第65話、革命(他国頼り)

 賢者が眠気と戦っている事に気が付きつつも、少々我慢をして貰う方向に動いている。

 こればかりは賢者の事が大事なメリネやローラルも仕方ないと判断していた。


 何せ今まで小競り合いを続けてきた国との戦争が、もしかしたら最後になるかもしれない。

 勿論それは希望的な考えでしかないが、上手く行けば可能性の無い話でもない。

 何せ今まで戦場に出てこなかったトップが出て来るのだから。


 故に青年が男へ話を促す事を誰も止めはしなかった。


「我々の主が国を纏めます。そうなればこの国に無駄な戦争は仕掛けません」

「クーデター、という事かな?」

「はい。そうなるでしょう」

「出来るのかい?」

「出来なくとも、国内で争いが始まり我が国が疲弊すれば貴国にとっては利になるでしょう」

「私達が戦争で勝利して、そのまま国を攻め滅ぼすかもしれないけど?」

「そうなった時、この国は守りが足りないのでは?」


 ニヤッと笑いながら告げた青年に対し、男は若干の冷や汗をかきつつも答える。

 そしてその言葉は真実であり、だからこそ青年にとっては悩みの種だ。

 いや、この場合はこの国の王族にとって、というのが正しいか。


 賢者が侵入者に対して感じた防御能力の低さは、この国にとって最大の弱点。

 自国は大陸の端にある訳でも、近くに魔法国家しかない訳でもない。

 普通に他国も存在していて、ただ敵視も危険視も余りされていないだけ。


 それは今までずっと防衛に勤めていたからだ。反撃しかしなかったからだ。

 自ら攻め滅ぼす行動をもし起こせば、きっと周辺国も警戒を抱くだろう。

 そうなった時に守りが薄いこの国では、敵が増えた時に対処できない。


 たとえ賢者という最大戦力を手に入れたとしても、それは正面からという限定的な強さだ。

 もし相手がなりふり構わない戦争を仕掛けてきたら、多くの民が被害に遭う事は間違いない。


 ならば我が国は自国の存続と平和を願う。そういう国でなければいけないのだ。

 つまり攻め滅ぼす真似は出来ない以上、利益になる方向で話を進めないか。

 男が告げたのはそういう意味であり、けれど青年の機嫌を損ねない事を祈りながら。


「成程、君達はきちんと仕事をしている様だ」

「お褒めに預かり光栄です、王太子殿下」


 ただ男の不安とは裏腹に、青年は笑顔で肯定を返した。その通りだと。

 今まで数々の理不尽を受けていた男は、その在り方に心からの想いで応える。

 我が国の元首もこうであれば、などと思いながら。


「だがそれだけでは少し足りないな。上手く行ったとしても、ただ君の主が元首になって終わるだけじゃないのかな。結局はまた戦争を仕掛けられる未来が見える」

「我らが主は、無策でそちらの筆頭殿に仕掛ける愚者ではありません」

「策があれば仕掛けるのだろう。今回のように」

「それ、は・・・」


 真正面からやれば勝てない相手。だから機会を伺って耐え忍んだ。

 そして好機がやって来たと判断して実行に移った。

 ならば次も好機が転がり込んでくれば、戦争を仕掛けてもおかしくない。


 男としては反論をしたかったが、青年の言う事は間違っていないと思った。

 どれだけ言葉を取り繕っても、自らの行う事は力による国家転覆だ。

 そんな行為をした人間を信じられるかと言えば、難しいと言わざるを得ないだろう。


「ふむ、反射的に反論しなかったのは良いね。理性的だ。自らの行動がどう映るのか良く解っている。ならば解っているのかな、クーデターが成功した後どうなるのか」

「・・・周辺国からの警戒が、強くなるでしょうね」

「そうだね。今まで我が国以外には余り興味がないと見えた国だけど、頭が変わればどうなるか解らないと判断するだろう。力で頭を挿げ替えたなら余計にね。なら、攻撃される前に潰しにかかられる可能性も無くはない。その辺りの対策も考えているのかな?」

「・・・だからこそ願い出たのです。成功の暁には、友好を結びたい意思を伝える為に」


 男の言う事は、今までの遺恨を水に流して国交を持たないか、という交渉だった。


 勿論それには賢者が元首を打ち取り、そして男の主が国家転覆を成功させる必要がある。

 ただ成功すれば大きな敵国が一つ消え、そして上手く行けば守りの薄さも解消できるだろう。

 友好国からの戦力支援、という形で魔法使いを手に入れる事で。


 魔法国家としても、これは今後戦争をしない為の内戦だと主張できる事でもある。

 一番の敵国であった国と友好を結び、侵略国家としての在り方になる訳ではないと。

 何よりも戦力が低下した所で攻め込まれない為にも、強力な味方を欲していた。


 お互いに友好を結ぶ事に意味がある。そう判断しての交渉だ。


 何よりも今回の件を「魔法国家からの頼み」として実行する事で貸しも出来る。

 ならば今後の国交でも貸しが重しになり、だが踏み倒す事も難しい関係が続くだろう。

 当然それは、今までの思想に染まった者達を抑えられる事が前提となるが。


「出来るのかい?」

「出来なければ、我が国が滅ぶのを眺めるだけになるでしょう」

「どちらにせよ損は無いと言いたいんだね」


 クーデターが失敗しても結局敵国は滅ぶか、滅ばずとも弱体化する。

 少なくとも普通に戦争しての疲弊とは比べ物にならない程に。

 なら思想が変わらないままだったとしても、次の戦争はかなり先になるだろう。


「良いだろう。お前たちの要望を聞き届けよう」

「あ、ありがとうございます!」

(元々この話が無くとも元首は打ち取るつもりだったけどね。ま、教える気は無いけど)


 実は青年としては予定通りだ。けれどさも今決めたかのように答えた。

 男はその返答に感謝を込めて頭を下げるも、青年に罪悪感は欠片も無い。

 そして国益に繋がる事となれば当然、リザーロという男は国王の為に話を進める。


「成程理解した。とりあえずは利はある様だ。ならば元首とやらの配置だが、面子の為に戦場へ出て来るのであれば・・・後方の安全な場所に陣取る事は無いのだろうな」

「はい。でなければ実力主義を謳っていたのは何だったのか、という話になりますから。何より上層部にも一部、本気で実力主義を信じている者も居ますので。今回は下がれないでしょう」

「成程、思想主義者の暴走の結果という事か」

「それだけなら、まだ違ったかもしれませんけどね・・・」

「どういう事だ?」

「利用している側も現実が見えていないという事です」


 上層部の大半は魔法使い至上主義を上手く使っているだけだが、一部本気の者も居る。

 幼い頃からその思想を教え込まれ、そして才能があったが故に実力を示す魔法使い。

 そういった者達が上層部に存在する事で、今回元首自ら出るという事になった。


 他の者達が口にする「精霊術師ごとき」という言葉を本気で信じて。


 ただ一番の問題点はそこではなく、諜報員の報告を誰も信じていない事だろうか。

 思想を利用する者も、そして思想に染まる者も、どちらも賢者の力を信じていない。

 長年魔法使い至上を謳った弊害か、利用する者達もその思想に若干冒されていた。


 精霊術師を脅威であるとは思っていても、本気で向かえば潰せると思っているのだ。

 故にこの国との戦争も、実力を示す事にも興味は無いが、勝利する気で戦争に臨む事になる。

 余りに現実が見えていない行動だと、男は苦々しい表情で吐き捨てた。


「・・・つまりどちらにせよ、筆頭殿の実力を信じていないという事か」

「はい。ある程度の力は付けたのだろうが、それでも我らに適う程ではない。本気で潰しにかかれば問題ない。そんな風に考えているようです」

「それは確かに愚者だ。愚者という言葉すら適していないと思う程に」


 鍛錬場で、そして王都で、二度賢者の魔法を見たリザーロは呆れた声音で呟く。

 あの魔法を実際に見てしまえば、真正面から戦う事を得策とは思えない。

 少なくとも賢者が健在の間は、戦争を仕掛けない方が良いと思うのが普通の判断だ。


 もしくは仕掛けるとしても、今までとは違い正面から仕掛けるのは止めるかだ。


「それだけ挑発が効いた、という事ではあるんだろうけどね」

「そうなるのでしょうね。陛下も今回はかなり楽しそうでしたし」


 青年がクスッと笑いながら告げた言葉に、リザーロは苦笑で返さざるを得ない。

 彼も国王から今回思い切り敵国を挑発した事を聞いている。

 老人と少女の件以外にも、今までにない事を色々とやったと。


 それが功を奏した結果と考えれば、国王陛下の意図通りと言う事になる。


「それで、詳しい配置などは解っているのか?」

「はい。とはいえ事前の作戦通りとなるかどうかは解りませんが」

「間違っていた場合は、貴様らの望みが叶わんだけだ」

「・・・はい」


 それでは意味が無い。とは言い返せない男は、リザーロの要望通り持てる情報を話す。


「・・・すぅー・・・すぅー・・・」

『グォン・・・』


 尚賢者は立ったまま寝ていた。熊は起こすべきかどうか悩んでる。

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