第49話、情勢(不安定)
精霊術師筆頭のお披露目から暫く経ち、賢者の存在は国中に周知された。
勿論実際に見ていない人間は、賢者の実力を疑う声もある。
何せ賢者はまだ幼児だ。国内の不安を全て払拭するのは難しい事だろう。
そんな事は国王も承知の上であり、けれど王都では数多くの者達が水の龍を目にした。
王都には国内で信用の大きい商人等も居るし、旅の者も居ない訳じゃない。
いずれ噂が真実だと知れ渡る日が来る事になる・・・否が応にでも。
「成程、そろそろだとは思ったが、早速仕掛けてくるつもりか・・・さて、どうなるやら」
他国に放っている諜報員からの報告書に目を通し、国王はにやりと笑った。
今の我が国は一味違う事を、自分達の諜報員を信じた策を取って来るのかどうかと。
精霊術師を抱える我が国と、魔法使いで構成されている彼の国。
その力関係の天秤は一度は強くこちらに傾き、けれど段々とあちらに傾き始めていた。
理由は明白だ。この国には魔力の無い者が多く、魔力があっても魔法の才が無い者が多い。
勿論全員が魔法使いになれない訳ではなく、けれど資質のある者は産まれ難い。
先祖代々そういう血筋なのだと、そう納得するしかないのだろう。
それに比べて彼の国は魔法使いの数は増え、技術も段々と磨かれてきている。
過去はその繁栄に胡坐をかいて滅びかけたが、そんな事は遠い昔と言わんばかりに。
建国時の魔法国家を思い出せと、首脳陣が魔法至上主義を上手く使った結果だ。
勿論いがみ合っている国王としては、そのまま滅べばよかったのにと思っている。
まあ魔法国家の方では『滅びかけた』歴史は無かった事になっているのだが。
「様子見で済めばいいけど、済まないんじゃないかなぁ・・・」
噂の筆頭殿の実力を確かめる為に、そして報告通りでなければ叩き潰す為に。
いや、むしろ認められないと最初から潰しに来るかもしれない。
何せ彼の魔法国家は我が国を心の底から嫌っている。
「魔法使いが育ち難いのは、こっちにとっても悩みの種だっていうのになぁ・・・」
書類を机の上に投げ出し、伸びをして背もたれに体を預ける。
彼の国は我が国を嫌っている。それはただ戦争に負けた事だけが理由じゃない。
魔法国家として精霊術師の国を認められない。認める訳にはいかないという感情論だ。
だからこそ厄介であり、何時までも小競り合いが終わらない理由でもある。
魔法至上主義の国家としては、精霊に力を借りて使う精霊術など邪法扱いだ。
そんな邪法国家を魔法使いが蹂躙出来ない事など在ってはならないと。
つまる所魔法国家の首脳陣は、昔から変わらず感情論でこの国と敵対し続けている。
だからこそ講和などの手段が通用せず、きっとどちらかが滅ぶまで続くのだろう。
少なくとも魔法国家に革命でも起きない限りは、敵対関係が崩れる事は無い。
「だがあの子が戦場に出れば・・・さて、今までの様な真似が出来るかな?」
城に現れた雷の龍、鍛錬場を覆いつくす炎の球、王都に現れた水の龍。
それらを思い返しながら、幼児らしくない精霊術師を頭に浮かべる。
彼女が暴れた時、きちんと対策をしてくる兵士がどれだけいるだろうかと。
戦争などという国が疲れる事はしたくないが、今回ばかりは少々楽しみだ。
国王にそんな事を思われている賢者はというと。
「熊よ。龍じゃのうて竜の形はできんか?」
『グォン?』
「こんな感じじゃ、こんな感じ」
『グォウ・・・』
国王の想像通り、領地に戻って熊と一緒に山で鍛錬をしていた。
賢者の手元には土で作られた『竜』と呼べる人形が出来上がる。
本来戦闘の為に使うだけなら必要の無い細やかな魔力操作で作られた土人形だ。
それを魔法で作ってみると言われ、熊は少々困りながら言われた通りにやってみる。
だが出来上がった竜は賢者と比べると造形が甘く、迫力も感じられなかった。
勿論これが王都で出した様な大きさであれば、それだけで大迫力ではあっただろうが。
「お主、細かい操作は下手なままじゃったのか」
『グォ・・・』
賢者に下手と言われ、熊は見るからに落ち込んだ様子で呻く。
とはいえこれに関しては賢者が上手すぎるだけで、熊が下手な訳では無いのだが。
少なくとも下手な魔法使いには熊と同じ事は出来ず、更に造形の途中で崩れかねない。
「むう、お主精霊になって魔力量が増えたせいか、細かい魔力操作の鍛錬を怠っておったな? 暫くは基礎鍛錬じゃ。お主の魔法が儂の魔法と思われとるんじゃから、きっちり鍛えるぞ!」
『グォ・・・グォン・・・』
精霊として、そして山神として人に崇められ、力を与える側になっていた熊。
そんな熊は今更鍛えなおす事になるとは思わず、賢者の厳しい言葉に思わず項垂れる。
けれどこうなった賢者が許してくれるとは思わず、項垂れながらも従うのだった。
「こりゃ、魔力を放ち過ぎじゃ」
『グォウ』
「今度は少なすぎる」
『グォ・・・』
「馬鹿者! 魔力量だけ気にしてどうする!」
『グォン・・・!』
魔力操作だけは生前のままの賢者の真似は、熊にも中々出来る事ではなかったが。
それでも賢者に構って貰えることが嬉しかったのか、鍛錬を嫌がる事は無かった。
山神となった熊が鍛錬をする事で、格が上がって行く事にどちらも気が付かぬまま。
そしてそんな賢者の存在の報告を諜報員から受けた者達は。
「精霊術で幻覚でも見せられたのではないか」
「流石にこれは無い」
「馬鹿馬鹿しい。集団でなら兎も角、個人でだと?」
「精霊術師共が共同して、筆頭とやらになった者が使ったように見せただけだろう」
「前回の小競り合いでは随分消耗したようだからな。牽制のつもりか、それとも国民へのご機嫌とりか。どちらにせよここに描かれている事は事実では無かろうよ」
「精霊術師を一人無くし、増えた精霊術師はまだ未熟。それを隠すために違いない」
「まったく、送り出す人間を考え直さねばな。これだから落ちこぼれ共は」
賢者の存在を疑問視どころか、最初から信じていない声が強く上がっていた。
勿論報告を信じる者も居たが、そういった者達は少数派だ。
諜報員は極論死んでも変わりが効く、魔法技量の低い者達だと思っているが故に。
精霊術師が魔法国家を脅かす力を持つなど、そんな事がある訳が無い。
報告された事実よりも、自分達の知る『真実』こそを信じている。
それが今の魔法国家であり、その中枢の人物たちの思想だ。
とはいえ何度も繰り返してきた小競り合いで、相手の力量を知っているのも原因だが。
「追い詰められているな、あの国も」
「ああ、ようやくだ。あの邪法国家を叩き潰せる日も近い」
「脅威なのはもはや老い先短い老人と側近程度だ。後はどうにでもなるだろう」
「小娘は上手くやれば寝返るのではないか?」
「はっ、精霊術師を寝返らせてどうする。ああ、こちらに来てから処刑も良いか」
「それは良い。自分が魔法使いになったと思っている馬鹿な連中にはお似合いだ」
彼らは精霊術師を自分達と同じ『人間』と思っていない。
この国にとって『魔法』こそか信仰であり、あの国は信仰を汚す異教徒だ。
ならば惨たらしく殺す事は正義であって、どんな事をしても構わない。
「次で潰してやろう」
「そうだな。そろそろ驕った老人に現実を見せてやろう」
「所詮我が国から捨てられた末裔共が・・・何が国だ。何が国王だ。反吐が出る」
「せめてもの慈悲として、生き残った者は処刑せずに奴隷にしてやらないか」
「確かに慈悲は必要だ。たとえ魔法を使えないゴミだとしても」
彼らは自らの『真実』に辿り着く為に会議を続ける。彼らの望む『真実』の為に。
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