第10話 賢者、渡航する。2
リュートが案内されたのは、特級席と呼ばれる部屋だ。
特級席は飛空艇の中でも、300人の客を乗せられるクラスの
しかし、テーブルセットにソファ、ベッドや浴室まで
追加料金がかかるが、本格的なランチやディナーなど料理も注文することができるので、貴族などは
それでも最低──普通席──が金貨1枚で乗れる飛空艇で、金貨50枚は高過ぎると感じる者もいるだろう。
部屋が上質であるとか、食事などのサービスがあるとか、諸々の理由はもちろんあるが────
「なるほど。これは素晴らしいな」
眼前の景色に、リュートが感嘆の声をもらした。
彼がいるのは、特級席の室内の奥。そこにはテーブルセットが置かれ、窓から外が眺められる。
なんとその窓は、直立したリュートの膝上から身長を超えて天井付近まで、ほぼ壁一面がガラス張りになっていた。
おかげで真っ直ぐに視線を向けるだけで、抜けるような
すでに大学府は遠く小さくなっており、暫く過ごしたシュゼリオ魔法大学がなんとか判別できるくらいだ。
テーブルセットでサービスの紅茶を楽しみ、外の景色を楽しむリュートに、この部屋まで案内しそのまま紅茶のサーブまで
「リュート様にそう言っていただけるとは、とても光栄でございます。商会長からは、リュート様は飛空艇のご利用が今回初だとお伺いしました」
「そうなんだ。移動はいつも【転移】で済ませてしまうからな」
「なるほど、さすがは“時空の賢者“様……ですが、我が社の、そして我らが“
そう応えたカッソがにこりと笑って一礼する。
「この飛空艇には、1人用個室である普通席、2人用である中級席、2人以上の家族用として上級席、そして飛空艇最大のものに2部屋だけある特級席があります。それ以外に、ラウンジやレストランもございます」
「つまり、常に自分の部屋にいる必要はないのだな」
「はい。乗船される際にお渡しした鍵が、それぞれのお部屋の鍵となっておりますので、お部屋を離れる際には
テーブルの上には、カップ以外にも銀色の鍵が1本置かれていた。飛空艇に乗った後、カッソに手渡されたものだ。部屋に入る時には開錠され、ドアも開かれたままだった。
「鍵は魔道具にもなっておりますので、仮に
「なるほど。なら、しまっておこうか」
そういったリュートが、鍵を手に取り───空中にポイっと放った。
驚いたカッソが目を見開くが、その目の前で鍵が空中に現れた魔法陣の中へ飲み込まれるように消えると、さらに驚愕の表情をみせた。
これで大丈夫だと満足げに頷いたリュートが、続きを促すようにカッソに視線を戻すも、驚き固まる様子に首を傾げる。
「うん? どうかした…………あ」
その時、教え子たちから「人前で【時空鞄】の魔法を使うと驚かれる」と助言されていたのを思い出した。
「すまない、驚かせてしまったようだな」
そう小さく頭を下げたリュートが手のひらを上にすると、また空中に浮かび上がった魔法陣から鍵を現れ手のひらに落ちる。
その様子にカッソは驚愕に固まったまま眺め、目の前の人物の称号を改めて思い出す。
「今のは、もしや空間鞄と呼ばれる魔道具に使われている魔法でしょうか」
「いや、これは【時空鞄】のほうだ。【空間鞄】はただ空間を開くだけだが、【時空鞄】は空間内の時間も止めている」
「それは…………
“時空の賢者”が創り出した空間鞄の魔道具は、カッソも1つ私用として所持している。
カンバ工房で販売していた物の中で、容量は最小の物を購入したが、それでもベルトに付けられる小物入れが背負い鞄並みに入る代物だ。
アンドロワーズ商会もいくつか備品として活用しているが、あれは本当に商売の革命を起こすものだった。
流通とするなら飛空艇の方が
現在稼働している飛空艇の数もそう多くなく、大商会や国でしか所有していない。
それに対し、空間鞄も確かに高価な物ではあるが、カッソが個人で所有しているように、全く手が届かない物ではないのだ。
街から街や、国境を越えて商いをする商会であれば飛空艇が、村や町を行き来する行商人であれば空間鞄が、多大な
空間内の時間が止まるというのなら、鮮魚などを扱う者ならば
自身も魔法大学を卒業した魔法士であるカッソは、一瞬見えた魔法陣のあまりの複雑さにその理由を理解した。
また、そんな複雑怪奇な魔法陣を瞬時に描く目の前の青年が”賢者”であることも。
「生徒たちから【時空鞄】を魔法として使わないようにと言われていたんだが、日頃の癖がな……」
「確かに、外で今の魔法を使われますと
「あぁ。知り合いのもとには顔を出すが、特に広めるつもりはない」
「王都へ行かれるのでしたら、王城へ連絡すれば詳しい案内をしてくれる者をつけてくれるかと思いますが……」
そのかわり、必ず王か王族の誰か、そして多くの貴族から面会を求められることになるだろうが。
「いや、どこへ行くかは決まっているから問題ない。事前に調べたからな」
そういったリュートが今度はちゃんと鞄へと手を伸ばし、中から折り
それをテーブルの上に広げてみせると、描かれていたのは簡略化された王都らしき場所の地図と、無数に書き込まれたメモだ。
良く見ると、そのメモの筆跡はどれも別人のように感じる。
「これは……」
「カトレアや生徒たちがいろいろと教えてくれたのだ。私は『魔導図書館』と『賢者レノアール歴史館』くらいしか思いつかなかったが、彼らはいろんなことを知っている」
リュートが
いくつかはカッソも知っている隠れ名店もあり、これらを書いた者が心からリュートに王都を楽しんでもらいたいと思っていることが分かった。
「なるほど。リュート様にはすでに心強いガイドがついておるのですね。もし何かありましたら、我が商会の王都支部の方へ来ていただければ、お力になれるようにしておりますので」
「それはありがたい。もしもの時は、よろしく頼む」
しっかりと頭を下げるリュートは賢者らしくはないが、ただの旅人とするなら問題ないだろう。
先ほどのようにうっかり魔法を使って周囲を驚かせることはあろうが、
そんなことを自然と考えて、彼の旅の成功を祈ったであろう商会長や生徒たちのように、カッソも笑みを浮かべて地図に1つ新しくオススメスポットを書き込んだ。
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