3

「ジン」耕太は声をかけた。ふと、祐希が言ったことを思い出したのだ。「昨日、祐希兄さんと話したん

だよね」


「何のことだ?」


 怪訝そうに、ジンが耕太を見る。耕太は続けた。


「祐希兄さんが言ってた。ジンは何かを隠してる、って」


 別に、今すべき話題ではないのかもしれない。けれども、唐突に気になってきたのだ。ジンの顔に、動揺が広がったのがわかった。けれどもジンはすぐに、それを打ち消すように素っ気なく言う。


「隠してなど」

「ジンは何かを求めてるって、祐希兄さんが言ってた。そしてそれを提供できるなら、そうしたいって。僕もそうしたいよ。僕らは――ジンの力になりたいと思ってる」


 そう言いながら、耕太は、少し照れくさくなってきた。でも、本心だ。ジンが顔をそむけるのが見えた。耕太はそれを見ながら、だめ押しのように言った。


「全て打ち明けてほしんだよ。僕らが力になれることなら――」


 もう、もらったとジンは言ったらしいけど。それなら一体何をもらったのだろう。


「……父が病気なのだ」


 小さな声で、顔をそむけたまま、ジンは言った。耕太ははっとして、話にとびついた。


「病気? 重いの?」

「ああ……。私は、父の病気を治すためにここに来たのだ」

「そうだったんだ……」


 じゃあ、求めているものとは薬か何かだろうか。人間界のある食べ物が、魔界の生き物にとってよい薬になるのかもしれない。耕太はジンに尋ねた。


「病気を治すために必要なものが、こちらにあるってことだよね。それはなんなの?」

「……。耕太。私は君の曾祖父の命を奪いに来たのだよ」




――――




 耕太は一瞬、何を言われたのかわからなかった。命を……奪いに来た? ひいおじいちゃんの命を?


「私の父は」耕太は黙ったまま、ジンが話を続けた。「昔、この家を訪れたことがあるのだ。ここでしばらく暮らし、この家の少年と仲良くなった。それが、耕太、君のひいおじいさんだ」


 おばあちゃんの言ってた話だ、と耕太は思った。ひいおじいちゃんは魔法使いで、魔界の王子と会ったことがあって……あの話、本当だったんだ。ひいおじいちゃんが会ったのはジンのお父さんだったんだ。


 耕太は何も言うことができない。一つ一つの断片がくるくると頭の中を舞い、ぼんやりとした形を作ることしかできない。ジンのお父さんと僕のひいおじいちゃんが友人で。ジンのお父さんが病気で。ジンはひいおじいちゃんの命を奪わなくてはならない――。


 ジンはさらに話を続ける。


「父は君のひいおじいさんから魔力をもらったのだ。けれども父はそれを魔界に持って帰らなかった。君のひいおじいさんの体内に埋め込んだのだ。

 それは強力な魔力だよ。父が病気になり、治療の方法を探していたときに、この魔力の存在が明らかになった。これがあれば父の病気も治すことができる。ただ――」


 ジンは話している間、一度も耕太を見なかった。硬い表情のまま、感情をこめない声でしゃべる。そしてさらに声を低めて、まるで何かを放り投げるように、ぽつりと言った。


「……ただ、取り出す方法が難しい。取り出せばおそらく、君の曾祖父は死んでしまうだろう」

「ジン!」


 耕太が叫んだ。ようやく、声が出るようになったのだ。けれども、頭は上手く働かない。ただ、感情のみが、心の内側のみが、まるでたぎるようにあらぶっている。混乱と――怒りの感情だ。


「ジン――」声は出るが、言葉が続かない。耕太はジンを睨みつけた。「よくそんなことができるね。ひいおじいちゃんが死んでもいいと――」


 しかし、耕太の中には怒り以外の感情も渦巻いていた。迷いだ。耕太は思う。


 ジンにとってひいおじいちゃんは見知らぬ人だ。それどころか、異界の、種族を別にする生き物だ。それに対して父親は、父親なのだ。


 ジンが生まれたときからそばにいて、きっとジンのことをかわいがってきたのだろう。ジンもそんな父親のことが好きなのだろう。そして、父親を助けるためには、ある生き物の命が必要となる――。


 父親を助けるためには犠牲がいる。けれども何もしなかったら父親は助からない。


 耕太の頭に、自分の両親の顔が思い浮かんだ。自分だったら――自分だったら、どうするだろう。


「耕太。君には気の毒だが、君の曾祖父はもうあまり長くはない」


 ジンはやはり耕太の顔を見なかった。怒っているのは、声でわかっているだろう。にもかかわらず、ジンの口調は変わらず淡々としていた。


「長くはないからって」ジンの言葉はさらに耕太の怒りを高めただけだった。「それを勝手に奪っていいなんてことにはならないよ!」

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