第26話 プロとの戦い1

 会場入り口に現れたその人は、皆が振り返る間に続けて術を唱える。


「ショット・エア」 


 その声とともに合計三撃、空気の弾が魔術師達の手元を正確に襲った。三人のプロ魔術師が己の手から杖を取り落とす。

 術自体は小さいが、撃ち出される威力はまさに弾丸そのものだ。


 避ける隙も守る暇も与えない音速の攻撃。プロ以外でこれをこの精度で放てる魔術師を、メイタロウは一人しか知らない。


 その魔術師は次いで、太い胴を持つ竜のような巨体な水の柱を、遥か上方に向けて打ち上げた。燃え上がっていた天井のバルーンが一気に鎮火していく。

 そして水の柱はドームの天井に開いた穴からより高く上ってはじけ、まるで雨のように会場全体に降り注いだ。


 世界の終わりのようにそこら中で燃え盛っていた炎が、瞬く間に消えていく。

 メイタロウの周りに歪んでいた黒い霧も、その雨に浄化されていった。


 会場はわずかに残った非常灯だけが照らす暗闇となったが、濡れて雫を結ぶ前髪の向こうに、メイタロウは確かにその姿を見ていた。


「ロド……」

「ごめん。遅くなったね、メイタロウ」


 いつもの調子だ。笑むでもなく怒るでもなく、真顔で謝るその人は、メイタロウが今まさに頭に思い描いていた最強魔術師だった。

 見張っていた目から血が引いていくように、青年の周りの熱が冷めていく。何故か涙が瞳を覆った。


 そしてロドは一人ではない。一人ではないというか、脇にもう一人抱えている。

 杖を持たない方の手でヘッドロックをかける格好で、まるで取り押さえているといった様子で誰か連れていた。


「フブキ……!」


 名を呼んだのはメイタロウだった。

 セツガは何も言わず、弟に目線すらくれない。ただじっとロドを見ている。


「逃げ遅れて会場に残ってたみたいだから、あたしが保護したの。……ほんとは暗がりでいきなり魔術を撃たれたからこうなったんだけど」


 そう言ってロドは、抱えていたフブキを地面に放した。すっかり力の抜けた様子で、フブキはその場にへたりこむ。

 彼の破れた袖から出た手首には、黒い雫型の刺青が一つ。あれが何を意味する刺青か今は分かる。……水の組織の刺青だ。


 一連の様子を冷めた目で見やって、セツガは抑揚のない声で言葉を発した。


「そいつを盾にする気か?」

「盾にはしない。ただこの人はあたしの後ろをとるのに失敗した。だからそっちはメイタロウとあたしの間に挟まれたってこと」


 どうやらフブキは兄と同様、水の組織に加担している人間だったらしい。

 メイタロウの後を追ってきたロドを暗がりで害そうとして、返り討ちにあったようだ。


 そしてその結果、ロドの言うとおり、ロドとメイタロウは入り口側と会場奥側でセツガ達プロ魔術師を間に挟む格好になっていた。


 どんな魔術師であろうと、二人の魔術師の間で動けない状態は不利だ。常に誰かが誰かの背を守って戦わなければならない。

 それにセツガと大杖の男以外は今、ロドの攻撃によって杖を取り落としている。

 つまりこの瞬間、二対二で数が拮抗した上に相手を挟み撃ちにしているこちらが有利だ。


 考えている時間はない。ロドがこちらに優勢な状況を作ってくれた。早く、相手が杖を拾う前に突破口を開けなくては。


 しかし、一瞬という時間を逃さなかったのは相手も同じだった。


「しゃらくせえ! さっさと標的を片付けてやる!」


 そう叫んだ大杖の男が狙ったのはスオウ、もといスオウに担がれているリン市長だった。雷のムチが、恐ろしい勢いで床を這い二人に向かっていく。

 人一人抱えている上、今のスオウは魔力を使い果たしたほとんど手負いの状態だ。

 当然反応が遅れた。


 バリバリバリッと地面はひび割れ、二人の前で雷は一気に立ち上がった。そして、


「何!?」


 スオウとリン市長に当たることなく、雷撃は直前でせき止められる。

 メイタロウが作り出した氷の壁が、二人の前に立っていた。


 スオウは一瞬瞠目したが、すぐに杖を持つ手に力を込めると、


「レイ!」


 そう叫んだ。彼の頭上から、不安定ながらも無数の光の束が現れる。現れた光の束は、雷のムチを避けて空中を大杖の男の元へと降り注いだ。

 しかし、


「シャドウホール」


 空中に開いた闇の穴が、スオウの放った光線を飲み込んでいく。

 セツガの防御術だ。魔力不足で威力の減退したスオウの術は、簡単に吸収されてしまった。


 そして、その後方。

 杖を持たない三人の魔術師と相対するロドは、驚愕の光景の前に立たされていた。


 三人の魔術師達は落とされた杖を拾いにも行かず、驚くべき行動をとったのだ。

 セツガの後ろで、彼らが何をしたかというと、


「……」


 ロドが短く息を吐く。


 そこには大きく両手を広げて、セツガの背を守るように立ちふさがる三人の魔術師達の姿があった。まさに生身の人間の壁がセツガの後方を守っていた。


 メイタロウも驚愕のあまり目を見開く。


 杖を持たない魔術師を攻撃するのは、魔術師道における最大の禁忌だ。その行為自体が魔術の精神や競技精神に反するだけではない。

 魔術で防御できない生身の人間に攻撃術を撃てば、それがどんな小さな術でも確実に命に関わる。故にそれは、普通の魔術師なら絶対にやらない非道だ。

 それを分かっていて……。

 

 しかしこれでロドの攻撃は封じられた。ロドの実力を知っているのか、プロ達はよほど彼女に手を出されたくないらしい。

 忠誠心からくる献身か、スオウのように人質を取られているのか、いずれにしろ常軌を逸した行動だ。


 そして、


「氷塊」


 仁王立ちする魔術師達の脇から、ロドの方を振り向いたセツガが術を唱える。

 巨体な氷の塊が、凄まじい勢いでロドのもとへと飛んでいった。

 仲間を盾にしながら、セツガは続けて術を唱える。

 砕けたシールドの隙間からロドが顔を出した。彼女はセツガの出方を見て守ることしかできない。


 プロ魔術師が一人のアマチュア相手にこんなになり振り構わず戦うなんて。そしてまさか挟み撃ちの状況をこんなふうに打破してくるとは思わなかった。


「ロド……! ぐっ!」

「なーによそ見してんだ!」


 メイタロウもロドに加勢したいところだが、大杖の男はそれを許してはくれない。

 青年も必死の防御術で身を守るが、さすがにプロの一撃は重い。

 それにまともに攻撃術を使えないメイタロウ一人では、絶対に彼を押さえることは不可能だ。 

 ここを突破するには、スオウの力を借りなければならない。


 視界の隅でスオウが杖を構えるのが見えた。

 目配せすらしなくても、兄の意思はすでに弟に伝わっていたらしい。

 スオウはほぼ魔力を使い果たした状態だが、そんな状態でも二人で組めば勝機はある。

 メイタロウが今纏っている有り余るほどの魔力を、スオウに分ければいい。


「アクアゲート!」

「ショット・アクア」


 メイタロウが作り出した水のゲートを通って、スオウの小さな水の魔術は激しい水流へと変化する。

 単純増強魔術。主にペア戦で使われる、パートナーと同属性の魔術の集中体を作り出し、その威力を強化する支援魔術だ。


 その後もメイタロウの作り出すゲートを追って、スオウは魔術を使っていく。追ってというより、ほぼ同時に術を繰り出しているが、それは自然とメイタロウと同じ属性の魔術になっている。


 これがかつて阿吽の呼吸と恐れられた、兄弟の協力戦法だ。

 互いが次にどの術を使うか、長年の積み重ねで手に取るように分かってしまう。故に声を掛け合う必要すらなく、間断なくコンビネーションを発揮できるのだ。

 この戦法で二人はあの日、学生魔術大会で優勝旗を手にした。


「アイスマウンテン」


 部下が押され始めたことに気付いたのだろう、ロドの方から振り返ったセツガが、巨大な氷の山の群れを作って大杖の男を防御する。

 メイタロウとスオウの魔術は、その山に阻まれ散っていった。


 しかしまだだ。二人にはまだ切り札がある。

 兄と弟はここに来て初めて、お互いに目を見交わした。スオウの目は兄がその術を使うことを、信じていた。

 震える手にぐっと力を込めて、メイタロウはその術を唱える。


「……フレアゲート!」

「火炎流」


 メイタロウが作り出した一際激しい炎のゲートを通って、スオウの火炎放射は巨大な火竜へと進化する。

 メイタロウはそこに更にウインドを使った。大きく燃え上がる翼を持った翼竜のごとく、二人の魔術はセツガの氷山に突っ込んでいく。

 セツガがダメ押しのブリザードを唱えた。それすら突き抜けて、火竜は前へ進む。


 氷と炎の衝突が、その場の空気を大きく揺らした。

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