第24話:恋に恋する恋乙女10


「あっしじゃ駄目?」


「正気か?」


 言い訳の手段では無い。本気で零那は問いただしていた。


「俺に迫って何がしたい?」


 当人の自己評価は暴落の一言だ。


「死ぬのが勿体ないから生きている」


 を前提とすればあらゆる善意が無に帰す。


 そして、


「それでいい」


 と零那は信じている。人様の事情に首を突っ込まない。関わらない。関知しない。まして肩を預けるなぞ尚更だ。


「ビッチの何がそうさせる?」


 考えざるを得ない条件ではあった。


「あっしなら……」


 呟くように二葉は言う。


「零那になら体を許しても良いかも……」


「病気が怖い」


「処女だし!」


「恋に恋する恋乙女なんだろ?」


「そーだけどさー」


「砂糖菓子と恋愛する気はない」


「処女だってば」


「その程度は把握してる」


「本当?」


 半眼で睨む二葉に、


「それなりには」


 淡々と零那は言葉を紡ぐ。


「あっしの体なら貪り甲斐があるとは思わない?」


 事実その通りだ。二葉の体は高校生にしては熟れすぎている。


「劣情をぶつけるには良いかもな」


 そこは否定できない。


「一子には悪いけど……あっしは中学の頃から零那に惚れてたし」


「む~……」


 一子は複雑な心境らしい。一子より二葉が先なら確かに正当性はある。だからといって流される理由もないものだが。


「で?」


 極端に言えば、


「それで俺にどうしろと?」


 そんな理屈になる。


「あっしは本当に零那に救われたの」


「そなのか?」


「親の意向に反抗するなんて想像も付かなかったし。髪を染めたのも零那が言ってくれたからだし」


「そうなの?」


「ビッチと何処で知り合ったかも覚えてないがな」


 特に何を言うでもなく述べる零那だった。


「結局ビッチは俺を好き……でいいのか?」


「当然っしょ」


 そういうことらしい。


「趣味悪いな」


「一子に失礼かも」


「蓼食う虫もって奴」


 紅茶を飲む。


「ワンコもビッチも」


「ワン!」


「ビッチじゃないし!」


 そこは譲れないよう。


「じゃあ何で恋人を取っ替え引っ替え?」


「零那が……」


「俺が?」


「嫉妬するかなって……」


「ビッチ」


「乙女だしょ!」


 心からの叫びだった。


「あっしじゃ駄目系?」


「ワンコがいるしな」


「死んでるし」


「否定はする気もないが……」


 それでも。


 零那にとって一子は一子だ。未だ第三因子は見えずとも、それでも想うに不足はない。


「二葉ちゃん……」


 一子の困惑も必然だろう。友情と慕情。そのどちらが優先されるかはまた別の議論を必要とするが。


「あっしは……私は……」


 その先に何を言おうとしたのか。それを零那が知るには少し時間が空く。


「十三永ぁ!」


 零那を呼ぶ大声。


「あまり気にすることでもない」


 そんな風に零那は淡々と紅茶を愉しんだが。声で人物の一切は認知している。要するに二葉の元カレだ。


「…………」


 軽やかにスルーする零那に、二葉の元カレは折りたたみ式のナイフを取り出して明確な悪意をぶつけてきた。ザワリとどよめく喫茶店の客。


「死ね!」


 語彙の貧困な宣言だった。零那に向かって男はナイフを突き刺す。


「零那!」


 案じたのは自身ではなく二葉の方。無造作に突き出されたナイフを腹部で受け止める。鮮血。出血。痛覚が裂帛にて二葉を襲う。零那の対処は迅速にして効率を極める。ナイフを振るった男を無力化して凶器を奪い、病院への緊急連絡および警察への通報。流れ作業のように万事をこなし、そして平穏を得る零那だった。

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