⑦続オーバーヒート、そして黒ギャルさん
「勝手に暴れてしまって、申し訳ありませんでした!」
駅のホームにて。
事情聴取から解放された僕は、柏木さんに腰からばっさりと頭を下げ誠心誠意を込めて謝罪した。
「そ、そんな。別に謝らなくていいから」
柏木さんが手を前に出し、あわあわと慌てふためいて僕の行動を抑制する。
あの後、怒りの余りつい痴漢犯をぶん殴ってしまった僕は、一時は謹慎もしたかないと覚悟を決めたんだけど、僕の肩をぽんと叩いた駅員さんが「後はこっちでうまいことやっておくから、君達は心配せずに帰っていいよ」と優しく笑ってそう言ってくれて――なんとか懲罰を免れていた。
「だって山代君はわたしのために怒ってくれたんだもん。それに、あの男が山代君に殴られた時さ、正直言うとわたしもだいぶスカッとしたんだ。だからーわたしも同罪だね」
ウインクした柏木さんがにっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
なにはともあれ、冗談が言えるくらいには元気になったようでよかった。
「それにしても、山代君が偶然同じ電車に乗っててくれて本当によかったぁ。わたし怖くて怖くてどうしたらいいのかわからなくて。なのにその、声をあげる勇気も中々出なくて……」
自嘲した柏木さんが眉をハの字に曲げしょんぼりと俯く。
実際、柏木さんのような大人しそうなタイプを狙っての犯行だったのだろう。
この子ならいける、と。
そこまで考えた時、僕の頭に不意にある光景が蘇った。
それは柏木さんに告白していた男子達のこと。
きっかけは千差万別にしろ彼等のは一応に「優しくて大人しい柏木さんなら押せばわんちゃんいけるかも」という魂胆のもと告白していて――流石に痴漢とは行動の重さに雲泥の差はあるものの、因数分解した先の先、根底にある要因は同じに思えてならない。
その結果、柏木さんが困り、精神的に疲弊してしまうことも――
「それじゃいけないと思います」
気付けば僕は口を開いていた。
「へ?」
「ちゃんと嫌なことにはきっぱり嫌って言えるようにならないと。今回は僕がたまたま同じ電車に乗っていたから事なきを得ましたが。もしもっと取り返しのつかない事態になった後で後悔しても、遅いですよね」
「そ、それはそうだけど……。けど、男の人ってさっきみたいに言ったら言ったですぐ逆ギレしてくるじゃないですか。告白される時だってそう、私が出来るだけ言葉を選んで傷つけないようにお断りしているというのに、無理だってわかった途端、開き直って言いたい放題……。もう、その度わたしがどれだけ怖くて嫌な思いをしてるかわかりますか」
「その配慮、矛盾してませんか?」
「え……? あの、山代君それは一体どういう――」
「自分が嫌だって思ったことをしてきた相手を気遣う理由って必要なくないですか。確かに柏木さんの誰にでも優しく接してくれるところは、僕には到底真似出来ない素晴らしい長所だと思います。でも、それで他ならない柏木さん自身が傷つくなら、正直無理してそう振る舞ってと言うのなら、即刻やめるべきです。はっきり言って、誰にでも好かれる人なんてのは幻想です。というより、無用な優しさは時に自分を破滅に追い込むことだってありえるんですよ!」
僕の疑問が理解出来ないとばかりにぽかんとなった柏木さんに、僕は心に思ったことを包み隠さず話した。
ふと脳裏に、以前神崎さんにしつこく言い寄っていたゴローさんとのやり取りが浮かぶ。
もし柏木さんがあの手のレベルの男に付き纏われた時、「わたしが我慢すれば――」と心が折れてしまいそうな気がしてならなくて――そうなってしまったら待ってるのは絶対によくない未来。
真面目で優しい人ほど損して、我が儘好き放題を通した人ほど勝ってしまうこんな世の中なんて間違っているから。
「なんですか……それ?」
すると柏木さんは静かに呟いたかと思うと、わなわなと肩を震わせて、
「そんなこと山代君みたいな、人と一緒にいる努力を一切放棄してる人に言われる筋合いはないと思うんだけど!」
柏木さんがまるで心のダムを決壊させた如く、ありったけの怒声と共に僕を睨んだ。
「あのね、山代君は陰キャぼっちで人とのコミュニケーションを一つも努力せずアニメやゲームなんかに逃げてるオタクだからわからないと思うけどね。嫌われない努力ってすごい大変なんだよ。特にわたしみたいな顔がいいだけで他に何の取り柄もない子は、ちょっと波風立つような目立った行動するだけで他の子に『調子にのってる』とか影で言われたり放題するものなの。だからこうやって真面目で誰にでも優しくて無害ないい子を演じて自分自身を守っていくしかないの」
「はい、わかりません。というかいりますか、その努力」
「へ?」
「いいですか。柏木さんがちょっと何かしただけですぐ離れる人なんて、柏木さんにとってそれまでしかない人です。そんな程度の人とは最初から仲良く必要なんてないと思いませんか。ちなみに、人に嫌われたり、負の感情を向けられるのが辛いという気持ちはよくわかります。だって僕は、それが怖くてぼっちをやってるんですから。そう考えると、人が自分から離れていくのが怖くて誰にでも優しく接している柏木さんと、嫌われたり離れていくのが怖いなら最初からそんな関係作らなければいいとぼっちになった僕。選んだ道は逆だけど、周りの評価を気にしすぎという点では案外僕達は根底では似たもの同士なのかもしれませんね」
何だかおかしいと不意に苦笑が滲み出る。
だから神崎さんみたいな人の顔色など一切気にしない我が道を堂々と進める人にはほんと尊敬しかない。
「わたしと山代君が似たもの同士……?」
「はい。ですからこれからは似たもの同士、僕達の間では余計な建前とか抜きにしませんか? 例えば、さっき柏木さんが僕のことを陰キャぼっちのうんぬん――と、僕のことを本当はどういう目で見てるか話してくれたみたいに。ま、あれは正直ちょっと心にきましたけど」
「――!」
悪戯っぽく笑った僕にそう指摘された柏木さんは、状況を飲み込むとやらかしたとばかりに口に手を当て目を丸くした。
「あ、あれはそのつい勢いのまま、本音を――ち、違っ!? べ、別に山代君をそういう風に思ってたとかじゃなく、そのね、あれは山代君に限ったことじゃなくオタクの人ってえっちな女の子のイラストばっか見てたり、不潔な人が多いから生理的に無理だって思うことが多いというか――」
早口で必死に取り繕おうと慌ててどんどん墓穴を掘っていく柏木さんを見ていると何だかおかしくなって不意に吹き出してしまう。
「ははは、だからいいんですって。僕の前では『いい子』な柏木さんを演じなくても。どんな柏木さんでも僕はどんと受け止めますから」
「山代君の前では『いい子』でいなくていい……」
得意げにそう笑って締めくくると、柏木さんは目から鱗とばかり驚いた様子で口をぽかんと開けたままでいて。
「……あの、一ついいですか?」
「はい? なんでしょうか?」
「最近山代君と神崎さんが仲いいのって、やっぱり二人が付き合っていたりするからなの?」
「へ。い、いや全然違いますよ。いやだなぁ。僕と神崎さんが釣り合うはずがないじゃないですか」
僕が自嘲してそう答えると、何故か柏木さんは嬉しそうにぱぁっと表情を明るくさせて。
「そうなんだぁ! ふふっ。うんうん、山代君にあの人じゃ釣り合いがとれないもんね」
同調するよう首を縦に振ると、喜ばしいとばかり頬を綻ばせる。
そりゃあ本音で何でもこいとは言いましたけど、まさか一発目からここまでばっさりと切られるなんて……。
と、戸惑っていると「列車が参ります」とのアナウンスが聞こえて来た。
「あ、電車が来たようなので、僕はこれで」
「はい。山代君、今日は本当に色々とありがとう! また明日からもよろしくね」
「はい、こちらこそ! それじゃ」
ぺこりと頭を下げ、愛らしく手を振る柏木さんに背を向けて乗車口へと向かう。
ちなみに柏木さんは、元々この駅で降りる予定だったらしい。
にしてもほんと、今日は家系ラーメンのスープみたいに濃厚で下手したら胃もたれしそうな放課後だったなぁ。
翌日の朝。
「おはよー。山代」
「あ、神崎さん、おはようございます」
いつものように僕に軽く手を振って自分の席に座った神崎さんに、丁寧にお辞儀をして挨拶する。
「昨日はありがとね。ぶっちゃけ昨日の今日で心の整理が付いたかって言われればビミョーなとこではあるけど、でもあたしなりに頑張ってサユリに向き合って見ることにする。まずはサユリ自身の口からなんであんなことやってるのか聞いてみるよ。勝手な思い違いで暴走するようなマミん時と同じ失敗は繰り返したくないし」
「神崎さん……。僕がどれだけ力になれるかわかりませんが、もし何かあったら遠慮なく僕を頼ってくれて構いませんから」
「ん、さんきゅ。じゃあさ、お言葉に甘えてもしもの時は頼りにさせてもらうから。そん時はお願い……」
人にものを頼むのが苦手と顔に書いてあるよう頬を赤く染め指先をもじもじとさせた神崎さんが、しおらしい態度で言葉をすぼめた。
「もちろんです」
と、僕が笑顔で快諾したその直後、
「ん?」
何やら教室の入り口が異様にざわついているのに気付いて――
それはどうにも、ある一人の女性徒が教室に入ってきたことが原因らしかった。
彼女は複数のクラスメイトに取り囲まれていて、彼女の姿を目にした人達は皆、唖然、絶句、驚愕、もしくは落胆と、表情に多少の違いはあるものの一応に信じられないといった感じで呆気に取られていた。
渦中の人物は、茶色く染めた髪に軽くウェーブをかけて小麦色の肌をした見知らぬ黒ギャルさん。その容姿はというと――!?!?!?
え、ちょっと待って、これって流石に夢か何かじゃ……
僕が絶句する中、黒ギャルさんは僕の方を見たかと思うと、ぱあっとにこやかな笑顔でこっちに向かってきて――
「おはよう、山代君!」
「お、おはようございます……柏木さん」
かろうじて声を絞り出せたのは、最早奇跡に近かったと思う。
そう、この黒ギャルさんの正体は、このクラスにおけるマドンナ的存在で黒髪ロングな清楚美少女だったはずの――柏木小春さんだったのだ。
「昨日のあの後ね、山代君に言われて色々と考えた結果、わたしもういっそのこと『いい子』を卒業することにしました!」
手を重ね、悪戯成功とばかり相好を崩す柏木さん。
更に彼女は愕然としてる僕の両手をぎゅっと握って、
「だってわたしはもう、この学校で山代君以外に嫌われても別に構わないなーなんて思っちゃったんで。だからーどんなわたしでも、ちゃんと受け入れてくださいね」
天使みたいな満面の笑みは、清楚だろうがギャルになろうが変わらない可憐で破壊力抜群のもので。
へ……?
つまり僕が原因で柏木さんがこうなったってこと……?
う、嘘でしょ。僕ってば一体どんなこと言ったのぉおおおおおおお!?
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