第52話、逢瀬2(護衛)
「まったく、魔法主義国家が聞いて呆れる。力ある魔法使いが正義というのであれば、堂々と戦争で挑みに来ればよかろうに。なーにが魔法至上主義じゃ」
『グォン!』
賢者がイラつきのままに言葉を吐き出し、ボスンと青年の正面に座る。
王太子相手に大分問題のある態度だが、青年はただ苦笑で返すだけだった。
熊も賢者の暗殺など許さないと鳴き声を上げているが、それは青年へは届かない。
「とはいえ君の暗殺が叶った場合、本国にその報告は行かないんだろうけどね」
「なに? どういう事じゃ?」
賢者の存在を脅威に感じ、戦争の前に暗殺して戦力を削っておく。
そういう意図だと思っていたが、ならばなぜ報告はしないのか。
むしろ報告してしまえば安心して攻められるだろうに。
賢者は青年の言葉の意味が解らず、眉を顰めて聞き返した。
「あの国も一枚岩じゃないって事さ。魔法至上主義国家と謳われていて、確かに上層部は魔法の技量の高い者達が集まっているのだろう。けれどそれだけに魔法が使えないものの扱いはとても悪く、そして下の者達の意見は上に受け入れられない事が多い」
「・・・それと儂の暗殺成功を報告しない事に、何の関係があるんじゃ?」
「上層部は君の暗殺なんてする気が無いのさ」
「・・・下の者の暴走、という事か」
そう聞いてしまうと、賢者は先程の怒りの向け先が解らなくなった。
なにせ国が暗殺を決めたと思っていたら、実際はそうではなかったのだから。
少し恥ずかしい気持ちで目を逸らしていると、青年は続きを口にする。
「あの国は諜報員を、魔法を使えない下々の仕事、と思っている国なんだ。そしてそんな人間の上げた君の力の報告を信じるかと言えば、大多数は信じていないのが現状なんだよ」
「・・・はあ?」
なんだそれは。それでは魔法主義国家ではなく、ただの阿呆の集団ではないか。
そう思った賢者は魔法国家の魔法使いにイラつきを覚え、怒りが再燃し始める。
「つまりなんじゃ。儂が王都で確かに使った魔法を脅威じゃと報告をしたのに、そんな魔法を使える訳が無いと思っとると、そういう訳か?」
「そういう事だね。あんな魔法を一人で使える訳が無い。幻覚か何かでも見せられたのだろう、と思っている様だ。何せ自分達には出来ない事だからね」
「・・・呆れるの」
言葉も表情も確かに呆れている賢者だが、それと同じぐらい沸々と怒りが増していく。
賢者、正確には熊の魔法を脅威と思い、その上での判断なら怒りは消えていた。
だが実際はそんな事が出来る訳が無いという、現実から目を背けた判断だ。
(自分にできん事を認めん連中は昔も居たな・・・そういう連中という事か)
生前の賢者と呼ばれた頃、賢者が目の前で魔法を使っても詐欺だという人間が居た。
そんな魔法を使える訳が無い。人間の身で出来る訳が無い。ありえない。
本気でそう思っている人間も居れば、認めたくなくて叫ぶ人間も居る。
そういった人間は往々にして、現実を直視しなければいけない事態になった時役にたたない。
少なくとも賢者の弟子達の力を侮った連中は、悉くが蹴散らされてその命を落とした。
「成程。上層部がそんな能天気だから、下の者は暗殺に走ったという事か?」
「そうだね。君をそのまま戦場に出せば、どうなるかなんて火を見るより明らかだからね」
「まあ、儂の実力を信じられんというのであれば、おそらくそうじゃろうな」
実際今の魔法国家には、熊に対抗できるような魔法使いは存在しない。
もし無策のまま真正面から戦う事になれば、二人の言う通りの結果になるだろう。
「じゃがそうだとしても、儂が居なくなる事は戦力が減るという事じゃ。あちらにとっては歓迎すべき事ではないのか?」
「普通ならそうだろうね。けれどあちらの考えは違うのさ。君の力は信じない。だから叩き潰す事が出来る。なのに暗殺などという事は我々を信じられないのか非国民め、って感じかな」
「・・・解る気もするが、先程の話を聞くとどうしても阿呆な発言に聞こえるの」
「奇遇だね、私もだよ」
ハハッと笑う青年だが、賢者はむしろ頭を抱えたくなった。
現実を直視せず、自分の力を過信し、現実を見ている物達を咎める。
そんな上層部が居る国が戦争をするとなれば、それは暗殺にも動きたくなるだろうと。
「儂、さっきちょっと腹立ったけど、暗殺を考えてる連中に同情したい気分になったぞ」
「気持ちは解らなくはないけど、敵は敵だよ」
「解っとるよ。殺される気は無い」
このまま戦えば敗北は必至。そう判断できる情報を上げたのに、上は信じていない。
何時も通りの戦争を始めようと考えていて、そうなれば被害は甚大になる。
ならば国に黙ってでも賢者を殺してしまえば国の被害は抑えられるだろう。
非国民も何も、一番国を想っての行為だろう。頭が何も考えてないせいでの行為だ。
その事を理解した賢者は少々同情してしまったが、だからと言って甘い対応はしない。
何せ殺される対象は自分だ。可哀そうなどと言える状況ではない。
(まあどちらにせよ、やはり弟子の国と思う必要はないか)
さっきは暗殺という手段に腹が立ち、けれど今は別の理由で腹が立つ。
魔法至上主義を謳うのであれば、どんなに嘘の様な話でも魔法の事なら確認するべきだ。
少なくとも見てもいないのに否定するなど、それはもはや魔法至上主義ではない。
高みを見ていないのに至上主義など、ただ力の劣る者を見下しているだけではないか。
魔法使いとして高みに居る事を誇りに思うのは解る。だが暗愚であれば話は別だ。
見るべき物を直視していない以上、そんな物は矜持とは言わぬ。
(儂の弟子の想いは、正しく受け継がれんかった様じゃ)
『グォン・・・』
魔法使いを恐れない、賢者という規格外の存在を認める国。弟子が目指したのはそんな国だ。
ある意味で方向性は上手く行ったのだろうが、目が曇ってしまっているのでは意味がない。
弟子の頑張りを潰された気がして、賢者は余計に苛立ちを覚えていた。
同時に少し悲しい想いもあり、その想いを感じた熊が心配そうに鳴く。
(すまんの、大丈夫じゃよ。そんなに心配せんでも。本人が居ない以上、思想がねじ曲がっていくのは何時の時代も同じ事じゃ。それが国という大きな規模であればどうしてもな。それに儂にはお前という弟子が居る。お前なら捻じ曲がる事は無いじゃろう?)
『グォン!』
弟子への想い。その想いを込めた言葉を受けた熊は、震える様に喜んで応える。
任せて欲しいと。この身ある限り賢者の想いを曲げる事なく在ると。
実際精霊と化した熊であれば可能なその決意は、賢者にとって心から喜ばしいものだった。
(ああ、ありがとう、熊よ)
『グォウ!』
お互いに嬉しそうに応え、そのおかげか賢者の胸の怒りが少し薄れてきた。
その事も熊に感謝しつつ顔を上げると、青年はニコリと笑って応える。
「という訳で、私がここに来たのさ」
「・・・うむ?」
突然何を言っとんじゃコイツ、と思い首を傾げる賢者。
「忘れたのかい? 私が何が得意な精霊と契約しているのか」
「お主の得意な・・・隠匿系。成程、そういう事か」
「そう、私は報告役であり、君の護衛に来たんだ。暗殺の対処はお手の物だよ」
いつか城で見た、背筋がゾクリとする笑顔。
そんな青年を見た賢者は、また暗殺者に同情してしまった。
余りにも詰んでいる。最早国を捨てる方が楽だろうなと。
(まあ、独り身であればそれも出来るじゃろうが、家族の居る者は辛かろうな)
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