098話 大襲撃

[聖女プリセア視点]


「なあ、これ本当に大丈夫なのか? 魔物の襲撃が途切れる気配が、全然ねえぞ」


 衛兵の1人が不安そうに呟いた。

 他の衛兵たちも、心配そうに勇者パーティーの戦いを見守る。


 いかに歴代最強の勇者とその一行といえども、たった4人。

 数の暴力の前に、次第に押され気味になってきたのだ。


 勇者リアの魔術で作り出した炎の壁が、次々に魔物を焼き払う。

 けれども街を呑み込もうと突進する<大襲撃スタンピード>は止まらない。

 ダンジョンが溜め込んだ魔物たちを全て吐き出すまで、魔物はあふれ続けるのだ。


 心中穏やかではないのは、聖女のプリセア。

 光と闇の戦いについて造詣ぞうしの深いプリセアは、一抹いちまつの不安を覚えていた。


(この調子なら、私達だけで<大襲撃スタンピード>を食い止められる。でも、このタイミングで起きた<大襲撃スタンピード>が、これだけで終わるはずがないよね)


 カイたちは、モーゼス議長の背後にいた黒い影に深手を負わせたという。

 もしそれが魔王の本体だとしたら、魔王は傷を癒やすために魔力を必要とする。


 ならば、この<大襲撃スタンピード>は、意図的に起こされたものではないだろうか。


 魔王は人々の絶望を糧とする。

 このタイミングで恐怖と絶望の象徴とされる<大襲撃スタンピード>が起きたことが、どうして無関係だと考えられようか。


 そして、もし<大襲撃スタンピード>が魔王の配下の仕業だとしたら、それを起こしたのはおそらく──


「っ! 1匹抜けた! 兄さん、お願い!」


 物思いにふけっていたプリセアだったが、炎の壁を抜けた魔物に気づき、とっさに仲間に呼びかける。


「ああっ! 喰らえっ!!」


 プリセアの兄、<大剣のフェリクス>は愛用の<蒼剣ツヴァイキャリバー>で勇者の討ち漏らした魔物を一刀両断にした。


 <大襲撃スタンピード>との戦いが始まってから、半刻ほど。

 勇者の魔術だけでは魔物を対処しきれなくなることが増えてきた。


 ダンジョンは浅い層にいる魔物ほど弱い。

 すなわちダンジョンから魔物が溢れ出す<大襲撃スタンピード>も、大群の先頭にいる魔物ほど弱くなる。

 深層にいるような強力な魔物は、まだまだ奥に控えているのだ。



 流れが変わったのは、第2層の魔物である<刺突牙虎ニードルタイガー>の大群が現れたころ。

 <刺突牙虎ニードルタイガー>たちが、一斉に炎の壁を抜けたのだ。


「なんだ、こいつらっ! まとめて抜けてきやがったぞ!」


 最前線で盾を構える<大盾のアーダイン>が叫んだ。

 それと同時に、勇者リアの炎の球が<刺突牙虎ニードルタイガー>たちに撃ち込まれる。


 だが、その炎の球も有効打にはならなかった。

 炎の球が直撃しても、<刺突牙虎ニードルタイガー>たちはひるまず突進してくる。


 奇妙な違和感。

 <刺突牙虎ニードルタイガー>であれば、リアの<火炎連撃ファイアーストーム>で十分倒せる相手のはずだ。

 プリセアは即座に<解析>を行う。

 そして、手にした情報に驚愕きょうがくした。


「こいつら、<炎魔術抵抗レジスト・ファイア>の支援魔術が付与されてるみたい! でも、どうしてっ? これ、<大襲撃スタンピード>の魔物だよね!?」


 <大襲撃スタンピード>は魔物の暴走である。

 すなわち、数の暴力にものをいわせた単純なゴリ押しをしてくる相手であり、魔物同士が支援魔術を使うなどありえない。


 ましてや、こいつらは明らかに勇者の炎魔術に対応している。

 プリセアは、やはり何者かが介入していると確信した。


「勇者様はなるべく温存して、私達が討ち漏らした相手を魔術で倒して! なるべく属性を切り替えて、いろんな種類の魔術を使って!」


「う、うん。がんばるっ!!」


 リアが不安げな返事をする。

 魔術の属性は、人によって得意不得意がある。

 リアが得意とする属性は、もちろん炎。

 それ以外の属性は、どうしても炎魔術に比べると見劣りする。


 全ての属性をたくみに使い分けるなど、それこそ全ての魔術を習得できる賢者にしか出来ない芸当だ。


 その賢者は、今は勇者パーティーにはいない。


「パーシェンのやつ、次に会ったら1発ぶんなぐってやるんだから」


 プリセアは誰にも聞こえないような小声で悪態をついた。

 聖女もまた、人々を救う象徴である。

 イメージが大事だから口には気をつけろと、神学校の学生時代に司祭から散々しごかれたものだ。

 幸か不幸か、その言葉は衛兵の叫びにかき消され、誰にも届かなかった。


「う、うわあぁぁぁぁっ!」


 フェリクスたちが倒しそこねた<刺突牙虎ニードルタイガー>が、衛兵たちに襲いかかったのだ。

 だがその<刺突牙虎ニードルタイガー>は、瞬時に移動したリアの手ですぐに真っ二つになった。


「ひっ」


 悲鳴をあげた衛兵は、返り血を浴びたリアを、恐ろしいものを見るような目で見つめていた。

 リアの気を逸らすように、フェリクスがリアに声をかける。


「すまん、討ち漏らした!」


「被害はないから大丈夫だよ」


 勇者リアは、衛兵が自分に向ける視線を意に介さずに、フェリクスに返事をした。

 いまのリアは、何を言われても気にしない。


 勇者モードのリアは、人々を助けること以外を考えない。

 人々の助けを呼ぶ声に応える願望器、それが勇者だからだ。

 そこに恐怖はなく、迷いもなく、リア個人の感情も入らない。


 勇者モードになったリアを見るたびに、プリセアは考える。

 それは本当に勇気なのだろうか、と。


 けれども同時に、聖女自分だけは勇者リアの味方で在り続けなければならないと考える。


 勇者は言ってしまえば、自らの人生と引き換えに人々を救う、使い捨ての道具だ。

 リアは願われるがままに、人々を助けるだろう。

 その生命が尽き果てるまで。


 歴代の勇者は、たった1人の例外を除いて、全員が突如ふらりと歴史から姿を消したといわれている。

 その理由がプリセアには分かっていた。

 勇者たちは、みんな嫌になってしまったのだ。

 言われるがままに人々の助けを呼ぶ声に応え続ける生活に。


「おらっ! 魔物ども、こっちに集まれ! <挑発>!!」


 アーダインが魔物たちを引き寄せ、それをリアとフェリクスが倒す。

 炎の壁が意味をなさなくなってからは、戦いは白兵戦に突入していた。


 よくない流れだ。

 剣で敵を倒す白兵戦では一度に倒せる魔物に限りがある。


 勇者パーティーは魔物に囲まれても負けないだろう。

 だが、倒しきれなかった魔物は、全て街に向かう。

 そうなれば、街は甚大じんだいな被害を受けるにちがいない。

 街に被害を出さないようにするには、勇者に大技を使ってもらうしかない。


(そして、たぶん敵の狙いは勇者様に大技を使わせることだよね。そこまで考えてるとしたら、やっぱり敵の正体はパーシェン。<大襲撃スタンピード>で勇者様を消耗させれば勝ち目が出てくるのを分かってるんだ)


 そして聖女は、いとも容易たやすく残酷な決断をした。


「みんな! 敵の本命は<大襲撃スタンピード>の後に出てくるはず。だからここは、魔物たちが通り過ぎてしまうのは諦めて、温存しながら戦って!」


 聖女プリセアは、使徒と化しているであろう大賢者パーシェンとの戦いに備えるために、サイフォリアの街を見殺しにすることにしたのだ。


(パーシェン、あなたは1つだけ読み間違えてる。聖女である私が、勇者と同じこころざしを持っていると考えているんでしょ。悪いけど、私は勇者様と街の人たちだったら、勇者様を選ぶ人間なのよね)


 プリセアが勇者や賢者と出会ったのは、大司教のめいにより勇者パーティーが結成された時だった。

 初めて勇者の姿を見て、ただの子供がやってきたと驚いた。

 そして勇者の在り方を知って、なんてみじめな生き物なのかと哀れんだ。


 恐怖を克服し強敵に立ち向かうことが戦士の誉れだと言う。

 勇者には、それがない。


 愛する者を守るため武器を持つことが兵士の務めだと言う。

 勇者には、それがない。


 ただ偶然、神に選ばれたがゆえに、自分の意志に関わらずに人を助ける宿命を背負わされた少女。

 それこそが、勇者リア・リンデンドルフなのだ。

 それをあわれと言わずして、なんと言おうか。


 いつしかプリセアは、兄を慕うリアに自分を重ねて、このあわれな勇者の少女に愛着を抱くようになっていた。

 自分と同じ、けれども決定的な部分で自分と違う勇者リアこそを、守りたいと思うようになっていた。


(あーあ。パーシェンには、してやられたよね。まさか私よりも先に、あいつのほうが勇者様を裏切るなんて。でもまあ、仕方ないか。勇者を利用するだけ利用して捨てるつもりが、いつの間にか私のほうが入れ込んじゃってたわけだし)


 聖女プリセア、その生い立ちは謎に包まれている。

 その本心を知るものは、本人以外に誰もいない。

 兄のフェリクスでさえ、プリセアの企みに気づいていない。


 ただひとつ言えるのは。

 このプリセアという聖女は、街を守る気など全く無いということ。


「まずいっ! 魔物たちが街のほうに抜けていくぞっ!!」


「ダメだ、止められないっ!!」


「畜生! 勇者様がいても、街は守れないのかっ!!」


 衛兵たちが口々に叫ぶ。

 勇者パーティーを避けて通り抜けた魔物たちが、街に向かって駆けていく。


 <大襲撃スタンピード>は街を蹂躙じゅうりんするだろう。

 勇者パーティーの司令塔に街を守る意志が無い以上、今日ここに勇者パーティーが居合わせていても、サイフォリアの街が滅ぶのは必然だった。


 ここにいたのが、勇者パーティーだけだったなら。


「我は命じる、純白なる氷結よ、白刃しらはとなりて敵を撃て! <氷槍襲撃アイシクルジャベリン>!!」


 突如として、知らぬ声による詠唱で魔術が放たれた。


 3音節の詠唱を用いて、ようやく放たれる中級魔術。

 それは、勇者の魔術と比べたら、あまりにも稚拙ちせつだ。

 よくて2流の魔術と言ってよい。


 けれども氷の槍は、街へと駆けて行く<刺突牙虎ニードルタイガー>を確かに貫いた。


「こ、これは……?」


 プリセアは背後から放たれた魔術に、おもわず振り返る。

 そして見た。

 武器を構え、魔物たちに毅然きぜんと立ち向かわんとする、冒険者たちの姿を。


 階級ランクも、所属クランも関係ない。

 彼らは1人の少女に導かれて、死地へとやってきた。

 冒険者たちを先導する少女は、プリセアを見ると不敵に笑った。


「待たせたのう。援軍を連れてきたぞ」


 プリセアは、その少女を知っていた。

 呪いに悩むその少女が、今なら魔王の呪いが発動しない理由も知っている。

 けれどもまさか、こんなことになるとは思わなかった。


 ロリーナが、街の冒険者たちを率いて、援軍に駆けつけるなんて。


「さあ、おぬしらっ! 今こそ生まれ変わる時じゃ。勇者御一行様たちに、場末の冒険者のド根性を見せつけてやろうぞ! 総攻撃じゃっ!!」


 ロリーナの号令とともに、冒険者たちは一斉に<大襲撃スタンピード>に立ち向かった。


 果たしてそれは、どんな魔法だろうか。

 冒険者といえば、粗野で自分勝手な乱暴者。


 その冒険者たちが、少女の号令ひとつで、勇敢に立ち向かう英雄たちに早変わりしたのだ。

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