第58話 過去への扉

「ココナッツのドーナツを三つとチョコレートを三つとこのストロベリーを三つと、それから……この抹茶のシフォンケーキを三つ下さい」 

 ふうとため息をついて手提げから財布を出す桜子に 真理子が、

「ずいぶんと買うのねぇ、あたしはココナッツとプレーンのを一個づつ」

 と言った。

「へ? まあね」

「最近、土御門のご本家にも呼ばれてるんでしょ?」

「うん、まあ、何かと雑用をしにね」

 と桜子はごまかしたが、事件以来、土御門家における桜子の地位は高い。

 中学部総括の愛美達のような霊能力を誇っていた者達などとても及ばない地位にいた。

 次代であった如月が解任された後の陰陽師達の不安は膨らむばかりで、誰もが土御門の将来を不安に思っていた矢先、希有な癒やしの見鬼である桜子が名乗りを上げたのでたちまち歓迎ムードだった。

 桜子の出現により伝説とまで言われていた一の位の闘鬼を初め、自ら名をあげて桜子の守護についた赤狼など、土御門十二神が勢揃いしたのも桜子の地位を確固たる物にした。

「そういえばさぁ、赤狼君とはどうなってるの?」

「へ?」

「付き合ってるんでしょ? 何かあちこちから問い合わせが来るのよね」

「問い合わせ?」

「そ、あれだけの美形だもん。真偽のほどはしっかりしてもらわないとって、下級生から大学部のお姉様方まで。でも、赤狼君って桜子しか目に入ってない感じじゃない? 気がついたら側にいない? 今日は珍しくいないけどさ」

 桜子はきょろきょろと辺りを見渡した。

「あー付き合ってるってわけじゃないけど……」

「告白は?」

「こ、告白?」

 桜子はドーナツの箱を受け取りながらあははと笑ってごまかした。

「じゃ、じゃあまた明日ね!」

「今度、じっくり聞かせてもらうわよ!」

 ドーナツショップから去っていく真理子を見送りながら桜子はまたため息をついた。

 ドーナツの箱を持って歩き出す。

 今頃は紫亀の社会科準備室へ銀猫などが遊びに来ているはずだ。 

 式神は甘い物が大好きだからドーナツを持って行けば喜ぶ。

 式神達の喜ぶ顔を見るのは桜子もうれしかった。

 桜子の中の桜姫も彼らが幸せそうにしているのを見て喜んでいる。

 二百年前の式神達の扱いは酷いものだったからだ。

 悪霊、魑魅魍魎との闘いの為の兵器にしか過ぎず、力尽きた者から消えていき、その代わりはまた新たな妖を安倍の呪禁で縛るのだ。逆らえない式神達は言われるまま闘いに赴き、そして消えて行く。

 桜姫の癒やしの能力で助かった者も多数おり、彼らは桜姫に非常に恩義を感じていた。

 彼らは桜姫の為なら自らを犠牲にする覚悟だった。

 その最たる者は赤狼だった。

 赤狼は彼の命を賭けたけれど、その後の桜姫の悲劇をどうする事も出来なかった。

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