第27話 式神の契約

「何だ、あいつ。偉そうだな」

 修司達を追い出した赤狼がまたソファに寝そべりながら言った。

「尊さんは四天王よ」

 と言った桜子の言葉に赤狼がぶはっと吹き出した。

「四天王? かっけー、ケケケっておい、桜子、あいつの手伝いに行くってどういう事だ」

「図書館っていうのは土御門会館ってところにあって、その会館は……」

 と言いかける桜子に赤狼は、

「知ってるさ」

 と言った。

「え?」

「懐かしいな~ずいぶんと様子も見に行ってないなぁ」

 と紫亀も言った。

「知ってるの?」

「そりゃ、そうさ。俺達は何百年もの間、土御門の十二神なんだぜ? 何十人も当主を見て来た。気に入った当主を我が主として迎えた時は本家の庭でたむろってたしな。だから土御門の事は隅から隅まで知ってる。とはいえ、まあ屋敷や会館は建て直してずいぶんと近代的になってるだろうけどな」

 と言って赤狼が優しく笑った。

「じゃあ、私が小さい頃、本家で住んでた時もいたの?」

 と桜子が聞くと、

「わしはおったでぇ」

 と紫亀が答えた。

「え、本当ですか? 紫亀先生」

「おお、桜子ちゃんの事は産まれた時から知ってる。可愛らしい赤ん坊を両親が連れて当主に挨拶に来てたわ」

「そうなんですか。赤狼君も?」

「俺は……」

 と言って赤狼は言葉を切った。

「寝てたから、知らない」

「へ、寝てたの?」

「そう、俺、近年は当主についたことねえし。庭に住んでたのは二百年も昔だからな」

「そうなんだ」

 赤狼の表情が優しく桜子を見た。

「そんな事より、本家には近寄るな。どうせいいようにこき使われるだけだぞ」

「でも何か分かるかも、佐山先生の事とか。ずっと意識不明なんでしょう?」

「放って置くという手もあるんだぜ?」

「え?」

「関わり合いになるとそれなりに代償をはらう事になる。土御門を出て自由になりたいと思ってるんだろう? それなら放っておくべきだ。今関わると土御門から逃げられなくなるぞ」

「それは……」

 土御門一族は霊能力だけが存在の価値であり、さらに能力が高ければ高いほど良い、という家風である。霊能力の開かない桜子は早めに一族を出られたが、もし今、再生の見鬼という能力を知られてしまえば桜子はその一生を土御門に捧げなければならなくなるだろうという事実を赤狼は突きつけた。

「本家へ出入りするようになれば必ずその能力を知られる事になるわなぁ。今、現在、本家には有力な再生の見鬼は存在せんからな。一度ばれてしもうたら、もう二度と本家から出られへんのやで」

 と紫亀も言った。

 桜子は唇を尖らせて「うーん」と言いながら頭をかいた。

「でも……佐山先生の事が気になるから様子を探るだけでも……」

 赤狼は腕組みをして若干桜子を睨みつけるような目で見た。

「赤狼、言うことをきかへん人やって知ってるんやろ。反対しても無駄やで」

 と紫亀が言った。

「前にもそれで苦労したんや……」

「うるせえ!」

 と赤狼が怒鳴ったので、桜子はびっくりして目を大きく見開いた。

「あの、前にもって? 言うことをきかない人って誰の事?」

「あんたや、桜子ちゃん。あんたは桜姫の生まれ変わりやからなぁ」

 と紫亀が言った。

「桜姫?」

「そうや、もう二百年も前や、人間はちょんまげで刀を差してた時代や」

「二百年前って江戸時代でしょう?」

「そうや、その頃はまだ安倍家やった。安倍の陰陽師はいつの時代も政界で要職についててな。あんたはその安倍家に生まれたお姫様やった」

「そんな話はもういい。昔の事だ」

 と赤狼が言った。

「そやな……まあ、わしらはやっぱり安倍家の式神でな、赤狼は桜姫様の護衛についてたんや」

「私がその姫様の生まれ変わり?」

 時代劇で観る姫様の衣装を頭の中に思い描いて、桜子はふふっと笑った。

 おしとやかで奥ゆかしい女子だったに違いない。

「そうや。まあ、なんちゅうか……ちっとも言うことを聞けへん姫やったなぁ。きかん気が強うて、なんちゅうか……びっくりするほど」

「び、びっくするほど? そんなにお転婆な?」

「びっくりするほど可愛らしい姫さんやったわ。なあ、赤狼」

「え」

「二百年も前だぞ。忘れたに決まってるだろうが」

 と赤狼が言って、寝転んでいた体勢から身体を起こした。

「昔話はもういいだろ。それよりも本気で土御門に探りに行くなら今一度主従の契約をする」

「主従の契約?」

「そうだ、桜子、左手の小指を出せ」

 桜子は言われた通りに左手を赤狼の方へ差し出した。

 赤狼はその手を掴むと自分の口元へ引き寄せ、桜子の小指を噛んだ。

「痛っ! ちょ、痛いじゃん」

 痛いはずだ。小指は赤狼の歯で噛み裂かれ傷口から血が滲んできた。

 赤い血の球は大きくなり、やがてその重みに耐えきれず流れた。

 赤狼がその傷口から流れ出る血液を舐めた。

 次の瞬間に赤狼の姿は真っ赤な狼に変化し、

「我の命か桜子の命がつきるまで、我は桜子の式として守護する事を誓おう。もし誓いが破られた時は、我の身体に入った桜子の血が毒となりて、我を殺すだろう」

 と言った。

「へ、ちょっと、そんな物騒な」

 と桜子は言ったがその台詞をどこかで聞いた事があるような気がした。

 目の前の大きな真っ赤な狼の瞳は優しく、桜子はその毛皮に触れてみた。

「ふわっふわだわ」

 赤い狼が首筋を自分の腕にこするつけるような動作をしたので、桜子はそのもふもふの毛皮を撫でた。

「まあ、これで安心や。桜子ちゃんは土御門に行っても赤狼に守られてるからな。でも気をつけるんやで。次代の如月はちょっと変わった人間みたいやからな」

「はい」 

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