鉄拳流天
黒鉄刃金
第1話 三千世界ノ大魔王
かつては強壮たる魔王ボリスの居城だった青の城、その深奥の扉を蹴り開け、少女ー
禍々しいというよりも、渦巻く空気がひたすらに不快な城内を翔ぶ様に駆け、最後の三歩で玉座への長く歪な階段を、文字通り三段跳びで登りきる。
忌まわしき魔王の玉座を視認し、低く構えた恋鉄の肩に羽織った軍用コートがふわりと浮き上がり、右腰に佩いた太刀の柄頭が覗いた。
「へぇ、左利きかぁ。なんだか行儀が悪いねぇ」
渦巻く不快な空気の中心の玉座から、へらへらと軽薄な声がかけられ、美しく整った少女の眉が僅かに顰められた。
「お前が三千世界ノ大魔王か」
凛とした恋鉄の問いに、玉座に座るまだ青年…というよりも、いっそ少年じみた平凡な顔立ち、平凡な体格、白いカッターシャツに黒のスラックス姿という、平凡故に余りにも異常な姿の若い男は、濁り曇った眼差しで恋鉄を眺めながらへらへらと笑う。
「その通り、僕が三千世界ノ大魔王、ナイです」
男の言葉が終わるよりも先に恋鉄は間合いを詰め、抜く手も見せぬ電光石火の右逆手斬りで逆袈裟に肉と骨を断つ。
その白刃は渦巻く瘴気と城そのものすら斬り払い、その一太刀分だけ忌まわしき青の城が浄化される。手応え有り。
「ブッ、カハッ…!」
が、恋鉄の太刀が両断する程に斬ったのは玉座の大魔王ではなく、その前に立ちはだかった青黒い肌の全裸の女。
乱れた赤い髪から左右に突き出した山羊の角、逞しくも豊満な肢体の全身に走る入墨じみた手術跡は、優秀な肉体を継ぎ合わせて創造されたという魔王ボリスの身体的特徴と符合していた。
ボリスから吹き零れる青い血とはらわたを避ける様に飛び退り、恋鉄は機械的に血振りして納刀。へらへら笑いの大魔王を睨み付ける。
「ああ、ボリスさんが。僕の一番親しい友達だったのに」
「…お前!」
どさりと大魔王の足下に倒れ伏した魔王ボリスは、青い血を吐きながら大魔王を仰ぎ見る。魔王ボリスはその眼に涙を浮かべ、そして息を吐き、動かなくなった。
大魔王は明らかに魔王ボリスを盾にした。どうやったのかは現時点では不明だが、恋鉄の抜刀よりも速く魔王ボリスは出現し大魔王の肉盾となった。
問題はそこではない。魔王ボリスを斬ったのは自分。
だか、魔王ボリスを肉盾にしてへらへらしている大魔王に腹が立つ。いや、ひたすらに不快だった。
「簡単にボリスさんを斬るなんて凄いなぁ。やっぱり剣術系のスキルかなぁ?」
玉座の肘掛けに頬杖をつきながらへらへらと笑う大魔王に、その一太刀で悍しき空間すら斬った恋鉄は堂々と宣言する。
「スキルなんてものは、足枷にしかならない。いずれ、この世界のスキルもステータスも超え、私の刃は天に届く」
「へえぇ…」
へらへらと不快に笑う大魔王は、一層笑みを深くして少女を指差した。
「隠している左手なら、僕の首に届くのかなぁ?」
恋鉄は一瞬顔を顰め、そして一度大きく息を吐き、半歩踏み出して軍用コートを肩から落とす。
コートの下から現れた藍色の袴姿の左袖から、右腕よりほんの少し細い左腕が前後に並んで二本伸びていた。
その二つの左手がゆるゆると腰に佩いた太刀の柄を握り、恋鉄の体躯には不釣り合いな二尺六寸の刃を音も無く抜刀する。
暗く淀んだ魔王の城でその白刃は清冽に輝き、気負いもなく油断もなく、三腕の異形でありながらそれ故に美しい少女はその肩に太刀を担ぎ、再び堂々と宣言する。
「第#*世界を守る為、私の師匠は世界救済ノ天使を斬った。ならば三千世界ノ大魔王、お前を斬るのは私の役目だ」
「楽しみだねぇ、本当に」
大魔王はへらへらと軽薄に笑いながら玉座から腰を上げた。そして、扉の向こうから響いてきた複数の足音に耳を傾ける仕草をする。
「お仲間も到着したみたいだし、勇者御一行の魔王退治と行こうじゃないか。ドラクエみたいでワクワクするねぇ」
三千世界ノ大魔王・ナイは、足元の魔王ボリスを踏みにじり、軽薄に、悍ましく、凄惨に笑った。
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