第25話:読書狂いの初恋は01


 白秋三代は言霊を信じている。言葉が力となり、体をなし、結果を出力する。切っ掛けはある種の些細なこと。


 友人が死んだのだ。


 階段を踏み外して転落。頭から転げ落ちてそのままポックリ。ニュースにもならない普遍的な人死。が、三代には意識革命だった。三代はその友人と仲違いしていたのだ。


「アンタなんて死んじゃえ!」


 そう叫んだ。子どもながらの言葉だったろう。本当に死を願う人間は「殺す」や「死ね」といった言葉を使わない。正確を期すなら、


「不幸になれ」


 が最も近いはずだ。がここですり替えが起こる。所謂、


『前後即因果の誤謬』


 が的を射ている。


「死んじゃえ」


 と言葉を向けた友人がその日のうちに死んだ。言われた瞬間に死んだわけでも、まして三代の目の前で死んだわけでもない。それでも三代にとっては自身の言葉と友人の不慮を点と点で繋げるに妥当ではあった。


「私が殺した……」


 誰に慰められるはずもない。因果関係なんて無いに等しいのだから。ただ単純に自罰感情による言葉の封鎖。これが三代の原点だ。


 親は心配した。


「失語症ではないか?」


 病院にも連れて行かれたが、それで解決するものでもない。言葉を失ったのではなく封じているだけだ。その辺りの親の誤解はしょうがないが三代は言葉で弁解することをしなかった。


 子どもながらに覚っていたのだ。


 本当の事を話すと、


「考えすぎだ」


 と慰められるだろうことを。そんなことを三代は求めていない。ただただ自分で自分を律するために言語を使わないとゲッシュを科したのだ。


「黒魔術教本」


「死と宗教」


「ニーチェ概論」


 羅列すればそんなところか。オカルトにハマり、宗教にハマり、哲学にハマった。自らの罪の根幹である言葉。その意味することを魔術に求める。宗教と哲学は死んだ友人の死後への理解のため。本を買うにはお小遣いも足りなかったため、自然と資料は市立図書館を頼る。ゴーストリアの三因子について知ったのもこの少し後くらい。


「デッドマンスクロール」


 死者の記録帯。ゴーストリアの第一因子。友人の死が記録されている媒体。それについて想いを馳せる。


「死者は何を思うのか?」


「死者は何を恨むのか?」


「死者は何を許すのか?」


 知り得ようはずもまた無い。死者の有り様とはまた別に、一般教養では人の死を物理的に諭してくる。理科や科学と呼ばれる授業だ。酸化反応を自律的に継続可能とする存在……そを指して生命と呼ぶ。人が死ねば死体が残り、火葬すれば遺骨は墓の下へ。自然に任せれば鳥や虫やバクテリアが自然に帰す。


 それだけ。


 南無阿弥陀仏。


「単なる骨に手を合わせて何を思うのか?」


 幼いながら物質主義と観念論の摩擦で脳をオーバーヒートさせる三代。未だ答えは得られていない。


 そんなことがあって、三代はビブリオマニアになった。元々がアルビノ。白い髪に白い瞳。寡黙で読書好き。言葉を発さず哲学にふける。当然友達の出来ようはずもなく、思春期の中では浮いた。零那と違いイジメは起こらなかった。それを喜べるかと言えばあまりそうでもない。虐められれば自身を不幸と思えるだろうが、虐められないことを幸福に思う人間はいない。結果に則して感情が動く一つの証左だった。


 三代は一つ愛読していた本がある。


「人間失格」


 太宰治の傑作。自身の劣悪な人間性を皮肉った古典。


 友達に、


「死んじゃえ」


 などと言って本当に死なれた人間失格。自殺する覚悟もなく、死者を悼んで性格を歪めた自分自身。事情そのものは別でも、そのネガティブは三代の胸を打った。


 後刻学院の図書館で人間失格を借りると、メモ紙が挟まれていた。


「あなたはこの本に何を望む?」


 誰の悪戯か。けれども無視も出来ない問いかけ。一晩かけて本を読み終え、メモ紙に返事を記す。


「自嘲への共感と慰撫を」


 そして後日、改めて人間失格を借りると、メモ紙は想定通り健在だった。


「エクセレント」


 それだけ。けれども三代には少し嬉しかった。名も知らぬ誰かが自分のことを分かってくれる。一銭もならないが、たしかに言葉は届いたのだ。

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