第18話 マルゴレッタちゃん!奮闘前ッ!!中編

 大きなテラス戸から差し込む光が、赤裸々に晒される女の裸体を神々しく際立たせる。

 何者をもひれ伏せさせる圧倒的な美貌。

 艶麗なその完璧な肢体は、神ですら縋り慈悲を乞い願うだろう。


 側に侍る三人のメイド達が、裸体の女の為に静々と身拵えの準備を始める。


「私の愛らしい天使は、今何を?」


「お嬢様でしたら、近頃眷属にした古龍と共に今日も森へ。脳筋……。ジャレッドも同伴しているようですが……」


 裸体の女の問いに、小慣れた手際で黒のドレスを着付ける赤髪メイドアイカ。


「あら、ジャレッドが来てるの?あの風来坊がウチに寄るなんて珍しいわね。ふふっ……。それにしても古龍を虜にするなんて流石、私の娘だわ。あの子の将来が楽しみで仕方ないわね」


「オリヴィエ様、あの古龍中々出来るやつにゃ。マルちゃんの眷属じゃにゃかったら、シロネがペットに欲しいぐらいにゃ!」


「あら、シロネにそこまで言わせるの?興味を唆られるわね。是非、一度会ってみたくなったわ」


「オリヴィエ様が拝謁を許す程の者ではありません。……苔の生えた唯のトカゲです」


 何気のない会話を続けながら、身支度を進める三人に対し、太っちょメイドペロリアだけが、不気味に佇んでいるだけだった。

 そんな、彼女が突如狂ったようにカタカタと音を鳴らしながら震えだす。


「デュフフフフ。オリヴィエ様、森に侵入者が。数は八万から十万だと推測されます」


「あら、あら。そんな大人数で押し寄せてくるなんて、『教会』が寄越した混成軍以来かしら?まだ、懲りてない人達がいるのね」


 関心なさげに、前髪の毛先を気にしながらペロリアの報告を聞き流すオリヴィエ。

 だが、キングサイズのベッドに腰掛けたやつれた男の発言によって柔和だった彼女の表情が一変する。


「彼等の狙いは、僕達じゃない。マルゴレッタだよ。ハニー」


「あ"ぁ!?……今、何て言ったの?ローゼン」


 凄むオリヴィエにローゼンはバツの悪い表情で彼女から目を背ける。


「ジャレッド兄さんの知らせでね。あの子、どうやら一年前程前から僕等に知られずに隠れて侵入者達を逃してたみたいなんだよね……。しかも、再生の魔法を使ってまで。はは……。そりゃぁ、世間で大騒ぎになっちゃうよね」


 オリヴィエはローゼンの前に歩み寄ると、彼の両手首を掴み、ベッドへと押し倒した。


「いやああああぁぁぁぁぁっ!勘弁してくれ、ハニー!!僕は、もう出し尽くしたよ!!」


「茶化さないで……。あの子の存在が世界に知られたのよ?……どうするつもり?」


 垂れた前髪の束の隙間から暗く冷たい深紫の瞳が、ローゼンを捉えて離さない。

 彼は穏やかな笑みを浮かべる。


「キレた表情も素敵だね。ハニー」


 オリヴィエによって掴まれた手首から、骨の軋む音が鳴る。


「……はぁ。マルゴレッタのやらかした事は置いといて、遅かれ早かれこういう事態にはなっていたと思うよ。彼等のこの行動の速さには、僕もびっくりだけどね。……だけどオリヴィエ、あの子の存在が知られたからと言って、何が変わるというんだい?」


「…………」


「何も変わらないよ。招かれざる客人には、凄惨な死を……。僕達が結ばれたあの頃から、いつだってそうしてきたじゃないか。マルゴレッタに害が及ぶなんて事は、絶対あり得ない」


 馬乗りにした愛する男の手首から手を外し、妖しく胸元に指を這わせオリヴィエは小さな吐息を吐いた。


「……貴方のその飄々として余裕ぶった顔。今でも好きになれないわ」


「僕は、出逢ったあの時から、君の全てに首ったけだよ」


 オリヴィエは水々しく潤った唇をローゼンの唇へ一瞬重ねると、蠱惑的な笑みを浮かべた。


「アイカ、ペロリア、シロネ。貴女達は侵入者の始末を。今回は数が多いわ。手下達を使う事を許可します。派手にヤりなさい」


「「「陛下の御心のままに……」」」


 三人のメイド達がスカートの端を摘み、優雅に一礼すると淡い光が立ち上り、三人の姿がかき消えた。


「ワフゥ、貴女はすぐにマルゴレッタを……あら?そういえば、ワフゥの姿を見なかったわね」


「ああ、ワフゥなら僕のお使いで外に出てるよ。……それよりさ。ハニーに報告しなきゃならない事があるんだよね……」


「何かしら?」


「うん……。今さっき、マルゴレッタから一方的な念話が飛んできてね。『ジャレッド叔父ちゃんや森の皆んなと一緒に、一杯パパ達のお邪魔虫をするでち!!』だってさ。これってさ、侵入者を逃す為に僕達の邪魔をするって事だよね?ふふっ。僕達の天使はとんだじゃじゃ馬だね。そんな所も可愛くて仕方ないよね!」


 再び茶化すように語るローゼンの白地のシャツを乱暴に破り捨てるオリヴィエ。

 その眼差しは怒り狂う戦鬼の如き眼光だった。


「あの子……本当にお仕置きが必要ね。とりあえず、貴方を犯すわ……」


「え?おかしくない?……なんでそうなるの?僕、もう無理だよ?ちょっと聞いてる!?ねぇ?」


「久方ぶりに森を解放するわ……」


「いやいや!?それと今ヤろうとしてる事は関係無いよね!?」


「ふふっ……。そうかもしれないわね」


 美しき魔王の狂乱に呼応するかのように、広大なアルディオスの森に変化が起き始めたーー

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