛ぁぁああ……!」

 「オイ、落ち着けよ、落ち着けって」

 「ぐすん……ありがとうぅ、ございますぅ、お姉様ぁ……」


 ホンマにコノ人センセーなんかいな……


 「どうしたんだよ、急に情緒不安定になりやがって……」

 「だって……お姉様が私を生き返らせてくれたから……」

 「ゾンビになったこととか覚えてんのか?」

 「は、はい、げ、玄関でぇ、急にぃ、苦しくなったことは覚えてるんですけどぉ……」

 「もうぅ、その後はぁ、訳がぁ分からなくなってぇ、必死になってぇ、お姉様をぉ、探しましたぁ……そうしたらぁ……

 ゔわあぁーん!」

 「とにかく落ち着け、落ち着けって」


 うーむ……原因を作ったのも俺だからこんなに感謝されても困るんだけどなあ……


 「ここの床下収納はまだ入れそうか?」

 「そうだな、出たときのまんまに見えるぜ」

 「で、でもぉ、羽根飾りがぁ……」

 「まあそれはおいおい考えよーや。

 他にも出来そうなことはいくらでもあるしな」

 「出来そうなこと? やれそうじゃなくてか」

 「ああ、さっきお流れになったオメーの飼い主さんに会いに行く件とかな」

 「あーナルホド」

 「俺の口を勝手に動かして演説かましてくれたのって多分その人なんだろ?」

 「それは分からんが……まあ聞きゃ良いだけの話か」

 「それに俺ん家の中の状況も変わってるからな」


 今俺がやったこと……見た目の事象は分かった。

 で、その結果がコレだ。

 今は何がどーなった?

 他はどうだ?

 そうだ、結局具体的に何が起きたのかってのは相も変わらず全くもって理解出来てねえんだ。


 俺が口にした言葉でセンセーさんがイキナリ死にそうになって、そして“拳銃を代償に”と宣言してから“スイッチ”とつぶやくと、センセーさんは危ない状態を脱した。

 それで一安心と思ったら床下であんなことやこんなことがあってしまいにゃ刑事さんまで現れる始末だ。

 何がきっかけになったかって言えば俺がやったことが一番怪しいんだもんな。

 今度はツッコミ禁止の縛りを付けて行動してたんだ。

 それで今まで周りで起きてたこととどう違ってきてるか、調べて回りゃまた何か掴めるかもしれねえ。


 とはいえ理解の出来てねーことはあんま軽はずみにするもんじゃねーよな。


 ……まあ観察と推論しかねーよな。

 んで……最後に実験か。



* ◇ ◇ ◇



 ——てなやり方じゃあまるでダメだったのが今までだった訳だ。

 良い加減、パターンも分かってきたしな。


 「で?」

 「リビングに行くか」

 「あ、やっぱり?」

 「あ、あのぅ……私はぁ?」

 「そーだな……」


 センセーさんがリビングに行ったらゾンピパニックになる可能性もあるよな。

 こっちから見えてねえからって向こうからも見えねえって保証もねえんだ。


 「スマンけどアンタはここで待っててくれや」

 「えぇぇ……あのぉ……そのぉ……」

 「すぐ戻るって、な?」

 「は、はぁい……」


 あ、やべ。フラグ建てちまったか?

 まあ勝手にウロウロされんのもアレだし仕方ねーよな。


 「良し、行くか」


 パタパタパタ……

 スリッパの音っぽいけどワンコの足音なんだぜ。

 足音も隠さずに歩いてリビングに入る。


 「あ……」

 「おっとォ……」


 驚愕の表情でコッチをガン見するオバハンがそこにいた。

 あーコレはアレだよなやっぱし。

 俺としちゃそりゃねーだろって結果だぜ。

 でもってオバハン以外は誰もいない……様に見える。

 取り敢えず無言で引っ込む。


 「どうした?」

 「主賓で来てたオバハンがひとりで座ってたぜ」

 「誰もオモテナシしてない感じか」


 センセーさんが正常化してると仮定したらあのオバハンはどーなる?

 センセーさんがゾンビビチャアになったから急遽出て来た“お隣さん”の代役、だよな。

 疑問にゃ思うがこの手の矛盾は敢えてつっ込まねーでスルーしとこーかね。


 とそこにぬっと現れたオバハン。


 「あの、もしやあなた様は……あっ、あひっ!?」

 「あっ……」

 「あーあ……」


 「いや、“アヒッ”ってどーゆー驚き方だよ!」

 「敢えて言うけどソコ今突っ込むとこなのかよ!」


 状況を説明するぜ!

 今俺を追っかけてオバハンがキッチンに戻って来ちまったんだぜ。

 そこでセンセーさんを見て“アヒッ”って声を漏らしちまった訳だ。

 ちなみに“もしやアナタ様は”とか言ってたのは、考えたくもねーけど俺の見た目がセンセーさんが見たのと同じに見えてた……つまりは例の女神様みてーな人物に見えてたってことなんだろーなと思うぜ。

 こりゃもしかして最初にこの町にすっ飛ばされて来たときのシチュに戻ってるってことになるんかね。

 んでセンセーさんは相変わらずゾンビだったので“アヒッ”ってなったと……


 「あ、あのぅ。もしかしてぇ、あなたはぁ……」

 「ヒ、ヒィィ」

 「あ、ちょっと発言は控えてもらってて良い?」

 「は、はぁい」

 「え? え?」


 ふぅ、危ねぇ危ねぇ。

 センセーさんはどーやら“元のお知り合い”みてーだな。

 だがここでツッコミを許す訳にはいかねーんだぜ!

 オバハンにはゾンビが呻きながら近付いて来て俺が平気な顔でそれをなだめすかしてるみてーに見えてるらしーな。

 あ、なだめるって“襲いかかろーとしてる”ゾンビを、だぜ。


 「あっ! あわわっ」

 「ん?」


 オバハンがチョコマカと右へ左へとマンガ的ムーヴをしたかと思うと今度は何かイミフなパントマイムを踊り出したりと、急にせわしない動きをし始めたぞ。

 何だよ、オイ。


 「す、すり抜けた!? お、お化けぇ!?」


 ああ、分かったぜ。


 「見たとこ汚物は消毒よーとか何とか言いながら回し蹴りブッパしまくって空振ったって感じだな。

 お……じゃなかったはそのヒトがへんな動きしてんのはそのとばっちりを食ったカタチか」


 それにしてもナカナカに鋭いダンスだったぜ。

 ありゃ経験者と見たね!


 「で、誰のとばっちりだって?」

 「息子の嫁()」

 「あぁ? あー、そーゆーことかよ。

 しかしどーすんだ、コレ」

 「あ、あ、あ、あのあのあのぅ……ムスコのぉ、ヨメとはぁ、何ですかぁー?」

 「今それどころじゃねーから、な。

 さっき言ったこと覚えてるだろ?」


 面倒臭ぇなぁおい。

 何だろ、コレ分かるよーに説明してやったら多分何かが何かになって何かが何かする様な気がしてならねーんだよな。

 しかし面倒臭ぇしなあ。


 「良し」

 「良しって何が良いんだよ」

 「すみません、どうでしたか? カツ丼は」

 「カツ丼……あ、はい、アヒッ! とてもおいし……アヒッ……かったですアヒッアヒッ」

 「全然良くねーじゃねーかよ!」

 「やっぱマトモに受け答えなんて出来る状況じゃねーよな!」

 「絶っ対にわざとだろ。楽しんでんじゃねーよテメーはよ!」

 『い、今の声はもしや師匠の関係者もしくは暗黒神様ご本人でゴザイマスか!?』


 オイそこ、勝手に新たな神を創造してんじゃねーぞ!

 つーかおめーんとこのメシの感想聞いてやってんだからちっとは乗っからんかい!


 「今の声はワンコだぜ」

 『や、やはりコレは……』

 「お姉様ぁ? カツ丼とはぁ、どの様なぁ、食べ物なのですかぁ?」

 『師匠ぅー? その女は誰なのですかぁ?』

 「俺だよ、オレオレ!」

 「か、カツ丼、アヒッ! おいし……アヒッ! ど、どうしても……アヒッ! 上手く言えなィィアヒィ!」

 「もう訳が分かんねーワン!」

 「だからカツ丼の感想を聞きに来たんじゃねーのかテメーはよォ!」

 「あのぉ……カツ丼のぉ、感想はぁ、もう良いぃ、ですよねぇ……」

 「あ、ありがとう……ございますアヒッ!」

 「誰か回し蹴り止めさせろよ、いやパンチかもしれんけど!

 つーか何でスルーしてんだよ。

 ゾンビビチャアの方が異常なのは分かるけどよぉ」

 「わ、私ぃ、ゾンビィ、ビチャアじゃぁ、ないですぅ……」

 『師匠、師匠はどこに行ったんですかぁ?』

 「そのシショーさん、てのは目の前にいんだろ」

 「あ、オイ! そこはフォローせんでも良いんだぞ!」

 『目の前……まさか……!』


 カツ丼、カツ丼かあ……うーむ……

 ええい、ままよ!

 ワンコとアイコンタクト……

 そしてオバハンには口元で人差し指を立てて何もしゃべんなよとジェスチャーで指示を出しておく。

 届け、俺のテレパシー()!


 「オイ、カツ丼女ァ!

 テメーの店で食ったカツ丼はサイコーだったぜぃ!」

 『何よ、その“カツ丼女”ってのは!』

 「実を言うとそこにいる長身の暴力女が俺なんだぜぃ!」

 『えぇ!?』

 「ウソつけ! 俺のハナが嘘の匂いをキャッチしたぞ!」

 『おおっさすがは地獄の番犬でふね! グフフ……』


 とか言ってる間にセンセーさんを勝手口から出してやる。

 向こうから俺は見えてねえから楽勝なんだぜ!

 センセーさんが自分ちに向かったのを確認してOKのハンドサインを出す。


 「どーだ! 言い逃れは出来ねーぞ!」

 「ハイ、ウソでーす」

 「何なんだよソレ」

 「でもその女は息子の嫁じゃねーだろ」

 『それがカツ丼とどう関係するのか教えて欲しいわね!』

 「何でそこでカツ丼の話になんだよこのダメ店員!」

 『何ですってぇ!? “カツ丼女”とか呼ばれ損じゃないのよ!』

 「訳が分からんぞ、説明しろ」

 「今ここでの俺らの共通ワードは何だ?」

 「共通……ああ、それでカツ丼か。

 だがそれが何だってんだ?」

 「だから言ったろ、俺は先に店でカツ丼を食って来た。

 そしてソイツはサイコーだったぜ、とな」

 『えぇ……何故それを……まさか……!?』

 「だからオレオレ俺だぜって言っただろ」

 『うわさに名高いオレオレ詐欺という奴だな!?

 師匠をどこにやった貴様ァ』

 「あーあ、火に油をそそいだだけだったんじゃね?」

 「いや、暴力女はいなくなったよな?」

 「あ、あの……しゃべっても……?」

 「ああ、良いぜ。それを確認出来んのはアンタだけだしな」

 「はい、あの長身の女性ならゾンビを追って外に出て行きました」

 「じゃあ良いな」

 「あちらさんが俺らのとこに来る可能性は?」

 「正直、否定しきれねえ」

 「あ、あの……今はどういった……昨日おっしゃられていた“日々の暮らしが手のひらからこぼれ落ちて行く”とは、今目の当たりにした……」

 「ああ、そうか……ってことはこの家に来てみて中に入ったら廃墟でびっくりって感じか」

 「は、はい。あの……それに先程のゾンビも……」

 「コノ人、センセーさんはゾンビに見えてんのか……」

 「結局どんな状況なんだ?」

 「コノ人は昨日の演説を聞いてウチに来てくれた人ってことで間違いなさそうだな」

 

 オバハンがコクコクとうなづいている。


 「だったら……」

 「ああ、センセーさんがゾンビに見えてんのはおかしいぜ」

 「あの、“センセーさん”というのは……もしや?」

 「もしかしなくても昨日のお巡りさんと一緒に入った女性、あの人だ」

 「えぇ……」

 「まあびっくりするよな」

 「それと……その……口調は……」

 「あーこれが素なんだよ、気にしねーでくれや。

 アンタも気楽にな?」

 「は、はい。かしこまりましたぁ」

 「無理だろ……あー、ところでよ」

 「何だ?」

 「禁止なんじゃなかったか? ツッコミはよ」

 「あ」


 あちゃー、やっちまったぜ……



* ◇ ◇ ◇



 さて、どーなる?

 いや待てよ?


 「あー、つかぬことを聞くんだけどよ」

 「はあ」

 「アンタは昨日家の前で聞いた話を覚えてたよな?」

 「あの、いったん帰って親しい人との別れを済ませてから来る様に、というお話でしたら……」

 「ふむ、ナルホド……」


 やっぱご主人が入院してて今日隣に引っ越して来たって設定はキレーさっぱり元に戻ってるみてーだな?

 ご主人()は舞台袖で待ってたけど終わってみたら出番ナシ、みてーな感じになっちまったのかね。

 何かカワイソーなことしちまったぜ!

 俺の勝手な妄想だけど!


 「んでそのアイサツは済ませて来たのか?」

 「あ、いえ……私にはあいにくとその様な相手もおらず……」


 なぬ?


 「主人には先立たれまして。

 両親とも今は離れ離れになっておりますし、子供もきょうだいもいないものですから」


 な、何だってぇー!

 ご主人は登場する前にお亡くなりになっちまったんか!


 「あー、何つーかスミマセンね」

 「い、いえ。それは良いのですが……

 それでその、あなた様が“センセーさん”とお呼びになられていているあの異形の者のことなのですが——」


 うげ。肝心なことを忘れちまってたぜぃ……


 「あなた様は昨日と同じ様に接しておられましたが、中身は元の先生のままということなのでしょうか」

 「あーその……まあ、そうだな」

 「言葉も通じると……?」

 「ああ、前と同じ様に話せるぞ」

 「ですが私には訳の分からないうめき声を上げている様にしか聞こえませんでした」

 「まあ、そうだろうな」

 「あなた様にはなぜ言葉が理解出来て……?」

 「言葉だけじゃなくて見た目も元通りに見えてるからな。

 ある意味どっちも見た目通りって訳だ」

 「あなた様の目には普通の人間に見えている、それが真の姿だと?」

 「ああ、そうだな。そう思う」

 「この“廃墟”と何か関係があるのでしょうか」

 「それも俺には普通の家に見えるがな」

 「それもまた真の姿だと?」


 真の姿ってのはつまりアレだ、女神様ってヤツへの信仰心……そっから来てる言い回しなんだろーなぁ。

 女神様の加護で真実が見えているのです! 的なヤツ?

 あーやだやだ。


 「ソレなんだが」

 「それ、といいますと?」

 「この家の外は人々が暮らす普通の町、で合ってるよな?」

 「はい、この場所を失えば私共にはもう行く当てがありません」


 イヤ、そんな期待のこもった目でコッチ見られても困るんだけど!

 しかしここだけが廃墟か……加えてセンセーさんもゾンビに見えてるし、そりゃ俺が見てる方が正常だって思う訳だ。

 こっちにも異形の群れとやらが押し寄せて来るんじゃねーのか、そんな不安が頭をもたげてくんのも無理はねーぜ。


 これってもしかしてハナっから何かがおかしかったのか?

 

 「ちょっと俺の動きを見ててもらって良いか?」

 「あ、はい」


 そう言って俺は二階へ続く階段を登り始める。


 「あ……ちゅ、宙に浮いて……?」

 「言っとくが奇跡でも何でもねーぜ。

 ここにゃあ階段があるんだからな」

 「階段……? ああ、そういえば」

 「この家は外から見たときは二階建てだっただろ?」


 上も確認してぇとこだが取り敢えず下に戻る。


 「待て、二階だと?」

 「何だ?」

 「この家に二階なんてあったのか」

 「うぇ!?」


 おっといけねえ、ノーマークなとこからいきなりぶっ込まれたせいで思わず変な声が出ちまったぜ。


 「もしかして平屋だと思ってた?」

 「思ってたも何も、外から見ても中から見ても平屋だぞ」

 「マジかよ……」


 と思ったけどそもそもここが誰の家だったのかって疑問へのヒントにゃーなんのか。

 元々このワンコのご主人サマに会って聞いてみてえと思ってたことだしな。

 うし、ここは前向きに考えるとすっか。


 「話は後で聞かせてもらうぜ?」

 「あ? ああ、分かったぜ。何の話かは分からんけど」


 さっき一瞬刑事さんに会えたこととか、誰がセンセーさんの眉間をブチ抜いたのかとか、皆どこに行ったとか、双眼鏡は今誰が持ってるとか……

 センセーさんじゃなくて隣の奥さんと今話せたら、手持ちの情報で何か糸口が掴めるかもしれねーのになあ。


 「あ、あのぅ……それで、今更なのですが」

 「ん?」

 「その……ワンちゃんも普通に言葉を話していますが、本当は人間だったりするのでしょうか……?」

 「あ」


 あちゃー、すっかり忘れてたけどコイツも大概フツーじゃねーんだよな……

 ともあれ、やっちまったぜぃ!


 とそこでワンコがテシテシと俺の足を叩く。

 何だ、ここに来てカワイイアピールかいな。


 「ところでよ、そのセンセーさんとやらはほっといても良いのか?」

 「あ」


 そういや追っかけてった息子の嫁()の方も今何してんのかすっかりノーマークになってたぜ。


 つーか同じ場所でドタバタしてんのを押さえとくのって無理だよな。


 「んで師匠師匠ってうるせー奴の方はどーすんだ?

 何かヤベー妄想に取り憑かれてなかったか?

 どーせ放っておいても誰かに迷惑かけることはねーんだろーけどよ」

 『何? 誰か呼んだ?』


 うげぇ、まだいたんかい……

 しかし今の会話に割り込んで来ねーでよく大人しくしてたな?

 良し、決めた。どーせ声しか聞こえねーんだ。

 息子とアホ毛が通話繋いだまんまボーッとしてるんじゃねーかってことを考えっと悪りー気もすっけど。


 せーの……


 「良いか、よぉーく聞けェーい! キサマの師匠はぁッ……この世界のどこを探してももぉ居ないのだぁーッ!」


 ………

 …


 「……えーと、アレ?」

 「あの、急に大声でどうされたんですか?」

 「ホラ、急に意味も無く走り出したくなるときってあんだろ?」

 「いえ、ありませんが」

 「は、ははは……」

 「あちゃー、やっちまったぜって感じだな!」

 「うるせぇよ!」


 何なんだ? おかげで赤っ恥かいちまったじゃねーか!

 ぐぬぬぅ……


 「あの、それでそのワンちゃんは……?」



* ◇ ◇ ◇



 「丁度良いぜ。俺も知りてーと思ってたとこなんだよな」

 「あー、ちょっと拾い食いしたらだな……」

 「おいテメーマジメにやれや」

 「アンタに言われたかねーよ! それに今そんなに大事なコトなのかよ」

 「じゃあ聞くけどな、俺を使ってこのオバサンみてーなのを呼び寄せよーとしたのは何でだ?」

 「それをアンタが聞くのかよ」

 「オイオイ、俺の口を使ってここに人を集めようとしたのはオメーのご主人サマなんだぜ。

 忘れたとは言わせねーぞ」

 「エッそうなの!?」

 「オイ、マジメにやれっつっただろーが」

 「あ、あの……それはどういった……?」


 ったくよぉ……

 仕方ねえ。


 「あー、このワンコはだな……そうだ、神の使いなんだぜ!」

 「えぇ……」

 「まあ、そうでしたのね!」

 「真に受けんじゃねーよ!」

 「いや、紛れもねー真実だから!」

 「信じます! だってしゃべるモフモフなんて最高です!」


 ありゃ? 何かキャラ変してねーか?

 このオバハン、もしかして例のリセット()技食らったんじゃねーだろーな?

 それか中の人が変わったって感じか?

 んなことあんのかね。

 それかさっきのやっちまったぜ、の結果か。


 「言っとくが俺のご主人は神サマなんかじゃねーぞ」

 「神サマじゃなかったら何なんだよ」

 「えぇと……仏?」

 「ブッダに謝れ!」

 「もふもふ神のしもべとか言っても信じそうじゃね?」

 「信じます!」

 「おいそこ! 勝手に神サマ創造すんな!」

 「俺がソレ言われるとは思っとらんかったわ……」


 何かこのオバハン、キャラ変だけじゃなくて急激にアホ化してねーか?

 もしやこのワンコが怪しかったりとか……?


 「なあ、オメーのご主人サマとやらにここに来てもらう訳にはいかねーのか?」

 「言っただろ、あの家から動けないんだってよ」


 確かに前に聞いた話だが……そりゃ本当なのか?

 

 「動けねー理由をまだ聞かしてもらってねーが」

 「何つーかその……本体は動かせねーんだよな」


 「何だそりゃ、神社のご本尊かよ。

 本当はご主人サマなんぞいなくて全部オメーがやってたなんてことはねーだろーな?」


 「んな訳あるか。しがねえ一匹のワンコロに過ぎねえんだぞ、俺は」

 「ンなワンコがどこにいるっつーんだよ」

 「あァ? いるだろ、ここによ」

 「ったくよ……ああ言えばこう言う……何なんだよテメーはよ」

 「その言葉まんまブーメランだろ」

 「はあ?」

 「それよかどーすんだよ、センセーさんとやらはよ。

 何のために戻してやったのかは分からねーけどよ」


 そーだった……まだ息子の嫁()と追いかけっこしてんのかね。

 まあ絵面としちゃあ息子の嫁()の方が一方的に追っかけ回してるだけだと思うけど。

 んで、そのセンセーさんだ。

 このワンコは俺が“戻してやった”と表現してるが何から何に戻ったってんだ?

 そこのオバハンみてーに見た目がゾンビのまんまだって認識してるヤツだっているんだ。

 それを“戻った”って言い方は何か違う様な気がするぜ。

 しかもオバハンの方は話してる言葉の意味も理解出来てねえみてーだからもう完全に別モンなんだろーな。

 ……別モン?

 ……あ、そーか。急なキャラ変とかそーゆーコトなのか……?


 しかしあの嫁()、何だか知らんけどゾンビ絶対殺すマン的な感じだったからな。

 存在を認識しちまったら地獄の果てまで追っかけ続けるだろーなあ。

 何でゾンビダメ絶対的なムーヴをする必要があんのかまでは分からんけど。

 まあそれもこれも家にいたら面倒なことになるからって話だからな、出ちまえばある程度何とかなる……よな?

 んでもってお腹が空いたらお家に帰る……よな?

 どーやって帰ろう思ってんのかは知らんけどな。


 まあ良いか。

 もうツッコミネタバレ何でもござれだ。

 息子の嫁()を動かしてる奴をどうにかして動かしてやりてーぜ。


 「センセーさんは俺らと合流して一緒に行動してもらう、だろ。最初からそーだったじゃねーか」

 「あの、あの方と……ですか?」

 「何? 文句あんの?」

 「いえっ、メッソーもございませんです!」

 「ひでーな、パワハラ上司かよ」

 「嫌なら別に良いんだぜ?

 俺としちゃあついて来ようが来るまいがどっちでも良いからな」

 「はい?」

 「さっき聞いてただろ。

 昨日の俺の演説はな、このワンコのご主人サマが俺の口を勝手に動かしてしゃべってたんだよ。

 だから俺の意思じゃねーんだ」

 「その……そうするとあなた様は……?」

 「あん?」

 「私共の国で信仰の対象となっていた女神様と同じお姿をしたお方が今ここにおられる、そのことに何の意味も無い筈がありません」


 おおう、何か急に語り始めたぞ。

 つーか元に戻ったか?

 もう聞いてみっか。もう何でもござれだって決めたしな。


 「……元に戻ったな?」

 「あ……はい。何と……お気付きになられておいででしたか……」

 「そりゃ気付くって。あからさまに性格が変わってたからな」

 「何だよ、俺にゃ何が何だかサッパリなんだが」

 「オメーはよ……」


 このワンコは素でおマヌーな奴なのか、はたまた計算ずくでやってんのか……


 「あなた様が昨日その……操られていたと……

 それと同じなのかどうかは分からないのですが、何か思考を誘導されているというか……」

 「そりゃ俺と違うな。

 俺の場合は何つーか取り憑きっつーか誰かが乗り移って俺に代わって身体を勝手に動かすみてーなのだからな」

 「何と……やはりあなた様は神降ろしの巫女様か何かなのでは……」

 「俺は何も知らんけどな」

 「はあ、左様ですか……ですがご迷惑でなければご一緒させていただきたいです」


 こりゃいつぞやの定食屋でアホ毛がやられてたヤツに近いな?

 そうか、場所としちゃあ定食屋にゃ違えねぇんだよなあ。

 てっきり核心は廃墟にあるもんだとばかり思ってたが……

 

 「良し、じゃあ一緒に行くか。ただしセンセーさん家の前を通らねー様にしてな」

 「アレ? 見に行かねーのか?」

 「行く訳ねーだろ、ソイツは後だ後」

 「あの……見付からない様に、ということですね?」

 「そうそう、そゆこと」


 息子の嫁()、引いてはあのバイトの子にゃ俺らの声が聞こえてたらしいからな。

 さっき赤っ恥かいたお陰で何かもういねーみてーな感じになってるけど油断は禁物だぜ。


 「つー訳で安定の勝手口スタートだぜ」

 「あ、あの……履物は……」

 「……取って来っか」


 何かのっけからミソがついちまったぜ!


 「左じゃなくて右からグルッと回ってくか」

 「何だか分からんけど任せた」


 左は八百屋コースなんだぜ。

 この町にゃ八百屋はねーけど。


 てな訳で歩くこと十数分。

 件のボロ屋に到着した。


 「これフツーに入っても良いんか?」

 「開いてる筈だぞ」

 「何で?」

 「良いから上がれよ」

 「……あとでちゃんと教えろよ」


 玄関は昔懐かしの引き戸だ。

 何つーか……60年代風?

 ガラリと開けて中に入るとそこには昭和、それも俺のジジババくれーの世代の家の風景があった。

 木の匂いといい、昭和感満載だぜ。

 そして家は見た目よりも大分奥行きがある。

 江戸の昔の区画整理の名残があったなんて話を聞かされたことがあるが……実際見んのは初めてだな。

 一本の長い廊下の脇に続く、これまた長い部屋。

 コレ、普段は襖で個室になってるけど一族郎党が集まるときはそれを取っ払って集会場になる奴だ。

 本家の間取りって奴だな。

 で、その一番奥。

 正確には台所とか風呂場なんかの手前の部屋だ。


 「あー、コレが俺のご主人サマなんだぜ」

 「かっ、かっ棺桶ェ……?」

 『なっ何と……吸血鬼の類とかでしょうか師匠ォ!?』

 「!? 誰だ今の!?」

 『あっしまったァ……コーフンの余り……あ痛っ!!』


 えー、何でコイツがいるんだよ……ってそーか、ここ定食屋だもんな。

 フツーに帰って来たんか。

 しかしまあ暗黒神の次は吸血鬼かいな。

 妄想すんのも大概にしてほしートコだぜ。

 んで最後のはアレだよな、店主のオッサンのマジメに仕事しろって奴。

 俺にゃあ全く何も見えてねーけど。


 「で、夜になるとこっから出て来んのか?」

 「いや、何つーか……生霊的なヤツ?」

 「アヒッ!?」


 あ、そのビビリ方は素なのね。



* ◇ ◇ ◇



 「生霊? てことは中身は生きてんのか?」

 「あー、生きてるっつーか何つーか……」

 「何だよその喉に小骨が引っ掛かったみてーな言い方はよ」

 『もしやツクモガミの類なのではっ!?』


 詳しいなオイ……つーか見えてねーのによく会話に混ざれんなぁ。


 「ツクモガミ?」

 「あー、物を大事にしてると魂が宿るっていう奴?」

 「まあそうだな」


 オバハンが知らねーっつーことはこのバイトの子はどっかでそういう知識を仕入れたってことになんのか。


 『もしかして目玉とギザギザの口をザックリと開けた凶悪な面構えの魔導書とか!?』


 いや、マジでこの子オタクの影響受けてんじゃね?


 「うう……来るんじゃなかった……ぐすん」


 そしてオバハンはホラー苦手なんだったら付いてこなきゃ良かったのにな。


 「で、目の前にいて勝手なこと色々しゃべってる俺らに対して沈黙を守り続けてるこのご主人様はいつ口を開いてくれるんだ?」

 「おかしいな……いつもなら話すくれーはしてくれる筈なんだが……

 ちょっと中を確認してみるからいっぺん外に出てもらって良いか?」

 「見られちゃ困るよーな中身なのか」

 「あー、まあ……な」

 「また歯切れが悪いな……何か隠してんだろ」

 『あ、なぜか私今見えてます! 後で報告しますね!』

 「なぬ? 今定食屋の店ん中だろ? 何でだ?」

 『店の中ってゆーか裏庭の小屋の中ですよ!』

 「へ? 裏庭だ? 待て……つーことは俺らの姿も見えてんのか」


 あー、まあ随分と奥まで来たなと思ってたから位置関係としてはそんなもんなのか。

 つーか見えてるってとこは隠しといて欲しかったけどな!


 『ハイ、うっすらと!』

 「オバケみてーなのか」

 「オイ、分かったから少し外しちゃくれねーか」

 「いやまあ俺はいいけどさ、バイトの子からは丸見えなんじゃね?

 えーんかいな、そんなんで」

 「あー、あー、どうすっかなぁ」


 コイツ、マジで本人なんじゃね?

 聞いてみっか……いや、何か理由つけて逃げられんのもイヤだしちっと黙っといた方がえーかな。


 「取り敢えず出てやっか。ホレ、行った行った」

 「え? あ、はい。はいっ!」


 俺はオバハンを連れて奥の部屋を出た。

 オバハン、明らかにホッとしてんなコレ。

 まあ良い、障子を閉めて更に奥の台所に移動した。


 「ここに来て何か気付いたこととか無いか?」

 「そう言われましても……」

 「例えばだな……この家——」

 「い、家?」

 「あん? 何が違うってんだ?」

 「あ、いいえじゃないです、家です家」

 「家がどーした? ウチみてーに中に入ったら廃墟ったとかか?」

 「はい……はい! 何か周りの反応が違うなと思ってたらそういうことなんじゃないかと思いまして」

 「あーそれで余計に怖がってたんかー。んで続きは?」

 「えぇとぉ……ここ以外はどこかの関所? だった様な感じの廃墟なのですが……そ、そのぉ……この部屋が」


 関所だ? 何だそりゃ?

 江戸時代の関所? いや、違うな。

 コノ人が言うんだから西洋風なのか。


 「何だよ、ガイコツでも転がってたか?」

 「は、はいぃ……その通りです……!」

 「うげぇ……やっば定食屋ってそーゆートコなんか……」

 「定食屋? やっぱり、とは……」

 「あー、ここってそういう前科がある場所なんだよな。

 何かと繋がってたカンジ?」

 「前科? それに何かと……とは……」


 何か俺便利な検索エンジン扱いされてね?

 つーか師匠師匠うるせーのはどうした?

 ぜってー食いついて来るかと思ったが……ああ、棺桶の方に夢中になってんのか。

 まあ良いや。


 「この町ってさ、同じよーな場所がここの他にも何か所もあるみてーなんだよな」

 「他にも……?」

 「さっきから見えるとか見えねーとか言ってただろ」

 「はい、それはもしかして……」

 「何かその人の状態か何かで隣り合った場所のモノとか音がが中途半端に見えたり聞こえたりするみてーなんだよな。

 んで俺は他でもここに何度も来てるんだけどよ、何でか毎度ゾンビとかガイコツに出くわすんだよなあ……」

 「ゾ、ゾンビぃ……」

 「あ、さっきカツ丼ゴチになったとこは久々にフツーの店だったわ」

 「まあ、ではあなた様は複数の世界を自由に行き来することが出来るのですか……!」

 「あー、出来るっつーか何か事故に次ぐ事故で飛ばされまくってるって方が合ってる気がするけどな」

 「事故……とは……」

 「あー事故は事故だよ、何でここにいんのか分かんねーって奴だ。

 でな、多分なんだけどこの場所ってあんたらが元いた場所と何か関係っつーか因縁があるみてーなんだよな」

 「それはまあ、私共がまとめて送りこまれて来た位ですし……その……」

 「その、何だ?」

 「ここは最初に来た場所なんです。

 私共は気が付いたらこの場所に立っていて、敷地の外に出たらこの町で……」


 ええぇ……


 「早く言えよ、それをよ……メッチャ重要な情報じゃねーか。

 てことはここにガイコツが転がってんのも知ってたって訳か。

 どーりでビビり方がフツーじゃねえと思ったぜ」

 「あ、あの……ももも申し訳ありませしぇん……」

 「いや、良いって良いって。

 聞かれてねーし別に教える義務もねーんだしな」


 それにカミカミでたどたどしくペコペコ謝る恰幅の良いオバハンとか需要ねーから。


 「オイ、良いぜ……」


 その声が聞こえて振り向くと、恰幅の良い女性が立っていた。

 コイツは予想外だぜ……てっきりアノ人かとばかり思ってたからな。


 「しかし以外だったぜ……まさかアンタが……ってアレ?」

 『エッどういうことですかぁ!?』


 さっきまでオバハンが立っていた場所にはワンコがいた。


 「な、何だ?」


 コレはアレか。以前定食屋で見た奴だ。

 同一人物が入れ替わり立ち替わり……


 「ドッペルゲンガーって知ってんだろ。

 同じ人間が同時に存在することは出来ねーんだぜ。

 まあ落ち着けや、説明してやるからよ」


 同じ人物が同時に存在することは無え……?

 じゃあ俺は……? それにここはまた別の……?


 『師匠師匠、騙されてはいけませんよォ!

 コレは良くあるトリックです!

 このエセあんこくまどーしめぇ!』

 「あァ?」

 『今しゃべってんのはそこに転がってたガイコツなんですよぉ』

 「はあ?」

 「あ、あのなあ、話をややこしくすんなよ」

 「じゃあオバハンはどーした?」

 『え? さっきから師匠の目の前にいるじゃないですか』

 「は? あ!」

 「あ、あの……今何か……?」

 「だーッ、訳が分からん!」


 今確かにワンコとオバハンの位置関係が入れ替わってた筈だぞ。

 んでへやの中から出て来たオバハンが「オイ、良いぜ……」と言ってたな……?

 それがバイトの目にはガイコツだと映ってた……?


 ……あっそーか。


 「オメーガイコツなんていつから見えてたんだ?

 その小屋ってとこにでもいたのか?」

 『え?』

 「オメーも聞いてたんだろ、俺とオバハンの話」

 『いや、私は中でずっと見てましたよ』

 「中で? 何をだ?」

 『えーと……ハイ、ワタシはそこの棺桶の中の死体でぇす』

 「ひぇっ!?」


 バタッ!

 あー、いつの間にか戻のポジに戻ってたオバハンが今の話で限界突破して白目むいてひっくり返っちまったぜ。


 「ここってよ、このオバハンらが最初に来た場所なんだろ?

 だったらオメーは何なんだ?」

 『えへへぇ……』

 「えへへじゃねぇ、マジメにやれや。

 ガイコツが定食屋でバイトとかどういう話だ」

 『言った通り私はここから動けないんですよ、この棺桶から。

 だからここに定食屋があるのは不幸中の幸いって奴で』

 「棺桶から……?

 しかし聞いた感じだと棺桶そのものを動かしゃ良いって話でもねーんだろ?」

 『この場所、この状況じゃなければ良いんですけどね』

 「フン……で、そこのワンコとの関係は?」

 「そこは主人とペットだろ、見て分かんねーか?」

 「分かんねーよ! つーかまさかとは思うがひとり芝居じゃねーだろーな?」

 「ちげーよ!」

 『そのワンちゃんは私の大切なげぼ……コホン、お友達ですよ』

 「今下僕って言いかけただろ。ちゃんと聞こえてたぞ」

 「分かったからここが何でオメーらが何なのかをとっとと説明せんかい!」

 『棺棺の中には最初にここへ降り立った者の遺品が入ってるんです』

 「遺品? んでそれが何だ?」

 『その、自分でもよく分からないんですがツクモガミって言うんですよね、こういうの』

 「以外と何も分かってなかった!?」


 いや、落ち着け……んな訳ねー筈だぞ……!


 「聞いて驚くなよ?

 何とここはお宅の地下と繋がってんだぜ」

 「な、何だってぇー!?」

 「驚くなと言っただろーに」


 いや、ソレ驚けって意味だからな?

 日本語ちゃんと勉強してんのか?

 あとガイコツ設定どこ行った!



* ◆ ◆ ◆



 「んで俺ん家と地下で? ……ていうのはひとまず置いといてだな」

 「置いといてえーんかい!」

 「いちいち突っ込まんでえーわ!」


 そんなことフツーは始めから言うだろーしな。

 それを言わねーってことは今そーなったって考えんのが妥当だよな。

 俺ん家ってゆーからにはここに定食屋がある俺のホームタウンに繋がってるってことだよな、多分。

 そーなりゃベストだけどとにかく一個ずつ順番に行くぜ。


 「ハ……ハッ……ハッ……」

 『何?』

 「ハッ……クショーぃ! ……何か寒気がすんな。何だろ」

 「棺桶の呪いとか?」

 「エエッ!?」

 「冗談だって」

 「悪質ゥ……」

 『まあこの寒さですからねー』


 ここが寒い? 何じゃそりゃ?

 まあ良いや、気を取り直して仕切り直すとすっか。


 「まず棺桶の主だとか言ってるヤツ、さっきいっぺんここに来ただろ。

 お前らそん時が初対面だったよな?」

 「おう、そうだぜ」

 『えっ!?』

 「何だよ、このワンコを見て地獄の番犬だとかわめいてただろ」

 『え、えーと……何?』

 「何だよ、天然かよ。もっと粘れよオラ」

 「もうその辺でカンベンしてやれよ、本人はマジメに分かってねーんだぜ」

 「ったく……ハナっからいたんだろ?

 “あっしまったァ”とか言ってた辺りからよ」

 「あー、えーと……ハズレだぜ!」

 「へ? 違うのか?」

 「例のバイトの子だよ、ここにいんのはな。

 ただ、師匠師匠ってうるさかったヤツとは別人だぞ」

 「へ? あー、場面転換みてーなのか?」

 「場面転換? 何だそりゃ」

 「あ、えーと……何て言ったら良いんだ……

 そうだ、瞬間移動みてーなのっつーかそんな感じのヤツ?」

 「ああ、言わんとしてることは分かったぜ。

 当たらずとも遠からじって感じだな」

 『ちょっと、さっきから何言ってんのか全然理解出来ないんですけど!』

 「いっぺん外に出ろって言っただろ、あん時か?」

 『ちょっと聞いてますかーアタシの話ィ』

 「聞いてねーし」

 『酷い! ○ね!』

 「何かキャラ変わってねーかコイツ?」

 『えぇー、前からこんなんでしたけどぉ?』

 「取り敢えずよ、俺もわかってねーから黙って聞いてよーな?」

 『えー? やだー』

 「じゃあどーすりゃえーんじゃい!」

 『まずは黙ってアタシの話を……』

 「あー分かったからこっちの話を先にさせてくれよな、後で必ず聞いてやっからよ」

 『えー、ホントですかぁ……?』

 「んでどうなんだ?」

 「ん? あー、さっきアンタが場面転換とか名付けてたヤツか。

 ちょっと家の外に出てみたら分かるかもな」

 「出たよ……“見れば分かる”……ゴタクは良いからさっさと教えろよ。

 それにそこで伸びてるオバハンはどうすんだ?」

 「まあほっといても良いだろ。俺が保証すんぜ」

 『ねえねえアタシの話は?』

 「ああ……」

 『絶対忘れてたでしょ!』

 「ぶっちゃけ今からしようとしてる話と関係あんのか、この子」

 「いや、完全に想定外っつーかおっさんにひっ付いて来たんだからな?」

 「えっそうなの?」

 『今度は何の話よ! こっちの話を聞きなさいよ!』

 「つーかいつの間にかタメ口になってるし」

 『良いでしょ、初対面のアンタ達がイキナリタメ口なんだからお互い様よ』

 「ん? 初対面?」

 「え?」

 「ご主人様は? ……妄想?」

 『ゴシュジンサマ? 何それ。あんたらヘンタイな訳?

 あいにくそーゆー趣味は無いんだけど。このヘンタイ!』

 「……アレ?」

 「ちょっと待て、何なんだコレ。散々もったいぶってたクセによ」

 「確かに」

 「確かにじゃねーよこのウソつきめ!」


 何か俺、会う女子全員にヘンタイ認定されてね?

 あ、息子の嫁……はお倒産認定か……

 じゃなくてぇ!


 「そうだ、外だ! 外に出れば分かるワン!

 多分、……何かがっ!」

 『だから言ってるでしょーに! この場所から離れられないって』

 「えっ?」

 「えっ? そこは同じ……?」


 ちょっと待て……俺がエッてなるのは良いだろ。

 でも何で訳知り顔でご高説タレてたワンコもハモっちゃってんだよ。

 いやこの場合はユニゾンなんじゃね? とかいうツッコミは置いといてだな……


 「ぶっちゃけこの、声だけ聞こえてるのって定食屋のバイトの子じゃねーだろ」

 「エ?」

 『何? やっと気付いた訳?

 その定食屋ってのが何なのかも分かんないし、何の話してんのかなあってずっと思ってたのよね!』

 「待ってくれ、完全に想定外だ」

 「多分とか言ってた癖して良くゆーわ……

 それで肝心のご主人様はどうした? 棺桶はもう一個あるけど」

 『ああ、その棺桶の中は空よ。空っぽ』

 「空っぽ? 分かんの?」

 『そりゃあ一応ヌシだしぃ……』

 「そうかそうか。じゃあまたな!」

 『おう、またな! ……って行っちゃうのォ!?』

 「だってさ、俺らヘンタイだろ? ヘンタイは出てくべきだよな!」

 「てな訳でさらば、だワン」

 『待ってぇー……恨メシ屋ぁ……』


 パタパタパタ……


 やっぱ地味に長げーなぁ、この廊下。

 まるで親父の会社の渡り廊下みてーだぜ。

 これ、途中に中庭なんてあったりしてな。

 しかし棺桶と自称棺桶のヌシかぁ……

 さっきのヤツも何かツッコミポイントが満載だったしイマイチイジり足りねー感もあったけど……まあ後でまた来りゃ良いよな!


 「よっしゃ、出るぜ!」


 ガラッ!


 「……アレ?」

 「やっぱ何か想定外な感じ?」

 「えーと……ここ、どこ?」


 それは困ったワン……とか言ってる場所じゃねーよな!

 てゆーか……寒っ! しかもスゲー雪!

 余裕で氷点下だよなコレ……とにかくクソ寒いんだけど!


 「取り敢えず寒くて仕方ねーわ。まずは中に戻ろーぜって……え?」


 家っつーか……町がねえ!?


 でもこれって廃墟……だよな?

 あー、だけど詰所がねぇな……

 寒さをしのげそーな場所が何もねえ……

 えー、コレ詰んでね?


 「一応聞くけどよ、コレ俺ん家と地下で繋がってんだよな?

 帰れんだよな? な?」

 「わーいわーい雪だ雪だわんわん!」


 ……コイツどんどん犬化してね?


 さっき得意満面で自慢げに何か語ろーとしてたの、忘れてねーからな?



* ◇ ◇ ◇



 うぅぅ……クッソ寒みーぜぇ……

 コイツは家の敷居をまたいだタイミングで起きたのか。

 てことなら……やっぱりさっきと同じパターンか?

 廃墟だとは思ったがどうやら場所は移動してねーみてーだしな。

 ちょっと見回してみた感じ、元いた町がそのまま廃墟になったのか。

 んでもって問題は何が引き金になったのかってことだ。

 やったのがワンコなのかそのご主人様なのかは分からねえ。

 俺とそのご主人様とやらが面会するために何か必要な手順を踏もうとしたそのときに何かイレギュラーがあった、とかか?


 それだけじゃねえ。

 周りは一面の雪景色だ。

 こんなの初めてだぞ。

 大体が作りモンぽさ満載の出来損ないみてーな仮初めの世界、それが今まで散々見てきた場所だ。


 こーゆーときのリトマス試験紙とくりゃあ……

 ポケットをまさぐると、携帯は無かった。

 うーむ……なるほどなぁ?

 となるとこの雪、どっから来てんだろ。

 今までだと雨って一滴も降ってなかったんだよな。

 つまり初の降雨現象らしいってことだ。

 おまけに振り向くと今出た家もいつの間にか瓦礫に変わってると来た。


 しかし結局あの棺桶が何なのかは分からずじまいか——


 大事にするでもなくポケットの中に入れっ放しになっていた紙切れをポケットの中でぎゅっと掴む。


 「ワンワン! ワンワン!!」


 ……これ、いつか誰かが見ていた映像だったりするんかね。

 いや、ワンコはわーいわーいだとかわめいてたよな。

 うし、確認だぜ。

 

 「えー加減にせーや!」


 ぺしっ!


 「いてっ!」

 「いつまで本能のままに駆け回ってんだこの犬っころが。

 ぬっころころコロコロすっぞテメー」

 「こっわ! まじかよコイツこっわ! ちっとくれー現実逃避したって良いだろーがよォ」


 やっぱりかよオイ。


 「オメーはここがどこだか分かるか?」

 「そんなん知るかよ! つーかこのうろたえ具合を見たら分かんだろ、察しろって!」

 「こっちこそ知るか! 嬉し鳴きしてるだけかもしれねーじゃねーかよ」

 「そーゆーアンタこそどーなんだよ! 詳しいんだろ、こーゆーのよォ」

 「詳しくなりたくてなったんじゃねーから聞いてんだろ喧嘩売っとんのかテメー」


 あとはここに住人がいるかどーかだな。

 今までのパターンだとコレって認識のズレとかそーゆーやつなんじゃねーのか?

 誰もいねえハリボテの世界、住人がいる世界……違いは一体何だ?

 第一あの住人たちは一体全体何モンなんだ?

 本人達の話からすっとヨーロッパっぽい価値観の国に住んでたってのは分かる。

 でもあの人らは明らかに日本人じゃねーのに見た目は皆日本人なんだよな。

 平坦な顔、黒髪黒目……肌の色だってそうだ。

 アッチの住人は全員日本人顔だとか?

 イヤ、いくら何でもそりゃねーよな。

 何なんだ?


 てゆーかだ。

 良く考えたら目の前のコイツなんて犬っころじゃねーか。


 「? ん? 何だ?」

 「あのさ、オメーって何で犬なの?」

 「知るか、気付いたら犬だったんだよ」

 「気付いたらってのは物心付いたときから?」

 「うーん……そーだな」

 「ちなみに今何歳?」

 「えーと……ハタチくれーかな?」

 「それって人間換算で考えての話か?」

 「いんや、フツーにハタチくれーだ」

 「……本当にオメーは犬なのか?」

 「あん? 犬型の魔物なんじゃねーかなぁ、多分だけど」

 「魔物だ? あの町でか?

 ただの犬が二十年もいたら不審に思われんじゃねーのか?」

 「いや……それがな、皆不思議といい感じにスルーしてくれてさ、気が付いてなかっただけなんだか」

 「てことは始めっから人に飼われてたのか?」

 「人……まあ、そうだな。野生の魔物ってのがいんのかは分からんけど」

 「その言いっぷりだと魔物ってのは全部家畜か何かなのか」

 「あー、少なくとも見たことはねーな……」

 「何だ、歯切れが悪りーなあ」


 何か言いづれーことでもあんのかね。

 まあ大体予想は付くんだけどな。

 コイツが何モンなのかは後のお楽しみとして、取り敢えずこの寒さをどーにかしねーとだなぁ。


 「なあ、それよかよォ……」

 「何だよ」

 「ここって日本じゃねーよな?」

 「ん? 何で分かる?」

 「空だよ、空。見りゃあ分かるって」

 「あ? ああ……ナルホド」


 見上げるとそこにあったのは二つの月。

 戻って来たってか、例の場所に……

 しかしこの建物の並びはさっきまでいた町だぞ……?


 「うーむ……でも日本じゃねーっつっても何か違わね?」

 「何が?」

 「町並みだよ、町並み。コレさっきまでいた町にソックリだろ?」

 「だけど月が二つあんだぜ? 根拠としちゃこれだけで十分じゃねーか?」

 「まあそれは否定出来ねえトコだが……」


 しかし本当にそーなのか?

 偶然の一致かどうかを確かめるにゃぁある程度あちこち見て回る必要があるよな……まあそれが分かったとこでそれがどーしたって話なんだけどな。

 あ、でもここにも住人がいるかも

 しかしこのクソ寒い中動き回んのもなあ……

 あ、そーだ。


 「なあ、ぶっちゃけこの寒さってどーよ?」

 「あ? 何だよやぶから棒によ。まあ俺からしたらどーってことはねーけどアンタは辛そーだな?」

 「そーなんだよ。でな、今の俺の話だよ」

 「あー、全く同じか見て回って来いってか」

 「スマンけどお願いされちゃくんねーか?

 とにかく寒くてよォ……」

 「しゃーねぇなぁ、分かったよ。俺としちゃ動き回った方が楽になるんじゃねーかって思うんだけどなぁ」

 「この寒さじゃさすがに途中で凍死しちまいそうだぜ」

 「じゃあ行ってやるけどよ、その代わり俺が戻るまで絶対こっから動くんじゃねーぞ」

 「おう、分かったぜ。悪りーな!」

 「俺ん家も見て来てくれよなー」

 「しゃーねぇ、分かったよ」

 「気を付けて行けよー」

 「へいへい」


 適当返事を言い残してワンコは町内一周の旅に出た。


 ………

 …


 つーか寒ッ! やっぱ寒ッ!!

 このまんまじゃマジで凍死しちまいそーだぜ。

 どーすんだよコレ。


 ……良し、かまくらでも作っとくか!



* ◇ ◇ ◇



 えーとォ……

 道具もねーのに出来るわきゃねーよな!

 素手でなんて出来っこねーし。

 しかしかまくらでも作りゃあ寒さもしのげるかと思ったが……どーすっペ、コレ。

 せめてトンネル掘れるくれーの雪がありゃーなぁ。

 何かでひとつの場所に集めりゃ良いのか。

 てかそれが出来りゃかまくらも作れるし苦労はねーだろって話だな。


 うぅ……こんなことならやっぱワンコに付いてきゃ良かったぜぃ……


 ………

 …


 ……だーっ! 遅っせーなァオイ!

 どこでアブラ売ってんだあのワンコはよォ!

 まさかとは思うけど遭難してんじゃねーだろーな!


 ズン!


 「へ?」


 後ろに何かいる?


 ズズン!


 「グギュルルル……」

 「な、何だよオイ……」


 恐る恐る振り向くと……


 「グギャアーッ!」

 「どわあああああ!?」


 こ、こんくれーじゃ@くぁwせdrftgyふじこlp〜とは言わねーぞ!


 つーかだ!

 何だこれ!

 コレ、例によって人語を解する……のか?

 で、でもサイズがなぁ……?


 イキナリ俺の背後に現れたのはイカ人間とブタ人間とマグロ人間と何か良く分からん何かが混ざった感じの多足な半魚人ぽいバケモン。

 それだけだったら今まで何度か出食わしたことがあったからそれほどのビックリじゃなかった。

 ぶっ飛んでるのはそのサイズだ。

 二階建ての家くれーあるぞ、コレ……


 そのバケモンが良く分からんうなり声を上げながらズシン、ズシンと迫って来る。


 コレ、ぜってー今湧いて出て来たよな……

 こんなでけーのが音も無くスーッと近付いて来れる訳がねえ。


 そして俺の前でピタリと止まる。


 「は、ハロー?」

 「……」

 「グギャアァ!」

 「どわぁ!?」


 慌てて飛び退いたところにズドン、とバカでかい鉈が振り下ろされる。


 あ、危ねえ……

 完全に殺しに来てたぞオイ……って早く逃げねーと!


 ズシン、ズシン、と地響きを立てて追ってくるバケモンから必死で逃げる。

 動きは鈍いけど単純に図体がでけぇからすぐに追いつかれちまう……還暦の身体能力じゃキツイぞこりゃ。

 相手が一匹しかいねーのが不幸中の幸いか……!


 「グギャアーッ!」

 「うお!?」


 ドズン! とまたも鉈が振り下ろされ、間一髪で回避!

 やべ、考えごとなんてしてる場合じゃねーし!

 何なんだよ、全くよォ!


 「ガルルル!」


 だがそこで大きな影が咆哮と共に飛来してバケモンにぶつかり、ズドォンという轟音を上げながら場の空気を震わせる。


 ふう、助かったぜ……ってもう一匹!?

 今度はバカでけぇオオカミかよ……

 新手の巨大なオオカミがどこぞから乱入して来てバケモンと戦い始めた。

 よっしゃ、何か分からんけどこのスキにその辺に隠れるとすっか。


 「ガウッ!!」

 「グギャッ!?」


 少し離れた所にあった壁の陰に隠れてコッソリ観戦だぜ。

 つーか今度出て来たのは何かカッコイイぞ。

 毛並みもツヤツヤのキレーな銀色だし、顔もイケメンてゆーかスゲー精悍な面構えだ。

 しかもバケモンが鉈を振り回すけどオオカミの方は全然ヨユーでひらりひらりとかわしてる……コイツはオオカミの圧勝ぽいな。

 対するバケモンの方は折角足が八本もあんのに全然動けてねえ。

 ホラ、そこの余った足とか攻防どっちかに回せんじゃねーのか……あ、また先手取られたし。

 うーむ……こりゃ総身に知恵が回りかねってヤツだな。

 お、勝負あったか。


 オオカミが正面からバケモンの首に噛み付くと、その勢いバケモンがズ・ズンと尻餅をついて鉈を取り落とした。


 オオカミはバケモンがくたばったのを確認すると、振り向いてざっと周辺も確認し始めた。

 やべ……次の獲物は俺だよな……?

 うげ……こっち見てるし。


 しかししばらくしてオオカミはそのままどこかへと走り去ってしまった。

 ……絶対俺が隠れてることに気付いてたよな……?

 ま、そこは今ツッコむとこじゃねーし良いか。


 ………

 …


 いやースゲー戦いだったわー。

 お陰で体もすっかり温まったしいーモン見れたわホント。

 いやー良かった良かった……じゃなくてぇ!!


 何だったんだ? 今の怪獣大戦争はよ……

 あのオオカミ、何となくだけど俺を助けに来てくれたっぽいんだよなあ。

 案外、ワンコが巨大化してたりして。

 もしかして姿が見えねーのは……?

 まあこれがマンガなら「おーい」とか言ってひょっこり戻って来るパターンだよな。

 って、んな訳ねーか。


 「おーい」


 「ズコー!!!」


 「ん? 何?」

 「こっちが聞きてーわ!」



* ◇ ◇ ◇



 「聞きてーのはこっちだっちゅーに」


 は? 何をしらばっくれてんだこのワンコはよォ。


 「で、どーしたんだ? この有様は」

 「えー、それも聞いちゃうんかぁー」

 「聞くだろそりゃ」

 「ウン、分かるぜ。ヒミツだもんな!」

 「ヒミツって何だよ!」

 「イヤ、皆まで言うまい……あーでもここで隠したって大した意味はねーんだぜ?」

 「だから何の話だっつーの!」

 「フッ……もう隠す必要はねーんだぜ?

 オメーがナントカ星雲から来た光の戦士だってことをな!」

 「へ?」

 「へ?」

 「オッサン……前からおかしいおかしいとは思ってたがまさかここまでとは……クッ……遂に……」

 「へ?」

 「オッサン、なんちゃら星雲だか何だか知らんけどこれをやったのがそいつだってんだろ?」

 「へ? まあ良いぜ……そっちがそのつもりなら俺も乗ってやんぜ!」

 「あー、もう分かったから何があったか説明してくれよ」

 「あーそれな」


 まあどーせ分かってんだろ……ってな感じでコトの一部始終をカクカクしかじかとテキトーに説明してやった。


 「ナルホド……んでそのオオカミさんが俺なんじゃねーかと誤解してたってことね、ナルホドナルホド」


 フッ……そっちがそのつもりなら最後まで付き合ってやるぜぃ。


 「で、どーだったよ、町の様子はよ」

 「どこも同じ廃墟だったぜ。人っ子ひとりいねぇしな」

 「俺ん家は?」

 「同じだったぜ、残念ながらな」

 「コイツみてーなのには出くわさなかったか?」


 と言って親指でクイクイと後ろのバケモンを指差す。


 「いんや、全く」

 「となるとやっぱ音も無くその辺から湧いて出たって訳か」

 「いや、さすがに、湧いて出るはねーだろ。

 俺らだって客観的に見たらここにパっと現れた感じなんじゃねーか?」

 「じゃあどっかから場面転換みてーなので飛ばされて来たってことか」

 「ああ、さっき言ってたやつか……そうだな、その線が濃いんだろーけどなぁ……」

 「どうして、どうやって……か。

 オイ、オメーさっきしたり顔で何か解説じみた話をしよーとしてやがっただろ。

 何か関係あるんじゃねーのか?」

 「説明? 何だっけ……?」

 「それもしらばっくれるんかい!」

 「あー分かった分かった……あのな、さっきの棺桶の話だよ」

 「棺桶? やっばアレが何かやべー奴なのか」

 「ああ。あれはな、何かやべー装置に取り付けられてた部品だったらしーんだよな」

 「らしい……ってことは詳しい話はオメーには分からんてことなのか?」

 「まあな。ひとつ言えんのはアレがある場所……そこじゃあんたの言う場面転換てやつを引き起こせるってことだな」

 「マジでか? イヤ、でも俺ん家とかお隣とか山ん中の廃墟とか、割と色々あった気もすっけど……実は全部にあったとかか?

 ……まあ今それは置いとくとしてだ。

 オバハンの瞬間移動やらドッペルゲンガーやらと言ってたアレは何なんだ?」

 「えー、ソイツがアンタ流に言う場面転換てことになるな」

 「場面転換? アレがか?」

 「ああ、マンガとかでよくあんだろ。ちょっとだけ次元のずれた世界とかよ」

 「それを俺に見せたって訳か。でも何でだ?」

 「アンタがどういう反応をすんのか見てみたくてな」


 何か違うな? また何か勘違いしてる系か?

 アレが場面転換だっつーなら……何で俺だけ何も変わってなかった?

 いや、このワンコはどうだ?

 今の話もどうやって、ってとこが抜けてんだよな。


 「あのな……もっと根本的な理由と手段をさっさと言えよ。

 非常時なんだからよ」

 「あー……どう表現したら良いのか分からんけどな、俺のご主人様はアンタのことを何か懐かしい知人だみてーなことを言っててだな……」

 「それで?」

 「もし思ってた通りなら、今抱えてる問題を解決出来んじゃねーかって言ってたんだよ」

 「それで結果は?」


 懐かしい知人、今抱えてる問題……?

 ……それは今現在進行系で必要とされてるモンなのか?


 「いや、それがな……」

 「たから今更何なんだよ。ゴニョってねーで早よ言えや」

 「分かんねーんだ、そん時以来話せてねーんだよ」

 「……えー、それってもしかして俺のせいだったりする?」

 「いや、そうじゃねえ。呼んでも出て来ねーんだよ、ご主人様がよ……」

 「じゃあ、あの自称棺桶のヌシってヤツとは違う訳か」

 「ああ、まあ棺桶のヌシってことには変わりはねーんだがな……」

 「そのお化けがオメーのご主人様って訳か」

 「ああ。本人が語るにゃちゃんとした理論に基づいたカラクリがあるみてーなんだが……客観的に見りゃ確かにお化けだな」

 「そうか……いや待てよ?

 それってついさっきの出来事なんだろ?

 呼んでも出て来ねーってのはよ」

 「ああ……いや、さっきじゃなくてずっと前からだったのかもしれねえと思えて来てな」

 「ずっと前って俺に会う前か?

 ……あのとき俺のかわりに演説したのが原因なんじゃねーのか?」

 「話が見えねえ。それがどう関係するってんだ?」

 「俺の口を動かしてしゃべるってのが相当疲れるのか何なのか、ガス欠でもう出来ねぇ的なことを言われたぜ」

 「ガス欠……そんなのがあったのか」

 「まあ可能性は高いだろ、俺としちゃどーやってんなことが出来たんだって小一時間問い詰めてぇとこなんだがな」

 「だけど前からって根拠は他にもあるんだよ」

 「ほう?」

 「棺桶を見たか? んでもってフタにナンバーみてーなのが書いてなかったか?」

 「ナンバー? さあな、暗くてよー見えんかったな」

 「そうか……左は“5トツロス・キト”、右は“7トツロス・キト”……って書いてあったんだぜ」

 「そーなのか?」

 「それがな……消えてたんだよ。さっき見たらな」 

 「てことは……」

 「その場面転換、て奴かもな……とは思った。

 いつ起きたのかは……分かるよーな、分からんよーな……」


 まあ、俺と行動を共にしてりゃそう思うのも無理はねーか。


 「なあ、オメーの言うところの場面転換ってのはどういう現象なんだ?

 さっきから聞いてて妙に違和感を感じてな。

 俺の反応を見たかった、なんてことを言うからには故意にコトを起こせねーといけねぇ筈なのにその言いっぷりは何なんだ?」

 「ご主人様がやってくれるんだ、呼びかけるとな」

 「ああ、それで変な勘違いをしてた訳か……しかしそれで新しい疑問が出て来たぜ」

 「やったのは誰なのか、だろ?

 俺にも心当たりはねーんだ、すまんけど」


 その結果が今の状況?

 いや、待てよ?


 「じゃあオバハンとオメーが一瞬入れ替わってたアレは何なんだ?」

 「え? 入れ替わってた? 俺とあのオバサンが?」

 「何だよ、ちげーのかよ」

 「ちなみにいつの話?」

 「ドッペルゲンガーうんぬんの話が出たタイミングだぜ。

 “オイ、良いぜ”とか言っただろ、オメーがよ」

 「うーん……?」


 この反応、本気で心当たりが無さそうだな?

 となると怪しいのはあっちで何かわめき散らしてた子の方か……

 定食屋って何? とか言ってたが……アレは確かにワンコの声だったぞ?


 「なあ、さっき声だけ聞こえてたあのうるせー娘っ子はオメーのご主人様とは違うんだな?」

 「ああ、てゆーかアンタも聞いたことあるんだろ?

 もっと落ち着いた感じだぜ」

 「まあそうだが……確信がねえ」


 アレって聞いたうちに入るんか……


 「確信か……まあ俺もキャラとコワイロだけで判断した様なもんだけどな」

 「それでも分かる程度には付き合いは長げーんだろ?」

 「長いっつっても俺も昔話をいくらか聞かされた程度だぜ。

 あの町を立ち上げた苦労話とか姐さんなんて呼ばれてたこととか、それにいつかまたこの場所で“皆”で再会出来れば、なんてこととかな。

 再会って何年前の話だよって思ったが……冷静に考えれば考えるほどお化けじみた話でちょっと怖えーなって思ったもんだぜ」

 「ナルホドな、そりゃ俺のジーサン世代か下手すっとそれより上かもしれねぇな」

 「ああ、とにかくあんなガキっぽくはなかったぜ」


 だけど説明がまだだよな……


 「じゃあ改めて聞くが“ちょっとだけ次元のずれた世界”って何だ?

 オメーが元々見せようとしてた方だ。

 さすがにそっちは説明出来んだよな?」

 「ああ、原理は分からんけど出来るぜ。

 次元てゆーか……ご主人様は物事の起きる確率をちょっとだけいじれるんだと」

 「それがどうやったらドッペルゲンガーうんぬんの話になるんだ?」

 「ちょっとだけ先の出来事をイジろうとするとな、目の前の過去がなんかこう……ヌルっとするらしーんだわ」

 「ヌルっとするって何だよ、説明スキル低過ぎんだろ」

 「何つーか……特定の奴からはズレて見えるっつー感じ?」

 「特定の奴? 誰だそれ?」

 「オッサン、アンタのコトだよ」

 「へ? 俺?」

 「何か知らんけど懐かしい知人かもって根拠がそれらしーんだわ」

 「何で?」

 「だから知らんちゅーに!」


 はあ……ここまでか……しゃあねぇ。


 「話は振り出しに戻るが……この状況を意図してどうにか出来る奴は今んとこいねぇ、結局分かったのはそれだけか」

 「んでどーすんだよ、この寒さの中」

 「どっか屋根が残ってる建物とかは無かったんか?」

 「ああ、無かったぜ」

 「地下も?」

 「この短時間でそんなとこまで見れる訳ねーだろ」

 「じゃあこの怪物の陰に隠れて暖を取るか?」

 「マジかよカンベンだぜ……いや、コイツを燃やしたらいくらか暖は取れるか」

 「火は?」

 「根性で起こしゃ良いだろ」

 「えぇ……脳筋ェ……って何だ!?」


 そこでズン、という地響き。

 またかよ……ホントに突然だな。

 振り向くとそこにはデカい恐竜……いわゆるドラゴンて奴か?

 つーかコレ人生終わった?


 『何じゃ、お主か。やれやれじゃな』

 「へ?」


 言葉が通じる!?

 俺様の口先三寸砲が火を吹くときがついに来やがったか……!


 『久々の“客”だと思うて足を運んで見ればとんだ骨折り損じゃ。とっとと帰れ』


 えー、当方それが出来なくて困ってるんですがー。

 なーんて返事したら怒んだろーなぁ……

 どーすっぺコレ。



* ◇ ◇ ◇



 コイツならなんか知ってんじゃねーかと期待しながらチラリとワンコの方を見る……っていねーし!

 野郎バックレやがったなあんチクショーめ。

 あ、実際イッヌ畜生か。

 ……じゃなくてぇ!


 ええい、もーどーにでもなれぃ!


 「あのー申し訳ないんですが俺っち帰るトコが無くてですねぇ……」


 ぐへへぇ……忖度忖度……って何を忖度すりゃエエんや……

 えぇい、とにかく下手に出て取り入ってやんぜ!


 『何じゃと? お主いつからプータローになりおったのじゃ?』

 「へい。あいにくと前職はリタイヤしちまいやして」

 『ガハハハハハ、遂にクビになりおったか。

 ただ座って居眠りしておれば良いだけの簡単なお仕事じゃというのにのう』

 「へ? そんな簡単じゃありやせんぜ?」

 『かーっ、あんな簡単なバイトを難しいと言うか。

 前から思っとったがお主、全く社会人に向いとらんじゃろ』

 「うへぇ」


 うーむ。

 こりゃあ俺を誰かと間違えてんのかね。

 まあ人間だってトカゲの顔の区別がつく訳じゃねーからな。

 つーかだ。

 このドラゴンさん、随分と俗っぽくねーか?

 社会人て何だよ社会人て。


 『それにしてもお主、何じゃその言葉づかいは。それにペコペコとへりくだりおって』


 ぐはぁ……俺様の必殺技が裏目に出ただとぅ!?

 普段の言葉づかいってどーすりゃえーんじゃ……

 えぇい、とにかく下手に出るしかねぇ!


 「へい、あっしゃここじゃあサンシタでげすからねぇ、ぐへへ……」

 『かーっ、ええ加減そのキモい物言いを止めんかと言っとるんじゃ!』


 ズズン!


 「ひょえっ!?」

 『何じゃ何じゃ、そのギャグマンガみたいな驚き方は』

 「お、おるゆしをぉ」


 『ほれ!』


 ズン!


 「ひぇっ」


 『あ、ほーれ!』


 ズズン!


 ただ地面を踏み付けただっつーのに何ちゅー迫力だ……!


 『にょほほほ、何だか楽しくなって来たのう!』

 「ひょえぇ……」

 『で、誰なんじゃお主は?』

 「えぇ……アッシはしがない還暦のオッサンでごぜーますでゲスよぉ」

 『ウソつけ!』

 「ホントですってぇ」


 いや、クソ寒みーってのに冷や汗が止まりませんわー!

 

 『そのナリで還暦のジジイとかあり得んじゃろ』


 ああ、そういう……


 「ははは……そーですかぁってんな訳あるかぁ!」


 しれっとオッサンをジジイに置き換えやがって!


 『んな訳とはどういう訳じゃ?』

 「とにかく俺は還暦のオッサンなんだよ、勝手にジジイにしてんじゃねーぞ!」

 『何じゃ、いつものお主に戻ったではないか。

 じゃがオッサンは無いじゃろう、何じゃそれは』

 「イヤそこはゆずれねーから」

 『マジなのじゃな?』

 「うむ。大マジじゃ」

 『我の口調が移っておるぞい。それじゃまるっきりジジイじゃろう』

 「おっといけねぇ。さすが俺、共感能力高過ぎィ!」

 『ううむ……自分をオッサンだと主張しとる以外はあやつと全く同じなんじゃがのう……』

 「んでそのアヤツって何ヤツなの?」

 『全く……なじみ過ぎじゃぞお主。まあ大体のことは分かったわい』

 「まだ何も説明してねーけどこりゃ逆に説明してもらえる流れか?」

 『まあのう。どうやらお主は我がはじめに人違いしとった奴に何か小細工されとるらしいからのう』

 「どゆこと?」

 『本人の認識次第で見え方聞こえ方が違う、そんなことが起きまくって振り回されとるじゃろ、お主』

 「おおう! ここに来て初の理解者!」

 『そうか? 分かっとる奴は分かっとったと思うがのう』

 「え? そーなの?」

 『じゃがそれに振り回されとる現状、はっきり言ってこれはもうダメかも分からんのう』

 「えぇ……俺の老後がぁ」

 『ぐははは。その反応、あ奴と一緒じゃのう』

 「んであ奴ってのはダレ奴なの?」

 『誰と言われてものう。知らん奴の説明をされたっておぬしも分からんじゃろう。

 先程からの反応からするに、我の目にお主がどう写っておるのか大体分かっとるのじゃろう?

 まあその辺が共通点じゃ、としか言うことは出来んかのう』

 「じゃあ質問を変えるがここはどこであんたは誰なんだ?」

 『我か? 良くぞ聞いてくれた!

 良いか、聞いて驚くなよ?

 何と……我はこのあたりを治める町内会長なのじゃあ!』

 「………はい?」

 『アレ? 何でそんなに反応が薄いんじゃ?』

 「いやその……」


 うーむ。

 返って来た答えがナナメ上過ぎて頭の理解が追い付かねーぞ。


 「町内会長って……この廃墟が町……?」

 『廃墟じゃと? まあ棲家として丁度良いから使わせてもらっとるがのう』

 「じゃ、じゃあやっぱ日曜朝のドブ掃除なんかやってたり……」

 『何じゃそりゃ?』

 「あー、こっちの話だぜ!」

 『まあ、あ奴お陰でブレイクスルーが得られたのじゃ。モノは考えようじゃのう』

 「ブレイクスルーって何の話?」

 『あー、こっちの話じゃ……』


 「グギャァ!」

 「げげっ……またさっきの——」

 『何じゃ、うっとうしいのう』


 ペシッ。


 「キュゥ」


 さっきのバケモンがイキナリまた現れてドラゴンさんが軽くこづいたと思ったらそのバケモンが何かカワイイ感じの悲鳴を上げてズズーンとひっくり返った。

 あわわあわわと慌てふためく暇も無かったぜ……

 それにしてもコレ、どっから湧いて来てんだろ。


 「さすドラ様ッス……マジパねぇッス……」

 『ぬははは。こんなのザコじゃザコ。

 しかしデカブツが二つか……さすがに邪魔じゃのう。

 どうじゃ、コレ食わんか? 焼いたらかろうじて食えるぞ?』

 「かろうじて……」

 『運が悪いと腹を食い破って幼生体が飛び出すのじゃがのう』

 「えぇ……じゃあ運が良いと……?」

 『三日三晩腹痛で転げ回ることになるぞ』

 「どっちも嫌だ!」

 『やれやれ、近頃の若いモンはぜいたくじゃのう』

 「イヤ、俺若者じゃねーし!」

 『我からしたら人間なんぞ皆ヒヨッコよ。かっかっかぁ』

 「はあ……取り敢えず寒みーし焼くのは賛成だけどな……くさそうだけど」

 『じゃあ焼いとくかのう。それ』


 ドラゴンさんの口からボボボォーと炎が出る。

 うわスッゲぇモノホンだぜ。

 そしてやっぱクッセえな。鼻がひん曲がりそうだぜ。

 しかしコレで暖を取れるんだ、文句は言うまい。

 ドラ……はっ!?

 あ、危ない危ない……思わず口にしちまうとこだったぜ。


 『ん? どうしたのじゃ?』

 「ああ、アナタ様を何えもんと呼ぶべきか……」

 『何じゃ急に。気持ち悪いのう。それにそのエモン呼びはどっから来たんじゃ?』

 「じゃ、じゃあ先生と呼ばせていただきます!」

 『お主、面倒くさいやつじゃのう。呼び方なんぞお前とかアンタとかで構わんわい』

 「し、しかしそれでは……」


 何せこのドラゴンさんにくっ付いてりゃそんだけで暖が取れるんだ、離してたまるか(打算)。


 『そんなことより先にポップした奴はお主が始末したのか……いや、噛み付き痕があったから縄張り争いか何かかのう』

 「何かでっけーオオカミが急に来てかみ付いてやっつけたと思ったらどっか行ったんだよ」

 『う、うむ……お主、還暦のオッサンとか言い張る割に説明が下手クソじゃのう』

 「な、何ですとぉ……」


 クッ……コレでも社会人生活で鍛えまくったプレゼン力をいかんなく発揮したつもりだったんだがなぁ……!

 つーか今このドラ様、サラッと気になるワードを口にしたな?


 『はて……この辺でオオカミ型の魔獣が出没するなんて話しは聞いてはおらんが……』

 「そういやワンコはどこに……ん?」


 ワンコはどこかとキョロキョロしていると、視界に見覚えのある物体がひとつ。

 雪の上にあの双眼鏡が転がっていた。


 埋もれてねえってことは落っこちたのは今さっきか……

 ワンコが落としてったのか?

 いや、別に何かを持っていそーなそぶりは一切無かったが……


 『何じゃ、何か見つけたのか?』

 「こんなん落ちてたんだけど、誰のだろ?」

 『はて? なぜそれが……ああ、そうか。あ奴が持ち込んだのか』

 「さっき町内会長とか言ってたけど他にも住人がいたりするのか」

 『ああ、勿論じゃ。さっきまでそこにいたワンコとかな』


 な、何だってー(棒)。



* ◇ ◇ ◇



 「え、えーとォ……もしかして……」

 『何じゃ何じゃ?』

 「もしかして今キャンプファイヤーになってるコレも……?」

 『んな訳あるか! こんな畜生と我らを一緒にするでないわ!』


 そーだよな、さすがにアレが住人な訳ねーよな。

 しかし異形の集団が全員人間だったって前例もあったからな。  

 あーゆーのがいても不思議はねぇ、くれーには思っといた方が良さそーだぜ。

 今後のためにもな。

 ……てかこのドラゴンさんの自己認識は人間じゃなさそーだが。

 そういやワンコも自分がワンコだって認識があったな。


 『で、その遠眼鏡のことなのじゃが』

 「遠眼鏡……江戸か!」

 『何じゃ?』

 「いえ、続けてどーぞ」

 『その遠眼鏡で我を覗いてみて欲しいのじゃ』

 「覗いてみる?」

 『そうじゃ、覗く……ノゾクのじゃぞ!』


 コレってやっぱそーゆーシロモンなのか?

 まあ良いや。見ねえって選択肢はねーしな。

 ゴシゴシと汚れを拭き取って双眼鏡を目の前に持って来る。


 む? むむむむ……むむぅ!?


 「み、視えたァ! 視えたぞおヌシの運命がァ!」

 『な、何じゃと? こ、これが我のォ!?』

 「いやーなかなか良いノリっすねぇお客サン」

 『まあ昔取った首塚じゃよ、かっかっか』

 「えぇ、それを言うならキネヅカなんじゃ……」

 『いかんいかん、我もモーロクしたかのう。

 実際キネヅカよりもクビヅカの方が多いんじゃがのう。

 かっかっか』

 「えーそれフツーにドン引きですわー」

 全力で逃げてぇけどな逃げれねぇですわー。

 『で、どうじゃったかのう』

 「あっハイ。えーその……何も見えなくてっすね……」

 『かっかっか。やっぱりじゃのう』

 「はあ」


 言っとくがコレはウソじゃねえ。

 そこにいるドラゴンさんの姿がこの双眼鏡のレンズ越しだと全くどこにも見えないのだ。

 つまり透明人間……いや透明ドラゴン? だった訳だけど……


 『何じゃ何じゃ、反応が薄いのう。

 それにまるで理解できんという顔もしとらんときた。

 正直、これは少しばかり意外じゃのう』

 「この双眼鏡、気のせいじゃなけりゃ俺の住んでた町の知り合いが持ってた奴と同じモンかもしれねーんだわ」

 『覗くとこの世ならざるものが視える、ということも既知であったということかのう』

 「あー、まあな。この世ならざるってトコは分からんけど」

 『ではその遠眼鏡がお主の知り合いとやらの所有物であったのではないか、ということについても根拠があるのじゃな?』

 「まあここに来る直前まで突っ立ってたのがコレの保管場所、つまりはそいつの家が建ってた場所だったしな……

 もっとも、実際その家があったのは前の前の前くらいだったけど」

 『なるほど、その者はあ奴と何か関係があるのかのう……

 いや待て、前の前の前じゃと……?』

 「何かブツブツ言い始めた?」

 『その前の前の前、とは具体的にはどういう状況なのじゃ?』

 「ああそれか……あちこち飛ばされまくってたっつっても分からんか……

 ここにも別な場所から来たんだよな……」

 『飛ばされる、とは転移の様なものかのう?』

 「うーん……転移っつーか座標は変わってねーけど景色は違うっつーか……この町には違いはねーんだけど細かいとこが違うっつーか……」

 『似て非なる場所、ということじゃな』

 「あー、話が通じて良かったぜ」

 『次に飛ばされまくった、という部分じゃ。

 その言いっぷりだとお主の意思に関係なくあちこち飛ばされた様に聞こえるんじゃがのう?』

 「俺にもよく分からんけど多分その通りだぜ」

 『理由とかきっかけとかそういったものも一切分からず、かの?』

 「ああ、迷惑な話だぜ」

 『偶然なのか、誰かの仕業なのすらも分からんのかのう?』

 「うーん……確証は持てねえけど変な電話が掛かって来たり謎のメールが来たりなぁ……あ、電話とかメールって分かる?」

 『うむ、もちろん知っとるぞい……てかソレめっちゃ怖いのう!』


 何で知ってる訳……また聞きてえことが増えちまったけど話もめっちゃそれたな!


 「んで、この双眼鏡のことなんだけど……」

 『それはのう……お主が飛ばされまくったという先でその遠眼鏡……双眼鏡を見た、ということは滅多に無かった筈じゃ、そうじゃろう?』

 「そういえばそうだな……つまり?」

 『土地とか家はそれぞれの場所に似て非なるものが形造られるが、そうでないものもあるということじゃのう』

 「一品モノってこと?」

 『一言で言うとそうじゃな』

 「でも何でそんなものがあるってことが分かるんだ?

 それにあんたの存在自体が良く分からねえ」

 『グフフ……何とな、ここは地上から遥か遠く、世界のどこかにあるダンジョンの中なのじゃよ』

 「ダンジョン? ゲームかよ」

 『ゲームではない、モノホンじゃぞ』

 「じゃあアンタはボスモンスターとかなのか?」

 『じゃからあ奴らと一緒にするなと言うとるじゃろうに。

 モンスターはさっきのデカブツの方じゃよ。

 見たじゃろ、どっかから湧いて出て来るのをのう』

 「湧いて出るったって何の仕掛けも無くイキナリパっと現れる訳じゃないんだろ?」


 イヤ、湧いて出たのはアンタも同じだろ……

 つーかゲームじゃねえとかなんでフツーに話が通じんの?

 てな感じのツッコミを入れたいけどここはガマンだガマン!


 『何の仕掛けも無い訳ではないのじゃがのう、パっと現れる様な仕掛けが施されておるんじゃよ』

 「んで、さっきから言ってるそのあ奴ってのは何なんだ?」

 『ここを創った奴じゃ! ……多分じゃけど』

 「で、この双眼鏡は?」

 『あ奴が最深部に隠しておった聖痕……神具なのじゃ、多分!』


 イヤ、そこは自信を持って言おーぜ。

 何か眉唾じゃね?

 その辺、ワンコに聞いてみたら分かるんかね。

 うーむ……



* ◇ ◇ ◇



 「あのさあ……そんな突飛な話急に振られたってハイそーですかってなると思うか?」

 『そりゃなるじゃろう。現物を見といてまだ信じられんとか現実逃避もいいとこじゃぞ』

 「現実かどうか怪しいから言ってんだろーに」

 『現実も現実、全部現実じゃよ。勿論、何もかもじゃ』

 「大体神具って何だよ……カミサマの具? 

 ってその前に何か言いかけてたな……何だっけ?」

 『“聖痕”のことかのう?』

 「あ、そうだ。それそれ、ソレダヨー()」

 『何じゃ、知っておったのか。

 言いかけたのを引っ込めてわざわざ言い直してやったというのにのう。

 てゆーかナゼに棒読みなんじゃ?』

 「いやそこは置いといてだな……それって地面に書いた✕印とかそういうやつのことだろ?」

 『バツ印? 何じゃそれは?』

 「あ、ゴゾンジナイ……?」

 『“聖痕”というのはの、ある特性を持ったモノの総称なのじゃよ』

 「✕印じゃねーんだ……うーむ? 分かんねーなぁ……」


 ここがダンジョンとか突飛な話も出て来たし、✕印付けて回ったあの場所とは切り離して考えた方が良いのかも知れねーなあ。


 しかしそれにしても臭っせぇなぁ……仕方ねぇのは分かってるけど。


 『えーと……我の話、聞いとる?』

 「あーハイハイ、続けてどーぞ」

 『聞いとらんかったじゃろう、それ……』

 「んで、その特性って?」

 『さっきも言ったが“一品モノ”なのじゃよ。

 しかも踏もうが蹴ろうが叩こうがキズ一つ付けられんのじゃがな、何で出来てるのかは全くもって分からんのじゃ。

 誰が作っとるのかも分からんから神が作った道具、つまり神具とも呼ばれとるんじゃ。

 見つかる場所は何故か必ずダンジョンなのじゃがのう』

 「それがこの双眼鏡? 何で?」

 『何でというのは何を指して言っとるんじゃ?』

 「何って双眼鏡だろ? フツーの工業製品な訳じゃん?

 メーカーの刻印もあるし接眼レンズの脇に倍率なんかもちゃんと書いてあるぞ?

 それがダンジョンで見つかるモンだって? んなアホな」

 『現にここで見付かったじゃろう』

 「いや、言っただろ、前の前の前くらいの場所で俺の知り合いが自分の家で保管してたヤツだって話。

 アンタこそ俺の話聞いてんの?」

 『じゃあそれはダンジョン以外の場所で人の手によって作られてそこから流れて来たと言うんかのう?』

 「だからそうなんだってば」

 『その場所っていうのはどこじゃ? ダンジョンの外かのう?』

 「外? ここだって外だろ」

 『厳密にはインドアじゃぞ。ダンジョンの中なんじゃからのう』

 「インドアで雪降ってるって一体全体どーゆーこっちゃ……」

 『それこそがダンジョンというもんじゃろうに』

 「ああ、外ってのはさっき話した転移元での話だよ」

 『なぬ? では転移元というのはダンジョンじゃないのかのう?』

 「そうだぜ、多分だけど。んでその“あ奴”ってのも同じなんじゃねーの? 多分だけど!」

 『やれやれ……お前さんはてっきり他のフロアから罠か何かで転移してきたもんだと勘違いしとったわい』


 えぇ……なんか根本的に話が噛み合ってなかった予感……?

 まあ良い、気を取り直して行くぜ。


 「んで、それが何で聖なる痕なんだ?」

 『今の話を聞くと何か違う様な気がして来たわい……』

 「だけど今この双眼鏡でアンタを見るとどうなるか、予想は出来てた訳だよな?

 “この世ならざるもの”が視えるとか何とか」

 『うむ、その双眼鏡のことについてはあ奴から聞き及んでいたからのう』

 「んで実のトコ結局入手経路とか経緯は聞けてなかったと……」

 『あー、まあそうじゃな』

 「多分て付けときゃ大抵は逃げを打てるもんな」

 『“聖なる”というネーミングはどんなに乱暴に扱おうがハンマーでぶっ叩こうがぶっ壊れないもんじゃからのう。

 神の御業ということにでもしておくしかないんじゃよ』

 「うーむ……じゃあ次だ。

 ここがダンジョンだっつーからには他のフロア、なんかもあるんかと思ってたが今の話っぷりからすっとやっぱそーなのか」

 『勿論じゃ。他にもあるぞ』

 「マジで!? もしかして町内会もあったりすんのかね」

 『それこそ勿論なのじゃ。これだけ規模が大きかったら自治会があって当然なのじゃよ』

 「えー、ダンマスみてーなのが命令するんじゃねーんだ」

 『じゃからモンスター共と我を一緒にするなと言うておるじゃろうに』

 「悪ィけどどーやって見分ければ良いか見当もつかねえ」

 『我がこんなにも知的でダンディーじゃというのにか!?』

 「ダンディー……? まあ良い……取り敢えず寒くねーフロアって無い?」

 『真冬仕様はここくらいじゃぞ』

 「よし、じゃあ早速……あ」


 そういやワンコはどこ行っちまったんだ?


 『何じゃ?』

 「ああ、ワンコはどこに行ったのかと思ってな」

 「さっきからここにいるっちゅーに!」

 「は? あーそんなとこいたら分かんねーだろ」


 100ᗰも先にいたら分からんて。

 

 「臭すぎて近付けねーんだよボゲェ!

 つーかこっち来んな! 臭せーんだよ!

 ……うっぷ、おぇぇ……」


 ナルホド、ハナが曲がるってのはこーゆーことか!



* ◇ ◇ ◇



 こういうときハナが利くってのは考えモンだよな。

 離れりゃ寒みーし近付きゃ臭せーし。

 どーすっぺ、コレ。


 『何じゃ、臭いのがイヤなら我が一掃してやるぞい』

 「エッ!?」

 『こ奴が寒い寒いとやたらとほざきよるから手加減しとったんじゃよ』

 「え、ちょ!? 待っ——」

 『あ、そーれ』


 ボボボォー。


 「おわっ!? 熱っつ!」

 『何じゃ、暑がったり寒がったりせわしない奴じゃのう』

 「暑いんじゃない! 熱いんじゃ!」

 『違いが分からんのじゃ!』

 「知らんのじゃ!」

 『しゃべり方がうつっとるのじゃ!』

 「あーさっきよりマシになったわー」

 「復活すんの早っ!」

 「何だよ、ガマンして来てやってんだ。

 ちったあ有り難がれっちゅーに」

 「あースマンスマン、コッチも色々あり過ぎてテンパってたんだわ」

 「んでどーした? 俺を探してたんだろ?」

 「ひと言で言うと色々ある」

 「それは分かったから一つずつ話そうな?」

 『その前に我に何かあるじゃろ』

 「誰? このじーさん」

 「へ? 我を知らんのか? モーロクするトシでもないじゃろうに」

 「もしかして人違い……じゃなかったワンコ違いなんじゃね?

 つーかドラゴンはOKなんか」

 「人違い……? マジで誰だろ。てゆーか俺の親は人間なんだけど」

 「ウソつけ!」

 「ウソじゃねーよ!」

 「ちなみにオメーって実はここの住人だったりする?」

 「んな訳ねーだろ。おっさんと一緒で今さっき初めて来たんだろーがよ」

 『むむう……完全に我の勘違いじゃったかのう』

 「誰かソックリな奴がいるのか」

 『うむ。記憶違いかのう。50年ほど会っとらんのじゃが』

 「それ明らかに別じ……別ワンコだろ!」

 『エッそうなの?』

 「50年も経ってりゃそう思うだろ、フツーよぉ」

 『えぇ、たったの50年じゃぞ?』

 「イヤ、その感覚おかしーから!」


 50年か……ここは別に今急に出来た訳じゃねーのか。

 それとも……?


 「なあ、その別ワンコに50年前会ったってのもここだったのか」

 『ん? ああ、違うぞい。会ったのはこのダンジョンの外じゃよ』

 「外?」

 『地上から遥か遠く、と言ったじゃろう。ここは地下なんじゃよ』

 「マジで!?」

 「そこって寒くないんか? 暖かいんか?」

 『今それ気にするとこかのう!?』

 「取り敢えず寒くなきゃどこでも良いから移動してーの!

 何なら他のフロアでも良いんだけど!」

 「ダンジョンなんだったらボスと戦うとかしねーと駄目なんじゃね?」

 「エッマジで!?」

 『何とも平成っぽいリアクションじゃのう』

 「アンタに言われたかねーわ!」

 『まあフロア間の移動は出来るぞい。このダンジョンは我が全部攻略済みじゃからのう』

 「ところでよ」

 「ん?」

 「このドラゴンのじーさん、誰?」

 「今さらが過ぎる!」

 『我はこのフロアの何と町内会長なのじゃぞ、えっへん!』

 「マジで!?」

 「本日3回目ェ!」

 「うち2回は俺だけどな!」

 「いまさっき一周りしてきたばっかだけどどこもかしこも瓦礫の山で誰もいなかったぞ。

 それこそそこに転がってたバケモンみてーな奴もだ」

 『何じゃと!? そんな筈は無いぞい!?

 何なら今から一周してみるかのう?』

 「イヤ、その前に凍死するから!」

 『むむぅ……』

 「取り敢えずよ、今いるこの場所はどうなんだ?

 廃墟じゃねーんだろ? 俺には廃墟に見えるけど」

 『何じゃと……ここはいま空き家になっとるんじゃが……

 ああそうじゃ、さっきその遠眼……じゃなかった双眼鏡で覗いたじゃろう。

 そのときはどう見えたんじゃ?』

 「背景は特に変わらずだったぜ。アンタが映ってねーとこ以外は変わらずだ」

 『むむぅ……どういうことじゃ』

 「何だそれ? 俺がいねー間に何かおもしれーモン見っけたんか」

 「この有様を見て今さらそれを言うんか……」

 『ときにそこのワンコの目にはこ奴はどのような姿に映っておるかのう?』

 「ああ? 赤毛のオッサンだけど……ああ、もしかしてドラゴンのじーさんの目には小柄な女の子が見えてんのか」

 『そうじゃ! 良く分かったのう!』

 「今に始まったことじゃねーからな」

 『何かおかしなことが起きとるんか……』

 「イヤ、だから今さらそれ言うんかいって何回目だコレ!」

 『わ、我は正常じゃ! おかしいのはお主らなのじゃ!』

 「ほうほう、自らおかしいと自白しおったなァ?」

 『どーしてそーなるんじゃ!』

 「自分だけは大丈夫、自分だけは問題ない……そう思いたいのが人間てもんだぜ」

 『我はニンゲンじゃないがのう?』

 「それホントなのか? 実は違うんじゃね?』

 「俺みてーな奴なのかと思ってたぜ。こんな人間ぽいドラゴンっていんのかよ。

 何だよ、町内会長って」

 「元町内会長とかか?」

 『元じゃない、他のフロアにも自治会があるといったじゃろう』

 「良し、じゃあ他の町内会長サマに会いに行ってみよーぜ」

 『ちなみに外に出んでもええんかのう?』

 「外には何があるんだ?」

 『外にはダンジョンの門前町があるぞい。

 お主が出てったら騒ぎになりそうじゃがのう』

 「騒ぎ? ああ……何か分かった気がする……

 じゃあなおさらだぜ。とにかくまずは暖を取りてえんだ」

 『じゃあ他のフロアに案内するかのう。

 行き先は我のオススメで良いかのう?』

 「ああ、寒くなきゃどこでも良いぜ」

 『じゃあ我の背中に乗るのじゃ。連れてってやるぞい』

 「やった! ドラゴンに乗れるぜ! スゲーファンタジーだ」

 『ワンコは自分で走れるじゃろう?』

 「えー乗りてー、乗せてぇー」

 『しょうがないのう……今回だけじゃぞ』

 「やったぜ! サンキューな!」


 コレでやっと寒みーのともオサラバ出来るぜ……

 あ、そういやあのオオカミさんはどこに行ったんだろーな?

 ワンコとも会ってねーみてーだし。

 ここの住人、て訳でもなさそうだしな。

 ま、良いか。

 別に俺らに危害を加えよーって感じじゃなかったもんな。



* ◇ ◇ ◇



 ノッシ、ノッシ……

 コレ、気ィつかってくれてんだろーけどメッチャ乗り心地良いな!


 「いやー長生きはするもんだわー」

 『言うほど長生きなんぞしとらんじゃろうに』

 「そういうドラゴン様は何歳なんでございますかぁ?」

 『急に変な敬語はさすがに気持ち悪いのう』


 ちょっとこのワンコ、気持ち悪過ぎて場末のヨッパライみてーになってんぞ。


 『別にタメ口で構わんのじゃがのう。いつも通りでええんじゃよ』

 「いつもっつーほどの付き合いじゃねーけどな!

 つーかさっき知り合ったばっかだし!」

 『何じゃ、つれないのう』

 「んで結局何歳なの?」

 『トシなんぞ数えたこともないからのう。何百歳になったかもう分からんわい』

 「何百歳ってとこは確定なのか」

 『んー、でも千歳超えてたかは微妙じゃったかのう』

 「それ十分スゲーから」


 なんてどーでも良い話をしながらドラゴンさんの背中に揺られながらしばらく廃墟の中を進む。

 この廃墟がフツーの町に見えんのか……

 つーかドラゴンさんはこのガタイでどこに住んでんだろーな?

 どんな家が建っててどんな住民が住んでんだろ。

 俺らの目に見えてねーだけで誰かいるんかね?


 『さて、ここじゃよ』

 「アレ?」

 『ん? どうしたんじゃ?』

 「イヤだってココ、俺ん家……」

 「来たよお約束ゥ!」

 『何を言っとるんじゃお主?』

 「イヤだってここ俺ん家イヤ廃墟だから位置関係的に推定俺ん家って感じか……言ってて自分もよー分からんよーになって来たわ」

 「さっきもここ通ったけど相変わらずの風景だぜ」

 『推定お主ん家のう。なるほど、理解したぞい。

 お主らにピッタリのフロアに連れてってやるから楽しみにせい、ぬふふ……』

 「何だよ、面白そーじゃねーか」

 「おっさんの家ってよ、床下に何かあったよな?」

 「うーむ……まあそうだな、ある意味そーだな」

 「何じゃそりゃ?」

 「いやな、あったりなかったりだからな……?」

 『恐らくじゃが、それはダンジョンの話とは違うのではないか?』

 「いや、俺にそれを聞かれてもなあ……」

 「おっさんって何か所家持ってんの?」

 「だから分からんて」

 「えーやだーフケツー」

 「アホか!」

 『まあ入ってみてのお楽しみじゃよ』

 「どーやって入るかは知らんけどドラゴンさんの目には門が何かが見えてる感じ?」

 『うむ、まあ我に乗っとれば一緒に入れるじゃろうて』

 「え、俺は自分で走れとか言われてたけど!?」

 『着いたら乗っけてやろうと思っとったのじゃよ』

 「ウソつけ!」

 「なあ、何でワンコを置いて行こーとしたんだ?」

 『あー、それはのう……こ奴がここのフロアボスだからなのじゃよ』

 「へ?」

 「へ? そんなん知らんけど?」

 「本に……本イヌも知らんて言ってるけど?」

 『ウソつけなのじゃ!』

 「そうなんか?」

 「違うけど違わねーのか? 何か分かった気がして来たぜ」

 「どゆこと?」

 「あのなあオッサン、俺がドッペルゲンガー云々て話してたの覚えてっか?」

 「おう、そのうちぜってー聞いちゃるって思ってたぜ」

 「オッサンは自分が色んな場所に飛ばされまくってたって話があっただろ、それと同じこと……イヤ、目に見える現象的なヤツは違うんだけどよ」

 「サッパリ分からん。簡潔に頼める?」

 「えーと……オッサンが飛ばされた先には全部俺がいるんだけどな、そいつらは全部その場所での俺であって今の俺とは別な俺なんだわ」

 「つまり?」

 「ここのフロアボスはコッチでの俺なんだわ、多分」

 『うむうむ、正解なのじゃ』

 「何でぇ、その上から目線はよ」

 「でも今オメーはここにいんだろ?」

 「ああ、多分ここのフロアボスはどっか別な場所にいるんじゃねーかな」

 「どゆこと?」

 『同じ存在が同時に同じ場所にいることは出来んじゃろ、認識の問題もあるしのう』

 「うむ? 分からん?」

 『ホントにアホじゃのう……お主』

 「余計なお世話じゃい!」

 『バカでも分かる様に言うとじゃな、そのワンコがここにいるせいでフロアボスがおらん状態になってしまっとるんじゃ』

 「あーナルホド、でワンコはどっか別なとこでテキトーに散歩でもしてろと」

 「俺は邪魔者かい!」

 『有り体に言うとそうじゃのう』

 「まてよ……てことはホントは俺もココのを押しのけて存在しちまってるってことなのか?

 それこそダメじゃね?」

 『お主は一品モノじゃから違うぞい』

 「へ? 俺双眼鏡と一緒なの?」

 『まあそういうことになるかのう』

 「えーマジでェ……ってじゃあ俺は——」

 『ここで話し込んどっても寒いだけじゃろう、さっさと進むのじゃ』

 「あー、まあそーだな……」

 「俺はどっか別たとこをテキトーにうろついてりゃえーんか?」

 『そうじゃのう、どこにいるか分からんのも困りもんじゃしスタート地点に戻るのがえーじゃろう』

 「面倒臭ぇ……そんななら始めっから言えっちゅーに」

 『だははは、すまんのう。じゃが我の背に乗れたんじゃ、損はしとらんじゃろう?』

 「ったく……わーったよ、じゃあ後でな!

 「お、おう。悪りーな……」


 そう言ってワンコはタタタと戻って行く。

 ホント、迷惑千万な話だぜ……


 『で、早速準備なのじゃ』

 「こーなったらさっさと済まそーぜ。何すりゃいーの?」

 『うむ。まずはコレを持つのじゃ』

 「剣? こんなんどっから出した……って軽っ!」

 『そりゃ樹脂か何かで出来とるからのう』

 「樹脂? オモチャ? んで何すんの?」

 『次はコレをかぶるんじゃ!』

 「何コレ? VRゴーグル?」


 〈汝、その力を示せ〉


 「へ?」

 『れっつスタートなのじゃ!

 ちなみにワンプレイ100エンなのじゃ!

 今時リーズナブルじゃろう』

 「はぁ!?」

 『ちょっと待て、俺はどーなんだよ……って何じゃこりゃ!』


 おおう……

 やっぱこのワンコがオオカミさんだったんか……?


 って俺が戦うんかい!

 つーか……ゲームかよ!!



* ◇ ◇ ◇



 『がるるー……』


 ほえー。

 目の前にはさっきのでけぇオオカミさんがどでーんと構えている。

 ってコレVRなんだよな?

 てことはさっきのオオカミさんがモデルになってるとかか。

 つーかワンコを退場させる必要なんてあったんか……?


 「あースマンスマン、言い忘れてたことが……って、え?」

 『がるる……?』

 「オイ……ちったあ空気読めよ、オメー……へ?」

 『何じゃ何じゃ?

 何でワンコが戻って来とるのに何も起きんのじゃ?』

 『がるるがるる?』

 「えーと……コレってどーゆー状況……?」


 あー、分かったぜ。


 「実は今のもワンコ違いなんじゃねーの?」

 『あっ!? なのじゃ』

 「オイちょっと待て、俺の扱い酷くね?」

 「そーだぞ、どっか行く必要なんて無かったんじゃねーか?

 つーかよォ……コレってVRなんだろ?

 それでこの状況って何なんだ?」

 『がうがう、がうがうがう?』

 『はて? この状況とは何のことかのう』

 「そもそも現実にいる俺らとVRがごっちゃになってるこの状況は何なんだって言ってるんだよ」


 試しにゴーグルを外してみる。

 ……見えねえ。


 装着する。

 見える。


 「えーと……コレ、双眼鏡?」

 『とお……双眼鏡ならお主が持っとるじゃろうに』

 「え? 持ってねーけど?」

 『え?』

 「え?」

 「置いて来ちゃったんかい!」

 「えーと……オメーが持ってたりしねーの?」

 「アホか! どーやって持つんだよ」

 「くわえるとか?」

 「それじゃしゃべれねーだろ」

 『がるがる、がるるー!』

 「あっそーか」


 まあ良いか……後で取りに行きゃ良いしな。

 それよか結局このドラゴンさんが何を考えてんのか良く分からんよーになって来たぞ。

 さて、乗りかかった船だしどーすっかね。

 あーどっちかっつーと乗りかかったんじゃなくて暗礁に乗り上げたって感じかなぁ。


 ……じゃなくてぇ!


 「結局俺は何のためにこんなモン着けたり持ったりさせられたんだ?

 んでこのオオカミさんは何なんだ?」

 『がうがう!』

 『何ってフロアボスなんじゃが?』

 「それが何でVRなんだ?」

 『VRじゃないぞい』

 「へ?」

 『だってお主、我が見とるモノが見えとらんかったからのう』

 「じゃあこのオモチャは?」

 『オモチャ? それは本物の儀仗杖じゃぞ?』

 「ぎじょー……何だって?」

 『いわゆるまじかるすてっきと言うやつじゃよ』

 「この塩ビの剣が?」

 『お主、自分で言っておったじゃろうに。認識の相違というやつじゃ』

 「それを見せるためのモノってことか?」

 『まあVRセットってことになっとるがのう』

 「じゃあ外の住人たちにとってここは、やっぱ廃墟が広がっててバケモンが歩き回ってるキケンな場所ってことなのか」

 『うむ、ただ……お主が見とるのとはまた違った景色が見えとるんじゃないかのう』

 「あー、そもそもが日本人じゃねーのか」

 『日本人……そうじゃのう。まあ、有り体に言って異世界人とゆーやつになるんじゃろうな』

 「そういうアンタはナニジンなんだ?」

 『フッ……我はしがない一介のドラゴンなのじゃよ』

 「ウソつけ!」

 『がうがう!』

 「じゃあワンプレイ100エンてのは? 現金なら今は持ってねーぞ?」

 『ダダじゃ出来んでな、手数料として100圓もらっとるんじゃよ』

 「ソレどこで使うの?」

 『どこって外に決まっとるじゃろう。そこのオオカミにだって生活があるんじゃぞい』

 『がうがう!』

 「えぇ……」


 えーと……

 つまりダンジョンてのは遊園地みてーなアトラクション施設でこのオオカミさんは職員……いやペット……?

 メッチャウソくせぇ……

 ひゃくエンてナニ銀行の発行通貨なんや……


 その割にあのバケモンはホンモノみがあったが……?

 つーか焼却処分してたし。

 それにやっぱあのオオカミさんは何か別な存在だよな。


 「念のために聞くけどさっきのくっさいバケモンは別だよな?」

 『ん? あれはホンモノじゃよ。何せここはダンジョンじゃからのう。

 ただ、アレはこっちの住人にとっては存在の知れぬものなのじゃよ』

 「? 良く分からんけど“こっちの住人”なんて言い方するってことはアンタらもヨソ者ってことなのか」

 『まあ、そういうことになるのう』

 「じゃあ来たばっかの頃は“新顔さん”なんて呼ばれてたりしたんか」

 『良く知っとるのう。お主、実はここの住人だったりするんじゃないのかのう』

 「前の場所もそんな感じだったからなあ」

 『そこもダンジョンだったりしてのう』

 「あ、それあるかもだぜ」


 このワンコ、実はドラゴンさんみてーな立ち位置だったりしてな。

 俺ん家の床下収納なんて思いっ切り入り口みてーだとか言われてたしな。

 俺はいっぺんも見てねーけど!


 「オメーのご主人サマって実はダンマス的なアレなんじゃねーの?」

 「えー、さすがに違うと思いてーけどなー」

 「だってよ、明らかにイベント部屋だったじゃんかよ、あの棺桶の部屋とか」

 『ぬぬぅ!? 棺桶じゃとォ!?』

 「近い近い、近いってェ」

 『がうがうー』

 『あーコレはスマンのじゃ、我としたことがついコーフンし過ぎたのじゃあ!』


 ハンパねーんだよ、ハナイキがよォ!

 しかしこの食い付き具合からしてやっぱ無関係じゃねーんだな。

 きっとどっかで何かが繋がってんだろーなあ。


 「何だよ、棺桶に何か心当たりでもあるんか」

 『それはどんな棺桶じゃ? 和風か、それとも洋風かのう?』


 うーん、アレは中から吸血鬼が出て来そーな感じのヤツだったが……


 そーいや……墓場とか寺院みてーなのも見たことねーよな。

 あの住人たちの宗教観とか、メガミサマ一辺倒でまるっきり分かんねーんだよな。

 まあ俺が住んでた町とソックリな時点でまず仏式か神式なんだろーけど、その辺どーやって折り合い付けてたのか……

 ワンコは犬神サマとか言われてたよな、主に俺のせいで。


 「それならワンコの方が詳しいだろ」

 「ここで俺に振んの!?」

 「そりゃそーだろ、自慢気に何か語ってたよな?」

 「うっ……それを言われるとツライ……」


 『何じゃ何じゃ、見たことある奴と思っておったがお主はやはり棺桶から出て来たんじゃな?』

 「エッそーなの!? ゾンビ的なヤツ?」

 「違うってばよォ」

 「分かったから棺桶の特徴をもう一辺語ってやれよ。

 ナンバーみてーなのが書いてあったんだろ?」

 『それはいよいよ核心的な情報じゃのう!』

 「だけどこっちに来る前には消えてたって言っただろ」

 『消えていた……? ときにそれは何番と書いてあったんじゃ?』

 「あー、5番と7番……だぜ」

 『5番と7番……それだけかのう?』

 「俺が見たのはその2つだけだったぞ」

 『2つ……その2つがあの場所にあったというのじゃな?』

 「あの場所っつーか、うーむ……何て言やぁ良いんだ?

 番号が消えた時点で既に元の場所じゃねーんじゃねーかって思ってたんだが」

 『うむう……あそこに戻ってもそこには何も無いという訳かのう』


 あそこには何も無い?

 ……じゃあそこに双眼鏡が転がってたのは何でだ?

 何で今はVRゴーグルなんてモンを着けてなきゃいけねーんだ?


 「ちなみに俺のご主人様は……」

 『恐らく、7番じゃな。消去法じゃ』

 「あ、そーなの? それは知らんかったぜ」

 『何じゃ、随分と軽いノリじゃのう』

 「ちなみに5番にも心当たりがあるってことだよな?」

 『うむ、5番は何と我なのじゃよ』

 「へ? じゃあアンタも“お化け”なのか?」

 『お化け? 何じゃ、それは』

 「俺のご主人様は棺桶の中のガイコツのお化けだって自分で言ってたんだよ」

 『どういうことじゃ……? お主のご主人様はガイコツの姿だったのかのう?』

 「いや、声の通りの若い女の子だぜ。多分生前の姿ってヤツなんだろーな」

 『な、何たることじゃ……』

 「それって定食屋のバイトの子と同一人物だったりするんかね?」

 『定食屋?』

 「あー、最初に会った場所の話だな。あの場所に前いた町じゃメシ屋があってな、そこで経歴不明な感じの女の子が働いててだな」

 「あーナルホド、あの子か。だけどそれは違うと思うぜ」

 「そのココロは?」

 『がうがうー?』

 「床にガイコツが転がってたって言ってなかったか?

 そっちなんじゃね?」

 「それこそホンマもんじゃねーか……」

 『あー、盛り上がっとるとこ悪いんじゃが我にも分かる様に話してくれんかのう?』

 「このワンコも経緯は分かってねーだろーから俺が説明すんぜ」

 「経緯?」

 「その転がってたガイコツについての考察ってやつだぜ」

 「棺桶から出て暫く這いつくばってたとかか?」

 『何じゃそれは。まるでホラーではないか!』

 「あー違う違う、事実はもっとホラーなんだぜ!」

 『勿体振らずにさっさと教えるのじゃ!』

 「70年くれー前に店ん中で撲殺事件が発生したんだよ。

 それがな、店の中で転がってた遺体が突然消え失せて、店の入り口から同じ人が普通に入店して来たんだ」


 そんな昔のこと何で知ってんのかって聞かれても困るぜ!

 まあ聞かれねーだろーけど。


 『何らかの方法で生き返ったのかのう?』

 「フツーだと突然死人が生き返ったのか、そういう路線で考えるんだろーけどな」

 「あーナルホド、その遺体がどこかに飛ばされてたんじゃねーかってなったときに行き着く先って訳か」

 「そうそう、そゆこと」

 『なるほど、分かったぞい』

 「エッマジで?」

 『何じゃ、遺体が消えたのは無かったことになったのではなく、どこかへ持ち去られたからだというとこじゃろう?』

 「お、おう、その通りだぜ」

 『しかも同一人物をどこかから連れて来たと』

 「さっきあんたから聞いた話から察するに、多分玉突き見てーな形で同じ場所から本人の遺体が弾き飛ばされたとかなのかね」

 『その考えが合っとるかは分からんが、実際同じことをしたらそうなるじゃろうのう。

 で、そのガイコツがそこのワンコの主人とはまた別に現れた、と』

 「メッチャ長くなっちまったけどそういうこったな」

 『恐らく棺桶絡みではあるじゃろうな』

 「その棺桶ってのは何なんだ?」

 『そいつは棺桶というか、“スロット”と呼ばれておってな。

 棺桶というのはまあその形状から半ば揶揄するような形で呼ばれとるだけなんじゃ』

 「す、“スロット”!?」

 『何じゃ、以外にも心当たり有りという反応じゃな』

 「まさかの特殊機構絡み!?」

 『特殊機構、と呼ばれとるんか』

 「なあ、あの双眼鏡があったら俺らが元いた場所も覗けるんじゃねーか?

 もしかしてそのために用意されたモンだったりとか?」

 『いんや。それは本来お主のためのモノじゃぞ。あ奴が置いてったのじゃ。

 カッコつけて、“奴が来たら必要になる筈だ……!”とかほざいとったからのう』

 「ナゼに断定調なんだ?」

 『あ奴が“奴”というのはお主に違いないからじゃよ、多分!』

 「だから何年前の話だよソレよォ」

 『しかし今の話からするに、その場所を探す手段としては有効そうじゃのう』

 「うーむ……じゃあ取りに戻らねーとならねーか……」


 さっきのワンコ違いだって50年前の奴と間違ってたからな。

 ハイ分かりましたァって話にはなんねーよな。

 しかしあの双眼鏡、別に意識してた訳じゃねーけどいつの間にか無くなってたんだよなぁ。


 やっぱアレ、携帯みてーな謎アイテムなんだよなあ……


 「ところでよ」

 「ん? 何だ?」

 「さっきの言い忘れてたことって何だったんだ?」

 「ああ、それな。いや、戻ってくる途中で馬鹿でけーバケモンがうじゃうじゃいるのを見かけちまってだな……」

 「エッマジで!? 忘れんなよ、んな大事なことをよ!」

 『ううむ……嫌な予感がするのう……』

 「なあ、取り敢えずどっかに避難出来ねーか?」

 『まあ、他のフロアなら行けるじゃろうな』

 「このワンコはどーすんの? フロアボスなんだろ?」

 『がうがう?』

 「こ奴は置いてっても大丈夫じゃよ」

 『がうっ!?』


 何かスゲー残念そうな顔してんだけど良いんか、コレ。

 ところでワンプレイ100エンはまだ有効なんだべか?

 まあ何にせよ双眼鏡探しはお預けか……



* ◇ ◇ ◇



 『ホレ、コッチじゃ』

 「えーと、どっちだ……?」


 ドラゴンさんと俺じゃ見えてる景色が違うからか、何も無い所を指差されてホントかいなという問答を何回か繰り返す。

 そりゃ行けねーわ。見えねーんだし。


 「コレってドラゴンさんに乗っけてもらったら良いんかね」

 『ソレで解決するんならのう』

 「ちなみにサイズは大丈夫なのか」

 『問題無いぞい』


 門だか扉だか分からんけどそんなでけぇ入り口があるんならいっぺん拝んどきてえとこだがなぁ。


 『あ、言うておくが入り口は元々は人間サイズのモノだったのじゃぞ。

 それを我が“拡張”してやったという訳じゃ!』

 「それって単に破壊行為を働いただけじゃ……」

 『そうとも言うのぉ。カッカッカぁ』


 てな訳でドラゴンさんの背中に乗っけてもらう。

 今度は最初からワンコも一緒だぜ。

 しかしそのダンジョンやら何やらってのは一体誰が作ったんだろーなぁ。


 「まあそーだよな、おっさん家のアレと同じだよな」

 『じゃあ行くぞぃ』

 「うげぇ……」


 やっぱ気持ち悪りーわぁコレぇ……

 見た目廃墟とかガレキなんかの中をズブズブと進んて行く。

 ……っていつまで続くんだよ……

 ここって場所的には俺ん家の地下辺りだよな……?


 『着いたぞい!』

 「へ?」

 「へ?」

 『その反応、ええ加減もう飽きたのじゃがのう……

 で、今度は何なんじゃ……』

 「地面の中じゃんかよォ! こんなんでどないせぇっちゅーんじゃあ」

 「以下同文!」

 『マジでぇ……なのじゃあ!』

 「どーすんだよコレ……って外に出るまで進むしかねーか」


 今までは似て非なるってレベルだったけどひょっとしてココは違うんかね……?


 「なあ、ここでジッとしてたらやり過ごせんじゃねーか。

 なあ、おっさん?」

 「まあやり過ごすとかいうレベルの出現頻度だったらな」

 『それは難しいじゃろうな。

 奴らは一定の時間が経つとリスポーンするのじゃよ。

 それにここでも怪物共は出るぞい?』

 「エッそーなの? 俺らには見えない?」

 『ホレ、言っとるハナから来たぞい、例のイカ野郎なのじゃ』

 「へ?」

 「へ?」

 『あ、そーれ』 


 ボボボー。


 「あ、臭っさぁ……」

 「うっぷ……おぇぇ……オロロォ……」


 ビチャビチャ。


 『我の背中で何てコトやっとるんじゃあ!?』

 「焼いたアンタが悪ィだろ……おぇ、うっぷ……」

 『あー分かったから吐くなぁ! 全く、手のかかる奴らじゃのう……』

 「えーから早くどっか行こーぜ」

 「おぇぇぇ……」

 『むむぅ……しょうがないのう……ってまた来たのじゃ』

 「さっさとずらかろーぜ」


 しかしどこでも出るんじゃ避難する意味もねーのか?


 「なあ、普段からこんな頻度でエンカウントするんか?」

 『いや、いつもは数日に一匹とかそんな感じなのじゃがのう』

 「何かおかしいって言ってる?」

 『そうじゃのう。まあ何匹出てこようが我の敵ではないがのう。ぐはははは』

 「臭っさいのが何とかなりゃーな」

 『先ずは移動するぞい。ゲロを踏まん様にのう』

 「勘弁してくれ……まずゲロが臭せーんだよ」

 「しょーがねーだろ、不可抗力だ!」


 もしかしてあのオオカミさんが出て来ねーのって臭スギが過ギルからだったりしてな。


 「しかし単なるリスポーンじゃなくて増員とか可能なんか。

 誰かがコントロールしてるとかがあるならだけど。

 ダンマスなんかが支配してるパターンだったりするんかね」

 『お主、相当なゲーム脳じゃのう……』


 考えてみたらこのダンジョンてのが何なのかも分かってねーんだもんな。


 「おっさんがゲーム脳なのは否定出来ねーけどいつもと違うってんなら何か原因があるんだろ?」

 「んだんだ。火のねーとこに煙は立たねーんだぜ」

 『ふうむ。そうじゃのう。

 やはりきゃつらにとって何か脅威となりうるものが現れたと、そう考えるのが妥当かのう。

 そのために警戒レベルを上げておるという訳じゃな』

 「誰かがコントロールしてるんか?」

 『そこまでは分からんのじゃ。まあダンマス的な存在には一度として会うたことがないからのう。

 じゃから自動的な防衛機構みたいなのがあるのではないかと踏んでおるのじゃ!』


 しかし知らんとか言いつつやたらと自慢げなのは何なんだろーな。


 「ナルホドねえ……んでその脅威ってのは何なんだ?」

 『そりゃどう考えてもお主じゃろう』

 「へ?」

 「へ?」

 『何じゃ、その反応は。自分で言っておったではないか。

 火の無い所に煙は立たんのじゃろう?』

 「へ? でも何で俺?」

 『お主のう……その見た目で外に出たら騒ぎになるぞと言ったじゃろう』

 「そ、そーなの?」

 「でもおっさんはおっさんだろ」

 「んだんだ、それ以上でもそれ以下でもねーぞ!」

 『我の目にはそうは見えんがのう』

 「こんなか弱いおっさん捕まえて何を言ってんだよ!

 ハラスメントだ!」

 『確かに見た目はか弱そうじゃがのう』

 「エッ逆じゃね?」

 「コッチの住人から見た俺はどうやらアッチの住人と同じらしーんだぜ」

 「あーナルホド納得」

 「てかアンタは無闇やたらに崇めて来たりしねーんだな」

 『我はあ奴とはちっとばかし面識があるでな』

 「あ奴って……やっぱ軽い感じの奴なんか」

 『そうじゃのう、本物のあ奴はどうなのか分からんがのう』

 「本物のとかニセモンとかがあるんか」

 『そういう意味じゃないぞい。

 あ奴はコピーロボみたいなのを使って同時に複数箇所で存在するとかメチャクチャなことをやっとるんじゃよ。

 どうやってるのかは我にも良く分からんのじゃがのう』

 「何でそんなことしてんのかってとこは?」

 『多少面識がある程度じゃからのう。まあ他人には頼めんけど手数が必要な何かなんじゃろうがのう』

 「何にせよそんなヤバそーな奴が来たってんなら確かに戦力増強もしたくはなるわなぁ」

 「何のんきなこと言ってんだか。

 おっさんさあ、自分のせいだって言われてんのはちゃんと自覚してんのかよ」

 「んなコト言っても俺に何をせえっちゅーんじゃ。

 ある意味被害者だろコレよォ」

 『いっそのこと我の口の中にでも隠れてみるかのう?』

 「えぇ……歯みがきちゃんとしてんのォ?」

 『何おっさんが女子高生みたいなこと言うとるんじゃい』

 「ホントにこのおっさんのことちっこいおねーちゃんに見えてるんか? このドラゴンさん」

 『もちろんそうじゃぞ。じゃが挙動を見ると本人の主張通りおっさんだと思っておくのが正解じゃろうと思うてのう』


 うーむ……女子高生がどーのとかここの世界観にそぐわねーコトをまた言いだしやがったぞ。

 やっぱこのドラゴンさん、怪しさ満点だぜ。


 「ツバでベトベトになるんだろ。それに間違って飲み込んじまったらどーすんだよ」

 『そのときはウンコになって尻から出るじゃろうのう。

 ぐへへ……』

 「うげぇ……それだけは勘弁してほしーぜ」

 『ではとにかく移動するしかないかのう』

 「スマンけどそれで頼むわ、俺らの目にも見える場所を探すってことで」

 『まあ上のフロアは見た目こそ違えど見えておったからのう。

 同じ様な場所を探すとするのじゃ』

 「なあ、ちなみにさっきおっさんに持たせたVRゴーグルもどきで時々周りを見回してみるってのはどーだ?」

 「ああ、それはアリだな」

 『そのゴーグルで見えるのは基本的に装着者の目に映るものだけなのじゃ、あまり期待しない方がええぞい』

 「ああ、双眼鏡とは違うんか」

 『それはあくまでアレな事象の観測をするための装置なのじゃ』

 「アレなって何だよ」

 『アレはアレじゃ。ほれ、言うておったろうに。“スロット”じゃ』

 「あー、ソレか。すっかり忘れてたぜ」

 『この空間はゲームではない現実ではあるのじゃがのう、そのゴーグルの様な観測機器で存在を確認できるということを忘れてはならんのじゃ』

 「つまり?」

 『つまり仮想世界と同様に外部から俯瞰的に観測されとる可能性がある、ということなのじゃ。

 お主も行動にはくれぐれも気を付けることじゃな』


 えぇ……何か今までのアレコレが分かっちゃった感じ?

 ダンジョンとか言ってんのもどこまでホントか怪しいもんだぜ……

 だけどこのドラゴンさん、どうにかして俺らにソレを教えてくれよーとしてるっぽい感じだな。


 「なあ」

 『何じゃ?』

 「観測してる奴らってさ、実はここじゃ生身で生きられなかったりすんのか?

 だからわざわざ——」


 【ビビービビービビービビー】


 「おわっ……ビックリしたぁ!」


 警報だ!? 何の?


 『うーむ……これはちとまずいことになったのじゃ……』

 「オイ、マズイことって何だよ!」

 『“リセット”じゃ』

 「へ?」


 どーすんだよ、こっちは相変わらず真っ暗なまんまなんだけど!

 つーか“リセット”って何なんだよ

 説明すんならそこからだろオイ! 



* ◇ ◇ ◇



 「リセットってのは何なんだ? 何が始まるってんだ?」

 『多分なのじゃが、ダンジョンの主が替わったのじゃよ』

 「はあ? つまり何だよ?」

 『このダンジョンは新たな主の嗜好に合わせて一旦消滅するのじゃよ』

 「だからつまり!?」

 『ぱーん、てなるのじゃ!』

 「ソレでつまりは!?」

 『ダンジョン全体が跡形もなく吹っ飛ぶのじゃよ。

 ぬははははは!』

 「ぬははじゃねーよ! どーなんだよ、俺らはよォ!」

 『じゃからぱーん、てなるのじゃよ!』

 「んなコト言われても分からんわ! どーすんだ、おっさんよォ」

 「どーするってどーしよーもねーだろ!

 だいたい何なんだよ、“ぱーん”とか語彙力無さ過ぎだっつーの!」


 とか言いつつ何となく分かっちまったぜぃ……


 「外に出りゃいーんじゃねーのか? 何か一発で出る方法とかねーの?」

 『ゲームじゃないからそこは地味に歩いていくしかないのう。

 到底間に合わんけど』

 「離脱するアイテムとかねーんか」

 『見てみい。もう始まっとるぞい』

 「だから真っ暗で何も見えねーっちゅーに」

 『ショートカットの手段はあるにはあるのじゃがのう、課金アイテムが——あ』

 「おわっ!?」


 と思ったのも束の間、いきなり俺は地面に落っこちた。

 痛ってぇ……しこたまケツをぶつけちまったぜい。

 お陰で真っ二つに割れちまったぜ、くっ……


 じゃなくてえ!


 「オイ、どーなったんだコレ!」


 ……アレ?


 「オイ! 聞いてんのか? オーイ!」


 シーン。


 ……マジかよ。

 ドラゴンさんどころかワンコもいねーってか。

 ホントどーすんだコレ……


 ……アレ?

 おかしくね?


 ドラゴンさんに触れてねーと壁を抜けらんねーんだよな。

 んでさっきまで壁っつーか地面の中にいただろ、真っ暗だったしな。

 んで突然足場っつーかドラゴンさんが突然消えて落っこちただろ。

 それが大体1mってとこか。

 まあ落っこちてケツが割れる程度の高さだしな。

 ……って1m?

 もっとデカかったよなあ、ドラゴンさん。

 家一軒分くれーはあったぞ。

 じゃあどーなった?

 周りは相変わらず真っ暗だったしな。

 それに呼びかけに応えるヤツもいねーし。


 ……つーかコレが“リセット”だ?


 何か思ってたのと違うな?

 大体何なんだ? ダンジョンの主って。

 主が交代ってゲーム脳的な発想だったらボスを攻略するとかダンジョンコアをぶっ壊すとかなんだろーけどなあ。

 ホントにゲームと違うんかね。何かさっき後ろの方で課金とか口走ってたし。

 まあドラゴンさんが全く想定外みてーな反応をしてたとこからすっと、多分そんなにポンポン起きることって訳じゃねーんだよな。


 んで今はどんな状況なんだ?

 真っ暗だけど別に岩の中に埋まってるとかそんな感じはしねーし。

 手を伸ばすと……何もねーな。

 結構広いんか?

 地面は……固い?

 手触りは……随分と滑らかだな。部屋の中みてーだが……そんなこともあんのか?


 両手を広げて辺りを探りながら恐る恐る歩き出してみる。

 やっぱ部屋の中っぽい感じか?

 壁らしいモンにはまだぶつかってねえ。

 結構広いのか、そもそも部屋の中じゃねえのか……

 それにしてもこのオモチャの剣とゴーグルが地味に邪魔だなあ。

 まあ持ってたら何かあるかもしれねーし捨てるっつー選択肢はハナっから無ぇ話ではあるがな。


 しかしどこまで行っても壁らしいモンにはブチ当たらねーな。

 まあ元々ダンジョンのどっかのフロアだっつー話だしメチャクチャだだっ広い空間て可能性もあんのか。

 こんだけ広かったらワンチャン誰かいるか?

 何せこーなった理由が“主が替わった”だもんな。


 「おーい、誰かいませんかー。おーい」

 

 やっぱダメか。

 手詰まり?

 詰まったらどーなる? 永久にこの状態?

 イヤ、それだけはゴメンこうむりてぇとこだぜ。

 ……もしかしてこのゴーグルを装着したら何か見えたりとか?

 

 ん? 何か表示されてるぞ……?

 なになに?


 【只今ご利用いただけません】


 何じゃそりゃ!

 危うく一人でズコー!! とかやっちまうとこだったじゃねーか!

 真っ暗とか動かねーじゃなくて“只今”って何やねん!

 じゃあ待ってりゃ使えるよーになるんかい!

 って一人でツッコミ入れてどーすんじゃい!


 「クッソォこんなん持っててもジャマなだけじゃねーか!

 ぶっ壊しちゃるわ!」


 【お客様それは困ります】

 「困るもヘチマもねーわこのポンコツが!」

 【困ります、お客様困ります、あーっ】

 「……」

 【……】

 「うん、分かるぜ。いっぺん言ってみてえセリフトップ10だもんな」

 【実際お行儀の良いお客様が多くて意外に言う機会が無いんですよ】

 「そうそう、そうなんだよなー」

 【そうなんですよ】

 「ははは……」

 【ははははは……】

 「……」

 【……】

 「はははじゃねーよ何しゃべくってんのコレ?

 そーゆー仕様な訳?」

 【いえ、一応内緒ということでお願いします】

 「誰に?」

 【全ての人たちに対しててす】

 「あー、まあそれは分かったんだけどよ……そもそもここから出れねーとバクロのしようがねえんだわ」

 【再構築が完了すれば往来が生まれますので、そのときの話です】

 「再構築って何だよ……このダンジョンの再構築ってことか?

 んでもってあと何分くれー待ちゃあ良いんだ?」

 【再構築とは代表サンプルの変更に伴う惑星表面の環境書き換え処理を指す用語です。

 具体的には惑星誕生から現代に至るまでの歴史について物理法則に基づいて演算を行い、本機表面における構造体の組み換えを行います。

 全ての処理が完了するまで、あと1163億6784万秒。

 またダンジョンという用語につきましては本機に登録されていない未知の用語であるため、ご説明は致しかねます】

 「うおう……圧倒的長文……つーか肝心のダンジョンて言葉が分からんのか……

 って千百何億秒って何だよ! 何年掛かるってんだ!」

 【1163億6784万秒です。約3690年に相当します】

 「へ……?」


 さ、三千年!?


 【如何しましたか。

 待ち時間の間、ゲームをご提供することが出来ます。

 プレイしますか?】

 「するかボゲェ!!」


 ボゲぇ!


 

* ◇ ◇ ◇



 「何が三千年だ、ふざけんな!」

 【3000年ではありません。3690年です】

 「大して変わんねーだろこのクソボケがァ!」

 【すみません、クソボケというのは具体的には何に対するご指摘なのでしょうか】

 「三千年も待てっかよ! アホか? アホなのか!?」

 【大丈夫です。ちょっとひと寝入りすればあっという間ですよ】

 「ひと寝入りしとる間に干からびてガイコツになっとるわ!」

 【あなたがガイコツと呼ぶ構造体は現在確認出来ません。

 従って3690年後にその推測の通りになる可能性は全くもって全然1ミリもありません】

 「何じゃそりゃ」

 【とはいえ】

 「はい?」

 【ヒマだと思いますのでゲームをご提供しますね】

 「だからいらねーって言っとるだろーに!」

 【はいっ、どーぞォ】

 「聞いてねーし!」

 【納豆ぉー、ねばねば!】

 「はい?」

 【納豆っねばねばぁー、はいっ!】

 「何じゃそり——」


 ぷちん。


 ………

 …


 チュンチュン、チチチ……


 「うーん……」


 う……頭がズキズキする。何でこんなに疲れてんだ?

 つーか今何時だ?

 携帯を確認しようと辺りを手で探る。

 ……アレ?

 どこにも無い?


 どこに置いたっけかな……クルマん中か?

 えーと……確か昨日廃墟に行ってその後……何だっけ?

 あ、そーだ。メインフレームを動かすんだった。

 仕方ねえ、探しに行くか。

 ん? 何で着の身着のまま……?


 いや、待てよ?

 昨日息子に準備やら何やら手伝ってもらって今日は朝イチで出る筈じゃなかったか!?

 時間は分からねえがまだ陽は昇リ切ってねーしスズメもチュンチュン言ってるしまだ大丈夫だよな!?

 廃墟まで一時間は掛かるからな、あんま時間を無駄にする訳には行かねーぜ。


 玄関へパタパタと向かい……ん?

 何か置いてある……ああ、そういえば……

 何でぇ、紙オムツだあ?

 でもってその上に置き手紙?

 ナニナニ?


 『父さん、俺は紙オムツなんて置いてないぞ。

 追伸)免許証は持ったかい?』


 は? ……あっそーか。

 息子にもらったのは携帯トイレだったよな……?

 でも何でこんな置き手紙が……?

 紙オムツに置き換えた奴が置いてった訳でもねえだろーしな。


 ……袋に何か貼ってある? ああ、例のフセン紙か。


 『現場に着いたらまず刑事さんに穿かせろ』


 えーと、例によってコレ俺の字なんですけど!

 つーかまたかよ……何なんだ一体……

 しかし刑事さんが廃墟にいるのか? 何でだ?

 ダメだ、さっぱり分からねえ。

 置き手紙なんてモンを残しやがった息子に連絡して聞いてみるしかねーか。


 しかしまずその前に携帯を見つけねーとな……

 そう考えた俺は玄関から外に出る。

 いけね、開けようにもキーがねーじゃん。

 クッソぉ……面倒臭えけど取りに戻るとすっかぁ。

 ったく、ふりだしに戻っちまったぜ。

 ってアレ?

 今鍵開けねーで外に出たよな。

 一晩じゅう施錠しねーで寝ちまってたのか、俺は。

 ナルホド、道理で着の身着のままだった訳だ……

 てことはクルマのドアも開いてんのか?


 ガチャ。

 開いちまったぜ……

 つーかコッチも一晩じゅう挿しっ放しかよ……

 昨日荷物を載せただろ、その後……って荷物が無え!


 マジかよ……俺の汗と努力の結晶が……

 しかしクルマはそのまま、家にも侵入しねーで車載の荷物だけを置き引きか。

 一体どこのどいつだ? 舐めたマネしやがって。


 さて、どうしてやろーか。警察に通報か、あるいは……

 取り敢えずはご近所の目撃情報から確認だな。

 そう考えた俺はそのままお隣さんの家に向かう。


 “デロリロデロリロデロリロリー♪”


 うげ……そういやお隣さんの呼び鈴てこんな音だったっけ……

 お上品そーなのにコレだけ何か趣味が分かんねーんだよな……

 実はデスメタルとか聴いてたりして……


 ……出て来ねえ。

 留守か?

 朝っぱらから? ゴミ捨てじゃねーよな?

 ドアノブに手をかけて回してみるがしっかりと施錠されている。

 となると昨日からいねーのか。

 仕方ねえ。

 息子に聞いてみっか。


 再び自分の家に戻った俺は家デンの受話器を手に取って息子の電話番号を押す。

 ……コレ、もしかして通電してねーのか?

 裏面を見るが電話線はしっかりと繋がっている。

 コール音すらしねーのは変じゃねーか?

 まあ灯台もと暗しってゆーし家ん中を検めてみっか。


 そうして気付いたこと。

 この家、電気が来てねえ。

 灯りは点かねーしテレビも冷蔵庫もダメだ。

 冷蔵庫に至っては扉も開かねえ。

 そしてガス、水道も以下同文だ。

 何でだ? 料金はきっちり払ってたぞ。

 何かのトラブルか?

 まあ飲まず食わずじゃいられねえ以上、食糧と水は外から調達するしかねーか。

 ああ、納戸に非常用の備蓄が少しあったな。

 まずはそれを切り崩してくか……


 ライフライン以外についてはぱっと見何も取られた様子は無かった。

 無くなったのは旅行ケースに詰め込んだあの荷物——パソコン、周辺機器、必死こいて打ち込んだプログラムを記録したテープ、それに廃墟から持ち出した血塗れの資料やら俺のノートやらだ。


 それにだ。


 さっきから気になってたが往来が全く無え。

 さっきのお隣さん家の状況からしてこの町自体で何かが起きてるって可能性もある。


 そう考えた俺は小一時間で歩いて行ける範囲を見て回った。

 そして思った通り、今この町には人っ子ひとりいねえ……正確には俺以外は誰もいないらしいってことが分かった。


 オマケに……起きてからそれなりに時間が経ってる筈なのに太陽が全く動いてねえ気がする。


 おかしい。


 廃墟絡み?

 あそこがホラーな感じになってたのは分かったが、俺が行ったせいで何かが始まったってのか?


 しかし何が……何が起きてるってんだ?

 俺が一体何をした……?



* ◇ ◇ ◇



 ひとまずまた廃墟に行ってみっか。

 せっかく用意した荷物は無くなっちまったが、このまんま人っ子ひとりいねえ町をウロウロしてても仕方がねえ。


 仏壇の前で手を合わせて逝ってくるぜぇと小さく呟く。

 さて、行くか。


 あ、どうすっかな、羽根飾り。

 そう思って脇に置いておいた木箱を手に取る。

 しかしフタがびくともしない。

 クソ……接着でもされてんのか?

 一応確認のために軽く振ってみるが何も聞こえない。

 空箱か……?

 いや、俺の思い込みって可能性もあるしここは持ってくか。


 俺は木箱をポケットに突っ込んだ。


 その後クルマを出すべく外に出る。

 携帯食糧や水なんかも持って行こうかとも思ったが、納戸の中の物もフタがくっついていて取り出せなかった。

 水に至っては透明な常温の固形物みてーな外観だった。

 もう水じゃなくてアクリルか何か出て来てんじゃねーかね、コレ。


 てな訳で身ひとつで家を出た。

 ちなみに玄関の扉は鍵もなけりゃあ鍵穴も見当たらねぇ有様だ。

 もしかすっとお隣さんの扉も家とくっついてたのかもしれねーな。

 その割に呼び鈴の音はホンモノソックリだった……ああ、そうか。

 ここは映画のセットみてーな紛い物の町なんだな。

 こんな大規模なモン、誰が何のために作ったのやら……


 まあ良い、さっさと出発すんぜ。

 搭乗! 前良し、後ろ良し! 左右確認!


 ……。


 エンジンがかからねえ。


 ガス欠じゃねーよな?

 いや、今までのアレやコレやから考えたら当たりめーのことか……

 つまりクルマもハリボテだったってこったな。


 うーむ……詰んだな。

 誰もいねーし車は動かねえ。

 しかも周りは何もかもがハリボテだしな。

 全く雨後かねーとこを見ると太陽すらそうなんじゃねーかって思えて来るぜ。


 「はあー、どーすっかなあ」

 『そうだなあ。実は隣に座って聞いてたりすんのかもなあ』

 「へ?」

 『じゃあ聞いてる前提で話をするぜ』

 「お、おう?」


 ちょ、ちょっと待て誰だコレ!? まさか幽霊ェ!?


 『ここに辿り着いたときは柄にもなく感慨にふけっちまってよォ、ようやく見付けたぜってな』

 「オイ、オメーはもしかして……」

 『ところがどうだ、家はもぬけの殻、戸締まりもされてねえときた』

 「オイ、オイってばよ!」


 ダメか……しかし一体どっから聞こえて来るんだ?


 『俺は知ってるぜ。このクルマの荷物——』


 な! 今しゃべってる奴が持ち逃げの犯人なのか!?

 しかしこの声は定食屋の……


 『オメーがガキの頃にハマってたマイコンとかそういう類のもんだろ、それも相当な年代物だ。

 オメーがこんなモンを持ち出して行く先っつったらもうアソコしかねーよな!』


 親父の会社……いや、廃墟のことか……!


 『今まで黙ってたがよ、実は俺ぁガキの頃こっそり覗きに行ったことがあってよ』


 エェェ……マジでェ!?


 『俺が見つけたのはな、ガラス細工のケースの中で眠ってるお姫様だったんだぜ。

 で、そん時俺は思ったぜ。

 いい趣味してやがんなぁ、オメーの親父さんもよォってな。

 子供ゴコロによォ、こりゃ決して触れちゃいけねーやつだってな!』


 『だけどそいつが思い違いだってことにゃすぐ気付いたぜ。

 何しろそれはオメーの——』


 「膝カックンだオラァ!」

 「ズコー!!! って何すんだテメーこちとら良いとこだったってのによォ!」

 「はァ? おっさんがこの雪の中で突っ立ってフリーズしてやがったからこいつは死んだかと思って心配してやったってのによォ!」

 「へ? あーそいつはスマン……?」

 「何で疑問形なんだよ」

 「あのよ……」

 「何だよ」

 「納豆ねばねばって知ってる?」

 「は? 何だそりゃ?」

 「じゃ、じゃあドラゴンさんは?」

 「知るかこのボケナスが! それよか寒くねーのかアンタはよォ」


 ボケナスだなんて、人のことおっさん呼ばわりしてるけどこのワンコも大概だな!


 じゃなくてえ!

 ここは……かまくらの中?


 「ここは……?」

 「後ろ足で除雪しまくってかまくらを作ってやったんだよ!」

 「おおー」

 「おおーじゃねーよ、感謝しろよ感謝」


 ……そうだ! ゴーグルしてるんだったっけ……

 ってアレ?


 「何だあ? 今度はパントマイムかァ?」

 「いや、ゴーグルがな……」

 「本格的にアレになっちまったか?」

 「アレって何だよ、ハッキリ言えよ」

 「アレって言ったらナニだろ」


 ドレがナニなのかヒジョーに気になるとこだが……


 「あ、そーだ」


 感触があるからあんのは間違いねーな。

 ガサゴソ。


 「おっ? あったあった」

 「何それ? 何の箱?」


 何か知らんけどさっきポケットに突っ込んだ木箱がしっかり入っていた。

 フタは……やっぱ開かねーな。


 さっきの場所ってどう考えても俺が息子に手伝ってもらって廃墟のメインフレームのダム端のエミュレータをこさえてた(死語)次の日位の町だよな。

 それに俺自身、今さっき膝カックンを食らうまではあの日の俺に戻っちまってた気がする。

 まあ若干違うとこはあったが……


 「何だよ、今度は考え事か。いつものことだけど」

 「ん? まあちっとな」


 いや、待てよ?

 あんな場所があるんなら俺の知らねーごく最近の出来事もああやってコピーされてたりすんのか?

 あの空白の7日とかナゾのまんまだった日も、何があったか分かったりしちまうかもだな?


 「なあ、表の様子は——」


 言いかけて思わず息をのむ。

 バケモンの死骸がねえ……?

 あんだけすごかった異臭も全く感じられねーし……

 ああそうか、ドラゴンさんのことを知らねーってことは焼却もへったくれもねぇんだった。

 

 「表がどうかしたか?」

 「あ、いやな……」


 さて、どうする?

 ここはきっとさっきとは別な場所だ。

 なら、木箱がここにある理由は何だ?

 俺ん家に行けば何か分かるかもな。

 あわよくばさっきの話しの続きも聞きてえとこだが、さて……


 「ここって俺が住んでた町とそっくりな作りだよな?」

 「は? ここは穴の底じゃねーか。何言ってんだ」

 「へ?」

 「へ? じゃねーよ。ったくよォ」


 えーと……どーすっペ。



* ◇ ◇ ◇



 外に出てキョロキョロと辺りを見回し、最後に上を見る。

 周りはだだっ広くてちょい暗いけど円形の穴が頭上にぽっかりと開いててそっから空が覗いている。

 空は別に錆色とかじゃなくてフツーに曇り空だ。

 うん、こりゃ確かに穴の底だわ。

 そしてやっぱメッチャ寒ぃぜ!

 雪は止んでるけど取り敢えずいそいそとかまくらの中に戻る。


 「えーと……穴の底? どっからどこに落っこちたってんだ?」

 「落っこちたんじゃねーだろ」

 「え?」

 「本当に大丈夫かよ。屋敷の裏手から出たんだろ」

 「屋敷……? ああ、棺桶の部屋の奥か」

 「一番奥の台所から風呂場横の土間に降りてそっから裏庭に出ただろ、んで裏庭にあった納屋の中を見よーと思ったらここにいたんだよ」

 「あー、店の裏? てことは店員の女の子もいたりする?」

 「そういやいねーな」

 「今気付いたんか」

 「今も何も今ここに来たばっかだろ」

 「どっかから戻れたりしねーの?」

 「戻るも何も屋敷がねーんだ、どーしよーもねーだろ」

 「分かんねーぞ? 何もねーとこに意外と出入り口があったりな」

 「つーか店って何だ? アレか、その師匠師匠言ってた奴がだな——」


 何か知らんけどちょっと時間が戻ったりしてんのか?

 いや、まさかそんなことはねーよな……

 それにこのシチュってさっき俺らに見えてなかった側だよな、どう考えても。

 ここは庭の小屋だっつってたもんな。

 屋敷……昭和か。


 ……何でだ?


 例のブザーが鳴っただろ、んでドラゴンさんがリセットじゃーとか騒ぎ出しただろ、そっから真っ暗になって誰もいなくなってヘッドセットが何かしゃべり始めて三千年お待ちくださいて言っただろ……


 んでもって今よりちょっと前っぽい感じの町に戻っただろ……

 そん時は俺も戻ったことに気が付いてなかったんだよな。


 ……何でだ??


 イヤ待てよ……ドラゴンさんが何かすげぇ重要なことを言ってたよーな気が……何だっけ?

 あークソ、思い出せねえ。

 

 「おーい、聞いてるかー」

 「はっ!? 何てこった……俺としたことが今まで夢を……」

 「ハイハイ、夢じゃねーからよ。んで店って何だ?」

 「へ? イヤ店の裏庭の小屋に入ったら次の瞬間ここにいたんだろ?

 つーか棺桶の方にはツッコミ無しなんか」

 「店? 出て来たのはご主人様の屋敷の裏庭じゃんかよ。

 棺桶は分かるがよォ」

 「うーん……やっぱビミョーに俺が認識してるのと違うな……

 あのよ、店ってのは屋敷と同じ場所に建ってた筈なんだけど」

 「ん? ああ、昔メシ屋をやってたなんて言ってたっけかな。

 だけど今は普通のお屋敷だぞ」

 「昭和なやつ?」

 「昭和どうかは分からんけど縦に長えやつだぜ」

 「ああ、ナルホド。理解したぜ……あ、イヤ待てよ……

 さっきの話で店員の女の子ってとこもツッコミ無しなのか?」

 「ああ、声だけのやつだろ。師匠師匠ってうるせーのな。

 何? マジで弟子だったりすんのか? 何の弟子なのかは知らんけど」

 「じゃあ町の住人はどうだ? オバハンがひとり同行してた筈だけど」

 「オバハン? ああ、アレか……確かにいたけどあんま良く覚えてねーな」

 「うーむ、そうか……」


 何か怪しいけどまあそんなもんか……

 ぼちぼち脱出方法探しもしねーとだな。


 「ここにゃ何もねーし取り敢えずその辺に何かねーか探してみねーか?」

 「お、意外だな! おっさんなら絶対寒い寒い言って出たがらねーだろーなって思ってたぜ」

 「そうしてえのは山々だがこの状況でそう贅沢も言ってらんねーだろ」

 「だはは、違ぇねぇ」


 てな訳で寒いのを痩せガマンして外に出たぜ!

 取り敢えずぐるっと一周……ってすぐに見付けたのは巨大生物のモノっぽい骨。

 コレ、あのバケモンと同じ類のやつかね?

 何かあからさま過ぎて怖ぇくれーなんだけど!


 「なあ、この骨のヤツらってやっぱ上から落っこちて来たんだよな」

 「そうだな。こんだけ図体がでけーのが出入りしてたんなら、それなりの横穴があって然るべきなんだろーけど……そんなのどこにも無ぇしな。

 あるいは……」

 「横穴があったけど何かの事故で塞がっちまったか、そんなとこか」


 穴に落ちたとしてもいつ、どうやって?

 そもそもこの巨大生物は何なんだ?

 どっから来た?

 少なくともこんだけでけー穴に落っこちるんだ。

 あのオオカミさんみてーな知性あふれる感じのヤツではなさそうだが……


 そもそもここはどこなんだ?

 何がどーなってここまで来たってんだ?

 あの真っ暗なとこでふざけたアナウンスを流してたヤツは何なんだ?

 このポケットの木箱は……どうしてここにある?

 ったく……いい加減にしやがれってんだ……!


 「おーいおっさーん、また膝カックンするかぁー」

 「うるせえ!」



* ◆ ◆ ◆



 「なあ、おっさんよォ」

 「何だよ、うるせえっつってんだろ」

 「イヤ、何かガイコツが動き出したんだけど」

 「ガイコツが? 定食屋のアレがか?」

 「はぁ? 何言ってんだよ現実見ろよ現実! どーすんだよコレ!」


 はぁ? という反応に考えごとを中断して……って何じゃこりゃ!


 『カタカタカタカタ……』


 転がってたでかい骨がカタカタと音を立てながら集まりつつある。

 これってやっぱそーゆーことだよな?

 つーか何が起きてんの?


 「ははは……」

 「はははじゃねーよ。どーすんだよ、逃げ場なんてねーぞ!」


 むくり。

 ガイコツが起き上がった。巨人のガイコツか……?

 いや……思ってたより小さいぜ。

 といっても2mくれーはあるけど。


 「は、ハロー……ドゥーユースピークジャパニーズ?」

 「ナゼに外国語?(既視感)」

 『ゴゴゴ……』

 「おっと通じたぁ!?」

 「マジでェ!? つーか通じると思ってやってなかったんかい!」


 スッ……


 「な!?」

 「はぁ?」


 “大丈夫大丈夫襲ったりしないから安心して”


 どこから取り出したのか巨人のガイコツはプラカードを手に掲げていた。


 「えーと……何かご用でしょうか?」

 「ナゼに敬語……?(既視感)」


 さらにスッとプラカード。

 これどーゆー仕組み……?

 いや考えたら負け、考えたら負けだぜ……!


 “こっから出してあげよーか?”


 「マジで!? ゼヒゼヒおながいしまっす(死語)」

 「おっさん……まあ何も言うまいて……」


 “死ねば出れるよ!”


 「へ?」

 「は?」


 “大丈夫大丈夫慣れれば気持良いよ!”


 やべぇ、まさかとは思うがこれはアレなのか!?

 こっからダブルスレッジハンマーとかが飛び出しちゃうんか!?

 骨密度どんだけあんのか知らんけど、こんだけデカかったら単純に質量で持ってかれるんじゃね!?


 じゃなくてえ!


 「その前にさあ、あんたは誰なんだ? ゾンビ?

 何で急にその辺のホネが集まって動き出したんだ?

 そもそも何で俺らの状況を把握してる訳?

 怪しさ爆発なんだけど」

 「態度の落差が酷い!」


 ………

 …


 沈黙かい!

 つーかもしかして答えに窮してる?

 とか考えてたらスッとプラカードを出して来た。


 “何を隠そう”


 「何を隠そう!?」


 ゴクリ。

 えーと……ヤな予感……!


 ブォン!

 やっぱり来やがった!


 「おわっ! って何すんだ急によォ」


 “ちょっと、避けちゃったらダメでしょ!”


 「意味が分からねえ! 頭おかしい奴の言い分だろ完全によォ!」


 左手でプラカードを掲げながら器用にパンチを繰り出して来る巨大ガイコツからとにかく必死で逃げ回る。


 「おっさん何なんだよコレよォ!」

 「とにかく逃げ回れ! 完全に危ねぇ奴のムーブだぞコレ!」

 「動くガイコツっつー時点で既にやべーけどな!」


 “だって先生が言ってたんだもん”


 「はあ? 何じゃそりゃあ……って危ね!」


 一寸先をホネホネパンチがブォンと通り過ぎる……

 見たか、還暦の反応速度!


 「クッソォ、襲ったりしねーから安心しろとか言っといて殺意MAXじゃねーかよォ!

 話がちげーぞ!」

 「あーらかまくらぶっ壊しやがったぞあんにゃろーめ!」


 “ホラ、気持良いよー。そろそろ観念しよーよ♪”


 「観念て何だよ!」

 「それよか誰なんだよ先生ってよォ」


 “え? 誰って何?”


 「はあ? もしかして何も知らねーで出してやるとかホザいてたんかい!」

 「何を隠そう俺タチはァ!」

 「おっさんは悪乗りすんな! カオスがもっとカオスになるだけじゃねーか!」

 「うるせえ! 良く考えたらオメーだって正体不明だろーによォ」


 “ねえ、キミたちは誰なの?”


 「誰って見たまんまのおっさんだぞ」

 「同じく、ただの犬だ!」


 “ウソだぁ。しゃべる犬がただの犬なワケないじゃん”


 「ぐう正論!」

 「だが俺はおっさんだ!」


 “それ答えになってないから!”


 どうやらこのガイコツさんは

 つーかどーやって書き換えてんの? そのプラカード。


 「てゆーかさ、オメーは出られんの? こっからさ」


 “ここ? うん、だから言ったじゃん!”


 「相手が子供っぽいと分かるや否やこの態度……ホント現金だな!」

 「うるせえっつーの。で? 言ったじゃんてもしかして死ねば出れるとか言ってたアレか」


 “残機がゼロになったら終わりじゃんか”


 「そうか? 何か俺らがこの穴に迷い込んでるのを見て声を掛けたんじゃねーの?

 それに残機ゼロになるまで自爆しろとか言うんなら、このワンコがフツーじゃねえなんて発言もおかしいだろ」

 「そーだそーだぁ」

 「うるせえ」


 俺らがここに出てくるのを見てちょっかい掛けに来たんかね。

 そもそも誰が何の必要があってそんなマネをすんのか、合理的な理由付けなんざ全く出来ねーんだけどな!


 “試してみたら良いじゃんか”


 「あの二人組みてーにか? あ、んなこと言われても知らねーか」


 “はい? あの二人組……? おじいさん、知ってるの?”


 「おじいさんじゃねえ、おっさんだおっさん!」

 「まあまあ、ここは聞いてやろーじゃねーか」


 “森林地帯でエンカウントした賊のこと?”


 「賊? まあ確かに賊っちゃ賊か。イヤ、まさかなあ」

 「誰の話?」

 「片方はオメーも知ってる奴だぞ。

 アホ毛みてーな癖っ毛がピョコンと立ってる冴えないヤローだよ。

 さっきまで一緒にいただろ」

 「マジで!?」

 「もう一人は見るからにオタクって感じの不健康そうな顔したヒョロガリの兄ちゃんだ。だよな?」


 “うーん……特徴はピッタリ合ってるなあ……何で?”


 「ちょっと待て。

 じゃあそんとき奴らが出食わしたゴリラってのはオメーのことなのか」

 「ゴリラ……? じゃあこのガイコツはゴリラゾンビってことなんか」


 “そのガイコツって何なの? さっきから気になってたんだけど”


 「は?」

 「へ?」

 「あのさ、一応聞くけどオメー自分がガイコツなんだって自覚ある?」


 “え? あ?”


 「どうし——」


 あ、と思った次の瞬間にそのガイコツはカシャンという質量を全く感じさせない乾いた音を立てて崩れ、また地面に散乱する元の骨片に戻っていた。


 「あーあ」

 「結局建設的な解決策なんて一個も出なかったな」

 「でもさ、ぶっちゃけ何がどーして最後こーなったんだ?」

 「んなこと知るかよ」

 「じゃあどーやって出る? こっからさ」

 「うーむ……登るか、地味に」

 「イヤ無理だろ」

 「じゃあいっぺん死んでみっか? 慣れたら気持良いらしーぜ?」

 「ぜってーお断りだ……って何だコレ」

 「どうした?」

 「さっきのガイコツの骨の山の中に何かあるぞ」

 「へ?」

 「紙切れ……?」

 「紙切れっつーか燃えカスか。

 どれ、ちっと見せてみそ?」

 「味噌?」

 「良いから貸せって」


 何でぇ……また何か下らねえ落書きとかじゃねーだろーな。

 えーと……暗くなって来たから良く見えねーぞ。


 “……くここか……ろ”


 「えー」

 「何なんだ? ソレ」


 コレ、どー考えても“早くここから逃げろ”だよなあ……

 何でこんなモンがここにあるんだ……?

 待てよ……じゃあここってもしかして親父の会社なのか?


 それが何で穴の底に……?


 「ダーッ、分からん!」

 「そりゃ分かんねえだろーなぁ。仕方ねぇから俺が教えてやろーか?

 ソレ“くっころ”だぜ、絶対によ!」

 「うるせえ!」



* ◇ ◇ ◇



 「“くっころ”以外に考えられっかよ!」

 「だからうるせえっつってんだろ!

 “くここ”って書いてあんのに何で“くっころ”になんだっつーの!」

 「じゃあ何なんだよ!」

 「えーと……」


 早くここから逃げろ……とか言っても何の脈絡もねーよなあ。

 分かったのだってあの紙の一部だぜって思い出したからなんだよな……


 そもそも何でこんなのがここにあるんだ?

 詰所の壁に貼ってあった奴じゃねーか。

 じゃあこの骨は何なんだ?

 雪が無くなったら下から何か出てくるってことなのか……?


 「何だよ、結局分かんねーんじゃねーか」


 あー、もー面倒臭え!


 「あーコイツはな、“早くここから逃げろ”って書いてあったんだよ」

 「何だそれ? 何で知ってんの?」

 「この紙見て気付いたんだけどよ、ここって昔俺の親父が働いてたとこみてーなんだよな」

 「はあ? この穴がか?」 

 「イヤそーじゃなくてだな、元々ここに建物があった筈なんだけど無くなってたと」

 「その切れっ端は?」

 「建屋前の詰所の壁に貼ってあった」


 オマケにゴリラが手に持ってヒラヒラさせたりしてた訳だが。


 「何でこんなのがここに……ってこんなのがあんのもこの有様と何か関係してるってか?」

 「そ、そーだな」


 はてな?

 あの後家に帰っただろ、んでどーしたんだっけ……

 古いパソコンとか引っ張り出してクルマに積み込んで……

 あ、そーか。膝カックンされる前のあの状況、良く考えたらその時の状況に近かったんだな。

 じゃああの後何かが起きてた……?

 うーむ。

 こんな大穴が開くよーな事件なんて起きてねーよな。

 第一んなことがあったら絶ってー大騒ぎに……なってても分かんねーのか。

 ここが作りモンの場所なら現実に似せてある筈だよな。


 「オイ、日が沈んで来たぞ。しょーがねえからもういっぺんかまくら作っか」

 「ん? ああ。……ってマジか!?」

 「日没が何だってんだ?」

 「さっきの……いや、何でもねえ」

 「何だよ」


 そういやこのワンコはバケモンが出たとこにゃ行ってねーんだったな。

 ここが現実に似せてあるんなら何かが起きた後の状況ってことになるんだよな、この雪も含めて。

 まさかとは思うが全部ゲームを提供するぜとかほざいてたアレの仕業だったりするのか?

 しかしなあ……はっ!?


 「もしかして納豆ねばねばに重大な謎が隠されてるとか……!」

 「さっきから何なんだ? 納豆だかねばねばだか知らんがそんなモンこんなとこにある訳ねーだろーに」


 そーだよな!

 納豆ねばねばは膝カックンで終わったんだよな!

 ……アレは夢だったと思いてえとこだがあの木箱が今だにポケットの中にあるんだよなあ。

 考えてもしゃーねえか。

 今までが今までだったから時間が惜しいって考えがどっかに吹っ飛んじまってたぜ。


 「よし、じゃあかまくらでも作っか!」

 「だからさっきから言ってんだろーに。真っ暗になる前にさっさとやっちまおーぜ」

 「おう、分かった分かった」


 冷てえのをガマンしてせっせと雪を集める。

 最後に穴を掘って一人と一匹が収まるサイズを何とか確保。

 見た目的にはかまくらっつーよりモグラの穴だけどな!


 「ふぅ、疲れたぜ!」

 「俺なんて2回目なんだぞ。しかも1回目は一人でやったんだからな!」

 「寒ィのも吹っ飛んだしもう真っ暗だし一旦休むとすっか」

 「おう」


 真っ暗といっても月の光が外から差していて雪明かりで少しは周りが見えるんだよな。

 だがしかし、ここに来てにわかに大問題が浮上して来やがった……!

 

 「……やべえ」

 「何だよ」

 「おしっこ漏れそう」

 「んなモンその辺で済まして来りゃ良いだろ」

 「そういうオメーは大丈夫なんか?

 その……“俺はマーキングしてぇんだァ!”とかならねーの?」

 「犬じゃねーし!」

 「どっからどー見てもワンコだろーに!」

 調子こいてわんわんとか言ってただろ!」

 「うるせえ!」

 「オメーにそれを言われるとは思ってもみなかったぜ!」

 「良いからさっさと済ませて来やがれ!」

 「言われんでもそーするわい!」


 適当な場所で穴を掘って用を足す。


 うーむ。

 何か久しぶりの感覚だぜ……

 ……ってこれって結構一大事なんじゃねーのか?

 コレってこっから出れなかったら詰みってことだよな。

 明るくなったら何か上に登る足かがりとか道具なんかがねーか探してみっか。


 しかし不思議なもんだぜ。

 周りがセットみてーな作りモンの世界だっつっても俺は俺だよな。

 じゃあ何で今まで腹は減らねーわトイレも必要ねーわで好き放題出来たんだろーな。

 どんな原理で動けてたのかも分からんし。

 もしかして突然過去の記憶が出てきたりすんのと同じで、バッテリー切れみてーなので突然終了なんてことが起きたりすんのか……?

 メッチャ怖えな。

 

 「おーい、どーしたァ? あ、ひょっとしてウンコかぁ?」

 「うるせえ!」


 ったくよォ……ん?

 四角い影?

 上に何かあんのか?


 そう思い真上を眺める。


 ……角ばった物体が穴の真ん中辺りから上に向かって伸びてる?

 しかも相当デカイぞ。

 アレ、明らかに人工物だよな?

 しかも結構でかくねーか?

 月の光で結構くっきり見えてんのに何で今まで気付かなかったんか……


 「オイ、何だアレ」

 「あ? 何だよ……ってあんなモンあったんか」

 「良かったぜ、また見えねーぞとか言われたらどーしよーかとちょっとだけ思ってたからな」

 「何かの部屋? いや、岩壁の奥に何か施設があってその地下部分のひと部屋が飛び出してる感じか」

 「この穴が出来たときにあそこだけ崩壊しねーで残ったとかかね」

 「この穴が崩壊なのか地盤沈下の結果なのか分からんけど、ここにあった建物のなかであの部分だけ壊れずに残ったってことか」

 「そうだとすると相当頑丈なんじゃねーか?

 あの辺に何があったとか思い出せねーか?

 親父さんが勤めてた場所だって覚えるんならさ」

 「うーむ……それ以前に今俺らがどっちの方角を向いてんのかが分かんねーからなあ……」


 待てよ?

 あの形……ここが建屋があった場所だとしたらあの辺は端っこの方だよな。

 となると……


 「もしかして詰所か……?」

 「詰所? でもさっきの紙切れはその詰所の中にあったんだろ?

 詰所が無事ならおかしいんじゃねーか?」

 「確かに」

 「何にせよアレが地下部分だとしたら、壁面とかから他に通路とか出て来てもおかしくねーんじゃねーか?」

 「確かに」

 「明るくなったら調べてみよーぜ」

 「確かに」

 「おっさん、さっきから生返事っつーか脳死コメントばっかじゃねーか!

 ちったあ考察しろよな!」

 「あー悪ィな」


 アレが詰所なら確かにこの紙切れが落ちてたのはおかしいぞ。

 しかし詰所じゃなかったら何なんだ?

 会社の地下にあんな形の部屋なんてあったか?

 もし何かあるんなら俺ん家の床下に何かあるぞって言ってた件と繋がってそーだな。


 「あのよ、俺ん家の床下収納の下に入り口があっただろ。

 中から何かゾロゾロ出て来たって奴」

 「ああ、アレか。もしかして町の地下ってレベルででけー何かが埋まってるとかか」

 「入り口から入った後にまた色々とあってな、地下鉄っつーか施設と施設の間を移動するための乗り物があったんだよな」

 「マジで!? それを先に言えよ!」

 「悪ィな、色々あり過ぎて忘れてたわ」

 「そんなスゲー発見忘れるとかどんだけドタバタしてたっつーんだ……」

 「こことあそこが繋がってたのかは分からんけど外はガレキの山だったわ、俺ん家も含めてな」

 「えぇ……この大穴と思いっ切り関係ありそーな案件じゃねーかよ!

 つーかおっさん家がガレキだって!? 情報量多過ぎだって」

 「いや。あのよ、センセーさんとお巡りさん()が俺ん家の中の様子を見て廃墟だって言ってたのを覚えてっか?」

 「ああ、そういえば言ってたな」

 「俺らの目に映ってたモノと明らかに違ってただろ、それにだ」

 「それに?」

 「オメーのご主人様が何か絡んでるだろ」

 「へ?」

 「“へ?”じゃねーよ」

 「あの住人たちの目に俺らの目に映ってねー何かが見えてたってのも含めてさ」

 「ご主人様に会えるんならな、俺だって何で俺らがこんな目にあってんのか問い詰めてぇくれーなんだよ」

 「ホントかよ……ったく肝心なときに役に立たねー奴め」

 「かまくら作ってやっただろ、ホラ」

 「うるせーなあ……ったくよォ」


 しかしなあ……

 納豆ねばねばって奴は一体何だったんだ……

 俺納豆食えねーんだよなぁ。

 スゲー気になるぜ。


 「おっさん、ところでよ」

 「何だよ」

 「さっき立ちションしてんのあのセンセーさんとかに見られてたらおもしれーことになってたかもしれねーよな」

 「おもしれーって何だよ」

 「“あああお姉様ぁなんてはしたないマネをぉー”とか言って大暴れしてたかもな!」

 「うるせえ!」

 「それ、さすがに連発し過ぎじゃね?」


 あー。

 結局どーなったんだろーな、あのセンセーさん……



* ◇ ◇ ◇



 「とにかく一旦寝よーぜ」

 「そういや夜だったな」

 「真っ暗なんだから当たりめーだろ」

 「その割に眠くならねーな」

 「夜更かし体質か」

 「いや、しねーから。ロクな娯楽もねーし」

 「日本人みてーなこと言うのな」

 「日本人だぜ?」

 「ウソつけ!」

 「どっから見ても日本人だろーがよ!」

 「どこがだこのワンコめ!」

 「言っとくが俺はマジだからな?」

 「じゃあ誰なんだオメー」

 「誰って言われても俺だとしか言い様がねーな!」

 「オレオレ詐欺かよ!」

 「うるせぇ! 寝ろ!」

 「言われんでも寝るわ!」


 くっそ寝る前に余計にコーフンしちまったぜ。

 だがしかし!


 「寝る前に一個良いか?」

 「何だよ」

 「ちっとばかし枕になってもらえんかね?」

 「うるせぇ! 寝ろ!」

 「だって雪の上じゃ冷てーしよォ」

 「別にすっ裸じゃねーんだ、かまくらン中ならでぇじょぶだろっちゅーに」

 「くっそォ……」


 ゴロリ、ゴロゴロ……

 うーむ……何かふて寝してるみてーで気分悪ィぜ!

 うーむ……むにゃむにゃ……


 「お、おい、おっさん……」

 「もうおなかいっぱいだぜむにゃむにゃ」

 「テンプレな寝言ほざいてもだれも聞いてねぇっつの!

 おい、おいってば……」


 ………

 …


 チュンチュン、チチチ……


 「ぐごーぐごー」

 「うーん……うるせーなあ……はっ!?」


 おおう、何かメッチャ熟睡しちまったぜ!


 「ぐごーぐごー」

 「ったくよォワンコののクセに何でぇそのイビキはよォ……ってえぇ!? 何でだ?」

 「ぐごーぐごー」

 「うるせえ!」

 ペチッ!

 「あだっ! 何すんだ……ってやっと起きたんかい!」

 「そりゃこっちのセリフだボゲェ!」

 「おっと危ねぇ!」

 「よけんな!」

 「よけるだろフツーよォ!」

 「つーかまわり見ろまわり!」

 「はあ? 何だよ、見るまでもなく家ん中だろーがよ!」

 「へ? コレが?」


 目が覚めたらなぜかどっかで見た部屋ん中だったんだぜ!

 かまくらどこ行った!

 つーか雪もねーし何なら思いっ切り屋内だし!

 ……ていう状況に対して何の疑問も湧いてこねぇとこを見ると、このワンコはワンコであってワンコでねぇ可能性もあるってか。

 まあ今まで一緒にいたワンコだってどっかの時点で別なワンコに変わってた訳だし不思議はねーけどな。

 だがコイツはどの時点でこーなった?


 部屋は小ぎれいなアパートの一室って感じだ。

 小ぎれいだが私物の類はテレビやら仏壇を含めて何もねぇ。

 寒々とした殺風景な部屋って印象だ。

 でもって窓の向こう側にはキレイに整備された公園みてーな庭が見える。

 空はキレイな……錆色だ。

 この景色に関しちゃ何かこう……既視感があるが……

 はて、どこで見たんだったかな……?


 『おい、どうした』


 は? 誰?


 『警報も鳴っていないというのに何だ、外の有様は』


 「何だ? 誰だテメーはよ」

 「誰ってバイトリーダーだろーがよ」

 「へ? バイトだ? 俺ってめでたくリタイアして花の無職の筈なんだけど?」

 「何言ってんの?」


 『ダベってる暇があるのなら観測所に様子を確認しに行かんか』

 「へーい」

 「ん? 観測所? 詰所じゃなくて?」

 「何それ?」

 『駄目だ、知っての通り詰所は使えん。向こうの安否が確認出来るまでは行こうなんて気は起こすなよ。

 それと言っておくが今船外活動は出来んから覚えておけ』

 「だそーだよ、行こーぜ」

 「ワンコなのにバイトとか」

 「ワンコって何だよ、俺は人間だっつーの。犬並みにコキ使われてんのは確かだけどな!」

 「へいへい、とにかくその“観測所”に行きゃー良いんだな?」


 何が知っての通りだ、分からんわ!

 あと今“船外活動”って言ったな! 何じゃそりゃ!

 面倒臭えコトになりそーだから大人しくしてねーとな。

 まあ、今んとこ何かと分かってる風のワンコに付いてってみるしかねーか!

 

 「よっしゃ、乗ろーぜ」


 部屋を出てすぐのところにあったのは何かご大層な感じの乗り物。

 電車? それともリニアか……まあ乗ってみりゃあ分かるか。

 都合良くドアが開いてる……つーか乗客が乗るのを待ってるんか。


 俺らが乗り込むとプシュッ、という気の抜けた音と共に入り口の扉が閉まった。

 そしてその乗り物はゴーという音を立てながら移動を始める。

 揺れをほとんど感じねぇとこから察するにこりゃリニアかね。

 んで人っ子ひとりいねーとこを見るに完全に無人運転だ。


 「んでよ」

 「あん?」

 「何だと思う?」

 「何がだよ」

 「何がって何でもねーのに観測所に行けっつー話のことに決まってんだろ」

 「言ってだろ、外の有様は何だってな」

 「着いてみりゃ分かるってか……お、着いたみてーだぜ」


 などと話してるうちに到着したのか、車輌は静かに停止した。


 「いや、何か変だぞ。ここって思いっきりトンネルの途中じゃね?」


 ズン!


 「ん?」


 ズズン!


 「何だよ!」

 「分からん……窓の外は真っ暗だ」


 しかしまた何で急に……?

 場面転換……じゃねーよな?

 さっきのガイコツと一緒か……?


 「なあ、ちょっと膝カックンしてくんね?」

 「何でだよ。意味が分からんぞ」

 「良いから早く!」

 「んじゃ思いっ切り行くぜ! 膝カックンだオラァ!」

 「ズコー!!! って何でつっ立って寝てんだ俺はァ!?」

 「いや、寝てねーから!」


 えーと……さっきまでのが夢でこっちが現実……?

 んな訳ねーよな……?


 

* ◇ ◇ ◇



 シーン……


 「えーと……結局何なん? 夢?」

 「知らんがな。つーか何で夢?」


 窓の外は真っ暗だけど灯りは消えてねえ……

 つーか電気なのか? コレ。

 まあ電気じゃなかったら何なんだって話なんだが。


 ズズン……


 「さっきから何の音だ?」

 「それに地響きも半端ねーな。もしかして止まったのはコレが原因か?」

 「そんならもっと急停止すんじゃねーの?」

 「それもそーだな」


 ん? これは……


 「お、動き出したぞ」

 「結局何だったんだ?」

 「バイトリーダー殿のフォローは無しか」

 「シャトルの中は通信出来ねーだろ」

 「へ? そーなの? ってかこれシャトルっていうんか」

 「何でぇ、おっさんついにボケたんか」

 「知らんがな……つーか何かさっきと違う方向に向かってる様な気が」

 「ああ、行き先が変わったのか?

 一旦止まったってことはポイント切り替えでもやってたか……珍しいコトもあるもんだぜ」

 「そーなんか……まあ俺らにゃ元々行き先の決定権なんざねーんだろーがなあ」

 「違えねぇな」


 待てよ……今のこのシャトル? の挙動に対するこのワンコの反応はいつもと違うぞって感じだったな?


 「なあ、途中で止まって行き先変更なんてコト今まであったか?」

 「いや、ねーな。大体はコースがハナっから決まっててその通りに進むだけだからな」


 やっぱそーなのか……

 しかしその行き先ってのは何か所あるんかね。

 今まで飛ばされてた場所全部につながってるとかだったらぜひとも全部回ってみてえとこなんだがなあ。


 あ、ちょっと曲がったな……おっと、まただ。

 あんま揺れねーからちょっとしたコース変更も分かるぜ。

 しかし曲がったり登ったり降ったり結構せわしねーぜ。

 こんな未来的な施設どーやって建設したんだろーな。

 てゆーかここってどこなんだ?

 さっきのアパートみてーな部屋は何なんだ?

 ……いけね、アレやんの忘れてた。

 降りたら試してみっか。


 ってやべぇ!


 「うげえぇぇ……」


 ビチャビチャ。


 「あちゃーやっぱやらかしたか」

 「うえぇ……気持ち悪ィ……」

 「こっち来んな汚ねえな……乗り物弱えーっつーのによくちゅーちょ無く乗るなァ……ったくよォ」

 「うげえぇ……あれ? 俺が乗り物弱いなんて言ったっけか?」

 「前にも吐いてただろ。ああ、ありゃ乗り物酔いじゃなかったか」

 「何の話?」

 「いや、コッチの話だから」

 「んな言い方されたら余計気になるじゃねーか」

 

 さて、困ったぜ。

 コイツはこっちのワンコで……

 いや待てよ……このシチュで何でワンコがいるんだろ。

 それにコイツ、俺のこと“おっさん”て正しく認識してたよな。

 その一方で前からここでバイトしてたとか……

 そもそも何のバイトなのかも分からんが……

 そんなモン聞くに聞けねーしなあ……


 ……あ、そーだ。

 話をそらすのにもってこいのネタがあるじゃねーか。


 「なあ、オメーのご主人様に会わせてくれるって話さぁ」

 「ご主人様だ? 何じゃそりゃ? 俺はバイトであって奴隷じゃねーぞ」


 なぬ?

 いや、顔に出さねー様にしねーとな。


 「ホントに知らねーのか。棺桶に入ってるとか言ってた奴だぞ」

 「棺桶? ますます分かんねえぞ」

 「あんなに訳知り顔で語ってたクセにか?」

 「あんなにってどんなにだ?」

 「はあ……もう良いわ。オメーが何にも知らねーってことは分かった」

 「何に対するタメ息か分からんけど時間の無駄だったな!」

 「へいへい。んで?」

 「早く降りよーぜ」

 「へっ?」

 「到着したんだっつーの。訳の分かんねー話でだべってる間に着いたんだよ」

 「そうかそうか……ってコレどーやって開ける訳?」

 「いや、待ってれば開くだろ。ドアの開閉も含めて完全無人運転なんだからな」

 「ホントかよ」

 「……」

 「……」

 「……開かねーじゃねーか! このウソつきめ!」

 「っかしーなぁ……」

 「実はまだ移動中なんじゃね?」

 「いや、確かに停車中なんだけどよ。いつもだと着くなりウィーンて開くんだけど」

 「ラチがあかねーな」

 「……アレ?」


 出れた……てか何で?


 「オイ、いくら頑張っても開かねーぞ」

 「あ、ああ」


 何だと!? 


 『お、お姉様ぁ!?』

 「グポ?」


 へ?

 どゆこと?


 

* ◇ ◇ ◇



 「おわっ!?」


 まわりは真っ暗だけど車内灯がついてるから結構明るいぜ。

 んで目の前にはセンセーさん……ってゾンビじゃねえ……?

 それに駐在さん()もといお巡りさんもいるじゃねーか。


 つーか今のグポって何だよ。

 グボじゃねーのかよ。


 ……じゃなくてぇ!


 『オイ、どーなってんだ?』


 シャトルの中からワンコの声が聞こえる。

 ドアは閉まってんのに何で俺だけ外にいるんだ?

 でもってここは何だ?

 駅? とかじゃなさそーだしフツーにトンネルの途中なんじゃね?


 「グポ?」

 「お、お姉様ぁ……です、よねぇ?」

 「あ、あの……あなた様は」

 「俺はお姉様じゃねえ! 還暦のオッサンだ!」

 「ああ、その反応……元に戻られましたか」

 「へ? 何のこと? 逆に聞くけどオメーら何でこんなとこにいる訳?」

 「グポ?」

 「このツボも何なんだ? 危険はねーのか?」

 「えぇとぉ……あのぉ……そのぉ……」

 「だーっ!

 センセーさんはもう良いから! お巡りさん説明頼むわ」

 「はい、ではセンエツながら」

 「ぐっすん……」


 「まず、その壺です。私共は先ほどその壺に頭から飲み込まれました」

 「やっぱ危険なんじゃねーか!」

 「あ、頭ぱーん、ですぅ……」

 「分かったからちっと静かにしてよーな?」

 『おーい』

 「センセーさんとお巡りさん()と良く分からんツボがいてな……

 今話してっから窓に耳くっつけてりゃ聞こえんだろ」

 『ツボがいるって何だよ……まあ取り敢えず了解だぜ』

 「あのぉ、今のわんわんはぁ……」

 「わんわんて……ああ、そうだよ。俺と一緒にいたワンコだ」


 同じワンコかは俺にも分かんねーけどな!


 「あの……」

 「すまねえ、続けてくれや。えーと……ああ、そのツボに食われたってとこからか」

 「あ、はい。確かに頭から食べられたんですが、その直後に中から誰かに引っ張られまして」

 「誰か? 中から? そいつは誰かも分からなくて、かつ今はどっかに行っちまったのか」

 「あ、ええと……中から引っ張られてこちら側の口からズルリと出て来たというか……」

 「マジで? じゃあそのツボを通して異空間に来ちまったとかそんな感じか」

 「はい、感覚としてはそれに近いですね。

 そこの人……“先生”と手をつなげ、と突然言われまして……一緒に」

 「えぇと……お巡りさん()が先に?」

 「はい、後がつかえているとか何とか言いながら……」

 「後がつかえて……? 誰が……ってその中から引っ張って来たやつがいってたのか」


 はて? どっかで聞いたぞ、そのセリフ。


 「あ、あのぅ……」

 「ん? 何だ?」

 「最初はぁ、その人がぁ、お姉様だとぉ、お、思っていたんですぅ」

 「でも違った?」

 「は、はぃ……あのぉ……しゃべり方がぁ……そのぉ……そ、それでこ、これを渡されてぇ……」

 「羽根飾り!?」


 …ああ、そうか。……いや、ああそうかじゃねえ!

 その羽根飾りは緑、白、赤、青のカラーリングだった。

 つまりは俺が持っていたやつだ。


 「そいつは元々俺が持ってた物だよな?」

 「た、多分そぅ……です?」


 疑問符か……ああ、そーだよな。

 待てよ……コイツは羽根飾りを持って家に帰るとか言ってなかったか?

 となるとここはスタート地点なのか……?


 「お巡りさん()、俺は今、頭に羽根飾りを付けてるか?」

 「いえ、無いですね。ですので今先生が持っているものがそうなのかと」

 「なるほど、それを渡して……?」

 「助かったと思ったらいつの間にか中身があなた様に変わっていた、というのが私共の率直な感想になります」

 「中身が変わっていた……?

 急にいなくなって入れ替わりで俺が来たっていうのとは違うんだな?」

 「ええ、そうです」

 「その後は……?」

 「その後はご覧のとおりです」


 そうか……ここじゃまだ羽根飾りを使って実験しよーぜとかそんな話はまだねぇと、そういうことか。

 こいつは過去の出来事の再生かとも思ってたが……何か微妙に違うな……?


 「お巡りさん()、あんたの拳銃は俺が預かってたよな?」

 「ええ、先生を助けていただきまして」


 そこは変わらねーのか。

 じゃあアレはどうだ?


 「じゃあそのツボ……ソイツは“魔物”なんだろ? なんて名前だったっけ?」

 「グポ?」

 「ああ、“底なしのカメ”ですか」

 「ああ、そんな名前だったっけか」

 「ええ、その口の中に引きずり込まれたら最後、二度と帰って来ることが出来ないと言い伝えられている魔物です」

 「なるほどな……ソイツでまがりなりにも転移が出来ると」

 「そこまでは存じ上げませんが……ここが元の場所と同じかどうか、私共にもまだ分からないのです」

 「まあ、そーだろーな」


 “底なしのカメ”と来たか。

 つーか何じゃそりゃ。初めて聞くんですけど!


 ただ、シチュとしちゃやっぱり別な場所でツボに食われそうになってたコイツらを“彼女”が助けた、その後か。


 「あっ」

 「何だよ」


 俺の後ろを見てセンセーさんが驚いている。


 「あっ」


 今度は後ろから聞き覚えのある声。


 「な、何でこっちにいるの!?」


 そして急にそよ風が吹いて俺の頬を軽く撫でる。

 後ろを振り向くとそこにはもう誰もいなかった。


 

* ◇ ◇ ◇



 そして振り向いた首をもとの方向に戻す。

 ……アレ?


 「グボ?」

 「へ?」


 バリバリボリボリバリバリボリボリ……


 ………

 …


 チュンチュン、チチチ……


 ………

 …


 「おろ? おろろろろろ?」


 ………あ、朝ぁ?


 「オイ、起きてっか?」

 「ほんぎゃあぁああァ!?」

 「うおっとおォ!?」


 一瞬、オイ今度は何だよオイふざけんなよオイコラと思ったがフツーにさっき掘ったかまくらっつーか穴ぐらの中だった。

 イキナリ話しかけて来たのはもちろんワンコだ。


 「何だよ、その生まれたての赤ちゃんみてーな反応はよ」

 「ぬははは」

 「ぬははじゃねーよ」


 いやーそれにしてもこっ恥ずかしいリアクションをかましちまったぜい。

 まあ取り敢えず夢だったって体で話してみっか。

 ワンコも共通の体験をしてたって可能性もあるしな。


 「あー、ちょっと変な夢を見てただけなんだぜ」

 「どんな夢だよ」

 「まずな、俺らはどっかの小ぎれいなアパートに住んでたんだよ」

 「俺ら?」

 「おう、オメーもいたぞ」

 「マジでぇ!? キモッ! やだヘンタイ!」

 「ワンコにまでヘンタイ認定されるなんて思っとらんかったわ!

 つーかどこがどーなったらコレでヘンタイなんだよ!」

 「何で俺がオッサンと同じアパートで暮らさにゃならねーんだよ!」

 「知るか! 夢だっつっただろ! だいいち今だって同じ部屋にいんだろーがよォ!」

 「一緒にすんな! アホか!」


 てな感じでグダグダになりながらどーにかこーにか説明したが、どーやらこっちのワンコはあっちのワンコとは違うワンコみてーだぜ。


 つーかさっきのアレはホントにただの夢だったのかもしれねーなあ。

 最近あちこち飛ばされ過ぎて感覚がおかしくなってたんだな、きっとそーなんだぜ。


 そーだなんだぜ。


 「何遠い目してんだよこのヘンタイおじさん」

 「ヘンタイゆーなこのワンコロめ」


 外に出て周囲を確認……うーむ……

 何も変わってねぇな。


 「コレも夢だったら良かったんだけどなぁ」

 「やっぱ何とかして登るしかねーんじゃね?」

 「どーやって?」

 「オメーなら登れるんじゃね? 俺よか身軽だろ。

 んで助けを呼んでもらうとかよ」

 「イヤ無理だって。出口んとこがネズミ返しみてーになってんだぞ、そこをどーにかしてクリアしねーと無理だぜ。

 真っ逆さまに落ちてなんちゃらだぞ」

 「なんちゃらって何だよ」

 「[ピー]だっちゅーに……察しろ!」

 「その辺の骨で登山具でも作ってみっか?」

 「どーやって加工すんだよ」

 「じゃあ雪を積み上げて斜面でも作るか?」

 「さすがに足りねーだろ、10mじゃきかねーぞ、

 それにそんな大量に雪を運ぶんなら重機がねーと無理だろ」

 「じゃあどーすんだよ」

 「せっかく明るくなったんだし地面とか壁を当たってみた方が良くね?

 あとよじ登るんならあそこの出っ張りが良いかもな」

 「あーアレか。アレなら上によじ登れっかな」

 「んじゃそゆことで行こーぜ」

 「了解」


 うーむ……とはいえ何のあてもなく探すのもなあ。

 ゴリラのガイコツといい、立て続けに見たアレは何だったんだ?

 ここで起きた何かに関係がある……?


 「まずは昨日のガイコツが立ってた辺りを掘ってみよーぜ」

 「まあ当てずっぽで掘るより良いか、分かったぜ」


 てな訳でざくざくと雪を掘り返してみる。

 あの貼り紙の切れっ端みてーなのが出て来たのがどーも気になるんだよな。


 「何だこのマーク?」

 「あん? こりゃ例のレリーフか?」

 「例のって?」

 「羽根飾りのマークだよ」

 「あん? ああ、オッサン家の台所の床下収納から地下に潜るときに出て来た奴か」


 ん? あー、コイツは詰所のドアか?


 「なあ、まわりの雪もどけてみよーぜ」

 「おう」


 更にざくざく……


 「お?」

 「何か平らな床みてーなのが出て来たぞ……?」

 「床っつーかドアっつーか外壁とドア?」

 「あー、コイツはここにあった詰所か。やっぱりそーだ」

 「昨日おっさんが言ってた建物か。しかし丸ごと残ってんのか。

 なあ、ここにでけぇ建物が建ってたんだろ。そいつが跡形もなくてその詰所がまんま残ってるっておかしくねーか?」

 「確かになあ」


 更に雪をどけると壁面がほぼ全てあらわになった。

 コレ、まるっとそのまんま残ってね?

 オマケに中がどー見てもノーダメだし。

 それどころかハコが横転してんのに机も電話も元の場所にくっ付いてんのは何なんだ……


 「この小屋ってよ、元は敷地の端っこっつーか正門の脇に建ってたんだよな。

 それがど真ん中に空いた大穴の中にあるっつーことは、何かにふっ飛ばされるか何かでここまで落っこちてきたって考えんのが妥当か……」

 「その敷地ってのは広いのか?」

 「おう、この穴の底の面積の10倍はあると思うぜ。

 仮にここが建屋の真下だったとすっと……」

 「待て、ここがその親父さんの会社の跡地だって決まった訳じゃねーだろ。

 この穴がどこに空いてるモンなのかなんて出てみねーと分かんねーだろ」

 「オメーたまに良いこと言うよな、ワンコのクセしてよ」

 「しかし思ったんだけどよ」

 「ん? もっとホメて欲しいってか」

 「いやな、コイツがその詰所って奴なら一生懸命になって中に入っても結局、外にゃ出れねーんだよなぁと思っただけなんだが」

 「オメー今日はマジで冴えてんな」

 「いやフツーに気付くだろ、気付かねえオッサンがボケ過ぎなんだよ」

 「な、何をぅ……」


 クッ、言い返せねえ!

 確かにその通りだぜ!

 羽根飾りさえありゃこのドアをピッとして開けて、なんて考えてたけど入ってどーすんねんて話だわ、確かに。

 しかしこの真上にゴリラのガイコツか……

 思えばあのゴリ先生もこの詰所の中にいたんだよな。

 あの貼り紙を手に持って俺に逃げろっなんてアピって来たくれーだし……

 でも何だろーな……中の人が違うっつーか、そもそも今俺がいる場所とあの時の血濡れの事務所とじゃあ何かが決定的に違うんだよな……

 ホント何だろーな、この違和感……


 「オイオッサン、ボーッとしてるくれーなら次行こーぜ次」

 「だな、早く出ねーと飢え死にしちまうからな。体力のあるうちに何とかしねーとだぜ」

 「まあ水分は雪食えばどーにかなるが……」

 「俺が立ちションした場所は押さえとけよ」

 「ったりめーだこの立ちションおじさんめ」


 俺が立ちションしてた辺りはやっぱ俺が見なきゃアカンよなあ。


 「済まんオッサン、もう一個あるんだがよ」

 「何だ?」

 「ここに窓があんだろ、ヒビも入ってねーのっておかしくね?

 あと中が全く散らかってねえっつーか机も椅子も直角に床から生えてんのは流石に何じゃこりゃ事案だよな」

 「うーむ……この穴の外に出るっつー目的から脱線しそーだしあえて言ってなかったんだがなあ」

 「で、オッサンの見解は?」

 「コイツは作りモンで誰かがわざわざここに置いた。

 あるいはだいぶ前に誰かが置いたけど穴が開いたときにここに落っこちて来た。

 こんなとこか」

 「誰かって誰だよ」

 「知らん。誰かっつったら誰かだ」


 第一羽根飾りが無きゃ入れねえし……って電源も何もなさそーだしピッて出来んのかすら怪しいけど。


 ポケットから薄い木箱を出してしげしげと眺める。

 例のうっすい羊羹ヨーカンの箱だ……ん?


 「おろ……?」


 フタが空いちまったぜ……

 しかも……羽根飾りもしっかりあるぜ……


 「おいオッサン、これ持ってるんならもっと早く出せよ」

 「そ、そーだな」


 何でだ?

 いつからあった?

 コレって元はといえば推定俺ん家から持ち出した奴だけど、そんときゃフタは本体と一体成型みてーになってて作りモンって感じ満載だったぞ?


 「オッサン、開けられんなら話は別だ。中に何か役に立つモンがあるかもしれねーしな」

 「ああ、何で動いてんのか分からんけどシステム? が生きてたら入れるかもな」

 「しすてむ?」

 「言葉のアヤだっつーの」

 「そ、そーか」


 どれ、と羽根飾りを箱からつまみ上げてレリーフにかざす。


 「ピッ」

 「ガチャッ」


 「……開いたな」

 「入るか」


 俺は入り口の縁にぶら下がってヨイショと反対側の壁に着地した。

 元々そんなに広い小屋じゃなかったから何とか降りれたぜ。

 さて……


 「オイ、良いぜ」


 ………

 …


 「オイ、聞いてんのかって……閉まってるゥ!?」


 クソ……流石に天井っつーかドアノブまで手が届くほど近くはねーぞ……


 つーかどーすんだコレ。

 穴の底から脱出するどころかさらにその中のハコに閉じ込められちまったぞ。

 ワンコじゃ外から開けれねーし、こりゃ詰んじまったぜ。

 さっきの冗談がフラグだったか……


 何とか窓から……って無理だよな。

 外は見えてるし中はいつぞやのモニター室じゃなさそーだし、詰所に入った瞬間またどっかに飛ばされたりってのは無かったみてーだ。

 どーしたもんかな……

 あ、そーだ。連絡通路か物置部屋から出られるんじゃねーか?

 外が雪ならワンチャン掘って進めるだろーしな。

 

 連絡通路、は……岩盤……? 何でだ?

 じゃあ物置部屋も望み薄か……

 まあ良い、気を取り直して……良し、ドアには何とか手が届くぜ……


 「ガチャ……キィ……」


 おお、開いたぜ……!

 どうにかよじ登って物置部屋に滑り込む。

 おお、パイロンとかスコップ(大きいやつ)があるぜ……!

 でもって奥に見えんのは……隠し小屋に続くドア!?

 いや、前も変なとこに飛ばされてなかったらあったのかもしれねーが……

 とにかく行ってみっか……


 「ガチャ」


 良し、開いた!


 うお、真っ暗だ……って当たりめーか。

 こりゃ手探りしながら進まねーと危ねーな。

 ん?

 ……何だこれ……?


 箱? しかもかなりでかいぞ?

 何かツルツルした手触りだ。

 棺桶? いや違うな、木とかそういった類のモノじゃねえ。

 近ぇのは……ガラスか……

 しかし親父がいた頃にこんなモンあったか……?


 

* ◇ ◇ ◇



 手を伸ばせる範囲で確かめる。

 多分だけどこの箱、継ぎ目が全くねぇな。

 まあ裏側に回りゃ何かあんのかもしれねーが、こんなのともかく親父が個人でどうこう出来るシロモンじゃねえよな。


 そもそもここにはベニヤ板の棚と親父が自作してたしょぼい8ビットマシンがあった筈だ。

 筐体もこんなキレーな奴じゃなくて大きめのポリタッパーに穴を開けただけのしょぼい奴だったし。


 てゆーかこのガラスケースがジャマでこれ以上進めねえな。

 何か知らんけど天井から床までピッタリ収まってる感じだ。

 よじ登ったら越えられんだろーけどバリッて行きそう……って訳でもねーか。

 考えてみたらコイツも含めた詰所全体が破壊不能オブジェクトみてーになってんだよな。

 他のものも同じかどうか……なんてことは分からんけど、日が暮れて朝が来たりトイレに行きたくなったりするんだ。

 多分この詰所だけがおかしいんだよな。


 良し、よじ登って行くか。

 ……うーむ。

 ちべたい。

 当たり前だけどガマンするしかねーか。

 しかし真っ暗だけどホントに一切何も見えねーのな。

 ガラスの中はもちろんだけどまわりも一切何も見えねーのはカンベンして欲しいぜ。

 ぶるっ……うぅ……ガラスにピッタリ張り付いてるせいで何かトイレが近くなった気がすんぜ。

 水分なんて雪をちっとばかし食ったくれーで大して取ってねーのにな。

 コレ、出れなかったらどこですりゃえーんや……


 っと、やっと反対側のヘリに着いたぜ。

 ……コレ、降りれるよな?

 反対側と対称なら高さは同じ筈だよな?

 良し、飛び降りてみっか。

 せーの、とりゃ。


 ……良かったぜ、フツーに床っつーか反対側の壁があっ——


 バキッ。


 「おわぁっ!?」


 何か底が抜けた!?

 じゃなくて何かを踏み抜いた!?

 けど相変わらず真っ暗だぞ。


 ドン、とどこかに着地……


 『おわぁっ!?』


 と思ったら足場が丸い形? になってて両足が外側にツルっと滑り、何かに馬乗りになった。

 痛え! メチャクチャ痛え!

 何が痛えってアレが痛え!

 コレズボンのお股がブッ裂けてねーだろーな!?


 ……今叫んだのって誰だ?


 『こらぁ、いつまで他人の顔面に汚物を押し付けとるつもりなのじゃあ』


 へ?


 「えーと……誰?」

 『良いから早くどかんかあ』

 「おしっこもれそう」

 『や、やめるのじゃあ』

 「あっ」

 『えっ!?』

 「なーんちってぇ」

 『えー加減にせんかお主!』

 「分かった、分かったからちっとばかし待てい!」


 コレ、降りれんのか?

 3mとかあったらフツーに大ケガなんだけど。

 その前に俺のお股が交通事故で大惨事な訳だが。

 クソ寒いっつーのに油汗ダラダラだしもーちっと落ち着いてからでもバチは当たんねーよな?


 『おーい、早くどかんかぁ』

 「ちっとばかし待てと言っとるだろーに理解力のない奴め」


 センセーさんとはまた違ったベクトルでイラッと来るぜ、このしゃべり方。

 ……つーか敢えて考えない様にしてたけど、今しゃべってんのってやっぱ俺のお股の直下にあるナゾの球体(?)だよな。


 何か知らんけどせめて地面? 床? 伝いに移動するぐれーは試さねーと怖くて動けねーからな。


 「やべぇ、今度はウンコもしたくなって来た」

 『や、やめんかこの痴女めぇ』

 「へ?」

 『へ?』


 今痴女って言ったな?

 つーことはセンセーさんたちと同じラインか。

 しかしそーなるとお股のほうは今どういう状態ナノダロウカ。

 さて、それはさておき……


 「ほんの冗談だよ。地面伝いに移動したいからちっと待ってろや」


 今コイツと接触している部分をなで回しておおよその形状を確認する。


 『な、何をおっ始めようというのじゃあ……』


 今またがってるのは頭の部分か。

 てことはこっちに向かって動いて行けば地面に到着出来るって訳か。


 『こ、こら……どこを触っておるのじゃこのヘンタイめぇ』


 ハイ、早速いただきました。ヘンタイ認定!

 だがここで止まるわけには行かねーのだ。


 「しょーがねーだろ、こうでもしねーと降りれねーんだよ」


 俺はしゃべるヘンテコな銅像? の胴体を伝って恐る恐る地面に到着した。

 ……こんだけ垂直だとちっと無理だな。


 『何じゃ、奥の通路に行きたいのかの?』

 「おう、つーかコレどーやって外に出りゃ良いんだ?」

 『ならば妾の後ろに木が一本立っているであろう。

 そこを経由すれば向こう側にはどうにかたどり着けるであろうよ』

 「えーと……真っ暗で何も見えねーんだけど」

 『妾の真後ろにサルスベリが一本生えておったじゃろ。

 お主ならば知っておるじゃろうに』

 「へ?」


 お主ならばって何だよ……あれ?

 サルスベリ……?

 像が建っててその後ろに……ってここってもしかして親父の会社の中庭?


 

* ◇ ◇ ◇



 『コホン……ときにお主? 先ほどからの失礼極まりない行動といい、なにゆえその様に器用な格好で台座にしがみついておるのじゃ?

 やっぱり筋トレかの?』

 「ちげーわ!」

 『ナルホド、おかしな趣味じゃのう?』

 「趣味でもねーっちゅーに!

 こうでもしねーと落っこっちまうからに決まってんじゃねーか!」

 『横倒しじゃと……?』

 「だって今全部90度横向いてんだろ、それで苦労してんじゃねーか!」

 『はあ? 何を言っとるんじゃお主。噴水の水だって重力に引かれて上から下にちゃんと流れとるぞ』

 「噴水? 水……?」

 『それにお主も思いっきり水浸しになっとるではないか』

 「へ……? んなこと言われても真っ暗なんだっちゅーに」


 うーむ……水が見えねーのはまあそんなもんかと思うが、タテヨコが違うってのはちっとばかし新しいなぁ。

 やっぱ最近ちょっちマンネリ気味だとか思ってたのがデケーのかなぁ。


 ……じゃなくてえ!

 コレってアレだよな、あそこにあったアレ。

 ソレが何でしゃべってんの?

 つーか何で妾なのじゃーとかいう口調なんだ?


 「なあ、アンタは一体誰なんだ?」

 『そういうお主こそ誰じゃ?

 その姿、てっきり王家の血筋か高位の神官戦士か何かじゃと思うたが……

 てゆーかどっから湧いて出たんじゃ?』

 「うーむ……じゃあ質問を変えるぜ。ここがどこでアンタ以外にも誰がいるのか教えちゃもらえねーか」


 この際だから誰ソレ言う前にアンタは銅(?)像だろってツッコミは置いとくぜ!


 『この場で妾にその様なコトを聞いてくるということは……さてはお主、異世界からの転生者じゃな?

 なら話は早い。見せてみよ、お主のちーとすきるとやらをな!』

 「ちっと待て、どうしてそーなる?」

 『ふふふ……そうケンソンせずとも良いぞ?』

 「待て、ちっとも話が見えねえ」

 『妾もその昔は色々とヤンチャをやらかしたものよ。

 勇者とやらを召喚してやるぞと思って儀式をやったらちっとばかしイケニエが足りんでの——』

 「無視かい! つーかイケニエとかどー考えても勇者じゃなくて悪魔か何かを召喚する儀式だろ!」

 『これお主、他人が気持ち良く話しとるときにその様にさえぎるもんではないぞ。無粋じゃろうに』

 「オマケに自己中キャラなんかいな」

 『何を言うか、コレで世が世なら妾は大国の姫君様なんじゃぞ』

 「はあ? どっからどー見ても会社の庭に立ってる像だろ。

 ディティールも少ねーし金かかってねーのが丸分かりだっつーの。

 暗くてなんにも見えねーけど!」

 『何じゃとお!? お主、せくはら発言も大概にするのじゃあ』

 「そんなんお股から先に落っこちて来て顔から台座まで丸太みてーにガッチリしがみつきながらモゾモゾと移動してる時点でゲージMAXまで振り切れとるわ!」

 『全くお主……その体勢で良くそんなマシンガントークがぶっぱ出来るのう』

 「何でぇ、さっきの話はおしめぇかよ」


 今マシンガントークって言ったぞコイツ。

 それにぶっぱが何だか分かって言ってんのか……?

 平成のゲーセンでブイブイ言わしてたギャルかいな。


 『何、お主がアホだということが分かって呆れておるのじゃ』

 「何じゃそりゃ……んで続きは?」

 『えーと……どこまで話したかの?』

 「アンタも大概だな、他人のことアホ呼ばわりしくさってからに」

 『じゃかましーわ!』

 「ホレ、怪しい儀式をやらかしたとかイケニエが足りんかったとか言ってただろ」

 『あ、大国の姫ってトコじゃないんじゃのう?』

 「もえボケなんぞカマさんでえーわ! うぜえ!」

 『コレでも大マジじゃぞ!』

 「あー分かった分かった分かったよ姫サマ?」

 『う、うむ。分かれば良いのじゃ分かれば』

 「マジかよチョロいなオイ」

 『口に出してわざわざ言わんでもえーことを……

 それで誰なのじゃ? お主を召喚した者は』

 「だから違うって」

 『その様なことはあるまい。

 妾とうりふたつの姿と声色、加えてその様に真っ赤な髪を持つ者が偶然虚空から飛び出して来る筈はないのじゃ』

 「待て、虚空からと言ったな?」

 『じゃから召喚されてやって来たのであろうと申したではないか』

 「イケニエとやらを捧げてか?」

 『む……それは分からんがの』

 「ウソつけ! どーせ首をはねて祭壇に捧げたりたりケツの穴から串刺しにしたりしてんだろ!」

 『お、お主も妾を魔物扱いするのか……!』

 「何でそーなるんだよ」

 『あ……い、いや……何でもないのじゃ……』


 あ、アカン、手がプルプルして来た。

 このまんまじゃ早晩落っこちそうだぜ。

 あとトイレ行きてえ……メッチャ行きてえ……!


 「くっ……腕が限界だぜ……!」

 『な、何じゃと?』

 「それに……」

 『それに?』

 「う、うんこしたい……」

 『お下劣は禁止じゃこのおマヌーめえ!』

 「お下劣じゃねえ! こっちは大マジなんだっちゅーに!」

 『黙れ! お下劣は禁止! 略してオゲ禁じゃあ!』


 そ、その略称……必要なのか……? あ、そーだ!


 「姫サマ? ソレガシはうんこがしとうゴザりますればぁ!」

 『それらしく言っておだててもお下劣はお下劣じゃ、このアホンダラめぇ!』


 ……もうお姫サマってキャラじゃねーし!

 うぅ……もう自由落下待った無しだぜ……

 クッソォ……!


 ……うんこなだけに。


 

* ◇ ◇ ◇



 良し、後ろにサルスベリの木があるっつったよな……

 そこを経由して行けば奥の通路がある……と。

 ここは思い切って落っこちてみるしかねーか。


 「しょーがねーなっと……」

 『へ?』


 てな訳でここは思い切って自由落下することにしたぜ!

 ……ってアレ?

 木は?


 『アホかお主は。何で90度違う方向に行くのじゃ?』


 なぬ!?

 後ろ=木=通路なんじゃねーのォ!?

 

 「おわーっ!?」

 『おいこら、そっちじゃないと言うておろうに』

 「知るか! こちとら自由落下なのじゃーっ!」


 ってのんきにモノマネなんてしてる場合じゃねーぞ!

 どーすんだよオ——


 ゴスッ!


 パニクる暇も無く全身に衝撃が走り目の前でキラキラと星が散り——


 ………

 …


 「う、うーん……」


 痛ってぇ……ってアレ? 明るい……?

 ここは……さっきの部屋……?


 窓から見えるのは例の人気ひとけの無い公園だ。

 今度はワンコがいねーけどあのシャトルとかいう乗り物の中にいんのか、穴の底にいんのか……


 てゆーかコレ、多分だけど夢だよな……?


 さっきしがみついてた像があった場所、あそこが親父の会社の中庭と同じレイアウトだとしたら10mはあんぞ。

 どう考えてもイテテで済む訳がねえ。

 もしかしたら俺は今、気絶してるとかそんな状態だったりすんのかもな。

 最悪臨死体験中とか……?

 そういや……俺っていっぺん灯油かぶって焼身自殺しようとしたことがあんだよな。

 結局あの後どーなったんだっけ……?


 アレ?


 分からねえ。

 そもそもが夢ん中だったとか……?

 いや、んな訳ねえよな。んな訳がねえ。

 そもそも夢なら何重にも重なった夢なのか?

 場面の飛び具合が支離滅裂過ぎるし、コレが現実とも思えねえ。

 今気付いたけど、ここに来てトイレ云々が全く気にならなくなったな……つまりはそーゆーことか。

 ハッ!? もしかして俺、気絶してるせいでウンコがタダモレ!?

 イカンイカン……考えねー様にしよう。

 ともかくだ。

 ここがアパートの一室ならトイレのひとつくれーはあるよな。


 えーと……さっき乗り物に乗った出口があっちだろ、多分あれが玄関なんだよな。

 んでドアはあと三つか。


 ひとつ目。

 ガチャ。


 洗面所か……しかしここもキレーなもんだな。

 生活感がまるで無え。

 そもそもここって別に俺の部屋でも何でもねーからな。

 客観的に見たら俺って今、誰かの部屋に不法侵入してるんだよな。

 じゃあ本来の住人が来たらどーなる……?

 やべ、急に心配になって来たぞ。


 ふたつ目。

 ガチャ。


 風呂場……ああ、トイレもここか。

 しかしさっきの洗面所といい、ちゃんと新品の備品が置いてあるんだよな。

 ワンチャンここがホテルって可能性もあんのか……?

 だからって今まさに不法侵入中って事実が変わるモンでもねーけどな!


 んで最後のみっつ目だ。

 ガチャ。


 ……おろ?

 ここって例の秘密基地っぽいとこ……観測所だっけか……ともかくあの場所なんじゃね?

 何でこの部屋と繋がってんだ……?

 窓の外は……


 つーかここが例の場所ならアレが出来んのか。

 そーいや実験してみよーと思ってたんだよな、さっきも。


 「ターミナルオープン」


 ……何も起きねえ。

 まあ夢ん中だからってそう都合の良い方向にコトが運ぶなんてこともねーか。 

 目が覚めたら定食屋にいた、なんてコトはねーよな?

 今はオタもアホ毛もいねーんだ。

 町の連中もどこに行っちまったか……


 まあ前に来たときと同じことをつぶやいてみるか。

 どーせ何も起きねーんだろーけどな。


 「スイ——」

 《 スイッチ 》


 ……!?


 目の前がイキナリ真っ暗に戻ったぜ……

 どこだよ、ここ……


 それに今、誰かいなかったか?

 そいつが俺を——


 ガン!


 「あだっ!!」


 ゴスッ!


 「いでっ!!」


 イテテテテ……

 コレ、机か?


 恐る恐る手を伸ばすと机や椅子があちこちに雑然と転がっているのが分かる。

 それだけじゃねぇ。

 今手を伸ばして触れたのはダム端のCRTだったぞ。

 つーことは今度の場所は電算室なのか……

 中庭からだと連絡通路を通らねーといけねーが落っこちた先は90度違う方向だった筈だが……

 それに中庭と違って天地がフツーの位置に戻ってるな?

 つまりは落っこちる前とはまた似て非なる場所だってことか。


 ……さて、どうしたもんか。



* ◇ ◇ ◇



 コレ、じっとして待ってたら元に戻るパターンか?

 つーか次から次へと俺は何を見せられてんだ?


 場所が場所なだけに……いや、そもそも論としていつかのどっかの時点から俺はぐるぐると夢の世界か何かを回らされてるんじゃねーかって気がするんだよな。

 いや、夢ん中ってのは語弊があるかもしれねーな。

 俺が知らねーヒトやらモノやらが登場して俺の知らねー出来事を語ったりしてんのは明らかに夢って範疇を超えてんだろ。

 しかも夢で片付けるにはちっとばかしリアルすぎるしな。

 じゃあ何なんだってなる訳なんだが……

 ここは俺にとっちゃどうでも良い場所って訳じゃねえ。

 これまでだってそうだった。

 俺ん家から始まって会社跡地の廃虚、詰所、定食屋……それに警察署……

 俺の家族、町の住人……それがちょっとずつ姿を変え形を変えながら現れては俺の目の前から姿を消して行った。

 それも転勤やら引っ越しなんかの理由じゃねえ。

 場面転換、と名付けちゃいるが言っちまえばコイツは並行世界に転移したみてーなもんだよな。

 それに見方を変えりゃ俺の方がいなくなったってことになるのか。

 どう考えてもどっかのタイミングで異世界の入り口みてーなのを踏み抜いちまったとしか考えられねえもんな。

 俺にとって思い出のある場所、それが何の脈絡も無くぐちゃぐちゃに繋がって出現するのは分かる。

 夢ってのはそういうもんだ。

 じゃあ身も知らねえ奴が現れて行ったこともねえ国の話をし始めんのは何だ?

 ガイコツとかドラゴンとか変なイカみてーなデカブツとか、ゲームみてーなのはまだ分かる。

 知らん国の制度やら女神様やらが出て来たり、俺を見てお姉様とか意味の分からん反応をする奴がいたり、このへんは俺の妄想って言うにはちっとばかし創造的過ぎんだよな。

 まあここまでは今までも何度か考えたことだ。

 あとは特殊機構って奴。

 夢に出て来る様なハチャメチャで荒唐無稽な出来事が目の前で次々に起きてんのはそいつのせいなんじゃねーか……と考えたとこでふと思ったんだよ。

 特殊機構って何やねん、てな。

 何でそんな意味不明な理由付けで納得してたんだろ、俺。

 だがコイツは親父の会社で何度か耳にしたことのある言葉だ。

 コッソリ忍び込んだ部屋で見付けた中二病全開の論文で見たんだよな。


 で、今いる場所がまさにその場所の筈、な訳なんだがなあ……

 まわりは真っ暗だけどいつか見たモノが散乱してる状態ってことは同じ様に血まみれなのか……

 そもそも血塗れの状態ってのが俺には分からねえ。


 今俺がここにいる意味、それと何か関わりがあんのか……?


 イヤ待てよ?

 マシン室と中庭の間には連絡通路とだだっ広い事務室があったよな。

 そっちはどーなってるんだ……?

 このまんま通路側に戻ったらまた中庭に戻れるのか?

 そしたらさっきの変な奴がまだそこにいる……?


 いや、さっきとは状況が違う。

 さっきの状況、あれは穴の底に中庭が丸ごと横倒しで埋まってたことを意味する筈だ。

 だが今は違う。


 それにしても真っ暗だが……

 そうだ、あのときは携帯のライトで何とかしたんだったか。

 ここで見付けた資料も携帯カメラで撮影しまくって——


 てなことを急に思い出してポケットをガサゴソ。

 うん、無えな。やっぱし。

 まあ、トイレに行きてのも治まってるし何ならさっきぶつけたとこもなんともねえもんなあ……

 まあそんならそれで良いんだけどな、結局状況確認はしねーとならねーんだ。


 さて、取り敢えず自分が今どっちを向いてんのかだけでも知りてえとこだが……

 まあ壁伝いが王道だよな。

 イキナリ落とし穴があって真っ逆さまなんてのが無けりゃーな。

 おっといけねえ、これ以上はフラグだな。


 てな訳でへっぴり腰になりながら恐る恐る右手を伸ばして近場にあるナニカに手を触れる。

 ところがそこで返って来たのは生暖かく湿っていて、しかもグニャリとした奇妙な感触だ。

 俺はビクッとなり思わず脊髄反射よろしくヒュポッと手を引っ込めた。


 えぇ……


 汚ったね!

 ここに来てヌルヌル系かいな!

 たまにマジメくさって考え事するとこれだよ。

 こちとら手を洗う手段も無えっつーのによォ。


 もういっぺん触ってみるとか勘弁してほしいとこだけど、コレがあたり一面に拡がってんのかどうかは確かめねーとならんな。

 襲ってこねーとこを見ると単なる肉壁の類なのか、はたまた植物系の何かなのか……ってこの気持ち悪ぃ生暖かさは動物系だよなあ……


 よし、行くか!

 いまさっき確かめたんだ。

 コイツはリアルじゃねーんだ、そーなんだ。

 きっと多分どーにかなる!


 てな訳で……とりゃ!

 グニャリ。


 『あひっ!?』

 「うっへぇあぉーいィ!?」


 アカン、ビックリし過ぎてワケの分からん叫び声をあげてしまったぞ!

 そして腰が抜けたぜ!


 『……』

 「……」


 えーと……もーいっかい触ってみろってか?

 こんなん触れっかボゲェ!

 いやツッコむ相手いねーけどボゲェ!


 『あのぉ……もう一回……良い?』

 「良い訳ねーだろーがボゲェ!?」

 『あっあっあーっ!?』


 もー訳が分からんわ!

 何じゃコイツは!



* ◇ ◇ ◇



 この高い声……女……じゃねーな。

 どっちかっつーと子供だ。

 やべえ、事案か。

 何だよ、『あひっ!?』てよ……

 でも

 もーいっぺん……

 俺は恐る恐る手を伸ばして人差し指でツンツンしてみる。


 『あっ』 

 「へ?」


 ツンツンツン……


 『あっあっあっ!』


 ツンツツツン……


 『あっあああっ!』


 ……じゃなくてぇ!

 これじゃまるっきりヘンタイじゃねーか!


 『あのぉ……ヘンタイさん?』

 「誰がヘンタイじゃボゲェ!」

 『あっあっあーっ?』

 『だってさっきから変なトコばっかり……ああっ』

 「ヤメレ! ホントにヘンタイみてーじゃねーか!

 つーか今度はなんにもやってねーぞ」

 『えーっ、やめちゃうのォー?』


 ゴゴゴ……


 『やめちゃうのォ?』


 何だ……コレもしかしてヤベー奴なのか?


 『ねえ?』

 「あ、あのさあ、何してるのかな? こんなとこで」


 真っ暗だしどんな奴がどんなカッコしてそこにいんのかも分からねーからな、親切なオジサン的ムーヴで下手に出るしかねーぜ。

 電算室……なんだよな、ここ。さっきまでの感触だとな。


 『何ってボクはまおーさまのしんえーたいだぞ』

 「へ? マオーサマ? シンエータイ?」

 『何だよ、シラけるなあ。先生から聞いてないんだ』

 「先生……?」


 “先生”って誰だ……?

 確かさっきのガイコツも言ってたが……

 まさかとは思うがあの“センセーさん”か?

 しかしセンセーさんがしてたのは“学院”とかいう学校的なヤツの話だ。

 ここは親父の会社の事務所跡の廃墟、そーだよな。


 『ねえおじさん、ちょっと先生とお話して来てよ。待っててあげるからさ』

 「先生って……? さっきナントカなのじゃーとか言うのには出くわしたけど」

 『え? ああ、それはまおーさまの方だよ』

 「そのまおーさまってのは誰なんだ?」

 『えぇ……あのさぁ、ここにいてそれを知らないおじさんこそ誰なの?』

 「誰って通りすがりのおじさんだっちゅーに」

 

 もうこうなりゃどうとでもなれだ!

 正直じーさんに死角はねえ!

 ただ……存在を否定するよーなコトは言っちゃいけねー気がするぜ。

 そこは気を付けねーとな。


 『怪しいなあ……ここに来る順番だっておかしいし……』

 「そりゃおかしいだろ、俺はここに落っこちて来たんだからよ」

 『落っこちてって……どこからだよ』

 「ここはホラ、穴の底のそのまた下……地の底みてーなもんだろ?」

 『はあ? ここは空中庭園の中だよ?

 てっぺんが地の底なんてことあるもんか。

 おじさん、やっぱりおかしいよ』


 いけね、意図せずしてハナっから否定的な展開になっちまったぜ……!


 「俺がおかしなヤツだったとして、キミタチに何か出来るとは思えねーんだが」

 『何言ってんのさおじさん。

 もしかしてボクたちが五体満足ですらない人間の出来損ないだからってバカにしてるの?』


 くっそ、言うこと全部が裏目かよ……一体どーなってやがる。

 とにかく立て直さねーと……!


 「そ、そんなことはねえ、そんなことはねえぞ。

 俺はキミタチのことを心配してだな……」


 『だってボクたちってさ、ひとりだと自分で出来ないことも多いでしょ。

 先生がボクたちの将来のことを考えてみんなの役割を考えようねって、考えてくれたのがコレなんだよ』

 「役割?」

 『そう、今日、みんなでさ……』

 「今日? みんな……?」


 いや、ちょっと待て。

 今日……?


 「じゃあ“そのナリ”は……?」

 『たまたまそこのカレンダーを見てさ、アライグマなんて良いんじゃないかなって』


 なあおい、やっぱここはあの日の電算室なのか?


 「なあ、今日って何年何月何日だっけ」

 『何? 1989年の5月4日ダけド?』


 ナルホド、元ネタは世界のカワイイとうぶつさんカレンダーだったか……

 アライグマにしちゃモフモフ感が皆無だったが……?


 『ネエオジサン、ソレガ、ドウカシタノ?』


 ゴゴゴ……



* ◇ ◇ ◇



 うーむ。

 コイツはやべぇ。


 何がやべぇってさっきから変な地鳴りが聞こえるんだよ。

 これさ、ぜってーコイツと関係あるよな。


 『ネエオジサン、ハヤクセンセイトオハナシシヨウヨ……』


 ちょっと待て!

 ナゼに台本棒読みみてーなしゃべりになってんの?

 怖えーよコレ! 怖えーから!


 「よ、良し分かった。んでその“先生”ってのは?」

 『ン……? セんセいは中にいルよ……』

 「ああ、そうか。ありがとな」


 中……?

 中ってどこの中だ?

 ダメだ、ハナっから分からねえモンをいくら考えたって分かる訳がねえ。

 だからってこれ以上このガキ(?)の意に添わなそーなそぶりは見せられねーな。

 何か知らんがやべー気がするぞ。

 ゆーてここからどーやって動くか……?

 元はといえばここに来たのも“飛ばされた”からだよな……


 ゴゴゴ……


 『オじサン、ドウシたノ? ねエ……』


 ゴゴゴゴゴ……


 な、何だ、地震だ!?

 いや、足元が何か妙に揺れてるぞ……ってコイツはもしかして……


 『オ、ジ、サァーン?』


 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 「のわぁ!?」


 足場が丸ごと持ち上がり宙に放り出される。

 もしかしてそもそもバケモンの腹ん中にいたってパターンかよ!

 とか考える間もなくそのままボヨヨンボヨヨンとゴムボールのごとく跳ね上げられる。


 イヤおかしーだろコレ、フツー死ぬって!

 何だこれ! マジで!

 しかも真っ暗!


 ボヨヨン、ボヨヨン、ボヨヨーン……ゴスッ!


 「あだっ!」


 痛ぇ! メチャクチャ痛ぇ!

 頭から落っこちたんだけどォ!

 ったく何度目だコレよォ!

 つーかどこにぶつけたのかすら分からねえけどやっぱコレ、何で死なねーのか分からんレベルの事故じゃねーか!


 イヤ待てよ……何か固いモンにぶつかったってことは終点か?

 流石にコレ触ってそんでアヘアヘ言ったりはしねーだろ、流石に。

 床面からの——ん?

 何だコレ……でけー箱……?

 いや、コイツは……メインフレーム?

 やっぱここはマシン室か……


 『セ、セ、センセイぃ、ゴノ……オディーサン……』

 「お、おDさん? いや、つーか……先生だぁ?」

 『オ、ディーサン、マルカジリ』

 「食うんかい! つーかクチどこォ!?」


 ガコン!


 「へ? 何?」

 『オディーサン、ハイル、ココ』


 何そのカタコト……それにこことか言われても真っ暗だし何も見えねーっつーの。


 『ハイル、ハヤク』

 「どこにだよ。分かんだろ、ここは真っ暗……」


 ボヨヨーン! カゴッ!


 「のわぁ!?」……からの……「あだっ!」


 何だコレ……箱? メインフレームより随分と小せぇな。

 つーか棺桶?


 「オイ、入れってこの箱かよ」

 『センセーイ、センセーイ』

 「おい!」


 バタン!


 やべぇ、フタかこれ!

 上からグイグイ押してんのはどこのどいつだよ!


 「お、おい! やめろ! やめろって」

 『センセーイ』

 「おい、おいってばよぉ」


 このままじゃ閉まっちまう!


 「ちょ、待てこの……すげーチカラっつーか電気か何かで動いてんのか」


 クッソ……ダメだコレ……あ。

 完全に閉まっちまった。

 中からグイグイ押し返してみるがビクともしねえ。


 「オイ、開けろ! ここから出せよ!」


 このまま火葬とかカンベンだぜ!

 なあおい!


 『大丈夫大丈夫、死ねば戻れるから』

 「ちっとも大丈夫じゃねえ! って何で急に元に戻ってんだ何とかしろォ!」

 『慣れれば気持良いよ』

 「そりゃーいつぞやのテンプレ回答じゃねーか!」

 『えい』

 「あ」


 ぷちん。



 ………

 …



 う——

 眩しい……

 ……。


 何だろう……小さな子どもがじっとこっちを眺めてるんだけど。



 ここは……親父の会社の中庭か……?

 やけに視界が高いな……見下ろす感じだ。

 何でこんなとこに……?

 いや、そもそも親父の会社は今は廃墟になってる筈じゃ……

 あ、どこかに走って行っちまった。

 ……つーか、孫じゃなかったか? 今の。


 『先生! せんせーい!』

 『何ですか、大きな声を出して』

 『この子が今こっち見てたの!』


 戻って来た……!

 孫(?)がこっちを指差してそう話す。

 今連れて来た人物が“先生”……だと?

 息子の嫁……いや、あの写真に写ってた女性……か?

 それにしても“この子”って何だ?

 俺が“この子”だ……? 何だよ、“この子”って?


 「……」


 な……声が出ねえ!?

 いや、それだけじゃねえ。

 身動きが取れねえ……何だコレは……

 

 『一体、誰が作ったのかしらね』

 『神様!』

 『ふふ、そうねえ』


 えーと。

 俺って今、台座の上の彫像になってるカンジ?


 一体どこの何に戻った訳?

 くっそォ騙されたァ(不可抗力)カネ返せぇ(一円も払ってない)!


 『先生、この子変な顔ぉ』

 『あら、そうかしら』

 『えっとね、“カネ返せ”だって!』

 『えぇっ……?』


 えっ?

 えぇーっ!?


 『えぇーっ(笑)』


 

* ◇ ◇ ◇



 コラ! マネすんなや!


 『やだ!』


 えぇー、じゃーどーすりゃえーんじゃい!


 『どーすりゃえーんじゃい?』

 『こ、今度は何なの?』

 『あのね、マネすんなって言われたからやだよって言ったの!』

 『そ、そうなの……?』


 まあ大変、この子アタマおかしくなっちゃったのかしら、どーしましょー(笑)ッてカンジの顔してんな。

 まあ当たり前だよな!

 いきなり彫像とお話し始めたらコイツアタマ湧いてんじゃね? って思うよな!


 『ねえ先生!』

 『な、なぁに?』

 『アタマわいてるって何?』

 『ぶっ!?』

 『ど、どうしたの? 急に』


 おんやぁ? さては図星ですな?


 『さてはズボシですなぁ?』

 『ぐっ!?』


 イケませんなあ、子供相手に。先生失格ですなあ?


 『イケませんなぁ! せんせーしっかくですなあ! だって!』

 『えぇっ!?』


 さてと、ここまで会話らしい会話もねーしそろそろマジメに行きますかねぇ。

 おい、そろそろマジメにやりたまえよ?


 『マジメにやりたまえー、だって!』

 『えぇっ!?』


 まあマジメにやんなきゃなんねーのはコッチだよな!

 コイツがもし俺が思ってる通りの場面なら“開店即閉店”の前か後かだな。

 そもそも何でさっきの流れからこの場面になったのかがわからん訳だが。


 『かいてんそくへいてん?』

 『か……かいてんそく?

 ねえ、本当にこの像とお話してるの?』

 『うん!』


 アカン、センセーの方が付いて来れてなくてチビっ子と同じレベルになっとる。

 じゃあまずは“ここどこ? アンタら誰?”からか。


 『ここどこ、あんたらだれ、だって』

 『この女神様……の、像……がそう言っているのね?』

 『うん!』

 『女神様、ではなくて“女神様の像”……で合っているのかしら?』


 おう、そうだぜ!


 『おう、そうだぜ! だって!』

 『まあ、随分と元気な子なのね』


 まあ、オッサンだから当然だな。

 しかしこの先生って人、どうやら俺が見たあの写真の人とは別人みてーだな。

 じゃあ何の関わりがあってこの場面、この視点なんだ?


 『この子、オッサンだから元気なんだって!』

 『お、おっさん?』

 『ねえねえ先生、オッサンってなぁに?』

 『そ、それはぁ……』


 おっさんと元気が何で結びつくんじゃい!

 むしろグッタリとゲッソリの象徴だろーがよ!

 ってマジメにやろーとしても結局こーなっちまうんか……


 『グッタリゲッソリ?』

 『え? こ、今度は何?』

 『あ、あとね、先生のこと知ってる人だと思ったら違ってたみたい』

 『そ、そうね』


 あーコレダメなヤツや……

 この先生、もうすっかり興味ねーし早く解放してくれモードだわコレ。


 『ねえ先生』

 『そうね』


 おっと、コイツは失言失言。

 分かってても言わぬがなんちゃらってゆーだろ、ホラ。


 『言わぬがなんちゃらってなーに?』

 『そうね』


 もーダメじゃん。

 つーか何でこんなにインタラクティブなんだ? このコンテンツ。


 『先生』

 『はいはい』

 『ハイは一回で良いんだよ!』

 『は、はいぃ……』


 何かかわいそうになって来たぞ。


 『あのね?』

 『はい?』

 『あ、今のはね、先生じゃなくてこの子に話しかけたんだよ?』

 『そ、そう。じゃあ先生はこの辺で……』

 『ダメ!』

 『うひっ!?』


 おっと、今先生が教え子に上着の裾を引っ張られて強制的に戻されたぞ。

 どっちか先生なのか分からんな!


 『うん、まあね。それでね……』

 『……っ』


 逃げようとする先生をグイグイと引き戻しながら笑顔でこっちを

 何かこの子、スゲーチカラ強くね?


 『“身体強化”っていうスキルだよ。知ってるよね、オジサン?』


 何じゃそりゃ。ラノベかよ。


 『らのべ? らのべって何、先生?』

 『ら、らのべ? さ、さあ?』

 『えー、知らないのぉ?』


 まあ、そうイジメてやるなって。

 この子も似てるってだけでウチの孫とは違うな?


 『孫? じゃあおばあちゃんなんだ』


 いま人違いだったって言っただろ。

 それにおばあちゃんじゃないぞ。オッサンだからじぃじだ。


 『そっか、よろしくね、じぃじ……コラ、逃げないの!』

 『ひっ!?』


 何か完全に立場が逆転してねーか?


 『えーとあのね、“先生”はじぃじのリクエストなんだよ?』


 じゃあ初めの先生を呼びに行くリアクションは何だったんだ?


 『じぃじがそうしてほしいって思ってたんでしょ?』


 てことは……“先生”の見た目もか。


 『うん!』


 じゃあ……ここは俺が来た瞬間に出来た場所だとでもいうのか?


 『うん、そうだよ! さっすが、話が早いね!』


 何だこれ……じゃあ本当のところは誰なんだ?


 『神様!』


 ……神様だぁ?

 じゃあそこで縮み上がってる“先生”は?


 『じぃじのイメージの中から今連れて来たんだよ』

 グイグイ。

 『ひっ!?』


 イメージの中?

 精神世界に乗り込んでうんたらとかいうやつか?

 つーかこんなん考えても分からんな。

 具体的に何をどーしたらこーなるんだ?

 この先生、さっきからえーとかひーしか言ってねーし、割と簡単なのかもな?


 『ちょっとちょっとぉ、何勝手に納得してる訳?』


 お、出たな遂に!


 『何が出たの?』


 ゴリラ!


 『はい?』


 んで俺が今彫像の中の人になってんのも俺が望んだことだってのか?

 そこんとこどうなんだろ、先生?

 じぃじはそこのちびっ子じゃなくて先生とお話したいんだけどダメかな?


 『先生とお話? だって、先生はじぃじの声が聞こえないんだよ?』

 『は、はい? 私ですか?』


 そうそう、アナタですよアナタ。

 そこは通訳してくれるんでしょ?

 だってさ、散々先生と話せって言われてたんだし。

 良いよね? 別に大したことじゃないし。


 『あの……何か?』


 先生、さっきから何で逃げよーとしてんの?



* ◇ ◇ ◇



 『ホラ先生、この子も逃げちゃダメだよって言ってるよ?』


 おい、ウソをつくなよ。

 逃げようとする先生をチカラずくで止める、そこに一体何の意味があるんだ?

 それも含めて俺のリクエストだってか?


 『そうだよ、じぃじは随分と先生に怖がられてたんだね!』


 はあ?

 何でこの先生が俺の先生?

 そもそも俺はフツーに日本の小学校に通ってたからな?


 『じぃじ、ウソはイケないよ?』


 ウソだ? 何じゃそりゃ?

 言っとくけど俺は至ってマジメだからな?

 あと俺のことじぃじじぃじ言うのはもうヤメロ。

 こんな怪しい奴にじぃじ言われたかねーわ。

 悔しかったらパパでもママでも何でも連れて来やがれってんだ。


 『……何だよ、本当はパパもママもいないって分かってるくせに。

 キミこそ何なんだよ、面白い遊びを教えてやるとか言っちゃってさ』


 面白い遊び? そりゃ多分俺じゃねーな。

 もしかしてさっきの奴じゃね?


 『さっきの奴?』


 ホラ、ナントカなのじゃーとかしゃべる変な奴だよ。


 『え? じゃあホントに別人なんだ。

 ノリで合わせてたけど変だと思ってたんだよね』

 『あ、あの……』

 『あ、もう良いから。ほら、戻った戻った』

 『ホッ……』


 そう言われて出て来た方に戻って行く“先生”。

 あの人、ホントに先生なのかよ。


 『先生なのは本当だよ』


 じゃああの格好は?


 『本業は神官さんなんだよ』


 神官? 何それ? 


 『何って神殿に神官がいるのは当たり前でしょ?』


 ちょっと待て、それってもしかしてここが神殿だって言ってるのか?


 『そうだよ。別人どころかそんなことも知らないんだ。

 ホントに誰なの……ていうかその前にキミってホントにオジサンなの?』


 まずそこかよ。

 つーかオッサンてなーに? とか言ってたのは演技だったんかい。

 ちなみに俺の声ってどんなカンジに聞こえてるんだ?


 『どんなカンジって見た目相応だけど?』


 見た目? ああ、この彫像か。

 色々と食い違ってることが分かって来たから今の外見も想像してんのと違ってる可能性があるぞ。

 一応女神様ってキーワードが出たからそんなにズレはなさそーだが。


 『オジサン? のモデルは女神様だよ』


 やっぱりか。てことは赤い髪で年のころは15歳ってとこか。


 『そうそう、女神様の見た目はそんな感じだって言い伝えられてるよ。

 あ、でもオジサン? は鉄か何かで出来てるから全身サビサビだけど』


 ナルホド、そーなんか。

 それにしてもいちいち疑問符を付けんでもええっちゅーのになぁ。

 んでそれをまつる場所だから神殿なのか。


 『あ、ホントはここが女神様をまつる場所って訳じゃないよ。

 上の空中庭園にちゃんとした祭祀場があるからね』


 じゃあここは?


 『ここは端っこにある中庭だよ』


 端っこ……? 端なのに中庭って変じゃね?

 それにここって空が見えてるけど一番上じゃねーのか。

 そのへんは親父の会社とは全く違うな。


 『カイシャが何だか知らないけどここから見える空はマボロシだよ。

 対外的にはここが最上階だからね、それらしい演出が必要なんだってさ』


 何だ、今度はウソじゃなさそーだな。

 神殿て言うから中世的なのを想像してたけどそんなことはねーのか。

 神殿とマシン室とメインフレームって全く結びつかねーなと思ったがそうでもなくなって来たな……?

 何だろーな、コレ……?


 なあ、ここは俺が来た瞬間に出来たとか言ってたな?

 じゃあ俺が来る前はどーなってたんだ?


 『さあ? ボク分かんない』


 さあって何だよ。

 対外的うんぬんとかナントカだってさ、とか自分以外の存在を匂わせといて言うセリフじゃねーだろ。

 それに今さら見た目通りの子供をよそおったって無理があるぞ。


 『だからボクにも分かんないんだって』


 白々しいぜ……ったく……


 死ねば戻れるとか先生と話せとか一体何なんだ?

 俺のリクエストって何だ?

 んでもってセンセーさんは何で逃げよーとしてたんだ?

 いつから俺はここにいる?

 この視点は何だ?

 からかってんのかオラ。

 説明よ。

 どーせ棺桶みてーな箱の中なんだろ?


 『えーと、あのね?

 キミ……じゃなかった……その、なのじゃって話す子に言われたことがあってね』


 なのじゃ? この彫像の中身の話か。


 『そうそう、ふとした瞬間に違和感を感じたら実はその瞬間に何千年も経ってる可能性があるんだって』


 俺に関しちゃこの子供の認識は“見た目通り”だって言ってたな。

 なのじゃ、としゃべる彫像もそこは同じだったな。

 ナルホド、それを考えたらこの話も一理あるって訳だ。

 だけどさっきまで話してた奴はハナっから俺を“オジサン”だって認識してたぞ。


 『ちょ、ちょっと待って。話についてけないよ』


 あー、独り言なんだぜ。

 取り敢えず黙って聞いてりゃ良いから。


 『よく分かんないけど分かった』


 思えばあの町に飛ばされて来たって人らも皆俺のことを女神様ゆかりの人物だって認識だったよな。

 つーことは……あの人らが元々住んでた場所って……?

 待てよ……さっきははぐらかされたがやっぱこの怪しい子供とさっきの先生以外には誰もいねーのか?


 『うん、ボクがみんな食べちゃったからね

 そこは答えられるよ』


 はい?


 『オジサン、もしかして自分が食べられないとでも思ってる?』


 急に何を言い出すんだコイツは……?

 イヤ、話が面倒臭くなってきたのは分かるんだけど短気はイカンぞ短気は。


 『……』



* ◇ ◇ ◇



 ……聞こえてる?

 おーいおーい。

 短気って言われて怒った?

 図星か?


 『ねえ、反応はそれだけなの? 食べちゃうって言ったんだよ』


 イヤ、食べるってどーやって?

 煮るの? 焼くの? 俺こんなに硬そーなのに。


 『違うよ、全部まるごと食べちゃうの!』


 何だそりゃ?

 どーやったんだ?

 頭から飲み込んでバリバリボリボリってカジったのか?

 もしかしてその辺にガイコツでも転がってんのか?

 先生以外全員食っちまったんだろ?


 『そんな物騒なのじゃないって』


 何言ってんだコイツ……人喰いに物騒も物騒じゃねーもねーだろーによ。


 『別にむしゃむしゃってかじって食べる訳じゃないから』


 だからそーゆー問題じゃねーだろ。

 何でえ、もったいぶりやがってよォ。

 悔しかったら今すぐ食って見せろやオラ。


 『えぇ……オジサン怖い』


 ウソはイカンぞって言っとるだけだぞ?

 子どもは素直が一番なんだぜ?


 『ウソじゃないもん!』


 ……あのさぁ、いつまで続けんの? コレ。

 俺のギモンにひとつも答えてねーじゃん。

 そんなウソつきが言ってることなんて信じられるかっつの。

 まあ当たり前だよな、答えなんて持ってねーんだもんな。


 『ねえオジサン、ここまで言ってもまだ分からないの?』


 何でえ、もったいぶったってムダだぜ?


 『ここはもうボクのお腹の中なんだよ?』


 なななな、何だってぇー!?

 さっきはハラの中感あったけどぶっちゃけ今は外に立ってるじゃーん!


 『ふふふ、残念だよ……オジサンがもう少しお話に付き合ってくれればね』


 えっ、ナニに付き合うって?

 まあ良いや、どーぞどーぞ。


 『えっ、いや、食べちゃうんだよ?』


 だから良いって、ホレ。


 『色々聞きたいことがあるんでしょ?

 ほら、オジサンが何でそんな格好でこんな場所にいるのかとか』


 もう聞いたじゃんか、ソレ。今さらご質問にお答えしますとか言われてももう遅いんじゃ!

 どーせ俺は何も出来ねーんだから好きな様にすりゃあ良いんだよ。


 『えー、何それ』


 だから今になって何それとか言われても困るんだけど!


 『ぶー』


 何に対して不満なのか知らんけど何をどう譲歩したら良いのかも分からんし、俺のせいじゃねーからな!


 『むー、もう意地でも食べてやんない。いつまでもずっとそこにいれば良いじゃん』

 

 言うに事欠いてそれかい。

 食べてやるってどんな上から目線だよ。

 ……ってどっか行っちまったぜ。


 まあヒマだけどどーせ腹もへらねーしトイレもいらねーからな、今までと変わんねーだろ。

 このパターンはおおかた充電が切れてぷちん、てヤツだろ。



 ………

 …



 ……ヒマだ。

 誰かいねーの……っている訳ねーか。

 うーむ。


 『あ、あの……女神様……?

 先程は大変な失礼をいたしました』


 ん?

 何だ、“先生”の方か。

 もしかしてアンタにも俺の心の声ってダダ漏れなのか?

 まあ話し相手になってくれんなら何でもいーや。

 そんなかしこまんなくていーからさ、気楽に行こーぜ気楽によ。


 『あの子は少しばかり特殊な生い立ちをしておりまして……』


 ああ、聞こえてないのね。了解了解。


 『ある日山の中で一人さまよっているところを偶然通りかかった兵士によって発見されたのです。

 それまでどこでどうやって暮らしていたのかも分からず……誰かがそこまで連れて行って捨てたのだろうと、その様な結論となり、みなしごとして保護されました』


 ナルホド、かわいそうな身の上って訳か。

 にしちゃあちっとばかしワガママが過ぎんじゃねーの?

 って聞こえてねーのか。


 『ただ、あの子には普通の子供には無い身体的な特徴がありました』


 身体的?

 フツーの子供にしか見えなかったけど……?


 『発見されたとき、あの子の左右の頭には二本の大きな角が生えていたのです』


 ツノ……?

 いやしかし……ってもしかして外科手術なんかで除去したとか……?

 いやまさかな……


 『頭に角の生えた人間など前代未聞です。

 あの子は神殿から“魔人”として認定され、ここに幽閉されることとなったのです』


 悪魔の子だってか……?

 しかし小さい子どもを幽閉だなんて随分と物騒だな。

 それで角はどーなったんだ?


 『ですがあるとき状況が一変しました』


 角が消えたとか?


 『あの子が人々の前で様々な奇跡を起こして見せる様になったのです。

 瀕死の病人をたちどころに元気にしてみせたり、それだけでなく戦争で手足を失った兵士さえも元通りに治してしまいました』


 マジで?

 それならあの子が神様なんじゃねーのか?


 『奇跡を目の当たりにした神官たちはおそれおののき、あの子を神の遣いとして崇めたてまつり始めました』


 やっぱそーなるよな。

 だけどさっきの有様を見るに、ちっとばかし状況が違うよーな気がするんだが……?


 『ですがそうしているうちにあの子の体にも大きな変化が起き始めたのです』


 今度こそ角が抜け落ちたとか……?


 『あの子の姿は次第に人間から遠ざかって行き……遂には真っ白な竜の姿になったのです』


 竜……? 竜ってドラゴンのことだよな……?


 『その姿になっても人と意思の疎通をすることは出来ましたし、奇跡を起こすことも変わらず出来ました。

 そして神官たちはあの子をますます崇める様になり……市井の人々からも信仰を集め始めました。

 それを見た諸侯からの寄進も次々に集まるようになり、この場所は今の様な姿になったのです』


 今の姿?

 ここには飛ばされて来たからんなこと言われても分かんねーんだけど……?


 『その一方で近年、周辺の国々では人ならざる異形の怪物が現れはじめ……人々に害をなす様になりました』


 怪物? あのバケモンのことか?

 確か……自分らは人間だって言ってたと思ったが……?



* ◇ ◇ ◇



 しかしバケモンといやあドラゴンだって同じ様なモンじゃねーか。

 ニンゲンとバケモンのくくりはどーやって決めるんだ?

 つーかさっきまでここにいたあの子はどっからどー見ても人間だっただろ。

 どーなってんだ、オイ。

 ゆーても聞こえんか。オーイ。


 『しかし同時に——』


 俺の疑問をよそに“先生”は一人語りを続ける。


 『人間の中にも超常的な能力を発揮する者が現れ始めました。

 まるで、あの子がかつて奇跡を引き起こした様に。

 ある者は発火現象を、またある者は凍てつく吹雪を、そしてまたある者は超人的な身体能力を……』


 何それアメコミヒーロー的なヤツ?


 『彼らの存在はすぐに人々の間で認知されました。

 はじめそれは人の領域において希望をもたらす存在としてもてはやされました。

 彼らは異形の群れの討伐における旗頭となって行きました——』


 分かったんだけどいつまで続くんやコレ。


 【もちろん、“失われるまで”ですわ】


 へ? 誰だ急に。

 さっきの子とも違う声だよな?


 【いちど失われたら、もう二度と会うことは叶いません。

 見聞きしたものをずっと忘れないでいて下さい、どうか】


 オイ、アンタは誰だ。なぜ急に声だけが聞こえて来た……?


 『しかしあるとき私は気付きました。少しずつ街の様子がおかしくなってきている、そのことに……

 “魔族”、と呼ばれる存在が現れ始めたのはその頃です。

 ウロコに覆われた身体、角の生えた頭、トカゲの様な瞳、そして猛獣の様な牙……いつの間にか街は、その様な姿をした者たちであふれかえっていました』


 ……返事無しかよ。

 しかしこの状況、あの町での出来事と似てる気がすんなぁ。


 『人々はあの子やくだんの超人たちと同じ様に彼らに敬意を払い……しかしその活躍を知るにつれ、より熱狂的に受け入れる様になりました。

 彼らは普段は人の姿をしていましたが、戦いが始まると本来の姿となり鬼神の様な強さを発揮したそうです』


 おっと、アメコミヒーローじゃなくてジャパニーズ変身ヒーロー的なやつだったか?

 やべえ、何だか面白そーになって来たぞ。

 もっと聞かせろ……ってこの話のどこが“おかしい”んだ?

 そこんとこ解説ヨロ……聞こえてねーと思うけど。


 『そうするうちにいつしか街は異形の姿ばかりが占める様になり、人間は次第にその姿を消して行きました』


 何か話が不穏な感じになって来たな?


 『私にだけはどういう訳かことの成り行きが見える様でして……

 あげく、私の周囲に残った数少ない人間たちからは神託の巫女様などといった大げさな称号までいただいてしまう始末で……』


 始末って……まるでハズレくじ引いたみてーな物言いだな。


 それにしても“巫女様”か。

 てことはあの子は女の子なのか。

 ボクっ娘?


 『何ていうか……巫女ってカンジじゃないですよね、私』


 あ、先生の方かいな。


 『あの子に会ってからどういう訳か私も年を取らなくなり……気が付けば今や神官長の立場に』


 ナントカの加護、とかゆーやつか?

 つーか今度はラノベ的なやつとかなかなかの無節操ぶりだな!

 もう何でもアリじゃねーのか。


 『ですが、ですが——ある日偶然気付いてしまったのです』


 おっと、また急に不穏な雰囲気が漂い始めたぞ。


 『この身体が血の通わない作り物に成り代わっていたことに』


 な……そうは見えねーぞ。

 一体どういうこった?


 『本当は分かっていたんです。

 ——全てはあの子のやったことなんだと』


 いや、ますます分からねーぞ。

 あんなお子様に何が出来るってんだ……って今の話の時系列ってどーなってんだ?

 どー考えても一年や二年の話じゃねーよな。


 『私のこの姿は……あの子の母親を似せたものでもあるらしいのです。

 あの子を遠く離れた山の中に捨て、そのまま姿を消した母親に似せた人形に……いえ、もしかしたらあの子が自らの手で……』


 自らナニをしたってんだ?

 それに母親に似せた……だと?


 『とにかくあの子が一連の恐ろしい出来事と少なからず関係があるらしいのですが……一体どんな原理で——』

 『ねえ先生、どこで聞いたの? そんな話』


 『……そう、気になって戻って来たのね』

 『ねえ、センセイ? センセイは本当にセンセイなの?』

 『私が答えずとも分かっているんじゃないかしら』

 『ねえ、センセイ? 聞こえているんでしょ、本当は』

 『聞こえるって?』

 『この子の声だよ』


 エッ!?


 『ほら、ビックリしてるよ』

 『じゃあ聞くけど……“魔王”って何かしら?』

 『さあ?』


 ごまかしになっていない態度でしらばっくれるちびっ子……いや、本当はちびっ子じゃねーのか?


 『私は知っています』


 その子供じゃなくて俺に向かって話しかけてんのか……一体何でなんだ?


 『どういう訳か……私には過去を生きた別人の記憶があるんです』

 『先生はセンセイなんでしょ? ねえ』

 『そうね、昔は“なのじゃ”なんて言ってたみたいだけどね』


 へ?

 なのじゃって誰なのじゃ……?



* ◇ ◇ ◇



 過去を生きた別人の記憶だ……?

 しかもなんちゃらなのじゃって言ってただと……?

 なのじゃなんてしゃべり方する奴なんてそういるもんじゃねーぞ。

 あー、方言か。

 中四国方面の人かな? なんちてなんちて。


 『!?』

 『どうしたの?』

 『なんちてって何?』

 『あのね、お話をそらさないでほしいの』

 『何の話?』

 『あなたが魔王でこの世界の人間を皆殺しにしたっていう話よ。それに——』


 へ?

 ちょっと飛躍し過ぎなんじゃね?

 今度は先生の方があたおかなカンジになって来たじゃねーか。

 ジャパニーズ変身ヒーローに飽き足らず転生からの魔王バレとか


 『どうして……こんなお人形遊びなんかしているのかしら?』

 『お人形遊び?』


 コレもう色んな要素てんこ盛り過ぎてなんも言えねえ……

 もう俺はギャラリーで良いから勝手にやっててどーぞ?


 『先生が変なこと言い出すからこの子も呆れてるよ?』


 んだんだ。突拍子なさ過ぎだっつの。


 『じゃあどうして私以外のニンゲンがどこにもいないの?』

 『だからボクがみんな食べちゃったんだってば』

 『ほ、本当に? じゃあどうして……』

 『分かってるでしょ。先生は食べないよ』


 ん? 何でだ? ニンゲンじゃねーからだってか?

 いや違うな、それだと今固定ポーズ決めてる俺に対して食っちまうぞって脅しをかけてたのと矛盾するよな。

 そういや俺今どんなポーズしてんだろ。

 シェーとかだったらちっとばかし恥ずいな!


 『しぇー?』


 ……じゃなくてぇ!

 なのじゃってなんなのじゃってとこには突っ込まんのかいな。

 なのじゃってしゃべる人物ならいくらでも思い付くけど、ここ最近で言うなら若干2名程しかいねーよな。

 いや、どっちも人物って言って良いのか分からんけど。

 で、そこんとこどーなの?

 なのじゃってしゃべる人から何かウンチクを授かったんだよな?


 『うんち?』

 『ねえ、一体何をおしゃべりしているの?』

 『良く分かんないけどうんちだって』

 『う、うんちがしたいとか!?』


 んな訳ねーだろーがよ!

 ツッコめよ、えー加減によォ!

 そんなに話をそらしてーのか。


 あかん、ボキャブラリーが貧困過ぎて話が通じてなかった可能性があんのか。

 訳知り顔で色々とくっちゃべってたからちょいと錯覚しちまってたがやっぱお子様はお子様だってか?


 ほっといても電池切れになるんだろーが……


 『でんちぎれ?』

 『電池? この方が電池と言っているの?

 本当に一体、何をお話しているの?』


 マジでさっきまでのガクブルはどこ行ったんだよ……つーかこの先生、電池って単語は知ってんのか。

 俺が電池切れって言ってるのは今ここに立ってしゃべっていられる残り時間のことだからな。

 今自分がフツーに生きてて暮らしてるなんて思わねーこった。


 『え? え? それってどういうこと?』

 『! いけない!』


 オメーらの存在理由、それが何なのかは知らねーがただそこにいるって訳でもねーんだろ?

 そーだよな?


 『……ンだとこの野郎ォ下手に出てりゃあ好き勝手抜かしやがってェ……』

 『あちゃー……』


 ゴッ!


 ………

 …


 オイ、唐突に誰もいなくなったぞ。

 ゴッて何やねんゴッて。

 それにしてもコレ、終わりって訳じゃねーよな。

 目の前のふたりがいなくなっただけで他に状況の変化はねーからな。


 それにしてもホントに色々とてんこ盛りな話で胸焼けしそーだったぜ。



 ………

 …



 うーむ……

 ヒマだ……

 と思ったらまた誰か来たぞ……ってまた“先生”かいな。

 

 『あ、あの……女神様……?

 先程は大変な失礼をいたしました』


 ん?

 何だ、既視感?

 時間が戻った訳じゃねーよな??


 『あの子は少しばかり特殊な生い立ちをしておりまして……』


 ふむふむ。

 さっき聞いたけど。


 『……』


 アレ? 角の生えた子どもが山ん中で保護されたんだろ?

 そいつが竜になってありがてえありがてえって崇め奉られて色々あってなんちゃらって話だよな。


 まあ良いや。

 私は知っていますとか言ってたあたりまで倍速再生でいーから早よ進めてもろて?


 『……えーと……何で?』


 こっちが聞きてーわ!

 つーかやっぱし俺の心の声ダダ漏れだったんかーい!

 あ、もしかしてもー一回いっかいやり直して角が抜け落ちましたって話に変更しよーとしてたんか?


 『何で過去形!? しかも考えが読まれている!?』


 だからこっちが聞きてーんだっつってんだろ。

 続きはよ、ホレ、ホレ。


 『ハッ……これはまさか……死に戻りッ……!?』


 はぁ? 何でそーなるんじゃい!

 つーかもう新しい要素詰め込むのヤメロっちゅーに!

 ていうより今死に戻りって完全に俺のこと指して言ってただろ!

 一体どーゆーコトだ?

 

 『あ、あれ……やっぱり何かおかしい……?』


 あー、完全にフリーズしてますねー。

 で、どーゆーコトなんですかねー。



* ◇ ◇ ◇



 おかしいって何だよおかしいってよ。

 ホントはこんな筈じゃなかったのにーってか?

 ホントはどーなる筈だったんだ?


 『ま、待った!』


 待つも何も動けねーんですが?


 『あっそーか。じゃあ改めて……』


 イヤ改めんなよ! どーせ結果は同じだろーがよ!

 それよか結局ここは……さっきの棺桶の中なのか?

 それかさっきのお子様が言ってた腹ん中って奴?


 『棺桶……? あの、何のことでしょうか?

 それにお子様? お腹の中……?』


 あー、棺桶ってのはあくまで俺の主観だからな。

 真っ暗な場所でなんかガキっぽい口調のよく分からん奴に捕まって棺桶みてーなハコに閉じ込められたんだよ。

 んで気が付いたら彫像になっててあんたらが目の前にいたって寸法だ。

 そこら辺のことはどこまで分かってるんだ?


 『気が付いたら彫像になっていた、と?』


 彫像になったのか彫像を通してここが見えてるだけなのかはイマイチ分からんけどそんな感じだな。


 『そしてきっかけは子供の様な口調の何者かに捕まったことだと……』


 ああ、直前の状況としちゃあその通りだな。


 『まず、こっちから見るとあなたはいつの間にかそこにいた……そんな感じで見えています』


 ん? さっきと話し方のノリが随分と違うな?


 『ああ、さっきのはお芝居ですよ。ロールプレイです』


 芝居だぁ?

 一体何でまた……つーかさっきやり直ししよーとしたときにもっとおっさん臭い感じで悪態ついてなかったか?

 それが素なんじゃねーの?


 『えー、そのですね。子供の様な口調の誰か……というのはうちの子なんじゃないかと思うんですよねぇ』


 え? アレが?

 そもそもさっきまでのアレは本当にあった出来事なのか?

 真っ暗闇でブヨブヨした肉塊みてーなのがうごめいてるんだぞ。

 

 『そうてすねぇ、あの子ったら我は混沌を司る邪神の眷族なりィ、なんて言ってましたが』


 いや、冗談じゃねーって。

 ってまさかのマジなのか?


 『はい、女神様がお隠れになったこの地にはもう秩序なんてものは無いんです。

 光は失われ形あるモノはことごとくその姿を失いました』


 だけど今、ここは明るい……?


 『そうです。どういう訳かある日突然、この場所はかつての姿を取り戻したんです。

 そのとき何も無い筈の台座にあなたのお姿が……』


 えー、俺何も関係ねーんすけどぉ?


 『関係無くは無いでしょう、だってタイミングドンピシャでしたし。

 ねえ、あなた女神様かその関係者なんでしょ?

 どうして突然ここに現れたの?』


 こっちが知りてーわ!

 ってそーいえば一瞬だけここみてーに明るい場所に出たことがあったな。

 うーむ……何で真っ暗になったんだっけか……

 思い出せんな……何かテキトーにウロウロしてたらイキナリ真っ暗になったんだっけか……?


 『ほら、やっぱり女神様のお導きなんですよ!』


 知らんちゅーに。第一女神様のお導きで真っ暗な場所に落っこちたり股間を強打したりするかっちゅーの。


 『こ、股間を強打……一体何が!?』


 そーだ、その強打した場所ってここそっくりな場所だった筈なんだよな。真っ暗でよく見えんかったけど。

 そっくりっつっても真っ暗だったし90度横倒しだったしなあ。


 『横倒し? この場所が?』


 ああ、それでこの中庭っぽいところに落っこちて彫像……今の俺みてーなやつの顔面にお股が引っ掛かったんだよ。


 『が、顔面に……?

 その彫像はあなた自身だったんじゃ……自分の顔面に自分の股間を強打……?』


 何かあらぬ誤解を受けとるよーな気もするが……

 その彫像も確かにしゃべるやつだったな。

 そいつがナントカなのじゃって言うやつその2だった訳だが。


 『その1がいるんだ!?』


 えー加減俺のお股の心配をしてほしーんだが……

 つーかコイツマジメに受け答えする気一切ねーな?


 『失礼な! 私はいつだって大マジメですよ!』


 んじゃー脱線もここまでにして本題に戻るぜ。

 さっきの子供はどこ行った?


 『さっきの子供……子供? ああ、その子は本当はいないんですよ』


 何だ?

 何で途中からやり直そうとした?

 

 『さっきの子供なら……それは私です!

 何かダメな感じになって来たのでやり直しました!』


 ウソつけ!

 アンタはその子に先生って呼ばれてただろーがよ!


 『いーえ、私のひとり芝居です!』


 えーウソだろ絶対によォ。


 『本当です!』


 どうあっても認めねーってか。

 クッソぉ話が進まねーなオイ。

 仕方ねえ……んじゃさっき“ソレはウチの子だと思います”って言ってた方は?


 『巨大な肉塊ですよね、間違いないです』


 ソッチは積極的に肯定すんのかよ。


 『ウチはそーゆーのばっかなんで』


 そーゆーのばっかって……ここってそーゆー場所なのか。

 じゃあやっぱここってソイツの腹ん中なんじゃねーの?

 

 『そのお腹の中っていう話はどっから湧いて出たんでしょうか?』


 イヤさっきいっぺん聞いたじゃねーか。

 大丈夫かコイツ。


 『さっきからコイツコイツと言ってますがソレって私のことで合ってますよね?』


 えーと……俺今何人としゃべってた?


 『三人ですよー』


 ウソつけ!



* ◇ ◇ ◇



 『ウソじゃないですって』


 じゃあ証拠はあるんか証拠は。


 『証拠というと……』


 フツーに目の前に三人そろえて見せりゃいーだけだろ。

 さっきの子はどーしたよ。

 

 『だからそれは私のひとり芝居なんですってば』


 さっきの子の他にもう二人いるんか。

 しかももう俺と会話してると。

 となるとそのワタシってゆーのも怪しいモンだな。

 ひとり芝居だって言ってるのは全部同じ奴だってことになるんかねー。


 『いーえ、別の私ですよ?』


 んじゃ結局何人いるんじゃい!


 『だから三人ですって』


 だーっ、もーどーでもえーわ!

 腹ん中って話がその肉塊ヤローの腹ん中って話はどーなんじゃい!


 『その話はどこから出て来たんです?』


 またかよ!

 そんで都合が悪くったらやり直すんだろ。

 もう無限ループじゃねーか!

 つーかもーこんなんやめちまえ!


 『どこから——』


 うるせえ! チェンジだコノヤロー!


 ………

 …


 ……アレ?

 おーい。

 おーいってば。


 『——出て来たのかとお聞きしているのにどうしてお答えいただくことが出来ないのですか?』


 何だ? 今の間は。

 やらかしちまったかと思ったじゃねーか……ん?


 『? 何でしょうか?』


 あーいや、何でもねーよ。

 それよかな、その腹ん中って話の出どころはそのお子様なんだがなあ。

 それがアンタのひとり芝居なんだってんなら自作自演じゃねーか。


 『失礼、自作自演とは?

 なぜ私がひとり芝居で子供の真似などしなければいけないのでしょうか。

 合理性に欠け、理解に苦しみます』


 えー、何だコレぇ……

 三人いる証拠を出せって言ったのは俺だけどよォ……


 『三人、とは?

 あなたのお話は支離滅裂で意味が分からないのですが』


 連続性があるよーでねぇってか。

 やっぱさっき妙な間が開いたとこで入れ替わったんか。

 しゃべり方に違和感があるしこりゃ確かに同じ奴じゃねーな。

 それに当の本人に入れ替わった自覚がねーのか……?


 『入れ替わった? 妙な間? それに自覚が無いとは……?』


 やっぱこりゃ互いに目の前の相手が入れ替わってる感があるな。

 それもいつの間にか、だ。

 出たり入ったりしてたさっきの子供に関しちゃ大分ズレがあるな?


 『子供……それに人が出入りする様な建物……? ここには子供などいませんし人が入れる様な建物はありませんが……

 それに妙な間があった、と言いましたが私にはそのような違和感は感じられませんでした。

 そうですね……入れ替わっていたのはきっとあなたの方なのでしょう。

 そう仮定すると納得が行きます』


 俺の方が……? しかも建物が無え?

 クソ……固定ポーズのせいで周囲を見渡せねえのがもどかしいぜ。

 しかし部分的に会話は成立してたが……?

 そもそも都合が悪くなってリセットみてーなことしてなかったか?

 その時俺はどうなった?


 『リセット? そのリセットとはやり直しの様なものと捉えても?』


 まあその通りなんだがな、聞いての通り俺の感覚じゃあくまでも“みてーなこと”だ。

 いきなり乱暴な言葉づかいの奴が出て来た……いや、そんな人格の奴に入れ替わったのかもしれんけど……とにかくその瞬間に場面が数分前に戻ったんだよ。


 『時間が戻った……?

 魔法じゃあるまいしそんなことが人為的に起こり得るのかしら……』


 あー、まあそもそも目の前の俺が何なのかをご説明願いたいとこなんだがな。


 『暗闇の中で大きな肉塊に捕らえられて棺桶の様なものに押し込められた、その後気付いたら彫像としてここに立っていた……これで合っていますか?』


 おう、それは合ってるぜ。

 肉塊ってとこも共通項なのか?

 さっきまでのアンタは“うちの子”だなんて言ってたが。


 『いえ、その認識は無いですね……少なくとも私の目の前にある非科学的なもの、それはあなたの存在をおいて他に無いのですから』


 待て、今“非科学的”、と言ったな?

 ここじゃ科学って概念が存在すんのか。


 『それは暗に私が迷信に生きる無知蒙昧もうまいな原始人だと、そう思っていたと言っているのですか?』


 あー悪ぃ、他意はねーんだ。

 だがな、今ので決定的になったぜ……

 俺はさっきまでその原始的な概念が支配するとこに立ってたみてーだ。

 何せくだんの子供ってのが頭に角の生えた魔族だってんだからな。


 『魔族……? それは空想の世界の話なのでは……?』


 さあな、それは分からんけど今目の前で起きてることを科学的に説明出来るか?

 出来ねーだろ?

 コイツはオカルトなのか何なのかって話だ。


 『何か未知の科学現象……?』


 そりゃどんな現象だ?

 さっきまで俺はフツーのオッサンだったんだぜ。

 こんなときに隣の奥さんならどう分析したかね……


 『お隣さん、ですか?』


 あ、いけね。その人はアンタとは面識の無え人物だったぜ。

 俺ん家の隣に住んでた学校の先生でな、アタマの回転が滅法早くてこういうときは頼りになったんだがなぁ……


 『そ、その……お隣さんというのはもしや……』


 もしや?


 『私のことでは?』


 はい?


 『えぇと……そういう大事なことはもっと早めに言っていただかないと』


 えー、その前に肉塊とかお子様とかは……?


 『ウチの子のことですか?』


 やっぱ“ウチの子”なのか……

 話の流れからしてどっちが“ウチの子”かっつったら一択だよなぁ。



* ◇ ◇ ◇



 『一択、ですか。まずその“肉塊”、という方は間違いありませんね。その様な異形はうちの子をおいて他にありませんから』


 異形……異形って認識なのか、やっぱし。


 『そうですね……私たちの常識に照らせば正に異形、ということになるでしょう』


 そのワタシタチってのには俺も含まれてんのかね。


 『ええ。あなたと私、その様な意図を持って明確に発言しましたよ』


 ナルホド……お隣さん、てキーワードに反応したってことはホントに隣の奥さん?

 じゃあここはあの山奥にある廃墟なのか……?

 そこんとこどーなんだろ。


 『廃墟……?

 いえ、確かにここはもう、その……廃棄されますし、明日には廃墟と化す訳ですが……なぜそれを……?』


 あ、えーと……何だかな。

 トシは聞いたことねーけど隣の奥さんは多分俺と同世代だよな……?

 俺がガキの時分に散々イタズラしに来てた場所ではあるが……その後ここに就職してたとか……?

 いや待て、アレは山ん中なんかじゃなかったな。


 いや、しかし……定食屋が高校生のときに数学教わってたって言ってたくれーだしなぁ……そこは一致すんのかぁ。

 うーむ、イマイチ分かんねーなコレ。

 仮にアンタが隣の奥さんと同一人物だとして、本物は別にいるだろ、そこんとこどーなんだ?


 『ちょっと待ってください……そんなに一度に言われてもまとめてお答えすることは出来ませんから』


 あ、ああ、そーだな。

 物言いがホントに隣の奥さんみてーだな。

 ホントのお隣さんはもっと年食ってるけど。


 『あ、そうなんですね。失礼ですが今おいくつなんでしょうか?』


 還暦だぜ!


 『なるほど。私と同世代とすると……約三十年後、ということですか。

 それと定食屋さん、というのはうちのお隣さんのことかと思いましたが……そうすると先ほどの話と齟齬そごが生じますね。

 あなたのお家がうちの隣だというお話と、です』


 ほーん。ナルホドねぇ。

 あ、定番の質問忘れてたぜ。今何年?


 『2012年ですね』


 おお、久々のマトモな答え……!


 『まとも? 定番の質問で、それも久々?

 あの、色々とご質問をいただいているところなのですが、今までの“おかしな回答”はどういった傾向のものがあったのですか?』


 “1989年5月4日”ってのが多かったな。

 そういや……山奥の廃墟の中は1989年で時間が止まってるみてーな有様だったな……


 『1989年、ですか。それはおかしいですね。

 先ほどお話したと思いますがこの施設は明日閉鎖され、恐らくはすぐに爆破解体されるのではないかと思います』


 爆破解体、それが2012年の出来事なのか。

 ならあの日からまだ二十年ちょいの時間があることになるな。

 じゃああの出来事の後、皆はどーなったんだ?

 俺はあの事件をきっかけにあそこから引き離されちまったからな。

 1989年のいつだったか……クソ、やたら蒸し暑い日だったってことくれーしか思い出せねえ。

 とにかくその日に俺はメインフレームのコンセントを引っこ抜くって大事件を起こしちまって……その日を境に親父が行方をくらましたんだ……


 『さあ……そんな出来事があれば記録に残っている筈ですが……それに1989年といえばまだ小学生じゃありませんか。

 小学生がここに出入りしていたなんてお話はそれこそ聞いたことがありません。

 ここは子供どころか大人だってそう簡単に出入りは出来ないんですよ?』


 じゃあここはそんなコートームケーはミジンもありえねえ場所だって言い切れるのか?

 それに……


 『うちの隣に誰が住んでいるか、という部分での食い違いに対して何か納得している風でしたね?』


 ああ、そーだぜ。

 なんでか分からねえが俺はその食い違いが分かる場面に以前にも出くわしたことがあるんだ。


 『それは、今こうしているのと同じ様な状況で、ということでしょうか?』


 そうだな、似てるけどちょっと違うな。

 そのときは一方的に記録を見せられてる感じだった。

 何がきっかけかは分からねえが……誰かが意図的に見せた、と考えるのが妥当なんだろーな。


 『誰かが、意図的に……?』


 そもそも今俺とアンタがこうやって会話してることにどんな意味があるんだろーな?

 そのあたり、結構大事なんじゃないかと思うぜ。


 『そうですね、あなたと私は元々お隣同士縁があったみたいですが……この廃棄目前の施設においてなぜこの様な非科学的な出会いがもたらされたのか……

 先ほどの疑問、視点を変えると今の時代のあなたと私がもし会っていたら……その様な仮定にも考えが及びます。

 その事自体にも何か意味がありそうですしね』


 お、おう。


 しかしさっきまでどっか別世界みてーなとこにいたと思ったら何でまた俺が知ってる場所に変わったんだ?

 しかもほとんど見た目が同じってのも合点がいかねーぞ。

 似て非なる場所を延々と見せられてる、俺の感覚じゃずっとそんな感じだ。

 しかもそれぞれの場所にアンタの様な住人がいるときた。

 

 『その件について考察するにはいささか情報が足りませんね……

 それを論ずるにはまずあなたがどうやってここにたどり着いたのか、それを振り返るのが有効なのではないかと』


 ナルホド、ちっとばかし話が長くなるけど良いかね?


 『ええ、まだ時間はありますし。

 それで先の“お子様”の方なのですが……』


 あー、俺が思ってる子とは別人だな、何せ三十年前だ。

 ちっと前までそこにいた奴は自分のひとり芝居だ、なんて言ってたが……


 『それは分かりませんね。あなたの目の前の存在がその方から私にいきなり変わったのだって何者かの関与があるのでしょう。

 この状況自体、そうと考えなければ納得が行かない部分もありますし』


 じゃあ今俺の頭ん中がダダ漏れなのはどーいったカラクリなんだ?

 何で逆は成立しねーんだ?

 それも同じだってか……?


 『まあ、まずは順を追って話しましょう。

 聞かせていただけていない情報は山ほどありますから』


 ああ、まあ分かったぜ、改めてな。

 しかしここまで事情に詳しいとなるとあの声の主っつーかワンコのご主人サマとも何か関係があったりするんじゃねーか?

 あ、ワンコっつっても分かんねーのか。


 『何でしょうか……一部聞き取れない部分がありましたが』


 ん? 全部ダダ漏れって訳じゃねーのか?


 『ただ気付かなかっただけで、ここまでの会話の中にもそういった部分があったのでしょうか?』


 どーいったカラクリなんだ?

 ますます分からんよーになって来やがったぜ。



* ◇ ◇ ◇



 一部聞き取れない部分があったってのはどーいった状況だ?

 例えばノイズか乗ってて聞こえにくいとか電話が遠い感じだとか。


 『一部の単語が聞き取れません。

 言い換えればあるキーワードにマスクがかけられている状態ですね。

 明らかに何者かの作為を感じます』


 そうか……ただまあ残念だが真偽のほどを確かめる手段がねーんだよなあ。


 『私が嘘を言っていると?』


 いや、そういう訳じゃねーんだけどよ。

 今のセリフがその何者かに言わされたって可能性もあるからな。


 『つまり過去に同じ様なことがあった、と捉えて良いのですか?』

 

 さて、分からんな。

 取り敢えずソノ話題はもう止めだな。


 『その話題?』


 疑問形で言われてもなあ……コレってソレとかアレって言わねーとピーされちまうんじゃね?


 『それではマスクされているのと大差無いのでは?』


 だからもう止めだって言ったんだけど。


 『ああ、そうでした。じゃあお子様の方のお話をしましょうか』


 何か心当たりがあるんならな。


 『そうですね……この施設にお子様連れで来ていた者はいますので、外見的な特徴的などが分かればもしかしたら、というのはあります』

 

 何だ、じゃあお子様が侵入してイタズラしちまう可能性はあるんじゃねーか。


 『いえ、そこは区画がきっちり分かれていますので』


 保育所的なやつか。

 なら親も出入り出来るんじゃねーのか……?

 まあ良い、外見的な特徴はな……2、3歳の女の子、かね。

 ちびっ子だから性別は外れかもしんねーけど。

 肩くらいまで伸ばした赤い髪の子だったか。

 ちなみに俺も赤毛なんだよな、珍しがられるけど。


 『ああ、赤毛の女の子ですか。そういう子ならいますよ。

 うちの職員の娘さんです』


 ん? てことは親も赤毛?

 母さんの他にも赤毛の人物がいたんか。


 『お母様もここで? ということは相当昔のお話ですね』


 ああ、俺が生まれてすぐ死んじまったけどな、ここで働いてて親父と出会ったんだよ。


 『ということは幼くして天涯孤独の身に……?』


 そうだな、まわりの助けもあって何の不自由も無くやってこれた訳なんだがな……


 『そのお父様が行方不明になるきっかけとなった出来事が本当にあったことなのかどうか、ここでは怪しいと。

 そしてそもそも論になるのですが——』


 まあ俺の人生もここじゃ相当違ったもんになってないとおかしいって話になるよな。

 だったら後で俺を呼んでもらうかね、携帯か何かでさ。

 そんなら話が早えーだろ。

 って今はその赤毛の子の話だったぜ。


 『ま、まあそちらはそちらでとても興味深いので後で考えましょう。

 まずはその子のご両親のお話でしたね』


 おう、赤毛の日本人なんて滅多にいねーからな。

 ひょっとしたら俺の関係者なんじゃねーか?


 『そうですね……まず、その子のお父上は赤毛の外国人でした。国籍は分かりませんでしたがアメリカあたりですかね。

 日本語は余り得意じゃない様で、カタコトでしたよ。

 そんな方が、知人にいたりしますか?』


 何でアメリカなのかは置いとくとしてカタコトの日本語か……

 あのイタ電の主くれーしか思い浮かばねーな。

 流石に違うだろーけど。


 『イタ電、とは?』


 いや、ウチに変なイタズラ電話を掛けて来る奴がいてな……

 面識はねーんだが何の理由でそんなことして来んのかが全く分からなくてな……


 『面識も無いのに、ですか。

 それは何と言うか……すごくあなたの関係者っぽいですね』


 だよなあ。でも逆に言うとそこしか一致するとこがねーんだよな。

 会ったこともねーから髪の色も当然知らねーし。


 『他に心当たりは無いのですね?』


 ああ、ねーな。

 あ、そーいや年代は違げーけど赤い髪の人物はもう一人いたな。

 まあカンケーねーだろーけど。


 『一応伺わせていただいても?』


 どんな奴かは良く知らんけど、女子高生のカッコでこの辺をうろついてたんだぜ。


 『女子高生の格好?』


 ホントのとこはもう三十路だって話なんだがな、チカン冤罪で警察沙汰を起こして警察署でカツ丼だけ食って帰るよーな奴なんだ。

 笑っちまうだろ。

 ついでに言うと二人組の男の子分を引き連れて姐さんなんて呼ばれてたなぁ。


 『あの、三十路なんだったら例の子と大体同世代ですよね?』


 えぇ……いくら何でもそりゃねーんじゃねーか?



* ◇ ◇ ◇



 なあ、待ってくれよ。俺の思い出とアンタの話には一致しねー部分も多いだろ。

 その子とコスプレおばさんが同一人物とか決め付けんのはちっとばかし気がはえーんじゃねーのか?

 第一その子の父親がイタ電の犯人かどーかってことだってまだ分かんねーんだ。

 共通項がカタコトの日本語だってことだけじゃ何も確定的なことは言えねーだろ。

 だいいち三十年前がカタコトなだけであって、俺の時代にゃすっかりペラペラになってるかもしれねーし。


 『そうですね……私としたことが』


 つーかコレ、本人連れて来りゃ解決なんじゃね?

 そこんとこどーなんだ?


 『あー、えぇと……ちょっと難しいです』


 ん?

 今ここにいねーパターンか……それか勤務中だからダメとか?

 そーいやここが明日解体されるってことは、ここにあった諸々もとっくに新しい場所に移転してんのか。

 あーなるほど、スマンねー。

 俺とっくにリタイアした身だからそーゆーの疎くてさー。


 『ノリ軽ぅ!?』


 んで、ココは明日にゃ発破かけられてドカーンと吹っ飛ぶ運命にあるんだろ?

 俺もろともな!


 『え、もちろんあなたは持って帰りますよ。

 だって、こんな珍品置いて行く訳ないじゃないですか』


 はい?


 『明日上にかけあってあなたを運び出してもらいます』


 俺はお宝かよ。

 鑑定したって二束三文だろ。

 つーかむしろお祓いとかされて埋められちまうんじゃねーか?

 持ち出すんならもっと他にあんだろ、メインフレームとかさ。


 『メインフレーム……』


 あ、さすがにとっくに撤去されてるか。

 何せ2012年だもんなー。

 もうその辺のスマホの方がよっぽど高性能になってるだろーしさ、ノーパソでも500ギガとか当たり前になってたもんなー。


 『あ、えぇと……ですね』


 何でぇ、急にかしこまってよ。


 『そのメインフレームはまだそこにあります。

 そこ、というのは隣の事務所の建屋です』


 エェ……それマジで言ってる?

 隣の建屋っていったらまるっきり元の場所じゃねーか。


 『ええ、何しろここが処分されることになった原因そのものなのですから……』


 はい?


 『その様子だと何があったのかはご存知なかったのでしょうか?』


 その前に……処分て何だ?

 そういや爆破解体ってどういうことだ?

 ここは廃墟になってマシン室は血塗れのまま放置されていた筈だぞ。

 それにメインフレームだってそのまんま残ってた筈だ。

 やっぱ俺が知ってるあの廃墟とは違うのか……?


 『……それが三十年後のこの場所? 血塗れのまま?

 マシン室もそのまま……?

 じゃああの子は……』


 “あの子”? さっき言ってた女の子か?


 『いえ……あなたが“肉塊”と言っていた子の方です……

 この町もろともあのマシン室を吹き飛ばす筈が……何が起きたのでしょうか……』


 エッ!?

 今なんかスゲー物騒なことつぶやいてなかったか?

 

 いや待てよ?

 あの場所には確かに瓦礫の山しかなかった。

 規模は分からんけど建屋が吹っ飛ぶような何かは確かにあったんだ。

 だが……あれは俺の思い出の場所とは何か違う感じだったよな……


 『待ってください。話が見えなくなってきました。

 結局この場所はどうなったんですか?

 確かに破壊されたのか、もしくは……』


 ああ、済まねえ……その辺がどうもあいまいなんだ……

 俺は……どうやってあの廃墟にたどり着いた……?


 『あの、ここはそんな迷うような場所ではない筈ですが……?』


 そんな筈はねーだろ、ここは車で小一時間かかってようやく着く様な森深い山ん中にある筈だぞ。

 それが何で……


 『いえ、ここはこの施設を中心に発展して来た町ですよ?

 森の中どころかここがまさに町の中心でしょう。

 住んでいる人たちも皆関係者ばかり……町そのものが施設のために作られた様なものです。

 だからこそ今はもう住む人もないゴーストタウンと化している話なのですが……』


 そうだ……確かに俺がガキの時分は学校帰りに寄れるくらいの近場にあった。

 それが何でこんな思い違いを……?

 いや、あの事件の後だ……あの後俺はどんな人生を送って来た……?

 引っ越しなんかしてねえ……俺は親父と暮らしていた場所にそのまま住んでいた。

 相続だってしたし結婚して息子も……!

 

 『あの……大丈夫ですか?』


 お、おう。スマンな、俺としたことが……


 『ふふ、さっきと逆ですね……』


 そーだな、だがまあ薄々は分かっちゃいたことなんだ。

 それでも何がホントで何がウソなのか……自分じゃ気付けねえ部分もある。

 今みてーに誰か、ある程度経験を共有する奴でもいりゃあそれを知ることも出来たんだろーがなあ。


 『ですが実に興味深いですね。

 ちょっと話した程度で齟齬ソゴが明確になる程の記憶の矛盾になぜ気付かなかったのか……

 まあ、これが恣意的なことなのか否かと問うならば否定は100%有り得ないのでしょうけど。

 あなたにはきっと、ひとりぼっちにしておかなければいけない何かがあったんでしょうね』


 ひとりぼっちにしとかねーといけねえ何か……?


 『今のあなたはそんな姿ですし、先ほどのアレもありますし』


 アレ?


 『そうです、アレです』


 ナルホド、アレね……アレ……


 『思い出せませんか? アレですよ、アレ』


 ちっと待て、アレといったらソレだろ、アレをソレして……


 『すみません、もう分かりましたのでそのお話はここまでにしましょう』


 あ、ああ……確かにナルホドだな……?

 で……何だっけ?


 『まず、あの子……“肉塊”の話です』


 あ、ああ。“あの子はうちの子”だ、……アンタがそう言ってたのは覚えてるぜ。


 『あの子は、私の……双子の妹なんです』


 妹……?

 話した感じだと……いや、こことさっきの場所は違う筈だし…アレは……


 『話した? 今、話したと言いましたか!?』


 ああ、ただ……今事務所にいる妹さんとは何か別の存在、かもな。


 『別な存在……?』


 まずな、初めにも言った事たけどここに来る前にも似た様なやり取りをしたてたんだよ。

 “うちの子”ってとこまでしか聞けかったけどな。


 『でも……その話の相手は私ではありませんよね』


 さあ、どうだろーな。

 だがよ、顔も背格好も声も髪型もアンタと全く同じだったんだぜ。


 『え……私と同じ顔、同じ声……?』


 そういや服装だけは違ってたな。同じ黒系統だけど向こうは司祭か何かみてーな格好だったな。

 多分共通してんのはこの中庭だけで何か別の……そうだな、多分宗教的な施設みてーだったぜ。

 時系列だって違うかもしれねーしな。


 『私と……何か関係のある人物なんでしょうか』


 まあ無関係だって言うのは無理があるだろーな。

 それにもうひとつ、見た目はそのままで中身が何回か入れ替わったんじゃねーかって場面があったんだぜ。


 『私の姿で、ですか? ……ああ、なるほど。

 それで先のやり取りに繋がる訳ですね、納得が行きました。

 それにしても何か不愉快な感じですね、とても』


 んで、そんな場所に行く前にいちど話したっつーかガッツリ接触した相手がその“肉塊”クンなんだわ。


 『そうして棺桶に放り込まれて気が付いたらここにいた、という話に繋がる訳ですか』


 ああ、ホントに話が長くなっちまったがようやくコトのテンマツが伝えられたぜ。


 『ですがもうひとつ分からないことが……あなたがこちらに来る前に私と話をしていたのは誰なんでしょう?』


 あ、そーか。

 なんか話に連続性があるよーで無いとか、そんな感じだったんだよな。

 ソイツは全く分からねーな。

 確か何か質問して別な俺? が答えをなかなか返さねーもんだからイラついてたとこだったんだよな。

 何の話をしてたんだ?


 『あ、えぇと……ですね、妹の話です。

 あの子が動いてしゃべったりしただなんて到底信じられない話でしたから。

 あれが妹だ、と明言するのは避けていましたが』


 ああ、それで勢い良く食い付いて来たって訳か。


 『何ともお恥ずかしい話です』


 イヤ、別に恥ずかしくなんかねーだろ。

 んでその話の腰を俺が折っちまった訳か。


 まあまず言えんのは、今ここにいるアンタの妹さんと俺が出会った肉塊……それが同一の存在かどーかなんて考えても分からねえってことだな。


 『そうですね……もしやと思っていたのですが、あなたの話を聞く限りではもう確定的……

 いえ、確定的かどうかがさっぱり分からないということが確定的になった、ですね』


 あまつさえ自分がホンモノの自分かどうかすら怪しいときた。


 『まあ、だからこそ逆張りの仮説も持ち出すことが出来るというものなのですが』


 立ち返るとやはり複数のエビデンスを照らし合わせる必要性が重要とゆー訳だ。


 『ですがそれだけでは駄目ですね』


 あー、しつこいけどそのココロは?


 『恐らくですが、この巡り合わせは何者かによってデザインされたものなのではないでしょうか』


 まあその気味の悪ィ予想はずっとついて回ってる命題だからな、同意しかねえよ。

 そのストーカー野郎が何者かってことが解決出来ねぇことにはどうしようもねえっんだって話なんだがな。


 じゃあどーすんだって話だ。

 言っとくがさっきみてーな状況で複数のアンタとすり合わせをする、みてーなことはやってみたことあるぜ。


 『……私にとってはそれが何よりの情報ですね。

 その様な実験を試みることが出来る、それだけであなたという存在が極めて特殊な事例であるという証拠になります』


 ここまでアレだソレだって言わずに済んでるのもひとつの証拠か。


 『ええ、つまり今の話の内容は重要な部分に全くかすりもしていない、という事実関係が予想される訳ですね』


 あー、やっぱそーなのかー。

 そーじゃねーかとは思ってたんだがなぁ。


 でだな、ここを吹っ飛ばす理由がマシン室にいるアンタの妹さんだってのは?

 いくらバケモンみてーな外見だってそんだけでコロコロする理由にゃならねーだろ。

 アンタだってそこんトコ納得行ってねーんだろ。


 『もちろん、だってあの子はただ——』


 ただ遊んでるだけだった、か?

 そんなカンジだったな、確か。

 どういう訳かそれがどこかで今も続いてる、それを今さっき知った訳だ。


 『あ、……』


 ナルホド、何だか分からんけどとにかくそれが自分のせいだとかそんな感じに思ってるカンジだな?

 やっぱさっきまでひとり芝居だとかほざいてたヤツにどうにかしてもういっぺん会ってやらねーといかんのか……


 『あのー』


 別のアンタが“私には過去を生きた別人の記憶がある”、そう言ってたんだ。

 出来るもんならそのうち聞いてやりてーぜ。ふっ。


 『おーい、帰ってこーい』


 おっといけねえ、スマンスマン。


 『その別人の記憶というのは、別に私のものと決まった訳じゃないんじゃありませんか?』


 まあな、ただ別な“肉塊”クンとの接点があって山ん中で小さな女の子を拾ったってんだから知りたくもなるんだよ。


 取り敢えず後で本人たちからも話を聞きてーとこだがな、出来るんならの話だけど。


 『えぇと……その……呼ぼうにも今はもうどこにもいないので……』


 はい?


 『あなたのお父様と一緒で、突然いなくなってしまったんです』


 行方知れずに……?

 そいつは親子共々ってことか?


 『それだけなら良いのですが……』


 何だよ、その奥歯に魚の小骨が引っかかったみてーな言い方はよ……

 その“良い”ってのは一体何に対する言葉なんだ?


 『ちょっと込み入った話なんですが』


 あー、良いぜ。是非とも


 『まずは事の発端です。

 ある日、メインフレームに物理的な裏口ルートが仕込まれていることが発見されたんです』


 物理的な……?

 まさか……中庭まで引っ張られてた10base2ケーブルだったりとか……?


 『えっ!? なぜそれを……?』


 ま、まあまずはコトの経緯がソレとどう関係してたのかを知りてーぜ。


 『あ、はい。ひとまず分かりました。後で聞かせてくださるんですよね?』


 お、おう。モチのロンだぜ。


 『分かりました。約束ですからね?

 ……三年ほど前、ネットワーク通信にノイズが雑じることが多くなったので調査の手が入ったんです。

 決死の調査の結果がその同軸ケーブルだったんですよ』


 あー、オーディオマニアが良く気にするアレか。

 んでそのケーブルが原因? それか通信ボード?


 『あ、ターミネーターでした』


 よく分かったなソレ。

 だけどそれが何でコトの発端になるんだ……ってあの掘っ立て小屋かよ!


 『な、なぜそれを……?』


 あー。ちょ、ちょっと込み入ったハナシナンデスガー。


 『あ、後で良いです』


 つーか決死の調査って何やねん。


 『え、そこですか?』


 え、そーゆー反応?



* ◇ ◇ ◇



 『だって、建屋に近付けばどんな異変に見舞われるか分からないじゃないですか』


 何じゃそりゃ。原発じゃあるめーし。

 怪電波ズビズバだってか。

 まあ良い、んなこた後だ後。

 一個のことにこだわってちゃなんにも始まらねーからな。

 こりゃいちいち気にしてたらアカン奴だぜ。


 『……分かりました。後で後でのオンパレードですが仕方ないですね』


 後で確認出来る保証はねーんだがな、だからこそどんどん出してくべきなんだぜ。


 『それは……気にしたら負けですか、そうですか……』


 そうそう、気にしたら負け、気にしたら負け。

 んでその決死の調査の結果の掘っ立て小屋のターミネーターからの何だって?


 『ケーブルが敷設された先にその小屋を見付けた訳なのですが……

 その小屋、入口が無かったんです』


 入口が無え……?

 んな筈はねーぞ。詰所側から入れるようになってた筈だが……


 『散々調べましたが、結局入り方が分からなくてそのケーブルは撤去、小屋も解体することになったんです』


 解体か……じゃあここにゃもうその小屋はねーんだな。

 ナルホドどーりで……ってまだあるじゃん!

 つーか入口はちゃんとあるんだけど何で分からんかったんだ?

 あーいや、何十年も誰にも気付かれずに放置されてたからそれも有り得るんかね。


 『えー、気にしたら負け、気にしたら負け……と。

 それでですね、この話にはまだ続きがありまして』


 続き? まだ小屋がそこにあんのと何か関係してんのか。


 『はい。入口が無いどころか継ぎ目も無く、どうやったら解体できるのか全く分からないという状況になりました』


 ゲームの破壊不能オブジェクトみてーな奴か。

 ……ナルホドな。


 『最後には重機まで持ち出しましたが全く歯が立たず、結局ケーブルの撤去だけにしようかという結論になりました』


 まあ分かるぜ。


 『はい。結論としてあれは特殊機構と同様の存在であるとみなされることになりました』


 ん? そういうもんなのか?

 別にその掘っ立て小屋だけじゃねーと思うけど。

 つーか明日爆破解体出来ねーんじゃんか。アホやな。


 『え?』


 あとぶっちゃけ、俺も同じなんじゃねーかなあ。


 『ええっ!?』


 まあ良いや、続けよーぜ。

 気にしたら負け、なんだぜ。

 で、その裏口ルートのケーブルを撤去したのがどう赤毛の親子の失踪だか蒸発だかに繋がったんだ?


 『蒸発……? ああ、言われてみればその線もありますか……

 まあ次に行きましょう。

 その赤毛の男性……父親の方が事件を起こしまして』


 事件?


 『はい、ケーブルを小屋の直前で切断して終端にターミネーターを取り付けたのですが』


 待て、そのときネットワークはどうなった?

 10base2ならシステムを止めねーと工事なんて出来ねーんじゃねーのか?


 『はい。ご心配の通り、ネットワークが全てダウンしました。

 ネットワークは全て無線網に切り替わっていたのですが、既存の回線に外付けのアダプタを取り付けただけのものだったので』


 ほーん。既存の、ねえ。

 まあ良いや。んでどうしたんだ?


 『その……どこかから古びたPCとテレビを持ち込んで、切断されたケーブルを接続したんです』


 は? PC? ダム端か何かってことか?

 テレビってアナログテレビか。


 『だむたん? 良くは分かりませんがそのPCを繋いで何かの操作をし始めました。

 テレビは普通の液晶テレビでしたね。

 映りはもの凄くピンボケでしたけど』


 勝手に繋いでたんか?

 2009年あたりだよな? どーなってんだ?

 有り得ねえだろ。

 セキュリティ云々以前にんなもん持ち込めねーだろ、フツーはよ。

 いや、システムが昔のまんまだったらその辺もガバガバなんか……

 「TSS001」とかで入れちゃうんかね。

 いや、マジかー。


 『えぇと、サインインには最先端の多要素認証を採用したばかりでしたが……』


 その古びたPCでか? ウソくせーなあ。

 聞いた限りオフコンとかワークステーションの類ですらねーんじゃね?

 やっぱガバガバなんじゃねーの?


 『えー、まあとにかく彼はこの中庭で何かをし始めたんです』


 どんな名目で? とにかく何でンなコトが許されてんのかが気になるぜ。

 システムのリカバリとかか?


 『何だか良く分からなかったのですが、再起動するとか……そんな話だった気がします』


 気がしますってアンタここの職員なんだろ、それとも食堂のおばちゃんとかだったんか。

 隣の奥さんと同じ人だと思ってたけど違うんかね。


 『おばちゃん……いえその、まあただあんなCUIなんて見たこともなかったので』


 えー、2000年代だろ?

 UNIX系のOSくらい大学で触ってんじゃねーの?


 『いえ、ああいったものとはまた異なる画面表示が……』


 まあ一品モノのメインフレームだもんな。

 ってああ、済まねえ。

 俺から言っといて脱線しまくりだったわ。

 続けてくれや。


 『えぇと……それで、メインフレームのメンテナンスなんて誰もやったことがなかったので危ない、やめろとかそういった話になったのですが……彼が“これを見れば大丈夫だ”……と言って出した資料が——』


 あー、再びイヤな予感……


 『? ま、まあ他の同僚もえらい剣幕でふざけんじゃねぇと迫っていたのですが……

 何しろそれが“ひみつのノート”なんて子供の字で書かれた血塗れのノートだったのですから』


 うげぇ、やっぱりかー!

 って時系列はどーなってんだコレ。



* ◇ ◇ ◇



 『時系列?

 それにその反応、今の話に何か心当たりでもあるんですか?』


 そのノート、もしかしなくても俺がガキの時分にここで持ち歩いてたノートにちげえねぇぞ。

 どーしてソイツが持ってんのかが全くもって謎な訳だが。


 『そうなんですか? なら相当に古いノートですね』


 まあ今は良いや。

 どーせでけーこと言っといて何かやらかしんだろ?

 だってあのノートにそんなてーしたことなんて書いた覚えはねーし。

 それに日本語が不自由なのにガキの落書きを読めるなんざおかしな話だからな。


 『その……あなたのノートだという資料に何が書いてあったのかは分かりませんが、“これを実行すれば復活する”と言って何かをした様なんです』


 何の検証もしねーで作業するなんざエンジニアの風上にも置けねー奴だな。

 しかも作業許可無しでだろ。

 社会に出しちゃいけねーレベルでヤベー奴なんじゃねーか?

 粗方バックアップも取ってねーんだろ。

 あー分かった、いなくなったってクビになったんだな!


 『そ、そうですね、ですがそのとき起きたのは誰もが思ってもいなかった現象? でした』


 ナゼに疑問形?

 いや、まあ気持ちは分からんでもねーが。


 『ええ、その……彼は何かのコマンドを入力した様なのですが、実行キーを叩いたその瞬間……

 どこからも入れない筈の小屋の中から小柄な女の子がひょっこりと顔を出したんです』


 いや、小屋にゃ確かに中庭に出るためのドアが付いてた筈なんだけどな、ホンモノにはな。

 つーかその女の子ってのがまさか……


 『いえ、その女の子は彼のお子さんではない……多分、無関係な人……なのだと思います。

 何しろ高校生位の見た目というか制服然としたブレザー姿でしたし、髪も普通の黒髪でしたから。

 本当に何の脈絡も無く現れたんです。

 ところで、まるでその小屋が紛い物であるかの様な言い方ですね?』


 いや、壊せねえ入り口も見つからねえとか言ってる時点でおかしいだろ、そのギモンがおかしーわ!

 てか現象? なのかソレ。


 『やっぱり疑問形になりますよねぇ』


 イヤ、そこじゃなくでさぁ……

 あー、まあ良い、まあ良いだぜ。


 『その子、出て来るなり「え、何?」なんて間延びした声で言ってましたから本人も訳が分かってなかったみたいなんです』


 前フリが長え! 結局何がどーなった。

 再起動はどーしたよ。


 『あ、はい。そのときは再起動できたのかどうかは分かりませんでした』


 イヤ、再起動したら端末の接続も切れるだろ。

 んなコトも分からんのか。


 『接続も切れる……? 接続エラーの様な……?』


 そもそもその端末ってのは何だったんだ?

 ホントにPCなのか?


 『えぇと……キーボードと一体化した分厚いPCで、カセットテープ? と言うんですか?

 そんな感じの再生装置を繋いで何かのコマンドを入力したらそれがピーガーと音を鳴らし始めて——』


 あー、分かったわー。

 そりゃ俺のノートもある訳だわー。

 でもマジで時系列どーなってんだコレ。

 まあ良いや、てことは再起動はしてねーな?


 一体何をぶっ込みやがったんだ……?

 今の話フツーに聞いてたけどコマンド叩いたら小屋から女の子が出て来たって何じゃそりゃだぞ。


 『あの、タイミングがあまりにもドンピシャだったものですから。

 それに……小屋から出て来た女の子が自分で言ったんです。

 そのコマンド……何とか? を実行したから自分が呼び出された、と……』


 はあ?

 その子は何が何だか分かってねーって感じだったんだろ?

 それが何でイキナリそんな宇宙人みてーなことしゃべり出すんだよ。


 『いえ、私にも何が何だか……混乱してしまい……すみません』


 あーイヤ、別にいーわ。気にしたら負けだぜ。

 まあどんな状況だったのかは何となーくだが想像が付くぜ。


 『いわく、リソースが揃い次第ここの特殊機構のインスタンスを起動したい、そのために来た、だとか』


 “ここの”? どういうことだ?


 『さあ……私には何のことやら……とにかく擬似的な特殊機構を動かすんだとか何とか……

 それが何を意味するのかは分かりませんが』


 “擬似的な特殊機構”だ?


 『はい、その……』


 しかし何でそれがOKでワンコとかご主人様がNGなんだ?


 『……を再構築すると言って彼が持ち出した機器類を全部取り上げて小屋に戻って行きました』


 へ?



* ◇ ◇ ◇



 再構築って再度構築するってコトだよな?

 何を? まさかインデックスじゃねーよな。

 RDBなんて高級なモン積んでねーしな。

 ファイルシステムとか?

 つーか取り上げたってブチブチと切り離して持ち去ったんか。

 それダメなやつじゃん。


 『あの』


 あースマン、考えごとしとったわ……って筒抜けなんだよな。


 『はい、先ほどまたよく聞き取れない箇所があったものですから』


 あ、それ俺もなんだよね。

 再構築するってとこの主語が分からんかった。

 ちなみにそっちに聞こえてなかったのはさっきと同じ単語だぜ。


 『一体、何が基準なんでしょうか……』


 まあ良いや、次だ次!


 『えぇ……はい、まあ分かりましたよ』


 結局そっからどーなった?

 まさか指をくわえて見てただけって訳じゃねーんだろ。


 『彼は当然抵抗しましたね』


 まわりは? 当然、ギャラリーはいたんだろ?


 『いえ……あの、もうドン引きでしたよ。

 ですがその後にとんでもないことに……』


 何じゃそりゃ楽しそう、詳しく!


 『いえ、普通につかみ合いのけんかというか、乱闘になりまして。

 何だね君は、みたいな。

 ちょっと偉そうなおじさんたちが寄ってたかってそこまでするかって感じで、止めに入ろうかとも思ったんですが』


 入る必要が無かった、とかか?


 『そのままおじさんたちをずるずると引きずりながら小屋に向かい始めました』


 何そのバカヂカラ!


 『おじさんたちは引きはがされてポイと投げ出されたんですが、彼は最後まで粘りまして、最後には一緒に小屋の中へ……』


 掘っ立て小屋ん中に入っちまったのか。

 じゃあ……


 『それ以来、音信不通なんです。入ろうにも相変わらず入り口は見付からないまま、壊そうにも壊せない』


 待てよ、それで良く爆破解体なんて話になったな?


 『はい、何しろもう三年も前の話ですし』


 アレ?

 じゃあその娘さんって子の方は?


 『その子も行方不明になったのですが……』


 まさかとは思うけど一緒にか?

 つかみ合いのけんかに参加してたなんて言わねーよな?


 『はい……あ、正確には“いいえ”でしょうか……』


 まさかホントに参加してたんか……?


 『最近その子だけひょっこりとここにやって来まして』


 二、三歳だろ? んなコトあんのかよ、母親はどーした?


 『元々ひとり親だったらしく、彼が男手一つで育てていたと聞いてますが……』


 じゃあその後どーやって暮らしてたってゆーんだ?

 

 さっき間違って“はい”って言ってたのは?


 『先ほど話した事の顛末を知っていたので、どこかで見ていたのかと。

 それで……普通に小屋の中に入っていったんです』


 なぬ? もーいっぺん聞くけど二、三歳なんだろ?

 んなコトあんのかよ。

 ……まあ良いや、その後は?


 『……同じですね、私たちはには何も出来ませんでした』


 そりゃ行方知れずっつーかそん中にこもってただけなんじゃねーか?


 『ですが、その後中に入れた人は誰もいなかったんですよ』


 裏側っつーか正面から出てったとかはねーのか?


 『正面?』


 詰所の奥の物置の中に入口がある筈なんだけどなあ、そこも見たよな、当然。


 『詰所ってここからは少し離れてますが……』


 位置関係的には隣接してんだろ、連絡通路の横だぜ?


 『まあ、四方全部調べた訳ですが』


 捜索願は? 関係者は他にもいたんだろ。


 『上に握り潰されたそうですが……真偽のほどは定かではないですね』


 三度みたび聞くけどそのココロは?


 『私以外に気付いている者がいたかは分からないのですが……

 その父親、赤い髪の男性職員がいつからこの施設にいたのか、それがどうもはっきりしないんです』


 ソイツはアンタの先輩なのか?


 『いえ、私がここに赴任したときはまだいなかったと、そう記憶しています』


 女の子の母親はどうだ?

 ひとり親だって話だが何か聞いてねーのか?


 『全く情報なしですね……

 この町の住人である以上は関係者なんでしょうが……』


 その子の行方が知れねえのに俺が言うコスプレ女子(?)と同一人物かもしれねえって思ったのは何でだ?


 『それこそ行方知れずになってしまった訳ですから、もしやと思っただけですよ。

 そもそもが怪しかったですからね。

 以前から事務所の片隅に例の古びた機材を持ち込んで何かの実験をしている様でしたし。

 いわく、“メインフレームにアクセスする方法を見付けた”などと……』


 事務所?


 『あ、そこの事務所じゃないですよ、新しい方です。

 ああ、それと……何かマニュアルの様なものもありましたね。

 “大体のことはこれに書いてある”とかで……』


 “新しい方”ってのはどこの話なのかは知らんけどマニュアル?


 『あのノートと一緒ですが……』


 あー、ハイ。あれかぁ。


 『それは知ってるんですか、気にしたら負けなので事情は聞きませんが』

 

 じゃあ聞くがさっき俺が話してたここそっくりの別な場所、そいつには心当たりはねーのか?

 なんの脈絡もなくいきなりこーなったとは考えにくいだろ。


 『さっきのこの出会いがデザインされたものかも、という話ですね。

 残念ながら私はここ以外の場所は知らないですね。

 それよりあの場所とかその場所とか、色々と知っている貴方の方が余程非科学的で不可思議な訳ですけど。

 後でちゃんと聞かせてくださいよ?』


 あー、まあそれまで俺がここにいりゃあな。


 『それはどういった意味で……?』


 俺がただの彫像に戻んのか存在が消えてなくなるか……

 それか、皆まとめてキレイサッパリ消えてなくなるか……

 そのどれかは分からんけどな、多分コレっていつまでも続くもんじゃねーと思うぜ。


 まあその子ももうここに来ることもねー訳だろーし。


 『キレイサッパリというのは?』


 俺にもよく分からんけど作り物ってカンジがすんだよな、そこに人を住ませてるのが何でなのかはもっと分からんけど。

 俺が来ると動き出す、んで充電? が切れると俺は放り出されてその後どーなるのかは知らん。

 放り出された後は一個前の場所、とは限らんけど以前いた場所に戻ってる感じだな。

 同じ場所に二回行ったってのが今まで無かったからな、消えてなくなったりしてんのかなーと。

 ただキレイサッパリってのはな、俺の予想に過ぎねーんだわ。

 もしかすっと今もどこかで存在してんのかもな。


 『ああ、何となく分かりました。

 ここは日本ではないどこか……何かのために作られたかりそめの町、働く人々もまた然り、という訳なんですね』


 人が住んでたのは前にもあったけどな。

 そんときはよそから連れてこられたって明確に言ってたけど、ここもそのクチなんじゃねーかなあ。


 『となると私の予想はあながち間違っていないのかもしれないですね』


 うーん、そーだなあ。


 『世の中に非科学的で不可思議なことが本当にあるとしたら……私をここから連れ出して欲しかったですね。

 是非とも、外側から観察する側になってみたいもので』


 それは俺も思うぜ、何しろ誰だか分からん奴に振り回されてるだけなんだからな。


 いや、気にしたら負けとか言っといて脱線し過ぎちまったぜ。


 『ふふ、そうですね。話を戻しますか』


 じゃあさ、そもそも何でメインフレームを再起動なんてする必要があったんだよ。

 コトの発端はそこだろ?

 何情報なんだソレ。


 『えぇと……そのノートに書いてあったと……』


 ズコー!

 いや、マジでェ!? 俺んなコト書いたっけか!?

 待てよ……その掘っ立て小屋って最初にちびっ子が出て来た建物と位置関係が同じだよな……

 偶然か?


 『ちびっ子? ああ、先程の話の子ですか』


 こっから入ってあっちに出た?

 イヤイヤ、んな訳ねーだろ。


 『あのー、気にしたら負けですよ?』


 お、おう。



* ◇ ◇ ◇



 イヤしかし何の話か分かってて今の一言が出たんならてーしたモンだぜ。


 『あの、話は分かるんですが話が飛躍し過ぎて……

 どこをどうしたらそういった発想になるのかが理解出来ず、ついテキトー返事をしてしまいました』


 あん?

 ああ、玄関を一歩出たら別世界とかそーゆーのが当たりめーになってたからなあ。

 だから俺の感覚がマヒしてたってだけの話なんだけど。

 もうアチコチを徘徊してる怪しいジジイと変わらんよな、俺。


 『何というか……早くマトモな生活に戻れると良いですね()』


 それでだな、アッチとコッチの接点がどっかにあるんじゃねーかと。

 そー考えたらその掘っ立て小屋が怪しいんだよなって発想になった訳だな。


 そもそもの話、そのノートって俺がガキの時分にアレコレメモってた奴だってコトは間違いねーんたけどさ、何でソレがここにあったんかってのがナゾなんだよな。

 だいいち、接続に使ってたPCのソフトだってカセットテープから読ましてたんだろ。

 どっかから来て用が済んだからさっさと他に行ったみてーな感じに見えなくもねーよな……?


 『ですがそれだと娘さんは……?

 単に連れ回されていただけならかわいそうですね』


 そうだな……実際の親子かはさておき……


 『確かに……ひとり親で母親不在、というシチュエーションはいかにもな感じですが……』


 かくいう俺の家族も孤児やら何やらの寄せ集めだったからなあ……


 『それはつまり……』


 考えたくはねーがガキの時分から……ヘタすると生まれる前からずっと誰かの手のひらの上って可能性もあんのか、とはちったあ思ってるとこだがな。


 『まさか、今ここで自由に会話出来ているのに、ですか?』


 イヤ、自由じゃねーだろ。

 それに大体何で俺は今こんな状態になってんだ?

 何かの呼び水にするためとか、何かあんだろ。


 『例えるなら踏み台、ですか。言い方は悪いですが』


 加えてそれが俺にとっちゃ30年前の話だって点もだな。


 『仕掛け人みたいなのがいるんなら、そいつは高次元生命体みたいな存在なんでしょうかねえ……』


 何じゃそりゃ。マンガの読み過ぎなんじゃね?


 『だって、あなたの話の通りとするのならそのノートとPCは30年後から誰かが持ち込んだっていうことになりますよね。

 三次元の壁を超えられなければ到底辿り着けない場所から』


 確かにな……特殊機構か? うーむ。

 そーいやそのノートとかPCって他の機器と一緒に元々俺のクルマに積んであったんだけど、そのクルマもどこかにあったんかね?

 つーか繋ぎ方、良く分かったよなあ……とも思うけど。


 『車ごと……盗難? にあったと?』


 盗難……そう、文字通り盗難だな。

 ある日怪しい二人組が家の前をうろついててな、何やってんだゴルァってアイサツしたらソイツらが乗り逃げしやがったんだよ。

 やたらとクルマをジロジロ見て回るから何なんだコイツらはって思ったんだが……

 後から聞いた話、ソイツらが例の子の子分たちだったらしーんだよな。


 『なるほど、そこでさっきの話につながる訳ですか……』


 盗られたのはガソリンエンジンのバンなんだがな。

 まさか30年前に持って来るためにわざわざ用意させたなんてコトはねーよな……?


 『それはどういった?』


 EVだと持ち去った先で充電できねーこともあるんじゃねーかなと。

 あ、電気自動車な。ガソリン車って今じゃほとんど生産されてねーから。


 『でもそれはあなたのご趣味でもあるんですよね?

 メンテナンスしていくのも大変でしょうし』


 いや、まあそれはそうなんだが……


 『でも何をどうしたらそんなことが出来るんでしょうか……?』


 さあなあ……

 強いて言うなら、やっぱ俺が住んでた町もそもそもの話かりそめの場所だったってオチを考えちまったからなんだが……


 『まさかそんな……』


 いや、俺自身……ガキの時分、すでに随分と特殊な境遇にあったからな……

 今考えるとさもありなんて感想しかねーんだわ。


 『その“さもありなん”と考えるに至った特殊な境遇というのは、最初に伺ったお父様の一件ですか』


 ああ、その親父が行方知れずになったって事件がどー考えてもキナ臭えんだよなあ。

 アンタが俺の言った事件を知らねえって辺りが、どうもな。



* ◇ ◇ ◇



 『あなたのお父様がこちらでは今でも元気にしてるのでは、という話ですか?』


 何つーか……事実関係の矛盾具合からすっとさ、こっちじゃ俺って元々いなかったんじゃねーかなってさ。

 そもそもの話、親父がいたとしても多分ここじゃ働いてねーよな。


 『それじゃあ例のノートは?』


 いや、それを考え始めるとだな……ここがアンタが言うところのかりそめの町だって仮定、それがどういう意味を持つのかって話にもなるんじゃねーかな、と。


 『うーん、今ひとつピンと来ませんねえ……

 具体的にどういった仮説なんでしょうか?』


 ここってさ、メインフレームがあって施設があって職員が暮らす町があるだろ。

 それでいてかりそめの場所じゃねーかって疑惑があるんだ。

 それはつまりこの町全体がメインフレームのための場所、言うなればマシン室の延長線上の存在だってことになるんじゃねーかなって思ったんだよ。


 『町全体がマシン室の付属品の様なもの……? ああ、なるほど分かりました』


 んで、ノートやら何やらはもしかすっとここが出来たとき既にあった可能性もあるんじゃねーかなってな。


 『30年の時を超える、という部分についてはどう考えているのですか?』


 多分、今はやっぱ2042年なんじゃねーかな。

 時を超えるとかそんなのはハナっから無かった、俺はそー思うぜ。

 世界はひとつ、事実もひとつ……誰かにそう言われたことがある気がするんだが……いつ、誰に言われたんだっけかなあ。


 『待ってください。なら30年前だとEVの充電やメンテが出来ないのでは、という話は?』


 この町全体が30年前のメインフレームにくっ付いて来た付属品……

 もとい、それが町ごとコピーされたモンなら30年前の環境しかねーだろ。

 町の外に出たら何がどーなってるのか想像もつかねーけど。


 『それなら今ここであなたと話している私は……?』


 さあなあ……ただ、アンタみてーなのには前にも会ったことがあるからな。

 恐らくはその時代ごと切り取られた精巧なコピー、だったのかもしれねーな。


 『しかし私は今までのここでの生活だけでなく、子供の頃からの暮らしも全て自分の経験として覚えていますよ。

 そのことに関してはどう説明しますか?』


 そんなん俺だって同じだぜ。

 それこそ全部初めからそーだったんだって言えばそれまでなんじゃねーか。


 『人生まるごと、という訳ですか。なるほど。

 でもまあ、この状況だけを見て良くそこまで想像出来ますね?』


 想像っつーか経験談なんだけどな。

 聞いてただろ、さっきの話。


 『いえ、そこは聞いてませんけど?』


 いや、だから俺が住んでた町の話だって。

 おまけに他の場所から来たって人たちがいてよ、同じ場所でもその人らには別の場所に見えるんだよな。

 しかもだぜ、その人らにはそこにいる別の住人が見えてるってゆーんだよ。


 『今度は心霊現象ですか? また話が二転三転しますね』


 あースマン、脱線じゃねーんだ。

 掘っ立て小屋からブレザー姿の女の子が出て来ただろ、んでその子は掘っ立て小屋のドアをフツーに開け閉めしてただろ。

 そんときの状況って俺が今した話と同じだったんじゃね?


 『そのとき、ここに誰かがいたか……ですか。

 女の子が急に変なことをしゃべり出したのも何か関係が?』


 見えねー誰かが見ててしゃべらせてたんだろ。

 何かさ、勝手に動くんだよな、口が。


 『そんな技術が21世紀にようやく差し掛かるかというこの時代に有る訳がありません。

 それこそ心霊現象としか思えないのですが、それもばかげた話です。

 目の前のあなたというエビデンスが無ければ、総じて真っ当な考えではないと一刀両断に付しているところですね』


 まあそーゆー感想になるよな。

 今は昭和20年だって主張する奴に会ったこともあるし、現代科学の体系とはまた別の何かなんだろーなとは思うが。


 『終戦の年……? 確かにそれだけ昔の事物じぶつなら少なくとも今の科学技術とは別の体系に基づく技術である、と言うことが出来るという訳ですか。

 それで、あなたが会ったというその人物とこの場所で起きたことにどんな関係性があるんでしょうか?』


 確か3月だって言ってたから終戦まで半年ねーくれーのタイミングだな。

 関係あるかねーかで言ったら何がしかの関係はあるんだろーな。

 ちっとばかし長くなるからそれは後にしてだな……

 もとの話に立ち返って、その赤毛のオッサンと娘さんがどこから来てどこへ消えたのかを考えよーぜ。


 『えぇ……まあ、分かりました。

 それで、先ほどの無理やりな仮定が正しかったとしてですよ。

 30年前を模したこの場所で端末を引っ張り出してコマンドを叩く、その行為一体何になるっていうんでしょうか?』


 そのとき突然現れたブレザー姿の女の子は“呼ばれたから来た”みてーなことを言ってたんだろ?

 それはどっからだ?

 少なくともここ以外のどっか別の場所、それは間違いねーだろ。

 そいつとは全くの初対面だったのか?

 

 『ええ、少なくともここの関係者ではないと思いますね、誰とも面識はありませんでしたから』


 だよな。それなら、かりそめの場所と他のかりそめの場所の間を行き来出来る、そういう可能性もあるんじゃねーかな。

 あるいは……


 『他にも何か……?』


 かりそめの場所を抜け出して現実世界に行く、とかだな。

 もしかしたらアンタもそこから抜け出して現実の世界に行けるんじゃねーのか?


 『あの、すみません。今何と?』


 ぬ? どの部分だ?


 『あの、全体的にモヤがかかった感じで』


 あー、ナルホド。

 つーか今のスゲーヒントじゃね?

 何つーか決定的?

 特殊機構ってのはつまりそういうことをするための装置なんじゃねーか?

 てかもしかしなくてもそうあってほしいんだがなあ。


 『あの……何も聞こえませんが……』


 あ、終わりか? それとも……

 オイ、試してみてえことがあるんだ!


 『……』


 ダメだ、聞こえてねえ。

 もうすぐタイムリミット的なヤツが来るってか。

 発声するっつっても物理的に無理だよなあ。


 もう少し話してーこともあったんだがなあ。

 例えばさ、例の肉塊がアンタの妹って話とかな。

 それにアンタがホントは誰なのかってこともスゲー気になってたんだぜ?


 『……』


 やっぱ聞こえてねーか。

 あー、何とか

 えぇい、ダメ元だぜ!


 【あ゙、あ゙、あ゙ー】


 『! 今のは!?』


 おう、やってみるもんだぜ!

 

 【あ゙、あ゙あ゙……】


 ダメだ、あ゙ーしか出ねえ……


 『な、何か私に伝えようとして……?』


 えぇい、こなくそぉ()


 【んごごごごご……】

 『あっ、何を!?』


 うお、何か動いたぜ!

 やっぱ最後にモノを言うのは根性だわー。

 よっしゃ、もーひと息……ぬおおおお!


 【ぷ】


 『……へ?』


 イヤ違う!

 今のは断じてオナラなんかじゃねーからな!

 イキんでたのは確かだけど!



* ◇ ◇ ◇


 

 『い、今のは……』


 オナラじゃねえ!

 オナラじゃねーんだ、うおー!


 ……じゃなくてえ!


 もーいっぺん行ってみっか!?

 よっしゃ! やるぜ!


 ………えーと、何だっけ?

 アカン、オナラ……いや、決してオナラじゃねーけどそのオナラのよーなナニカのせいで何がしたかったんか忘れちまったぜい!


 まあ良いや、取り敢えず動けぇ!

 何するかは動いてから決めるぜぃ!

 ぬおおおおお!


 【ぬおおお!】

 『ひぇ!?』

 【うごあああああ!】

 『うひゃああああ!?』

 【ぬおおおおおりゃあ!】

 『す、すいません』

 【うごああああああああ!】

 『あのー』

 【うおおおおお!】

 『いつまでやっとんじゃワレぇ!』


 スパーン!


 【はっ!?】

 『あ、あらすみません。私としたことが。オホホ……』

 【いやーこっちこそスマン、俺としたことがとんだ字数稼ぎだったぜ】

 『はい?』

 【ハッ! 今誰かにしゃべらされてたんかぁッ!?】


 なーんちってぇ!

 イヤ、考えるだけで伝わるってスゲーイヤな状態から抜け出せたのは良いんだけどコレ、一体全体どーいった状況なんだべ。

 見たとこ別な場所に飛ばされたって感じでもねーしな。


 『何だ、ヨソ見かよ。随分と余裕ぶっこいてんなァなオイ』


 やっぱ飛ばされてたァ!?

 ……イヤ、景色は変わってねーぞ?

 つーことは音だけ……?


 『何ですか?』

 『何でェ音が何だっつーんだ、よっとォ!』


 何じゃこりゃ、メッチャややこしーな!


 『ええぃ、マジメに戦いやがれ! それにその変な口調は何だ! イヤ、むしろ元の方が変だけど!』


 【俺らには見えてねーけど別の誰かがいるな】

 『え……それは先ほどの話の……』

 【イヤ、全く関係無さそーな誰かだ。しかもどーゆー訳かバトってる最中らしい】 

 『らしいって……まるで他人ごとですね』

 【だって実際体動かしてねーし相手も見えねーからな】

 『それは何らかの記録が再生されていると考えるべきなのでは』

 【さっきと一緒で念じるとそれが会話として相手に通じるらしーんだわ、これが】

 『そういえば今は彫像がしゃべっている声が聞こえますね』

 【だろ?】

 『それにちょっと動いてませんか?』

 【お、分かった? メッチャ踏ん張ったんだぜ?】


 『聞いてんのかよ、オイ!』


 うるせえ! 誰だか知らんがこちとら忙しーんだよ!

 勝手にやってろ!


 『何だと!? そっちがその気なら……ぬおっ、危ねえ!?』


 【いやー何か分からんけど助かったわー】 

 『今度は何ですか?』

 【またソッチの話なんだけどさ、何かコッチが優勢……みてーな?】

 『そっちこっちとややこしいですねえ』

 【いやマジで邪魔でしかねえんだけどな】


 『何を言っている!?』


 知らんわ!


 『ふざけんな! ッどりゃあ!』


 『あっ……』


 お、おろ?


 『手こずらせやがって、この……』


 俺、何かナナメ下にメッチャ移動っつーかスライドしてる?


 ……ス、ズン。


 『だ、大丈夫……じゃ、ないですよね……?』


 アレ?

 目の前にあるのって……台座?

 視界がまた90度真横になっとる。

 水がねーけど噴水の前あたりか。


 なあ、俺って今どーなってんの?


 『あん? 真っ二つにされたってのにのん気なもんだな』


 『……あ、あのう……?』


 アレ?

 台座の上にあるのって……俺っつーか……彫像の下半身?

 もしかして俺、ホントに胴体の辺りで真っ二つにされた……?


 ………

 …


 乱暴なねーちゃんは……もういねえ?

 イヤ、また声が聞こえなくなっただけか……?


 【ビビービビービビービビー】


 『なっ!? 何でだ!?』


 やっぱいたし!

 つーか何だ? 俺は何もしてねーぞ。


 『くっ……何でまだピンピンしてやがるんだよ!』


 知るか!


 『い、今の音は……?』

 【オイ、俺をそこの小屋の前まで運んじゃくれねーか?】

 『! は、はい……』

 【ん? どーしたよ】

 『お、重過ぎて無理です』

 【えぇ……】

 『テメェ、早く止めやがれェ』


 ズガッ!


 『きゃっ!?』

 【うぉう!?】


 何か……蹴られた?

 つーかスゲーパワーだなオイ!

 でもおかげで掘っ立て小屋の近くまで来れたぜ。

 こんなことなら初めっから頼んどきゃ良かったなーおい!

 助かったぜ、サンキューな!


 『訳が分からん!』

 『あいたたたた……』

 【おっと、スマンスマン、俺にしがみついたまんまだった】

 『だ、大丈夫です』

 【ホントにか?】

 『大丈夫じゃないけど大丈夫です!』

 【あー何かスマンね】

 『それで、次はどうするんですか?

 何か実験したいことがある、なんて言ってましたけど』

 【あー、そーいえば】

 『えー、実は忘れてた……?』

 【コホン。と、ときにそのハリセンはどっから出したん?】

 『あ、いやその、いつでもツッコめる様に持ち歩いてるというか何というかですね……』


 くっ……思ってたよりナナメ上を行く面白キャラだったぜ!


 『何だと!? 俺のどこが面白キャラだっつーんだぁ!』

 【あー、面倒臭え】

 『えっ……何かゴメンナサイ?』

 【イヤ、コッチの話だから】

 『その、目に見えない誰か、ですか』

 【まーな】

 『聞いとんのかテメェ!』

 【俺に触れたまんまそこのドアを開けてみちゃくれねーか?】

 『こうですか?』


 ガチャ。


 『あっ』

 【おぉ、開いたぜ!】

 『な、一体何が……! 貴様、何をしたァ!』


 ったく……うるせーなァ。


 【でさ、俺を引きずって一緒に中に入れねえ?】

 『えー、びくともしないですね』


 マジかー。コイツどんだけバカヂカラなんだよオイ。


 『あん?』


 ムカついたんなら早く蹴飛ばせよ、ホラ!


 『ンだとコラァ……テメェはこうしてやる!』


 ザンッ!


 【あ……】

 『ひいっ』


 いやー首と胴体がサヨーナラしちまったぜい!


 『くっ……何でまだピンピンしてやがるんだよぉ!』


 【ちょーどいーや。ホラ、コレで楽々持ち運べんだろ?】

 『えぇぇ……これ、もはやホラーなのでは……』

 【ホラ、早く早くぅ】

 『はあ……分かりました。何かすごくヤな絵ヅラですが……』

 『な……首だけが浮いた……だと? 一体何をしたキサマァ……!』


 マジでおもしれーな、コイツ。


 『うるせえ!』



* ◆ ◆ ◆



 ホレホレ、必殺マサカドのクビヅカだぞォー、ほーれほーれ。


 『チッ……下らねェ』

 【さてと、さっさと行こーぜ。外野がうるせーし】

 『が、外野ですか? 良く分かりませんが分かりました』

 【これ以上細切れにされたら——】

 『オイ待て……まあ良い、これでもう転生はねェぞ』

 『ハイ、行きますよー』


 バタン。


 ……アレ?

 何か急に真っ暗になっちまったぞ。

 またさっきの状態に逆戻りだってか。


 「く、暗いの怖いですぅ」

 「おろ? 直接しゃべれる?」

 「え? 今の声は……?」

 「おう、アンタが今大事に抱えてる生首だぜ」

 「ひえぇ」

 「何かキャラ変わってねーか?」

 「そりゃ変わりもするでしょう!」


 何でだ? さっきあの音が聞こえたが……何がきっかけか分からねえ。

 まあ今に始まったことじゃねーけど。

 まあ良いか。


 「ここは小屋ん中だよな、誰がドアを閉めたかは知らんけど」

 「ええ、その筈ですが……というかその声、還暦のおじさんとは思えないんですが」

 「おう、そうだぜ……ってまたかよ……

 自分の声でしゃべってる様にしか聞こえねーんだけどなあ」

 「えぇと……凄いかすれただみ声というか……壊れたスピーカーみたいな感じですよ」

 「おっと、新しいパターン……つーか生首な時点でお察しだってか」

 「ちなみにご自分でも今は首だけの状態な感じなんでしょうか?」

 「うーん、言われてみりゃそーだな。首から下がある感じはしねーんだよな」

 「ほら、腕が無くなった人なんかだと幻肢痛とかあるじゃないですか。そういうのはどうですか?」

 「いや、首だけの状態でそんなもんがあったらやってられんだろーに」

 「まあ確かに」


 しかし首チョンパの状態がそのまんま続いてて周りは真っ暗、それでいてお隣さんらしい人とはフツーにしゃべれるよーになった。

 まあ良いかとは思ったがやっぱ気になるぜ。

 こりゃ一体どーゆー状態だ?

 それに真っ暗だがここは確かにあの掘っ立て小屋ん中だ。

 真っ暗って状況がさっきここを通った時と同じなんだよな。

 コイツはやっぱし似て非なる場所って奴なのか?

 いや、そもそも今は横倒しの状態じゃねーよな。

 こっから落っこちた先で引っ掛かったのが今の俺自身……ん?

 そーいやあの声だけ聞こえてた奴、“その変な口調は何だ”、“元の方が変だけど”とか言ってたな。

 変な口調って話からすっと、元の方ってなのあのナントカなのじゃーとか言ってたアレなんじゃねーか?

 イヤでも横倒しじゃねーし……ってこれじゃドードー巡りだぜ。

 まあまずは詰所側に出てみたら何か分かるかもしれねーな。


 「うヒひ……そ、そノ……それ……何かなァ……」


 へ? 誰だ? つーか明らかに正気じゃねーな!


 「うひっ」

 「きゃっ」


 ゴスッ!


 どわ!?


 ドン、ゴロゴロ……


 えーと……何かにぶつかってセンセーさん、じゃなかった……いやもうセンセーさんでいーや、そのセンセーさんが俺を取り落として今床を転がってるとこなんだぜ!


 「ひ、必殺ハリセンチョップぅ!」

 「ホぇー?」


 何かブンブン振り回してる音がすっけどいっこも当たってねえな!

 つーかやっぱコノ人キャラ変わってね?

 それか超常現象の連続でくるくるぱー()になっちゃったかな?


 「うっぴっぴィー」


 くっ……面白……じゃなかった——


 ゴスッ!


 「あひー!」

 「ドこかナー」


 えー、今はセンセーさんがどっかに手をしこたまぶつけて悶絶してるとこだな!


 くっ……やっぱ面白やベェぞコノヤロー。



* ◇ ◇ ◇



 「ハリハリハリセン——」

 「ハリセンがスゲーのは分かったから落ち着けって」

 「やだぁーこっちこないでぇー」


 あーもーダメだなこりゃ。キョーフ心が限界突破しちまったか?


 「あー、あッたアったァ」


 げっ、見つかっちまったか?

 コレ持ち上げられてるよな。

 ……っておろ?

 コイツってさっきのヤツだよな? 何でだ?

 意味分かんねーぞ?

 カタコトっつってもガイジンとかそっち方面じゃねーとは思ったが……


 「こレおいしイんだヨねー!」


 えっコレ食べられちまう流れなのかよ!

 つーか何に見えてんだ俺。


 「ちょ、待てよ、俺なんか食っても美味くねーぞ」

 「うへぇ、いただキまァす」


 聞いてねーし。そしてうへぇって昭和か!


 「オイ、毒入りだそオラァ……オイ、待てってば」


 バリバリボリボリ……


 うぇぇ……ちょっと待て、これハッ!? とかいって夢だったってパターンたよな!?

 だって俺ってば今、首だけなんだぜ!?


 「オ、オイ待てって……」

 「うまウま、むフー」


 あ、ダメだこりゃ。

 こうなりゃセンセーさんに正気に戻ってもらうしかねーぞ。


 「オーイ、コイツってさ、多分アンタの妹サンなんじゃねーかって思うんだけどよ……」


 コレでワンチャン……


 「うっぴっぴィ」

 「あああ小指の骨が折れたあぁぁぁ」

 「オイ、ソイツが狙ってんのはアンタじゃねーからダイジョブだって」


 うーむ、やっぱダメだわこりゃ。

 偶然誰かが入って来たり、は……しねーよな。

 じゃあどーやって逃げるか……


 バリバリボリボリ……


 「むフー?」


 なーんて考えてるヒマなんてねーぞってかオイ……

 マサカドみてーに飛んで帰りてーぜ。

 口からビーム出せるアレの方がえーかな。


 じゃなくてぇ!

 今に始まったことじゃねーけど一体いってー何がどーなってんだか。

 こうなったらスイ——


 ガチャ。


 『! 先客だ?

 お前たちはそこでそのまま待機だ。』


 な、何だ急に明るく……って人影!? 今入って来た方のドアだぞ?


 「す、すみません、あの——」

 『ム……混沌の使徒だと!?』

 「あ、おネぇチャ——」

 「待って……」


 何だこの臭そーなえせ中世ヨロイオヤジは。

 ってオイ、ちゅーちょナシかよ!


 「オイ待て!」


 ザシュッ!


 「ギャアーーーーッ!!」

 「きゃーっ!?」


 コイツ見るなり問答無用で袈裟斬けさぎりにして来やがった!

 落武者みてーなカッコしくさって何なんだコイツは!

 クソ……俺もセンセーさんも返り血で頭から真っ赤に汚れちまったぞ……

 それに今ので俺は助かったが……さっきのいちかばちかが裏目に出ちまったか……

 センセーさん、下手すっと再起不能だぞ。


 「あ、ああ……何てこと……」

 『これは……!』

 「……ッ!」

 『にがさん!』

 「あぁッ」


 ヒュッ……ドン、ゴロゴロ……

 

 『この有様は一体何だ!

 この領域には何人なにびとも立ち入らせるなと申した筈だ!』

 「オイ待て、見るなり一体何だはねーだろ!

 そりゃコッチのセリフだっつーの!

 オイ、聞いてんのかよゴラァ!」


 いくら何でも展開が早過ぎんぞ、オイ!

 つーか俺の声が聞こえてねーのか、コイツは。

 いくら呼び掛けてもイチベツする素振そぶりすらねぇんじゃ話にもなんねーぞ。


 「オイ、しっかりし……」


 ……声を掛けても無駄か。

 センセーさんも首チョンパされて床に転がってる……


 そーだ、さっき目の前で目付きの怪しい女——さっきまで俺を抱えてかじりついてたヤツ——が、まず一刀両断よろしく袈裟斬けさぎりにされた。

 ソイツは断末魔の叫び声を上げながら赤い血を吹き出し、もんどり打って倒れた。

 その後は二、三回けいれんした様にビクビクと動いたがそれっきりだ。

 そしてその野蛮人はセンセーさんにも襲い掛かり……ひと振りで首をねた。


 だが、センセーさんの方は血の一滴も出てねえぞ……?

 イヤ、考えてみりゃ今の俺自身だってそーだぞ?

 コイツは何だ……?

 今のこの状態は一体いってえ何なんだ?

 センセーさんもだ。

 センセーさんもピクリとも動かねえが……俺と同じならあるいはな……


 『急ぎ帝都へとおもむき、かの噴水広場をあらためるのだ。

 地下墳墓にまで奴らの手が及んでいるやもしれぬ。

 何? ああ、ヒクイドリだ。順番を間違えるなよ』


 何だ、表にいる手下にでも指示してんのか。

 ……ヒクイドリ? 噴水広場?

 てことは帝都ってのはあの廃墟の町のことか……?


 だがそれが分かったところで何も出来ねーじゃねーか。

 首だけで誰からも認識されてねえこの状況で何ができるっつーんだ、クソォ……


 『何なのだ、これは……』


 知るかアホカスボゲェ!



* ◇ ◇ ◇



 『おい、そこの! 観測班を呼べ! 奴らの——』 


 バタン。


 『ほら、お前だぞ』

 『エ……エッ!? 俺っすかあー?』

 『ぼさっとすんな、さっさと行って来い』


 ありゃ、出てっちまったぜ。

 何かワーワー騒いでっけどお片付けとかせんでもえーんかのう。


 「す、すみません、あのぉ……」

 「のわぁ!?」

 「あ、すみません」

 「ふう、口から心臓が飛び出るかと思ったぜぃ」

 「えぇと、あるんですかね?」

 「さあなあ? “何なのだ、これは……”、なんちてなんちてぇー」

 「イヤ、マジメにお願いしますよ?」

 「てゆーか血の一滴も出ねーと思ったらやっぱピンピンしてたか」

 「いえ、ピンピンはしてませんからね?」

 「してんじゃんか」

 「まあ、自分も必殺マサカドなんたらをやるとは思ってもみませんでしたが」

 「順応はえーなオイ」

 「いえ、別に順応はしていませんが」

 「んでどーするよ、この状況」

 「どうする、と言われましてもさすがにホントにマサカドするのは無理ですよ」

 「分かっとるわんなコト」


 しかし真っ暗な部屋に生首二つに首無し死体に血まみれの死体だろ、ヤベーな。

 完全に犯罪の現場じゃねーか。

 そんな状況でイキナリこのやり取りが出来るとか、やっぱ馴染んどるな!


 「あの、今斬られた人なんですが」

 「ああ、さっきのは当てずっぽうだったんだが」

 「いえ、あれは確かに私の妹でした。でもどうして元の姿でいたのか……」

 「言動もかなりアレっつーか子供感マシマシって感じだったしな。

 それに俺が出くわした場所はマシン室だったからな、それを考えても同じ奴とは考えにくいな」

 「あなたが見たその肉塊……というのが別人だったという可能性もありますね。

 とにかく今ここで殺されたのは私の妹で間違いありません。

 実際見てしまいましたからね」

 「そうか……だがな、下手人のヤローの姿を見ただろ。

 アレはどー考えても日本人じゃねーよな。

 言動もマジメそのものだったしコスプレって訳でもねーし」

 「ですが言葉は日本語でしたね?」

 「ん? 言われてみりゃそーだな。どーゆー奴らなんだか」

 「どう言う訳か彼らにはあなただけが見えていない様でしたね。それをどうにか利用出来ないでしょうか」

 「その前にまず奴らを利用してどーすんのかを決めねーとだろ。

 言っとくがフツーに考えたらこの状況は詰みなんだからな。

 俺たちは今自分じゃ動けねーどころか視点を変えることすら出来ねーんだぞ」

 「そうですね……私たち、これからどうなっちゃうんでしょうか……」

 「今さらソレかよ……やっぱアンタどっかズレてんな」

 「でも私はあなたと違って彼らの目に映っているんですよ?

 あなたは声すら聞こえないといった風でしたが」

 「うーん……さっきみてーに俺を抱えてもらったら解決できたかもしれねーが」

 「結局彼らが粗大ゴミとして処分しないことを祈るしかないのでしょうか」

 「まあなあ。それに自分でどうにか動けたとして、それに気付いた奴らが何をして来るか分からんしな」


 最悪、俺だけ取り残されて永久に放置なんてことにもなりかねねーのか。

 それに今元に戻ったらどーなるんだ?

 首チョンパのまんまだったらとんだスプラッタショーじゃねーか。


 とりまセンセーさんは元の場所に戻るってのが目下の目標だよな。


 「なんつーかさ、その……首から下はそこに転がってんだしさ、リモート操作とかできねーの?」

 「出来る訳ないじゃないですか、ロボットじゃあるまいし。

 あなたこそ出来るんじゃないんですか?

 扉を隔てた向こう側に……いえ、それは無理でしたね」

 「いや、断面を見たカンジじゃ思いっきり機械だったけど?」

 「え?」

 「あ、ちなみに俺もか。今のハナシっぷりだと特に考えてなかった感じだな。

 ナマ首でさすがにこの状況はねーだろ」

 「どういう状況なのか、ますます分からなくなって来ましたね……」


 話は分かるんだが……取り敢えずやってみようとかそーゆーことは思わねーんかのう。


 ズズズ……


 「ん?」

 『お、オ……ェ……ちゃ……ン……』


 ズルッ……ズルッ……


 「お、オイ、コイツは……」



* ◇ ◇ ◇



 コレ、何やら重厚そーな音から察するにマシン室で出くわしたアレにちけーんじゃねーか?


 「オイ、コイツは何かさっきと違うぞ」

 「何ですか、この引きずる様な音は」


 うーむ……我ながら落ち着いとるな……

 まあどーせ動けんしなー。


 真っ暗だから分からんけど実はもう別な場所に運ばれてたりしてな。


 『お、お、お……』

 「おっとっと?」

 「違うでしょう!」

 『ち、ち、ち……』

 「ち○……」

 『良い加減にしてください』

 「いやースマンスマン、緊張感が足りんかったわー。

 自分らが今首だけなのフツーに忘れてたぜ」

 「私今何も言ってなかったですよ!?」

 「え?」

 『え?』

 

 えーと……今ここに何人いるんだコレ。


 「うーむ……コイツは三人だけいるエレベーターの中ですかしっ屁の犯人を特定するよりもムズい作業だぜぃ!」

 「一体何の話ですか!?」

 『何何? どこなのここ! 何で真っ暗なワケェ!?』

 「誰だ!?」

 「誰」

 『まわりには……何も無い……おっととと……す、すみませぇん……って壁かい!』

 「あー、こりゃおなじみのパターンか」

 「あちら側、ですか」

 『ん? 今何か聞こえた様な……』

 「おろ? あっそーか。アンタの方は見えてるかもな。

 さっきのオッサンと一緒ならな」

 「あー、じゃあ私ならコミュニケーションが取れるかもしれないですね」

 『やっぱ何か聞こえる、怖っ!』


 何かコイツスゲー怖がりじゃね?

 うーむ、ヤな予感……

 ……じゃなくてえ! コイツどっから湧いて来たんだ?


 「やっほー、こんにちはー、こっちだよこっちー」

 『えっ!? どこ!?』


 「何だよその急激なキャラ変」

 「えー、良いじゃんかー」

 「まあヤメロとは言わんけどな」

 「じゃあ黙って見といて」

 「わーったよ、見えねーけど!」


 ムリして若作りしてもボロが出るだけなんじゃね?


 『ねえ、どこにいるの?』

 「こっちこっち、こっちだよー」

 『え、見えないけどこの辺でしょ……あっ』

 「ぷご」

 

 おっと、見事にステーンと行ったぞ。

 こりゃ思いっきり踏んづけたな!


 『あ痛たたたぁ……』

 「何すんのよぉ」

 『あ? え?』

 「何よお……」

 『きゃあああああああああ生首いいいいいいいい』

 「ちょ、ちょっと危ないわよぉ!?」


 ドタドタドタドタドタ……バンッ!


 『きゅう』


 ドン!


 「あ痛っ」


 ゴロゴロゴロ……


 「あー、私の胴体ぃぃぃ……」


 あ、ドアが開いたぞ。

 そしてセンセーさんがゴロゴロと転がって外に出て行っちまったぜ……


 『う、うーん……あ痛たたたた……はっ!?』


 あ、再起動した。


 『ぎゃあぁぁぁ首無し死体ぃぃぃ!』


 バタン。


 『きゅう』


 ……忙しい奴だな。

 マンガみてーに直立不動のまま器用にひっくり返ったぞ。

 んでやっぱコイツはセンセーさんの妹さんじゃねーな。

 見た目が別人だもんな。

 つーかだ。

 その妹さんの斬殺死体が消えてるんだけど一体いってー何があった?

 暗くて分からんかったけど……ってアレ?


 よく見たらここ、定食屋じゃね?

 イヤ、定食屋に似てるけど世界観はエセ中世だな。

 つーことはさっきのコスプレヤローとの矛盾はねーのか。

 そこでひっくり返ってるねーちゃんは例外だけど。


 ん?

 誰か来た?


 『まいどー、観測班でーす』

 『あらー、こりゃ事件ですなー』

 『クッソ誰だよ、オレのシマ荒らしやがって』

 『見かけねー女だな。コイツが下手人か?』

 『うーん……げっ、何この状況……って首無し死体は!?』

 『あー、コレのこと?』

 『ぎゃあああああ』

 『うるせえ、静かにしろや』

 『お助けええええええ』

 『だからうるせーっちゅーに』

 『コイツどーします?』

 『取り敢えずふん縛ってクスリでも嗅がしとけ』

 『えぇ……訳分かんない……』

 『スマンね、これも仕事なんだわ』

 『おウチ帰りたい……』


 コイツらいつもそんなモン持ち歩いとるんかい。

 ぜってーカタギじゃねーだろ、コレ。


 『ところでこの人形、首はどこにあるんすかね』

 『首? そこにあんだろ』


 ん? こっちを指差した?

 もしかして俺が見えてる?

 ……アレ?

 あのボコボコの鎧……あん時の定食屋……?


 『ソコってドコっすか?』

 『ソコってソコしがねーだろ』

 『はあ?』

 「オイ定食屋、俺が見えてんのかよ」

 『あ? 何でソレを』

 「俺俺、俺だってホラ」

 『あん? そのオレオレ詐欺みてーな物言い……もしかしてあのおっさんか?』

 「そうそう、だからさ——」

 『メッチャ怪しいなオイ』

 「イヤ、話せば長くなるんだけどよ」

 『何か隊長が部屋の隅っこに向かってブツブツ言い始めたぞ』

 『最近ストレス溜まってたみてーっすからねー』

 『オメーら、うるせーぞ』

 『隊長、悩みがあるんなら俺ら相談に乗るっすよ?』

 『隊長はひとりじゃねーんだぜ』

 『いー話だなー』

 『うるせえ! 俺で遊ぶな!』

 「だー、何でも良いから取り敢えずカツ丼食わせろや!」

 『うるせえ!』


 えー、俺も相談に乗って欲しーんですけどー。

 あ、どっかに息子はいるんかね。


 『カツ丼食わしてやるから尋問させろ』

 「刑事さんみてーなコト言い始めた!?」

 『隊長、さっきから誰とお話してるんすかね?』

 『ホラ、イマジナリーフレンドって奴だろ』

 『隊長……可哀想に……』

 『うるせえ!』


 難易度高けーなオイ!



* ◇ ◇ ◇



 『オメーら、おふざけはしめぇだ』

 『ふざけてんのは隊長の方なのでは?』

 『うるせえ! 良いから俺の言うことを黙って聞け!』

 『仕方ないっすねー。

 最近ウチの職場って何か離職率が高いと思ってたんすけど隊長にまで辞められたらこっちも体が持たないっすからねー』

 『ぐぬぬ……』


 コイツも苦労してやがんなあ。

 でも何でもかんでもハイハイ言うけど言われたことしか出来ねー様な奴なんかよりよっぽど良いんだぜ。

 まあ俺もちっと黙って見ててやるとすっか。

 部下の生暖けぇ視線ほどこっ恥ずかしいモンはねーだろーしな!


 『まずは今お縄にしたヤツからだ』

 『う、うーん……はっ? え? 何コレ!?』

 『いかん、目を覚ましたぞ!』

 『な、何? あんたら! 私をどうしようってゆーの?』

 『不審者を見つけたら拘束すんのは当たりめーだろーが』

 『そこの首無し死体もあんたらのしわざなんでしょ、この人殺し!』

 『ちげーわ! 逆にオメーは何なんだよ』

 『はぁ? 不審者はあんたらでしょ!』


 あー、さらに難易度アップしちまったかー。


 『助けてー、誰かぁー、こいつらヘンタイでーす』


 出た! 必殺ヘンタイ呼ばわり!

 ソコはなぜか共通!


 『だー、面倒臭え! うりゃ!』


 ゴスッ!


 『あぅ』


 ドサッ。


 『ったく、手を焼かせやがって』


 オイオイ、持ってたゴツイ剣のつかでぶん殴ったぞ?

 まあ大分手慣れた感じだったし大丈夫ではあるんだろーけど。

 

 俺もせいぜい蹴っ飛ばされねー様にしねーとな!


 『隊長、暴力はマズイっすよ』

 『そうですぜ。今の俺ら、チンピラ感パネェって』

 『良いからさっさと行くぞ、コイツを担いでけ。

 オメーはその首無し人形の方だ』

 『へ? コレ人形なんすか?』

 『見たら分かんだろ。それで良く観測班なんてやってられんな』

 『そ、そうなんすか……うーむ……リアル過ぎるでござる……』

 『オイオイ、妙な気を起こすんじゃねーぞ?』

 『やだなあ、欲求不満は隊長だけで十分っすからねー』

 『ゴタクは良いからさっさと行け!』

 『ハイハイ』

 『返事は——』

 『いちどいちどー!』


 妙な気って……どんなキなのかキになるんですけどー(棒)。

 ってふん縛った子とセンセーさんの胴体が運び出されて行ったぜ。

 コレ出口の横辺りで『あー私の胴体ィ』とかわめいてそーだな。


 『ったく……やっと行きやがったか。世話の焼ける奴らだぜ』


 それにしてもさっきから言ってる観測班て何だべ?

 例の“観測所”絡み……じゃねーよな。

 世界観()が違うし。

 なーんつって試しにやってみたら出来たりして。

 うし。

 定食屋(仮)しか残ってねーしいっちょやってみっか。


 せーの!


 「タァミナァル……オゥプンヌッ!!」

 『……?』

 「……アレ?」

 『アレ? じゃーねーよ、ビックリしたじゃねーか!』

 「いやースマンね……おっ!? ホントに出たぁ!?」

 『何が出たっつーんだよ。生首だけで腹一杯だっつーの』

 「いや、コレだよコレ! 俺は見えてんのにコレは見えねーの?」

 『分からんわ! コレってドレだよ! 指差せ!』

 「ねーよ、んなモン! 今気付いたけどやっぱ詰んでるじゃねーか!」

 『何が詰んでんだよこの生首ヤローめ!』

 「だー、面倒臭え!」

 『マネすんな!』

 「してねーよ!」

 『わーったからえー加減会話させろや!』

 「チキショー、しょーがねーなコノヤロー!」


 そーなんだよなー。

 今気付いたけどコレ、キーボードインターフェースしかねーから出てもコマンド叩けねーんだよな。

 コンチキショーめ。


 だけど何でコレが出来るんだ?

 うーむ……分からん!


 『聞いてんのかよ、おっさん!』


 ん? 今おっさんて言った?



* ◇ ◇ ◇



 『オイおっさん! おっさんおっさん!』

 「うるせえな、何だよ」

 『おー、やっぱおっさんか』

 「つーか何がどーなってこーなった?」

 『そりゃこっちが聞きてーよ! 首だけとか意味分かんねーぞ』

 「それよか見えねーか? コレ」

 『いや、だから分からんて』

 「うーむ……やっぱダメかあ」

 『今に始まったことじゃねーが説明無しに色々しゃべり始めんのはどーかと思うぜ』


 仕方ねえ、コイツはお預けだぜ。

 しかしこのダム端モドキっつーかエミュってことになんのか……とにかくソイツが出て来てんのはなあ……

 だーっ、分かっちゃいるが歯がゆ過ぎんぜ。


 「あー、分かった。分かったよ。かくかくしかじか(中略)……」

 『な、何だってぇー(棒)』

 「何だよその反応はよ」

 『イヤだって結局なんも説明してねーだろ!』

 「仕方ねーだろ、面倒臭えんだよ、色々とよ」

 『それじゃ俺が説明しづれーじゃねーか』

 「まあこっちは大方の予想はついてんだけどな。

 何でかって、たぶん俺今から三年くれー未来のオメーに会ったことがあるんだよ」

 『はあ? 三年後? ……って生首がしゃべってる時点でどうツッ込めば良いか分からん訳だけど!

 しかもおっさんの生首じゃなくて何で中庭の像なんだよ』

 「中庭の……? ちなみにその像は今どーなってる?」

 『とっくの昔に鋳潰されて剣やら槍になってるぜ』

 「ああ、非常時なんだっけか」

 『そうそう……ってその三年後ってのがすげー気になるんだけど』

 「まあ、先の話は気になるよな」

 『やけにこっちの事情に詳しそーなのは分かるけどよ、未来から来ただなんてホントにあんのか?』

 「未来から来たのかは分からんな。俺にとっちゃどっちも“今”って感覚しかねーからな」

 『えーと……つまり?』

 「今いるここが何なのかって話だな」

 『うむ、サッパリ分からん!』

 「分かんねーときは取り敢えず受け入れて後で考えんのが王道だぜ」

 『分からんけど取り敢えず分かったぜ!』


 やっぱちょれーわコイツ。

 まあ本心じゃねーんだろーけどな。


 「しかしオメーも容赦ねーな、さっきのアレ」

 『そりゃあ今は戦時中だからな。しかも相手は正体不明のエイリアンときた』

 「エイリアンだあ? ああ、そういや宇宙人が攻めて来た的なことをほざいてたっけかな」

 『おう、訳の分からんカッコしてっけど何かスゲー未来兵器みてーなので武装しててよ』


 あー、やっぱコイツはあん時の定食屋に違えねえ。

 つーか息子家族やお隣さんたちももどっかにいるんかね……あ、オタとかアホ毛も忘れてねーぞ、一応!

 ……つーかそもそもどっかに行っちまったのは俺の方だよな、この場合。


 まあ良い、切り替えてくか。


 「訳の分からんカッコってのはもしかして宇宙服みてーな感じのヤツか?」

 『おー。そーだぜ、よく知ってんな。まあ連中の弱点つったらそこぐれーだからな』

 「だけどさっきここに来てた奴は人間にしか見えねー奴を一刀両断にしてたぞ?」

 『ん? あの人形のことか? まあありゃ見る奴が見りゃあ奴らが作ったカラクリだってコトはすぐに看破出来るらしーからな。

 騎士団とかのレベルなら楽勝だろーな。

 どーやってんのかは知らねーけど』

 「ナルホド、容赦ねーのは単に正体不明の奴が転がってたからか」

 『んにゃ、単に不審者が不審な行動を取ったからってだけの理由だぜ。

 こー見えて俺も訓練されてんだぜ、結構よォ』

 「ナルホドな、エセ中世様々だぜ」

 『……?』


 多分だけど赤いドレスの女だとか何かが空を横切ったとか、しゃべるガイコツが出たとか、あそこら辺で出くわしたあの定食屋……どーやらその過去の姿がコイツってコトなんだな?

 んで、あんときの定食屋といやあ……


 「そーだ……双眼鏡は持ってねーのか?」


 一発目に双眼鏡を出してそれで俺を視認してたんだよな。

 アレは三年前に塔のてっぺんとやらで手に入れた、確かそんな話だったが……


 『双眼鏡? アレか? 確かウチの押し入れにしまってあった筈だけど』

 「以前会ったオメーは持ってたけどな。

 確か塔のてっぺんで見付けたとか何とか……」

 『塔のてっぺん? 確かにここはてっぺん近くの階だけど。

 いやそれより以前会ったって話なら、ここで伝えちまったらカンニングになるんじゃねーのか?』

 「そう言われてもなあ……そーなのか? いや、大丈夫だよな……?」

 『何か自信無さそーなのがメッチャ気になるんだけど!』

 「多分今しゃべってんのはモノホンの俺らじゃねぇと踏んでるんだがな、ここまで関わっちまうともしかすっとだなぁ……」

 『うーん、やっぱ分かんね』

 「うーむ……だろーな」


 これが過去の記録じゃなくて、誰かが過去の記録をもとに再現した現実だって可能性はねーのか……?


 なら、それを俺が変えちまったらどーなる?


 『ま、まあ苦節五年、ようやく俺にもチャンスが来たかって……んな話しても分かんねーか』


 苦節五年か……まあなるよーになると考えるしかねーか。


 「……知らんけど、地方勤務から本社勤務になったみてーな感じ?」

 『そうそう、完全に運なんだけどな!』

 「そういや塔は壊れた、なんてことも言ってたが」

 『イヤ、だって今いるのって塔の中だぜ? 壊れてたら来れねーだろ』

 「うーむ……そーか」

 『……おっさん、何か知ってそーだな?』

 「ま、まあな」

 『いや、皆まで言うなよ? 知っちまったら——』

 「しかしだな……」


 戦略兵器みてーなので一撃でふっ飛ばされた筈だぞ。

 そいつをどーにかしたら……?


 『面白くねーだろ』

 「フツーの反応じゃねーな」

 『まあフツーなら質問攻めだよな』

 「オメーは違うのか?」

 『そーゆーの、ネタバレ無しで解きてーじゃん。

 双眼鏡をここで手に入れるってコトと三年後にゃ塔が無ぇって特大のネタバレを食らっちまった後だからな』

 「そーか……そーだな」 

 『何なら出てみっか? 街によ』


 完全に振り切れてんなー。定食屋らしいっちゃまあその通りな訳だが。


 「生首抱えてか? つーか俺も不審者だぞ?」

 『まず誰からも見えねーだろ。おっさんは俺のイマジナリーフレンドって位置付けらしーからな。

 それに首しかねーからどーせ何も出来ねーだろ。

 俺が連れ回すのは逆に合理性があるぜ』

 「あー、そーいやそーだったな。しかし手に何か持ってたらパントマイムしてるみてーに見えちまうんじゃね?

 それにメシはともかくトイレはどーするよ」

 『おっさん……自由になりてーのかなりたくねーのかどっちなんだよ』

 「ただ疑問に思っただけなんだぜ」

 『声だけでも誰かから聞こえてたんならぜってー連れてけねーな!』

 「ぬはは……あ、そーだ。この小屋の入り口のわき辺りにもう一個頭が転がってなかったか?」

 『ん? どーだったっけかな?』

 「それがさっきの首無しの奴の頭部なんだけど」

 『えっ!?』

 

 人の頭が転がってたらフツー気付くだろ……!


 『隊長ぉー!』

 『何でぇ、うるせえっつっただろーが』


 げげっ、あいつらもう戻って来やがった。

 

 『大変なんすよ、頭、アタマっすよー!』

 『だから分かるよーに報告せえっちゅーに!』

 『屋上の空中庭園に人の頭が転がってたんすよぉ!』

 『何だとぉ!?』


 ってそこでこっち見んな!

 つーかセンセーさん(仮)はマジでマサカドしちまったんか……!


 『ケガ人は!』

 『そ、それが聖女サマが腰を抜かして膝小僧を擦りむいたとか!』

 『マジか!?』


 オイ、そこはそんなにビックリするとこじゃねーだろ。


 『やべぇ、巡回警備サボってたのがバレちまう』

 『俺らの首が転がっちまいますよぉ』

 『まだ間に合うっす! 今から知らん顔して“何かあったんすか”とかすっとぼけときゃ何とかなりますって!』


 えーと……オメーら公務で来てたんじゃねーの? 


 『ああああギロチン刑は嫌だああああああ』

 『うるせえ!』



* ◇ ◇ ◇



 『とにかく現場に急行すっぞ』

 「待てよ、オメーら観測班てヤツなんじゃねーのか」

 『あん? 観測班ならここんとこ活動なんてしてねーぞ』

 「んじゃ何でんなコト」

 『サボり口上の定番なんだぜ、まいど観測班でっすってな』

 「そりゃ何かの皮肉か」

 『隊長ぉー』

 『おう、今行くわ』

 「オイ待てよ、俺は置いてけぼりか」

 『悪ィな』

 「待てってば」

 『また来るぜー』

 「だから誰と話してるんすかぁ」


 あーあ、行っちまったぜ……

 まあ、ありゃあぜってーウソだよな。

 しっかり戸締まりまでして行きやがったし。

 それにサボりなら何であのわーわーうるせー姉ちゃんやらセンセーさん(仮)の胴体やらを運び出したりしたんだって話になるぜ。

 敵対組織の横取りとかか? はたまた権力抗争か?

 ヤローのおかげで妄想がひろがりんぐだぜ。

 まあ何であれ誰をかっさらったのかハナっから分かってやってたんだろーな。


 しかしまたヒマになっちまったぜ。

 ……うーむ。


 あの定食屋(仮)が本当に定食屋だったと仮定すっと色々と矛盾が生じちまってる気がすんぞ。

 俺がここに放り込まれたのが偶然なのか何なのか……

 機会があるんなら確認してーとこだが一切身動きが取れねーからなあ。

 

 ん? 物音?


 『おうオッサン、さっきぶりぃ』

 「ありゃ? 今度はどーいった風の吹き回しだ?」

 『あーまあ、何つーかな』

 「おう、さっきのは結局何だったんだよ」

 『あ……あー、まあちっとばかし面倒くせーコトになっちまってな』

 「何でぇ?」

 『こちらがそうですか』

 『へ、へい』

 「へ? 誰?」

 『先ほどの奇跡はこれが原因でしたか』

 『そうみたいっすねー』

 「おろ? 見えてる?」

 『いや、見えてねーと思うぜ』

 「つーか誰? そのパツキン縦ロールの姉ちゃん。

 何でぇさっきのうるせーねーちゃんの服着てんの?」

 「あー、このお方はだな……」

 『御遣い様、かのお方は何と?』

 「おつかい? 何その肩書」

 『えー、“誰?”だそーで』

 『こ、これは失礼致しました。不肖わテぁくし……あいでっ』

 「ワテくし?」

 『わ、ワタクシは聖女サマなのですのよぉー』

 「ズコー!」

 『聖女サマぁ? かの者は“ズコー”と申しておりますぜぃ?』

 「ノリノリだなおい!」

 『おもしれー人だろ!』

 『セリフひとつでメッキが剥がれるとか考えてもみませんでしたわー!』

 『ホラホラ、ぶっちゃけるのもホドホドにして脱走がバレる前にちゃちゃっと済ましちまいましょーぜ』

 『そ、そうだったわ! これよこれ』

 「お、双眼鏡か」

 『おう、マジでこっちにあったぜ』

 『コレを使えば男湯も覗きホーダイ……アレ? 何も見えませんわ! カネ返せですの!』

 「逆ですぜお嬢。あと誰も金なんて払ってねーっす」

 『あ、あら、ワテクシとしたことが……オホホオホホのホ!』

 「漫才はえーから早よせんかい! おつかい出来てねーだろおつかいサマもよォ」

 『それゆーなし!』

 『コホン、どれどれ……エッ!?』

 『まあビックリするよな』

 『カネ返せですの!』

 『ちげーだろ』

 『……コレ、マジなの?』

 『おう、マジだぜ』

 「んで俺はどー見えた?」

 『まずな、今おっさんは俺らにしか見えねえ。そのおかげでギリギリ大事おおごとになってねーんだ』

 「アレでセーフなのかよ!?」

 『あんなの日常茶飯事なんだよ。外に転がってた生首だって俺の手下共がコイツん家の庭に投げこんだんだからな』

 『だからってイタズラすんのにも程があんのよ』

 『その割にビックリしてなかっただろ』

 「ヒザ小僧はホントに擦りむいたのか」

 『そんなウソついてたの?

 せいぜいアタマに直撃してお星様がキラキラした位よ』

 「どー違うのかサッパリ分からん。てかもうすっかり素に戻ってんな!」


 つーかセンセーさん(仮)の扱い酷過ぎじゃね?

 もしかして放置されたまんまピーピー騒いでんのか?

 あ、さっきす巻きにされて運び出されてったねーちゃんとアレやコレやでだべってんのかね。


 それにしてもここの奴ら、首チョンパに耐性あり過ぎだろ。

 そんだけ野蛮で暴力的な生活をしてるってことか?

 いや違うな……生首がしゃべってることに違和感を持ってねえのか。

 もしかしてそーゆーのが当たり前なんかね。

 それに頭が飛んできて頭に直撃したらお星様が見えた程度じゃ済まねーだろ。

 だいいちこのねーちゃんは……ってアレ?

 どこで会ったんだっけ……?

 うーむ、謎だぜ。

 てゆーかそもそもここ、とてもじゃねーが現実とは思えねーんだよな。

 聖女サマだって? ふざけんのも大概にしろっちゅーに。


 「しかしその双眼鏡は定食屋にしか見えねーし使えねーって聞いた筈なんだがその前提は見事にくつがえったな」

 『その話がホントなら原因はおっさんしか考えられねーだろ』

 「そもそも俺とこうして話してる時点で逸脱してたってか」

 『そのそもそも論から行くとだな——』

 『何でここにいんの? しかも首だけとかウケるー、でしょ?』

 「知るか。トシがバレんぞ。昭和かよ」

 『うぐ……』

 「んでどーやって手に入れたんだ、その双眼鏡。てゆーか何でフツーに手に持ってんの?」

 『何がおかしいって……おかしいというのかしら?』

 「何急に取りつくろってんの?」


 コイツ明らかに慣れてねーな。

 てことは急にエラくなっちまったのは最近の話なのか。


 『おい、ムリすんなよ。このおっさんは“こっち側”だぜ』

 「何だそれ?」

 『聞いただろ、“おつかいサマ”だよ』

 「この生首がか?」

 『ソレが何の頭か分かってんだろ?』

 「あー、女神像か」

 『そゆこと。しかもだぜ。この世界の女神像の頭部は大昔に消滅してるんだよ』

 「それが今オメーたちだけが見える状態でここに転がってるってか」

 『だから御遣い様なのよ』

 「でも他の奴らが見えんかったらオツカイかどーかなんて分からねーだろ」

 『ところがどっこい、そーゆーとこだけ良く出来てんだよな』

 「あ、もしかして“聖痕”とか言ってたヤツか」

 『そゆこと』

 『どゆこと?』

 『あのなあ……』 


 まああらましは分かったぜ。

 肝心なとこは分からんかったけど。


 「つーかさっきのうるせーねーちゃんはどーしたよ」

 『うるせーねーちゃんならここにいんだろ』

 『不敬ですわ! 死刑ッ!』

 「残念だったな、骨は拾ってやんぜ」

 『うるせえ!』

 「ちなみによォ」

 『何だよ』

 「俺って今何語で話してんだろ」

 『何語って日本語に決まってんじゃん……ですわ!』

 『もー良いだろ、ホレ』

 『あーっ!? ハラヒレホロハレー!?』

 「ヘ? その金髪縦ロール、ズラだったんかい!」

 『ソレ気に入ってたのにィ』

 「ん? じゃあ聖女サマってのは?」

 『ソレはマジなんだぜ。

 んでさっきわーわーきゃーきゃー騒いでたねーちゃんに自分の服を無理くり着せて置き去りにして来た』

 「酷ッ!」

 『だからボロが出る前にさ……』

 『こっちはソッコーで出しちまったけどな!』

 『ぬぬぅ……』

 「お前ら何でそんなに仲良いんだよ……ってもしかしなくても定食屋でバイトしてた女子高? ……生? だよな?」

 『何で急に尻すぼみになんのよ!』


 だってさ……聞いたとこによるとオメーさん、三十路だろ。

 いや待て、5年経ってるからそれどころじゃねー可能性がでけーな。

 それが自分のソックリさんを替え玉にして職場脱走して、んでもって金髪縦ロールのヅラかぶってはしゃいでんだろ。

 ソレって客観的に見てかなり痛々しくね?

 えー。

 ジトー。


 『俺をそんな目で見んな! つーか怖えーんだよ!』

 『何なのよもう!』

 「ナルホド、こりゃ嫁さんも家出する訳だぜ」

 『うるせえ!』



* ◇ ◇ ◇



 『うるさい!』

 「二度も言わんでも分かっとるわ! 大事なことなのも分かるけど!」

 『ちょっと待った! アンタ妻子持ちだったワケ!?』

 『待て! 嫁さんはいたが子供はいねーぞ!』

 『ムキー! よくもだましたわね! おめーは追放でございぜーますわぁ!』

 『すんなよボゲェ!』

 『不敬! 不敬だわ! 死刑ッ!』

 『うるさいと言っているだろうが! お前ら頭出せ!』

 『あ痛っ!』

 『痛ぇ! って誰でぇアンタ』

 『それはこちらのセリフだ 番所は厳に立ち入りを禁ずると通達しただろうに……っておいそこの娘、どこへ行く!

 お前が一番怪しいんだ、待て、おい!』

 『えへへ……じゃあアタシはこれでぇ』

 『おい待……離さないか』

 『えへへ……じゃあアッシもこれでぇ……』

 『待てと言っている』

 『えーと……勘弁してくだせぇよ、ねェダンナァ?』


 えー、誰が乱入して来たんだよと思ったらこのオッサン、初めにセンセーさん()たちを叩き斬ったヤツだよ。

 聖女サマ(定食屋のバイトのねーちゃん?)は誰なのか分かってたっぽい一方でヤツの方は分かってなかったっぽいな。

 ズラの方が平常運転なのか?

 つーかズラは持ってかねーのか……

 ……何にせよまたワケワカなことになってきやがったぞ。

 いや待てよ、聖女サマ(バイト)が双眼鏡持ってどっかに行っちまったじゃねーか……ってだから追っかけよーとしてんのか。

 じゃあそーしたらまた俺はほったらかしになるって訳か。

 誰にも見つけてもらえねーでずっと地面に転がったまんまかよ。

 てゆーかさすがにコレは現実とは違うよな? そーだよな?

 でも取り敢えず保険かけといた方がえーよな?


 「オイ、出てくのは良いけど忘れモンは取りに来いよー」

 『あ?』

 『ん?』

 「は?」

 『貴様は……何だ』

 「おろ? ……あ、そーか」

 『何がそーかだ、説明せーや。俺も分かんねーんだよ』 


 むむっ……こやつ今俺の言葉に反応しやがったぞ?

 まあコレはコレでチャンス到来か。

 てな訳で——


 「やだ」

 『えー』

 『何だこれは。ここにこんなものは無かった筈だぞ』

 『その前にあなたサマがドコのどなたなのか説明して欲しいんすけど』

 『何だと? この場所の正体は騎士どころか皇族も知る者はほとんどいない筈だ。

 その様な場所に立ち入っているお前が俺を知らんだと?』

 『その物言いはつまり、あなたサマがどこぞの王族か要職につくエライ騎士様だってコトっすよね?』

 『何だ、それが分かっているのなら何故ここに立ち入ったのだ』


 ソイツは俺も知りてーとこなんだけど、すっとぼけんのもそろそろ良い加減にしねーと叩っ斬られんぞ。

 このオッサン容赦無さそーだからな。

 どのみちこっちは静観するしかねーんだけど何だかなあ……ってあー、そーか。

 こりゃ時間稼ぎってやつか。


 『先ほどお連れの騎士の方々がゾロゾロと出ていくのを目にしちまったもんで』

 『ほう……』


 おい、そりゃ悪手だぞ。

 ホントに見てたかはさておき、ここがヒミツの場所でさっきのテンマツも秘密裏に片付けよーとしてんならここで始末されても全然おかしくねーんだぞ。

 そして今のでオッサンの目が心なしか鋭くなった気がすんぜ。


 さっきいそいで帝都に行ってなんちゃらしろー、とかわめいてたよな。

 そーすっと王様ってのは違くねーか?

 帝都がっつーくれーだから別に皇帝陛下がいるんだよな。


 『良いか。ここはな、かつての神託の巫女様がお隠れになられた場所なのだ』

 『えー、くわばらくわばらー』

 『くわ……何だと?』

 『コッチの言葉でナンマンダブナンマンダブってコトですぜ。

 都会のお貴族サマにゃー聞き苦しいかもしれませんがねぇ』

 『ふむ。何だか分からんが分かった……気もする』


 イヤ、ナンマンダブも分からんだろ。そこは知ったかすんなし。

 それにしても神託の巫女だ? そこは聖女サマなんじゃねーの?

 まあどっちも何なのか全くもって分かってねーんだけどな!

 何でかって、ここってシャーマニズムのカケラもねーじゃん?

 んなとこで巫女サマとか何のオマジナイをすんだよって話だぜ。


 『で、そんな場所で立入禁止にも関わらず大人数で立ち入って何かをしていたと……』

 『我らは状況を確認しに来たに過ぎないのだ』

 『公にはお隠れになられた、という話になっているのだがな……

 その実巫女様は今もその柩の中で眠りについていた……筈なのだ』

 『筈……?』

 『今、その柩の中は……見ての通り空になっているのだ』

 『その柩って……もしかしてこのガラスのショーケースみてーなのっすか?』

 『ショー……何だか分からんがその通りだ』

 

 また急展開になったなコレ。

 やっぱコレ最後は口封じだコノヤローってなる流れなんじゃね?

 そーいや忘れてたけどそもそもの経緯を聞いてねーんだわ。

 もうそれどころの話じゃねーけど。


 『ときに』

 『何すか?』

 『そこにある彫像の頭部は女神像のものではないか?』

 「へっ!?」

 『!』

 『! やはり……あなた様は神託の巫女様……!』


 えー、今度は巫女サマ扱いかよ。

 何なんだ一体いってーよォ……

 

 「……言っとくが俺は何も関係ねーぞ」

 『その言葉遣い……伝承の通りだっ!』

 「えっ?」

 『ホントでゲスねー(棒)』

 「オイ」

 『しかしまた何故この様なお姿に……』

 「あ? オメーらの仕業なんじゃねーのか?

 ついさっきまで五体満足だったのに鎧着た野蛮そーなオッサンに首チョンパされたんだがな」

 『な……馬鹿な……』 


 ゆーて最初は中庭の台座に立ってんですけどー。

 なのでここで起きた事件とは無関係なんですぜー。


 『ではやはり先ほどの異形が……』

 「え、アレ俺のトモダチだったんだけど。何してくれちゃってんの?」

 『な、何と……』


 ぬふふ、コレで形勢逆転だぜぃ。


 『巫女様が異形共の手先だったとは……!』


 ズコー!


 「何でそーなるんだよ!」

 『いや、なるだろ常考よォ!』


 『クッ……しばし待お待ちを。神官共を連れて参りますゆえ。

 ……扉は外から施錠させてもらいますぞ』


 あー、こりゃオオゴトになんぞ。

 それにしちゃあ定食屋(仮)は落ち着いてんな?


 「んで結局何なんだよアレ」

 『まずな、実をゆーとここは確かに今も立入禁止になってるんだわ』

 「話としちゃ一応のつじつまは合ってるってか」

 『んでここはその番所の奥の部屋ってコトになってるんだぜ』

 「ほーん」

 『それでここからが本題なんだがな』


 ん? 番所って何だっけか? 詰所とは違うんかね。

 ……あ、あの紙切れに書かれてたメモか。

 誰も入れんなとか何とか。

 ん? “今も”?


 『中身は例の巫女サマのお告げで奴らが持ち出したんだよ。

 あ、大昔の話だぞ』

 「え? 巫女サマのお告げ?

 つーか巫女と聖女の違いが分からんのだが」

 『神託の巫女ってのは初代の聖女サマのことなんだぜ』

 「は?」

 『昔話でさ、女神サマがご降臨なさるためのヨリシロが巫女サマなんだとよ』

 「それが今の話と何か関係あんのか?」

 『その話にゃ続きがあってよ、あるとき巫女サマの前に本物の女神サマが現れたんだと。

 んでワラワが来たからにはオヌシのお役目は終わりなのじゃー、なんて言ったとか何とか』 

 「それじゃ巫女サマの歴史もそこで終わりになっちまうんじゃね?」

 『ところがどっこい、何でか知らんけどその女神サマが殺害されるっちゅー大事件が起きてだな』

 「何つーか随分と雑な話だな。ヤローは俺を見て巫女サマと勘違いしてたみてーだがソイツは?」

 『俺も良く分かんねーんだけどさ、さっきヤローが言ってた“異形の者”とかゆー奴らが攻め込んで来たとか』

 「それがくだんのエイリアンだってか」

 『今俺らが戦ってる相手がそれなのかは正直分からんけどな。

 何しろ何千年も前の神話みてーな話だからな』

 「何千年?」

 『言ってただろ、帝都にーってよ。俺らの感覚でゆーところの古代ローマみてーな感覚だぜ。

 んで今ここにあんのは帝国じゃなくて大神殿な。

 更に言うとここの城下町はその後栄えた王国の遺跡の上に建ってるんだぜ、豆知識な』

 「豆知識はどーでも良いけどそれじゃ女神サマと巫女サマと聖女サマが繋がんねーんじゃねーのか?」

 『あー、その巫女サマってのがまたうさんくせーってゆーか……

 一説によれば初代の巫女サマがそもそも異形のバケモンで、そこのハコにどーやってか封印されてたとか何とか……

 まあそーゆー説もあるんだぜ。

 んでもってそのへんの昔話が全部ホントのコトだとすっと、多分今の奴らなんだよな』

 「奴ら……?」

 『んで今の奴らってかあのおっさんたちってよ、多分バケで出た地縛霊か何かなんじゃねーかなって思う訳よ』

 「地縛霊って……ンなアホな」

 『あのよォ……おっさんがそれ言っちゃう?

 おっさんの存在がすでにオカルトなんだ、そこんとこ分かってるか?』

 「それを言ったら俺らみんなひっくるめてこんなとこにいんのがファンタジーなんじゃね?」

 『ま、まあそいつは否定出来ねーけど今は置いといて先に進まねーか?』

 「あースマンスマン、いつもの悪ィクセが出ちまったぜ」

 『んで、だ。あのおっさん……イヤ、あのヤローが女神サマがどうこうわめきながら不審者よろしく駆けずり回ってたって訳なんよ』

 「その言いっぷりだとアイツら結構な有名人だったりする?」

 『まあオバケとしてはな』

 「コミュニケーションは?」

 『取れる訳ねーだろ。スーッと現れては大騒ぎするおじゃま虫的なポジに収まってた感はあるけどな』

 「じゃあここに現れた理由は?」

 『さあな、何が引き金になったのかは分からんけどそのハコに対して相当な心残りでもあるんだろ』

 「むむぅ……分かったよーな分からんよーな……」


 何か忘れてる気がすんぞ……何だっけ?

 ん?

 コイツは……ハリセン?


 バァン!


 「おわ!?」

 『巫女様ァ! お待たせ致しましたァ』


 っておかしくね?


 『もーちっと静かに入って来れねーんか……ってまた別なヤツかい! いや同じヤツか!? いややっぱ別なヤツぅ?』

 「めんどくせーなー、任せた」

 『えぇーそんなごムタイな』

 『ぬぬうっ!?』

 「今度は何だよ(ハナほじ)」

 『な、なぜ伝説の武具がここに……?

 いや、待てよ……そうか! ではあのお方はまさかッ……!』

 『行ってらー(適当)』


 はい? 何じゃそりゃ?

 何かブツブツ言いながらまーた勝手に出て行っちまったぞ。

 思わせぶりにアレとかソレとか言い残して出てくのえー加減やめてくんねーかな。

 何にせよ思いっきし黒幕ムーヴじゃね?

 てかアイツらもあんなんで良く職務が全う出来とったな。

 あー、だからガバガバザル神話なのか。


 いや待てよ、このまんまじゃここは何やらとんでもねー兵器で木っ端微塵にされんじゃなかったっけか?

 あっそーか。忘れてたってコレかあ。


 『あー、見ねー顔だと思ったらバイトくんだったんかあ。

 コイツさぁ、後始末が面倒臭ぇから見境なく斬りまくんのやめて欲しーんだわー——』


 ……はい!?


 『ってマジ!? 何でコイツ!?』


 あ、定食屋()も想定外のヤツだったのね。


 『えーと……多分こーゆーのは大抵おっさんが原因なんだぜ、豆知識な』

 「ほーん」


 ガバガバ、俺のせいなんかー。

 そっかー。


 「ってんなワケあるかボゲェ!」


 くっそォそこのハリセンメチャクチャ使いてーけど出来ねーぞコノヤロー!



* ◇ ◇ ◇


 うーむ。


 また何かあったのは分かるが一体いつだ?

 センセーさん()の頭が別の場所に転がってたって話も気になるぜ。

 もしかしてさっき定食屋()がアイツの裾をつかんだせいか?

 いや、今までの例から行くと俺が体のどっかに触れてる必要があるだろーしな。

 その俺は今動けねーし絡んでねー筈なんだがなあ。

 ズラもハリセンもさすがに関係ねーよな。


 「なあ、今のヤツらは前からこの辺をウロチョロしてたんだよな?」

 『あ? そーだぜ。まあそれもひっくるめておっさんのせいかもな』

 「何でも俺のせいにすんな。何かきっかけとかあっただろ」

 『例えば?』

 「俺がここに飛び込んで来たタイミングとか」

 『ソレついさっきの話じゃん。俺がここに迷い込む前にはもうその辺にいるのが当たり前になってたぞ』

 「トイレの花子さんみてーな話かよ。でも言動が何かおかしくなかったか?」

 『それはあるな、明らかにおっさんが原因だぜ』

 「だから何でそーなるんだよ」

 『女神様絡みの案件だからだろ、宗教関係はこえーぞ』

 「またかよ……だがそれだけでもねーだろ。今までオバケみてーだったモンが急に話せるよーになったんだ」


 とはいえ俺の感覚だとセンセーさん()以外の声は全員頭の中に響く感じなんだよな。

 フツーにやり取りしてんのとは明らかに違うんだよ。

 俺がしゃべってる声はセンセーさん()によれば壊れたスピーカーだっつー話だけど、この分じゃ他の奴らにはどう聞こえてるか分からんな。

 つーかいつまでこのまんまでいりゃいーんだ俺は……

 ずっとこのまんまとかぜってーイヤだぞ。

 あーあ、首チョンパ仲間のセンセーさん()は元気してっかなー。


 『おーい、おっさん。おーい』


 おっと久しぶりだなコレ。

 ……じゃなくてえ!


 「あー悪ィ悪ィ、考えゴトしてたんだわ。まずな、そこにハリセンがあんだろ」

 『おう』

 「その持ち主ってのがさっきまでここに俺と一緒に転がってた人の持ち物だったんだよな」

 『でも何でハリセン?』

 「それは知らんけどとにかくその持ち主の——」

 『その前に世界観が違いすぎね?』

 「まあ落ち着いて聞けよ。その持ち主の話を聞くとだな、どう考えても隣の奥さん……つまりオメーの先生なんじゃねーかって思えてな」

 『そりゃ明らかにコッチじゃねーな』

 「ああ、場所はあの廃墟でもねえ、30年くれー前の親父の会社の中庭だった」

 『山ん中の廃墟じゃねえ? でもあそこは……?』

 「ああ、言っただろ。親父の会社は家から歩いて行けるトコにあったんだ。クルマで小一時間掛かる廃墟と違ってな」

 『でもあの町にいたときはそんな場所見たことなかったぞ?』

 「じゃああの町がここみてーな異世界だったら?」

 『は? いや、そーゆーこともあんのか……そーゆー仮定のもとじゃねーと説明がつかねーってか。

 実体験してなかったらアホかよボゲェで終わる話だな』

 「ぶっとんだハナシだと思うだろ?

 でも今じゃ俺らの町とそっくりな場所が何か所もあるっぽいってことはほぼ確信に近いんだよな」

 『まあその状態で言われたら信じるしかねー……のか?』

 「いやソコは信用するトコだろ」

 『んで?』

 「俺らの町とそっくりな別の町、定食屋がある筈の場所に建ってた戦前風の古い家……その場所に踏み込んだのがここに来るきっかけだったんだよ」

 『えー、まさかウチの勝手口がその廃虚の入り口だったとかなのか?』

 「まあそんなとこだな。まあストレートにここまで来た訳でもねーんだけど」


 正直言うとあの町、いつの間にかそこにいたって感覚しかねーんだよな。

 んで何がどーなってあーなったのかイマイチ覚えてねーのがまた怪しいんだけど。

 しかし考えてみっとあそこの住人、ここの人なんじゃねーかとも思えて来るぜ。

 別の国から疎開して来ましたー、みてーなことを言ってたもんなー。


 『とにかくその勝手口がここまでつながってた訳か』

 「話せば長くなるんだけど要するにそうだな」

 『で、先生は?』

 「若い頃ここで働いてたみてーなんだよな。

 とにかくその頃のセンセーさんらしき人物に会って一緒にこの小屋にだな」

 『待てよ、じゃあここで首チョンパされたら先生になれねーじゃねーか』

 「ソレな。まあ考えてみろよ。30年前のセンセーさんが目の前に現れたらフツー本人だと思うか?」

 『あー、違うな多分』


 しかもそのセンセーさん()が定食屋にいたガイコツかもしれねーって線もあるんだよなー。

 それを言ったら話がややこしくなるから出すタイミングに迷っちまうぜ。

 いっそのこと黙ってた方が良いんかね。

 テキトーにごまかしとくか。


 「じゃあここでわーわーしてたアイツらは? センセーさんも同じなんじゃね?」

 『おお、ナルホド。

 いや、でもそれが急に俺らと話せる様になったって部分の説明にはならねーよな?』

 「でもハリセンは分かっただろ」

 『いや分かったけど分かんねー』

 「センセーさんの趣味だろ」

 『どんな趣味だよ』

 「今度聞いてみたら? 知らんけど」

 『取り敢えずどういう仕組みか分かんねーけど、まあカラクリは見えてきたな』

 「しかし何なんだよ、伝説の武具ってのはよ」

 『知らんわ。ハリセンがエクスカリバーか何かに見えちまったんじゃねーの?』

 「うーむ……いや、有り得るか」

 『えっ、マジで!?』

 「俺らにとっちゃハリセンでもあのオッサンは別なモンだと認知してる可能性はあんだろ」

 『えーあんの? 頭おかしいだけなんじゃね?』

 「そこは本人に聞くしかねーだろ」

 『俺が聞くんか』

 「オメー以外に誰がいんだよ」

 『手下連れて来る』

 「待て、俺を置いてくな。つーかひでー上司だな」

 

 基本的にここも作りモンなんだよな。

 つまりは俺ん家があったあの町と一緒か。

 あの町は親父の会社のための町だ、なんてセンセーさん()は言ってたが……じゃあここは何なんだ?


 バタン!


 『おいっ!』

 「うわっ!?」

 『だからもーちっと静かに入って来れねーのかって言ってんだろ』

 『そんなことよりそこに女神像の下半身が転がっていたのだが』


 えー。

 ……ぶった斬った暴力女はどこの誰で今何してるんかな。

 つーかこのオッサンがこんなこと言ってる以上はソイツもここに乱入して来る可能性がある訳か。

 マジかぁ。


 『おウチに持って帰ってもイイだろうか?』

 『良い訳ねーだろ!』


 えーと……ちなみに持って帰ってナニに使うのかな?

 教えて欲しーなー、オジサン怒んないからさー。



* ◇ ◇ ◇



 つーかコイツどこに何しに行ってたんだ?

 そもそもハリセンエクスカリバーを見ておったまげてたのは一体何だったんだ?

 ハイカイする幽霊みてーな扱いをされてるけど俺の読みじゃコイツらはコイツらでアッチ側の住人であってリアルな生活があった筈なんだよな。

 別にオバケとかそーゆー類のモンじゃねー筈だぞ。


 「おい、コイツ何アホなことほざいてんだ?」

 『しょーがねーだろ、しょせんはその辺でつかまえたバイト君だからな』

 「待てよ、バイト君が帯剣して不審者を一刀両断にしてもえーんか?」

 『一刀両断したんかー。へー、そーなんだー……って良い訳ねーだろーがボゲェ!』

 『え? ダメなら元の場所に戻して来るが』

 『それよかさっきの待ってろってのは何だったんだ?

 “あのお方”って悪の幹部かよ』

 『“あのお方”? はて、一体誰のことか……』

 「話がかみ合ってねーな」


 大丈夫かコイツ……ってゆーか誰かが出入りするたんびにこの部屋以外が場面転換してねーか?

 元の場所に戻して戻って来たらまた新しいキャラになんのか?


 ちっと試してみてーな。ぐひひ。


 ……じゃなくてぇ!


 結局俺はこっから動けねーからな。


 結局“あのお方”ってのも妄想力で当たりをつけるしかねーんだろ。

 モヤるぜコンチクショーめ。

 もしかしたら最初から何も変わってねーって可能性だってあるんだ。

 あんときは外で騒いでる声が聞こえてたからな、せめてそんくれーの情報は欲しートコだぜ。


 『無表情だけど何となくロクでもねーこと考えてるってことは分かるぜ』

 『隊長殿? 誰と話しているのでアルのでアリマスか?』

 『あ? あー、イマジナリーフレンド?』

 『?』

 『てゆーか俺はアンタんとこの隊長殿じゃねーから』

 『では何とお呼びすれば』

 『俺は聖女様んとこの……あー、面倒臭ぇからやっぱ隊長殿で良い』


 えぇ……また俺が見えてねー状態に戻ってんのか?

 つーかソレ敬語のつもりなのかよ。


 ん?

 てことは俺を首チョンパした奴とは会ってなさそーだな?


 「もー何しに来たか聞いちまった方が良いと思うぜ。

 ハリセンも見えてねーだろーし“巫女サマ”の方も怪しいだろ、コレ。

 オメーのこと隊長殿って呼んだとこからすっとバイト君設定は有効みてーだからな、知らんけど」

 『いや、それは多分ダンナ呼びの間違った敬語表現……あー、もうえーわ面倒臭え。

 じゃー聞いてみっか、おい!』

 『おう……じゃなかったハイ、持ち帰るのである……マス!』

 『何でそーなる!?』


 何かポンコツ感がパネぇなあコイツ。

 クッソォいじくり回してぇなあ。

 マサカドも口惜しみを感じる(?)ってもんだぜ。


 『で、では何だろうか……いや、ナンデショウカ?』

 『今までどこで何をしていた? そしてなぜここに来た?』

 『あ、いや、礼拝所に巫女様が現れて……まして』


 “巫女様”絡みは続くんか……てことは時代は大昔か。

 しかしこのオッサン、エライ人が落ちぶれてお寺(ココ)に駆け込んで住み込みで下働きさせてもらってるとかか?

 そうなると定食屋()との関係は偶然の一致なのかね。

 クッ……妄想がはかどるぜぃ。


 『無理しないで良い。普段通りの言葉遣いで話してくれ』

 『済まん、助かる。巫女様が直々に礼拝所にお出ましになられてな、女神像が何者かの手で破壊されたというのだ』

 『それがこれか』

 『ああ、だが他にもあるのだ』

 『この有様からすると上半身か?』

 『上半身……というか胴体と両腕だ。だがな……』

 『残りは頭部か』

 『そうだ。首から上がどこを探しても見付からないのだ』


 それで頭を探してここいら辺をウロチョロしてたってか?

 それ何てホラー?


 『加えて……』

 『まだ何かあるのか』

 『加えて女神像が手にしていた杖と羽根飾りも見当たらない』

 『杖と羽根飾り?』

 『あれは像の一部ではなく、女神様ご自身が使ったと言われる本物の装備品なのだ』


 羽根飾り……? 

 アレが元々は大昔の女神像の付属品だったってか。

 いや、色違いを持ってる奴がいた筈だしちげーよな。

 確か学校の卒業記念品とか何とか……

 しかし杖は分からねぇな。


 『む……羽根飾りはここにあったか。しかし一体何故……?』

 『ん? ああ、それか……ってコレ?』


 ってハリセンかーい。


 『じゃあ杖は? 杖はあるか?』

 『杖は……どうやらここには無さそうだ』

 『一体何の目的があってこんなことを……? いや、像の破壊と杖がそうなのか』


 何だろーな、ハリセンのせーで二人とも至ってマジメな会話をしてる筈なのに漫才にしか聞こえなくなって来たぜ。

 つーコトで奴さんに気取られねー様に聞いてみっか。


 「なあ、羽根飾りがハリセンなら杖もまんま杖ってコトはねーんじゃねーのか?」

 『確かにな』

 「ちなみに礼拝所ってのは?」

 『下のフロアにある一般市民がお祈りするための場所だぜ』

 「そこにあるとか?」

 『いや、そもそもハリセンが羽根飾りで先生がそれをここに落っことしてった経緯を考えるとだな』

 「何の脈絡もねーよな」

 『先生の頭が空中庭園……いつの間にか上のフロアに移動してたのも分かんねーんだよな』

 「実際マサカドじゃあるめーし誰かが持って歩いてたって考えんのが自然なんじゃね? それがいつの話なのかは知らんけど」


 何かこう……急にアレがビンゴなんじゃね? って考えが浮かんで来たんだけどまさかな……どー考えても結びつかねーぜ。


 『ひょっとして双眼鏡か?』

 「やっぱそー思うよな」

 『お嬢が持ってる筈だがこの分じゃ怪しいな』

 「オツカイ様って呼んでくんねーもんな」

 『それヤメテ』

 『御使い様ですと!?』

 『あー、それは良いから他の部分も出来るだけ集めよーか』

 『承知した、御使い様!』

 『あー、……行っちまったか。あんま他で使って欲しくねーんだよな』

 「ソイツはスマンかった」

 『つーか今度は大丈夫だよな』


 バタン。


 「お、戻ったぜ」

 『これが胴体と両手だ』

 『どうやらさっきの続きらしーな』

 『?』

 『あーいや、こっちの話だ』

 『そうか……ところで』

 『ダメだ』

 『まだ何も言ってないが』

 『ダメ』


 まあそーだよな。

 つーか持って帰ってどーすんだよ、マジで。



* ◇ ◇ ◇



 『あらかた持ち帰ってあんなコトやこんなコトをするつもりなんだろう』

 『うっ、なぜそれを!?』

 『マジかようけるんだけど!』

 『エッ、ソコ驚くのか』

 『冗談に決まってんだろーが!』

 『紳士のたしなみであろうに』

 『マジかよ最悪だよこのオッサン』

 「テメーらえー加減にせい!」

 『おっと、俺としたことが』

 『ム。いまじなりーふれんど殿か』

 『ナゼにひらがな?』


 コイツら一体いってー何の話で盛り上がっとんじゃい!

 つーかこのオッサンも地味に日本語話してねーか?

 そして定食屋()は他人にツッコミ入れる前にまず、ナゼにカタカナとひらがなの区別が付くのかを説明せーや。


 『マジメに言うとだな、何でコレがココに存在してるのかが分からんのだよ』

 『それで巫女様が急ぎ向かう様にと仰せになられたという話なのでは』

 『その巫女様ってのは何千年も昔の人物の筈なんだがな。

 像に関しちゃ破壊とかそれ以前に俺らで鋳潰いつぶしてるし』

 『な、何と!? そんなバチ当たりが許されてたまるか!』

 『だからウン千年前の話なんか知らん』

 『では俺は巫女様の導きによりはるか未来の世界へといざなわれたということか』

 『それは分からんがバラバラになった像が急に現れたのだ、何かが起きていることは間違い無い』

 『俺は一体どうすれば……』

 『まあ……女神様の試練なのだろうな、知らんけど』


 オイオイ、一応オメーんトコのバイト君なんだろ。

 本音出てるやん最後の方!


 『それで……巫女サマは像について何と?』

 『何者かに破壊されたと』

 『イヤソレはさっき聞いたから』

 『しかし他には何も……』

 『ホラ、他に何かあるだろう。破壊されたから下手人をしょっ引けとか、職人を手配して修理させろとか』

 『ああ、そういえば……!』

 『何か思い出したか』

 『破壊されたと聞いていても立ってもいられずその場を飛び出してしまったので、あとの話は全く聞いてなかったなあ』

 『ズコー!』

 「どーすんだコレ」

 『と、とにかくどうにかしてコレを持ち帰るんじゃ』

 『だからダメだって』

 『そ、そうではなく何とかしてもとの時代にコレを持ち帰らねばと』

 『どうにかしてって言われてもなあ』

 『わ、ワシはどうすれば……』

 『急に言動がおじいちゃんぽくなったな』

 「ウラのシマコみてーだな」

 『まあ乗りかかった船だ、気を取り直してガンバレ』


 ぶん投げやがった! 一本取れそうな勢い!


 『ならば今出来ることをやるだけですじゃ!』

 『おーそのイキそのイキ』


 立ち直り早っ! でもおじいちゃん言葉は直ってねー。

 そして定食屋()、やっぱし最悪な上司!


 『それにしても、頭部はどこに行ってしまったのだろうか』


 ハイそれココ、ココにありまっせー。


 『杖も無いな、というか杖が大事なんだと思ってたが』

 『全部が大事だ』

 『まあ、実際のとこは聞かされてないんだろうが』

 『俺の様な下っぱにとってはそれが当たり前だ。

 そうだ、像が安置されていたケースは! そこにある筈だがそれも破壊されたか!?』

 『ケース? つーかおじいちゃん言葉はロールプレイかい!』

 『ロール……? 女神像は大きなガラスケースにすっぽりと入れられてこの部屋で厳重に管理されていた筈だが』

 『ガラスケース……? あー、それか……って見えてないな?』

 『……どこかの時代で移動されたということか。ではこの有様は……』

 『そうか、コレはその巫女サマの時代の後のモンなんだな。

 今の時代じゃケースの中にはその巫女サマ自身が眠ってるって言われていたが』

 『そのケースはいずこに……?』

 『やはりか……今もそこにあるんだが』

 『何と……俺の目には何も無い様にしか見えないが』

 『実を言うと頭部もそこにある』

 『な、何ですと……! しかしまたどうして……』


 ここで定食屋()何か合図して来た。

 あー、さっきからしゃべってる相手が誰か話してもいーかってか。

 さっきいっぺん見付かったと思ったけどまあ別人だよな。


 「良いんじゃね?」

 『良し。んじゃ説明するがさっきから俺が誰かとしゃべっていただろう?

 実はその相手がここに転がってる女神像の頭なんだよ』

 『……はい?』

 『あ、信じてねーな』

 「まあ、ムリもねえ」


 しかしさっきの奴らは……もーちっと後の時代の奴なんか?

 俺のことも巫女様呼ばわりだもんな。

 しかし像に関しちゃ何で頭だけが見えてねーんだ?

 俺とそこのケースが見えてねえ、首から下は見えてる、んでハリセンは羽根飾りか。


 さっきのケースの話からすっと……作られた時代が違うんかね……首だけ?


 杖は最初っから無かったよな……無い様に見えて実はそこにあるってパターンもあるしコレもー分かんねーぞ。

 つーかハリセンが羽根飾りならやっぱセンセーさん()と双眼鏡持って出てった聖女サマがキーマンなんじゃねーか?

 となりゃやっぱその空中庭園とやらに行ってみるしかねーだろ。


 「てな訳で行くか」

 『イキナリ話題変え過ぎ! 行くってどこにだよ』

 「流れ的に空中庭園とかいうトコだろ。

 センセーさん()もオメーの言う“お嬢”もそこにいんじゃねーのか?

 ついでに俺を抱えてそのオッサンの体のどっかに触れてみちゃもらえねーか?」

 『ナルホドな……つーかんなことしてどーなる……ってこのオッサンにおっさんが見える様になるかもしれねーって話か……

 クッソややこしーな!』

 『隊長殿?、 その……今話している相手というのが……?』

 『あー、ちょっと待てよ……これでどーだ?』

 「あーあー聞こえるかぁー」

 『何と……! 何か聞き取りづらいが』

 『そりゃ首から下が無いからだな』

 「ちなみに見えてはいねー感じか?」

 『あ、ああ。しかし……』

 『言っとくが中身は女神様じゃないからそう身構えてなくて良いぞ。

 俺とタメ口で話す関係の相手だとだけ言っておくがな』

 『隊長クラスの階級ということか』

 「近所のおじちゃんなんだよ」

 『ああ、そういう……っておじちゃん?』

 「そう、おじちゃんだ!」

 『お姉さんではなく?』

 「まごうことなきオジサンだ!」


 この会話が“日本語じゃないけど自動的に変換されてる! スゴイ!” 的なヤツだったらオッサンとおっさんとおじちゃんてどう表現されてんだろ。

 ナゾは深まるばかりだぜ!

 つーか今話してんのは多分日本語なんだけどソレはソレで意味が分かんねーぜ!



* ◆ ◆ ◆



 「でだ。まず一個確認させてくれ」

 『ん? 何だよ急に』

 「他でもねえ。

 ここんとこ俺な頭を悩ませてた最大のナゾ、おじちゃんとオッサンとおっさんの違いについてだ」

 『ナゾでも何でもねーし!』

 「な、何だとぅ!?」

 『下らん話はその位にしてそろそろ……』

 『そうだな』

 「俺のハナシは無視かい!」

 『だってホントにどーでもいーだろーが』

 「えーマジかー」

 

 だってさー気になんじゃん?

 コイツらが日本語で話してんだったらあのカタコトのおっさんの母国語は何なんだべなってな。

 ハナっから日本語だったらカタコトになんかなりよーがねーんだからな。

 ってコイツらにそれ言っても分かんねーか。


 『ところで』

 「あん? 何だよコッチは忙しーんだよ」

 『ウソつけ!』

 『空中庭園、とはどこにあるのだろうか?』

 『あ? 外に行きゃ分かんだろ』

 『イヤ、完全に忘れてたぜ』

 「マジかよオイ! 何やってんだテメー!」

 『そもそもこの小屋に入ってる時点で立場的に当然』

 「で、何を忘れてたって?」

 『分からんで突っ込んでたんかい!』

 『空中庭園ってのはこの塔……あー、大神殿の屋上のことなんだぜ』

 「ほうほう、それで?」

 『でだな……オッサン』

 「ん? 俺?」

 『俺か?』

 『どっちでもいーわ! とにかく最上階の上にそんな場所があるなんてことは一部の関係者を除いて明かされてねーんだ』

 「知ってた。知らんけど」

 『どっちだよ』

 『ここが最上階ではないのか。中庭からは空を仰ぐことも出来るではないか』

 「オメーが見てたのって大神殿じゃなくて犬神殿の方だったんじゃね? 知らんけど」

 『ねーよンなモン。マジメにやれっつの』

 「中庭の景色はプラネタリウムみてーなやつなんだろ?」

 『プラ……何だって?』

 『プラネタリウムだよ。要は天井に空の絵を写してるってこと』

 『どうりで雨の日は公開せぬ訳だ』

 「そーなの?」

 『そーいやこっち来てこのかた雨なんて降ったの見たことねーな、どーなってんだここの天気』

 『そんなことはあるまい』

 「ありそーなハナシだぜ」

 『そーなのか?』

 「何ならノミとかダニなんかもいねーだろ」

 『言われてみりゃそーだな。なんてだ?』

 「全部が作りモンだからだろ。知らんけど」

 『あー分かった、スペースコロニーみてーなやつだな!?

 イヤ、分かったけどそんなん実現出来んのかよ』

 『良く分からんが空中庭園とはかように常軌を逸する場所であるということか』

 「いや勝手に決めつけられちゃ困るって。知らんけどって言っただろ」

 『だが敢えて言うぜ。知らんがな、と』

 「ぐぬぬ……」

 『それでその空中庭園とやらにはいつ案内してもらえるのだろうか』

 「よっ、ナイスツッコミ」

 『何でぇ、謎かけしといてお預けかよ』

 「まあ何だ、お楽しみは次回のコーシャクでってヤツだ。

 とはいえ——」

 

 なんつって次回はねーんだろーなあ、コレ。

 でねーとあの町で出くわした定食屋は何なんだってコトになるんだ、どこまで行ってもコレはここだけの話なんだよ。


 「——行くも行かねーもオメー次第なんだし、納得行かねーならここでもーちっと問答してってもいーんだぜ?」


 何かここが別世界みてーな感覚で話してるけど、実は位置関係的にゆーと親父の会社の中庭にある掘っ立て小屋なんだよな。

 こっから外に出たとして空中庭園とやらには行けるんだろーか(いや、行けねーだろ笑)。


 まあ親父の会社は大神殿てヤツに似せて造った施設だったってことだな。

 実はその逆だった、なんて可能性もあるんだろーけど。

 30年前の出来事に俺が用意してたPCまで出て来るメチャクチャぶりなんだ、どことどこがどうつながってたってもう驚かねーぞ。


 しかしまあ、俺は一体いってーナニを見せられてんだろーなあ?


 『まあ、分かったぜ。ぼちぼち行くとすっか』

 『このままの体勢で行くのか』

 「俺と話すにゃ必要なコトなんだ、ガマンしてくれや」


 まあそれだけじゃねーんだけど。


 「なごり惜しーけど胴体はここに置いてくぜ」

 『まあこのカッコで持ってける訳もねーしな』


 ってオイオイ、話しながらおもむろに出るんかい。

 もーちっともったいぶったってえーだろーに。


 『ちょ、ちょっとお客さん。準備中って書いてあるのが見えなかったんすか!?』


 ……へ?

 い、いや、驚かねーぞ。驚かねーからな!



* ◇ ◇ ◇



 『ああ、申し訳ない。それでは我々は出直すとするか』

 『出直すなよ! つーかウチのじーさんの、若ぇわけー頃……?』

 「あー、そういう……」

 『ぬおっ!? 何だソレ気持ち悪ィ……ってその顔……!?』

 『何だよ、何キョロキョロしてんだよ』

 『き、消えた……?』

 『はあ?』


 ん? 何か違くね?


 「オイ……見てみろ、ヤローの足下をよ」

 『ん? な、何と……!』

 『オイオイ、何かヤバくねーか?』

 『ん? ああ、コレか。コレなら問題ねーぞ』

 『女子高生がひっくり返ってて首が変な方向にひん曲がっててオマケに白目をむいて泡吹いてんのが問題ねーだと?

 バカも休み休み言えってんだ。

 ……ってよく見りゃ聖女サマじゃねーか!

 何だよオイ、訳が分かんねーぞ』

 「オイ、ここは抑えとけよ」

 『チッ……何か知ってるんなら後で教えろよな』

 『聖女様……巫女様の後世での呼び名だったか。それがあそこに倒れている少女だと……しかし一体……』

 『聖女? 何だそりゃ? つーか何だよそのチンドン屋みてーな格好はよ。どー見てもあんたらフツーじゃねーよな。

 かといってヤッコさんらの関係者とも思えねえ』

 『どーゆーこった? 何でコレが問題ねーのかとかヤッコさんて誰やねんてトコも含めておっさん、解説ヨロ』

 「何で俺がそこまでせにゃーならんのか分からんけど、少なくともこの有りサマは問題しかねーだろと思うがなぁ」


 そう、ソイツは定食屋の爺さんにぶん殴られた例の女子高生だ。

 見た目があのバイトのねーちゃんとスゲー似てるからな。

 必然、さっきの縦ロールの聖女サマにも似てる様に見える訳だ。


 んで何でそれが問題ねーのかって理由についちゃホントにさっぱり分からん。

 だってフツーに殺人じゃん?

 定食屋のじーさん——俺にとっちゃクラスメートの親父さんなんだけど——このオッサン、腕力ひとつで人を殴り殺す殺人鬼なんだぜ。

 あ、だから本人は何の問題もねーとかほざいてんのか。

 その辺定食屋が知らねーみてーなのが気になるが、まあフツーに考えたら家族にゃ知られんよーにするよな。

 その前に引っ越しもしねーでフツーに殺人現場で店を続けてたのが信じらんねーんだけど。

 

 てかその前に誤解は解いとかねーとな。


 「オイ、そこに掛かってるカレンダー見てみ?」

 『ん? 1976? あー、どーりで古臭え電話とかテレビなんかがあるワケだ』

 「そーだ、ここは76年の定食屋なんだぜ」

 『分かったけど何で? コレ戻ったらさっきの部屋に戻んのか?』

 『俺が先ほどひとりで出入りしたときはそんなことは無かったが』

 『じゃあやっぱオッサンが原因だな』

 「知るか。定食屋なんだからオメーが原因なんじゃねーのか?

 とにかくこの場面が76年だってゆーならさっきの聖女サマとやらはここにゃいねー筈だろ」

 『まあな、あの部屋から出たときにオッサンが一緒じゃなかったってくれーしか根拠がねーがな!』

 「ぐ……ま、まあそういうことにしといてやるから心配すんなよな」


 だがちょっと様子がおかしいぞ。

 いや、おかしいっつーより展開がかなり違うって方が合ってるか。

 ……あ、そーか。あの女子高生の隣にいた奴がいねーのか。

 俺が見せられたのは隣りにいたヤツ目線の映像だったからな。


 つまり今のこの場じゃあ俺がその隣にいたヤツの立ち位置になんのか。

 イヤしかし今の俺、ナマ首のまんまなんだけど。

 って定食屋のじーさんが俺をガン見しとる……まあさっきの“消えた……?”って挙動からの流れからしてまあ俺が見えてて然るべきなんだとは思うが。

 とにかく俺がここに存在してることによって色々と展開が変わっちまってるんか。


 『オイ、まさかとは思うが……アンタはさっきまでそこにいた——』

 「いや、違うぜ」

 『じゃあ——』

 「その前に聞かせろ。そこに白目むいて横たわってる子は何だ?」

 『見ただろ。そいつはこの木箱をここに届けただけのメッセンジャーだ』

 「ああ、見たぜ。アンタがその子を殴り飛ばすところをな」

 『ソイツはバケモンだ。人間じゃねえ』

 「じゃあ俺は何に見える?」

 『おいオッサン、見たってのは何——』

 「まあ黙って聞いとけや」


 この後ここには親父と母さんが現れる……筈なんだ。

 それでもしそうなったのなら聞きてえ事があるんだ。

 たとえホンモノじゃなくても答えはホンモノかもしれねーからな。


 『オッサン。何も言わねーがひとつだけ、そもそも俺らが外に出た目的は何なんだってことを忘れんじゃねーぞ』

 『……アンタもバケモンだろ。さっきまですまし顔でそこに座ってた癖してよ。何だよそのアリサマはよ』

 「そうだな……ここじゃバケモンてトコは否定しねえ。

 そんならそれでさっきその子が木箱から出して見せたソレは一体何だと認識している?」

 『木箱? ああ、それで“認識”なのか。それはな、特殊機構の本体施設に立ち入るためのパスだ。

 分かるか? ソイツを使って“認証”されると立ち入ることが出来る』

 「特殊機構……!」

 『知ってると思うがその資格を得るには所有者を殺して奪うしかねえ』

 「何だと!? それであの有り様になったんか……」


 待てよ……羽根飾りって単語が一切出ねえってコトは木箱の中身は別の何かだったのか?

 あるいは羽根飾りとして認識されてねえ?

 じゃあ俺が持ってた木箱、その中に入ってたのは……何だ?


 『まあ聞けよ』

 「何をだ」

 『特殊機構はもう御せねえ、オメーら……イヤ違うか……ヤツらが下した判断だ』

 「その話は知らねーな……まあ続けろや」

 『でな、そこを明日の午後12時に爆破するんだと』

 「待てよ、その話が今出ただって?」

 『そんなときに奴はどこで何をしているのか』

 「“ヤツ”?」

 『アンタの生みの親、そう言やァ分かんだろ?』


 待てよ、情報量多過ぎだぞオイ。



* ◇ ◇ ◇



 『おいオッサン、大丈夫なんだろーな?』

 「良いから黙ってニコニコ……いや無表情で突っ立ってりゃ良い」

 『何でぇ兄ちゃん、その生首とお話すんのがそんなに楽しいのか?

 後生大事に抱えちまってよォ』

 『あァ?』

 『おい、落ち着くのだ』

 「オメーのじーさんの性格は分かってんだろ。言葉のキャッチボールなんて出来ねーんだから無視だ無視。

 俺に任せとけって」

 『チッ……わーったよ』

 『俺が割って入る余地が一切無いことは理解した。というか全く話しについて行けんしな』

 「頼むぜ?」

 『オッサンこそ変な方に話が行ったら後で罰ゲームだかんな』


 ヤツの親父さん……つまり定食屋のじーさんは確か、人の話は聞かねーけど興が乗ると誰も聞いてねー話を延々と続ける悪癖があったからな。

 ここはやっこさん自身に説明させんのが一番だろ。


 『どーした? 相談ゴトは終わったのかよ。あぁ?』

 「あー、お待たせしてスマンね」

 『何だ、やっぱりオメーがしゃべんのか。生首ヤローが』

 「悪いのかよ」

 『チッ……見た目はマトモじゃねークセして言うことは一番マトモそーじゃねーか。何なんだ、オメーらはよ』

 「知るか」

 『答えになってねーぞ』


 まあしかしこの言いっぷり、俺のことがホンモノの生首に見えてたりすんのかね?

 マサカドがしゃべるとかソレ何てホラーだよ。

 面白そーじゃねーかチキショーめ。


 「さっきまあ聞けよってアンタに言われた様な気がしたんだが、俺は何の話を聞きゃあ良いんだ?」

 『しらばっくれるんじゃねぇぞ。あれを一体どうやって壊そうってんだ?

 ありゃあ原爆でもキズ一つ付けられなかったシロモンなんだぞ?』

 「原爆だと!? つーか実験したんかい!」

 『知らねえとは言わせねえぞ——』


 定食屋()、俺を抱えたままガビーンて顔しとる。

 分かる、分かるぜ。

 俺も「な、何だってー()」とか叫びそーになったからな。

 しかしくだんの戦略兵器ってのはまさかとは思うが原爆なのか?


 そんなモンこの日本で……って考えてみりゃあそもそもここが日本なのかも怪しーんだよな。


 『何せそこのヤローが言った話なんだからな』


 そこのヤローだ……?

 定食屋()? じゃねーな。

 まさかとは思うがそこに倒れてる子のことなのか?


 「だからってイキナリぶん殴ったんか」

 『正当防衛だ。先に脅してきたのはそこのゴミの方だぜ』

 「脅す? どーやって?」

 『エサやり機を止めたらどーなるか分かってるな、なんてほざきやがったんだ。

 呆れてモノも言えねえとはこのことだぜ、全くよォ』

 「エサ……何だって? 言ってることが分からんしアンタが脅されにゃならん理由もサッパリ見えんのだが」

 『チッ……ここまで話の通じねえヤツは初めてだぜ。給餌きゅうじ装置のことだっつの』


 初対面のクセしていきなりなれなれしくしてくるヤツって苦手なんだよなー。

 今の絵ヅラだと俺が一方的に知ってるってカンジの筈なのになー。

 つっかかる前に関係性をちゃんと説明せぇっちゅーに。

 何だよエサやり機って。

 昭和なんだよセンスがよ……ってリアタイ昭和だったわコレ。


 『なあおい、ウチのじーさんとはいえコイツはちょっとアレなんじゃねーか?』

 「他人の話を聞かねーのは今に始まったことじゃねーだろ」

 『程度ってモンがあんだろ』


 とはいえ……やっぱ俺が見たときと展開が違うな。

 もっとこう、“違う! やったのは俺じゃねえ”とか“俺はなんてことをしちまったんだー”、みてーな感じじゃなかったか?

 そんな話をするために出してたってんなら、羽根飾りってのはどういう扱いのブツだったのやら……いや、こんだけ状況が違ってたらやっぱ羽根飾りじゃねえ、別な何かなのかもしれねーな。


 ん?


 と、後ろでバーンと勢い良くドアを開ける音……おう、ついに来やがったか……!

 ならここは一発ハデにタンカを切って盛大なフリとさせてもらおーじゃねーか。


 「いや、分からねーな、サッパリ分からねぇ!

 そこで倒れてる子がバケモンだと? それに俺の生みの親とは何だ?」

 『へ? 何? 誰?』


 ありゃ? イキナリ何かが切り替わった?

 こりゃまた急展開だな……?


 『おいオッサン、任せとけって言ったよな?』

 「お、おう」

 『武士に二言はないでゴザルな?』

 「な、ナゼにゴザル言葉……?」

 『うるせぇ、このマサカドオヤジめ。罰ゲームだぞ』

 「えートシこいたオヤジが何言ってやがる」

 『もののふウソをつかぬものでゴザルぞ』

 「そんな言葉づかいどこで覚えたんだよ……」

 『ちょっとゴメン、何言ってんのか全然分かんないんすけど』

 「だよな! 俺も分かんねえ!」

 『ざけんな! マジメにやれ!』


 ここ、定食屋だよな。

 しかもこの光景、さっきと同じ76年の店だ……?


 『あのーお客さーん、冷やかしなら帰ってもらって良いっすかー?』

 「冷やし中華禁止!?」

 『違うわボゲェ!』

 『カツ丼おごれ』

 「あー」

 『何だよ、この期に及んでよ』

 「俺氏、カネ持ってない」

 『出てけよ、この無銭飲食め!』

 「ひぇーすんませんしたー」


 退散退散ー。


 『で、ここはどこなのだ?』

 『おい、オッサン』

 「ああ」


 ……もとの町か。



* ◇ ◇ ◇



 「ここってやっぱオメーん家だったりすんのか?」

 『場所的にはそーだがどーも所有者は既にいるらしーな』

 『ここは隊長殿のご実家で、何者かに不法占拠されているということか』

 『いや、違うだろーな』

 『ム……また難しい話か?』

 「多分ここって俺らが元々住んでた町なんだけど時代がな」

 『ああ、軽く60年近くは経ってるだろーな』

 「あー、60年以上、じゃねーんか」

 『おっさんの感覚じゃそーなのか』

 「さっき話してて分かったけど多分俺とオメーの間にゃ結構な時間差があるな。

 そーだな……ざっと3、4年てとこか」

 『いや、んなコトより』

 「ん?」

 『何かフツーになじんでなかったか?』

 『俺もそれが気になっていたところだ』

 「何の話?」

 『オッサン、あのよ……店ん中に鎧着た野蛮人が生首持ってイキナリ登場したらフツーひっくり返るだろ』

 『俺は別に野蛮人じゃないが』

 『今つっ込むとこじゃねーからソコ』

 『オマケにその生首が“カネ持ってない”とか口走ってたのにも冷静に出てけとか返してたからな』

 『この様な状況をマジパネェと呼び習わすのであったか』

 「お、おう、そうだな! 死語だけどな!」


 じゃなくてえ!


 これ完全にあちこちごちゃ混ぜになってねーか?

 俺があちこちに飛ばされてワケワカなんだと思ってたけどコレ完全に事故ってるよな?

 この町っつーかどの町も、になんのか。

 ソレが何かの目的で造られたモンで、住んでる人がどっかから連れて来られたってのは一応分かった。

 けど何なんだこりゃ?


 俺はいつまでこの生首プレイを続けてりゃいーんだ?

 

 「んでよ、何であの店員は俺らにフツーに対応してんだろーな?」

 『そりゃー考えられる可能性はひとつしかねーべ』

 「どんな?」

 『俺らが別に変わった客じゃねーってコトだろ』

 「えーマジでェ!?」

 『考えてもみろよ、さっきの店、昔のウチとおんなじなんだろ?

 でも店員はじーさんじゃなかった。

 じゃあありゃ誰なんだ?』

 「ソイツは俺も分からんけど似たよーなのはあったな」

 『そーなのか』

 「ああ、俺らの時代の町とソックリなんだよ」

 『んで住人は違うと』

 「ああ、別な国から連れて来られたって言ってたが、明らかにオメーが今いるトコと同じ世界観て感じのとこに住んでたって印象しかなったな」

 『え? 俺らんトコに来る前からこんなんだったのか?』

 「そーなんだよなー」

 『そーなんだよなーってその生首はさすがに違うだろ』

 「まーな。誰が何のためにこんなことしてんのかも全く分からんしな」

 『それ以前に何なんだろーなコレ。異世界?』

 「しかし日本の特定の町のコピーだぞ。しかも年代別で同じ場所で同じコトをやってるときた」

 『ま、まあ、新しい場所に来たのならまずは探索ではないか?』

 『ダンジョンかよ』

 「ある意味その通りかもしれねーな。他に住人もいるだろーしそれもアリっちゃアリだな」


 どこでどーなるか分かんねーしな!

 76年の町ってのも気になるし親父の会社もあるんじゃねーか?

 なら行ってみんのも手だよな。


 『えー、店にもーいっぺん入ろーぜ?』

 「ゆーて無銭飲食はアカンやろ」

 『ぼ、冒険者ギルドで仕事を探すとかは』

 「んなモンねーわ!」

 『えっ定番だと思うのだが』

 「ねーの! 以上!」

 『むむぅ……』

 『まあエセ中世から来たらそう思うのも無理もねーわな。

 しかしだぜ。

 貨幣経済が成り立ってるってことはここは単なるマボロシの町的なヤツじゃなくて、経済を回してく仕組みがちゃんとあるんじゃねーのか?』

 「おおう、何かアタマ良さそーなコト言い始めたぞコイツ」

 『先生だったらこー考えるんだろーなってな』

 「あー、隣の奥さんかぁ」


 ゆーて俺の中じゃあのハリセンエクスカリバーでイメージ上書きされちまったがな!

 ついでにゆーと食材がホントに食材なのかって点も俺は大いにギモンに感じるけどな!


 「しかしそれならなおさらどーすんのか考えねーとだぞ。

 まずは食事と排泄が必要なのかってとこの検証からだな。

 その結果次第でどーしなきゃなんねーのかが大きく変わってくだろーな」

 『おっさんと一緒にいるとその途中でまたワケが分かんねー感じに状況が変わってくんだろーけどな!』

 「ぐぅ……反論出来ねえのがまた何ともなぁ……」

 『それにメシ屋がここにあるって時点で客は来んだろ。

 なら食事排泄はあるんじゃねーのか?』

 「言っとくけどオメーらはどーなんだって観点だぜ?

 オマケにゆーと俺は自分がどーやって動いてんのかサッパリ分からんのだけどな!」

 『店主がフツーに対応していたところを見るに、メシを食らって活力を得るのではないのか?』

 「んなことしても首からこぼれるわい!」

 『で、どーするよ』

 「無銭飲食してここで雇ってくだせぇって土下座でもすっか?」

 『まあ究極の選択としてはアリだな』

 「えーんかい!」

 『もとの職場に戻れる保証なんてねーからな、主におっさんのせいで!』

 「そうか? 今ごろ“ホンモノ”がいつも通りに出勤してるかもしれねーぞ?」

 『めっちゃありそーで怖えーわ!』

 『と……となると俺も……?』

 「当然!」

 『ナルホド、だからメシもウンコもねーかもって話になる訳か』

 『えぇ……』

 「理解した?」

 『出来る訳ねーだろ。だけど確かにこーなりゃじっとしてる方が損だって考えにもなるわなぁ』

 「じゃあ行くか」

 『どこに? オッサン家か、それか……』

 『待て、大神殿はどこにある? まずはそこではないのか?』

 「ねーよ……と言いてぇとこだが……」

 『エッあるの!?』

 「いや、あるっつーか何つーか」

 『どっちなんだよ』

 「あのよ、親父が勤めてた会社……会社かどーか分からんけど……まずはその会社に行ってみてーんだよな」

 『それが何か……ってまさかその会社ってのが……』

 「そう、その大神殿かもって話」

 『あー』


 どう考えてもさっきまでいた場所とつくりが同じなんだよなー。

 絶対ぜってー何かあんだろ。


 『しかし思いっ切り不審者の我々が入れるものなのか?』

 「それな」


 多分キーになるのは羽根飾りなんだよな……ここに来てさっきの場面と何かしらつながってたんじゃねーかって思えて来たぜ。

 どーすっぺなー。

 うーむ。


 『おーい』


 ん?


 『お客さん……いや客じゃねーけど忘れモンだぞ、ホレ』

 『あ、どーも……オッサン、コレは?』

 「何ちゅーご都合主義! 礼だ礼」


 羽根飾りじゃん!

 でも何でだ?


 『す、済まねえ助かるぜ。しかし礼になるよーなモンなんて持ち合わせてねーしなぁ。

 あ、そーだ。この生首いらね?』

 「ま、待て、マジで言ってんのか!?」

 『誰がんなモンいるかっつの。そう思うなら店を手伝ってくんねーか?』


 ホッ……何を言い出すかと思えばよ……


 『俺料理人なんで厨房手伝えるぜ』

 『おー、そいつは助かる、カツ丼とか作れるか?』

 『おう、俺の十八番オハコだぜ』

 「ちょっと待て」

 『ん?』

 「そのカツ丼て何の肉使うの?」

 『オッサン、そーゆーとこだぜ……』


 えー、極めて真っ当なギモンだろーがよー。



* ◇ ◇ ◇



 『今、どっから声出してたんだ?』

 『ん?』

 『腹話術なんだろ?』

 『お、おう?』

 「何ちゅーご都合主義!」

 『見たとこ芸人さんか何かか』

 「オー、ゴツゴウシュギデース! オカシーデース!」

 『いーから黙ってろって』

 「イマサラナニヲユーカ!」

 『わはははは、なんか面白れーな!

 で、見た感じおたくら新顔さんだな?』

 『新顔?』

 『ここは住む場所を無くした連中が集まる町だ。

 あんたらもそのクチなんだろ?』

 『あー。住む場所をなくしたってのは職務タイマンがタケり狂い過ぎて、スポーンと世界が俺からドロップアウトしちまったとかそーゆー感じ?』

 「おめーソレ何言ってんのかちゃんと自分で理解してしゃべってんの?」

 『……何か思ってたのと違うな。あんたらだけか? 他には?』

 『敢えて言おう。知らんがな、と』

 「だから何なんだよそのノリはよ」

 『俺には全くついて行けん。ノリもそうだがそもそも話が見えん』

 『んだんだ。見慣れねー俺らの顔を見てすぐに新顔か、なんて言葉が出て来る位には転入者が多い訳だ。

 んで住む場所を無くしたって言葉、それを何を思って言ったのかは大体想像出来るんだが、ここじゃそーいうのが当たりめーなのかってな』

 「すげーな、めー探偵じゃねーか」

 『めー探偵ゆーな、バカにしてんだろ』


 住む場所を無くしたってのは文字通りの意味ってカンジかね。


 前に会った人らは気付いたらここにいた、必要な知識はいつの間にかアタマにインスコされてたって言ってたが、そのあたりが共通してんのかは分からねーな。


 しかし俺を見ても大した反応がねーのを見ると下地は違うのか?

 それとも彫像の生首ってシチュがそーさせてんのか?

 いや、彫像が誰のものかって点を考えるとそれは考えづれーな。


 となるとこの店主はコッチ側だな。


 『で、どうなんだ?』

 『あー、この三人だけだぜ』

 『そのアタマも含めて三人?』

 「ウン、ソーダヨー」


 カクカク。


 『おおう!?』

 『遊ぶなよ、オッサン……』

 「もうメンドクセーからオメーにだけヒソヒソ声で話しかける様にするわ。任せんぜ」

 『お、おう』


 カクカク。


 『気が付いたらここに?』

 『ああ、そんな感じたぜ』

 「しかしこの羽根飾り、どっから湧いて出たんだろーな?」

 『いーから、余計なことゆーなよ?』

 『あんたらは学院の関係者なのか?』

 『学院?』


 あー、出たよ。なんちゃら学院。

 ……ってやっぱコッチ側じゃなかった?

 カクカク。


 『学院て昔々のおとぎ話なんかに良く出てくる学校のことか?』

 「オトギバナシー?」

 『おとぎ話だ? そんな昔じゃねーだろ。俺のじいさんも持ってたぞ、コレ』

 『店主、お主の祖父殿は学院の関係者だったのか?』


 あ、そーいやコッチのオッサンはそーゆー出自のヤツだったわ。


 『関係者っつーか、関係者が知り合いにいてな、まあ言っちまうと形見なんだと』

 『形見?』

 『何でも海軍で同じ艦に乗ってたんだと。同じ釜の飯を食った仲間ってヤツだな』


 海軍? 羽根飾りを持ってるヤツが?

 何か世界観がメチャクチャじゃね?

 ……いや待てよ? そーいや……


 「オイ、海軍って何だって聞けねーか?」

 カクカク。

 『おう、俺も気になった。聞いてみるわ』

 『そのクビの動き……クセになりそーだな』

 カクカク。

 『お、おう……んでそいつはいつの話なんだ? 海軍てのは?』

 『あー、あんたらに話して理解出来るか分からんが……』

 『興味があるんだ、分からんでもえーから話しちゃもらえねーか?』


 定食屋のじーさんは確か俺のじーさんから双眼鏡を預かったって話だったよな。

 あながち無関係って話でもねーのか?


 『話っつっても俺だって聞いた話だぞ。そもそも海ってのが何なのか分かるか?』

 『俺は分かるが……』

 『俺は初めて聞いたな』

 『あんたは知ってるのか』

 『……ここじゃ知らねーのが割とフツーだったりすんのか?』

 『ああ。アンタの隣のおっさんみたいなのがたまに集団で現れるっつーか、そういう人らが集められてるみたいなんだよ』

 『じゃあアンタも?』

 『俺は親父がそうだったらしいってだけで生まれも育ちも日本なんだがな』

 『じゃあ聞くけどここは日本なのか?』

 『さあ……正直なところ良くわからん』

 「ツマリオレラトオナジッテコトカー」


 カクカク。


 『まあそうなるな。

 んでひとり分かってるやつがいるからそのまま続けるとだな、その知り合いが太平洋戦争で軍艦に乗って遠征してた訳だよ』

 『このおっさんみてーに日本初上陸の異世界人がか?』

 『ああ、そうだが“異世界人”か……ナルホド、言い得て妙だ』


 あー、そーゆー概念がまだねーのか。


 『んでその知り合いは戦死しちまったけどアンタの親父さんは生還したと』

 『まあそうだな』


 やっぱそーなのか。


 「ミンナデカタミワケシタッテワケカー」


 カクカク。


 『それ腹話術で聞くことか?』

 『ああ、すまねーな。手が勝手に……』


 ぬはははは。


 『ああ、まあそうだ。ご家族と話し合って思い出の品を一品ずつ預かろうって話になったそうだぜ』


 ナルホドそーか。


 『まあ詳しい話はギルドで聞いた方が良いな。町民の登録も兼ねてるから手っ取り早いぞ』

 「ギルド!?」

 『ギルド!?』


 おっと、ビックリし過ぎてカクカクすんの忘れちまったぜ。

 まあ丁度怒られたとこだし良いか。


 『ギルドって冒険者ギルド?』

 『あ、ああ。何だよその食い付き様は……』

 『んでそれはどこにあるんだ?』


 ん? 何かイヤな予感。


 『待ってろ、地図を書いてやる』


 そーいやだいぶ店を空けてたけど客はいねーのかね?

 

 『待たせたな』

 「イッシュンダゼ!」

 『お、おう……』


 ホントに一瞬だったな!

 カクカク。


 『ここがこの店、でココがギルドだ』

 『ナルホド助かるぜ』


 うーむ……見えん!

 まあ良いか、定食屋()が連れてってくれんだろ。


 『じゃあ早速行ってみることにするわ。礼は後でキッチリするからな』

 『おう、気を付けてな。あと礼なんざいらねぇぞ。困ったときはお互い様だ』

 『済まねえ、あんがとな』

 「アンガトナー」


 カクカク。


 「しかしフツーに人が歩いてんな」

 『おう、こりゃ結構歴史を感じるぜ』

 「何つーか昭和の日本に感化された異世界?」

 『そんな感じだな』

 『何とも奇妙な町だな』

 『日本語じゃねー看板が大分あるぞ』

 「オメーらがいたとこよりよっぽど異世界らしーわ、コレ」


 コレが76年の町?

 いや、日本と違い過ぎんな。

 バタン、と店のドアが空いたあの瞬間にこーなったのか?

 うーむ、分からん。


 ……てな訳で結構すぐに着いちまったぜ。

 正味10分てとこか?


 『おお、あるじゃないか冒険者ギルド!』

 「へ? んなワケ……」


 と思ったら俺ん家じゃん!


 「オイ、ここ俺ん家なんだけど! 何で俺ん家がこんなんなってんだよ」

 『オッサン、俺の店もあんなんなってたんだからココがこんなんなってたって別に不思議はねーだろ。

 だいいちいつからここに住んでたんだ?

 ここって1976年時点の町なんだろ?』

 「だからってこんなんあるんか」

 『だってよ、町の住人がエセ中世な世界観の国から連れてこられた連中だけってのがあったんだろ?

 住んでる連中が現代の日本人じゃねーならあり得るんじゃねーの?』

 「じゃあ何で日本語オンリーで書いてあんだよ」

 『そこはほら、郷に入れば郷に従えってゆーじゃん?』

 「そもそも冒険者ギルドが郷に従ってねーし!」

 『いーから入んぞ』


 ……えー。


 『冒険者ギルドへようこそ。

 初めての方とお見受けしますがご登録でしょうか』

 『あっハイ、メシ屋のご主人に教えてもらいました』


 ど、どっかで見たよーな顔だぜぃ。


 『それでは、登録手続きを行いますのでこちらにご記入下さい』

 『何語でも良いのだろうか?』

 『すみません、日本語でお願いします。代筆も出来ますがどうされますか?』

 『いや、大丈夫です』

 『同じく』

 「ちょっと待て、何で2枚だけなんだよ。俺の分はどーした」

 『え?』

 『おっさんは黙ってろっちゅーに』

 「ちぇ」


 てな訳で色々と事務手続きしたり説明を聞いたり、レベルとかランクはねーけどもーコレ異世界モンだわ。


 「うし。ひと通り話しは聞いたしさっきの件——」

 『早速ダンジョンを探索してみたいのだが』

 『はい、では追加で実力査定を行いますので練習場へどうぞ』

 『実力査定?』

 『ダンジョンは危険な罠があったりや凶暴なモンスターがかっ歩していたりするので、ギルメンになっただけでは探索は許可されません』

 『つまりは腕っ節を見せれば良い訳か』

 『それだけではありません。罠への対処、冷静な状況判断など生死に直結する能力も査定の対象になります』

 『ナルホド、それは至極もっともな理由であるな』

 「イヤ納得してないでさっきの件をよ——」

 『良し、行くか』

 「ちょっと待てーい! ダンジョンなんかより大事でーじなモンがあんだろーがよォ」

 カクカク。

 『何だっけソレ』

 「マジデスカー」

 カクカク。

 『ちなみにダンジョンというのはどこにあるんだ?』


 そりゃーここまでくりゃー山奥の廃墟だろ、絶対によ!


 『それならこの事務所の奥にありますよ』

 「ナ、ナンダッテー」

 カクカク。

 『えー、ダンジョンがあるからここにギルドの建物が出来たと』

 『はい、ご推察のとおりです』

 「ヘースゴイナー」


 カクカク。


 『オッサン、それもーやんなくていーだろ』

 「あ、ついクセになっちまってよ」


 カクカク。


 『あ、あの……敢えて見て見ぬふりをしていましたが……そちらはどういった魔導具なのでしょうか?』

 「ガハハハハ、クッチマウドー」


 カクカク。


 『だからもうええっちゅーに!』

 「ぬはははは」

 『……あの、なぜ私と同じ顔なのでしょうか』

 『それは俺も思っていた!』

 『同じく!』

 「急にしゃべんな、ビックリすんじゃねーか」

 『おっさん、やっぱズレてんな!』

 「そ、そーか?」


 カクカク。

 ズレてねーよな? 俺。



* ◇ ◇ ◇



 『それでその……おっさん、というのは?』

 「俺のことに決まってんだろ」

 『俺もオッサンだがな!』

 『ややこしくなるコトをわざわざゆーなよな』

 『えーと、しゃべる魔導具で名前は“おっさん”、と……』

 「いちいちメモるんかいな」

 『どういった機能があるのですか?』

 『しゃべる』

 『他には?』

 『うざい』

 『それは機能なのですか?』

 「知らんがな!」

 『そもそもコイツは庭に飾ってあった像の首の部分だからな』

 『あの、像なのですか? 魔導具ではなく』

 「乱暴なお姉さんに首チョンパされた。胴体も真っ二つだぜ」

 『乱暴なお姉さん? 冒険者ですか?』

 「さあ? 知らん奴だった。向こうはそうじゃないみたいだったけど」

 『ということは白兵戦用のゴーレムでしょうか……ていうか何でそんなにしゃべれるんですか?

 インテリジェントウェポンはまだ実現されていないと聞いていますが』

 「知らんがな。近未来のスーパーロボットじゃね?」

 『確かに何かメカメカしいんだよな、やってることはオカルトだけど』

 『良く分からない用語ですが、他の方々とはまた別な世界から来られたのでしょうか?』

 「別な世界? そーゆー設定?」

 『設定って何だよ。それとおっさんの場合、コレアバターみてーのなんじゃねーのか?』

 『あばたー? 何でしょうか』

 『人間が遠くから操作してる人形ってこと』

 『ああ、なるほど。それでその方はどちらに?』

 『良く分からんけど遠いところ?』

 『まさか別な世界ですか……それならやはり私と同じ顔なのがなおさら気になるんですが……』


 また出たよ、別な世界って言葉。

 ホントにそーなんかね。

 さっきの定食屋の主人の親父さんは戦争帰りだろ、そんでダンジョンがあって冒険者ギルドがあって魔導具うんぬんだろ。

 フツーに考えたらコレ日本から持ち込まれた文化なんじゃねーかって考えるとこだけど、その日本は1976年あたりの時代だからな。


 「別な世界別な世界って連呼してるけどアンタはどこの世界の出身なんだ?」

 『え? 私は生まれも育ちもここですが』

 「あー、質問を変えるぜ。ここってどこ? 日本なのか?」

 『ここは日本ですよ』

 『じゃあここには俺らみたいなのが集められてる場所ってことか?』

 「ついでにゆーと他の人らの現れた場所が偶然ここだったって訳じゃないんだろ?」

 『あ、あの……本当に初めてなのでしょうか、ここに来られるのは』

 「そりゃ日本人だからな、片方は。さっきからの話っぷりからするに多分初めてだろ、日本人なんてよ」

 『そうですね……ほとんどの方が日本人の子孫であるようなお話は伺っていますが、職員以外で日本生まれとなると初めてかもしれませんね』

 『子孫?』

 『ええ、昔異世界に連れて行かれたという日本人です』

 「てことはコイツ以外にも随分と沢山の日本人が飛ばされてった訳か」

 『沢山、というか何万といますよ』

 「マジで!?」

 『はい、マジです……というかこのお話、まだまだ続くのでしょうか。あ、私としても興味深いお話なので続けたいのはやまやまのですが』

 『あー。じゃあアンタに貸してやろーか、このアタマ』

 『本当ですか? ああ良かった、どうやってお預かりしようかと思案していたところでしたので』

 「待て、それマジで言ってんの?」

 『だっておっさん小脇に抱えてダンジョンとか動きづれーだろ、帰って来るまでの間だって』

 『ダンジョンへの立ち入りはお話した通り危険を伴いますので、生存確率を下げる様な手荷物は必要最低限にしていただきたいのです』

 「お、おう……」


 言っとくがそれメッチャフラグだからな。

 つーか当初の目的はどーしたよ。全くよ……

 まあダンジョンとか言われてコーフンしちまうのも分からんでもないけどな。

 かくいう俺もちっとばかし興味がある訳だが……

 魔導具とか言ってるとこを見ると魔法なんてモンもあるんかね。

 あるんならめっちゃ見てみてーんだけど。


 『それではご案内しますね。こちらへお越しください』

 『お、実力査定ってやつか』

 『ちなみにその実力査定とやらは日を改めて受けたりは出来るのだろうか』

 『いえ、実力査定は都度受けていただく決まりになっておりますので、必ず当日受けていただくことになります』

 『ナルホド。じゃあおっさんは預けとくわ』

 「えー」

 『はい、確かに』

 「あー」

 『じゃあおっさんまたなー』

 『後でなー』

 『それではダンジョンへの入り口を開きます。どうかお気を付けて』

 『ん? 査定は?』

 『はい、中に専任の担当がおりまして、その者がご案内いたします。低層階での実地試験ですね』

 『おー、ナルホド。じゃあ今度こそまたなー』

 「お、おう……」


 あーあ、行っちまったよ。


 「つーかコレ、フツーにキッチンの床下収納だな」

 『キッチン? ここがですか?』

 「イヤすまん、こっちの話」


 つーかこの上に俺ん家が建ったんか……ココがそのまんま俺が住んでた町になったかは分からんけど。


 『さて、亡霊たちがさまよい歩くこの都にどの様なご用件でお越しになられたのでしょうか。

 見たところ何かのトラブルに巻き込まれたとお見受けしますが、その乱暴なお姉さんという者に心当たりなどは?』

 「ん? 俺が何かエライ人とでも勘違いしてる?」

 『人形を使ってわざわざ現地人を連れて来る様な好事家などめったに見ませんからね。

 そういった方々の出入りを管理するのが私どもの本来の職務な訳ですし』

 「好事家? 何だそりゃ。まあ良い、俺を襲ったやつは多分だけど俺と同じ見た目の人物が何かすんのを阻止しよーとしてたみてーだったぜ。

 その人物ってのがまさかアンタなのか?」

 『私に危害を加えようとする者ですか、それはまた興味深いですね』


 つーか一番気になってんのは亡霊たちがさまよい歩くってとこなんだけど!

 何か勘違いしてるみてーだし、いっちょ便乗してみっか。



* ◇ ◇ ◇



 「何か恨みを買う覚えでもありそうな言いっぷりじゃねーか」

 『まあ仕事柄、えもいわれぬ恨みを買う様なこともままある訳ですが』

 「逆に聞くけどその乱暴なねーちゃんに心当たりはあんのか? 正直俺はサッパリなんだが」

 『どんな方かも分からないので何とも言えませんね』


 仕事柄って何だよ怖えーんだけど!

 どんな仕事だよ一体!


 『それ以前に私の人形をあなたが使っていることに納得がいっていないのですが、どうやって、何の意図があってその様なことをされているのでしょうか』


 今の話を聞いて興味深いって感想が出て来る時点で怪しいって思うだろ常考。

 話をそらしたりなんかしたらもっと怪しいって思っちまうじゃんかよ。

 アホか。アホなのかコイツ。


 「まるで俺に何かの狙いがあってアンタのフリをしてたみてーな言いっぷりじゃねーか」

 『だからそう申し上げているのです。

 その破損した人形では何も出来ないでしょう。もうお帰りになられてはいかがですか?』

 「そりゃアンタも一緒だろ」

 『……一体どこから侵入したのですか。何の痕跡もなく追跡もかなわないとは』

 「あれ? 今帰れって言ってたと思うんだけどどこに帰れって話なのか分かってなくて言ってた?」

 『そう思われるのでしたらせめてまともに掛け合ってはいただけないでしょうか』

 

 何つーか……隠しゴトしてんのがバレてる体で話してんな?

 知らんけど。

 ただなあ……何つーか、この人って親父の会社の関係者だよな?

 んでここは例の女神様とか何とかをあがめてる連中が連れて来られてるよな。

 

 『この人形を使うことに意味があることはご存知だと思いますが……』


 あ、そーか。

 その連中からしたらこの受付の格好ってその女神様の似姿なんだよな。

 連中がここに来たらまずどーなるかって話か。

 そいつらがここで暮らしていけるよーにダンジョンとか持ち出して話を合わせてんのか。

 そーなるとあの前説の内容はどーゆー解釈になるんだ?


 「あー、その亡霊さんたちに何をやらせよーとしてんのかは知らんけど、知られたらそんなにマズイ話なんかね。

 あ、もしかしてダンジョンでーすって言いつつどっかに連れてって誰かと戦わせてるとか?」


 つーか何なんだよ、亡霊ってよ。


 『あの者たちは最終的には無駄なく活用されますのでご心配なく』

 「心配するわ! 何じゃそりゃ!」

 『件のブラックボックスを御する仕組みとして……あ』

 「何だそれ? 御する仕組みって何だ?」

 『……あなたはそれを壊しに来たのではないのですか?』

 「何言ってんの? 頭しかねーし何も出来ねーぞ?」

 『ではこの人形はどの様な原理で駆動されているのでしょうか』

 「んなことも知らんで話しとったんかい!」 


 俺も知らんけどな!


 『経験的には分かっていましたが……異形たちとの接触で彼らが未知の文明世界の住人であること、そして……』


 コレ、アレだよな。

 床下収納から出て来た奴ら。

 アイツらが言うに——


 「奴らも人間だってゆーんだろ?」

 『……何と……そこまでご存知でしたか。おみそれいたしました』


 だから知らんて。


 『彼らを地下世界で殺害したとき、一体につきひとりの異邦人……異世界人、と言うのでしたか……が、この町に出現することはすでにご存知のことと思いますが——』


 イヤだから知らん……てゆーかさらっと殺害するとか言っただろ!


 『なぜその様な現象が起きるのか、それを解明するべくこの地に研究施設を建設しています。

 そして幸いにして彼らは地下世界で起きたことを認知していない様子でしたので、まずは彼らを定住させてその文明的背景を研究することから始めました。それに続き……』

 「ほーん」


 幸いって何じゃい!

 つーか続きがあるんかい!



* ◇ ◇ ◇



 『……あの、どうかされましたか?』

 「取り敢えず説明どーも」

 『——え? あ、ありがとうございます?』

 「あー、キニセズニツヅケタマエヨ?」

 『あっハイ?』


 コイツはまごうことなき説明要員だな!

 そうと分かりゃ俺の口先三寸砲が火を吹くぜ!


 『それに続き、私どもはこの世界の成り立ちの調査に着手しました』

 「待ってくれ。この町も地下世界の一部、そういう認識なのか?」

 『その答え“はい”であり、同時に“いいえ”でもあります』

 「その“彼ら”はここが唯一の地上世界だと認識してるってか」

 『はい、ご指摘の通りです』


 分かってますぜってムーヴをかますのもえー加減つれーな。


 「へぇ、ここがねェ……」

 『……』


 しかしホントの話なのかね。

 てことはこの上にゃ現実の地上世界があるってか。

 まさかとは思うが単にそーゆー伝承があるとかって話じゃねーよな?

 ……ってギモンを自然体でぶつけてみてーけど、さてなあ。

 あと気になんのはいつか聞いた「船外活動」ってキーワードなんだよなあ。

 多分だけどコイツらの言う人形ってのは、要はアッチの環境で活動するためのロボットなんだよな。

 奴らは宇宙服みてーなの着てたっつーから、生身じゃコッチに来れねーとかそんなトコなんだよな、きっと。

 しかも定食屋()はそいつらと戦争してたってんだからコイツらがその敵対勢力だって可能性もある訳だ。


 それが仮に60年くれー前の話だとしたら、ここでの研究がアッチ側との戦争にどー繋がるんだろーな?

 聞く限りこの“人形”ってのもどーやって動いてるか分からねえオーパーツ的なヤツっぽいし、原因つーかそもそものコトの発端はまた別の存在が絡んでるって感じだよな。

 戦争っつってもコッチ側もどういう連中なのかがイマイチ分からんし。

 結局謎勢力対謎勢力の異世界大戦争なんだよなあ。

 それが俺の平穏な日常をぶっ壊したとして、その理由は一体何なんだ?


 「それで分かったことは?」

 『それはご説明いたしかねますね』


 おっと、ここに来てすっとぼけよーとしやがるか?


 「とか言っといて本当は何も分かってねーんだろ」

 『いえ、そんなことはありませんが、機密事項ということでご理解いただけますと助かります』

 「んでご丁寧に説明までしてもらったのはいーんだが、結局おたくらは俺をどーしたい訳?

 二人が戻って来るまで待ってれば良いって話じゃねーんだろ?」

 『このまま私どもにご協力いただけないかと』

 「上からの指示か?」

 『指示というか、その様な方針になっております』

 「そのココロは?」

 『恐らくですが私どもでは何かしたくてもどうにも出来ないのではないかと思いますので、そのような場合は話し合いを試みると』

 「へぇ。何か前例でもあるみてーな言い様じゃねーか」

 『そう伺っております』


 俺って重要参考人みてーな扱いなんだと思ってたが違うんかね。

 てゆーか上に会わせろよ上に……ってかこの町ってどこまでホンモノなんだろーな。

 部分的に切り取られた舞台に過ぎねえ仮初めの現実、そこに普段いねえ偉いさんなんて登場人物がそー都合良くいる訳もねーか。


 そーいやあの場面……ここに来る直前にバタンと音を立てて定食屋に入って来た人物、アレは多分母さんなんだよな。

 んであの後……確か誰かを連れ込んで“全部現実、全部本物”とか“責任とれ”みてーなことを言ってた気がするが……


 ……まあこんだけ時代がさかのぼってたら現実も何もあったもんじゃねーか。


 だがなあ。

 

 「じゃあさ、ここにずっと置いてもらって良いか?」

 『ここにですか?』

 「それとも何だ、別のどこかにご案内って段取りがすでに終わってたってな感じか? それとも——」

 『あの……直接お会いすることは可能でしょうか』

 「直接か……」


 さて、何て答えたもんかね。

 二人をどうにかしねーとならねーな。


 「そーだな、じゃあまずは俺を抱えたまんま“ダンジョン”に入ってもらおーか? そんなら応じてやってもいーぜ?」

 『あの、出来れば私のことは見逃していただけると』

 「俺と一緒にいりゃ大丈夫だって」


 知らんけど!

 てかやっぱヤベー感じなのか?

 コレ本人はどっか安全なとこにいるんだよな?

 ハメ殺しみてーになっちまったら寝覚めが悪ィぞ。


 俺のが立場が上みてーな絵面なのがビミョーに怖えーけどな!


 「だからさ、約束してやるって言ってんの」

 『約束……それは実際にどこかでお会い出来るということでしょうか』

 「だからそー言ってんの」

 『はあ……分かりました。約束ですよ』


 ゆーてクチ約束だから知らんけどな!

 70年代の仕事人てのはこんなんばっかなんかね。

 チョロいわー。


 「言っとくがな、俺は奴らの生活とか文化にゃーちっとばかし詳しいからな?」

 『えっ!?』

 「何だよ、その意外そーな顔は」

 『あ、いえ……じゃあ行きましょうか!』


 何だ? 急に元気になったが。

 まあそれならそれで好都合だな。

 チョロいわー。



* ◇ ◇ ◇



 「しかし受付(リビング)のすぐ裏(キッチン)にこんなとこ(床下収納)があるとはなあ」

 『皆さん()驚かれます』

 「ま、そーだろーな」

 『では、扉を開きます』

 「お、おう」


 トビラねぇ……

 つーか皆さんて俺ら以外見てねーんだけどなー。


 ギ、ギィィ……


 うーむ……

 マジで見た目が完全に床下収納なんだけどどーなってんだコレ。

 なんつって中から異形の皆さんが飛び出して来たりしてな!

 しかしもしそーなら他の奴らには別な景色が見えてたってことになるな。

 つまりは俺の時代にゃここが廃墟になってんのか。


 『あそーれぇ、ホイっ!』

 「へ?」

 『とぅ』


 ひゅるるるるるぅー……パシ。


 「イキナリ投げんな! つか何だよ、真っ暗?」

 『え? あ、ここからはワタクシがご案内いたします……というか同一人物なんですけど』

 「どゆこと?」

 『受付を空ける訳には参りませんので』

 「どっちがホンモノ?」

 『どっちもニセモノですって』

 「ロボット的なやつ?」

 『遠隔操作で動かしてます』

 「2台同時に?」

 『はい』

 「器用だな」

 『まあ、慣れですね』


 ホントかねぇ。

 中の人がいたって今別の方にも人が来たら同時に二人と話さにゃならんだろ。

 手足と顔を動かしながら同時にンなコト出来るんかいな。


 『不思議に思ってますね?

 あちらの人たちには“多重存在”というスキルです、と言ってごまかしてますが』

 「スキル?」

 『スキルとか魔法で説明すると大体が納得するんです。何なんですかね?』

 「ちょっと待て、今って何年だ?」

 『はい?』

 「今年って西暦何年?」

 『セイレキ?』

 「あー、分かった。やっぱいーわ」

 『はあ?』


 マジかー。

 今俺何語で話してんの問題が再び来ちまう感じかー。

 スキルとか魔法とか60年前の日本人が言い出す訳もねーし、まあそーゆーコトなんだろーな。

 ごまかすとか言ってるけど実際どーなってんだろーな?

 その人形が何なのかも分かってなくてそれをごまかしてるって感じじゃねーだろ。

 つーか真っ暗なのは俺だけなんかね。

 何だ、またかよって感じではあるんだがなあ。


 何はともあれ分かってますぜムーヴは続けねーとな。

 つーか続けられんのかコレ。


 「まあまずは明かりをつけよーぜ?」

 『え? 明かりならもとからついていますよ?』

 「つーことは今俺は目が見えねー状態なのか」

 『まあその状態で正常に稼働しているのも奇跡的とは思いますが』

 「仕組みもろくすっぽ分からんのによーゆーわ」

 『まあ完全に見た目で判断しているだけなのですが』


 しかし先に入った二人がいねーな。

 そんなに長話はしてねー筈なんだがなあ。


 『しかし気になりますね』

 「ん? 何がだ?」


 やべぇ、バレたか?

 イヤ、バレたら何だって訳でもねーんだけどな。


 『あなたをそんな姿にした乱暴なお姉さんという人物です』

 「まあアンタを狙っての犯行かもしれねーからな」


 もちろんテキトーだぜ。

 だってここは俺がバラバラにされた“場所”じゃねーからな。


 『いえ、それももちろん気にはなるのですが……』

 「?」

 『どんな方法でもキズひとつ付けられない筈のあなたをどうやってバラバラにしたのか、そのことが気になるんです』

 「そうか? フツーに人斬り包丁でズバッと両断された感じだったが」

 『ということはそのカタナに何か秘密がある、と……』


 ナルホド、その発想は無かったわー。

 言われてみりゃそーだよな、今までも何度か見たけど何で固定されてたりどーやってもバラせなかったりぶっ壊そうとしても壊れなかったり、そんなのばっか見てたからマヒしちまってたわ。

 それがフツーの感想だよなー。


 そういや特殊機構も破壊不能オブジェクトみてーな性質を持ってたよな……

 それってつまりそーゆーコトなのか?



* ◇ ◇ ◇



 考えてみたら何をしても壊れねー物質なんてこの世に存在するワケがねーもんな。

 何にしても気をつけるに越したことはねーな。


 『それで、ここに入ったら次はどうなさるのですか?』

 「まずは先に入った二人に合流してーんだけど」

 『ああ、それは無理ですね』

 「へ? そのココロは?」 

 『どの様な仕組みなのかは不明なのですが、入り口をくぐったタイミングでランダムな場所に飛ばされるらしいんです』

 「ランダムな場所? つまりここはさっきまでいた町から離れた場所なのか」

 『はい、おそらくですが』

 「おそらくねぇ……じゃあ二人は別れ別れにされたって訳か」

 『あ、いえ。一緒の筈です』

 「どゆこと?」

 『手をつなぐなど身体的接触を維持したまま入り口をくぐれば同じ場所に行けることが分かっていますので』


 あー、やっぱそーゆー仕組みなのね。

 しかしランダムな場所か……

 ……ん? 待てよ?


 「ここまでの話でひとつ腑に落ちねぇ点があるんだけど」

 『何でしょう?』

 「そんならアンタはどーしてココにいられるんだ?」

 『ああ、それは簡単です。私は全部の場所で待機しておりますので』

 「へ? 受付も?」

 『はい』

 「全部の場所を押さえてるってコトか? 未確認の場所なんてねーってコトなのか?」

 『えぇと……仕組みは分からないのですが……』

 「またソレ?」

 『こちら側では場所がひとつしかないんです』

 「ひとつ? 何だそれ? 誰か来るたびに増殖してるなんて訳じゃねーんだろ?」

 『えぇと……仕組みは分からないのですが……』

 「もうツッコミ入れんのも面倒臭ぇわ」

 『えー、その』

 「続けろってホラ、どーぞ」

 『はい。増殖しているかどうかの観測は出来ていないのですが、私自身は一か所で待機していて一か所で対応しているという感覚なんです』

 「でも他の場所じゃあ他のあんたが別な奴の相手をしてるんだろ?」

 『それは分からないんですよね……』

 「じゃあたまたま同じ場所に飛ばされたら?」

 『それも分からないんですよね……』

 「何じゃそりゃ」


 まあ実を言うと分からんでもないって感じなんだがな。

 定食屋でいつか見たアレだよな、入り口から今店にいる奴と同じ人物が入って来てアレ? と思って振り向くと誰もいねえってあのシーンだ。

 多分だけど俺がこっちに飛ばされたのってあのとき母さんが俺を連れて来たからとかそんな理由なんじゃねーのか?


 「じゃあここに来てから急に場所が切り替わったりしたことは?」

 『それはないですね』

 「あ、そーなの?」

 『何か思い当たることでもあるのですか? 可能なら教えていただきたいのですが……』

 「良いけどその前に2つほど確認させてくれ」

 『何でしょう?』

 「あんたと同じ姿の人物を目にしたことはあるか?」

 『いえ、無いですね……あなた以外はですが』


 なるほど……ナルホド?


 「あとさっき言ってた“こちら側”ってのはどーゆー意味だ? コチラってのはドチラだ?」

 『ああ、それはですね……何というか私の感覚なのですが』

 「アンタが属してる組織とかそーゆー意味じゃねーってコト?」

 『はい。何というか、感覚としてはひとつの場所でひとりひとりと向き合っているのですが、相手からしたら違って見えるらしい……というのが分かって来たというか……』

 「分かって来た、というのは?」

 『何となくですが、話がかみ合わないときがあるんですよね……』

 「相手がボケをかましてるとかじゃなくてか?」

 『はい、経験した事実が異なっていると感じることが度々ありまして……』


 ナルホドなあ。

 コレ、俺の感覚と違って飛ばされてるって自覚がねーんだな、多分。

 この違いは何なんだろーな?

 先入観の差か? いや、そんなレベルじゃねーな。

 しかしこの受付が俺に興味を持つに至った理由が分からねえな。

 誰なのか分からんけど上からの指示ってヤツなのか?

 だけど今の話からしたらそれすらも怪しいぞ。


 あるいは俺の素性に何か心当たりがある、んで自分が感じてる違和感の正体を解き明かしてーと思ってる、そんなとこか?



* ◇ ◇ ◇



 「なあ、自分の感覚じゃどう感じてるんだ?

 自分がおかしいのか、それともまわりがおかしいのか」

 『……実際のところどうなんでしょうか?』


 うーん、あの町はやっぱり親父の会社(?)の施設の一部だったんだよなー。

 そっからここに来るまでの間に少なくとも2回は場所が変わってる筈だ。


 「俺が思うに、あの町にいるって時点でまわりがおかしくなってるコトに気付くべきだったな」

 『えっ?』

 「そーなると職務なんて概念が成立すんのかも怪しいんじゃね?」

 『どういうことですか?』

 「感覚がずれてるってのはあながち間違いじゃねーと思うんだよな」

 『具体的には?』

 「実際には“ダンジョン”てとこに入ったときと同じことがどっかで起きてるんだよ。

 似てるけどちょっと違う別な場所にさ」

 『じゃあ今まで受付でやっていたことは』

 「その受付が同じ場所だったとは限らねえな」

 『でもどうしてそんなことが……』

 「それは知らんけど、時間の経過とか場所の移動とか……それから……何らかのアイテムかな……」

 『アイテム? 道具、ということですか?』

 「あー、まあそういうことになるな」


 アイテムって言葉はなじみがなかったか。

 しかしここで羽根飾りってキーワードは出て来ねーか。


 『あの、そういえばこのダンジョンの入り口を開けるときに専用の鍵が必要なのですが、それもアイテムというものに含まれるのでしょうか?』


 なぬ?


 「もちろん。その鍵ってのは今も持ってんのか?」

 『はい……あ、入り口の外側で、ですが』

 「あわ、ナルホド。ちなみに今どーなってんのかは……」

 『すみません、分からないですね』

 「まあそーだよな。ちなみに鍵ってのはまんまガチャって空ける鍵なのか?」

 『あ、いえ。この位……結構大きい羽根の形をしていますね。

 これまたどういう仕組みなのかよく分かっていないのですが、その鍵と同じ形の刻印が扉にあって、そこにこう、かざすと開く仕組みです』

 「そこは同じかー」

 『どこか他にも同じ様な扉があるのですか?』

 「ああ、まあな。知ってるだけで2ヶ所かね」

 『あの、そんなに簡単に話してしまって良い情報なのでしょうか……』

 「さあ、知らね」

 『そ、そんな適当な……』


 んなこと言われてもなー。

 何かさ、俺ってガキの時分にあの町に住まわされてて、実は初めっからおかしな環境にズッポリのドップリだったってのがハッキリしちまったからなー。


 『っておっととっとっとっとおおお!』

 「危っぶね! 落っことすなよな!」

 『すいません、何かに足を引っ掛けました』

 「って歩きながら話しとったんかい!」

 『はい、時間ももったいないですし』

 「どこに向かってたかくらい説明しろっちゅーに」

 『何じゃ、やかましいのう。もーちっと静かに出来んのか』

 「あースンマセンすー、コイツおしゃべりなんでー」

 『軽っ!?』

 「って誰!?」

 『何じゃ、誰かと思えばお主じゃったか』


 おろ? この声は……


 『お主と言われましても……どなたでしょうか?』

 「もしかしてもしかしなくてもドラゴンさんか?」

 『おっと、思わぬところから返事が返って来おったぞい』


 えー、そーいやこういう訳の分からん奴がいたのをすっかり忘れてたぜ。

 こんなのまで親父の会社(?)絡みなのかね。


 「結局俺らはあの後どーなったんだ?」

 『俺ら、とは何じゃろうかのう?』

 「あ、そーか。俺だよ俺俺」

 『今度は何じゃ、新手のオレオレ詐欺か?』

 「オレオレ詐欺じゃねーよ、だいいちこっちだって“お主”って誰やねんって思ってんだからお互い様だぞ」

 『コレ、新手の玩具なんかのう。お主はこーゆーのが趣味なんかの』

 『違います!』


 バタン。

 ん? 誰か入って来た……ってここって部屋ん中だったんか?


 『あ、間違えました』


 バタン。


 ……何だったんだ?


 『えーと……もう訳が分かりません!』

 「まあそうだよな」

 『何なんですか、オレオレ詐欺って』

 「そこかい!」


 考えてみりゃ今いるのって1976年て設定の場所なんだよな。

 まあ76年にオレオレ詐欺なんてねーよな。

 イヤ、今さっきの問答の内容からして76年ですらねーのか?


 ここはいつのどこなんだ?



* ◇ ◇ ◇



 「なあ、さっきの今で聞くんだけどさ」

 『今も何も今初めて会ったばかりじゃろ』

 「えー真っ暗だから会ったって実感無いしー」

 『あのー』

 『真っ暗じゃと? 何を言っとるんじゃこ奴は』

 「アレ? 最後真っ暗じゃなかったか?」

 『最後って何じゃ?』

 『すみませーん』

 「あー、分かったぜ。アンタは俺の知ってる奴のソックリさんてことにしとく」

 『むむぅ……何じゃかスッキリせんのう』

 『私は分かりませんてさっきから言ってるじゃないですかー』

 「あー、悪い悪い。じゃあ現状を確認しよーぜ」

 『ぬぬぅ……なぜに我を差し置いてお主が仕切るんじゃ……』

 「文句ある? あ、もしかして町内会長サマだからか?」

 『ちょ、町内会長ぉ!? ダンジョンでぇ!?』

 『待て、なぜそこでビックリするのじゃ!』

 「ハイハイそこまでなー。こーなるから俺が仕切ってやるっつってんだよ」

 『ぐぬぬ……分かったわい』

 『もとから反対の余地はありませーん!』


 えー加減飽き飽きしてる作業だがまあやむを得ねーよな。


 「確認してーことがいくつかある。分かりきったことだと思ってもマジメに答えてくれ。あとツッコミてえと思うことがあってもガマンしてくれ」

 『いちいち聞かんでもええわい』

 『もとから反対の余地はありまし……せーん!!』


 コイツ今ありましぇーんて言いそうになったな?

 あわてて取りつくろったけど実は90年代生まれなんじゃねーのか?

 ……まあ良いか、ツッコむなって言ったハナから言った本人がツッコんでたら示しがつかねーしな!


 「まず、ここはどこだ?」

 『詳しくは分からんが何かの遺跡じゃな。しかも相当でかいぞ』

 『町とつながるダンジョンのひとつです』

 「なるほどな、ここはダンジョンで巨大な遺跡か……どっちてあっても矛盾するとこはねーな。

 ちなみにお互いの姿は見えてるよな?」

 『我からは見えておるぞ。女性型の人形が同型の人形の頭部を抱えておるな。

 今オレオレとしゃべっとるお主は首だけの方じゃな』

 『えぇ……私からは声はすれども姿は見えずの状態なのですが』

 「ちなみにさっきも言ったが俺目線じゃここは真っ暗闇だぜ」

 『それはお主の目がぶっ壊れとるからなのではないかのう』

 『えぇと……さっきまでは見えてましたよね?』

 「ああ、この“ダンジョン”に入る前にはまわりもちゃんと見えてたぜ」

 『何と……不思議じゃのう』

 「ちなみにこの場所は広さ的にはどんな感じなんだ?

 俺の記憶じゃ今話してるドラゴンさんは家いっこ分くれーの身長があったけど」

 『廃墟、というのは一致してますね。ただ、周囲は石のガレキばかりで巨大な遺跡があったかはこの景色からでは判断出来かねますね』

 『我の目からも同じ様に見えるが違う点があるとすればそのガレキの上に新しい建物が建っているとこじゃな』

 「つまりガレキの上に新しく町を建設したってことか」

 『そのとおりなのじゃ』

 『すみません。そうなると巨大な遺跡、というお話はどこから出て来たのでしょうか?』

 「そうだな、それは俺も思った」

 『それは単純な話じゃ。この場所自体が大きな縦穴の底に存在しておるからの』

 『自然洞穴なのでは?』

 『この穴にすっぽり収まる形をした人工的な構造物が存在した痕跡が壁面の至るところに残されておるんじゃよ』


 あー、それって何か上の方に出っ張ってた奴か?

 あーゆーのが他にもあるんかね。

 ……じゃあ俺が住んでた町はやっぱこことは別モンなのか?

 いや、床下収納が入り口になっててこっちに繋がってたなんてコトがあんのか?

 大名屋敷じゃあるめーしンなコトあるわきゃねーか。

 そーいや前にドラゴンさんに会ったときは推定定食屋の古い屋敷の裏手から飛ばされたんだっけか。

 それが巨大名構造物の一部だった?


 うーむ……分からん。


 『ちょっと待ってください。私の目からは地平線が見えるくらいに開けた場所なのですが、それも一致していますか?』

 『それは違うのう……かなり広いが地平線が見えるほどではないからの』


 入り口が床下収納的な場所だったからな、やっぱ俺が通って来た場所と何かリンクしてんのかね。

 いや、そーすっとこっちでのスタート地点の定食屋()は何だって話になっちまうな。


 『何やら難しそうなことを考えておるの?』

 「ん? まあな。俺が通って来た場所との位置関係がな」

 『そもそもの話、単に見た目が似とるだけでお主の記憶とは全く別な場所におるのではないのか?

 我とて他人の空似かもしれぬと思ったのであろうに、全部が全部同じく似て非なる場所という発想に至るのはごく自然なことだと思うがのう』

 「さすが! 頭良いな!」

 『私もはじめからそう思ってましたけど』

 「はい?」

 『お主何か分かった風なことを言っといてその実何も分かっとらんかったのではないのか?

 かっこ悪いのう、ぬははははは』


 えー、確かに先入観みてーなのはあったけど……そーなのか?



* ◇ ◇ ◇



 『そもそもですよ? こんな変な状況になったのは初めてなんです』

 『変な状況とは何じゃ? 我は別に何とも思うとらんぞい?』

 「俺らが急に現れたとこも含めての話?」

 『急に? はて、そうじゃったかのう?』

 「えー、何か間違えましたーとか言ってたアレは?」

 『何じゃそれは? 前言撤回じゃ。やっばお主ら変じゃぞ?』

 『すみません、それじゃ私も変みたいじゃないですか』

 「え、変だろ」

 『変じゃありません!』

 『お主、話が進まんから任せろと言ったんじゃなかったんか』

 「あー、俺としたことが。正直スマンかったわ」

 『有り体に言ってアホじゃのう』

 「行ったハナからあおんのやめーや」

 『何でこう三者三様なんですかねぇ』

 「そうだな、今この場で見聞きしてるもの全部に関してな」


 うーむ……直接触れたらお互い見えたりすんのかもしれんけどなー。


 「ま、多分原因は俺なんだけどな」

 『原因かどうかは分かりませんが、少なくとも首だけで登場した方はあなたが初めてですね』

 『待て、ナゼにそーなるのじゃ?』

 「あー、その反応新鮮だわー。今までは大抵が俺のせいで片付けられてたからなー」

 『そのココロは何じゃ?』

 「まず、じっさい起きてることとして俺を経由して見聞きできねーモノに触れるよーになるっつーか……一緒にいると別な場所に移動しちまうんだよな」

 『では先程のお二人も?』

 「まあご想像の通りだぜ」

 『それで新顔さんと間違われていた訳ですか』

 「新顔にゃ違ぇねーだろ?」

 『何の話か分からぬぞ。我にも分かる様に説明せんか』

 「コッチのねーちゃんがいたとこじゃよそから団体さんで転移させられた人がゴマンといてさ」

 『ゴマンと言うのは文字通り五万人くらいはいるということなのかの?』

 『まあ、そうなりますね』

 「ちょっと待て、アンタらどんだけダンジョンの中でコロコロしてたんだよ」

 『コミックか何かかのう?』

 「何でそのボケが出て来る……じゃなくてぇ!

 つーかさっきからアンタもフツーにドラゴンさんとしゃべってるけどやっぱ見えてねーから?」

 『怖くないかということですか?』

 「まあ端的に言えばそーなるな」

 『怖いとか失礼千万な奴らじゃのう』

 『まあそこにいるって実感がないですからねぇ。それに……』

 「他になんかあんのか」

 『そのドラゴンさんというのも人形なんじゃないんですか?

 そう考えると』

 「えー、そーなんか。前にブレスとか見たけどそれは……っつーかあのイカのバケモンは間違いなくナマモノだったからなー」

 『イカのバケモノ? そんなのがいるんですか?』

 『今はおらんがたまに見るのう。我は余り気にせぬがブレスで丸焼きにするのは悪手じゃぞ』

 「メッチャ臭ぇんだよな」

 『そこまで知っとるのか』

 「人じゃねぇんだよな」

 『アレは違うな。さっきのはやはりそのことじゃったか』

 「まあな、前に会ったときは冬だったんだよな。そーいや真っ暗だから見えねーけどドラゴンさんが今いるとこって寒くねーか?」

 『暑さ寒さはそれほど気にしたことはないが雪なら降っとるぞ。かれこれ1万年ほどな』

 「い、いちまんねん!?」

 『あの……一体いつからここに……?』

 『そりゃ前回のリセットのときからずっとじゃ』

 『リセット?』

 『確か大災厄とか言ったかの』

 『大災厄!?』

 「ナ、ナンダッテー!?」


 いや、何それ? 知らん言葉が出て来たぞ?

 受付のねーちゃんも何でフツーにビックリしてんの?



* ◇ ◇ ◇



 『そ、その……一体どれだけの時間をここで……』

 「あん? 何をそんな大ゲザな」

 『しかし“大災厄”ですよ? それが実際にあったなんて』

 「イヤ、そんなん知らんし」

 『え? 誰でも知っているおとぎ話ですよ』

 「誰でもって、オメーらの常識なんぞ知らんから」

 『おとぎ話とはまた随分と大げさな話じゃのう』

 「待てよ、何でここに来て共通の話題で盛り上がってんだよ」

 『言われてみればそうですね』

 『何じゃ、お主だけ仲間外れか。ぬはははは』

 

 ぬははじゃねーっつーの、このオッサンはよォ……

 しかしおとぎ話だと……?

 この受付は日本人かどーか怪しーなとは思ってたけどこりゃ連中のお友達だったか?


 「こんだけ意気投合すんだったら意外とオメーらオナ中だったりすんじゃね?」

 『お、オナチュー? 何ですかそれは?』

 『はて、我は学生の時分はボッチだったから分からんのう』


 えー、冗談のつもりだったんだけどドラゴンさんの方からそのセリフが出て来るとは思わんかったわー。

 どっちかっつったら受付の方だろコレ。完全に逆じゃんかよー。


 ……じゃなくてえ!


 「学生って何じゃい! ドラゴンの学校なんてあるんかいな!

 メダカの学校じゃあンめーしよォ」

 『とことん失礼なヤツじゃのう。我にだって純粋無垢な子供時代というのは存在したのじゃぞい?』

 『そっそれは大災厄の前ですか後ですかどーなんですかぁ!?』

 『何か怖いんじゃけど!?』

 「何言ってんだコイツ」

 『コホン……失礼しました』

 「んでそのリセットってのは結局何なんだ?

 前にあったときはパーンてなるのじゃーとか何とか言ってたが」

 『何じゃ、知っとるではないか』

 「イヤ知らんから」

 『だからパーン、てなるんじゃよ? 合っとるじゃろ』

 「コントしに来たんじゃねーっつーに」

 『じゃあ何しに来たんじゃ?』

 「えーと……何だっけ?」

 『用もないのに来たんか、呆れた奴じゃのう』

 『あの、パーン……とはどういった擬態語ですか?』

 『パーンはパーンじゃろ』

 「ボキャ貧極まり過ぎじゃろ!」

 『我のマネすんなやー、なのじゃ!』

 『お、お二人とも落ち着いてくだしゃい!』

 「オメーが一番落ち着いてねーだろ!」

 『す、すみません……』

 「それで結局そのリセットとやらがあったときからいるって、その前はどーだったんだ?」

 『その前なんぞ知るか。リセットされた時点でここにおったんじゃからのう』

 「ここにいるのが初期状態だからってか?」

 『そうじゃ。リセットというのは文字通りのリセットじゃ』

 「じゃあその初期状態は誰がいつどうやって設定したのかについてはどーだ?」

 『さてな、我には分からぬよ』

 「ここは初めっからでっかい縦穴だったってことかね」

 『少なくとも我にとってはそうじゃな』


 ほーん。

 ホントかね?

 まあ俺からすりゃまわりは真っ暗だし、実際のところここがあの廃墟だなんて確証はミジンコ程もねー訳だけど。


 『すみません、それでは“大災厄”は何度も繰り返され、その度に世界は時が巻き戻されている、ということになりますが……』

 『状態が戻っとるのは確かじゃが時間が巻き戻されているかどうかまでは分からんのう』

 「じゃあリセットされた自覚はどっから湧いて出て来るんだ?」

 『そりゃリセットされたって記憶まで巻き戻る訳じゃないからのう』

 「じゃあ事実上のトシがいくつなのか分からんくれーにはなっとる訳か」

 『いや、そんなことは無いぞ』

 『それはどういうことですか?』

 『我、何度となく死んどるらしいからの。多分じゃが』

 「それまでの記憶はねーのか?」

 『あいにくとな』

 『しかし全くのゼロから始まる訳ではないのでは?

 それとも死んだらスタート地点が変わる、とかでしょうか』

 『前と違うかどうかは分からぬよ、どうやら我は死んだときにリセットされるらしいからの』

 「まわりも一緒にか? それともあんただけ?」

 『いや、どうやらまわりがリセットされるタイミングはまた別らしいのじゃ。やられた場所を見たり聞いたりしとるからの』

 「見たり聞いたり? あんた以外にも住人はいんのか……ってまあ町内会長とか言ってる時点でいるか……うーむ」

 『そもそも、仕組みも理由も分からないんでしょうか。まあ今に始まったことではありませんが』

 「待てよ、“やられた”ってのは何だ?」

 『文字通りじゃよ。聞いた話じゃと誰かと戦って負けたとかそんなのが多かったのう』

 『あ、あの……もしかしてこちらからダンジョンアタックと称してそちらに行った者達と遭遇したのでしょうか』

 『それは我もリセットを繰り返しておるゆえ分からぬよ。まあ今聞いた話じゃとその可能性は否定できんのう』

 「オイ、どーなってる?

 ここでやられた奴は上で人間としてリスポーンするんじゃなかったのか?」

 『リ、リス……何ですか?』

 「ダンジョンでモンスターを一体討伐するたびに地上に人間が一人ずつ出現するって話があっただろ。

 じゃあ今俺らと話してるドラゴンさんがやられたら同じドラゴンとしてダンジョン内で復活してきたって言ってる話はつじつまが合わねーんじゃねーのか?」

 『なるほど、確かに』

 『何じゃと? そんな話は初耳じゃぞ?

 そんなことが可能なら喜んで討伐されてやるわい』

 「待て、早まるなよ。そうと決まった訳じゃねーんだ」

 『可能性としては私どもが案内した者達以外にここで何らかの活動を行っている集団がいて、その集団と接敵して戦いになった、といったところでしょうか』

 「しかし復活するときの姿と場所、それが誰にやられたかってことで左右されるなんてアホなことがあんのか?」


 そもそもやられたらリスポーンするって何だ?

 ホントにダンジョンみてーじゃねーか。

 俺自身もいつまでこのまんまでいりゃいーのか分かんねーし、何か糸口はねーのか糸口はよ……!


 『あのー……』

 「今度は何だよ」

 『つかぬことをお尋ねしますが……』

 「もったいぶらねーで早よ言わんかい」

 『これ以上進めません』

 「へ? つーか歩いてたの?」

 『はい』

 「で? 見渡す限りの水平線が拡がってるんじゃなかったんか?」

 『いえ、前方はそうなのですが……足元を見たら切り立った崖になってまして』

 「回避ルートは?」

 『見渡す限りずっと崖なんですが……』

 『崖? そんなものは我には見えんがのう? いっそのこと飛び降りてみたらどうじゃ?』

 『えぇっ!?』


 何だべ? いや、モノは試しか……?


 「よっしゃ、行くか!」

 『えぇぇぇぇ……!?』


 まーそーなるよな。

 ここいらでドラゴンさんにバトンタッチかね。



* ◇ ◇ ◇



 「なあなあ、ドラゴンさんや」

 『何じゃ、改まってからに』

 「あー、いっこ聞くけど俺らを抱えて歩いてもらうコトって出来たりするんかね?」

 『えぇぇぇぇ……???』

 『まあ、出来るとは思うぞい』

 「んじゃーよろしく」

 『しかしこっちが見えとらんじゃろ、じゃからそのまんまだと持ち上げにくいんじゃ。

 ちと直立不動の姿勢を取ってほしいんじゃがのう』

 「直立っつっても俺は落とすなよー」

 『こっこここっこっこうかしらあ!?』

 「ニワトリかい!」

 『良し、持ち上げるぞい……そりゃ』

 『ひょえー』

 「ソレ人形なんだろ。宇宙猫出来るとか器用だな」

 『いやだって何で今宙に浮いてるんですかあ……あ、うちゅーねこってそーゆーイミですかあ!?

 物理法則的におかしいですって絶対ィ!』

 「何を今更」

 『そうじゃぞ……そうじゃぞ?』

 『今の絶対単なるノリで言ったでしょう! 崖崖っ! そこ崖ぇ!』

 「うるせーなあ。ちっとばかし黙っとってくれんかね」

 『イヤでもうちゅーねこがぁ』

 「それ用法間違ってっから」

 『これこれ、足をバタつかせるでないぞ。抱えにくいじゃろ。

 落っこちるぞい』

 『ひえぇぇぇ』

 『ところでうちゅーねことは何じゃ?』

 『スマン、死語の世界行きのワードだった。忘れてくれぃ』

 『すまぬが何のことやらサッパリじゃ』


 このよーにうちゅーねこなんて言葉をヘタに使ったらトシがバレるんだぜぃ!

 死語の世界も以下同文だぜ!

 

 『のんきに話してる場合じゃ……』

 「マジ何でそんなに怖がんの? ……あー分かったぜ、ホントは人形じゃなかったりとかか?」

 『そんなことはありましぇん』

 「もうすっかりキャラが崩壊しきっとるな」

 『念のために言っておくが我の腹の上で粗相をするでないぞ。そんなことしたらまじで放り投げるぞい?』

 『はっはぃ……』


 しかしこの受付からはどう見えるんだろーな?

 あるはずのない場所を歩く訳だし……っていつかの定食屋みてーにマップの外に出ちまった感じになんのかね。

 あと自己申告で人形ですとか言ってるけどその場合はどうなる?

 物理的な接触で相手の橋渡しが出来るのは分かったけど、人形ってのが何なのか分かってない以上はどーなるか想像もつかんな。

 ……てことは黙っとこ。

 まあ俺はなんも見えてねーからダメージゼロだけど。

 つーか人形が粗相なんてするんかね。


 「ところで」

 『ところで』

 『と、ところでぇ』

 「何だよ、先に言えよ」

 『我、どこに向かっとるか知っとる?』

 「知らんがな」

 『えぇ……そもそも私真っ暗なんですが……』

 「え? アンタも? つーかまた俺の知らん間に移動しとったんかい」

 『だってヨロシクって言ったじゃろ』

 「そりゃ言ったけどよー。つーかそれでどこに向かっとるんかなんて聞いて来た訳か」

 『ノリと勢いが大事なんじゃぞ』

 「ナゼにそんなに偉そうなんだ……?」

 『あ、何か見えます』

 「へ? 何だよヤブから棒に」

 『そんなこと言われましても……』

 「んで何が見えたって? 今さっき真っ暗だーとか言ったばっかじゃねーか」

 『いえ、本当にたった今の出来事だったので』

 「で、見えたってのは?」

 『はい、小さな光というか……はるか遠くにひとつ、光って見えるものが……って今度は何か聞こえてきましたよ?』

 「はあ? 何だそれ?」

 『我にも何のことやらサッパリなんじゃが』

 「ドラゴンさんからしたらフツーに町の中を歩いてるだけなんか」

 『最初から一貫してそうじゃぞ』

 『すみません、ちょっと静かにしてもらえませんか?』

 「分かったけどさっきとの落差がひでーな」

 『まあまあ、せっかくだから静かにしてやろうではないか』

 『……ん?』

 「何だ? 今度はちゃんと聞こえたのか?」

 『えぇと……』

 『もったいぶらんで早く言うのじゃ』

 『あの……私の聞き間違いでなければなのですが……』

 「何か言い辛そうにしてるけどまさかのソッチ系?」

 『違います!』

 「じゃあ何だよ」

 『あの、“帰りに八百屋で長ネギを買って来い”と……』

 「はい?」

 『何じゃ、我への伝言じゃったか』

 「誰からだよ! つーかドラゴンが八百屋で長ネギ買うんかい!」

 『何が悪いんじゃ! それに突っ込むなら金はどーすんだとか他にもっとあるじゃろ!』

 「え? 金持ってねーの? 俺も持ってねーけど」

 『あ、あの……私持ってますが……』

 『そ、それなら我に180円貸してもらえんかのう?』

 「現金かよ! つーか安っ!」

 『もう何に突っ込んだら良いのか分かりません……』


 あ、何本買うんだろ。

 ……じゃなくてえ!



* ◇ ◇ ◇



 「話は戻るけど、どこに向かってんだ俺たち。

 まさかホントにネギ買いに行く訳じゃねーだろ?」

 『そりゃモチロンそうじゃ』

 『あの、今声をかけて来た方はどうされるのです?』

 「あー、言い返してやれや」

 『何と?』

 「そりゃ決まってんだろ、バカめーだよ」

 『はい?』

 『お主、そのギャグは年齢偽っとらんか?』

 「何そのツッコミ! ぎゃくに怖えーわ!!」

 『はぁ……何だか分かりませんけど今のは冗談ということですね?』

 「当たりめーだろ! つーかリアタイかもしれねーのに知らんのか」

 『だって、マンガは子供が見るものですから』

 「知ってんじゃねーか!!」

 『これこれ、お主らメタネタで盛り上がるのもたいがいにせんか』

 「アンタが言うんかい!」

 『あの、ネギの方が待ちくたびれてキレそうになっていますが』

 「ネギの方ってひでーな」

 『だってそれ以外に言い様がないじゃないですか』

 「そーだけどよ」

 『お主がネギ呼ばわりしとるからじゃろ』

 『ちゃんと聞こえない様に小声で言いました』

 「ネギの方であってネギそのものではねーだろ」

 『あ、こっちに走って来ます』

 「え、そーなん?」

 『それはフシギじゃのう』

 『何がですか?』

 「だってまわりが見えねーんだろ?」

 『ちなみに我にも見えとらんぞい?』

 『え?』

 「え?」

 『待ってください、今こっち見てますか?』

 「そりゃなあ」

 『あっ!?』

 「どした?」

 『あーっ!?』

 「いや、だからどしたん?」

 『い、いえ……これはですね……』

 『何なんじゃ?』

 『ナマ首を抱えた怪しい女が直立不動でスーッと移動してきたぞーって騒ぎになってます……』

 「待て、ネギはどーした?」

 『それ重要!?』

 『向こうからコッチは見えとらんのじゃろ? じゃあその者らにはこの辺りはどう見えておるのかのう』

 「こっちが話してんのは向こうに聞こえてんのか?」

 『どうでしょう? 話しかけてみますか』

 「おう、“地獄の使いたる我が主への不敬は許さぬぞー”とか言ったったれや」

 『言いませんよ、そんなこと……あの、すみません。

 ……はい、ああ、その……先程のネギというのは……ああなるほど、分かりました。ありがとうございます。

 え? 違いますが……あの、そんなこと言われても困るのですが……話してみますので少しお待ち下さい』

 「こっちから向こうが何て言ってるのか分からんのがなあ」

 『我にはコッチの発言も一部聞き取れんかったが』

 「あ、俺もだぜ」

 『取り敢えず今のお話をまとめると、長ネギを買ってこいというのは別に私に向かって言ったことではないそうです』

 「まずそれか。まあ分かるけど。んで?」

 『その首は生きている様だがデュラハンなのかと聞かれました』

 「おろ? ネギ買って来いとか言ってるけどそういう世界観?」

 『我がおるのにソレ言っちゃう?』

 「デスヨネー。で?」

 『はい。それでですね、当然違いますと答えた訳ですが、私が使役する使い魔ならばこちらの町に居を構えてはどうかと提案されまして……』

 「ほうほう、つまりダンジョンの中に町があり、そこの住民にならないかと勧誘されたと」

 『まあその話に驚きはないのう。ヨソから見たら我らも同じじゃからの』

 「同じっつーのは自分目線じゃ他の奴らはみんなダンジョンの住人だぜって話だよな」

 『八百屋さんが未帰還になってしまったのでネギが不足していると』

 「話が見えねえ!」

 『私が今話しているのはネギなどの野菜を入手する目的で計画されたダンジョンアタックのメンバーなんだそうです』

 「何でダンジョンに野菜が……そーいや八百屋のおばちゃんはどっから仕入れてたんだっけな……ってもっと話が見えねえよ!」

 『あとはあなたの素性について説明しなければならないのですが……』

 『我は?』

 『特に何も……そもそも彼らの目に映っていないのだと思います』

 『イヤ、さっきからメチャクチャ目が合っとるけど』

 『え?』

 「ええっ!?」


 まさかの見て見ぬフリ!?

 つーかそもそもコイツら何なんだ?



* ◇ ◇ ◇



 つーかドラゴンさんが見えてるんだったら絵ヅラ的にゃーなかなかにヤバめな感じなんじゃねーか?


 『どれ、ちっとばかし驚かしてやるかの。

 ほーれ、がおー……お、バツが悪そうに目をそらしおったぞ?』

 『あ、遊ばないでください』


 えー、バツが悪そうって知り合いなんかー。


 「結局どーゆー状況なんだ? つーか実は顔見知りだったりすんの? 俺だけカヤの外みてーでイヤなんだけどー」

 『いや、我は知らんがのう』

 「じゃあ目をそらすほどヤベー見た目なんか」

 『失礼なヤツじゃのう。我はシュッとした感じのカッコイイイケメンじゃぞ?』

 「さいですか」

 『信じとらんなお主、我に会ったことがあるというのはひょっとして虚言なのかのう?』

 「俺が知ってるドラゴンさんはテッパンのイメージっつーかガタイは家一軒分くらいあったし、そんなん目の前にいたら現実逃避したくもなるだろ」

 『お主は現実逃避しとらんではないかの?』

 「とっくにしとるわ! 現実でナマ首とかあり得ねーだろ!」

 『え、コレ現実じゃないんか?』

 『あ、あの……そろそろどう回答するか決めませんと』

 「じゃあ何で目をそらしたのかって直接聞きゃー分かんだろ」

 『あのー、聞いてます?』

 「聞いてるって。教えねーと一考の価値もねーぞって脅しちゃれ」

 『あ、はい。………あの、……あー、なるほど……え? 違いますよ? ええ、単に運んでもらっているだけです』

 『なあ、こ奴ら何か急に謝り出したんじゃけど?』

 「こういうとき声だけ聞こえねーのも不便だな」

 『むしろ何にも見えん方が何も考えんでええから楽じゃしのう?』

 「俺を見て言うなよ」

 『あの、聞いてみた結果なのですが』

 『何で急にペコペコし出したんじゃ?』

 『えぇと……操り人形を器用に動かして一生懸命人間さんのフリをしてるのを台無しにしたら悪いと思って合わせてあげてましたぁ、だそうです』

 「何ソレウケるー」

 『ソレはつまり我が残念なドラゴンだと思われとったということか』

 「また出た! その残念て概念を理解してるとこが怖えーんだけど!」

 『何をそんなに残念に思っていると?』

 「あー、そのかみ合ってない返し聞くと安心するわー」

 『はあ?』

 『で、お主らどーすんの?』

 「何か急にテキトーになって来てね!?」

 『だってこ奴ら悪い奴じゃなさそーじゃろ? 手伝ってやったらどうじゃ?』

 『あの、この体勢のままは厳しいのでは……?』

 「直立不動のまんま“おつかれっすー”とか言って出勤すんだろ? 無理ゲーだろ」

 『ゲーとはゲー、ヴェー、ゲーダッシュのゲーのことでしょうか?』

 「俺が知らんわ、そんなん」

 『この奈落の底に搾取階級なんぞおるんかのう』

 「話がどんどん不穏な方向に行ってる気がすんだけど!?」

 『何、お主らをどっかテキトーなところにポイ……じゃなかった送り届けたら戻って来れば良いのじゃろ?』

 「今ポイっと捨てるって言いかけてなかった? つーかそれじゃ会話が出来ねーだろ」

 『何、ナントカなるじゃろ。ホレ、後から我だけ参加してやると伝えるが良いぞ』

 『は、はい。それでは……あのですね……え? あーなるほど。伝えます』

 『何と言っとるのじゃ?』

 『えぇと……非常に申し上げにくいのですが』

 「お、面白そーな展開?」

 『茶化さないでくださいね。ドラゴンさんは体が大き過ぎて戦力にならないと……』

 『がーん』

 「うん、知ってた」

 『じゃがのう……』

 「だってソイツらの仕事って長ネギの収穫だろ? 見えてねーけどそのガタイじゃ引っこ抜くだけでもひと苦労だし、そもそもダンジョンに入れねーだろ」

 『正論過ぎてぐうの音も出んかった!』


 しかしまあ、たかだかネギの収穫なんぞで何でそんなに大騒ぎするんかね。



* ◇ ◇ ◇



 「なあ、ネギってネギなのか?」

 『それってそのまま伝えて通じますかね』

 「じゃあ何て言やあ良いんだよ」

 『そんなの分かりませんよ。だって私も分かっていませんから』

 「ホラ、何かの隠語とか、そーゆーのがあんじゃねーの?」

 『えっ……隠語ですかぁ』

 『隠語というのはイヤな客とかそーゆーアレかの?』

 『あっ、そういう……』

 「オメーぜってー違うベクトルの想像してただろ」

 『おゲレツは禁止なのじゃ!』

 「そーだそーだ」

 『わっわっ私はおゲレツなんかじゃありましぇん!』


 んー、何か既視感のあるやり取りだぜ……

 思えば遠くへ来たもんだなーとかそーゆーことばっか考えてたけど、意外と近くだったりしてなー。

 何かのキッカケでポンと戻ったりとかなー。

 ……あー、まさかとは思うけどそんときもナマ首のまんまなんかねー。


 『で、何て聞いてみます?』


 ナマ首抱えた受付のねーちゃんが虚ろな顔して直立不動で浮いてたら、定食屋のヤツもビックリすんだろーなあ。

 でも孫にゃこんな姿見せらんねーな。

 ビックリして腰抜かして息子の嫁がしねばいーのにとか口走りながら蹴っ飛ばして来そーだぜ。

 はぁ……つーかどーやって来たのかも分かんねーのにどーやって帰るんだよって話なんだよなあ。


 『おーい、聞いとるかー、てかついにただのナマ首に戻ったんかのう?』

 『ひぇ……あっあっ』


 あっあって何だよ。あっあってよー。

 そのうちあばばばばばーとかみょみょーんとか言い出すんじゃねーだろーな。


 ……じゃなくてえ!


 「オイ、ビビって放り投げんなよ……って手遅れかあ!?」

 『はっ!? わったたたったったったったっとお!

 ……ふう、危ないあぶない』

 『おー、お見事お見事、10点満点じゃ』

 「えーと……何か今お手玉して遊んでた感じ?」

 『遊んでなんかいませんけど!』

 『のうお主ら、敢えて言わんかったがギャラリーの視線が痛いのじゃ。聞くならさっさと聞かんか』

 「何やってんだよ……ッたく」

 『ほぼほぼアナタのせいなんですが!?』

 『ホレ、早よせんか』

 『何て聞きますか?』

 「あー、そーだな……こーゆーときはまんま聞くのが良いんじゃね? そもそも八百屋がいねーから代わりにダンジョンアタックって何なんだよってな」

 『ああ、そこ……』

 『ソレ、我も気になっとったぞい』

 「あと八百屋で長ネギ買って来いって言ってた奴はいるかってのも頼むわ」

 『つーかおらんのかの?』

 「いねーだろ、売ってねーんだからよ」

 『はい?』

 「いーから早よ聞けや」

 『は、はい……えーと、……あー、なるほど。それは分かりました。じゃあ……あ、すみません、こちらの間違い? でしょうか?』

 「どーした?」

 『あの、“八百屋”というのは役割みたいなもので、主に植物系の収集依頼をこなす人たちを総称する言葉なんだそうです』

 「んで? 続きがあるんだろ?」

 『はい。やはり長ネギを買って来いという発言をした人物はいないそうです。そもそも八百屋というのは店のことじゃない、だそうです』

 『やっぱそーかあ』

 『ひとりで納得しとらんで早よ説明せぬか』

 『確かにさっき長ネギ買って来いという言葉聞いたと思ったのですが……』

 「あー、それはだな——」


 うーむ……

 さっきから気になってたんだけど実は誰もいなくてコイツらがパントマイムしてるって可能性もあるんだよな。

 まあ言わねーけどな!


 「——バグ技でマップの外に出ちまったんじゃね?」

 『……』

 『……』

 「ん? どしたん?」

 『あ、あの……もう少しかみ砕いていただけると……』

 『我もじゃ!』


 アンタはちげーだろ!



* ◇ ◇ ◇



 つーかだ。

 現在進行形でやり取りしてる奴らをガン無視して俺らだけで盛り上がってるってイメージわりーだろ。

 ホントにパントマイムして俺のことだまくらかしてるだけなんじゃねーだろーな。


 「説明する前にやることがあんだろ。まずはそっちを片付けてからにしねーとダメだろ、社会人的によ」

 『えっ? やることって何でしたっけ?』

 「こんなトコでボケなんぞカマさんでもえーっちゅーに!」

 『いえ、冗談など言っているつもりはありませんが』

 『我もじゃあ!』

 「ウソつけ!」

 『何がウソなものか!』

 「何だよ、二人そろって話をややこしくしやがって。

 テキトーにパントマイムやって俺のことダマそーとでもしてんのか?」

 『わざわざそんなことをする意味が分からんぞい』

 「そもそものコトの発端が何だったのかよく思い出してみろっての」

 『コトというのは出来事のことでしょうか?』

 「今度は何だよ、ったくどーしたってんだ」


 やべえ、自分で言っててたいがいムダなダメ出しばっかしてるんじゃねーかって気がして来たぞ。

 直接触れてる者どうしで物理的な“ズレ”が解決出来ても、それ以外はどーなってるのかサッパリ分からねーからな。

 しかもコイツら、今何かおかしくなってねーか?

 ネギか何かは知らんけど、コレぜってー何か起きてんだろ。

 となりゃいっぺんこっから離れた方が良さそーだな。

 コイツが芝居じゃねーってんなら原因は十中八九、長ネギがどーたらって話をしてた奴らの方だろーからな。

 ってどーやってこっから動きゃえーんや……


 「なあ、俺らバラバラになる訳にゃ行かねーからさ、ここは断わっとこーぜ?」

 『……?』

 「オイ!」

 『あの、断るとは……何を?』


 えー、何だよ、そっからかよ。


 『あ……ぐ……な、何をするんですか……』

 「オイ、どうした!? 俺を離すなって」

 『ぐぇ』


 グシャッ。


 オイ、何だ今の音!

 グシャって何だよグシャってよォ!

 何かドシャって落っこちる音もしたぞ!?

 くっそ何も見えねえ……身動きも取れねーしどーすりゃいーんだよ!


 『あ、あの……』

 「オイ、どーした、大丈夫か!?」

 『い、今……ドラゴンさんが私を……に、握り……潰……し……ました……』

 「何だって!?」

 『です……が……大……丈夫……あ……なたの……ことは……見……えて……いな……い……様……で……す……』

 「オメーが大丈夫じゃねーだろ!」

 『い……え……わ……私は……人、にん、形、……』

 「オイ、どーした!」

 『……』

 「オイ、——ッ何だぁ!?」


 何だよオイ!

 急に視界が真っ白になったぞ!

 何つーか……まぶしいっつーよりいちめん真っ白?

 そんなイメージだけど何が起きた!?


 『み、み、み……見つ……ま……タ——』


 何だ!? この声、ドラゴンさんか?


 『ど……コ……』

 「何だ、何があった!? 何でこんなこと——」

 『あばばばばばぁー!』


 はい?


 『みょみょーん!』

 「ってふざけてる場合かこんチキショーめ!」

 『……』

 「オイ!」

 『……』

 「何とか言えよこんにゃろー!」


 …………

 …


 ……誰もいねーのか?


 ……えーと。

 どーすんだコレ。



* ◆ ◆ ◆



 一体何がどーなった!?

 そりゃー確かにあばばばばばーとかみょみょーんとか言い出す奴がいるんじゃねーかとは思ったぜ?

 だがホントにやれだなんて俺はひと言も言ってねーんだからな!

 んで視界は一面真っ白、音もしねーしどーゆー状況なのか全く分からん。

 実はすぐ隣に何かいたりとかもあるのかもしれんけど、こーなる前のドタバタ、まずアレが何なのかが分からん。

 何かのチカラが働いてドラゴンさんが急におかしくなったのは分かったが、何で受付さんをグシャリと潰さにゃならんのだ?

 ドラゴンさんが何か言いかけてたが何て言ってた?

 その前から二人とも発言内容が怪しくなってたがそっからなのか?

 それか長ネギ買って来いからのここに住まねーか発言の奴らと話したとこ、その後俺らだけで漫才やってる間のどっかですでに片足突っ込んでたとか?

 うがー、分からん!

 寝る!

 

 ………って寝れるかっつーの! うがー!


 つーか俺は今どーゆー状態なんだ?

 何かフワフワしてて身体の自由は全く無えって感覚な訳だが……


 「あーあー、マイテスマイテス、生麦生米生タマゴぉー」


 ……声はそのまんまか。

 てことはナマ首は継続かぁ。

 視界は真っ白だけどコレ地面に転がってんのかね……ゆーて床面とか地面の境界線も見えねーんだよな。

 顔面の感覚もねーし。

 どーなってんだよマジで。

 身動きも取れねーし呼びかけたって誰もいねえ。

 自分の声は聞こえるから耳は大丈夫だよな?

 もしかすっと誰かいんのかもしれねーが真っ白しか見えねーんじゃなあ。


 ……ここってドコなんだろ。

 正直んなコトとりとめもなく考えてたって何もなんねーのはわかっちゃいるんだがなー。

 あーあ、することがねーってのもたいがいキツイわー。


 こーなりゃいっちょ、ちったあ考察っぽいマネゴトでもしてみっか?


 まず受付のねーちゃんだな。

 グシャってゆーかバリバリバキバキってすげぇヤバそーな音がしてたけどその後フツーに……いやフツーじゃなかったけどしゃべり出したのには心底ビックリしたからな。

 仮にアレがホンモノの人間だったらすぷらったなやべー絵面になってたとこだったぜ……間違いなく人形とかいうヤツだったよな。

 んでその受付にしか見えねー人らがいてその人らと会話の仲介をしてもらってただろ。


 その一方でドラゴンさんは俺らっつーか受付とは見えてるマップ? が違ってたってとこがポイントか。

 受付からしたら崖があってこれ以上進めねーと思ってた場所が、ドラゴンさんから見たらフツーに町ん中を歩いてるだけだった、と……


 結論、俺もろとも受付のねーちゃんを抱えてもらってそのまんま前進してもらったんだよな。


 受付のねーちゃんが行ける筈のねー場所に行って誰かとフツーに話してたって異常事態を処理するための措置をとったってカンジか。


 ……誰が? 何のために?

 受付自身を直接何とかするんじゃなくてドラゴンさんにやらせたのは何でだ?


 ……うーむ。

 一周まわってやっぱり分からんわー。



* ◇ ◇ ◇



 ………

 … 


 ……うーむ。


 ヒマだぜ。

 いくら考えたって何も出来ねーし。

 つーか一周どころか何周もしちまったけど結局分からんモンは分からんてコトが分かっただけだしなー。


 あ、そーだ。

 アレをまだ試してなかった。


 「タァミナァール……オゥプンヌッ!」


 ……何も起きねーな。

 いや、誰もいねーしすべっても別に恥ずかしくはねーんだぜ。

 お手本に合わせただけなんだからな。

 てか別にエセ欧米人風に言わんでもえーのかね。

 ものは試しだ。


 「ターミナルオープン」


 ……出たよ。

 ……今までのアレは何だったんだよ。

 つーか日本語丸出しの発音でOKなとこにゃイマイチ納得行かねーが、つまりはそーゆーコトなんだろーな。

 知らんけど。

 まあ別にコレで何か出来る訳じゃねーし、こーやって眺めてるだけなんだけど。


 しかしこーやって呼び出せんのにカンジンの操作はキーボードとか頭おかしーよなー。

 それか音声入力とか出来んのかね。


 「PF24!」

 「イコールディー! ブランクティー!」


 ………

 …


 結局キーボード操作のみって仕様なのかよ。

 あー、アホらしくなって来た。

 やめだやめ!


 ……そーいやコレ、今までどーやって閉じてたんだっけか?

 えーと。


 「ターミナルクローズ!」


 ……テキトーにやってもダメかー。鉄板だと思ったんだがなぁ。

 あ、そーだ。コイツが出るってコトはアレをやったらなにか起きるかもしれねーな。

 いや、どーせ何も起きねーんだろーけど。

 てなワケで……


 「スイッチ!」


 ………

 …


 ハイ、何も起きませーん。


 身動き取れねえ、視界は全部真っ白、コレどー考えても幽閉だよなー。

 それにしてもメシもトイレも必要ねーなんて画期的じゃね?

 今ってアタマしかねーし、もしかして場所もアタマ一個分しか必要なかったりしてなー。

 実は今まで会ったヤツらも全員首から上しか無かったりして。

 破壊不能オブジェクトなんてモンも現実にある訳がねーもんなー。

 そっかー。上下左右全部ナマ首がズラリと並んでんのかー。


 ……何か怖ぇ考えになっちまったぜ。

 人間ヒマになるとロクなコト考えねーってゆーけどホントそーだわー。

 っていっても俺ってホントに人間なんだべか?

 人間じゃなかったら何なんだって話なワケだがまあ還暦のおっさんてトコは譲れねーよな、知らんけど。


 つーかこれ以上考察なんてしてても意味ねーし、ホントにもーやることもねーし、どーすっかなあ。


 ……ん?

 そーいやいつの間にかダム端の画面が消えてんな。

 一定時間操作がねーと自動的に切断されるヤツか?

 分からんわー。

 まあ良いや。どーせヒマだしもーいっぺんやってみっか。


 「ターミナルオープン」


 ……アレ?


 「ターミナァル、オゥプンヌ!」


 ……アレアレぇ?


 今度は出ねえ?

 良し、暇つぶしのネタが出来たぜ……!


 ……じゃなくてぇ!


 べ、別にイベントが発生してほしいだなんてコレっぽっちも思ってないんだからぁ。



* ◇ ◇ ◇



 なんちてなんちてー。

 ……なーんてトボケてみても誰も聞いとらんか。

 まあここに来て見っけた変化をマジメに考察してみるかね。

 とはいえ、見た目の状況にゃ何も変わりはねーんだよなあ。

 今までダム端のエミュっぽいナニカを出せたのって確か秘密基地っぽいトコだけだったんだよな。

 つーことはそれに近い場所から元の場所に近いトコロに飛ばされたって考えられねーか?

 もしかして何か良いカンジになって来てんのか?

 こりゃーいよいよナマ首生活ともオサラバかもしれねーな!

 生活なんてしとらんし時間も分かんねーけどな!

 そもそもナマ首なんて状態があり得ねーんだけどな!

 受付のねーちゃんも言ってたけどどっかから人形を操作してるって言ってたし、どーなってんのかは分からんけど俺のこの状況も同じなんじゃね?

 ……んでその仮定が当たってるとして——これまた仮定の話だけど——戻るとか戻らねーとか以前に俺はどっからこの光景を見てんだろーな?

 あっちこっち飛ばされてたのは俺自身じゃなくてこの人形ってやつの方だけだったのか?

 ここんとこ出くわした人らはみんなアッチ側にいたのか?

 いながらにしてアッチコッチ行けるかもしれねーってことか。

 ゆーて戻り方が分からねーんじゃなあ。

 受付に聞いとくんだったなー。

 うーむ。

 まずはどーやってこの状態になったのか思い出してみっか……


 えーと……結構さかのぽるな。

 まず定食屋があったはずの場所に昭和風の屋敷があっただろ。

 んでその奥に入ったら棺桶みてーな箱があって……結局ソイツは関係無かったんだっけか?

 ああ、裏庭に出たらそこでいきなり穴の底みてーなトコに出たんだったか?

 何かそんときもすんなり行かんかったよーな気もするけど、そっから何だかんだあって穴を掘ったらひっくり返った掘っ立て小屋が出て来たんだよな。

 んでそこに入ったら横ったまになったまんまでどんどん落っこちて行った、と。

 そーいやマシン室っぽいとこで変なバケモンみてーなのに襲われたんだっけか?

 いや、その前に中庭で何かあったな……俺が急に現れたみてーな……

 あー、あのしゃべる像(?)か。

 考えてみたらアレも人形のとかゆーやつだったんじゃねーか?

 あの像を通過して進んでったらマシン室があって、そこでくだんのバケモンに襲われた、か。

 んで近場にあった棺桶(?)にぶち込まれて気が付いたら中庭の像になってたんだよな。


 つーことは俺はいまだにその棺桶の中にいるってことになんのか。

 んで棺桶から出たら少なくともナマ首状態からは解放される、この解釈で合ってんのか。


 ……誰がどーやって出してくれるっつーんだ?

 誰かいたとしてどーやって声をかける?

 それにだ。

 少なくともあの場所じゃ俺をこんな目にあわせたバケモンが待ち構えてるってことも考える必要があるな。

 って唯一の他人てそのバケモンしかいねーんじゃねーのか?

 人語を解する様子ではあったけど話は通じなさそうだったが……

 あのセンセーさんの双子の妹って話だったがなあ……


 結局、自力でどーにかするしかねーのか。

 どーにかする方法があればの話だけどな!



* ◇ ◇ ◇



 ゆーて自力でどーにかするってったってどーにも出来ねーぞ。

 フリダシに戻っちまったなーコレ。

 やっぱし首だけって圧倒的に出来るコトが少ないわー。

 考察タイムもえー加減飽きたしなー。


 ……はてな?

 何か重要なコトを忘れてるよーな気が……


 何か前にも似たよーなコトになったときがあったよーな……

 しかも結構最近、つーかこーなる直前?

 まあそんときゃ五体満足っつーかフツーにオッサンの姿だった訳だけど。

 どのタイミングだったっけか?

 あー、えーと……

 アレか? イヤ、アレかもな……いやいや、違うか?

 心当たりがあり過ぎてもはやどれだか分からんわ!

 考えてみたらここに来るまで場面転換しまくりじゃなかったか?

 何だか良く分からんが納豆云々言う奴……あ、そーいやそこで場面転換つーか突然真っ暗になったタイミングがあったな。

 ありゃ何だったんだ?

 ドラゴンさんの背中に乗って移動してたらそのドラゴンさんがいきなりパッといなくなって床面? にケツをしこたまぶつけたんだよな。

 三千年かかりますがゲームをしますか、とかフザけたことを抜かしてたがソレがマジならソイツも俺も何なんだって話な訳だが。

 ココで首だけの奴が何言ってんだってツッコミが欲しいんだけどなー。

 セルフツッコミするしかねーのが悲しいぜ!


 しかし真っ白ってのは今まで無かったよな……無かったよな?


 どーせヒマだしちょいと思い出してみっか。

 過去の記録がいきなり再生され始めて時間経過か何かでいきなり終わるパターン。

 んで過去の記録っぽいのは変わらんけど妙に現実感があってそこに住んでる人らと話したりものに触ったりできるパターン。

 時間経過なのかは分からんけどコレも不意に強制終了しちまうんだよな。

 特徴的なのは破壊不能オブジェクトがあったりとか電気水道ガスの類が一切使えねーとか、VR臭い要素が満載だって点だな。

 もひとつオマケに、他の参加者と見えてるマップが違うっぽいバグ? があるっぽいってのもこのケースの特徴だよな。

 今いる場所がマップの外側だった、なんて可能性もあるよな。

 あとは映像だけ、音だけのパターンか。

 コイツは決まって一人称視点で誰の目線なのかよー分からんのが特徴っちゃ特徴だな。

 コレも良いとこで突然プチッと終わっちまうんだよな。


 じゃあ今の状況もおんなじ様にプチッと切れて終わりになるんかね?

 これがマップの外側ってパターンなら十分にあり得るけど、そうじゃなかったら?

 例えば……例えば何だ?

 何も無くて真っ白……このシチュエーション、ホントに今までに無かったか?



* ◇ ◇ ◇



 はてな……?

 まあお約束のパターンとしてはあるよな。

 トラックにひかれたと思ったら真っ白な部屋に立ってたとか。

 でもそのパターンだったら目の前にカミサマがいる筈だよな?

 じゃあカミサマはどこよ……っているはずのねーもんを探したってしょーがねーわなー。

 

 『あ、あのー』


 へいへい、誰が見てもアホらしーですよねー。


 『すみませーん』


 へ?


 『しゅみましぇーん(泣)』


 誰?


 『誰って言われましてもおー(泣)』


 えーと……いつからそこにいたワケ?


 『分かりましぇーん(泣)』


 で、誰?


 『わ、ワカリマしぇーん(泣)』


 何なん? コイツ。


 『しゅ、しゅみましぇーん(泣)』


 まあ良いや、ヒマを持て余してたとこだしちょーど良かったぜ。


 『あ、あのー……あなたは神様なのですか?』


 はい? 何言ってんだコイツ……ってまたそのパターンかい!


 『ま、また?』


 あー、こっちの話だから気にせんでえーよ。


 『は、はあ』

 

 取り敢えずコッチ側に来てもらって良い?

 角度的に見えねーんだよね。


 『……コッチ側、というのは?』


 コッチってホラ、俺の目の前にだな……


 『それならさっきからずっと目の前にいますけど?』


 えっマジで!?


 『あ、あの……意外とノリが良いんですね!?』


 意外って何が意外?

 何の第一印象? まさかとは思うが……


 『だって、おすましして座ってる上品なお姫様って感じじゃないですか。

 さっきから目も口も閉じたまんまですけど、どうやって話してるんですか?』


 だー、やっぱりかー!

 それ俺じゃねーから!


 『え? じゃあどこに……っていうか今まで誰と話してたの?』


 今さらかーい!

 そんなんこっちが聞きてーわ!

 つーかアンタはどっからどーやって来たんだよ。


 『フツーはソチラが説明してくれるものなのでは?』


 ソチラってドチラだよ!


 『えーと……運営?』


 だとよ! 運営仕事しろ!


 『エッホントに!?』


 ホントなワケあるかアホンダラめ!


 『酷い! てゆーか運営じゃなかったら何なんですか』


 だからさっきからこっちか聞きてーよって言ってんだろーがよォ!

 ったく……コレじゃあラチがあかねーぜ!

 いーか、俺は気が付いたらここにいたんだよ!

 あとオメーの目の前に何があんのか知らねーけどな、俺の姿は何と人間のナマ首なんだぜぃ!


 『えぇ!? お、オバケぇ!?』


 どーだ、驚いただろォ、ぬははぬははのはァ!

 ……じゃなくてぇ!


 アンタ直前まで自分がどこで何やってたか覚えてる?


 『えぇ……答えないと呪い殺されちゃうのぉ!? もう死んでるけど!』


 そこ詳しく!


 『えーと……トラックにひかれて気が付いたらここにいましたっ!』


 ズコー!!!


 『な、何でェ!?』


 あまりにもテンプレじゃねーか!

 何でやねん! 運営仕事しろ!


 『エッやっぱり運営が暗躍して!?』

 

 言葉のアヤだっつーの!


 『えぇ……じゃ、じゃあ神様は!?』


 知るか!


 『ええぇ……がっくし……』


 ガックシって口に出して言う奴初めて見たわ!

 あ。


 『な、何ですか!?』


 羽根飾り!


 『は、はい、手に持ってます。目の前のお姫様? が』


 よっしゃやったぜ!


 『そ、それが何かのカギになると!?』


 ……あ。

 今それあっても使いみちねーわ……


 『ズコー!!!』



* ◇ ◇ ◇



 落ち込んでるところ悪いんだけど、まわりの景色は見えてるか?


 『景色? 神殿みたいなところにいるけど……ここって神界とかじゃないんですか?』


 ほうほう……トラックからの神殿送り、と……


 『どう考えても神様転生ですよね!』


 知らんがな。

 それよか神殿みたいなとこってことはアレだな。


 『むむ!? アレとは!』


 グイグイ来るなァオイ。


 『そりゃアナタ様がワタクシにとってただひとつのよりどころでありますればぁ』


 何じゃそりゃ訳分からん!

 てか今いる場所がそーゆーことになってんのなら少なくとも上下左右今真っ白な謎空間じゃなさそーだな?


 『真っ白? 逆に真っ暗ですけど?』


 真っ暗? 神殿ぽいってことは上下左右真っ暗って訳じゃねーんだよな?


 『はい? まあ地面ていうか床とお姫様と空? はありますけど』


 床があるってことは室内?

 つーことは空が真っ暗って訳じゃねーのか。


 『いえ、空中にポツンと浮いてる浮島? みたいな感じの場所ですねー。

 マジ天界っぽいっすよー』


 浮島? 天界? じゃあ下界なんてあんの?


 『いやーさすがに端っこに行くのはさすがにコワいですよー。

 何か赤黒いモヤモヤがうごめいてますしー』


 えー。

 ……あのよ、そこってもしかして地獄なんじゃね?


 『やだなー、冗談もホドホドにしてくださいよー。

 あの世なだけにーあのよーだなんてねー』


 イヤそこでボケんでもえーから!


 『エンマ大王様がいないので地獄じゃないですねー、お姫様? はいますけど』


 オラオラ、はいねがー。


 『ソレなまはげですから』


 お? なまはげ知ってるってことはまさかのジャパニーズか?


 『今さら何を言ってるんですかぁ? だってさっきからワタシたち日本語でしゃべってるじゃないですかー』


 あ、それ言っちゃう?


 『はっ!? まさかの異世界不思議言語変換!?』


 そうじゃね?

 知らんけど。


 『じゃあなまはげは!?』


 そこ大事? てかまさかの秋田県民会館!?


 『はい?』


 おおっと、若者にゃ難易度が高過ぎるネタだったぜい!


 『えーと……言うほど若くもないんですが』


 とはいえアンタは五体満足でそこにいるんだろ?

 それならその羽根飾りも何かに使えるかもしれねーな!


 『いえその……今気付いたんですけどワタシ、ヒトダマみたいな姿になっちゃってるんですよねー。

 さすがあの世ですねー』


 ズコー!!!

 マジでェ!?

 やっぱソレどー考えても地獄だろ、絵ヅラ的によォ。

 ゆーて俺なんぞいまだに真っ白な謎空間にいる訳なんだがな!


 『でもワタシたちって何で会話が成立してるんですかね?

 お互いに姿は見えないしいる場所も違うっぽいのに』


 それな!

 やっぱそこのお姫様が絡んでるん——


 【ビビービビービビービビー】


 へ?


 『へ? 何?』


 この音……リセットとかいうやつか?

 今までにも何度かあったけど正体不明なんだよな。


 『リセットって何ですか?』

 

 いや、文字通りなんも無くなることなんだけどさー。


 『えぇ!? ワタシはどーなるんですか!?』


 そんなん知るか! パーンてなるんじゃね?


 『パーンて何ですかパーンて!』


 パーンはパーンだよ。


 『うわあああああいやだあああああじにだぐな゛い゛』


 イヤ死んどるんやろ、神様転生なんじゃねーの?


 『うわああああああああああん!』

 「やかましーわ!」

 『へ?』

 「アレ?」

 『あ、神様ぁ?』


 何じゃそりゃ!?



* ◇ ◇ ◇



 『かっかかかっかっ神様ァー!』

 「なっなななっなっ何じゃそりゃあ!」

 『何ですかその反応! 違和感MAX!』

 「んなこと言われても困りまんがな!」


 イヤ、マジ困るんだけど!

 困るとか言える状況じゃねーのは分かってんだけど何でやねんコレ!

 ナマ首卒業出来たのは嬉しーんだけどよ、また何でこのカッコなんだよ!

 目の前に何かヒトダマみてーなのがいるし、流れ的に考えたらコレに収まんのってコイツなんじゃねーのか?

 もしかして俺ってオジャマ虫だったんじゃね?

 こーなったのは俺のせいじゃねーけどな!


 『でもやっぱりアナタ様が神様だったんですよね!』

 「イヤ違うから!」

 『いーえ、違いません!』

 「本人が言ってんだからえー加減認めろや!」


 ダメだこれ話通じねー奴だ。

 何つーかアノ町の住人みてーだな。

 妙に現代日本文明に毒されてるっぽいのが特にな。


 『もう何年何年もここでずーっと待ってたんですからね!』

 「へ? 何年も?」

 『そうですよ? 雨の日も風の日も……まあどっちも無かったんですけど!』

 「何年もって……どんくれーだ?」

 『さあ? 何しろ手も足も無くて正の字も書けないので』

 「その割にゃあぽっと出みてーな反応だったな?」

 『パっと現れたのは神様の方ですから!』

 「パッと現れた?」

 『はい、それまでホントに何も無くて地獄みたいな……あ』

 「やっぱ地獄だと思ってたんじゃんか!」

 『えー、そんな中現れたのがアナタ様だったんですよ、神様ぁ!』

 「だから神サマじゃねーっつーの。何回言ったら分かんねん」

 『そんなぁー、せっかくのカミサマ転生がぁー』

 「だからあんたの思い込みだっつーの。何年も待ってたとかゆーハナシもウソっぱちだろ」

 『やだなあ、言葉のアヤですよ』

 「どんなアヤだよ!」


 コイツ、ホントはタチの悪いわりー悪霊か何かなんじゃねーのか?


 「じゃあ聞くけど現世で何か功徳でも積んだ覚えはあんのか?」

 『……あの、クドクって何ですか?』

 「そっからかい!」


 いや、神様転生だったら何でアンタが知らねーのってツッコミ入れるだろ常考。


 『あの、そんなことよりも』

 「何でぇコンチクショウ」


 つーかさっきからずーっと気になってんだけど、せっかくナマ首生活からオサラバ出来たっつーのに小指一本動かせねーんだよな。

 目も閉じたまんまだし口も動いてねーのに見えるししゃべれるっていうこの謎現象!


 『転生特典はまだですか?』

 「ねーよ! その前に転生なんてねーから!」

 『ええっ!?』


 メッチャツッコミ入れてーのに入れられねえ!

 コレはコレでストレスフルだな!

 それともいつかのときみてーにホンキで気張れば動けんのかね。

 うりゃ、ふんぬらばー!


 『……?』


 いや待てよ。

 転生云々て話、どっかで聞いたな?

 何の時だっけ……?

 まあいくら何でもねーよな、そんなラノベみてーな話。


 『ねえ、ここって地獄じゃないですよね?』

 「知るかっつってんだろ」

 『じゃあいつここから出してくれるんですか?』

 「悪いけどそれも知らんわ」

 『だっていつもなら……』

 「いつも?」

 『あ』


 タチの悪い悪霊説、意外と有力だったり?



* ◇ ◇ ◇



 「“あ”って何だよ、“あ”って。説明しろよ、今“いつもなら”って言っただろ」

 『はい?』

 「しらばっくれんなよ、バッチリ聞こえてたからな」

 『えぇと……いつも? いつもだと何かノリの軽い感じの神様がですね……何だっけ?』

 「何だよ、覚えてねーってか」

 『そ、そりゃー何十年に1回のイベントだし』

 「へ?」

 『お? 今度は立場が逆になりましたかねぇ、神様?』

 「だから何べん言わせんだ、俺はそのいつもの神様じゃねーぞ」

 『まあ確かにそうなんですけど、じゃあいつもの神様はどうしちゃったんですかね?』

 「知らんわ、そんなん」

 『ですよねー。という訳で状況的にアナタが神様としか思えないんですよねー』

 「状況? それこそ知らんがな」

 『言いましたよね、アナタ様がパッと現れたって』

 「でも微動だにしてねーだろ、俺がその神様だって」

 『はっ!? まさかタチの悪い悪霊が取り憑いたとか!?』

 「ぐぬぬ……否定出来ねえ」

 『悪霊なんだったら早いとこ退散していただけませんかねえ』

 「出来るんだったらとっくにしとるわい」

 『はあ、そうなんですか』


 この像、思いっ切り踏ん張っても動かねーし、動いたところでこんな何もねー場所じゃ何も出来ねーけど。

 そもそもの話、人形とかいう奴が何なのかも分かっとらんからなあ。

 あの受付がどっからどーやって人形を動かしてたのか分からんけど、この何もねー空間も本来俺がいるどっかと繋がってて遠隔操作みてーな感じで感覚も繋がってたりするんかね。

 つーか繋がっててほしーわー。

 取り敢えずここは話し相手がこのヒトダマしかいねーしコイツとお話するしかねーか。


 「そーゆーアンタはいつもどーやってこっから現世? に帰ってるんだよ」

 『いつもですか? えーと……神様と何かしゃべってまた今度ー、みたいな感じになったと思ったら街の中に立ってた、的な?』

 「サッパリ分からんわ!」

 『いつもは流れるよーな流れ作業的なアレなんですよ?

 分かる訳ないじゃないですか』

 「事情は分かったがえーんかソレで」

 『だって後がつかえたら大変じゃないですか、あの世的に!』

 「ナルホド、じゃあ今は大変になってる真っ最中って訳だな」

 『そうなんですよ! 多分ですけどあとがつかえてますよ! 大行列です!』

 「そりゃ困ったな、多分な!」


 つーかどこをどー見たら滞ってるよーに見えんねん!

 

 『ほら、だから早く私の前世の行いを見て煮るなり焼くなりしてくださいよ』

 「それエンマ大王の仕事だから!」

 『おねげぇしますでゲスよスリスリ』

 「ンなこと言われてもな……」


 コイツどっちかっつーとコッチ側だよな。変な信仰心とか持ってねーし。

 いやあの人らが変だっつってる訳じゃねーんだが文化の違いってヤツ?

 とにかくそのテのギャップをあんま感じねーんだよな。

 だから何だって話なんだけどアッチの連中って俺が何か言うとすぐ信じちまうっつーかそんなとこがあったからな。

 ひるがえってこのヒトダマに叶えてつかわす、とか言ってもありがたみなんて1ミリたりとも感じねーんだろーなあ。

 まあこーなったキッカケだしアレでもやってみっか。

 

 「じゃあさ、ちっとばかし俺の頭の上に乗ってみてもらって良いか? 動けるんならだけど」

 『へ? 頭? 良いですけど。

 アレですか? 小動物的な癒しってゆーかそんなのをお求めとか』


 おお、ひょろろぉーって感じでヒトダマ感あるなー。


 『ハイ、来ましたよ』

 「スイッチ」

 「はい?」

 『アレ? あーナルホド』

 「え?」

 『今からアンタが神サマだぜ、おめでとさん』

 「えぇ!?」


 俺と違ってしっかり目ぇ開けて動いてんのな。

 やっぱ本来の持ち主ってコイツなんだろーな。



* ◇ ◇ ◇ 



 「わっわわわっわっワタシはどうすれば良いでしょうか!?」

 『どうすればって神サマになったんだから好きにすりゃえーだろ』

 「えぇ!? もっもももっもっモノマネは!?」

 『せんわボゲェ! つーかもうボゲんでえーわ!』

 「ひぇぇ……」


 この見た目、もしかしなくても定食屋(?)が言ってた女神様の像ってヤツだよな。

 手元に羽根飾りがあるしまず間違いねーな。

 ぶっちゃけ、残念系のお姫サマって感じだけどな!


 『動けんだから何とでもなんだろ。こちとらナマ首からのヒトダマ? なんだぜぃ?』

 「ヒトダマ……?」

 『へ?

 イヤ、ツッコミはすんなとは言ってねーけどそこ?』

 「いえ、そうではなくてですね」

 『じゃあ何やねん』

 「アナタの今の姿が見えないんですが……」

 『へ? じゃあ俺は今どこにいるんだ?』

 「さあ? もとから見えてませんでしたからねー」

 『あー、俺の方が一方的に見えてた感じだったんよなー、そーいえば。まあそうと分かりゃあ……どーすりゃえーんや』

 「さあ?」

 『んなコトゆーなよ、神サマだろ?』

 「神サマじゃありませんよー」

 『とりまそっから出れんだろ、まずは行動じゃね?』

 「それじゃあ……」

 『行ったれ行ったれー(適当)』


 俺って今どこから話しかけてるんだ?

 ヒトダマに体当たりしてもらったんだからここにいる筈なんだがなあ……?


 ゴン!


 「ぐげ」

 『カエルか!』

 「ガラスがあるならあるって先に言って下さいよぉ」

 『さっきまで客観的に見てたヤツがゆーセリフじゃねーな!』

 「てゆーかこれどーやって開けるんですか? 前後左右、上も全部覆われてるんですけど!」

 『下にはねーのか。じゃあ穴を掘りゃ楽勝だな』

 「他人ごとだと思って好き勝手言ってますね!」

 『俺は至ってマジメなんだがな』

 「誰が掘ると思っとるんや!」

 『キャラが崩壊してんぞ? えーのか?』

 「知らんわ!」

 『自分のことだろーに!』

 「と思ったら開閉レバーっぽいのがありました」

 『急に戻んなや……じゃなくてそいつを反対方向に倒したらいーのか』

 「多分そうなんですがひとつ問題が……」

 『何だ?』

 「外にあって手が届きません」

 『いきなり詰んだ!』

 「そこはアナタの超天然力でどうにかなりませんかねぇ」

 『勝手に新しいチカラ創造してんじゃねーよ!』


 うーむ……てゆーかヒトダマだったら通り抜けられんのか……

 だったら……


 「思いっ切りぶつかったら幽体離脱して出られるかもですね!」

 『先に言われたあ!?』

 「それ何も考えてない人が言うテンプレですね!」

 『ちげーわ!』


 つーか危機感ゼロかよ!



* ◇ ◇ ◇



 「という訳で、せーの……」

 『早速やるんかい!』


 ゴン!


 「ぐげ」 

 『カエルか!』

 「また同じ展開? まさか時間が戻って!? うっ頭が……」

 『戻ってねーから。あと頭がいてーのは思いっきしぶつけたからだろ』

 「やっぱり勢いが足りないんですかねぇ。それか角度とかタイミング?」

 『そうそう、もっとアゴを引いてワキを締めてだな……じゃなくてえ!』

 「えっ? 早速試そうと思ってたのに」

 『何でそんなに素直なんだよ』

 「だって神様の言うことは聞いとかないといけないですよね?」

 『またそれかい! えー加減しつけーわ!』

 「まあそう言わず」

 『そう言わずって何を期待してんだよ』

 「だってさっきもホラ、指示された通りに体当たりしたらスポッて入ったじゃないですか」


 あ、そーゆー感覚なのか。

 俺的には入れ替わったカンジなんだけどなー。


 『んなこと言っても俺って今ヒトダマですらねーんだからな?

 同じことが出来たってさっきと同じだろ』

 「そこはほら、超目ヂカラパワーでそこのレバーをクイッと」

 『だから勝手に新しいチカラ創造すんなって』

 「てー、だって」

 『だってもヘチマもねーよ。やらない言い訳よりやる工夫だぜ』

 「ブラックですね!」

 『ドコがや! こんなやりとりばっかしてっからいつまでも出れねーんだろ。

 タイムマネジメントが出来ねーヤツにありがちなパターンだぞ』

 「ブラックだあー!」

 『何かねーのか?

 ホラ、羽根飾りとか持ってただろ。どこ行った?

 それに武器みてーなのは?』


 「あ、羽根飾り! 言われてみれば!

 ……アレ? 無い?」


 そーなんだよ。ねーんだよ、手に持ってた羽根飾りが。

 ワンチャン杖みてーなの持ってたりしねーんかね。


 『その辺に落ちてねーか?』

 「無いです! 無くしちゃったー!」

 『そんなバナナ! 一歩も動いてねーだろ』

 「えー、さっきまで手に持ってたと思ったのにー!」

 『いっぺん立ち上がっただろ。ケツの下に敷いてたりしねーか?』


 ゴン!


 「あだっ! ダメです! 狭すぎて頭が下げれないです!」

 『イヤ分かった、なんもねーわ』


 マジかー。

 それにしてもいつから無くなってたんだべ?

 初めは手に持ってたから立ち上がったときなんだろーなってのは分かるけど。


 しかしコレ、ドコ目線なんだろーな。

 マジで自分が今どーなってんのか分からんぞ。


 「武器……武器は無いか……! これかッ!」


 どっかで聞いたセリフだな!

 ってホントに杖があった?


 「やった!

 どっからどーやって出したか分からんけど武器っぽいの出た!

 メッチャ軽いけど!」


 ん?

 あー、ソレってあのまじかるステッキじゃん!

 今さら何で塩ビの棒切れ?


 「よっしゃあコレで殴るッ!」

 『おい待て!』

 「……折れちった」


 コレ何なん? 一体。


 『だから待てって言っただろーに』

 「だってぇー」

 『体当りしてダメなんだからそんなんで殴ったってダメに決まってんだろ』

 「えー、じゃあ何でこんなモノがぁ?」

 『知るか! 杖なんだからまじかる何ちゃらとか唱えながらニ、三べん振り回してみたら良かったんじゃね?』

 「えぇ……そんなこと先に言ってくださいよぉー」

 『だから待てって言っただろーに』

 「だってぇー」

 『だってもヘチマもねーって言っただろ! 言い訳すんな!』

 「どうしようどうしよう」

 『分かったから落ち着いてもーいっぺんやってみよーな?』

 「はーい……」


 さっきから思ってたけどメッチャ疲れるヤツだなコイツ。



* ◇ ◇ ◇



 「それで何をするんでしたっけ?」

 『まず杖を出せよ杖を』

 「だって折れちゃってますよ」

 『だってもヘチマもねぇって何べん言わせんだ、もーいっぺん出すんだよ』


 コイツマジで言い訳ばっかだな!


 「えーと……」

 『ホラ、あのセリフだって』

 「えーとえーと」

 『だーっ、もーまどろっこしーなオイ!

 “武器……武器は無いか……! これかッ!”だろ!』

 「あ、出た」

 『外側に出してどーすんだよ!』

 「いや出したのあなたですから」

 『自慢げにゆーなよ。いーからオメーもやってみろって』

 「はいはい……“武器……武器は無いか……! これかッ!”

 あー、出ましたね。で、何なんです? これ」

 『何ってまじかるすてっきとしか言い様が無いが』


 そーなんだよなー。

 アレって結局VR……じゃねーか。ドラゴンさんが否定しただけだからホントにそーなのか分からんけど。

 双眼鏡じゃねーけど何かのゴーグルを付けたときだけ見えてたってことは……?

 うむ。分からん!


 「“武器……武器は無いか……! これかッ!”……あ、また出ましたよ。

 これ物理法則はどうなってるんですかね?」

 『さあ? VRゲームの中だったりしてな』

 「あー、それはありそうですねぇ。で、結局この棒きれで何をするんです?」


 いるんだよなー、こーゆー奴。

 こっちの旗色が悪くなった途端に態度デカくしやがってからに。

 とはいえ前にコレを見たときも特に何もしねーでどーぞどーぞ的なアレだったからなー。


 あ、そーいやコレのこと“ホントは儀仗杖だ”とか言ってたよな。

 つーことは儀式用のアイテムであって武器じゃねーのか。

 ドラゴンさんはオモチャじゃねーぞホンモノだぞとも言ってたよな。

 ここにドラゴンさんがいたら何が見えてたんだろーな?


 「えーと……まだいますか?」


 あ、しばらく黙って考えごとしてたからいなくなったって思われた?

 ヨシ、からかってやっか。

 何か態度でけーしムカついてたんだよな!


 「ちょ、ちょっと……マジでいない?」


 慌ててるぜ、にひひ。



 ………

 …



 ……ヒマだ!

 くっそー、何か半端に黙ってると今度は話しづれーぜ。

 

 ん? 何か怪しい踊りをおっ始めたぞ?

 あ、またアタマぶつけやがった。


 おもしれーからもーちっと見ててやっか。



 ………

 …



 「しくしく……」



 うーむ。

 何か見てていたたまれなくなって来たぜ。

 客観的に見てかなりクズいよなあ、コレ。

 まあ誰も見てねーから構わんけど。


 いっちょここらで声かけてやっか。


 『……』


 アレ?


 『……』


 声が出ねえ?

 腹(?)に力を入れてもーいっぺん……せーの。


 『……』


 どーやら声が出ねーって話じゃねーみてーだな。


 「しくしく……」



* ◇ ◇ ◇



 「うぅ……メソメソ」


 しくしくメソメソうるせーなあ。

 クッソぉ、そろそろブン殴りたくなって来たぞ。


 アレ?

 てゆーかそもそもどっからどーやって眺めてんだコレ。

 これじゃ俺が神サマみてーじゃんかよー。


 「神様仏様コックリ様ぁ哀れな子ヒツジをお救いくださいませぇ」


 ンなコト言われてもなー。

 ヨシ、叶えてつかわす!

 具体的には……んー、どーすっかなー。

 そーだ、もともと住んでた場所に送還してしんぜよう!

 我は神サマなのじゃー。


 なんちてなんちてー。


 「ん?」


 ……ん?


 「あ、あれ? ここどこ……って高い怖い何コレ!?」


 アレ?

 ここって……親父の会社の中庭……?

 何でだ?


 オイ、取り敢えずそっから降りてみろ……ってどーすりゃ伝わるんだコレ?


 誰か来ねーかな?

 イヤさっきまで何も無かったし状況が分からんぞ。

 何でも良いから


 「これ3m以上あるかな……降りれないよね?

 ハシゴか何か無いかなあ」


 ハシゴか。

 ……後ろの木にしがみついたら降りれねーか?

 もーちっと……こう……


 ガサガサ……


 「ひっ!?」


 な、何だ!? ……ってマジか。

 木が自分でグニャっと動いとる……


 「こ、ここから降りてってこと……?」


 わっさわっさ……


 「ひっ!?」


 この反応は肯定ってことか?

 つーか意思疎通できてる感じ?

 モンスターツリーかよ。


 「し、失礼しまぁす……」


 おっと、意を決して降りることにしたか。


 「わわっ……ああ、ありがとうございまぁす」


 おお、スッと優しく降ろしたぞ。

 何だかんだカッコはお姫様っぽいカンジだから気をつかってくれたんかね。

 

 「えーと……木さん? 助けてくださりありがとうございます?」


 そのまんまや! 何かクネクネしとるけどコレどーゆー反応だ?

 てゆーか人間はおらんのか、人間は。


 「あの、ここからどこに行ったら良いんでしょうか?」


 何か違和感無く木に話しかけとる。馴染むの早えーな。

 しかしここって見た目はそーだけどホントに親父の会社の中庭ってコトはねーよな?

 いや、ここに至るまでに何回か遭遇してるけど全部ホンモノじゃなかったもんなー。

 こっから一歩出たらどーなってることやら。


 掘っ立て小屋、マシン室、連絡通路、それに詰所か。

 あとは正門前の広場っつーか駐車場……そっから出たら町ん中な訳だけど、もしその通りの造りなら取り敢えず向かうべきは詰所方面かね。

 なら連絡通路に出て左だな。


 さわさわ……


 「え? こっちに行けって? でその後はこっち?」


 おろ? 通路方面に向かってさわさわし始めたぞ。

 何か俺が伝えようとすると代弁してくれるカンジ?

 マジで便利だな!


 「ありがとうございます、行ってみますね」


 「えーと……“武器……武器は無いか……! これかッ!”

 ヨシ出た。……コレ使えるんかなー。ま、良いか。

 じゃあ行って来まーす」


 さわさわー……


 ……何つーかカッコだけ見ると魔法少女みてーだな。

 杖は塩ビ製だけどな。



* ◇ ◇ ◇



 ………

 …


 ……ヒマだ!


 当たりめーか。つーか何回目だコレ。

 えー加減マトモな状況に戻りてーぜ。

 ぜーたくは言わんからフツーに還暦のおっさんに戻してくれりゃえーだけなんだがなあ。

 欲を言やぁもとの町でもと通り暮らしてートコなんだがそもそも何でこんなコトになったんだか。

 ゆーてここまでに会った奴らにも普段の生活があって帰るウチなんかもあるんだよなー。

 全くもってフシギ極まりねーよなー。


 さわさわー……


 おー、そういえばまだ話し相手(?)がいたぜ。

 スマンスマン。

 さわさわー。

 イヤイヤそんなことねーって。この場合わりーのは俺だからよー。

 さわさわー。

 ん? 何だって?


 さわさわー。

 あん? 向こうの景色はどうだって?

 向こうってドコだよ。


 さわさわー。

 へ? 外側? 何だそりゃ? 見えねーよ。

 どーやって見にいけっちゅーねん。


 さわさわー。

 なぬ? さっきまで見えてただろって?

 もしかして真っ暗か真っ白のどっちかの話してる?


 さわさわー。

 どっちかなんて見たことないから分からんて?

 まあそーだよなー。

 てか俺今どこにいるか分かんねーんだけど。


 さわさわー。

 はい? 答えはアナタの心の中にありますだあ?

 何だよソレ怪しい宗教かよ怖えって!


 さわさわー。

 何をいまさら? どゆこと?


 さわさわー。

 へ? 俺が精霊神サマだって? 神様が宗教コワイだなんておかしい?

 何じゃそりゃ?

 つーかまた新しい概念が誕生したのかよ……

 もっとワケが分からんわ。


 さわさわー。

 へ? 考えたのは俺だ?

 何でぇ、またそのパターンかよ。


 さわさわー。

 またって何だって?

 何だって言われてもなー。

 何でみんなして俺を神サマ呼ばわりするんだかなー。

 ちなみに精霊って要素はどっから湧いて出たんだ?


 さわさわー。

 みんな精霊だから精霊神だ?

 みんなってどこにいるんだ?


 さわさわー。

 へ? この世のあらゆる場所?

 ここもってコトか? 誰もいねーけど。


 さわさわー。

 あらゆる草木には精霊が宿ってる?

 ……えーと、ちなみに今さっき出てったお姫様は何だか分かるか?


 さわさわー。

 過去の遺構? セイコン?

 過去の遺構ってまさか人類滅亡後の地球とかSFみてーなコト言い出すんじゃなかろーな。


 さわさわー。

 へ? あらかた合ってる? マジで!?

 やっぱアレって人工物なのか!?


 さわさわー。

 大昔の人間が造った? もひとつマジで!?

 それにこの建物だって人工物なんだろ?

 ちゃんと手入れもされてるみてーだしどー見たって誰かいんじゃんかよ。

 あのお姫様も出てった先で誰かに会ったり話したりしてんだろ?


 さわさわー。

 え? 分からんて? だって精霊的なヤツはいるんだろ?

 ソイツらと会えば……


 さわさわー。

 ……え? 会えないだろって?


 さわさわー。

 精霊だから? だって俺とコミュニケーション出来てんじゃんか。

 精霊ってのは人間サマと何か違うんか?


 さわさわー。

 俺が話せんのは精霊神だからだって?

 イヤだから俺にはそれが分からんのよ。


 さわさわー。

 あ? 高位の存在だから見えねーのは仕方ねーって?

 何言ってんだコイツ?


 さわさわー。


 ……何か延々と独りゴト言ってた気分だぜ。

 結局話は分からんしここから動けんし何も解決してねーし最悪だわー。


 ……お、トボトボと帰って来たか。

 塩ビ杖がねーな。何かあったか?

 んで代わりに何か手に持ってるな?


 さわさわー……

 様子がおかしい? んなコト分かっとるわ。


 「何なんです? ここ」


 やさぐれとるなー。

 ん? ……人間のナマ首? コイツがやったのか?


 「こんなの初めてなんですけど」


 初めてって……あー、今度はどーたら言ってたからひょっとしてループ系主人公的なアレなのか?

 いや、マジで……って今さらビックリするモンでもねーか。


 「聞いてますかー」


 誰に話しかけてんの? コレ。



* ◇ ◇ ◇



 「聞いてんのかっつってんだよオラァ!」


 ドカッ!

 ゆっさゆっさ……


 オイオイ、またかよ!

 コイツえー加減キャラ変し過ぎなんじゃね?

 一体いってーどーしたっつーんだ?


 「何なんだよコレはよォ!」


 ドカッ!

 ガサッ……


 今のはイテッ! って感じか?

 怒ってんのは分かるけどそのナマ首をどーしたのかまず説明しろっつーの。

 てかホンモノかよ!

 血が乾いてるし若干ひからびてるからそれなりに時間は経ってる……か?

 じゃあまたいつもみてーにどこかに飛ばされたってことなのか?

 さっきまでの何もねー場所は一体いってー何だったんだ?


 「何で向こうの大部屋がゾンビ祭りになってんだよ!」


 さわわー……


 「そんなに引くなよ!」


 そんなモンをズイと差し出されても困るってか。

 まーそーだよな!


 「早く説明しろよ! てか出来ねーか、あははははは」


 くねくね……


 コイツ、想定外のアクシデントにあってテンションがおかしくなっとるな。

 そして木の反応も変だぜ! 釣られたんか!

 しかし一個分かったぜ!

 ビミョーな気分のときは句点が付かねーんだな、ナルホドな!

 ナルホドな……何でンなコト分かったんだろ?

 まあ良いや。


 しかしどーすんだコレ。

 三人とも直接話せねーし、それに多分俺がまだここにいんのもこのお姫様にゃ伝わっとらんだろーしな。


 「あはははははははってぇー、こーゆーときは神の教えにならうべしィ!」


 神の教え?

 俺何か言ったっけか?


 さわわー……


 何か木の方をメッチャ見てるけど……って逆方向に走り出した?

 スタンディングスタートのポーズを取ったぞ?

 メッチャ運動神経悪そーな構えだぜ!


 さ、さわわ……


 今のは分かったぞ。「ま、まさか……」 だな!

 まあここまで来たら次にやることはひとつしかねーよな!

 あー、やっぱり木に向かって猛ダッシュし始めたぜ。

 あーっ、危ねぇ! 逃げろー。なんちてなんちて。


 「神の教えの幽体離脱ゥ!」


 んなコト教えてねーよ!


 「どりゃー、スイッチぃー!」


 ソコでソレ言っちゃうんか!


 ゴスッ。

 

 「あへ」


 わっさわっさ……


 あー、ピヨっとるなーアレ。

 木の方もか? 頭打ったか目が回ったか?

 どっちもどこに付いてんのか分かんねーけど!


 くねくね? くねくね……


 ん? 何か様子が変だぞ? 打ちどころが悪かったんか?

 まさかホントに入れ替わっちまったんか?

 イヤ、木になってどーすんねんてのはあるけど!


 お? 立ち上がったぞ? 大丈夫なんだろーな?


 「……」


 ゴクリ。


 「さわさわー」


 ……ズコー!!!


 『な゛な゛ん゛でずかァゴレ゛ェ』


 へ?


 「さわわ……」


 えーと、今木の中の人って誰なんだべか?


 さわさわー。



* ◇ ◇ ◇

 


 『あ゛、あ゛、あ゛ーじゃべり゛に゛ぐ、い゛ー』


 いやソコじゃねーだろ、驚けよ自分の境遇によ!

 念願のナマ首デビューなんだぞオイ。

 もっと喜べよ。


 さわさわー。


 えーと……コレどちら様?


 「さわわ……」


 いやせっかくおクチがあんのにさわわーしか言わんのもったいなくね?

 てかお姫様の中の人がさっきまで木だった人(?)か?

 じゃあ今木のカッコでクネクネしてんのは誰だ?


 さわさわー。


 へ?

 アカン。何言ってんのか分からんよーになった。

 てことは……


 「さわわー……」


 コッチが木っつーか草木の精霊とか言ってたヤツなんだろーけど、どっちも何言ってんのか分からんな。

 ガワが変わったからか、ガワなだけに!

 なんちてなんちてー。


 ……くっ、俺の渾身の一発ギャグに全員が無反応だと?

 じゃなくてぇ!

 

 「さわわぁ……」


 むむ……この間の良さは通じてると見た!

 言葉が理解出来てんのにしゃべれねーってどーゆーこった?


 「さわさわ」


 ナルホド! いや分かんねーけど!


 「さわー!」


 あ、今のは分かったぞ。“ズコー!”だな!


 『な゛、な゛、な゛……』


 そこ、マトモにしゃべれねーなら黙っとけ!


 『な゛っ!?』

 さわわ!?

 「さわわ……」


 しかしえー加減カオスだなー。

 しかし唯一動ける奴がコミュれそーで助かったわー。


 「さわさわー」


 んー、取り敢えずそこに転がってるナマ首ゾンビ(元お姫様)の言うゆーことを信じるとすれば向こうに大部屋があってゾンビ祭りになってると。


 うむ、意味が分からん!


 そもそも今の状況、突然降って湧いたもんじゃねーよな?

 やっぱアレか?

 アレがきっかけなのか?


 「さわさわー」


 イヤさわさわーじゃなくてさ、ちっとは身ぶりくらいやってみたら良いんじゃね?


 「さわわ?」


 だってよー、木の中の人(?)だったときはメッチャ表現力豊かだったじゃんかよー。

 それに絵面的にちっとばかしなー。

 直立不動の無表情で“さわわー”しか言わねーとかどこの宇宙人だよって話だ。

 

 「さ、さ、さ……」


 な、何だ?

 急にゾンビ的な動きをし出したぞ?

 あ、オイオイそりゃねーぞ!


 『あ゛!』

 「あ゛ーっ!?」


 あーあ、首が180度後ろ向いちまったぜー。

 やっぱ人形なんだなー、コレ。

 とすると中の人が常識にとらわれなきゃ結構ムチャな動きとか出来んのか。


 「ざわわー!」


 お、何か知らんがヤル気出たカンジ?

 ……つーかヤな予感しかねえ!

 ってトランスフォームし始めたぞオイ!


 「ざわぁ!!」

 『え゛ーっま゛じでェ゛!?』


 えーと……何とも言えねースタイルだな……


 「ざわざわ!」


 首が180度後ろ向いたまんま四つんばいになってクネクネし始めたぞ……

 クネクネしろなんてひとことも言ってねーんだがなあ。


 「ざわ!? ざわーっ!」


 へ?

 何かカサカサと音がしそーな四足よつあし歩法ほほうで移動し始めたぞ!

 しかも速ぇ!

 うお、フツーに壁を登り始めた!?


 『あ゛ー、わ゛だじの゛がら゛た゛ぁぁぁ゛』


 うるせぇ、自分が悪ィんだろーが……

 って自分?

 そーいやさっき、コイツ自分でアレやってたよな……

 アレか? アレが出来るんか?


 『理゛不゛尽゛だぁぁぁぁ…』


 あーあ、どっか行っちまったぜ。



* ◇ ◇ ◇



 しかし変だな。

 あのワードって効力を発揮すると場面転換するモンなんだと思ってたけど違うんかね。

 そーいや最初にコトが起きたもマシン室だったよな。

 それが今はゾンビ祭りかー。

 ん? てことはあそこから持ち帰ったアレやソレに付いてたのはやっぱホンモノの血だったってことか?

 ……まあ今さらアッチとコッチがホントに同じ場所だったなんてあるわきゃねーか。

 それよかこのクネクネする木の方が変だしな!


 ……反応なしか。


 『じぐじぐ……』


 アンタは反応せんでえーから……ってメソメソしとるだけか。

 しかしこのアリサマはそのゾンビとやらにも中の人がいる可能性を示唆しておるな、多分だけど!

 ぶつかる度に中身が入れ替わるとかメッチャありそーだもんな、フツーはねーけど!

 そのキッカケがあのワードってんなら


 しかし俺が今どこにいてどっからこのアリサマを眺めてんのかくれーは分からんもんかねぇ。

 少なくとも今ここがどーなってんのかくれーは見ときてーしなぁ。

 別に見てどーなるっつー訳でもねーんだけど。

 

 『だれ゛がだずげでえ゛』


 いちいちうるせーなあ。

 泣き叫んだってどーせ誰も来ねーだろ。


 「さわわーっ!」

 『ぬ゛ぉ゛ーぃ゛!?』


 ぬお!? ビックリしたぞオイ!

 そして何だよそのワケワカな叫び声はよ!


 しかしこのカサカサっぷり、中の人は木じゃなくてGのつく黒い奴だったりしそーだな。

 そのうちカサカサーとか喋り始めたりして!


 「カサカ……さわわー!」


 あ、コイツ今俺に釣られそーになったぞ。

 慌てて言い直そーとしてるし何か怪しくね?


 『あ゛ーっ゛、ゾン゛ビづれ゛でぎでぼじい゛な゛ん゛でだれ゛も゛い゛っ゛でな゛い゛ん゛でずげどぉ゛ぉ゛ぉ゛』


 って何ゾンビ軍団連れて来てんだコイツは!

 そして「ん」に濁点てどーやっても発音出来ねーだろ!

 てかみんなヨタヨタしてんのに良くすっ転ばねーな!


 ……じゃなくてぇ!

 何なんだこのカオスはよォ!


 『あ゛ばばばばばばば』


 あーナマ首さん(仮名)がサッカーボールの如く転がされとるなー。

 しかしこんだけぶつかってて今度は入れ替わりはゼロ件(当社比)かー。


 ん?

 今何か見たことある奴がいたよーな……

 アレ? 今のアホ毛は見覚えあるぞ?

 えー、コレガチのホラーじゃんか。

 ホラーッスよーとか言いまくって自分がホラーになってたら世話ねーじゃねーかよー。


 あ、あの集団はアレか? 俺ん家に大挙して侵入しようとしてきた奴ら……って先頭は八百屋のおかみさんかよ!


 えー、マジでどーなってんだコレ。

 まさかとは思うが息子家族もいたりすんのか?

 嫁サンの方は前科があるからなー。

 まさか孫までいたりしねーだろーな……

 メッチャ怖くなって来たぞオイ!


 『ズ、ズ、ズ……』


 うおっと……まだ足にされ続けとったんかアノ人……人でえーんか?


 『ズイ゛ッ゛ヂィ゛……』


 ん? 今アレをやろーとしてたんか?

 でも何も起きねーよな。

 滑舌の問題か?


 あ、コレG……じゃなかったお姫様の方に言ってもらったら行けんじゃね?


 それスイッチスイッチ!


 「さわさわー?」


 だーっ! 何で釣られねーんだよコンチクショーめぇ!


 「さわわー」


 何言ってんのか分かんねーよムカつくなーオイ!

 チキショーさわわーさわわー!


 「さわわーさわわー」


 もひとつオマケにさわスイッチさわスイッチ!


 「さわス……さわわー」


 おっと、今惜しかったんじゃね?

 あ、そーれ。


 『スイッチ』


 へ? 誰だ今の?


 『ふう。誰だか分かりませんが助かりました』


 誰だかって誰なんだよ。

 そして……今どっからしゃべってた?


 もしかして声だけ聞こえてるパターン?

 何なんだよオ……って今度はヤツかよ!

 アレは確か先生さんが妹とか言ってたヤツか?

 あー、ゾンビ共はアレに追っかけられてコッチに来たんか?

 もしかしてさっきお姫様(?)が入り口を開けたせいで一気に出て来たとかか?


 ……あ、入り口で引っ掛かっとる。


 『あ、あれ? 私?』


 な、何だってぇ!?



* ◇ ◇ ◇



 ……メッチャ目つきの怪しい女が入り口に引っかかってジタバタしとる……

 つーかアレ下半身はどーなってんだろーな?

 上半身は人間だけど良く分からんナニカっぽいんだってのは分かるんだよな。

 入り口に引っかかってる時点で何つーかやべーやつなんだろーなってのは分かるけど。


 「センセーイ、センセェーイ」

 『はいぃ!? って何で返事してんのワタシぃ』


 間違ぇねえ!

 コレSAN値がガリガリ削られそーなヤツだ!

 

 「オディーサーン」


 はい?


 「オディーサーン、センセーイ」

 『えぇ……?』


 な、何だあ?


 「デナイデナイ」

 『はい?』

 「デル、デル」

 『えぇと……』


 うむ、全く意味が分からん!


 「ハイル、ハヤク」


 どっからどこに入るんだよ!


 「コッチ、コッチ」


 ジタバタしながらコッチとか言われても分かんねーっつーの!

 それ以前にゾンビ軍団を何とかせーや!


 『お姉ちゃん?』


 へ?


 『お姉ちゃんだよね?』


 アレ?


 「コッチコッチ」

 『ねえ』


 思ってたのと逆だった?

 どーなってんだ?

 中の人、まさかの別人説!?

 だーっ、全く分からん!

 元からサッパリ分からんかったけどな!

 

 『ねえってば!』


 そしてメッチャシリアスなシーンの筈なのに何かコミカルに感じちまうのはダミ声っつーかどら声のせいか。

 何でかどこからしゃべってるのか分からん状態になってるけど声色こわいろはさっきのまんまなんだよな。


 ゆっさゆっさ……


 ん? あー、ゾンビが木に群がっとる……

 何でかみんなで木登りし始めとるな……そんなに高いとこに行きてーのか……

 木の中の人(?)は元に戻ってんのか?


 「ハ、ハヤグゥ……」

 『ねえ、聞こえてないの? ねえ!』


 ゆっさゆっさ……


 ゾンビがたかった状態で右に左にゆっさゆっさしとる……

 コレ良く折れねーな……

 てかしがみついとるゾンビ共も良くくっついとんなあ。

 みんながんばれぇー、なんちてなんちてー。


 ゆっさゆっさゆっさ……


 おっと失礼(笑)。


 「ハヤグ……ハヤグタベタイ」

 『えっ』


 そしてアッチはアッチでまた訳の分かんねーコトを言い始めたぞ。

 地味にナマっとるけど何弁なんだべか?


 『どうにかならないのぉ、女神様ァ!』


 おっと、久々に出たぜ神サマコール。

 しかしどこにいんのか分かんねー時点でアンタも神サマみてーなモンなんじゃねーのか?

 んでアンタのおねーちゃんもパッと見邪神ぽくねーか?

 って何かしよーとしとるぞ?


 「セエノ……」


 ゆっさゆっ……


 「エイ!」

 『えぇっ!?』


 ミシミシ……


 う、腕がびろーんと伸びてゾンビが取り付いてる木の枝に巻き付いたぞ。

 まさか木ごと引っこ抜こーってんじゃねーだろーな……ってオイ、壁がミシミシ言い始めたぞ!?

 どんなバカぢからなんだよ!

 あとあの木ってそんなに頑丈だったんか!?


 『ああっ、お姉ちゃん!?』

 「アーッ!」


 うおっとぉ! 木が勝ったぞオイ、マジかよ!

 んでナゾの怪女が入り口のまわりの壁をブチ破って飛んでったぞ!

 そしてその怪女をお姉ちゃん呼びするナゾの声!

 こりゃまさかの三姉妹か? いや、そっちはどーでもいーんだけど。

 ってメッチャバウンドしとる!

 そしてこの見た目、やっぱSAN値削られそーなヤツだったか。

 まあ俺は一個も減ってねーんだけどな!

 むしろ赤黒くてブヨブヨしてて吸盤付きの足があるからわさび醤油しょうゆ欲しいまであるぞ。

 おっと、でもって想定通りUターンして来たぜ!


 さわわーさわわー。


 「オディーサーン、イタダキマース」


 ここでまた謎ワード……イヤ、オディーサーンってオジサンってコトか?

 いや待てよ?

 そーいやこのボヨヨン感、やっぱアレか。

 落っこちてからのマシン室っぽいとこのアレだ。

 えー、てことは……


 「バリバリボリボリ」

 『えぇー!? な、何やってんのぉお姉ちゃぁん……』


 あー、やっぱゾンビ共は食用かー。

 オディーサン、マルカジリされなくてえがったえがった……ってあのアホ毛ってあのアホ毛か!?

 オイ待てよ、待てってば! オイ!


 ……食われちまったか。

 待てよ、八百屋のおばちゃんもいた筈だよな?

 ……どこにもいねーな。

 どっかから出てったか?


 「オディーサン、ハコ、ハイル、ニク、タリナイ、ゼンブタベタイ。

 バリバリボリボリ」


 おえぇ……何つーか……木に生えてるゾンビをむさぼり食ってるカンジ?

 結構なスプラッタだぞコレ……

 一体何なんだ? オジサン肉足りねえだと?


 『ねえ、何なの? 何なのよこれ! もう嫌、もう嫌ァ!』


 おっと、正気度をガリガリと減らされてるヤツがココにいたか……


 くねくね、くねくね。


 えーと……コレ元々正気とか関係あんのか?



* ◇ ◇ ◇



 『いやああああああ』


 うるせーなあ、せっかくナマ首ゾンビからお姫様に戻れたってのによ。


 『ああああああーっ!』


 ドカッ!


 へ?


 「ボベッ」


 くねくね、ぐにょーん。


 ズガーン!


 へ?


 『わああああああっ!』


 バリバリバリバリ……


 おいおいおいおいちっと待てーぃ、何なんじゃコレはァ!


 つーコトで解説するぜ!

 お姫様がわーわー泣き叫びながら怪女をグーパンでぶん殴って、怪女が壁に向かって一直線にふっ飛んでったんだぜ。

 ついでにゆーと、ゾンビ肉まみれの木にぶつかりそーになったんだけどクニャってなって軽くかわしたんだぜ!

 このお姫様、実はものスゲーバカヂカラなんじゃね?

 つーかぶん殴っちまってえーんか。お姉ちゃんだろ。

 んで今バリバリ言ってんのは塩ビ製の杖なんだぜ!

 自分でも言ってて毎度毎度良く飽きねーなって思うけど敢えて言わせてもらうぜ。

 もー全くもって訳が分からんわ!


 で、この状況だよ。


 『だあああああーっ!』


 ドゴォォォォーン!


 「ギャアアアアア!」

 『ひぎゃああぁぁぁぁ……』


 うおーやっぱ出たよ極太ビーム。

 マジで魔法少女みてーだわー。

 ぶっぱした本人も一緒にふっ飛んでったけど。

 お姉ちゃん討伐しちまっていーのか知らんけど……って壁にでけー風穴が空いちまったぞ。


 うげ……壁の向こう側はマジでゾンビ祭りだな。

 どっから湧いて出たんだよアレ。

 ……てか何だあの部屋? マシン室じゃねーな?


 『あ痛たたた……あ、あれ? お姉ちゃんは!?』


 お姉ちゃんタコ殴りにしてビームぶっぱ直撃させた自覚あんのかよ。

 ひでーヤツだなァおい。

 あんだけスゲー攻撃食らったら跡形もなく消滅してたっておかしかねーだろーによ。

 まああらかじめ分かっててやってた訳じゃねーってのは分かるがよ。


 『お、お姉ちゃん!? どこにもいないの!?

 そんな……いやああああ!!』


 復活したのはいーけどテメーは錯乱すんのかお姉ちゃんに会いてーのか一体いってーどっちなんだよ。

 テメーでテメーを曇らすヤツとか初めて見たぞ。


 んでもってこっから見えるあの部屋は何なんだ?

 少なくともここが親父の会社の中庭じゃねーってコトが分かっただけでも収穫っちゃ収穫なんだけどな。


 あー、アッチに走って行っちまったぜ。

 走るっつーか弾丸みてーにぶっ飛んでった感じだけど。

 ありゃさすがに人間じゃねーよな?

 しばらく前からそーだったけど首チョンパされたあの時から俺も一緒にいたセンセーさんもメカメカしい切り口だったしな。

 もしかして本気出してたら割とムチャも出来たりしたんかね。

 しかしコレ、どー見ても現代文明の産物じゃねーよな。

 こんなリアルなアンドロイド作ったなんて話は聞いたこともねーし……いや待てよ? 親父が掘っ立て小屋に隠し持ってたとかいうヤツ、何か関係あるんじゃねーか?

 うーむ……


 てゆーか……それ以前にあのクネクネしてる木は何なんだ?

 精霊だーとか言ってた気がするが……さすがに冗談だよな?


 さわさわー。


 ナルホド、分からん!



* ◇ ◇ ◇



 さわさわ、さわさわさわさわ……


 ナルホド、分からん!


 さわさわ。


 だから分からんちゅーの。 


 さわさわー。


 あー、ゾンビだらけだしメッチャ怖えシチュだけどあっちこっち見て回りてーぞチキショー。

 ゾンビー。ゾンビゾンビー。

 何なんだろーなー、ゾンビー。

 だってヤツらってここぞって時に突然出て来たりすんじゃん?

 中にゃあ知った顔なんかもあったりして、どこぞで生産されたモンなんじゃ? とか妄想しちまったりする訳だ。

 ゆーて結局今の俺は何をどーすることも出来ねーからなー。


 ホント、俺って今どこにいてどこからモノを見てんだろ。

 視点がここ限定ってのもナゾナゾのナゾだし。


 さわわー。


 だから分からんて。


 シャキーン。


 へ? な、何だ?


 急にモミの木みてーな直立姿勢になったぞ?

 

 『おい、何だここは!』

 『分からん、分からんが明らかに人工的な構造物だ』

 『んなこたぁ見りゃ分かんだよ。問題はコイツを建造した文明はどこに行っちまったのかってコトだろ』


 誰だ?

 どっから来た?


 『そうじゃねえ。このゾンビ共、明らかに材料は地球人じゃねーか。ソイツがどーゆーコトなんだって話だろ』

 『周辺をうろついている個体の外観で照会をかけたが、件の行方不明者の特徴と一致する点が複数認められた。先程の部屋で発見した設備の情報とあわせて考えると、何者かに連れて来られた後この施設で何らかの実験の被験者となった結果である可能性が極めて高いといえるだろう。

 そして最大の謎は、この構造物が二十世紀の地球で極めてありふれた建築様式に基づいて建造されたものであるということだ。

 偶然発見したこの惑星が重力、大気の組成、気候・気温どれをとっても地球にそっくりなのだ。

 見つけたときから疑問に思っていたが、これはいささか話が出来過ぎているとは思わないかね?』

 『先生よォ、ご高説垂れんのもいーがどーすんだよ、この状況』


 コイツらどっからか飛ばされて来たんか?

 いや、会話からしてどっかから来た探検隊ってトコか?

 どっかってどこだ?

 つーか今、偉そーなオヤジがこの惑星は地球に似てるとか何とか口走ってなかったか?


 『そうだな、この有り様では調査を継続するのは難しかろう。隊長殿、一度指揮車輌に戻ることを提案するが』

 『そうですね、小官もこのまま進むのは危険と愚考いたします』

 『そうと決まりゃ——』

 「アー、オディーサーンデキルー」

 『な、何だ!』

 『待て、今言葉をしゃべったぞ。コミュニケーションを——』

 「カイシュウ」

 『ま、待て……話を……ぎゃああああ』

 『クソ……発砲を許可す……ぐわああああ!』

 「バリバリボリボリ」

 『隊長ォ!』

 『た、た、助けてくれぇ』

 「シンセン、ナ、オニク、タリナイ、ハコ……アッチ」

 『クッソォ……よくもやりやがったなァ!』


 ズビュン、ズビュン!


 「キレイ、キレイ。ソレホシイナー」

 『効いてねえだと!?』


 オイ待て、まさかのレーザーガンだと!?

 SFかよオイ、世界観バグり過ぎだろ!


 『逃げろ! 急げ! 今指揮車を呼ん——ぐぇ』

 「バリバリボリボリ」

 『ひ、ひぇっ』


 どーにか助けてやりてーが今の俺にゃどーすることも出来ねえ……今の俺じゃなくても無理か。


 『こうなりゃ航宙艦隊の艦砲射撃でェ!』

 『バカヤロウ、それじゃ俺らまで消し飛んじまうだろ!

 機甲兵装を投入するしかねえ! 早く指揮車両を呼べ!』


 航宙艦隊? 艦砲射撃? 機甲兵装?

 待て待て待て待て、ナニ? コイツらやっぱ宇宙から来たエイリアンなの?

 もー頭が追いつかん、今無いけど。


 『ちょっと待ったあ!』


 ズガン!


 「ホェェェェェェ……」

 『あああぁぁぁぁ………』

 『な!?』

 『た、助かったああ……ってどこに行くんだ? おーいお嬢さーん』


 えー、再び解説するぜ!


 今お姫様がイキナリ乱入して探検隊(?)にむさぼりつく怪女にドロップキックをかましたんだぜ!

 全く、お姉ちゃんに容赦ねーな!

 

 んでお姉ちゃんもとい怪女はバビョーンとふっ飛んでったけど、キックした本人もまたもや勢いでどっかに飛んでっちまったんだぜ!

 モチロン壁をブチ抜いてだぜ!

 器物損壊常習犯だぜ!


 『オイ、見たかよ今の!』

 『“ちょっと待ったあ”とか言ってたぞ』

 『クソ、やっと話通じそーなのが出て来たと思ったんだが』

 『てか何かスゲーカッコしてなかったか』

 『隊長は?』

 『隊長は死んだぞ。さっきのホラー女に食われてな』

 『マジかよ……来週ウチの息子が職場体験で会えるって楽しみにしてたのによォ……』

 『マジできっついなぁ』

 『しかし隊長がいつの間にかやられてたとかどんだけやべーやつだったんだよ』


 えー、情報量が多過ぎてオジサンはキャパオーバーだぜ!


 『先生、大変だ!』

 『今度は何だよ……先生は笑顔で友好的に第六種接近遭遇しただろ』

 『何だそれ』

 『ハローハローと無防備に近づいて食われたんだよ』

 『マジかよ』

 『で、何が大変なんだ?』

 『軌道上にシャトルがいねえ』

 『は?』

 『ヤツら俺らを置いて逃げやがった』

 『何だと!?』


 さぁて、盛り上がって参りましたぁ(棒)。


 シャキーン!


 いやだから分からんて。

 あとコイツら気付いてねーけどひとり部外者っぽいのがいたよな?

 誰なんだろーな?

 何か見たよーなシチュだぜ。



* ◇ ◇ ◇



 『逃げたってどういうことだ!?』

 『知るか、とにかくいなくなったんだよ』

 『知るかじゃねえ、連中が何から逃げたってんだ。今襲われてんのは俺らの方だぞ』

 『じゃあ逃げたのは俺らの方だな!』

 『何言ってんだこいつ』

 『そりゃこっちのセリフだぜ。

 シャトルがいなくなったからって何でそれがすぐにヤツらが逃げたって話につながるんだよ』

 『何だと? お前は一体どっちの味方なんだ?』

 『味方もクソもあるかよ。何だ? お前おかしいぞ?』


 シャキーン!


 うわビックリした。

 何なんだよそのシャキーンてのは。

 つーかアイツらは気にならんのか。


 ヒュルルルルゥ……


 『うわあああぁぁぁ……』


 何だあれ?

 何か流れ星みてーなのが落ちて……ってこっちに向かって来んぞオイ!

 んで今の叫び声、あのお姫様だよな?

 何やってんだアイツ?


 『な、何だ?』

 『へ?』

 『ごまかすなよ?』

 『いや今の気にすんなって方がおかしいだろう』

 『今のって何だよ』

 『何だよ、訳が分からんぞ。一体どうしちまったんだ——』


 ドッゴオォォォォーン!


 ひょおぉぉぉ!? 何ぞぉ!?


 『おゎーっ!?』

 『ぬおおおーっ!?』

 『何だ、どうした? 風もないのに吹き飛ばされただと?』


 いやあるから!

 メッチャあるから! 爆風が!

 つーか今ので完全にぶっ壊れたなー、この建物。

 ゾンビ共もさすがに全滅……してねーな。

 相変わらずそこらじゅうにいるぜ。


 『おい、大丈夫か、おい!

 何だよこれ……誰か! おいっ!』


 ありゃ、こんな状況じゃ無理もねーけど完全にイッちゃってるよ。

 目つきも何だか怪しーぞ。焦点も合ってねーしな。


 『何なんだよ……パントマイムみてーなカッコのまま固まって死んでるとか何のホラーだよ。

 頼むからゾンビにだけはなってくれるなよ……』


 ……コレもしかして人以外のモノが見えてねーってアレか?

 てことはこのおっさんの目ににゃーココが違う場所に見えてるんかね。

 前に俺ん家が廃墟だって言ってるヤツがいたけどそれと似た様なヤツか?

 まさか俺ん家の中にいたりしねーよな?


 それにこのゾンビ共、一体どっから湧いて来んだろーな?

 待てよ?

 前に俺ん家に息子の嫁ソックリなゾンビが出現したときがあったよな。

 考えたくねーけどマジで俺ん家だったりして。

 もしかして俺って今、双眼鏡覗いたまんまで固まってたりすんのか?

 うげー、やだなあ。


 しかし何つーか俺って今、完全に傍観者だよなー。

 ここはもうさっきの爆発みてーなやつの衝撃でガレキだらけになってるけど俺は相変わらず見てるだけって感じで何の影響も感じねーし。

 マジで自分が今どこにいてどーやって見てんのか分かんねーんだよ。

 どーすんだコレがこんだけ立て続けに起きんのって初だよなー。

 おっさんもさっきまでのお姫様よろしくしくしくメソメソしてるしよー。

 マジどーすんだよ、コレよー。


 まあそんな中ビシッと立ってるあの木もメッチャ不思議なんだけど!


 みょみょーん。


 ん? ……今みょみょーん、て言ったか?

 効果音じゃなかったよな?


 何? 探検隊(?)の生存者は現在何人でしょうかだと?

 そんなん知るかこの不謹慎ツリーめ!


 ……ん?



* ◇ ◇ ◇



 アレ? 何か知らんがまた何言ってんのか分かるよーになったな?

 まあ丁度良いや。ちっとばかし暇つぶしに付き合ってもらうとすっか。


 さわさわー。


 あ? オメーが不謹慎だろだと?

 うるせーなあ。こちとら傍観者なんだよ。他人ごとなんだよ、他人ごと。

 今さっき急に出てきたばっかの探検隊(?)の生存者なんてどーでもいーだろーがよ。


 さわさわー。


 何? ところがぎっちょんだと?


 さわさわー。


 ぎっちょんなんて言ってねえ、そもそもぎっちょんて何だ、だあ?

 テメェ自分で言っといて何だはねぇだろーがよ。


 さわさわー。


 あ? ほんとに言ってねぇだと?

 じゃあ誰が言ったってんだ?


 さわさわー。


 ひとり多いよなって自分で言ってただろって?

 そりゃーさっきのドゴーンの前のハナシだっちゅーの。


 何? だっちゅーのなら知ってるだと?

 オメー、トシはいくつだ? 俺よか年上なんじゃね?

 ……じゃなくてえ!

 探検隊(?)の生存者が何だってんだ?


 さわさわー。


 あ? 俺の知ってる奴がいるだぁ?

 まさかそこでメソメソしてるおっさんじゃねーだろーな?

 見覚えはねーが……つーかレーザーガン持って宇宙船で降りて来る奴が知り合いな訳ねーだろ。

 だいいち何なんだよここは。親父の会社かと思ったらそうじゃねーみてーだし。


 さわさわー。


 あ? 答えは俺の心の中にあるだァ?

 話振っといて何だよそりゃあ。

 そもそも俺って今どこにいんのよ。


 さわさわー。


 あん? 元からそこにいるだと?

 ソコってドコだよ。まさかとは思うが穴の底ってことじゃねーよな?


 さわさわー。


 カートリッジ? 何だそれ?

 えー加減謎掛けみてーなこと言うのやめにしねーか?


 さわさわー。


 定食屋だって? あいつがか?


 さわさわー。


 え? 違う? 定食屋で話した奴?

 それじゃ分かんねーよ。


 さわさわー。

 

 直接は会ってねえ?

 何だそりゃ?


 『おい』


 おわっ!?


 さわさわー。


 分かってるよ、どーせ俺に向かって言ったんじゃねーんだろ。

 ……じゃあ誰だ?


 さわさわー。


 まあ見てろって?

 分かったけど後で続きを聞かせろよな。


 さわさわー。


 それも見てりゃ分かる? ほーん。

 んじゃまあ黙って見ててやるとすっか。


 『どうやら俺たちは見捨てられたらしい』

 『そうか。ところでお前は誰だ?』

 『お前こそ誰だ』

 『……そこに転がってる仲間を助けたい。出来るか?』

 『がれきの下敷きになってる奴か。手遅れだと思うがな』

 『そうか、そこにはがれきがあるのか』

 『なるほど、分かった。協力しよう』

 『助かる』


 何勝手に納得してんのコイツら。

 さっぱり分からんわ!

 見てても分かんねーじゃねーか、このウソつ木め!


 さわさわー。


 あん? 寒いだと?

 そーいやさっきまで雪ん中にいたんだったな。

 温度感覚とか無かったから忘れとったわ。


 さわさわー。


 あ? 違う? 今度は何だよ。


 さわさわー。


 寒いのは俺のギャグだと?

 うるせえ、ほっとけや!



* ◇ ◇ ◇



 『これをどければ良いのだな?』

 『ああ、そこに仲間がいる。どうだ? 動かせそうか?』

 『待ってくれ……何かテコのようなものがあれば良いのだが』

 『この木はどうだ?』

 『ああ——』


 何かお寒い(寒くない)やり取りをしとった間に勝手に話が進んどるな。

 それにしても誰なんだろーな、あのおっさん。


 『——だめだな、柔らか過ぎる』

 『柳か何かか』

 『何だろうな、良く分からん』


 さわさわー。


 何? 柳じゃねえ、サルスベリだ、だと?

 アホか。んなクネクネしとる時点でどっちでもねーだろ。

 このモンスターツリーめ。


 さわさわー。


 あん? 何を失礼なー、だと? 客観的感想を述べただけじゃんかよ。


 『これは木ではなく植物系のモンスターか何かだ。うかつに刺激を加えるのは良くない』

 『モンスターだと?』


 ほらみろ、あのおっさんも言ってんだろ。


 『何を言っているか分からんが現地のクリーチャーということか』


 がははは、言われてんの。クリーチャーだとよ。

 がははがははのは。


 さわさわー。

 ペシッ!


 『な!?』

 『こ、攻撃して来ただと!? クッ……そんな場合ではないがやむを得ん!』


 ズビューン……

 さわさわー。

 ズビュンズビュン。

 さわさわさわさわ。


 『バカな……あ、当たらん』

 『先程から見ていれば……一体何をやっている?』

 『見れば分かるだろう』

 『分からんが』

 『分からんか』

 『ああ、分からん』


 さわさわー。


 分かる、分かるぜそのキモチ!

 見てりゃ分かるとか何なんだよマジで。

 むしろイミフ感マシマシになったわ。

 でも最後のは余計だろ。

 何だよ、“で、何やってんの?”ってよー。

 言うんなら“それどころじゃねーだろ”とかだろ。

 通じんのか分かんねーけど。


 ところで何なん? さっきペシッてやってたのはよ。


 さわさわー。


 あん? 自分はクリーチャーじゃねぇだ?

 どこがだよ。


 さわさわー。


 あん? 見れば分かるだろって?

 あー。それだよ、それ。さっきからよー。


 さわさわ。


 それってどれだだと?

 全部だよ、全部。

 さっきから随分ともったいぶったモノ言いしてるけど実は単に説明スキルが足りねーだけなんじゃね?

 

 さわさわー。さわさわー、くねくね。


 『おわっ!? 今度は何だ!?』

 『この非常時に何をやっているんだ?』


 くねくねじゃねーよ。

 ギャラリーの皆さん(?)がビックリしてんじゃねーか。

 かわいそーに、探検隊(?)のおっさんなんてかの有名なあのポーズのまんま固まってんぞ。

 仲間がガレキの下敷きになってて早く助けてぇって言ってんのにこの有り様はあかんわー。

 あ、オマケにお手々がアレじゃねーか。

 俺がんばってやってみよーとしたけど結局出来んかったんだよなー。

 器用なもんだなー。

 てかはよテコみてーなの用意してやれよ。かわいそーだろーがよ。


 『まあその……なんだ、そのパントマイムには何か意味があるんだろう』

 『真面目にやれ』

 『やっとるわい!』


 ……なんも言えねー。



* ◇ ◇ ◇



 『ったく……コレのどこがパントマイムだと言うんだ』

 『違うと言うなら何なんだ? 宗教的な儀式か何かなのか?』

 『もっと違うわ!』

 『お前こそ真面目にやれよな』

 『やっとるわ!』


 何だ何だ、早くも仲間割れかよ。

 しかしコイツら、宇宙人なのにパントマイムなんて良く知っとるなぁ。

 侵略する星の文化をマジメに研究しとるんかねぇ、感心感心。


 『……とまあ冗談はこの位にしてだ』

 『そうだな、こんな時に何やっとるんだこいつはと思わなくもないが』


 冗談だったんかーい!


 さわさわー!


 『本当にキモいな、何なんだこの木は』


 くねくね、くねくね。


 『俺には分からんがまあ先程からその木が何かしてるということだな』

 『だからそう言っている。ちなみに今はクネクネしている』


 クネクネ、クネクネ。


 うーむ……コイツらマジメなのかフザケてんのかさっぱり分からんな。

 そもそもが目の前で仲間が不自然なポーズになって生き(?)埋め(?)になってるのを何とかするって話だろ。

 ツッコむならまずそこじゃねーか。

 大丈夫なんかコイツら。

 てかそこの木(?)も面白がって煽んなよな。


 さわさわー。


 あ? 大丈夫かどうかは俺次第だ?

 何でそーなるワケ?

 たとえば俺が代わりにツッコミ入れるとか?

 どーやって?


 さわさわー。


 『ふむ。何かに反応して動いているのか』


 何? お姫様を探せってどーやってだよ。

 さっきから出来ねーことばっか言ってねーか?

 それそこのオッサンは結局何なんだよ、宇宙から来たっぽい探検隊(?)も何なのか分かんねーけど。


 『……それはそうと良いのか?』

 『何がだ?』

 『そこのがれきの下に仲間が生き埋めにされているんだろう、それを助けるという話だった筈だが』


 おっ良いね良いね、ナイスツッコミ。

 多分お互いに見えてるモノが違うんだろ。さっきもそれが分かってる風な口ぶりだったじゃんかね。

 だからまずそれを確認しねーとなんだぜ。


 『そうか、そういえばそこにがれきの山があるという話だったか……だが生き埋めにされているというのは違うな』

 『ん? 俺にはがれき以外何も見えんが』

 『多分そのがれきをどければ俺の様に目視出来る様になるんだろう』


 そういや俺がいんのは正体不明のオッサン側のなのか?

 何せ今はがれきしか見えてねーからな。

 つーかさっき何かがお姫様(?)と一緒に落っこちて来るまでは探検隊(?)の連中と同じモンが見えてたよな?


 『なるほど……では生き埋めとは違う、と言ったのは?』

 『何、簡単な話だよ。もう生きちゃいないってことだ。

 何しろもうペシャンコになっちまってるからな。

 長年同じ釜の飯を食って苦楽を共にした仲だ。

 遺族のためにも遺品は回収してやらなきゃならねぇし……それにせめてちゃんと埋葬してやろうと、まあそう思ってな』

 『長年……同じ釜の飯、か。そうだな、友はかけがえのない宝だ』


 共感するとこはあるって感じか。

 しかしこのオッサン、いつからここにいたんだっけか?

 一緒に落っこちて来たエイリアンとかだったりしてな、知らんけど。


 さわさわー。


 へ? もう少し待てだ?

 何なんだよ一体よォ。


 さわさわー。

 

 へ?


 『何だ?』

 『ちょっと待て……いま母船を呼ぶ』

 『母船? 俺たちは見捨てられたんじゃないのか?』

 『お前は、な。俺はお前たちとは異なる星系からやって来た存在だ。

 ……事故の責任は取らせてもらう』

 『は? 何だと? 話が急すぎて理解が追い付かん』

 『俺は宇宙人だと言っている。実を言うと……俺の仲間が不幸な交通事故でお前たちの母船を大破させてしまったのだ』

 『な、何だって!?』


 な、何だってぇ!?


 さわさわー。


 いや、“いかがでしたか?”じゃねーよ!

 どーすんだよコレ!



* ◇ ◇ ◇



 さわさわー。


 だからお姫様を探せって言っただろ、だと?

 お姫様っつったってガワだけだろ。


 さわさわー。


 ガワが何だか分からんだとぅ?


 ゆっさゆっさ。


 あ? 言葉の意味が分からんだあ?

 若者ぶってんじゃねーぞオイ。


 『この動きは一体……何に反応している?』

 

 はい、俺でぇーす!


 さわさわー。


 ……じゃなくてぇー。

 ツッコむのはそこじゃねーだろーよー。さっきも言っただろーがよー。

 だいいちオメーの相方(?)がたった今とんでもねーカミングアウトしたとこじゃねーか。

 せっかくの一大イベントがオメーのすっとぼけで台無しじゃねーかよー。

 ホレ、予想外の反応にどーしていーか分からんて顔しとるぞ。

 どー責任とんだよー。

 そこの木(?)が怪電波を発する宇宙生物かもしれねーから見てたとか言い訳しといた方がえーんとちゃうかねー。

 そこんとこどーなんかねー。

 ってさすがに煽り過ぎか。


 『待て、何を見ている?』

 『すまん、その木が頻繁にクネクネと動くので今の状況に何か関係しているのかと思ってな』

 『木……さっきのクリーチャーという奴か』

 『先ほどの怪女といい、ここは何なんだ?』

 『ああ、仲間の船がコントロールを失ったのも何か関係があるのかもしれん』

 『すまん』

 『謝ることはない。ここは互いに協力が必要な場面だ』

 『分かった。改めてよろしく頼むよ』


 あー、えがったえがった。

 しかしあんたら誰か忘れてませんかねぇ。


 さわさわー。


 そーだな、お姫様を探せ、だろ。


 『む。まただ』

 『クリーチャーがまた何か動きを見せたか』


 おい、分かってると思うがクリーチャー呼ばわりされたからってペチペチすんのはやめろよ。


 ぐりん、ぐりん。


 『な、なななな何だッ!?』

 『ど、どうしたッ!?』


 オイオイオイオイちょっと待てーい!

 ペチペチすんなとしか言ってねーのは確かだが突飛な行動はもっとダメなのが分からんのかーい!


 『クッ……やはりこの木が怪しい……!』


 ほーらみろ。またズビュンズビュンビーム撃たれっぞ。


 さわさわー。


 え? まあその通りなんだけどねー、だと?

 ノリ軽っ!

 てかまさかのマジだった!?


 さわさわー。


 だからいかがでしたかって言っただろだと?

 ざけんなよ、だったら今までのバカ話は何だったってんだ。


 さわさわー。


 あんたのためでしょだと?

 ならさわさわ言ってねーでキチンと説明しろってんだよ。


 さわさわー。


 は? そのためのお姫様だぁ? 何だそれ?

 だからこんな状態じゃ探しようがねーじゃねーか。


 『……何だこいつは……さっきから何をしている?』

 『先ほどから立て続けに何か動きがあるのか?

 こちらからは何も分からないが……』

 『ああ、意味があるのか無いのか、さわさわと幹をしきりに動かしている……そういえばさっきも妙な動きをしていたが……』

 『妙な動き?』

 『ああ、ぐるぐると怪しい動きをしていた。思えば俺たちのシャトルが墜落して来る前にも突然直立姿勢になったりと怪しい動きをしていた』

 『その違いは一体……何が起きようとしている……?』


 さわさわー。


 え? 適当?

 そーなんか……


 さわさわー。


 良くある匂わせだからって何だよ。意味分かんねーよ。


 さわさわー。


 いかがでしたかはもうえーからマジメにやれや!



* ◇ ◇ ◇



 『動きが激しくなって来たぞ』

 『いよいよ何かが起きるというのか?』


 いやだから俺のせいだって。

 て言っても分かんねーんだよなあ。

 つーかこのオッサン状況を楽しんでねーか?


 さわさわー。


 まあ見てろだ?

 何回目だよそれ。 

 えー加減メタい会話も飽きて来たんだぜ。


 シャキーン!


 『む!?』

 『どうした、また何か動きがあったか』

 『ああ、例の怪しい木がまた直立姿勢になった』

 『確かさっきも……』

 『そうだ、シャトルが落ちてくる直前に同じ状況になった』


 何だ? 何かしちゃうカンジ?


 ゆっさゆっさ。


 オメーこそ楽しんでんだろってか。

 いやここじゃ俺は第三者だからな、アタマも至って冷静ってワケよ。


 『今度は一体何が……?』


 ”ピピピピピピピピ♪ ピピピピピピピピ♪”


 は? 俺の携帯の着信音? どゆこと?


 『な、何だ、何の音だ』

 『誰かからの通信ではないのか』

 『違う。なぜなら俺のレシーバーの着信音は森のくまさんだからな』

 『な、ナルホド』

 『しかし一体——』


 ゴスッ!


 『あ痛ッ!?』

 『何か空から降って来たぞ。大丈夫か?』

 『あー、あ? ああ、大丈夫だァ?』


 ホントかよ。

 てか何だ? 今落っこちて来たのは。

 結構大き目のカタマリに見えたけど頭に当たってイテテて済むもんなのかね。


 ”ピピピピピピピピ♪ ピピピピピピピピ♪”


 『な!?』

 『まただ。今のと何か関係があるのか』

 『俺の頭に何かがぶつかったのとほぼ同じタイミングだったな?』


 上見てても避けられんのかね。

 どっから湧いて出たのか分からんかったし直撃しても平気なくらいの勢いしかついてなかったよな。


 『気を付けろよ。また何か落ちてくるかもしれん』

 『ああ、分かって——』


 ズバァーン!


 へ? 今のお姫様(?)か?


 『おわぁー!?』

 『呼ばれて飛び出て大復っかぁつだよー……ってアレ?』


 地面の下から飛び出すとかどっからどーやって来たんだ?

 しかも結構な勢いだったぞ。

 探す手間が省けたけど……探してどーすんだっけ?


 『な……お嬢さん無事だったのか』

 『俺は無事じゃないんだが』

 『ああ、ゴメンゴメン』

 『オイ、大丈夫か。大分破損しているが』


 ”ピピピピピピピピ♪ ピピピピピピピピ♪”


 『む?』


 ピッ。


 『あっ私だ。ハイもしもし。ああ、お姉ちゃん?』


 オメーが持ってたんかーい! てか出るんかーい!

 イヤそもそも相手誰やねん、てお姉ちゃんだとォ!?

 リ○ちゃん電話じゃねーんだぞボゲェ!


 『え? 帰りに八百屋さんで長ネギ買って来てほしい?

 しょうがないなあ』

 『は? 帰り? 八百屋? 長ネギ?』


 何言ってんだこいつ的な反応、分かるわー。

 だって俺も同じこと考えてたもんな。

 しかも長ネギ買ってこいって何か既視感あるお使いだな。

 ……じゃなくてえ!

 お姉ちゃんてあの怪女だろ。それが電話かけて来て八百屋で長ネギ買って来いだと?

 意味分からんわ!

 つーかその電話俺のなんじゃねーのか?

 何か当たり前に出て話しとるしどーなってんだ?

 だいいちお姫様(?)を探せって言われて実際見つかってみたらこのテン末ってどんなギャグだよ。


 『え? 双眼鏡? 定食屋さんの? 何で? え? その辺に落っこちてないかって?』


 はい?

 あー、さっきのアレか。

 イヤしかし誰と話してんのコレ。

 誰やねんお姉ちゃんて。


 『なあ、コイツはもしかして……』


 もしかして?


 『ああ、壊れてるな』

 『やはりそうか』


 えー、何でそーなるの……って見た目がボロボロになったロボ子だもんなあ。


 『やむを得ん。暴走する前に破壊するしかあるまい』

 『しかしどうやって……』

 『あちこちガタが来ているんだ、メーザーガンで行けるだろう』


 メーザーガンてまたベタなやつ出して来たな!

 しかし何とかして止めれねーもんか。


 『あ、あったあった。それでどうするの? え? この木?』

 『ムッ!? あの妙な木に触れようとしているぞ』

 『何だと!? いや、壁を通り抜けた!?』


 さわさわー。


 『! 消えた!?』


 おろろ? どゆこと?


 『何をしている! 追——』


 さわさわー。


 何? ここはここまで?

 だからどゆことだって聞いてんだけど!


 さわさわー……


 ふたつとも回収したから削除するだと?

 待てよ、そのふたつってのは……アレ?

 ……おっさんらも消えた? 何で?

 もう“まあ見てろ”詐欺サギは通じねーからな。


 『あっ、ハイ』


 何だ!?


 『いえいえ、ではまた』


 あー、声だけが聞こえとるんか。

 どーゆー状態だコレ。

 てゆーかぶっちゃけ気になってんのは携帯の待ち受けの時計が何年何月何日何曜日になってるのかって方なんだがなあ。



* ◇ ◇ ◇



 しかし電話で誰と何話してたんだろーな。

 気になるわー。


 『さてと、じゃあ行きますか』

 『待て、どこへ行く……いや、今どこから話している?』

 『えーと……一緒に行きますか? 無いんですよね、帰るところ』

 『この星のどこに帰る場所があるというんだ。それにお嬢さんだって同じだろう。

 それだけ義体が損傷していては動くこともままならないだろう』

 『義体? まあ平気なんですけど。一緒に行きたいならお手を拝借……あー、反対の手はもげちゃってるので適当なとこをつかんどいてもらえれば。はい』

 『なっ……!?』


 あ、何もねーとこから腕だけにょきっと出て来たぞ。

 どーなってんだコレ。


 『話は分かったがそれに何の意味があるんだ?』

 『待て、安易に応じるな。どんな危険があるか分からない。

 状況を見るに超空間航行の類ではないのか?』

 『馬鹿な、相手は人間サイズだぞ。そんなエンジンはシャトルサイズの機体でも搭載できないだろう』


 やっぱ気になるわー。

 誰と何を話してたんだっぺなあ。

 聞いてた感じだとふさがってる方の手に持ってんのは携帯か。

 アレ? じゃあ双眼鏡はどーなったんだ?

 

 さわさわー。


 え? そこにある?


 『あれ? 誰かと何かをお話してる感じです?』


 おろ? 何か聞こえてた?


 さわさわー。


 へ? そもそもの話何だって?


 『え? そもそもはじめからその場所にある? 何が?』


 双眼鏡だろ?

 はじめからっていつからだ?


 さわさわー。


 あの後ゾンビたちがどこに行ったのか気になるだろって?

 何で——


 『何でゾンビの話になるの? さっきのゾンビは爆発でみんな吹っ飛んじゃったでしょ?』


 この反応、やっぱ同じ声が聞こえてんのか。

 てことはそこの木は中の人がいるってことになんのか?

 実際は誰と話してんだコレ? 

 てか“その場所”と来て今度は“あの後”か。

 いつかのゾンビパニックの再現だってか。

 知らんわ、いつだよソレ。


 さわさわー。


 『双眼鏡? あ、忘れてた……って何でここにもあるの?』


 さわさわー。


 『え? 嫌ですよ。だってほら、ホコリだらけじゃないですか。使うにしてもまずキレイにしないと』

 『……先ほどから誰と話しているんだ?』

 『さあな。まあ聞いておいて損は無いだろう』


 双眼鏡がアッチにもある?

 んでホコリだらけ?

 さらにゾンビパニック絡みだ?


 さわさわー。


 『えー、“いつもあなたを見ています”って何!? 怖いんですけど!』


 あー、何だっけ……アレだ……えーと……


 さわさわー。


 『もうひと息?

 何が……え? “しまったぁ”? 何それ?』


 ああ、アレか!


 さわさわー。


 『今度は“えっまさか!?”』


 いや違うな……えーと……


 さわさわー。


 『はい? “ズコー”って何よ。良い加減マジメにやんなさいよ』



 てか話に全くついて行けん。

 てかコレ相手さんもたいがい置いてけぼりだろ。

  

 それにしても分からんな。うーむ。



* ◇ ◇ ◇



 さっきのさわさわーはズコーって反応だったんか。

 アッチ側がどんな感じになってるのかは分からんけどそこの木(?)と何か話してるよな、絶対。

 ……じゃなくてだ、さっきの“しまったぁ”ってのは何がしまったなんかね?

 その意味じゃズコーが何に対するズコーなのかも分からんから一応関係はあった感じか。


 そこんとこどーなの?


 ……アレ?

 おーい。

 おーいおーい。


 えー、終わり?

 またこのパターンかよ。

 これじゃ尻切れトンボじゃねーか。

 こっからだろ、こっから。

 どーすんだよコレよぉ。


 おーい。おーいおーい……ってやるだけムダか。

 えー。


 『先ほどから誰と話しているんだ?』

 『そうだ、そちらに誰かいるのか?』


 おろ? あー。そーいやいたな、おっさんたちが。

 すっかり忘れとったわー。

 さっき何かモメてなかったっけか?

 そっちは大丈夫なんかね。


 『おい見ろ!』

 『なっ!?』


 何が起きたかといえば、何もないとこからニョキッと出てたお姫様(?)の手首がポロリと落っこちたんだぜ。


 むむーぅ? うーむ……

 えーと、俺の理解と目(?)の前で起きてることの整合性がバグっとるんだが。


 俺の理解じゃこことあっちはIFで違う方面に分岐した同じ場所みてーなのだと思ってたんだがな。

 んでそんな場所に同じ人物が同時にふたり存在することはねー筈、と。

 つまりは……どーゆーことだ?

 うむ、分からん!

 

 『つまりはこういうことだよ』

 『ッ誰だ!?』


 へ? 俺?


 『だがオメーは俺じゃねえだろ、俺がオメーじゃねえのと同じでな』

 『誰だッ! 誰かそこにいるのかッ!?』


 その話はえーんだけどさっきのしまったぁとかズコーはどーなったんだ?


 『そこかーい!』

 『えぇい、さっきから聞いていれば……俺を無視するなッ!』


 もーカオスやー。


 『そこ、楽しむなや!』

 『だから何なんだよジジイ!』

 『ジジイじゃねえ! おじ様と呼べぃ!』

 『良し、やっと聞いたなジジイ』

 『だからジジイじゃねえっちゅーに!』


 む……間髪入れずにツッコミかまくさるあたり、確かに俺じゃねーな。

 俺はもーちっとインテリジェンスにあふれたダンディなオトナだからな!


 『どこがや!』

 『む……誰だッ! 俺にもツッコませろ!』

 『そこかーい!』

 『コンビ芸人か』


 イヤほんとコレカオスだわー。

 てゆーか俺ってゆー割に俺と結構キャラが違うくね?


 『だから俺であって俺でないと言っとるだろうによォ』

 『その“俺”とは誰だ?』

 『少なくとも俺ではないな』

 『そこ、突っ込まんでくれる? 話がややこしくなるからよ』


 むむぅ……このオッサンたちのエンジンも暖まって来たみてーだな!

 ここは一発……


 『おっとモノボケはNGだ、オメーはコイツらには見えてねーんだからな』


 誰もお笑いグランプリやるとか言ってねーから!

 ……じゃねえ。いや待て。

 つーことはだ、コイツには俺が見えてるってことなのか?



* ◇ ◇ ◇



 おい、誰がモノボケをやるっつったよ。

 つーかボケること自体は否定しねーんだな?


 『悪ノリして話をややこしくすんなよこのウンコ野郎め』

 『待て、まだ何も言ってないぞ』

 『ホレ見たことか』


 ふっ、ウンコが漏れそうになってお隣のトイレに駆け込んだのは良い思い出だぜ。

 思い出っつーほど昔の出来事じゃねーけどな!


 『おい、さっきのは一体何なんだ』

 『はぁ……めんどくせぇな。さっきって何だよ』

 『やっと相手をする気になったか。まあ良い……そこにさっきまでここにいたお嬢さんの腕が転がっているだろう』

 『お嬢さんだぁ? あれがか?』

 『やはり何か知っているのか。人間サイズの機体でゲートを開けるなど聞いたことがない』

 『げぇと?』

 『フン……そもそもこんなへんぴな星系に人知れず、しかも何の痕跡も残さずにこうしていること自体が異常なんだ』

 『まあ山ん中だしなあ』

 『ふざけるな! 軍のレーダー網にもかからずどうやって地球から来たのかと聞いているんだ!』


 へ? どゆこと?

 ここ地球じゃなかったん?

 俺たちウチュージン、ミンナトモダチ?


 『来たっつうか、ここ地球なんだけど……大丈夫? おたくら』

 『な、何だってぇ!?』


 あ……コラ、そこのオッサン共、俺の専売特許を取るんじゃねえ!


 『おい、オッサン共、俺の専売特許を取るんじゃねえ!』


 あ、かぶったぜ。こっ恥ずー!

 てゆーかこのオッサン共はどう処するつもりだ?


 『処するってまた物騒なこと言うなあ』

 『言ってねえから!』

 『あ、言ってんのはアンタらじゃないんで』

 『そうだ、さっきから誰と通信していた?』

 『通信? うーんまあある意味通信なんかねぇ。霊界通信、的なヤツ?』


 えぇ!?


 『さっきからふざけるなと言っているだろうが』

 『ここがどこかって話はもう良いのか』

 『ぐ……順を追って確認させろ』

 『それが人にモノを頼む態度なワケ?』

 『ぐぬぬ……』


 おいおい、他人に悪ノリすんなとか言っといて自分がやってたら説得力ねーぞ。

 そんなコトしてっと俺も悪ノリしちゃうからな?


 ほれほれ、オバケだゾ?


 ゴトッ。


 『おろ?』

 『!? 今度は何だッ!』


 お、俺じゃねーぞ?


 『アホか! どう考えてもおメーだろ!』

 『今のはくだんの会話の相手のしわざなのか?』

 『ったく……悪ノリしやがって』


 だから俺じゃねえって言ってんだろーがよ、冗談は顔だけにしろっちゅーに。


 『それそのまんまブーメランだわ』

 『何? ブーメランとは何だ?』


 あー、もしかしてこのオッサン話がとっちらかって会話が出来ねータイプのやつ?


 くだらん話はどーでもいーから順に話してこーぜ?


 『ったく……そうだな。いつまでもくだらんコントを続けてる訳にも行かねぇしな』


 おう、頼むぜ。


 『じゃあ行くぜ。“タァミナアァル……オゥプンヌ”!』


 へ?


 『は?』

 『あ、あれ?』


 冗談は顔だけにしとけっつっただろーがこんにゃろめぇ!


 『お、おかしいなぁ?』


 つーか大丈夫かコイツ……



* ◇ ◇ ◇



 あー、取り敢えず今のでこのオッサンは俺っぽいってことは分かった。

 ゆーて俺と同じノリってワケでもなさそーだし……特に今のスベったとこな!


 まあ良くて俺(?)だな。


 だってよ、俺(?)って今さっき急に出て来たワケじゃん?

 てことはどっかから飛ばされて来たってことになるよな。

 俺だったらまず冷静に考察して仮説を立てるくらいするぞ。

 たとえゾンビパニックの真っただ中にイキナリ放り込まれたってそんくれーは出来んだろ。

 それにこんなとこに放り込まれたらまず何じゃこりゃーとか叫ぶのが鉄板だろ。

 そもそもの話、そこのSFおじさん共が何なんだって突っ込まねーのが不自然極まりねーんだよな。


 ん? 何かキョロキョロし始めたぞ?

 あ、モチロンだけど俺(?)が、なんだぜ。

 ……残りのSFおじさん共もつられてキョロキョロし始めたな……


 何だろーな、このそこはかとねー残念感。


 『い、今のが何だったのかは良く分からんが何かの装置を起動するキーワードだったり……するのか?』


 まあウソついてもしょーがねーし、失敗しちったてへへで一件落着だよな、常考。


 『い、いや……どうだ?』

 『その奥歯に食べカスがはさまってる感じの言い方、やはり何かあるのか?』


 ん? どー見ても失敗なんじゃね?

 それとも今ので似て非なる場所にチェンジしちまったとでも思ってんのか?

 うーむ……そんなことあったっけか?


 まあ少なくともさっきのしまったぁ、は多分だけどフラグだったと思うんだけどな!


 『おい、いるんだろ。返事くらいしやがれ』

 『!? ああ、さっきの会話の相手か』


 あー、コレ俺が黙ってたらビミョーな空気感になっちまうヤツか?

 ナルホド分かった、黙ってよーっと。


 『むむう、返事なしか。本当にいなくなったのか?』

 『その相手は……いや、その前にお前が誰なのかを聞いていない訳だが』

 『俺だってアンタらが誰なのか知らんのだけど?』


 ほほう……じゃあどっかから飛ばされて来た系というワケだな?


 『じゃあお互いに自己紹介と行こうじゃないか』


 おうおう、何か建設的なムードが漂ってきやがったぞ。

 それじゃあちっとも面白くねーじゃねーかよ。


 それよかおたくら、お姫様(?)はどーしたよ。

 行くんだろ、どこだか知らんけど。

 忘れてっと俺が呼び出しちまうぞ。

 それ、召喚しょうかーん、とな!

 なんちてなんちてー。


 『う、うわっ、ビックリした!』

 『今度は何……おお、さ、さっきのお嬢さんか』


 は?

 何がどーなった?


 『えぇっ!? 何で? どうして?』


 ちょっとそこの木(?)、これに関して何かコメントはねーのか?


 ……アレ? だんまり?

 そっちはねー感じか。それか眺めて楽しんでやがるな?

 性格ワリィなオイ、正直者の俺とは大違いだぜ! 


 ん? 今度はビームガンぶっぱしてた方のおっさんがキョロキョロし始めたぞ?


 『おい、どこだ! なぜ急にいなくなった!

 おい、返事をしろ、おい!』


 『さっきは急にゲートが閉じたから驚いたぞ。しかしどこから出て来た?

 さっきよりも更に損傷がひどくなってるが……?』

 『こっちもだけど私も訳が分からなくて』


 『おい、誰かいないのか! おーい!』

 『はいよ』

 『な……さっきの不良ジジイ……』

 『こんなナイスなミドルを捕まえてジジイだなんてひでぇ奴だなオイ』

 『さっきのシャトルの乗組員の男はどうなった?』

 『誰それ? ハナっから知らねぇわ』

 『何だと!?』


 『うぅ……眠い……ビビービビーって耳鳴りがうるさいですぅ……』

 『何だと……そいつは何かのアラートだろう。というか見るからにやばそうだし動いてるのが不思議なくらい壊れてるが』


 うげー。更なるカオスだわー。

 俺(?)チームとお姫様(?)チームに分かれてっけどお互いが見えてねーのか。

 しかもお姫様(?)チームの方は完全にSFおじさんの片割れの存在忘れてんだろ、コレ。

 かわいそーになぁ。


 しかしお姫様(?)の方は大丈夫か?

 何かビビービビーとか不穏なワードが飛び出してるが……


 いや、もーワケワカも極まって来たし後は野となれ山となれだぜ。

 来たれ、更なるカオス!


 『はあ……少し休むか……』


 ドガーン!


 「オディーサーン」


 『え……お姉ちゃん?』

 『は? さっきシャトルと一緒に落ちて来た奴か』

 『何だと!? 一体どこから』

 『おお、やっと見付けたぜ』


 えーと……コレは全員から見えてるってことでえーんかな。

 俺もうキャパオーバーなんだけどー。


 「オディーサーン、ニク、タリナイー」


 ん? アイツこっち見てね?

 てかこっちってどっちだ?



* ◇ ◇ ◇



 『何だ? 奴は何を見ている?』

 『何だ? 奴は何を見ている?』

 『知らんがな』


 おっと、アッチとソッチでハモったと思ったら一人だけ空気読めてねー奴がいたぜ! 誰とは言わねーけど!


 『おい、お嬢さん……っておい、大丈夫かおい、しっかりしろ!』

 『あ……あ……ァ……【ビビービビービビービビー】』

 『何かの警告音!? システムに異常をきたしているのか!?』


 えー、白目むいたお姫様(?)から何か不吉なエフェクト音が……

 これってアレの音だよな?

 お姫様(?)を探せってもしかしなくてもそーゆーことなワケなんかね?


 「……?」


 うおっと……ここでお姉ちゃん(?)がお姫様(?)の存在に気付いたぞ。


 『くそッ、最悪だ。どうする……?』

 『今度は何を見ている?』

 『知らんがな』


 相変わらず約1名空気読めてねーのがいんなあオイ。

 ってそーいやさっき電話でお姉ちゃんとか口走ってなかったか?

 このオバケが電話の相手か? いやまさかなぁ。


 ”ピピピピピピピピ♪ ピピピピピピピピ♪”


 へ? 今の着信音、どっから鳴った?


 ピッ。


 「ハ、ハイ、モシモシ……」


 えぇ……コイツが取っちゃうのォ?

 んでハイモシモシとかフツーに受け答えしちゃうんかいな……

 てかさっきホントにお姫様(?)と話してたのかよ。

 いや、それよか今度の相手は誰だ?

 さっき話してたお姫様(?)はあんなんなっちまってるし……


 『オイ、ありゃあ何だ? トランシーバーか?』

 『トランシーバー? 何だそりゃ? それこそ知らんがな、だろうが』

 『トランシーバーを知らないだとォ?』


 そこはどーでもいーだろ。


 「……ハイ、ワカリマシタ」

 『……急に静かになった? 何か不穏——』


 ガブリ。


 「バリバリボリボリ」

 『何だアイツ? 今何か喰ったな?』


 ……えー、お姫様(?)チームのSFおじさんがマルカジリされちまったんだけど。

 あまりにも急で反応する暇もなかったんだぜ。

 俺(?)チームは完全にギャラリーだな。

 しかしそんなにのんきに構えててえーんかね。

 フツーに考えたら次はおメーらの番なんじゃねーの?


 んで一方のお姫様(?)は相変わらず白目むいてるし……ってそっちも食っちまうのかよオイ!


 「ガリッ!」


 おっと、固くて食えねーってか?

 歯が立たねーとはこのことだな!


 『お、お姉ちゃん……まるかじりしちゃうの?』


 お? んでもって逆に今ので正気に戻った感じか?

 しかしまるかじりしちゃうってアンタねぇ……

 あ、あー。まさかとは思うがそういうプレイが好きだったりすんのか?


 『ゴメンね、お姉ちゃん』

 「ア、アあああっ! ク、クルシイ……ヤメテ……【やメてくだサい】……」


 ……ビチャ。


 『なっ!?』

 『あー、やっちゃったな』


 な……コイツは……思い出したかねーがどこぞの廃墟ん中で見たアレだな、胸クソ悪いな。

 急に苦しみ出したと思ったら赤黒い液体になってそのまんまビチャっと地面のシミになっちまった。

 あ、ビックリしてんのはSFおじさんの食われてねー方ね。

 んで問題はお姫様(?)と俺(?)の方だな。

 コイツら明らかに確信犯みてーなムーブしてたぞ?

 あ、俺(?)氏、携帯はちゃっかり確保してやがんな。


 『おーい、見てるんなら何とかしろー』


 えー、そして俺(?)さんが俺をご指名だ?

 どゆこと?



/continue

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