第12話 史上最凶の兄妹喧嘩(属性)

『…構えロ』

「ん?」

外にいるサラマンダーからの指示。

「どうしたんだよ?」

『『属性者』が来ル。そしてこの『属性』の波長からして功次の妹ダ』

「何!?なんであいつがこんなところに!?」

『知るカ。ただその理由はもう一人の『属性者』が持っているかもナ』

「もう…一人?」

『…あァ』

もう一人いるのか。いったい誰なんだ…。

しかし構えろと言われたところで、外が見えないからいつ来るかもわからない。

この箱の中には『属性』のエネルギーも放射線も入ってこない。

全てが遮断されている。


―――『ノール』―――


『なんじゃありャ!?』

「ど、どうした!?」

サラマンダーは眼前に広がる視界に驚愕する。

そこにあるのは、高さ50m、距離3kmにも及ぶ強大な波という名の壁が迫ってきていた。

一瞬にして現れたそれに驚きながらも、サラマンダーは自分がすることを考える。

『功次!全力で飛び上がレ!今は放射線のことなんてどうでもいイ!死ぬゾ!』

「は、え!?」

『お前に合わせて空間を移動させル!『フルバースト』を使エ!』

「わ、分かった!『フルバースト』!」

言われた通りに『フルバースト』で跳び上がる。

それを追うようにサラマンダーの箱が俺を囲い続ける。

しかし『フルバースト』による推進力がなくなり空中で止まった時、限界だったのかサラマンダーの箱が消失する。

「まっず…っ!?」

思わず声が出たがそのすぐに言葉が出なくなる。

一面に広がる波。

まるで映像で見た津波のように、地面に広がっていた瓦礫を飲み込み地を流れる。

「落ちたら死ぬ!『ブースト』!」

落ちないように空中に体を維持すると、地面を波が駆けてく。

マジか…。

これが自然的なものでないことは簡単に分かる。

すなわち『属性』。

そして俺は水の『属性』を一人知っている。

ということは、これは愁那あいつがやったことだって言うのかよ。

こんなんじゃ、俺よりよっぽどアイツの方がヤバイだろ。

「うがっ…!?」

『おい功次、どうしタ!?』

急激に体の内部が熱くなる。

そして力が入らなくなり、『ブースト』が解除される。

濁流の地へと落下し始める。

『クッソ、功次!』

落下する俺をサラマンダーがキャッチする。

『んなッ!?ぁんだよこレ!?』

功次に触れた箇所からサラマンダーの炎の体は黒く染まっていく。

『クソガ!絶対に落とすもんカ!』


「愁那ちゃん…それ…」

私は驚いた。

周囲の空気中に存在する水分を、自身の『属性』で増幅し大量の水を顕現させた。

首を回しても、視界全てに収められないほどの水の壁。

そしてその壁を押すと、一気に崩れ流れ始める。

まるで津波。何十mという高さと何百mという幅。

こんなものに直面すれば、どんな人間であっても、どんな生物であっても生き残れはしない。

「奴がこの程度で死ぬとは思えない」

「…そんな…じゃあ、どうして」

「どっかの奴らがとんでもない爆弾を落とした。あの死のエネルギー漂う空間に、準備もなしに向かえば、私もあんたも『属性』があろうとも生きることは出来ないだろう」

放射線…いくら私達には『属性』があっても、所詮体は人間の域を出ない。

多少『属性』に耐えられるように体が作り変えられるようなことが起ころうとも、細胞にエラーに次ぐエラーが起きれば生物として残ることはない。

「押し込め!」

大津波は焦土を飲み込み続ける。

そしてそのときあることに気がついた。

大津波は綺麗な青から、徐々に暗く変色している。

一体何が起きているの…、

ただ瓦礫・泥が混ざっているだけのようには見えない。

『属性』自体に何か影響が…。

「戻れ!」

「え!?」

愁那ちゃんは付き出した手を閉じる。

するとあの大津波がこちらに戻り始めた。

「ちょっと、愁那ちゃん!?一体どういうつもり!?私たちが飲まれるわよ!」

「問題ない」

そうは言うが、私は構える。

いざとなれば『属性』で自分の身くらいは守る。

あの子達の無事をこの目で見るまでは死ねない。

「吸収……っアァァ!?」

眼前まで迫っていた水壁は、エネルギー体に変化し愁那ちゃんの体に吸収されていく。

しかしその様子はどこかおかしい。

どうしてか、自身のエネルギーであると言うのに苦しんでいる。

こんなの…初めて見た。

一体何が起きて…。


『おイ!いい加減に起きロ!』

サラマンダーはいまだ力無くぶら下がる功次に叫ぶ。

自身の存在が消えていないため死んだわけではない。

しかし気絶したとも見えない。

それは苦痛に歪む表情から見て取れた。

そして功次に触れる部位から侵食されるように赤炎の体は黒く変化し続ける。

しかし顕現したその肢体は消滅することはない。

『一体俺の体に…いや、功次の体に何が起きてやがル…。いや、それよりもまずハ…』

サラマンダーはとにかく敵の把握を第一とし、波の帰った方へと向く。

『あれハ…マジカ。』

「う…ぐぐ…」

サラマンダーは次の行動を決めあぐねていると、功次の意識が戻った。

「サラ…マンダー…?俺は…生きて…」

『おめーが死んだら、俺も消えちまうだろうガ』

「そうか、そうだな。…今はどんな状況だ?」

『まずは自分の力で飛んでくレ。状況は自分の目で見れば分かル』

「あ、あぁ。『ブースト』」

功次はサラマンダーの目線の先に焦点を当てる。

「あれは…愁那?どうしたんだ?」

愁那は地面に伏し、苦しみ踠いている。

そしてその体からは、黒いモヤのようなものが揺らめいている。

「それとあれは…まさか…」

功次は愁那の横にいる人物を見て愕然とした。

「どうして…いや、でも、俺の目がおかしくなったのか?」

『気のせいでもおかしくなった訳でもねェ。お前の思う通りの人間だろウ』

「マジかよ…」

信じたくなかった。

その存在を認識したくなかった。

それでも現実は非常かな。

俺の視界にその存在を認めさせる。

「どうしてここにいる…織原ァ!」


「流石にバレちゃう…か」

ごめんなさいね、世垓くん。

空から届く怒号の主に、私は心で謝る。

人を騙すのは心苦しい。

それが理不尽に運命を狂わされた子供達に対してだと特に。

「あれだと今すぐにでも殺しに来そうね…」

きっと貴方は困惑と憤怒にとらわれているのでしょうね。

宙を浮く少年から聞こえてくる加速する心音。

音が全てを伝えてくれる。

それでも、私は止まることが許されない。

「愁那ちゃん。起きられそう?」

「うっぐ…問題ない…」

「貴女の体には私たちが知らない何かが起きている。無茶はしないで」

ゆっくりと立ち上がる愁那ちゃんは黙ったまま。

その視界には一点だけが写っているのだろう。

真っ直ぐに敵を見つめる。

…実の兄を。


「サラマンダー、ちょっと愁那と話してみる」

『マジで言ってんのカ?妹さんがおかしくなったときからお前を殺す、ただそれだけを考えてるような状態だったロ』

「いや…多分愁那は奴らに何かされておかしくなっているのは明らかだ。それでもどこかに本来の愁那の自我が残っている。俺はそう考えている」

実際初めて戦った時、当てられる距離で銃弾を外した。

あの時の反応でまだ自我が残っていると信じることが出来る。

「サラマンダー、織原を任せた」

『合点!お灸をすえてやるゼ』

サラマンダーは二人に向かって突っ込んでいく。

俺も後を追おう。


「来るわよ!」

「…構え」

『ダラッシャァァッ!』

サラマンダーは二人の立っていた地へと突撃し、爆発が起きる。

二人はそれぞれで距離をとり、避けた。

しゅの意思に準じて、お前を燃やス!』

サラマンダーは織原に向かって指を指し叫ぶ。

「あらあら、指名は私ね。『属性』によって生成される生物なんて未だ世垓くん以外無い事例だけど、相手できるかしら」

「………」

愁那はサラマンダーのことは気にも留めず、一点を見続ける。

ゆっくりと下降する存在を。


「愁那…」

遠い。

今の心の距離だろうか。

こんな距離で愁那と話すことなんて今まであっただろうか。

「お前のせいで私の人生は狂った」

「…そうかもしれない。だけど、俺を殺したところでなにもないだろ」

「お前を殺すことで、私は存在することを正当化される。既に国家から認知され、大量殺戮を単独で可能な存在を消せば私という存在を世界は認める」

「違う!断じて違う!愁那が俺を殺したとしても、どんな世界悪を倒したとしても俺らは認められないし、利用されるだけだ!」

「っ黙れ!小型連装主砲、発射準備!」

「クッソ…この馬鹿妹が!」

愁那の手に水が集まり、形作っていく。

それは以前にフェニックスを撃ち抜いた軍艦で搭載される12.7cm連装砲。

「マッズ…」

「発射!」

距離にして10m。

放たれた属性弾は一瞬にして目標に着弾。爆発。

「っぶなぁ…」

なんとか避けたが、当たれば即死。

今の赤炎状態で作る『炎鎧』では絶対に防げない。

防げるわけがない威力だ。

確実に殺しに来ている…。

「次弾装填」

さらにエネルギーが砲塔に集約され始める。

「あーもう!いったん話を聞け!『炎球:5連』!」

5個の球を愁那に向けて放つ。

「『ウォーターウォール』!」

水の壁が出現し『炎球』の全てが相殺される。

距離をとって戦うのは不利だ。

なら…!

「『炎拳』!『バースト』!」

「『ウォーターランス』!」

接近したことで砲塔を消す。

炎の拳と水の槍がぶつかる。

強力な『属性』のぶつかり合いは、エネルギーの衝撃が辺り一帯を襲う。


「なんて戦いをしてるのよ…あの兄妹は…」

『おいおイ、よそ見している場合か?』

「そうねっ、『狂騒』!」

空気を伝い嵐のような音がサラマンダーを囲み襲う。

しかし依然としてその体を構成する『属性』には何ら影響がなかった。

『効かねぇなァ』

「ど、どうし…」

『お前如きの出力で主の『属性』を相殺できると思うなヨ!くたばりやがレ!爆裂ハンマー!』

サラマンダーは自身の右腕を巨大化させ、織原へと振りかぶる。

「『波音』!」

織原は叫ぶとその声に体を乗せて移動する。

『ドォォラァァッ!喰らいやがれェェェッ!!』

地面に叩きつけられた巨大な拳によって広がる荒廃の地を灼熱の大地へと変える。

「ほっんと…無茶する…えっ!?」

『タックルゥッ!』

爆炎の中から突撃をするサラマンダー。

それに気づいた頃には間近まで迫っていた。

とっさに周囲の音を集め空気を振動させたバリアを張ることで防ぐ。

「うっ…」

『チッ…防がれたカ…』

「はぁはぁ…あっぶなかった…」

『お前の『属性』…どうなってやがル』

「実力と出力で言えば私の方が劣っているけど…相性は良かったようね…」

『なんだト』


「死ねぇぇっ!」

愁那の猛攻を防ぐだけで手一杯だぞ…。

「容赦なく攻撃しやがって…おわっ!?」

そらし損ねた槍が頬を掠める。

「一旦落ち着けぇぇっ!!」

「ぐっ…」

その隙に愁那の頭目掛けて全力で頭突きをする。

いってぇ…。

「『ウォーターバレット』!」

「ウェッ!?」

愁那は体制を崩したと思った直後に、『属性』で出来た銃を向けてくる。

躊躇いなく引き金が引かれる。

一撃で殺しに来るだろうと読み、『炎拳』で頭部を防ごうとした。

「ッッッッダァッ!?」

しかし弾丸は俺の右脇腹を貫通していた。

思わず膝を着く。

これは…マズイ。

経験のない激痛と穴の空いた部分には火傷を思わせるような熱を感じさせる。

「終わりだ。死を以て報いろ」

銃口が頭に突きつけられる。

次は決して外さないとでも言うように。

「ははっ…どうだかな。死んで取れる責任なんて…ないと思うがな」

喉から出るのは掠れた笑いのみ。

虚勢だろうが今はなんでも張ることしか出来ない。

「死に損ないが」

「だったら一撃で仕留めてほしかったもんだ」

苦痛に顔を歪ませ、下を向いてしまう。

「これで終わりだ」

トリガーがゆっくりと引かれる。

「『火炎砲』!」

すぐに顔を上げ、口を空けて発射する。

銃は炎の柱によって消滅。

愁那は後ろへ跳び後退った。

「こんなところでくたばるわけには行かね…カフッ…」

「無駄な抵抗を…」

無理やり『火炎砲』を発動したせいか、気合で立ち上がったせいか吐血する。

鉄の味が口内に広がる。

「愁那ァッ!覚悟しとけ!こっからは俺の時間だ!」


『ハッハッハ!流石だ功次!それでこそ俺の主ダ』

「口から『属性』を行使するなんて前例にない。いったい彼の体の構造はどうなってるの…」

愁那の銃を消滅させた『火炎砲』は天まで昇る。

『よそ見してる余裕があるようだナ!』

「マズッ…」

功次の方に気を取られた織原は、サラマンダーのタックルをもろに受けてしまう。

「おっもいわね…純度が高い『属性』の塊。流石にきっつい…」

『そろそろ俺様も気付いたサ。お前の言う相性っつーもんにナ』

「さ、どうかしらね…」

『功次借りるゾ!『生成:ボウ』!』

サラマンダーは自身の胸に手を突き刺し弓を取り出す。

そして織原に向ける。

先程まで声高に発する姿とは打って代わり、静かに構える。

「っ…本当に、気付かれたようね」

その姿を見た織原は、小さく言葉にした。


『何?ジェットマンは一人ではなかったと?』

『爆発に耐えたジェットマンへと飛んできた二人の人間が確認できました』

ホワイトハウス内。

自国内での突然の武力行使の対応に追われていた。

そこに飛び込んできた情報に米国大統領は耳を傾ける。

『さらに爆心地に広がっていたはずの放射線が全て除去されたとの報告が』

『…何?それは本当か?』

大統領は耳を疑った。

フロリダ州は渡る数十年の不可侵領域となることを覚悟していた。

しかしその懸念がなくなったという。

誰にも、どんな賢人であろうとこの状況は予測できなかっただろう。


14人の会合。

『目的の存在は米国に到着したと聞く』

『緋瀬は日本からいい餌を取り逃がしたのか』

「…申し訳ございません」


「出力上昇!」

全身に巡る炎が蒼く変化する。

もう、手加減をしているような状況ではなくなったのだ。

多少ダメージを与えることになったとしても、腕の一本くらい消し飛ばすことになったとしても、正気を取り戻させなければならない。

あんなに高出力の『属性』を連発しているんだ。

きっとあいつの体にも相当な負担がかかっている。

時間と体力の勝負だ。

「覚悟しやがれ愁那!『炎球:20連』!」

「『ウォーターエリア』!」

背に『炎球』を輪のように並べる。

愁那の足元から水の輪が広がる。

足に当たりそうなところでジャンプしそれを避ける。

「行けぇ!」

「波よ!」

『炎球』全てを愁那に向けて放つ。

その直後に後ろにあった水のリングが波に変化し迫る。

「『炎壁』!」

「『ウォーターウォール』!」

お互いに壁を作り防ぐ。

水蒸気の煙が互いの姿を隠す。

「『生成:ソード』!『炎脚』!」

「『ウォーターランス』!」

全速力で愁那に接近する。

煙が晴れた時、お互い至近距離まで迫り武器を打ち合う。

「ハッ!流石に兄妹、行動も似るな」

「黙れ!私はお前を兄妹と認めない!」

「どれだけ言おうと変わらない事実というものはぎょーさんあんだよ!」

勢い任せの力任せ。

打ち合うたびに衝撃が全身を伝い周囲の状況なんて関係ない。

目の前にいる兄妹を正すために殺す勢いでやる。

「オラァァァッッッ!!!」

「ハァァァッッッッ!!!」


『………』

「ッ!」

頬をかすめる炎の矢。

流れる音は風を燃やすのみ。

辛うじてあの兄妹が発する爆音で私の能力が死なずに済んでいる。

ただあの二人の戦いもいずれ終わる。

一瞬の隙すら見逃さないだろう、あの二人は。

この音が止んだ瞬間、私の命も止まる。

「『狂属音』!」

兄妹の戦いから鳴る爆音を纏めて『属性』に変換しサラマンダーにぶつける。

『効かねぇナ』

「…それは…どうかしらね」

『俺に体力なんてものはなイ。先にバテるのはお前ダ』

「…そうね」

『覚悟しろヨ』

サラマンダーは同時に5本の矢を構える。

ツイ

小さく鳴ったその音声とともに放たれる5本の矢。

「『波音』!」

手を叩き音を鳴らす。

何やら嫌な予感がし、ただ躱すだけではなく『属性』を使って避ける。

私がいた地点を炎の矢が通過すると、向きを変え追尾してくる。

5本の矢が全て別々の動きで私に向かう。

「噓でしょ…くっ『反響音』!」

逃走地点を確保するために周囲の音をいくつかの地点に投げ込む。

何度も手を叩き音に乗り逃げるが一切逃す気はないらしい。

「ほんっとしつこい攻撃ね…『波お…』」

『視えたゼ』

「ッッツ…!?」

突如そばに出現したサラマンダーの巨拳が右脇腹にねじ込まれる。

そのまま空中にいた私は地面に叩きつけられた。

『お前の『波音』とかゆー技は『属性』。『属性』の酷使は体に負担ダ』

「…その…隙…を…」

『お前に、俺は、殺せなイ』

織原のもとにサラマンダーは歩む。

『終いダ』

大きく腕が振り上げられ、狙いが定められる。

織原の身体は落下の衝撃で痺れていた。

しかし…

「『反響』!」

織原は全力で声を張り上げる。

『遺言カ?大人しく消えやが…レッ!?』

サラマンダーの背後からその両足に衝撃が走る。

すると両足で『属性』の相殺が起き消失する。

ゆっくりと織原は気合で立ち上がる。

その体をすり抜け空気の振動の塊が織原の上に集まる。

「あの二人の…『属性』のぶつかる爆音から…出来た…のよ。これで…終いはあなたの方!『狂属爆音波』!」

『クッソォッ!すまねェ!功次ィッ!!!』

固められた火・水・音という3種類の『属性』エネルギーを倒れる存在に叩きつける。

サラマンダーは消失する体と敗北した事実を主に謝罪し、その存在を消滅させた。

「はぁ…はぁ…こんなところで死ぬわけには行かないのよ。…あの子たちの…保護者として…」

織原は生まれたての小鹿のような足で何とか立ち続け、二人の方を見る。

そこには本来ならば置かれた状況を協力して打破するべき世界を滅ぼしえる存在が、命を削りあっている。

私もこの状況を作ってしまった一因とはいえ、こうもなると…


「オラァァァッッッ!!!」

「ハァァァッッッッ!!!」

功次が薙ぐ剣を槍で防ぎ、愁那が突く槍を剣で防ぐ攻防の応酬。

たったの一瞬の隙すら許されない空間。

「ぐっ…」

「そこっ!」

撃たれた右脇腹に響く痛みに功次の動きが止まると、その隙を逃さずに愁那の槍が襲う。

「『バースト』!…っっぶねぇ…」

間一髪でその攻撃を避けるが、距離が離れてしまう。

遠距離の戦闘に持ち込むと愁那の方が明らかに有利であることを功次は分かっていた。

「『ウォーターバレット』!」

「『生成:ハンドガン』!」

お互いに走りながら相手に対して弾幕を張る。

愁那は距離を取り、功次は接近しようとする。

「チッ、弾切れか。『火炎クラスター』!」

「『ウォーターカッター』!」

上空にエネルギーの凝縮体を投げ飛ばすと、爆発し炎の雨が降り始める。

愁那は手を上げると、『属性』が回転しながら円状に広がり降り注ぐ炎の雨を弾く。

雨が降り止むと生成されたものを功次に投げつけた。

「ほっ」

功次はしゃがむことでそれを避けるが、下がりきらなかった後ろ髪が切断される。

「しばらく切れてなかったから伸びてたんだな…っと、んなこと言ってる場合じゃねぇ。『炎鎧』!『ブースト』!」

「『ウェイブウォール』!中型連装主砲用意!」

功次は全身を蒼炎で覆い愁那に向かって突撃するが、地面から水柱が幾重にも立ち昇りその勢いを抑えていく。

勢いの落ちた功次に向けて20.8cm連装砲が向けられる。

その方向には『属性』エネルギーが込められていく。

「クソッタレッ!『炎球:30連』!『ブースト』!」

もう一度接近するために弾幕を張り、噴き出る水柱を相殺していく。

「あと少しっ!」

「発射準備完了!」

構えられた主砲に弾丸が装填される。

「発射!…圧縮開始!」

「突っ込めェッ!」

放たれた『属性弾』に対して『炎鎧』で真っ向からぶつかる。

「くっ押される…こんなところで、死んでたまるかぁっ!出力最大『フルブースト』!」

功次は足から噴射される炎の推進力をさらに上げ『属性弾』を打ち消す。

「うぉぉぉぉっ!また来たぞ!愁那ァッ!」

「このっ…」

二人の距離わずか15cm。

功次は体を丸める。

そして全身に纏っている鎧に力を込める。

すると功次の全身が青白く発光する。

「圧縮完了!『フェス…』」


「マッ…ズイ!」

織原は気づいた。

今、功次が行おうとしていることを。

そしてその影響力を。

ただもう遅かった。

「日狩、夜見!」


場所:フランス、パリ、属戯会本部

「数値エラー!測定不能!」

「これはこれは…恐ろしい!」

「各員『属性』の圧に耐えろ!」

No.001とNo.016は周囲の部下に対して叫ぶ。


「決めろ!『ハイパーノヴァ』!」

功次の叫びとともに、大爆発が起こる。

その爆炎は半径200km及ぶ範囲にまで広がった。

爆炎を浴びたすべての物質は溶け焼却されていた。

そして衝撃波は650kmも離れたジョージア州、アトランタにまで影響した。

多くの建造物が衝撃波により破壊、吹き飛ばされる。

目の前にいるたった一人の妹に対して発動した一撃は、無慈悲にも多くのアメリカ国民を巻き込むこととなった。

また発生した熱気は地球の半分を満たし、影響下にある気温は総じて4度上昇した。


『ジェットマン、爆発!』

『何!?』

米大統領は連続する報告に頭を抱えていたが、全身を焼くように急激に上昇した気温に疑問を抱いていたところその報告が上がった。

『偵察機破壊されました!』

『構わん!それより爆発とは…』

『爆発により衝撃でジョージア州、アトランタにまで影響が!』

『被害甚大!』

『…なんという事だ』

米大統領は全身から冷や汗が噴き出る。

『我々は…触れてはいけない禁忌に触れてしまったのだろうか…』


「は、はは…やったか…?」

功次はゆっくりと目を開け、辺りを見渡す。

そこに広がるのはすべての草木が燃え、乱雑に並べられていた瓦礫の山々が溶け、空は赤く揺らめく新たな地獄が広がっていた。

「これを…俺が…」

功次は自分の両手を見て、ある種の絶望を感じる。

そして気づく。

『もう自分は人間ではなくなった』

それはどこかで気づいていたことでも、認めたくなかった事実。

どれだけ都合のいい御託を並べたって、誰も人間だとは認めない。

「いや…分かって…分かりたくない」

一人、燃える空に顔を上げ嘆く。

「そうだ…お前は人間ではない」

一人、佇む少年を真っ直ぐに見る。

「…しゅう…な…」

「認めろ。お前は人でなしだ。『ウォータージェイル』『ウォーターバレット』」

少年は『属性』の檻に閉じ込められ、無慈悲に向けられる『属性』の銃口。

その少女の身体はところどころ火傷を負いながらも、痛みを感じないかのように立つ。

「どうやって…あれを耐えた…?」

少年はその存在が立っていることに驚きを隠せない。

「教える必要はない」

「づっ…くそっ…」

『属性』の銃弾が功次の左足を貫く。

流れる赤い鉄の厚さを感じながら、膝をつく。

少年はこれだけやろうと、立ち続ける妹に対してある種の恐怖を感じざるおえなかった。

「これで終いだ」

口内に銃口をねじ込まれる。

確実な死を与えるため。


「被検体S生存」

オペレーターの言葉にNo.016とNo.001の二人はその言葉に耳を疑った。

あの爆発を耐えきるとは、とても思っていなかったのだ。

かのNo.006、蒼樹楓理ですら耐えきることは出来ない。

いや地球上どんな生物も、クマムシですら消し炭にする威力を耐えきるとは予想していなかったのだ。

周囲には全身を襲った『属性』の圧に気を失った『属性者』がごまんと並べられていた。

「どうやらSは我々の思っていた以上に能力を持っていたようだね」

「しかしどうする。このままでは0は消されるぞ」

「0も貴重な材料だね。彼がここでいなくなるわけには行かない。止めさせよう」

オペレーターに指示をした。

しかしそこで帰ってきた言葉は

「駄目です。応答ありません」

「なんだと?」

No.016は聞き返す。

「さっきの0の攻撃だ。きっとあの攻撃で太陽風と同じような状況になっている。通信障害が起きている」

「何を冷静に言っているんだお前は!?奴が殺されるぞ!」

「………」

「気でも狂ったか…」

「落ち着いた方がいい。寿命を縮めるよ」

「落ち着いていられるか!こうなれば私の力で…」

「待った待っただよ」

「何故だ!?」

「上位種に至っていない君程度の力で彼らの強力な『属性』の影響下にある空間では正常に機能しないだろう。止められないのなら次の段階に移すのみだよ。それにもっと重要な事がある」

「貴重な材料が消えようとしているこの期に及んで、これ以上重要なことは何があるというんだ」

「これは僕よりも君の方が重要な議題だと思うんだ。だから一度冷静に考えてみてほしい」

「………言ってみろ」

「被検体Sは何故暴走を経ずに上位種に至っているんだろうね?」


「来世はまともにその力を使うことを願おう」

「ぐっぞぉ…」

もはや、ここまでかと思ってしまう。

愁那もあれだけ『属性』を使ったのだから疲労は限界のはず。

奴らの言う上位種であろう蒼い炎すら使った。

それでも本気の一撃を耐えた。耐えられてしまった。

炎と水の相性の問題なのだろうか…。

認識が歪められているとはいえ元は十分に仲が良かった兄妹。

相手の考え方、パターン、癖。

なんとなくだが分かるのだ。

そこに情が多少なりとも入ってしまうかどうかが、勝敗を決したのだろうか。

…いや、もういい。

銃弾はどうなろうと俺の身体を貫く。

檻にぶち込まれているんだ。逃げられやしない。

「さよな……な…に…?」

銃が消失し、愁那が膝をつく。

それと同時に俺を囲う檻も消えた。

「ハッ!…こんの、バカチン!」

「だっ…!?」

俺は何とか立ち上がって全力で愁那の顔を殴り飛ばす。

喧嘩で叩き合ったり殴り合うことは多くあったがここまで本気で殴ったことは初めてだった。

「もう限界だろ。俺もお前もさ」

「な…ぜ…」

「何でかなんて分かりきってるだろ?力の使いすぎなんだよ」

俺は諭すように語りかける。

俺も限界に近いのだ。

これ以上『属性』を使えば命すら落としかねないことが想像できる。

「くっ…」

愁那は悔しそうな顔をして下がっていく。

ふぅ…諦めたようだな。

まだ正気には戻ってないようだが…やはり、原因を叩く他にないのだろうか?

「深淵よ」

「ん?」

愁那からかすかな声が聞こえると、気配が変わる。

『属性』のエネルギーに紛れて黒い謎のエネルギーが纏う。

まさか…こいつ…。

「…大型連装主砲…用意!圧縮開始!」

愁那は35.6cm連装砲を生成し2本の巨大な砲身がこちらを向く。

砲身に徐々にエネルギーが込められ始めた。

嘘だろ…まだやるつもりなのか!?

「おい待てぇ!これ以上やったら死ぬぞ!分かってるのか!?」

「………」

くっそ、聞く耳持たずかよ…。

そうかい、そうかよ…。

なら、俺は兄貴として妹を正してやらなくちゃな。

俺も間違っているが、妹も間違っている。

互いに正しいこともあれば間違ってるんだ。

「ふぅ~」

ゆっくりと息を吐く。

もう残っていない『属性』のエネルギーは命を削ってでも絞り出す。

すでに2つの穴が空いた体で行うことではない。

それでも妹が、相手が命を削ってまで俺を殺そうとしているんだ。

それに応えなければならない。

身体の奥に潜む黒いエネルギーに気付く。

何だこれ…。

まさかこれはさっき愁那が纏わせていた…。

いやなんでもいい!

「ハァァァッッッ…」

大きく息を吸い、踏ん張る。

2本の砲身にエネルギーが込められる。

「超全力全開!」

「発射準備完了!」

全身を纏う炎が蒼から黒へと変化する。

「『反物質熱線』!」

「主砲発射!」

発射された炎は辿る道全てを燃やし、水は辿る道全てを飲み込んで突き進む。

2本の黒き水と1筋の黒き炎がぶつかる。

相殺し合う強力なエネルギー。

地・海・空、すべてに干渉し、地震・荒波・稲妻を発生させる。

発射されたエネルギーが消失し合うと、大爆発を起こし周囲を隠す。

それと同時に二人は駆ける。

真っ直ぐとただひたすらに。

「ウォォォッッッ!!!」

少年は両手に蒼き炎を固め。

「ハァァァッッッ!!!」

少女は両手に深き水を固め。

「愁那ぁぁぁっ!」

「死ねぇぇぇっ!」

一瞬正気に戻ってしまう。

…俺はなんで血の繋がった妹と殺し合っているんだ…。

『属性』という人外的な力を持ってしまったことで、こんな異様な状況になっている。

また前みたく一緒にゲームをして普通の喧嘩が出来れば良かったのに…。

「出力最大!『フルバースト』!」

「圧縮完了!『フェスノア』!」

お互いに高火力の技で消しにかかる。

尋常でない熱量の爆発と極限まで圧縮された水球が相殺し合うことで、何も見えなくなるほどの霧が生まれる。

「ガッ!」

「クゥッ!」

反動でお互い吹き飛んだことで意識が飛んだ。

少年の身体は遠く瓦礫に叩きつけられる。

少女の身体は遠く深い海へ投げ出される。

そこで二人の、史上最凶の兄妹喧嘩は終了した。


「はっ…!」

荒廃した土地に取り残された一人の女性は目覚める。

空は雲一つない快晴になっていた。

全身に響く痛みに顔をゆがめながら体を起こす。

「愁那…ちゃん?世垓…くん?」

周囲に広がるもはや何もない土地に一人。

呼びかけるが2人は見当たらない。

「喧嘩は…終わったのね」

見つからないが、あの2人なら生きている。

ここで死ぬような兄妹ではない。

そんな確信が織原にはあった。

「よいしょっと…さて、これからどうするのが正しいのかしらねぇ」

『属性』はしばらく使えない。

世垓くんの一撃を防ぐのに、全て使い果たしてしまった。


「日狩!夜見!」

大事な二人の笑顔が見える。

こんなところで死んでたまるもんですか!

「『反響爆音器』!」

弾ける爆発音をまとめて空間を張ることで自身を守る。


ほんと…私のと相性が良くて助かった。

並みの『属性』ならきっと跡形もなくなっていた。

相手が世垓くんだから生きていたのであって、愁那ちゃんが相手ならきっと死んでいた。

さてと…どうやって帰るかしらね…。

一刻も早くあの子たちの無事を確認したい。

生きている証を抱いて確実なものにしたい。

しかし『属性』が使えないとなると、空港のほうまで行こうにも時間がかかる。

いや、空港に行ったとしてもここまでの大事を起こしている。

まともに乗ることは出来ないだろう。

きっと今頃、米政府は大混乱でしょうね。

『属性』が帰るくらいのエネルギーを回復するまで待つか、本部に連絡してヘリを出してもらうか。

「とりあえず生存報告はしておきましょうか」

通信機器を起動し、彼に繋ごうとする。

しかし応答はない。

何故かしら?2人の衝突が属戯会の方にも影響を与えて…いるでしょうね。そりゃ。

困ったわね。

身体は完全に『属性』が馴染んでいるから、餓死脱水の危険性はないとはいえ、こんなところでは休むものも休まらない。

『助けてくれい!』

「ん?」

英語で聞こえてくる救助の声。

こっちの方ね。

少し動いたところに腕が一本地面から伸びていた。

まるでホラーね。ゾンビかしら?

『今引き抜くわよ』

『頼んだ』

腕を引っ張ると思いのほか、簡単に持ち上がった。

なんでかしら?

『ありがとうありがとう。死ぬかと思ったぜ』

『あなたは…』

『俺の名前はジョン。最強じゃなくなった男だ』

『ジョン…』

確かここで発見された『属性』重力という類を見ないの少年。

既に大量の米軍と交戦し、私たちが来る前に世垓くんと戦っていたっていう子ね。

『よく生きていたわね』

『気づいたら地面に埋もれていてな。にしても何だこりゃ?誰がここまでの地獄を作ったんだ?俺よりも酷いじゃねぇか』

『世垓くんとその妹よ。きっと地面に埋もれていなければ、あなたはきっと死んでいたわよ。跡形もなくね』

『マジかよやべぇな。流石俺が認めた男、功次だ。その妹まで化け物となると、俺は全く最強じゃなかったようだな。だが次は負けない』

しばらく会話をして敵意がないことが分かった。

この子を使えば帰れそうね。

『あなたの力は重力を操るものよね?』

『そうだ、すごいだろ?』

『えぇ、そうね。…実は世垓くんやあなた以外にもそれと似た力を持つ人がいるの。もちろん私も』

『マジかよ!その中で俺はどれだけ強いんだ?』

『どうかしらね?いい線行くと思うけど。そこで提案なんだけど、あなたの力を使って私をある所へ送ってほしいの』

『なんだその場所は?』

『あなたのような力を持つ者がたくさんいるところよ。世垓くんにリベンジしたいなら、そこで鍛えないと彼には勝てないわよ』

『おぉ、おぉそうだな!あぁ連れて行ってやる!で、どこだ?』

『助かるわ』

大本営の本部の場所ならわかっている。

何度か行ったことはあるもの。

方角も太陽からわかるわね。

『じゃあお願いするわ。方角は指示するわ』

『任せとけ!』

ジョンくんが腕を振り上げると、2人の身体がふわっと浮く。

これが無重力っていうものの感覚なのね。

『波音』で移動するとき音が途切れれば重力に従い身体は落下する。

この浮遊感はちょっと慣れないわね。

『どっちだ?』

地上から10mほど浮き上がると方角を聞かれた。

『こっちね』

『おっしゃ待ってろ!俺が最強になるための礎にしてやる!』

『若いわねぇ』

パリの方へと宙を浮きながら向かう。

音よりは遅いとはいえ、秒速150mといったところかしら?

この速度なら1時間半くらいで着くかしら?


「0、S。互いに反応消失」

「…そうか」

No.016が報告に対して静かに肩を落とす。

「お前が思考に耽っている間に重要な研究対象が同時に失われたぞ。この損失は大きい」

「………」

No.001に詰めるが、一切の反応はなく顎に手を当て思考に耽る。

「おい聞いてるのか。重要な研究対象を…」

「わかった、わかったぞ!そうか…そういうことなのか…。どうしていままで気付かなかったんだろう!」

No.001は大きく腕を広げ、高らかに叫ぶ。

その突然の様子に全ての人間が驚きを見せる。

「ど、どうしたんだ?」

「考察の域を出ないが、先程の問題の答え合わせだよ」

「問題…被検体Sが暴走を経ることなく『上位種』となっていたという事か?」

「そう、それだよ。まだ僕個人の考察ではある。他の意見も聞きたいところではあるが、非常に腑に落ちたことがあるんだよ」

「なんだそれは…やつらを失ったこと以上に有益な考察であるんだろうな」

「あぁ、勿論だとも。だが、織原くんが生きていることをちょうど今感知した。よく生きていたと褒めて挙げるべきだね。彼女が帰ってきてから、その答え合わせをするとしよう。おもしろいモノも持ってるようだしね」

「ほう、生きていたか。ならそれまで私なりにその問題の答えを考えておくとしよう」

「フフッ、楽しみにしているよ。君の考察を」


14人の会合。

「これより国連属性対策定例会議を行う」

「一人欠席ノヨウダガ、奴ハドウシタ」

「彼ならロシアに向かっているネ。曰く『戦いのときが近い』とネ」

「戦イ…」

「いないならそれで問題はない。後に此度のデータを送れ。では、緋瀬。報告を聞こう」

「報告。最重要人物『世垓功次』は一度発見したが、現在は消息不明。突如出現した『属性』パターン火からなる鳥の追跡により、世垓功次を隔離していたと思われる建物、組織を発見。既に壊滅状態だったが、出動させた軍は2名の『属性者』により全滅」

「全滅。相当手練れの者と見える。そのようなものを持つ組織が存在する。どのような狙いだと見える?」

「諜報員を現場へ向かわせ調査したところ、既にもぬけの殻となっていたと。文書や資料もほとんど消されていたが、数少ない情報で得られたのはこの組織が『属戯会』と呼ばれること。この組織がどれほどの規模であるかは分からない」

「その情報から狙いを予測。充分な戦闘力の『属性者』が2名。データから日本の一部地区に遮蔽幕覆う技術。相当な規模」

「あんたの予測が外れたな。こりゃ相当厄介な相手が世垓功次の背後に立っている」

「些か情報戦であてらは一歩遅れ取るとしか言いようがあらせん。今の今まで尻尾を見せなかったともなると、相当隠れて動きはる」

「うーむ」

その場の人間すべてが頭を抱える。

「…アメリカの『属性』を重力とするジョンはどうなった?」

「NОNО。ヒーに関しては、手に余るというのが現状。陸軍との協力のもと撃滅に動いたけども、戦況は芳しくない」

「…我々はこの『属性』が世界に害することを防がなければならない。世界各地に続々と出現している『属性者』及び世垓功次以上にその『属戯会』をより重要な目標とする。各自調査…」

『会議中失礼します!アメリカ国属対はいらっしゃいますか!?』

会議室の扉が強く開けられる。

『ミーがそうだ。グラビティ・ジョンが動いたのか?』

『違います!せ、世垓功次が!ジョンと交戦、勝利後大統領が核攻撃を慣行!』

『なっ!?ミー、何も聞いてない!』

『そしてそれも生き延びた世垓功次が新たに出現した『属性者』2人との戦いによって…』

『ど、どうなったと…』

『ジョージア州にまで…壊滅状態に…』

『な、な、な…』

「何かあったというのだ!?」

一人が報告によって愕然としていた。

それを見た残りの人間も明らかによい報告でないことは明らかに理解できた。

…英語のわからない緋瀬以外。

「緋瀬くん…我々の想定する最悪の状況が始まった」

「最悪の状況…」

「『属性』が世界の破滅に動いた。世垓…世垓功次というイレギュラーによって」


……………………………………………………

ここは…どこだ?

今、どこに立っているんだ?

先の見えない暗闇の中で、全てが燃えている。

赤、蒼の炎がまばらに立ち昇っている。

自分が立っているのか沈んでいるのか、どこが上か下かすらわからない。

確か…愁那と戦って…意識を失って…。

あの戦いで地上がこんなことになっているとは流石に思えないな。

じゃあ…ここはどこなんだ…。

少し先の見えない空間を歩いていると、上空から光が指した。

光指すその窓は、楕円形。

まるで瞳のようであった。

そしてそこに写る景色は、先ほどまで愁那と激戦を繰り広げていた荒廃した大地。

これは…俺の見ている景色か?

それにしてはおかしい。

俺は今ここで第3者の視点で自分の視界を見ている。

そこに疑問符を浮かべていると、視界が高くなった。

立ち上がったのか…?

よろよろと力が入りづらくなっている足を動かし始める。

『再生』

愁名との戦闘で風穴があいていた2か所の肉体に炎を当てると、徐々に回復していく。

しかしその穴を塞いだのは、人間の細胞ではなく…『属性』の炎。

膜のように穴を塞ぐ…いや、失った箇所を『属性』で補っている。

そして傷の塞がった足を動かし、何処かへと歩いていく。

『絶熱源探知』

熱源探知が行われる。

しかしその規模は俺が今まで行ってきたものの比ではない。

サーモグラフィーのようにすべてが見える。

熔けた地面、瓦礫、範囲は戦闘した規模ではない。

花咲く丘、鳥鳴く森、魚住む水、逃げ惑う人々。

その大小の熱持つ地球上の全てが、手に取るように感知される。

『ブースト』

爆風が地面を焼き、飛んでいく。どこに行くんだ?

俺は1人、意識から離れた謎の自分を見続けることになった。

……………………………………………………


「やっと繋がった…こちらNo.291、織原よ。属戯会本部へ、私は生きているわ。No.016に繋げて」

通信機気を起動し、本部に連絡をする。

そろそろポルトガルが見えてくる頃のはずだし、1時間は経過した。

通信障害もそろそろ直っている頃だろう。

一応の上司に生存報告をする必要がある。

第一あの子達の事も聞かなくてはならない。

『了解。No.016に繋げます』

オペレーターの返答から少しして、通信相手が変わる。

『…こちら、No.016』

「なんとか生存したわ。あの二人の消息は分かる?私の方だとどうも確認できないのよ」

『…現在捜索中だが、フロリダ州周辺は異常なほど『属性』の磁場が乱れている。感知をしようにも正確な座標が確認できない』

「そう…で、あの子達には手、出してないでしょうね?」

『…私ならともかくNo.001に預けている以上問題はないだろう』

「それ…本当に言ってる?彼とあまり接点がないから分からないのだけれど、かなり不気味な存在だと思うのだけれど…」

No.001とは一度だけ会ったことがあるけど、それも挨拶程度でしっかりと会話したことはない。

それでも最初の雰囲気、グリーンズボロに到着したときの連絡で話したときからどうも信用ならない。

そんな相手に自分の子供同然の子が預けられていることは何よりも不安材料だ。

『…むしろこの属戯会創立メンバーである創立メンバーファーストファイブの一人だ。不気味な存在でないわけがないだろう』

「もう一度聞くわ…本当に大丈夫なんでしょうね?」

『…問題ない。少なからず私の知る彼は幼子を危険に晒すほど氷の血は持っていない』

「…はぁ、分かったわ。どうせあと30分もすればそっちに着くから自分の目で確かめるわ」

そうこうしている内に、ヨーロッパが見えてきた。

ポルトガルかしら?

ジョンくんは、何処かの楽しげにそれを見ている。

年齢は世垓くんとあまり変わらないようだけど、何処か幼く見えてしまう。

人生経験の差か生まれ、育ちの違いか。

理性の欠落が若い好奇心を後押しして、人殺しの罪悪感を薄めているのか、元の性質か。

あの子達も既に一人殺し一人壊している。

でも、たとえどれだけ憎んでいたとしても、それを良しとせず背負って生きてもらうようにちゃんと教えなくては。

そう隣の彼を見て思った。


……………………………………………………

これは…俺が…?

いまだに身体は勝手に動いているが、視界に広がる景色に絶望していた。

ジョンによって出来たものとは明らかに違う。

やつが壊した町は乱雑に瓦礫が、死体が並べられ、木々が折られていた。

ただ広がっている世界は、全てが燃え溶け消えている。

『熱源探知』の視界において全てが高温を示している。

明らかに強力な熱を浴びた結果が広げる世界。

そしてこの直近でそんなことを起こしたものは…

『ハイパーノヴァ』…か。

目の前の危機にだけ意識を向けたせいで…こんなことに…。

きっとどれだけ謝ったところで償えるものではない。

そう…これで、俺は完全にアメリカから敵として見られるだろうな。

…ただ一人、この景色にどうも出来ないこと、既に後戻り出来ないと考えていると、横から接近する何かに気づいた。

……………………………………………………


ホワイトハウス内。

顔を青ざめさせた米大統領は、連続する被害報告に頭を抱えていたところに新たな報告。

『ジェットマン、北上』

『どこに向かっているんだ…』

進行方向上の地点を計算された地図を出される。

その直線には…

『予測地点…ホワイトハウスです!』

『な、なんということだ…今すぐに迎撃をする!』

大統領の命令により各基地から、戦闘機が発進する。


……………………………………………………

お前は…

『見ているといい。世垓功次よ、いや自分よ。世界が起こしてしまった、本能の獣を』

本能の…獣…今の制御が効かないこの体のことか…。

姿の見えない気配からの言葉に従い、外を見る。

そこにはいつしか広がる街中。

日本とは雰囲気の異なるアメリカの町並み。

その景色が目に入ってから、身体は動きを止めた。

何をするつもりだ…

するとどこからか熱を感じ始める。

これは…『属性』…。

なっ、まさか!?

『熱線』

……………………………………………………


『あれは…なんだ!?』

空を飛ぶそのヒトは太陽を背に青白く光る。

その頭部から放たれた閃光。

伸びる蒼い炎。

『ヒッ…に、逃げろォッ!!!』

人々は逃げ出す。

蒼い炎は、地上を焼き、建物を溶かし、人を燃やす。

『熱線』『熱線』『熱線』

絶え間なく降り注ぐ炎の柱はすべてを無差別に焼き尽くす。


属戯会本部

「0、米国を北上!」

「状態はどうなっている?」

モニターに映るのは、アメリカを焼き尽くす功次の姿。

その表情には怒りを一心に、自身の力を存分に振るい敵対する存在を焼却していく。

「『属性』暴走傾向にあり!」

「2度目の暴走…。彼はどれだけ僕を楽しませてくれるんだ」

彼には何かがある。

我々の『属性』にはない何かが。

極限状況の持続が彼を強化するのか、もともとの才能か…。

事実は小説より奇なり…まさにこの言葉が似合う者だ。

彼の力さえあれば、この世界は清く、正しく、公平に、支配され、統制される。

古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスは万物の根元を『火』としたが、彼はこの世界を万物を根源へと戻しえる。

地球の意思によって生んだ我ら『属性』。

『属性』の意思に従い、我々は成すべきを成す。

彼は次期自らに従い我々と同じ目的を持ち、結末を選択するだろう。


空から『熱線』を降り注ぐ功次に向かって、F-22やF-35といった40機の戦闘機が向かう。

『ターゲットはハワイで発見されたジェットマン。既に多くの被害が出ている。ここで食い止めるぞ』

『『『ラジャー』』』

功次は迫る戦闘機に気付き進攻を止める。

5kmの距離で気付き対象の方を向く。

大きく口を開く。

その奥では青白い光が溢れ出していた。

「『熱線』」

超高温の炎が戦闘機に向かって吐き出される。

『回避!』

編隊はそれを避けるが、行動がたった一コンマ遅れた来たいに直撃。

炎は機体を貫き爆散させる。

『何という威力だ…必ず躱せ!』

「『熱線』」

再度吐き出される炎を全機体避けるが、顔を振り薙ぎ払う。

それに狙われた機体は次々に撃墜されていく。

『ターゲットロック。発射』

装備されたミサイルが功次に向かって発射される。

それら全てを『熱線』によって迎撃する。

『くっ…』

米機は功次の横を通りすぎる。

「出力最大『フルブースト』」

噴射する炎は赤から青へと変化しその速度を増す。

それを功次は追いかける。

『ターゲット接近!狙われています!』

『なにっ!?』

一機の戦闘機に功次が並走する。

「『熱線』」

至近距離で放たれた炎を容赦なく撃墜する。

『クッソ!来るんじゃねぇ!』

今度は一機の上に乗る。

「『熱線』」

操縦席の真上から炎が放たれ、貫通。

この戦闘、一方的な蹂躙が続き、遂には全機が撃墜された。

たった5分の出来事であった。

そして功次はすぐさま方向を変え、進攻を再開した。


『全機…撃墜されました…』

想定外の状況にどよめく。

我々では奴に勝てない。

その考えに一帯が包まれる。

『っ、大統領ここは危険です!お逃げを!』

官僚の言葉に米大統領は頷く。

『エアフォースワンを呼べ!』

米大統領は慌ただしく動く中、思う。

一体この世界は何が起きているのかと。

何があの者等を突き動かしているのかと。

この先に未来はあるのかと。


……………………………………………………

もう…やめてくれ…。

どれだけ懇願してもこの体が止まることはない。

進攻方向上に存在する全てを焼きつくし続ける。

怒りと衝動に駆られて、動いている。

理性が…働いていない…。

……………………………………………………


日本

少女はスマホに流れる映像に釘付けとなる。

「伊久お嬢様」

「………」

「伊久お嬢様?」

「………」

「伊久お嬢様!」

「ひゃ!な、なんでしょうか!?」

背後から聞こえる使用人の声に驚く。

「何度もお声がけしたのですよ。いったい何をご覧になられて…」

「た、大したものではないから気にしないで。それより何か用?」

「御夕飯の時間ですのでお声がけしました」

「そう。ありがとう。すぐ行くから先に言ってちょうだい」

「分かりました。お待ちしております」

使用人が部屋から出ていく。

少女はため息をつく。

そしてもう一度スマホの画面に目を通す。

そこにはある映像が流れる。

功次が天から炎を降らしアメリカを焼く姿。

接近する戦闘機を全て薙ぎ払う姿。

それは功次を撮り、焼かれる前に発信されたネット上の映像。

絶望。そしてまた美しく神秘。

その言葉が似合うような存在がこれほどまでにいただろうか。

迫る軍勢を薙ぎ倒し、目に写る物という者を破壊していく存在。

あれはまさに人型の怪獣といえる。

蒼い熱線を扱うその姿は、ある怪獣王を彷彿とさせる。

ただ自身の目的も意思も介在しなくなった、神の領域。

彼はそこにただ一人で、暴れ続けている。

しかし…少女は思う。

これは本来の彼ではないと。

きっと彼はこの自身の行動に苦しんでいる。

人を見る目は環境のおかげか、たった数分の関わりでも、十分に判別がつく。

あの記憶から見た彼は、こんなことをするような人間ではないと。

そして…お父様が何か隠している。

いや、世界中が、国家元首すらも把握していない強大な秘密がこの世界にはある。

近年、世垓功次さんを初め

「いつか…もう一度お会いします。必ず」

少女はスマホを閉じ、食卓へと向かった。


「キヒヒッ、分かった分かった。会議に参加しなかったのは謝罪するよ。だけど理解してくれるね?フランス国属対くん?」

大量の死体が積まれた上に立ち話す男が一人。

『分かっている。遅からず世垓功次と接敵するのは君だ。そのための準備を進める気持ちも分かる。だが相談くらいはくれてもよいだろう。続々と出現し一部人民にはその存在が隠蔽しきれなくなっている危機的状況とは言え、今はまだ世界に『属性』という存在が浸透していない。君が立つその場は戦場。一歩間違えれば彼の大統領の目にも付く。そうすればロシア国属対の立場も危うくなる』

「キヒッ、『属性』の研究の中心地として君等フランスがなっているとはいえ、僕たち『属性者』に上下はない。そしてこの衝動は抑えられないんだ。同じ『属性者』として理解できるだろう?」

『理解できることと、それを受け入れることは違う。既に世界の波乱は始まる。我々の一歩の踏み間違いが、世界が混沌へ落ち弱肉強食になってはならない。『属性』を調和し、『属性』を持たない健常者が世界の中心となる、それが我々国際連合属性対策委員会の目的だ』

「ご高説どうも。次回の国属対会議は参加する。それでいいだろ?キッヒヒヒ」

『おい、まだ話は…』

その男はスマホをポケットにいれる。

そして天を仰ぎ薄ら笑いを浮かべる。

「あぁ…美しき日よ。美しき命よ。この僕に美しきモノをお与えになって感謝します。定められた運命に従いこの星の未来を紡ぎます。もう少し命を頂くことをお許しください。…キッヒヒ、ヒャァッハハハハ!!」

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