10

「君は知っていたのか」

ルーチェは休憩室へと連れてこられた。


「……何をでしょう」

「ロゼとヴァイスが街へ行った事だ」

どう答えようかとルーチェは視線を泳がせた。

「知っているんだな」

冷たい声が響く。

「ロゼは王宮以外に行った事はない。王宮で私が側にいられない時は必ず君を付けている。その君が知らずにヴァイスがロゼと接触する事は不可能だ」

ルーチェを氷の瞳が睨みつけた。

「それとも、君はロゼを一人きりにさせていたのか?」

「――」

ルーチェは息を吐いた。


「……二日前、ヴァイス様がロゼ様をお誘いしていました」

「何故報告しなかった」

「ランド様が……お二人にはお話しない方がいいと」

「は? ランド?」

「何故ランドが出てくる」

宰相とフェールは揃って眉をひそめた。


「――ランド様の元へ行く途中、ヴァイス様とお会いして送って頂いたのです。その時にヴァイス様がお誘いして……。ロゼ様が言うには、ヴァイス様から花を贈られた事を公爵夫人がお二人には黙っていた方がいいと仰られたそうで」

「母上が?」

「はい……それを受けてランド様が、街へ行く事も夫人にだけお話した方がいいと」

「何という事だ……」

宰相はため息をついた。

「全く……どいつもこいつも」

「――そもそも、どうして二人は知り合ったんだ」

「……先日、王妃様とのお茶会の時にお迎えに来て下さったのがヴァイス様です」

フェールの問いにルーチェは答えた。


「あの時か……後宮に人選を任せたのが失敗だったか」

チッとフェールは舌打ちした。

「ヴァイスの奴……女に興味なかったくせに、よりによって無垢なロゼに手を出すとは」

「……お言葉ですが」

ややムッとしてルーチェは顔を上げた。

「ロゼ様も、初対面からヴァイス様に惹かれていたようですが」

「……何だと?」

「これまで、ロゼ様があんなに男性と楽しそうに会話をされているのを見た事がありません」

心配になる気持ちも分かるが。親友の――おそらくは初恋を、否定しないで欲しい。

「どうかお二人を見守って頂けませんか」


「ロゼにヴァイスが言い寄るのを認めろと?」

フェールは眉を吊り上げた。

「出来るわけないだろう」

「ヴァイス様以上のお相手もいないと思われますが?」

公爵令嬢であるロゼよりも身分が高い相手など、そうはいない。

釣り合いが取れ、かつ両想いならば――最適ではないだろうか。

「ロゼには結婚などまだ早い」

「十八歳ですよ、問題はありません」

「この国に戻ってから二ヶ月程しか経っていない。何も知らない、子供のようなものだ。相手を決めるなどまだまだ先の話だ」

「この国で過ごした時間は短くても、向こうの世界で生きていた時間があります。ロゼ様はもう立派な大人です」


「だがロゼは向こうの世界でも親しくしていた男はいなかったのだろう」

フェールは見下すような眼差しでルーチェを見下ろした。

「初心なロゼがヴァイスに騙されている可能性だってあるだろう」


「はあ? 何それ!」

ルーチェは声を張り上げた。

「あの子はもう子供じゃないんです! 妹の恋路を邪魔しないでください!」

思わず叫んで――ルーチェは我に返った。

自分の親友とその想い人を悪く言われたとはいえ……身分も立場もはるかに上のフェールに何て暴言を……。


「ははっ、氷の宰相を怒鳴りつけられる女がいたとはな」

青ざめたルーチェの耳に笑い声が聞こえた。

「……殿下」

いつのまにか、休憩室の扉が開かれそこにユークが立っていた。


「何故ここに……」

「宰相家が将軍家に出し抜かれたと聞いてお前たちの顔を見に来た」

にやり、とユークは笑みを浮かべた。

「お前のそういう顔が見られるとは面白い」

「……悪趣味ですね、殿下」

「褒めても何もやらんぞ」

笑顔のままそう言うとユークは部屋に入ってきた。

「溺愛している妹が自分の目を盗んで男と会っていたというのはそんなに屈辱か」

不快な表情を隠さないフェールにユークは口端を上げた。

「まあ、私は助かったがな」

「助かった?」

「母上がロゼを私の妃にしたいと言っているのは知っているか」

「……聞いております」

「ヴァイスが手を出してくれて助かった。ロゼは大人し過ぎてつまらないからな」

そう言うと、ユークはルーチェを見た。

「そうだな、私はお前くらい気が強い方がいい」

「……は……?」


ユークは目を丸くしたルーチェの目の前に立った。

「お前はここの侍女か」

「は、はい……」

「名前は」

「……ルーチェ・ソレイユです」

「ルーチェか」

小さく頷いたユークの顔がふと真顔になった。


「お前に命ずる。今日から私付きの侍女になれ」

ルーチェの瞳を見つめてユークはそう告げた。

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