第20話 初めての売買

 12月30日は証券業界の仕事納めである大納会だ。けれど今日は、一年間お疲れ様でした。なんて和やかなムードはまったくない。東京証券取引所には、8時の注文受付の時点で売りが殺到していた。


 大量の売りは、サクセスバイオ株にも浴びせられていた。8時30分の時点で、売り50万株強に対して買いは10万株弱。このままいけば、今日はストップ安の942円まで売りこまれる。


 この急落はチャンスだ! でも本当に買って大丈夫なのか? テロのニュースを見ながら夜通し考えていたが、答えはまだ出ていない。


 そうこうしてるうちに、取引開始時刻の9時になった。ほとんどすべての銘柄が、売りが多すぎて値がついていない。誰もが知っている有名な自動車メーカや銀行ですら、売り気配を出している。


 暴落。言葉では知っていたけれど、実際に目にするのは初めてだ。いくらなんでもヤバすぎる。今日はやめた方がいいか……。

 俺はビビっていた。いや、誰だってビビるだろこんなの!


 取引開始直後、サクセスバイオの売り気配は1212円になっていた。さらに3分後、気配は1182円に下がる。

 なるほど。3分ごとに30円ずつ下がるのか。そして、売り株数と買い株数が一致したところで値段がつくんだな。でも、売りの株数が圧倒的すぎる。今日はストップ安の942円まで下がりそうだ。


 しかし、売り気配が切り下がるたびに買い注文は思った以上に増えていく。

 そうか……。安くなったら買いたい人だっているんだ! 俺と同じように、ここがチャンスだと思っている人がたくさんいるんだ!!


「買いたい人が多ければ株価は上がるんです」

 黒月さんの言葉が頭にうかぶ。


 そうだ! これはチャンスだ!


 どんどん増えていく買い注文を見るたびに、気持ちが高ぶっていく。頭の奥がジリジリと熱くなる。ついさっきま感じていた恐怖が、急速に興奮へと変わっていく。


 9時27分。売り気配は972円まで切り下がっていたが、売り注文60万株に対して買い注文も50万株を超えている。ストップ安を待たずに、値段がつきそうだ。


 いけ! 買いの注文を入れろ!

 世界が不景気になっても、ガンの薬の需要がなくなることはない!!

 自分で出した結論に賭けて、このチャンスをものにしろ!!!


 今まで経験したことのない熱い感情に背中を押された俺は、震える指で買い注文を入れた。

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