第54話 鬼が笑う

 どすんっと地響きがした。

 狼と鬼の足下で豆粒のような桜子は今にも踏みつぶされそうだったが、飛んで来た白い糸に身体を巻き取られ桜子の身体が宙を待った。

「え? きゃ……きゃあああああ!!!!」

 気がつくと巨大な金色の鬼の顔の辺りでぶらぶらと揺れている自分がいる。ビルにして十階分くらいの高さはあるだろう。それが右へ振られたかと思うと、反動をつけて左へ大きく振れる。命がけのバンジージャンプだ。

「ご、ごわい~~~~な、なんなの~~~~」

 ふと上を見上げると飛んでいる巨大な茶色い蜘蛛の腹が見える。

「ぎゃー、こ、これ、蜘蛛の糸って事?」 

「姫! あっしが必ず赤狼の所までお運びします!」

 と茶蜘蛛が言いながら宙を飛んでいる。

「ぎゃーーー怖いーーー」

「大丈夫でやんすよ。あっしの糸は切れない丈夫な糸でやんすから」

 巨大な鬼と狼の間を飛んでいた茶蜘蛛の糸にぶら下がった桜子だが、金色の鬼が尖った爪をしゅっと差し出した瞬間、鋭い爪は何の抵抗もなく糸を切った。

「え? きゃーーーーーーーーー」」

 ぶらんぶらんと揺れていた桜子の身体が大きく振れた瞬間に糸が切れた。

 そのまま勢い余って飛んで行くのだったのだが、

「桜子!!」

 満身創痍の身体で赤狼が動いた。

 ボスっと桜子の身体は赤狼の背中にうまく落ちた。

「うっわ、ふかふか」

「大丈夫か!」

「ええ……赤狼君こそ大丈夫なの!」

 桜子は揺れる赤狼の背中にぎゅっとしがみついた。

 ぽつんぽつんと桜子の瞳から涙がこぼれる。

「赤狼君、死なないで……死なないで!!」

 ぼわっと桜子の身体から、緑色の気が溢れだす。

 癒やしの気はゆっくりと広がり、巨大な赤狼の身体全体を包んだ。

 その優しい気は傷ついた赤狼の身体や妖気を回復する。


「やはり、桜姫か」

 金色の鬼が近づいてきた。

 桜子は赤狼の背中に埋もれそうになりながらも、うんしょっと立ち上がって、

「もう止めてください! もう誰も傷つけないで! あなた、一の位ってほどの強い式神なんでしょう?! 仲間を傷つけるとか駄目! 絶対駄目!」

 と金色の鬼を睨んで叫んだ。

 その瞬間、ぶわっと桜子の気が広がった。

 それはするすると広がり、金の鬼の足下まで伸びた。 

 金の鬼の足を包み、やがて赤狼に受けた腕、胴体、顔の傷までも癒やす。

 気は広がり続き、十二神の完全回復、そのほか百体近い式神の妖気、さらに土御門の人間の霊的能力を最大限まで回復した。

 桜子の癒やしの気は広大な土御門の領地を全て覆い尽くすほど広がった。

「は、ははははは。今度の姫はずいぶんと威勢がいいな、赤狼よ」

 と言って金色の鬼が笑った。 

 桜子は「え?」と思ったが、赤狼の笑い声も聞こえてきたので一気に気が緩んでしまったようだ。

 そのままふかふかの赤狼の背中で意識を失った。

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