17話:朝の幸福

「雄太君!ご飯を作りに来ましたよ!」

 そこに居たのは、昨日の朝の彼女である。


 放課後の時と雰囲気は異なっていて明るさが見える。

 リセットされたのだろう。


 色々と影響されて性格が変わっているのは分かるが

 未だに、しっかり理解できていないところがある。


 それにドギマギするのも、おかしな話で


 本来であれば、今日家に来ているのもまたおかしなことだったりするが


 もう突っ込む気はない。


 そんな、新たな日常と生活には慣れつつも


 いざとなれば、離れるということを理解しないといけない...



「ああ、今開けるよ」

 少しは、良い返事ができたかなと、過大評価して扉を開ける


 少しの荷物を持った、彼女がいた。


 その荷物は、学校へ持っていくものとは違う。


 それにしても、本物の彼氏彼女の関係でないのに、ここまでしてくれるのは非常に有難いことで、問題は、そこに内包された隠れた事実だけで...


 表面的に見れば、良い関係なのが何とも言えない。


「いらっしゃい」


 軽い挨拶をすると、花は笑顔を咲かせる


「はい、おじゃまします!」


 そして、部屋に上がる。


 昨日は突然であまり意識しなかったが、ほんのりといい匂いがして

 それに、ついついドギマギしてしまう。


 人は冷静になると、周りが見えてくるのだ。


 ―それから、花は料理を作り始める。


 おかしくない?なんで当然のようにこうなってるの?

 思っていても、言えない、言わない


 ある意味のお約束であり、それが必要だから。


 とまぁ、こんな感じで昨日より手際の良くなった花を見ながら

 朝の準備をしていると。


「できましたよ」というお呼びがかかり、席に着いた。


 しかし、俺の家に材料はない訳で、となればお金は彼女が払っていることになる。

 1人暮らしをするにあたり、いくらかお金は親に貰っているので


 もし、今後も続けるなら、そこから捻出したほうが良いと考え始める


「お、うまそう」


 そんなことを、考えつつも開口一番はこのセリフのようだ。


「はい!腕によりをかけました!」


 元気いっぱいに花がいう。


 目の前には、昨日と同じように味噌汁があり。

 今日は、魚を焼いたものと、サラダが出ている。


 正直なんの魚か分からない。


 それから、白米。


 白米だけは家に常備してあるので、良いのだが


 他の材料は家にない。

 となれば、彼女が負担しているのだろう。


「あの」


「どうかしましたか?雄太君」


「その、あくまで仮じゃないですか...」


 すっと、目を細めるが、口は挟まない

 その様子に少しビビるが...


「な、なので、その材料費は負担したいといいますか...」


 昨日の比較的強気な姿勢はどこかに消えて


 確実に、弱腰となっているが、のそのそと地雷を踏まないように注意しているからに過ぎない。


 決して、威厳だとかそういう問題ではない。


「ああ、そういうことですか...ってっきり...」


 てっきりと、言って口を閉じた

 その先は、恐らく口に出してはいけないことなのだと予想できる。


「わかりました、では折半で如何でしょう?


 こうして、私も食べてるわけですし

 そして、光熱費はそちら負担ですし


 それに、雄太君はアルバイトをしていないようなので


 費用は親御さんが捻出していると思いますので

 

 そう考えると、合理的かと思います」


 ぺらぺらと話す。


「そ、それでお願いします」


 と答えつつも、バイトしていないと断定できたのは何故かは聞けない。


 何故か知らないが、俺の情報は彼女の口からどんどんリークされている。


 もはや、どこまで知られているか分からない為

 下手に嘘もつけないと気づく。


(これ、追い詰められてないか?)


 なんて考えながらも、


(とりあえず、今は目を逸らそう)と逃げてしまうのが


 オチだ。


 今は、目の前のご飯に集中しよう。


 魚をほぐし、目に見える骨を取る。

 目の前で彼女が、腕を立てて、手の甲の上に顎を乗せて

 ニコニコと、見ていると食べずらい。


 そして、口に含む


「―うまい」


 その一言に尽きた。


 油の乗った魚に程よく塩がかかっていて、ご飯が進む気配を感じる。


 実際魚を口に入れると、ちょうどいい塩梅の油口に入り、ご飯を食べて中和する魚が溶けるように無くなっていく。


 そして、味噌汁を飲む。


 味噌の味が染みわたり上手いという食レポをするが


 正直美味しいという感想しか出てこないのがなんとも...


 俺の食レポセンスの無さを垣間見てしまう。

 そして、花は「それは良かったです」と微笑み、自分の箸を進め始める。


 わざわざ待ってくれるのが嬉しくもあり、申し訳なくもあり


 見られていることへの躊躇いがあるが。


 この、人の作った料理への有難さを今になって感じる。

 温かいご飯の味も、おかずの味も。


 全て、コンビニやスーパーのものとは異なっている。

 米こそ炊くが、彼女の物の方がおいしいというのは、贅沢なことだ。


 しかし、この時間を些かに幸せと感じつつ

 その気持ちは胸に抑える。


 しかし、一方で、若干胃を掴まれている気がする。


 あまりに、展開が早すぎる気がする。


 だって、付き合って翌日、俺教えてないのに家来たんだよ?


 おかしくないか?


 いや、いや、もう考えないって決めたんだ。


「うん、おいしい」


 彼女のその言葉と微笑を見つつ。


 ご飯を口いっぱいに頬張る。


 この歪な幸せを嚙みしめるように、浮かび上がる違和感を飲み込むように。


 そして、同じようにまた、一日が始まるのを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る