第42話 境界
「ホッピングスター」
試合がペア戦に復帰してしばらく。
ロドの魔術は、フィールドを踊るように駆けていた。
星形をした光の塊が、縦横無尽に地を跳ねまくる。スオウとセリーンのシルドをめがけ、無軌道ながら故に守りがたく飛んでいく。
二人の防御がギリギリだったのは、術自体の軌道と速度もさることながら、その魔術が完成に至る速さも驚くべきものだったからだ。
まさにロドの時間だ。
その魔術に何の枷もない。
杖を振った通りに、どんな術も思いのままに。
彼女が杖を軽く掲げれば水流が立ち上がり、前に向ければ稲妻が撃ち出される。握りしめれば岩の防壁が立ち上がる。
まるで一つの流れのように、ロドの魔術は途切れることを知らない。
撃ち込まれてくる相手の術を冷静に守り、その中で完成させた攻撃術を間断なく相手に返していく。……普通ならそういう魔術師が強い。
しかし、
「アクアトルネード」
青い竜巻が、スオウの攻撃術を巻き上げ、そのままフィールドを進んでセリーンの防御術さえ侵食していく。二人の魔術師を一気に抑える荒業だ。
そう、ロドの攻撃術が大火力すぎて、飛んできた相手の攻撃術ごとシルドの前まで届いてしまうのだ。まさに規格外の魔術。
観客達も、歓声を上げることさえ忘れて今や全員目を点にしている。
一人でプロ二人相手に戦えているというレベルではない。一対二でプロ相手に押している。
スオウが先の一騎討ちで少しばかり消耗しているとはいえ、これだけであり得ない快挙だ。
しかし彼女の真骨頂は、大火力で強力な魔術ではなく、
「シャボンウォール」
フィールドの中程へ、虹色のうねりを浮かべる、透明な障壁が展開する。
まるでシャボン玉液を四角く引き伸ばしたような極薄の壁だ。
そしてそれは本当にシャボン玉液だった。
その壁を通過したスオウの氷柱がシャボン玉の中に捕らえられる。氷柱は残らず、勢いを失ってその場に落ちていった。
独特な防御術だが、あれは水の魔術と複合した創作魔術だ。
常人なら片手で扱えるような術ではない。
改めて、彼女が今まで何かを抑えていたことに気付く。メイタロウが眼鏡を外して魔力の出力を上げたどころではない。
魔術の威力は今までの倍なのに、術の完成速度は今までの半分だ。そしてその魔力はいくつ術を使っても尽きる気配がない。
その術を受けるスオウ達は……。
苦笑いの表情で苦戦しながらも、強敵との対戦にどこか楽しそうだ。
また一つ、スオウの防御術がロドの魔術に砕かれた。セリーンがすかさずシルドを守るが、それもやはりギリギリだ。
相手二人の魔力が明らかに尽きてきている。いよいよ大詰めが近い。
詰めだとすれば、試合はこのまま魔力に余裕のあるロドの優勢で決まるかのように思われた。
しかし。
とどめとばかりに飛んできていたロドのウインドカッターを、スオウの稲妻が撃ち砕き風として霧散させていく。
間髪いれずにロドは強力な雷撃を相手に向けて放ったが、
「稲妻砲!」
セリーンが、すかさずロドと同じ雷撃を唱える。
二人の魔術はフィールドの真ん中で拮抗し、互いの威力で互いを阻んだ。
攻撃術の押し合いだ。先に魔術を途切れさせた方が相手の攻撃を受け、そのシルドに傷が付いてしまう。
このために余力を残していたのか、あるいは魔力が尽きたように見せていたのか、いずれにしても追い詰められたネズミが猫の尻尾に噛みつくような一撃だ。
ロドが、最強アマが初めて手一杯になった。その機をスオウも見逃さない。
「悪いな、セリーン!」
ロドが術を切れずにいる間に、彼は集中して次の大技へ。
セリーンの雷撃を抑えるロドには、それを止める術もない。
二人の見事な連携が、ロドほどの魔術師でさえ術の防御を不可能にさせる。これがペア戦の脅威だ。
その瞬間を、メイタロウはロドのとなりで見ていた。優勢劣勢を覆す、戦況打破の瞬間を。
この光景は、ロドほどの魔術師の横で、プロと相対する試合に参加しているからこそ自分の目の前に現れた景色。
そうだ、メイタロウもこの試合のプレイヤーなのに。
尽きた魔力と、最早体を支えるだけの杖。ここに立っているだけで、何もできない自分。
『メイタロウ、そこだ! 早く術を撃て! 早く……!』
記憶の底から、声が響いた。
そうだ、分かっている。まだ自分に出来ることがあること。
……メイタロウが攻撃術を撃てば。
残された魔力では相手のシルドを割れないまでも、スオウの魔術を中断させることはできるかも知れない。
この少ない魔力を使って、一度くらいなら防御術を展開することはできる。しかしそれで出来た薄い防壁では、弟の術を防ぎきれない。もちろん、発射された後のスオウの魔術に自分の魔術を当てたところで、弱すぎて話にもならない。
……攻撃術をスオウめがけて撃ち、集中を途切れさせ、魔術を中断させなければならない。
そうしなければ、弟の攻撃がこちらのシルドを貫く。
メイタロウがここで攻撃術を撃たなければ、負けてしまうのだ。
『おい、早く術を撃て……! じゃないと、』
観客が息を飲む。時間はやけにゆっくり流れていく。
これが運命の一瞬だと、どんなに拒んでも青年に思い知らせるように。
お前は選べるのだ。選ばないのかと。
変えられる運命の分かれ道の前に、傾き始めた勝敗の天秤の上に、今自分が立っている。
スオウの集中は術を完成へと、確実に近付けていく。
それでも……。
フィールドの向こうに遠く見える弟。驚異的な持続力でセリーンと術の押し合いを続けるロド。息を飲んだまま、真剣な眼差しで試合を見守る観客達。
すべてがコマ送りで、メイタロウの頭の中をぐるぐる巡る。
一瞬のはずなのに、果てしなく長くて。
この頭では何一つ処理できない。この線は越えられないと、理性が、記憶が、魔術師の勘が、そう叫んでいる。
ぐるぐるぐるぐる、景色ばかりが巡る。
開いた唇が震えるばかりで、それ以上のことは起こらない。
負ける。このままでは……。
脳内を溢れ出した何かが、瞳を大きく見開かせる。
動けない身体を残したまま、視界は塗り潰されるように真っ白ににじんでいった。
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