第16話 不自然

「テレサ。子供たちの事、まだ終わってないんだけど」

「あぁ、あのことですか。エリってば、意外としつこいのですね」

「は? しつこいって何?」


 まるでどうでもいいと言うかのように軽く振る舞うテレサ。でも怒りがそこまで燃え広がらない。

 私の怒りと連動するように私の影も少し動くけれど、フルフルと衝撃を与えたプリンのように細かく小さく震えているだけだ。


「そのことについては価値観の違い。ということで一先ず和解しませんか?」

「は? 子供を誘拐しておいて何それ」


 アシビが口を挟みたそうにしているのをテレサが制す。

 そしてまた私が召喚されたときと同じような笑みを私に返す。

 あの聞き分けのない子供に対して向ける大人の笑み。

 

「エリは子供に対してとても情に厚いのですね」


 不快感が蜷局とぐろを巻く。


「わかりました。これから異世界人を召喚するときは子供を選ばないようにします。ね、だから機嫌を治してくれる?」

「っいや、て言うかそもそももう召喚するのやめなさいよ」

「すみません。それは私の一存では決められません」

「は、何でもかんでもテレサ1人で決めてるのかと思った」


 メイドを使って異世界人を監視するのとか。と付け足してテレサを睨みつける。

 テレサは困った様子もなくただ微笑みを浮かべるだけだ。彫刻のように、それは変わらない。


「ねぇ、エリ。私ね、貴女にとっても期待をしているの」


 トクンと心臓が鳴って、シュウゥ……と怒りの炎が鎮火されていく。不快感の蜷局が強制的に解けていく。

 テレサは先ほどとまったく何も変わらない微笑みを浮かべているだけなのに、心が跳ねた。

 いや、そんなのおかしい。


「エリ、あの水はね」

「水?」

「ほら。能力を、異世界人の魔法を開花させるために飲むように言ったあのお水」

「あぁ」

「それを飲むとね、能力がすぐに開花する代わりにその能力が少し弱くなるの」

「は? え、じゃあなんでそんなもの飲ませるわけ?」

「能力は、人によっては1年も2年も開花しないことがあったの。だからあの水を作って、多少の能力の低下があろうともそれを飲んでもらって、早くに能力を開花させてもらっていたわ。エリが来る前からずっと」


 ふいにテレサが椅子から立ち上がる。

 オレンジ色の小さい灯りに照らされたテレサの銀色の髪の毛がふわふわと光を乱反射して、目がチカチカする。

 何の気もなしに目をつむって頭を振って、それからもう一度目を開けるといつの間にかテレサが目の前にいて少し驚いた。


「その水を飲まずに、こんなにも早く能力が開花するなんて。本当に凄いわ、エリ」


 私の前に来たテレサは、何もせずにただ私を見下ろして言葉を続ける。

 笑みを携えるその目はオレンジ色の淡い光を吸い込んで、宝石のように輝いていた。


「私に怒りを覚えることでその能力もどんどん強くなっていくと思うの。だから、私をいっぱい憎んで。もし私のことが好きで憎めないのなら貴女の嫌う行為……そうね。子供達を召喚し続けてあげてもいいわ。もし子供達を召喚してほしくないのなら、いっぱい私に尽くして、いっぱい私を憎んで。ね?」


 ニコリと三日月のように口元が開くテレサの言葉を聞いて、また胸の奥に黒いものが噴出する。

 

「……何言ってんのあんた」


 眉を寄せ不愉快であるという心象を最大限テレサに表現しながら、頭の中で今テレサに言われたことを反芻する。

 意味が分からない。こいつ。自分を憎めって言ったり、私を脅すような真似をしたり。私に尽くせって何? 何様? というか好き? 何が? 私が?

 意味が分からない。

 でも一番意味が分からないのは、こんなことを言われても私の心が、頭がカッとならずに怒りの炎が燻っていることで。

 私の心の中は酷く苛立っているのに、次々と水をかけられて消火されているかのように火が燃え広がらない。不自然に消化される。

 

 そうだ。この感覚。この感覚は初めてじゃない。何回かこんな思いをしている気がする。

 

「……あんたの魔法は何なの。これ、どう考えてもおかしいわよね」


 まるで不明瞭な私の問いかけに、テレサは戸惑う様子もなく嫋やかに笑みを浮かべている。


「私の魔法は、人の心を癒す魔法ですよ。きっとね」


 睨みつける私に目礼をするかのように目を伏せて、テレサが一歩後ろに下がる。

 そうして踵を返しコツコツと靴を鳴らしながらこの部屋のドアへと向かっていく。

 今までベッド脇で黙って立っていたアシビは、テレサがドアの前に着くよりも先にドアの前に移動していてドアノブに手をかけてドアを開いた。

 それを見ながらも心の奥に燻る黒いモヤが私に疑えと囁いてくる。『この女は嘘をついている。そうだ。暴力に訴えよう。それがいい』と黒いモヤをのた打ち回している。

 でも影はその場から動かない。怒りの炎も燻っている。

 やっぱりこれは不自然だ。


「嘘でしょ、それ」


 そう吐き捨てるようにテレサに言うと、テレサは何も答えずにこの部屋のドアをくぐって廊下に出た。廊下にはこの前のように騎士のような恰好をした護衛が2人立っていたらしく、部屋から出てきたテレサに向かって礼儀正しく礼をしている。

 それを気にするそぶりもなく、テレサは振り向きざまに軽く呟いた。


「エリ。これからは今まで以上に感情の起伏が激しくなると思います」


 楽しそうに、おかしそうに笑ったテレサは2人の護衛を携えて廊下を歩いて行く。


「頑張ってくださいね」


 その声がぬるりと脳内に入り込んでくる。

 耳にこびりついたその声色に何か皮肉の1つでも言ってやろうかと口を開いた途端静かな音を立ててドアが閉じられた。

 そうして話し声が一切聞こえなくなった暗い部屋で、ドアの近くにいるアシビはお決まりの無表情で私を見やる。


 私は盛大にため息を吐きながらベッドに倒れこんだ。

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