第30話 赤狼参上!

 その頃、本家の庭は大騒ぎだった。

 なぜなら二百年も姿をくらましていた十二神三の位の赤狼が出現してきたからだ。 

 彼を知らない新参者の式神がふらっと現れた赤狼に噛みつこうとして逆に一瞬で消滅させられた。力を誇示するのはそれだけで十分だった。

 古くからいる者は赤狼に挨拶をし早速へりくだる。

「おやまぁ、赤狼じゃないか、久しぶりだねぇ」

 庭に面した縁側でひなたぼっこ中のような銀色の猫がにゃーおと鳴いた。

 空に浮いて格下の式神達を威嚇していた赤狼は銀猫に気づき、シュッとその姿を下ろした。

「銀猫か」

「ようやくお目覚めかい。ずいぶんとゆっくりだったじゃないか」

「まあな」

「桜姫が転生されたと同時にお前も目覚めると思ったが、どうしたんだい? ずいぶんと桜姫を待たせたようじゃないか」

 この銀猫、十二神に名を連ねてはいるがかなりの年寄り猫だった。

 式神に変化したときにすでに老猫だったので、十二神とはいえ力もない老いぼれた猫又ではある。

「老いぼれ猫め、大きなお世話だ」

 赤狼はつーんと横を向いた。

「紫亀には会ったかい?」

「ああ、学校の先生だとよ」

「紫亀は人間好きだからねえ。あたしなんかもうこうやってひなたぼっこするのだけが生きがいさ」

「他の連中はいるのか?」

水蛇みずき緑鼬ろくゆうが御当主の式神として働いてるさ。黄虎おうこはほれそこに」

 気配を感じて赤狼は振り返った。大きな虎が少し離れた砂利の上に寝そべっており、顔だけ赤狼の方を見ている。挨拶のつもりか「ガオー」とだけ吼えた。その咆吼に驚いた何体かの妖体が空高く跳ねて飛んだ。

「桜子は俺の事どころか、十二神の事もあまり知らない様子だったぞ」

「そりゃそうさ。あんたを差し置いて桜姫に声なんかかけられないさ。あんたは見事に桜姫を守って殉死したからね。皆、桜姫の事は大好きだが一番に声をかけるのは赤狼の役目って事はわきまえてるさ。みんな、あんたが目覚めるのを待ってたんだよ。それにしてもずいぶんと再生に時間がかかったようだね」

「ああ、木っ端みじんに爆死したからな。慌てて再生しようものなら知性も取り戻せない醜い奇種になるところだ。我慢の一途だったぜ」

「何にせよ、あんたが復活して良かったよ。あれから二百年、ずいぶんと人間界も変わっちまったよ」

 銀猫はにゃーんと笑った。

「それはそうと、ここに何の用だい? 桜姫とはもう主従の契約を交わしたのかい?」

「交わした。桜子は今日、尊という男の手伝いで図書室に来ているはずだ」

「あー、四天王の尊だね。なかなかの野心家さ。四人の中では一番能力値は低いがなかなか上昇志向の男さ」

 赤狼は広い庭を見渡した。あちらこちらに漂う式神の妖体が視える。

 向こうも赤狼を警戒してちらちらとこちらを覗いている。

 土御門の式神は全部で百神と言われているが、現在庭でうろうろしているだけでもかなりな数が見られる。

「聞きたいんだが、かなり式神が余っているようだな。何故だ? 式神を使役できる陰陽師は当主、次代以外にいないのか?」

「そうじゃない、皆が自分の式神を欲しいとは思ってるけどさ。次代につきたがるやつがあんまりいなくてさ。次代より強いやつを自分の式神に出来ないだろう? 十二神はもちろん、十三位からのやつも姿をくらましてるのが多くてさ。知ってるだろう? 式神にも主人を選ぶ権利があるからさ。次代様は人気がなくてさぁ。ちょっと変わってるからね。今、次代様についてるのが川姫、こいつは八十四の位さ」

「へえ」

 と赤狼は言った。桜子以外には興味がないので、誰が誰の式神になろうが構わなかったが、以前ならば式神が余るなどという事はなかった。力のある陰陽師は一人で何体もの式神を使役できる。式神をたくさん抱えた陰陽師はそれだけで力があると他者に誇示出来るのだ。

「次代ってのはそんなに変わってるのか?」

「ああ、変わってるね。水蛇と緑鼬が当主の式神になった後、次代に任命されて我こそはと勇んでみたがね、十二神は誰も姿を現さなかった。十二神の名を頂いていてもあたしみたいな老いぼれには用はないさ。中学生くらいの時だったかね、いたくプライドが傷ついてしまったんだろうね。かろうじて川姫を式神にしたが、後の陰陽師達が川姫よりも位の高い式神を持つと酷く僻んでねぇ。なんて言うか……まあ、なんせ次代様だ、周囲が気を使って皆が式神を持たなくなってしまったのさ」

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