第44話 魔術師の資格2
「兄貴……。よかった、目が覚めて」
青年が意識を取り戻したのは、視界を白で埋め尽くす世界……病院のベッドの上だった。
目がくらむような白の世界に、弟の顔が浮かんでいた。
よかったと言いながら不安そうな目と、そして彼の肩口が視界に入ったとき、メイタロウは一気にベッドから体を起こしていた。
目の裏に焼き付いた光景がフラッシュバックのように、恐ろしい速さで思い出される。
プロ魔術師に向けて放たれたメイタロウの魔術と、その間に割り込んでくるスオウ。
弟の張った防御術を破壊しながら、爆発する闇の魔術が黒く視界を遮って……。
思い出した。……メイタロウは、内包魔力の最大火力発散を起こして、プロ二人を亡き者にしようとしたのだ。
弟は身を挺して、兄の攻撃からプロ二人の命を守った。
スオウがいなければ、メイタロウは魔術師として……人間として、最後の一線を超えただろう。
スオウの肩は、腕は、メイタロウ以上に包帯だらけで。輝きのない瞳が、彼も長い眠りから今やっと目を覚ましたことを伝えていた。
それでも、
「兄貴のせいじゃないよ」
ベッドの上に身を起こして、両手で頭を抱える兄に向けて、弟は静かにそう言った。
その言葉で知ったのだ。
自分が『あの男』と同じ種類の人間であること。
一度タガが外れれば、相手を潰すまで許さない。自分が燃えても構わない。
目が見開いて、自分では閉じられない。苦しんだ分傷付けたい。相手を打ちのめす感覚がほしい……。
何のことはない、自分も
弱かったのだ。単純にそれだけだ。
魔術師になるべき人間ではなかった。
この手は、汚れた手は……弟を殺しかけたのだ。
プロ試験の内容は世間には極秘で、そのうちに起きた何らの事件も現実の罪に問われることはない。
何より、プロがアマチュアに為す術なく傷を負わされたことを公表できなかったのか、メイタロウのとった行動が後から断罪を受けることはなかった。
しかし、罪なら己がよく理解している。
あの日以来だ。魔術を対戦相手に向けて撃ち出せなくなった。
フブキ達と同じアマチュア魔術師チームにいた頃、それが原因で試合に負け続けた。
でも負けは必然。これが自分にふさわしい運命。
そうだ、よく分かってるじゃないか。
自分が魔術師に値する人間ではないこと。
……拭えない悪夢の中で、高々と杖を掲げて闇の魔術を放ってきたのは、紛れもないメイタロウ自身だったのだから。
それは青年の前に現れた、やけに長い一瞬だった。
悪夢は途切れて、メイタロウは直面した現実へと引き戻される。
フィールドの向こうではスオウが、未だ放たれない最後の魔術を完成へと近付けていた。あれが当たればこちらのシルドは砕け散るだろう。
しかし青年にすべきことはない。
そうだ。メイタロウの魔力が尽きていることは誰の目にも明らかだ。
ここで何もできなくても、誰も責めたりしない。元から攻撃術を期待されている身ではなかっただろう?
何より、この手で再び弟を攻撃することはできない。きっと許されない。
思い出した。どんなに願っても、自分は魔術師になるべき人間ではないこと。
激情に任せて破壊に手を伸ばす、悪魔の一人であること。
ならせめてもう何も壊さず終わろう。この枷に殉じよう。
試合はこのまま……。
「先生、頑張ってー!!」
「負けるな! 先生!!」
聞き覚えのある声に、はっと顔を上げた。
見物人でごった返す空中廊下。
そこに人波をかき分け、こちらへ向けて声を張り上げる数人の子ども達がいた。
魔術教室の生徒達だ。
今会場に到着したのか、全員肩で息をしている。
しかし、
「もうちょっとだ! 勝てるぞー!」
「先生、ロドを助けてあげて!」
その声援は確かに、メイタロウまで届いた。
応援に来てくれたのだ。おそらくスラムから、走って走ってここまで。
そしてこの状況で、彼らだけはまだこちらの勝ちがあると信じている。信じてくれている。
スオウの魔術が着実に完成へと向かう。メイタロウに残された時はわずかだった。
ふと視線を下げれば、袖に着いた黄色いカエルの目がまっすぐ自分を見ている。
その目と目が合った瞬間。
泳ぎ出た水の上。
信じてくれる人のために、この一瞬だけ許されるなら……。
「レイ……! レイアロー!」
唇が、震える言葉を紡いでいた。
レイアロー。メイタロウが使える中で、向こうまで一番速く届く魔術を。
スオウが、セリーンが、会場中が目を見開く。時が、動き出した。
しかしメイタロウの出方を見たスオウは、まだ完成途中だった魔術をそのまま撃ち出した。
魔力がギリギリのメイタロウが放った光の矢を、その何十倍もある光の塊が受け止めようとする。
このままぶつかれば、威力の弱いメイタロウの魔術がかき消され、スオウの魔術がこちらのシルドへ届く。
ああ、やっぱり駄目か。青年は一瞬覚悟を固めた。
しかしそのかたわらで、ロド対セリーンの魔術の押し合いが、大きな爆散を起こして消えていく。魔術の拮抗が引き分けたのだ。
しかしロドはただ引き分けたのではなく……。
「飛べ、鳥よ」
風が吹いた。青年の傍らを、鳥が飛んだ。
ロドの魔術だ。
輝く金色の鳥が、メイタロウの光の矢を猛然と追いかけていく。瞬間移動のような速さだった。
そして追い付いた鳥は、そのくちばしにレイアローをくわえる。そのままスピードを上げて向こうのシルドへ。
セリーンの魔術を押しきろうと思えば、ロドはそうすることができたのかも知れない。
しかし彼女はメイタロウが攻撃術を撃つことを信じて、セリーンの攻撃を押さえながらもう一つの術を練っていたのだ。
それがこの『鳥の術』。
ロドの鳥は光の矢をくわえたまま、スオウの魔術を突っ切っていく。
突っ切っられたスオウの魔術は、それでも勢いを失わず、こちらのシルドへ向かってくる。光が交錯した。
両ペアの前で、互いに届いた魔術がシルドにひびを入れていく。
そして両方の防壁は、光の残滓に包まれながら粉々に崩れていった。
客席からわあっと声が上がる。
スオウもセリーンも、放心したような顔でそこに立っていた。向こうから見たら、きっとメイタロウも同じ顔をしているだろう。
シルドの同時破壊。
両ペアのシルドが、ほぼ時間差なく壊れたのだ。
どちらが勝ったのか、これではまったく分からない。
審判団が動き出した。どちらのシルドが先に砕けたのか、審議が始まるのだ。
審判達の目視と、シルドの崩壊を検知する機器の記録をもとに、勝者の判定がなされる。
一度歓声を上げた会場の人々は、今や息を飲んでフィールドを見守っていた。
そしてしばらく時間が流れ、協議を終えた審判の一人が、フィールドの真ん中へと歩み出た。
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