リップ、さようなら

かさかさ、かさかさ、唇が荒れていた

指で擦りながら痛くない程度で皮をむく

じんわり痛くなるし、血も出てくる

それに「うっわ」と言ったお前は俺をトイレに連れて行って

ポッケから取り出したリップとティッシュ

ティッシュを一枚引き出して

リップ、口につける部分を二、三回拭き取って

俺に渡した

「オマエなー、こういうの持ってろよ」

もう凄いから染みるだろうけど、と

「え、やなんだけど」

拭き取ってくれたが、その考えにドン引きしてしまい

「隠れてつければいいじゃん、これなら塗ってるってバレないし」

オマエも気づかなかっただろ、と

「女々しくない?」

確かに分かんなかった

「女々しい以前にカサついて痛くて治らないって病気じゃん」

段々、確かに、と思ってしまう

ほら、と差し出されたリップを見ながらコイツを見て

透明な塊を見る

鏡の中の俺は酷い顔をしているし、唇に血が滲んでいる

女のイメージが頭にこびりついていると言うに

「……変じゃねえ?」

格好が、と思ったのに

「オレ、使ってんだけど」と躱された

覚悟を決めて唇をなぞると、じくじく痛くて「いってえ」と小さく口にしてしまった

「なんかもー、それやるよ。オレは新しいのを買う」と言いながら

トイレから出てったアイツの背中を見届けて

鏡を見た

女のようなベッドリじゃない不自然じゃない

傷でひりひりするけれど、なんか、なんか、もやもやする

治るのに、どれだけの時間がかかるんだろう

その間に、このリップは用無しになるのか

分からないが、俺は、この日、リップに出会ってしまった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る