第45話  プライド

 緑鼬が如月に近づいた時、如月はのろのろと身体を起こしかけていた。

 視線の方向は合っておらず、口は何かをぶつぶつと呟いている。

「馬鹿にしやがって……何が赤狼だ。何が再生の見鬼だ!! みんなあの鬼に踏みつぶされてしまえばいい……あの人間どもの魂もだ! 全部破壊してやる!」

 よろよろと歩き出し、もう屋根も壁もない道場の瓦礫の中に戻って行った。

 壊れ残った道場の床には千個の魂が積まれたままだった。

 せっかく集めた人間の魂だがこれでも鬼は意のままにならなかったので、どうしようもない。如月は腹いせに粉々に踏みつぶすくらいしか思いつかない。

「クソ! 面白くねえ! この僕の何が気に入らないんだ! 鬼め!」

 と言いながら片足をあげて、白い魂を踏みつぶそうとした時、

「いけませんよ、坊ちゃん」

 と声がした。

 目の前にふわふわと川姫が漂っている。

「鬼には用がなかったんですから、せめて人間に戻してあげましょうよ」

「うるさい!! 川姫! 主人である僕に指図するのか!」

「指図なんて……そんなもんじゃありませんよ。だけど魂だけはねぇ、戻してあげましょうよ。千人も人間を殺しちゃったら、駄目ですよ。坊ちゃんも二度と輪廻転生の輪に加われないような存在に墜ちてしまいますよぅ。あたしがもっとちゃんとした高位な式神だったら、坊ちゃんにこんなことをさせる必要もなかったですよねぇ。ごめんなさいねえ、坊ちゃん」

 そう言って川姫は両手を挙げた。さらさらと水の音がしてどこからか水が湧き出してくる。川姫がまた手を動かすと溢れてきた水は小さな球形になり、白い魂達を一個ずつ優しく包み込んだ。

「これで多少の衝撃からは守れます。鬼がこちらへきても何とか踏みつぶされないようにあたしが守りますよぉ。だから坊ちゃんは先に逃げてくださいな。ね、坊ちゃん」

 と川姫が言って、優しく笑った。

「川姫」

 と緑鼬がその場に顔を出し、

「ご苦労。魂は確かにお前に預けるぞ。絶対に守り通せよ。千年続く土御門の式神の誇りにかけてな」

 と言った。

「十の位の緑鼬の兄さん、かしこまりました。あたしが必ず、お守りいたします」

 と川姫が頭を下げた。

「それでこそ選ばれし土御門百神だ。任せた」

 緑鼬が如月を見ると、如月は泣いていた。

 それが悔し涙なのか、後悔の涙なのかは緑鼬に分からなかったが、緑鼬は如月の身体をひょいと抱き上げた。

「誰か! 十三の位以下は近くにいないか!」

「お側に」

 と緑鼬の声に反応し、暗闇に姿を現した者がいる。

「俺は戦いに参加する。やがて水蛇も玄武となって現れるだろう。誰か当主の護衛に回ってくれるか」

「承知しました」

 もぞもぞと影が動き、緑鼬の前から姿を消した。

「次代様、行くっすよ。捕まってくださいっす」

 といつもの口調に戻った緑鼬が言って、ぽーんと宙を飛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る