危機 003



 学園ソロモンの本校舎である巨大な塔。


 その外周にはさまざまな施設が存在し、学生や教師陣の生活をサポートしている。


 医療施設や食堂など、有用な施設が複数ある中――係りの者以外が立ち入らない、閑散とした場所が存在する。


 学園に届いた物資を貯蔵する倉庫だ。


 一般の生徒はもちろん、教師ですら近づかないそんな建造物に、人影が四つ。



「ふん……無様なもんだな、落第魔女」



 ローブを羽織る男子生徒が、床に倒れる少女の背中を蹴りつける。


 小さなうめき声をあげる彼女の手の中には――薄汚れたローブが握られていた。



「さっさとそのローブを渡していれば、ここまで痛めつけられることもなかったのに……馬鹿な女だぜ」



「……この、ローブは、渡しません。これは、魔術師の誇りですから……」



 女子生徒の着ている制服はボロボロで、この状態に至るまでかなりのダメージを受けたことを示していた。


 それでもなお、要求されている品を渡そうとしない。



「ねえ、もう面倒臭いから、一気に燃やしちゃえば?」



「昨日のノーマルと同じように凍らせてもいいんじゃないか?」



 遠巻きに様子を眺めていた二人の生徒が、暴行を加えている少年にそう声を掛ける。



「魔法を使うのはまだだ。この女がしっかり反省してから、その身に教えてやるのさ……魔法が使えない魔術師は、ノーマル以下だってことをな!」



 声を荒げ、彼は倒れている少女を強く蹴り上げる。



「魔具を取り上げられたら何もできないなんて、ノーマルと同じじゃねえかよ! それなのに魔術師の誇りだぁ? 冗談にもなってねえんだよ、おら!」



「ぐっ……」



 背中を何度も踏みつけられ、全身に酷い痛みを感じながらも……彼女は、ローブを手離さない。



「いい加減気づけよ。魔法が使えない魔術師は、だってな!」



 一層強く蹴りつけ、男子生徒は溜息をつく。



「……もういい。やっぱり、頑固者にはキツイお灸がいるよな」



 彼の左手に橙色の光が集まる。


 それは火属性の下位魔法、【ファイア】の発動を意味していた。



「手加減はしてやるが……早いとこそれを離さないと、全身大火傷になるぜ」



 言いながら、掌を女子生徒に向ける。


 幾度も暴力を受けた彼女はその場から身動きが取れず――ただ、目の前で燦燦と照る光を見つめることしかできなかった。



「精々反省しろ! 魔術師様の炎に焼かれてな!」




「【巨刀斬エニグマ】!」




 少年の手から魔法が放たれるその刹那――銀に煌めく巨大な刃が、彼と女子生徒の間に振り下ろされる。


 ズズン! と鈍い音を立て、その刀身は壁のように立ちふさがった。



「な、何だこれは!」



 刃の続く方を見れば――倉庫の入り口に、燃えるような赤い髪の少女が立っている。



「……サナ、さん?」



 青い髪の魔術師の少女――エルマは、力なくその名前を呼んだ。



「嫌な予感って、当たってほしくない時に限って当たっちゃうのよね……どうも、エルマさん。随分ボロボロみたいだけど、大丈夫?」



 赤い髪の人間の少女――サナは、倒れこむエルマに問いかける。



「……どうしてここがわかった、ノーマル」



「そっちの二人がお仲間の演説も聞かずにどこかに行くところを見ちゃったもんだから、気になって探してみたのよ。もし、って思ったけど、案の定だったわ」



 係りの者しか近づかない倉庫……ソロモンの敷地内でこっそりと悪行を働のに、ここほどうってつけの場所はない。



「ふん、余計なことに首を突っ込んだな、ノーマル。この女を助けようって言うなら、お前にも少しばかり痛い目を見てもらうことになるぞ」



 魔法の発動を邪魔された男子生徒――マックスは、サナを睨みつけた。


 それを受け、彼女は巨大化させていた刀身を元のサイズに戻し、ふうとため息を吐く。



「……やっぱり魔術師はそうでなくっちゃね。抵抗できない人をいたぶって、人間を見下して……そうでないと」



 サナは、「渇望の剣」を天に掲げた。



「――倒しがいがないわよ!」



 銀色の刀身が再び煌めき、周囲に魔力が渦巻く。



「【巨刀斬】!」



 彼女の呼びかけに呼応し、


 【巨刀斬】は、刀身の大きさを自由に変える魔法である……使用者の練度によって伸ばせる限度が決まり、サナの限界は二十メートル程だ。


 刀身は縦と横に広がり、同時にその質量も増加する。


 圧倒的な長さと重さ――単純であるが、それ故に対処が難しい一撃。


 それが、サナの扱う魔法。



「はあ!」



 一見すると武器の大きさのみに頼った一振りに見えるが、しかし彼女の卓越した剣裁きがなければ振るうこと自体困難なのだ。



「くっ!」



 マックスはゴロゴロと床を転がり、その攻撃を躱す。


 直後、先程まで自分がいた場所に大きなヒビが入る。


――あのノーマルの魔具、中々厄介だな。


 曲がりなりにもソロモンの魔術師組である彼は、サナに対する評価を瞬時に下した。なるほど、大見得を切るだけのことはあって、充分な威力を持った魔法であると。


――だがそんな大振り、馬鹿な魔族には通用しても、俺たちには当たらない!


 マックスは【巨刀斬】の弱点を見抜く。


 確かに攻撃力には目を見張るものがあるが……その性質が仇となり、相手の細かな動きに対応できない。一発一発は脅威でも、当たらなければどうということはないのだ。


 その弱点を克服できていないからこそ、サナは落第組になってしまったのだが――もう一つ。


 彼女の魔法には、決定的な欠陥がある。



「ヘレン!」



 マックスは倉庫の端で様子見を決め込んでいた女子生徒――ヘレンに声を掛ける。



「……ったく、じぶん一人で何とかしてよね」



 彼の呼びかけとアイコンタクトを受け、ヘレンは渋々両手を構えた。



「いくわよ、ノーマルちゃん。【アイス】!」



 昨日レグを氷漬けにした魔法が放たれ――


 自分に向けて魔法が使われると思っていたサナは、一瞬戸惑いの表情を浮かべた。


――どうして床を凍らせたの……いえ、今はそっちを気にしている暇はないわ。


 頭に浮かぶ疑問を脇に置き、彼女は剣の刀身を元の長さに戻す。


――【巨刀斬】の弱点は、一度大きくした剣をそのまま振るうことができないこと……。


 剣を通常の状態にしてから再度魔法を使う間には、どうしてもタイムラグが発生する。その隙を突かれるわけにはいかない。


 サナはすぐさま剣を振りかぶり、魔法を発動しようとしたが。



「っ!」



 目の前の光景に驚愕する。


 ついさっきまで攻撃を躱すために体勢を崩していたマックスが、いつの間にか数メートル先まで移動してきていたのだ。


――っ、氷!


 彼は、サナがヘレンに気を取られている内に間合いを詰めていたのだった。



「ここまで近づけばあの魔法は使えないだろ!」



 マックスの言う通り、ある程度サナに近寄ってさえしまえば――【巨刀斬】は意味をなさない。


 巨大化させた剣を振るう前に、敵の攻撃を受けてしまうからだ。



……それがお前の魔具の欠陥だ!」



 氷の上を滑ることによって加速したマックスは、両手から炎を噴き出す。


 そして勢いそのまま、さながら炎の槍のように――サナの懐へと飛び込んだ。



「【ファイアランス】!」



 火属性の下位魔法【ファイア】の派生魔法……炎に「貫通」の性質を加えることで、その威力は大幅に増加する。



「……」



 今まさに、自身の体が炎に脅かされんとしているにも関わらず――サナは落ち着いていた。


 向かいくるマックスの攻撃を避けようともせず、腰を落とし、剣先を低く構える。



「あなた、勘違いしてるわ……確かに懐に入られたら【巨刀斬】は使えない。でもね――」



 床すれすれに落とされた切っ先が、鈍く光る。





「――ここは、私の間合いよ」





 刹那。


 刀身が消える。


 否――……彼女は、構えていた剣を振り上げたのだ。



「アルバノ流剣術……【絶縁】」



 刹那の間に振るわれた剣閃によって、凄まじい衝撃波が発生する。



「ぐあああ!」



 炎の槍を纏ったマックスはその衝撃で後方へと吹き飛ばされ、床に叩きつけられた。


 サナは剣を水平に一払いし――腰の鞘に納める。



「あんまり人間――舐めんじゃないわよ」



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