第17話 心地良いとさえ思うほど。
オレンジ色の光ってなんだか心が落ち着くような気がする。私だけだろうか。
テレサが出て行った室内では凄く静かだ。
時折窓の外から何の鳥かも分からない間延びした甲高い、ともすれば不気味に思えてしまう鳴き声がうっすらと聞こえてくる。いや、もしかしたら鳥じゃないのかもしれない。
そしてベッドサイドにあるテーブルから頼りなさげに揺らめくオレンジ色の光が少しばかりの哀愁を作る。
この今の空気感は、小さい頃過ごしたクリスマスの夜に似ている。テレサの魔法の影響がまだあるのかも。
とにかく。アシビと私はテレサが出て行ってから一言も言葉を発していないけれど、私は気まずく感じることはなかった。寧ろ心地良いとさえ思うほど。
「貴女はなぜそこまで子供に固執するんですか」
「その言い方は語弊があると思うんだけど」
口火を切ったのはアシビの方で、チラリと声のした方向に視線を向けると、アシビがいつの間にか私の足元に立っていた。いつもの忍者歩きだ。
アシビの顔は眉を寄せることもなく、嫌悪の目を向けるわけでもなく、ただ無表情で私に問いかける。その顔に疑問符が浮かんでいるような気がした。
いや、気のせいかもしれない。なんてったって無表情だし。なんかロボットみたい。
「固執するって何? 私は結構当たり前のことを言ってるだけだと思うけど」
子供を召喚という体で誘拐して、異国に連れてきて、戦争や魔王討伐の為に能力を磨かせて戦わせる……これに怒りを覚えることがそんなに珍しいのだろうか。
「彼らは今幸せですよ。魔法も使えて嬉しそうですし、親が寂しいと泣いてる姿なんて見たことありません」
「だからと言って誘拐していいわけじゃないでしょ? そもそも誘拐された側はどうなのよ。家族は? 友達は?」
「親から愛されなかった子供もいます」
そう言われて言葉を発するのをやめた。そのまま無言で見つめ合う。
『そういう子供もいるだろうけど、皆が皆親に愛されなかった訳ではないでしょ? そもそも戦わせるなんて変。』
そんな反論の言葉が心の奥から湧き上がってくるけれど、私の口からはそれらの言葉は一切出なかった。
代わりに昔の話が口から出る。
「……私がまだ小さい頃ね、おばあちゃんが倒れて。それで両親が今まで以上に身を入れて働くようになったの」
交じり合わせていた視線を外して、そのまま天井に向ける。
背中にあるベッドが体の動きに合わせるようにして過剰に震えた。
「すごく寂しかった。あの子たちと同じくらいの歳の頃かな。だから……うん。もしかしたら自分を重ねてるのかもしれない。同じ思いをしてほしくないって」
一種のエゴなんだろうな。
「……そうですか」
「正しいとか正しくないとかそういうのよく分かんないけど、でも、強制的に異世界に誘拐して元の世界には戻れませんって、大分酷いと思う」
そこまで言って立ち上がる。
アシビは何かを考えているのか、宙を見たまま何も答えない。
空気が穏やかだった。
こんなにも穏やかだったから多分、私もアシビもいつも以上に落ち着いて、こうやって冷静に話し合うことができているんだと思う。
子供たちは、明日の朝も食堂にいるのだろうか。
もしいるのなら、ちゃんと面と向かって話したい。異世界召喚されたことをどう思っているのか、ちゃんと当人たちの口から直接聞きたい。
うん。やっぱり、それから色々考えよう。今は頭がうまく動かない。
これもテレサの魔法のせい……と言ったら責任転換になるのかな。
ため息を吐く。
それから、空気と心がこんなにも穏やかな夜にカーテンを閉めっぱなしにするのはもったいない気がしたので、窓辺に歩み寄り、厚手のカーテンを横に開く。
憶測で夜だと思っていたけれど、厚手のカーテンを開いてそれは確信に変わった。
うん。夜だ。しかも窓から見えるのは蜂蜜のように濃い色をした真ん丸なお月様で。窓越しで見るには余りにもったいないぐらい綺麗だった。
窓は上下に動くタイプらしいので、少し手に力を入れて上に窓を持ち上げる。
そうやって大きく窓を開け放った瞬間、心地良い風が室内に入り込んだ。
冷たく過ぎることもなく温くもない。風の勢いが強すぎないし弱すぎない程度の、とても心地の良い風。
うん。やっぱりカーテンを開けて良かった。月明かりも風も全てが心地良い。
「良い風」
思わず顔が緩む。こっちの世界の満月も地球と何ら変わりがないようで安心した。
「アシビは何でこの城にいるわけ?」
未だにベッドの縁から動かず何をするでもなく私を見つめていたアシビに声をかける。
「……」
「あ、答えられないんだったら別にいいから」
そう言い終わる前に、また窓の外から鳥のような甲高い鳴き声がした。
さっと素早く窓の外に視線を張り巡らせてもそれらしき生き物は目に入らない。もしかしたら眼下の背の低い木の中にいるのかもしれない。
そういえば、鳥たちは夜どこにいるんだろう。
「まぁ、拾われたようなものです」
「そう」
え? と言いそうになる寸前で慌てて言葉を変えた。
父親が亡くなっていた、小学生時代の友達のことを思い出したから。
その子が話題の都合で仕方なく「父親はいない」と言うと、親がいて当たり前の小学生たちは私も含めて皆なんでなんでと聞いてしまっていた。悪意もなく。
その度に「病気で死んじゃった」と言うその子がとてもとても辛そうな顔をしていて、その時に私は、あまり人の事情に探りを入れる行為は好ましくないことだと気が付いた。
でも脳内は勝手に色々な憶測を立てていく。
拾われたってことは、もしかしたらアシビは親を知らないんじゃないか。親に捨てられたんじゃないか。親に愛されなかったのではないか。
もしそうなら、私の言った発言の数々は心の底から気に食わないだろうな。と満月を見ながらそんなことを思った。
人を想って放った言葉も、別の角度の人からすればとても嫌な言葉に変わり果ててしまう……難しい。
「そろそろ寝ますか?」
思考の沼に入り込もうとした私にアシビがそう打診する。
私としてはさっき目覚めたばかり、みたいな感じなのだけれど、このまま心地良い夜の雰囲気にあてられながらゆっくりと夜に浸るのも悪くなさそう……チルい。
あぁ……この世界にスマホがあれば……音楽プレーヤーがあればもっと雰囲気を作れて最高だったのにな……恨めしい。
「うん、アシビはそっちの部屋で眠るんでしょ?」
「はい。部屋から出るときは必ず声をかけてください」
「はいはい」
アシビなら声かけなくても私が部屋から出たら普通に気配を察知して追いかけてきそうだけど。
「おやすみ」
「はい」
アシビは短く返事を返す。
そして、ベッドの横にある小さなベッドサイドテーブル、の横にある物書き机、の横にあるドアを開けて隣の部屋へと入っていった。
「変なの」
私はアシビが隣の部屋に行ってからも窓辺に立って窓の外を眺め続けた。
お城の後ろの位置には木が生い茂っていて、お城の前の位置には街があるらしい。
この部屋はお城の街側の方にあるようで、この窓からは街と森と門が見下ろせた。
その街はまだまだ眠らない様子で、住宅の光か何かがこちらまで見えている。
やっぱりギルドとかあるのかな。街の人たちは異世界から来た人について知ってるのかな。
そもそも異世界から来た人達をこの世界の平民はどう思っているんだろう。
ん、あそこ白い煙が出てる。お肉でも焼いてるのかな。
酒場かな。いいなぁ。
「あ」
そんなことをぼうっと夜風にあたって考えていたら、頭に衝撃の事実が過ぎって体が固まった。
私、異世界来てから一回も食事してなくない?
呆然とする私へ返事をするように、お腹から小さく音が鳴った。
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