2
「ジンは……」沈黙を破り、祐希が再び口を開いた。が、すぐに、それを閉じる。何か迷っているようだった。目が庭をさまよっている。けれども、少しのためらいの後、祐希は言った。
「ジンは、何か隠してる」
「隠してる?」
慎一が祐希を見る。祐希は庭に目をやったまま、答える。
「そう。僕らに隠し事をしている。それが何かわからないけど」
祐希は兄弟たちのほうに目を転じた。
「ジンは修行のためにここに来たって言ってたよね。でもそれだけじゃないと思うんだ。なんていうか……彼は何かを探してる。探してるというか、何かを求めていて、それを手に入れるためにここに来たんだ」
兄弟たちは黙って祐希の話を聞いていた。祐希は続ける。
「昨日の夕方、そのことをジンに話したんだよ。そして、ジンが欲しがっているものを、もし僕が提供できるなら、提供したいということも言った。そしたらジンは言ったんだ。もう、もらった、って」
「もらった?」
慎一がまたも疑問の声をあげる。
「うん。何をもらったんだろう」
「僕らから……もらった、ってことだよね」
耕太が尋ねた。
「そうだね。たぶん」
「何を……何かあげたかな……」
耕太は考えた。けれども何も思い浮かばない。ジンにあげたもの……贈り物……特にないはずだ。でも、ささいなものでもよいのだとしたら……。
耕太ははっとして声をあげた。
「ご飯!」
「ご飯?」
翔が不思議そうな声を出した。
「人間界の食べ物だよ! 僕、ジンに持っていった!」
「ああ、そうだった……。でもそれが何か重要なことなのか?」
翔がますます首をひねる。慎一が横から言った。
「魔物にとって、人間界の食べ物は特別なものだったりするのだろうか」
「うん……そうなのかな……」
祐希はいまいち納得がいかないという顔をしている。耕太も本気で、ジンが言う「もらったもの」がここ何日かのささやかな食べ物――おにぎりだとか唐揚げだとかにびたしだとか――とは思っていない。
またしてもみな、口をつぐんだ。しばらく重たい空気が続いたあと、翔がそれを打ち捨てるように言った。
「ああ、もう! とにかく考えてもわかんないことだらけなんだよ! ジンがよい知らせを持って帰ってきてくれるのを待つしかないな!」
他の兄弟たちも無言の内にそれに同意した。
―――
昨日と同じ日が続く。一度やったことがある行動をまるでそれが初めてであるかのようにやるのは、とても奇妙なことだった。
昨日と同じように、曾祖父のところへ行くこととなった。芽衣も伯父も伯母も祖母も、昨日と同じように行動し、昨日と同じことを言う。耕太は芽衣が着ている青いTシャツをまじまじと見た。そういえば、昨日もこのシャツだった。芽衣は毎日着替えてるのに。
ただ、昨日と違うところがある。ジンが一緒ではないのだ。ジンは出掛けたまま、まだ帰ってこない。
ジン以外は同じメンバーで車に乗る。芽衣の昨日と同じ話を、耕太はほとんど無意識のままに答えていく。施設につけばやはり曾祖父は寝ており、耕太は――ジンはいないのではあるが――部屋を後にする。
ジンがいないんだから、昨日とは違う行動をとってもいいんだけどなあ、と耕太は思う。が、いつの間にか同じことをしていたのだ。ホールではやはり、おばあさんがピアノを弾いている。
懐かしいメロディが、転がるように戸惑うように、ときに立ち止まりながら、ホールに響いていく。
家に帰り、昼食もまた昨日と同じだった。そうめんと、前日の夕飯の残りの天ぷらだ。食べ終えた後、芽衣がそっと、小皿にいれた天ぷらを渡してくれる。ジンのところに持っていけということだ。
耕太はそれを手にして、離れに向かう。全く頭が混乱している。小皿の上のれんこんの天ぷら。昨日も見たものだ。そして、昨日の天ぷらは、ジンのお腹の中に入ってしまったわけで……。どうして全く同じものがここにあるんだ?
どうして自分は昨日と同じことをやっているのか? それとも「昨日」なんてなかったのだろうか。いや、あったけれどもそれは8月27日のことで、28日はこれが初めて……いやいや違う。だって、全ての行動が、景色が、出来事が、覚えのあるものじゃないか。
耕太はただただ戸惑いながら、離れへ足を踏み入れた。するとそこにはジンがいた。昨日と同じだ。けれども耕太は心底ほっとした。
「ジン!」
耕太はそう言って、そばに近寄った。「何かわかった?」
ジンの表情は険しいものだった。
「いや。まだ全てはわからない。けれども一つはっきりとしつつある。この不思議なループの原因は……たぶん、この家にある」
「この家?」
「そう。この家の中の何かがあって、それが……」ジンは苛立って言った。「それがわかればいいのだが」
ジンが眉間にしわを寄せる。そして呟くように言った。
「ここが魔界だったらなあ。そしたら、もっと魔法が自由に使えるんだ。人間界ではできないことが多くて、せいぜい夢を見せることくらいしか……」
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