第7話 魔術師との邂逅

「ペアの部……か」


 先生から逃げて、メイタロウはロビーの入り口でため息をついていた。

 ペアの部なんて言ったって、出場条件は二人一組なんだから、メイタロウ一人じゃどうにもならないじゃないか。一緒に出てくれる友達なんていないんだから。

 いやそうじゃない。そもそも大会に出場する気なんてないし。


 そんなことを考えながら、そのままそこに突っ立っていたのがいけなかった。


「誰かと思えば、臆病者のメイタロウじゃないか」


 聞き覚えある声に、はっとして振り返る。

 そこには会いたくなかった人物が立っていた。


 フブキ。

 この街で一、二を争う実力を持ったアマチュア魔術師だ。

 大会に出場するのだろう、魔術師仲間達と一緒にいる。


 前髪を几帳面に撫で付け、端の吊り上がった鋭い目。視線を向けられると猛禽の爪に捉えられている感覚になる。

 そう感じてしまうくらい、今のメイタロウにとっては会いたくない相手だった。


 そんなことはお構いなしに、フブキはずかずかこちらへと近付いてくる。


「お前審判で呼ばれたんだってな。そうだよな、『お前一人』じゃ試合に出られないもんな」

「ああ、まあ……審判で呼ばれたけど……」


 メイタロウが言葉に詰まっているのを見ると、彼はさらに早口でまくし立てた。


「聞いたぜ。子ども魔術教室だったか。そこで無給の講師をしてるって。どうやって生活してんだ、お前? ああそうか、ふがいないお前の代わりに稼いでくれる家族がいるもんな」


 フブキの言葉の最後の方は全力で聞き流した。

 まさかこんな所で歯を食いしばることになるとは思わなかった。

 拳を握って言い返す。


「教室のどの講師だって、子ども達からお金は取らない。彼らは魔術の教育を受けるお金はないんだ。……失業保険の日数はまだ残ってる。君に心配されることは何もないよ」


 唇から漏れるのは、今できる精一杯の強がり。

 そこにフブキは面白そうに突っ掛かってきた。


「失業保険ってお前、仕事もないくせに魔術も半端なままかよ」

「半端なんかじゃない、僕は……!」

「なんだよその目は。……分かるさ。お前はあのときとなんにも変わらない、温い魔術師だ!」


 弱い者に噛み付かれたことに苛立ったのか、フブキの肩が怒りに震える。

 そのまま力任せに手にした杖を振りかぶった。一瞬、彼の袖からちらりと出た手首に、水の雫を描いたような黒い入れ墨があるのが見えた。


 いや今はそんな場合ではない。

 体をよじって相手の攻撃を避ける。

 それでも勢いよく突き出された杖が、メイタロウの頬をかすめた。眼鏡が落ちる。

 そのまま勢いの止まらぬフブキは杖の先端で、落下した眼鏡のレンズを叩き割ろうとした。


 そして。


 メイタロウの覚悟した破壊の音は、とうとう鳴り響かなかった。

 代わりに目の前に現れたのは、


「こんなとこでケンカはダメだよ」


 睨み合う二人を両手で制する一人の人物。

 横向きのままでメイタロウとフブキの間に立って、頭一つ分低い背。


 その人は至って落ち着いた口調で、言葉の続きを口にする。


「魔術師でしょ。やるんならフィールドで、暴力じゃなくて魔術で。オーケー?」


 なんだか緩いケンカの仲裁だ。止めに入った当の人も、Tシャツにジーパン姿のラフな若者。

 淡い色の髪をポニーテールにした、ぽわんとした柔和な顔つきの女性だ。

 右手には涼しげな水晶のブレスレット。左手には、彼女自身も魔術師なのか大きな杖を持っている。


 突然目の前に現れた女性を見てフブキはしばらくポカンとしていたが、ちょうど仲間が呼びに来たらしい。

 唖然とするメイタロウを置いてさっさと行ってしまった。


「大丈夫?」


 ぼーっとしてフブキの背を見送るメイタロウに、例のポニーテールの彼女が声をかけてくる。

 大丈夫だよ、と返すので精一杯だった。


 正直助かった。

 さっきは威勢の良いことを言ったものの、ケンカを吹っかけられてやり過ごす術を、メイタロウは持っていなかったから。


「杖で殴りかかるなんて、バイオレンスな知り合いだね」

「いいんだ。彼が言ってたことはホントだよ。僕が半端な魔術師だから……」


 訳も知らぬ彼女を前に、思わずぶつぶつ呟く。

 聞いている方は一瞬不思議そうな顔をしたが、「そう」とつぶやくとさっさとロビーの出口に体を向けた。


「じゃあ、あたしはこれで」


 メイタロウに手を振りながら、彼女は颯爽とその場を去ろうとする。

 その進路を見て、メイタロウは大慌てでその人を引き止めた。


「ああ君、ちょっと待って!」

「え? あたしの名前? いいよ。名乗るほどのもんでもないし。それじゃ」

「いや、そうじゃなくて、」


 パリーンと、小気味よい音がロビーに響き渡った。

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