私は本当に緑のたぬきを年間三万円分くらい食べる人間です。週に何回もあのシャカシャカという音を聞いている。だからこの作品の冒頭で容器を振る描写が出た瞬間、指先の感触まで伝わってきた。
そして最後に三十万円分をお歳暮にすると聞いて、自分の十年分だと即座にわかった。あの量を一度に届けるという発想に、笑いながら胸を突かれた。
天ぷらも揚げもない、乾麺と粉末スープだけの袋。それが北大路魯山人の鮎のあらと重なる構造が美しい。文学が人生で役に立った瞬間が、カップ麺の残り物を食べる早朝だったという皮肉が、皮肉のまま温かい。
うどん帖に泣きそうになった。年末一括払い、払えなくても正月にまた新しい帖をくれる。施しではなく商売の形を保ったまま人を生かしている。だから受け取る側が壊れない。
私の三万円は一人の満腹のために消える。主人公の三十万円は現場の大勢に届く。同じ緑のたぬきが、届け方ひとつで別のものになる。