奏とカメラ小僧と その3

 奏は、出逢った当初からインドア派だった。そのお陰でいつの間にか、この座敷童を外に連れ出すことが、僕の楽しみのひとつになっていた。

 年間で、日帰り6回、宿泊1回は行けたら良いねと、毎月コツコツ貯めている貯金も、この日があるから楽しくて仕方がない。

 日帰りと、一泊二日をミックスした今回の旅。初日は、2時間程の電車旅を満喫しながら、世界遺産である姫路城を目指すことにした。

 お互いに長旅が好きである。だが、意見の食い違いが一点だけある。

 現場での時間を少しでも多く取りたい。その為に、短時間でシュッと現場入りしたい僕。

 対象的に、各駅停車なローカル線に揺られて、移動時間も含めてゆっくりと旅を満喫したい奏。

 今日と明日は僕の勝ち。JR西明石駅で、駅弁「ひっぱりだこ飯」を購入しての電車旅。これはこれで魅力的だけど、また今度。

 今回は、それ以上に足を運びたい場所があった。

 行き当たりばったりを楽しむ奏とは違い、僕は旅先でのプランをしっかり練る。飲食店や観光名所などは前以て調べておかないと落ち着かない。彷徨っているうちに、時間があっという間に過ぎてしまうのが嫌だった。

「お店に着いたら休業日」なんて、ポンコツスキルを持ち合わせていたりもするけどね。2軒続けて発動してしまった時は、奏様も御立腹だった。

 連れ回されてご飯も食べれない。汗を掻き、口が半開きになるほど歩き疲れて、背中越しに「ゴゴゴゴッ!」とジョジョ文字が浮かび上がる。雷系最強呪文を唱えられてしまいそうなことも、あったかな。

 今日は絶対に訪れたいお店だったので、しっかりと休業日もリサーチ済み。

 電車を乗り換えるために隣駅で降りると、ホームと電車の隙間に、ベビーカーのタイヤを捕られ、身動きが取れないでいる女性を発見した。

 奏が『あっ』と言うよりも先に視界に入り、体も動いていた。

 何も言わずに駆け寄り、挟まっていた右前の前輪を両手でひょいっと持ち上げる。思っていたよりも簡単に抜けて良かった。

 お礼を言われて「いえ」と一言返事をするだけで、女性と赤ちゃんの顔を覚えていないくらい、その場をサッと立ち去る。

 我ながら、男前な対応をする・・・

 だが、振り向きざまに、一瞬記憶が飛んで視界も真っ白になるほどの衝撃を体に受けた。

 ドンッッッ!!!

 その正体は

「毎朝何時間を費やして作成されるんですか?」

 そう聞きたくなるほど色鮮やかな厚化粧に、どこで売ってるのやら見たこともない全身を覆う派手な洋服。

 小柄なのに、少し膨よかってだけで、どこに僕を弾き返すだけのパワーが隠されているんだろうか。いやそれよりも、この手のおばちゃんは関西限定なんだろうか。絶滅しないんだな・・・

「あ、すいません」

 咄嗟に出た謝罪の言葉も無視をされる始末。それどころか物凄く不機嫌な顔で睨みつけてくる。

『アハハハハハ』

 奏が、たまらず噴き出してしまった。

 バカ!

 奏の手を取り、逃げるようにその場を去る二人。

『アハハハ! 格好良かったのにねぇ、アハハハハ』

「あのババア」

『駄目だよババアなんて言っちゃ。ひとさんの名前が売れ始めたら、応援してくれるかもしれないんだよ。きゃーーーって来るよ? 君はマダムキラーなんだから』

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