第31話:今が別れめ、いざさらば01


 実のところ、四天王で一番初めに零那を見知ったのは黒冬四季である。案の定……零那の方はさっぱりと忘れてしまっている。


「右と左を確認してから渡れ」


 そんな零那の言葉。信号無視で突っ込んできた車から四季を助けたのが零那だった。水色のセーラー服……そのカラーを暴力的に掴まれ、歩道に強制的に引き戻された。そのすぐ目の前を高速で乗用車が通り過ぎる。


「命を救われた」


 それは事実だ。助けてくれた男子生徒を見やれば、御尊顔の整っている眉目秀麗。


「申し訳ありません。ありがとうございます」


「謝辞は受け取るが……然程でもないな」


 特別恩に着せる気もないらしい。


「くあ」


 と欠伸をして零那は立ち去ろうとした。


「あの……お名前を!」


「十三永零那」


 それが零那と四季の出会い。格好良くて優しくぶっきらぼう。そのくせ偽悪的で不機嫌を露骨に演じるヒーロー。四季の目には零那がそう映った。中等部の初期の頃。


「黒冬は好きな人居ないの?」


 思春期も近づく八十八夜。そんな話題は女子の間でも言われている。


「いるけど」


 あまりそれどころではなかったが、それはそれとして乙女も先天的な業だ。


「マジで!」


「マジばな!」


「誰し!」


 人の恋慕はテレビゲーム以上に思春期の娯楽。余り言いたくはなかったが、押し込まれてやりこめられ、


「十三永さん」


 と暴露してしまった。当人にはあまり関知しないところだが四季は美少女だ。黒絹のような長髪。同色の瞳は黒曜石にも例えられる。モデルのようなボディラインは弛まぬ訓練の証左でもある。多分に人目も惹くし、色恋沙汰にも巻き込まれる。


 零那に対する学院生の対応が一変したのは、主だってコレを起因とする。


「黒冬四季の好きな人」


 それが男子の反感を買い、スクールカースト上位陣……その四季フリーク男子たちの堪忍袋を刺激する。言ってしまえば、


「気にくわないアイツ」


 で表現できるが、その結果の惨憺たるは零那を人間不信に陥れた。四季の耳に次に届いた零那の評価は、


「虐められている少年」


 とのことである。


「四季さ。十三永が好きって言ってたよね? アイツは止めた方が良いよ?」


 そう友人たちに諭された。原因も聞かされた。男子たちが反感を覚えて虐めている。よりにもよって黒冬四季を理由に。


「私のせいで――」


 との自罰感情はうがち過ぎだが、四季に責任がないとも言い切れない。もちろんイジメを実践している虐めっ子たちが直接的な原因であり責任を背負うべきだが、さすがにそこまで割り切れる人情味のない性格はしていない。


「自分の軽はずみな発言が十三永さんを傷つけた」


 それが恐ろしいことのように思えた。自分が想った人間がイジメの対象になる。分かって尚、四季は零那をフォローできなかった。


「庇って同じくイジメの対象にされるのが怖い」


 ごく普遍的な筋論だ。誰しも一人になったりハブられたくなかったりするから会話をあわせるし流行りを探る。その点で言えば四季の順応さは器用と言えたろう。けれどもソレは虐められていなくとも、自罰感情で自己を歪める。


「自分は恋愛をしてはいけない」


 そう受け取った。もし零那がソレを知って感想を述べるなら、


「然程のことか」


 と論評したろう。人間社会に合わせて生きるなんてことを零那は選ばなかった。保健室登校で出席を取り、図書館で本を借りて読む。コーヒーを飲んで教科書をパラ見。それで学年トップの学力なのだから畏れ入る。四季も時折理由を付けて保健室を訪ねたが、零那は保健棟の一室で勝手知ったるとコーヒーを飲んでいた。


「虐められて辛くありませんか?」


 怪我を理由に保健棟に顔を出す。ふと懸念したことを聞いてみたが、


「別に付き合ってやる必要もないしな」


 それが零那の言葉だった。


「どうやら本気で自分のことを覚えていないらしい」


 四季はそう感じ取った。命の恩人であり、イジメを誘発させた根幹。とても自分の口からソレらを細やかに説明する勇気を中等部の学生が持ち合わせているはずもなかった。


「ごめんなさい」


 それは背景に対する言い訳だったが、


「気にするな」


 零那は心配してくれたと取った。


「――――」


 ドクンと心臓が一際高く鳴る。元より惚れているのだ。優しくされればコロッといく。


「かくも乙女心が救い難し」


 嘆息する。


「コーヒー飲むか?」


 まさか目の前の人物がイジメの原因とは思っていないだろう。


 零那は四季に優しくした。


「飲んでいいんですか?」


「学校の経費で落ちるしな」


 考え得る限り最低な言葉だったが、零那がいうと説得力がある。


「あの」


「何か?」


「辛いことがあったら言ってくださいね?」


「それは養護教諭の仕事だな」


 サクッと零那は切り捨てた。

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